2026年4月13日月曜日
2026年4月8日水曜日
わたしはあなたと居たい
わたしは、イランの発電所の前で、人間の盾となって座り込んでいる、あなたの隣にすわっていたい。
わたしは、爆撃されるとわかっていて去年の今日も、おととしの今日も、いつもどおりにサウスパレスの油田で汗を流している、あなたの横で働いていたい。
わたしは、夫の研究が国のため、世界のためになるとわかっていて働いてきた物理学者の妻でありたい。
わたしは、将来はお医者さんになる、と言う小さな娘を、ミナブの小学校に送り出した母親になりたい。
きょうは、
わたしは、テヘランの製油所の前で、誇り高い国旗を腕に抱え、あなたといっしょに、ほほを風にくすぐられて
ふふっと
笑いあっていたい。
I wish to sit down beside Iranian Power Station, like you are doing as a Human Shield.
I wish to work with you in the South Pale oil refinery, like you have been working today, last year's today ,and the year before today as a day's routine.
I wish to be a mother like you, baby girl who wants to be a doctor to send Minab Elementary School.
Today,
I wish to sit with you, who proud of holding Iranian National Flag, front of a Oil Refinery in Teheran as a human shield.
With you
Looking at each other, smilling with cool breeze such a beautiful Spring day.
2026年4月7日火曜日
ゼレンスキーの汚職
この3月後半から4月にかけてウクライナのゼレンスキー大統領は、サウジアラビア、UAE、カタール、シリア、トルコなど各国を回って、ウクライナ製のドローンを売り歩いてきた。
彼が電卓をカチャカチャやっている間にも、キエフでもドンバスでも自分の国の青年たちが前線で命を落とし、市民も被害を受けている。
その間にも、イランでは世界一の軍事力を持った米国によって、沢山の市民が殺されて、石油施設が火に包まれて、テヘランに黒い雨を降らせている。いつ、トチ狂ったネタニヤフが核ボタンを押すか、地球の存続が疑われるような事態だというのに、ゼレンスキーは平然と商談で、札束を数えている。
ゼレンスキーは2021年10月26日、ミンスク合意を破り、ドンバス地方をドローン攻撃した。ドネツク州、ルハンスク州には65万人のロシア人が住み、そのうちの数千人が犠牲になった。
2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻以来、プーチン大統領の主張は、1ミリも変わっていない。クリミアとドネツク州、ルハンスク州の独立を認め自治権をウクライナが認めなければならないということだ。それを認めていれば、ロシアは侵攻しなかった。しかしゼレンスキーは、ロシア人の多く住む州の自治権を認めず、NATOメンバーになって自国の防衛をNATOに任せたがった。
2022年2月22日のロシアが侵攻すると、ゼレンスキーは直ちに国境を閉鎖して国民総動員令を出して18歳から60歳までの男子を束縛した。
国債調査報道ジャーナリスト連合(ICI)によると、ゼレンスキーはこの時から英国領バージン諸島にペーパーカンパニーを作って、2021,2022の2年間で8億5千万ドル蓄財した。それからすでに6年経つが彼の私財は空前の規模になっていることだろう。
フォーブスのマットダロットによるとゼレンスキーの財産は高級ヨット5漕と3機のプライベートジェット、サウジアラムコの株など79億円を所有するというマスコミのお話を否定して、私財はキエフの家など14億円の株を含めて26億円に過ぎない。彼の妻が銀行に2億6千万円、1億3千万円の宝飾品を持っているだけだ、と言っているが、彼はいま武器会社から契約のための賄賂を受け取った疑いで法廷で争っているところだ。
戦争を長引かせているのは、誰か?
ゼレンスキーは過去4年間、米国とEUを始めとする国々を飛び歩いて、執拗に「もっとお金が欲しい」「もっと武器が欲しい」といって歩く「集金人」だった。それがいまや、戸別訪問の「押し売り」になった。
ゼレンスキーの大統領任期は2024年5月20日に切れている。
2026年3月29日日曜日
76歳 恋をする
76歳 恋をする
「5年前に初めて会った時から、ずっと好きでした。」と、元アフガン戦士、熊のような大男に言われて、ゲゲ!!!まずい、メンドくさ!
