2010年9月25日土曜日

北部準州ダーウィン 第二日目




気温35度、日中の日差しが強くて ちょっと街と海辺を散策しただけで たちまち真赤に日焼けした。ダーウィンの街は こんがり日焼けした若者であふれている。世界中からやってきたバックパッカーたちだ。街にはマックも コールススーパーマーケットも ユースホステルもある。しかし海は ワニとクラゲがいるので 波乗りや遊泳などはできない。テントを載せてキャンプして移動しながら ダーウィンからカカドウ国立公園を見て回る四輪駆動ジープの旅をする若者達の顔は 冒険者達の顔だ。良い顔をしている。

ここ 北部準州(ノーザンテリトリー)の議会と博物館を見る。
博物館は美術館も兼ねていて アボリジニーのキャンパスに描かれたみごとな絵画がたくさん並んでいる。アボリジニの絵画は それぞれの土地の泥とか植物を顔料に使っているので 描かれたときと同じ状態に温度と湿度を維持するのが とても難しい。アボリジニーの作品は維持費が他の絵に比べて 何倍もかかるし、維持するのが大変だと、美術館のアボリジニーのスタッフが言っていた。

博物館の中に 1974年のクリスマスイヴに ダーウィンを襲ったハリケーン トレイシーに関する一角がある。このハリケーンでダーウィンの70%の建物が崩壊して、50人の死者を出した。このときの風速150キロというとてつもない殺人的な風の音を 来館者に体験させるための小部屋がある。真っ暗な部屋の中に入ると 風速150キロが襲う風の音を再現してくれて、ハリケーンの恐怖を体験させてくれる。一人で入ったので、とても怖かった。

ダーウィンというと、必ず1974年のハリケーン トレイシーの話が出てきて、ついでに1942年の日本軍ダーウィン爆撃の話がでてくる。これはもう、セットメニューのようなもので、避けて通れない。1941年12月 日本軍はパールハーバーを攻撃したあと、1942年2月には ダーウィンを 242機の戦闘機で爆撃したため 湾内にいた6隻の大型船が沈められ、市庁舎、病院などが破壊、243人の民間人、軍人が亡くなった。パールハーバーとちがうところは、一回だけの攻撃ではなくて、日本軍はここを1943年までの間に、何度も繰り返して空襲したことだ。したがって、いまだにダーウィンでは 日本人の受けが良くない。

ダーウィンにはたくさんの岬があるが、先端はみな軍事基地になっていて、立ち入ることが出来ない。イラク、アフガニスタン、スリランカなど、内戦状態にある国々から、ボートでオーストラリアに難民としてやってくる人々が押し寄せるからだ。ブラックマーケットが インドネシアにあって、人身売買のプロが 難民受け入れの時期を読みながら 小さな漁船で 一人200万円とかを取り立ててボートでやってくる。世界で戦争がある限り、また富める者と 何も持たない者がある限り 難民として自分の国を捨てる人は後を絶たない。欧州でも米国でもオーストラリアでも日本でも 難民受け入れは 簡単に解決することのできない難題だ。

明日から ダーウィン発キンバリーの旅のグループの一員になる。キンバリーというと、西オーストラリアの秘境といわれるところだ。たくさんの山と渓谷と湖がある。一般観光地ではない。来る前に、調べてみたがあまり この地域の旅を紹介するものが見つからない。プロの写真家の写真集ならある。で、図書館の司書に、「キンバリーの本をみたい。」と言って 探してもらおうとしたら、北部準州の項で探している。「ちがいます。西オーストラリアです。」と、言ったら司書に睨まれた。詳しい地図とか、ガイドとかが見つからなかったので、行って見るしかない。そんな旅もいいかもしれない。
今日も 冷えたビールが美味しい。

写真は、北部準州議会、日本軍爆撃による被害者の墓地、アボリジニーの絵画 

チモール海に沈む太陽を見る




オーストラリアの北の果て、ダーウィンに到着。
日本からダーウィンには ただ経度をまっすぐ下に 下りてくればよい。地図で見てみると 日本に一番近い街だし、南極に向かって まっすぐ下がったところにある。しかし 日本からの直通便はない。いったんケアンズとか、パースとか メルボルンとかに行って 国内線に乗り換えなければならない。

このトップ エンドと呼ばれるダーウィンは沖縄より緯度で10度 距離にすると1000キロメートルも赤道に近い。南緯12度から15度にあって 南回帰線(南緯23度27分)と、赤道の真ん中にある。熱帯サバンナ気候で 雨期と乾季がはっきりしている。街の名前は チャールズ ダーウィンがビーグル号で立ち寄ったと言われているので、そのまま街の名前になった。

