2013年2月26日火曜日

映画「シルク ド ソレイユ 彼方からの物語」



1985年以来 カナダを本拠にするサーカス集団、シルク ド ソレイユのパフォーマンスを映画化したもの。ラスベガスで公開された 7つのサーカスを、50か国余りの国々から集まった、1200人のパフォーマーが演じている。公演は、「O」、「KA」、「ビバ エルビス」、「LOVE」、「ズーマニテイ」などなど7つの公演を合わせて編集されている。日本では去年の11月に映画館で公開された。

カーニバルに迷い込んだ少女(エリカ リンツ)が 空中曲芸師の青年(イゴール ザリボフ)に恋をする。青年はエリカを見つめて、空中で綱を落としてしまい、落下。砂に飲み込まれる。そのあとを追って、エリカは青年を探しに、冒険の旅に出る。というストーリー。台詞はなく、すべてパントマイムと音楽だけ。砂に飲み込まれ、砂漠でピエロに出会ったエリカは 彼の案内でさまざまな人々に出会いながら、冒険を重ねていく。半ばからは、誰も乗っていない空の三輪車が、彼女を案内して空中曲芸師の青年を探し求める。

シルク ド ソレイユを3Dデジタルで映像化するアイデアは、ジェームス キャメロンからきたそうだ。キャメロンは「アバター」撮影後、3Dで録った彼のデモフィルムを シルク ド ソレイユの社長に送り、それを契機に両者が会って、フイルム化が実現したそうだ。プロデユーサー兼 総指揮が キャメロン、映画監督は、「シュレク」や「ナルニア物語」のアンドリュー アダムソンだ。キャメロンは、現在活躍している映画監督の中で、最も尊敬すべき監督の一人だと思うが、長年ハリウッドにいる映画人にしては珍しく とっても人柄の良い人らしく、「アバター」発表の時には、自分が開発したカメラ技術の、デジタル3Dで、ビジュアル モ-ションを作った新しい技術を、他の映画監督たちを招待して、惜しげもなく公開したそうだ。
世界一の石油会社BPが アメリカ西海岸で事故を起こし、地下で噴出するオイルを止めることができなくて 世界を震撼させていた時、いち早く、自分たちが「タイタニック」撮影のために開発した水中ロボットや機材を BPに使うように申し出ていた。
世界一、深い海底を自分の開発した潜水機材で、遊泳した冒険家でもある。
このシルク ド ソレイユの撮影では、自ら3Dカメラを抱えて、空中で撮影したそうだ。18台の3Dカメラを同時に使いながら 動きの速いアクロバットを撮影したという。

この映画で見られる、ラスベガスの7つのショーのうち、幾つかは今でも公演されている。日本でも北米以外では 唯一シルク ド ソレイユの常設舞台が デイズ二ーランドにあった。2008年に 初めて「ZED」の公演が行われ、3年続いたが、2011年3月11日の地震で休業、安全な興行が保障できないことや、興行収入の問題があり、12月31日で興行が打ち切られた。全然、知らなかった。残念だ。でも考えてみれば サーカスのアクロバットは 一瞬の取り違い、一秒の相手とのミスが事故につながる。骨折や脱臼どころではない、脊椎損傷で死亡事故につながったり、一生車椅子の生活になりかねない。地震国ではリスクが多くなるので、彼らの 興行打ち切りと、全員の引き上げはやむを得なかったのかもしれない。

ずいぶん昔になるが シドニーで、シルク ド ソレイユを見に行った。大きな広場にカラフルなテントが立ち、それはそれは素晴らしいサーカスだった。
テントに入るなり たくさんのピエロたちが歩き回っていて、まだ舞台が始まる前なのに、お客が退屈しないように手品を見せたり、遊んでくれる。そのプロフェッショナルな立ち振る舞いで、お客は テントに入った途端に、おとぎの国に入り込むことができる。手品やアクロバットも、みな出し物に、生のオーケストラが演奏している。ヴァイオリニストの腕も素晴らしかった。ピエロの笑わせ方にも品のある、上質な笑い。
観ていると、マットの上で10人ほどの青年が 棒やボールを投げ合いながら自分たちも跳んだり空中回転するアクロバットで、一人の青年が動かなくなった。ピエロ達がその青年を速やかに運び出し、アクロバットは途切れることなく続いたので 私たちは何が起こったのかわからなかった。でも、すべてのパフォーマンスが終わったあとで、アナウンスで、「パフォーマンスの最中に倒れた団員は、病院に運ばれましたが骨折も怪我もしていないことがわかりました。ご心配かけました。」と放送された時、同時にワーっと お客たちが拍手と歓声があがって、みな喜び合った。忘れられないことになった。一瞬のミスが 団員にとっては命に係わるような仕事をしているのだ。