5年前、下行腎静脈が詰まって不具合をきたし大病院で、透視造影を見ながら静脈にコイルを入れる手術をすることになった。「やってみなければわからないので、手術が2時間で終わるか4時間かかるかわからない。終わったらナースが回復室から家族に電話をするので迎えに来てもらってください。」とドクターに言われて困った。何時に終わるかわからない身柄引き受けを頼める人がいない。やむなく以前乗ったタクシーで、必要な時は会社でなく自分に電話をください、といって名刺を渡された運転手に電話をした。
その人は自宅から40分ほどの距離の病院で、私を下ろして病院の駐車場で4時間、手術が終わるまで待っていてくれた。全身麻酔の反覚醒状態で、身柄を引き取ってもらって、ずいぶん親切な人だ、と思った。
車の事なら何でも相談してください、と言われていたので、家の前で車を追突されたとき、運ばれた救急病院から電話をした。「まっすぐの見通しの良い1本道で、右折のウインカーを出していたのに、相手はスピードを緩めずぶつかってきた。私は悪くない、悪くないのに車はぺっちゃんこ!どうしてくれるんだ。」と1オクターブ高い黄色い声で、きゃーきゃー言いたてたら、「だまりなさい。私にまかせろ。」と一言。黙っているうちに事故車の引き取り先と、手ごろな値段の新しい車を自宅まで届けてくれて、事故処理一切をやってくれた。パールホワイトのピカピカの新しい車が来て、嬉しくて、ずいぶん親切な人も居るものだ、と思った。
胃も腸も内視鏡検査を受けることになって、再び病院で全身麻酔で検査を受けて、、回復室にいる私を家族の代わりに迎えに来てくれて、本当に親切な人だと思った。でも他にも足の悪いおばあさんをよく助けているようなことを言っていたので、年寄りに親切な人なのだと思っていた。
1年経ってピカピカだった新しい車も、不用意で不器用で不注意な運転のため、みごとに前後左右かすり傷だらけになった。どうしてコーナー曲がるごとに車体に傷がついてしまうんだろう。で、電話をしたら、ついてきなさい、と修理屋まで先導してくれて、修理屋は、車の外側をぜんぶ取り外して、叩き直してペンキを塗って大きなオーブンで乾かすのだという。全部治って来るまで、私の職場の送り迎えしてくれた。ずいぶん親切な人だと思っていた。
遠くに住む娘家族と、少し離れたところに住む娘、みんなを連れて日本にスキー旅行をした時、空港への送り迎えをしてくれて、行くとき飛行機の中で食べるようにと、ナッツお詰め合わせを持たせてくれた。
職場から派遣されるカンファレンス、夜の会合、友達とのデイナー、など数え切れない程、送り迎えをしてくれた。とても親切な人だと思っていた。
クリスマスに家族が来るので、古ぼけたカーペットを捨て、新しいのを買おうと、IKEAに行ったが気に入ったカーペットは重くて大きくて、とてもIKEAのセルフサービスで持って帰れない。電話をしたらすぐ来てくれて、6畳間用の重いカーペットをひょいと畳んで肩にかついで運んでくれた。家に着いて、自分でもびっくり、カーペットの上のでかい机は、読みかけの本、読み終わった本、読む予定の本が30冊あまり乗っていて、食べかけのお菓子、飲み物、請求書やいろいろごたごたが載っていた。それを動かし、古いカーペットを丸めて倉庫に仕舞い、新しいのを敷いて机を元の通りにもどしてくれた。その速さと丁寧さには目を見張った。ずいぶん親切な、、、
そこで突然、中腰になった元アフガン戦士に「5年前から好きでした。」が始まったのだった。私が76で、あなたは16歳年下だって、わかってるよね。で、、、こうして「ずいぶん親切な人」が、「わたしの特別な人」になったのだった。
娘たちがそれぞれ家族を持ち、「おかあさん業」を終え、2度も未亡人になって「妻業」を終え、このままの脳みそが働らいてくれる間は、仕事を続けて、あとは死んでいくだけだよな、と思っていたが、そっとあたためてくれるブランケットができて、このごろはよく眠れる。
