2008年9月15日月曜日

映画「IN BRUGES」



ブラックユーモアは嫌いではないが、人の死を笑うようなブラックなユーモアは好きになれない。 職業柄、余りにも 毎日が死に満ちている。死にたくなくて、死んでいく人ばかりだ。そうではなくて、自分の命を充分生きたという満足感をもって 豊かな気持ちで心安らかに旅立たせてあげることが 使命のひとつでもあると思っている。 心臓外科病棟の忙しさに疲れて、エイジケア(老人ホーム)に勤め始めて2年になる。人々は死ぬ為に、ここにやって来る。家族は世話を拒否、病院での加療で治癒することは望めない、長期療養施設も、徘徊や失禁が進むと手がかかる為 出されてしまう そんな人が集まってくるエイジケアは 人生の終着点だ。だから入口はあっても、出口はない。 この2年間に沢山の患者を 心をこめて見送った。そこに笑いはない。

映画 「IN BUUGES」を観た。
各地ホイッツで上映中の新作。
監督:MARTIN MCDONAGH
俳優:COLLIN FARRELL    
    BRENDAN GLEESON   
    RALPH FLENNES
邦題にすると「ブルジスにて」だろうか。ベルギーの古い中世の雰囲気の残っている街の名前だ。クエンテイン タランテイーノの「パルプフィクション」のヨーロッパバージョンとも 評価されているようだ。不真面目ともまじめとも言えない殺人のお話というか、ブラックユーモアの映画。

ブルジスに2週間後に 行くことになっている。それが理由でこの映画を観た。それ以外に こんな人の死をブラックに笑う映画など観る理由がない。「パルプフィクション」も大嫌いな映画だった。

映画は 16世紀の中世の趣を残した 伝統的な手縫いのレースと観光で生きているブルジスの街が 舞台だ。古い町並み、石畳、人々がテーブルと椅子をだしてカフェを楽しむ中央広場、高い時計台、いくつもの古い教会と宗教画、街の中央には運河が走り、観光客を乗せたゴンドラが浮かぶ、河には白鳥、夕方になれば霧が出て、幻想的な中世の世界が広がる、御伽噺のような街だ。

ここに、ロンドンでドジな仕事をしてしまった二人の殺し屋が 事件のほとぼりが冷めるまで 留まるように命令されてたどり着く。小さな町は観光客でいっぱいで、狭いひとつの部屋に 年老いた殺し屋:ケン( BRENDAN GLEESON)と、若い殺し屋:レイ(COLLIN FARRELL)は滞在することになる。 レイは 知らない街で、することもなく、イライラしどうしだ。太い眉毛が8時20分を指していて いつもお母さんにしかられたような 情けない顔をしている。この街で 映画撮影に来ているアメリカ人と知り合い、オランダ人の娼婦にゆきずりの恋をする。レストランで喧嘩になって カナダ人夫婦をぶんなぐったりもする。ブルジスの街で アメリカ人、オランダ人、カナダ人、が出てきて、ケンはイギリス人、レイはアイルランド人という だれも皆が 異邦人であるという設定がおもしろい。

そうしているうちにケンとレイは ボスからの指令を受けて、教会の牧師を殺しに行く。レイは またまたドジなことに 牧師を撃った時 同時に、祈りに来ていた少年を撃ち殺してしまう。この少年は「良い子になれますように、算数が得意になれますように」という神様にお願いを書いた紙を握り締めて死んでいた。この少年がものすごく美しい。清らかで美しい魂が巻き添えにあって倒れ、あわてふためく殺し屋の愚かさ加減が滑稽だ。それで、レイは陰鬱な中世の街で何もかもうまくいかない上、子供を殺してしまったことで自分を責め始める。

そんな時 年老いた殺し屋のケンはボスから 相棒のレイはもう使い物にならないので始末するように という命令を受ける。命令とはいえ自分の息子ほどの年齢で、妙に気の弱いレイを殺すのが忍びない。かといって命令に従わない殺し屋は 次には殺される番だ。ケンは命令に従う決意をして、出かける。公園のベンチに座っているレイを見つける。幸い彼はケンには気がつかない。ケンは消音機つきの拳銃をもって、後ろからそっと近ずいていく。カメラがズームしていき、ケンがしのび足でレイの背後に立ち、銃の引き金を引く緊張感の頂点で、レイが同じ瞬間に自分の銃で自殺を図る。まさにケンが引き金を引いて撃とうとした頭を ケン自身が引き金をひいて撃とうとした 、、その緊張の瞬間、爆発的な笑いが起こる。殺そうとしている相手が自殺しようとしたら、殺し屋は その瞬間 どんな条件反射を示すのか。
ケンは夢中でレイの銃を奪って 自殺を食い止めて、生きるように教え諭す。このブラックユーモアが とても笑えるところ。

そんなこんなで、ロンドンのボスが 二人の殺し屋を殺しにブルジスにやってくる。ボスを演じるのが RALPH FIENNES。この彼がメチャメチャうまい。目の光り方が尋常ではない。完全に狂っている。激情に走ってどんなことでもする。体だけ大きな幼児のように 怒ると止めようが無くなって 終点まで行くしかない。なんだ、二人の殺し屋のボスって、ただのオタクだったのか、と笑える、というか笑うしかない。
ラルフ フィネズは、「イングリッシュ ペイシャント」や、「ナイロビの蜂」を主演した俳優で、私は大好き。礼儀正しく、シャイで、チャーミング。ソフトで優しくて紳士の鏡みたいなイギリス人役者。この彼が およそ自分と正反対の役で、汚いアメリカ言葉、一つの単語にひとつのF***言葉をつけて 怒鳴り散らし 銃を撃ちまくる。これが おもしろかった。

この映画 面白いから観てみて、とは誰にも言わないけれど、良い俳優を使っている。人生を皮肉とブラックユーモアで 乗り越えなければならないときもあるだろう。こんな映画が割合 評判高いというのも、わかる気もする。 3週間後には、この街の石畳を踏むことになる。殺人や騒動に巻き込まれることはないだろうが、旅行中は 気をつけて行きたいと思っている。

2008年9月12日金曜日

IPHONEを使ってみたならば


携帯電話の契約が2年を過ぎて、別の新しい形の携帯電話に取り替えてもらえる時期が来たので、アップル社のアイフォーンをもらってきた。

これで 携帯電話も5つ目になる。

洗濯機でジーンズと一緒に間違って洗ってしまった携帯以外は、壊れたわけでなく どこも悪くないのに 契約切れとともに より薄く より軽い携帯にと取り替えてきた。いま、4つの古い携帯をながめてみると、それぞれが どんなに自分の手になじんだものだったか、と思う。日本人旅行者に病人やけが人が出るたびに 病院やホテルを駆け回っていた その昔、携帯はなくてはならないものだった。起きている時は ポケットに、寝ているときには枕元に いつも一緒だったのに、2年たつとポイッか。

さてIPHONEをもって家に帰って 箱を開けてみたら ほんの申し訳のような薄くて 眼鏡をかけても読めないような小さな字の小さな説明書しかない。使い方は ネットを通して勉強するように なっているらしい。フムフム。

IPHONEは、カメラや録音、録画する今までにもあった携帯電話の機能だけでなく ナビゲーターがついていたり、音楽を聴く機能がついている。音楽を聴きながら、電話を受けることができる。

生まれてから 一度も音楽を聴きながら勉強したり、通勤したり 仕事をしたことがない。音楽は ちゃんと正装して劇場に行き 聴くものだと信じていた。昔の粗悪な音質のラジオやテレビから流れてくる粗雑な音に 嫌気がさしていたからかもしれない。技術が進み、CDやDVDの音質も 本物に近い良い音がでるようになっているのだろう。IPHONEでは、ネットで好きな音楽を買って インストールするのだと言われて びっくりした。エー!

携帯がIPHONEになって とってもがっかりしている。
今にもゴミ箱に放りなげて 前の手になじんだ携帯にもどりたい気分になっている。
どうしてか というと、、

1)SMSで写真が送れない。 写真はEメイルで送ることになっている。SMSで写真を送れないのでは 離れて住んでいる家族と毎日 写真つきメッセージでやりとりを楽しんできた私にとっては大打撃。忙しくて 遠くに住む娘に 電話で話する時間はないが、ちょとした安否確認に、飼い猫の笑える写真をつけて送ったり、今日のお料理が良く出来たので写真を送ったりして たわいのないやりとりが楽しかったのに、それが出来なくなってしまった。写真をネットを通して送ると言っても 携帯がネットと同じ役割をはたしている日本のような進んだところと違って 携帯でネットをやっている人はまだ オーストラリアでは少ない。だからIPHONEから写真を送っても コンピューターのほうに送られてしまう。写真を今までのように、SMSでは送れないと、始めから知っていたらIPHONEなど買わなかった。腹立たしい。

前の携帯のシームカードを入れてIPHONEを使っているのに、前の携帯に保存していた写真が全部消えてしまった。 娘がイタリアから送ってくれたミケランジェロの天井画など、貴重な写真も消えてしまって頭にくる。

2)メッセージをタイプする画面が小さくて タイプに時間がかかり、誤字も多くなった。私の指でもふたつの文字をタッチしてしまい 余程 時間をかけて注意深くタッチしないと メッセージのタイプができない。私の指で大変なら、大きな男の人の指だと、どういうことになるんだろう?ワカラナイ。

3)電池の消耗が激しい。 何も使わないのに 一日持ち歩いていると、3分の1くらい電池がなくなっている。今までの携帯では3日くらい充電しないで平気だった。IPHONEでは毎日充電しなければならない。

4)節電モードになっているので、ポケットから出したときは真っ暗。今までは  ポケットから出してすぐに時間と日付けが確認できて 時計代わりになったが、IPHONEでは ポケットから出して、ボタンを押して、画面を明るくして 自動ロックを解除してから、やっと時間がわかる。これでは 急いでいるとき 時計代わりにならない。

5)写真のボタンを押すと、今までとった写真が全部並んで出てきてしまう。従って、特定の写真だけを特定の人に見せたくても、写真を全部見せてしまうことになる。私は別に秘密がないから良いけど、4-5人親しいボーイフレンドがいて、そのうちのどの子にしようか 決めかねているような人は、 この子と撮った写真も あの子と撮った写真もあるだろうから、自分のアルバムを人に見せられない。、、かもしれない。

いまのところ、IPHONEの良いところが全くみつからない。

これから音楽をじっくり選曲してIPHONEにインストールしようと思っているが また様々な やっかいなことが起きそうでこわい。 いま、IPHONEに乗り換えようとしている人は、立ち止まって 再考することをお勧めする。

2008年9月5日金曜日

加藤登紀子チャリテイーコンサート


日本から加藤登紀子が 国連環境計画親善大使として来豪し、シドニーでコンサートをしたので 聴きに行ってきた。

歌った曲は
「あなたに」 モンゴル800
「島唄」 宮沢カズフミ
「この空を飛べたら」 中島みゆき
「I LOVE YOU 」 尾崎豊
「愛さんさん」 小倉ケイ
「百万本のバラ」 R PAUL
「知床旅情」 森茂久弥
「NOW IS THE TIME 」 自作
「一人寝の子守唄」自作
「檸檬」自作
など、また リクエストに答えて「崖のうえのポンチョ」を歌った。

シドニーには日本人の団体が二つあって ひとつは自営業者など永住権を持っている人が中心になっているシドニー日本クラブと 他に、企業から赴任してきた人などのジャパニースソサイテイーシドニーがある。今回のコンサートは日本クラブが主催して、ジャパニーズソサイテイーの方が後援した。コンサートで集まった約7000ドルのカンパは 環境保護のために寄付されるそうだ。

加藤登紀子の昔の 上質のベルベットのような声を知っているので 高音が全くでなくなってしまった声の衰え 伸びのない かすれ声にショックを受けた。しかし、何曲か聴いているうちに そういった衰えがあまり気にならなくなって、ギターをかかえれば、昔と同じ雰囲気で語り弾きする姿に感銘をうけた。相変わらず 彼女が元気でやっている ということがわかってうれしかった。

改めて40年という気の遠くなるような時の積み重ねを思った。 共有した時代の計りようもない重さ、、、。 あの時代をひきずっている者たちの 独特の熱気。
それだけに、いまだに権力に囚われて 高い壁に中に閉じ込められて自由を奪われている友人がいる限り 心休まることはないという心情は 彼女も同じだろう。 囚われている共通の友人に、どうぞ 元気でいてくださいと、祈ることができるだけ。

銃口にジャスミンの花
無造作に挿して岩場を歩きゆく君

戦場のハンモックに寝てみれば
満天の星手に触れるごとし

「地獄でまた革命やろう」と先に逝き
彼岸で待っている君は二十六歳

公判で問われし過去を切りとりて
かきまぜながら飲み干した夏

もう一度よんでみてよと姉の便り
「君死にたまふことなかれ」の文字

雪降る日 白胡蝶蘭差し入れの
白鳥のごと独房に舞う            

重信房子 「ジャスミンを銃口に」幻冬舎

2008年9月1日月曜日

チャッツウッドの韓国風呂



州花 ワトルの明るい黄色の花が咲き始めた。
シドニーの長かった冬が やっと終わりつつあり 朝晩まだ寒いが 春の兆しが見えてきた。
堅くなった古皮から這い出てくるのに良い季節になった。ので、チャッツウッドに新しく出来た女性だけの為の韓国風呂に行ってみた。怖いもの見たがり というべきか。
ORIANA BATH HOUSE
2・5 HELP ST.CHATSWOOD
9884-8333
あかすり $58
オイルマッサージ $88
整体マッサージ $250

私のは全身オイルマッサージに美顔パックがついて$110なり。 予約時間の1時間前に来るように 電話で言われたので、律儀に1時間前に着いて 言われた通りに入浴とサウナでしっかり温まる。日本の銭湯よりは小さいが久しぶりに大きな湯船につかってゆっくりする。でも1時間は長すぎ、湯船もサウナも高温でくらくら、ゆでだこ並みに赤くなって冷たい水風呂で冷やし またサウナでのぼせてというのを繰り返しているうちに 今知能テストをされたらIQ:15くらいという段になってやっと おばさんが呼びにきて救命してくれた。 おばさん 40位か、ちょっといやらしい黒のパンテーとブラ姿。

台に乗せられ いきなり足から擦り始められる。下ろし金で 身をすられる大根になった気分。とても痛い。うわーん と泣きまねをするが おばさんは一心不乱で「こすり:いのち!」と言う感じで私の顔も見てくれない。英語も通じない。通りかかった受付嬢に ちょっとやさしくしてーと呼びかけたらやっと、韓国語で伝えてくれて、じゃあ ミデアムから、ソフトに変えましょう という路線転換したはずなのに、なにも変わらず 足の指など2-3本もげて無くなっているはず、、。
ジェスチャーでうつぶせ、仰向け 横向きとポーズを変えさせられながら 両手をナイロンたわしで武装したおばさんに 擦りまくられる。横にした木に全力でカンナをかける大工職人みたい。 くまなく前後左右縦横斜め、すみずみまですりがねで 擦られて、皮が2枚分くらいこすりとられた。これで第一ラウンド終了。

第二ラウンドは熱々のタオルでカバーされた体の上から 全身マッサージ。手指 足指 腕、背中ときて、うつぶせの不自由な姿勢から ふと後ろを見ると 体重70キロくらいのおばさんが足で 45キロの私の背中や腰や足の上に乗っかっているではありませんか! 肋骨骨折の恐怖と戦いながら 辛うじて我慢をしているうちに、今度は引っ張り放題。足や首がひっぱられるのは 身長が伸びてよいかもしれないけれど、肩を思い切り引っ張られたときは 2回くらい脱臼してまた修復されたと思う。

第三ラウンドのオイル塗りたくられて ぬるぬる地獄でまたもや 足から首までマッサージ。それと顔のマッサージにあとにはキュウリのパック。ここですでに90分経過。
第四ラウンドで顔にヨーグルトパック。髪をシャンプーしてくれて、顔も蒸しタオルで きれいにしてくれて、やっと無罪放免。サウナでゆっくりしてから 帰りなさい と言われる。おばさんは滝のような汗、私をサウナに追いやった後で 自分も裸になってガシガシ髪や体を洗っていた。重労働ご苦労様。 

始めの1時間を入れると ここに来て約3時間過ごしたことになる。 マッサージされることが好きな人にはリラックスできてよいかもしれない。でも私には強い力で揉まれたり 擦られたり 掴まれたりすることに恐怖心が先行してしまう。やっぱ、黒のビキニ姿の英語の全然通じない、体の大きな韓国人のイメージに、強迫感を感じてしまう。

理学療法士:フィジオセラピストは シドニー大で4年コース。獣医学部、医学部、オプトメトリストコースの次に大学受験が難しいコースだ。高校3年で受ける統一試験(HSC)で90%位取らないと入れない。ちなみに看護コースは60%だから、90%がどんなに大変か わかる。入学できても3分の1は 中退させられるという。筋肉、神経 などの解剖学 生理学の基礎をしいっかり勉強してくれないと 骨を折ったり ぎっくり腰や寝違えた人の体は触れない、ということだ。だから、この資格を持っている人にやってもらうマッサージは、信頼できる。

カイロプラクテイションは、2年コース、マッサージ、アロマセラピー 美容の為のケアコースは大抵6ヶ月の研修で資格が取れる。多くの ホテルなどのボデイケアの美容師は このコースを学んだものと思われる。 韓国マッサージとか、タイマッサージ、中国人のマッサージなど、資格がこの国にないものは、資格を問うても仕方がない。上手な人に当たれば良いが 上手下手は、やってみないとわからない。