今回の映像のうち、どのパフォーマンスも素晴らしいが、エリカを案内するピエロがとても素敵。背が高くて手足が長く、ものすごいハイジャンプしながら走ったり、頭が後ろに着きそうなほど反り返ることができる。舞台回しの役だが、最高のピエロ。BENEDLKT NEGROという名前。トキメキ。
「ビバ エルビス」のショーの中の 沢山のトランポリンをロックに合わせて沢山の男の子たちが 跳んで跳ねて空中回転したり交差したりするのも楽しい。「LOVE」ではビートルズの曲に合わせて空中で大きな車輪が回り その中やその上を男たちが駆け回ったりする。すべてのアクロバットが 今まで見たことがあるボリショイサーカスの空中ブランコの100倍くらい危険度が高く、スピードがあるのに、観ていて楽しい。
「O」の水中撮影もすごかった。水の底からゆっくりアラビア風の音楽に合わせて、踊り子たちが 踊りながら引き上げられてくる。沢山の踊り子たちの踊りが 美しいが、驚いたことに最後にゆっくり踊りながら水から引き上げられてきた6人の踊り子たちは 一体何分間水中で息を止めて待っていたのだろうか。よく生きていました。
大きな金魚鉢のようなプールで一人水に入ってはプール際でバランスをとったり、美しいポーズをとる曲芸も美しい。3人のアラビア女性(?)のアクロバットは、3人とも怖いくらい体が柔らかくて、どこが誰の足で どこからどこまでが足なのか手なのかわからない。
「KA」の 巨大な床が垂直に立ち上がって、ワイヤー一本で男たちが戦闘を繰り広げるシーンは すごい迫力。ビュンビュン矢が 垂直の床に飛んできて付き刺さる。飛んでくる矢を避けたり、突き刺さった矢に体重をかけたりしながらスピーデイーに やっつけたり、やっつけられて床から滑り落ちて行ったりする。

でも私が好きなのは、空中で金色に輝く四角のワクを手や足や体でクルクル回したり、中に入ったりしながら踊る青年のパフォーマンス。鍛えぬいた男女の体が これほど美しいものか と感動する。
最後のエリカが、空中曲芸師アエリアリストに やっと会えて、二人が仲良く 一本のひもに手を絡ませるだけの命綱で 空中で踊る美しいパフォーマンスが良かった。「ふたりはやっと会えて、幸せに幸せに暮らしました、とさ。」という、おとぎ話がすんなり飲み込める 本当に美しい舞台だった。

本当に夢みたい。シルク ド ソレイユ。何て素敵な人たちだろう。

2013年2月25日月曜日

映画「ゼロ ダーク サーテイ」



これほど後味の悪い映画も他にない。
2001年9.11の主犯をオサマ ビン ラデインと決めつけ、CIAがSEALS(米海軍特殊部隊)を使い、彼の居場所を突き止めて暗殺するまでの過程を描いた映画。独善的で一人善がりで、正義の名を借りた容疑者への私刑と虐殺を正当化する。彼らは、ガードマンも持たず、無抵抗の武器を持たないラデインを一方的に殺害した。
ビン ラデインの急襲作戦に ゴーを出したオバマ大統領は 共和党にも出来なかったことをやった、この結果を高く評価されて、超保守、愛国支持者まで味方にしてしまった。容疑者を逮捕、捜査、尋問することもなく、主犯と断定し、深夜闇に紛れて、襲って殺すという、警察も行政も裁判制度もない私刑処分をしたのは、アメリカという世界一権力を持ち、法も民主主義も持たない無法国家だ。こんなことが まかり通るなんて。

いまだ、9.11については「アルカイダという有名だが実態が把握されていない組織による犯行ではない、」とする知識人も多い。一般に報道されていることが、事実ではなく、9.11直前に巨額のドルが、ウォールストリートで動いたことや、少なくとも、ペンシルバニアの飛行機事故は 爆弾犯によるものではなかったという目撃者や関係者が多いことや、誰一人として犯行を公に認める声明を出していないなどなど、わかっていないことが多い。未解決事件なのだ。
CIAやアメリカ政府が作り上げたお話ではなく、客観的な事実を私たちは、知る必要がある。

