2011年12月28日水曜日

映画 「戦火の馬」


スティブン スピルスバーグ監督、米英合作の映画「WAR HORSE」、邦題「戦火の馬」を観た。1982年に発表された英国作家、マイケル モルパーゴの小説を映画化した作品。早くもゴールデングローブに ノミネートされている。

監督;スティブン スピルスバーグ
キャスト
アルバート:ジェレミー アービン
父 テッド:ピーター ミュラー
母 エミリ:エミリー ワトソン
少女   :セリーン バーケンズ
脱走兵  :デヴィッド シューサス

ストーリーは
ところは イギリスのデボン地方。
石ころだらけの土地を開墾する貧しい農家。
15歳のアルバートは 父が農耕馬として買ってきた馬を見るなり その美しさに心を奪われた。父親のテッドもまた この馬の姿に魅かれて 競売に参加して競り合っているうちに 引っ込みがつかなくなって競り落としてきたのだった。テッドはお金のない農夫の身なのに 農耕馬の代わりに美しい競走馬を買ってしまったのだった。帰るなり、妻のエミリからは、足の細い競走馬に畑作業などできやしない、と叱咤され罵倒され、近所の農民達からは馬鹿にされ、領主からは 借金が増えるばかりだ と笑われる。

しかしアルバートは この若馬に ジョーィと名をつけて、心を込めて訓練を始める。親から引き離されたばかりの若馬ジョーィと、孤独な少年アルバートとの間には、やがて友情が芽生え、ジョーィはアルバートの言うことなら何でもわかるようになっていった。ジョーィは 家族の願いを聞き届けるように、農耕作業も懸命にやって、家族を助けた。

時は1914年。第1次世界大戦が始まる。デボンの街からも男達が率先して志願し戦争に出かけて行った。借金に苦しむ父親テッドは 高額で馬を買いたがっている騎馬隊に、ジョーィを売る決意をする。アルバートは 無二の親友ジョーィを取られるくらいなら、自分も騎馬隊に志願して戦地に行きたいと懇願するが、アルバートはまだ兵役に満たない年齢だった。ジョーィとの別れに嘆き悲しむアルバートにむかって、騎馬隊の隊長は 戦争に勝って必ず連れて帰るから、と説得する。アルバートは 父がボーア戦争に行ったときに 優秀な兵士として表彰され受け取った旗をジョーィのクツワにお守りとしてくくりつけて ジョーィを見送った。

しかし しばらくしてアルバートが受け取ったのは 騎馬隊長の描いたジョーィのスケッチ画と、隊長の戦死の知らせだった。すでに、兵役の年齢に達したアルバートは、入隊してジョーィを探そうと決意する。
戦場は過酷な状況だった。英仏とも、戦況は膠着状態で死者が増えるばかりだった。アルバートは 歩兵として突撃要員として、駆り出されて、、、、
というお話。

映画の最初に、上空からイギリスのデボン地方の映像が映される。どこまでも続く緑の豊かな穀倉地帯、放牧も盛んに行われていて、ところどころに農家が点在する。広がりのある 美しい絵葉書のような景観だ。やがて、カメラが地上に下り、牧場を映す。豊かな緑を背景に 走り回る馬の美しさ。馬の出産、赤子が立ち上がり、歩き出し、母親馬のあとを 飛びまわって跳ねる。愛らしい子馬。風を切り勇壮に走る競走馬。馬の筋肉の盛り上がり。細い足で土を蹴る後ろ足の力強さ。走る馬の その姿の美しさは例えようもない。

そんな美しい生き物が戦争に駆り出され、砲弾をかいくぐり 重い大砲を運び、騎馬隊として敵地に飛び込んでいく。
ジョーィが自由を求めて、鉄条網で体中傷だらけになって 重い木の柵を引きずりながら力つきるシーンや、ぬかるみの中を重い大砲を引く労役を強いられて足を折るシーンなど、胸がつぶれる思いだ。第1次大戦の まだ近代兵器が開発される前の戦争の残酷さ。肉弾戦の冷酷無比な様子は、見るのもつらい。
戦場の非情さが淡々と映像化されるが、しかし哀しいシーンばかりではない。フランス片田舎の少女が出てくる。両親を殺され 戦火に脅えながら、おじいさんと暮らしている。自分が見つけた美しい2頭の馬を 軍に取られまいとして 必死に自分の部屋に隠す。それを見守るおじいさんの優しさ。

自分の馬ジョーィを探すために 戦場に行ったアルバートのひたむきさが胸を打つ。戦争場面が残酷だが、デイズニー映画らしい終わり方をして、子供も大人も楽しめる映画に仕上がっている。そして、強い反戦へのメッセージが込められている。

かつて、世界大戦のために、オーストラリアから136000頭の馬が戦場に送られた、と記録されている。そして帰ってきたのは たった一頭だった。現在、戦争記念館には、一頭の生きて帰ってきた馬、サンデイーの像が建っている。なんという おびただしい犠牲だろう。人が始めた戦争のために、人を心から信頼している動物が利用されて残酷な扱いを受けて死ななければならなかった。改めて、動物達を駆り出していった戦争を憎む。

この映画を撮影するために オーストラリアのゴールドコーストから14頭の馬と、ゼリ ブレンという40歳の動物訓練士が海を渡ってハリウッドに行った。彼女は、戦争で犠牲になったオーストラリアの、136000頭の馬を代表して 映画作りを手伝ってきた と言っている。
良い映画だ。

2011年12月22日木曜日

映画「ミッション インポッシブル ゴーストプロトコル」




クリスマス正月休みは、家族や親しい友達と映画でも観て ゆっくりしたいと思う人は多いだろう。そんなときに観る映画は 豪華にたっぷりお金や人手をかけて作られた大型映画に限る。

トム クルーズの新作「ミッション インポッシブル ゴースト プロトコル」は それにうってつけのゴージャスな映画だ。トム クルーズって50になる、おじさんでしょう、1980年代の映画の人じゃない、などと言うなかれ。実はわたしも この人のことはすっかり忘れかけていたが、この映画を観て すっかり見直した。
やっぱりトム クルーズは ハリウッドの中心、メジャーなスターなのでした。たまたま2,3本主役をやって ちょっとの間 持てはやされて消えていく小粒のスターとは ひと味もふた味も違う。
彼は 単なる役者ではなく、主演もプロデュースも行う。普通、映画界では監督は神様のように偉くて、役者をオーデイションで選んだり、テストをして落としたりするが、トム クルーズの場合は自分が監督を選ぶ立場にある。
というわけで、第4作目のミッション インポッシブルは監督ブラッド バードがトム クルーズによって選ばれた。
ピクサー映画の「ミスターインクレデイブル」(2004)と「レミーのおいしいレストラン」(2007)で2度もアカデミー賞長編アニメ賞を受賞した監督。受賞作は二つともデイズニーアニメと違っておもしろかった。「レミーのおいしいレストラン」では、レストラン街に住みついていて、すっかりグルメの舌をもったネズミと おちこぼれシェフとの友情物語で、笑わせてホロリと泣かせもする よく出来た映画だった。

ミッション インポッシブルは 米国極秘スパイ組織IMFのエージェント、イサン ハンド(トム クルーズ)のスパイ映画。前作2つはシドニーで撮影された。ラペローズという美しい岬の近くに16年前は住んでいたが、そこが撮影舞台になって 自分が毎日 車を転がしているところを、トム クルーズが大真面目な顔でバイクで疾走するシーンなど、ちょっと笑ったけれど、興味深かった。シリーズ4作の中で、これが一番良い。
今回の「ゴースト プロトコール」では 一番の悪役、核兵器テロリストを、スウェーデンの高倉健というか、渡辺謙のマイケル ニクビストが 演じた。スウェーデン映画で大人気を得た「ミレニアム ドラゴンタットーの女」、「火と戯れる女」、「眠れる女と狂卓の騎士」3部作で、主役のジャーナリストを演じた人だ。さすがスウェーデン映画を代表する主演男優、ハリウッド映画に出てきても堂々として立派だ。

ストーリーは
ブタペストの刑務所に潜伏、服役していたイサン ハントがIMFの仲間のよって脱獄に成功。次の新しい仕事は クレムリンに潜入して核兵器に関する最新の情報を盗み出して破壊することだった。
3人のチームを組んで、首尾よくクレムリンの情報室に侵入するが、すでに破壊すべき情報は 何物かによって盗まれていて、作戦は失敗。辛うじてチームは追手の逃れてクレムリンから脱出するが、その瞬間、クレムリンが爆破される。おびただしい死傷者が出て、ハント自身も大怪我を負い病院に収容される。IMFは自分達がクレムリンの爆破犯人にされることを恐れて、ハントたちのチームを「ゴーストプロトコール」によって、IMFとは全然関係がないとして、抹消する。ハントたちは 爆破犯人を捕らえて、自分達の容疑を晴らさなければ、生き延びることができなくなった。

ハントはクレムリンを脱出する直前に爆破犯人とすれ違っていた。彼は核兵器テロリストだった。ロシア警察の追手から逃げながら、ハントのチームは真犯人を追って、モスクワ、ドバイ、ムンバイと移動する。次の 核兵器テロリストのターゲット、米国への核弾頭発射を阻止すべく チームは奔走する。
というお話。

ナポレオン ソロが同じテーマソングでテレビシリーズのミッション インポッシブルを放映していた頃から このシリーズの面白さは スパイの使う武器や小道具の数々だった。
ハントがクレムリンに忍び込むときは ロシア軍将校の制服だが、逃げる時は 制服を裏返すと みごとにフードつきのジャンパーに取って代わる。世界一高い ドバイのビルデイングの130階から 外のガラスの壁に手袋だけで吸い付いて、ぶら下がったりするハイテク手袋。走っている車のフロントグラスに、手をかざすと携帯電話から地図が移ってきて、それを見ながら敵を追うことができたり、さびれた街角の壊れた電話器とか、貨物列車が IMFの司令塔だったり、コンタクトレンズを装着すると 変装していても人を見分けることが出来たりする。コンタクトレンズが、コピーマシンになっていて、文書を読むそばから コピーが送られて行くハイテクコンタクトレンズは 意表をついていておもしろかった。

スパイの使う武器や道具類を軽快な音楽と共に、トム クルーズが、息もつかずにものすごい速さで使いこなすところが、見ていてハラハラドキドキ おもしろい。スパイが使う、こうしたハイテクな道具類を 思わせぶりに じっくり見せながらスローテンポでやって見せたら 嫌味なミスタービーンみたいで、ただの喜劇になってしまう。

追われながら、一刻の猶予もないところで トム クルーズがボールペンで 手のひらにササッと 男の似顔絵を描いてみせ「これ 誰だ?」と聞くと、即座にどこそこの核兵器研究所の誰とかで、その人の経歴までスラスラと 仲間のメンバーが答えてくれる。そんなことは、あり得ないと思うが、映画を見ている時は 完全にスパイ映画の興奮とテンポの早さに巻き込まれているから 疑問に思う暇などない。何でも信じてしまう。
トムが100メートル以上ある高さのカーパークから 車ごとしたに飛び降りたり、大怪我をした身でビルから走っているトラックの屋根に飛び降りたり、川に車ごと落ちて銃弾を浴びせられても 長い間息をせずに潜っていられたり、もう、普通の人だったら20回くらい死んでいるところが、しかし、なんと言ってもトム クルーズだ。絶対に死なない。頭脳明晰で強い男も代表。核弾頭もいったん発射されたが、阻止ボタンを押した為、大事に至らずに済んだ。核爆発は防げてもシェルだけでもハドソン河に落ちたのだったら それなりに結構な被害が出ていたはずなのに、これも、何といってもトム クルーズだ。彼が作戦を成功に導いて 被害など、なかったことになってしまう。そしてそれを皆が信じてしまう。大した娯楽作品なのだ。

昔はスパイものというと、悪人はいつもロシアで、正義はアメリカだった。今回、悪い核兵器テロリストというのが、ロシア人でもアメリカ人でもアラビア人でもパキスタン人でもなく、アルカイダでもヒズボラでもない。資本主義の物質至上主義の社会で、欲にかられた大富豪の資金をもとに、個人が仕掛けたテロだった というところが この時代の世相を反映している。

何の役にも立たないのだけど、痛快で面白い。この映画、一見の価値がある。

2011年12月13日火曜日

クロエの誕生日




12月14日は我が家のオールブラック、クロエの6歳の誕生日。
オメデトウ。つやつやした美しい毛並みの 少々肥満気味のクロエが何事もなく、無事に、私どもと共に健康に暮らしてこられたことを感謝して、祝福したい。
クロエは 私が外から帰ってくると、エレベーターからの足音でわかるらしく、必ずドアのところで出迎えるし、夕食後、テレビニュースを見ていると 必ず膝に乗ってきて、ひと眠りするようになった。ここまで、慣れてくれるのに、1年半かかった。
2010年5月9日の日記に クロエが4歳で我が家にやって来たころのことを書いたが、あの頃のクロエとは本当にすっかり変わった。

みなしごだったクロエは 生まれて動物病院のシェルターに預けられて もらってくれる人を待っていたが、近所の子供のある家庭に引き取られた。クリスマス前だったから、子供達へのプレゼントだったのかもしれない。4年間幸せに 暮らしたと思うが、家族は、今度は子犬を飼い始めた。クロエは子犬に猛然と嫉妬して、いじめていじめて、子犬を殺そうとしたらしい。たまりかねた家族は クロエを、もとの動物病院に持ってきて、安楽死させるように依頼した。病院はクロエを殺さず、しばらくシェルターに引き取っていたが いつまでもは預かっていられない。いよいよ安楽死か、というときに、娘がうちに連れてきた。子供のときから、捨て猫や 傷ついた鳩や病気のミミズクや袋鼠を連れてきた娘だ。娘にとっては 当たり前のことだったろう。

こうして、クロエは我が家に来たが、いったん飼い主から捨てられた猫は簡単には慣れてくれない。全然姿を見せない。いつもベッドの下や、押入れの中や 洗濯機の隅など、人の目の届かないところに上手に隠れていて、探してもみつからない。食事に呼んでも、出てこないで、人が寝静まった頃や、出かけている間に出てきて、食べて排泄している。
そんな状態で一週間したころに、突然居なくなった。そして3週間後に、ずっと遠方の動物病院から電話があり、クロエが保護されていることがわかり、引取りに行った。