かくして春になり 古い皮は、ぬけ落ちた。
でもなんか、すごく疲れた。 もう ここには来たくないかも、、、。

2008年8月25日月曜日

映画 「96時間」(「TAKEN)」



新作映画 「TAKEN 」(邦題「96時間」)を観た。92分。
監督:LUK BESSON
主演:ブライアン:ライアン ネーソン
        キム:マギー グレイス
ハリウッド アクションスリラー映画。
暴力満載。
ストーリーは、
カルフォル二アでは18歳以下の子供が海外旅行するためには、両親の承諾書が要る。キム(MAGGIE GRACE)は高校を卒業して18歳になったばかりだが、親友と二人でパリを始発点にヨーロッパ旅行を計画している。母親も、再婚した大富豪の養父も キムには やりたいことは何でもさせてやりたいと思っている。 しかし本当の父親、ブライトン(LIAN NEESON)が、なかなか承諾書にサインしてくれない。彼は 警備会社で働いている。元は、CIAのエイジェントだった。テロ対策専門のエイジェントで、テロ予防のために特殊技術を使っていたため、敵もいる。娘の海外旅行が心配で 気安く娘の旅行に行っておいで とは言えないでいる。そんなブライトンに元妻もキムも怒っている。しかし、娘の度重なる懇願に 頑固なブライトンも とうとう折れて 携帯電話を娘に渡して 必ず毎晩電話をするように約束させて、送り出してやる。

キムと親友は 両親の許可がおりて おおはしゃぎでパリに向かう。パリの滞在先は親友の親戚の家のはずだが、その親戚は休暇旅行中で、二人だけで勝手気ままに使えるアパートだ。親友は両親から首尾よく離れられてパリで思い切り羽を伸ばして遊びたいと思っている。空港に着いて タクシーを待つ間、ハンサムな青年に タクシー代を倹約する為に相乗りしないかと誘われて 二人とも勿論OKだ。 娘からの電話を待っているブライトンは 待ちくたびれて 深夜娘に電話をする。その娘と話している最中 4人の男達が親友を連れ去っていく。父親はうろたえる娘の事態を 即座に飲み込んで、キムにベットの下に隠れるよう指示し、仮に賊に連れて行かれても携帯電話を身から離さないように、、また 必ず見つけ出して助けに行くから、と約束する。しかし、賊は キムをベッドの下から引きずり出し 携帯電話を踏み潰して彼女を誘拐していく。

このグループは 若い女性旅行者を誘拐して性奴隷として人身売買するアラブの犯罪組織だった。娘が売り飛ばされて中東に送られるまで3日しかない。ブライアンは ただちにパリに向かい、娘達が連れ去られたアパートに忍び込み 娘達の足跡を追って、、、。 という おはなし。 56歳のライアン ネーソンが、たった一人で 大きな犯罪組織と戦う。もとCIAエージェントでなければ 絶対不可能な頭脳戦と 肉体的にも激しい暴力戦の連続。「ダイハード4」のブルース ウィルスも娘を人質にとられて奪いかえす ものすごい暴力と、戦車、ヘリコプター、戦闘機まで動員してのオンパレードだったけれど、彼はまがりなりにも警察官、、、やりすぎても警察の後ろ盾があった。しかし、こんどのブライアンはただの市民であり パリという外国で 誰一人頼れる人のない中での孤独な戦いだ。ブライアンの役は、「シンドラーのリスト」「バットマン ビギンズ」などの役者。一種 虚無的な顔が とてもこの役にはまっている。笑い顔や平和なシーンにこの人ほど似合わない人は いないのではないか。

パリ郊外の巨大な建築現場で、急ごしらえのテントのアパートを造った売春宿で 誘拐され、麻薬を打たれ続けて抵抗も逃亡もできなくなった年若い娘達が売春させられている。また秘密カジノで 一人一人裸の娘達がバイヤーのオークションにかけられて、2千万円とか3千万円とかで取引されている様子は 衝撃的だが、かなり本当の話だろう。 世界中から 旅行してきて、憧れのパリに着いたとたんに 誘拐された若い女の子達がただただ哀れだ。 高級ブテイックで試着室の床が羽目板になっていて、服の試着に入った若くて綺麗な子は、羽目板で地下に落とされて 中東に連れて行かれてハーレムに売られるらしい、、、という冗談のような話も聴いたことがある。

この映画を見た人は 親の反対を押し切って友達同士で旅行するなんて、、、だから、いわんこっちゃない、と言いそう。では、しっかりしていれば こういう羽目に陥らずに済むだろうか? どんな時代にも どんなところにも 性犯罪は起きてきたし、これからも起き続けるだろう。しっかりしていれば大丈夫ということは、絶対にない。若くて美しい女は(男も)いつの時代にも、どんなところでも性犯罪の犠牲になりうる。もちろん、充分被害にあわないように注意を怠らないことは大切だ。しかし、仮に被害にあってしまった場合は 生き延びるために どんなことでもすること。そして、生き延びることができたら、自尊心を取り戻すために、最大の努力を払うべきだ。大切なことは、自分をとりもどし、希望を失わないこと。

犯罪の中で、最も卑劣な犯罪はぺデファイルと呼ばれる小児性愛だが、物言えぬ状況の中で力によるレイプも根は同じだ。犯罪は同じ加害者によって幾度でもくり返される。

つい先週、東南アジアでは有名なぺデファイル、ギャリー グルッター(GARY GRITTER)が、タイの刑務所で5年間の刑期を終えて出所した。イギリス人で、もと歌手だ。出所後、ベトナム入国を希望したが、入管局に拒否され、タイ、シンガポール、フィリピンに入国を打診したが、拒否された。いやおうなく イギリスに帰国していったが この男による 未成年の性犯罪被害者は、何百人にも上ると言われている。イギリスで、パスポートを取り上げられたというが、当たり前だ。

オーストラリアでは 繰り返し性犯罪を起こした人には出所後でも 電子バンドをつけさせて、いつもどこにいるか警察が確認できるようにしている。しかしこんなことに膨大な資金を使っても、本人が電子バンドを外して逃亡してしまえば 再犯を防止することはできない。性犯罪を繰り返す者には、刑務所で再教育を期待したり、出所後に監視をしたりすることよりも、去勢手術をすべきではないか。自分でコントロールできない 暴力的な性犯罪者には、手術でその元を絶つべきではないか。そうなれば、性犯罪の再犯予防のために、膨大な税金を使って 刑務所で再教育をしたり、出所後 監視をしたりしないで済むばかりか、まじめに一人前に働いて労働者として 社会に貢献することもできる。地元の子供たちも安全だ。人権に反するというならば、物言えず性犯罪の犠牲になった弱い者達の人権と、加害者のどちらの人権を優先させるのか。被害者が ともすると 深い傷ゆえに、口をとざしてしまう性犯罪。 加害者の刑罰については、もっと活発に討議されて良い。 ライアン ネーソンの絶望的で孤独な戦いを見ていて そんなことを考えた。

2008年8月18日月曜日

オペラ「ランメルモールのルチア」


オペラ「LUCIA DI LAMMERMOOR」 作曲ドンゼッテイ 1835年作 を観た。
オペラハウス。
ストーリーは、
17世紀のスコットランド。 アッシュトン家の当主、エンリコは、宿敵レヴェンスウッド家のエドガルドが、妹ルチアと恋仲であると知って 激怒する。ルチアは母親の墓参りに行った際 エドガルドに命を救われて以来、エドガルドに夢中だ。しかし、エドガルドの父親を殺したのは ルチアの兄エンリコだった。二人は憎しみ合う二つの家の間で 許されざる恋人達だった。

そこで、エドガルドが王の使いでフランスに行っている間に エンリコは エドガルドに恋人が出来たという偽りの手紙を妹に見せて 妹に 政略結婚を強いる。そして、結婚式の当日、ルチアが結婚承諾書にサインした瞬間に、エドガルドが駆け込んでくる。事情を知らないエドガルドは ルチアの心変わりを激しく怒って ルチアをののしる。ルチアは何も言えずに気を失う。

アッシュトン家の広間で 人々が喜びうかれているところを、新郎を刺し殺してしまったルチアが 真っ赤な血で染まった姿で現れる。そして、エドガルドの名前を呼びながら狂って死んでいく。 傷心のエドガルドに、ルチアの死が告げられる。ルチアの本当の心を知らされたエドガルドは ルチアの後を追って 自害して果てる。

愛のために生き、ひとつの愛のために死ぬ、最もオペラらしいオペラ。
3幕 2時間30分
指揮:  リチャード ボニンゲ
音楽:  オーストラリア オペラバレエ オーケストラ
ルチア: エマ マチュー
エドガルド:エリック カトラー
エンリコ:ホセ カルボ
牧師:  リチャード アンダーソン
ルチアの侍女:ローズマリー ガン
ルチアの夫:カネン ブリーン

オペラの見せ場は、第一幕のルチアとエドガルドの愛のデュエット。
それと、第2幕の 祝宴の場で、ルチア、エドガルド、兄エンリコ、牧師、ルチアの新郎、ルチアの侍女 この6人による6重奏だ。 ルチア(コロラトーラ ソプラノ)は エドガルドが 心変わりしたと思い込まされている。エドガルド(テノール)は、ルチアに裏切られたと思っている。兄のエンリコ(バリトン)は 一刻も早くエドガルドを殺して自分が仕組んだ悪巧みを隠したい。ルチアの新郎(テノール)は ルチアが自分のものになるので、浮かれている。牧師(バス)はすべての事情を知っているので ルチアとエドガルドに深く同情している。ルチアの侍女(アルト)は ルチアが可哀想でならない。この6人6様の思いを6重奏するところが圧巻。6人がそれぞれ思いのたけを歌って 3幕のクライマックスに導いていく。オペラのなかで、一番興奮するところだ。

第3幕のルチアの狂乱が、このオペラの一番の見所聴き所だ。愛のない政略結婚をさせられた新婦ルチアが 新郎を刺し殺した血染めの寝衣、裸足の姿で 踊りながら狂って歌う。無垢な小鳥のさえずりのような、コロラトーラ ソプラノだ。フルートの音にあわせて独唱する長いシーンには、超技巧的なテクニックを要し、おまけに演技も要求される。ソプラノ歌手でも、このコロラトーラが出来る人は多くはない。

永遠のオペラ プリマドンナ、マリア カラスが愛して止まなかった このオペラ。
彼女が歌うルチアを CDで何度も聴いているから いやでも舞台のルチアの声を比較してしまう。というか、初めから 期待しないで観にいった。期待して行って、ぺしゃんこにされて、丸つぶれになって帰ってくるのではたまらない。 ところが 観てみたら、とてもよかった。

何よりも、テノールのエドガルドが ものすごく良い声だった。2メートルの背の高さ、がっしりしてハンサム こんな人に命を助けられたら ルチアでなくても夢中になる。考えてみたら、オーストラリアには良いテノールがいなかった。去年見た「リゴレット」のテノールは イタリア出身オージーで、声が良かったが、太って背が低い。今年の「ラ ボエーム」では、主役テノールがオールバックヘアに4頭身の中国出身オージーのおっさんだった。「トランドット」も、「ラクーメ」も声は良いが、見栄えの良くない韓国人だった。一体オペラオーストラリアは何をやっているのか。プレミア席に$190払っている観客達は 反乱くらい起こしても良いはずだ。 人の声の中で テノールが一番美しい音だ。かつて、王族貴族達はカストラートの声を愛した。思春期前に去勢して高い美しい声を維持させられた歌手達は教会で、オペラの舞台で活躍した。現在は テノールが人々の心を掴む。エリック カトラーというテノール、声も歌も演技もとても良い。アメリカ人だそうだが、この出し物が終わっても、ここに留まって欲しいものだ。  

肝心のコロラトーラ ソプラノのオージー歌手、エマ マチューだが、技巧的なソプラノをちゃんと立派に歌っていた。象のように 太って大きいルチアが両手を血で真っ赤にして、白いネグリジェに血しぶきあびてドタドタ出てきたら どうしようかと思っていたが、彼女 声も姿も美しい人だった。
総じてとても満足なオペラだった。満足以上のオペラだった。

2008年8月12日火曜日

映画 「ザ バンク ジョッブ」



実際に起こった事件をもとにして出来たイギリス映画。当時のことをよく憶えている私には すごくおもしろかった。

1971年、何者かが ロンドンの銀行の貸し金庫室に、となりのビルから地下にトンネルを掘って侵入して 大金が盗まれた。ビッグニュースは即時、世界中に報道されて、大胆不敵な銀行強盗の手口に びっくりした。被害金額は30億円とも言われていた。 そんなに簡単に盗めるほど銀行の警報システムが脆弱だったことが証明されて、ロンドン警察も銀行も面目まるつぶれになった。当時、イギリス政府による北アイルランド占領に真っ向から反対して 連日爆弾テロを繰り返していたIRAが、当然この事件を起こしたのだと人々は推測した。IRAのように、大きな軍事組織でないと とてもこんな大胆なまねはできないだろう と。

ロンドン警察は まもなく報道管制を布いた。事件に関する報道は一切止まり 犯人は誰だったのか、その後どうなったのか、わからないまま時が過ぎた。私は これはIRAの快挙だったと思い込んでいた。政府も警察も黙り込んだのは、IRAと、政府との間でなにか政治的な取引が行われたのだと思っていた。この映画をみるまでは。 その後 この事件が語られることはなかった。人々の記憶から完全に忘れられていた。ベトナム戦争の真っ只中、、アイルランドもパリも神田も火を噴いていた。学生達は街に出ていた。流動する世界の動きに気をとられていて ロンドンでひとつの銀行が襲われたことなど気をとられている暇もなかった。

30年たった今 迷宮いりしたはずの この事件が明るみにでる。どうして報道管制が布かれたのか。どうして銀行の警報は鳴らなかったのか。事実はこんなことだったのか と映画で知らされる。もちろん、これは事実を基にして 作られた映画だから、事実以上に 脚色されているだろう。真相暴露に映画のストーリーテラーとしての色付けが なされているに違いないが、それでもすごくおもしろい。

ストーリーは
モロッコから ドラッグを仕入れてロンドンに帰ってきた美女、マーテイン(サフロン バロウズ)は、空港で荷物検査で引っかかって逮捕される。5,6年の懲役を覚悟しなければならないところを、政府の秘密エージェントから 取引を持ち込まれる。もし、ある銀行の貸し金庫に預けてあるものを 無事に盗み出してくれれば 罪に問わないで自由にしてくれるという。銀行のアラームは、システム変更のために数日間電源が切られるので、容易に貸し金個室に侵入できると エージェントは保障する。

マーテインはさっそく 昔のボーイフレンドのテリー(ジェイソン ステイサム)を誘って、地下のトンネルを掘って 銀行の貸し金個室に侵入する計画を立てる。テリーは自動車修理工場をもっているが、やばい仕事にも手を出していて、資金繰りに困っている。テリーは仲間4人を引き入れて、地下を掘り始める。 貸し金庫に到達したグループ6人は 片端からボックスをこじ開けて現金や宝石などを袋につめて逃げる。当然これを政府の秘密エージェントは 監視していて、マーテインが、約束どうり 指定された番号のボックスを持ってくるのを待っている。しかし、テリーはマーテインが 何かを隠していて男と 秘密に連絡しあっているのに気がついていた。だから、当初予定していたのとは別の車で 別のところに逃げる。

逃げた先で盗んだものを見てみると ざくざく 宝物が出てくる。  マーテインが エイージェントに頼まれて渡さなければならなかったものは、エリザベス女王の娘、プリンセスが、ウェスト インデイーの独立運動家たちと乱交している写真だった。ウェスト インデイーの独立運動派は、この写真を 政府を脅迫するために大切に保存していたのだった。当時、カリブ海のイギリス領土だったウエスト インデイーでは、独立運動が起きていた。エージェントは 女性エージェントをウェスト インデイーに送り込んで 情報を得て、独立運動をけん制していたが、女王のスキャンダルは 早めに潰しておく必要があったのだ。

またテリーは 盗んだものの中に、ロンドン警察署署長が、当時は 違法だった売春宿で、サド マゾ プレイに興じている写真を見つける。売春宿のオーナーが 自分達の商売の存続に関わる問題が起きたときのために、いつでも警察署を告発できるように 写真を確保していたのだった。

さらに、ロンドンギャングの親玉が 警察署内部に 高額の賄賂を手渡して手なずけていた。ギャングの出納記録まで 出てきた。これが暴露されるとギャング団も 警察署の半数の役人の首が飛ぶ。

貸し金庫の中身をごっそり持ってきたために マーテインもテリーも予想外の宝物のために、政府のエージェントからも、警察からも、ギャングからも、汚職刑事からも 追われる身になる。 というお話。 同時進行で、警察の動きやギャングの動きをカメラが追うので、怖くておもしろくてゾクゾクする。動きの早い映画だ。

人々は貸し金庫に誰にも言えないような秘密を仕舞っていたり、闇で得た裏金を隠していたり、盗んだ宝石をかくしていたりする。だから、この事件で 盗まれたものの被害額は いちじ30億円位と、推定されたが、いまでも全くわからない。被害者が被害額を申請できない事情があるからだ。

それにしても、たったひとつの銀行の貸し金個室が襲われたくらいで イギリスの王室も警察も 根底から震かんさせられた、と言う話、実におもしろいではないか。 30年たってみて この映画はウソだ、王室にスキャンダルはなかった、警察に汚職はなかった、ウェスト インデイーに介入はしなかった、というのならば、イギリス政府はこの事件に報道管制を布いたのは どうしてだったのか。事件直後に迷宮入りを宣言して 一切の報道が止まったのは どうしてなのか。ちゃんと説明してくれなければならない。

2008年8月11日月曜日

ステブン イスラレスのチェロを聴く


ACO(オーストラリア チャンバー オーケストラ)の定期公演会に行ってきた。
エンジェルプレイス シテイー リサイタルホール。
ゲストは イギリスから、チェリストのステブン イスラレス。
監督:リチャード トンゲッテイ
曲は