空港から車でダーウィンの町に入る。
海岸線沿いにある 広々とした公園の木陰では 円座を組んでたくさんのアボリジニーの人たちが のんびりとくつろいでいる。彼らのリラックスした穏やかな表情は シドニーでは決して見られないものだ。

海岸に向かって建てられたホテルのバルコニーから 日没を見る。
チモール海に沈む 大きな南国の太陽。西側はインド洋だ。
みごとな日没にビールが美味しい。

2010年9月11日土曜日

北北西に進路をとるのだ




旅にでることにした。
3交代勤務の職場で働いているので、年に6週間有給休暇がある。10年間 同じところに勤めていると その6週間の上に さらに1ヶ月有給休暇がご褒美でもらえる。けれど、それは まだ先のこと。
年6週間の休暇を どう過ごすかというと 大抵のオージーの同僚は海外を旅しているようだ。「オージーの4人に1人は海外生まれ。」という、移民で形作られている国なので 多くに人は 休暇で自分の生まれた国や親戚のいる国を訪ねる。ご多分にもれず私も 父が元気な内は 二人の娘を連れて毎年日本に帰っていた。しかし、98歳で、記憶を失くした父に会いに行くのは つらい。今年の1月に帰国しているので、残った有給休暇を 国内旅行で過ごすことに決めた。

オーストラリアに住むこと15年にして、初めての大がかりな国内旅行だ。北上することにした。オーストラリア大陸のほとんどは 乾燥した砂漠だ。人は住めない。大陸を一周する海岸線の一部に緑と水のある豊かな土地が散在しており大部分の人がここに集中して住んでいる。シドニーという一番人口が多く、進歩 繁栄している街にいると、オーストラリアが もともとはアボリジニの国だったことを忘れそうになる。
だから日常から非日常への旅は 思い切り文明から離れた土地に行ってみるのが 良い。そこに砂漠、湿地、荒野といった 本当のオーストラリアの姿が見られるかもしれない。アボリジニの人々の本場に足を踏み入れてみよう。

北北西に進路をとって、行く先は トップエンドと呼ばれるオーストラリア大陸の先端 一番日本に近い点、ダーウィン。

ダーウィン地域は 熱帯モンスーン気候だ。明確に乾季(5-10月)と、雨期(11月ー4月)に分かれている。ここで4万年前から暮らしてきたアボリジニにとって 季節は6つに分かれる。すなわち 1-2月のモンスーン期、3-4月の収穫期、5-6月の冷涼期、7-8月の乾燥期、9-10月の灼熱期、11-12月のモンスーン期の6つだ。灼熱のダーウィンを歩くことになった。

ダーウィン カカドウ国立公園は 四国全部の大きさ。アボリジニが4万年前から暮らしてきた伝統的な生活と 今もあまり変わらない生活を 続けている。自然が豊かな土地で、1600種の植物、1万種の昆虫、60種の哺乳類、132種の爬虫類、290種の鳥がいる。人類史上最古といわれるアボリジニの壁画(ロックアート)がたくさん残っていて、豊かな動植物が繁殖していることで、ユネスコから世界遺産に指定されている。

先住民族アボリジニは 約4万年前に(5万年前と言っている学者もいる) インドネシアからカヌーでやってきて大陸に住み着いた人々だ。地球が氷河期にはいったのは 5万年前と2万年前が最後と言われているが 気温が下がり 地表の水分が凍ったため海面が今から比べると100メートルくらい低かったので カヌーによる大陸どうしの行き来ができたらしい。

アボリジニは 文字を持たない人々だ。語る言語は部族の数だけある といわれていて600くらいあったらしいが、今では200くらいになって、ひとりの人が 4つも5つもの方言を話すことができるようだ。年寄りが若い人に知識を語る口頭によって伝承文化が 維持されてきた。

人類最古の壁画といえば、学校の教科書ではスペインのアルタミラ洞窟の壁画や フランスのラスコー洞窟画が 紹介されていて、記憶に新しい。赤茶けた岩に バッファローの絵が描かれていて、それが1万7千年前の作品とは思えない迫力だ。しかしアボリジニの壁画は それらの絵よりももっと古い、少なくとも2万年昔に描かれたものだそうだ。鉱石や土、植物の樹脂などを混ぜ合わせて造られた顔料や、焚き火の木炭で 人やカンガルー 魚、カメなどが描かれている。

中でも興味深いのは ナマゴン NAMARRGON というライトニングマンの絵だ。これは雷をおこす神様のことで、雷を持った人の姿をした絵だ。また、2000年前の作品では、レントゲン画法といわれて 人や動物の姿を ものの内部を透かしてみたときの骨組みを描写したものもある。 アボリジニのアートは とても豊か。シドニーではコピーしか見られないので、本物を観てこようと思う。
とっても楽しみ。

