2020年9月23日水曜日

映画ジャック ロンドンの「野性の呼び声」

原作: 1903年 ジャック ロンドン作
原題:THE CALL OF THE WILD
監督: クリス サンダース
キャスト
ソーントン:ハリソン フォード
郵便配達夫:オマール シー

ジャック ロンドン(1876-1916)が居なかったら、アーノルド ヘミングウェイ(1899-1961)は小説を世に出さなかったかもしれない。ジャック ロンドンがほとんど文盲ながら冒険小説を書いて新聞社に売りに行っていなかったら、ヘミングウェイの作風は、ずっと異なった文体で描かれていたかもしれない。
ロンドンは40歳で、モルヒネを飲んで死んだが、ヘミングウェイは61歳で、散弾銃で自分の頭を撃ち抜いて死んだ。どちらも男の中の男、文体は簡潔。写実的で明確。行動的で冒険的な生活をして、勝手に自分で死んでしまった。私はこの二人の作家が熱狂的に好きだ。
ジャック ロンドンの「野性の呼び声」と、「白い牙」は、子供の時の愛読書だった。この人間ではなく犬の冒険物語を、何度繰り返し読んだか知れない。

1903年に書かれた「野性の呼び声」を日本で初めて翻訳したのは堺利彦、こんなところで彼に会えるなんて! 1919年のことだ。堺利彦(1871-1933)は、内村鑑三、幸徳秋水らと日露戦争に反対し非戦論を唱えた社会主義者だが、「平民新聞」を刊行、大逆事件を獄中で知り、山川均、荒畑寒村らと1922年に日本共産党を結成、のちに離党し労農派として活動した。当時の彼ら社会主義活動家たちの本を読むと、その貧乏な暮らしぶりを知ることができる。生活に困った堺利彦は色町の女たちの恋文を代筆したり、雑誌社に雑文を書かせてもらったりして食いつないでいた。そんな彼が、ジャック ロンドンの冒険小説を、「共産党宣言」を翻訳した翌年に翻訳していたことを思うと感慨深い。

いま日本では、「マーチン エデン」というイタリア映画を上映中をのようだ。これはジャック ロンドンの半生を描いたバイオグラフィーで、主演は、ルカ マリネッリ。2019年今年のアカデミー賞男優主演賞も、ゴールデングローブ賞も、「ジョーカー」のホアキン フェニックスが受賞したが、ベネチア国際映画祭では主演男優賞を、このルカ マリネッリが受賞した。孤高の作家を演じた役者が優れていたのだろうが、それほどジャック ロンドンの一生が劇的だったとも言える。


映画のストーリーは
19世紀末。カルフォルニア州サンタクララバレー。
パックはセントバーナード犬とスコットランドコリー犬との間に生まれた大型犬だ。裕福な判事一家の住む大きな屋敷で大切に育てられた。体重は63キロ。やんちゃで甘えん坊、判事一家の誰からもあふれるほどの愛情を受けてきた。しかし4歳になったある日、出入りする庭師に誘拐されてれて売りに出され、列車でアラスカに送られてしまう。

当時カナダのユコンでは、金脈が見つかりゴールドラッシュに沸いていた。深い森を切り開き、岩山を削り山道を開通させて金を掘る男たちは、馬で走るには危険なため犬ぞりで雪と氷の山の中を移動しなければならない。重い荷物を引いて走れる大きな力の強い犬が必要だった。ユコンに着いて、生まれて初めて雪が舞い降りるのが不思議で走り回るパックを見て、誘拐犯たちは笑うが、パックには極寒の土地で他の犬たちと重いそりを引く過酷な運命が待っていた。
男たちは、言うことを聞かないパックを半死状態になるまでこん棒で殴り続ける。そり犬たちも1頭として親しくする犬はなく皆が敵だ。パックは厳冬の中で、いかにして与えられた粗末な食べ物を仲間の犬に奪われないように食べ、こん棒で殴られずに、他の犬からしかけられた喧嘩に打ち勝って生き延びるかを学び取っていく。

