2008年6月15日日曜日

ケビン ラッドの訪日


中国語を流暢にしゃべる ラリアのケビンラッド首相は、首相になって最初の外国訪問で、中国を訪問したが、これが日本頭越し外交、ということで、日本側の激しいブーイングに対応せざるを得ないかっこうで、日本を訪問した。

「ジャパンバッシングならず、ジャパンパッシング(PASSING)」が、それほど日本国民感情を損ねるとは、ケビンも思ってもみなかったことだったろう。これはケビンの訪中から一ヵ月もたたぬうちに、首相を半ば強制して 呼びつけたようなもので、異常に中国嫌いの日本の底力を示した ともいうべきか。

それにしても、ケビンの5日間の滞在中 3日目にやっとケビンと対面した福田首相のもったいぶった態度は何なのか? 欧米では、国の代表者が 他国を表敬訪問する場合、その国の代表者が夫婦で空港に迎えに行ったりする。世界一外交下手な日本、いつまでもこんな福田首相のようなことをやっていていいのだろうか。日本はラリアで最大の貿易国ではないか。

日本は、エネルギーも食料も、ラリアからの供給に頼っている。天然ガス、鉱物資源、牛肉、乳製品、米、小麦、砂糖などだ。輸出入合わせると ラリアの貿易相手国の一位は去年、中国に取って代わられたが、日本は二位、輸入に関してはいまだに一位だ。エネルギーと食料の供給を止められたら困る。

ジャパンパッシングに関して、3月に労働党が政権を取って ケビンが首相になってから、彼の7人の閣僚が、すでに日本を訪問した、にもかかわらず、日本側は、たったの一人も、ラリアに来ていないことを、ケビンは繰り返し、述べていた。

ケビンが、特別機でラリアから、成田でなく直接 広島に降り立ち、広島平和公園、原爆記念館を訪れたのは、びっくりの、上手な外交の仕方だった。首相になって、最初にしたことは、先住民族アボリジニーへの公式謝罪と、京都議定書の調印だった。差別と戦い、環境、平和の味方というイメージを それぞれ絶好のタイミングで印象付けている。政治家として、なかなか、そつのない優等生ではないか。(いまのことろは)

ケビン念願の中国訪問で、大規模輸入輸出契約を取りまとめて帰ってきたと思ったら、日本では、着いてすぐトヨタを訪れて、環境に優しいハイブリッド車のテクニックを褒め称え、メルボルンにトヨタ工場を持ってくる交渉をした。

それで、2010年から、メルボルンでハイブリッド車、トヨタカムリが、生産されることになった。アデレートで、三菱車生産工場が 日本側の業務縮小のあおりを食って閉鎖され3000人の失業者を出したばかりだ。ハイブリッド車をラリアで生産できるようなれば 願ったりかなったりだろう。ラリア政府がトヨタに35億円を助成金として出すという。

ケビンは福田首相との会談後、記者会見の席で最後に、「是非近々ラリアの来てください。うちでバーべキューしましょうよ。」と言った。事前打ち合わせのない予想外の言葉だったらしく、福田は黙っていた。でも、こんなとき、「よし、わかったよ、ケビン。鯨とイルカの肉持って行くから 一緒にこれで一杯やろうぜ。」とでも、毒を吐いたら、福田の人気も少しは日本国内では(国内だけ)上がったかも。
ちなみに、ケビンの訪日中のオージー世論調査の結果では、
「一刻も早く、調査捕鯨をしている日本を違法行為として、国際司法裁判所に提訴すべきだ。」と言う意見が、87%。
「中国との外交を重視すべきだ。」と、言う意見に、72%。
「日本との外交を重視すべきだ。」と答えた人 28%だった。

2008年6月2日月曜日

フラメンコダンスとアンダルシアの音楽


一年ほど前、スペイン出身の女優 ぺネロぺ クルス(PENELOPE CRUZ)が 映画「VOLVER」邦題「ボナペールー帰郷」という映画を主演した。監督、ペトロ アレモドバル(PETRO ALMODORAR)。

ラ マンチャ地方を舞台にした映画で、母と娘、姉と妹の堅い固い絆を描いた秀作。登場する男達は 飲んだくれで 恥もへったくれもない性欲ばかりのろくでなしばかり。対して、スペイン女達の図太いたくましさ、生命力の旺盛さは、まぶしいばかり。 トム クルルーズと別れてからの、ぺネロぺ クルスが 輝くように美しい。内容はちょっと、腑に落ちないような感じだったけれど。

この映画の中で、ペネロペがこの地方の民謡を歌うシーンがある。ギターをもって、彼女の長い首をすっと伸ばして スペイン独特の哀切に満ちた短調を歌ってきかせる。それがとても良かった。この場面を見るだけのために、この映画を観る価値がある。観ていて、スペインを代表する女優が 素朴で土の香りのする土地の民謡を披露することが出来るのは すごいことだと しみじみ思った。私は日本人だが 詩吟をうなることも、落語を一席きかせることも、大漁節や花笠音頭を歌うことも、三味線や琴を外国人に聞かせてやることもできない。1曲でよいから 外国人が絶対まねのできないような 日本独特の芸をものにしておかなかった自分が悔やまれる。

「PACO PENA FLAMENCO DANCE」「パコ ぺ二ィアとフラメンコダンス」というパフォーマンスを観にいった。シドニーシアター A席 $94.シドニー公演は 5夜のみ。
シドニーのあと、パース、キャンベラ、アデレート、メルボルン、ブリスベン、ゴールドコーストをそれぞれ1晩ずつ駆け足で公演するようだ。ロンドンを根城に音楽活動しているグループ。

6人のミュージシャンと3人のダンサー、計9人のパフォーマンス。
ギター:PACO PENA 、PACO ARRIAGA 、RAFAEL MONTILLA
シンガー:INMACULADA RIVERO 、JOSE ANGEL CARMONA
パーカッション:NACHO LOPEZ
ダンサー:ANGEL MUNOZ , CHARO ESPINO 、MARTINEZ

スペインアンダルシア地方の音楽、ジプシー音楽に限りなく近い。回教徒のメロデイーにも近い。アンダルシアはかつて回教国だった歴史もあるので、これがアンダルシアの音調なのだろう。独特のこぶしのきいた歌いまわし。哀切に満ちた 嘆きの心引き裂かれんばかりの悲しみの歌。それと、激しいスペインのフラメンコダンス。

もう相当のおじいさんのパコは 終始にこやかにすわって、ギターを弾いていたが、大変な迫力、3人でギターをバラバラやられると、ウーンまいった。激しさと 沈黙の使い分けが、鋭利な研いだナイフのよう。
パコがギターを一人で弾いている。そこに、女性ダンサーが現れて 突然 カチカチと、カスタネットを叩く。その瞬間 アンダルシア民謡に命が吹き込まれる。この瞬間が鳥肌が立つほど 間をとらえたものだった。瞬間、観客がオー!と、声をあげていた。 ギターとカスタネットだけの音のかけあいがみごと。カスタネットが自由自在にリズムを変えていき、ギターも負けずに自在にリズムを変化させていく。フラメンコ音楽が激しくメロデイーを奏でて 燃えるように調子が高まり リズムが早くなっていき、その絶頂で ピタリと 音が止まる。こんな 激しい音楽のありように聴いている側は引きずり込まれざるを得ない。

ダンサーも良かった。闘牛士のような服に、赤いマフラーを首に巻いた二人の男達のステップを踏む姿が華麗。スペイン舞踊は男の美しさを見せるための舞踊だ。激しい足踏み 一瞬音が止み 沈黙の中で見せる男の横顔。歌舞伎でいうと 主役が大見得をきるところ がとても良い。

観客は乗りに乗っていた。 ソロダンスで、音楽が止み、無音のなかで、ダンサーが指をならし、踊り始めると、調子に乗った観客が指を鳴らし始めた。会場全体に指を鳴らす音が広がると、自然リズムが遅れ勝ちになる。初めは笑顔で踊っていたダンサーが、踊りながら「静かにー」というジェスチャーをし、観客は、一瞬照れたようにどよめいて、指を鳴らすのをやめる、といった場面があった。ダンサーは迷惑だったろう。これだから、すぐに舞台と観客が一体になって、乗ってくるオージー観客は困り者。だいたいジプシーのリズムに 普通の人が付いて行ける訳がない。しかし、人なつこくて、遠慮なく演奏者のリズムに乗って すぐにはしゃいでしまうオージー体質は、憎めない。日本の舞台では、絶対にお目にかからない場面だ。

胸が引き裂かれんばかりに歌う 哀切の嘆きの歌、それと、フラメンコの激しく力強い 華麗なダンス、、、とても、よいものを観た。

2008年5月22日木曜日

シドニーの普通のレストラン



シドニーはもう冬、6時半に起きる頃はまだ暗い。写真は 起きたときベッドから見た光景。ギリシャ教会の尖塔が日の出の光に美しく映える。

映画「アイアンマン」で、テロリストに誘拐された億万長者が救出されて、アメリカにもどって まず初めに食べたがったのがマクドナルドのチーズバーガー、というシーンがとても気に入ったのは、私も マックチキンでなく、ナゲットでなく一個$2のチーズバーガーがむしょうに食べたくなるときがあるからだ。 家から5分歩いたところにマクドナルドがあり、さらに5分歩いたところに郵便局がある。毎日 私書箱を見に、郵便局に行き、マクドナルドによらず帰って来るのに努力を要することがある。40セントのソフトクリームの魅力も見過ごせない。それをなめながら、ゆっくり歩いてアパートのドアでコーンに達し、エレべータ-でコーンを食べつくし、部屋に入って ポイッなのだ。

娘達がそれぞれ立派な専門職について自立して、一人遊びが上手になった。ひとりでチャッッウッドに映画を見にに行き、一人で回転寿司を食べてくる。寿司飯の上にサラダを乗せたり、エビフライやとんかつが乗ってマヨネーズがいやというほどかかっているような皿ばかりが クルクル回るカウンターで、「ねえ、かんぴょう巻き作ってちょうだい、普通の、ごく普通の奴、、」とか、無理難題を言って嫌がられている。

映画館から一階下りたマンダリンセンターの、韓国チャコールBBQの、$10 バイキングにも よく行く。レストランで一人前ドン と盛られると食べきれない。好き嫌いも激しいから、好きなものを好きなだけ気ままに食べられるとうれしい。バイキングだから、ネギやにんじんをセッセと横にどけて、焼きそばだけをがっしり取ったり、八宝菜の山の中から、ほじくってミニコーンとブロッコリーだけとったり、肉のところをこそげ取ってマーボー豆腐の豆腐だけを取ったりしても、誰も批判がましい顔をしないでいてくれる。四角い顔の主人 元軍人という感じのおじさんもおばさんも、最初に店に入ったとき$10払って入ると、みごとに無表情のまま何時間でも放っておいてくれる。ふと思いついて友達に手紙を書いたり、新聞を読んだりしてゆっくりする。

家族や友人と食べるディナーに、日本食レストランの予約を取ろうと「オタクは日本料理屋ですか」と聞くと 「いいえ」、と明確に否定してからジャパニーズフレンチです、とか、フュージョンですとかの答えが返ってくる。何のことが全然わからない。

でも、気に入ってよく行くレストランは「WAQU」と、「美濃」。

「WAQU」:32FALCON ST CROWSNEST 9906-7736   5コース $49
「美濃」:521MILLITARY RD MOSMAN 9960-3351   5コース $59

先日の「WAQU」のメニューは、
1)ソフトシェル蟹とタコス   牛肉と飛び魚刺身 ポン酢ゼリー寄せ   鶏フィレ肉ゴマソース   にんじ    んスープキャビア添え
2)鱒のタルタルソース   または  
 帆立貝と豆腐のきのこソース   または   
 黒豚フィレ肉照り焼きソース
3)寿司
4)ビーフステーキ   または   
  チキンアジアスパイス   または   
  鱈の西京焼き
5)デザート


先日の「美濃」のメニュー

1)穴子とカニの湯葉まき   または   蒸し海老の梅ドレッシング
2)お造り生カキの盛り合わせ
3)銀鱈の西京焼き
  赤ピーマンと魚介類のポタージュ
  海老真丈
  牛肉たたき
  ソフトシェル蟹の吉野葛揚げ    
    または   

  キングフィッシュとしめじ茸蒸し
  赤ピーマンと魚介類のポタージュ
  アスパラガスの合鴨巻き揚げ
  あぶり帆立貝のマリネサラダ
  霜降り肉のしゃぶしゃぶ風サラダ
4)鰻重     または   
  鶏か鮭の照り焼き     または   
  天ぷら     または   
  すき焼き     または    
  和風ステーキ     または    
  とんかつ     または    
  握り寿司     または   
  寄せ鍋     または   
  かじきトロの煮付け
5)デザート

「WAQU」はテーブルとテーブルの間に充分 スペースがあって、静かで落ち着いている。10人くらいのパーテイーができる個室もあって、良い。
その点、「美濃」は 詰め込みすぎというか、普通。
どちらの店も趣味の良い瀬戸物を使っていて、感じが良い。久しぶりに家族が顔をあわせたとき、食事を楽しめるシドニーの普通のレストランだ。

2008年5月18日日曜日

シドニーで一番のレストラン




シドニーで、和久田哲也がシェフをしているレストラン「テツヤズ」が、イギリス「サン ペレグリーノ世界のベストレストラン100選」で、今年も世界の10トップレストランに選ばれたと、日豪プレスは報じている。去年は5位だったが今年は9位。

トップ10のレストラン
1)EL BULLI スペイン
2)THE FAR DUCK イギリス
3)PIERRE GAGNAIRE フランス
4)MUGARITZ スペイン
5)THE FRENCH LAUNDRY アメリカ
6)PER SE アメリカ
7)BRAS フランス
8)ARZAK スペイン
9)テツヤズ オーストラリア
10)NOMA デンマーク
また 「テツヤズ」は 92年以降毎年、シドニーモーニングヘラルドの、グッドフード賞を受賞し続けている。一人前$285.半年先まで予約いっぱいのレストラン。

3年前、RNS病院の心臓外科病棟にフルタイムで勤めながら、日本人患者のために通訳で、タウンホールクリニックにも勤めていた。でも大学での勉強も始まるのでクリニックの方は 退職することになり、お別れ会を、テツヤズでやってもらった。
テツヤズの良いところは、すべてが個室になっていて、通路がほかの客を顔が合わないような構造になっていることだ。だから、レストランで誰ともばったり会ったりしないで済む。レストランによっては、普段は静かで落ち着いて食事するつもりで来たのに、たまたまほかのグループが耳の遠い老人グループで、大声でがなりたてるのがいたり、しつけのできていない子供を連れてくるアホな若夫婦がいたりすると、食事がめちゃくちゃになる。その点、テツヤズは、中に入ってしまうとハンサムなウェイターしか目にしないで済む。髪の長いウェイトレスを置いているレストランもいやなものだ。レストランは、身の動きの早い、清潔な感じの若いウェイターに限る。

部屋に通されると ウェルカムシャンパン。それが済むと、座って、前菜用のよく冷えたワインと前菜。次に、ワイングラスを下げて 別のワインと焼き物。それが済むと、また、ワイングラスを下げて、別のワインと煮物。という具合に、それぞれの料理に合ったワインが、それごとに注がれる。
メインは「テツヤズ」の代表料理、オーシャントラウトのコンフィ。50度の低音でじっくり火を通したマスの片側に、炒った昆布を胡椒のように貼り付けたもの。見た目も美しくて良いお味。
途中、口を洗うということで、一口シャンパンのソルべートが出て、デザート前にもシャンパンが出てから甘いものが出た。
クリニックのオーナーが払った一人$350のコースが高いと思わなかったのは、痒いところに手が届くスマートなウェイター達のサービスぶりと、惜しげもなくその場で開けられる沢山のワインでせいだろう。とても、良い思いをしたレストランだった。

「テツヤズ」と、「ガリレオ」と、「吉井」 この3つがシドニーでは一番のレストランと言われている。 行って見た。

オブザーバーホテルの中のレストラン「ガリレオ」。犬養春信コック長は、テレビの「料理の鉄人」に出演した。一人$165.  9コース。ソムリエが愚かな男で、お酒を飲まないから食事にしてくれと、言っているのに 飲み物をオーダーさせようと強引な押し売りをされた。わざと食事と食事の間をあけて、飲み物で稼ごうとする。食事が終わるのに4時間半かかって、終わる頃には、誰もが疲れ果てていて、会話を続ける気にもならなかった。これほど愚かなソムリエに合ったことがなかったし、これほどレストランでひどい目にあったことは、前にも後にも一度もない。建物も古びて、汚らしい。絶対行くべきではない。

「吉井」コック長、吉井隆一。漫画「おいしんぼ」で 活躍した料理人。ラリアで一番の億万長者ジェームスパッカーが結婚したとき、彼が腕をふるった。
先日行ったばかりで、メニューを まだ捨ててないので書き写してみる。9コース $130。(ワイン別)
上の写真は、このときのもの。1、と 6、と 8、の写真。
1)ウニ玉
2)筍の前菜盛り合わせ
3)スキャンピのカラスミ焼き、筍のパスタ添え
4)子牛ヒレ肉カルパッチョ
5)アサヒガ二と衣笠茸の鳴門蒸し
6)和牛ビーフ 蓼と西洋山葵のピュレとたまり醤油ソース
7)シャーベット
8)寿司
9)味噌汁
10)デザート
フロアマネージャーが予約受付から、当日の案内、料理の出具合をよく監督していて、彼の洗練され、物腰の穏やかさは、とても良かった。しかしお運びは全員ウェイターでなくウェイトレス。
オントレのウニ玉が、この人の得意料理で、卵に、ウニを乗せて熱いスープをかけて金箔を乗せた物。金箔なんて、趣味が悪い。
前菜(2)と次の(3)で、季節の出し物として出された筍は、ショック!水煮缶だった。ここでも、本当のたけのこは、栽培しているのに、名のあるこのようなレストランで、一缶$5で買える水煮缶が材料だなんて、日本料理屋として許されるとは、思えない。おまけに、(4)も、(6)も、生の牛肉で、血がしたたるような肉だった。
「吉井」には、吉井コース$130か、桜コース$110しかないので、食べに行くと二つしかチョイスがない。(1)ウニ玉の生卵や、(4)と(6)の生肉を食べられない人は少なくないはずだ。現に、夫は ウニ玉を気持ち悪いと言い、生肉が食べられないので、ここの料理は ほとんどパス、食べずに返していた。このレストランは、行く価値がない。

