2026年8月20日木曜日

尊厳死法


豪州には尊厳死法がある。正確には、VOLUNTARY ASSISTED DYING LAW:自発的死の介助法とでも訳せるだろうか。豪州北部準州を除いて全州で、それぞれの州議会で承認されている。
この法は限られた条件下で死を望む患者が死ぬことを医療者が介助できるという法だ。ただし、精神病と老人に多い認識障害を持つ患者は、死にたいという自己判断が明確ではないために除外される。
用意された薬を自分で服薬するか、医師による静脈注射によって、命を終えることができる。条件は州によって多少異なるが以下のとおり。
1)18歳以上で本人による申請
2)治癒する可能性のない病気で、耐えがたい痛みがある
3)2人の医師による承認が必要
4)豪州の市民か永住者

現在この法について論議されているのは、2人の医師が判断することになっているが、希望患者が医師に直接会って診察を受け実行するのに電話診療で医師が承認できるかどうかについてだ。豪州は広大な土地にわずかな人口が暮らしている。遠隔地に住む患者は医師に診察を受けるにも、入退院するにも小型飛行機を必要とする人が沢山いる。そんな患者が2つの別々の病院や施設に所属する医師に会うだけでも、何百キロもの移動を必要とする。
都市に住む私達、忙しい人にとっても、かかりつけの医師と直接会わずとも電話でやり取りすることが多い。電話で軽い風邪症状など説明して、薬をオンラインで処方してもらい、近所の薬屋で薬を受け取ったり、血液検査やレントゲンなど検査もオンラインで依頼してもらい、本人は直接検査所に行くことができる。
いずれ、尊厳死法でも1人は電話による医師の承認だけでケースによっては認められるようになるだろう。


クリスチャンの多くはこうした尊厳死には反対の人が多いが、自分の人生を自分が選び、自分の死を自分で選ぶという選択があっても良いと思う。

つい最近私の職場でも、この法によって患者ひとりを見送った。
95歳、心臓病で、バイパス手術を何回も受け20年あまり心臓病で苦しんできた方だった。心臓が充分働かないから呼吸がいつも苦しく、関節炎で歩行困難もある。しかし頭ははっきりしていて自分の死は家族に見守られながら自分で納得する形での死を望んでいた。インド生まれの英国人。結婚して事業のために豪州に来て家族を持った。彼が生まれたころの植民地インドは、英国人の中でもケンブリッジなどエリート中のエリートが渡航したがった。新しい土地で事業を始めたり、官僚や外交官として任地でキャリアを重ねるのがエリートコースのひとつだった。彼の物腰の柔らかさや、品のある様子を見れば育ちの良さが想像される。
最後の日は、ご子息に囲まれ談笑しながらお茶会をして、到着した医師の注射を受けて旅立っていった。

老人の死は悲しいことではない。
その人が生きた実りの多い、豊かで長かった人生を祝福して敬意をもって見送ることが、残された人々の務めだ。
老人専門の高度医療施設に努めているが、入所してきたお年寄りが皆、自分が良い人生を歩んできた、と満足して幸せな気持ちで旅立っていくのを見送るのも、仕事の一つだと思っている。
歌は、ジョン マイヤー「SLOW DANCING IN BURNING ROOM」

2026年8月13日木曜日

高市首相のメロン

日本の高市総理が、豪州の労働党首相を表敬訪問した時に、日本のメロンを2個持って行って、その後、豪州首相がコメデイアンの番組で、それをちゃかして大笑いしたことで、自由党が国会でこれは外交問題だ、と嚙みついた。
「日本の首相のお土産は、何だったの?」 とコメデイアンに問われて、「2個のメロン」と彼が答えたときに、コメデイアンはグラマーな女性の胸がゆっさゆっさ揺れているゲスチャーをして、それにつられてアルバニージ首相も笑いながら、同じジェスチャーをして笑った。


お笑いの番組で面白おかしく質問する方も、質問に答える方も下品で、不愉快だ。


しかし豪州でメロンは、1個5ドル、500円くらい。暖かいから全国どこでも出来る。メロンの値段はキャベツやブロッコリーと同じ値段だ。野菜より安いときもある。
日本の温室で育ったマスクメロンの価値は、日本人にしかわからない。どんなに甘くて美味かは、食べた人にしかわからない。価値のわからない人にプレゼントしてはいけない。
フイリピンの大統領を表敬訪問するとき、沖縄産のバナナは持っていかない。
ロシアの大統領と初めて会って仲良くしたかったら、タラバカニの缶詰めをあげない。