2026年3月25日水曜日
世界最大の油田が燃えている
遂にトランピャニフ:2つの国の大統領と首相は,イランのサウスパルスガス油田を攻撃した。世界最大のガス田が燃えている。何と罪深いことをしたのか。これで戦線拡大は間違いない。
769
これまでの経過で、はっきりわかったことは、
1)世界中の米軍基地が、災いの元だ。
世界中に散らばっている米軍基地が安全を保障することはない。
横須賀米軍基地から出発したミサイルが、沖縄を経由してイラン攻撃を行い、たくさんの死者を出している。バーレーン、クウエート、UAE、カタール、オマーン、サウジアラビアもみんな米軍基地がある故に攻撃された。独立国は、外国の軍事基地を置くべきではない。
2) だれも空を守ることはできない。
アイアンドームなどなかった。
カタールの中東最大の米軍基地アルウデイド米国空軍基地は60憶ドルかけて建設され、米英空軍を受け入れてきたが、今回イランのミサイル攻撃を受けて、対空防衛システムもレーダーも損傷した。イスラエルも爆撃されている。米国の死の商人、ロッキードマーチンも、レイセオンもポンコツ製品を中東の国々に最高額で売りつけてきたが効果なし。
3)たかがニューヨークの成り上がり不動産屋が始めた、対イラン戦争は不動産屋の負けだ。
4)3,000年の歴史のあるペルシャ国の人々は、誇り高く死ぬことを恐れない。聖戦のために命を投げ出す、殉死の精神を甘く見るな。
5)カタール首相の言葉は事実だ。「この戦争で得をしているのはテヘランでも、ワシントンでも、ドーハでもない。イスラエルだけだ。」
6)セイエドアッパス アラグチ外相の言葉が真実だ。「アラブ諸国から米軍基地を撤去することと、イランへの経済制裁を全面解除されるまで停戦はない。」
イラン副大統領モハメドレザ アレクの言葉が正しい。「イランが戦争を始めたわけではない。この戦争をどのように終えるのか決めるのはイランだけだ。」
2026年3月10日火曜日
イランのサッカーチーム
いま豪州では、サッカーのアジアンカップが行われているが、イランの女子サッカーチームが、対韓国、対豪州、対中国戦に全部負けて、3月10日の今日イランに帰国することになっていた。
彼女たちは、イランが近隣諸国のアメリカ基地を攻撃したことに抗議して、最初の試合、対韓国戦の前に全員そろって国歌を歌わなかったことで、イランメデイアから激しい非難をうけていた。圧力があったのだろう、つぎの第2試合と第3試合には全員が、敬礼をして国歌を歌っていた。
彼女たちがイランに帰国したら、厳しく責任を追及されるのではないかと心配されていたが、本日の深夜に滞在先のホテルにトニーバーグ内務大臣が出向いて、選手のうち5人の亡命を確認した。チームのキャプテンを含む5人の選手は、連邦警察の保護下におかれ、ビザを与えられた。
在豪のイラン人で、反イラン政府のグループは、残りのチーム選手達の安否を鑑みて、今日滞在先のゴールドコーストからシドニー経由でイランに帰国するためのバスの前に座り込み、彼女たちの帰国を阻止しようとした。
スポーツ選手が国際試合のときに、姿を消したり亡命するのは、よくあることだ。
わたしの親友の1人もガーナの陸上選手として2000年シドニーオリンピックに来て、そのまま亡命して市民になった。レズビアンだったからだと思うけど、よくわからない。
今回の件では、午前2時にアルバニー二首相に、直接トランプ大統領から電話があった、という話も出ている。深夜に彼女たちが滞在するホテルに内務大臣が行った、というのも異常だが真相はわからない。
豪州がついに湾岸に空軍戦闘機 E-7Aウエッジテイル戦闘機を派遣することになった。
早期警戒管制機で、背中にレーダーがあって長期間滞空しながら敵機を監視するそうで、その技術者85人も派遣される。行先はアラブ首長国連邦(UAE)で、この国には2万4000人のオージーが住んでいるので、彼らの保護が目的だそうだ。「攻撃」はしない、「防御」だけだ、とマスメデイアが追及しても、防御、防御をくりかえし、それ以上は国家秘密で公表できないそうだ。