1)CPE バッハ チェロコンチェルト 作品172番
2)バージル 弦楽8重奏曲 作品15番

3)ラベル  二つのヘブライのメロデイー
4)バルトーク 弦楽変奏曲

リチャード トンゲッテイを含めて、第一バイオリン5人、第二バイオリン5人、ビオラ3人、チェロ3人、コントラバス1人の計17人。これにコンサート チェリストのステブン イスラレスが加わった。 演奏会に先立って、世界的に名前のあるステブン イスラレスのチェロという宣伝文句に期待をして行った。
が、みごとに裏切られた。
というか、世界で高い評価を受けているチェリストが かすんでしまうほど、リチャード トンゲッテイ率いる室内楽団がのレベルが高い と言うことかもしれない。だから、このゲストチェリストが下手だったと言うわけでは決してない。
肩までのカーリーヘアを振り乱して、バロックを演奏するハンサムなイスラリスは、なかなかビジュアル的に見ごたえがあったし、軽々とテクニックを披露してくれて 簡単にはマネできない実に優れたテクニックをもっていた。でも心に染み入るようなチェロの音を聞くことが出来なかったのは、残念だった。

なかでは 弦楽8重奏が良かった。弦楽4重奏は、何度も二人の娘達と演奏したことがあるが 8重奏はない。複雑な構想、曲そのものの難解さ。8人のうち、一人が1拍 早まっただけで、綿密に組み立てられている曲そのものが、がらがら音をたてて壊れてしまう。とてもアマチュアには演奏できない。それを互いの音を聴きながら、実にみな楽しそうに演奏していた。

むかし、オーストラリアに来たばかりの頃は NSW大学を拠点において活動しているオーストラリア アンサンブルの音に魅了された。デイーン オールデイングの率いる室内管弦楽団だ。オールデイングの繊細なバイオリンの音は なにか特別な、取って置きの音と言う感じで 聞いていると泣きたくなるような音だった。若くてシドニーシンフォニーオーケストラのコンサートマスターだったが、大所帯を飛び出して、自分の仲間だけで演奏を始めた。彼らの室内楽を3年くらい 熱心に聴いていたが ある日突然 禅問答のような現代音楽ばかりに挑戦しているオールデイングの音が嫌になった。

その頃には リチャード トンゲッテイは 自分の仲間とともに、オペラハウスで定期公演会をもてるほどに 実力をつけていた。かれは 間違いなくオーストラリアでナンバーワンの演奏家だ。ソロイストとしての名声がついていると、えてしてわがまま坊主になりがち。世界のソロイストは皆そうだ。出来る人はわがままでいい、一人のソロイストを100人の演奏家達が支えてやればいいというのが常識の世界。しかし、リチャード トンゲッテイは あくまで謙虚でソロイストとしても 楽団のリーダーとしても きちんと立派に仕事をしている。この10年間、定期コンサートで、同じ曲をやったことがない。常に新しい曲に取り組んでいる。 毎回 世界からピアニストや、ハーピストや歌手やリュート奏者などを招いて、一緒に様々な曲を演奏している。毎年1ヶ月は、ヨーロッパなどに演奏旅行にでかけて、世界の演奏家達と交流をしている。 小さなグループだから 資金繰りは大変だと思う。10年間 彼らのコンサートを聴いてきて、スポンサーシップも続けているが 今後も期待して見守っていきたいと思っている。

2008年8月10日日曜日

映画 「ウォンテッド」




映画「WANTED」を観た。
監督:TIMUR BEKMAMBETOV
配役:JAMES MCAVOV         MORGAN FREEMAN    ANGELINA JOLIE

派手なカーアクション 銃やナイフでの殺し合い、ガンさばきと、流れる血、、、ハリウッドの娯楽映画の典型の、最新のフィルムだ。 とてつもない規模の破壊、今回の映画も おびただしい数の車が派手なカ-チェイスの末に ぶっ壊れ 火を噴いた。車だけでなく 列車や人も沢山 崖から落ちていった。

アメリカ人がこんなにも 建物や車やバイクやヘリコプターや飛行機が火を噴いて壊れていくのを 映画で見るのが好きなのは、毎日の平凡でまじめな生活に疲れて飽き飽きしているので、せめて画面の中で 物が壊れるのを見て うさばらしをしたいのだ という心理学者の解説を読んだことがある。
本当だろか?
むしゃくしゃして 不満がつのって、そのはけ口に、大きな音でガラスを蹴破ったり、食器を床に投げつけたり、無抵抗な女をぶん殴ったりして不満をぶちまけないと気がすまない というタイプの人がいるということも、知識としては知っている。
が、本当だろうか?
私だったら、うさばらしや不満をぶちまける暇があったら、不満の原因を冷静にたどって、そちらから解決するように努力してみる。仕事がつまらなくて耐えられないほどだったら、別の仕事を探し始めるし、夫が退屈でたまらなかったら別のを探す。

破壊や流血を見るのには痛みを伴う。
それでもそういった映画が封切られるそばから観るのは それが現在 最大規模の映画産業ハリウッド文化の主流だからだ。

ハリウッドで一番女性からも男性からも人気のある女優、アンジェリーナ ジョリーが、凄腕の殺し屋で、 そのボスは モーガン フリーマン。そこに今が「旬」の ジェームス マックボイがリクルートされてくる。という俳優ぞろいだとわかれば、ちょっと映画の好きな人ならば見逃すことができない。 まあ、日常生活からは、程遠い おとなのおとぎばなしを見るという感じだ。

ジェームス マックボイ扮する ウェスリーは、全然うだつのあがらない銀行員だ。職場ではヒステリックでサドの女性上司に頭が上がらず、毎日嫌味を言われながら 過重な仕事を押し付けられている。家に帰れば 長年付き合っているガールフレンドがいるが 彼女はウェスリーの同僚と浮気をしている。それをうすうす知っていながら 慢性的金欠病の彼にはどうすることもできない。銀行貯金の残金は$14というわけだ。誰にもももんくをいえるわけでなく ただただダメ男の代表のような凡人だ。

だがある日、立ち寄ったドラッグストアで 拳銃の撃ち合いに巻き込まれる。逃げまくっている最中、目の覚めるような美しい女性の運転する車に拾われて 命拾いする。連れて行かれた 砦のようなお城で、ウェスリーは 4歳のときに死んだと聞かされていた父親が、実は 秘密結社の殺し屋で、昨日殺されたばかりだ、と言われる。そして、天才的な 狙撃手だった父親の後を継いで 狙撃手として教育訓練を受けて欲しいと要請される。夢のような話に 一度は断って自宅に戻るが、自分には何も失うものはないと 思い直して、プロの殺し屋としての訓練を受けることを決意する。文字どうり何度も瀕死の怪我を受けながらも 優秀だった父の血筋を受けているだけに、めきめきと力をつけて、様々な武器を使えるようになって、命令どうりに、敵を殺す仕事をこなしていく。 しかし、そうしているうちに、父親を殺した仇を討つつもりでいて その仇が実は 本当の父親だったという真相がわかり、、、。 というストーリー。

つまり、この秘密結社は ライバルの秘密機関にいるウィリーの父親を殺す為に、ウィリーを リクルートして 父殺しをさせる計画を立てたわけだ。殺し屋ナンバーワンを消すためには、ナンバーワンの血筋を引いた息子に ナンバーワンになってもらって、父親を消すしかなかったというわけ。そうしたことのために、沢山の車が壊され、建て物が破壊され、巻き添えにあった沢山の人の命が失われる。

アンジェリーナ ジョリーの派手なアクションと 彼女の指導によって うだつのあがらない普通の男が一人前の殺し屋になっていく過程が とっても おもしろい。

なかで、目新しいのは、ガンさばきだ。従来のプロの狙撃手にとって、大事なのは 限りなく遠くから、限りなく正確に 相手の心臓または頭を一発で打ち抜くことが究極の仕事だった。 しかし今回は 見えないターゲットを 殺すテクニックが開発される。建物の後ろに隠れている人に向かって 腕をまわし撃ちにして 流れ弾のようにして撃ち殺す。弾はまっすぐ飛ばないで 弧を描いて飛ぶ。肩を支柱に 腕を回すことによって 目の前にあるものを避けて その後ろにあるものに当たって 隠れている人を確実に殺すのだ、、、。ウェスリーは これをマスターする。

回し撃ちで 見えないターゲットを撃つ なんて、そんな馬鹿な、、、! 
もうほとんど「巨人の星」の「魔球」の世界だ。「弾が き、、きえた、、。」というわけだ。 

ゴルゴ13も、びっくり。 そんなテクニックをアンジェリーナ ジョリーに 手取り足取り指導されれば 本当に出来るようになってしまうかもしれない と、観客に信じさせてしまうところが この映画の醍醐味だ。

だから、これは おとなのおとぎばなしだ。この映画を観た後は、日常生活に戻って、こつこつとまじめに仕事して 嫌味な上司にも頭を下げて、飽き飽きしているパートナーにも優しくしてやって 金欠にも耐え、そうしているうちに、いつか、突然、アンジェリーナ ジョリーみたいな とびきりの人が あなたの人生に飛び込んできて 日常をぶっ壊くれるかもしれない。その日を夢みよう。

2008年8月4日月曜日

オペラ「マイ フェア レデイー」


マイ フェア レデイー」は、劇作家、ジョージベルナルド ショーが書いた芝居「PYGMALION」をもとにして フレデリック ローイが音楽をつけてミュージカル化したものだ。初演は 1956年、ニューヨーク マークへリンガ劇場。そのミュージカルが映画化されたのは 1964年。オードリー ヘップバーンと、レックス ハリソンが主役を演じ、その年のアカデミー賞を総なめした。

ヘップバーンの愛らしさに魅了されて、この映画は永遠のヒット作になり、今でも人々から、変わらず愛されている。同じ年に、ミュージカル「サウンド オブ ミュージック」が 大ヒットしたにも関わらず、「マイ フェアレデイー」のインパクトが大きくて、そちらは、何の賞も獲得できなかった。ヘップバーンの姿が多くに人の目には焼きついているから 今さらながら これを舞台で上演するなんて、わざわざ不評を買うためにするようなものではないか。そんな勇気ある、というか考え無しのオペラを、オペラオーストラリアがやったので、観にいってきた。

舞台は、 時は1912年 所はロンドン、コベントガーデン。今しがたロイヤルオペラハウスでオぺラが終わり、紳士淑女が 出てくるところ。 貧しい花売り娘達が 紳士達に群がっていく。劇場から出てきたヒギンス教授と、ピケリング将軍は 余りに汚い下町言葉で話しかけてくる 花売り娘達を見ながら、下町なまりは教育によって変えられるものかどうか 論議している。ヒギンス教授は言語学者なので、賭けをして、半年間で目の前にいる娘を誰よりも立派な上流階級の言葉を話せるようにしてみせる、と豪語する。

翌日、チョコレートを食べさせてもらえる という餌に釣られて、イライザが 教授邸にやってくる。教授はイライザに半年間 自分の家に住み込んで その間お小使いもあげるが、言われたとおりに学習するように と娘に約束させる。娘の父親は貧しい掃除夫で 娘が花を売って得たお金で 飲んだくれてばかりいるお調子者。さっそくヒギンス邸のお金を無心にくる。 イライザの英語のレッスンは毎日毎日深夜まで 厳しく続けられるが、徐々にイライザの物腰からしぐさ、言葉にいたるまで上流階級のレベルに達する。ヒギンス教授は テストのつもりで、アスコット競馬場に イライザを連れて行くが、馬の走行に興奮したイライザは、馬に向かって下品な声援を送って大失敗をやらかす。しかし、それが若い貴族フレデイの心を捉える。

最終テストと称して、ヒギンズ教授はイライザを大使館主催の舞踏会に連れて行く。そこで、各国大使達から イライザの品のよさと美しさが絶賛され、注目の的になって、ヒギンスは、鼻高々。一介の花売り娘を上流階級の娘に育てた自分の業績に自画自賛する。そんなうぬぼれの頂点に立ったヒギンスを見て、自分はただピッケリング将軍との賭けに使われただけだったと知ったイライザは、もう自分はヒギンスにとって用無しになったと思い込んで、家出する。しかし、生まれ育った下町では、変わってしまった自分を受け入れてくれる人々はいない。貴族で自分を愛していると言うフレデイも、若すぎて頼りにならない。

一方、教授はイライザがいなくなって 初めて彼女の存在が 自分の日々の喜びであり、彼女が自分にとってなくてはならない存在になっていたことを思い知る。テープレコーダーに録音されたイライザの声を聞きながら 呆然としているヒギンス教授の背後に 帰ってきたイライザが 立っていて、、、という 余りにも有名なストーリー。

オぺラは、2幕 3時間。
演奏:オーストラリア オペラバレエ オーケストラ
指揮:ANDREW GREENE
監督:STUART MAUNDER
イライザ ドリトル:TARYN FIEBIG
ヒギンス教授: REG LIVERMORE
ピケリング将軍:RHYS MCCONNCHI
フレエデイー:MATTHEW ROBINSON
イライザの父:ROBERT GRUBB

何よりも、衣装が派手で綺麗な舞台だった。
衣装、舞台の華やかさに比べて ソプラノの声は貧しく 高音と低音がマッチしていない、など、主役にはちょっと物足りないソプラノだったが、衣装の華麗さ、帽子の美しさで 欠点をカバーしている。ヒギンス役のバリトンは、テナーともバリトンともいえない。だいたいオペラ歌手ではない。長年ミュージカルや劇で活躍してきた人。最初の出だしで、声の質がオペラにマッチしない、好きになれない声なので 一瞬 出てきてしまおうかと思ったが、大人気ないことはせず、きちんと見た結果、これはこれで良い。もとが、ミュージカルなのだから、これで立派ではないか、と思うことにした。

イライザとヒギンス、ピッケリング将軍以外にも、ヒギンスの母親、ヒギンス邸の執事、女中頭、イライザの父など、みな役柄によく合った役者達が配役されていて、重要な舞台回しをしていた。 イライザの父と飲んだくれ仲間達のよるコーラスや、花売り娘達のコーラスも良かった。 貴族達が集まるアスコット競馬場でも目にも鮮やかな 女性達の豪華な衣装と帽子は1920年代のファッションショーのようで、見ていて楽しい。それと、唯一、フレッドのテナーは、聞きごたえのある、よく延びる美しい声で、特筆に値する。

ヘップバーンが演ずる映画を観たのは、1964年、今 再びオペラで観て 中で歌われる曲 全部をよく憶えていた。それほど良くできた曲ばかりで、印象も深かったのだろう。そして最後の場面 おなじところで、昔と同じように ホロッとした。楽しいオペラだった。
このオペラを観終わった後、ロイヤル劇場で、ミュージカル「マイ フェア レデイ」が、10月10日から1ヶ月間 同じソプラノ歌手で、上演されることがわかった。ソプラノ以外は 別の歌手で見せるらしいが、オペラハウスではプレミヤ席 $190 だったのが、ロイヤル劇場では プレミヤでも $125なので、かなり得かも知れない。それだけオペラハウスでは、使用料が高いのと、オーケストラや舞台装置に お金がかかるということか。この見世物ならば、ロイヤル劇場で、ジーンズ姿で、アイスクリームをなめながら見たほうが、楽しいような気がする。

2008年7月29日火曜日

ツアー デ フランス表彰台にチベットの旗




7月17日の日記「北京オリンピックは踏み絵か?」で触れたが、ロードバイクの世界競技 ツアー デ フランスが、7月27日に終了した。

この日曜日、21日間 バイクでアルプスの山々3500キロメートルを走り続けてきた選手達が パリ凱旋門を通り抜け シャンゼリゼを走りぬけてゴールに達した。

21日間の縦走には、事故がつきもので、タイヤのパンクや転倒事故など 幾度も繰り返しながらの競技が続いた。100キロ近くのスピードで山を下る途中勢いあまって山道から転げ落ちたり、道路を横断していた犬にぶつかって自転車を壊されたり、道路わきの応援の人に妨害されてスリップしたり、転倒に巻き込まれて、何十人もが通行不能になったり、せっかく凱旋門目前のところでタイヤがパンクして、走るのを断念せざるを得なかった選手もいたし、自転車の座席がはねとんで無くなって ずっと立ち姿で走破した選手もいた。手足の骨折は言うに及ばず、頭蓋骨骨折の負傷者もでた。

ツアー デ フランスはそんな21日間を耐えながら スピードを競う ものすごく過酷な競技だ。 これにオーストラリアのカデロ エバンス31歳が、出場し、快走していたが、遂に第2位を獲得した。
途中、報道陣の車にひっかけられて、転落事故で怪我をして、走りながら 止血スプレーを使っていたこともあったし、他国の攻撃的なチームによる 露骨な妨害にあったりしながらも、よく快走してくれた。

彼は 「FREE TIBET」「チベットに自由を!」という文字を編みこんだ靴下を履いて走り続けた。ユニフォームのジャージーの下には チベットの旗がプリントされたシャツを着ていた。
そして、その姿で、表彰台に登ってくれた。

第1位のスペインのカルロス サストレとの時間差 58秒。

カルロ エバンス あなたが誇らしい。
チベットの旗をパリの表彰台に乗せてくれて ありがとう。
うれしくて、言葉もない。

2008年7月28日月曜日

和太鼓 「TAO」



九州から 和太鼓パフォーマンスグループ「TAO」がやってきて、太鼓を叩いて見せてくれた。
パフォーマンスのタイトルは、「マーシャルアート オブ ザ ドラム」。ステイトシアター A席 $80.

