2012年10月22日月曜日

映画 「ルーパー」

原題:「LOOPER」

脚本、監督:ライアン ジョンソン             
キャスト:現在のジョー:ジョセフ ゴードン=レビット
     未来のジョー:ブルース ウィルス
     未来の妻  :シュイ チン
     サラ     :エミリー ブラント
     親友セス  :ポール ダーツ

ストーリー
現在は2040年。カンサス。
富める者はさらに豊になり、街は貧困者であふれている。人々は生き残る為に、犯罪が日常になっている。
ルーパーと呼ばれる男達が居る。
彼らは非合法組織の一員で、特別仕様の時計を持っていて、指示された時間に指示された場所に行って、タイムマシンで未来から送られてきた犯罪者を殺す。未来社会では 犯罪者だからといって、死体を始末して完全に抹消することはできないが、過去に送られてきたならば それができる。ルーパーの報酬は高額だ。それぞれのルーパーも、やがて引退する時が来る。殺した犯罪者が金の延べ棒を背負っていたら、それがルーパーの最後の仕事だ。あとは、仲間達から祝福されて、引退して贅沢三昧の生活を送れることになっている。
ルーパーの親玉は 未来から来た謎の男で、彼の命令は絶対だ。従わなかったものは即、死を意味する。

ジョーは選ばれてルーパーとなり、淡々と仕事をこなしている。そして引退できる日を心待ちにしている。そんなジョーのところに、ある夜、親友のルーパー、セスが助けを求めてやってくる。彼はタイムマシンで送られてきた男を殺す前に それが誰なのか、知ってしまった為に、殺すことが出来なかった。シンジケートの絶対命令に従うことが出来なかったセスを すでに組織は知って、追手を送り込んでいる。ジョーはとっさに 彼を自分のアパートに隠すが、組織の親玉はそんなことはとっくに見通している。自分の死か、親友の死か選択を 突きつけられる。そしてセスは組織に連れ去られていった。

ジョーに新しい仕事が指示された。ジョー(ジョセフ ゴードン=レビット)は、いつもの通りに約束された時間に約束された場所に行って、銃を構えて待っていた。しかし、タイムマシンでやってきた男(ブルース ウィルス)は、すばやくジョーをぶん殴って失神させると、シンジケートの本部を襲うために去っていった。ジョーは、仕事をしくじったことになり、シンジケートから追われる身となる。しかし、ジョーは、殺せなかった男が金の延べ棒を背負っていたことで、それが誰なのか、知った。親友セスが、連れ去られる前に言ったことは本当だったのだ。
ルーパーは自分で自分を最後に殺す。

未来からタイムマシンで帰って来たジョーは、未来世界で生まれて初めて心から愛せる女に巡りあった。いま、現在のジョーに殺されるわけには行かないので、タイムマシンで過去の世界に帰ってきた。
シンジケートは現在のジョーも未来のジョーも抹殺しようと、躍起になっている。
現在のジョーは、逃げながら子供を抱えた女サラ(エミリー ブラント)に出会う。その子供は 未来で最大の極悪犯罪者、(レインメーカー)になる子供だった。ジョーは子供を盲愛する女を不憫に思い、、、。
というお話。

SFスリラー。未来世界の犯罪人を、現在に送り返して抹殺する、という発想がおもしろい。今と未来と過去とが ごたまぜになって混乱して、映画を見た人たちと解釈や意見交換した末、やっと 筋を整理することができた。
でも、せっかく面白い発想で描かれた映画なので、結末もクールに、近未来風に終えて欲しかった。こういうストーリーに、変に女子供を加えずに、ラブロマンスなどなしで、話しを進めたほうが良いのに、惜しい。

ジョセフ ゴードン=レビットは、平凡な顔、姿をしているのに、マーチン スコセッシ監督に認められて「インセプション」で、良い役をやり「ダークナイト ライジング」で、次のヒーローに選ばれ、「フィフテイーフィフテイー」では、癌患者の役で、しっかり泣かせてくれた。良い役者だ。

ブルース ウィルスは、いつも良い。本当に頼りになる男。「ダイハード」以来、いくつになっても絶対殺されない強い男だ。今回の映画では、妻、シュイ チンのために どんなことでもする。中国人女優が、ハリウッドの看板のようなブルース ウィルスの妻の役を演じたことで、中国で話題になり、この映画、アメリカ人よりも沢山の中国人観客を動員したそうだ。
これからのハリウッド映画は、中国人をキャストに登場させると、興行成績が上がって、大成功することになるだろう。何と言っても 世界中4人に一人は中国人。中国人なしには世界は回らない。彼らを敵にまわして、尖閣列島などで、眠れる巨像を起こしてはいけないのではないか。

