2009年1月28日水曜日

映画「ミルク」







映画「ミルク」(原題:MILK)を観た。
アメリカで初めて自分がゲイであることをカミングアウトして市議に選出され暗殺された実際の政治家ハーベイ ミルクの半生を描いた映画だ。 この映画は、12月にアメリカで公開されてすぐに、沢山ある各種の映画賞すべてにノミネイトされてしまった。その勢いで ミルクを演じたショーン ペンが 2009年アカデミー賞で、最優秀主演男優賞を取るに違いない。

オスカーにノミネイトされたのは、「ビジター」のリチャード ジェンキンス、「NIXON」のフランク ランジェラ、「レスラー」の ミッキー ルーク、「数奇な人生」のブラッド ピットと この「ミルク」のショーン ペンの5人だ。

この1月に アメリカで初めてアフリカンアメリカンの大統領が誕生したが、オバマを選出したのは 今まで投票所に足を運んだこともなかった人々だ。これほどアメリカ人が自分の国の政治に注目し、かつての公民権運動に関心を示したことはいまだかつてない。そんな時期だから、この映画は、もうすでにたくさんの賞にノミネイトされていて、あとは、オスカーを受け取る為に壇上に上るだけだ。

監督:ガス バン サント
俳優:ハーベイ ミルク=ショーンペン    
スコット    =ジェームス フランコ    
フェニックス  =エミール ハッシュ    
    ジャャック    =デイエゴ ルナ      
   ダン ホワイト =ジョシュ ブローリン

ハーベイ ミルクは ニューヨークで、1970年 40歳の誕生日にスコット スミスに出会って恋に落ちる。意気投合して、二人でサンフランシスコにやってきて、カメラ屋を始める。店の名は 通りの名前をとって、カストロカメラ。

まだゲイが市民権を得ていない70年代 ハーベイは 自分がゲイであることを公表して ゲイの権利獲得の為にデモに参加したりするうち、カメラ屋は、ゲイの人権獲得運動の拠点になる。また、地元の店主達で組織されたカストロ ブレー協会の事実上の代表者となって 住民の権利獲得のために 市役所と話し合いや 交渉をすることになる。

ゲイはぺデファイルと混同されたり、一般の人からは 精神病の一種だと平然と言われていた時代だ。政治家や教会関係者と公開討論をしたり、ゲイの教職員解雇の破棄や、ゲイ差別撤廃のためのデモを組織したりしながら、彼は カルフォルニア州サンフランシスコ市の市議選に出馬する。 1973年75年と落選するが、選挙のたびに支持者を増やしていって ついに1977年に市議となる。パートナーのスコット スミス(ジェームス フランコ)は、ハーベイが政治にのめりこんでいく過程で パートナーを解消することになるが ハーベイが死ぬまで良き相棒だった。ハーベイは スコットを失ったあと、ジャック(デイエゴ ルナ)と同棲するが 市議選で多忙を極めている最中 寂しさに耐え切れなくなったジャックは自殺してしまう。

ハーベイは市議会の同僚に ゲイの私生活を笑われて、「僕は過去に4人の男と関係を持った。そのうちの4人は死んで もうこの世にはいないんだ。僕にとってゲイであることは冗談ではないんだよ。」と 真剣な顔で言う このシーンは迫力がある。 また、カルフォルニア州議会議員選挙に立候補して 投票数33000票を集めたとき 彼は集まってきた支持者達に向かって「君達は帰郷できるんだよ。みんな育ってきたところから離れて今、ここに居るけど これからは胸を張って故郷に帰ることが出来るんだ。」と、感動的なスピーチをする。ゲイに理解のない土地を追われてきたゲイにとって、帰る場所はなかったからだ。

市議になって、11ヶ月 カストロカメラの仲間はみんな サンフランシスコ市議の部屋に移動して、活動を広げ、市の同性愛権利法案を後援し労働組合と連帯するなど 活動途上だった。 そんなとき、財政的に破綻し、政治的に挫折した元市議ダン ホワイトは、自分の辞職も不幸も すべて市長とハーベイが悪いからだと、考えて 銃を持って、市庁舎に入り込み 市長を射殺、続いてハーベイを銃で殺した。1978年11月27日のことだ。享年48歳。ハーベイは市議になって1年足らず。ゲイの権利運動の殉教者は、このようにして亡くなった。ゲイであることがリスクだとしても、スキンヘッドや右翼や差別主義者に殺されるのではなく、長年共に政治を志し 家族付き合いもしていた身近な友人に 市庁舎で 銃殺されるとは、誰にも予想できなかっただろう。