クロエは10メートル以上の高さの、うちのベランダから下に落ちたのかもしれない。あるいは 小さな猫ならやっと通れるベランダの隙間を通って、となりの家のベランダに居たのかもしれない。隣の家は クロエが居なくなった日に、引越ししていった。誰かがクロエを見つけて 自分の家の連れて帰り 3週間世話していたのだろう。けれど、その家からもクロエは逃げ出して 彷徨っていたところを動物病院の看護婦に保護され、埋め込んであるマイクロチップで私の名と電話番号がわかった ということらしい。

3週間失踪していたにも関わらず、クロエは歩き回った様子もなく、手足も綺麗で柔らかく、毛並みもつやつやして、痩せもしていない。うちに帰ってきて 網が張り巡らされて、ベランダからもう落ちることも 隣に遊びに行くこともできなくなっていることを確認すると、別に嬉しそうな様子も見せずに、サッサとベッドの下にもぐりこんでいた。抱くと咬む。手を伸ばすと引っかく。犬を殺そうとした猫だ。
1年くらいは変な猫だった。徐々に、冷蔵庫を開けると 自分の食事時間だと思うらしく、足元に寄ってくるようになり、それが食事を要求して、ミヤオミヤオなくようになり、ついでに、甘えて体をこすり付けてくるようになった。

このごろでは のびのびと横で体を伸ばし、おなかを出して眠っている。やっと この家が自分の家だと思えるようになったのだろう。
前、飼っていた猫、オスカーは17歳で死んだ。とすると、6歳のクロエのために、あと10年は、わたしが健康でいなければならない計算になる。それじゃ おちおち病気できないな。

2011年12月6日火曜日

2011年に読んだ漫画ベストテン




今年一年の間に読んだ漫画のベストテンをあげてみる。

1位:「リアル」 井上雄彦 1-11巻継続中 集英社
2位:「聖おにいさん」中村光 1-7巻継続中 講談社
3位:「宇宙兄弟」小山宙哉 1-15巻継続中 講談社
4位:「テルマエロマエ」 ヤマザキマリ1-3巻継続中エンターブレイン
5位:「バッテリー」 柚庭千景 1-7巻 角川書店
6位:「3月のライオン」 羽海野チカ 1-6巻継続中 白泉社
7位:「神の雫」 オキモトシュウ 亜樹直原作継続中 講談社
8位:「一瞬の風になれ」 佐藤多佳子 安田剛士1-6巻完結
9位:「ちはやふる」末次由紀 1-14巻継続中  講談社
10位:「花男」 松本大洋 1-3巻完結 小学館

1位「リアル」
戸川清春、骨肉腫で片足を失った 車椅子バスケットボールチームのエース。野宮朋美、高校時代にバスケットボールのポイントガードで鳴らしたが、中退、挫折していたところを戸川清春に啓発されて、プロの選手のトライアウトに挑戦している。高橋久信、野宮と同じ高校のバスケ出身、キャプテンになって間もなく自動車事故に遭い、脊椎損傷し一生歩けないから体に。リハビリで車椅子バスケに運命的な出会いをする。
3人が3様とも障害や負を背負い、厳しい状況のなかで、生きる心の糧を求めている。3様のリアルな生き方に心から 深い共感を憶える。とても熱い。井上雄彦の描く世界は どうしていつもこんなに感動的で、泣けてくるのだろう。「スラムダンク」から 彼の作品には目が離せない。それにしても このまま「バガボンド」は、未完の名作になってしまうのだろうか。

2位「聖おにいさん」
立川の松田ハイツに住む「目覚めたブッダ」と「神の子イエス」の「最聖コンビ」が現実の日本社会のなかで引き起こす、日々の様子が描かれる。何度読み直しても、ページをめくるごとに笑える。
シッダルタの一番弟子アーナンダ、息子のラーフラ、愛馬カンタカ、梵天、阿修羅、千手観音、天使ガブリエル、ラファエル、ウリエル、ミカエル、ルシファー、ペトロ、ユダ、サタンなどなど、出場者が多くなってきて、ますます笑いが冴える。

3位「宇宙兄弟」
ムッタとヒビトの兄弟は ふたりとも宇宙飛行士。ムッタは月をめざし努力の毎日、弟のヒビトは すでに月面に立ったが、事故の後遺症に苦しんでいる。彼らを支える人々、仲間との友情、兄弟にしかわからない本当の気持ち、、、みな一生懸命だ。

4位「テルマエロマエ」
古代ローマ時代の風呂設計技師、ルシウスが 湯のなかでタイムスリップして「平たい顔族」:日本の湯にやってくる。真面目なルシウスが 日本のおっとりゆったりした湯の世界で 驚いたり感動したりしながら体験した結果を ローマにもどって生かしていく。山間の温泉、下町の風呂屋、家庭風呂、、、案外ローマに共通する風呂文化をとりまく人々が ゆるくておかしい。

5位「バッテリー」
児童文学作家あさのあつこの小説を漫画家した作品。一人のたぐいまれな才能を持ったピッチャー、原田巧は自己中心で周りの人々を傷つけ、一人反逆して苦しんでいる。そんな彼が 自分のキャッチャーをやるために生まれてきたような永倉豪に出会うことによって 成長していく物語。二人はまだ、中学生だ。みなが一生懸命すぎて ヒリヒリと痛い。読み終わって感動の波が 徐々に押し寄せてきて、圧倒される。

6位「3月のライオン」
不幸な環境に生まれて育った高校生が たったひとりで将棋の世界で生きる活路を見出していく。将棋という孤独な勝負に 立ち向かう少年の姿に心打たれる。

7位「神の雫」
ワイン評論家でコレクターでもあった神咲豊多香の息子、神咲雫と 養子の遠峰一青が、父の死後、遺産であるワインと屋敷を争って ワインの銘柄を当てるレースを開始する。ワインの味覚を表現するところが興味深い。森の奥深く静かに佇む湖のよう、とか、荘厳なオーケストラの奏でる和音とか、麦藁帽子を被った少女とか、、。絵が美しい。いくつかのワインを実際に味わってみてみたら、どれも、ただのフルーテイなワインとしか思えなかったけど。

8位「一瞬の風になれ」
安田剛士の描くスポーツ漫画が好きだ。全17巻の「オーバードライブ」では 自転車競技の醍醐味を見せてくれた。今回は短距離走者、スプリンターのお話。優秀なサッカー選手の兄と比べられて、落ちこぼれのレッテルをもらった弟、神谷新二が 親友一之瀬連と一緒に走るおもしろさに目覚めていく。一人で走り一人で勝つことより リレーでチーム全体で走り、仲間達と勝ち抜くことの方が ずっとおもしろい。自己中心だった少年が 仲間意識に目覚め、陸上部の部長になって、チーム全体を統率できる能力を身に着けるまでに成長するまでの成長記録。さわやかで、力強い。勇気が出てくる。

9位「ちはやふる」
かるたで日本一になることは 世界一のチャンピオンになることだ。と心に決めて初恋の人の背中を見つめながら成長していく千早と 太一と新の3人の物語。小学生だった3人が かるたでつながりながら もう高校生になった。全国高校かるた選手権の様子や、かるたで燃える人々の姿が興味深い。

10位「花男」
邪気のない 子供のような愛すべき野球馬鹿な男の話。世間からすっかり浮いている 役立たずの父親を そっと支える妻や 反抗しながらも心ではつながっている息子の3人が かもし出すハーモニーが何ともいえない。松本大洋の絵も、彼の世界も好きだ。

2011年12月4日日曜日

2011年に観た映画ベストテン




2011年も終わりに近付いてきたので 今年一年に 自分が観た映画のベストテンを書いてみる。今年の6月に、上半期に観た映画のベストテンを書き抜いてみたが その時点から余り変わらない結果になった。後半期に 良い映画にめぐり合えなかった。良いといわれる映画はアカデミー賞をねらって、映画会社が1月前後に集中して 公開するようになったからかもしれない。

映画作りのテクニックが進んで、CGを駆使して臨場感あふれるロボット合戦も、何千人もの戦闘場面も、人が飛んだり空を蹴って走ったりするシーンも簡単に作れるようになってきたが、「アバター」で開発されたモーションキャプチャーのテクニックが さらに進化して動物の動きが より自然の動物そっくりに映像化できるようになった。代表的な作品が「猿の惑星 創世記 ジェネシス」で、これは素晴らしい、革命的なテクニックだ。

また、ハイビジョンフイルムで ライブのオペラが 映画館の大画面で観られるようになったことは 嬉しいことだ。ニューヨークやロンドンに飛んで、一流の歌手が歌うオペラの高価なチケットを買って、正装して観に行かなければ見られなかったオペラが 映画館でポップコーンとコーク片手に観られることの嬉しさは例えようがない。過去10年 オーストラリアオペラの定期公演を いくつか観るために 毎年千ドルを費やしてきた。換気の悪いオペラハウスに行くたびに風邪をひいたり、階段の多いオペラハウスで オットが喘息発作を起こしたり、行き帰りの夜の運転でハラハラしたりしてきた。もうオペラハウスには、昼間の公演があるときだけしか 行かないかもしれない。

2010年に観た映画のベストテンは、「終着駅トルストイ死の謎」、「剣岳 点の記」、「アバター」、「インセプション」、「シャッターアイランド」、「ゴーストライター」、「ソーシャルネットワーク」、「リミット」、「インヴィクタス 負けざる者たち」、「ドン ジョバンニ」の10本だった。
今年の10本は、以下の通り。

1位:「英国王のスピーチ」  1月23日に映画評を書いている。
2位:「ザ ファイター」   1月25日
3位:「127時間」     2月24日
4位:「ヒア アフター」   2月15日
5位:「作者不詳 シェイクスピアの匿名作家」11月22日
6位:「オレンジとサンシャイン」6月14日
7位:「ノルウェイの森」   6月27日
8位:「鉄コン筋クリート」
9位:「ドライヴ」      11月14日
10位:「ミッション8ミニッツ」5月11日

1位「英国王のスピーチ」
吃音障害をもった英国キングジョージ5世が 失敗を重ねながらも、スピーチセラピストの力を借り、立派な演説ができる様になるまでの過程を描いた作品。主演のコリン ファースがアカデミー主演男優賞、脚本家が脚本賞を取った。コリン ファースが良かったが それを引き立てたジェフリー ラッシュも演技では秀逸。20年以上 脚本をあたため続けてきた脚本家のスクリプトがよく出来ている。作品として とても完成度の高い映画だ。

2位「ザ ファイター」
元ボクシングチャンピオンだったが 今は麻薬中毒で飲んだくれの兄が 弟のコーチとして弟を成功させることで 弟も自分も救っていく というお話。なんと言ってもクリスチャン べイルのように 捨て身とも言える役者根性で 役になりきる役者を他に知らない。アカデミー助演男優賞を取ったが 彼の演技はアカデミーなどという商業主義的なスケールを とっくに超えている。立派な役者だ。

3位「127時間」
単独登山中に落石に手を挟まれて、身動きが出来なくなり、自ら腕を切り落として生還してきた登山家 アーロン ラストンを描いた作品。ジェームス フランコの 画面から飛び出しそうな元気な若々しさと、ロックンな音楽とが合って、とても良かった。青い空と赤い岩山のユタの自然の美しさに目を瞠った。

4位「ヒア アフター」
大切な人に死なれたり、死に直面した人が どう生に立ち向かって生きて行ったらよいのか3人3様の 心の傷と心の再生が描かれている。クリント イーストウッドの計算しつくした作品作りと、マット デーモンの誠実な人柄を表す演技がマッチして 忘れられない作品になった。

5位「作者不詳 シェークスピアの匿名作家」
シェイクスピアの名で 沢山の戯曲や詩を書き残した作家が 実はエドワード デ べラ伯爵ではないか という推測に立って シェイクスピアの一生を描いた作品。エリザベス1世と秘書官セシルとべラの関係など、歴史的に実に興味深い。また、バネッサ レッドグレープ演じるエリザベスと ライズ イファンのべラが素晴らしかった。

6位「オレンジとサンシャイン」
両国の合意によって 戦前から1970年代に至るまで、13万人もの イギリス人の孤児や親に見捨てられた子供達が オーストラリアに船で移民させられて、教会施設や孤児院で強制労働を強いられたり 性奴隷として虐待されてきた。恥ずべき両国の歴史を明るみに出した力作。犠牲者の現在までの姿をドラマにした作品だが、映画が始まってから終わるまで、見ている人々のむせび泣く声と泣きじゃくる声が絶える事がなかった。映画ばかりでなく、それを観ていた人々の姿も忘れられない。

7位「ノルウェイの森」
村上春樹の小説を ベトナム出身アメリカ人のトラン アン ユン監督が映画化した。高校時代に自殺してしまったキズキと恋人と僕。生と死と、残された者の心の再生が、美しい詩的な映像で語られる。原作のイメージに、とても近い。映像がポエテイックで美しく、音楽も良かった。

8位「鉄コン筋クリート」
漫画家 松本大洋の漫画を 英国のマイケル アリアス監督がアニメーションで映像化した。漫画を読んでいて イメージしたものと ほぼ同じ映像ができていて、兄(クロ)と弟(シロ)との会話がとても自然で良かった。この人の漫画が 大好きだ。

9位「ドライヴ」
ハリウッドのスタントマンが ドライバーとしての腕を買われて強盗の逃走を助けて金を稼いだりしている。ニヒルで何の希望もない孤独な男が シングルマザーと出合って恋をする。ライアン ゴスリングが とても味のある男を演じていて良い。ハッピーエンドにならないところが良い。

10位「ミッション8ミニッツ」
人の脳は死亡する直前8分間の記憶が 死後もしばらく残っている。その8分間に別人の脳がトリップして入り込むと その人の8分間を体験することができる。8分間のうちに爆弾を仕掛けた犯人がわかれば 事前にテロによる大量殺人を食い止めることが出来る。アフガニスタンで脳死状態になったパイロットが何度も何度も8分間のトリップに駆り出されて 犯人探しをさせられるというストーリー。ジェイク ギンホールが好演。手足を失い戦死したはずの軍人が 軍の実験のために死ぬことさえ許されないで 利用される。残酷で 優れた反戦映画になっている。
以上の10作品だ。