なかなかおもしろい発想の映画。それだけに結末には落胆。
しかし、この映画のあと、沢山の人と「あの、鼻が無くなった男はどうなったっけ?」とか、「レインメーカーと親玉とは どういう関係だっけ?」とか、「女が いつも古い切り株に斧をふるっているのは何だったんだろう?」とか、いろいろ、それぞれの疑問について、喧々諤々 話しあったり諍いがあったりして、盛り上がった。自分がジョーだったら、どうする、こうする、などと、架空の世界で、深刻かつ現実的にまじめに話し合ったりして、それが 映画よりもおもしろかった。「バックザ、フューチャー」、「ミッション8ミニュツ」、「シャッターアイランド」、「インセプション」が好きだった人には、おすすめ。
日本では一月に公開。

2012年10月6日土曜日

和太鼓「鼓童」と「TAIKOZ」の合同公演


                
1971年から佐渡島を拠点に和太鼓のパフォーマンスを続けている「鼓童」と、オーストラリアで和太鼓を演奏している「TAIKOZ」というグループの合同公演を観に行ってきた。


「鼓童」は、「伝統芸術を現代的に再創造する」パフォーマンスを続けてきたプロの和太鼓集団。田耕(でんたがやす)が、立ち上げた「佐渡国鬼太鼓座」が前身。「こどう」という名前には、心臓の鼓動という意味と、子供のように無心で太鼓をたたく、という意味が込められている。1981年に、ベルリン芸術祭で発表して以来、海外で評判が高く、今まで3500回の海外公演をこなし、一年の三分の一は海外公演、三分の一が国内公演、残りの三分の一を、佐渡で共同生活をしながら、修行に励んでいる。今年からは、演出、監修するためのアートデイレクターに歌舞伎の坂東玉三郎を迎えた。

  「鼓童」は毎年、夏になると本拠地の佐渡でアートセレブレーションと名付けた国際芸術祭りを主催している。ここでは、海外からも国内からもアーテイストが招かれて、様々のパフォーマンスが繰り広げられる。
彼らが使用する太鼓は、宮太鼓と呼ばれる、くり抜き胴のものと、桶太鼓と呼ばれる桶胴で、ロープで皮を締め付ける太鼓がある。どれも、胴の大きさ、長さによって太鼓の大きさが異なり、国産ケヤキの胴に、牛の一枚皮が張ってある。大太鼓では面の直径が、1メートル半近くあり、重さは400キロにも及ぶそうだ。グループは、和太鼓だけでなく歌や鐘や琴、竹笛、踊りも見せる。メンバーは 3年の研修の後、厳しい選考と実地研修を経て、正式メンバーとなるとういう。

今回の合同公演の演出、監修を務めたのは、オーストラリアで活躍する「TAIKOZ」の創始者でタイコもたたくが、尺八の大師匠の肩書きを持つ、ライリー リーだ。彼は、1970年代に 日本国宝の山本宝山の尺八に感動して、来日し、酒井竹保に師事して、7年間尺八を習ったというアメリカ人。彼は、当時、鼓童の前身だった佐渡国鬼太鼓座に加わり、太鼓の練習だけでなくランニングや精神修行を通じて日本の伝統音楽に精通する。その後、オーストラリアでプロの太鼓集団「TAIKOZ」を創立して、パフォーマンスをしている。市民向けの太鼓教室やキャンプを常時、開催しており、評判が良い。彼らは、鼓童にない現代的な太鼓の味付けにも積極的で、尺八、鐘、琴、笛だけでなく、ジャズドラム、マリンバ、サックス、デジュリドーなどの楽器ともコラボレーションしている。ライリー リーは、州立シドニー音楽大学の教授でもある。
また、TAIKOZをライリー リーとともに、立ち上げたイアン クレタースは、シドニーシンフォニーオーケストラのプリンシパル パーカッショニストでもある。

彼らの公演を聴くのは2回目。前回は3年ほど前だった。
公演が始まって座席に座っていると、地響きがしてきて、段々とそれが大きな音になり、大地が揺れ動き、圧倒的な音量に身動きができなくなる。大地が揺さぶられ、鼓膜が痛いほどに震える。太鼓の音がこれほどまでに人を圧倒するとは、驚くばかり。
3人の若衆が 直径1メートルもある3つの太鼓を舞いながら、強打する。自在に、異なった音の太鼓に移動しながら力強く、美しく舞う。あるいは 桶胴太鼓を首から下げた10人の男女が代わる代わる異なるリズムを打つ。それが総じて鼓膜が震え立つほどの迫力だ。全員が統制がとれていて、太鼓が鳴り響いている時と、静寂とのコントラストが 際立っている。彼らは共同生活しながら、運動で体を鍛え、トレーニングをしているそうだが、本当に厳しい練習のたまものだということが、よくわかる。