ハーベイはかねてから ゲイであるための危険性を充分察知していたから、死んだときのために いくつものスピーチをテープに録音していた。伝えたいことが 語っても語っても尽きない やるべきことが多く、越えていかなければならない厚い壁が大きくて、いつも時間が足りないと感じていたのだろう。途上で殺されて、どんなに無念だっただろうか。 殺人者ダン ホワイトは市長とハーベイを殺害して、たった7年の禁固刑を宣告されただけだ。この評決に激怒した人々によってサンフランシスコでは自然発生的に大規模な暴動が起きる。のちにホワイトナイト ライオットといわれる200人の負傷者を出した暴動だ。 ホワイトは5年間服役し、釈放され その後自殺した。

映画は40歳のハーベイが、スコットに一目ぼれをしてキスするところから始まって、このときの二人の姿にもどって 終わる。最初見たときは 二人の会話を聞き流していたが、最後に繰り返して見せられて、ハーベイは スコットに 今日40になったけど50までは生きないよ、といっていた。その会話を見せることによって 48歳 志半ばで殺されていったハーベイの行き急いで逝ってしまった姿を印象付けている。

ところでフイルム編集の技術はよくない。ところどころドキュメンタリーフイルムが入るが、70年代のものだから画面が’ぼやけて、映画のフイルムとのつなぎあわせ方が雑だ。 しかし、ハーベイの真摯で、時代の壁を破った勇気に感動する。 殺される前夜 ハーベイは初めてプッチーニのオペラ「トスカ」を観る。恋人を失い、自らも命を絶つトスカの絶唱に心打たれて 眠れなくて 深夜ハーベイはスコットに電話をする。このときの むかし愛し合った二人の会話のシーンが良い。最初のキスのシーンも好きだが 電話で心と心を通じさせるふたりの姿が何て素敵なんだろうと思う。

ショーン ペンは役者として「ミステイックリバー」、「21グラムス」では強い男、「アイアム サム」では知恵遅れの身障者役、この映画ではゲイの役 何でもこなす。どこからみても100%ゲイになりきっている。役者としても監督としても 高く評価されて良い。

スコットを演じた ジェームス フランコがものすごく可愛いい。この人の笑顔ほどチャーミングな笑顔を他に 見たことがない。この人が出てくると 条件反射的に頬の筋肉がゆるんでしまう。ジェームス デイーンに そっくりで、「スパイダーマン」でハリーをやった。この映画では素裸でプールで泳いで見せたり、ショーン ペンとのラブ ベッドシーンも多い。彼なら何をしてくれても可愛い。

ハーベイの政治活動の後継者になる仲間に、フェニックス役の エミール ハッシュがいる。ショーン ペンが監督をして好評だった「イン トゥー ザ ワイルド」や「スピードレーサー」の主役をやっている。彼なんか、歩き方から話の仕方 しぐさや表情まで、100%ゲイだ。 
スコットが去ったあとハーベイのパートナーになる デイエゴ ルナもすごい。ハーベイに夢中で、どんな新婚の若妻よりも色っぽい。

それにしても、ゲイでは絶対ない ショーン ペンや、ジェームス フランコや、エミール ハッシュや、デイエゴ ルナが、本物のゲイよりゲイにしか見えないゲイを演じるって、すごいことではないか。 こういう姿をみると、演技をする役者ってえらいなあ と思う。

オスカー受賞に賛否両論 いろいろも意見あるだろうが わたしは この映画が好きだ。ハーベイ ミルクのことは 30歳以上のアメリカ人なら皆 知っているだろうが、外国ではあまり知られていないかも知れない。オバマが 大統領になったからといって小浜音頭を踊っているよりは アメリカの公民権運動をよく知る為に この映画を観た方がためになる。 

2009年1月26日月曜日

映画「ワルキューレ」







かつて日本軍は 第二次世界大戦時 オーストラリアを何度も攻撃して多大の被害を与えている。わかっているだけでも、1942年2月19日のダーウィン攻撃で約250人の死者、2月29日のブルーム爆撃で民間人約70人の死者、同年5月31日には 特殊潜航艇がシドニー湾に侵入、魚雷でフェリーを沈めて21人死亡、6月8日潜水艦がニューカッスルを砲撃している。 それ以外にも シンガポール陥落などにより日本軍に捕虜になったオージー兵を日本軍はビルマ鉄道建設などの労働を強制し8000人の捕虜が炎暑と厳しい強制労働で亡くなっている。

戦後のオーストラリアにとって 日本人旅行者は 一時は年間80万人にも達し、日本人は 気前良くお金を落としてくれる上客だ。しかし、この国の人々は 被害者側だから、日本人をいまだに好戦的な軍人国家のイメージで捉える人は多い。歴史の浅い この国の人々にとって 国を守る為に 戦争に行ったベテランと呼ばれる退役軍人は 国の誇りだし、国のアイデンテイテイーの元になっている。