2011年11月30日水曜日

ロイヤルオペラ 「アドリアナ ルクブルール」



ロイヤルオペラ 「アドリアナ ルクブルール」のハイデフィニションフイルムを映画館で観た。
http://www.roh.org.uk/whatson/production.aspx?pid=13793&claim_session=1

1902年 フランシスコ チレーナ作曲
イタリア語 4幕 2時間30分
初演:1902年 ミラノ テアトロリリコ

アドリアナ ルクブルール :アンジェラ ゲオルギュー(ソプラノ)
マウリッオ        :ヨナス カーフマン (テナー)
公爵夫人         :オルガ ボロデイナ  (メゾソプラノ)
侯爵           :デヴィッド ソール (バス)

ストーリーは
ルイ14世統治時代のパリの社交界。
実在したコメデイーフランセーズの花形女優アドリアーナ ルクブルールと 公爵夫人が 同時に愛したザクセン伯爵との間に起った、ラブ トライアングルを基にして作られたオペラ。
女優のアドリアナ(アンジェラ ゲオルギュー)は 若き伯爵マウりッオ(ヨナス カーフマン)と愛し合っていて いつか結婚できる日を待ちわびている。一方、ミショネ舞台監督は、アドリアナを娘のように女優になった今までの彼女を育ててきたが、実は愛していて いつか胸の内を伝えたいと思っている。しかしそれは かなわない片思いだ。
ブイヨン侯爵は コメデイフランセーズのパトロンで、女優を愛人に持っている。妻との間はすっかり冷め切っている。
マウリッオは 長いこと公爵夫人と愛人関係にあったが、女優アドリアナと出会ってからは 何とか 公爵夫人と別れたいと思っている。しかし、自分の政治的立場から 侯爵夫人を怒らせると 謀反人として逮捕される可能性があるため、夫人を邪険にすることができない。

ある夜、ブイヨン侯爵の別荘で マウリッオと公爵夫人が逢引しているところを 突然、夫の侯爵が帰宅した。マウリッオは あわてて夫人を小部屋に隠す。そこに、女優のアドリアナまで 夕食に招待されて やって来た。偶然にマウリッオに会えて、アドリアナは驚き、喜ぶ。しかし、マウリッオは、アドリアナに 小部屋に隠れている女を逃がしてやってくれ と頼みこむ。夫人が隠れていた暗闇の小部屋のなかで、アドリアナと夫人は初めて出会う。そこで、二人は互いに恋敵であることを知ってしまう。自分だけがマウツオに愛されていると信じてきた二人は、互いに気が狂わんばかりに、嫉妬する。

後日 ブイヨン侯爵家のパーテイーで アドリアナは再び夫人に会う。楽しいパーティーの出し物のあと、夫人から余興を求められたアドリアナは 夫人へのあてつけから 夫を裏切って浮気をする淫らな女のせりふを 舞台で熱演して 夫人を侮辱する。
その数日後、アドリアナのもとにマウリッオから贈物が届いた。喜々として開けた その箱の中にあったのは 以前アドリアナがマウリッオにあげたスミレの花束だった。スミレは色を失い、すっかり枯れていた。アドリアナは驚き悲しむ。悲嘆にくれる彼女を慰めようと 舞台監督や陽気な役者仲間が来て、つかの間の楽しい時を過ごしている時に、マウリッオがやってくる。公爵夫人と別れてきたところだ と言い、彼はアドリア名に求婚する。夢にまで見た求婚、、。
しかし、アドリアナは「いいえ、私は結婚しない。役者として演技に生きるの。」といって断る。そうしているうちに、アドリアナの意識が混濁してきた。公爵夫人から贈られた枯れたスミレには 毒が仕込まれていたのだった。アドリアナはマウリッオの腕のなかで 息絶える。
というおはなし。

第一幕のアドリアナのアリアは マリア カラスが最も愛したアリアだ。カラスのCDを買うと 必ずこの曲が入っている。「わたしは舞台女優なの。芸術の神のしもべです。」という とても堂々とした素晴らしい曲だ。カラスの突き抜けるような 激しい強靭さはないが、ルーマニア出身の個性派、アンジェラ ゲオルギューが歌うと 優雅で鞭のようにしなやかなアリアで 聴いているだけで胸がいっぱいになってくる。
ミッショネ舞台監督の 片思いもせつない。
ミッショネに対するときは、アンジェラは 子供のような表情と幼女のようなあどけない仕草を見せるが、マウリッオを相手にしている時には 炎のように燃える女に変わる。その変化がみごとだ。役者としてもソプラノ歌手としても超一流ということだろう。素晴らしい。

そして、カーフマン。日本でも一番の人気。今や世界でトップのスターテナー歌手だ。ハンサムで背が高く、姿良し、歌良し、芝居良し、何でも100点満点の歌手。豊かな声量は プラセタ ドミンゴを上回るほどだ。
彼のオペラを観るのは2度目。初めは、ニューヨークメトロポリタンオペラのニーベルングの指環から、「ワルキューレ」で、ジークムントを演じた。歌うだけでなく 演技の冴えに目を瞠った。高音が気持ちよく伸びて あふれるほどの声量で歌い上げる。まったく ただものではない。今回のロイヤルぺラでも、自己保身のために昔の女を捨てることができず、優柔不断な色男の難しい役を 実に リアルに演じていた。
オペラみたいな愛に身を任せてみたいとか、オペラのような恋をしたい という言い方があるが、文字通り舞台の上のカーフマンのように激しく求愛されてみたい と誰もが思うことだろう。

チレアのオペラは 初めて観たが、筋が単純で曲がすべて美しい。アドリアナが求婚を断るところが良い。愛してきて求婚されることを望んできたのに 相手の不実を知って、優柔不断な姿を見てしまったあとでは、謝られても求められても 簡単には受けない女性としての誇りがある。女には純真な思いを傷つけられ、男には悪かったという心の負債があるから、どうあがいても 関係はもとには戻れない。愛した男に求婚されてNONと言える 自立した誇り高い女がここに居る。
チレアのオペラが素晴らしく、歌手たちも申し分なく すばらしい。とても満足した。

2011年11月22日火曜日

映画「作者不詳:シェイクスピアの匿名作家」


映画「ANONYMOUS」を観た。邦題がどうなるか まだわからないので 仮に「シェイクスピアの匿名作家」、または「作者不詳」、「筆者不明」などという仮題にしておく。
http://www.imdb.com/title/tt1521197/

シェイクスピアが謎の人物であることは周知の事実だ。
ウィリアム シェイクスピアは、英文学の最高峰、英国を代表する劇作家で詩人。
記録によると、1564年に生まれて1616年に亡くなったことになっている。出身はイングランド地方ストラトフィールド アポン エイボン。父は町長に選出されたこともある皮手袋商人、母は裕福な家庭出身で、3番目の子供として生まれ、ストラトフィールドにグラマースクールで学んだ。
その後、高等教育を受けたかどうか、全くわかっていない。18歳で26歳の女性と結婚したあと どんな職業についていたか、など何の記録もない。28歳くらいでロンドンに姿を現し 劇場で役者として演じたり、脚本を書くようになった記録がある。

この16世紀という時代には一握りの人間しか物を書くことが出来なかった。田舎で生まれ育ち、結婚し、高等教育を受けたかどうかわからない人間が 人間への観察と人生に深い洞察をもった膨大な量の文学作品を書くことが出来るだろうか。ヨーロッパ各地の気候や風土にも詳しく、外国を舞台に悲劇や喜劇を書き残し、舞台でも成功させた。仮に天才だったにせよ、たった一人でできる仕事量だったろうか。シェイクスピアは生前、自作の信頼できる出版を ひとつとして刊行しなかった。シェイクスピアは、本当に数々の作品を書き残した人物と 同じ人物だろうか。

この問いの一つの答えを映画監督、ローランド エメリッチが映画で描いてくれた。
エリザベス一世の時代。スコットランド、イングランド、アイルランド全土を エリザベス女王が治めていて、政治的に安定していた時期だ。エリザベスは芸術を愛し、詩や物語を愛したが とりわけ劇に興味を持っていた。ロンドンではエリザベス朝演劇の興隆にともなって劇場活動が盛んになった。オックスフォードの最も古い歴史を持つ貴族、エドワード デ べラ(伯爵1550-1604)は 幼い時から自分で脚本を書いて芝居を作る才能に恵まれていたことから エリザベスは 彼を子供のときから寵愛した。そして親が亡くなると、エドワード デ べラはエリザベスの宮廷に迎え入れられ、秘書官のウィリアム セシルによって、ラテン語、フランス語、ダンス、乗馬、射撃などのスポーツにいたるまで王室教育を受け 世界各国を旅行し軍隊経験もして育った。美しい少年から立派な青年に成長したエドワードが 文学だけでなく武道にもスポーツにも才能をみせるに伴い エリザベスは 彼をはるかに年下でありながら 男として愛情を持つに至る。

エリザベス女王の秘書官として政権を補佐をしてきたウィリアム セシルはエリザベスの義母の結婚相手でもあったが 詩や文学を学問の中では一番卑俗なものととらえ、エドワードの文学的才能を嫌っていた。セシルはエリザベスが子供のときから その教育係であったが、エリザベスが政権を継いでからは 政務全てにわたる補佐官として絶大な影響力をもち、息子ロバート セシルにも同じようにエリザベスに仕えさせていた。ロバート セシルは脊椎湾曲症の障害を持っていて、エリザベスの秘書官として終生を忠実に仕えている。

エリザベスとエドワードとの熱愛関係が 目に余るようになると、セシル父子は 政治的な計略を仕掛けて エドワードを謀反人として隔離し、女王から遠ざける。しかし、実はエリザベスは エドワードの子供を妊娠していて、秘密裏に男子を出産していたのだった。
エドワードは セシルの計略どおりに セシルの娘と結婚を強いられ、セシルの屋敷に住むことを強要される。愛人を奪われ、望みを失い、エドワードはセシルの屋敷で、書斎に篭ってばかりいる生活を送るようになった。

一方、街では演劇が盛んで 劇場が次々と出来て、市民も貴族もみな芝居を楽しんでいた。ベン ジョンソンという劇作家が 芝居の中で政治批判をした罪で逮捕された。罰を受ける寸手のところで エドワード デ べラが救いの手を差し出す。ベン ジョンソンを自分の書斎に招いて、エドワードは自分が書いた戯曲を ベンの名前で発表して上演して欲しいと頼み込む。セシルも妻も エドワードが戯曲を書くことを 禁じていたが、エドワードは書くことを止めることが出来なかったのだった。渡された芝居はどれも上演されて 市民の間で大好評だった。エドワードも芝居を見に来て、自分が書いて 演じられている芝居を観て楽しんでいた。以来、べンは定期的に エドワードの屋敷に行き、脚本を受け取り、それを上演するようになっていた。

劇場でシェイクスピアの名が もてはやされるようになって、観客達はシェイクスピアを見たがった。そこで大人気を良いことに 俳優の一人が自分がウィリアム シェイクスピアだと名乗りを上げた。この役者は ろくに文字も書けない男だった。これにはエドワードもベンも驚いたが シェイクスピアがこの役者と結びついて 人々の人気者になっていくことをとめることはできなかった。

エッセックスのリチャード デべラクス伯爵が セシルの命令によって謀反人として逮捕された。そのとき、一緒に逮捕された伯爵の親友が じつはエドワードとエリザベス女王との間に生まれて 密かに育てられていた息子だった とセシルから知らされて、エドワードは慟哭する。すぐに、エリザベス女王に膝をついて、息子の恩赦を乞う。女王は怒り狂う。しかし女王は、エドワードとの愛情の結晶だった息子に 恩赦を与える。そのかわり、エドワードの名を消し去るように、どんな記録からも消して、追放する と宣言する。

エドワードと息子とは 初めて出会い 親子として、しっかり抱きあう。
こうしてエドワードは 晩年、宮殿を追われ、貧しい暮らしの中で執筆を続け、死んでいった。死の直前、ベン ジョンソンが呼ばれ すべての著作がベンに手渡される。セシルはエドワードが書いたものをすべて葬り去ろうと火を放つが、ベンの機転で、著作の数々は守られ 後世に伝えられていく。
というおはなし。

2011年 トロント国際映画祭の開会式で初めて上映された新作映画。
1550年から1604年までのロンドンを背景に、VFX CGテクニックを使って シェイクスピアの謎に迫ったフィクションミステリーだ。
シェイクスピアは 数々の作品を書いた人物ではなく、実際の作者はオックスフォードのエドワード デ べラ伯爵ではないか、という説は 昔から根強くあった。この伯爵が 文芸にすぐれた知識人で、エリザベスと親しく、宮廷で音楽会や芝居を催して 女王や貴族達を喜ばせたことは事実とされていて、謎の多い人物でもある。たしかにシェイクスピアの作品をみれば エドワード伯爵のように、特別な英才教育を受け、ヨーロッパ各地を自由に旅行するだけの資格と資金を持った人間でないと書けなかっただろうと思われる。

「ヘンリー4世」、「リチャード3世」、「ヴェニスの商人」、「ロメオとジュリエット」、「リア王」、「ジュリアス シーザー」、「アントニオとクレオパトラ」、「真夏の夜の夢」、「マクベス」、「お気に召すまま」、「じゃじゃうまならし」、「テンペスト」などなど。美しいソネットの数々、、、。
多様で、膨大な著作の数々。シェイクスピアが誰なのか、、、一人ではなく、複数の作者が居るのではないか、エドワードではないか、フランシス ベーコンか、クリストファー マーロウかも知れない、、、いまはもう誰にもわからない。
しかし、彼の作品が ほかの誰にも書けなかった 素晴らしいものであることは、誰にも否定できない。

バネッサ レッドグレープが演じる、エリザベス女王がすごい迫力だ。いまだに健在でうれしい。
エドワード デ べラを演じた ライ インファンズと、若い頃のエドワードのジェイミー キャンベルが とても魅力的。素晴らしい演技をみせてくれた。
エリザベス一世の時代、セシルとの関係など、また諸外国との関係など、いろいろ出てきて、英国史のおさらいで勉強になる。当時の豪華な衣装や 儀式などの時代背景や ロンドンの市民の姿なども とてもよくわかって興味深い。
とても良い映画だ。