2026年3月5日木曜日
イランによる爆撃は自己防衛
米国はいまだ膨大な数の武器をウクライナに送り、請求書はEUに送りつけて、故意に戦争を長引かせ、ベネズエラを政治的に支配し、キューバに圧力をかけ、イランに数千のミサイルとドローンの雨を降らせて、ラマダン中のイラン国民を殺害し、オイルタンカーを爆撃して中国ににらみを利かせている。
トランプ大統領の夢、世界1の強い男による世界侵略は、現在進行中だ。彼は「国際法は存在しない。」と豪語し、米国議会の討議や承認なしに他国を攻撃し、国内法も存在しないことを証明した。彼の前に法は存在しない。
米国の兵器産業は、古い型の兵器をすべて使いつくし、新しい兵器を次々と発注してくれるトランプが嬉しくて仕方がないだろう。
2025年3月にCIAもFBIも同席する米国情報機関の場でギャバード国家情報長官が「いまイランは核兵器を製造していない。ハメナイ最高指導者は核兵器計画に賛成していない。」と調査結果を述べている。 爆撃前の2月28日、核交渉中のオマーンのバドルアルブサイデイ外相は、イランが「爆弾製造につながる核物質を保有しない。」合意に達していたと語っている。IAEA(国際原子力機関)管轄下にあったイランの核施設は、どんな屁理屈をつけても米国が爆撃すべき理由は、まったくなかった。
イスラエルと米国による先制攻撃に、イランが反撃することは、国際法では個別集団的自衛権の行使であって、国際的に容認されることだ。イランによる周辺国の米軍基地に対する攻撃は自衛にすぎない。
コリアフォーカスの徐台教によると、2025年6月米国がイランへの核施設爆撃する前、在韓米軍基地にある8つのパトリオット砲台のうち3つが500人の運用兵とともに中東に送られたそうだ。今回の件で、沖縄の核はどうなのか。いま米軍基地に動きはないのか。
と、思っていたらやっぱり、日本の横須賀基地からイージス艦が、出発して沖縄を経由して、イランの初期攻撃に参加、米国艦隊からミサイルを発射して攻撃していた。
2026年2月26日木曜日
最近読んだ本2冊
最近読んだ本2冊
「愛犬王 平岩米吉」日本を代表する犬奇人と呼ばれた男:片野ゆか著
江戸時代から続く竹問屋、上総弥6代目の父親甚吉の息子、平岩米吉は東京江東区亀戸の裕福な家庭に生まれ、「家を継がず好きなことをしていい。」と言われて成長した。6歳の時、滝沢馬琴の「椿記弓張月」、源為朝の活劇ドラマを乳母から聞かされて、それが彼の一生を決定してしまう。
お話というのは
為朝は親のない狼の子を引き取り,可愛がって大事に育てるが、ある晩その狼が激しくほえたてて眠っていた為朝に吠えかかる。可愛がっていた狼だが、やはり犬と違って野生の血が勝って、自分に襲い掛かってきたのかと思って、刀を振り下したその瞬間に頭上から落ちてきたのは鮮血にまみれた樹の幹ほどある大きなうわばみだった。その喉元には首だけになった狼がしっかり噛みついていた。主人の命をうわばみから守ろうとした狼が主人に首をはねられたのだった、という狼のお話で、狼の忠誠心が泣かせる。
元来犬好きだった米吉は、成人すると自由が丘に屋敷を構え、土地をフェンスで囲い「犬科生態研究所」を設立。多数の犬と狼を放し飼いにして、ついでにジャッカルやハイエナ、タヌキ、ジャコウネコまで手に入れて動物たちの生態を観察し、記録した。
動物と一緒に暮らしながら研究するのは「ソロモンの指環」で知られるコンラートロレンツ同様の方法で、彼はノーベル生理学、医学賞を授与されるが、その40年以上も前に、平岩米吉はそれを実行していた。
延べ60頭の犬、数十頭の狼と暮らし、時として添い寝までして考察したところ、犬と暮らす狼はその独特の吠え方を止め、犬と同じような声で食事をねだり、主人に甘えるようになったという。ただ主人が外出すると悲壮な遠吠えを繰り返し、その声だけが犬とは違っていた、と彼は記録する。