最初のパックの買い手は、郵便配達員のフランス人夫婦だった。12頭の犬たちで重い郵便物を、ユコン全域に届ける重労働に就く。途中凍ったユコン河の氷が割れ、凍る河に落ちた飼い主をパックが救ったこともあり、飼い主の信頼を得てソリの先導犬として活躍する。しかし突然、政府の費用削減のため郵便配達業務が中止となり、パックはまた売りに出される。
次の買い手は、金鉱目当てにアラスカに来たばかりの3人の男女だった。彼らはソリの扱いを知らず、重い荷物を少ない犬たちで引くことを強制し、満足な食事を与えなかった。弱い犬から次々に死んでいく。命令に従わないパックを3人組がこん棒で打ち据える様子を見ていたソーントンという老人が見かねて、死にかけていたパックを譲り受ける。

ソーントンは、単独で山に入り小さな小屋を作り、何年も一人で金鉱探しをしている孤独な老人だった。彼に傷の手当をされ、食べ物を与えられ、パックは忘れかけていた主人への信頼と忠誠心を取り戻す。谷の合間に建てられたソーントンの小屋からは、狼たちの叫び声がよく聞こえる。中でも白い雌の狼は、誘うようにパックのすぐ近くまで来るようになった。パックはこの美しい狼に惹かれる。そんなある日、ソーントンは、ならず者たちに襲われて殺される。パックはソーントンが死んだことを知って森に入っていく。白い狼がパックを待ち受けている。
というところで映画は終わる。

でも原作では、「その後」があって、、、狼の群れを一回り大きな犬のような狼が率いている。先頭の狼にはいつも白い雌の狼が寄り添っている。その群れは極めて頭がよく残忍で、人々が仕掛けた罠をわざと壊し、飼い犬や狩人を襲い、のどをかみ切って殺し、その血をそこいらじゅうに残して引き上げる。しかし毎年夏になると、その大きな狼は1頭だけで、むかしソーントンが殺された谷まで下りて来て、苔むした崩れかかった小屋の前で、長い長い悲しみに満ちた遠吠えをあげて、そして去っていく。それをインデイアンたちは、幽霊犬といって恐れていた。というところでお話が終わる。


白銀の世界を12頭の犬が引くソリが走っていく様子が、たとえようもなく美しい。雪崩が起きることを知ってパックがやみくもに走り抜け、山々が崩れていくシーンには感動した。アラスカの山々の純白の世界と恐怖、音もなく山が崩れ形を変えて生き物たちを踏むつぶしていく。雄大な自然の美しさ。
ハリソン フォードが孤独な年よりを演じていて、それなりに悪くはない。

この映画の決定的な欠点は、CGにある。犬のパックの動きをシルクド ソレイユのバレエダンサーがモーションキャプチャーで演じ、それをもとにCGで作ってフイルムにしたそうだ。そのために犬の動きは自然だが、CGで作られた犬の表情は、犬の表情とは思えない。吐き気がするほど、嘘っぽい。

CGは、映画にとってどこまで許されるのだろうか。それが数万人の兵隊の戦争場面とか、100万人の市民が蜂起して革命が起きる場面とかに使われるのならわかる。だから100%CG映画なら良い。また、監督ジョン ファブローによる100%CGの「ライオンキング」は純粋にアニメ映画だが、とても良かった。彼は、単にアニメ映画を作るのではなく、本物の撮影監督が本物のカメラで、ドキュメンタリーを撮影するようにして映画を作った。自然の光、動物の自然な表情、自然主義リアリズムのある、動物をどうやって本物のように動かすかで、映画技術としては最先端といわれる技術を使った。
それに比べると、この「野性の呼び声」は、アニメではない、CG映画でもない、実写映画でもない中途半端な顔をした犬が主人公だ。それは困る。この映画は実写映画で、ヒューマンストーリーなので、主人公の犬は、CGで作ってもらいたくない。犬は動物の中で一番表情の豊かな生き物だ。犬の心の動きは逐一表情の変化になって表れる。犬好きの人にはそれがよくわかる。犬ほど主人の喜びを一緒に喜び、主人の悲しみに同感を示して悲しみ、主人とともに生きようと努力してくれる生き物は他にはいない。犬の表情はそのまま言葉を超えて人は理解し受け止めることができる。豊かな犬の表情を、勝手に操作しないでもらいたい。気持ちが悪い。