仕事先で ゴリゴリの保守国民党支持の年配看護婦に 戦争中わたしの家族は何をしていたのか 聞かれたことがある。私の父は病弱な大学院生だったから学生をしながら、高校生のために教壇に立っていたけど、大叔父と叔父は リベラリストだったので政治犯扱いで刑務所に入っていた、と答えたら、看護婦は「日本にも戦争に反対する人は居たのか、信じられない。」といって、とても驚いていた。
どの国にも どんな状況でも 立場、職業、年齢、男女の別なく 戦争に反対する人々はいた。当たり前だ。

トム クルーズの映画「ワルキューレ」を観た。原題「VALKYRIE」。英語読みだと「ヴァルカリー」。
ワルキューレとは、ワーグナーのオペラの題名だ。芸術に広い知識をもっていたヒットラーが ナチの さらなる対外膨張政策のために 予備軍を前線に送り出す為の作戦につけた名前だ。この作戦の予備軍を利用して 軍隊内でクーデターを起こし SSを拘束し、戦争を終結させようとしたのが クラウス ボン スタフェンベルグ陸軍少佐だ。あれだけ強力な権力を欲しいままにしたヒットラーを爆死させようとして、失敗、銃殺された。ドイツの国民的英雄といっても良い。

ストーリーは
スタフェンベルグ陸軍少佐は、アフリカのチュニジア戦線で、爆撃にあい負傷し、片目と右手の指を失って、前線から帰ってくる。時に36歳。呼び戻されたベルリンでは 連合軍によって 空爆が始まっており、妻や3人の子供達と会っている余裕もない。

ヒットラーはワルキューレ作戦によって、戦争を拡大させようとしていた。これの歯止めをかけようと、トレスコウ陸軍少将を中心に秘密組織ができていた。スタフェンベルグもメンバーとなり、ヒットラーの暗殺を計画する。彼らは、SSの拘束と解体、アウシュビッツなどユダヤ人強制収容所の閉鎖、ユダヤ人の解放、連合軍との停戦交渉を、考えていた。入念に準備をしてヒットラーの主催する戦略会議場を爆破するが、爆弾の威力に欠けた為 ヒットラーの暗殺は失敗する。爆破が一応成功したため、暗殺が成功したと思い込んで、クーデターを起こした新軍指導部は、ことごとく処刑された。映画は 彼の銃殺刑による死で終わる。

スタフェンベルグは、ロイヤリストで愛国者の軍人だったが、ヒットラーの一党独裁に反対した。彼らの計画したヒットラー暗殺が、成功していたら、第二次世界大戦は もっと早く終結していただろう。ナチ独裁政権に反対して殺されたドイツ人1万6千人。軍法会議で死刑と言い渡され処刑された ドイツ人レジスタンス3万人。このなかには、ミュンヘンのハンス ショールとゾフィー ショール(1943年処刑)も居る。ゾフィーについては、ここで、2006年8月17日の映画評「白バラの祈り」で、述べたことがある。
これらの記録は ベルリン近郊にドイツ反戦記念センターに保存されている。 センターには 毎年10万人の訪問者があるそうだ。
歴史的事実は私達に、どんなに強力な恐怖軍政を布いても 人々の意志を捻じ曲げることはできない。人々の良識は 暴力の力よりも強いからだということを、教えてくれる。
ドイツ軍というと、悪の権化みたいに 悪魔のように扱われているが、スタンフェンベルグのような軍人もいたし、徴兵の拒否して公開で首をはねられたフランツ ヤゲルスタッターのような純朴な農民もいた。忘れないで居る ということが、とても大切だと思う。
アメリカ版の映画、スタフェンベルグに、ドイツからは、自分達の英雄を ハリウッドアクションとして 扱って欲しくない という批判が集中しているようだが、このような形でも、若い人々が知らないことを知る機会になるならば、良いと思う。トム クルーズは、実際の36歳のスタフェンベルグより年を取っているくせに いつまでも子供みたいで、高い声を出して、貫禄に欠けるけれど。

彼が ワルキューレ作戦の書類のサインをもらいに、ヒットラーを避暑地に訪ねていくが、そのオーストリア ザウスブルグの山荘(イーグルネスト)を 娘とヨーロッパ旅行したときに見てきたばかりだ。山々の頂上に立つ、絶景を観ながら 暖炉の前でジャーマンセパード犬をなでているヒットラーが、実際に見てきた記憶のなかで、一致する。こんなシーンひとつみても、この映画、よく歴史の考証をしているように思える。
観てよかったと思う。