和太鼓を叩いている若い人たちが 九州で共同生活をしながら 体を鍛えて技を磨いているが、ヨーロッパ公演で非常に高い評価を受けている、という話は聞いていた。いつか聴きに行ってみたいと思っていたが初めて その機会に恵まれた。

会場に行ってみると、3分の1は子供なので、驚いた。スクールホリデイも終わったのに、土曜とはいえ真冬の夜の劇場に 親に連れられて きちんとした服を着た子供が沢山 集まってきているなんて。みな、空手キッズだったのだろうか。 シドニー大学で柔道を教えている人がいて一般の人も入会できて流行っている、とか、シテイーに空手の道場ができたとか、日本人会でボランテイアで剣道を教えている人がいるとか 聞いていたが、それ以外にも中国人や韓国人が武道を教え始めて、ハリウッド映画の影響もあって東洋のマーシャルアートは 知らないうちにかなり広く深く浸透しているのかもしれない。

でもそんな シドニーの古武道ファンにも 和太鼓を打つ大変さまでは あまり わかっていないのではないだろうか。 和弓をやっている 友達のことを 話していたら、「あー知ってる。アーチェリーね。高校のときやったわ。楽しいよね。」とか言われてしまって拍子抜けしたことがある。和弓はアーチェリーとは 材質も大きさも全然異なる。スポーツというよりも、精神鍛錬がメインで、もう ほとんど哲学の世界なのを、西洋人に理解させることは難しい。 和太鼓も、見てきたよ、と言うと、「あー 僕は去年アフリカの太鼓とダンスのショーをカジノで観たよ。」とか、「ウン、私はリオのカーニバルで太鼓とダンス見た。」とか言われて、こういった 世界の叩けば簡単に音がでる太鼓と 和太鼓とは全然違うのだと 自分が叩いたことがないので ちゃんと説明できなくて、もどかしい。

それにしても、力強いパフォーマンスだった。8人の男性と5人の女性、みな はつらつとして エネルギーの塊のような若い人たちが 自分の体よりも大きな太鼓を飛び上がって全身を使って叩く姿や、13人が 音も大きさも違う太鼓を 一斉に叩くと地響きがするほどで 大変な迫力だ。女性たちの横笛も、上手だったし、琴も弾いていた。踊りながらシンバルやタンバリンまで出てきたが、その上 全員が太鼓を叩くのだ。男性陣も 時には笑わせたりしながら 力強く太鼓を叩いてくれた。

最初の出しもので、もう13人全員がエネルギーを使い果たしてしまっって、こんなで、最後までみんな体がもつだろうか、と心配してしまった。本当に力強い。それと、いかにも日本人だと思ったのは、一糸乱れず 全員がよく統制がとれて、小さな間違いひとつない、完璧なパフォーマンスだったところ。すみずみまで訓練が行き届いていて、気持ちが良い。プロフェッショナルに徹したショーマンシップが、潔い。

ヨーロッパ、アメリカ公演で 高く評価されたわけが良くわかる。 最後の方で、一人のパフォーマーが、マイクを持ってジャパニーズイングリッシュで挨拶したが、「みなさんに拍手され、喜んでいただける限り 太鼓を続けていきます。」という意味のことを言ったんだけど、言葉が足りなくて、観客は、拍手をすれば いつまでもアンコールに応えて太鼓を叩いてくれるのかと誤解して、最後、アンコールのあとも、拍手が止まなくて、舞台の人たちは、ちょっと困ってしまう というシーンもあった。あとになってみれば これもご愛嬌。

若い、立派なミュージシャンたちだった。
貴重な日本の文化遺産 後継者達ともいえる。

2008年7月23日水曜日

映画 バットマン 「ザ ダーク ナイト」



映画「THE DARK KNIGHT 」を観た。
クリスチャン ベール主演の「バットマン ビギンズ」の続編。前作と同じく、クリストファー ノーラン監督。150分。コミックの映画化だ。全米で、封切りされた最初の週のうちに 1億6千万ドルというハリウッドの新しい売り上げレコードを 更新した。一日で 売れたチケットでも 最高金額を記録したそうだ。

オーストラリアでも上映開始と同時にスクールホリデイにも重なり、大人気だ。私のいつも行く映画館では、同時に2つの館で1時間ごとに 上映して、客を捌いていた。こんなに人気なのは、オーストラリアが誇る男優、ヒース レジャーが出演した最後の映画、遺作でもあるからだろう。映画を観た誰もが ヒース レジャーが良かったと言い、28歳というあまりに早すぎた死を惜しんでいる。 私は過去10年来 ヒース レジャーが好き、この俳優は とんでもなく本物だ、と言ってきたが、同調したり 同感と言ってくれる人は全く いなかった。今年になって、彼が事故死してやっと 人々が彼の役者としての価値に気ずいてくれた感がある。どうして、「ブロークバックマウンテン」のとき、アカデミーをあげなかったのか。もう遅いのに。 バリウム(鎮静剤)と一緒に テマゼパン(睡眠剤)と、エンドン(鎮痛剤)を飲んで 副作用で呼吸が抑制されて そのまま眠ったまま亡くなってしまった。余程 頭が痛かったんだろう、疲れて眠りたかったんだろう、と思い、また 翌朝 起きて役者としてやりたいことが沢山あっただろうに、と思う。

ヒース レジャーのジョーカー役はぴかいちで、冴えている。精神分裂症で人を殺したい、出来うる限り悪事を働いて人々を苦しめたいという欲望だけで生きているジョーカーの姿は本当に恐ろしい。どんどん殺して、燃やして 破壊する。頭が良くて、ゴッサムシテイーの警察や市長などより 頭脳ゲームでも勝っている。みんなが束になってかかっていっても 相手にならない。互角に戦えるのは、バットマンだけだ。それでいて、ジョーカーは後姿がやけに悲しい。激しく市長やッ警察を笑い飛ばしながらも 虚無的な目をしている。以前の ジャック ニコルソンのジョーカーよりも 私はヒース レジャーのジョーカーが怖くて良いと思う。

遺作なのでヒース レジャーのことばかり語っているが、この映画の主役は 勿論 クリスチャン ベールだ。彼の美しい顔が、バットマンの仮面にこんなによく似合うとは思ってもみなかったので前作「バットマン ビギンズ」では、ショックを受けた。クリスチャン ベイルも 役者魂のかたまりのような すごい俳優だ。2004年の不眠症の男の話「マシニスト」では、体重を35キロ落として、文字どうり骨と皮になって、熱演していた。ボブデイランの役を、「アイアム ノット ゼア」でしたときは、ギターを抱えて、ゴスペルを熱唱して、本物よりも感動的だった。カンボジアの捕虜になった兵士を演じたときは 20キロ体重を落とし、飢餓を生き抜くシーンで本当に カメラを前に蛆を食べたそうだ。バットマン、ヒーローでは、しっかり筋肉のついた立派な体をみせてくれる。役のために これほど体を作ることから こだわって徹底する役者は 彼の他にいそうにない。

クリスチャン ベイル演ずる ブルース ウェインは、大富豪、ハンサムで独身。パーテイーに 自家用飛行機を操縦して ロシアのプリマドンナや 売れっ子モデルを飾りに引き連れて、にやけている。だが、本当は仮面を被って 悪を退治する正義の味方。執事(マイケル ケイン)と、忠実なメカニック(モーガン フリーマン)の力を得て、地下に バットマンとして戦う為の兵器工場をもっている。幼くて両親を目の前で強盗に殺された彼にとっては、 一緒に育った従兄弟のレイチェルだけが 彼の心を潤してくれる存在だ。

マイケルケーンの執事がとても良い。こんな品格のある人に子供のときから見守ってもらってきたブルース ウェインは幸せだ。メカニックのモーガンフリーマンも はまり役。こんな 名優二人に がっちり脇を固められたクリスチャン ベールのバットマン、、、 これ以上の配役は考えられない。前回のレイチェルは ケイト ホームズだったが、今彼女は トム クルーズの奥さんになって二人の子供のお母さんになってしまったので、今回はちょっと彼女に似ている マギー ジーレンホールがレイチェルをやっている。
バットマンの バズーカ砲が当たっても壊れない車体の低い車や、車から分離して走り出すバイクや、コンクリートも透視できる眼鏡や 様々な武器や、さらにパワーアップしたバットマンスーツも健在、そうしたものの宝庫の地下室には わくわくする。

でも今回のヒーローは 初出場の ゴッサムシテイーの地方検事、アーロン エッカートだ。「ノーリザベーション」で、キャサリン ゼタジョーンズ共演の姿を初めてみて、若いロバート レッドフォードそっくりな姿に目が離せなくなったが、良い俳優だ。検事はゴッサムシテイーを悪から守ると、真正面からジョーカーに宣戦布告したため、ジョーカーから徹底して痛めつけられる。愛しているレイチェルと共に誘拐され、レイチェルを失うことによって 狂ってしまう。半身 焼け爛れて鬼のようになった アーロン エッカートの迫真の演技も、すごい。夢に出てきて うなされそう。こわい。 一方、バットマンはレイチェルが当然、自分のたった一人の理解者で自分の妻になるべき人だと思っていたが、、、というお話。

バットマンのクリスチャン ベール、ジョーカーのヒース レジャー、執事のマイケル ケイン、メカニックのモーガン フリーマン、警察署長のゲイリー オールドマン、地方検事のアーロン エッカート、、、これだけの豪華俳優をそろえたバットマンはもう二度と作れない。

ストーリーでは、まだジョーカーは健在で、今のところ、バットマンに勝利はない。でも、ヒース レジャーなしで、この続きが 作れるだろうか。そう思うと、空前の売れ行き、ハリウッドで売り上げ最高記録というニュースが 悲しく聞こえる。

2008年7月22日火曜日

映画「UP TO THE YANGTZE」


「揚子江は海のような大きな河だからね。イルカもいるし、鯨もくるんだよ。潮を吹きながら川面から飛び上がったり 沈んだりする姿は それはそれは美しい光景だったよ。」と叔父から子供のときに聴かされた。そんな大きな河を見ながら育った叔父は なぜか他の 東京で育った叔父や伯母達に比べて 心の大きな、広い知識をもった 雄大な人だったような気がする。

長江は 揚子江とも言うが、中国で一番長い大きな河だ。その上流地域で四川省奉節県から延びる3つの峡谷を、三峡という。長江をはさんで、両岸が切り立っていて 景観が良い。この地方に生息していた猿は、独特のつんざくような激しい鳴き声をたて、それがこだまして幾重のも重なる山々の間を縫っていったという。

李白
早発白帝城            
朝辞白帝彩雲間    朝に辞す 白帝 彩雲の間
千里江陵一日還    千里の江陵 一日にして還る
両岸猿声啼不住    両岸の猿声  啼いてやまざるに
軽舟己過万重山    軽舟 すでに過ぐ 万重の山

朝早く 朝焼け雲のたなびく白帝城に別れを告げて 三峡を下り
千里も離れた江陵の地に たった1日で帰って行く
その途中、両岸の猿の鳴き声が絶え間なく聴こえていたが、
その声を振り払うように私の乗った 小船はもう
幾重にも連なる山々の間を通り抜けていた。(石川忠久 訳)

25歳の李白が始めて故郷を出るときの 感傷的な歌だ。

世界最大の水力発電所が この長江(揚子江)を堰き止め、三峡をつぶして造られている。200万人の家庭が 水の底に沈んだ。プロジェクトは1994年に始まり、2011年に完成する。すでに200万人の家や土地やその生業を失った人々は 政府の指導に従い 移住先に移っていった。政府はそれを、沢山の人の為の 小さな犠牲と称した。

せき止められ沈んでいく3つの美しい渓谷は、李白のいた昔から景観地だ。今や、ダムのために沈んでいっていって、失われていく「古き良き中国」を見せる為に、観光客が呼び寄せられている。10人程度の観光客を乗せた 手漕ぎボートから、バーやレストラン完備の豪華客船まで、海外からの観光客を乗せて遊覧している。その客船の名は、「FAREWELL CRUISE」昔の中国への「お別れ航海」だ。澄んだ水、山々の美しさ、、、にも関わらず、すでに、水からは 白い靄が湧き上がり、遠くの空は かすんでいる。開発によるスモッグだ。 中国の近代化は 世界への均一化であり、3000年の歴史も伝統も人々の優しさも すべて飲み込んで 何の特徴もない都市造りに向かっている。

映画「UP TO THE YANGTZE」を観た。邦題は、まだわからないが、「揚子江を上る」か。 このドキュメンタリーフィルムは カナダ生まれ モントリオールとニューヨークで映像を学んだ中国人、YUNG CHANG監督によって 作られた。サンフランシスコ映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞。カナダバンクーバー国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲った。ナレーションといい、人々の表情を捉えるカメラワークといい、会話も自然で秀逸。 二人の若者の姿を通して、自分達の住んでいたところが沈んでいく様子と、中国の近代化のありようが よく描かれている。

16歳のYU SHUIは 文化大革命のときに下放されて何の教育も受けられなかった文盲の両親から生まれた3人兄弟の長女。両親は沈んでいく川岸の小屋を建て とうもろこしを植えて 出稼ぎの土木作業をしている。水道 電気のない小屋での生活は不潔極まりない。それでも沈みつつある家は子供たちにとっては スイートホームだ。政府の役人に裏金を渡すことの出来ない彼らに 約束された移住先はない。YU SHUIは身一つで、観光産業の花形である豪華船の皿洗いの下働きとして雇用される。あいさつひとつできない無学の家庭から来た貧しい娘に 職場は決して暖かい受け入れ先ではない。しかし 序じょに彼女は仲間から学んで、一人前のサービスガールになっていく。

一方、同じ時期にボーイとして雇われたBO YUは 一人っ子政策の行き渡った中流家庭に一人息子として育った。背が高くハンサムで英語も話せる、おまけに両親親戚から猫のように可愛がられてきた。アメリカ人が落としていくドルのチップに狂喜して、世界はもう自分の為にある と思い込む。しかしチームワークで仕事が出来ないとして、解雇されていく。

船のなかでの マネージャーによる英語教育、、、まじめな顔で、「オールドとか、ぺイル(青白い)とか、ファット(でぶ)とか 言ってはいけません。」などと言っているのが笑える。しかし、急ごしらえの外見だけ豪華で 内容の貧しい中国側のサービスに気がつかないまま 豪華船で豪華な食事に舌ずつみをうって満足している外国人観光客の姿も かなり笑える。


沈み逝く景観、すでに沈んでしまった300万人の人々の生活のありよう、こういった 愚かな政策に泣く人々の心の痛みと嘆き、失って二度と取り戻すことの出来ない自然への挽歌を、若い監督が 冷静でかわいた視線で映像化することに成功した。たぐいまれな、優れたドキュメンタリーだ。

2008年7月17日木曜日

北京オリンピックは踏み絵か?



北京オリンピックに参加する すべてのオーストラリア代表選手達は、中国政府を批判するような所持品を持っていた場合 中国入国禁止、ただちに強制送還になるという。


チベットの旗がプリントしてあるTシャツを着ていたり、鞄に入れていただけで、選手としてオリンピックに参加できなくなるだけでなく、強制送還すると。 沢山の競技選手たちは スポーツに強いだけでなく、常識も兼ね備えているから、当然のことながら、ユニフォームの下に 「チベットに自由を」 とか、「民主主義を守れ」 とか、「殺すな」 と プリントされたシャツを着て 競技に参加するだろう。それが 個人の自由で、憲法で守られた表現の自由というものだ。チベットの旗が印刷された持ち物を持っているだけで、入国禁止とは なんという横暴、時代錯誤。民主主義というものが一切定着していない中国という国家の恥をさらすようなものではないか。

中国政府 並び、中国オリンピック協議会は、チベットを踏み絵にしている。
中国のチベット政策に 賛成している競技者でないと オリンピックに参加させないという。これでは、オリンピックで競技をするということは、チベットを弾圧し、チベット文化の尊重を訴える人々を虐殺し、民主化を圧殺することを支持するという意思表示をすることになってしまう。

ダライ ラマをはじめ、チベットを民主化するための運動してきた人々は、チベットの独立を叫んでいるわけではない。チベット独特の文化と宗教を尊重し、民主的な 自治を望んでいるだけだ。そういった人々を中国政府は軍の力で押さえつけ 圧殺してきた。チベット民主化を望む人々は 外国人でも、北京オリンピックに参加できない という中国のポリシーは、間違っている。

1936年のベルリンオリンピックは ヒットラーが、ドイツの国威を 世界中に見せつけるために、開催された。ファシストのヒットラーでさえ、中国の今回のような 愚かな 「踏み絵」 など、しなかった。中国はとてもとても恥ずかしい国だ。


現在、ロードバイクの世界競技である、ツアー デ フランスが行われている。ランス アームストロングが、癌を克服しながら7連勝した記録がある自転車競技だ。21日間、3500キロメートルの アルプスの山々をバイクで 走りぬけるとても過酷な競技だ。
オーストラリアの、31歳の、カデロ エバンスが、快走している。水曜日は 競技中マスコミのオートバイに引っ掛けられるという事故で、転倒し怪我をしたのに、翌日は区間で最高記録を更新した。

彼は、バイクのユニフォームの下に、チベットの旗と、民主化運動を支持するメッセージを印刷されたシャツを着て、走っている。
彼が誇らしい。
がんばれ、エバンス!!!
優勝してくれ。
チベットの旗を表彰台の上に乗せてやってくれ。