テイム バートンの「ダンボ」もこれと同じで、実写映画なのに、象の顔の表情だけが人間様の表情をCGで作っていて、気持ち悪い。極端にきょとんとしたり、大げさに嬉しそうにしたり、目をキラキラさせたり、、、CGで動物の顔を作るのは、動物に対する理解を妨げ、生きているものの尊厳を傷つける。やめてもらいたい。
これからの映画では、ますますCGが多様化し、多くの映画で使われ、なにが本物で、どこまでが現実でどこまでがCGなのか、全くわからないように、CG技術も洗練されていくことだろう。それが良いことなのか、悪いことなのかわたしにはわからない。でも、犬の顔をCG操作するような映画だけは今後は見ないつもりだ。

2020年9月15日火曜日

ライブストックの沈没に思う



   

                    歌は弘田龍太郎作曲の「浜千鳥」

9月6日に台風9号が日本を襲った時、奄美大島沖でニュージーランド船籍、ガルフ ライブストックが沈没した。
中国に輸送されるはずだった、6000頭の牛と、43人のクルーが乗っていた。その後、2人のフィリピン人のクルーが、救命ゴムボートで漂流しているところを救命された。しかし日本政府と海上保安庁は、台風9号の余波と台風10号が続いて接近していて危険だ、という理由で、行方不明者捜索をたった事故から6日間で中止した。
いまだに救出されていない41人のクルーのうち、2人はオーストラリア人だ。一人は6000頭の生きた牛の送り元クイーンズランドのストックマン。もう一人は獣医だ。二人とも20歳代、小さな子供のお父さんだ。その家族たちが、日本の海上保安庁に、あきらめないで引き続き海上捜索を続けてほしい、と悲鳴のような嘆願の声を上げている。どうか本当に打ち切りにせず、海上を探し出してほしい。彼らは、救命着を着ていて、救命ボートももっているはずだ。あきらめないで、帰りを待っている家族のことを考えてほしい。どうか海上捜索を続けてほしい。

20代の獣医が海難事故で行方不明になっていることが他人事と思えない。
娘が獣医で日々奮闘している。 オーストラリアでは大学進学で獣医学部に入るためには、高校のHSCという試験で、最高点を稼がなければならない。各州に獣医学部を持つ大学が1校ずつしかないため全国で5校のみ、競争率が並みではない。HSC試験の最高点を要求される医学部よりも高い点と、どうしても獣医学部に行く、という強い動機をもっていないと入れない。念願かなって獣医学部に入学できても1年生で、半分が落伍する。本当にこれほど根を詰めて勉強して頭が爆発しないか心配になるほど厳しい学業にプラス、1年のときから実習が始まり、大学の寮にステイして農場体験をする。卒業までに牛のファームに何か月、羊のファームに何週間、デイリーファームに何週間、と自分で直接農場に掛け合って、住む込みで実習させてもらわなければならない。狭い日本で獣医学部のある大学が20数校、卒業まで犬猫に予防注射をしたこともない獣医を大量生産している日本とは、卒業段階でのレベルは全然ちがう。やっと獣医になれても、長時間、寝る間もない忙しさとストレスで、オーストラリア職業別自殺率で、獣医はナンバーワンなのだ。
そんな荊の道をあえて選んで一人前になったばかりの獣医が、6000頭の牛たちとともに海に沈んでしまった、などと信じたくない。人生これからだったろう。最後まで牛を助けようとしたのではないかと思うとたまらない気持ちになる。

