2014年1月26日日曜日

アイマックスで映画 「ゼロ グラビテイー」

                                      
映画「ゼロ グラビテイー」
原題:「ZERO GRAVITY」
監督:アルフォンヌ キュアロン
カメラ:エマニュエル ルベッキ
キャスト
ライアン ストーン博士  :サンドラ ブロック
マット コワレフスキー宇宙飛行士:ジョージ クルーニー

ストーリー
地球上空600キロメートル、空気も重力もない世界。
宇宙飛行士マット コワレフスキーと、メデイカルエンジニアのライアン ストーンは、スペースシャトルから出て、船外ミッションに携わっていた。ヒューストンから連絡が入り、ロシアの宇宙ステーションでミサイルが自国の人工衛星を破壊したので、大型の宇宙のゴミ(デブリ)が、拡散して危険が予想されるので、船内に入るように指示される。宇宙空間にはたくさんのゴミが浮遊しているが、そのほとんどのものは太陽の引力によって周りをまわっていても、小型で害を及ぼす前に自然消滅する。しかし、今回のゴミは大型らしい。マットとライアンが船内に入る準備をしているうちに、宇宙ゴミがライアンたちを直撃する。ライアンは宇宙空間に放り出されるが、マットに回収される。二人は、スペースシャトルに戻るが、シャトルは すでにダメージを受けていて、他の隊員は全員死亡している。

マットの判断で、900メートル先の国際宇宙基地に行くことになった。二人の宇宙服の酸素は限られている。二人とも酸素が十分でない状態で、国際宇宙ステーションにたどり着き、シャトルをつかもうとするが難しい。やっとのことでライアンの足が宇宙船の綱にひっかかり、取っ手を掴むが、マットはライアンのベルトに命綱をつけたままの状態で取っ手を掴むことができない。マットは、ライアン一人を救うために、自から命綱を離して宇宙空間に浮遊していった。ライアンは、宇宙船の中に入って、地球に帰還するために、ソユーズに乗り込むが、国際宇宙基地は火事が起きて、二つあるソユーズのうち、ひとつはすでに離脱している上、もう一つはパラシュートが開いてしまっている。ライアンは 再び船外に出て、絡みついているパラシュートを引きはがしソユーズで脱出を図る。ソユーズを発動させるが、今度は この燃料が切れかけている。

動転するライアンは、自ら綱を離して行ってしまったマットが、中国の宇宙基地、天宮に行くように指示したことを思い出し、160キロメートル先にある中国基地に向かう。壊れかけたソユーズの中でライアンは何度も生き残る希望を捨てたくなるが、不思議とマットが目の前に現れ、諦めないように見守ってくれた。中国基地が、見えて来た。ライアンは勇気を奮って、ソユーズから出て、自動消火器を噴射しながら宇宙空間で方向を変えながら、中国基地に 取り付くことができた。マットに言われた通りに、天宮の中に入り、中の宇宙船、神舟に乗り込む。起動させることに成功し、落下、分解して神舟は切り離されて、大気圏に突入、パラシュートが開いて湖に着水する。神舟は浸水して沈没するが、ライアンは水底から宇宙服を脱ぎ捨てて、泳いで浮かび上がり岸に泳ぎ着く。自分で呼吸ができ、自分の足で地の上を立つことができる地上に戻ったのだ。
というお話。

傍若無人なロシアが勝手にゴミをまき散らしたために、国際基地が破壊されて、ナサの生き残った飛行士が中国基地の助けを借りて無事地球に帰還することができた、でも中国製のソユーズの出来が悪くて粗悪品なので、地上にもどって、すぐに沈没してしまった。というなんだかアメリカ人の心情を表しているみたい。アメリカのドルが弱くなり、一方で強くなった中国の助けを借りなければ生存できなくなってきた。今のところロシアの影響下にいるより中国はアメリカ側に付いたほうが利益が多いといった米中ソ3国の国際関係を揶揄しているようで、おかしい。
映画の中で、ガンジーの写真が貼ってあったり、中国基地では、仏教の像が飾られていたりして、この映画に、近代技術の先端である宇宙科学が、どんなに発達しても精神的な支えが必要だというメッセージが込められている。でも、ブッダの像が、七福神のなんだかの神様だったので、ちょっと笑えた。

映画の登場人物がサンドラ ブロックとジョージ クルーニーの二人だけ。
無重力の宇宙空間に二人が浮遊する様子を どんな撮影技術で撮影したのか、誰もが知りたいところだ。ワイヤーでつるされた役者のまわりをカメラが回り、同時に、音響効果を狙って音源も同時のまわしたのだという。それで、宇宙空間を浮かんでいるような不思議な音が、あちこちから聞こえるような気がしたのだろう。無重力の世界で、聴覚と視覚が冴え渡る。
二人の役者は 撮影にあたって、5か月間 特殊装置の中で演技をする訓練をしたそうだ。カメラマンのエマヌエル ルベッキは、「ライトボックス」という、360度LPライトで囲まれた大きな箱を作り、その中で役者に演技をさせたそうだ。ここでは360度どんな角度からもライトを当てることができる。中で演技する役者を、影のできない3Dの立体像で映し出すことができる。この箱をサンドラ ブロックの名を取って「サンドラ ボックス」と撮影隊は呼んでいたそうだが、1日10時間も中で演技を続けるサンドラにとっては、大変な重労働だったようだ。子供の時からクラシックバレエをやってきたサンドラの柔らかい体がこの役を演じるのに役立ったという。インタビューで彼女が、「手を上げたり足を曲げたりする、ひとつひとつの動作のために50人の技術者が働いて居る。独創的な装置のひとつが動かなくなっても、上空に吊るされている自分が落下して命はなかった。」と、撮影の大変さを語っている。49歳のサンドラ ブロックの贅肉ひとつない少年のような体に好感を持ったのは、私だけではないだろう。役者は体が命、というが、彼女のような肢体を長年維持してきた役者は立派だと心から思う。