というわけで、「テツヤズ」は、好きだが、半年先にまだ生きているかどうかもわからないのに、予約を入れてもらってまで 行く気はしない。
世界でトップレストランとか、いろいろ言うけれど、食べ物をおいしいと思うには、本当に仲の良い人と、楽しい気分で、会話を楽しみながら食べる食べ物ならば、何でもおいしい。なにも、高いお金をだして、高給レストランに行くことよりも、楽しい仲間をもつこと。一緒にいて楽しい家族を維持すること。これが一番大切なことだ、と思いあたる。

2008年5月12日月曜日

映画「ヒットラーの贋札」


映画「THE COUNTERFEITERS」邦題「ヒットラーの贋札」を観た。

久々に 重いが実のある 良い映画だった。今年見た映画30本位の映画の中で、一番印象深い 見ごたえのある映画だ。

事実をもとにしたドキュメンタリードラマ。オーストラリア映画、ドイツ語、英語字幕。
実際に、彼らが製造した贋札は、130億ポンドで当時の英国の外貨総金額の3倍にもあたる 金額だったそうだ。

監督:ステファンルッオスキー(STEFAN RUZOWITZKY)
2008年アカデミー外国映画作品賞 受賞作。

3人の主要登場人物
贋札作り稀代の職人サリーSOLOMON SOROWITSCHに:KARL MARKOVICS
サリーの仲間 ブルガーに:AUGUST DIEHL
ドイツ将校ヘルツォークに:MARTIN BRMBACK

1936年 ナチ政権下のベルリンで、ユダヤ人サリー(カール マルコビックス)は、地下で、贋札、パスポート、身分証明書の偽造などをしていたが、ナチに捉えられて、強制収容所に送られる。

ナチスドイツは 連合国の経済システムを混乱させ麻痺させるために、ポンドとドルの贋札偽造を計画していた。 ドイツ軍将校のヘルツオークは、印刷技術や、アートに優れた腕をもつ職人を集めて、工場をつくって そこでポンド偽造を始めた。そこに贋札つくりの稀代の天才職人サリーが連れてこられ 責任者に任命される。

集められたユダヤ人のなかで、ブルガー(オーグスト デヒル)は、ロシアから連行されてきたコミュニストのユダヤ人、贋札作りのサボタージュを提案し、ドイツ軍に協力するくらいなら ほかのユダヤ人たちと一緒にガス室に行くと主張して 実際、サリーの仕事の妨害をする。贋札工場に集められたユダヤ人は、ほかの者たちとは格段に良い待遇で、柔らかいベッドや、良い食事が与えられるが、いったん抵抗すれば、いとも簡単に銃殺処刑が、待っている。
サリーは、ドイツ軍将校ヘルツオークに 激しくプレッシャーをかけられながら 黙々と 贋札作りをすすめていく。

実在した人物 サリー(ソロモン ゾロウィック)を演じた カール マルコビックは、シドニーでは テレビ連続刑事ものの番組「インスペクターレックス」で、毎週でてくる おとぼけ刑事をやっている俳優だ。痩せて、背が低く、禿げ上がって あごが滑稽なほど出ている ハンサムとは程遠い俳優だが、テレビ番組では、レックスという名のジャーマンセパード犬が主人公で、毎週起きる殺人事件を解決する。刑事達は、犯人を追い詰めたはずが、逆に追い詰められて倉庫の中で焼き殺されそうになったり、気絶したまま水死しそうになったところで 刑事達より優秀なレックスに助けられ、犯人逮捕にいたり、めでたしめでたしとなる。オーストリアから送られてくる人気テレビ番組で、英語字幕がついている。
しかし、「ヒットラーの贋札」が、アカデミーをとり、カール マルコビックが有名になってしまったため、せっかくのレックスが引っ込んでこの俳優が中心の刑事ものになってしまった。レックスの活躍だけが楽しみだった私には、がーっかり。 しかし、彼は良い俳優だ。この映画に適役。彼の無表情の表情がとても良い。

ナチの命令に出来る限り抵抗しようとしたブルガーと、ナチの命令には卑屈とも思えるほど従順にヘルツオークを喜ばせようとするサリーとは 常に映画の中で対になっている。
しかし ブルガーが サボタージュの責任を問われて銃殺される瞬間を、完璧に仕上げたドル札を手に駆けつけてブルガーの救命をするのはサリーだ。
仲間の中で 絵の上手な少年が結核になって、それをドイツ側に察知されたら殺されるとわかって、ヘルツオークと危険な駆け引きをして結核の薬を手に入れて少年を救命しようとするのもサリーだ。
贋札工場で、誰よりもドイツ軍に従順で卑屈にみえて サリーは贋札工場の責任者として 仲間の誰一人の命も失わずに済むように 奥深く秘めた決意をしていたのだろう。

ドイツ兵が退却し、戦争が終わったことを知ったとき、コミュニスト ブルガーが、大粒のなみだをぼろぼろ落としながら 呆然とたたずむ姿と、サリーの無感情とは、対照的だ。

毎日が死の恐怖と恫喝に中にいた者にとって、終戦、自由、解放、希望、、、など、絵に描いたような道順を歩めるわけがない。

サリーは、解放後、ヘルツオークが隠していた贋札の札束をもって、パリにきて モンテカルロのカジノで 湯水のようにポンドを使い切る。酒も女も金も、彼にとっては 何の意味もない。金を使いきった後、砂浜で海を見つめる彼の目は、何もみていない。絶望以上の絶望をみている。 映画最後の場面だ。

私達は、このような優れた戦争映画によって、たくさんのことを学ぶことができる。
「ソフィーの選択」、「ショアー」などでも、私はたくさんのことを知ることができた。本を読んだり ドキュメンタリーフィルムを見ただけでは わからなかったことを、優れた映画によって、感じ、触り、聞き、味わい 感動することができる。

とても良い映画なので、お勧めする。

2008年5月9日金曜日

映画「壊れた太陽」



映画、「BROKEN SUN 」、邦題「壊れた太陽」を観た。
監督:BRAD HAYNES
出演:JAI KAUTRAE、宇佐美慎吾、原健太郎、橋本邦彦


オーストラリア、NSW州のカウラというシドニーから西の内陸に向かって250キロほど行った田舎町に、第2次世界大戦中は捕虜収容所があった。 カウラは今でこそ、小さな町が中心にあり、そこから一面の麦畑と、牧草地が広がって、牧畜農家が点在している のどかな田舎だが、収容所があったころは、まだ本当に僻地のようなところだったのだろう。

戦争が始まって、フィリピンなどで戦争中に捕虜となった日本人が、イタリア人捕虜や、ドイツ人捕虜と一緒に、この収容所に収容されていた。  当時の日本人軍人は生きて捕虜となるよりは、天皇のために戦って潔く死ぬことを望んで、食事のとき用に与えられていたフォークやスプーンや石で武装して、看守を襲い、集団脱走をした。

1944年8月5日のことだ。1104人脱走、死者234人、負傷者108人、脱走に成功したもの ゼロという記録を残した。生き残って、収容所にもどされた捕虜達は戦後 日本に帰国したが、捕虜を恥と考える日本人捕虜達は、自分の本名を隠し通したため、実際の脱走の首謀者などは、わかっていない。

死者のうち、4人はオーストラリア人看守だった。僅かな数の看守に対して、圧倒的多数の日本人が襲ったため、看守は無残に殺された。脱走を計画したものは、恐らく 誤った情報によって、カウラから脱走して汽車に乗り 港までたどり着ければあわよくば母国に帰れると、思い込んでいたものもいたと思われる。当時、南方戦線に駆り出されていた島国日本の若者に、日本とオーストラリアがどれほど離れているのか、NSW州が地図の どのあたりに自分がいるのかといった知識を まともに持っていた人はわずかだったろう。汽車などなく、港まで何百キロ、カウラから歩いてでは、どこにも逃げる所などない。日本の22倍、このオーストラリア大陸の大きさを正確に知っていれば脱走に異を唱えるものも多かったはずだ。無知を、教条的な精神主義で乗り切った当時の軍国日本の、無謀な集団脱走だった。一部の軍人に踊らされて起きた 集団自決事件ともいえる。

今、カウラには沢山の桜が植えられて、当時の戦死者達の日本人墓を取り囲んでいる。近くには、日本庭園が造られ、池には大きな錦鯉が泳いでいる。日本軍は大東亜共栄圏とかいって、アジアの国々を侵略し、捕虜になった兵士達は オーストラリアでサンフランシスコ条約に即して人道的な捕虜の扱いを受けていたにも関わらず、オーストラリア人の警備員を殺害し、集団脱走して 結果として、沢山の集団自決とも言ってよい死者をだした。毎年、桜の時期には、大使、領事や、日本人会によって、法事が行われている。

この映画は、このカウラ事件を扱った インデイペンデント フィルム。
主人公、ジャックは 若いときに第1次世界大戦でヨーロッパ戦線に送られて帰還した元軍人。結核でひとり、わびしい恩給暮らしをしている。戦場で負傷して、連れて行ってくれと、懇願する親友を無残に見捨ててきた過去から逃げられず、親友がいつも夢に現れて、自分を苦しめる。 そんな時に カウラ収容所から脱走してきた日本人捕虜マサルが、とびこんでくる。ジャックは 素足でボロボロの服を着たマサルに 食べ物を分けてやり、服をやり、足の怪我の手当てまでしてやる。戦争で心の傷を負っているジャックと、絶望的な脱走をはかりうとしているマサルとの間に、いつしか心が通い合う。

しかし、その夜 もう一人の脱走犯がやってきて、自殺をはかるが死に切れなくて苦しむ友人のために首をしめて楽にしてやるマサルをみて、ジャックは 許せない殺人だといって激しく怒る。しかし、朝には、追っ手がやってきて、、、というお話。

この映画は 歴史的に無視することができないような 深刻な出来事を扱っているはずだが、映画としては失敗作、ものすごくつまらない。冗漫で、詩情に流れて、テーマが失われている。安っぽいセンチメンタル。
この監督の日本びいきには頭が下がるが、マサルの友達が 脱走したあと生き残ってマサルと合流できた そのすぐ後に切腹自殺するのは、実情にそぐわない。オー!ニポンジンー、ハラキリ、ゲイシャ、フジー、といった外人さんのイメージには苦笑するしかない。脱走した捕虜がハラキリできるような短刀を持っているのも、謎だ。

脱走の前、一番強硬に看守を殺して潔く死ぬと、アジっていた男が逃げ延びて、女子供しかいない農家に逃れて、食べ物を恵んでもらったあと、主婦に、どっかに早く行ってくれ、と言われて、あわてて、主婦の家事の手伝いに、シーツを干そうとするところは、笑える。当時の日本軍強硬派がこんなことをするだろうか。

初めの脱走シーンも、突然、画面が真っ暗になって、声だけ、ワーとか、ガッシャン,ドタン、グシャ、バンバン、ドッドッドッ、などと、音だけで脱走を仕上げてしまったのも、予算がないのは、わかるけど、もっと、何とかならなかったのかしら。だいたい、せりふあり日本人4人、せいふなし日本人が4人くらいの出演者では、戦闘場面は描けなかったのも無理はないけれど。でも、本当は、二人だけの出演者でも優れた映画を作ることもできる。

ジャックとマサルとの間に国境をこえた友情がめばえるといった テーマを描きたかったのだと思うけれど、そんなに 数時間の間に、簡単にめばえる友情って、何だろう。1944年 オ-ストラリアと日本は 敵味方で戦争をしてた真っ最中のできごとだ。オーストラリアのおとなりさんのインドネシア、シンガポール、フィリピンと、日本軍は侵略の食指をのばし、オーストラリアのダーウィンを爆撃し、シドニー湾にも潜水艦をおくって、人口の少ないオーストラリア人を震え上がらせていた敵だ。そんな日本人に出会って すぐ食べ物を分けてやり、自分の持っている一番上等な服をやれるだろうか。

カウラ脱走事件の当時に関する書物を、随分読んできたが、確かに 腹を空かせ、青白い思いつめた顔の脱走犯をみたカウラの人々の中には、田舎者の人の良さでもって、食物を与えた農家もあったようだ。でも、それは友情ではなくて、同情だ。決して、友情ではない。

インデイペンデントフィルムというのは、スポンサーもなく、限られた予算で どうしてもいいたかったことを、魂をこめて作るフィルムではないだろうか。

こんな程度のセンチメンタルな奇妙な日本びいきのテイスト映画を、男の友情物語とか 戦争悲話とか、ヒューマンドラマなんて、言ってくれるなよ。ムシズが はしるぜい。 

2008年5月5日月曜日

映画「アイアンマン」


映画「IRON MAN」、邦題「アイアンマン」を観た。 監督:JON FAVREAU
鉄人トニー スタックに: ROBERT DOWNEY JNR
秘書ペパーに:GWYNETH PALTROU
親友の米軍総指揮官ジムに:TERRENCE HOWARD
スタック社取締役 オビダーに:JEFF BREDGES

原題を、そのまま読めばアイロンマンなのに、邦題がアイアンマンなのは、日本人がRを発音できないからかしら? 敷島博士が開発し、金田正太郎少年が操作する、鉄人28号は、今も私のヒーローだけれど、これは、ロボットではなく 鉄でできたスーツを着て戦うアイアンマンのお話。

トニー スタック(ロバート タウニージュニア)は、天才的な兵器開発技術者で、スタック社二代目の社長。彼の開発した兵器は世界中で売りさばかれ、国防長も、米軍も、CIAもFBIもトニーとは密接な関係をもっている。会社の取締役でトニーの右腕は 亡くなったトニーの父の親友だったオビター(ジェフ ブリッジ)。 億万長者のトニーは、お酒と女が大好きな プレイボーイ。豊富な財力と、斬新な技術で新しいスーパーミサイルを開発したばかり。

この新しい兵器を売り込みにアフガニスタンに行った帰り、タリバン砲撃にあい、一行は全滅、トニーは誘拐される。トニーは砲弾の破片が心臓に突き刺さり、死ぬところを 同じくタリバンに誘拐されていた東欧のドクターによって、救命される。このドクターは自分が発明したペイスメーカーを トニーに埋め込んで いったん止まった心臓を蘇生させた。 医師とトニーの二人は、タリバンのために 洞窟で 米軍に売ったばかりのスーパーミサイルを大量生産することを要求される。 タリバンは 沢山のスタック社の兵器を米軍から強奪していた。それらを分解して二人は 新兵器を作る。すなわち巨大ロボットアイアンマンだ。

完成直前にタリバンに察知されて、医師は殺されるが アイアンマンスーツを着たトニーは キャンプから脱出、タリバンの網の目をくぐって、砂漠で行き倒れたところを 米軍に救助される。が、アイアンマンスーツは、粉々に崩壊する。

帰国したトニーは自分が作った兵器がタリバンを攻撃するだけでなく、米軍から奪われた同じ兵器が アフガニスタンの市民を殺傷している現実を知って、もう、武器開発はしない、と、主張する。会社取締り役達の混乱を尻目にトニーは一人、アイアンマン第2号の製作に着手する。 自分の心臓のペイスメーカーに 原子力エネルギーを使った新しいエネルギー源を埋め込み、銃にも爆弾にも負けない力を持ったアイアンマンを作る。飛行機より早く飛び、鉄よりも強く、風よりも早く走るアイアンマンは、アフガニスタンで大活躍。親友の米軍総指揮官ジムは、トニーの姿に驚愕する。

しかし、スタック社取締役のオバデイアは 裏ではトニーを裏切り 武器をタリバンにも横流ししていた。そして砂漠で粉々になった、アイアンマン第1号を再生して、トニーの心臓に埋め込まれている新エネルギーのペースメイカーを取り付けて自分がアイアンマン第1号になって、第2号のトニーと戦う。新エネルギーのペースメイカーを奪われたトニーの戦いの勝ち目はないが、秘書(グウェンス パースロー)の機転で第1号はエネルギーを失い、トニーは生き残る。アメリカ市民は、新しいヒーロー アイアンマンの登場に大喜びして、、、。というお話。

結論は、ジョージ ブッシュは、イラクで4000人の米兵をなくしながらも アメリカの自由と正義のために戦争を正当化しているけれども、アメリカの本当の敵は タリバンでもハマスでもアルカイダでもヒスボラでも南米ナショナリズムでもなくって、アメリカ内部の腐敗なんだよね。トニーの敵が 一番身近にいた自分の会社の右腕だったように。

トニーが3か月 タリバンに誘拐された後、無事帰国して、彼が最初に食べたがったのが、マクドナルドのチーズバーガーだったり、仕事しながら、ピザにかぶりついたり、億万長者なのに、なぜか憎めない。

プレイボーイ、トニーの一夜のお相手が 彼の豪邸で次の朝 目が覚めると、秘書のグエンス パースロー以外に誰もいない。女が腹をたてて「なによ、あんた」と言うと、パースローが、「私 秘書なの。トニーのズボンを下ろさせること以外は何もかも、私の仕事なの。」と、スラリと言うところも 彼女らしくて、全然憎めない。やっぱり、スーパーヒーローには、彼女くらいの、品格のある女優を使ってくれないとね。

週に1本以上は 劇場に足を運んで映画を観ているから、映画の始まる前の予告編はたくさん観ている。「インデイアナ ジョーンズ」や、アンジェラ ジョリーの「ウォンテッド」 など、興味深い映画が次々にやってくるのがわかる。でも、このアイアンマンは 一度も予告編をやらなかったので、何の予備知識もないまま、急に劇場に出てきたのを観た。で、観てよかった。とってもおもしろい。

「スパイダーマン」、「バットマン ビギン」、「スーパーマン」など、スーパーヒーローが私は大好き。 「ロボコップ」、「トランスフォーマー」も大好き。天才的な技師が図面をひいて、それが立体的な形をつくり、本物のロボットができていく過程はぞくぞくする。この映画もトニーが ロボットを相手に一人で アイアンマンスーツを作っていく過程がすごくおもしろい。人はいつも鳥のように自由に空を飛び、 風のように早く走り回る夢をみる。スーパーヒーローは、いつだって、いて欲しい。

2008年4月24日木曜日

アイマックスで U23Dを



世界最大の大型映像アイマックスで、U2のコンサートを観た。$18なり。

U2は アイルランド ダブリン出身のボノを中心とする4人のロックグループ。1976年から活動を始めて 30年あまりたった今も現役で ワールドコンサートを続けている。バンド結成当初から、政治的メッセージを歌にこめて歌い、ベトナム戦争終結当時の騒然とした社会をよく反映していたが、時代とともに、成長し続けてきた。ボノの のびやかで、豊かな声量と、THE EDGE のギター、キーボードと声のコンビネーションのよさは絶妙だし、ADAM CLAYTONのベースで、がんがん パワー全開、LARRY MULLERJRのドラムでビートを効かせる。U2の どの曲も好き。聴いていて、ロックっていいなあと素直に思う。