また閉じ込められたまま海に沈んだ6000頭の牛たちが、狭い船倉で恐怖におびえながら死んでいったかを思うと胸がつぶれる思いだ。
オージー牧場主たちが1頭1頭名前をつけて、山火事や、日照りや、、水不足や、牧草不足の中でも苦労して、いつくしんで育てた牛を、買い手たちは生きたまま輸入したがる。回教徒たちは食肉をお祈りしながら殺した肉しか食べてはならないという厳しい掟があるから冷凍肉ではだめなのだ。牛や羊など、生きた動物を輸出することを、動物保護団体は一貫して反対してきた。狭い船倉の中で、ぎゅうぎゅう詰めにされて数か月、最低限の水やエサで売りに出されていく動物たちは、脱水症、熱射病、皮膚病や何らかの感染症にかかる率も高い。しかし農業国オーストラリアで、牧畜に携わる業者にとって生きた動物の輸出は、死活問題だ。大型船での輸送中の動物の死亡を避けるため、空調や室温管理を適正にし安全に運ぶといった対策しか建てられてこなかった。

世界中の人口がトイレットペーパーを使うようになると世界中の樹はなくなる、という説がある。すべての中国人のディナーの食卓にワインとビーフステーキが並ぶようになると世界中の森林が無くなる、という説も、、。アマゾンを焼き払い牧草地を広げようとしているブラジル政府のやりかたを見ると、そういった説もうなずける。
いまCOVIDのパンデミックにあって、こうした感染症の発生と拡散が、地域や国を超えた通商と、環境破壊から起きたものだということが検証された。グローバルな食べ物の需要と供給が、世界的に広がり続けるかぎりCOVIDが終息しても、また別の病原菌によってパンデミックは繰り返されるだろう。

パンデミックを何度も繰り返さずに済むために、少なくとも食糧は自国で供給する。地元の人は地元の生産物を食べる努力をしたい。さらに、動物蛋白質に栄養を依存する食生活も、今後の生き方として再考しなければならない。人が人らしく頭脳活動を継続するために必要な蛋白源が肉である必要はない。
COVIDパンデミックで国境が封鎖され、州境がロックダウンされ、外出制限、レストランパブ、映画館、劇場、イベントが禁止されて、人と人との交流が制限されたとき、人は初めて「ぜいたく」とは、宝石を付けて、ブランドを身に着け、飲み放題、食べ放題でどんちゃん騒ぎすることではないことに、やっと気が付いたのではないか。
本当の贅沢とは、心の通った人と、感謝をもって共に食することを喜び、互いに健康と安全を確かめながら手をつなぐことではなかったか。人が人として身にあった生き方をすることが大切だと思う。

2020年9月6日日曜日

ノーランの新作映画「TENET」

原題:「TENET」


監督: クリストファー ノーラン
音楽: ルドヴィグ ゴランソン

キャスト
主人公プロタゴニスト:ジョン デヴィッド ワシントン
ニール       : ロバート パテインソン
ロシア人大富豪セイター :ケネス プラナー
セイターの妻、キャット :エリザベス デッキ
サーマイケル クロスビー:マイケル ケイン
インド人武器商人スーザン:デインプル カパテイア

ストーリーは
ウクライナのオペラハウス。盛装した紳士淑女たちがオペラの開始を待っている。突然そこに、ガスマスクを装着した特殊部隊が突入、空機構から催眠ガスを流して聴衆を眠らせたあと、一つ一つのボックス席のドアを蹴破り一人のアメリカ人を探し始める。特殊部隊の目的は、このアメリカ人と彼が敵から盗み出したプルトニウムを、保護、奪還することだ。特殊部隊の一員、主人公プロタゴニストー(彼の名前がなくてプロタゴニストとされているが、その言葉のイメージと役者のジョン デヴィッド ワシントンとが合わない気がするので、仮にワシントンと呼ぶ)ーも、ガスマスクをつけて、アメリカ人を救出するために敵の部隊と激しい格闘を続ける。ワシントンは、寸でのところで敵の銃弾に倒れるところだったが、赤い糸のタグのついたバックパックを背にした覆面の男に命を救われる。アメリカ人は救出され、プルトニウムは獲得できたが、しかしワシントンは敵に捕らえられ両手両足を拘束され列車に牽かれる脅しを受け拷問される。彼は拷問死した仲間の青酸カリカプセルを飲み込んで自害する。