映画が始まって終わるまで、はらはらし通しの緊張を強いられる映画だ。
でも充分、宇宙遊泳を楽しむことができた。重力のない世界で移動する、浮遊する楽しさを3Dで、アイマックスの大きな画面で体験できて とても幸せ。ずっとこの映画を観たかった。でもなぜかシドニーでは、あまり上映中は話題にならなくて、夜6時からの上映ばかりで、見逃していた。今年のアカデミー賞で最多10部門でノミネートされたおかげで、アイマックスで上映してくれたので、とても嬉しかった。シドニーのアイマックスは世界一大きい。縦29,42メートルで、横35,73メートルの巨大スクリーンだ。高価な70ミリのフィルムを使うので、製作費用もかかるという。広い視野角によって、映画の中に居るような感覚にするために、座席が ひどく急こう配になっている。階段がだめなオットは、席にたどり着くのに半死状態になった。チケットは普通の映画の3倍くらい。でもそれだけの価値はある。

3Dで空を飛ぶ体験を「アメイジング スパイダーマン」で経験した。スパイダーマンの伸びる粘りを利用して夜のニューヨークの高層ビルからビルを飛び移る、、、耳元に風が鳴るような爽快な体験だった。今回の宇宙では無重力を浮遊するおもしろさを体験した。600キロの距離だから 地球が目前に大きく見えて美しい。太陽の周りを正しく回っているときは良いが、いったん軌道を外れると宇宙は底なしの暗さで、恐ろしい。宇宙散歩といっても自由に動けるわけではないから骨が折れる。貴重な体験だ。こんなに素敵な映画を、つまらなかった、という人が居て驚いた。カーチェイスもなく銃撃戦もなく痴話喧嘩もない。つくずく映画を楽しめるかどうかは、その人の想像力に罹っている、と思う。宇宙空間に放り出される画面を見て、自分自身にそれが起きているかのように、想像できるかどうかだろう。だから物語に想像力をかきたてられない人は、気の毒かもしれない。

宇宙飛行士の日記で、スペースシャトル内の無重力状態にいるときに、排尿排便はバキュームクリーナーのような装置を使うが、下手すると無重力の空中に拡散してしまって回収するのが大変だ、と書いてあるのを読んだことがある。うーん。大変だ。浮かんでいるのも楽ではない。
宇宙葬というのもある。亡くなった人のお骨を宇宙に打ち上げて しばらくの間地球を回っているのを地上から見上げて亡くなった人を偲ぶらしい。しかし、今回のような映画を観ると、宇宙のゴミを増やすのももう止めておかないとゴミだらけになってしまうので、自粛したほうが良いかもしれない。

地球に大きな彗星が衝突して、地球の自転の速さが遅くなってしまったら、赤道に近付けば近付くほど無重力状態になるのではないか。そう考える科学者が、島田荘司の小説「アルカトラス幻想」に出て来た。だから、巨大恐竜が、重い体重でも重力がなくて生存できたのではないか、と推測する。これはおもしろかった。

地球には重力があるから歩いたり立ったりすることができる。と教わったときの驚きと興奮がよみがえる。重力のない世界で宇宙の果てには、どんな光景が待っているのか、科学への強い興味と関心が奮い立つ。科学の世界に、想像が尽きない。夜空を見上げて、しばし立ち尽くす。
今年のアカデミー賞、10部門でノミネートされている。素晴らしい映画だ。

2014年1月20日月曜日

映画 「アメリカン ハッスル」

                 


原題:「AMERICAN HUSTLE」
監督:デビッド ラッスル
キャスト
クリスチャン ベール
ブラッドレイ クーパー
エイミー アダムス
ジェニファー ロレンス
ジェレミー レナー

こんなに楽しい映画を久し振りに見た。愉快で楽しくて、痛快で心が躍る。
この映画を監督したデビッド ラッセルの前作「世界にひとつのプレイブック」では、ブラッドレイ クーパーとジェニファー ロレンスが不思議な恋人同士を演じたが、ジェニファー ロレンスがアカデミー主演女優賞を受賞した。また 同じ監督の「ザ ファイター」では、クリスチャン ベールと、エイミー アダムスが主演して、クリスチャン ベールがアカデミー助演男優賞を受賞した。今回、この映画で、クリスチャン ベール、エイミー アダムス、ブラッドレイ クーパー、ジェニファー ロレンスの主演俳優の4人が4人ともアカデミー賞ににノミネートされている。4人というか、ジェレミー レナーも含めて主演の5人がみんなとても芸達者で、生き生きしていて素晴らしい。それぞれの役者の味を心得ている監督なのだろう。