上映に先だって、アメリカ国内でも上院議員のジョン マッケイン、カール レヴィン、ダイアン フェインステインらが この映画はアメリカ政府に 人々の誤解をもたらす恐れがあると声明を出した。人権擁護団体も、映画のトップシーンで CIAが捕虜を虐待するシーンで、これらが国際法違反であるという理由で抗議声明を出した。
パキスタンも この映画は、購入せずパキスタン国内では上映できないようにした。前代未聞の形でパキスタン政府を無視してパキスタン国内で、アメリカ政府が介入、軍事行動をとったことで、政府も不快と遺憾を表明した。また映画のなかで、一般のパキスタン人がアラビア語をしゃべっている。パキスタン人は、ウルドウー語か、パシュト語を話す。また映画では、一般人がHUMMUSという、ひよこ豆とごま油のペーストを食べているが、トルコ人と違って、パキスタン人は、これを食べない。パキスタン文化に無知で、基本的知識さえ欠如しているため、このフイルムはパキスタン人にとっては悪い冗談でしかない、とパキスタン人コラムニストが語っている。

監督:キャサリン ビグロウ
キャスト
マヤ  ;ジェシカ キャステイン
ジャステイン ;クリス プラット
ストーリー
2003年CIA分析官、マヤらはアルカイダのリーダー ビン ラデインを探し出すために、パキスタンに派遣される。ここでありとあらゆるテロリスト容疑者へ拷問をして、情報を得る。何日も食べさせず、眠らせず、ぶんなぐり、水攻めや性的拷問 何でもありだ。ビン ラデインは腎不全を患っている。常に 腎透析できる施設と医者を必要としているはずだ。当初からCIAは、顔の割れている アルカイダ ナンバー2のアブ アラハドを、追っていたが、その写真の顔は彼の弟で、すでに死亡していたことがわかった。ありとあらゆる手段で、アブ アラハトを追う。クエートのプリンスに、アルファ ロメオをプレゼントする代わりに、彼の母親の電話番号を手にする。そこから不審者をあぶり出し、ついに顔のわからなかったアブ アラハドがパキスタン国境ちかくで ある家に出入りしていることを突き止める。屋敷には数人の男女が子供たちと住んでいる。CIAの長官は、屋敷の男女は ドラッグ デイラーだと決めつけて、まじめに取り合わない。マヤは辛抱強く 監視して、この屋敷に住むのがビン ラデインに違いないことを 確信して、仲間を説得する。遂に、2代のステルスヘリコプターで、SEALSの面々が 夜間屋敷を急襲。側近の男女たちを、手あたり次第に次々殺していって、泣き叫けぶ子供たちに、ビン ラデインの部屋かどうかを確認したうえで、中に居た無抵抗の男を 殺害。何発もの銃撃をしたうえで、ラデインと確認する。というストーリー。映画の中では少なくとも ラデインとされる男以外に3人の男女を殺害しているが、実際はどうだった、誰にもわからない。

SEALSの元隊員マット ビソネットが、ペンネームでこの作戦の内幕を克明に描いた本を出版。これが映画の参考になっている。マット ビソネット自身が、ビン ラデインに銃弾を撃ち込んだそうだ。
SEALSはアメリカ人にとってはヒーローだが、本来は名前も顔もわからない秘密の存在だ。国のために自己犠牲の精神で特殊作戦を戦い、戦果を一般人に知られることはない。退職後も彼らは どんな作戦に従事したか、家族にも語ってはならないことになっている。この愛国の戦士の名前と顔が 表に出るときは、死んだときだけだ。
例えば、2006年イラクで銃撃戦の最中 窓を破って手りゅう弾が飛んできた。一瞬のスキもなくマイケル モンスール隊員は手りゅう弾の上に覆いかぶさり 体で爆発を受け、他の仲間たちの命を救った。2005年アフガニスタンでSEALSのヘリコプターが40人のタリバンに囲まれた。米兵全員が負傷、マイケル マーフィー隊員は覚悟を決め、電波の通じやすい広場に走り、全身に銃弾を受けながら無線で友軍の救助を依頼しながら絶命した。ニュースウィークによると、己の命を捨てて仲間を助けることがSEALSの伝統だそうだ。これも、アメリカ人の自画自賛で、マット ビソネットの自伝や、この映画などが、契機になってSEALSに入隊したいと思う人も多いのだろう。