2010年9月2日木曜日

メトロポリタンオペラ 「ばらの騎士」を観る



ニューヨークメトロポリタンのオペラを ハイデフィニションフィルムに収めたものを 映画館で観た。同じハイデフィニションフィルムを日本でも、限られた映画館で上映しているそうだ。日本で上映しているフィルムのなかには、歌舞伎も狂言も文楽もあるらしく、そういったフィルムを ここでも観られたら どんない良いか、、、と思う。
オペラは リチャード シュトラウスの「ばらの騎士」、原題「DER ROSENKAVALIER」、「デル ローゼンカヴァレル」というドイツオペラ。リチャードを日本では ドイツ語読みにしてリヒャルドといっているみたい。ウィンナーワルツの ヨハン シュトラウスとは関係ない ゴリゴリのドイツ人作曲家。

初演は1911年、ドレスデンロイヤルオペラハウス。3幕 3時間30分と、長い本格的オペラで、リチャード シュトラウスの代表作とされている。他に彼は「サロメ」、「エレクトラ」など とても前衛的なオペラを作曲したが 「ばらの騎士」が大ヒットしたため これが彼の最高傑作といわれている。初演時から人気が出て、ヨーロッパ各地から このオペラを観る人達のために 特別列車が仕立てられ「ばらの騎士列車」とよばれたそうだ。ウィーンの香り高い 優雅でモーツアルト風の繊細さに満ちている。吉田秀和が オペラの中で モーツアルトを除けば これが一番好きだ と どこかで書いていた。

「ばらの騎士」というと、手塚治の「りばんの騎士」を思い浮かべてしまうけど ウィーンの貴族の間で当時 婚約の契約に際して 相手に銀の薔薇を送る習慣があり、その薔薇を届ける使者のことを薔薇の騎士と呼んだ。
シュトラウスはソプラノの声を一番愛していて、世界で一番美しい音だと言っていた。このオペラでは テノールを歌う王子様や恋を語る男はいない。銀の薔薇を届ける美青年の騎士オクタビアンは メゾソプラノを歌う男装の麗人 女性だ。昔はカステラートが 歌っていたのだろう。カステラートは、高音を歌うために睾丸を除去された歌い手のことで これについては5月26日の日記で書いたので繰り返さない。

このオペラでは 極端にアリアがなく、合唱もない。メゾソプラノの薔薇の騎士オクタビアンと ソプラノを歌う彼の愛人と恋人の3重唱が 多くて みごとに美しい。歌のどれもが重唱だ。繊細だが難曲ばかり。音程も次々と転調し 演奏するオーケストラはどんなに大変か と思う。頼まれても演奏したくない。安楽椅子で聴く分には 実に贅沢な喜び。立場が違えば 天国と地獄だ。
舞台設定が マリア テレシア時代のウィーンなので ロココ調の家具や衣装で、それを舞台に再現するとものすごくお金がかかる。お金も時間も しっかり掛かる 重いドイツオペラ。絶叫型アリアの多いイタリアオペラと比べると、何と違うテイストだろう。

しかし ハイビジョンフイルムを映画館で観て $24もするけれども得をした気分になれるのは、2回ある幕間の休憩時間に、フイルムが止まることなく 幕の内側で、舞台セットを組みかえるために何十人もの作業員が 次の舞台を作る様子をずっと見せてくれることだ。これは オペラより面白いかもしれない。クレーンで階段がつるされて、背景を描いたパネルが次々とはめ込まれていく。魔術をみているようだ。
またプレシド ドミンゴの 出演者へのインタビューまでサービスされていて、舞台裏で歌手達の素顔が見られるのも、うれしいオマケだ。

ニューヨークメトロポリタンオペラオーケストラ
指揮:エド デ ワート
キャスト
マルシャリン元帥夫人:レネ フレミング
騎士オクタビアン  :スザン グラハム (メゾソプラノ)
ソフィー      :クリステイン シャファー (ソプラノ)
オックス男爵    :クリステイン シグマドソン(バスーン)
ソフィーの父ファニル:トマス アレン (バリトン)