1934年に月刊誌「動物文学」を刊行し、シートンの「シートン動物記」と、ザルテンの「小鹿物語」の翻訳を日本で初めて掲載し、出版活動を成功させた。室生犀星、中西悟堂、古賀忠道、柳田國男、折口信夫、長谷部言人、徳富蘇峰、まどみちお、小川未明、堀田守、南方熊楠などなどの著名人がこの雑誌に´寄稿した。
また愛する犬たちの命を奪ったフイラリアの研究で、日本獣医生命科学大学の黒川和夫とともに貢献した。著書は、雑誌「動物文学」のほかに「犬の行動」、「私の犬」、「犬と狼」など。
有り余る財力で動物たちと生きた究極の愛犬家の一生、、、うらやましい限りだ。
私も宝くじに当たったら、彼のように自由が丘に800坪の池と1000坪の庭を持つ家は無理だとしても、どこかの田舎で犬と猫のホスピスを作りたい。
それともう1冊
千早茜著の「雷と走る」
子供だった自分が親の仕事の都合でローデシア(と思われる)に家族赴任する。治安が悪いので高い壁とガードマンが常駐する屋敷で、人間ほどの大きさで、人にはめったに慣れないガードドッグを飼うことになる。赴任早々ガードドッグの子をもらいに家族で出かけて父の犬、弟の犬、と選んでいくが自分は母親犬から見捨てられた小さくてをミルクを飲む元気もない子犬を選んで、大事に育てる。この犬はやがてほかの犬より一回り大きく育ち、犬たちのリーダーとなり、自分には誰よりも忠実さを示す。どこに居ても体をぴったりつけてきて片時も離れない。学校から帰ると庭の芝生でこの犬にもたれて、おやつを分け合い幸せな時を過ごした後、家族は犬を残して日本に帰ることになる。犬との一体感、犬との共感、犬との完璧な信頼感を経験したため、結婚するはずの男を前にして逡巡する自分に罪悪感を感じるが、いま一歩前に踏み出せずにいる。
2026年2月23日月曜日
カダフイ大佐の夢の終焉
2026年2月3日のこと
サイフアル イスラムカダフイが殺された。リビアのムアンマル カダフイ大佐の息子だ。
自宅で4人の覆面男シークレットエイジェントの放つ銃弾に倒れた。彼の「リビア統一国家の復活」の夢は、米国、仏国、英国の差し向けた暗殺団によって葬り去られた。
子供の時からリビアのカダフイ大佐が大好きだった。小学生から新聞の海外ニュースを読んでいた。毎日血気盛んな早大政経学部の学生たちが、子供の私が作った半崩れの中に何も入っていないおにぎりにむしゃぶりつきながら唾を飛ばして政治談議しているような家で育った。父は、叔父の力で政経学部の教壇に立って、教養課程の1年生に英語を教える職に就いていたが、政治学も経済学も財政学にもまったく興味も関心もない人だった。お金がなく食べるにも飲むにも困っている学生たちを連れ帰っては世話していた。
「先生見ててください、天下を取って見せます。」とか「俺はニッポンを乗っ取るぞー。」とか豪語する学生たちを、いつも笑いながら見て居て、彼らが卒業して遠い地方の地元で立候補して落選を伝える新聞を見ては、ため息をついていた。
リビアのカダフイ大佐は、弱冠27歳で王制を倒して政権奪取して、47年間直接民主主義でアフリカ唯一の安定した国家を作った。〈1942-2011)彼は絶大な権力を握っていたが、大統領と呼ばれることも首相に座につくことも嫌ったので、人々は彼の最終的な役職だった軍の大佐で名前を呼ぶしかなかった。権力者にして謙虚。彼の夢は大きかった。
リビアの国土は90%砂漠だが、大規模なダムを造り灌漑、治水事業によって砂漠式農業の基礎を作った。砂漠を緑化させ、自国の国民食料を安価で自給できるようにした。
カダフイ大佐は教育を奨励し、男女とも文盲率をゼロちかくまで下げ、無料の教育を提供することで識字率を上げた。国民の25%が、大学の学位を持つ誇り高い人々の国を作った。
また医療、教育を無料化し、すべての国民に福祉が行き渡るようにした。アフリカで1番幼児死亡率が低く、平均寿命は高い国家を建設した。