彼らのアムネステイインターナショナル、THE ONE CAMPAIN、BONO'S DATA(DEPT,AIDS,TRADE,IN AFRICA)など キャンペーンも援助の仕方にいやみがなくて、理にかなっている。 フィルムは、HANNAH MONTANA コンサートや、マデイソンスクエアガーデンでのコンサートなど、最近のワールドツアーのいくつかを ひとつのフィルムに編集したもの。曲目は、SUNDAY BLOODY SUNDAY, BEAUTIFUL DAY など代表作含めて、15曲。88分のフィルムで、ボノは 休みなしで歌い続けて、途中、解説もおしゃべりもなし、文字どうりのコンサートパフォーマンスの中継になっている。9本ものカメラで、立体的に肉薄した映像を作っている。

受付で、プラスチックでできた3Dの眼鏡をもらって、中にはいって、大型画面にむかって、急傾斜の階段椅子にすわる。 アイマックスを観るのは二度目、松下電器パナソニックのテクニックで、シドニーに初めてこれが作られたのは、10年前。出来たばかりの頃、3Dではないが、野生動物のフィルムを初めて見た。その頃は $18がとても高く感じられて、映像を見ていて、何もかも大きすぎて、眩暈がして、見終わった後 吐きそうになった。それから10年、普通の映画でも$13.50に値上がりして、アイマックスの$18が安く感じられるようになった。それに、ロックを たまには がんがん聴いてみたい。

期待わくわく、3Dでみたコンサートは 確かに自分がコンサート会場にいるような錯覚がする。ボノが自分の横で歌ってくれたり、アダムクレイトンのギターが手で触れられそうに思える。すごく ドキドキする。

どうやると3D画面がこんなに身近に見えるのか、説明書を読んでみた。 人は右目と左目でものを見ていてそれぞれ多少違って見えているのが、脳の中で左右を統合してひとつの実体を見ている。同じ原理で右からと左からと 二つのカメラでフィルムを回して 巻きもどして同時に2方向から投射すると奥行きのある平面でない実物のような立体的な映像ができる、らしい。

アイマックスのフィルムの大きさは35ミリの普通の映画の10倍以上、70ミリのシネマスコープの3倍以上の大きさのフィルムを使っている。座って映像を見ている位置から 8階のビルデイングを見上げている高さということになる。普通映画のフィルムは縦に巻いてあるのを画面に映し出すが、アイマックスは フィルムを横(水平)にして、横から波の動きのように滑らかにフィルムを送るそうだ。そして、フィルムはカメラの後部にぴったりくっつくように、陰圧になっていて、しわもなく、完璧な映像が送り出されるようになっている。 フィルムのコマが大きくなればなるほど、画質が良くなるので、普通の映画で観られない 鮮鋭な映像が観られるということだ。

アイマックス3Dのような大型画面を見せるために、強力なプロジェクターが必要になるわけで、普通のプロジェクターは2000から4000ワットで済むのが、15000ワットの強力プロジェクターを使っていて、これを稼動させるために、1分間に1600メートル四方の冷風と、36リットルの冷水で 冷やしながらプロジェクターを回しているんだって。
裏方さんたち、ご苦労様です。

日本でもアイマックスは、東京、品川のプリンスホテルに あったのに、コクドの経営不振で 去年の3月に、閉館営業停止になったそうで残念。名古屋港水族館では 健全だそう。 コンサートをアイマックスで3Dで見せるというのは、とっても良いことだと思う。コンサートには行けなくても その場にいるような感じになれる。大きな音で 音の渦のなかですっかり浸りきれる。

今度は、ベートーベンの第9か、やっぱりパンクが良いかな。

2008年4月17日木曜日

映画「幸せの1ページ」



新作映画「NIM"S ISLAND」を観た。子供向けファンタジー映画ということになっている。
原作 WENDY ORR, 映画監督MARK LEVINとJENNIFER FLACKETT夫婦、 配役、NIMにABIGAIL BRESLIN, 作家にJODIE FOSTER,海洋学者にGERARD BULTER.

ニム(ABIGAIL BRESLIN)は、11歳、海洋生物学者のお父さん(GERARD BUTLER) と二人きりで活火山がある南太平洋の無人島に住んでいる。お母さんは 海で事故に合い 亡くなった。 ニムはお母さんが大きな鯨のおなかの中で今でも元気に暮らしていると思っている。

二ムの親友はアシカ、大トカゲ、亀、ペリカンなどだ。アシカとヒップッホップを踊るし、彼の体につかまって海で泳いだり潜ったりして遊ぶ。大トカゲはいつもニムの体のどこかしらにくっついていつも一緒だ。

月に一度は軽飛行機が 島に荷物を落としてくれる。中にはニムの大好きな作家、アレックス ローバーの書いた冒険小説が入っている。彼の書いた冒険小説に出てくる主人公がニムのヒーローだ。ヒーローは 砂漠で死にかけたり、山で遭難しかけたり、山賊に殺されかけたりしながら世界中を旅する いつも強くて大活躍の冒険家だ。

作家アレックス ローバーは 自分の小説の中で、主人公に冒険をさせるため 必要な科学的な知識をコンピューターを通じて ニムのお父さんの知恵をかりている。お父さんは、ナショナルジェオグラフィックでも紹介されている有名な研究者だ。しかし、アレックス ローバーは著者名で、本当の名は、アレクサンドラ。女性で、冒険どころか、小さな虫にも恐怖の悲鳴をあげる、自分の家から出て、外気に触れるのも怖くて 人と接触することもできない、神経症の閉じこもり作家だ。

そんなある日、お父さんは ボートで研究のために外洋に出たまま、嵐にあって帰ってこられなくなる。荒れる海で ボートのマストが折れて、ボートは水びたし。たった一人 島に残されたニムは、途方にくれる。そんな時に、観光旅行者が、突然ボートで島にピクニックにやってくることになった。二ムはお父さんと二人だけの秘密の場所を守るために どうしてよいかわからない。 何日たっても、お父さんが帰ってこないので、遂に、インターネットで二ムのヒーロー 作家のアレックスローバーに助けを求める。

アレックスは 自分の熱狂的ファンの11歳の女の子の窮地を知って、助けに行ってやりたいが、本当の自分は家の外の郵便ポストまで行くにも、勇気を奮い立たせて、何日もかかって、郵便を取りに行くような状態。しかし とうとう作家は自分が書いた冒険小説のヒーローに背中を押されて 決死の覚悟で飛行機に乗り、沢山の乗客や 周りの人々に迷惑をかけながら、サンフランシスコから、トンガまでたどり着き、その後は 暴風雨の中を ボートで半分死んだ体で ニムの島に漂着する。

ニムはアレックスが冒険小説のヒーローとは似ても似つかない か弱い女性だったことに 心からがっかりする。が、たった一人の保護者だったお父さんが行方不明で、途方にくれて泣いているニムにとって アレックスは必要な存在だった。苦労してサンフランシスコから 自分に会うだけのためにやってきてくれたアレックスに ニムは心を開く。 そうしているうちに お父さんが壊れたボートの破片で組み立てたウィンドサーフィンで帰ってきて、、、 というお話し。

子供のとき 誰もが学校に行かないで 南の島で毎日 動物達に囲まれて 好き放題に暮らす夢を見たのではないだろうか。そんな夢、そのままの映像、、アシカにつかまって海に潜って魚達とたわむれる、やしの樹に登って 実を取ってジュースを飲む、亀の出産を手伝って、赤ちゃん亀達が海に帰っていくのを助けてやる、その肩にはいつもペットの大トカゲ、はだしで駆け回る密林、ターザンのように樹のツルにつかまって山から海辺まで下りてくる、どこまでも青い海と空、、、 子供だけの夢ではない。現代社会に疲れ、複雑な人間関係に辟易としている大人たちのドリームであるだろう。

そのうらやましい11歳の女の子をいとも自然に演じているアビゲール ブレスリンは、確かに天才子役と言えるだろう。 ジュデイー フォスターも、子役からきた俳優。デニーロの「タクシードライバー」(1976年)で13歳の娼婦役をやって、世界から注目されアカデミー賞をノミネートされた。1988年「アキューズド」で アカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ賞、1991年「羊達の沈黙」で 再びアカデミー主演女優賞と、ゴールデングローブ賞を取った イエール大学卒のインテリ女優。彼女のアレックス ローバーの役が、とても良かった。滑稽な弱虫 腰抜けぶりが、わざとらしくなくて気持ちよく笑わせてくれる。どんな役でもできる、知的で美しい女優だ。

この映画、子供のためのファンタジーにしておくのはもったいない。大人にこそ、こんなファンタジーが必要なのだから。さあ、仕事をやめて、休暇をとって、、、海にでかけようぜい!!!

2008年4月13日日曜日

映画「BEFORE THE DEVIL KNOWS  YOU'RE DEAD 」




映画「BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU’RE DEAD 」を観た。今年の映画の中で最高によくできた映画のひとつ、といううたい文句につられていってみた。

題名は、「May you in heaven half an hour before the Devil knows you 're dead」という アイルランドの ことわざというか、慣用句からとったもの。おまえが死んだことを 悪魔が知る30分前に天国に もう着いていますように、、、と言う意味。

不動産会社のマネージャー、アンデイ(PHILIP SEYMOUR HOFFMAN)と、仕事にあぶれて定職のない弟、ハンク(ETHAN HAUKE)は もういい年なのに二人とも生活に四苦八苦している。アンデイーは、仕事の重圧と、愛人関係に行き詰まっており、ストレスから麻薬に手を出して中毒になっている。お金がいくらあっても足りない。

弟ハンクは別居している妻から娘の養育費を厳しく取り立てられていて慢性的金欠病に悩まされている。もともとこの弟、自立心がなくいつも立派な兄に頼っていて、まともに家庭を築いたり ひとつの仕事に就いてしっかり責任を果たすことが出来ない半人前の人間だ。卑劣なこに、兄の愛人と隠れて関係をもっている。

ある日、兄は弟を呼び出して、ショッピングセンターにある 小さな宝石店を襲って売上金と宝石を強奪する計画をもちかける。この店をアンデイーもハンクも良く知っている。なぜなら、彼らの両親が経営する宝石店だからだ。両親は子供達とは離れて 郊外に住んでいるが 二人とも仲がよく、絵に描いたような良い老夫婦だ。

毎朝、決まった時間に店を開け、母親がしばらく一人きりでいる時間に、覆面をして、母親をちょっと脅かせば難なく現金と宝石が手に入るはずだった。 でも、弟はそれを一人きりでやる勇気がない。悪い友達を誘って 彼に強盗をさせて、その間 自分は店の前で車のドアを開けて待っている。しかし、予想外に、母親は襲われても 銃で強盗を撃ち殺す勇気ある宝石店経営者だった。銃の撃ち合いになって 強盗も母親も命を落とすことになる。腰抜けの弟と 強盗を計画してやらせた兄は 母を間接的に殺す役割を果たしたことになる。二人は 突然の母の死に狂乱する父親と向かい合わなければならないことになった。

父親は 妻を殺した憎い犯人を探し出すよう警察に期待するが、小さな宝石店強盗など日常茶飯事のアメリカでは警察はまともに取り合ってくれない。父親は執念で犯人探しをはじめる。そしてとうとう宝石を質入れしたルートを探し当て たどり着いた先は長男アンデイーだったことに驚愕する。

しかしその頃にはもうアンデイーもハンクも自滅 崩壊寸前の体。アンデイーは麻薬のトラブルで瀕死の重傷で病院に担ぎ込まれる。駆けつけた父親にアンデイーは すべてを告白する。父親は いいんだ、気にするなよ、と言いながら、、、、。

ストーリーはたいしたことのないのだが 画面は緊張感が張り詰められていて すごく引き込まれる。上映の2時間を、全然長く感じない。さすが老練監督のこなれた技術。上手な人が作ると こんなに完璧な面白い映画が仕上がるのだということがよくわかる。 監督、SYDNEY LUMET.84歳の老練監督。「12ANGRY MEN 」、「DOG DAY AFTERNOON 」、「SERPICO」などなど。

俳優;アンデイーにPHILIP SEYMOUR HOFFMAN。2005年、「カポーテ」で、オスカーで主演男優賞を取った名優。弟ハンクにETHAN HAWKE、第一線で活躍する俳優さんだ。でもこのイサン ホークが好きな人はこの映画観ない方が良い。本当に小心で卑劣で情けないほどどうしようもない男を演じている。アンデイーのエリートマネージャーがいったん道を外れると加速度のつく早さで凋落していく様子も、腰抜けの弟の落伍者ぶりも とてもリアルに演じていた。 どうしようもない社会のくずのような兄弟に対して 母親と父親の毅然とした生きる態度ががとても好ましい。

金、ドラッグ、セックス、暴力にまみれて、身を持ち崩し、救いようのない兄弟に対して誠実、堅実で、互いにしっかりした信頼で結びついている老夫婦、特に年老いたお父さんがこの映画では唯一、かっこいい。

現代の家族の崩壊を描いた映画、と言うことがいえるが、今のアメリカの姿を端的に表しているのかも知れない。
映画のタイトルは、父親の祈りの言葉のようなものだろう。 観て損はない映画だ。

北京オリンピック



大昔から スポーツ音痴で運動神経ゼロ、オリンピックが大嫌いで こんなものやってもらいたくないと思い その時々でオリンピックのありかたを批判してきたが、今回の北京オリンピックは、どうだ? 右も左もオリンピック開催に大反対、、一体 これほどまで多くの人々に 開催を反対されたオリンピックもほかになかったのではないかしら。 人々の心の底に 中国に対する強烈な差別意識と、このまま中国を叩かずに野放しにしておくと いずれ戦車で攻めてきて、国を侵略されるのではないか という恐怖感でもあるみたい。

日本の新右翼と呼ばれる人たちが チベットの民主化を求める人民が苦しんでいる、、とか、中国当局による人権無視を許さないなどと言っているのを 目にすると、ええっ?ほんとかよ? と、不思議な気分。 私はオリンピックなどなくなっても 全然オッケーだけど、最低限の改良案を言って見ると、オリンピックは企業からの資金提供をやめ、今のように大規模になってしまった姿をシェイプアップするべきだと思う。

1)企業からのスポンサーシップをすべて中止する。オリンピック開催の必要な資金は 各国拠出の運営金だけでやる。

2)4年ごとに ギリシャのアテネで行い 競技場の新設などしない。今のように開催国が 持ち回りで決められ、莫大な浪費をして自然を破壊しながら新しくオリンピック施設を作ったりしない。

3)競技ごとのメダルは国でなく、個人に渡されるべきだ。

4)野球、サッカー、アイススケート、テニスなど プロスポーツのある種目は、オリンピック種目として認めない。 アマチュアリズムを徹底すべき。

5)オリンピックとパラリンピックを分けずに一緒にやるべきだ。ハンデイーキャップを持った人とそうでない人が 別れて暮らしているわけではない。障害者を隔離せず一緒に生きているのに どうしてオリンピックでは 分けなければならないのか。 以上。

写真はエッフェル塔と、ノートルダム寺院。

2008年4月9日水曜日

また、鯨とドルフィンを食べないで


オーストラリアが 日本の捕鯨に強硬に反対しているのは 絶滅危惧種に指定されている鯨を調査目的といいながら捕獲して食肉として流通させているからだが、オーストラリアの観光産業の目玉であるホエールウォッチングを侵害し、また、南極のオーストラリア領を日本船が侵入して捕鯨を続けているからでもある。 野生動物はいったん絶滅すると回復することができない。人間社会は人口を増やし続け、たくさんの貴重な野生動物を絶滅に追い込んできた。

日本では 捕鯨を批判されたお返しに、オーストラリア政府が400頭のカンガルーを処分することについて オ-ストラリアのやっていることの方が残酷ではないか、という人たちがいる。 それはちがう。人間社会と動物が互いに協調しあって生きていくためにはある程度の動物の処分は止むを得ない。私達のペットの犬や猫も大切に飼うためには避妊手術をしなければならない。放っておけば1年に10匹以上子供を産むことになリ、そのまま全部を繁殖させるなどできない事情は、人間の避妊同様だ。 北海道の熊も保護動物に指定されているが 山から下りてきて人を襲うようになったら処分する。野性のねずみや兎は放っておけば畑を荒らすので駆逐しなければならない。

オーストラリアは日本国土の22倍の大きさに日本の6分の1の人口しかなくて、国の大半は砂漠大陸だ。人の数に比べて圧倒的に野生動物が多い。一度でもオーストラリアの国道を車で走ってみた人ならば 道路に小型カンガルーが車にひき殺された死体を あちこちに見たことだろう。カンガルーは繁殖力が強い。また 光に向かって走ってくるから 300キロも体重のある大きなカンガルーが車のヘッドライトに向かって走ってきて正面衝突すると、車は大破、命に関わる。カンガルーは羊や牛の牧草を荒らす害畜でもある。彼らの肉は寄生虫が多く食肉にも ペット用の肉にもならない。観光客が食べるのは食用に特別に繁殖されたものだ。今年に限らずカンガルーはプロのハンターによって、定期的に処分されてきた。従って400頭の処分に異論はない。

数年前、野生犬のデインゴが 観光客を襲い乳幼児が殺される事件がおきて百頭のデインゴが銃殺されたことがある。観光客が増え 自然の海辺でかもめなど襲って食べていたデインゴが 食べ物を確保できなくなって人を襲うようになった不幸な例だ。

これもちょっと前、クイーンズランドの国立公園で野生馬が増えすぎて 群れで走り回る野生馬に踏み潰されて、羊や牛の牧草地や水源が破壊されるので、やむなくヘリコプターで野生馬を撃ち殺したこともある。野山を駆け巡る野生馬の躍動感は言い様もない美しさだが、ヘリコプターから狙われて 撃たれても1発で死に切れない馬たちの様子はあわれだった。 悲しいことだが、人と動物が共に生きていくためには、ある程度の処分は止むを得ない。

しかし鯨やドルフィンは違う。鯨もドルフィンも一箇所に定住する動物ではなく 暖かい海で出産して 冷たい海で子育てをする移動性の動物だ。鯨とドルフィンが増えすぎて 魚がいなくなって漁師が干上がるということはない。ザトウクジラやナガスクジラが絶滅危惧種に指定されたのは 科学的な根拠があってのことだ。日本の捕鯨船に捕獲されなくても間違って漁師の網にかかって命を落とす鯨もドルフィンも少なくない。プラスチックごみ投棄の犠牲になって死ぬ個体も多い。環境汚染によって、かれらの体内水銀蓄積量は、格段に増えている。保護されるべき動物なのだ。

また、クジラ肉を食べることは、韓国人が犬を食べるのと同じで伝統だから 牛を食べる欧米人が鯨を食べる日本人を批判することも 鯨を食べる日本人が犬を食べる韓国人を批判することもしてはならない、と言う人もいる。 それはちがう。欧米人が食べる牛も、残念ながら韓国人が食べる犬も食肉であり、ペットでも野生のものでもない。食べるために繁殖されたものだ。それに反して、日本人は 野生動物を 日本だけのものではない海から勝手に取って食べているのだ。

オーストラリアが日本の捕鯨を批判することが白豪主義の人種差別だ、と言う人がいる。それはちがう。オーストラリアに限らず世界の目は、クジラを食べる日本人ではなく、それを奨励している日本政府のありかたを批判しているのだ。 オーストラリア人のなかに白豪主義者がいる、って日本の捕鯨推進団体のおっさんなんかにいわれたくねーよ。おっと、失礼!