映画の中で、CIA分析官マヤが 自分の生活とか、趣味とか男遊びとか酒やドラッグなど見向きもせずに仕事にうちこんで、それがなぜかというと、9.11が動機になっていることは、わかる。事実こうした職員も多かっただろう。また、SEALSの隊員どうし 互いに命をあずけ合った仲間と仲間の友情も、本当のことで、実際にあるだろう。
しかし、映画を見ていて、一瞬たりとも共感できるシーンがない。正義はどこにいったのだ。こんなことをアメリカという国が大手を振ってやっている。許されて良いことではない。


2013年2月22日金曜日

パリ国立オペラ公演「カルメン」



パリ国立オペラオーケストラ
パリ国立オペラ合唱団
パリ国立オペラ児童合唱団
指揮:フイリップ ジョーダン
監督;イブ ボウネシー
キャスト
カルメン:カテリーナ アントナテイ
ドンホセ:ニコライ シヨコフ
ミケイラ:ゲニア クメリール
エスカミリオ:ルドヴィック テジエール
メルセデス:ルイス カリナン
フラスキック:オリヴィア ドライ

一番好きなオペラは、「カルメン」と「アイーダ」。
この二つのオペラは何度見ても 誰が演じるのを見ても新しい感動をもたらせてくれる。ひとつひとつの音楽が感じさせてくれる胸の高まり、興奮、悲哀、歓喜、安らぎ、怒り、憤怒、、、観ていて舞台に立っている人とともに 喜び、怒り 悲しみ 楽しむ。椅子に座っているのは体だけで、オペラの間中 自分の魂が舞台の中で 役者たちに交じって飛び回っている。主演女優とともに、恋をして男を捨て、憎しみに震える。こんな体験ができるのはオペラだけだ。演じながら、声の限りに歌いつくす声楽のエネルギーに、観ているものが完全に取り込まれてしまうオペラの魔力というものだろう。
パリ国立オペラの去年12月の出し物「カルメン」のハイデフィニションフイルムを映画館で観た。たった2か月前に パリで公演されたオペラを こんなに早くシドニーで観られるなんて 何て嬉しいことだろう。

ジョルジュ ビゼーは一年以上かけて作曲した、このオペラが不評だったために、心臓を悪くして37歳で失意のもとに死んだといわれている。チャイコフスキーは彼の死後、「カルメン」は世界一人気のあるオペラになるだろう と予言した。ビゼーの死後、たくさんの作曲家や演出家によって、手が加えられて今日の姿になったが、事実、「カルメン」は フランス語で書かれた最も人々に愛されるオペラになった。

余りに有名なストーリーだが、一言でいうと、三角関係の末、別れた男に殺される女の話だ。背景にセビリアの独立運動やジプシーへの差別社会が存在する。現在でも スペインは、最大で深刻な問題、バスク地方の分離独立運動を抱えている。
主人公カルメンは バスク地方の出身のジプシー。スペイン政府からは二重に差別されている上、反政府盗賊団の一員だ。カルメンのために身を持ちくずすドン ホセもバスク地方の出身。立身出世が困難な立場だが、軍隊に入団して国のために忠誠を尽くすことで 堅実に生活の糧を得て、国に残してきた母親を楽にさせたいと願っている、誠実な青年だ。
タバコ工場で働くカルメンは 気の合わない女ボスを口論の末、ナイフで刺し殺そうとして 治安軍に拘束され、鎖につながれるが、見張りのドン ホセに「あなたも同郷者じゃない、そんな女を縛り付けるの?」と情に訴え、激しく愛を乞うダンスを踊って誘惑した末、すきを見て逃亡。ドンホセは 罪人を逃亡させた罪で留置される。数か月後、懲役を終えてカルメンに会いに来たホセは、カルメンと愛し合う。しかしカルメンを口説きに来た上司を、嫉妬から切りつけてしまい、もう軍には二度と帰れない身になってしまう。
カルメンとホセはジプシーの盗賊団の一行とともに、山に移動して軍の駐屯地を襲い武器を奪う。帰る場のなくなったドン ホセはすぐにカルメンから飽きられる。カルメンは闘牛士エスカミリオに心移りし、やがて招待された闘牛場の場外で ドン ホセに再開。カルメンと再び愛に生きることしか考えられないホセに愛を乞われ それを無碍に断ったカルメンは殺される。