何をもらって嬉しいか、それなりに考えて日本のメロンを持って行ったのだろうが、高市首相は笑われている。もう少し、外交を学んでほしい。 



2026年8月12日水曜日

高市首相の🍈その1

今年の5月に日本の高市総理が豪州のアルバニージ首相を表敬訪問した時に、2個のマスクメロンをお土産に持って行った。これを、コメデイアンのニッキーオズボーンが、アルバニージをゲストに呼んだ自分の番組で、大きなメロンを胸で抱えて、それがグラマー女性を揶揄するようなジェスチャーをしてみせて笑いを取った。これに怒った前日本大使:山上慎吾が抗議声明を出した。豪州首相が日豪交流をちゃかして笑い、日本の文化を侮辱した、という内容だったが、この前大使の言ったことはもっともだ。

豪州も日本の民間テレビ局同様、低俗な番組が多すぎる。
首相をはじめとする政治家やタレントに、料理を作らせたり、クイズに答えさせたり、子供に答えにくいような質問をさせて面白がるような番組が沢山ある。政治家が庶民との間を縮めて人気を得ようとして、そういった番組に出演するのは勝手だが、庶民派それほどバカではない。同じ番組で、アルバニージが結婚するならどんな女性が良いか、と問われて彼が人気歌手の名をあげたことで、マスメデイアに厳しく批判された。本当に馬鹿だ。
ケビンラッド元首相が同じ質問をされて「世界中で私の妻ほど素晴らしい女性は居ないので、妻以外の人など考えたこともない。」と答えていたが、これが模範解答だ。

豪州では、国のリーダーと国民との距離は、日本とは比較にならないくらい近い。何か事件が起こると日曜でも、マスメデイアは、首相が通っている教会でも、ジョッギング最中でも自宅でも押しかけて、インタビューする。それをニュースの時間に報道しニュースキャスターがどんどん質問して、首相が答えに窮してもお構いなしだ。政治家に日曜も休暇もない。
あらかじめ質問項目を知らされていて、官僚が作った答えを読むだけの記者会見をするような脳の足りない政治家など、豪州で見たことがない。

ただ、英国でも豪州でも、首相や政治家や元首である皇室をユーモアとウィットで笑い飛ばす文化がある。
それはそれで貴重な慣習であって、言われた方がそれをウィットで返すだけの教養が必要とされる。笑って返せないような人には、言う方もそうしたアイロニーやシニカルなユーモアは言わない。事程左様に「外交」には「笑い」が大切で、立派な外交をするには教養のあるユーモアとウィットが必要なのだと思う。それはメロンを胸にもっていって、豊かな胸を持った女性を笑うような低俗さとはかけ離れている。アルバニージ首相は、謝罪すべきだ。首相はいやしくも国民から選ばれたのだから、せめて4年間はプロの職業人として24時間、マスメデイアに追及されてもびくともしない存在でいて、さらに上質なユーモアとウィットを備えているべきだと思う。



2026年8月2日日曜日

いろいろな死

んな死に方をしたいかは、どんな生き方をしたいかと同じくらい大事なことだ。でも違うのは、あまり自分では選べないことだ。
豪州で私立の老人高度医療施設でナースをしている。今年で21年目になる。数え切れない患者を見送ってきた。 アルツハイマー、パーキンソン、精神分裂症、癌末期、人工栄養、胃瘻、人口肛門、MS、難病、糖尿病、などなどの患者のほとんどが、老人性認識障害をもっていて、尿排便がコントロールできない。

入所時に家族と本人に、心臓麻痺や脳卒中になったとき人工呼吸で延命したいかどうか、肺炎などの感染症になったとき病院で集中治療をしてほしいか、施設で服薬治療するだけで良いか。骨折などの怪我した時には、病院で治療するかどうか、嚥下障害で物が食べられなくなったときにどうしてほしいか、死ぬとき牧師を呼ぶかどうか、死んだら 献体か埋葬か火葬か、希望の葬儀会社があるかどうか、などの質問に答えてもらう。それがその後に予期しない死が起きたときの、法的な証言にもなる。
入所のためには個室:5千万円、2人部屋:3千万円くらいのデポジットをしなければならない。患者は死ぬまで施設で看護されるので家を所有する必要はない。家を売却してデポジットを払い入所してきて、亡くなった場合、施設で使われた金額を差し引いた金額が家族に返される。 収入のない老人のために政府は老人年金を支給するので、月付きにかかる費用はそこから政府に吸い取られ、最初にデポジットされた数千万円のお金は、無事家族に返金される。しかし患者が何年施設で長生きするかわからない。子供達よりも長く生きる場合もある。
豪州で働く人の最低賃金は、とても高くて、1時間$26.44、円安の今なら1時間2700円くらいなので、人件費がばかにならない。3交代24時間のナーシングに加え、暖房、冷房、ベッド、食事、レクリエーションを提供するには費用が掛かる。半分は政府が援助しているので、豪州ではナーシングホームは半公共施設ともいえる。