2009年1月23日金曜日

映画「レスラー」




映画「THE WRESTLER」、邦題「レスラー」を観た。
ゴールデングローブの、最優秀主演男優賞を 主役のミッキー ルークが 獲得し、ベネチア国際映画祭でも 最優秀賞の金獅子賞を獲得した作品。

ストーリーは
ランデイーは、(ミッキー ローク) ラムという愛称で呼ばれ ラスベガスのスタジアムを何万もの熱狂的なファンでいっぱいにして、かつて一世を風靡したプロレスラーだ。リンクの上に 仁王立ちして 床にのびている相手の上に体ごと飛び降りて カウントに持ち込むのが彼の必殺技だ。1980年代の熱い男達の英雄的レスラーだった。

さて、20年たった今でも、ラムは小さな街の小さなリンクで、レスラーをやっている。もちろん八百長もやる。試合中に剃刀で 自分を傷つけて血を流しながら 戦うのもショーのひとつの見世物だ。観客達は 流血を見て、興奮してそれに熱狂する。しかし、試合が終わって、彼が帰る家は 惨めな貸しトレーラーだ。興行でもらった金は ボロボロの体を何とか維持する為の 鎮痛剤や、ホルモン剤と、アルコールに消えてしまう。

そんな彼が、試合の直後に、心筋梗塞で倒れる。 バイパス手術をして彼を救命した医師は「生きていかったら二度とリンクには上がらないように」とラムに忠告する。プロレス以外の世界を知らないラムは 途方にくれて、ストリップダンサーのマリサ (マリサ トメイ)のところに行く。9歳の子を持つシングルマザーの ストリップダンサーは、ラムに、「それならば、プロレスをやめて、家族のところに帰りなさい」と言う。 すっかり忘れていた、17歳の娘にあわてて会いに行くが、勿論 長いこと 連絡を絶っていた父親を 娘は受け入れない。紹介された肉屋で店員として働き始め 娘との関係も修復につとめ、やっとのことで娘の かたくなに閉じた心を開かせることに成功するが、生きる目的をどうしても見出せないラムは、このままずっと店員を続けていくのではなくて、本当に自分のやりたいことに、自分を賭けることにする。 というお話。

悲しい男のお話だ。ショービジネスで いったんヒーローになってしまうと 死ぬまで そこから抜け出すことが出来なくなってしまう男の悲哀。救いのない老醜。うらぶれた男のロマン。

53歳のミッキー ロークは、長いことハリウッドから忘れ去られていたが、去年コミックを映画化した「シンシテイー」で、カンバックした。この映画、白黒映画で、余りに残酷で切ったり 殺したり 刻んだり 暴力性が激しくて 気分を害し吐きそうになって私は映画の途中から出てきた。この映画の大男の殺し屋が ロークだった。 このニューヨーク出身のハングリーなボクサー上がりの俳優は、1980年代には、アメリカのセックスシンボルと言われ、大変な人気だった。彼の20代のころの写真をみると、同じ人とは到底信じられないほどハンサムだ。今回、老醜をさらけ出しての熱演に、たくさん賞がもらえて嬉しいだろう。

映画のなかで、敵味方で憎悪むきだしで戦っていたのに、試合が終わると レスラー同士がとても仲が良くて 互いに気を使いあったりする様子が おもしろかった。
うちとけない娘の前で、「寂しくて仕方がないんだ。」と、大きな男が大きな涙を落とすシーンも良い。彼からプロレスを取ってしまったら 何も残らない、ただのわがままな赤ん坊のような、どうしようもない男をよく演じている。もしかすると、この役者そのものの姿なのかもしれない。

ストリッパーのマリサ トメイが 良い味を出している。この人が出演している映画をいくつか観ているが、いつもストリッパーだったり、身持ちの悪い女だったりして、この人が服を着て 画面に出てきたことがない。44歳で、とても美しい体をしている。裸でセクシーなポールダンスをさせたら 本場の本物より上手だ。口をすぼめてしゃべる様子や、長い乱れ髪で男を遠くを見るような目で見つめられたら 大抵の男は クラッとくるだろう。

体が資本で 体を張って生きるしかない孤独なレスラーと 孤独なストリッパーの悲しい映画のなかで、唯一、17歳の娘を演じた エヴァン レイチェルウッドの硬く純粋な美しさが 際立っている。汗と血とアルコールで汚れた掃き溜めに突然、真白の鶴が舞い降りたように、色白で可憐な 薄幸の娘だ。父親から長いこと忘れられていた娘の孤独は、プロレスラーやストリッパーの孤独よりも深く 痛々しい。