思えば、紀元前からヒトは太鼓に親しんできた。コミュニケーションの手段でもあったし、共同体にとって、親睦やエンタテイメントとしても活用されただろう。音楽の元は 心臓の鼓動だが、母親の子宮の中に居た時から聞き慣れたリズムを 成長してからも太鼓をたたくことによって、再生し、心の安らぎを求める必要もあったろう。いま、わたしたちは、正確に刻まれるリズムに快感を覚え、自由自在にリズムを変え、メロデイーを楽しむという 高度な音楽的な能力も身に着けてきた。しかし、やはりリズムの力には勝てない。天井も空も堕ちよ、という程に会場にとどろき渡る太鼓の音は、何故か懐かしく、力のエネルギーに溢れていて、ただただ圧倒されていた。
素晴らしい太鼓の演奏だった。

それだけに、太鼓と太鼓のパフォーマンスの間に挿入される歌や踊りの出し物との落差に愕然とする。公演の2時間を、太鼓ばかりをたたいていたら、力尽きて死んでしまいそう。だから力を抜いた見世物が間に挿まれていても仕方がないのだけれども、これは前回の公演でも感じたが、どうしても釈然としない。
例えば、アイヌの古い歌が歌われる。歌うのは、日本人ともアイヌとも思えない不思議な着物を着て、いかにも外国人が歓びそうな神秘的な雰囲気の中で 意味不明の歌詞で歌われる。また、例えば、国籍不明のドレスを着た女性が琴を奏で、竹笛で、どこかの地方に伝わる曲が外国人向けに演奏される。鼓童は、「伝統芸術を現代的に再創造する」グループということだから、それで良いのかもしれないが、日本人が見ると違和感を禁じざるを得ない。わたしがオーストラリアに 18年住んでいてアボリジニの踊りに触れてきたからと言って、日本に帰ったとき、アボリジニ風のボデイーペインテイングをしてダンスを踊り、お客を集めて良いものだろうか。先住民族の古い歌や踊りには、彼らの深い祈りや独特の意味が込められているはずだ。まね出来るものではない。

地方独特の伝統文化を、その伝統に属さない者が、どこまでコピーして良いのか。オリジナルを、現代芸術家が どこまで再生し創造することが許されるのか。伝統をどこまで壊して良いのか。現代芸術化に、厳しく問われるべき倫理に関わることで、わたしには、わからない。
ただ、パフォーマンスが、外国人受けをねらった商業主義に陥ったならば、人々は見向きしなくなるだろう。 鼓童の太鼓が大好きなので、つい 文句を言ったが、それだけ、次回に期待している、ということでもある。

2012年10月1日月曜日

オペラ オン アイス


「オペラ オン アイス」、「氷の上でオペラを」、というイタリア ベローナのコロシアムで行われた公演を ハイデフィニションフイルムで映画館で観た。


ギリシャをはじめとして ヨーロッパ中がユーロ危機で震え上がっている時期に、ついにイタリアも財政破綻か、と言われるのも、うなずける、、、というほどに贅沢なイベント。さすが、ルネッサンス発祥の地で、芸術にはお金の糸目をつけないイタリア気風に、感心。素晴らしい出し物だ。
2000年の歴史のあるベローナのコロシアム(円形劇場)の半分に 氷を張って、残りの半分にステージを作り、100人のオーケストラ、200人の合唱団を配置。それを2万5千人収容できる階段状の客席が見下ろす形で、夜の野外公演が行われた。

フイルムの早回しで 巨大なコロシアムに氷を張り、会場を作る様子をフイルムのはじめに見せてくれたが、実に興味深い。2000年前に古代ローマ人が、大理石でカバーされたこの円形劇場に、やってきて、グラデイエーターが戦う姿や、世界中から連れて来たライオンや豹などの珍しい猛獣が死闘する姿をヤンヤの歓声で見て楽しんだ。コロシアムや浴場は、古代ローマ人にとって大切な娯楽であり、社交であったろう。いま、人々はそのコロシアムで 芸術の中の芸術といわれるオペラを見ることが出来る。そのコロシアムで歌われるオペラも、600年ほど前から作られた過去の遺産なのだ。
ベローナのコロシアムは ローマのコロシアムほど傷んでおらず、ほぼ完璧な形で保存されていることから、夏の間は、オペラ会場として使われている。マリア カラスがデビューしたオペラ会場としても有名だ。そういった華やかな過去の遺産をバックに、最新の技術をもったプロのスケーターが舞う。なんとも贅沢な公演だ。