ワシントンが目を覚ました時、CIAの幹部に、「これはテストだったんだ。君は合格だ。」と言われ、科学者のところに行かされる。そこで世界を第3次世界大戦による滅亡から救うために「時間を逆行」する任務に就くように命令される。キーワードは、「TENET」。ワシントンは、相棒としてニールを紹介される。ワシントンとニールの二人はインドに飛び、ムンバイの武器商人スーザンの屋敷に忍び込む。スーザンは、セイターというロシアの大富豪に特殊な銃を売ったという。その銃は撃つと前進せずに逆行する銃だという。
ワシントンとニールは、そのロシア人についての情報を得るためにロンドンに行き、英国情報部幹部のサー マイケルに会う。そこで、ロシア人セイターという男は、ロシア僻地の寒村で育ったが、子供の時に大爆発があって立ち入り禁止だった地中からプルトニウムを見つけた。彼は成長した後、そのプルトニウムをもとに世界を破滅させる時間を逆行をさせる装置を作ったらしい、と聞かされる。そしてセイターに会うために、まず妻のキャットにアプローチするように提言される。

セイターの妻キャットは、美術鑑定士だが、アレポという男から手に入れた偽のゴヤの絵をセイターに売ったために、弱みを握られて子供を人質に取られて、セイターの言われるままになっている。小学校に息子を見送るキャットをとらえたワシントンは、キャットに偽の絵を取り返す約束をして、セイターに引き合わせてもらう。大型ボートで会ったセイターは、キャットを深く愛していて嫉妬深いので、ワシントンを敵と認識する。セイターとキャットは、ワシントンをボートの競艇に誘い、スピードを出している最中に、キャットは、セイターの命綱を切って殺そうとして海に落とす。ワシントンはそこでセイターの命を救う。プルトニウムを奪うまでは、セネターを殺すわけにはいかない。

ワシントンとニールは、セイターがオスロのフリーポートの倉庫にゴヤの絵を隠している事を知り、オスロ空港でボーイング747を乗っ取り、飛行ごとセイターの倉庫に突入する。しかしゴヤの絵はなかった。倉庫の中にはガラスで隔てられた特殊な部屋があり、そこにいくつもの銃痕があった。そこで突然ワシントンに襲い掛かってきた二人の男のうち、一人の男は前に進むが、もう一人の男は後ろに動く。激しく乱闘するうちに、ニールは「相手を殺すな」、と言ってワシントンを止める。二人の男たちは、このガラスの時間逆行の部屋の中で、一人の同じ人間なのだった。そしてそれは未来世界でのワシントンだ。ガラスの部屋は、時間を逆行させるために作られた部屋だった。

ワシントンとニールは、その後エストニアのタリンで、一組のプルトニウムを盗み出す。プルトニウムは9つ、3組あって、それを組み立てると地球の半分が吹っ飛ぶ。彼らを追うセイターと激しいカーチェイスが繰り広げられる。プルトニウムを取り返すためにワシントンの車と平行して走るセイターの車には、キャットが両手を縛られ後部座席に拘束され爆走している。ワシントンはあきらめて窓からプルトニウムを敵に投げ渡し、爆走する車からキャットの命を救う。しかしワシントンは、捕らえられる。怒ったセイターは、オスロの時間逆行のガラスの部屋で、妻のキャットを殺そうとする。ガラスを隔てて、未来の部屋でキャットが撃たれるのを、今の時間のワシントンとニールは、無力で見ている事しかできなかった。そこで、ワシントンは逆行装置の部屋から未来に戻って、カーチェイスでプルトニウムを受け取った銀色の車(時間逆行車)に乗って、後ろ向きで走り、再びセイターを追う。しかしセイターに捕らえられ車は大破、燃え上がるが未来社会では火は氷になるので、ワシントンは、凍って低体温状態になった体で、ニールによって助けられる。キャットは未来の世界で普通の銃で撃たれたので、ワシントンとニールは、瀕死のキャットを、オスロ空港にボーイング747で突入した日の1週間前に戻って、「時間逆行部屋」に連れて行き、ニールがキャットの傷を手術、銃創を治療する。ワシントンはそのあいだ逆行時間から現在に戻るまで敵と戦う。