この映画 熱い男の浪漫とか言ってしまって、男は賞賛してしまいがちだけれども、私はこんな「浪漫」は 好きになれない。大体どうして 男は格闘技に惹かれるのか。格闘技のボクシングもレスリングもスポーツではない。殴り合いではないか。ボクシングなど、ヘルメットをした上で どうして頭を殴りあわなければならないのか。
映画では、大きな体で、小さなおつむの赤ん坊のようなレスラーを ストリッパーは支えてやろうとしたが、そんなレスラーとストリッパーを理解しようとして、もっと傷つくことになってしまった娘の方が、人間として はるかに立派だと思う。
最後に昔のロックンローラー ブルース スプリングステイーンが 歌っていて、それが とっても良い。

2009年1月20日火曜日

ゴールデングローブとオスカー




今年のゴールデングローブでは、主演男優賞には、「レスラー」のミッキー ルークが獲り、助演男優賞に、バットマン「ダークナイト」のヒース レジャーが受賞した。ヒースの受賞が何より嬉しい。
28歳の若さでヒースが事故死して、この1月22日で丁度1年。 ヒースの死は 映画界にとっても オ-ストラリアの演劇界にとっても 大きな損失だ。ロスアンデルスの 授賞式には彼に代わって、「ダークナイト」の監督クリスノーランが賞を受け取って、「みんなが彼の演技に魅せられた。名優ヒース レジャーは 決して忘れ去られることはないだろう。」と述べた。

ヒース レジャーが映画に登場してから 彼独特の雰囲気にひきつけられてきた。ダークナイトのジョーカーの役は、怪優ジャック ニコルソンの後任でもあり、どんな風に、精神分裂症の根っからの悪の権化を、演じるのか 注目していたが、バットマンシリーズのどのジョーカーよりも 良かった。劇中のジョーカーの殺気立った笑い、瞬きする間に いとも自然に次々に仲間を殺していく無表情、大笑いして人々の憎しみを背負った瞬間の哀切極まりない表情。他の人にまねできない。 彼ほど自分を無にして、役にはまり込む俳優は他に居なかったのではないだろうか。また、彼のように、老成した役者も珍しい。 たった28歳で 亡くなってしまうなんて。 ヒースは ゴールデングローブだけでなく、オスカーにもノミネイトされている。二つとも取れたら、とてもうれしい。

主演男優賞「レスラー」のミッキー ルークもオスカーにノミネイとされている。ほかに、「数奇な人生」の ブラッド ピット、「ミルク」のショーン ペンが推選されている。オスカーは、ショーン ペンが取るだろう。

「ミルク」とは、アメリカ史上 初めて自分がゲイであることをカミングアウトした政治家、ハーベイ ミルクの半生を描いた映画だ。1970年代の ベトナム反戦、人種差別やゲイの市民権獲得の運動の激しいうねりのなかで、ミルクは銃撃されて殺される。このとき彼の死をニュースで見て 当時のことは、よく憶えている。ゲイ差別を人権獲得運動として捉えようと 努力していた。ほとんどの人々は どう捉えてよいのかわからないでいたし、社会は変わり者が 突然出てきて殺されたという程度の理解だった。いまでは ゲイなど珍しくもないし、自分の心の中のゲイは、だれでも持っている。そんなミルクのことが映画化されて、オスカーの対象にまでなって、嬉しい。

アメリカ社会が やっと黒人大統領を迎えるまでに成長し、やっと、ハーベイ ミルクを失ったことを追悼している。やっと、ここまできたのか、、と感慨深い。
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2009年1月19日月曜日

怖い話


真夏のこの時期、シドニーでは 白桃が盛りで出回っていて 一番美味しいころになる。
白桃も白いネクタリンも、外から触って実が少し柔らかくなったところを ナイフで半分に切れ目を入れると、ぱっくりと2つに分かれて 手を汚さずに そのまま食べられる。ちょっと前まではそれが、黄桃と黄色いネクタリンだった。

それと、茹とうもろこしが とっても美味しい。取れたてのスイートコーンに、塩をふってかぶりつく美味しさは、特別。ここでは一年中、収穫できるので、食事の肉や魚の付け合せにする為に、皮付きを買ってくる。皮をむいて売っているものは 新鮮な甘みが 失われているので、皮付きを買うに限る。

とうもろこしの皮をむく段になって 私は二重に手袋をつける。薄い台所用の手袋と、トイレ掃除に使うような厚いゴム手袋を 両方つけて、ごみ袋を用意して、おもむろに皮をむく。とうもろこしの先の穂のあたりの実の柔らかいところに青虫がいることがあるからだ。この虫が、居るかも知れないと想像するだけで 怖くて怖くて 緊張する。ちょっとでも虫の居る気配がすると、心臓が氷つき、全身に鳥肌がたち、頭から冷や汗が出て止まらない。本当に失神しそうになるが、勇気をふるって、とうもろこしの先を包丁で切り落として、ごみ袋に入れて、すぐに、エアシューターで、建物の外のごみ集配所に直行させる。以前、切り落としたとうもろこしの先をゴミ箱にいれて、そのまま調理を続けていたら、青虫が ゴミ箱のなかから、這い出てきたのだ。そのときの地球が破壊されたときのような 心臓がもぎ取られたような恐怖感を、忘れられない。スーパーマーケットの売り場で、コーンの山の上を この青虫が這っていたのを見て、足がすくんで、全身大汗をかいて、動けなくなったこともある。