カダフイ大佐はアフリカ最大の石油と天然ガス埋蔵量を誇るリビアで、リビアデイナールを「金」に裏付けされた価値を持たせ、米国を中心としたドルに支配されない、ドル決済をしないアフリカ独自の経済体制を構築しようとしていた。国債を持たず、政府は数千億ドルの資産をもっていた。リビアデイナールでアフリカ全体の経済体制を統一しようとしていた。アフリカの統一が彼の夢だったのだ。
だから欧米の国々は、その力が大きくなる前に、カダフイ大佐をつぶすことだけを考えていた。
カダフイのアフリカ統一ナショナリズムが、強権的で反対勢力を粛正する血まみれの独裁政権だったと、批評することは簡単だ。イラクのサダムフセイン、シリアのアサド、ベネズエラのマドーロ、キューバのカストロも、、。言わせておけばよい。経済基盤が脆弱で、政治体制が不安定な政権には強い指導力が要る。それは独裁ではない。歴史を振り返った時、その指導者が何を残したのかを見れば、独裁とは紙一重の民主政治では不可能だった、立派な業績を見ることができる。
2,011年10月、カダフイ大佐が酷い拷問と、性的凌辱をうけたあと惨殺されたとき、息子のサイフアル イスラムは民兵に捉えられて、6年間投獄された。死刑判決を下されたが、2017年恩赦されたあと潜伏していた。そして、2021年の大統領選挙に立候補して、父、カダフイ大佐の夢を引き継ぐ者として政治的名誉回復されるか否か、というときに暗殺された。
2026年2月20日金曜日
アーロンブッシュネルを忘れない
2024年2月25日のこと
ガザ代表者ハマスを抜きにした、トランプとトニーブレアのガザピースプランは、ガザ植民地計画にすぎない。パレスチナを解放せよ。アーロンブッシュナーを忘れるな!パレスチナを解放せよ!
アーロンブッシュネル空軍兵のことを憶えているだろうか。
パレスチナの子供たちを殺すことを拒否して、ワシントンのイスラエル大使館前で、ガソリンをかぶって焼死した、25歳の現役兵のことを。
火が回って燃え尽きるまで、長い長い時間がかかった。
しかし彼は、いつまでも立ち続け、膝を折ることをしなかった。
強い意志を持つ者だけが耐えられる苦しみを、一人で背負い彼は燃え尽きた。最後まで「パレスチナを解放せよ」と叫んでいた。
彼は敬虔なクリスチャンであり、反植民地主義者と名乗っていた。だから、「もはやジェノサイトの共犯ではいられない」と。
彼の死の後、バニーサンダースは、「悲劇だ。しかしガザでの人道的災難をみれば若者たちが希望をなくし絶望に突き落とされる気持ちがわかる。心から共感する。」と述べ、
ハマスは「心を込めてお悔やみを申し上げる。彼は良心ゆえ米国の暴虐に逆らって、人間として一番価値のある命をパレスチナのために差し出して、英雄として命を終えました。」と述べた。
2026年2月19日木曜日
日本軍ダーウィン爆撃
昨日2月19日、オーストラリアの主要都市、シドニー、メルボルン、ダーウインなどでは、日本軍によるダーウイン空襲84周年記念式典が行われた。
1942年2月19日午前9時58分、日本軍240機の爆撃機が北部中核都市ダーウインを襲って、湾内にいた6漕の大型船舶が沈められた。また市庁舎、市民病院、電報局、警察庁官舎、警察署などは、一瞬のうちに全焼し、人口5千人の街で243人が死亡した。
当時日本軍は、1941年12月8日のパールハーバー以降、フイリピン、香港、ボルネオ、マレー半島などを侵略し、米国英国連合軍と戦闘中だった。すでに日本軍の占領下にあったチモールやパブアニューギニアから日本の軍用機が発信されたものとみられる。
眠ったようなオーストラリア北端の街は、予想もしていなかった出来事に、てんやわんやで豪州軍は機能マヒし、市民と一緒に軍隊も、南部に緊急避難してしまったので、空襲による被害の全容はよくわかっていない。