2008年7月14日月曜日

タンゴ ファイヤー



もしも あなたの前にダブルボタンの三つ揃いスーツにソフト帽 目深に被ったクラーク ゲーブルが5人も立って、ウィンクしたらどうだろう。クラーク ゲーブルがわからないならば、アントニオ バンデラでもいい。保障してもいいが、私だったら、たちどころに失神する。
そんな舞台を観た。
アルゼンチン ブエノスアイレスから来た ダンサー達が踊るタンゴを観にいってきた。タンゴ世界チャンピオン ジャーマン コルネオを代表するアルゼンチンダンスカンパニーによるショー。 ロイヤルシアター。A席 $80.
5組のダンサー
Germann Cornejo & Carolina Giannini
Nelson Celis & Yanina Fajar
Meuricio Celis & Ines Cuesta
Cristian Mino & Jougelina Guzzi
Sebastian Alvarez & Victoria Saudelli
歌手
Pablo Lago
ザ バンド カルテット
Violin : Maecelo Rehuffi
Acordion : Hugo Satorre
Base : Gerardo Scaglione
Piano : Gabriel Clenari 
10人のダンサー達は歌手とバンドを連れてきたが、この音楽家達 4人とも めっぽう若くてハンサムで演奏の仕方もダイナミック、地元ではひっぱりだこの人気グループだそうだ。
全員黒髪の長髪をオールバックにして、だぶだぶのズボンに、黒の三つ揃い、ソフト帽をかぶった伊達男の代名詞みたいな姿の男のダンサー達のセクシーなことと言ったらない。タンゴのリズムに合わせて 踊る男達の足さばきがみごと。女性ダンサーがハイヒールで踊る足と足の間に、ひょいひょいと足を入れながら 女性をリードしていく。 女性達は 3インチというから7.5センチの高いハイヒール、これが一番女性の足が美しく見える高さだそうだが、その靴で飛んだり はねたり 転がったり 滑ったり、もうアクロバットのように踊るタンゴに目を見張りどうし。 彼ら、日本にも何度も行ってステージに立っているそうだ。
タンゴはもともと中南米で、貧しい人々の間で 決まった形のないダンスとして形作られていたものだ。4拍子の強烈なリズムさえ 踏襲していれば ステップは自由自在にカップルごとに あるいはリードする男性次第に 変形しても良いという。 「タンゴというのは 女の気持ちをそそらせて、そそのかし、誘惑し、惑わすための踊りです」と、タンゴ 世界チャンピオンの、ジャーマン コルネオは言う。彼のパートナー カロリナ ジャニー二は 「女は男の情熱と興奮を感じながら、服従したり反発したりするけど、その男と女のやり取りを 見ている人たちと共有できるような舞台にしていきたい」と 舞台の前に言っている。
10歳のころからタンゴを踊ってきたというダンサーたち。トウシューズで踊る クラシックバレエが一番苦しい訓練を強いるダンスだと思ってきたけれど、タンゴも楽じゃないみたい。 絶対まねはできないけれど、また 観にいくだけならばオッケー大賛成。 
そんな 舞台だった。

2008年7月13日日曜日

シドニーは戒厳令


ワールドユースデイで、ローマ法王べネデイクト16世が シドニーにもうじき到着する。
7月17日から21日までシドニーい滞在して世界の若者達の祭典でミサを行う。イベントは 7月14日から21日までくりひろげられ、世界各国から 12万5千人、国内から10万人 の人々が シドニーに集まってくる。 これについては、可哀想な馬にことよせて、6月16日の日記で書いた。

いま、空港では沢山の若い人々が 続々と大きなリュックを背負って 到着しては、引き受け先の学校とか教会とか軍の施設に向かって散っていっている。町を歩くと 地図を片手にした若くてちょっと良い顔をしているが ちょっと垢抜けない感じの若者達が たくさん歩き回っている。ほとんどの人は 真夏の国からきて、シドニーのひどい寒さに ショックを受けたはずだが、嬉しそうにしている。 オーストラリアのどこを見て帰るの?というテレビニュースのマイクを向けられて、「オペラハウスとグレイトバリアーリーフとエアーズロック」と答えた青年、、、シドニーのオペラハウスと、クイーンズランドのグレイトバリアーリーフまでは飛行機で2時間半の距離だし、逆方向のアリススプリングは3時間のフライト、3つを見るためには1週間では足りないと思うけど。

会場のランドウィック競馬場では レースコースがつぶされて、とんでもなく大きな舞台が出来上がっていて 信じられないような沢山の椅子や簡易トイレが設置されている。 神が7日間で世界を造られた、アダムの肋骨の一部からイブが造られた と主張されても、私は困らない。人がこんなに複雑な細胞からできているので 進化して自然淘汰などを経てひとりでにできあがったとは思えない 神によって造られたとしか説明できないとして、進化論を否定し、科学の時間にダーウィンの進化論を教えず、聖書の科学性を教える私立学校が沢山あっても良い。ローマ教皇ヨハネパウロ2世は 進化論を認めたうえで しかし人の魂は神が造ったと折衷案で落ち着かせた。しかしいまだにカトリックの右派やイスラム教の保守派は 進化論を否定している。

ひとそれぞれ、違う考えがあっても良い。私達は自分の信じていることや考えていることが、それを反対している人たちも、たくさんい居るということを知っている。否定しようと むきになってかかってくる人々や、黙殺したり、抹殺しようとさえする人々がいることを知っている。時として、本当に抑圧を跳ね除けなければならないけれども、大抵は 反対している人々とも、一緒に仲良くやってける。それが社会というものだ。

ニューサウスウェルス州の知事、モーリス イエマは、イタリア人でカトリックだが、民意に反して ワールドユースデイの期間中 警察の権限強化を命令した。期間中の、イベントへの妨害、反対行動、参加者にたいする不快行動も、すべて取り締まるという。イベント参加者にたいして不快感や不便を感じさせた場合、警察が介入し 命令に従わないものは 拘束や、$5500の罰金を課せられる という。これでは戒厳令ではないか。

期間中 カトリックの祭典に対して、反対行動やデモを何故してはいけないのか。憲法で保障されている、人間の表現の自由は どうなのか。
カトリックのいう避妊や中絶に対する見解に反対する人々は多い。カトリック牧師による 少年への性的被害は数え切れない被害者を出してきた。
ワールドユースデイのためにレイオフされたホテル従業員、この1週間シテイーが交通規制されるため、強制自宅待機されている沢山の短期雇用者、パートタイマー、競馬場を明け渡した為 仕事を失った馬のトレイナー達、この期間学校閉鎖され行き場のない子供達、シテイーの病院が閉鎖されて遠くの病院に行かなければならない人工透析患者達、車が一斉規制されるシテイーのたくさんの劇場も、客が来られない為に影響が大きい。

ワールドユースデイに世界から集まってきている若者達は、自分の信条が正しいと信じるだけでなく、それに反対意見を持っている人たちが世の中には沢山居るのだということを知らなければならない。人は真空管のなかだけで生きていくことは出来ない。沢山の違う意見と出会って 考える機会に恵まれなければならない。だから、反対者を圧殺してはいけない。

ローマ法王が来るというだけで、警察の権限を強化させた知事、人として恥を知りたまえ。

2008年7月8日火曜日

映画「シルクロードの子供たち」




映画「CHILDREN OF THE SILK ROAD 」を観た。
オーストラリア中国合作映画
監督:ロジャースポッツウッド(RPGER SPOTTISWOODS)
俳優:ジョージ=ジョナサン リース マイヤーズ(JONATHAN RHYS MEYERS)    
    チェン=チョー ユン ファー(CHOW YUN FAT)    
    マダム=ミッシェル ヤオ(MICHELL YEOH)    
    リー=ラダ ミッシェル(RAHDA MICHELL)

ストーリーは、
1937年の中国。
日本軍の占領下にある中国に、オックスフォードを卒業したばかりのイギリス人ジャーナリスト、ジョージ ホッグ(ジョナサン リース マイヤーズ)が、赴任してきた。
当時、戦時下にあっても、外国人と一部富豪家だけの租界と呼ばれる退廃した上海(シャンガイ、SHANGHAI)の空気に飽き飽きした、ジョージは、本当の、戦争の姿を報道しようと決意して、前線の医療品を運ぶ赤十字のトラックを運転して、単身、南京(ナンジン、NANJING)に入る。

南京では日本軍による住民大虐殺が行われている最中だった。ジョージは 瓦礫となった元新聞社ビルで、隠れて記事を書き、虐殺の模様を写真に撮る。そこを、日本軍に逮捕され、写真を撮った罪で 処刑されるところを、コミュニストのゲリラに救命される。隊長のチェン(チョー ユン ファ)に出会い、ジョージとチェンとは、親友となる。

日本軍の圧政下、国民軍勢力と、チェンらのコミュ二スト紅軍とが入り乱れ、行き場のないジョージは、紅軍と行動を共にしていたオーストラリア人の赤十字看護婦 リー(ラダ ミッシェル)に紹介された孤児院にたどり着く。破壊された古い学校には、60人の男の子ばかりの孤児が住んでいた。ジョージはたった一人の大人として、孤児たちのシラミだらけの体からシラミ退治をし、学校をきれいに整頓し、清潔な服を着るように指導する。執拗に反抗を繰り返す年長の孤児を巻き込んで、畑を耕す。

町に住む富豪マダム ヤンは(ミッシェル ヤオ)は大規模な貿易商を経営しているが、麻薬の売人も している。彼女のささえによって、孤児たちが作った野菜を、米に替えることができて、やっと生活の基礎ができる。壊れた発電機を修理して電気を点し、ジョージは英語を少年達に教える。

しかし、ここにも日本軍が町にやってきて、学校を兵舎として接収し、少年達を兵として受け渡すように 要求されて、ジョージは 夜の闇にまぎれて、60人の少年達を連れて 安全な避難先を求めて、出発する。 数百マイル先の 四川省を越えて、ゴビ砂漠を越えて、重慶(ションクイン、CHONGQING)の先、LUZHOUというところまで、避難して、古い寺院に落ち着く。しかし、ジョージはここで、小さな怪我から破傷風にかかって、亡くなる。と言うお話。

本当にあったことだそうだ。
地図で見ると なるほど雪の山々を越え、ゴビ砂漠を越えて、万里の長城の西の果てまで、大変な距離だ。 これを、歩いて、少年達と、走破した努力は並みではない。ジョージが死ぬ前に、破傷風患者独特の硬直した口で、ふりしぼるように、僕は運が悪かった、本当に運が悪かった、と、言う姿が哀れだ。本当にジョージは死を前にして、無念だったろう。 オックスフォードを卒業したばかり、戦争の現場から、戦争の本当の姿を世界の伝えたい真正直で エネルギーにあふれた青年の生と死の物語だ。60人のシラミだらけで、無法化した孤児院で、まともに攻撃してくる年長グループに、傷だらけにされながら、年少者のために シラミを退治し、黙々と部屋を整頓し、畑を作る。若いが教育者そのものだ。

ある意味で、イギリス人でオックスフォード出身でなければできなかっただろう。昔から、イギリス階級社会では、エリートのケンブリッジやオックスフォード出身者は 国の中枢機関に直接入るか、インドなど国外で外交を経験することが出世の道だった。イギリス人の冒険家 探検家精神は、7つの海、6つの大陸を支配下に入れたいイギリス人のエリート意識の表出、一種独特の国民性といえる。

それにしても己の正義感に従ったために、日本軍圧政下の中国で、60人もの孤児を連れて避難先を求めて、中国の西の果て、国境近くまで徒歩で走破することになった青年の志は、本当に死ぬまで変わらなかった。立派な人だ。

監督は述べている。 この実際にあった出来事を映画にしようと、6ヶ月、撮影場所を探して旅をしている間に、ジョージ ホッグのことを、しっかり憶えている 沢山の当時の孤児達に出会った。これが映画をどうしても仕上げなければならない、という決意を固めるきっかけになった。

2時間20分の大作。
中国奥地の山と河が例えようもないほど 美しい。カメラマン:ZHAO XIAODING.
映画の最後に出てくる、当時の孤児たちの笑顔がとても良い。

2008年7月7日月曜日

映画「アンフィニッシュ スカイ」


オーストラリア映画「UNFINISHED SKY」を観た。邦題にすると「果てしない空」とか「終わりなき空」か。

監督:PETER DUNCANは、社会派の監督。
俳優:WILLIAM MCINNES    MONIC HENDRICKX    DAVID FIELD

ストーリーは、
クイーンズランドで牧場を経営しているデビッド(ウィリアム マッキネス)は、妻子を早産のときの事故で亡くしてからは、一人きりで生活してきた。典型的なオーストラリアの牧場で、隣の農家まで 何キロも離れている。一人で、羊を囲い、新しい牧草地に移したり、トラクターで小麦を作っている。いつも、ブルーヒーラーと呼ばれる牧用犬が一緒だ。孤独だが、平和な生活に満足している。

そんなある日、突然ふってわいたように はだしで、重傷を負って 泥にまみれた女がデビッドの土地にたどり着いたとたんに 意識を失う。デビッドは いやおうなく、女を家に連れてきて 洗って泥を落とし、寝かせて、傷の手当てをしてやる。意識を取り戻した女は 怖がって逃げようとするが、デビッドが自分を助けてくれたのであって、自分に危害を与えた男達とは違うことを悟る。デビッドは女がアフガニスタンから来たことがわかるが 英語を一言も話せない違法移民らしい女に関わって責任をもつ気など全くない。

しかし、デビッドは 町に出てみて、女を捜している男達に会って、自分の町の男達が女を人身売買する違法行為に手を貸していることを知り、女を匿ってやらざるを得なくなる。女は 長い一人暮らしで荒れ果てた家を ピカピカに磨き上げる。畑を手入れして、男の為に料理を作り、心を開いて、デビットに寄り添ってくる。
女は 自分の娘が 他の家族に引き取られて、オーストラリアに移民したので、それを追って 娘を取り戻しにきたのだった。デビッドは娘を探し出してやることを、約束する。孤独な魂が求め合うように 二人は愛し合うようになる。

しかし、ある夜、女の売買に関わっていた男達が悪に手を染めた警官と やってきて彼らを襲い、、、 というお話。

1998年のオランダ映画「THE POLISH BRIDE」のリメイクということだが、オーストラリアの社会派の監督が 前作よりずっと、上手に撮っている。

どこまでも続く青い空、赤い土。 果てしない土ぼこりの赤土がが続くなか、カーボ-イハットに、ジーンズ、ロビーウィリアムのブーツを履いた ごっつい男、その大きな背中、、これぞ、まさしくオージー男だ。可哀想な女を救う 強い男は無口で無骨な男だが 根は優しい。クイーンズランドあたりで牧場やっている男の典型みたいで すんなり納得できる。 孤独な牧場主と、移民の女という設定が良い。

自分の両親または自分がオーストラリアでなく外国生まれ、と言う人がオーストラリアの人口の43%を占める国、オーストラリア。民族の るつぼと言って良い この国で なかでも最も保守的な牧場主。彼の英語を一言も話せない女との出会いが おもしろい。
しかし、牧場主の外国人に対する差別と偏見が、自分の町の男達が正しくない人身売買に手を染めていると、知ったとたんに 正義の目覚めて、弱いものを守ろうとする 男の潔さ。男が無口なのが良い。

乾いた風の音が聞こえてくるような、干草のにおいが鼻をかすめるような、オーストラリアの土埃が感じられるような 映画だ。
こんな映画を観た後は、今夜は、レモンを齧って、テキーラで一杯だ。

2008年6月29日日曜日

ペッカ クシストのバイオリンコンサート


フィンランドの若いバイオリニスト ペッカ クシスト(PEKKA KUUSISTO)のコンサートを聴いた。
ペッカは、サイモン クロード フィリップ(SIMON CRAWFORD PHILLIPS)というピアニストを連れてきた。シテイーエンジェルプレイス A席$85.

30を越えたばかりのペッカ クシストが私は大好き。
チャイコフスキーコンクールで優勝したり準優勝したり、ジュリアードを主席で卒業したりした人たちが ごろごろいる日本。幼稚園の先生がスイスの国立音楽学校の卒業生だったり、ウィーンのバイオリンコンクールで優勝した人が普通の主婦やっってたり、大学のコンパで酔った学生が 余興で軽くラフマニノフ弾いちゃう様な子がいても誰も驚かない日本。500万円程度のバイオリンを持っている子供の数から言ったら恐らく日本が一番だろう。そんな日本では、ペッカは無名なんだけど。

6年前にオーストラリアチェンバーオーケストラの、リチャード トンゲッテイが、定期公演のときに、ゲストに、ペッカを迎えた。その時、プラチナブロンドのほっそりした、少女漫画から抜け出てきたような 華奢な青年がオーケストラをバックに モーツアルトのソナタを弾いた。とても、澄んだデリケートな音で、私は思わず 彼を モーツアルトを弾く為に生まれてきたような青年、と言って絶賛してしまった。

その2年後くらいに再び来豪して、今度はトンゲッテイとビバルデイを弾いた。
その後、映画「4」で、ビバルデイーの「四季」のうち、春を日本の奏者が、夏をオーストラリアの奏者、秋をニューヨークのバイオリニストが、そして冬を、ラップランドの国のペッカが弾いていた。雪で埋まった湖を友達達と民謡を歌いながら歩いたり、彼自身の家らしい暖炉の燃える丸太小屋で、沢山の友達に囲まれて音作りをしている映像が出てきて、楽しい映画だった。 何年もかけて、注目してきた若いバイオリニストなので、その後を知りたくて、聴きに行った。

プログラム
1)ジーン シベリウス:バイオリンとピアノの為のソナチネ 作品80番
2)フランツ シューベルト:バイオリンとピアノのためのソナタ 作品384番
3)ジョン コリグレアーノ:バイオリンソナタ 1963作

コンサート開始のっけから、ペッカは ピアニストと肩を組んでラップランドの民謡を歌った。続けて、彼のガダニー二のバイオリンを持って、次々と、ラップランドの民謡を弾いた。とてもよかった。
冬、雪の積もった音のない世界で遠くから語りかけてくる澄んだ音、詩情豊かな、情感いっぱいの歌。 シベリウスも「フィンランデイア」にあるような力強さではなく、透明でささやくような、北の風が聴こえてくるような 実にデイケートな音だった。雪景色のラップランドの情景が感じられる音楽だった。

ロシアから独立する前のフィンランドでは フィンランド人の愛国的士気が昂揚することを恐れたロシアから 「フィンランデイア」は 演奏することを禁止されていた。独立運動の前奏曲ともなった この曲はフィンランド人にとって 国の誇りだ。シベリウスが91歳で 亡くなった時、彼は国葬にされて 国中が喪に服した。

ジョン コリグレアーノというアメリカの作曲家の作品は シベリウスやシューベルトと比べて難解で技術的に大変でヘビーな ジャズのテイスト。でも、力強い 美しい曲だった。この作曲家、知らなかったが、1997年オスカーを取った映画「レッドバイオリン」を作った人だった。現代音楽作曲家は、多才だ。