子供のときから 足のあるカミキリ虫やクワガタや、羽のある蝶や蛾は平気なのに 足のない青虫、蛆虫など幼虫が異常に怖い。夜、家のトイレにも一人で行けなかった。そんな私を兄姉は 笑ったり非難したりしたが、父は「怖がるのは いいことだ。それだけ想像力があるということだ。それでいいのだ。」と悠然としていた。それでいいのだ。しかし、そのまま年をとってしまった。

昔の友達に向島の大工の棟梁に一人娘がいた。チャキチャキの江戸っ子、体も声も大きく弱いものを助け、どんな大きな相手でも間違っていればひるまず向かっていく。正義の味方で人格者、立派な女性だった。そんな人がねずみを怖がる。当時私はハツカネズミをペットにしていた。その話をするだけで、ガタガタふるえて、じっとり汗をかいて、貧血をおこして倒れそうになる。はじめは冗談かと思ったが、本当に怖がる姿を見て、ぴったりネズミの話は避けるようにした。

怖いものは 人によって異なる。何が一番怖いか、人と会って、話を聞くとおもしろくて、それぞれが全然違うので、人に対する興味が湧いてつきない。
一般に 人はお化けを怖がる。私は怖くなかった。 フィリピンで 何度もお化けにあった。
一度目はマニラの最初の家で、二階で眠っていたら 異様に大きな足音が、階下から上がってくる。ドカン ドカンと 余程大きな男が 二階に上がってくるものだ と、半分眠った頭で聞いていると、ドスーンドスーンと、私の寝室のドアの前で、足音が止まった。その瞬間、私の足元で眠っていた犬がドアに向かって猛然と吠え掛かった。午前3時だった。大きな私の犬は しばらく吼え続けていた。抱き上げると、ガタガタ震えていた。翌朝、階下に行ってみると、メイドたちと運転手が青い顔で、「で、で、出たー。」と騒いでいた。 日本のように 音もなく出てくる 足のないお化けではなくて、フィリピンバージョンは、いやにうるさいのが特徴らしい。

その後も このお化けは 姿は現わさないが、メイドや他の人たちを怖がらせた。 来客用の寝室のトイレには鍵がなかった。むかし、鍵が壊れたので取り外して、トイレのドアには 飾りのドアノブがついているだけで、鍵はかからなかった。にもかかわらず、夫の秘書が泊まりに来たとき、彼女はトイレのドアの鍵がかかり 開けられなくて一晩中トイレに閉じ込められていた。運転手の妹が 泊まったときも同じことが起きた。かぎがないので、閉まるわけがないドアに鍵がかかって 開けられなくなるのは、不思議な出来事だったが、この家に住んでいたお化けは お茶目で 若いフィリピン女が 夫のまわりをヒラヒラ舞っては誘惑しようとする姿を ちゃかしていたのではないだろうか。かわいい奴ではないか。

この家だけでなく、フィリピンでは、他の移った家でもお化けがやって来た。このときも ものすごく大きな ドカーンドカーンという音で お化けは台所に入ってきて、冷蔵庫を開けて バシーンと、家が壊れるくらい大きな音で閉めて 出て行った。翌朝、メイドが怖がるので、牧師に来てもらって、お払いをしてもらった。二重三重の鍵をかけ、安全対策を講じている家で メイドもガードマン代わりの運転手も住み込んでいるから 泥棒や強盗は簡単には入れない。どうやって 馬鹿でかい音とともに 家にお化けが 入ってくるのかわからないが、お化けにはお化けの事情があったのだろう。
不思議と、娘達はお化けの音に目を覚まさなかった。娘達が怖いのは、お化けではなく、ゴキブリだ。

今のところ、シドニーでは、お化けに会ったことがない。一番 怖いのは、やっぱり とうもろこしについてくる青虫だ。
そういえば、掃除用の厚いゴム手袋、古くなってきているので、買い足しておかなければならない。

2009年1月14日水曜日

もう マックは食べない


モーゼに率いられた 奴隷ヘブライ人たちは エジプトを脱出する際に、その条件として十戒を守ること、エホバを民族神として信仰することを約束した。エホバは転地を創造した全能の神だから 他の神を信じることは 固く禁じられた。従って ユダヤ教は唯一神エホバのみを信仰する宗教で、ユダヤ人だけが神に選ばれた民族として 救済されるという選民思想が元になっている。