ストーリーは
ウィーンにある屋敷で マルシャリン元帥夫人と 17歳の美青年オクタビアンは愛し合って暮らしている。
そこに夫人の従兄弟に当たるオックス男爵が訪ねてくる。彼は俗物で、ケチで野卑で臆病者で好色漢だ。ファニルという新しく貴族に昇格した裕福な成金の娘、ゾフィーを妻に迎えたい意向をもっている。そこで、マリシャリン元帥夫人は オクタビアンを婚約成立のための薔薇の使者に立ててやることにする。
純白の美しい衣装を身に着けたオクタビアンを先頭に オックス男爵はファニルの屋敷に到着する。銀の薔薇の花を 娘のゾフィーに手渡して口上を述べるオクタビアンは しかし一目で可憐なゾフィーに恋をしてしまう。ゾフィーも美しくて立派な騎士オクタビアンを一目で愛してしまう。
そこに登場するオックス男爵は 無作法な上、すでにゾフィーの主人になった気で強引にことを運ぼうとする。たまりかねて、ゾフィーは オックス男爵と結婚しない、と父親に宣言して、 オクタビアンに助けを求める。しかし父親は娘のわがままを許そうとはしない。オクタビアンは いやがるゾフィーを無理に 連れ出そうとするオックス男爵を 止めさせようとして剣を抜くが、オックス男爵は からきし臆病で剣は使えず オクタビアンに肘を突かれて怪我をして大騒ぎをする。

オクタビアンは策略を練る。召使を使って オックス男爵に 女からの偽の手紙を渡して密会におびき出すことにした。いかがわしい宿屋に、オックス男爵が 約束どおりにやってくる。現れたのは 女装したオクタビアンだった。男爵が熱心に口説き始めると、ゾフィーも、ファニナルも、警官や おまけに元帥夫人までが現れて、大混乱。あまりの醜態に、元帥夫人はオックス男爵に 貴族としての自覚をもって、立ち去るように命令する。
そこで元帥夫人とオクタビアンとゾフィーの3人になる。オクタビアンは 元帥夫人に未練はあるが、ゾフィーを放っておくこともできない。そんな 混乱してうろたえるオクタビアンに向かって、元帥夫人はやさしく、若い二人で幸せになるように、と言い置いて自分は去っていく。というお話。

気品があり、風格も備わっている元帥夫人のソプラノと、若くて可憐、初々しいゾフィーのソプラノに オクタビアンのメゾソプラノが加わって みごとな3重唱になる。オクタビアンを愛しているのに、自分はもう若くないのだから 愛を捨ててあげましょう と嘆きながらも力強く愛を歌いあげる元帥夫人と、ただ一途にオクタブアンを愛していますと訴えるゾフィーのソプラノが オクタビアンの低音にからみあって、とても美しい。
この3幕の3重唱には、シュトラウスにとっても とても愛着のある曲だったようで、彼が亡くなったとき遺言どおりに、この3重唱が演奏されたそうだ。

2010年8月31日火曜日

映画「マッチング ジャック」と小児白血病




映画「MATCHING JACK」を観た。
監督:ナデイア タス(NADIA TASS)
キャスト
母マリサ:ジャシンダ バレット
息子ジャック:トム ラッセル
父コーナー:ジェイムス ネスビット
息子フィン:コデイ スミット マクフィー

オーストラリア映画。オーストラリア人のナデイア タスが監督をして、その夫のデヴィッド パーカーがカメラを回して、メルボルンで撮影した映画。

ストーリーは
9歳のジャックは、たまたまサッカークラブの定期検査で血液検査を受け、急性白血病と診断されて、即、入院することになった。父親は出張中だ。検査、医師との面談、入院手続きなど、母親のマリサは、衝撃を受けていることを隠して、息子の手前、何事もなかったように笑顔で振舞っていた。いつもと変わらない母親の様子に、急に入院することになったジャックも 何事が起こっているのか あまり心配する気にならない。
入院部屋には、フィンというアイルランド人の ジャックと同じくらいの年頃の子が居る。化学療法を受けているフィンの頭には 毛がない。フィンには父親のコーナーが付き添っている。コーナーは活発で素敵な男だ。新入りのジャックとマリサを、フィン父子は とても自然に受け入れてくれて、すぐに仲良くなった。

コーナーは船大工だ。息子のフィンのために 亡くなった母親の姿を実物大に彫り ボートの舳先に取り付けて、航海の守り神にしている。フィンのベッドの回りをボート材で囲み、マットを立てて帆を張る。そこを扇風機で風を送ると フィンのベッドは まるで本物のボートのように、今にも海の上を滑り出しそうだ。フィンとジャックを乗せたベッドを コーナーが押して、病棟の端から端まで 移動すると、航海中の子供達を夢中になる。フィンとコーナーは、母親が亡くなった後、二人で世界中を航海している途中だったのだ。

フィンは いつも達観したような、物静かな少年だった。フィンに、君は血液の癌といわれる白血病なんだよ と言われてジャックはびっくりする。ジャックは 母親に否定してもらいたくて、母親を問い詰める。するとマリサは、笑顔で「そう、あなたは白血病なの」と言う。本格的な治療が始まる。