指揮:ファビオ マストランジェロ
ベローナ市オペラオーケストラ
テナー:ジーン フランコイス ボラス
テナー:ルーベンス ぺリザリ
ソプラノ:エリカ グリマンデイ
ソプラノ:レイチェル スタニスキー
メゾソプラノ:ジェラルデイン シャべ
バス:ミルコ パラツイ

スケーター
カロリーナ コスナー(イタリー)
ステファン ランビエル(スイス)
キム パン&ジアン トング(中国)
タチアナ トツミアーニ&マキシム マリニン(ロシア)
イザベル デロベル&オリバー ションフィルダー(フランス)
アナ カペリーニ&ルカ ラノツテ(イタリア)
エマニエル サンド(カナダ)
ホット シバーズ (イタリア)

ビゼーの「カルメン」の「序曲」から始まって、ラストのベルデイの「アイーダ」から「勝利の行進の歌」まで、有名な曲ばかり、オペラ歌手の歌う曲にあわせて、スケーターたちが優雅に踊った。 テナーのジーン フランコイス ボラスの歌う声がとても良かった。とくにドニゼッテイ作曲「愛の妙薬」から、「人知れぬ涙」(UNA FURTIVA LAGRIMA)の曲がいつ聞いても胸に迫ってくる。それを世界チャンピオンタイトルをたくさん持っているスケーターのステファン ランビエルが、この愛のために今死のう、とでもいうように絶望的な悲哀をこめて踊る。とても感動的だ。

オリンピックで、かつて何度もメダルを取っているこのスイス人の、ステファン ランビエルと言う人は、技術的にも中で際立っている。スケート靴を履いたまま、誰よりも高くジャンプして、誰よりも早くスピンしてクルクル回る。動作のキレが良く、とても見栄えする。この人が舞台に出てくると、観客からの歓声がものすごかった。ヴェルデイのオペラ「リゴレット」から、有名な浮気男が、女なんてみんな簡単に落とせる、と歌う「女心の歌」に合わせて踊る時は、思い切りコミカルに、氷の上を飛んだり跳ねたりして踊った。氷のステージと観客との間に堺がないので、ちょっとスピードのコントロールが悪いと観客席まで滑り落ちてしまうのではないかと、心配になるほど、激しいスピードで、自由自在に気持ち良さそうに滑っていた。プロだな。

プッチーニ作曲「トランドット」とグノーの「ロメオとジュリエット」を踊った中国人カップル、キム パン&ジアン トングのテクニックも驚くばかり。早いスピードでアクロバットのように手と手を取り合って踊る姿は怖いほどだ。例えば、横臥姿勢で横にゴロゴロ転がる姿を想像して欲しい。それをスケートを履いたまま男性に横臥状態のまま頭上で放リ投げられた女性が くるくる3回半も空中で回って それを男性に受け止められて、降りてきて、また踊り続けるのだ。頭上に飛び上がって、降りてくるだけなら分るが、横臥状態で横に回転しながら、なんて物理的に可能なことだろうか。ものすごいスピードだからできることなのだろうか。ヒョイと男性のスケート靴の上に飛び乗って、ポーズをとったり スピンの末、飛び上がって3回半の回転など 繰り返し、続けて何度も楽々とやっている。2010年のオリンピックシルバーメダル保持者で、スケート世界チャンピオンシップに毎年のように入賞しているようだが、カップルのスケーターの中では、抜群の技術の高さだ。

16人のホット シバースというイタリアの女性グループが優雅で これまた恐ろしく皆、統制がとれていた。彼らはヴェルデイの「ナブコ」から、オペラの中で一番美しい合唱の歌を、素晴らしく優雅で美しく踊った。とても感動的な合唱曲で、200人の合唱団が正装して歌っているのをバックに 途切れなく流れるような美しさで16人が一糸乱れず、たくさんの環を、氷に描いた。
ラストは ベルデイの「アイーダ」から、勝利の行進の歌を、出場者全員が歌い、全てのスケーターが華やかに踊った。オペラの中で一番立派で堂々とした曲だ。
好きな曲ばかりに合わせて、美しい踊り子達が氷の上で踊って、楽しい公演だった。

テーラーズスクエアのヴエロナという、小さな映画館で観たが、この映画館の良いところはバーがあって、イタリアビールの「ペローニ」を、ボトルでなく、樽で置いていることだ。素敵なフイルムを見て、ペローニを飲んで、外れた音でアイーダを歌いながら帰ってきた。満足な土曜日。