第2次世界大戦の 600万人のホロコーストは、ユダヤ人のシオニズムに火をつけた。シオニズムは2000年のヨーロッパにおける受難の歴史を克服しようとしたイデオロギーだ。この強固さに比べたら、ドイツ、ナチズムのゲルマン人純血思想など、シオニズムの裏返しでしかない。シオニズムの断固としたユダヤ純血主義思想、この狂信。この盲目的なサデイズム。

イスラエル首相の収賄事件を隠蔽するために、強い指導力を国民に見せ付ける為に ガザを攻撃する政治の愚かさ。これは戦争ではない。一方的なパレスチナ難民に対する虐殺だ。学校が爆撃され、病院が襲われている。ここにも正義はない。ここにも神はない。ガザで1000人の罪のない市民が殺されて、やっと国連議長の視察ですか?

ーー「神は死んだ」? ニーチェは「末人共が神を殺した」と言っているのであって、あえていうなら「殺したつもり」にすぎない と言っているのだと思う。だから「ツアラトストラ」を書いたのではないか。ーと、親友ゴンの弁。 ならば、希望はあるのか?あるんだろうか。

もうマクドナルドも、コカコーラも、スターバックも止めようと思う。シオニストを援助することになるのだから。パレスチナ難民の頭の上から ばらまかれるクラスター爆弾の資金になるのだから。

2009年1月9日金曜日

映画「地球が静止する日」







映画「THE DAY THE EARTH STOOD STILL」邦題「地球が静止する日」を観た。1951年に、ロバート ワイズ監督が作った映画のリメイク。

50年以上前に作られたサイエンス フィクションが再び 21世紀に、映画化されるって、すごいことではないか。ラブロマンスや、三角関係が引き起こした殺人事件の映画が、50年後に、別の人気俳優によってリメイクされるのなら わかるが、SFのリメイクだ。 この50年の間に、科学技術は飛躍的に 発達発展した。50年前に わからなかったことが解明され、私達の生活様式も きわめて早い速度で近代化 便利化してきた。大学時代にプレハブの部活で、かじかんだ手指に息をはきかけながら鉄筆で書いたアジを、一枚一枚ガリ版印刷して、学内を配って回ったなどと、言ってもわかってくれる人は少ない。いまでは電車の中で、小型PCでタイプした文章を 簡単に印刷できる。楽譜も 昔は手書き。オーケストラの楽譜をコピーをするのは 大変な作業だったが、今ではコピーから 転調 編曲までコンピューターで自由自在だ。こんなに何もかも、進歩してしまった今、50年前に 人を感動させたSF映画のリメイクで、現代人を再びびっくりさせることができるのだろうか。

監督:スコット デリクソン
配役:クラトウ:キアノ リーブス    
    ヘレン:ジェニファー コネリー    
    息子:デイデイン スミス
ストーリーは、
地球に謎の物体が接近してきた。緊急事態に、大統領は全米の科学者をペンタゴンに召集する。その中に、細胞科学専門家のへレン(ジェニファー コネリー)もいる。しかし、対策を講じる前に、すでに、すさまじい速さで、謎の物体 宇宙船は、地球に達して、ニューヨークのセントラルパークに、着陸した。軍と警察が包囲する中を、宇宙船から出てきたのは、40メートルもの高さの大きなロボットだった。その中から、出てきたエイリアンにたいして、混乱して指揮統制が一致しない軍が、一方的に発砲してしまい、エイリアンは 傷ついて倒れる。直ちに エイリアンは病院に運ばれて、医師達によって治療が始まる。この未知の生物は、大きな 卵のようなジェルに包まれていた。医師達は傷を探してメスを使う。ドロドロの白いジェルを切り開いて 出てきたのは まさしく人間の姿をしたエイリアン、クラトウ(キアノ リーブス)だった。

彼は 傷口に救急処置だけされると 大統領と軍の指揮者に囲まれて、自由を拘束されて、電流を体につながれて、尋問される。しかし、エネルギーを自在に使うことができるクラトウは、逆に尋問官に、電流を逆流させて、情報を手に入れ、軍機関から脱出する。しかし、銃で撃たれた傷のために 宇宙船のあるところまで 弱ってたどり着けないでいる。そこを、科学者ヘレンに出合って 助けられる。ヘレンは やみ雲に発砲したり、暴力的に尋問する軍のやりかたに反感をもっていたので クラトウを 車に乗せ、5歳の息子と一緒に、軍の追跡を逃れる。ヘレンは 逃亡して、父のところに身をよせ かくまってもらう。父はノーベル賞受賞者の数学者だが、彼に解析できなかった数学理論を クラトウに教わったりして、心の交流をするが、軍の追跡から、安住できる場はなかった。