水産庁のおじさんたち。そんなに鯨を食べるのが伝統だと信じるのなら、試験管ベビーから国内で育てて 養殖池で大きくして、養殖クジラを食べなさい。それができないなら、日本だけのものではない公海で日本人だけのために生まれてきた訳じゃない鯨とドルフィンをもう食べるな。もう食べるのを止してくれ。

2008年4月7日月曜日

再び再びドルフィンを食べないで


去年9月22日の「ドルフィンを食べないで」と、今年2月21日の「再びドルフィンを食べないで」の記事に続いて 3たび「ドルフィンを食べないで」を続ける。

アメリカの海洋保護協会という団体が 和歌山県太地町の追い込み漁 突きん棒で数百頭のドルフィンが叩き殺される姿を撮影し、長編ドキュメンタリーフィルムとして完成 発表することになった。地元にわからないように隠密に潜入、プロの潜水カメラマンが長時間潜ったまま ドルフィンが惨殺される姿をフィルムに納め、これがドキュメンタリーフィルムとして編集された。フィルムが世界をかけめぐり、ドルフィンを殺して食べる日本の伝統の良し悪しが世界で問われようとしている。発表はこの6月。

女優のヘイデン バネッチアが、テレビで、「日本のタイチから帰ってきたところよ。イルカ漁を止めさせるためなら、何度でも行くわよ。人間として当たり前のことでしょう?」と発言していたのを聞いて、ふーん こんなきれいな人がドルフィンを守るために危ないところに行ってきて、えらいなーと思ったが、このとき、フィルムを回していたのか と、あとで納得がいった。

ドルフィンを 21世紀の今、経済大国で食べ物の有り余っている日本人が毎年何百頭も叩き殺して食べている。エスキモーだってアボリジニーだって食べたりしなかった人間の友達ドルフィン、人間の幼児なみの知能を持つ野生動物を 日本人が食べている。このことを、日本人は知らなさ過ぎる。無知は犯罪を助長する。日本のメデイアは どうして報道しないのか?

このフィルムが発表されたら在外日本人に、いっせいに日本バッシングの嵐が襲い掛かってくるだろう。私には 世界中からの厳しい批判に抗して足を踏み固めて立っていられるかどうかわからない。今でさえ、日本人とわかると、振り向きざま、クジラ食うなよ、と言われ、唾を吐きかれられそうになっているのが現状だ。私はひどい目にあっていない、と言う人は 自分に向けられた軽蔑と非難を英語がよくわからなくて何を言われているのか知らずにすませているか、外国にいても日本人としか付き合いがなく、狭い日本人社会を作ってコップになかで暮らしているかだ。

日本の水産庁では 南極海における捕鯨で、ミンククジラ900頭、ナガスクジラ50頭 調査捕鯨のために捕獲、肉を市場に流通させている。 一方、国内では沿岸捕鯨についても 捕獲粋を、例えば和歌山の太地町には小型鯨類のマゴンドウ300頭、バンドウイルカ990頭,ハナゴンドウ550頭などと、細かく頭数を指定して日本沿岸での捕鯨を許可している。同じ静岡県伊豆でも、追い込み漁で小型捕鯨捕獲粋が認められているが全く捕獲が行われなくなっている。イルカが余り来なくなった上 経済的に出漁しても採算が合わなくなったためだと言う。

太地町で捕鯨が今でも続けられているのは 400年の歴史を誇る伝統だからという。しかし伝統、文化をささえる下部構造、経済流通基礎がなくなれば 伝統などただの メルヘンだ。良い伝統もあれば、悪い伝統もある。世界のモラルに抵触するような伝統は廃棄しなければならない。

日本以外、世界の国々から批判されながら 南極海で捕鯨を続けている水産庁の日新丸から何千トンもの鯨肉が洋上で パナマ船籍オリエンタルブルーバードという船に移されて、日本に到着しつつある。新鮮な 取れたての鯨肉が 市場に出回るだろう。この肉の中には 母親と共に殺された赤ちゃんのミンククジラの肉も含まれている。血にまみれて母と子が一緒に海中から日本船に引き上げられるときのフィルムは 日本以外の国では毎日報道されニュースに取り上げられた。

調査捕鯨の運営は日本鯨類研究所が水産庁から研究委託されているが 財源は国庫補助だけでは足りず、鯨肉の売り上げでまかなわれている。従って、調査捕鯨と言いながら、商業取引が前提の調査捕鯨であって、科学調査など、現実にやっていない。そのことで、IWC (国際捕鯨委員会)からも批判されている。さらに、日本は国際法に違反して、絶滅危惧種のザトウクジラやナガスクジラを捕獲して、肉を食卓に運んでいる。恥ずべき国だ。

1)ドルフィンを小型鯨類として殺して鯨肉として流通させていることに反対する。ドルフィンを食べていることを知らずにいる消費者をだまし、またどうしても、鯨肉を食べなければならない理由も消費者にはない。

2)沿岸捕鯨は船でドルフィンを岸に追い込み1頭1頭 棒で叩き殺すという方法、このような残酷な方法で幼児並みの知能を持った 群れで生きる野生動物を殺して食べることは、倫理的にも許されない。
3)加えて、南極海で行っている調査捕鯨と言う名の商業捕鯨は、世界的な野生動物保護と言う観点から大きく外れ、国際法違反を犯してまでも、絶滅危惧種にある大型動物を殺すことは許されない。

以上に観点から、すべての捕鯨に反対する。また、アメリカの海洋保護協会によるドキュメンタリーフィルム作成の勇気と努力を讃えたい。

2008年4月2日水曜日

映画 「ノー カントリー」




2008年のアカデミー賞を4部門で受賞した作品、「NO COUNTRY FOR OLD MEN」を観た。受賞は、最優秀監督賞、作品賞、男優賞、脚本賞だ。監督コーエン兄弟も、鼻が高いだろう。

メキシコ国境に近いテキサスで、ベトナム戦争帰りのカウボーイ モス(JOSH BROLIN)は、妻と二人で暮らしている。ある日、砂漠で、何人もの死体と車と麻薬が 取り残されている犯罪現場に 偶然 居合わせる。さらに、すこし離れた木の下に 現金の詰まった鞄を抱えて死んでいるメキシコ人を見つけて、彼は、この鞄を持って帰って来る。 不審がる妻をせきたてて実家に帰し 疎開させ、自分はこの大金を持って逃亡の旅に出る。しかし、鞄の中の現金には発信機が取り付けられていた。この現金を取り戻すために 殺人マシン殺人狂のアントン(JAVIER BARDENS)が、追ってくる。

この男は雇い主や、麻薬取引には関心がない。ただ、現金をとりもどすことだけに、執着している。そのためには 最終的には雇い主を殺すことも、善良を絵に書いたような何の罪もないテキサス人を何人殺すことになってもおかまいなしだ。酸素ボンベを取り付けたエアガンを武器に徹底的に追い詰める。

モスに:JOSH BROLIN
殺人鬼アントンに:JAVIER  BARDEN
それを追うテキサス警官に:TOMMY LEE JONES

どこまでも執拗にモスを追い詰め その過程で全く何の罪もない善良のかたまりのような人々を いとも簡単に次々と、殺しまくるJAVIER BARDENが 本当に怖い。サイコ映画やミステリー、ホラー映画などより ずっと怖い。

この俳優ジャビエル バーデンは 「BEFORE NIGHT FALLS」2000年で、アカデミー候補、その後、「THE SEA INSIDE 」でゴールデングローブ才優勝男優賞を獲っている。

「BEFORE NIGHT FALLS」は、キューバ革命後、新政府からホモセクシャルという理由で弾圧を受けた、実在の作家、REINALDO ARENASを演じた。アルコール、ドラッグ、セックスなどの享楽を糧に作家生活してきた青年が厳しい弾圧を生き抜き、アメリカに亡命してから、エイズで亡くなるまでの姿を演じた。低予算のローカルな映画だったのに、主役JAVIER BARDENよりもずっとネイムバリューのある「カリビアンの海賊」の、ジョニーデップが脇役で出ているので 話題になった作品だ。

「THE SEA INSIDE」は 「潜水服は蝶の夢を見る」にすごく似た作品。全身麻痺でベッドから起き上がることが出来なくなった男が 30年間 安楽死できる権利を求めて 社会に訴え続けて死んでいった実在の人、SPANIARD RAMON SAMPREDOのお話。若くてピチピチだったころから、ベッドに縛り付けられ、30年のあいだにやせ細り、顔つきもかわっていく姿を演じていた。麻痺で動けない人の映画は、最も難しい演技に違いない。

この俳優本当にどんな役でも演じられる。この人 主演の「BEFORE NIGHT FALL 」でも「THE SEA INSIDE」でも彼のワンマンショーと言った感じだったので 気がつかなかったのだけれど なんか他の俳優に比べると飛びぬけてせ背が高く 図体も大きくあくの強い個性的な顔をしていたことに改めて気ずいた。 異様に大きな男で奇妙なヘアスタイル、独特の雰囲気をもったJAVIERが 人の良いJOSH BROLIN やTOMMY LEE を追い詰めていく姿は もう逃げられないという強迫感いっぱいで 本当に怖い。性格異常者というか、人間を超えた何か、人間とは違った別の生き物と言う感じがする。それに比べて、彼に殺されていった人々は、善良そのものの、、、テキサスの雑貨屋のオヤジ、農夫、主人公のモスだって目の前にあった現金を盗んだだけで、それほどワルではない。それに何もしらない純真な妻まで、何の罪もないのに巻き込まれて殺されていった。

ただただ無残だ。たまらない。タイトルのように NO COUNTRY 善良で正直な年寄りが住めるところなどもうないのならば、 新しい社会がこの男のような異常者ばかりならば、このまま生き続けることなど、願い下げだ。

2008年3月31日月曜日

ブルーマウンテン 洞窟コンサート


シドニー中央駅から長距離列車に乗って ブルーマウンテンの入り口、カトーンバまで2時間。そこからランドクルーザーに乗りかえて 山道を2時間、ジェノラン洞窟の中で行われるコンサートに一人で行ってきた。

前回、10月に夫と行って 肥満体の夫は洞窟の中の急な階段を登れずにあえなく落伍。せっかく出かけて行ったのに 涙をのんで帰ってきた。足手まといは家に置いて、再度、挑戦というわけだ。

洞窟を54メートルほど入ったなかに 自然にできた小さなスペースがあって教会になっている。そこで毎月第3土曜日にはチェロの独奏、第4土曜日にはパガニー二デュオといって、バイオリンとギターのコンサートが行われている。カトーンバから ジェノラン洞窟までの車での送り迎えを含めて コンサートは$95.演奏者は以下の二人。

ポーランド人バイオリニスト:GUSTAW SZEISKI
ドイツ人チェリストでギタリスト:GEORG MERTENS
朝10時に家を出て2時間の電車の旅の後 カトーンバで山々など眺め、昼食をとってから、ランドクルーザーに拾ってもらう。コンサートが始まるのが午後4時。20人ほどのコンサート観客に ガイドがついて洞窟に入る。コンサートの後は 入ってきた入り口と別の方、洞窟の奥のほうに入り、洞窟見物をしてから別の出口にでて、そこで、ちょっとしたワインとチーズのサービスを受けて またランドクルーザーでカトーンバまで帰って来る。コンサートに来ていた20人ほどのお客は皆 カトーンバのホテルに滞在している人たちだったのでここからは一人で夜9時の長距離列車で眠って帰ってきた。家に着いたのは 真夜中、という長い一日だった。

ブルーマウンテンの山々は、この夏は涼しい夏で 思いのほか山火事が少なかったので緑色が深く、美しかった。洞窟の中もすばらしい。ガイドに従って奥に足を踏み入れると 自動的の明かりがつくようになっている。石灰岩の自然にできた階段は滑りやすく、手すりができているので しがみついて歩くが 身をかがめて通り抜けるところも多く、足元に気を取られていると 頭を岩にぶつけたりする。いったんガイドを見失ったら どこかに入り込んで二度と出られないような気がする。20人のコンサートにきたお客に2人のガイドがついてくれた。洞窟見物もガイドに続いて歩き人の着物の擦れる音がするだけ、僅かな明かりを頼りに 洞窟のなかの自然が作り出した岩岩の不思議な造形に見とれる。中の教会は10メートル四方ほどのスペースに明かりをともした小さな祭壇がある。以前、コンサートのお客はそれぞれが自分でクッションを持ってきて岩のうえにクッションをおいてコンサートに耳を傾けたのが、今年から、折りたたみの椅子が提供されるようになった。

洞窟の中は何千年もの間 人工的な音のない静寂に包まれていて、常に気温15度の温度を夏の間も冬の間も保ってきた。地下54メートル、音響効果抜群のコンサート会場。1音が8秒間も鳴り響く。音の増幅、拡大が強音で豊か。それだけにより明確でより純粋な音が聴くことが出来る。

で、、、実際の演奏がどうだったか、、、ああ、私に聞かないで! 残念ながらGUSTAW SZEISKIさんは引退すべきだ。指が動いていない、音が出ていない、弓が弦をこする何という不快音。リズムさえ乱れすぎ。「MOLDAVIAN NIGHT」など私の娘達が弾いたほうが うまかった。彼、昔は上手だったんだろう。あんなに自信満々だったんだから。きっと。

帰りのランドクルーザーのなかで、隣に座っていたイギリス人の旅行中のおじさんと シドニーシンフォニーについて話していたら、後ろに座っていた新婚旅行のカップルの若奥さんが おずおずと、あのー?と話しかけてきて、「あのバイオリニストは上手でしたか?ここでは、有名な芸術家なのでしょうか?」と聞いてきた。で、「いやー あのーそのー」と、正直な私の感想を告げると、奥さん 急に嬉しそうに、「私も、下手だと思いました。でもみんなわかったような顔で拍手していたので私の耳が悪くなったんだと思って自分を責めていたのです。」と。なんと謙虚な人か。自分に自信をもちなさい! そんな車中での会話も、カトーンバまで。この後は一人でポツネン 駅の待合室で電車を待って、電車のなかでは眠って帰ってきた。

人には引け際というものがある。
夫は17歳から車を運転してきて運転は男の仕事だと思っている。家族で出かけるときに、運転は自分がするものと思い込んでいるから 娘が自分は死にたくないから運転台に座ろうとすると 怒る。道を曲がるときは2車線 ひどいときは3車線使って曲がる。路線を変えるとき 自分ではまっすぐ走っているつもりだから 車線変更サインは 絶対出さない。青信号で止まったり、赤信号を見落とすことも多い。後ろを走っている車に迷惑をかけているだろう といつも思って助手席で小さくなっている。私は夫にいつ、運転から引退したら?といえるだろうか?

職場に70歳に近い年のナースがいて 誰も引退を強要できないから困っている。ナース二人でしなければならない仕事もあるので声をかけたとき、彼女が忙しいと手一杯なので 対応できず急に怒り出す。顔を真っ赤にして 足をどんどん床踏み鳴らし、狂ったように老人のかんしゃくをおこして1時間くらい誰にも触れられない危険物と化す。患者に薬を確認せずに渡す。渡したつもりでどこかに置き忘れている。自分の老眼鏡がなくなったと言って寝ていた患者みんな起こしてベットからシーツはがして眼鏡探し始める。その間 患者はふるえてベットの横で待っている。引継ぎを終えて自宅に帰ってきてシャワーをあびていると、電話をかけてきて、渡してあげた薬の鍵を受け取ってないといってどなる。彼女が患者を殺す前に マネージャーは引退したら?といえるだろうか?

誰もが自分は特別だと思っている。
自分だけは年を取らない と思いたいのだ。そんな人に引退を勧めるのはつらいことだ。人に引退の時期ではないか?と宣告される前に 自分で己を知る、そういう人間でありたいと切に思う、ジェノラン洞窟の旅だった。

2008年3月13日木曜日

オペラ 「ラ ボエーム」


オーストラリアオペラの定期公演のひとつ、「ラ ボエーム」を観た。
プッチーニの作品。音楽:オーストラリアオペラバレエオーケストラ。指揮:TOM  WOODS。 監督:SIMON  PHILLIPS。
出演は、
詩人ロドルフ:WARREN  MOK (テナー)
画家マルセロ:BARRY  PHILLIP(バリトン)
哲学者コリーネ:JUD  ARTHER(バス)
音楽家ショナルド:WARWICK  FYFE (バリトン)
お針子ミミ:ANTOINETTE  HALLORAN(ソプラノ)

若きボヘミアン、パリのカルチェラタンの屋根裏部屋に住む 貧しいが、志を高くもった若い芸術家達のお話。

詩人ロドルフは、画家マルセロ、哲学者コリネ、音楽家のショナルドと一緒に 貧しくつつましい生活をしている。ストーブに くべる薪も買えない冬の夜を 自分の売れなかった詩を燃やして凍える手指を暖めたりしている。そんななか、やっと、音楽家のショナルドの 曲が売れて 皆の食べ物が手に入って ほっとしている。喜び勇んで 皆がカフェに出かけていってしまった後で、一人残って書き物をしていた詩人ロドルフのところに、同じアパートに住む、お針子ミミが ろうそくの火をもらいにやってくる。

二人は すぐに惹かれあい 愛し合うようになる。でも、ミミは結核に侵されていた。せっかく二人で幸せな生活を始めたのにロドルフは ミミのために薬を買ってやることも出来ない ふがいない自分を責めながら ミミと別れることにする。ミミは別の男のものになって去っていくが、結局ひどい扱いをうけて、最後、ロドルフのところに帰ってきて、ロドルフに抱かれながら死んでいく というお話。

このオペラで一番良いところは 第1幕の始めのところ。ロドルフとミミが出会って、二人で歌うアリア「冷たい手を」で、ミミの冷たい手をロドルフが自分のポケットで温めてやるところ。本当に美しい曲だ。この「冷たい手を」は、ハイC (高音のド)といって、テノールの歌い手にとって、限界ともいえる高音なので とても難しい曲だ。それを 痩せ型 ハンサムなロドルフがミミを抱きながら 難なく歌い上げるところに このオペラの良さがある。これが歌えないテノール歌手も、たくさんいる。

この曲に続いて、今度はミミが、「私の名はミミ」を歌い 可憐な美しさで 舞台を圧倒する。 この二つの曲は 最後ミミが死ぬときにも 繰り返し歌われる。

それとミミが死にそうなとき、哲学者のコリーネが美しいバスで 自分のジャケットを売って ミミのために薬を買いに走るときの歌が良い。凍えそうな寒い火の気のない部屋で 僕を温めてくれた上着よさようなら、と歌うのだけど 彼のロドルフへの友情のあつさに ほろっとくる。

総じて、今回の舞台は 第2幕のカーニバルの華やかさも楽しかったし、画家マルセロと愛人ムゼッタとの ドタバタも楽しかった。寒くて、空腹で結核持ちの暗い悲しいお話だけれど、笑いも涙もあり良い舞台だったと言っても良い。

でも、やはりオペラに200ドル近く出して観にいくからには 声が良くて楽しい舞台だったら良いかというと、それだけでは不足。どうして主役ロドルフが 中国人? 彼、髪をオールバックにして、小太りで背が低い。いくら声が良くても、、、WARREN MOK さん、その外見 なんとかなりませんか?