ペッカはフィンランドの代表的音楽家ということで、世界各国のコンサートで すでにシベリウスを130回 弾いているそうだ。フィンランド政府から 1752年作のガダニー二を貸与されているが、芸術監督として、自分も若いのに、若い音楽家を養成するためのキャンプやプログラムを作って、盛んに活躍しているらしい。
ピアノストとの、いかにも信頼しあった同士と言う感じが、会話や音のやりとりでわかり、微笑ましい。彼の人柄の良さを感じさせる。苦しんで自分の音を作る孤高の人ではなくて、いつも友達に囲まれながら ジャズに傾倒したり、電子音楽をやったりしながらクラシックに捉われない音楽に挑戦している。お祖父さんもお父さんも作曲家、お母さんも、お姉さんの旦那さんもピアニストだそうだ。

ペッカのコンサートは、2夜のみ。1500席の会場は、熱心なファンでいっぱいだった。予定どうりの曲や、ペッカのジョークをまじえたトークも終わり、アンコールで沢山の曲を弾いたが、最後に、「これが最後の曲ですよ。これが終わったら、みんな家に帰って寝ましょうね。」と、言ってファンを沸かせたあと、弾いた曲は、ララバイ。

ミュートをつけて、その上 ピアニシモで弾かれる小曲が、会場では息をするのもためらわれる静寂のなかで、澄んだ透明な音が流れて、そして終わった。
心に残るコンサートだった。

2008年6月24日火曜日

映画「モンゴル」



「上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白(なもじろき)牝鹿ありき。大いなる湖を渡して来ぬ。オノン河の源なるブルカン獄に営盤して生まれたるバタチカンありき。」-井上靖「蒼き狼」から。


独露映画。ロシアの映画監督 セルゲイ ボドロフによる2時間20分の大作、2008年 アカデミー外国語映画賞にノミネイトされている、チンギス ハーンの半生を描いた映画「モンゴル」を観た。
俳優:浅野忠信、KHULAN CHULUUN、HONGIEL SUN

映画では、チンギス ハーンの幼名 テンジンの9歳の頃から お話が始まる。
テンジンの父親は 部族の首長だが、約束をしていた部族とは別の部族から妻を娶ったので、そのどちらの部族からも恨みを買っていた。父は、息子を連れて 息子の妻を決めるための旅にでる。 部族の決まりどうりにテンジンの母が来た部族で妻を決めるところが、立ち寄った部族で、テンジンは一人の娘を気に入って、婚約を交わしてしまう。そのことで、父は他部族から、二重に恨まれて、遂に毒殺される。それを見た部下たちは、テンジンを首長とは認めず、財産すべてを奪い、テンジンを奴隷として、首かせ、足かせをはめて生きることを強制する。

その後、テンジンは逃亡に成功して立派な若者になり、若い部族の首長に出合って 彼と兄弟として生きる誓いをする。そして9歳のときに婚約していた妻、ボルテを迎え正式に結婚する。が、その日のうちにテンジンが嫁を迎える約束をして裏切られていた部族が襲ってきて 瀕死の傷を負い、妻を奪われる。テンジンは兄の力を頼って妻を奪い返すが、そのころには、もう妻には2人の子供ができていた。 テンジンは小さな部族を次々に制圧して自分の部族を大きくし、戦闘を繰り返しながら勢力をつけていく。
しかし、かつて父が持っていた部族と、兄の部族とが敵に回ったとき、そのモンゴルを二分する戦いに敗れ、奴隷商人に売り飛ばされて、カザキスタンで、牢に見世物としてさらし者になる。妻は、カザキスタンの商人に身を任せ、砂漠を越えて、テンジンを救い出す。
モンゴルに戻ったテンジンはそれからは、破竹の勢いで戦闘に勝ち進み すべての部族を飲み込み モンゴル帝国を統一する。と言うお話。

国家統一する前までのテンジンの若い頃のエピソードだ。 世界地図の半分を自分のものにした偉大な帝王のお話だから、英雄チンギス ハーンを見るつもりで この映画を観る人はがっかりするかもしれない。映画では、テンジンよりも、妻のボルテの方が、偉い。
9歳のテンジンに、自分をお嫁にして、と言って彼に決めさせたのは、ボルテだし、瀕死のテンジンの命を救うために 自らは留まって 敵の部族のものになる結婚直後のボルタは、りりしい。夫を牢から救出するのもボルタ。全幅の信頼を寄せて兄を疑いもしないテンジンに、「首長は一人だけ」と、裏切りを決意させるのも、ボルタ。この、凄腕の妻は、すべての部族を巻き込んだ戦闘で勝ち抜いて、妻のところに帰ってきたテンジンに、「あなたはモンゴル人、何をしなければならないか わかっているでしょう。」と言って 彼を送り出すのだ。二人の関係はモンゴルの乾いた空気のように、すごく乾いていて、湿ったところが全然ない。強さと強さとで、結び合っていて、強靭な信頼関係で成り立っている。強い男は 強い女が支える、ということか。

映画の戦闘シーンは凄い。馬を全力で疾走させながら 鎧で身を固めた戦士が 両手に2本の刀を振りかざして 敵に切り込んでいく。ちょっとでもバランスを崩して落馬したら、脊椎骨折で 即死だ。俳優も命がけだ。この映画 暴力場面が非常に残酷ということで、15歳以下の人は観られない。

実際のチンギス ハーンは、モンゴル帝国初代の王で、1206年から1227年まで在位した。中国北部から中央アジア、イランまで配下に置き、ユーラシア大陸全土に広がる大帝国を自分のものにした。ヨーロッパ、インドまで遠征する計画をもっていた。まさに、世界地図の半分を所有した。
無学な荒野の戦士が、大帝国を築き、文明を発展させたことは、脅威的だ。彼は 高度な製鉄技術を持ち、鋭利な武器や鎧を開発し、戦術に長けていた。それだけでなく 文字文化を導入し、翻訳活動を推進し、異民族の高度な文化を積極的に取り入れた。 マルコ ポーロとの交流も、印象深い。マルコ ポーロの伝記を読むと、年老いたチンギス ハーンが、マルコを自分の孫のように可愛がって、珍しい宝石や香料を与える様子が描写されている。 奥さんい操られるだけの夫だったわけではなくて、立派な指導者だったのだ。

2008年6月23日月曜日

サッカーヨーロッパチャンピオン戦


おとといは、日本では夏至だった。
オーストラリアでは、冬至だった。
新婚旅行には、この時期にシドニーに来て 一年で一番長い夜を過ごし、日本に帰ってまた 長い夜を過ごしたら 良いのではないかしら。

いま、サッカーで、ヨーロッパチャンピオン戦をやっていて、観ているので 寝不足。
あんなに広いグランドで、相手側の動きを見ながら、自分の位置を走りながら見極める。サッカー選手は スポーツのなかでも、最も、頭を使わないとやっていけないスポーツではないだろうか。

昨日は、準じゅん決戦で、オランダ対ロシアで、ロシアが勝ったのがとても印象的だった。まさか、歴史的にも実力でも強豪のオランダに 名もないロシアが勝つなんて、誰も期待していなかった。

例えて言うならば、尊敬する井上雄彦先生の「スラムダング」で、桜木花道、流川楓や、赤城剛憲らの名もない湘北高校が 日本高校バスケット界を君臨する山王高校に、全国戦で、勝ったようなものだ、と言えば、20代後半30代40代の人には通じるか?

試合前から、ロシアの選手が柔軟体操をしている様子を観て、彼ら全員がすごく体が柔らかくて、ジムナスティック選手みたいで、びっくりした。みんな世界的な試合の経験はなくても、若くて体がしなやかなのを見て、ひそかに彼らが、オランダに勝つにではないかと思ってい見てて、そのまま勝ってくれたのでとても嬉しい。ロシアの若い人たちが、走っているうちに、赤いりんごのほっぺになるのも、可愛い。

今日は、まだ準準決勝で、 スペイン対イタリーだ。
イタリアがんばれ!

2008年6月17日火曜日

映画「インデイージョンズ クリスタル スカルの王国」



団塊の世代は年をとらない。
昨日、1メートルの距離で2時間話し込んだオージーに 30代だと思ってた と言われた。べつに、嬉しくもない。戦争、汚職、拡大するばかりの貧富差、世の中何ひとつ良くならない。年を取っている暇がない。いま、20代の若い女性の4割が、専業主婦になりたいそうだ。若者の老年化、団塊世代の若年化。

「ダイハード4」の ブルース ウィルス、「ラッシュアワー4」のジャッキー チェン、「インデイージョーンズ4」のハリソン フォードも、全然年を取らない。頼もしい。 大学で、考古学を教えるインデイーの姿は、年相応に見えるが いったんスパイに取り囲まれれば 大暴れ。機知と感に頼ってサバイバルする姿は、19年前のインデイーと全く変わりない。いまでは、父親のショーン コネリーは 亡くなったらしく教授に机の上の写真立てにおさまっていたが、新たに息子が出現、「SON」と呼んでも怒らない素直な青年だ。前作では、父のショーン コネリーがインデイーを「ジュニア」と呼ぶたびに、地団駄を踏んで怒っていたインデイーだったけれど。

インデイージョーンズは、冒険少年物語だ。映画を観れば 絶対面白いからお勧めする。君は、子供のとき「宝島」、「ロビンソンクルーソー」、「ハックルベリーの冒険」、「岩窟王」、「紅はこべ」、「アルセーヌルパン」、「シャーロックホームズ」、「ラミゼラブル」、「15少年漂流記」、「マルコポーロの旅」、「ジンギスカン」などなどに夢中にならなかったか?こんなに面白い物語を読んで夢中にならない子供がいたら、私は悲しいが、まだ遅くはない、この映画を夢中で観ることをお勧めする。

象牙の塔の考古学者は つい世界の財宝探しにのめりこみ 辞職に追い込まれたり、ロシアスパイに拉致されたりするけれど、宝物は必ずあるべきところに返して、ハッピーエンドだ。でもそこに落ち着くまでには、何度も何度も どでんがえしがあって、引きずり込まれて本当におもしろい。映画を観ていて ずっとこのまま映画が終わらなければいいなあ と思った。ヤングテイーンでいっぱいになった映画館で インデイーを見ながら、ハラハラドキドキ、時々キャーとか叫びながら 愉快な冒険の時間を共有することができる自分で良かったと思う。 この映画の出来は、最低とか、非現実的とか、いろいろ批判の論評を目にするが、そんな視点でしか映画を楽しめない老人性若者は、可哀想だ。早く老いて早く死ぬだろう。

インデイージョーンズ シリーズの第4作
監督:ステイーブン スピルバーグ
原案、製作:ジョージ ルーカス
配役:ハリソン フォード、ケイト ブランシェット シャイヤ ラブーフ、カレン アレン

ストーリーは、
かつて、ペルーのある山奥で、水晶でできた脳をもった人々が 謎の王国を築いていた。1957年、この王国を発掘したインデイーら考古学者によって 研究のために、水晶の頭骸骨のひとつが持ち出された。この水晶の頭蓋骨を科学的に解明できれば、王国が隠し持っていた財宝が手に入れられる。ウクライナのスパイの頭領ケイトブランシェットは、インデイーを拉致して、水晶の頭蓋骨と、謎の王国を探させる。

ロシアスパイの追求から、命からがら逃げだしてきたインデイーのところに、自分の母親がぺルーのジャングルで 囚われの身になっているので、助けて欲しいという青年マット(シャイヤ ラプーフ)が現れる。青年に託された手紙を読んでインデイーはペルーに即決で飛んで、青年と二人の冒険が始まる。捕らわれていたのはインデイーのかつての恋人,マリオン(カレン アレン)だった。青年がかつて自分とマリオンとの間にできた実の息子だったと知らされて、がぜんがんばるインデイー。
拉致されていた老探検家も引き連れて ロシアスパイと追いつ追われつ水晶の頭蓋骨の奪い合いが繰り広げられる。  という、お話。

蛇が苦手なインデイーが 底なし沼に飲み込まれて死にそうなとき、すかさず蛇を投げてよこすマットが、「蛇に捕まれ」というが、インデイー、首まで泥につかっても、がんとして蛇には触りたくない。で、マリオンとマットが蛇じゃない、「綱につかまれ」と叫んで、やっと目をつぶったインデイーが蛇につかまって泥沼から救出されるシーンには大笑い。インデイーは、こだわりのある、学者だから おかしい。

ステイーブン スピルバーグはユダヤ人だから、前作のインデイーでは第2次世界大戦が背景で、ナチスドイツが悪役だった。スピルバーグなりに、親の敵をとったつもりだろう。
彼の「シンドラーのリスト」も 当時、戦後30年たって、人々に忘れ去られるアウシュビッツの恐怖を 再び人々に提示してみせた。ユダヤ人として、やっておかなければ気がすまない彼なりの仕事だったのだろう。その後、「ミュンヘン」を製作したが、これで、ユダヤ人としての仕事は充分した、と、本人も満足したのではないだろうか。
今回のインデイーはロシアが悪役。ケイト ブランシェットの美しさが、軍服姿で、きわだっていた。
楽しい冒険少年物語だった。

2008年6月16日月曜日

ローマ法王がやって来る


ダライ ラマが6月11日から16日まで来豪し、連日 シドニーオリンピック会場で メデイテーションを指導していった。

7月には ワールドユースデイということで、ローマ法王ベニディクト16世が シドニーにやってくる。 このため会期の、7月15日から21日まで 世界各国から12万5千人の若者がやってくるだけでなく、国内からも、ラリアの10万人の信者が集まってくる と予想されている。

会場になるランドウィック競馬場は 受け入れ準備で忙しい。 ほぼ、シテイーの中心にあるランドウィック競馬場は、長女が卒業したNSW州大学や、メル ギブソン、ケイト ブランシェットなどが演劇を学んだ国立俳優養成所や、映画撮影所フォックススタジオなどに、隣接している。ラリアで競馬と言えば メルボルンカップだが、このランドウィック競馬場はラリア最大の人口都市シドニーにあり、最も人気のあるレースコースだ。レースのある日は、着飾った女性達と、それをエスコートする男達とで一杯になる。いまでは普段着で行く人の方が多くなってきているが。
ここには、沢山の厩舎があり、700頭あまりのレース馬をはじめ、沢山の馬が住んでいて、トレーニングを受けている。馬術学校もあり、たくさんの生徒、ジョッキーの養成とそれを支える人々の職場でもある。
これらの馬はすべてトレーラーですでに、引越しをさせられた。レースコースはつぶされて、ローマ法王のミサのための祭壇と参加者の椅子が並べられた。ラリアのカソリック教会は ラリア競馬クラブに 4300万ドルを支払って 場所を借りる契約をした。 22万5千人の訪問者で膨れ上がり 交通渋滞が予想されるため、政府は早くから、シドニーで働く人々は、長期休暇を取るか、自宅で仕事をする体制を取るように呼びかけている。また、市民は遠方地に疎開するか、家の中にこもっている方が賢明だ、とアドバイスしている。

当初、沢山の人が来るということで ホテル業界は期待していたが、世界各国からやって来る若い人たちは 教会の敷地に寝袋で、キャンプしたり、ホームステイまたは、複数で安宿をシェアすることにしていることがわかり、シェラトンとか、ヒルトンとかは、あわてている。普段シドニーの大型ホテルの客室稼働率は75%だそうだが、この期に及んで15%の予約しかなく、しかもこの時期、交通渋滞で一般観光客の観光ができないため、ワールドユースデイは、ホテル業界にとっても 政府にとっても痛い出費になりそうだ。 反面、22万人5千人の人がやってきて、消費する食べ物や日用品、おまけにキャンプ用品や寝袋など、売れて、経済効果も大きいことだろう。

しかし、ランドウィックの馬達にとっては迷惑なことだろう。今年は、ローマ法王のために、強制疎開。去年は、逆に自宅軟禁、移動禁止の憂き目に会った。

日本から運び込まれて、ラリア中に広がって恐怖に慄かせた「馬インフルエンザ」(EQUNE FLUE)だ。 2007年のメルボルンカップは、このインフルエンザのために、NSW州の馬は全部移動を禁止されて、レースに参加できなかった。たまたまNSW州に来ていたビクトリア州の馬も、メルボルンに帰れなくなって、参加できなかった。毎年春に行われるスプリングカーニバルも、中止に追い込まれた。全国からの馬を競売にかける農家の交流の場が失われて、馬主はひどい打撃をうけた。連邦政府は 11億1千万ドルの救済金を出したが、競馬業界では、大量の失業者を出す結果となった。

メルボルンカップには毎年、エリザベス女王の馬もやってくるし、2006年のメルボルンカップでは優勝馬も、2位の馬も日本から来た馬だった。これほど世界中の馬が、レースのために、空を飛び回る時代は 以前にはなかったことだろう。これ契機に、ラリアでは、馬の検疫をしっかりすることになったそうだが、馬も、ワクチンを打ったり レースのたびに旅行したり、外国に行ったり、ご苦労なことだ。ランドウィックの馬達、不自由な疎開生活を始めたそうだが、病気をしないで、元気でいて欲しいと思う。

これほど、大騒ぎをして準備を整えて、やがて、ローマ法王がやってくる。一方で、ダライ ラマが、ひっそりシドニーにやってきて、ひっそりと 旅立っていった。いまだに、中国のチベット自治区では チベット僧侶を中心に市民が弾圧され、殺害されている。今年3月に始まった、中国軍による弾圧で 虐殺された方々は数千とも言われている。 そうしたなかで、オリンピック聖火をチベットでも無事に通過させ、オリンピックの成功を願う、と、言わざるを得ない、ダライ ラマの心の痛みを思う。

2008年6月15日日曜日

ケビン ラッドの訪日


中国語を流暢にしゃべる ラリアのケビンラッド首相は、首相になって最初の外国訪問で、中国を訪問したが、これが日本頭越し外交、ということで、日本側の激しいブーイングに対応せざるを得ないかっこうで、日本を訪問した。

「ジャパンバッシングならず、ジャパンパッシング(PASSING)」が、それほど日本国民感情を損ねるとは、ケビンも思ってもみなかったことだったろう。これはケビンの訪中から一ヵ月もたたぬうちに、首相を半ば強制して 呼びつけたようなもので、異常に中国嫌いの日本の底力を示した ともいうべきか。