一方、息子は、クラトウがいったん死んだ人にエネルギーを注入して蘇生させることが出来るところを見て、ヘレンの目を盗んで、クラトウを死んだ父親の墓に連れてきて、父親を生き返らせて欲しいと、懇願する。
ヘレンは、クラトウが地球にやってきたのは、人類を救う為ではなくて、地球を人類から救う為に来たのだと言うことを知って、子供を殺さないで、と懇願する。そうしているうちにも、ロボットのパワーで、地球上の建物も人々も、次々を攻撃されて破壊されていく。そんななかで、クラトウの決断は、、、 というお話。

反抗期で なまいき盛り、5歳のくせに母親のヘレンにたてついてばかりいる息子が 母親からかくれてクラトウを墓地に連れて行って クラトウに 「ねえ、お願いお願いだから、、」といって、死んだ父親を生き返らせて欲しいと お願いする姿には、涙をさそわれる。子供の言葉に 意表をつかれて、「物質は時間の経過とともに変化するものだから」と説明するが、息子には全く理解できず、言葉を失うクラトウ。ただただ、懸命に 真剣な眼差しで、クラトウに懇願する子供と、そこにいて、ただ頭をたれることしかできない美形のキアノ、このシーンは、絵になる。

エイリアン役のキアノの感情に流されない、冷静沈着で、端整な顔がとても良い。とても美しい顔と姿が、人間離れした美しさで、エイリアン役が良く似合う。最初の 彼の出現が 衝撃的だ。ドロドロ、ぬるぬるのジェルの厚い中から出てきた 美しい少年のような全裸姿。ここで、キアノ リーブスのファンは、必ず「マトリックス」のネオの生誕シーンを思い起こすことだろう。不思議なドロドロ、ねばねば、グチャグチャの釜の中の繭から生まれ出てきた 生命体誕生のシーンだ。「マトリックス」の映画のために、キアノは 髪の毛から体毛から すべて剃りおとして全身ツルツルになって 繭から生まれ出るところを撮影したのだそうだ。俳優も大変な家業だ。

クラトウは 地球の人々より遥かに文化も科学水準も高い処からやってきた。彼は 地球の人々が 余りにも愚かで、争いを止めず、土壌を汚染し、自然を破壊し続けるので、地球という星を守る為には、下等な地球人類を全部滅ぼすしか方法はないと考えている。そのクラトウと直接 触れ合いコミュニケイトできたのは、ヘレンとその息子だけだ。クラトウが 地球の人々を絶滅させて地球を救うのか、このままにして人々が地球を破壊し続けることを許してしまうのか、判断は、クラトウ次第だ。人の生死をどう捉えるのか、世界をどう理解するのか、キアノ次第、というところも、「マトリックス」に似ている。ストーリーからいって、キアノ以外に 適役はなかっただろう。

完璧といってよい美しい容姿のキアノに対して、主演女優のジェニファー コネリーが全く美しくないのが残念。5歳児の子供をもった 第一線で働く科学者という設定、こんな眉毛ボサボサの痩せた女でなく もっと、きれいな女優を確保して欲しかった。 子役のデイデイン スミスは、ウィル スミスの息子、「幸せのちから」で、活躍し、実力を証明された。本当に可愛い。

映画で、クラトウが発する数少ない言葉が 興味深い。ヘレンがあなたは どうして地球に来たの?と聞くと彼は「TO SAVE THE EARTH」と答える。その言葉だけで、「私達を救いにきたんじゃないのね。」と、理解できるヘレンはさすが、頭が良い学者さんだ。   また、軍による暴力的な尋問で、「ARE YOU A HUMAN?」(おまえは人間か?)の質問に、「MY BODY IS」と答え、電流で拷問されながら「DO YOU FEEL A PAIN?」(痛いか?)と問われて、「MY BODY DOES」と答える会話も、人とエイリアンとの対話を 効果的に際立たせていて、おもしろかった。

このキアノ 日本に映画の宣伝のために来たらしい。記者会見で、地球最後の日に、あなただったら何を食べたいか、と聞かれて、ステーキ、シザースサラダ、ワインにチョレートケーキと答え、「できるだけ ゆっくり食べたいね。」といって会見者達を笑わせたそうだ。 ステーキ、サラダなど、最も一般的で アメリカ人が毎日食べている そんなものを キアノも食べているんだろうか。俳優家業も長く、34歳、少しも贅肉がついていない永遠の少年のような姿、、、立派です。
それを見るだけのために この映画、見る価値がある。