2026年10月14日水曜日

公開処刑に反対

トランプ大統領は10月3日、HASAN NIDAL ハッサンナイダル前米軍少佐を、12月3日に公開銃殺処刑にすると発表した。
ハッサン元少佐は、2009年に米軍の精神科医師として勤務中に、アフガニスタンに派兵される兵士達に銃を向け、13人の兵士を死に追いやった。彼は誇り高いムスリムとして、「GOD IS GREAT」と叫んで銃を構えたが、動機としてはアフガニスタンに兵士を派兵するのを止めたかった、と言っている。彼は逮捕されたあと一切自己弁護せず、罰を自ら受けることを望んでいた。

アフガニスタンへの米軍介入は、全く必要のない、根拠さえあいまいな戦争だった。2001年の米国ツインタワーテロ事件以来、主犯のオサマデイン ラデインがアフガニスタンに匿われているという不確実な情報をもとに派兵が始まり、2021年7月に、タリバンに追われて完全撤退(完全逃亡)するまで20年間のあいだに、米軍は、17万6千人のアフガニスタンの市民を含む人々を殺しまくった。米軍は2兆ドルを使い、2400人の米兵、民間兵3800人の戦死者を出した。2万人の負傷者を数え、戦死者数よりも、戦場から帰った帰還兵の自殺者の数が、戦死者の数を上回った。

結果として米国はアフガニスタンではタリバン政権が復活し、現在に至っている。これによって米国は、撤退後アフガニスタン中央銀行の95億ドルの資産を凍結した。今になって見れば、米国のアフガニスタン介入は、「自由と民主主義を守るため」などというおためごかしではなく、凍結資産と、アフガニスタンの土地に埋まっている、オイル、天然ガス、石炭、鉄鉱石、銅、リチウム、レアメタルだった、ということができる。

米軍内部で少佐としてアフガニスタン派兵を止めようとして、13人の同僚を殺したハッサンが、いまペンタゴンによって殺されようとしている。この発表がされた、同日に豪州のアルバニー二首相と、ペニーウオン外相は、トランプ大統領に向けて抗議し、これを中止するように要請した。

きのう10月13日、首相は再び会見で「政府としてはソーシャルメデイアを使うものが、この公開処刑を見ることを止めることはできない。しかし尊厳ある人間が殺される場面を見ることは羞恥すべきことだ。死刑の実況中継を見たがる人は、恥ずべき人だ。わたしたちは人として正しいことをしなければならない。」と述べた。そして改めてトランプ大統領に抗議した。

豪州では死刑は、1,985年から禁止されている。1967年を最後に死刑は行われていない。
また
昨年から他のどの国よりも先に、16歳以下の子供がソーシャルメデイアと契約することも記事を読むことも投稿することも一切禁止する法律が適用されている。

わたしも首相のことばに、医療従事者として同意する。医療者として、今まで数え切れない死を見送ってきた。でもひとつひとつの死を大切に心を込めて送ってきたと思う。だから、死刑の実況中継を見たがる者は、恥ずべき者だ。わたしたちは人として正しいことをしなければならない。 



2026年10月6日火曜日

76歳,恋をする (その2)

今年3月に「76歳 恋をする」という記事をここで書いた。76歳の私が16歳年下で60歳のアフガニスタン人のタクシー運転手に愛を告白された出来事のことだ。

40年余り外国暮らしの身にとっては、それほど驚くことではないが、話すと、職場の同僚や仲の良い友達は抱きついて来て喜んでくれる奴も多かったが、心配して「同居や結婚はするな」と余計なアドバイスする奴も多かった。内妻扱いが日本とは異なり、豪州では、同居した相手が死んだり、別れるとき、相手は財産の2分の1を要求できる。友人の1人は、男と別れるとき住んでいたアパートの半分を要求されて、泣く泣く気に入っていたアパートを売る羽目に遭った。
また別の友人は、彼がアフガニスタン解放軍の戦士だったので、真顔で「殺されるかもしれないから怒らせちゃだめよ。」と忠告する奴もいた。すでに告白される前に5年余りの彼を知っているので、この人は怒らない、感情に左右されないという姿を見てきている。友人たちの心配や、共感や、好奇心をよそに、この人とは付かず離れずの付き合いを続けている。

彼はアフガニスタンで1986ー1992まで大統領を務めたナジーブッラー大統領の顧問兼ガードマンだった。大統領と共にソ連を訪問してゴルバチョフに会ったり、ポーランドやハンガリーを訪れたりしている。アフガニスタンは、1991年12月のソ連崩壊にともなう米国の介入によって内戦状態に入った。ナジーブッラー大統領は米国をバックにした勢力によって銃で撃たれジープの後ろにロープで縛り街′中を引きずられ、ずたずたになった体を縛り首にされて、カブールの街にさらされた。少し遅れていたら、彼も同じ目に合っていた。体に銃創も持っている。
1996年、30歳のときに、彼は命からがら豪州に着いて住み、生活苦に負けず妻との間に次々に生まれた6人の子供を育ててきた。
同じ年に、46歳でシングルマザーとして2人の娘を大学に入れるために豪州に来た私に比べれば、はるかに傷だらけの人生を歩んできたことになる。
それを話したら、日本の古くからの親友、18歳でデモのスクラムを組んできた以来60年の付き合いになる友達が、心配して、、「面白がって」本を贈ってくれた。その4冊は
松井久子「疼く人」、「最後の人」、「つがいを生きる」
子安宣邦「生き直し」
80代と70代の恋愛、結婚とその過程での赤裸々な性描写が珍しくて、日本ではセンセーションを巻き起こしたらしい。たしかに性描写には驚かされた。

だけど性愛についていえば、愛の形はそれぞれ、さまざま、いろいろ、あれこれ、多様だ。
私は医療従事者になってから、たくさんの異形の性器を持った人々を見てきた。生まれたときに男の子と言われた人が男性器が発達しないままテイーンになって、大きなクリトリスをもった女の子だったとわかる例や、両方の性器をもった人々が沢山いる。
人は、「まず」相手に出会って性器を観察してから、「おもむろに」恋をしたり愛したり結婚したりするわけではない。人はその人柄を愛するようになり、互いに愛を深めていく。そこでは性器の形やサイズや異形は問題にならない。性愛に異常も正常も平均もない。二人の互いの信頼と愛情の問題だ。

昔豪州で再婚したとき、ロンドンの上流階級出身、品行方正な夫の古い友人夫婦に仲人をしてもらった。彼の仕草から立ち振る舞いやアクセントなどパーフェクトな英国紳士だったが、彼が死んだあと寝室から100冊あまりのペントハウス黒雑誌ダーテイマガジンが出てきて、もうプレイボーイなどかわいいというほど性行為のてんこもりなので、夫が困って家に持ってきた。この時は本当に処分に困った。紳士は見かけによらない趣味を持っていた。
またよく知っているドクターが、妻と性行為するよりも妻が1日履いていたパンツを頭から被って陶酔する方がずっと好きだ、と言うのを聞かされて返事に困ったこともある。

愛はそれぞれ、さまざま、あれこれ、いろいろ、多様なのだ。年齢は関係ない。本や、週刊誌やネット情報に惑わされず、性はこうしたものだという既成概念にとらわれず、まず相手の目をしっかり見る。そこから相手と一緒に愛を育てていけるかどうかを見極めることが大切だと思う。まず相手を見つめることから。