出張からジャックの父親が帰ってきた。ふとした偶然からマリサは夫が出張していたのではなく 若い愛人と休日を過ごしていたことを知ってしまう。夫の留守の間に 息子の発病と入院を経験し、息子に病状を理解させなければならなかった。ずっと息子のベッドの下に簡易ベッドを置いて 眠れない夜を 病院で過ごしてきた。夫の裏切りを知って 今まで一人で耐えてきた母親の思いが 一挙に爆発する。
一方、マリサとコーナーは、共に白血病の子供を持つ親同士の共感と友情が芽生えていた。

フィンの化学療法に 治療効果が認められない という残酷な医師からの説明がなされる。ジャックにも、助かる方法は 骨髄移植しかないことがわかる。ジャックの骨髄と同じ もしくは似ている遺伝子を持った人が親にも親戚にも どこにもいないことが分かり マリサは独自に骨髄移植ドナーを探し始める。すなわち、それはマリサの夫が関係した昔の女性をすべて洗い出して訪ねて回ることだった。尋常なことではない。しかし、夫が几帳面に関係した女性すべての記録をとっていた日記をもとに、マリサは夫の子供を産んだかもしれない女性を求めて家から家へと訪ねていく。
ある日 16年前に 夫が関係を持っていた女性が 16歳の娘をもっていて その顔が夫に似ていることがわかる。昔のことを ほじくりり返すマリサにたいして、怒り狂う女性の前で、16歳の娘は意外にも「私に弟がいるなんて素敵じゃない。」と言い、自ら病院に来て検査を受けてくれる。果たして、骨髄はジャックにマッチしていた。同じ夫の遺伝子を持っていたのだ。この16歳の娘のおかげでジャックは 骨髄移植に成功して完治する。
一方、フィンは ひとりコーナーを残して 母親のもとに旅立ってしまう。というお話。

今日 小児白血病の治癒率は毎年上がっていて、ほとんどが完治するようになった。しかし小児白血病を宣告された親の衝撃や、嘆きや怒りは 想像に余りある。
30年前、病院の輸血科で 高速回転血小板分離機の機械を操作していた。当時まだ何台も日本にない機械だった。血液ドナーを集めてきて、片腕の静脈から 2000-4000MLの血液を取って、白血球と血小板だけを採取して、もう片方の腕の静脈に返血する。採血に2時間以上かかり、沢山の血液を動かすので 同じドナーから何度も 繰り返して採血することができない。せっかく健康な人から取った 白血球と血小板は 取っても取っても その場でどんどん壊れていく。採血したばかりの血液を患児に輸血しても輸血しても足りない。

自分の体の骨髄の中で 正常な骨髄細胞ができなくなって 血小板と白血球が造られない状態になった子供達は 内出血や鼻血を止めることが出来ない。細菌感染に弱く すぐに熱を出し肺炎を起こす。子供達の命は どれだけ新鮮で良い血液を輸血できるかに拠っている。骨髄移植も移植手術に耐える体力があるときでないとできない。同じ遺伝子を持った親や兄弟から骨髄移植しても成功するとは限らない。
自然、どれだけ延命できるかは、どれだけドナーを集められるかが大きな鍵になる。ドナーを集める親の苦労な並大抵のことではない。30年も前のことだが、病気を持った親達の悲嘆も、怒りも祈りも 今も全く変わることはないだろう。当時の 治療に関わって亡くなった子供達 ひとりひとりの顔も名前もいまだに忘れることが出来ない。

小児白血病の子供を映画化した もう一つの映画「わたしのなかのあなた」 原題「マイ シスターズ キーパー」は、2歳で発病した娘を助ける為に、両親がもう一人、娘を産んで、その下の娘を 治療のための輸血や骨髄移植のドナーとして利用する、というむごい 実際にあった実話を映画化したものだった。キャメロン デイアスの母親役と、天才子役のアピゲール プレスリンが 熱演していた。
今回の「マッチング ジャック」はドナーを求めて、夫がむかし関係した女性達を 妻が訪ねまわるという これまた尋常でないお話だ。どっちの母親も狂っている。しかし狂わずにいられないところが この病気の残酷さだ。

大人たちの狂騒をよそに、2人の子 フィンとジャックは実に子供らしくて しっかりと死を受け止めて、印象深い。二人して、病院を抜け出して遊園地に遊びに行くところが美しい。夜の遊園地で乗り物に乗り、遊びまくって疲れ ふたりして呆然として立っている後姿の寂寥感、、。
逃避行がいつも美しいのは 必ず破壊的な終末が 迫っているからだ。