ストーリーはアブスキャム事件という、1979年に起きた大掛かりな収賄事件を扱ったもの。ニュージャージーで知事が人気取りのために大型娯楽施設やカジノの建設を計画し、業者からわいろを受け取った。上院議員と5人の下院議員がFBIのおとり捜査によって逮捕されて有罪となった。このおとり捜査には、男女のプロ詐欺師がFBIに協力した。バックには、イタリアマフィアの資金が関わっているから、おとり捜査も決死の覚悟がいる。実際にあった、この事件をミステリー風に怖いストーリーにすることも、ドキュメンタリータッチでまとめることもできたが、デビッド ラッセル監督は、5人の芸達者な役者を使って、洒落とユーモアで、面白おかしく上手に仕上げた。

プロの詐欺師カップルには、クリスチャン ベールとエイミー アダムス。彼らの弱みを握ったFBIのブラッドレイ クーパーが、二人の詐欺師に刑事罰を科さない代わりにおとり捜査に協力させる。FBIと詐欺師にまんまと引っかかるのが 市長のジェレミー クーパーという役回りだ。
同じような筋書で「ステイング」(1973年)という映画があった。「明日に向かって撃て」のポール ニューマンとロバート レッドフォードの二人が一番輝いていた時期の映画。二人ともうっとりするほどの男前だった。シーンが変わるごとに、つっかえとっかえ新しい三つ揃いのスーツをビシッと着て 洒落た帽子姿でハンサムなふたりが現れるたびに 深い深いため息が出た。とてもお洒落な映画で、ふたりとも格好が良すぎた。この映画を意識してか、意識しないでか、今回の「アメリカンハッスル」では 詐欺師のクリスチャン ベールが全然恰好が良くない。衝撃的な姿で出てくる。「バットマン」でも「ターミネイター」でも主役で男の中の男が、どうしてどうしてハゲでデブになって出てくるの。心臓が止まるかと思った。

かねてからクリスチャンべールの役者造りへの執念、というか役へののめり込み方は、普通ではない。「マシ二スト」(2004年)で 役のために30キロ痩せて、183センチ、54キロの体重になった。その半年後には、「バットマン ビギンズ」を演じるために体重を86キロまで戻し、また「ザ ファイター」では13キロやせてボクサーになった。役のために髪を抜いたり、歯を抜いたり、もう残酷物語か、我慢大会みたいだ。そのクリスチャン ベールが、この映画でハゲでデブな上、うさんくさい中年のおっさん詐欺師をやっている。彼はこの映画を主演するにあたって、当時の本当の詐欺師、メル ワインバーグ、89歳のところに行って、3日3晩 一緒に過ごしたそうだ。映画の中で、彼がエイミー アダムスとデューク エリントンのLPに二人してうっとり聞き惚れて涙ぐむシーンは、笑える。しかし、このおっさんが只者ではない。頭の切れるエイミー アダムスとコンビを組んで次々に詐欺を働き、女性フェロモンぷんぷんんのジェニファー ロレンスを妻に持ち二人の女を巧に操作している。エイミー アダムスに愛想を尽かされても大丈夫、しっかり心までつかんでいるから必ず彼女は帰ってくる。

エイミーアダムスとジェニファー ロレンスの愛人と妻との女トイレでの大喧嘩がすごい迫力だった。うーん。全くジェニファー ロレンスには負けます。こんな良い女には、誰にも勝てない。しかし女達の決死の争いに思わず笑い出してしまう。この明るさは、一体何だ。
FBIのやり手捜査官、ブラッドレイ クーパーがシーンが変わるごとに素敵なスーツ姿で現れる。スタイリッシュで頭が良くてカーリーヘアが愛らしくて、颯爽としている。そのエリート捜査官が、意外や意外にも 本当はメキシコ人で、貧困家庭に育っているという設定もひねりがあって面白い。彼が自宅のアパートに帰れば、所せましとスペイン語しかわからない母親や婚約者や、兄や姉の子供たちが一緒に暮らしていて所構わず走り回っていて混沌世界だ。妻の尻に敷かれているクリスチャン ベールに愛想をつかせて、FBI捜査官に乗り換えようとしたエイミー アダムスが、ラブシーンで、相手に自分の本当の姿を知ってもらいたくなって、「本当のことを言うと私メキシコ人なの」、と告白したとたんに、ブラッドレイ クーパーが度しらけて、「その英国人アクセントは何なんだよ。何だってイギリス人じゃないのか。」とぶっちぎれて女に怒りをぶちまけるシーンも大笑いだ。