患者たちは朝シャワーを介助され、朝食、モーニングテイー、ランチ、アフタヌーンテイー、夕食、寝る前の軽食を提供され、その合間に施設で専門の人の指導で体操、ダンス、ゲーム、映画鑑賞、バスでピクニックに行ったりする。ナースは、投薬、怪我の治療、人工栄養の管理、体にチューブをつけている人の管理、癌末期の鎮痛対策、医師との情報交換、政府への一人一人の患者の報告などなど、とても忙しい。

多くの場合、死は突然やってこない。嚥下障害が出てきて流動食も呑み込めなくなったら、終末医療の準備をして家族の了解をとって、モルヒネなどで苦痛のない死を迎える。
何年たっても忘れられない患者が沢山いる。いつも思い出すのは脳の障害で5歳程度の知能になってしまった50代の体の大きな農場主だ。いつも私の後をぴょこぴょこぴょこ、ついて回るので、アキコのペットと呼ばれていた。仕事に来るのをドアのところで待っていてくれて、ドアを開けると、飛び跳ねて喜こんでくれる。うーんと考え事をしていると、心配そうに顔を覗き込む。大男なのにしぐさが5歳児なので可愛くて仕方がない。子守唄を歌って寝かしつけるのが私の仕事だった。1週間休暇を取っている間に肺炎であっけなく亡くなっていた。

豪州には安楽死法(VOLUNTARY ASSIST DYING LAW)があって、様々な規制があるが条件が整えば死ぬことができる。その州に3年以上住んでいること、6か月以内に亡くなると予想され、耐えがたい痛みがある、といった条件で2人以上のドクターが判定した場合に限られる。

94歳で自分で歩けて尿排便障害もなく、認知障害もない、家族もみな独立していて心配もない、血液検査結果は問題ない健康体。でももう何にも興味が持てず死にたい、という。可愛らしい思いやりのある優しいおばあちゃんがいた。医師は必死で抗うつ薬を投与したり、サイコロジストもサポートしたが、頑として死にたい。彼女は5週間、自分から飲まず、食べず、最後は枯れ木が倒れるように眠ったまま亡くなった。彼女には、まったく健康だったので安楽死法が適用できなかった。本当に優しい人で前の日まで自分で立って抱きしめてくれた。顔を近ずけるとほほを撫でてくれた。最後の時はその手を上げようとして力なく、そのまま逝ってしまった。

職場で一番仲の良かったのが、ドイツ人のナースだった。彼女は自由党支持、私はグリーン支持だったから口つば飛ばして政治談議したり、同じ映画を見て解釈が違って熱い議論になったり、唯一オペラでは意見があって同じソプラノ歌手のファンだった。仕事仲間でこれほど心許せる仲間は、この21年間他に居なかった。コビッドの大騒ぎの間、ナースたちは物凄いプレッシャーの中で働いていた。職場を往復するにも半径10キロ以上移動できないと言われ、途中でポリスに車を止められて尋問されたり、職場ではガウン、ゴーグル、キャップ、手袋の姿で、患者に死なれないために必死だった。その最中、彼女が仕事に出てこないし電話にも応答がないので娘さんに家を訪ねてもらったら、ベッドで亡くなっていた。コビッドがなかったら、彼女は死んでいなかっただろう。でもベッドで眠ったまま何の苦しみも痛みもなく、病気で苦しむこともなく眠ったまま逝ってしまった。彼女が職場で使っていたマグカップでお茶を入れて、わたしは76歳の今も彼女が座っていた椅子に座って働いている。

いろんな死がある。 それを自分では選べない。でもたくさんの人の心の中で、いつまでもいつまでも生き続けるような、そんな死に方をしたいものだ。
歌は浜辺の歌