それと登場人物の衣装にも もんくがある。この悲しいお話は結核が不治の病だった頃のプッチーニの頃のお話で パリでカルチェラタンなのだから、画家は画家らしく、詩人は詩人と ひとめでわかるような服装で 当時のパリの雰囲気を出して欲しかった。

オーストラリアは 北半球のイタリアファッション、パリコレクションからは、遠く離れていて およそ、こいきなファッションに縁遠い。オーストラリアブランドといえば、マンボーとかビラボンとか みんなサーファーグッズや水着の店しかない。若い男のファッション最先端といえば、ひざ下までの半ズボンに 花柄の半そでシャツ、女の子といえば ゴムぞうりに吹けば飛ぶような小さな水着 というわけだ。

で、この舞台の衣装係は、何を血迷ったか パリに お気楽オージーファッションを持ち込んだ。 画家マルセロは 皮ジャンにブーツ、(バイク乗り回すわけじゃないでしょう?)。 哲学者コリーネは ひざ下半ズボン(真冬ですよー)に建築現場のひとが履く様なドタ靴。 主役のロドルフは 唯一、ベルベットの背広ジャケットを着ていたけど、禿げ上がった頭にオールバックヘアで、二段腹では、ねー、、、。トホホ。

そんな訳で、いつもはオペラを見るときは老眼鏡にオペラグラスももって 舞台の隅から隅まで ながめながら素晴らしいテノールやソプラノに酔う私も 今回の舞台ではオペラグラスもめがねも さっさとバッグにしまいこみましたよ。眼鏡なしで ぼやけているくらいが丁度 良かった。時々 目をつぶって聴いていました。

昔テレビで 盲目のイタリア人歌手 ボッチェリが この主役ロドルフをやったときの素晴らしい舞台を観たが、目を閉じて このときの情景を思い描いていた。盲目なので 動きが少なく シーンによっては他の俳優に手を取られながら演じて、歌っていたが 当時のカルチェラタンに住む若い詩人の雰囲気を身につけていて、ミミを失ったときの 悲嘆の歌は、ハンカチが3枚くらい必要なほど真に迫っていて泣けた。そんな、舞台を観たかったなー。

2008年3月10日月曜日

ケアンズ 修学旅行の旅


1週間、仕事を休んで、日本から修学旅行でオーストラリアに来た高校生の付き添いナースをやった。フルタイムでナースをしている私にこういった仕事が時々、舞い込むのは、 日本とラリアでは 医療システムが違うので、日本からナースを連れてくるよりは ラリアで働く日本人ナースを雇うほうが 救急患者やけが人が出たときに 役にたつからだ。

ケアンズ3日間、シドニー3日間 前後7日間の旅は 愉快な旅だった。日本の高校2年生にとっては、試験休みでも、ケアンズでは 雨期。連日予定されていた グレートバリアーリーフでのシュノーケリング、グリーン島に渡ってグラスボートで海中見物などが、できなくなったが、ケアンズからキューランダを観光し、ゴンドラ スカイレールに乗り、それなり観光もできた。

シドニーでは自由行動で、シドニータワー、タロンガ動物園、水族館、天文台、博物館、美術館、クイーンズビクトリアビル、ロックスなどなど、それぞれが 地図を片手によく行動していた。

1週間、一人の看護士に、103人の生徒、6人の先生方が旅行して、たった一人の病人もけが人も出さなかったのは、奇跡か?

今の高校生は 親と一緒に食事をする習慣がないので、マナーを知らない、とか、みなインターネットばかりやっていて、対話ができないとか、新聞や雑誌で言われて久しいが、私が出会った高校生達はみな、きちんと挨拶のできる、大人と話もできる 普通の良い子ばかりだった。

部屋に トントンとノックしてやってきて、足が痛いんです と男の生徒、見ると 靴擦れのできかけ、、、。 手の骨が折れたかも、、とやってきた子は、ホテルレセプションにあった大型扇風機に手を突っ込んだ、と。 吐きそう と乗船前に言ってくる子。 頭が痛い、咽喉が痛いと言ってくる子。

足に靴擦れが出来るほど よく歩き回った子を思い切り褒めてあげる。大型扇風機に手を突っ込んだ子、やってみてから反省する子をよくやった と褒めてやる。吐きそうな子も、頭が痛い子も、咽喉が痛い子も、グループの中の 人間関係が問題のことが多い。ちょっと大人が、加わって話しを聞いてグループを見てみるだけで解決できることが多い。いじめもあって当然。大人がどう関わるか、だ。

グリーン島の行き来は 揺れる船が 遊園地のジェットコースター以上のスリルだった。これをネガテイブにとらえるか、ポジテイッブに捉えて楽しむか、この子達次第だったが、みんな、すごく楽しんだ。これが何より 嬉しかった。

私はといえば、ケアンズでもシドニーでも 3食 昼寝つき、一流ホテルの眺めの良い部屋を1室とってもらって、ひとり夜景にみとれながら 気分良く眠つた。元気な子供達から ポジテイブ パワーを しっかりもらった。空港でみんなを 見送ってしまったあとは、、、 ああ、寂しい。
きょうからは、また、末期癌の患者達が 職場で私を待ってるー。

2008年3月9日日曜日

映画 「THE BUCKET LIST」


映画「THE BUCKET LIST 」を観た。監督ロブ レイナー(ROB REINER)、90分のアメリカ映画。主演 JACK NICHOLSON と、MORGAN FREEMAN.

この映画は ジャック ニコルソンと、モーガン フリーマン 二人の為に作られた映画のようなものだ。芸達者な二人の男がいれば 他に誰も登場人物がいなくても 観客は物語にひきつけられて 画面から目を外すことができない。余命半年と宣告された末期のがん患者 二人の男の友情物語。

カーター(MORGAN FREEMAN)は、自動車整備工で、3人の子供と妻を何より大切にして 家庭と仕事の為に1日1日と、日々を重ねてきた実直 誠実を絵に描いたような男だ。しかし、彼は引退間際になって、末期がんに侵されていることを知らされる。

エドワード(JACK NICHOLSON)は、億万長者の実業家だが、ある日、税金査定で、裁判所に呼び出され、富裕層のためでなく、社会に還元できる社会事業を始めなければならないことになり、やむなく 個室なしというポリシーをもった 病院を建設、経営することになる。病院建設当初は予想もしなかったことに、エドワード本人に癌がみつかり、その病院に入院することになる。

末期がんを宣告されたカーターとエドワードが、個室なし、一部屋2ベッドポリシーの病院で 同室をすることになる。二人を待ち構えていたのは、二人部屋で、プライバシー皆無の病院生活、しかし、激しい副作用を伴う化学療法を共に受けるうち、次第にふたりには絶ち難い運命共同体のような 互いの支えあう友情が芽生えてくる。

そんなある日、化学療法を終えたカーターは、死ぬまでに自分がしたくて出来なかった事を 紙にリストアップする。それを見たエドワードは自分の分も書き加えて 二人で今まで出来なかった事を 今やってみようと提案する。二人は 喜々として スカイダイビング、スポーツカーレース、アフリカ サファリ旅行、インド体験、アジアの国々めぐり、ヨーロッパ旅行、家族が心配するのを尻目に、二人して散々遊び狂った末、アメリカの戻ってくる。

エドワードには離縁した娘がいて、そのことを罪に思っている。それを知ったカーターは ひそかにエドワードが娘に偶然のように出会える場を作ってやる。
カーターは 妻以外の女性と接したことがない。それを知ったプレイボーイだったエドワードは、ひそかに カーターが美しく若い女性を出会える場を作ってやる。しかし、どちらの画策も、相手は余計なおせっかいと、激怒して失敗。
そうしているうちに、カーターは、二人で作ったリストを一人きりになっても、エドワードがやり終えて欲しい といって、死んでいく。
そして、残ったエドワードは、カーターの望みどうりに、娘に許しを求めて会いに行く。という、物語。

末期がんという悲しく暗い話題を 二人の熟練俳優が おもしろくおかしく描いている。二人とも 本当に良くて 笑って泣ける。

ジャック ニコルソンは、アカデミー賞に12回もノミネートされてる。主演男優賞8回、助演男優賞に4回、そのうち、受賞が主演2回、助演が1回。

私が始めてジャックニコルソンを見たのは、1969年、「イージーライダー 」だった。ベトナム戦争反対の騒然とした反逆の時代に、ヌーベルバーグのなかでアメリカ映画もまた 新しい波を作り出していた。アメリカの暗部ともいうべき、北部アメリカ人と南部アメリカ人との敵対心、文明と保守との対立を これほど明確に社会に提示して見せた映画は他になかった。

そして、1975年の、「カッコーの巣の上で」。これで彼は初めてのオスカーを獲得した。今、観ても 常に新しい、アメリカ社会への激しい怒り、憤怒が湧き上がる。アメリカ国家への批判と怒りと憎しみを 精神病院に置き換えて、作られた作品だ。カッコーの巣の中から、1羽だけ、飛び立っていった、インデアンの青年の 力強い 土を蹴るリズムで始まり終わるシーンは、本当に印象的で忘れられない。

1980年の「シャイニング」、スタンリー キューブリック監督による恐怖映画。ジャック ニコルソンが、風呂場で亡霊とヒソヒソ語り合うシーンと、斧をもって妻と息子を追い詰めるシーンで、歯をむき出しにして笑う顔が怖くて 夢でまでうなされた。どうやったら、こんなに心底人を震え上がらせるような演技ができるのだろう。 1989年の「バットマン」の、ジョーカー役も怖かった。

俳優と言わないで、怪優 と言うのだそうだ。本当に一度観たら忘れられない アクの強い顔をしていて、他の俳優を食ってしまうので 主演しか出来ない俳優でもある。若いときのショーン コネリーとか、古くは、クラーク ゲーブルも。 アクが強いので、どんな役をやっても、ジャック ニコルソンは、ジャック ニコルソンにしか なれない。でも、ショーンコネリーも、007に出ていた頃の 強烈な個性が、年をとって、良い男の風味がでてきた。ジャックニコルソンも、毛が薄くなり、アクの強さが薄まって、味わい良い俳優になってきた。本人は、自分は70過ぎた ただのデブでしかない、と言っているそうだ。そういいながら、いつまで、演じるのだろう。

2008年2月27日水曜日

映画「父親達の掲げた星条旗」

昨年、「ミリオンダラーベイビー」でアカデミー映画監督賞を受賞した、クリント イーストウッド監督の映画、「FLAGS OF OUR FATHERS」を観た。各地 ホイッツで上映中。

この映画は、1945年日米太平洋戦争の、硫黄島が舞台。血を血で洗うような激戦の後に、若い兵士達が、硫黄島中央の茶臼岳の頂上にアメリカ国旗を立てたのは、ヒロイズムとちょっとした 茶目っ気の兵士達がやったことだった。それを見た軍の上層部がこれはアメリカの良いプロパガンダに使えると考えて、カメラマンを連れて、別の兵士達に、最初に立てた旗より大きな旗を立てさせて、写真を撮る。

このときに撮影された、、6人の兵が山の頂上に国旗を掲げる写真は後にピュリツアー賞を受賞し、アメリカ中の 愛国心を燃え立たせ、破産しかけた軍に資金を提供することになった。 その後も厳しい戦闘が続き、仲間は次々と死んでいく。
そのうち、生き残りの3人は、属していた隊からはずされ、故国に戦争のヒーローとして、帰還して、全国を講演してまわり軍資金を集めることに利用される。
しかし、この3人は、仲間の屍を踏み越えて山頂に到達し、最初に旗を立てた仲間は その後の戦闘で死んでしまっていることや、自分達が写真撮影用の役者でしかなかった にも関わらず、全国どこに行っても、ヒーローとして熱烈に受け入れられるといった、ギャップに苦しむことになる。

とくに3人のうち、ひとりは、先住民族インデアン出身で、人々からヒーローとして、歓迎されながらも、先住民族の誇りと、アメリカ軍人としての相反する誇り、国を代表して英雄になった喜びと、本当は旗を立てて、死んでいった人々が英雄で、自分ではないという罪悪感から、逃れることができずに、酒びたりになってしまう。
戦後、彼は農場で、小作人として働くが、ある日、銃の暴発で死ぬ。事故だったのか自殺だったのか、誰にもわからない。

もう一人のヒーローは、英雄視されていた間は、その役得を楽しむが、人々の熱がに出会った人をつてに、職を探すが、なんの特技も才能もないまま、掃除夫として生きていく。

3人のうち、最後のヒーローは、誰にも戦争のことは、いっさい 語らず、家庭をもち、平凡な人生を終えようとするが、心臓発作をおこし、死の前に息子にこの戦争で、自分が体験したことを、語って聞かせる。 
彼は言う、「戦争に英雄なんて、いやしないんだ。それを必要とする人が勝手に作り出しているだけなんだよ。」と。
戦争に良い戦争の悪い戦争もない。正義の戦争も誤った戦争もない。ただ、大量兵器の消耗と人命損失があるだけだ。

ビュンビュン弾丸が飛び交い、大砲が鳴り、激しい戦闘で、手足や首が ちぎれて、飛んできたり、腸がはみ出したり、残酷なシーンが続くが、どこかで、こんなシーンみたような、、、そう、「SAVING PRIVATE RYAN」にとてもよく似ている。 あの ノルマンジー上陸シーンを見たとき、戦争のリアリズムを極限まで、追求している と思った。以来、この映画を超える戦争映画はなかった。クリントイーストウッドも同じこと考えたんだ。

イーストウッドは良い俳優だったが監督としても良い。私が子供の時は、毎週日曜日テレビの「ローハイドー」で、カウボーイ姿のイーストウッドを見て育った。青春時代は、ダーテイーハリーのキャラハン警部。彼の映画史は私の歴史でもある。

この映画はアメリカ側から見た硫黄島の激戦史の一コマだが、今度は、日本側からみた物語を「硫黄島からの手紙」という題で、映画を制作発表するそうだ。現在、編集中。 二つの映画を総合して歴史を検証しようという試み。と、言うから、こちらも観なければならない。宿題がまだ残っている。

2008年2月22日金曜日

映画 「THERE WILL BE BLOOD」



主演男優賞、ベスト監督賞を含む 8つのオスカーにノミネイトされている 160分の大作 映画「THERE WILL BE BLOOD」を観た。

原作は アプトン シンクレア(UPTON SINCLAIR)が1927年、テキサスの石油王 ダニエル プレインビューの生き方を描いた「OIL」(オイル)。それを映画化したもの。 監督 ポール トーマス アンダーソン(PAUL THOMAS ANDERSON)。彼は過去に 映画「BOOGIE NIGHT 」、「PUNCHI-DRUNK LOVE」、トム クルーズの「MAGNOLIA」などを撮っている。

主演は石油王 ダニエル プレインビューを、ダニエル デイ ルイス(DANIEL DAY LEWIS)が演じた。 この人は 1990年に「MY LEFT FOOT」でオスカーを獲っている。 

この映画は 主演ダニエルの一人芝居のような趣だが、主演のほかに 二人の重要な登場人物がいる。一人は、息子の、デイロン フレイザー(DILLON FREASIER)で、もう一人は、若い牧師で ポール ダノ(PAUL DANO)が演じている。

ダニエル デイ ルイスなくしてこの映画の成功はなかったと 監督をはじめ 沢山の人が 絶賛している。160分の映画の間 この人が映像に出ていない画面が全然なかった。文字どうりのこの俳優のワンマンショーだ。彼はオスカー主演男優賞を取るだろう。この人が取らないで 他の誰が取るというのだ。

タッチはドキュメンタリーの切迫力、映画の始まりから終わりまで 極度の緊張で 見ている者を縛り続けてくれた。この俳優の迫力に圧倒されて、見終わったときには、ものすごく疲れていた。こんなに重くて、疲れる映画 久しぶり。

事業のために生きた男のお話。ダニエルは 石油採掘に命をかけ その事業欲を満足させるためには 反社会的な行為も殺人だって厭わない、孤高の男。彼は、事業に成功して石油王になってから、人から仕事以外に何も持っていない、家族もないと言われることを極端に恐れていた。事実は、恋愛も結婚にも家庭のも興味がない。偏愛する息子は かつて採掘現場で死んだ仲間の息子だ。この映画には全然女性が出てこない。石油堀りの男達にあやされていた赤ちゃんが、ずっと、後で 母親は出産時に亡くなった と説明されるだけだ。無言で いつも従順な犬のように ついて回る息子に、人から愛されたことのない石油王ダニエルが 狂気じみた愛にのめりこんでいく様子が よくわかる。極端な息子への偏愛。にも拘らず 成長した息子が 自立に苦しみだすと、裏切られたと断じて、押しとどめることの出来ない憎悪と激情をむきだしにする。

石油王ダニエルの宿敵ともいうべき聖職者、カリスマ的な若い牧師が登場する。この作品のテーマには 強烈な個性を持った実業家と、宗教家の対立が複線になっている。事業の持つ 非人間性、物欲、弱肉強食,資本主義の腐敗的体質、堕落、罪深さと、宗教とは 対立するかのように見えるが、時として、事業一筋に生きてきた男が 金も名誉も欲しい聖職者よりも 純粋であることもある。石油王は一生を通じて 神を必要としたことがなかった。 石油を掘るために彼はいくつもの人命と血を犠牲にしてきた。自身が採掘穴から生還できたのは、神の力ではなく、自身の意思の強さによる。富を得て、集めた骨董品を並べて それを銃でぶち壊しては 楽しんでいる。破壊的、破滅的な 成り上がり石油王の後ろ姿の 何という孤独感。何という寂寥感。

60年前にオーソン ウェルス(ORSON WELLES)は、映画「市民ケーン」で、新聞王(CHARIES FOSTER KANE)を描いた。この新聞王と、石油王の共通点の多いこと。強烈な個性、反社会的性格、エゴイズム、自己愛の延長の偏愛、権力、留まることを知らない事業欲。

こういう映画を観ると、なんか 給料とか残業とか有給休暇とかで ヤキモキしたり、争ったりしている普通の人が馬鹿に見えてくる。

神も、人の愛も要らない男、100%事業に燃えて燃え尽きる男。ああ、、、男にとって、仕事って一体何なの?