このオペラのどのシーンも、素晴らしいが、一番華やかなシーンは 最初と最後だ。
最初の町の中心、井戸のある広場の喧騒のシーン。
駐屯している軍の交代時間になると軍人たちの行進に合わせて 子供たちが行進のまねをしたり、井戸の周りで一休みする兵士たちに物売りが集まり、タバコ工場で働く女工たちが、休憩時間に井戸で一服するのを待ち構える男たちで、大変な喧騒だ。100人あまりの男声女声合唱団や児童少年合唱団が、走ったり、水浴びしたり、跳ねたり跳んだり それぞれの役を演じながら歌う。田舎からドン ホセに会いに来たミケイラが 兵士たちにからかわれたり、タバコ工場の女工と男たちのやり取りがあったり、役者たちが、舞台の上をひしめいている華やかなシーンだ。舞台の隅から隅まで小さな子供たちまで一人もボーとしていないで、役を演じて「街の喧騒」を立派に演じている。舞台だから当たり前かも知れないけれど、初めて見たときは、その見事さにびっくりした。とても楽しいシーン。その喧騒の只中に カルメンが出てきて「ハバネラ」(野の鳥)を歌って、男たちを魅惑する。野の鳥は自由の鳥。誰にも手なずけられたりしないものさ、、、と言うわけだ。

また最後の 闘牛場の華やかなシーンも素晴らしい。美しい闘牛士たちがマタドールに身を包み堂々と舞台をうねりながら行進し、人々が歓声で迎える。子供たちがパレードに付き従い 道化師や、一輪車の軽業師たちや 着飾った紳士 淑女がカーニバルを楽しむ。ここも100人の歌手とダンサーがそろって豪勢で華麗な舞台が繰り広げられる。そして、人々が闘牛場に入ってしまうと、広い広場にカルメンとドン ホセだけが取り残される。静寂と死。

実によくできたオペラだ。今回のカルメンは 首を絞められて殺された。オペラオーストラリアの前作ではピストルだったし 2年前のイギリスロイヤルオペラのはナイフだった。オペラオーストラリアの公演では 盗賊団とともに山い向かうカルメンに 本当の馬に乗せて歌わせた。リハーサルで馬から振り落とされて足を捻挫しながらの公演で主演歌手は大変な思いをしたそうだ。
闘牛士エスカミリオが 初めて登場する場面で馬に乗って出てくる舞台もあったし、カルメンにカスタネットを持たせて色っぽいフラメンコを躍らせる舞台もあった。

今回の公演で秀逸だったのは、エスカミリオの素晴らしいバリトンだった。ルドヴィック デジエールって、どこの国の人だろう。今までみたカルメンで、いつもエスカミリオは、見たところ立派なのに声量が足りなかったり、闘牛で牛を避けるどころか避けることもできなさそうな巨体で醜かったり なかなか満足な人に会えなかったが 今回のエスカミリオには大満足。それとミケイラのソプラノが 力強いソプラノで、真っ青な秋の空を突き抜けていくような晴れ晴れとしたソプラノで、びっくりした。ゆるぎない 立派なパワフルなソプラノ。舞台の隅々まで声が行き渡る。端役にはもったいない。

主役のカルメンは平均点か。イタリア女性にしては 歌は良いが演技にジプシーの激しい性格が表現されていなかった。金髪のカルメンでは、ちょっと迫力に欠けるということか。しかし、ニコライ シュコフのドン ホセは、とても良かった。演技力も歌も申し分ない。最後のカルメンを殺すときなど、女に、「もう顔も見たくない、好きじゃない、」と言われているのにしつこく 偏執狂みたいな’顔で 無理にカルメンにウエデイングドレスを着せて、そのリボンで首を絞めるところなど、本当に怖かった。カルメンを見る目など、完全の狂人の目になっていて演技と思えない真迫力にぞっとした。すごいな。歌いながらここまで役柄に打ち込めるのか、と感動した。

また、指揮者のフィリップ ジョーダンが素晴らしい。若くてハンサム。華麗で闘牛士みたいに、切れの良い、素晴らしい指揮で、目を奪われた。写真は彼の姿。

本当に身も心も満たされたオペラの午後。
おまけに、映画館には ボトルでない樽のイタリアビール ペリー二がある。ボトルより数倍美味しい。3時間余りのオペラを観て渇いたのどを潤して、景気よく闘牛士に唄を歌いながら 運転して帰ってきた。音楽は本当に何と人を幸せにしてくれるのだろう。