2011年11月18日金曜日

ピカソ展ーパリピカソ美術館から




パブロ ピカソは生前 何度も結婚したり 愛人をたくさん持ったが、愛人のフランソワーズ ジローに、こう言ったそうだ。「女というものは苦痛ばかりを作り出す機械のようなものだ。自分にとっては女は二種類しかいない。女神か、あるいはドアマットだ。」
また、ピカソは どうして子供のような絵を描くのか、と問われて「私が子供のときはラファエロのような絵を描く事が出来た。しかし一生と言ってよいほどの時間をかけて、やっと子供のような絵が描けるようになったのだよ。」と。
たくさんのピカソの言葉が残っている。しかし、私が一番好きな 彼の言葉は、この言葉だ。「明日 描く絵が一番 素晴らしい。」疑いようのない自信と楽天性に満ち溢れている。なんて 素敵な言葉だろう。

パリ国立ピカソ美術館から、150点のピカソの作品が海を越えて、シドニーにやってきた。NSW州アートギャラリーで 11月12日から来年3月25日まで展示される。入場料$25、学生と60歳以上は、$18。
パリのピカソ美術館は 1973年に ピカソが死んだ後 遺族が遺産相続税を支払う代わりにフランス政府に寄付された作品を収容、一般公開するために開設された美術館だ。200点余りの絵画、彫刻、3000点のデッサン、88点の陶器を所蔵している。今回は この中から、150点の絵画とブロンズが シドニーにやってきた。
さっそく行って見た。
ピカソが描いた年代順に 10の部屋に分かれている。

第1室
1895-1905:「青の時代」
スペインからパリへ。
ピカソは 幼いときから美術教師だった父親から、絵画の才能を見出されていた。13歳で描いたデッサンなど、とてもその年齢の子供が描いたものとは思えない熟達した筆だ。19歳でパリに行き、印象派後期の画家達と交流し、多くのものを学ぶ。この頃は、暗いブルーとグレーを背景に、乞食、売春婦、ホームレスなど 社会から疎外された人々を描く。1904年になってモンマルトルに居を構え、ヘンリー マチス、アンドレ デライン、ガートルード ステインなどと親交を結び 赤の時代を迎える。
ここで、本物の「セレステイーナ」1904の絵をを初めて観た。青の時代の代表作だ。子供の頃 父の書斎で画集を見ていて、この暗い暗い、片目の怖い顔の中年女性の絵を見てしまって、恐怖に慄いて その夜はうなされたことを思い出した。ほかには、インクによるエッチングで、「断頭台の処刑人」1901などが印象的だった。

第2室
1906-1909:「赤の時代」
この頃描かれた「アビヨンの娘達」1907は、ニューヨーク近代美術館所蔵なので 今回は観られないが、アバンギャルドの先がけとなりピカソの赤の時代の代表作となる。「自画像」1906を観ることができた。白の壁に ほとんど白と言って良い肌色の自分の姿だ。「木の下の3人」1907が とても印象的だった。

第3室
1910-1915:「キュービズム」
最も尊敬していたに、セザンヌの死後、ピカソはジョージ ブラックと親交を結び、実験的にブロックを積み重ねたような抽象画に、鮮やかな色彩を塗り重ねる 彼独特のキュービズムの世界を切り開く。キャンバスを切り刻み 木を貼り付け、鉄の断片をキャンバスに取り付ける。実物を見てみたかった「ギターを持った男」1911を 観ることが出来た。

第4室
1916-1924:「古典主義への回帰」
第1世界大戦を前後して ローマやポンペイを旅行した影響もあって、古典主義にもどり、独自のシュールリアリズムと 古典とを融合させていく。またジャン コクトーと親交をもち、一緒にバレエの演出や衣装に参加する。その縁で、ロシア貴族出身のバレリーナだったオルガ コクローバと結婚。裕福なオルガは ピカソをパリの上流階級の人々に紹介し、ピカソの世界を広げることに力を貸した。「オルガのポートレイト」1918を 観ることが出来た。
「すわる女」1920、「村のダンス」1922など、太い手足、大きな指、柔らかな体の線、暖かい血が通った男女達の姿、、、。
このころのピカソの絵が一番好きだ。中でも 「海辺を走るふたりのおんな」1922が、際立っている。海の鮮やかなブルーが他の作品にない美しさで、海辺を走る女達の純真さと 歓びを全身で表しながら走る姿がなんとも言えない、魅力のある作品だ。この絵を見るために、この展覧会に行ったようなものなのに、思ったよりも小さくて、もう少しのところで見落とすところだった。あぶないあぶない。

第5室
1925-1935:シュール リアリズム
この時期になると 人は人の形をしていない。より抽象的になり より実験的な作品が増えてくる。
「女の頭」1931、という題の大きなブロンズが 5つほど並んでいた。どれも丸みを帯びて 優しく、ブロンズなのに柔らかさが感じられる。デフォルメされた女、ブロンズの「石を投げる女」1931も良い。「赤い椅子にすわる女」1932、「キス」1925、「本を読む人」1932、「休む裸婦」1932、「パレットとイーゼルを持つ画家」1932も 好きだ。

第6室
1936-1939:「愛と戦争」
スペイン市民戦争の勃発によって「ゲルニカ」1937 を製作し始め、写真家ドラ マールと同棲を始める。彼女は、ゲルニカが出来上がるまでのピカソの姿をフイルムで記録する。
「ドラ マールの肖像画」1937は、ロボットのような女の横顔と正面の見た顔とを張り付けたような絵だ。「泣いている女」1937、「父の妻」1938、「青い帽子の女」1939、が印象的だった。

第7室
1949-1951
1949年にナチスがパリを侵略、占領していた間 ピカソの多くの友人達はパリを離れたが フランコ政権のスペインを捨ててきたピカソはそのままパリに留まり製作を続ける。多くの作家達、芸術家達が 志願して戦ったスペイン市民戦争にも、ピカソは志願しなかった。自分を共産党員だといいながら、何一つ政治的な動きに関与していない。
巨大な作品「韓国の大虐殺」1951は、無防備な女子供達が完全装備の武器を持った男達に蹂躙されている作品だ。このころのピカソはアメリカで高く評価され、21歳の画学生 フランソワーズ ジローと出会い、二人の間にクラウド(1947)とパロマ(1949)の二人の子供をもつ。

第8、9室
1952-1959:「生の歓び」
ピカソは ジャクリーヌ ロークに出会い 二人して南仏に移る。「腕を組むジャクリーヌ」1954は 鮮やかな色彩で 人生を謳歌しているようだ。また、巨大な白と黒だけで描いた「枕を持った女」1969が印象的だ。「やぎ」1969という実物大のやぎのブロンズも美しい。

第10室
1961-1971:「晩年期」
最後のころのピカソは 現代美術の先駆者として描き続ける。「わたしは呼吸するのと同じに描いている。」と言っているが、彼にとって、描くことは 息をするのと同じに自然なことだった。1973年4月 91歳で亡くなるまで製作を止めなかった。最後の日、ジャクリーヌは 親しい友人達を晩餐に呼び、皆で彼を見送った。最後の言葉は、「僕のために飲んでくれ、僕の健康のために飲んでくれ。僕はもう飲めないよ。」

今回の展示では、総じて、絵画も良いが ブロンズがたくさん来ていて、それらがとても良かった。その重量感、存在感の確かさに圧倒される。
一度に150のピカソの作品を観られる機会は、一生にそう何度もないだろう。4ヶ月もの間 シドニーで展示してくれるのは ありがたいとしか言いようがない。
展示が終了する3月まで、何度か また足を運んで見ることになると思う。行くたびに きっと新しい発見があることだろう。

写真は
「海辺を走る二人の女」1922
「本を読む人」1932
「韓国の大虐殺」1951

2011年11月14日月曜日

映画 「ドライブ」



監督:ニコラス ウィンデイング レフィン
キャスト
ドライバー  :ライアン ゴスリング
アイリーン  :カーレー ムリガン
雇い主シャノン:ブライアン クラストン
アイリンの夫 :オスカー アイザック
バーニーローズ:アルバート ブロックス
二ノ     :ロン パールマン

http://www.imdb.com/title/tt0780504/
ストーリー
カルフォルニア。名もない映画のスタントマン(ライアン ゴスリング)は 運転にかけては誰にも負けない。プロのレーサー並みの速さでスポーツカーを乗りこなし スタンドマンとして、どんな危険な運転でも怪我一つせずに 冷静にやってのける。その腕を買われて 時には強盗や犯罪者の逃亡を助けて そのアガリを受け取ったりもする。どこの誰なのか、何をしてきた男なのか、彼の素性については誰も知らない。ある日 ふらりと自動車修理工場シャノン(ブライアン クラストン)の店にやってきて、修理の腕前を見込まれて、そのまま働くようになった。いつも無表情で 極端に口数が少ない。しかし、よく働いて、まじめな男として、シャノンとの信頼関係はしっかり築かれていた。

ある日 このスタントマンは 自分のアパートに引っ越してきた 子連れの若いシングルマザー(カーレー ムリガン)に目を留める。数日後 彼女が路上で 車をオーバーヒートさせて困っていたところを助けたことが契機で 母子と親しくなる。5歳の男の子は 運転が上手で、もの静かな このスタントマンのことを大好きになる。スタントマンは男の子に請われるまま運転してやったり 遊んでやるようになっていく。
しかし、アイリーンの夫(オスカー アイザック)が 刑務所から刑期を終えて 帰ってくる。帰ってきた夫を見ても 若い妻の心はすでにスタントマンに移っていて、妻はもとの夫に 自分の心をもどすことができない。

夫の存在ゆえに、スタントマンもアイリーンも互いの気持ちを伝えることが出来なくて、苦しむ。そんなある日、アイリーンの夫が 襲われて半死状態に遭った。襲ったのは、スタントマンに 強盗や犯罪人の逃亡を助ける仕事をいつも依頼してくるイタリアマフィアたちだ。話を聞いてみると、アイリーンの夫は イタリアギャングに利用されて 他人の代わりに刑務所に入って代償金をもらっていた。アイリーンは何も知らない。

スタントマンはまた 質屋に強盗に入った犯人の逃亡を助ける仕事を依頼される。今回の強盗は、アイリーンの夫と ブランコという名の女性の二人だ。スタントマンは二人の強盗が金を持って出てくるのを店の前で待っている。女が奪った大金の入ったバッグを持って 車に乗り込む。次いでアイリーンの夫が質屋から出てきたところで、予想外のことが起る。彼はあっけなく撃ち殺され、それと同時に他の車がスタントマンたちの車を追ってきたのだ。逃げ切って スタントマンは金の入ったバッグを信頼できる 雇い主のシャノンに預ける。しかし女は襲われて撃ち殺され、スタントマンは ギャング達に執拗に追われる。

スタントマンはアイリーンに事情を話し、一緒に来てもらいたい、一生母子を守って暮らしたい と申し出るがアイリーンにはどうしてよいのか わからない。そうするうちにも追ってが迫る。金を預けたシャノンが殺された。シャノンはイタリアギャング達も、スタントマンをも欺いて 金を独り占めしようとしていたのだった。スタントマンは シャノンを襲ったイタリアギャングに復讐する。
しかし、自分も致死的な怪我を負う。アイリーンはスタントマンについて来ない。ひとりきりになってしまったスタントマンに もう金など意味がない。ひとりきり、また どこかに運転していくだけだ。
というお話。

テイストが 懐かしのカウボーイ映画「シェーン」、、、あのシェーン カムバックに似ている。クールなハードボイルドだ。男は愛してしまった女と ベッドを共にしない。だからこそ、最後に一緒に付いてきてくれ と女に言う言葉が際立って生きてくる。決断できないでいながら、愛している女の純真が痛々しい。
ストーリーをみると、ハードボイルドの男の姿が浮かび上がってくるが この映画のおもしろさは、主役をライアン ゴスリングにしたところにある。優しい顔、およそ暴力をふるう姿が想像できない良い人の典型みたいな役者だ。痩せ型で胸の筋肉が ついているわけではない。ニコラス スパークス作、ラッセ ハルトレム監督の「きみに読む物語」で、アルツハイマーで夫や子供もわからなくなった妻のために毎日物語りを読んで聞かせる夫を演じて、世界中の女達を泣かせて味方にしてしまった。彼が哀しそうな顔をしていると飛んでいって 抱きしめてやりたくなる。そんな男がクールに 悪者をやっつけて女と子供を守る。

作品がデンマーク人の監督によるものなので、ちょっとハリウッドのハードボイルドとはテイストが異なる。
音楽は ダイナモフォンとエレキギターを使ったエレクトリック ポップだ。そんな音楽をバックに、夜のロスをひとりきり運転するライアン ゴスリングは ひどく孤独にみえる。
ハッピーエンドじゃないところも クールだ。

映画「三銃士 王妃の首飾りとダヴィンチの飛行船」



原作 アレクサンドル デユマ
監督 ポール W S アンダソン

ストーリーは
17世紀 フランス。
田舎からパリにやってきたダルタニアンは 剣はたつが 無鉄砲で負けん気の強い青年。成り行きで 国王の近衛隊と敵対したため、親衛隊に追われた三銃士の仲間になる。ルイ13世はフランス国土を統治していたが、国政に関わっているフランス宰相リシュリューは ハプスブルグ家出身の王妃とは敵対し、バッキンガム侯爵のスパイでもあった。彼は配下に ミレデイというスパイを 自由に使って国王を操っていた。
イギリスのバッキンガム侯爵とフランス国王は、ダ ヴィンチが設計した飛行船の設計図をめぐって争奪戦を起こしていた。飛行船はドーバー海峡を容易に越えて、相手国に侵略するための兵器になる。表では優雅で儀礼的な外交を行っているが 英仏両国は 一触触発の状況にあった。

リシュリュー宰相は国王に 王妃との関係にヒビを入れるため、国王が贈ったダイヤの首飾りを バッキンガム侯爵が訪問する日に身に着けないと 女王の国王への忠誠が疑われる、と、そそのかす。一方でダイヤの首飾りを 首尾よくミレデイに盗ませる。首飾りが盗まれたことを知った女王は、三銃士とダルタニアンに助けを求める。フランス国王と女王に忠誠を誓う三銃士とダルタニアンは 即座にイギリスに向かい 首飾りを取り返して 無事国王と女王の仲を取り持つことが出来た。
というお話。