それにしても、ケビンの5日間の滞在中 3日目にやっとケビンと対面した福田首相のもったいぶった態度は何なのか? 欧米では、国の代表者が 他国を表敬訪問する場合、その国の代表者が夫婦で空港に迎えに行ったりする。世界一外交下手な日本、いつまでもこんな福田首相のようなことをやっていていいのだろうか。日本はラリアで最大の貿易国ではないか。

日本は、エネルギーも食料も、ラリアからの供給に頼っている。天然ガス、鉱物資源、牛肉、乳製品、米、小麦、砂糖などだ。輸出入合わせると ラリアの貿易相手国の一位は去年、中国に取って代わられたが、日本は二位、輸入に関してはいまだに一位だ。エネルギーと食料の供給を止められたら困る。

ジャパンパッシングに関して、3月に労働党が政権を取って ケビンが首相になってから、彼の7人の閣僚が、すでに日本を訪問した、にもかかわらず、日本側は、たったの一人も、ラリアに来ていないことを、ケビンは繰り返し、述べていた。

ケビンが、特別機でラリアから、成田でなく直接 広島に降り立ち、広島平和公園、原爆記念館を訪れたのは、びっくりの、上手な外交の仕方だった。首相になって、最初にしたことは、先住民族アボリジニーへの公式謝罪と、京都議定書の調印だった。差別と戦い、環境、平和の味方というイメージを それぞれ絶好のタイミングで印象付けている。政治家として、なかなか、そつのない優等生ではないか。(いまのことろは)

ケビン念願の中国訪問で、大規模輸入輸出契約を取りまとめて帰ってきたと思ったら、日本では、着いてすぐトヨタを訪れて、環境に優しいハイブリッド車のテクニックを褒め称え、メルボルンにトヨタ工場を持ってくる交渉をした。

それで、2010年から、メルボルンでハイブリッド車、トヨタカムリが、生産されることになった。アデレートで、三菱車生産工場が 日本側の業務縮小のあおりを食って閉鎖され3000人の失業者を出したばかりだ。ハイブリッド車をラリアで生産できるようなれば 願ったりかなったりだろう。ラリア政府がトヨタに35億円を助成金として出すという。

ケビンは福田首相との会談後、記者会見の席で最後に、「是非近々ラリアの来てください。うちでバーべキューしましょうよ。」と言った。事前打ち合わせのない予想外の言葉だったらしく、福田は黙っていた。でも、こんなとき、「よし、わかったよ、ケビン。鯨とイルカの肉持って行くから 一緒にこれで一杯やろうぜ。」とでも、毒を吐いたら、福田の人気も少しは日本国内では(国内だけ)上がったかも。
ちなみに、ケビンの訪日中のオージー世論調査の結果では、
「一刻も早く、調査捕鯨をしている日本を違法行為として、国際司法裁判所に提訴すべきだ。」と言う意見が、87%。
「中国との外交を重視すべきだ。」と、言う意見に、72%。
「日本との外交を重視すべきだ。」と答えた人 28%だった。

2008年6月2日月曜日

フラメンコダンスとアンダルシアの音楽


一年ほど前、スペイン出身の女優 ぺネロぺ クルス(PENELOPE CRUZ)が 映画「VOLVER」邦題「ボナペールー帰郷」という映画を主演した。監督、ペトロ アレモドバル(PETRO ALMODORAR)。

ラ マンチャ地方を舞台にした映画で、母と娘、姉と妹の堅い固い絆を描いた秀作。登場する男達は 飲んだくれで 恥もへったくれもない性欲ばかりのろくでなしばかり。対して、スペイン女達の図太いたくましさ、生命力の旺盛さは、まぶしいばかり。 トム クルルーズと別れてからの、ぺネロぺ クルスが 輝くように美しい。内容はちょっと、腑に落ちないような感じだったけれど。

この映画の中で、ペネロペがこの地方の民謡を歌うシーンがある。ギターをもって、彼女の長い首をすっと伸ばして スペイン独特の哀切に満ちた短調を歌ってきかせる。それがとても良かった。この場面を見るだけのために、この映画を観る価値がある。観ていて、スペインを代表する女優が 素朴で土の香りのする土地の民謡を披露することが出来るのは すごいことだと しみじみ思った。私は日本人だが 詩吟をうなることも、落語を一席きかせることも、大漁節や花笠音頭を歌うことも、三味線や琴を外国人に聞かせてやることもできない。1曲でよいから 外国人が絶対まねのできないような 日本独特の芸をものにしておかなかった自分が悔やまれる。

「PACO PENA FLAMENCO DANCE」「パコ ぺ二ィアとフラメンコダンス」というパフォーマンスを観にいった。シドニーシアター A席 $94.シドニー公演は 5夜のみ。
シドニーのあと、パース、キャンベラ、アデレート、メルボルン、ブリスベン、ゴールドコーストをそれぞれ1晩ずつ駆け足で公演するようだ。ロンドンを根城に音楽活動しているグループ。

6人のミュージシャンと3人のダンサー、計9人のパフォーマンス。
ギター:PACO PENA 、PACO ARRIAGA 、RAFAEL MONTILLA
シンガー:INMACULADA RIVERO 、JOSE ANGEL CARMONA
パーカッション:NACHO LOPEZ
ダンサー:ANGEL MUNOZ , CHARO ESPINO 、MARTINEZ

スペインアンダルシア地方の音楽、ジプシー音楽に限りなく近い。回教徒のメロデイーにも近い。アンダルシアはかつて回教国だった歴史もあるので、これがアンダルシアの音調なのだろう。独特のこぶしのきいた歌いまわし。哀切に満ちた 嘆きの心引き裂かれんばかりの悲しみの歌。それと、激しいスペインのフラメンコダンス。

もう相当のおじいさんのパコは 終始にこやかにすわって、ギターを弾いていたが、大変な迫力、3人でギターをバラバラやられると、ウーンまいった。激しさと 沈黙の使い分けが、鋭利な研いだナイフのよう。
パコがギターを一人で弾いている。そこに、女性ダンサーが現れて 突然 カチカチと、カスタネットを叩く。その瞬間 アンダルシア民謡に命が吹き込まれる。この瞬間が鳥肌が立つほど 間をとらえたものだった。瞬間、観客がオー!と、声をあげていた。 ギターとカスタネットだけの音のかけあいがみごと。カスタネットが自由自在にリズムを変えていき、ギターも負けずに自在にリズムを変化させていく。フラメンコ音楽が激しくメロデイーを奏でて 燃えるように調子が高まり リズムが早くなっていき、その絶頂で ピタリと 音が止まる。こんな 激しい音楽のありように聴いている側は引きずり込まれざるを得ない。

ダンサーも良かった。闘牛士のような服に、赤いマフラーを首に巻いた二人の男達のステップを踏む姿が華麗。スペイン舞踊は男の美しさを見せるための舞踊だ。激しい足踏み 一瞬音が止み 沈黙の中で見せる男の横顔。歌舞伎でいうと 主役が大見得をきるところ がとても良い。

観客は乗りに乗っていた。 ソロダンスで、音楽が止み、無音のなかで、ダンサーが指をならし、踊り始めると、調子に乗った観客が指を鳴らし始めた。会場全体に指を鳴らす音が広がると、自然リズムが遅れ勝ちになる。初めは笑顔で踊っていたダンサーが、踊りながら「静かにー」というジェスチャーをし、観客は、一瞬照れたようにどよめいて、指を鳴らすのをやめる、といった場面があった。ダンサーは迷惑だったろう。これだから、すぐに舞台と観客が一体になって、乗ってくるオージー観客は困り者。だいたいジプシーのリズムに 普通の人が付いて行ける訳がない。しかし、人なつこくて、遠慮なく演奏者のリズムに乗って すぐにはしゃいでしまうオージー体質は、憎めない。日本の舞台では、絶対にお目にかからない場面だ。

胸が引き裂かれんばかりに歌う 哀切の嘆きの歌、それと、フラメンコの激しく力強い 華麗なダンス、、、とても、よいものを観た。

2008年5月22日木曜日

シドニーの普通のレストラン



シドニーはもう冬、6時半に起きる頃はまだ暗い。写真は 起きたときベッドから見た光景。ギリシャ教会の尖塔が日の出の光に美しく映える。

映画「アイアンマン」で、テロリストに誘拐された億万長者が救出されて、アメリカにもどって まず初めに食べたがったのがマクドナルドのチーズバーガー、というシーンがとても気に入ったのは、私も マックチキンでなく、ナゲットでなく一個$2のチーズバーガーがむしょうに食べたくなるときがあるからだ。 家から5分歩いたところにマクドナルドがあり、さらに5分歩いたところに郵便局がある。毎日 私書箱を見に、郵便局に行き、マクドナルドによらず帰って来るのに努力を要することがある。40セントのソフトクリームの魅力も見過ごせない。それをなめながら、ゆっくり歩いてアパートのドアでコーンに達し、エレべータ-でコーンを食べつくし、部屋に入って ポイッなのだ。

娘達がそれぞれ立派な専門職について自立して、一人遊びが上手になった。ひとりでチャッッウッドに映画を見にに行き、一人で回転寿司を食べてくる。寿司飯の上にサラダを乗せたり、エビフライやとんかつが乗ってマヨネーズがいやというほどかかっているような皿ばかりが クルクル回るカウンターで、「ねえ、かんぴょう巻き作ってちょうだい、普通の、ごく普通の奴、、」とか、無理難題を言って嫌がられている。

映画館から一階下りたマンダリンセンターの、韓国チャコールBBQの、$10 バイキングにも よく行く。レストランで一人前ドン と盛られると食べきれない。好き嫌いも激しいから、好きなものを好きなだけ気ままに食べられるとうれしい。バイキングだから、ネギやにんじんをセッセと横にどけて、焼きそばだけをがっしり取ったり、八宝菜の山の中から、ほじくってミニコーンとブロッコリーだけとったり、肉のところをこそげ取ってマーボー豆腐の豆腐だけを取ったりしても、誰も批判がましい顔をしないでいてくれる。四角い顔の主人 元軍人という感じのおじさんもおばさんも、最初に店に入ったとき$10払って入ると、みごとに無表情のまま何時間でも放っておいてくれる。ふと思いついて友達に手紙を書いたり、新聞を読んだりしてゆっくりする。

家族や友人と食べるディナーに、日本食レストランの予約を取ろうと「オタクは日本料理屋ですか」と聞くと 「いいえ」、と明確に否定してからジャパニーズフレンチです、とか、フュージョンですとかの答えが返ってくる。何のことが全然わからない。

でも、気に入ってよく行くレストランは「WAQU」と、「美濃」。

「WAQU」:32FALCON ST CROWSNEST 9906-7736   5コース $49
「美濃」:521MILLITARY RD MOSMAN 9960-3351   5コース $59

先日の「WAQU」のメニューは、
1)ソフトシェル蟹とタコス   牛肉と飛び魚刺身 ポン酢ゼリー寄せ   鶏フィレ肉ゴマソース   にんじ    んスープキャビア添え
2)鱒のタルタルソース   または  
 帆立貝と豆腐のきのこソース   または   
 黒豚フィレ肉照り焼きソース
3)寿司
4)ビーフステーキ   または   
  チキンアジアスパイス   または   
  鱈の西京焼き
5)デザート


先日の「美濃」のメニュー

1)穴子とカニの湯葉まき   または   蒸し海老の梅ドレッシング
2)お造り生カキの盛り合わせ
3)銀鱈の西京焼き
  赤ピーマンと魚介類のポタージュ
  海老真丈
  牛肉たたき
  ソフトシェル蟹の吉野葛揚げ    
    または   

  キングフィッシュとしめじ茸蒸し
  赤ピーマンと魚介類のポタージュ
  アスパラガスの合鴨巻き揚げ
  あぶり帆立貝のマリネサラダ
  霜降り肉のしゃぶしゃぶ風サラダ
4)鰻重     または   
  鶏か鮭の照り焼き     または   
  天ぷら     または   
  すき焼き     または    
  和風ステーキ     または    
  とんかつ     または    
  握り寿司     または   
  寄せ鍋     または   
  かじきトロの煮付け
5)デザート

「WAQU」はテーブルとテーブルの間に充分 スペースがあって、静かで落ち着いている。10人くらいのパーテイーができる個室もあって、良い。
その点、「美濃」は 詰め込みすぎというか、普通。
どちらの店も趣味の良い瀬戸物を使っていて、感じが良い。久しぶりに家族が顔をあわせたとき、食事を楽しめるシドニーの普通のレストランだ。

2008年5月18日日曜日

シドニーで一番のレストラン




シドニーで、和久田哲也がシェフをしているレストラン「テツヤズ」が、イギリス「サン ペレグリーノ世界のベストレストラン100選」で、今年も世界の10トップレストランに選ばれたと、日豪プレスは報じている。去年は5位だったが今年は9位。

トップ10のレストラン
1)EL BULLI スペイン
2)THE FAR DUCK イギリス
3)PIERRE GAGNAIRE フランス
4)MUGARITZ スペイン
5)THE FRENCH LAUNDRY アメリカ
6)PER SE アメリカ
7)BRAS フランス
8)ARZAK スペイン
9)テツヤズ オーストラリア
10)NOMA デンマーク
また 「テツヤズ」は 92年以降毎年、シドニーモーニングヘラルドの、グッドフード賞を受賞し続けている。一人前$285.半年先まで予約いっぱいのレストラン。

3年前、RNS病院の心臓外科病棟にフルタイムで勤めながら、日本人患者のために通訳で、タウンホールクリニックにも勤めていた。でも大学での勉強も始まるのでクリニックの方は 退職することになり、お別れ会を、テツヤズでやってもらった。
テツヤズの良いところは、すべてが個室になっていて、通路がほかの客を顔が合わないような構造になっていることだ。だから、レストランで誰ともばったり会ったりしないで済む。レストランによっては、普段は静かで落ち着いて食事するつもりで来たのに、たまたまほかのグループが耳の遠い老人グループで、大声でがなりたてるのがいたり、しつけのできていない子供を連れてくるアホな若夫婦がいたりすると、食事がめちゃくちゃになる。その点、テツヤズは、中に入ってしまうとハンサムなウェイターしか目にしないで済む。髪の長いウェイトレスを置いているレストランもいやなものだ。レストランは、身の動きの早い、清潔な感じの若いウェイターに限る。

部屋に通されると ウェルカムシャンパン。それが済むと、座って、前菜用のよく冷えたワインと前菜。次に、ワイングラスを下げて 別のワインと焼き物。それが済むと、また、ワイングラスを下げて、別のワインと煮物。という具合に、それぞれの料理に合ったワインが、それごとに注がれる。
メインは「テツヤズ」の代表料理、オーシャントラウトのコンフィ。50度の低音でじっくり火を通したマスの片側に、炒った昆布を胡椒のように貼り付けたもの。見た目も美しくて良いお味。
途中、口を洗うということで、一口シャンパンのソルべートが出て、デザート前にもシャンパンが出てから甘いものが出た。
クリニックのオーナーが払った一人$350のコースが高いと思わなかったのは、痒いところに手が届くスマートなウェイター達のサービスぶりと、惜しげもなくその場で開けられる沢山のワインでせいだろう。とても、良い思いをしたレストランだった。

「テツヤズ」と、「ガリレオ」と、「吉井」 この3つがシドニーでは一番のレストランと言われている。 行って見た。

オブザーバーホテルの中のレストラン「ガリレオ」。犬養春信コック長は、テレビの「料理の鉄人」に出演した。一人$165.  9コース。ソムリエが愚かな男で、お酒を飲まないから食事にしてくれと、言っているのに 飲み物をオーダーさせようと強引な押し売りをされた。わざと食事と食事の間をあけて、飲み物で稼ごうとする。食事が終わるのに4時間半かかって、終わる頃には、誰もが疲れ果てていて、会話を続ける気にもならなかった。これほど愚かなソムリエに合ったことがなかったし、これほどレストランでひどい目にあったことは、前にも後にも一度もない。建物も古びて、汚らしい。絶対行くべきではない。

「吉井」コック長、吉井隆一。漫画「おいしんぼ」で 活躍した料理人。ラリアで一番の億万長者ジェームスパッカーが結婚したとき、彼が腕をふるった。
先日行ったばかりで、メニューを まだ捨ててないので書き写してみる。9コース $130。(ワイン別)
上の写真は、このときのもの。1、と 6、と 8、の写真。
1)ウニ玉
2)筍の前菜盛り合わせ
3)スキャンピのカラスミ焼き、筍のパスタ添え
4)子牛ヒレ肉カルパッチョ
5)アサヒガ二と衣笠茸の鳴門蒸し
6)和牛ビーフ 蓼と西洋山葵のピュレとたまり醤油ソース
7)シャーベット
8)寿司
9)味噌汁
10)デザート
フロアマネージャーが予約受付から、当日の案内、料理の出具合をよく監督していて、彼の洗練され、物腰の穏やかさは、とても良かった。しかしお運びは全員ウェイターでなくウェイトレス。
オントレのウニ玉が、この人の得意料理で、卵に、ウニを乗せて熱いスープをかけて金箔を乗せた物。金箔なんて、趣味が悪い。
前菜(2)と次の(3)で、季節の出し物として出された筍は、ショック!水煮缶だった。ここでも、本当のたけのこは、栽培しているのに、名のあるこのようなレストランで、一缶$5で買える水煮缶が材料だなんて、日本料理屋として許されるとは、思えない。おまけに、(4)も、(6)も、生の牛肉で、血がしたたるような肉だった。
「吉井」には、吉井コース$130か、桜コース$110しかないので、食べに行くと二つしかチョイスがない。(1)ウニ玉の生卵や、(4)と(6)の生肉を食べられない人は少なくないはずだ。現に、夫は ウニ玉を気持ち悪いと言い、生肉が食べられないので、ここの料理は ほとんどパス、食べずに返していた。このレストランは、行く価値がない。