2013年2月18日月曜日

映画 「アンナ カレリーナ」



真夏のシドニー名物「オープンエア シネマ」に娘に連れて行ってもらった。
とっぷり日が暮れた頃に、オペラハウスとハーバーブリッジが真向いに見える景観の良い岬の高台で、シャンパンやワインを飲みながら、最新映画を見る。仮設された観客席には限りがあるし、強風や嵐になるとキャンセルされるから 限られたチケットは 売りに出されたとたんにネット上で、売り切れになる。
このシドニーの野外シネマというと、日本でいえば、真夏の甲子園とか、真冬のラグビー日本一とか、東京ドームでのジャイアンツ戦みたいなもの。これぞシドニーライフ、という感じ。行ってみて初めてその良さがわかる。行ってみないとわからない。シドニーに来る人、みんなに勧めたい。

このときは ゆっくりと日が暮れて、あたりが暗くなり、ハーバーブリッジや まわりの高層ビルに灯りがともり、たくさんの光をデッキにつけた豪華船が出航していくのを見送りながら、娘の機転でそろえてくれた寿司にシャンパンを傾ける。やがて、あたりが真っ暗になり、海上から真っ赤なスクリーンが重そうに、立ち上がってくる。出し物は、最新作、トルストイ原作の「アンナ カレリーナ」だ。レフ トルストイが、1873年に 執筆を開始した、「戦争と平和」に並ぶ彼の代表作。ロシア革命の父、レーニンが愛読し、ドストエフスキーも トーマス マンも絶賛した長編小説。

映画では 古くは1930年代に、グレタ ガルボが主演。さすがに これは見ていないが、1948年のヴィヴィアン リーが主演した作品と、1967年のロシア映画のアンナ カレリーナと、1997年に英米合作で初めて 全部ロシアで撮影されたソフィー マルソーのアンナ カレリーナを観ている。ヴィヴィアン リーの1948年版は 白黒映画なので、ロシアツアーリズムの中での貴族社会の重厚さ、歴史の重みがよく出ていて ヴィヴィアン リーの意思をもってこの時代の勢いに逆らって生きる女の強さと それが、音を立てて折れるようにして死んでいく姿が無残で、忘れられない映画になった。

グレタ ガルボ、ヴィヴィアン リー、ソフィー マルソーと、世界の美女が演じて生きたトルストイの名作。最新作のケイラ ナイトレイは、ではどうだっただろうか、、。かなり がっかり。おちゃらけていうと、「あんな カレー二ナ?」という感じ。ナイトレイは、ただの可愛い子ちゃんでしかない。エラが出ていて顎が細い分、発音が口先だけになってしまって 声に奥行がない。舌先でペラペラしゃべるだけのせりふには 重みも品格もない。彼女は海賊にはなれても、ロシア貴族にはなれない。完全にミスキャストだ。トルストイの大悲劇の名作が ただのメロドラマになってしまっている。1874年の貴族社会が背景なのに、衣装だけが豪華で お尻も胸もない 貧相な体形のナイトレイが 若い男を追いかけるだけのドラマ、、これでは、シャネルも泣いているだろう。次から次へと衣装が変わるたびに ナイトレイが身に着けている宝石は全部 シャネルから貸与されている超豪華品ばかり。宝石にはよだれが出るが、女優の細い首には重そうで 気の毒になる。自分の体にふさわしい宝石を身につけなさい というメッセージとして、しっかり受け取った。

ぺテルスブルグに住む政府高官アレクセイ カレー二ンの妻、アンナは18歳で嫁いで すでに9歳の息子がいる。兄に会いに、モスクワ来たところで、貴族の将校、若いヴロンスキーに出会って、今までに感じたことのなかった気持ちの高まりを感じる。二人は恋に陥った末、出走。アンナはヴロンスキーの子供を産むが、夫は、離婚に応じない。夫、カレー二ンに味方する社交界は アンナとヴロンスキーの不品行を認めず、社交界から締め出し、アンナは失意のうちに生きる目的を失って、列車に身を投げる。
アンナの恋の物語と同時に、アンナの兄嫁の妹、キテイに求婚する善良な地方の地主 リョーヴィンとキテイの話が 同時に並行して語られる。虚飾に満ち腐敗した貴族社会がある一方で、農村で実直に生きるリョービンの生き方を対比させ トルストイ独特の「より良い人間として生きるには、、、」という’命題が提示されている。