音楽では 最後のブラームスが 切り刻むような激しいヴァイオリンの鋭利な音が 男の心象を表現していて、とっても良かった。

2008年2月21日木曜日

再び、ドルフィンを食べないで


昨年9月22日の 「ドルフィンを食べないで」の続き。

この2月16日 和歌山県太地で バンドウイルカが 追い込み猟で95頭 殺された。彼らは 岸に追い込まれ、突きん棒で一頭一頭 叩き殺された。岸辺は血で染まり、イルカの叫び声は むなしく空に消えていったことだろう。 

人間同様、高度な集団社会を持っているイルカは 人間でいう3歳以上の知能をもった高等動物だ。人懐こくて、海の中で人と戯れるだけでなく、その神秘的な能力から、妊婦をみわけられる、とされ、軽飛行機から海に墜落した妊婦を その背に乗せて、救命したという報告もある。水の中で、高度なコミュニケーションを交わし、それぞれのコミュニテイーを形成、維持している。彼らの棲み分けや、生活形態で、まだわかっていないことが沢山ある。野生動物の中で人畜無害、最も愛すべき存在ではないだろうか。

その愛すべき大型野生動物100頭ちかくを 彼らの生活の場である海から追い込んで 撲殺してまでして、どうして その肉を食べなければならないのか? 他に食べ物の選択がいくらでもあるのに、どうして、イルカの肉でなければならないのか?

昨年7月の和歌山県太地町では イルカの肉に、厚生労働省の規制基準値を16倍以上も上回る水銀が 検出されたも関わらず、すでに、同様の肉が学校給食で出されていた、として、社会問題になった。 今、100頭近く殺しておいて、残留水銀量が 同じように食肉基準値を上回っていたら その肉はどう処分するのか。殺した責任は 誰がとるのか。

100頭というと、ひとつのコミュニテイーが、丸ごと全員 虐殺されたのだ。 考えても見てもらいたい。ひとつの国民が、世界の注目の中で、平和の使者といわれる大型野生動物、キリンやシマウマを100頭追い込んで、殴り殺して食べたら、世界はなんと言うか?日本人は、同じことをしているのだ。どんなに、それが、世界中から孤立した行為であることか。日本の新聞はもっと、この事実を報道すべきだ。

日本ではイルカを小型鯨類として、くじら肉として流通させている。しかし、イルカはクジラと、同じ種ではないので、IWC(国際捕鯨委員会)では、イルカ猟を、規制することができない。法規制をかいくぐり、流通させている。日本では、水産庁の指導のもと、年2,300頭のイルカが 殺されて、食べられている。

野生動物はいったん絶滅したら、復活させることができない。野生動物をこれ以上 殺すべきではない。まして、私達の子供達と同じ知能を持つ高等動物を 食肉にするべきではない。太地町はイルカの追い込み猟を、今すぐ止めるべきだ。人々は イルカを食べることを拒否すべきだ。はっきり、NON と言って欲しい。

2008年2月16日土曜日

ミュージカル 「ビリーエリオット」



キャピタルシアターで、ミュージカル「ビリーエリオット」を観た。

2007年の11月から 公演が始まって、好評で続行中。 A席:105ドルーC席45ドルまで。

ロンドンのヴィクトリアパレスで このミュージカルが 開始されたのが2005年5月で、まだ現在まで引き続きロングランで 上演が続行されている。2000年に公開された映画「ビリーエリオット」、邦題「リトルダンサー」を舞台化したもの。

背景は、1984年、マーガレットサッシャー政権下,緊縮財政策で、イギリス北東部の石炭の町は 炭鉱閉鎖の波にゆれていた。労働者組合は1年に及ぶストライキに入り、政府の合理化政策と、ストライキを止めさせようとする警官と戦っていた。 炭鉱夫の父と兄をもつビリーエリオットは12歳。小さい時に母が亡くなって 無骨な父と兄と祖母に育てられてきた。

父も兄もビリーに強くなって欲しくて、ボクシング教室に送り出すが、ビリーはひょんなことから、バレエクラスに紛れ込んでしまう。行き掛かり上、女の子達と一緒にステップを踏むうちに ビリーはダンスに興味をそそられて すっかり夢中になってしまう。バレエの先生も、ビリーの身のこなしから 彼にはバレエの才能がある と見抜いて、個人レッスンを始める。厳しい訓練ののちに ロンドンのロイヤルバレエ団のオーデイションを受ける段になって、ビリーは父と兄の猛反対に合う。おまけに炭鉱閉鎖が決まって ストライキにはいっている家族の生存権そのものが失われる事態に追い込まれたことを知って、ビリーは絶望する。

時がたち、ビリーが ひとりバレエを踊る姿を 偶然目にした父親はビリーには本当に才能があることを知って、炭鉱夫たちのストライキのピケを抜け駆けして スト破りをして お金をかき集め ビリーを連れてロンドンに行く。ロイヤルバレエ団に来てみると いるのはお金持ちの子弟ばかり。ビリーは気押されながらも 遂にオーデイションに受かる。 そしてビリーは 閉鎖される炭鉱に残る父と兄に送られて、本格的にバレエを勉強するためにロンドンに向かう。
というストーリー。

おもしろいのは、炭鉱の町、荒くれ男ばかりの家庭で ビリーが ボクシンググローブを首に下げたまま、バレエの楽しさに目覚めていくところ。顔も体も真っ黒になって石炭を掘る鉱夫と、クラシックバレエの優雅さ対照的なコントラスト。

息子を罵倒しながら、遂には息子の才能を信じて ストライキ中の鉱夫仲間から どんな屈辱を受けても 息子を支える父親の無骨で あつい愛情。

一見、ひ弱で、亡くなったお母さんの手紙を宝物にしている か細い12歳の少年が踊り子になることを夢見る けなげな姿。
親友の少年が女装趣味をもっていることへの 戸惑い。

素晴らしい舞台だった。何より驚いたのは、13歳の少年が プロの大人の役者と同格に、歌い踊るプロフェッショナルな姿。ミュージカルだから、例えば、バレエの「くるみ割り人形」のように バレエを踊るだけで進行するわけではない。ダンスもクラシックバレエだけでなく、タップダンスも アクロバット顔負けのジムナステイックも、モダンダンスもある、おまけに踊りながら、会話があり演技をしなければならないのだ。完成度の高い 素晴らしいパフォーマンスだった。3時間の舞台を、ビリーが、4人。かわるがわるに出演していたが、全く同じようで、どこで役者が変わったのか 全然わからなかった。

音楽:エルトン ジョン
原作;リー ホール(LEE HALL)
演出:ステファン ダルドリー(STEPHEN DALDRY)
配役:ビリー役の4人の13から14歳の少年は、オーデイションで決まった。    
LOCHLAN DENHOLM (メルボルン出身)    
RHYS KOSAKOWSKI (ニューカッスル出身)    
RARMIAN NEWTON (メルボルン出身)    
NIVK TWINEY   (シドニー出身)

やはり エルトンジョンは天才だ。暗くなりがちな炭鉱夫たちのストライキや警官との激突を、明るい力強さ たくましい歌とダンスにまとめ、随所に笑いと 生きることの喜びを歌い上げていた。

バレエの振り付けも すごく良い。12歳のビリーが、大人になったときのビリーを思い描くシーンで、ビリーと大人のバレエダンサーとが デュオで踊るところは、二人とも全く鏡のように 同じ動きで優雅に踊って夢のようだった。

素晴らしいパフォーマンス。 総勢70人の出演者はみなオーストラリア人。半分は ビリーの年齢だ。この舞台の為に、舞台練習をしながら学校の勉強ができるように、出演者達と一緒にいられる先生が ハイヤーされたという。友人が ロンドンの舞台を観て来て 感激して、シドニーでも観て、どちらも同じくらいに良かったと、目をうるうるさせて言っていた。 すごく良い舞台なので、お勧め。 

2008年2月14日木曜日

再び くじらを食べないで


オーストラリア連邦裁判所は 1月15日、南極海の保護地域での捕鯨が違法であるとの立場から、日本の調査捕鯨団の操業停止を命令した。

しかし、南極海で調査捕鯨をしている 日本の捕鯨船団は、世界から ひんしゅくの嵐をあびながら、しぶとく予定どうり ひき続きクジラを殺戮、南極海で血祭りをあげている。50頭の絶滅危惧種であるナガスクジラと、935頭のミンククジラが、次々と死刑台に送り込まれている。

オーストラリア連邦裁判所の命令に対抗して、日本政府は 南極海は どの国も領土権を持たないのだから、捕鯨をしても良いと、主張する。しかし、誰のものでもない南極海で、日本だけが 捕鯨して食料を確保して良いとは思えない。日本人だけが 南極海から資源を収奪して許されると思えない。

調査が目的ならば 殺さなくても調査できる。尾から獲るDNAが、調査対象ならば、殺さずに効率の良い調査の仕方があるはずだ。調査と言う名目で肉を捌いて 売り買いできるのはおかしい。 国民の税金10億円ものお金を使って 調査捕鯨するなら、調査結果を毎年きちんと国民に報告すべきだ。

ミンククジラの母娘と思われる2頭が槍を打ち込まれ、多量の出血しながら日本船に収容されていくところを放映した写真が世界のニュースで報道され、非難の矢面にたつと、すぐに日本側は あれはメス2頭であって、授乳中の母と娘とは思われない、と居直った。暖かい海で赤ちゃんを産んだクジラは、離乳期に 餌の多い南極の冷たい海に泳いでくるから、そのとき母乳が出ていなかったからと言って、母親でないとはいえない。

日本にいるとNHKニュースで目が覚めて、夜のニュースで眠るから 日本が鯨に関して どれほど世界で孤立しているか 気がつかないのではないだろか。 60年前、石油の補給路を断たれて、孤立した日本が中国、アジアに資源を買い求め海外派兵せざるをえなかったように、戦前の日本の孤立に人々は気つかないでいるのではないか。 資源の為にアジアの国々の主権を蹂躙し、収奪、強奪し、600万人の国民を犠牲にして、やっと戦争を終結した日本。その60年前の日本と南極海でクジラを血祭をあげる日本と、いかに相似していることか。

1、誰の領海でもない南極海で日本だけが誰のものでもない野生動物を 殺して食べ続けて良いと思えない。他に蛋白源が豊富な今日、どうしてもクジラを食べなければならない理由はひとつもない。

2、調査目的と言い その場で殺して肉を冷凍して 売買して流通させるのは、調査捕鯨ではなく、商業捕鯨としか考えられない。

3、捕鯨は伝統だと言うが 調査捕鯨が拡大され、クジラの供給が過剰になり、値崩れして、和歌山県太地町など、沿岸の伝統的な捕鯨漁士の生活基盤は、圧迫されているのが、現状だ。

4、調査捕鯨に毎年10億円の調査費が国民の税金から払われているが、国民は納得しているのか?それだけの出費に見合う調査結果が 毎年、情報公開されているのか。

5、鯨肉は水銀汚染(大きな魚ほど水銀蓄積量が多い)されている。政府が 妊婦、小児などは、大型魚肉は、週に40グラム以下に抑えるべきだ と指導しているのに 鯨肉を学校給食で出すのは矛盾している。学校給食で鯨肉を出すことを、父兄は納得しているのか。給食で出る肉は約70グラム、2週間分の水銀を摂取することになる。その上 家庭でもマグロなど、水銀含有量の多い魚を食べる機会は多いのに、政府はをどのように指導するつもりか。

6、1月19日北海道のホテルで 集団食中毒が起き鯨肉から、病原菌大腸菌が検出されたが、野生動物の肉は水銀、病原性大腸菌、PCB,プリセラ菌などお汚染から、安全といえるのか?

以上の理由から、クジラを食べるのは疑問。美しい野生動物を もういい加減食べるのは 止めにして欲しい。

2008年2月6日水曜日

映画 「君のためなら千回でも」



映画 「THE KITE RUNNER」、邦題「君のためなら千回でも」を観た。ホイッツ映画館で上映中。 日本でも好評で、上映中。

カレド フセイン (KHALED HOSSEIN) 原作の「THE KITE RUNNER」を、スイス生まれ、ニューヨーク育ちの映画監督マルク フォスター(MARK FORSTER)が、映画化した。

この監督、「MONSTER'S BALL」2001、「FINDING NEVERLAND」を作った人。先日28歳で亡くなった ヒースレジャー主演の「MONSTER'S BALL」は、舞台も役者も みんなオーストラリアで チャイナタウンや、私が毎日歩いている町で撮影していて、身近に感じていたが、アクション映画なのに、家族のつながりがよく描かれていて良かった。「FINDING NEVERLAND 」も 大人になっても夢を持ち続けることの大切さを描いて印象的な映画だった。この監督、好きになれそう。

KITE RUNNERとは、凧揚げをしていて、落ちてくる凧を拾うために走る人のこと。凧揚げは アフガニスタンの人々にとって 大人も子供も 夢中になって遊ぶ国民的リクリエーション。空中に高く舞い上がる凧を 他の凧と競って互いの糸を切って勝負をきめる、高度なテクニックを要する遊びだ。

ソビエト侵攻前のアフガニスタン カブールに、二人の少年がいる。アミールとハッサン。中産階級で 西欧的教育を受けた父親をもつアミールは、自分が生まれたときに母を失ったので、母親を知らない。 この家には 父親が子供のときから 世話をしてきた召使がいる。その息子、ハッサンは、アミールの召使でもあるが、親友で遊び友達。アミールが上げた凧を 落ちてくるとき 決まってハッサンが、「君のためなら千回でも、、」と言って 取りに走っていく。

凧揚げ大会でアミールの凧が 他の凧を次々と落として、遂に優勝する。その凧を拾いに行ったハッサンは 妬み深い年上の悪童どもに、陵辱される。 それを目撃しながら、親友を助け出す勇気を持たなかったアミールは、この日を境に 罪の意識と レイプされても凧を守るために反撃しなかったハッサンへの軽蔑心とから、遂に ハッサン親子が家に居られない様にしてしまう。

そのうちに、ソビエト軍が侵攻してきて、アミール親子は カブールからパキスタンへと逃れ、その後、アメリカに移住する。 20年たち、アミールは大学を卒業し、小説家として成功、本を出版できるまでになった。ある日、パキスタンから 友人の電話を受け取る。パキスタンまで会いに行って、友人はタリバン制圧下のカブールで ハッサンが殺されたこと、そしてハッサンはアミールの実の兄だったことを知らされる。アミールは タリバンに誘拐された、ハッサンの息子を取り戻し、アメリカに連れ帰ることを決意する。そのことによって、かつて自分が子供のときにハッサンを裏切った償いをする というストーリー。

カブールの石でできた家々、凧を上げる少年達の真剣な顔、ベールを被る女たち、夕日に映える美しいモスク。 センチメンタルな テーマを 西欧社会で育った監督が 筋を追っていく。 

私が、好きなシーンは、アミールが 自分を責めるよりも、レイプされたハッサンに向かって、腐ったザクロの実をハッサンに投げつけて、ハッサンが怒って投げ返したり、卑怯だった自分をぶん殴ってくれることを期待するところ。すると、ハッサンは、大きなザクロをつかんだと思ったら、自分の額に激しくぶつけて 血のように顔中 真っ赤にしてアミールの前にたたずむところ。 二人の少年の心が このような形で 決定的に分かれるシーンが とても印象的だった。

小児性愛はこの世で 一番唾棄すべき、許されざる罪、おぞましい犯罪だが、それにしても どうしてイスラム社会で このように いとも簡単に 小児へのレイプが引き起こされるのか? イスラムの厳格な結婚前までの禁欲、年長者が結婚を決めるしきたりの重さ、強い父権、限りなく無に近い女権、封建的な社会観、こういった、習慣、社会規制が 小児性愛、性暴力という形で頻発するのではないか。全く頭にくる。

いろいろな見方があるだろうが、 この映画のテーマは 人生、やり直しがきくのか?自分の罪を自分の行為で償うことができるのか ということだろう。20年たったあとで 償っても、ハッサンは生き返らない。償いはただの自己満足か、自己ヒロイズムだ。しかし、自分の罪を真正面から見据え 罪を認めるのは 辛い、勇気のいることでもある。

この映画を観た日は火曜日で チケットが半額近いので、平日の朝なのに、結構沢山人がきていて、上映中、あちこちで観ている人が 鼻をかんでいた。 でも、私には、この映画、ちょっと、センチメンタルすぎて、人の心の掘り下げ方と、現実認識が 足りないようにおもわれた。

この映画、同じように、子供を扱った名作のなかで、
ルネ クレマン監督、フランス映画「禁じられた遊び」と、
ヴィットリオ デシーカ監督 イタリア映画「自転車泥棒」と、
マジット マジ監督の、イラン映画「赤い金魚と運動靴」 この3つが、それぞれ100点満点とすると、
30点くらいだろうか。

2008年2月5日火曜日

映画 「CHARLIE WILSON’S WAR」


ハリウッド映画「チャーリーウィルソンの戦争」を観た。
監督 マイク ニコルス(MIKE NICHOLS) 主演 トム ハンクス(TOMHANKS) と、ジュリア ロバーツ(JULIA ROBERTS).  