というわけで、「テツヤズ」は、好きだが、半年先にまだ生きているかどうかもわからないのに、予約を入れてもらってまで 行く気はしない。
世界でトップレストランとか、いろいろ言うけれど、食べ物をおいしいと思うには、本当に仲の良い人と、楽しい気分で、会話を楽しみながら食べる食べ物ならば、何でもおいしい。なにも、高いお金をだして、高給レストランに行くことよりも、楽しい仲間をもつこと。一緒にいて楽しい家族を維持すること。これが一番大切なことだ、と思いあたる。

2008年5月12日月曜日

映画「ヒットラーの贋札」


映画「THE COUNTERFEITERS」邦題「ヒットラーの贋札」を観た。

久々に 重いが実のある 良い映画だった。今年見た映画30本位の映画の中で、一番印象深い 見ごたえのある映画だ。

事実をもとにしたドキュメンタリードラマ。オーストラリア映画、ドイツ語、英語字幕。
実際に、彼らが製造した贋札は、130億ポンドで当時の英国の外貨総金額の3倍にもあたる 金額だったそうだ。

監督:ステファンルッオスキー(STEFAN RUZOWITZKY)
2008年アカデミー外国映画作品賞 受賞作。

3人の主要登場人物
贋札作り稀代の職人サリーSOLOMON SOROWITSCHに:KARL MARKOVICS
サリーの仲間 ブルガーに:AUGUST DIEHL
ドイツ将校ヘルツォークに:MARTIN BRMBACK

1936年 ナチ政権下のベルリンで、ユダヤ人サリー(カール マルコビックス)は、地下で、贋札、パスポート、身分証明書の偽造などをしていたが、ナチに捉えられて、強制収容所に送られる。

ナチスドイツは 連合国の経済システムを混乱させ麻痺させるために、ポンドとドルの贋札偽造を計画していた。 ドイツ軍将校のヘルツオークは、印刷技術や、アートに優れた腕をもつ職人を集めて、工場をつくって そこでポンド偽造を始めた。そこに贋札つくりの稀代の天才職人サリーが連れてこられ 責任者に任命される。

集められたユダヤ人のなかで、ブルガー(オーグスト デヒル)は、ロシアから連行されてきたコミュニストのユダヤ人、贋札作りのサボタージュを提案し、ドイツ軍に協力するくらいなら ほかのユダヤ人たちと一緒にガス室に行くと主張して 実際、サリーの仕事の妨害をする。贋札工場に集められたユダヤ人は、ほかの者たちとは格段に良い待遇で、柔らかいベッドや、良い食事が与えられるが、いったん抵抗すれば、いとも簡単に銃殺処刑が、待っている。
サリーは、ドイツ軍将校ヘルツオークに 激しくプレッシャーをかけられながら 黙々と 贋札作りをすすめていく。

実在した人物 サリー(ソロモン ゾロウィック)を演じた カール マルコビックは、シドニーでは テレビ連続刑事ものの番組「インスペクターレックス」で、毎週でてくる おとぼけ刑事をやっている俳優だ。痩せて、背が低く、禿げ上がって あごが滑稽なほど出ている ハンサムとは程遠い俳優だが、テレビ番組では、レックスという名のジャーマンセパード犬が主人公で、毎週起きる殺人事件を解決する。刑事達は、犯人を追い詰めたはずが、逆に追い詰められて倉庫の中で焼き殺されそうになったり、気絶したまま水死しそうになったところで 刑事達より優秀なレックスに助けられ、犯人逮捕にいたり、めでたしめでたしとなる。オーストリアから送られてくる人気テレビ番組で、英語字幕がついている。
しかし、「ヒットラーの贋札」が、アカデミーをとり、カール マルコビックが有名になってしまったため、せっかくのレックスが引っ込んでこの俳優が中心の刑事ものになってしまった。レックスの活躍だけが楽しみだった私には、がーっかり。 しかし、彼は良い俳優だ。この映画に適役。彼の無表情の表情がとても良い。

ナチの命令に出来る限り抵抗しようとしたブルガーと、ナチの命令には卑屈とも思えるほど従順にヘルツオークを喜ばせようとするサリーとは 常に映画の中で対になっている。
しかし ブルガーが サボタージュの責任を問われて銃殺される瞬間を、完璧に仕上げたドル札を手に駆けつけてブルガーの救命をするのはサリーだ。
仲間の中で 絵の上手な少年が結核になって、それをドイツ側に察知されたら殺されるとわかって、ヘルツオークと危険な駆け引きをして結核の薬を手に入れて少年を救命しようとするのもサリーだ。
贋札工場で、誰よりもドイツ軍に従順で卑屈にみえて サリーは贋札工場の責任者として 仲間の誰一人の命も失わずに済むように 奥深く秘めた決意をしていたのだろう。

ドイツ兵が退却し、戦争が終わったことを知ったとき、コミュニスト ブルガーが、大粒のなみだをぼろぼろ落としながら 呆然とたたずむ姿と、サリーの無感情とは、対照的だ。

毎日が死の恐怖と恫喝に中にいた者にとって、終戦、自由、解放、希望、、、など、絵に描いたような道順を歩めるわけがない。

サリーは、解放後、ヘルツオークが隠していた贋札の札束をもって、パリにきて モンテカルロのカジノで 湯水のようにポンドを使い切る。酒も女も金も、彼にとっては 何の意味もない。金を使いきった後、砂浜で海を見つめる彼の目は、何もみていない。絶望以上の絶望をみている。 映画最後の場面だ。

私達は、このような優れた戦争映画によって、たくさんのことを学ぶことができる。
「ソフィーの選択」、「ショアー」などでも、私はたくさんのことを知ることができた。本を読んだり ドキュメンタリーフィルムを見ただけでは わからなかったことを、優れた映画によって、感じ、触り、聞き、味わい 感動することができる。

とても良い映画なので、お勧めする。

2008年5月9日金曜日

映画「壊れた太陽」



映画、「BROKEN SUN 」、邦題「壊れた太陽」を観た。
監督:BRAD HAYNES
出演:JAI KAUTRAE、宇佐美慎吾、原健太郎、橋本邦彦


オーストラリア、NSW州のカウラというシドニーから西の内陸に向かって250キロほど行った田舎町に、第2次世界大戦中は捕虜収容所があった。 カウラは今でこそ、小さな町が中心にあり、そこから一面の麦畑と、牧草地が広がって、牧畜農家が点在している のどかな田舎だが、収容所があったころは、まだ本当に僻地のようなところだったのだろう。

戦争が始まって、フィリピンなどで戦争中に捕虜となった日本人が、イタリア人捕虜や、ドイツ人捕虜と一緒に、この収容所に収容されていた。  当時の日本人軍人は生きて捕虜となるよりは、天皇のために戦って潔く死ぬことを望んで、食事のとき用に与えられていたフォークやスプーンや石で武装して、看守を襲い、集団脱走をした。

1944年8月5日のことだ。1104人脱走、死者234人、負傷者108人、脱走に成功したもの ゼロという記録を残した。生き残って、収容所にもどされた捕虜達は戦後 日本に帰国したが、捕虜を恥と考える日本人捕虜達は、自分の本名を隠し通したため、実際の脱走の首謀者などは、わかっていない。

死者のうち、4人はオーストラリア人看守だった。僅かな数の看守に対して、圧倒的多数の日本人が襲ったため、看守は無残に殺された。脱走を計画したものは、恐らく 誤った情報によって、カウラから脱走して汽車に乗り 港までたどり着ければあわよくば母国に帰れると、思い込んでいたものもいたと思われる。当時、南方戦線に駆り出されていた島国日本の若者に、日本とオーストラリアがどれほど離れているのか、NSW州が地図の どのあたりに自分がいるのかといった知識を まともに持っていた人はわずかだったろう。汽車などなく、港まで何百キロ、カウラから歩いてでは、どこにも逃げる所などない。日本の22倍、このオーストラリア大陸の大きさを正確に知っていれば脱走に異を唱えるものも多かったはずだ。無知を、教条的な精神主義で乗り切った当時の軍国日本の、無謀な集団脱走だった。一部の軍人に踊らされて起きた 集団自決事件ともいえる。

今、カウラには沢山の桜が植えられて、当時の戦死者達の日本人墓を取り囲んでいる。近くには、日本庭園が造られ、池には大きな錦鯉が泳いでいる。日本軍は大東亜共栄圏とかいって、アジアの国々を侵略し、捕虜になった兵士達は オーストラリアでサンフランシスコ条約に即して人道的な捕虜の扱いを受けていたにも関わらず、オーストラリア人の警備員を殺害し、集団脱走して 結果として、沢山の集団自決とも言ってよい死者をだした。毎年、桜の時期には、大使、領事や、日本人会によって、法事が行われている。

この映画は、このカウラ事件を扱った インデイペンデント フィルム。
主人公、ジャックは 若いときに第1次世界大戦でヨーロッパ戦線に送られて帰還した元軍人。結核でひとり、わびしい恩給暮らしをしている。戦場で負傷して、連れて行ってくれと、懇願する親友を無残に見捨ててきた過去から逃げられず、親友がいつも夢に現れて、自分を苦しめる。 そんな時に カウラ収容所から脱走してきた日本人捕虜マサルが、とびこんでくる。ジャックは 素足でボロボロの服を着たマサルに 食べ物を分けてやり、服をやり、足の怪我の手当てまでしてやる。戦争で心の傷を負っているジャックと、絶望的な脱走をはかりうとしているマサルとの間に、いつしか心が通い合う。

しかし、その夜 もう一人の脱走犯がやってきて、自殺をはかるが死に切れなくて苦しむ友人のために首をしめて楽にしてやるマサルをみて、ジャックは 許せない殺人だといって激しく怒る。しかし、朝には、追っ手がやってきて、、、というお話。

この映画は 歴史的に無視することができないような 深刻な出来事を扱っているはずだが、映画としては失敗作、ものすごくつまらない。冗漫で、詩情に流れて、テーマが失われている。安っぽいセンチメンタル。
この監督の日本びいきには頭が下がるが、マサルの友達が 脱走したあと生き残ってマサルと合流できた そのすぐ後に切腹自殺するのは、実情にそぐわない。オー!ニポンジンー、ハラキリ、ゲイシャ、フジー、といった外人さんのイメージには苦笑するしかない。脱走した捕虜がハラキリできるような短刀を持っているのも、謎だ。

脱走の前、一番強硬に看守を殺して潔く死ぬと、アジっていた男が逃げ延びて、女子供しかいない農家に逃れて、食べ物を恵んでもらったあと、主婦に、どっかに早く行ってくれ、と言われて、あわてて、主婦の家事の手伝いに、シーツを干そうとするところは、笑える。当時の日本軍強硬派がこんなことをするだろうか。

初めの脱走シーンも、突然、画面が真っ暗になって、声だけ、ワーとか、ガッシャン,ドタン、グシャ、バンバン、ドッドッドッ、などと、音だけで脱走を仕上げてしまったのも、予算がないのは、わかるけど、もっと、何とかならなかったのかしら。だいたい、せりふあり日本人4人、せいふなし日本人が4人くらいの出演者では、戦闘場面は描けなかったのも無理はないけれど。でも、本当は、二人だけの出演者でも優れた映画を作ることもできる。

ジャックとマサルとの間に国境をこえた友情がめばえるといった テーマを描きたかったのだと思うけれど、そんなに 数時間の間に、簡単にめばえる友情って、何だろう。1944年 オ-ストラリアと日本は 敵味方で戦争をしてた真っ最中のできごとだ。オーストラリアのおとなりさんのインドネシア、シンガポール、フィリピンと、日本軍は侵略の食指をのばし、オーストラリアのダーウィンを爆撃し、シドニー湾にも潜水艦をおくって、人口の少ないオーストラリア人を震え上がらせていた敵だ。そんな日本人に出会って すぐ食べ物を分けてやり、自分の持っている一番上等な服をやれるだろうか。

カウラ脱走事件の当時に関する書物を、随分読んできたが、確かに 腹を空かせ、青白い思いつめた顔の脱走犯をみたカウラの人々の中には、田舎者の人の良さでもって、食物を与えた農家もあったようだ。でも、それは友情ではなくて、同情だ。決して、友情ではない。

インデイペンデントフィルムというのは、スポンサーもなく、限られた予算で どうしてもいいたかったことを、魂をこめて作るフィルムではないだろうか。

こんな程度のセンチメンタルな奇妙な日本びいきのテイスト映画を、男の友情物語とか 戦争悲話とか、ヒューマンドラマなんて、言ってくれるなよ。ムシズが はしるぜい。 

2008年5月5日月曜日

映画「アイアンマン」


映画「IRON MAN」、邦題「アイアンマン」を観た。 監督:JON FAVREAU
鉄人トニー スタックに: ROBERT DOWNEY JNR
秘書ペパーに:GWYNETH PALTROU
親友の米軍総指揮官ジムに:TERRENCE HOWARD
スタック社取締役 オビダーに:JEFF BREDGES

原題を、そのまま読めばアイロンマンなのに、邦題がアイアンマンなのは、日本人がRを発音できないからかしら? 敷島博士が開発し、金田正太郎少年が操作する、鉄人28号は、今も私のヒーローだけれど、これは、ロボットではなく 鉄でできたスーツを着て戦うアイアンマンのお話。

トニー スタック(ロバート タウニージュニア)は、天才的な兵器開発技術者で、スタック社二代目の社長。彼の開発した兵器は世界中で売りさばかれ、国防長も、米軍も、CIAもFBIもトニーとは密接な関係をもっている。会社の取締役でトニーの右腕は 亡くなったトニーの父の親友だったオビター(ジェフ ブリッジ)。 億万長者のトニーは、お酒と女が大好きな プレイボーイ。豊富な財力と、斬新な技術で新しいスーパーミサイルを開発したばかり。

この新しい兵器を売り込みにアフガニスタンに行った帰り、タリバン砲撃にあい、一行は全滅、トニーは誘拐される。トニーは砲弾の破片が心臓に突き刺さり、死ぬところを 同じくタリバンに誘拐されていた東欧のドクターによって、救命される。このドクターは自分が発明したペイスメーカーを トニーに埋め込んで いったん止まった心臓を蘇生させた。 医師とトニーの二人は、タリバンのために 洞窟で 米軍に売ったばかりのスーパーミサイルを大量生産することを要求される。 タリバンは 沢山のスタック社の兵器を米軍から強奪していた。それらを分解して二人は 新兵器を作る。すなわち巨大ロボットアイアンマンだ。

完成直前にタリバンに察知されて、医師は殺されるが アイアンマンスーツを着たトニーは キャンプから脱出、タリバンの網の目をくぐって、砂漠で行き倒れたところを 米軍に救助される。が、アイアンマンスーツは、粉々に崩壊する。

帰国したトニーは自分が作った兵器がタリバンを攻撃するだけでなく、米軍から奪われた同じ兵器が アフガニスタンの市民を殺傷している現実を知って、もう、武器開発はしない、と、主張する。会社取締り役達の混乱を尻目にトニーは一人、アイアンマン第2号の製作に着手する。 自分の心臓のペイスメーカーに 原子力エネルギーを使った新しいエネルギー源を埋め込み、銃にも爆弾にも負けない力を持ったアイアンマンを作る。飛行機より早く飛び、鉄よりも強く、風よりも早く走るアイアンマンは、アフガニスタンで大活躍。親友の米軍総指揮官ジムは、トニーの姿に驚愕する。

しかし、スタック社取締役のオバデイアは 裏ではトニーを裏切り 武器をタリバンにも横流ししていた。そして砂漠で粉々になった、アイアンマン第1号を再生して、トニーの心臓に埋め込まれている新エネルギーのペースメイカーを取り付けて自分がアイアンマン第1号になって、第2号のトニーと戦う。新エネルギーのペースメイカーを奪われたトニーの戦いの勝ち目はないが、秘書(グウェンス パースロー)の機転で第1号はエネルギーを失い、トニーは生き残る。アメリカ市民は、新しいヒーロー アイアンマンの登場に大喜びして、、、。というお話。

結論は、ジョージ ブッシュは、イラクで4000人の米兵をなくしながらも アメリカの自由と正義のために戦争を正当化しているけれども、アメリカの本当の敵は タリバンでもハマスでもアルカイダでもヒスボラでも南米ナショナリズムでもなくって、アメリカ内部の腐敗なんだよね。トニーの敵が 一番身近にいた自分の会社の右腕だったように。

トニーが3か月 タリバンに誘拐された後、無事帰国して、彼が最初に食べたがったのが、マクドナルドのチーズバーガーだったり、仕事しながら、ピザにかぶりついたり、億万長者なのに、なぜか憎めない。

プレイボーイ、トニーの一夜のお相手が 彼の豪邸で次の朝 目が覚めると、秘書のグエンス パースロー以外に誰もいない。女が腹をたてて「なによ、あんた」と言うと、パースローが、「私 秘書なの。トニーのズボンを下ろさせること以外は何もかも、私の仕事なの。」と、スラリと言うところも 彼女らしくて、全然憎めない。やっぱり、スーパーヒーローには、彼女くらいの、品格のある女優を使ってくれないとね。

週に1本以上は 劇場に足を運んで映画を観ているから、映画の始まる前の予告編はたくさん観ている。「インデイアナ ジョーンズ」や、アンジェラ ジョリーの「ウォンテッド」 など、興味深い映画が次々にやってくるのがわかる。でも、このアイアンマンは 一度も予告編をやらなかったので、何の予備知識もないまま、急に劇場に出てきたのを観た。で、観てよかった。とってもおもしろい。

「スパイダーマン」、「バットマン ビギン」、「スーパーマン」など、スーパーヒーローが私は大好き。 「ロボコップ」、「トランスフォーマー」も大好き。天才的な技師が図面をひいて、それが立体的な形をつくり、本物のロボットができていく過程はぞくぞくする。この映画もトニーが ロボットを相手に一人で アイアンマンスーツを作っていく過程がすごくおもしろい。人はいつも鳥のように自由に空を飛び、 風のように早く走り回る夢をみる。スーパーヒーローは、いつだって、いて欲しい。