初めてアンナが 将校ヴロンスキーに会った翌日、ひとりぺテルスブルグに帰る汽車の途中駅で、胸のざわめきを抑えようとしてアンナが、雪のプラットフォームに出る有名なシーンがある。蒸気機関車の煙が消えると、そこに、居てはならないはずの男 ヴロンスキーが立っている。驚愕するアンナ。この大事なシーンは、映画史上でも有名シーンのひとつで、例えば、「カサブランカ」で、イグリッド バーグマンが ハンフリー ボガードの部屋に再び姿を現して「待った?」と聞くシーンがある。このシーンは カップラーメンのコマーシャルにもなった。あるいは、「アンタッチャブル」の駅の階段から乳母車が転げ落ちてくるシーンとか、「サイコ」のシャワーシーンとか、「アンナ カレリーナ」の汽車に身を投げるシーンみたいな 映画にとって大切で、印象的なシーンだ。
1997年のソフィー マルソーは、プラットフォームで、ショーン ビーン演じるヴロンスキーを認めると「WHAT ARE YOU DOING HERE?」と言うけれど、なんか、英語だと情緒もへったくれもないんだ、と思ったものだ。今回のケイラ ナイトレイは、ヴロンスキーを見た途端、もう早くも あなた大好きモードの涙目で、一度ダンスを踊っただけの中なのに、ウルウルの目で どうして私についてきたの?それならトットと一緒に’駆け落ちしましょ、、なのだ。どこまでも軽い現代的と言うべきか。

アンナがヴロンスキーの子供を産んだ直後、産褥熱に浮かされて、ヴロンスキーの愛と保護の真っただ中に身を置きながら、アンナは夫に「わたしは今死にそうなの。最後に許すと言いに、会いに来て。」と手紙を書く。で、、、 サッサと産後回復すると やってきた寛大な夫に「わたし、死ななかったけど、ごめんなさい。やっぱりヴロンスキーを愛しているの。」と言うが、ここで、一緒に映画を見ていた観客が大爆笑した。わたしも その様子を見ていて笑ったけれど、ケイラ ナイトレイは ここで喜劇を演じているとは思っていなかったろう。ヴィヴィアン リーがここで この台詞を言っていたら それを見ている人にも納得させてしまう力のある演技ができていただろう。残念。すくなくとも ここは爆笑シーンではなかったはずだ。日本語訳では、どうなるのだろう。

妻に裏切られるカレー二ンを演じたジュード ロウが、とても良かった。一度も声を荒げることがない。論理的にアンナを説得してもとに戻そうと 最後まであきらめない。誠実な人柄を表すように 抑えた低い声で語りかける。よき夫、よき父親で、繊細な神経をもった紳士。
ヴィヴィアン リーがアンナを演じたときの夫役や、ソフィー マルソーの時の夫役は、冷酷でしつこい嫌な夫だったので、アンナに共感したが、ジュード ロウが演じたような夫では、妻が、どうしてこんな良い人を捨てて突っ走ってしまったのか、全然、人を納得させることができない。
「演じる」ということの 難しさを改めて認識させられる映画だった。

ヴロンスキー役のアーロン テイラー ジョンソンは、2009年の「NOWHERE BOY」で、若い頃の、ビートルズのジョンの役を主演した。幸せではなかった少年時代のジョンが、母親と叔母のもとで育ち、ポールとジョージに出会うまでの、心の軌跡を描いた映画。多感で繊細なジョンを好演していた。この映画では、母親のヴロンスカヤ伯爵夫人に叱られてうなだれる姿や、アンナが死んでしまうと思って泣きじゃくる姿が可愛らしい。B級映画「キック アス」でも主演していたが、実力がある。これからが楽しみな役者だ。

映画の手法が新しい。
スピードのある回り舞台を観ているようだ。登場人物が歩きながら背景が 勝手にどんどん変わっていく。シーンごとの移動を これまでのフイルムのように 場面を変えることをしないで、背景を変える。役者たちは舞台の上を動きながら役を演じていて、スピード感がある。とてもおもしろい試みだ。美しい舞台を観ているような、とてもアートな作品だ。

2013年2月16日土曜日

映画 「リンカーン」

     

この2月、米国で、バラク オバマが大統領が再選されて、彼はリンカーンが所有していた聖書に手を置いて、大統領宣誓をした。米国にとって第16代米国大統領エイブラハム リンカーンは、「奴隷解放の父」と呼ばれ、アメリカンフロンテイア精神代表として、開拓精神のパイオニアとして尊敬されている。 