双子を出産したあとで、また赤ちゃんを産んで 子育てほどドラマチックでエキサイテイングなことはない、子育ての楽しさに比べたら 映画や舞台なんて 全然魅力ない。と、公言していたジュリア ロバーツが本当に久しぶりで 映画出演。 彼女の水着姿が見られるとあって、ヨダレをたらしている夫を連れて、観にいった。夫に限らず私も ジュリアロバーツと、トムハンクスは どちらかというと好きな俳優。実際の人となりも 誠実で、人権派、良心派とばかり思っていた。そう思っている人は多いだろう。

だから言うが、こんな映画は観るべきではない。観にいって 時間と金の無駄と言うか、心底 不愉快になって 気分台無し、胸が悪くなる。

この映画、ポリテイカルコメデイーだそうだ。 実在する1980年に活躍した テキサス出身の下院議員 チャーリー ウィルソンの本当の話。ソビエト侵攻下のアフガニスタンで、彼は反共の富豪家 JOANNE HERRING の 強力な支持と、CIAの後ろ盾を得て、5億円あまりの資金を アフガニスタン反政府軍に提供する。アメリカ製の良い武器が 戦争で勝利を導くという 確信からだ。彼の より性能の高い武器がアフガニスタンを舞台とする米ソ戦の決着をつける、という読みが当たって これがソビエト軍撤退のきっかけを作った。

この映画のクライマックスは アメリカ製爆撃機が ソビエト軍の戦闘機をミサイルで打ち落とすごとに、ヤンヤの歓声をあげて 映画の登場人物たち アメリカ人たちが 喜び抱き合うシーンだ。ジュリア ロバーツとトム ハンクスが 送られてくるフィルムを観て、ソビエト軍機が落ちるたびに バンザーィと抱き合って喜ぶ。富豪婦人宅のプール で、マルテイー二を飲みながら、ヌードダンサーが踊る横で、浮気を楽しみながら、ドカン!!!!オー イエーィ!!やったー! と言うわけだ。戦争画面は 素敵な酒のつまみだ。

映画は、アフガニスタンからソビエト軍を敗退させた 輝かしいアメリカの歴史の1ページを追憶してみたわけだ。 今度は 日本軍を フィリピンから敗退させたときの、戦闘映画など、トム ハンクスと、ジュリア ロバーツでやったら どうだろう。

アメリカはすっかり変わってしまった。 9-11で、アメリカの良心は死に絶えたのか?
現在のアフガニスタンは ソビエト軍侵攻以前よりも 悲惨な状態だ。当時、アメリカの豊富な資金で武装した反政府軍もタリバンも 今や分裂に分裂を重ねて 政治解決に程遠い。この20年あまり、アメリカを中心とした世界はアフガニスタンに何をしたのか?何をしなかったのか?

ポリテイカルコメデイーというのは、政治を笑うパワーだ。日本の狂歌にもみられるように、圧倒的に強い権力に対して、笑いで逆うしか方法のない 者たちのパワーだ。
しかし、この映画の笑いはアメリカ人にしか 通じない。世界で一番権力をもったアメリカが それを持たない人々に 同じ笑いを期待しないでもらいたい。きみたちは 限りなく愚かだ。 

2008年2月3日日曜日

日本帰国11日間の旅

2年ぶりに二人の娘達と一緒に 休暇で日本帰国することが実現できた。
その11日間の何と短かかったことか。
ひさしぶり、日本に帰ってみるごとに いつも ちょっとした変化が 発見される。

ひとつに、車のサイドミラー。 歩いていて 娘が「日本の車には耳がないんだー。」と言うので、注意して駐車場を見てみると、なるほど、どの車からも、サイドミラーがなくなっている。そのうちに、エンジンをかけた車が ウィーンと サイドミラーを出して 発車していく姿を見てあっけにとられた。口を開けたままだったかもしれない。 いつのころから日本では 誰も彼もが例外なしに、駐車するときはサイドミラーをしまうようになったのだろう。 シドニーでも、夫も娘も日本車に乗っているが、サイドミラーを引っ込めるような細工はない。もともと、車体から突き出ていることに意味があるものだから、ぶつけて衝撃を受けても ポロリと取れたりしないようになっている。そうなっていなかったら、私など サイドミラーを、1年に200個くらい ぶつけて失くしている筈だ。車幅の感覚をつかむのに鈍いので、ガレージの出し入れや、カーブを曲がりきれなくて サイドミラーを擦ったりぶつけたりする。ウィーンとサイドミラーがしまえるポケットを持った日本の日本車を持った人がうらやましい。

茶塩というのが流行っていたのも 新しい。 天ぷらなどの料理にかけて食べるようだ。おみやげに と持たせてくれた親切な人がいて、シドニーに持って帰って、ゆでたまごにかけて食べたりしてみたが 余り好きになれない。緑茶には利尿作用があるので、これをジャンジャンかけて食べている人は トイレに行ってばかりいるのだろうか。

2年ばかり前に帰国したときは、電話詐欺が流行っていて、友達の電話番号の前に、3桁の数字を入れないと、つながらなかった。滞在先から電話するには 番号の先にゼロを入れることになっているが、始めにゼロをいれても、3桁の数字の後にゼロを入れても、通じないところが多くて 友達の誰とも電話でスムーズに話しができなくて、腹がたった。今年になって、人々はもう その3桁をつけるのに飽きたらしくて誰もやってなかったから、いろんな人と話ができた。

その前に帰国したときは、ホテルの高級レストランに連れて行ってもらって、パンと一緒に 見慣れないバージンオイルがついてきたので、「これなんですか?」と、ボーイさんに聞いて、同席者に笑われた。

ずっと日本にいる人には何でもないことだろうが、時々来る人にとっては ついていくのがなかなか大変。友達と一緒にいて 冗談に笑えなかったり、知らないのにしっているふりをしないといけないような時もあって、ヒヤヒヤする。

2008年1月29日火曜日

映画 「アイアム リジェンド」


たくさんの人たちと 一緒に殺されてしまうよりも、一人だけ生き残ってしまうことのほうが、ずっと怖いのではないだろうか。

ニューヨークで、一人だけ、生き残ってしまった 科学者で軍医のロバート(ウィル スミス)が、草が生い茂って、野鹿が走り回るニューヨークを歩き回ったり、住人のいなくなった家から、ビタミン剤を持ち出したり、ハーバーで無線をいじったり、閑散としたホテルのプールで釣りをしたり、朝日とともに、家の窓を全開したりするのを ハラハラドキドキしてみていて、気が気ではなかった。彼が何か普通のことをしていても、何かとんでもないことが 起こる予感がして、すごく怖かった。暗がりには、ぞっとする姿のゾンビが 血を求めて待ち構えているのだから、まったく落ち着かない。

ハリウッド映画「I AM LEGEND」を観た。出演:ウィル スミス(WILL SMITH )、アリス ブラガ(ALICE BRAGA)、スミスの娘ウィロウ スミス。原作、リチャード マシスン(RECHARD MATHESON)の「I AM LEGEND」(邦題「地球最後の男」)のリメイク。

癌の特効薬ができて、人々はそれに殺到する。しかしこの薬に耐性をもつ新しいヴィルスが発生して瞬く間に 世界中の総人口を 死滅させてしまう。 死に切れなかったものたちは、ゾンビとなって暗闇で新鮮な血を求めて待ち構えている。このゾンビは馬鹿でも盲目でもない。わなを仕掛けて生き血を吸うために 生き物を生け捕りにしようとしている。 軍医ロバートが うっかりしている間に 鉄柱からワイヤーで吊り下げられたり、サム(ジャーマンセパード犬)に 噛み付いたりする。

この映画、見る前に、ホラー、暴力シーン、アダルトシーンがある、ということで、注意書きがついていたので、怖いのを観る覚悟をして観にいったが ゾンビそのものはあんまり怖くなかった。髪も毛もないツルリとして口だけが大きく、暗がりで待ち構えているから、怖いけれど、明るい陽のしたで見ると全然怖くない。なんか、去年見た映画「DESENT」に出てきた、光の届かない洞窟に住む 目も髪も体毛も退化してしまった人(?)のお化けと、メイクがそっくりだったので、ちょっと慣れてきて、「あ、またお会いしましたね。」という感じだった。

どうしてこの映画を観たかというと、軍医ロバートの唯一の生存仲間 ジャーマンセパード犬 サムが 私が昔 持っていた犬とそっくりだったから。アルメニウス セント デ ニコラウスという名前だった、昔の犬に会いに行く気分で この映画を見に行った。走る車の窓から頭をだして、風でたてがみを ソヨソヨ揺らしている姿や、ロバートと一緒にトコトコ歩く姿が可愛くてずっと見とれていた。だから、最後に軍医が死ぬところよりも、サムが死ぬところの方が ずっとずっと悲しくて涙がでた。犬は人間にとって なくてはならない友達。人に全幅の信頼をよせて体をもたせかけてくる愛犬のいとしさは特別だ。

ウィル スミスはモハメッド アリの伝記映画「アリ」では当たり前だけど、いつも映画で裸になって上半身のよく鍛えられた姿を強調して見せてくれる。この映画でも 孤独に耐え、自分の体を使って ヴィルスの免疫をつくり、血清を生き残った人々に渡すために 体を鍛えていて アフリカンアメリカンの美しい体を見せてくれた。

映画に娘役で、出ていた女の子は本当のウィル スミスの娘だそうだ。彼の前作「幸せのちから」(「THE PURSUIT OF HAPPYNESS」)では これも本当の息子が 出演して大活躍だった。この映画、この子のために、ヒットしたようなものだろう。親子3人とも、良い俳優だ。

2008年1月28日月曜日

映画「スウィーニートッド:フリート街の悪魔の理髪師」


ブロードウェイのミュージカル「SWEENEY TODD :THE DEMON BARBER OF FLEET STREET」が、テイム バートン監督によって映画化された。 ジョニー デップが ミュージカル映画で歌うというので、とても話題になっている。

この監督、よほどジョニー デップが好きらしく、「シザーハンド」、「チャーリーとチョコレート工場」など、5つの作品で彼を主役に出演させている。   ジョニー デップは、「パイレンツ オブ カリビアン」で 小さな子供から老人までファン層を広げた。強力な個性、一種独特の人を惹き付ける魅力をもった俳優だ。ちょっと、大げさのように思えるが、朝日の雑誌、アエラで映画評を書いている 藤原帰一氏の言葉に従えば、「抜きん出た美貌と演技力に恵まれながら素直に名優になろうとしないこの恐るべき子供の、これは第一の名演ではないだろうか。」ということになる。

第65回ゴールデングローブ賞、ミュージカルコメデイー部門で、これが作品賞、ジョニー デップは主演男優賞を獲得した。 余談だが、主演女優賞は、「エデイット ピアフ、愛の賛歌」の、マリオン コテイーヤルが獲り、ドラマ部門では「AWAY FROM HER]のジュリー クリステイーが選ばれた。エデイット ピアフの映画も、ジュリークリステイーの映画も、このMIXIで前に記事を書いた。2007年、10月12日の日記と、7月30日の日記だ。

オーストラリアでは「SWEENY TODD 」を、去年の1月から3月まで オペラでやって、成功した。ブロードウェイでは HAROLD PRINCE監督、RICHARD BARR、CHARLES WOODWARD などが製作したが、ここではSTEPHEN SONDHEIN,HUGH WHEELER などが オペラに仕立てた。去年は オペラオーストラリアでは、「椿姫」、「フィガロの結婚」、セルビアの床屋」、「イル トラバトーレ」、「タンホイザー」など、重くて、長くて、大きいオペラが多かったので、登場人物が少なくて規模の小さな「SWEENY TODD]のような作品を混ぜたのだろう。

ストーリーは、 
無実の罪で投獄され、妻と娘を悪徳判事に奪われた理髪師バーカーは、15年後に脱獄して復讐するためにロンドンに帰って来る。ミートパイ店を経営するミセス、ラヘッドの協力を得ながら 判事ばかりでなく 来た客を次々と剃刀で咽喉を切り裂いて殺し、肉をミンチにしてパイにいれて、人々に食べさせる。しかし、判事に奪われて、亡くなったはずの妻と娘は、、、このあとは、これから観る人のために言えない。

ミュージカル映画でジョニー デップが 立派に声量豊かに難しい歌を歌っていて、ミセス ラヘッド役のレナ ボナム カーターの声とも よくハモッていた。日本でも、オーストラリアでもこの映画、15歳以上でないと観られないのは、咽喉をかき切る時のシーンが残酷だったから と言われている。

無実の罪を着せられて、妻子を奪われた哀れな理髪師は 悪魔と呼ばれてしまったけれど、話の筋をたどっていけば、そんな復讐の鬼にならざるを得なかったのも うなずける。それなりに、人間の苦渋、哀切に共感できないわけではない。

イギリス人は こういったちょっと苦みのあるユーモアが好きなんじゃないだろうか。15歳以下 鑑賞禁止は、この映画が残酷だったからではないと思う。彼の生き方もまた、人生。これも、ちょっとしたユーモアとして、映画を捉えるだけの 達観した視野が、15歳以下の子供には 期待できないからだろう。

2008年1月26日土曜日

ヒース レジャー 28歳の死





HEATH LEDGERが死んだ。
1月23日のことだ。享年28歳。
西オーストラリア パース出身。
マンハッタンのアパートで一人、睡眠薬の過剰摂取が原因だったもよう。
薬はAMBIEN,またの名を STILNOX. こんな一般的な薬で簡単に死んでしまうなんて、、、。 しかしこの催眠薬 副作用として異常にハイになったり、異常行動をおこしたり、意識混濁を起こす可能性があるとして、厳重に医師の監督下で処方、服用するようにという警告が厚生省から出たばかりだ。家族は彼の死が報道された直後に、これは自殺ではなく事故だったと、声明を出した。しかし、死ねるほどの量を、計画的に貯めることなしに、死ぬことはできなかったはずだ。現在、警察で死因が究明されている。先妻とのあいだに 2歳の娘が残された。

ヒースレジャーは私の最も好きな役者のひとり。自分の色を捨てて、徹底して役にはまりこむタイプの 役者魂をもった役者。性格俳優としても、成熟した表現力をもっていた。彼の出ている映画を ずっと観てきて、高く評価していた。実際のところ、28歳だったと聞いて 耳を疑った。そんなに若かったのか。 18歳のころからTVシリーズでレギュラー出演していたというが、役者を始めて、たった10年で、俳優としての人生を駆け抜けて そして逝ってしまった。余りにも 早い死。

嘆いても嘆ききれないだろう。 彼と同じオージー俳優、メル ギブソンが、「ぼくの息子、、、彼の将来を期待していたのに死んでしまうなんて、」と、言っていた。2000年にメル ギブソンが映画「THE PATRIOT」(邦題 パトリオット)を演じたとき、ヒース レジャーが息子役で出演していたのだ。

主演作品は、 2001年:「MONSTER'S BALL」、「NED KELLY」、「A KNIGHT'S TALE」 2005年:「LORDS OF DOGTOWN」、「CASA NOVA」 2006年:「CANDY 」、「BROKEBACK MOUNTAIN」 「ブロークバックマウンテン」で、ゲイのカーボーイの役をやって オスカー主演男優賞に ノミネイトされたが、「カポーテ」のフィリップ ホフマンに 賞を持っていかれてしまった。

今年になって、ボブデイランの役で、「I'M NOT THERE」に出演。7月には、「バットマン THE DARK KNIGHT 」では ジョーカー役で出演しているのが観られる予定。初代のジャック ニコルソンのジョーカーが印象的だっただけに この役をやるのは大変だっただろう。

死ぬ前には「体が疲れていても、役のことを考えずにいられない。このところ平均2時間くらいしか眠れないんだ。」と言っていたという。役作りに のめりこみすぎていた彼の姿をよく表している。 最後の仕事は、「THE IMAGINATION OF DOCTOR PARNASSUS」 2009年にリリースされる映画だそうだ。

私は ヒース レジャーの 「カサノバ」や、「キャンデイー」で、彼がみせた、幸せいっぱいの笑顔や、ハンサムな優男のコミカルな演技も好きだが、やはり、「ブロークバックマウンテン」が、良かった。 妻子、家庭をもちながらも、ゲイの恋人と秘密の逢瀬を重ねる男の苦しみと嘆きを 無骨で無表情な男が、その背中で切実に表現していた。これには すごく泣けた。

でも、私が一番好きな彼の作品は、あまり話題にもならなかった、小さな作品「LORDS OF DOGTOWN」。小さな町で、少年達が 1960年代に 初めてスケートボードで遊び始めて コンペテイションに出る、というだけの筋というような筋もない作品だったが、サーフボードやスケートボードを作る店のオヤジ役のヒース レジャーが、すごく良かった。
貧困、家庭内暴力、非登校といった問題を ごっちゃり抱え込んだ少年達の唯一の逃避場が、この飲んだくれのオヤジのボードショップ。少年達の傷つきやすい胸の痛みと そんな時期を過ぎたばかりのシャイで酒乱のオヤジの 一見乱暴なやりとりに、すごく共鳴してホロッとして すごく泣かされた。
このときの、ヒースレジャーの酔っ払いぶりが、あまりにあっぱれで感動して以来 彼の大ファンになったが、いま考えてみたら、これを演じていた彼は たかだか25歳の若さだったのだ。それを思うと 彼はすごい。早世で、本当に才能がピカピカ光っていた。

もっともっと、性格俳優として、第一級の役者になれただろうに。 もう映画でヒース レジャーに会うことができないなんて、残念でならない。

2008年1月24日木曜日

マイダッド




写真は、マイダッド。 1番目の写真は 医師と看護士たちに囲まれたMY DAD。


大内義一早稲田大学名誉教授 96歳。 休暇で、一年ぶりに 二人の娘を連れて、日本に帰国した。たった、10日間の休暇だったが、96歳になった父の誕生日を、祝うことが出来た。元気でなにより。24時間介護つき有料老人ホームに独居。ときどき記憶が20年くらいスピンするけど、元気そのもの。よく訪れてくれるお弟子さんたち、姉夫婦、兄夫婦に、感謝!


誕生日にあわせて豪華な蘭を送ってくれたゴンさんに感謝! かつて早稲田にコネつき裏口入学があったころ、断じて賄賂を受け取ってヤバイことをするのを拒んだ保守派。早稲田大学全学連議長を退学させたタカ派。わたしが吉本隆明について話していて、つい「あなたが、、、」と、言ってしまったら、すかさず 「ばかもの 父上とよべ!」と、どなった当時のわからず屋。いまは、わたしにも娘達にも あまいあまい おじいちゃん。

短い滞在中、貴重な時間をさいて会いに来て下さった方々、大事な友達、お会いできなかった大好きな方々も、本当に 本当にありがとうございました。 また来年!!!