ニュージャージーの知事に、「ハート ロッカー」のジェレミー レナーが出てきて、悪者のはずが、結構たたき上げの苦労人で 人の良い5人の子供のお父さんで、よくわきまえた妻をもった情に厚い男だった姿も笑える。最後に自分がおとりになって知事をだましたくせに、泣いて謝るクリスチャン ベールの格好の悪さ。まったく、だましたほうも、だまされた方も泣きながら情けタラタラな姿の大笑いだ。
カメオ出演で、ロバート デ ニーロまで出てくる。イタリアマフィアの親分だ。70歳、映画界には「デ ニーロ アプローチ」という言葉がある。「レイジングブル―」(1980年)でボクサーを演じるために体重を20キロ増やし、「アンタッチャブル」(1987年)で髪を抜き、「ゴッドファーザー」(1974年)でシチリアに住み着き、「タクシードライバー」(1976年)のためにニューヨークで本当のタクシードライバーをやった。徹底した役者造りをする人で、クリスチャン ベールの役作りのモデルにもなっている。貫録のデ ニーロが出てくるだけで、この映画がよく調味料の効いた仕上がりになっている。

この映画、もう とにかく5人が5人とも格好が悪くて笑えて笑えて仕方がない。楽しくてとっても愉快。10部門でアカデミーにノミネートされているというが、納得できる。ハリウッド映画の良さを堪能させてくれる。見て、損はない。

2014年1月18日土曜日

映画 「ザ ブック シーフ」(本泥棒)

   
http://www.rosevillecinemas.com.au/Movie/The-Book-Thief
原作:「THE BOOK THIEF」 マルクス ユーサック
監督: ブレイン パーシバル
キャスト
養父ハンズ:ジェフリー ラッシュ
養母ローザ:エミリー ワトソン
ライゼル  :ソフィー ネリス
ルデイー  :二コ ラースク

ドイツ系オージー作家、マルクス ユーサックのベストセラーを映画化した作品。作家はまだ若い人でメルボルンに住んでいる。自分が祖母から子供の時から聞かされてきた体験談を、自分だけのものにしておくのが惜しいので、少しでも多くの人と共有したくて、6年あまりかかって小説という形で完成させた、という。原作は、若い人のみずみずしい感受性が現れた詩のように、美しい文章で描かれている。

ストーリーは
1938年、ドイツ。ヒットラーを総督とする軍部の力が日に日に増強している。公然と赤狩りが行われ、共産主義者や自由主義者が、地下に潜伏しなければならなくなっていた。共産党の活動家だった両親は、二人の子供を養子に出すため汽車で移動中だったが厳しい逃亡の末、男の子は病死する。残った13歳の女の子ライゼルは、ベルリンの街に着き、無事に養父養母に引き取られる。男の子を引き取るつもりでいた養母ローザは、ライゼルを見て落胆を隠さない。いつもガミガミ夫やライゼルをしかりとばしているばかりの養母の態度に傷つくライゼルだったが、養父ハンズは優しく、ライゼルを一人前の女性のように扱ってくれた。

ライゼルは13歳になるのに字が読めない。隣の家の仕立て屋の息子ルデイーは、ライゼルといち早く仲良くなり、字が読めずに学校で馬鹿にされるライゼルに親切にしてくれる。二人はすぐに無二の親友同士となる。養父ハンズはペンキ屋だった。家は貧しく、養母はお金持ちの家の洗濯物を引き受けて小銭を稼いでいた。貧しくて家族の食費捻出にも苦労していたこの家庭に、ある夜マックスというユダヤ人の青年が助けを求めて転がり込んでくる。栄養失調で衰弱していて介護が必要だ。養父とマルクスの父親とはかつての戦友で互いにどんな時でも、どんな状況に陥っても互いに助け合うと誓った中だった。ハンズとローザは迷いなくマルクスを迎い入れて、かいがいしく世話を焼く。マックスはやがて回復して、ライゼルの読み書きの勉強を助けて、頼もしい話し相手になる。

ライゼルは本が読めるようになって嬉しくて、本が好きで好きでたまらない。しかしナチス軍政を支える市民は、軍に忠誠を誓うために街に本を持ち寄って焼きつくすイベントを繰り返していた。今や文学などに浸っている時期ではない、ヒットラーのナチスドクトリンだけを読んで強いドイツを統一しよう、という社会運動が広がっていた。ライゼルもルデイも いやおうなく学校からこういった市民の集会に参加して、ヒットラーを讃える合唱曲を何の疑問もなしに歌うが、内心では、ライゼルは、焼かれていく本を見ていて、ひとりで胸を痛めていた。本が読みたい、今まで知らなかったことを沢山教えてくれる知識の源を、もっと自分のものにして心を豊かにしたい。ある夜、ライゼルは、街で焼かれた本の山から一冊の、まだ焼却されていない本を盗んで自分のコートに隠して持ち帰る。そこを車に乗った夫人に観られてしまった。それが、あとで養母ローザの洗濯物を届けに行ったときに、市長夫人だったことがわかって ライゼルは、叱られるのではないかと怯える。しかし、市長の妻はライゼルを自分の家の図書室に導いて、いつでも本を読みたいときに訪ねてきて良いと言ってくれた。本を自由に読むことを許されてライゼルは嬉しくてたまらない。家に帰れば読書好きの自分を温かく見てくれる養父ハンズが居り、何でも知っているユダヤ人のマックスが居てくれる。ライゼルは幸せだった。