20年前にダーウィンに住んでいた日本人の友達が、家のドアに「ジャップ、ゴーホーム」と書きなぐられる被害に遭っている。それほど突然の攻撃、豪州のパールハーバーは人々にとって大きな衝撃だったのだろう。街ごと焼失させられたダーウィンでは、いまだに日本人は嫌われている。
ダーウインだけでなく、日本軍は西海岸のブルームの街にも戦闘機で爆撃し、民間人70人が亡くなっている。
いまやハーバーブリッジやオペラハウスで観光スポットになっている、シドニー湾にも、日本軍の3漕の特殊潜水艦が侵入し、魚雷で攻撃し21人が死亡している。その潜水艦はいまだ海の底に沈んでいて、数人の日本軍水兵も84年間、その中で眠ったままだ。
敗戦国、日本にとっては大戦のたびに激戦地での記憶をとどめるための記念行事など、思い出したくもないことかもしれない。しかし、その日本軍から被害をうけた側は忘れない。
2月19日が来ると、当時のフイルムがニュースで流れ、人々は記憶を新たにする。
また日本から豪州に首相や議員などが来迎すると、豪州側は必ず「かつては敵同士でしたが、いまは日本は同盟国です。」という一言が、付け加えられる。
パールハーバーのあった12月8日が何の日だったか、米国や豪州の常識人ならだれでも知っている。昔のことではないのだ。
外交に信頼関係が重要だが、その信頼は過去にあったことの歴史の積み重ねによって培われる。信頼を得ることは簡単ではない。
日本軍は加害者であり、侵略者であったのだ。
過ちを繰り返してはいけない。
2026年2月11日水曜日
イスラエル首相訪豪 その2
イスラエル首相訪豪 その2
大地にひれ伏して真摯に祈る人の姿は神聖で近寄りがたい。どんな宗教であっても、どんな民族であっても神に祈りを捧げる人の姿は輝きに満ちている。
夜になって、警官隊と、数千人のイスラエル首相の来豪にプロテストするパレスチナ支援者たちとの間が険悪になり、もみあいが始まった時、その間を割るように、隊列を組む警官隊の前で、15人ほどのモスリムが地べたに膝をつき、一斉に祈り始めた。それは、宗教者による暴力を否定する、整然たる平和行動だった。
しかし
警官隊はこれらの宗教者たちをひきずり起こし、パンチを食らわせ、蹴散らしたのだ。このようなことができる警察権力を、わたしは憎む。
人であることを恥じる。
武器を持つ人々を蔑む。
イスラエルのハーソグ首相が来豪した。
昨年の12月シドニーのボンダイビーチで、アクラム父子による銃乱射事件で亡くなった15人の犠牲者を慰霊するための訪問だという。乱射事件はユダヤ人のお祭りに集まってきた市民を無差別に殺害したことで反ユダヤ主義による行為だったと言われても仕方がない。
しかし事件の背景は言うまでもなく、イスラエル政権によるパレスチナ人へのジェノサイトに対する怒りだ。誰もがパレスチナの惨状を嘆かずにいられない。
また、警官でもユダヤ人でもないのに、捨て身で、自分が撃たれながら犯人の銃を奪ったのが、モスリムのシリアから移民してきた人だった。彼のおかげで死者数が抑えられた。
今日は、パレスチナ人へのジェノサイトの当事者、イスラエルのハーゾグ首相はアルバニー二豪州首相のエスコートで、首都キャンベラに移動した。キャンベラの国会前では数百人のプロテストがこれを迎えたが、彼は豪州連邦総督と会見し議会に招かれた。
一方、豪州外務大臣ペニーウオングは、この時間、2年前にガザで食料支援物資を運んでいたオージー、ゾーイフランケンが、イスラエル軍によるドローン攻撃で殺されたことで、彼女のお兄さんと一緒に彼女の墓まいりをして、この事件のイスラエルからの公式の説明と謝罪を要求した。
アルバニー二首相は、また昨日イスラエルのスモトリッチ財務相、国防省大臣が、ヨルダン西岸のユダヤ人入植を、もっと拡大し、もっとパレスチナ人を殺さなければならない、と発言したことを取り上げて、遺憾を表明したそうだ。