キャットは、セイターは膵臓癌末期で、自分が死ぬときは世界もすべて破滅するべきだと考えて、死んだらプルトニウムの地球破壊装置が発動するようにしている、と告げる。しかしキャットは昔はセイターとベトナムで仲良く幸せに暮らしていたので、本当は彼は楽しい思い出に浸りながら死にたいはずだという。キャットは時間逆行の未来世界で、夫を殺す決意をする。
ワシントンとニールは、TENET軍事部隊を連れて、未来のロシアの大爆発のあった街に向かう。核爆発で破壊され封鎖されていた街でセイターたちとの戦闘が始まる。そこにセイターは、9つのプルトニウムを持っている。9つのプルトニウムが、すべて組み合わされ発動する時、地球が滅びる。
ワシントンは前進する現在の世界で赤チームを率い、ニールは逆行する世界の青チームを率いる。激しい戦闘が行われ再びワシントンが危機一髪、敵に襲われたところで逆行世界から移ってきたニールによって命を救われる。そして赤チームはロシアの核爆発を食い止めることができた。ワシントンは、赤い糸のタグのついたバックパックを背負った男が倒れている姿を目にする。

キャットの現在の夫セイターは、ボートからすでにヘリコプターでキエフに向かった。キエフのオペラ劇場を襲撃するためだ。
しかし未来世界のセイターは、キャットの横に居る。キャットは夫を殺し処分する。そして自分が小さなボートで息子を一緒にやってくる自分たちの姿を確認して、海に飛び込んで、未来世界から自分は姿を消す。

同時に行われるように計画されたロシアの核爆発と、キエフのオペラ劇場襲撃は、時間逆行装置を利用して回避された。
セイターの仲間だったインド人武器商人スーザンは、キャットを殺そうとするが、ワシントンがスーザンを処分する。9つのプルトニウムを組み合わせて地球を破壊する装置を開発した科学者は、自分の行為を後悔して自殺したが、死ぬ前に9つのプルトニウムを3つに分けて地中深くに隠した。それを見つけて地球破壊をもくろんだセイターも死んだ。

ワシントンとニールは、「現在」に戻る。そこでワシントンは、ニールが赤い糸のタグがついたバックパックを背負っていることに初めて気が付く。何度も危機一髪で死ぬところだった彼の命をずっと助けたのはニールだったのだ。ニールは、「お前が知らないだけで俺たちはうんと長いこと親友同士だったんだぜ。」と言い去っていく。ワシントンがいまだ知らない世界で、ニールは自分の命と引き換えに、自分を守ってくれたのだった。ワシントンは未来の世界で、チームTENETの指導者になる。しかし彼に名前はない。彼は「いま」を生きていない人だからだ。
というおはなし。

クリストファー ノーランは自分が作った映画の中でこの映画に一番お金をかけたそうだが、その額、2憶ドルほど。子供の時からアクション映画が大好きで、自分が夢中になったようにすべての観客を大規模なアクションのなかに引きずり込みたい。自分がまるで主人公のように興奮する渦に巻き込みたいと言っている。それで、普通映画は35ミリフイルムを使うが、ノーランは終始IMAX、70ミリ、カメラで撮影している。その分だけ画面が広く撮影範囲が広がって撮影規模も大きくなる。臨場感があって良いが、見るほうはそれだけ大変だ。戦場場面など画面の端から端まで見ている余裕がないほど、画面が早いスピードで移動するのでどうしてもとらえきれないで見逃す部分が残る。ノーランの映画は特に、画面ごとに独特の「こだわり」があって、一瞬映される画面に後で深い意味がこめられていたりするのだが、それを見逃すと、見なかったことになってしまう。作っている側にとっては、面白くて仕方がないだろう。ここにも、あそこにも秘密の鍵が埋め込んである。そんな複雑化されたストーリーを、本人は面白がって遊んでいる。しかし秘密探しと、謎解きがわからないと見る側にとってはなかなかタフだ。
この映画の解説書「HOW TO」が本になってアマゾンから出ているらしい。そんな本を読了しないと消化できない映画監督の遊び心にどこまで付き合うかだ。難解映画は面白いし、その良いところは自分なりの解釈ができることだ。