それと、妻を亡くし、フィンもまた無くしてしまったら、もう何も大切なものなど持たない海の男コーナーが やるせない。息子のためにならどんなことでもする。
ひとりボートを漕いで、360度見渡す限り海ばかりの 遠くまできて、そして息子の骨を 海に流す。輝く太陽を背に、白い骨が海風に乗り 波に交わって消えていくところが、一遍の詩のように、美しい。

2010年8月30日月曜日

春がきた




日本は秋、、、おいしいものが たくさんあって、うらやましいなー。

ここでは、やっとニューサウスウェルス州の州花 ワトルの黄色い花が咲き始めると 春がやってくる。今年の冬はとっても寒かったので とても嬉しい。ワトルが 咲き乱れるその下にいるとまさに、ゴールデンシャワーをあびている気持ち。

梅の花も満開。近所ローズビルの道路沿いに咲いていたので 思わず車を止めてパチリ。映っているシルバーの車は 愛車のホンダエコー。黄班部変性、白内障、緑内障と言う3つの目の病気をもったオットが運転するので 前後左右まんべんなく大きな傷がついている。

2010年8月24日火曜日

映画 「ソルト」とロシアスパイ



つい最近 米国各地に10人のロシア人スパイが 市民を装って住んでいて情報を収集していた。なかには夫婦として 子供を地元の学校に通わせていたスパイもいたし、若い美人の妻がスパイだったと聞かされて寝耳に水の夫まで出てきたが、一斉に逮捕された。彼ら10人のロシア側スパイは ロシアに逮捕 拘束されているアメリカ側のスパイで原子物理学者と交換に 超法規処置によってロシアに送り返された。10人のスパイの代わりに 米国に戻ってきた物理学者は 自由の身になったにも関わらず 自分はもともとロシア人なので、ロシアに帰国すれば また逮捕されるが それでも帰国したいという意志を表明した。

米ソ冷戦終結から時が経っても 依然として米ソ核兵器縮小交渉に毎回難渋しているように 互いのミサイル攻撃と防衛の対立は持続しており、スパイ合戦も続いているようだ。
何十年も互いの敵国に市民として潜入して 情報を定期的に母国に送り なんらかの指令を待っているスパイが あちこちにいるのは事実だろう。

15年前に成人移民英語講座で ロシアから来たスラーという青年と親しくなった。2メートル近くの身長があり、青い目で金髪の美青年。結婚したばかり。私も再婚したばかりだった。
当時、永住権を取得した移民には その人のレベルに合わせて沢山の英語講座が用意されており 510時間まで無料で講義を受けることが出来た。民間の英語学校に1年間通うより はるかにレベルも高く良質な教育プログラムだった。同じクラスには 若い人が多く、イラン、トルコ、レバノン、ポーランド、ボスニア、ルーマニア、ハンガリア、チェコスロバキア、チリ、ホンジュラス、などなど、様々な国の人がいて、友達になった。
でも ロシア人のスラーだけは、特別だった。会ってすぐ仲良くなった。いつも彼と二人で文学の話をした。彼は 驚くほど博識で、芥川龍之介の本など みな翻訳で読んでいた。私も彼も、英語のボキャブラリーが豊富でないので、適当な言葉が見つからず 時には互いに悔しい思いで歯噛みしながら、日本文化について語り、禅や山岳仏教などの話に熱心に討論した。またフランツ カフカの文学をどう捉えるか などという話にも及んだ。

彼の両親は共に軍人だったので、北極に一番近いニューアイランドというロシアの北の極限に暮らしたことがあると言っていた。1年のうち3分の2は、太陽が出ない島。この島はロシアの軍事基地で、数家族が交代で派遣されているが、1年のうち数ヶ月しか 昼と夜がない厳しい生活でうつ病に陥りやすいので 派遣期間は2年が限度だそうだ。家の外を5メートルもの高さのある大きなシロクマがノシノシ歩き回り、毎晩激しいブリザードが吹き荒れるという。そんな彼の話に夢中になった。
510時間の講座が終了したあとも、2回ほど彼と会った。1度はレストランで 互いにパートナーを紹介しあって、2度目は、オフィス街を歩いていた時 AKIKO-と大声で 呼び止められた。来週日本に行くんだ、と嬉しそうに言っていた。それが最後で、その後 何度か携帯電話を かけてみたが 誰も出なくて二度と彼を見ることが無かった。彼は健康そうな肉体を持ち 裕福そうだった。
今でも私は 彼はスパイだったのではないかと思う。何らかの目的で ここに送り込まれて、前触れもなくどこかに去っていった。彼と話に夢中になって二人で共有した時間をときどき思い出す。