アレクサンドル デュマによるクラシカルな少年少女冒険物語だ。何回映画化されたか 数え切れない。ハリウッドに新人でハンサムな役者が出るごとに アラミスやダルタニアンを演じさせて、映画化されているような気がする。
記憶を遡ってみると、1973年の「三銃士」が一番良かった。ダルタニアンにマイケル ヨーク、アラミスにリチャード チェンバレン、リシュリューにチャールトン ヘストン、コンスタンスにラクウェル ウェルチ、ミレデイーにフェイ ダナウェイだ。これで つまらない映画になるわけがない。
1994年には フランス映画「ソフィーマルソーの三銃士」で、マルソーが ダルタニアンの娘役で活躍した。1998年「仮面の男」というタイトルで、ルイ14世にレオナルド カプリオが、アトスにはジョン マルコビッチという興味深い配役の三銃士が作られている。また、この有名なお話は、ミュージカルにも バレエにもなっている。

今回の映画では 3Dフイルムで飛行船が出てくるところが新しい。レオナルド ダヴィンチが 飛行船の設計図を残していたことは事実だ。この飛行船が 英仏戦争に活躍して、あり得ないような活劇が展開される。三銃士が空を飛んだり跳ねたり 一人の銃士が何十人もの敵兵を 簡単にやっつける。ダルタニアンは恋した女性のために 何が何でもがんばる。何十人もやっつけて 自分は怪我ひとつしない。フランス国王は 宰相に操られて いかにも愚かだ。すべて単純化されて、漫画化されている。
ちょっと前だったらダルタニアン役にふさわしいオーランド ブルームが 悪役バッキンガム侯爵になっている。ミレデイは 美しく着飾り つっかえとっかえ豪華な服をまとって出てきて、時として必要もないのにタイツ姿になって見せてくれたりするが、魅惑的なスパイとして役になりきっている。のびのび演じている と思ったら監督の奥さんだそうだ。二時間の映画、無駄に長い。3Dフイルムが 余り効果を発揮していない。話が単純化されすぎていて、実際のアレクサンドラ デュマの原作の奥の深さが失われている。

このお話を胸躍らせて 読み進んだのは小学校3年くらいのころだっただろうか。「三銃士」、「岩窟王」、「マルコポーロの冒険」、「15少年漂流記」、「ハックルベリーフィン」、など冒険物語が大好きだった。この頃読んで想像力を膨らませる歓びに比べると 映画で筋を追う楽しさは はるかに劣る。やはり、冒険物語やスリラーやミステリーは読むに限る。読んでしまってから、映画で楽しむのが正しい順番というべきか。

このことば、カール マルクスの言葉かと思っていたけれど、デュマの言葉だったのね。「一人は皆のために、皆は一人のために」。この台詞で 4人が剣をかざすシーンが良い。
「UN POUR TOUR、TOUS POUR UN」

2011年11月10日木曜日

映画 「ミッドナイト イン パリ」




ウッデイ アレンの新作映画 「ミッドナイト イン パリ」を観た。アレンの41番目の作品だ。

フランスのサルコジ大統領がモデルだったカルラ ブルニと結婚したとき、カルラのほとんど裸と言って良いモデル時代に撮られた写真を 世界中の新聞社が トップページに でかでかと掲載されたことは 記憶に新しい。その彼女も 一児の母になった。出産のその日 サルコジは ギリシャの経済破綻をいかに救うかで、ドイツのメリケル首相と会談していて、妻の出産に立ち会うことが出来なかった。夫の立会いが当たり前の社会で、出産は夫婦で一緒に経験する試練の機会だというのに 夫はチャンスを逃した。ギリシャをユーロ圏に留めて置くことを優先した結果 夫婦の間にヒビでも入ったら、サルコジは泣くにも泣けないだろう。

そのカルラ ブリニ サルコジが 清楚で知的な美術館のガイド役で この映画に出演している。カメラの接写や キャッツウォークを楽々こなし、フランス語の本を即興の英語で語って聞かせる。知的で 小粋で、ファッションセンス抜群で とても美しい。感心してしまった。

1920年代のパリで活躍していた アーネスト ヘミングウェイも、スコットとゼルダ フイッツジェラルド夫婦も、T S エリオットも、マン レイも 出てくる。おまけにパリのベルエポックの時代にまで遡ってくれて、モジリアニ、ロートレック、ゴーガン、ゴヤ、セザンヌ、ダリ マテイスまで出てくる。過去の栄光パリ、輝けるパリ、芸術のパリ、印象画のパリ、ムーランルージュのパリ、マキシムのパリ、シャンソンのパリ、、、。
ニューヨーク、ブロンクス生まれのユダヤ人のウッデイ アレンがいかに、パリに魅惑されたかが わかる。この映画は彼自身の最初のパリ体験とパリカルチャーショックを映像化したものだ。

ストーリーは
カルフォルニア生まれのジル ペンダー(オーウェン ウィルソン)は作家で ハリウッド映画の脚本を書いている。今執筆しているのは、ノスタルジーという名の店の骨董屋をやっている男の話だ。しかし、婚約者のインツ(レイチェル マクアダムス)は 全然彼の作品を理解しようとしないし、脚本が退屈だと言う。インツは裕福な家庭の娘だ。インツの父親は、パリに商用ができた。これを機会に彼は 妻と娘と その婚約者ジルをパリに伴っていき、パリで休暇を過ごすことになった。

ジルは 初めてのパリに有頂天になる。何もかもが輝いて、芸術の香りがする。過去と現在が混在していて、見るもの聴くものすべてが刺激的だ。ジルはパリを じっくり探索したいのに、婚約者のジルは母親と買い物、夜は商談相手の接待のデイナーなどで、スケジュールは一杯だ。ある夜、友達と出かける婚約者を見送り、ジルは やっとひとり夜の街をぶらつくことになった。歩き歩いて 迷子になることさえもパリでは 心踊る体験だ。そんなジルの前に 深夜の鐘が鳴ると同時に、黄色のプジョークラシックが走ってきて停車する。

誘われるまま乗り込んだ車の中に居たのは 陽気な飲んべい達、スコットとゼルダ フイッツジェラルド夫婦だった。行った先はジャン コクトウの家。ピアノの前には コール ポーターが居て、ピアノの弾き語りをしている。活発な文学談義のあとは、そのままの流れで、意気投合した皆と ガードルード ステインのサロンに出かける。アーノルド ヘミングウェイや、ジョセフィン バーカーにも会って 文学論争を楽しむ。おまけに 自分が書いた脚本を ガードルード ステインに見てもらうことになってジルの心は躍った。酔って帰ったホテルで 婚約者と過ごしても 真夜中に作家達に出合った歓びが大きすぎて 昼間は退屈で仕方がない。

次の夜も次の夜も、ジルは 自分の原稿を抱えて街角に立ち 真夜中にやってくる黄色いプジョーを待つ。乗り込んでしまうともう、夢のような素晴らしい世界だ。モジリアニの元愛人で、ピカソの愛人、アドリーナが ジルの作品を高く評価してくれる。それが嬉しくて ジルは美しいアドリーナの恋をする。アドリーナと一緒に、サロンに集う作家や画家達と刺激的な会話を楽しむ。パリではどんな魔法も望めば実現するのだ。

とうとうジルは婚約者インツに愛想をつかされ 彼女の家族が滞在していたホテルから追い出される。ジルは自由になって、ひとり雨の中をそぞろ歩きする。パリでは雨に濡れることさえ 素晴らしい。
というお話。

これは全く ウッデイ アレンの青春時代に起ったこと そっくりに違いない。1920年代と、ベルエポックの二つの輝ける時代のパリに 焦がれる余り パリを彷徨う若い作家の魂が描かれている。実際、書きかけの脚本が パリで完成することが出来た というような体験もあったのだろう。若い日々の自分を笑ってみせているが、本心は真剣そのものだ。新しいものばかり追い求めてきたニューヨーカーが ノスタルジアという店をやる男の話を書き、タイムスリップしたパリで 自分は2010年から来た旅人だ と言っても誰も驚かない。なぜなら アドリーナもヘミングウェイもフイッツジェラルドも画家たちも皆シュールリアリズムの芸術家だからだ。そこが面白い。

配役では ジルにオーウェン ウィルソンという どちらかというと醜い顔のもっさりしているが知性のある役者を使ったのは、気が利いている。アレン自身が 自分が醜いことをよく知っている。
芸達者な役者たちが 次々とピカソになったり、ロートレックになったり、マチスやゴーギャンになったりして それらしく演じている。フイッツジェラルド夫婦が本当の本人達のようだった。また アドリアン ブロデイ演じるダリも本物みたいだった。すごく素敵だ。
ウッデイ アレン、、、さすが。よく考えて 実によく作られている。90年前のパリのサロンに集まる芸術家達の会話を聞いてみたい人、ベルエポックの頃の画家達に会ってみたい人にとって、この映画は得がたい作品といえる。ウッデイ アレンが嫌いな人でも、この映画なら好きになれる。

芸術家でなくても 深夜の鐘が鳴ったら 角で黄色のプジョーがやってくるのを待ってみたくなるに違いない。

キャスト
ジル ペンダー :オーウェン ウィルソン
婚約者 インツ ;レイチェル マクアダムス
コール ポーター :イブス へック
アーネスト ヘミングウェイ:コリー ストール
ゲートルード ステイン:キャッシー べイツ
アドリアーナ:マリオン コテイラルド
パブロ ピカソ:マルセル デイ フォンゾ ボー
サルバドール ダリ:アドリアン ブロデイ
マン レイ    :トム コルデール
ルイス ブニュエル:アドリアン デ ヴァン
T S エリット   :デヴッド ロウ
エドガー ドガ  :フランコス ロステイン
ヘンリ ロートレック:ヴィンセント メンジョウ コルテス 
ポール ゴーガン :オリバー ラボーデン
ヘンリー マチス :イブス アントワヌ スポト
レオ ステイン  :ローレント クラレット

2011年11月4日金曜日

アンネ ソフィーオッターとその仲間達のコンサート



去年の9月に すでにチケットを買ってあって、もうキャンセルできないシドニーシンフォニーのコンサートに、近所に住む娘と二人で行ってきた。娘はインフルエンザに罹患して3日目、4時間ごとに強力な鎮痛剤を必要とする身。私は 長い長いインフルエンザからくる諸々の症状からようやく回復したばかり。一人で行くつもりだったが、娘がタクシーで駆けつけてきた。
家に残してきたオットは 腰痛で歩けず、どんな鎮痛剤も効果がない痛みで、とうとうモルヒネを使うことに、、。もうひとりの娘は ニューカッスルで夫と二人の赤ちゃんと全員が これまたたちの悪いインフルエンザで 嘔吐と下痢と発熱で全滅状態 という有様。

今年のシドニーの春は最低だ。桜も桃も ワトルの花も終わり ジャカランダの花が咲き始めたというのに いっこうに気温が上がらず 昼間は初夏らしく気温20度を越えるが、朝晩急激に気温が下がり、冷えるので病人が続出している。
毎年この季節には、たくさんの花が咲き、かすれ声で鳴く練習をしていた野鳥の赤ちゃん達が 飛び、さえずることができるようになって、にぎやかな季節のはずなのに、今年は全く様相が異なる。こんなに家族全員が寝込むような春も珍しい。

http://www.youtube.com/watch?v=0tJbJvKzuEo&feature=related
オペラハウスで歌ったのは、スウェーデンから来たメゾソプラノ歌手、アンネ ソフィー ボン オッター。彼女が友達のチェリスト スベンテ ヘンリソン、ピアニストのジョー チンダモ、ドラムのゴードン ライトを連れてきた。去年の段階では、彼女がフィンランド人のヴァイオリニスト ペッカ クシストを連れてくるはずだった。しかし、今や ペッカは、アンネ ソフィーよりも ずっと人気者になってしまって、たった一日のシドニーのコンサートにために来られる余裕はなかったのだろう。

ペッカの代わりに、チェロのスベンテ ヘンリソンが来た。アンネ ソフィの歌と、チェロとドラムとピアノだけのコンサートだと思っていたが、フルサイズのシドニーシンフォニーオーケストラがバックで演奏していて、若い指揮者、ニコラ カーターが全曲 指揮をした。これがとても良い指揮者で 印象に残った。アシュケナージの後に こうした地元オーストラリア出身の若い優秀な指揮者が育って居ることが、頼もしい。

プログラムは
1)ミルハウド ダルス「THE CREATION OF THE WORLD」
2)ジョセフ カンテローブ「SONG OF THE AUVERGNE」
インターバル
3)ハンズ クラウサ:プラハで生まれ45歳でアウシュビッツで亡くなった作曲家による「小さなオーケストラのための序曲」
4)スべンテ ヘンリソン「チェロ協奏曲」自作自演
5)ガーシュインなどの作品からポピュラーソングを7曲
  ジャズ、バラードなど。

ガーシュインの数曲以外 知っている曲のひとつもないコンサートだった。アンネ ソフイーのメゾソプラノが 思いのほか伸びない。声にハリとつやと輝きがない。思えば彼女の声は全盛期を過ぎている。もうオペラは無理か。フランスのフォークソングやジャズやバラードなら歌える。フルオーケストラを後ろに 気持ち良さそうにスウィングしている彼女は 美しい。絵になる。でも、それもあと10年 持つか持たないか。

チェリスト スベンテ ヘンリソンが良かった。自分が作曲したチェロ協奏曲をシドニーシンフォニーと一緒にソロでやって、素晴らしい演奏と卓越した技術をみせてくれた。彼がチェロを弾き始めると、目の前に大平原が広がり、豊かなサバンナが見えてくる。空気はあくまでも透明に乾いており、冷たい。岩塩の板を運ぶ駱駝が その優雅な足取りで砂漠を進んでいく。日が昇り、大平原の向こうに日が沈む。ゆったりしていて、大きな愛情に抱き抱えられているような安心感のある 美しい曲だった。彼の存在そのものに、才気がほとばしっている。将来のあるチェリストなのだろう。

やっぱりチェロの音は良い。不思議とヴァイオリン弾きがヴァイオリン奏者と幸せに暮らしている人が、身近にいないが、ヴァイオリン弾きとチェロ奏者の夫婦なら10組くらい知っている。ヴァイオリンはわがままな楽器だから、別の楽器奏者か、まったく楽器をやって居ない人との方が うまくいくのかもしれない。オーケストラにいたとき 一番気の合う人はコントラバス奏者だった。歌手ではソプラノよりはアルトを歌う人、テノールよりはバリトン歌手と一緒に居て 気持ちが落ち着く。
サッカーならばゴールキーパーが好き。野球ならキャッチャー、ラグビーなら断然フルバックだ。