しかしマックスが隠れる地下室は冷たく湿気が多い。隠匿生活も2年を過ぎるとマックスは重い肺炎になって死線を彷徨う。ライゼルは毎日マックスの枕元で本を読み聞かせた。彼は何の反応も見せない。しかしライゼルは物語が人の命を保つための気力を与えてくれると信じて、祈るような気持ちで、毎日市長の家から本を持ち出してはマックスのために本を読んだ。家族の懸命な介護のおかげでマックスは奇跡的に回復する。

しかし戦争が広がり、ユダヤ人迫害が、日に日に激しくなっていた。ある日近所に住む青年がユダヤ人の血が混じっているというだけで、軍に引き立てられていった。ハンズはそれを見て、たまらずに軍人たちに向かって連行を妨害しようとする。その事件によって彼は反政府危険分子のレッテルを張られて、すでに中年を過ぎて老年に達しているのに兵役に徴兵されて前線に送られる。地下に隠れていたユダヤ人のマックスは其れを機会に、家族の安全のためにひとり出ていく。
しばらくして、ハンズは前線から傷を負って帰ってくる。やっと家族がそろって過ごせる幸せも、長くは続かなかった。ベルリンの街が爆撃され、ハンズの家も直撃弾を受け倒壊した。朝になって、ハンズとローザの冷たくなった遺体が掘り出される。ライゼルは夜中まで地下室で本を読んでいたため生きて、がれきの中から助け出される。しかしライゼルの目の前には、変わり果てた虫の息のルデイが横たわっていた。ルデイは力なくライゼルに微笑みかける。ライゼルは心から本心だったアイラブユーを彼に伝え、ルデイの消えていく命を抱きしめてキスをしたとうお話。

ライゼルは再び孤児になり、紆余曲折の末アメリカに渡り結婚して子供を産み、自分の経験を子供や孫に語り聞かせた。それを今は、オーストラリアに住む孫が書き留めて本にして、ベストセラーになった。
ドイツ人夫婦を演じているジェフリー ラッシュと、エミリー ワトソンという熟練役者が素晴らしい。エミリー ワトソンは100%ロンドン生まれのイギリス人だが、ドイツ人特有の 飾り気ない素朴でがさつで怒鳴り散らしてばかりいるが、強くて心は温かいドイツ人のおっかさんを演じている。100%オージーのジェフリー ラッシュも貧しいペンキ屋で自分たちが食べていくだけでも大変なのに、地下にもぐった活動家の娘を養女に迎え、見つかれば家族ごと処刑されるのを覚悟でユダヤ人を、二年間もかくまったりする、度胸のある頑固親爺をしっかり演じている。彼らの姿を見ているだけで勇気が湧いてくる。
主人公にライゼルを演じた13歳の役者、ソフィー ネリスの可愛らしいこと。この少女に恋する14歳の役者二コ ラースクも負けずに可愛らしくて、二人がかけっこをしたり、ナチ教条主義の同級生に虐められたりする姿に目が離せない。

ナチズムの波が徐々に 普通の市民の生活の中に浸透していく姿が恐ろしい。人々が物をいうのを控えるようになり、自由な行動をとらなくなり、互いに顔を見合わせながら押し黙っていく一方、軍人たちが自由自在にのし上がっていく様子が手に取るようにわかる。昨日の人が、今日になると別人のようにナチ礼賛者になっている。学校で組織化されたナチ少年隊が声高らかに威勢の良い歌を合唱し、本を焼き、軟弱者を虐める。昨日までサッカーボールを追いかけていた少年が、今日はナチ少年隊の制服に身を包みナチドクトリンを斉唱している。自分と同じことをしない少年を、臆病者と決めつけて暴力をふるう。異端者や落伍者を作り出して虐めることによって、集団を強化する。集団ヒステリーの中で自己陶酔する。
そういった先に、どんな結果が待ち構えているのか 私たちはすでに知っている。だから、それだけに時の力に巻き込まれて自分の口を閉ざしてしまうことの誤りを強く認識させてくれる。「本を焼く」という、長い人間の歴史を作り出してきた知の集積を否定するような社会を再びどんなことがあっても許してはならない。この映画では、ベルリンに戦時下暮らしたドイツ人家庭の姿を描くことによって、反戦を強く訴えている。とても良い映画だ。しみじみと、作者のおばあさんへの愛情が伝わってくる。

2014年1月8日水曜日

映画 「ザ レイルウェイ マン」(鉄道員)

                                       


原作:「THE RAILWAY MAN」 エリック ロマックス
監督:ジョナサン テプリスキー
英豪合作映画
キャスト
エリック ロマックス: コリン ファース
妻、パテイー    : 二コル キッドマン
若いエリック    : ジェレミー アーヴィン
ナガセ タカシ   : 真田広之
戦友 フィンレイ  : ステラン スカースガード
ストーリー
第2次世界大戦、1942年2月、シンガポール陥落とともに、英国軍は日本軍によって武装解除させられた。鉄道技師だったエリック ロマックスは、捕虜としてタイ、ビルマ国境に送られて、鉄道建設に従事させられる。強制労働に駆り出された捕虜たちは、炎天下のなかをジャングルを切り開き、充分な水や食料を与えられないまま長時間働かされ、マラリアに罹患したり、栄養失調で、数えきれないほどの死亡者を出した。