映画「ソルト」を観た。ハリウッド映画で アンジェリーナ ジョリー主演の新作。トム クルーズが主役をやるはずだったのが、かねてよりジェームス ボンドのような役をやりたいと言っていたアンジェリーナが主役に抜擢されて話題になった。3人の赤ちゃんを産んで 養子を入れると6人の子供のおかあさんとして、子育てをしながら 国連親善大使を務めている。芯が強く しっかり者で 自分のスジを通すというイメージから決して外れない。173センチの長身で 目鼻立ちがはっきりした美人だ。
ジョン ヴォイドの娘。彼が米国のヌーベルバーグの切っ掛けになった「真夜中のカウボーイ」で登場したときの衝撃は忘れられない。「チャンプ」も良かった。
アンジェリーナ ジョリーの映画で一番好きなのは「MR&MRSスミス」2005年だ。

新作「ソルト」のストーリーは
CIAエージェントのソルトは 子供の頃ロシアで KGBの中でも過激派のグループに捉えられて、スパイとして特殊教育を受けて育った。しかし、KGBの中で二重スパイをしていた両親を殺されたことを切っ掛けに ソルトはアメリカに戻り CIAとして働く。北朝鮮で拘束されて拷問を受けるが、CIAの仲間に助け出された経験を持つ。
その後、博物館に勤めるドイツ人の昆虫学者と 恋に落ちて結婚、仕事を続けながらも 幸せな結婚生活を送っていた。

ワシントンCIA本部で ソルトは逮捕されたロシア人スパイを尋問することになる。CIAの仲間が注目する尋問室で ロシア人は尋問に答えた後 ソルトがロシアのスパイであると言う。いっせいに仲間から疑いの目で見られてソルトはあわてる。今度は同じ尋問室でソルトが尋問される番だ。彼女は 家にいるはずの夫に危害は及ばずにすむようにしなければならない。逃亡することにする。監視カメラを消火器やパンテイーで覆い、消火器と掃除に使う薬品で迫撃砲を作って 追手から逃げる。辛うじて家に戻ってみたら すでに夫は何物かに連れ去られていた。

ソルトの次のターゲットは ニューヨークで、米国副大統領の葬儀に渡米しているロシアの大統領を暗殺することだ。黒髪に変装して 首尾よく大統領を処分、そして、ソルトが向かう先はKGBの米国内本拠地だった。着くや否や、ソルトを待っていたのは 愛する夫が処刑される場面だった。 顔に出さず、慟哭するソルト。しかし休むことなく さらに、ソルトは 男装してホワイトハウスに潜入して米国大統領の命を狙う。ソルトはCIAエージェントなのか、それともKGBの2重スパイだったのか、、、。というお話。

ハリウッドで活躍するオージー映画監督 フィリップ ノイスによると、アンジェリーナは ほとんどスタントマンを使わずに 危険なアクションを自分で演じたそうだ。
彼女は橋の上から高速道路に落ちて 走ってきたトラックの幌につかまる、、手錠姿でパトカーを乗っ取り カーチェイスの末 逃げ切る、、大統領の乗ったエレベーターを追って 何十階段分もシャフトを滑り降りる、、走っている地下鉄から飛び降りる、、驀進中のヘリコプターから海に飛び降りる、、、そして教会でロシア大統領を暗殺し、ホワイトハウスで米国大統領を襲う。細身の彼女が スーパーマンと バットマンと スパイダーマンと、アイアンマン全部あわせたくらいの 活躍をする。

まったく現実感がないが、おもしろい。
観ていて 時としてソルトと一体となって、逃げ惑い 時として味方だと思った こっち側の相手を無慈悲に殺し、ええっ? それじゃあ 前に殺したあっちは、何も殺すことなかったんじゃないか?と期待を裏切られ そうか、やっぱりCIAの中でも こういう一匹狼が必要なのか と なるほどと納得したり、またそれも疑ってみたり、、、。とても忙しい。
これを娯楽映画という。
とてもお金のかかった 贅沢な娯楽映画だ。こういう映画の評価は ひとこと 「おもしろかった」と答えるのが正しい。
じつにおもしろかった。

2010年8月17日火曜日

ポランスキーの映画「ゴーストライター」と湾岸戦争




2003年 米軍と英国軍がイラクを侵攻して、戦争を仕掛けた時 ジョージWブッシュ大統領は サダム フセインが政権独裁をしているイラクには大量生物化学兵器があり、自由世界が危機下にあると断言した。続くトニー ブレア英国首相も イラクの大量破壊兵器を潰すことなしに平和はない、として足並みを揃えた。
ジョージWブッシュと トニー ブレアの開戦と同時に オーストラリアのジョンハワード首相も開戦に同意して特殊部隊を投入、小泉純一郎首相は 開戦を支持する声明を出した。