コンサートの前、オペラハウスの横で、ハーバーブリッジや港に停泊している大型豪華船をみながら 寿司屋で握ってもらった折り詰を 娘と開けた。次の瞬間 何かの音がしたと思ったら、わさびのついたシャリだけが地面に転がっていた。何が起ったのか、皆目見当がつかない。私も娘も向かい合ってテーブルに置いた折り詰を前にして、何も見なかった。
目にも留まらぬ速さでカモメが 折り詰の中央にあった赤貝の寿司を奪っていったのだ。何も見えなかったのに。
目にも留まらぬ早さとは、こういうことだったのか。動物って すごいな。
敵ながら あっぱれ あっぱれ。

2011年10月27日木曜日

映画 「コンテイジョン」



新作映画「CONTAGION」、「コンテイジョン」(接触感染)を観た。
監督:スティブン ソデルべグ
キャスト
夫 ジョン:マット デイモン
妻べス  :グエネス パスロウ
娘    :アナ ヤコビ へロン
ジャーナリスト アラン:ジュード ロウ
WHO ドクターオランテイス:マリオン コテイラルド
CDC ドクターミアズ:ケイト ウィンスレイ
CDC ドクターシーバー:ローレンス フイッシュバーン
http://www.imdb.com/title/tt1598778/

1960年代の映画「渚にて」では 放射能で人類が滅亡し、「猿の惑星」では伝染病で地球は 猿に乗っ取られる。1970年代の「タワーインフェルノ」では 最新テクニックで建設された高層ビルが焼け落ち、「ポセイドン」では 沈まないはずの豪華船が沈み、「デイープインパクト」では、彗星が地球に衝突して人類が破滅するはずだった。
人は デザスター(大災害)映画が大好きだ。大災害が起った時に 自分ならどうするか、想像力をかきたてられるし、疑似体験を通して、学ぶことも多いからだ。

医療現場にいるから、自分がもし現役で死ぬことがあったら、きっと職場からの感染で死ぬだろうと思う。原因が細菌だとするなら、抗生物質が効かない耐性菌の蔓延は、深刻な事態にある。細菌よりも小さなプリオンやウィルスでは、狂牛病も鳥インフルエンザも豚インフルエンザも、なかなか手ごわい。病院関係者は 最前線に居る戦場の歩兵のようなものだ。
毎年、ただでさえ インフルエンザウィルスで1万人の死者が出ている。1918年の「スペインかぜ」では、致死率1.74% 48万人の死者が出た。1968年の「香港かぜ」では致死率0.15%で7万8300人が死亡。2009年の豚由来新型インフルエンザの致死率0.2%で約8万人が死亡した。毎年、ウィルスの形を変えて人々を襲うインフルエンザや、新型の病原菌の出現は脅威としか言いようがない。
そんなときにウィルスの遺伝子が 突然変異によって猛毒化してモンスターのように今までにない感染力をもったウィルスになって 秒単位で伝染したらどうなるか。映画が教えてくれる。

ストーリーは
べス(グエネス パスロウ)は二人の子供のお母さん。子供と夫のジョン(マット デーモン)を家に置いて 香港に出張に行っていたが、シカゴ経由で家に戻ってきた。風邪をひいたのか 咳をしていて調子が悪い。帰ってきた翌朝 台所で突然倒れて、病院に運ばれて間もなく死亡する。医師に急性の脳脊髄膜炎で亡くなりました と言われても その朝まで元気で若く美しかった妻が死ぬなどということが 全く夫には信じられない。しかし、病院から帰宅途中で 何と言うことか 今度は息子がべッドのなかで死亡していたという知らせが入る。ジョンは一晩のうちに、妻も息子も失ってしまったのだった。

一方 べスが滞在していた香港で、また彼女が経由したシカゴで 次々と風邪症状から脳脊髄膜炎を起こして死亡する患者が続出していた。翌日には東京で、中国で ロシアで 世界中にウィルスが恐るべき速さで伝播して死亡者が増える一方だった。世界保健機構(WHO)が 動き出す。アメリカではアトランタのCDC(感染センター)が対策の指揮をとることになった。この強力なウィルスは 接触によって感染する。感染、発症後の致死率は40%、恐ろしい速さで接触感染する。

最初にアメリカにウィルスを運んだのは べスと思われる。感染源を断定するためにWHOから ドクターーオランテス(マリオン コテイラルド)が香港に派遣される。しかし香港の 病原ウィルスの伝播状態は最悪だった。数万人の死者が 次々と集団埋葬されている。空港は安全ではない。調査を終え、ジュネーブに帰ろうとしたオランテスは 伝染対策部長とその武装した面々によって 無理やり感染から遠く離れた寒村に保護される。
CDCのドクターミアズ(ケイト ウィンスレイ)は、感染者を各地の学校の体育館などに隔離、収容する仕事に追われている。安全対策は 万全にしていたはずの彼女も、汚染されていたホテルで感染してしまい、倒れる。街中が騒然としている。銀行もゴミ回収も食品の購買も通常のようには もう機能しない。

ジャーナリストのアラン(ジュード ロウ)は CDCの対策本部が 感染予防のための血清ワクチンの抽出に手間取っているのは 巨大医薬品会社が これを機会に利益を出そうとしているからだ と訴えて、自ら感染し、自然療法で治癒したことをインターネットで発表する。多くの支持者が出てきた。その一方、待ちに待った予防ワクチンができ それを人々が奪う。ワクチンのために軍隊が出動しなければならない。生存者のあいだで、ワクチンや食料を奪い合うことが 日常化してしまった。ジョンは娘を感染から守ろうとして、、、。
というおはなし。

なかなかリアリテイがある。
出演者の豪華なこと。それぞれの役者が 主役級の役者ばかり。
そういえば、「タワーインフェルノ」も、フェィ ダナウェイ、ステーブン マクイーン、ポール ニューマン、ウィリアム ホールデン、ロバート ボーン、ジェニファー ジョーンズ、フレッド アステアなどなど、豪華俳優てんこ盛りの映画だった。主役も端役もなく、それぞれの人々が自分の立場で緊急事態に真剣に取り組んでいる。緊迫感があって、良い。

残されたジョンと娘がとても良い味を出している。マット デーモンは責任感の塊のようで、何が何でも娘を守るお父さん役が適役だ。娘役のアンナ ヤコビ へロンは13歳くらいだろうか、けなげに父親の命令に従って生きようとする。このくらいの大人になりかけた頃の子供達は 独特の美しさをもっている。
また、医療従事者たちが 自分も父親であり妻であり娘なのに、人々の命を救うために懸命に働く。限られた予防ワクチンを 誰を優先に打つのか。迷いながらも医道を外さないところにも、好感が持てる。
人が何によって生き、誰のために命を捨てられるか。限られた人だけが生き残れるとき、自分にはどんな選択があるのだろうか。いろいろな問いがあり、いろいろな答えがある。
スリリングだ。
だから映画を観ることが止められない。 

2011年10月26日水曜日

東川篤哉の「謎解きはデイナーのあとで」



推理小説のおもしろさは謎解きにある。謎解きはあくまで机上の論理であって、何故かあまり血の匂いがしない。
シャーロック ホームズシリーズや、エルキュール ポアロシリーズ、アガサ クリステイーの作品が いまでも人々に読み継がれ、愛されてきた理由のひとつは、その小説の文体に品格があり 登場人物に気品があり、ヨーロッパの洗練された文化の産物だからだ。殺人事件が起るが、庶民はあまり登場せず 貴族同士で殺しあったり、憎みあったりする。その時代、下層の人々が食うにも食えず 子捨てや子殺しなど当たり前だった などという現実の姿をあまり垣間見ることができない。謎解きは頭脳ゲームであり、知性を競い合うものだ。その点、推理小説を読むことは 社会派の小説やドキュメンタリーや、警察ものを読むのと違って、そんな架空の世界で謎解きをして楽しむのが通例であるらしい。

フイリピンで 活字に飢えていた頃 家中で、赤川次郎に夢中になった時期がある。娘達が中学に入るか入らないかの頃で、赤川次郎の作品を50冊くらい ダンボールごと下さった方がいて とても嬉しかった。この作家は音楽を愛し、楽器などにも精通し、480にも上る沢山の作品を書いている、驚異的に多作な作家だ。彼の作品は優しい視線で人を見つめて描かれている。根底に楽天家の眼差しがある。彼の作品を読んでいて、誰も傷つかない。独特の文体に彼なりの品格がある。好感がもてる。娘達は英語で育ってきたから 漢字は「木」とか「海」くらいしか書けないが、赤川次郎のおかげで「執行猶予」、「誘拐犯」、「保釈金」とか「検察送り」などスラスラ読めるようになって、そのアンバランスさが おかしかった。

日本には長いこと 住んで居ないので、このごろ日本で売れている若い作家に興味がある。久坂部羊、百田尚樹、池上永一、金城一紀など、取り寄せて読んでみた。
今年43歳になる東川篤哉の「謎解きはデイナーのあとで」(小学館)も ついでに買って読んでみた。2011年 本屋大賞第1位、100万部売れたベストセラーだそうだ。作品は雑誌きららに連載されて人気を呼び 新作を含めて単行本になったようだ。

ストーリーは
宝生麗子は金融とエレクトロニクスと医療品などで世界に名の知れた宝生グループの総帥 宝生清太郎の娘だが、東京多摩地区 国立警察署の女性刑事だ。そのボスは、中堅自動車メーカー、風祭モータースの社長の息子。いつも高級品に身を包み、派手な外車で走り回っている。
そんなお嬢さん、お坊ちゃん刑事たちが 解決できない難事件を麗子の執事が 簡単に謎解きしてしまう。

麗子の家には景山という、執事兼運転手がいる。夏でもダブルのブラックスーツに身を包み、銀縁めがねをつけて、麗子の送迎をする。彼はプロの探偵になりたかった時期があるらしく、麗子が話して聞かせる事件を いとも簡単に謎を解いて解決してしまう。
というおはなし。

文体の軽さ、内容の単純さ、庶民のお茶の間風の会話からは、麗子や景山や風祭の貴族的品格はまったく覗えない。お嬢様が身に着けるスーツがアルマーニ止まりなのも、お嬢様に気の毒な気がする。靴やバッグはどうなのか。フィリピンに10年住んでいた時、お城のような家に住む方々ともお付き合いしなければならなかった。家に住み着きのコックを12人もっている家庭、メイドが20人。家のドアから居間に通されるまでの廊下に、飾り付けられたジープニーという大きなジープを置いてある家。博物館のような居間。個人所有の動物園や 島を個人所有しているお金持ちの人たち。週末、島で過ごし、月曜には自家用小型飛行期で通学する子供達。立派な風格をもった執事たちにも会った。そんな環境に馴染んでいないと 執事というものを書くことはできないのではないか。

でもおもしろい。
お嬢様と執事、という関係の意外性と時代がかった取り合わせがおもしろいからだ。
読んでいて、様子が目に見えるように想像できるのは、作家が始めからビジュアル派で、これがテレビドラマにもなるし、漫画化されることを想定して書いたからなのだろう。
まえに、池上永一の小説を読んで、彼の悪文に、へとへとになりながらも、これも今の日本文化なのだから、ビジュアル派はこれでいいのだ、という結論に達した。
大変美しい顔 姿をした少年歌手が テレビに出てきて、信じられないほど音程をはずして歌を歌っているが、それでもビジュアル派は 許されるそうだ。だから、作家もビジュアル派はそれでいいのだ。
なんと言っても 小説がそれなりに、おもしろいのだから。

2011年10月25日火曜日

祝 オールブラックス 優勝




あぶな! こわ!!!
の連続でした。良い試合とはいえませんでしたが、とにかくニュージーランドのオールブラックスが優勝して、ほっとしました。

我が家のオールブラックも喜んでいます。

2011年10月17日月曜日

祝 オールブラックス優勝戦に爆進




9月10日の日記に 第7回 ラグビーワールドカップが始まった様子を書いた。
土曜日に 準決勝戦 ウェールズ対フランスが行われ、フランスが勝ち抜いた。試合前日 ウェールスのキャプテンは「勿論ラグビー発祥の地でラグビーをやってきた我々ウェールスが勝つ」と明言したが、一方のフランスのキャプテンは 「僕たちはフランス人だよ。明日のことなんか知るわけないでしょ。」と言っていて、その国民性の違いに 思わず笑ってしまった。

試合では ウェールスが圧倒的に強い、デフェンスもトライも申し分ない。にもかかわらず、小さなファウルで フランス側はペナルテイーゴールを取って勝ってしまった。フランスチームは一度もトライさえしていない。解説者もみな腑に落ちない様子で、「強いチームが負けてしまった。」、「良いチームが負けてしまった。」と何度も 何度も繰り返して言っていた。試合は流れだ。強くても勝てるわけではない。試合をやり直すことが出来ない。本当に、ウェールスには残念な試合だった。
フランスチームは 決勝戦でオールブラックスと戦うことになり、ラグビーの真の強さというものを思い知らされることになるだろう。

さて、昨日、日曜日の準決勝戦。
ニュージーランド:オールブラックス対オーストラリア:ワラビーズ。オーストラリアに住んで16年、普段はワラビーズの味方だが、相手がオールブラックスならば 絶対オールブラックスの勝って貰いたい。開催国というだけではなく、クライストチャーチで あのひどい地震被害のあった直後で、国の誇り、オールブラックスが ラグビーで負けて良いわけがない。どんなことがあっても負けられないワールドカップなのだ。もしオールブラックスが負けるようなことがあったら、暴動が起るだろう。

試合は素晴らしかった。一秒も無駄がない。80分がこれほど密度の濃いラグビー試合だったことはない というくらいオールブラックは集中していた。デイフェンスのあつさ、アタックの激しさ。絶対に相手にボールを渡さないという選手達の固い決意が ひしひしと伝わってくる試合だった。