エリックは6人の仲間たちと、密かに部品を集め組み立ててラジオを作り、BBCの受信に成功した。また仲間とともに、強制キャンプから脱出する機会を待っていた。しかし、隠していたラジオ受信機が監視兵に見つかり、6人は厳しい体罰を受ける。中でもエリックは首謀者として、一人隔離されて激しい拷問を受ける。当時、日本軍は対、ビルマ国境地帯のゲリラ攻撃に手を焼いていた。エリックたちが受信機を通じてゲリラと連絡を取り合っていたのではないかと疑われていたのだった。エリックは、連打や水攻めの拷問を受けて、傷だらけになって仲間のところに生還した。それは、連合軍の勝利と、英国軍捕虜解放の直前のできごとだった。

戦争が終わり、エリックは故郷に帰り、鉄道技師として勤める。そして、今や、何年も月日が経ち、人々は戦争のことなど忘れたかのように見える。エリックは、もう若くなかったが、恋をして結婚する。いっときの幸せな新婚生活ののち、妻、パテイーはエリックが、夜中に悪夢にうなされて激しい発作を繰り返すことを知る。何が原因なのか、エリックは堅く口を閉ざして、妻に何も語ろうとしない。問いただすと、エリックは、ひとりきり閉じこもってしまう。パテイーはエリックの戦友のフィンレイに、夫に何があったのかを聞き出そうとする。フィンレイは、パテイーの度重なる懇願に、堅く閉ざしていた口を開いて、自分たちが捕虜として強制収容所で、ひどい拷問を受けたことを話す。それを聞いたパテイーは、捕虜だった過去の心の傷のために一生を棒に振ってはいけない、このままではエリックは廃人になってしまうと、考え、打開策を考える。フィンレイも、エリックが6人の仲間の犠牲になって、首謀者としてひとり激しい拷問を受けたことで、傷ついていた。

そんな折、自分たちが収容されていた捕虜収容所が いまは戦争記念館になっていて、ナガセという日本人がその館長を務めているという情報が入る。忘れようにも忘れられない名前だ。ナガセが拷問をした。ナガセは日本軍の英語の話せる数少ない通訳兵だったので、エリックたちに尋問と拷問を繰り返した本人だったのだ。フィンレイは恨みを晴らすために、この男を殺しに行こうと、エリックを誘う。しかしエリックはフィンレイにさえ、心を閉ざして協力を断る。エリックは孤独に耐えられなくなってついに自から命を絶つ。親友の死を知ったエリックは、彼に背中を押されるようにして、かつての収容所に向かう。年を取ったナガセに再会して、エリックはナガセを殺そうとする。しかし一切言い訳を言わないナガセに向かって、エリックはナイフを突き立てることができない。そして、ようやくナガセは語りだす。ナガセは自分が戦時中に侵した罪を償うために、記念館を維持することにしたのだという。エリックはイングランドに戻る。そして、数年後妻のパテイーを連れてナガセのもとを訪れる。二人は和解し、死ぬまで友人として互いに尊敬し合って生きた。 という本当のお話。

タイトルが「ザ レイルウェイ マン」(鉄道員)で、主演がコリン ファースだと聞いたときは、浅田次郎の短編小説、「鉄道員」(ぽっぽ屋)を思い浮かべた。この英国版で、高倉健の役をコリン ファースが演じるとしたら、ファースは適役だ。でも 違って、鉄道が好きで好きで仕方がない鉄道技師の戦争体験の話だった。
戦勝国オーストラリアに、敗戦国からきて暮らしていると、ときどき自分の居場所がないような気にさせられる時がある。それがアメリカだったら、「パールハーバー」だろうし、オーストラリアだと「タイ ビルマ鉄道」だ。1942年にシンガポールの陥落によって、捕虜となった連合国兵が3年半にわたって収容所でビルマ鉄道建設に従事させられた。鉄道建設の枕木の数だけ死者を出したと言われる、悪名高い鉄道建設だった。死者の多くがオーストラリア兵だ。オーストラリア兵の第2次世界大戦の戦死者17000人に対して 捕虜の死者は8000人に上る。その多くが日本兵によるサンフランシスコ条約違反した捕虜虐待によって死亡した。投降したにも関わらず、水も食糧も与えずに強制労働させた日本軍の罪は大きい。

映画のテーマは「赦し」だ。戦後何十年経っても未だに拷問されたときの恐怖心から逃れられない元捕虜と、直接拷問に手を染めた元日本兵、、、どちらも戦争の傷から治ることができないでいる。どちら側に立つ男も、戦争前には単なる市民だったのであり 戦争に巻き込まれ戦場という異常な状況に翻弄された、いわば被害者でもある。この映画は宗教を超えて、民族や思想を超えてエリックとナガセが和解できたのは、ナガセの心からの謝罪によるところが大きい。はじめに謝罪あり、だ。それなくして和解はない。