2008年1月5日土曜日

オーストラリアン バレエ

今年前半期のオペラが終わり、6月に後半期のシーズンが始まるまでの間、劇場では観るべきものが何もない。


オーストラリアンバレエ「ニューロマンチックス」を見にいった。オペラハウス、プレミア席 $120. 今まで、バレエを見にいくたびに、オペラハウスコンサートシアターの舞台が狭くて、踊り子たちが可哀想に思えたものだが、今度は逆に広々とした舞台を踊り子達が使いきれないみたいで踊り子達が可哀想に思えた。

いつもは シモン ヤングの指揮でオーストラリアオペラバレエオーケストラをバックに スパルタクス、ジゼル、シンデレラ、メリーウィドーなど、毎回、楽しい出し物をしていた。


オーストラリアンバレエは、この国で唯一の国立舞踊団、団員はちょっと太めだけど、よく訓練されていて国の援助を受けて、きちんと給料をもらってプロとして公認されている。年間6つの出し物以外にも、オペラに常時出演し活躍している。 団員のなかに、厳しいオーデイションに受かって、この何年かメンバーとして踊っている日本人が3人いる。漢字でどう書くのかわからないけれど、フジノノブオ、クボタミワコ、ホンボウレイコの面々。 日本では民間バレエ団がそれぞれ定期公演しているが 公演から得る興行収入だけで団員の給料など、出せるとは思えない。公共の援助もなく、団員はスポンサーの援助と、バレエ教室で教えたりしながら生活しているのだろうが 楽ではないだろう。メジャーで踊っている人は 子供相手に教えるひまもないだろうから、家が裕福でないとバレエどころではないだろう。 それだけオーストラリアでは踊り子や、オペラの歌い手が保護されているのだから、人は公演に期待する。去年のバレエは、良かった。だが今年はなにをやっているのだろう。 「ニューロマンテイクス」は、3部に分かれていて、一部は、伝説的な振り付け師ジョージバラシンが、1928年に演出した「アポロ」という踊り。2部は、オーストラリアチェンバーオーケストラから、チェロのマスターを借りてきて、彼女の弾くチャイコフスキーに合わせて、6人の踊り子が踊った。3部最後は、AFTER THE RAINという題で、二人の現代的なちょっと体操選手みたいな踊り。 エツ これだけ?と言う感じで終わって、 何か腑に落ちないみたいな気持ちで帰ってきた。このパフォーマンスに$120払って 満足したのは、踊り子の親戚くらいだったんじゃないだろうか。 どうしてこの公演を観に行ったのかというと、このパフォーマンスを最後に引退するSTEVEN HEATHCOTEが観たかったから。彼は46歳、25年間このオーストラリアンバレエで プリンスを踊ってきた人だ。舞台で46歳まで、ジャンプするというのは、世界でも珍しい、大変なことだ。テレビのインタビューに答えて、はい、健康に恵まれて自分は幸せでした、と、とても謙虚な人柄で好感がもてた。 この人の最後の踊りを見にいったのに、彼は出てこなくて、代役だった。がっかりー。  そんなことなら、切符を買う前にいってくれ!!!  

2008年1月4日金曜日

映画 「I’M NOT THERE」


ボブ デイランが「BLOWIN IN THE WIND」を歌っていた頃 アメリカは徴兵制があった。戦場に行く理由も 殺されたりしなければならない訳もわからずに 若者は国家に駆り出され、戦争に引き立てられていった。良心的兵役拒否などという人道主義はまだなかった。徴兵制に反対したり ベトナムで女子供を殺すことを拒否した若者は脱走兵同様 非国民として即、刑務所に収監された。 そうして、58000名のアメリカの若者達が無駄にベトナムで命を落としていった。

ボブ デイランが「THE TIME THEY ARE A_CHANGIN」を歌っていた頃、日本は アメリカ軍がベトナムを攻撃 侵略するための補給基地だった。アメリカ政府のいう共産主義勢力拡大を防ぐためアメリカ軍の後押しを日本政府がしていた。沖縄はまだ日本のものではなく、沖縄は米軍が ベトナムに出撃するためのアメリカ基地だった。日本人がパスポートを提示しても簡単にいけるところではなかった。

ボブ デイランが歌いだしてからだ。 アメリカの公民権運動が表面化し、黒人有権者登録運動が大きな運動となり 人々が反戦運動に立ち上がったのは。日本では 安保条約を破棄させる運動が、反ベトナム戦争へと波及し、学生は大学を封鎖し、全学ストに持ち込み、街頭に出て行った。

ボブ デイランがいかに、時代を先駆けていたか、彼の「風に吹かれて」の歌詞をみて、いまでも、驚く。彼はレイチェル カーソンの科学書「SILENT SPRING」(沈黙の春)の発表のすぐ後でこれを書いた。環境ホルモンなどという言葉もまだなかった頃のことだ。

「I 'M NOT THERE」は、ボブ デイランの半生を映画化したものだ。彼のようにまだ生きていて、音楽活動も継続していて、多様性をもった音楽家を ひとつの映画にまとめるのは、いかにも、困難すぎたらしく、映画では、6人の俳優がボブ デイランを演じている。

1959年ー1961年:MARCUS CARL FRANKLIN
1965年       ;BEN WHISHAW
1964年ー1973年:HEATH LEDGER
1966年       :CATE BLANCHETT
1979年ー1981年:CHRISTIAN BALE
1967年       :RICHARD GERE

以上の6人が6様のボブ デイランを演じた。
なかで、ケイト ブランシェットは、これで、ベニス映画祭 最優秀女優賞をもらった。2008年ゴールデングローブでもブランシェットは助演女優賞にノミネイトされた。

初めに 1959年の頃のデイランを演じた、マルコス カール フランクリンは10歳くらいのアフリカンアメリカンの少年で、めっぽうギターで語り弾きがうまくて、一人前に口が立ち よくしゃべる。確かに、ボブ デイランのその年頃、あんなんだったろう と思わせる。天才音楽家の開花直前といったところ。

1973年までのデイランを演じた、ヒースレジャーは 私の大好きなオージー俳優で、「ブロークバック マウンテン」では泣かせてくれた。が、ここでは、フランス人画家と結婚、家庭を持ち、二人の女の子をもつが、妻のラジカルについていけず、オタオタしていて、すごくかっこ悪い。音楽家としては充実期のデイランだ。

1981年までのデイランを演じた、クリスチャン ベイルも大好きな俳優、「バットマン ビギンズ」で あこがれて舞い上がった。彼のデイランは ボーン アゲイン クリスチャニテイーに入って洗礼を受け、牧師とともに説教台に立ち、ゴスペルを歌う。この時期のデイランに批判的な人の方が多いが、彼のゴスペル すごく良い。

リチャード ギアは、デイランがバイク事故で重傷を負い、隠遁生活に入った1967年のころの姿。リチャード ギアは素晴らしい俳優だが、ごっつすぎて、デイランのイメージが私には作れなかった。

しかし、なんといっても、ケイト ブランシェットのボブ デイランが すごい。胸にさらしを巻いて 両あごに詰め物をして、あの頃1966年ころのデイランにそっくり。歩き方、身振り、話し方なんかも。デイランが歌と歌の間にアジテーションをよくいれるが、その調子は全くのデイランそのものだ。劇場の舞台でピアノ語り弾きも、すごく本物。ロイヤル アルバートホールでの舞台だと思うけど、「LIKE A ROLLING STONE 」も、すごい迫力で歌った。
メデイアが インタビューのためにデイランを探していたら、近所のジュニアスクールの子供達と転げまわってふざけて遊んでいたシーンがあったけど、デイランが生き生きしていて ものすごく可愛い。
チェーンスモーカーで、小柄で、やせっぽちで、パワフル、まさに1966年のデイランが生きてよみがえってきて、心の底から、感動してしまった。

デイランは詩人 音楽家として天才だが、ケイト ブランシェットも 役者として天才。彼女は何にでもなれる。変形自在、カメレオンジャック。デ カプリオの相手役で出た映画「アビエーター」で、キャサリンヘップバーンの役をやって、アカデミー女優賞を獲った。話題になる前に見たが、あまりにキャサリン ヘップバーンにそっくりなので、映画を観ながら おーおーおー!っと声を出さずにいられなかった。キャサリンとケイト 全然顔が違うのに、ケイトが演じると 肩をそびやかしたり、歩いたり、話し方もッ表情もキャサリンとしか思えない、すごい役者だとおもってたけど、今回も、ボブデイランという、性別のちがう人の役を 立派に演じていた。

というわけで、私はこの映画、2時間30分を長いと思わず 充分楽しんだが、ボブ デイランをあんまり知らない若い人にとっては、お経みたいなもんなのか???

2007年12月26日水曜日

クジラを食べないで

世界最大の哺乳類で野生動物クジラは、あたたかい南太平洋で、赤ちゃんを産み、子連れで、餌を求めて、南極海まで回遊する。空腹の赤ちゃんを連れて、グループで襲ってくるシャチによる攻撃をかわし、何千何万キロを移動しなければならないクジラの旅が、楽ではないことを、BBC撮影チームが追跡撮影に成功して デビットアッテンボロウも紹介している。

このザトウクジラを、シドニーで観るための、ホエールウォッチングは、観光の目玉になって、世界から観光客が押し寄せる。シドニーから1時間ほど走った、ネルソンベイなどがホエールウォッチングの名所で観光客を満載した船が次々とッ出航する。そんなところまで行かずとも、まだ水が冷たい時期には シドニー湾の中にクジラが親子で迷いこんできたり、ボンダイや、ダブルベイといった高台から、クジラが勢いよく水を噴き上げる姿がよく観られる。それほどオーストラリアでは人とクジラとの関係が密だ。

12月21日、日本政府は今季、南氷洋での調査捕鯨でザトウクジラを捕獲しないことにした。50頭 殺される運命だったザトウクジラが12月19日の時点でアメリカの説得工作を続けていたトーマスシーファー駐日大使によって、2008年6月のIWC会議まで捕鯨中止を合意させた、というニュースが流れ、直後にあわてて日本政府がそれを否定するといったドタバタがあったのち、ともかく、ザトウクジラ捕獲中止が決定されたのは、当然とはいえ、朗報だった。

しかし、この12月に、日本の調査捕鯨が開始され、とりあえずザトウクジラは難を逃れたが、依然として、南氷洋ではナガスクジラ50頭、ミンククジラ950頭の捕殺が始まっている。

ザトウクジラとナガスクジラは、CITES(絶命の恐れのある野生動物の国際敵商取引に関わる条約、通称ワシントン条約)で、絶滅危惧種に指定されている。 また、ナガスクジラ捕獲は南半球では1976年に禁止されている。

オーストラリアのケビン ラッド首相は ザトウクジラ、ナガスクジラなど絶滅危惧種の殺害と肉の輸入はCITES違反であるとして、日本政府に抗議をした。東京在住のマレー マクリーンオーストラリア大使も政府の公式抗議を日本政府に手渡した。 スミス外相と、ピーターギャレット環境相は 外交手段で、抗議するだけでなくオーストラリア政府として、国際裁判に、提訴するため、国際法違反の証拠を収集するため、ビデオカメラを搭載した船舶、オーシャニックバイキング号と、航空機を、現地に派遣した。

ピーターギャレット環境相は現労働党政権の閣僚でありながら、元はグリーンの活動家だった。ちょっと前までミッドナイトオイルという名のロックバンドのリーダーでボーカル、保守政権批判、政府の白豪主義を揶揄し、人々の物欲主義を罵倒し続けた正統派活動家。この彼が 環境相では 日本の調査捕鯨という名の商業捕鯨が ケチョンケチョンに批判されるのが当然、このまま外交問題に、発展していくだろう。

捕鯨反対というとグリーンピースのレインボー号や、小さなボートで命がけの体当たりでクジラの殺生をくい止めようとする実力行使を思い浮かべるが グリーンピースや動物福祉基金や、RSPCAなどの民間ばかりでなく 今やオーストラリア政府が日本政府に対して抗議、船舶や航空機を使って行動に出ていることについて、事態を甘く見るべきではない。

世界で限りのある野生動物を、ひとつの国の国民だけが 殺して食べ続けていて良いわけがない。世界中から、ノンを言われている立場を はっきりと認識すべきだ。

クジラを殺して資源にしたり食料にする時代は終わった。世界の流れに日本だけが逆らって食べ続け、「野蛮人=日本人」のレッテルを貼られている現実から目をそむけてはならない。他に、食べ物が何でもある繁栄の極にある日本人がどうして、クジラを食べ続けるのか。

オーストラリアでは今、毎日のように日本の捕鯨船がクジラを捕らえ、甲板で切り刻んでいるフィルムがニュースで流れている。日本人と わかると、すれちがいざま唾と吐き掛けられたり、「クジラ食うなよ」と、脅かされたりする在外日本人の身を想像してみてくれないか。それを知らずにいる君に ビートルズのイマジンを送りたい。

ザトウクジラ50頭の捕殺は 一時中止されたが依然として ナガスクジラ50頭、ミンククジラ950頭は 今現在、日本の捕鯨船によって、捕殺され続けている。南氷洋はいまごろ、野生動物の赤い血で染まっていることだろう。

2007年12月4日火曜日

映画 「INTO THE WILD」



映画「イントゥー ザ ワイルド」ショーン ペン監督のアメリカ映画を観た。
1990年に大学を卒業したばかりの クリストファー マキャンドレス22歳は、約束された有望な将来に見向きもせず、自分を育ててくれた家族、友人すべてを残して 一人で旅立つ。技術者として優秀な父親、一人息子に盲目的な愛を注ぎ込む母親、中産階級のぬくもりすべてを捨てて、学生時代に稼いだ240万円全財産をOXFUN(児童育成基金)に寄付して、自分の身分証明書も、運転免許証も破り捨て、持っていた現金を焼き払い、無一文になって、旅を始める。

南ダゴダから、コロラド川をカヌーでくだり、アリゾナへと下って カルフォルニア、メキシコへと旅をする。心配した両親が警察ばかりでなく探偵まで雇って追跡調査しようとするけれど、身を隠すようにして姿をくらませる。沢山の人々との出会い、人助け、身を粉にして働いて得る食べ物、孤独な老人の心の友になったりしながら彼は旅を続ける。そして最後にはアラスカをめざす。しかし、悪天候と、大自然の猛威なさらされて 遂に生きて帰ることが出来なかった青年の冒険物語、権力とマネーパワーのアメリカに対する反逆児、自然と人との共生をあくまでも追求した理想主義者 ということもできる。

この実在した青年が死ぬ瞬間まで書き続けた日記と友人達からのインタビューをもとにして書かれた、作家ジョン クラクアー(JON KRAKAUER)による同名の本を映画化したもの。ベストセラーの この本を映画化したのがショーン ペンというだけで、注目に値するから、日本ではまだ公開されてないようだが そのうちに出てくるだろう。ショーン ペンは あのマドンナのもと旦那 と説明する必要のない立派な俳優兼映画監督。2003年「ミステイックリバー」でアカデミー主演男優賞、2001年「アイアムサム」で 6歳の娘より知能が低い父親の役を好演した。

この映画で、実在したクリストファー マキャンドレスを演じたのは、エミール ヒルク(EMILE HIRSCH)。彼は「THE EMPERORES CLUB」、「THE GIRL NEXT DOOR」という映画に出ているそうだが私は知らない。私が彼に注目したのは2年前の映画「ROADS OF DOG TOWN」という映画。これはカルフォルニアで1970年代に初めて スケートボードが作られて、これに夢中になった少年達がスポーツとしてスケボーを普及させるという痛快な映画だったが、美少年ばかりが5人も6人も出てきて大いに楽しんだ。中でもこのエミール ヒルクがとても冴えていたので、注目していた。今、この映画で、140分間、彼の冒険物語を見て、改めてショーンペンが抜擢した俳優だけのことはあると思った。コロラド川を警備隊の目を盗んでカヌーで川下り、砂漠を歩き、アラスカの山々を登山、鳥を撃ち半生の肉に食らいつく。「ROADS OF DOG TOWN 」ではぽっちゃりした可愛い少年だったのに、この映画の最後の方 飢えで死ぬ直前などあばら骨浮く姿で、すごく迫力ある演技だった。

彼の冒険物語をみながら、映画「グリズビー マン」が思い出されてならなかった。ショーン ペンは明らかに、この映画というか、ドキュメンタリーフィルムに影響をうけている。青年が山を歩いているときにかかる音楽なんか、ギターかかえて、ひとり男が歌うカントリー調のロックで、とても効果的。この映画ではエデイー べダー(EDDIE VEDDER)が 映画のために曲を作って歌っている。 「グリズビーマン」では、リチャード トンプソンという人が音楽監督、なかでボブ ミッチェルが,「コヨーテ」を歌っていて、とても、印象的で忘れられなくて、あとでCDを探したけど、見つからなかった。

「グリズビーマン」はテイモシー トレッドウェルという、アラスカでグリズビー灰色熊に、人間で一番近くまで行った人の、ドキュメンタリー映画。野生の熊との交流を 何年も、自分でカメラのフィルム回して撮影していて、ガールフレンドと一緒に年老いた熊に襲われ 食われてしまった。熊に襲われる直前まで本人が回していたフィルムだから、それはそれは迫力があった。好きなことをして その結果 命を落とした本人は それで満足だろうが ガールフレンドが彼を助けようとして自分も食われてしまった現実について、現地のインデアンの人は、「認識が甘すぎた。熊との共生は 距離をおいて、互いに尊重しあわなければ誤りだ。」と言っていた。正論だ。

「INTO THE WILD 」でも、グリズビーが出てくる。 この映画、「グリズビーマン」同様、好きな人と嫌いな人がいるだろう。親の立場からみたら、自分の子供にこんな無茶なことをやられた末に 死なれてしまったら、かなわないと思うかもしれない。彼の両親に対する憎しみ、何と自分勝手な、、と、彼に共感できない人も多いだろう。でも子供から大人になる為に、人は一度は親を切り捨てる必要がある。その捨て方は、人が100人いれば100様だ。クリストファーの生きかた、人生をロマンと捉えるか、現実を先に見るか、人は一様ではない。

私は100の説教より行動する青年が好き。一歩踏み出して失敗したら反省すれば良い。この映画、私はこの青年にとても共感できた。身分証明書も運転免許証も焼き捨てて、現金も焼き捨てて、ただただ、自然と一体になりたくて旅に出る青年に 潔い美しさを認める。こんな青年が私達のまわりにたくさんたくさん居てくれても良いのだと思う。