ものすごく優秀なワラビーの10番のクエイド クーパー、14番の ジェームス オコーナー、9番のウィル ギニア、キャプテン5番のジェームス ホーウェルたちの必死の努力が オールブラックスの「勢い」に付いていけなかった。
オールブラックスのキャプテン7番のリッチー マッカウ、9番ピリ ウェープ。ウィーブは 別名「救世主」、試合前の「ハカ」のリーダーだ。特記すべきは スタンドオフ 10番のアーロン クルーデンの活躍だ。彼は怪我で出場できなくなった選手の代役に 試合の直前に出場が決まった、最年少の選手。2年前に 日本で20歳以下のラグビー選手権があったときに ニュージーランド代表のキャプテンとして選手を連れて来て みごとに優勝した。ちょっと小型で痩せていて、ラグビーの体格ではない。その彼が 相手のボールが手を離れたとたんに 捨て身で相手のふところに もぐりこんでボールを取る。相手がパスしたボールを早足で掠め取る。相手側よりも早く走る。もうとても立派な大活躍だった。今後の彼の成長が楽しみだ。

来週は とうとう決勝戦。とても楽しみ。
遂に ラグビー世界一が決まる決勝戦。勝てますか というマスコミにまたフランスチームは来週も 「ぼくたちフランス人だよ。明日のことなんか聞かないでよね。」と言っていられるだろうか。

写真はうちのオールブラック:クロエ

2011年10月13日木曜日

ヒュー ジャックマンの映画「リアル スチール」




新作映画「リアル スチール」、原題「REAL STEEL」を観た。
スチーブン スピルバーグ製作、指揮。監督:ショーン レビ。
1956年の「スチール」という題の短編小説をもとにして作られた サイエンスフィクション。

キャスト
父親チャーリー:ヒュー ジャックマン
息子マックス :ダコタ ゴヨ
リリー    :バイレイ タレット

ストーリーは
近未来のアメリカ。
ボクシングは 人命に関わる危険なスポーツなので、禁止されている。代わりに、ロボットボクシングが盛んだ。男も女も 巨大なドームに集まって、人の何十倍も大きな鉄の塊のロボットとロボットを戦わせて、一方がバラバラになるまで 激しい打ち合いをさせることに熱狂している。

チャーリーは 元ボクサー。今は飲んだくれのロボット狂だ。ロボットボクサーをトレーラーに乗せて、全米を興行して回っている。何年も前 とっくの昔に家庭を捨てて ドサまわりをしている。勝っても、負けても飲むばかり。しかし、最近では自分がチャンピオン戦を戦っていたボクシング時代と違って、ロボットもコンピューター操作のリモートコントロール。自分の思うように勝ってくれる訳ではない。自分よりも もっと資金をかけてテクに強いロボットに負かされてばかり。
父親の跡を継いで ロボット修理工場を経営する女、リリーのところに転がり込んで 何とか頼み込んで自分のロボットを修理しながら居候していたが 借金がかさむ一方だ。とうとうリリーに 愛だ恋だの言うよりも お金を返して と冷たく突き放されてしまった。ロボットボクシング興行主に払わなければならない借金もとうに期限が過ぎている。

進退窮まったところで、警察から連絡が入り、何年も前に捨てた妻が 亡くなったという。裁判所に呼び出されて、ひとり残された11歳の息子、マックスと、父親チャーリーは再会することになる。死んだ妻の妹が マックスを引き取りたいと言う。彼女は裕福で年の離れた老紳士と結婚していて、マックスを養子にして 立派な教育を身につけさせたい と思っている。

それを知ったチャーリーは 即座に義妹の夫に「750で どうだ?」ともちかける。息子を裕福な男に売って 得たお金で新しいロボットを買い、ボクシングの試合で勝って借金を返せる。これですべて円満解決だ。
5万ドルを前金で 残りは一月後に。義妹夫婦はイタリアで暮らしていたが、マックスを引き取るに当たって、イタリアの家を処分して ニューヨークで マックスと暮らせるように準備する。その期間1ヶ月だけ実父チャーリーのところにマックスを預けていく。ということで、話し合いはついた。

10万ドルで父親に売られた息子は1ヶ月だけ ろくでもないロボット狂の飲んだくれのところに預けられた。父の顔など覚えていない。昔 父親に捨てられて 母を失くしたばかりのマックスは 自分が売られた金でチャーリーが手に入れたロボットに対面する。
新しいロボットは日本製、超悪男子という名のロボットだ。新しいロボットに夢中のチャーリーを尻目に、マニュアル時代の元ボクサーチャーリーよりも、コンピュータ操作は 新世代11歳のマックスの方が「うわて」だ。リモートコントローラーは、いつの間にかマックスの手に。

チャーリーは 新しいロボットをトレーラーに積んで、マックスを伴いボクシング会場に行く。しかし、このハイテクの新機種ロボットは アッと言う間に 叩きのめされて 鉄くずに。
チャーリーにはこのロボットの修理する資金もない。ロボット解体所に忍び込んで部品を盗んで来るしかない。真夜中 マックスを連れて部品を探索している最中 マックスはロボット廃棄場の巨大な穴に誤って落ちてしまう。寸手のところで捨てられたロボットに引っかかって マックスは命拾いをする。助かったマックスは チャーリーが止めるのも聞かず、自分の命を救ってくれた古いロボットを抱えて連れて帰る。

その「アトム」という名のポンコツロボットは 修理してみると、昔の鋼鉄で出来ていて、リモートコントローラーで操作するよりも、自分の前の人のまねをするロボットだった。マックスが飛び跳ねれば、アトムも飛び跳ねる。マックスとアトムが楽しそうに 一緒に ヒップホップのダンスする様子を見て、チャーリーは これは 使えるかもしれない と考える。そして、元ボクサーは アトムにボクシングの戦い方を教えて、訓練する。
チャーリーとマックスの アトムを連れた興行の旅が始まった。ロボットアトムとマックスのダンスは どこでも受けた。そのあとで、ボクシング試合をさせても、なかなかアトムは よく戦ってくれた。アトムは小さいながら鋼鉄製だから、セラミックや新素材のロボットよりも 壊れても修理が効く。リモートコントローラーか効かなくなっても、アトムはチャーリーの動きをコピーすることができるから 続けて戦うことができる。そんな、アトムに人気が出てきて、活躍することになった。しかし、一ヶ月があっという間に経って、養父母が帰ってきて、そこで、、、。
というお話。

天才子役 という言葉があるが、11歳のダコタ ゴヨの マックス役が素晴らしい。母に死なれて、父に10万ドルで売られた息子という難しい役を 実に自然に演じている。ヘラルド紙やロスアンデルスタイムスでも、ダコタ ゴヨを手放しで褒めていた。「ナチュラル チャーム」生まれてついた魅力、というか、全く役を演じていると思わせない自然さで 役柄になりきっている。
カナダ トロント生まれ。生後2週間でテレビのコマーシャルに出たのが、デビューだったそうで、5歳のときから 俳優としてテレビや映画に出演している。最近の映画では2009年「アーサー」、2011年の「THOR」、2012年「ライフ オブザ ガーデアン」など、ハリウッド映画に出演している。

印象的な子役といえば、2006年の「リトル ミス サンシャイン」のアビガイル ブレスリン、2001年の「アイ アム サム」のダコタ ファニング。1986年の「スタンドバイミー」のリバー フェニックス。
その前になると 1952年の「禁じられた遊び」のブリジット フォッセイ、1948年の「自転車泥棒」ビットリオ デ シーカ監督が使った子役などが、最高だった。大人を見上げる懸命な瞳の光の強さは 大人にはまねできない。ダコタ ゴヨはこれから きっと大活躍してくれることだろう。

ヒュー ジャックマンは ブロードウェイで 踊りも歌もうまいと ミュージカルで認められ人気者になったオージー俳優だ。「エックス メン」で鉄の爪を持ったスーパーヒーローを演じ、「オーストラリア」では、荒馬にまたがり勇敢なカウボーイをやった。背が高く、美しい肉体を持ち、シャープな顔をしている。同じオージー俳優でも、メル ギブソンやラッセル クロウのような アクの強さはないが、その分 どんな役でもできる。とても良い役者だ。飲んだくれの元ボクサーの役など とても似合う。
しかし、この映画では、そんなマルチタレントのヒュー ジャックマンがかすんで見えるほど 子役のダコタ ゴヨが光っていた。

アトムに潰されて 次々と新しいハイテクロボットを開発するのが 日本人の怖い顔をした技術者だったり、アトムの前の日本製ロボット:超悪男子が、日本語でしかリモコンが作動しない、など、笑えるシーンもたくさんあった。日本製イコール優れた技術ロボット というイメージは健在なようだ。

ハリウッド製娯楽映画。おもしろい。
見る価値はある。

2011年10月11日火曜日

映画「あしたのジョー」僕らは明日のジョーだったか



「僕らは明日のジョーなんだ。」と言って、田宮高麿は「よど号」に乗って ピョンヤンに行き そこで死んだ。
1968年から1973年。「あしたのジョー」が少年サンデーに連載されていた当時の「ぼくら」にとって、あしたのジョーは本当に漫画以上の存在だった。「本は心の栄養」だそうだが、あしたのジョーは心の栄養どころか 血であり肉であった。

このころアメリカはベトナムを爆撃し、日本全国が米軍の基地だった。
東京のど真ん中を 米軍ジェット機輸送のためのオイルが連日突っ走っていた。核も堂々と持ち込まれていた。
ベトナム独立のために銃を持ち、農地に穴を掘り 圧倒的な軍事力をもつ米軍に徹底抗戦していたベトナムの人々を 殺す為に毎日飛び発っていくアメリカ軍人を 日本政府は送り出していた。多くの良識ある人々は ベトナム反戦運動に立ち上がった。当時のべ平連、全学連や全共闘は、傷ついても傷ついても負けずに立ち向かっていく あしたのジョーに自分達の姿を重ね合わせていたと思う。向かっていく巨大な壁は、自分達の力にかなうわけがないアメリカ政府と日本政府の安保条約であり、自衛隊と機動隊の力だった。

ベトナムを激しく爆撃するアメリカ大使館に「抗議」に行って、1967年10月逮捕された。17歳だった。単純直行実行主義だったから、米軍のベトナム介入に反対して 気がついたら歩道の敷石を割って アメリカ大使館に石を投げていた。月島警察署で 刑事が私が何も言ってないのに 目の前で「私は**大学の**の指揮の下にシャガクドーのデモに参加し、、、。」と スラスラ書いていくのを あっけにとられて見ていた。ふーん。ふむふむ。あの先頭に居た人は あの有名な**大学の**さんという人だったのか、、。シャガクドーって どういう字? 私の学生運動の理解度など、その程度だった。明治、法政、中大、東大に出入りしていたが 自分の大学には骨のある新聞会さえなかった。友人は佐世保、防衛庁に突入していたが マルクスやレーニンよりも、あしたのジョーから 手っ取り早く より多くの自立の精神を学んでいた。 今思うと冷や汗が出る。

この作品は 漫画だけでなく、何度もテレビでアニメーション連載番組になったり、映画化されたりしていたらしい。2011年2月に映画化されたものを観た。先日帰国の際 日豪間の飛行機の中で見たのだが、画面が小さくて、よく動きがわからなかったので、改めてヴィデオで観た。

監督:曽利文彦
ストーリーは
1960年代。まだ日本は 完全に戦後復興していない。ベトナム特需で、経済が潤ってくるのは その後だ。場所は東京の下町。涙橋を渡ると 貧民街だ。家賃を払えない人々が 川沿いに勝手にバラックを建てて住み着いた いわば無法地帯だ。
そこで飲んだくれの元ボクサー 丹下段平(香川照之)は、しょぼいボクシングジムを持っている。何年も前のボクシングへの夢を捨てられずにいるのだ。
ある日、ケンカで矢吹丈(山下智久)の身のこなしを真近に見て、ジョーに天性のボクシングの才能があることを見抜く。ジョーは親に捨てられ孤児院から抜け出してからは、窃盗、詐欺 暴行の常習犯で 少年院と娑婆を行き来する 明日のない生活をしていた。

丹下は少年院に収容されたジョーに手紙を書く。明日のために、強くなれ。ボクシングを通して、ケンカではなく本当の男になれ、と。
ジョーは少年院の中でも問題児だった。大した意味もなく反抗する。腹を立て自分が叩きのめされるまで 圧倒的多数の警備員を相手に勝ち目のない争いを挑んでいく。そこで、プロボクサーの力石徹(伊勢谷友介)に出会う。怖いもの知らずのジョーは、自分の体より遥かに大きく しかもウェルター級チャンピオン戦が予定されている力石に、挑戦して、二人は少年院の中のリングで ボクシング試合をすることになる。ジョーは生まれて初めて ボクシングのグラブをつける。リングで、ジョーは 殴られても殴られても 立ち上がり 勝負はつかない。遂に二人は互いにノックアウトして、同時にリングに倒れる。勝負はつかなかった。

少年院を出たジョーは このときの試合で いつか力石を完全に倒すことが自分の目標だと定め、丹下ジムに直行する。明日のジョーが強くなる為の 厳しい訓練が始まった。酒びたりだった丹下の目が、再び輝きだした。
一方、力石は財団の令嬢、白木葉子(香里奈)が所有する白木ボクシングジムに属し、立派な設備やプロのトレーナーを使って 世界チャンピオン戦を戦うことになっていた。力石を世界一にすることが 白木財閥の目的だ。どんなことがあっても力石に世界一のタイトルを取らせたい。 しかし力石もまた、ジョーを完全にリングの底に沈めて 前回の勝負がつかなかった試合を完了させたかった。

いつしかジョーは 力石を倒すこと、力石は 世界チャンピオンのタイトルを取ることよりもジョーを倒すことが目標になっていった。白木財閥は様々な手を使ってボクサーとしてのジョーを潰そうとする。ジョーに勝てるわけのない相手を次つぎと出してくる。ジョーの得意技は クロスカウンターパンチ。自分を打たせて、その隙に打って相手を倒す。ついに白木財閥が力石、ジョー戦を回避することが出来なくなった。力石とジョーとでは身長も体重も違いすぎる。ウェルター級の力石は バンタム級にまで体重を落として、ジョーに対戦することになる。とうとう二人はリングに上がって、、、。
というお話。