戦争がもたらす帰還兵の心の傷とトラウマは、深刻だ。日本のPKOがイラク派遣をしたとき、陸上自衛隊5500人、航空自衛隊3600人、連絡要員、幹部を含めると1万人近くが派遣された。一人の戦死者も出さなかったが、彼らの帰還後、陸上自衛隊員で19人、航空自衛隊員6人が自殺しているという。ー(半田滋「集団的自衛権行使は何を守るのか」)
アメリカではこのPTSD、心理的外傷後ストレス障害は、より深刻だ。戦争で仲間が残酷にも血を流しながら死んで行ったり、女子供を殺したり、孤立無援の場に置かれたり、恐怖に長時間さらされたりする経験を持って帰国しても、普通の生活に戻ることができない。パニック障害、うつ病、フラッシュバック、睡眠障害などに陥り自殺者も多い。米軍帰還兵の3分の1が PTSDに悩まされているといわれ、自殺率は男性兵士で普通の人の2倍、女性兵士では、普通の人の3倍の自殺率を記録する。イラク、アフガニスタン帰還兵220万人のうち、自殺者は、年間6500人で、戦死者よりも多いという結果が出た。

人は脆い、壊れものだ。人を殺して元の自分に戻ることはできない。
映画の中で、二コル キッドマンが、「彼に、もどってきてほしいの。」と夫の親友に訴える切実さが、光っている。それと、最後に元日本兵を殺しに行って何も果たせずに帰ってきた夫を全力で抱きしめながら妻が言う。「あなた、迷子になっていたのね。おかえりなさい。」とても共感を呼ぶ言葉で胸に沁みる。憎しみの海で迷子になっていた男が、赦すことを知って、元の自分に戻ってくる。長い長い旅が終わったのだ。

若いころのエリックを演じたジェレミー アーヴィンが好演している。コリン ファースや二コル キッドマンの熟練した演技に負けていない。真田広之がとても良い。日本人俳優の中では、一番きれいな英国英語を使える俳優だ。高倉健や渡辺謙などの全く聞き取れない英語とは比べようもない、きれいな英語だ。強い意志を持った男の良い顔をしている。

2014年1月7日火曜日

ダン ブラウンの「ロストシンボル」


           
私の大好きなダン ブラウンのラングルトンシリーズ、第4作目の「インフェルノ」について、2週間前に書評を書いた。第1作目「天使と悪魔」(2000年)、第2作目「ダ ビンチ コード」(2003年)、第3作目「ロスト シンボル」(2009年)に続いて出版された第4作目だ。
「天使と悪魔」も、「ダ ビンチ コード」も映画化されたので、書評というか映画評を映画を観た後、書いたが、「ロスト シンボル」だけは映画化されなかったので書評を書かなかった。いま読み返してみて、こちらのほうが新作「インフェルノ」より、ダン ブラウンの言いたいことが詰まっているような気がして、また、自分でどんな話だったか忘れないために、ここに書いてみる。
ストーリーは
ラングルトン教授がいつものようにハーバード大学のプールで50(!)往復して、朝6時に自宅に戻ると、父親のように敬愛しているピーター ソロモンから連絡が入って、いますぐにワシントンに飛んで連邦議会議事堂で基調講演をしてもらいたい、という。ピーター ソロモンは世界最大の秘密結社フリーメイソンの最高位に居る歴史学者で、スミソシアン協会会長をしている。彼がよこしたプライベートジェットに乗って会場に着くと、ラングルトンを待ち構えていたのは、無残にも切断されたピーターの右手首だった。

ラングルトンには見慣れたピーターの右手にはフリーメイソンの指輪がはまっていて、手指には謎の暗号が刺青されていた。時をおかず、マラークを名乗る男から、ピーターの命を救いたいならフリーメイソンの暗号を解読するように命令される。動揺するラングルトンのもとに、CIA保安局長サトウが部下を連れて到着し、国家の安全保障にかかわる重大事態なのでピーターの手首に入れ墨された暗号を至急解明し、犯人を見つけるように要請される。刺青の暗号を読み解きながら、ラングルトンとサトウは連邦議会議事堂の地下に入り、隠されていたフリーメイソンの「伝統のピラミッド」の台座を見つける。ラングルトンは、そこに来る前に、ずっと以前ピーターから預かっていた小さな包みを持ってくるように依頼されていた。包みの中にあるのはフリーメイソンにとって最も大切なシンボルだという。ピーターは安全のためにフリーメイソンの部外者であるラングルトンに預けていたが、これはフリーメイソンが組織化された時から、最高位のものによって大切に受け継いでいたもので、隠されていたピラミッドの台座の上に据えられるものらしい。ラングルトンは、ピラミッドを守り、ピーターを救い出すことしか頭にないが、CIAのサトウは犯人逮捕だけが目的のようだ。

一方、ピーターの妹で純粋知性科学学者のキャサリンは、ピーターを拉致した犯人マラークに襲われて危機一発のところで逃げ延びてラングルトンに救われる。二人はCIAから逃れ、マラークの行方を追いながら、ピーターの居所を探す。マラークはフリーメイソンの最高位のものにしか知らされていない「人類の至宝」を自分のものにしたい。しかしその至宝を得るためにはピラミッドを完成させて、そこに秘められている暗号を解くことなしに得ることができない。ラングルトンは重いピラミッドの石を自分のカバンに詰めたまま、キャサリンと政府機関の追及を逃れながらマラークを追う。しかし、右腕を切断されたピーターと、命を狙われるキャサリンは、マラークの魔の手に捕獲された末、知らされたことはマラークの出生の秘密だった。ピーターはフリーメイソンの秘密を守るために、母親を殺され、妹を傷つけ、結果として息子を失うことになったのだった。というお話。