ヨルダン川西岸は、パレスチナ人の領地であるにもかかわらず、今まで30万人もの入植者が違法に、土地を奪い住みついて、パレスチナ人の建て物を破壊し、生活の糧であるオリーブなど農地を根こそぎ倒してきたが、いまは80万人ものユダヤ人が、拡大した土地に住み着いているという。582人の西岸に住むパレスチナ人が殺されている。
2026年2月10日火曜日
イスラエル首相訪豪 その1
スラエル首相訪豪
きのう2月9日、イスラエル首相アイザックハゾグが来豪した。
2か月前、シドニーのボンダイビーチでユダヤ人のお祭りが行われていたところ、2人の銃撃手による乱射で15人の命が失われる事件が起きた。再びユダヤ人が世界の歴史の不幸を唯一背負って犠牲になった、ということでキャンペーンを張っていたユダヤ人団体が招待したものだ。この事件は、この2年間にわたるイスラエルによるパレスチナへのジェノサイトに密接に関係している。
オーストラリア政府は、4人に1人は外国生まれの多文化国家として、事件には「ユニテイ」という言葉を強調して、ユダヤ人もパレスチナ人も、どの国家も民族も等しく扱うスタンスを事件当初から明らかにしていた。テロリズムは間違っている、だから銃規制を厳しくして、民族同士のヘイトクライムを禁止するためのヘイト禁止法が厳しくなった。犯人は厳しく法によって裁かれるだろう。
かつて、たくさんのユダヤ人がナチス政権によって殺された、その事実は、だから他民族を殺しても良いという免罪符にはならない。昨年12月にボンダイビーチで15人のユダヤ人のお祭りに参加していた人々が殺されたからといって、ユダヤ人が特別に保護され、国際法を違反しても良いという特権があるわけではない。
イスラエル首相は到着早々、ヘリコプターでボンダイビーチに飛び、15人の犠牲者家族をねぎらった。彼はマイクをもって「ユダヤ人は世界から守られ、自ら自分たちの国を守る権利がある。これからも反ユダヤ勢力とは断固として戦う。」と述べ、改めて、パレスチナの土地が自分たちに約束された土地であることを強調した。
このイスラエル首相は、パレスチナを侵略しパレスチナ人のジェノサイトを70年あまりの間継続してきた戦争犯罪者と言える。ネタニヤフ大統領同様の罪で、逮捕して国際刑事裁判所に、突き出すべきだ。
ガザには救援物資が届いていない。
この2年間に米国大統領トランプは217億ドル分の武器をイスラエルに送り、7000トンの爆弾の雨をガザに降らせた。その数は第2次世界大戦で世界中で使われた爆弾総数よりも多い。F35 やステルス戦闘機のような最新兵器が途絶えることなく、停戦中の今も使われて爆弾を落としている。数えられた遺体だけで、73600人が亡くなり、がれきの下には9500人がまだ埋まったままだ。
毎日、女子供の頭上に爆弾を落としながら、ガザの代表者ハマスを抜きに、トランプとネタニヤフは勝手に「ピースプラン」の計画を進めている。
これに対して、昨夜はシドニーのパレスチナ支援団体は、街の中心にあるタウンホールで抗議集会をもって、6000人の市民が参加した。メルボルンでも、他の中心都市でも同じように抗議行動が行われた。それに対して1000人の警察が警備をした。事前に市ではシドニー中心街のオフィスでは混乱が予想されるので、就業時間を早めて、沢山の人がシテイに留まって居ないように、と呼び掛けている。メインストリートのカフェやレストランなどの店も早めに店を閉めるよう通達されている。
この国の抗議集会で驚くべきは参加者がみな個人で参加していることだ。参加団体、組合のようなものの参加はない。みな個人の意志で来て、居られる間だけ居て友達を作り勝手に帰っていく。その自然体が、1949年生まれベビーブームで日本のゲバ棒デモに慣れた目には心地よい。ハーバーブリッジでも1万人パレスチナ支援デモのときも、組織動員ではなく、個人で自然に集まったものだった。
組織は腐敗するが、個人の意思は強い。
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