丹下段平を演じた香川照之という役者を「剣岳 点の記」、「北の零年」、「明日の記憶」、「20世紀少年」で見た。この役者は独特の輝きを持っていて、自分の役に魂をこめて 演じていることがよくわかる。私が見た彼の演じた映画の中で、この丹下段平の役が一番良かった。片目で出っ歯 腹巻姿でいつも酒の匂いがする 難しい役をよく演じていた。
力石徹の 伊勢谷友介も、よく減量したと思う。打ち合いのシーンも迫力があった。ジョーをやった山下智久という人は 「クロサギ」という映画で見たことがある。ジョーの美しい体を 映画のためによくトレーニングして作ったと思う。
原作ファンの いまはもうおじさん、おばさん おじいさん おばあさんの面々も、この映画には、結構満足したのではないだろうか。 

2011年10月7日金曜日

ベンジャミン シュミットのヴァイオリンを聴く



2011年の第7回オーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)の定期コンサートを聴いた。ウィーンから ヴァイオリニスト ベンジャミン シュミットが ゲストとして来て ACOと共に演奏した。
いつもACOコンサートは 音響の良いエンジェルプレイスのホールで聴くようにしているが、ベンジャミンの人気が高いので今回はチケットが完売されていて、仕方なくオペラハウスの どでかいコンサートホールで行われるコンサートに足を運んだ。2500席が 程よく埋まっていた。席は 2階の舞台に向かって右側のボックス席。息を切らせて 上の娘と傾斜のきつい階段を登る。チェロは背中を見ることになるが、ヴァイオリニストたち全員の顔が真近に見える。

プログラム
1) ジョン セバスチャン バッハ
   二つのバイオリンのためのコンチェルト 作品1043
2) エリック コーンゴールド  セレナーデ
3) HK グルバー  バイオリンコンチェルト
休憩
4) フランツ シューベルト ロンド Aメジャー 作品438
5) ジョセフ ランナー ダイ ロマンテイカ 作品167
6) ジェオルグ ブレインシミット ミュゼット 

最初の曲、バッハは 二人の娘達と何百回弾いたか 数えきれない。第1ヴァイオリンと第二ヴァイオリンを二人の娘が 曲の途中で入れ替わったり、私がヴィオラをやったり、チェロをやったりして、よく一緒に演奏した。いつもつっかえるところでは 思わず娘と顔を見合わせたりして、ベンジャミンが ACOをリードするのを聴いた。
バッハ以外は、全員ウィーン生まれの音楽家達のウィーンの香り高い ロマンチックな曲ばかりだった。軽やかで、気品があって、洗練された美しい音楽。

シューベルトのロンドと、ラナーのワルツがとても良かった。
シューベルト自身が ヴァイオリンもヴィオラも演奏し、家族で弦楽四重奏に親しんでいたので、難曲の弦楽曲が多いが、ロンドは明るくて、聴いていて踊りだしそうな軽くて とても甘いロマンチックな曲だ。

また、ラナー(1801年ー1843年)は、ベートーベンの後、ブラームスが出てくるまでの間、ウィーンで最も必要とされていたワルツの作曲家だった。ヨハン シュトラウスの良き友人でも またライバルでもあったようで、ワルツ、ギャロップ、マーチなどを200曲あまり作曲し、自分でもオーケストラを持っていて演奏したという。
それを、ウィーン生まれのウィーン育ちのベンジャミンが演奏すると、最も華やかだったころの 19世紀のウィーンの光り輝く栄華の姿が浮かび上がってくるようだ。

内田光子がよく日本人なのに、ウィーンで育ったので 彼女がピアノを弾くとウィーンの音がする、と言われている。わたしには そのようなピアノの音の違いを聞き分けることは出来ない。しかし、弦楽器には、確かに音質の違いがあるようだ。ウィーンフイルの独特の明るさ、ベルリンフィルの吹奏楽器を生かした力強い独特の輝き。
そして今回のコンサートの音は たしかにウィーンの香り立つ 華やかなコンサートだった。明るくて 春のように心地よい。ゲストのベンジャミンは、とてものびのびと自分で演奏しながら、21人の弦楽走者達をリードしていた。実に楽しそうに演奏して、軽やかな足取りで舞台を去っていった。気持ち良い。

様々な個性をもった演奏家を 毎回ゲストに迎えて、一緒に演奏するACOの力量は確かだ。年7回ある定期公演では、ピアニスト、ヴァイオリニスト、フルーテイスト、ハーピスト、アコーデオン奏者、歌手、俳優、吟遊詩人、ダンサー、画家などなどを ゲストに呼んで共演する。今回のように、ウィーンからのゲストヴァイオリニストを迎えると、音全体が 華やかな色に染まる。
アイルランドのヴァイオリニストが来たときは、ACOの全員がケルト人になったかのように アイリッシュの旅芸人の早弾き、目にも留まらぬ弓さばきで、ケルトミュージックを演奏してくれた。
フィンランドからペッカ グストが来たときは、演奏が始まったとたん、そこに北欧の乾いた空気が流れ 氷の湖がどこまでも広がる光景がはっきり見えてきた。ロシア人がゲストだったときは チャイコフスキーの音に、広大な黒々とした樹林が迫ってきた。何でもできるACOは、力量のある立派な室内楽団だと思う。

21台の弦楽器のなかで、団長のリチャード トンゲテイが使っているのが 1743年の カロダスという名のついたグルネリ、副団長のヘレン ラズボーンが貸与されているのが 1759年のガダニーニ。
コンサートマスターのサトゥ バンスカが使っているのが 1728年のストラデイバリウス。チェロのテイモ べイユが貸与されているのが リチャード トンゲテイのヴァイオリンと同じ木から作られた 1729年のジョセッペ グルネリ。メンバーも どんどん若い人たちが古い人たちに入れ替わって 厳しい稽古に耐えてきた団員達の音は、この15年の間に 本当に良くなっている。

家に帰ってきて 来年予定されているACOの定期公演の 年間通しのチケットを予約した。同時に来年のオペラ オーストラリアのチケットも支払った。毎年この時期に 買っておかないと 良い席が確保できない。
来年の今頃、自分がどんな状態で 何をやっているか 全くわからない。チケットがあっても 病気もするだろうし、行けない日も出てくるだろう。家からコンサート会場まで 夜の運転がだんだん 心配になってきたし、会場の階段も辛くなってきた。しかし、少しでも健康に気をつけて、来年のコンサートも、変わらずに 元気に出かけていけたら良い、と思っている。 

2011年10月4日火曜日

映画 「借り暮らしのアリエッテイ」




「借り暮らしのアリエッテイ」のヴィデオがやっと手に入って 観る事が出来た。世界中に感動のメッセージを送り続けているスタジオ ジブリの作品。日本では昨年公開されてヴィデオも出ており もう話題にもなっていないかもしれない。

たくさんのジブリの作品を観てきた。
一番好きなのは、「となりのトトロ」と、「風のナウシカ」。
二番目に好きなのが「耳を澄ませば」と「魔女の宅急便」。
どの作品も、登場する女の子が その年齢に関係なく親から精神面で自立している。決断するのは いつも自分自身の判断だ。勇気があって潔い。

原作:メアリー ノートン 1952年出版「床下の小人たち」
企画 脚本:宮崎駿
音楽:セシル コルベル
監督:米林宏昌

40年前から 宮崎駿と高畑勲によって企画されていたそうだ。
公開にむけて 東京都現代美術館と、兵庫県立美術館で、種田陽平展が開催され 身長わずか10センチの小人の世界を体験できる、巨大なセットが組まれジブリの世界が体現されたそうだ。
映画は、全国447のスクリーンで公開され 初日2日で興行収入9億円 68万人の動員、映画観客動員ランキング1位を記録。2010年度の邦画の興行収入第1位、92,5億円を記録した。韓国、台湾、フランスでは公開されたらしいが、オーストラリアには来なかった。

ストーリーは
翔の両親は離婚していて、母親は翔を 自分が育った祖母の古い屋敷に預けて海外出張している。思い心臓病の翔は これまでに何度か心臓手術をしていて、再び 一週間後に手術を受けることになっていた。

おばあさんの家には 長いこと小人が住んでいる。
かつておばあさんの父親は 屋敷で小人を見たことがある。そんな小人達が快適に暮らせるように夢みて、小人の家を作らせた。家具や日用品、電化製品まで本物とそっくりに 専門職人に作らせたものだった。寝室、応接間にリビング、台所は電気をつければ本当に調理もできるオーブンや食器まですっかりそろっていた。
そのおじいさんが亡くなったあと、小人の家は娘に引き継がれ、彼女が小人が現れるのを ずっと待って すっかりおばあさんになってしまっても小人を見ることがなかった。そして、小人の家は翔に引き渡された。

翔は おばあさんの家に着いた その日に庭で元気な小人が 草の間をすり抜けて行く姿を見ていた。そして、その夜 14歳になった小人のアリエッテイは、父親とともに翔の寝室を探索にきて 再び翔に見られる。小人は人間の家の床下に済み衣食住に必要なものは 「借りて」くることで生きてきた。人に見られてはいけない という掟を持っていた。今まで 人や鼠やカエルなどの小動物に見つかって命を奪われた小人が 沢山居たのだ。
孤独な翔は アリエッテイと友達になりたい。しかしアリエッテイが 人と関わりを持つことは小人の世界全体を危険にさらすことだった。

翔の様子を見ていた家政婦のハルさんは 翔が小人と関わりをもっていることに 気がついていた。家の管理をまかされている家政婦にとって 台所から食物を「借りて」いく小人は泥棒だ。捕まえて ねずみ駆除業者に引き渡さなければならない。そう考えてアリエッテイの母親 ホミリーをつまみ出して ねずみ駆除業者に渡そうとする。家政婦ハルさんと、アリエッテイと翔との戦いが始まる。
アリエッテイは 翔の機転と活躍のおかげで 家族を取り戻し 安全な場所に移動していく。翔との別れが迫っていた。
というおはなし。

「12歳の心臓病の男の子」が とてもよく描かれている。他の子供と同じことが出来ない、待つことに慣れ、受動的で一種のニヒリズムのような諦念に居る子供の様子が とてもリアルに書かれている。
むかし、心臓病の子に たった一人の親友と言われていた時期がある。小学校、中学とラジオ体操や体育はいつも見学、遠足に参加したことがない、いつも気難しい顔をして ひとりきり。話しかけると 思い切り皮肉めいた言葉で傷つけられる。裕福な家庭の子で、下手に出て ふざけてみると、思い切り高みから残酷で軽蔑のこもった悪意と嘲笑で、攻撃してくる。たまにしか学校にこれないのに 思いカバンを持ってやるどころか、一緒に横に歩いてやる子など 全く居なかった。わたしは普通に話しかけていたが あとでその母親から「たったひとりの親友になってくれて ありがとう。」と言われた時はめんくらった。

だから、翔が 初めてアリエッテイを見たとき、「本当に居たんだね。」とさして 驚いた風もなく言う様子や、アリエッテイに再び会って、君達一体何人いるの?人間は68億人も居るんだよ。 小人は やがて絶滅する存在なんだよ と 平気で言える。子供らしくない翔の諦念と、多少投げやりな様子や倦怠感の漂う身のこなしなどが、とてもよくわかった。
その翔が 「見てもいい?」と問い、アリエッテイをみた瞬間に 恋をする。大きく目を見開き 思わず「きれいだね。」と。今までの口調や表情と打って変わって 恋する男の子の顔になる。
その瞬間がとても良い。
受動的に生きてきて 何時までも自分は寝たきりで友達もできない、一週間後の手術など成功しようがしまいが どうでも良い と思ってきたが、翔に大切なものができた瞬間の 大きな変化。何が何でも生きていきたい。恋を知らなかった翔から 恋を知った翔への変貌。

一方のアリエッテイは すでに翔を初めて見たときから恋をしていた。初めて父親と探索に出たときに 翔の顔をまともに正面から見てしまい その瞬間に、恋をしていた。だから 翔からの角砂糖を返しに行く時の懸命さも、「私達にもう構わないで。」と言ってみせる強がりも、際立っている。

そんな惹かれあった少女と少年が 小人を泥棒としか捉えられない家政婦の悪意に立ち向かう。アリエッテイは 母親をつれ戻しに行くことに一瞬の迷いも 躊躇もない。翔は そのアリエッテイの姿に感動しながら 家族の結束、生きる力、愛する人を失なうまいとする懸命さを学ぶ。

最後、アリエッテイは心を込めて 翔の指を抱きながら涙を落とし、自分の髪留めを翔に差し出す。翔は 君は僕の心臓の一部だ といって それを受け取る。なんと言う心と心の 強い結びつきだろう。
アリエッテイの気持ちを思えば、翔は自分の手術が成功しようがどうでも良いとは、断じて言えない。彼は一人ではないのだ。アリエッテイのために 生きなければならない。

人は誰でも 自分の心にアリエッテイの髪留めを持っていたならば、どうでも良い生き方など できない。自殺などできるわけもない。道を誤ることもない。他人を傷つけることもないだろう。
自分の心に アリエッテイの髪留めをもち、君は私の心臓の一部だ といえるような人を探し続行けたい、誰もが 観ていて そう思ったのではないだろうか。見終わって、深い感動が染み渡ってくるような、良い作品だった。

2011年10月3日月曜日

どーん ときてます



父が8月14日に亡くなって、8月23日に シドニーに戻ってきた。

翌日から職場に戻り、週4日、40時間の勤務の生活にもどり、休日には、今までどおり、映画を観たり、オペラハウスにも2夜ほど ピアノコンサートと 室内楽のコンサートに行き、また、初孫の2歳の誕生日パーテイーに出かけて行き、次の週には 仲の良い友人5人とその子供達8人をランチパーテイーに呼び、普通どおりの楽しくて、忙しい 私らしい過ごし方をしてきた。

まえに、親を亡くしたショックは後から どーん ときますよ、何人もの人から言われていた。やはり、どーん ときて、起き上がれない。声が出ない。言葉が出ない。眩暈と吐気と咳と熱と頭痛と全身痛と食欲不振と、何もかもが突然襲ってきて 1週間寝込んでる。これからは、回復期。

写真は ランチパーティーに来てくれた 日本人ナース達の子供達。
多くはオージーと結婚して みな別々の病院に勤めているので なかなか会えない。日本人ナースは 質が高く、オージーナースより優しいので、どこでも評判が良い。子供達の動きが激しいので、一枚の写真にみなが写ることは不可能。