ダン ブラウンの小説はすべて、「宗教」と「科学」が焦点になっている。「天使と悪魔」では、イルミナテイと、スイスにある欧州原子核研究所セルンという世界先端の科学研究所が出て来た。イルミナテイは17世紀にガリレオが創設した科学者たちの秘密結社だ。このイルミナテイがクリスチャンの最高峰ヴァチカンの新ローマ法王の候補者を一人ずつ殺していく。

「ダ ヴィンチ コード」では、聖書にあるイエスには実はマグダラのマリアという妻があり子があった、と述べる。強大な教会勢力は、それを抹殺しようとしてきた。科学者レイナルド ダ ヴィンチは、イエスの家系を守るために沢山の作品に暗号をこめて後世に託した。ラングルトンは、イエスの血を今日まで継ぐ家系を守リ、イエスの真実を継承する組織と出会う。キリスト教の女性観を改めて問う作品だった。

「インフェルノ」は、キリスト教にとっての地獄とは何か、という問いが先ずある。そして人口爆発しつつある地球を救うために不妊ヴィルスを世界にばらまく科学者テロリストの引き金が、ダンテの神曲、地獄篇に隠されている。

今回の「ロスト シンボル」は、フリーメイソンと最新純粋知性科学の対立と融合が焦点になっている。アメリカは、ヨーロッパで宗教の迫害にあった人々が新天地を求めて渡り、従来の偏狭なキリスト教ではなく、新しいキリスト精神の「自由」、「平等」、「友愛」、「寛容」、「人道」といった理念をもとに建国された。建国の父たちの多く、ジョージ ワシントン、ベンジャミン フランクリン、リンカーンなどが、フリーメイソンだった。フリーメイソン最高位のピーター ソロモンと妹のキャサリンは、アイザック ニュートンの「知識は聖書の中にある。」という言葉を人と神との融合という視点で捉える。連邦議会議事堂ドーム頂上の自由の像、ジョージワシントンが人から神へと昇華する象徴的な天井画や、3300ポンドの冠石が輝くオベリスクにも、人が神に、天が地に融合する象徴として考える。

従来のキリスト教はダーウィンの遺伝法則や進化論を否定して科学と宗教とは対立するもののように取られているが、純粋知性科学では、キリストは実際に病人を癒したことが科学的に証明できるとする。人が死ぬと魂が抜けだした瞬間に体重が減る。よく訓練された瞑想者には実際触れると治癒することができるパワーはあり、それを科学の力で証明することができる。魂には質量があり人の精神には質量がある、と言う。実に興味深い。
また、主題には関係ないが、本にでてくる興味深いエピソードのひとつに「国民の気分」というのが出てくる。9,11のあとアメリカ政府は、一般市民のメールや携帯のメッセージやテキストメッセージやウェブサイトをすべて傍受して膨大なデータフィールドを作ったが、そこからテロリストの通信に使われるコ―ワードがないか、探索した。その結果、国じゅうのデータフィールドに、特定のキーワードと感情を表す指標の出現頻度をもとにすることで、全国民の感情の状態を計測し、意識のバロメーターを知る「国民の気分」を判定することができる。というコンピューターおたくの会話だ。これが巧みにできれば政府は簡単に国民の感情操作さえ できるようになる。使い手によっては、選挙や商品の購買、株式市場にまで利用して操作することができる。うーん。コンピュータテクニックはそこまで来ているのか。

最新作「インフェルノ」をイタリアの地図を見ながら読むと面白さが増す。この「ロスト シンボル」では、ワシントンの地図だ。ラングルトンとキャサリンが命からがら逃げ回りながら拉致犯を追い追われるドキドキハラハラを、もっと切迫した気分で読む為には地図が必須。ワシントン記念塔、ワシントン国立大聖堂、スミソソシアン博物館、ホワイトハウス、テンプル会堂、連邦議会議事堂、議会図書館、リンカーン記念堂、ジェファーソン記念堂、カロラマハイツ、そのひとつひとつの建物や場所に秘密や謎があって、それをラングルトン教授が逃げたり隠れたり追ったりしながら講義してくれる。ラングルトンの知識の豊富さにはいつもながら感服。でも彼は教授というだけではなくてユーモアを忘れない。
例えば、フリーメイソンが、髑髏と大鎌の横で瞑想することを、気持ち悪がったCIAサトウに向かって、彼は言う。「気味の悪さにかけてはキリスト教徒が十字架に貼り付けになった男の足元で祈るのも、ヒンズー教徒がガネーシャと呼ばれる4本腕の象の前で詠唱するのもいい勝負ですよ。あらゆる偏見はその文化特有の象徴を誤解することから生じるんです。」とさらり言う所など、憎い。何でも知っていて、頭が切れて、インデイアナ ジョーンヅより格好が良くて、イケメンな教授、、、惹かれないわけがない。「インフェルノ」の映画化が着々と準備されていて、ダン ブラウンの筆も冴えている。映画も、次作も楽しみだ。