丸木小屋で育ち、無学の両親に育てられ、斧で木を切ることに長けていた。独学で弁護士になり、大統領にまで登りつめた。祖父は、父が子供の時に、その目の前でインデイアンに惨殺されたが、その話を子供の時から聞かされて育ったために、土地所有権の争いを避けるために、法律を学んだと、言われている。大統領になって、インデイアンを保留地に追い込み、インデアン大虐殺を指揮し、それが南北戦争で北軍の勝利を導くことになった。黒人を解放して、労働者や兵士として確保するのは賛成だが、インデイアンは 民族浄化、皆殺しにしなければならないと考えていた。奴隷制度拡張に反対し、南北戦争を指揮、南軍のロバート リー将軍に降伏をゴリ押しして戦争を終結させたが、直後に暗殺。初めての、在職中に暗殺されたアメリカ大統領となった。 

このリンカーンの役を、ダニエル デイ ルイスが演じ、その妻役がサリー フィールだと分かったとき、その映画を見るまでもなく、もう今年のアカデミー賞を誰が取るか、決まったようなものだ、と思った。二人とも すでにアカデミー主演男優賞、女優賞をとっている。ダニエル デイ ルイスに至っては、彼が主演する映画の、ほとんどの作品で、アカデミー主演男優賞にノミネートされている。 
ロンドン生まれのユダヤ人。1989年「マイ レフト フット」で主演男優賞、1992年「ラスト モヒカン」と、2002年「ギャング オブ ニューヨーク」でノミネートされ、2007年「ゼア ウィル ビブラッド」で、再び主演男優賞を取っている。彼が出てくると、他の役者がかすんで見える。それほどカリスマテイックな役者だ。 

エイブラハム リンカーン:ダニエル デイ ルイス 
メアリー トッド(妻) :サリー フィールド 
ロバート トッド    :ジョセフ ゴードン レビット 
タデウス ステイーブンス:トミー リー 

ストーリーは 
南北戦争が始まって、すでに3年。戦況は硬直し、人々は増え続ける重税にあえいでいた。共和党のリンカーンは 2期目の大統領として選出されると 奴隷制度拡張を叫ぶ民主党の圧力に対抗して、議会に圧力をかけて 何とか戦争を終結させようとする。すべての上院議員は、州議会によって選出されていたから 当時圧倒的多数だった 奴隷制度拡張主義の民主党は’、大統領の主張に同意しない。収入源である大土地所有者にとって、民主党党員の存亡をかけた戦いでもあった。リンカーンとその側近は 民主党の結束力に負けず、一人ひとり 取引、恫喝など、手段を選ばず取り崩していく。そして、とうとう議会で、奴隷解放を明記する条文を通過させ、戦争を終結させた。しかし、大統領は、オペラに出かけた夜、。 
というお話。 

ダニエル ルイ ルイスの上手すぎる演技の、独り舞台だ。リンカーンが、このようにして悩み、このようにして妻にガミガミ言われ、このようにして祈ったのだろう。 
奴隷制度の欠陥を、民主党議員に向かって説得するとき、古代エジプトの哲学者ユークリッドを出して説得する。幾何学の原論の中から「同じものと等しいものは 互いに等しい」という あらゆる学問に通じる真理を語っていく。白人は'人間で、黒人は人間、ならば白人も黒人も同じ人間だ、という単純でゆるぎのない真理だ。彼の説得力を もの語るシーンだ。 

サリー フィールドの妻役も、素晴らしい。「アメイジング スパイダーマン」で アンドリュー ガーフィールド演じるスパイダーマンの養母役で とても光っていた。今回は リンカーンをしっかり支える恐妻を好演、他の女優がやっていたら、嘘くさくなっていただろう。 

共和党タデウス ステイーブンス議員をやった トミー リーは、奇妙なカツラ姿で出てきたが どうしてそんなものを被っていたのか、最後にわかる。この人が映画に出てくると、ほっと、映画に血が通う気がするのは 私だけだろうか。 
息子のジョセフ ゴードン レビットも、ダニエル デイ ルイスとサリー フィールドの間の生まれて 大事にされて育つと、こんな息子になるだろう、というような素直な姿で好演している。 

明るいシーン、華やかなシーン 楽しいシーンの全くない 重厚で 感動的なアメリカ南北戦争の歴史を語った映画。アメリカ人は この映画、好きだろう。アメリカ人の心根の底の底を優しくく撫でてくれる。 
オバマの大統領宣誓を注目する 貧困層や移民たちやゲイや アフガニスタンに送られた兵士たちは、オバマの横顔に、このリンカーンの姿を重ね合わせて観ることだろう。そんな映画だ。