時間を逆行させた世界で未来の自分と今の自分が触れ合うと消滅してしまう、未来では熱が反転するので氷になる、時間逆行世界で言葉も音も逆さになる、未来世界では酸素マスクを着けていないと生きられない、、、物理が苦手で自分にはわからないけれど、いちいちつまずいていると先に行けないので、科学者が映画の中で言っているように、「理解するな、体で感じろ!」ということでやり過ごすしかない。

TENETとは信条とか原則とかの意味で、映画では地球を救う組織名。
古代都市ポンペイで発掘されたセイタースクエアとか、ロータススクエアといわれる2000年前の回文で、5つの言葉が書かれた石板があるそうだ。上下左右どこから読んでも同じ文字になって、SATOR、AREPO、TENET、OPERA、ROTUS これらが この映画にでてくるキーワードになっている。すなわち、SATOR、はロシア人セイターの名前。AREPO はキャットにゴヤの絵を売った男。 TENETは、テロリストと戦う組織の名前。OPERAはアメリカ人スパイがプルトニウムを隠した劇場。そして、ROTUS はセイターの経営する企業の名前だ。謎っぽい5つの言葉を、ノーラン監督が人や組織の名前に使ったわけだ。

87歳のマイケル ケインがカメオ出演してくれて嬉しい。この気品ある人の美しい英語の響き。いつまでも映画出演してほしい。 身長190センチのキャットを演じたエリザベス デベッキは何を身に着けてもサマのなっていて素敵だ。
役柄で得をしているのはニール役のロバート パテインソン。「トワイライト」で狼になったり、「ハリーポッター」でセドリックになって、いつも憎めない風貌の役者だ。ワシントンの命と引き換えに死んでしまって、その分だけワシントンよりも良い人に思える。ワシントン主演、スパイク リーの「ブラック クラインズマン」を見た時も感じたけど、主演のワシントンよりも相棒役のアダム スコットのほうが冴えてい見えて仕方がなかったのも偶然ではないのかもしれない。

世界を救うTENETという組織の未来の親分が、ワシントンということで、とてもシリアスな役なのに、なぜか彼自身の持ち味なのか、彼独特の「おかしみ」がある。セイターに、妻と寝たのか、と問われとっさに「まさか」と答えるが、ちょっと間をおいて、「まだだけど」と言うところ、笑わせるし、「どうやって死にたいか」と脅されても即座に、「OLD」(年を取って老衰で死にたい)と答えるところなどとても素敵。ロンドンの高級レストランにサーマイケルの席にどかどか入り込んで、「僕にも同じものを」とガードマンに料理を注文してみたり、とてもお茶を飲んでいる余裕がないところで「エスプレッソを」とねだったりユーモアがあって、こういう会話ができる人って好きだ。

ノーラン監督はオスロ空港にあるフリーポートのセイターの倉庫に、監督本人が購入したボーイング747を突っ込ませて炎上させる。このフリーポートは実際に世界中の金持ちが倉庫に財宝を隠す場所として使われている。時間逆行装置を据え付けるためではなく、現実世界では、小賢しい億万長者が、コソコソと税金逃れをするために財宝を隠している、という「せこい」場所だ。

ノーラン監督で残念なのは、イギリス人もロシア人も、あまりにステレオタイプに描かれていること。つくずくアメリカ人の視野って狭いんじゃないだろうかと思う。ストーリーそのものは単純で、プルトニウムを持ったロシアとインド合体ギャングから、CIAが地球を救うというお話だなんだけど。

見た人の感想に、DAZZLING、PUZZLING!(眩いほどの謎ばかり!)と言っている人が多いたけど、本当に謎ばかりだが、スピーデイに展開する場面とストーリーの意外さに全く3時間近い間、飽きることがない。呆気に取られているうちに時が経つ。全編IMAXカメラで撮影、250人のクルーを使って、7か国飛び回り、ボーイング747を壊すだけのために購入するといった予算に制限をつけないで、湯水のように製作費を使って。3時間近い映画を作れる太っぱらな監督って、いまはもうこの人以外には見つからない。アメリカ映画の娯楽性を徹底的に追求したゴージャスな映画。見ても損はない。