国連の決議なしに フランス、ドイツ、ロシア、中国の強硬な反対を押し切っての決断だった。国が戦争を始めるという大事な決断を米国ブッシュが言い出すやいなや 英国もオーストラリアも日本もすぐ同時に、賛成したのは 何故か。
ソースが同じだったからだ。
情報の「もと」が たったひとつ。その「もと」とは 何だったのか。
CIAだ。CIAの作った軍事情報をもとに 各国は兵を送り、イラクに戦争を仕掛けた。そして、それはいまも続いている。

1991年湾岸戦争のとき、停戦決議で イラクの大量破壊兵器の保持が禁止された。しかし兵器はある、として2001年ブッシュが大統領就任するとすぐに 米軍がイラクへの空爆を開始し、2003年、全面的開戦となった。投入された米軍26万3千人、英軍4万5千人、オーストラリア2千人。
サダム フセイン大統領が倒れ、2006年に処刑された後も 米国を中心とする連合軍によるイラク占領政策は続き、戦闘終結宣言以降に、大量の死者が出ている。米軍が36万6千人の兵力で イラクのマリキ政権を擁護しても、治安の悪化とシーア派、スンニ派との対立を抑えきれない。マリキ政権が 米英軍占領軍の繰り人形にすぎないことがわかっているからだ。

第1次湾岸戦争のときブッシュの国防長官だったデイック チェイニーは 第2次湾岸戦争のジョージWブッシュのときには 副大統領を勤めた。彼はハリバートン社の経営者で所有者でもあり、この世界最大の石油掘削機会社をして、イラクの復興事業や軍事関連サービスを提供して 二つの戦争で巨額の利益を得ている。イラクに眠る 油田の権益のためにも米国は何が何でもイラクを占領しなければならなかった。
戦争ほど儲かる商売はないからだ。

米軍兵4000人余り、民間傭兵1000人以上の死者を出してやっと、ブッシュは 選挙で負け去った。2009年1月オバマ大統領は 就任後イラク駐留米軍を5万人に削減、2011年には全面撤退を約束した。
今年に入って、英国議会では イラク参戦に関する独立調査委員会の公聴会で、トニー ブレアを証人喚問した。ブッシュのペット プードル犬と呼ばれた男だ。彼は大量兵器がない とわかって何故 戦争を続けたのか と厳しく追及されている。

CIAの情報をもとに イラクで亡くなったイラク市民15万人、アメリカ人5千人余り、英国人179人、この戦争のために起こったニューヨーク貿易センタービル倒壊で亡くなった2千人余り、州兵がイラクに行ったため救援できずハリケーンカトリーナで亡くなった2000人、ロンドン爆発事件で亡くなった56人、スペイン列車爆発事件で亡くなった191人の人々、、、おびただしい死者の列、、、。

映画「ゴーストライター」を観た。ロマン ポランスキー監督の新作。ロマン ポランスキーは 去年2009年9月に チューリッヒ映画祭に参加した際 スイス当局に逮捕された。30年近く前に彼が起こした13歳のモデルの子への淫行容疑のため ずっとアメリカから逮捕状がでていて、身柄引き渡しを要求されていた。昔のことで 当時のモデルは訴訟を取り下げている。何故、今になってパリに住むポランスキーが突如、スイスで拘束されたのかわからないが、ともかくもスイスは米国への身柄引き渡しは拒否、2010年7月になってやっと、ポランスキーを釈放した。これは 遅れをとりもどすようにして、彼が力を注いで発表した作品だ。

ポランスキーが拘束されたときスイス映画祭に来ていた 映画関係者たちが 口々に「彼は生涯のファイターなのに、、、。」と言っていた言葉が印象的だ。
ユダヤ教徒のポーランド人。母はアウシュビッツで殺され 本人は収容所から逃亡、ドイツ領となったフランスで ユダヤ狩りから隠れ 転々と逃げながら成長した。
1969年には 自分の子供を妊娠中の妻、シャロン テートが惨殺され、その現場の惨状の第一発見者だった。
2002年「戦場のピアニスト」でアカデミー監督賞を受賞。今年、釈放されてやっとこの映画「ゴーストライター」を発表することができた。彼の一生を見ると、文字通りの生涯のファイターなのだ。


ストーリーは
湾岸戦争に兵力を投入した前英国首相アダム ラングは責任を問われて退陣、今は追及を逃れてアメリカ東海岸の孤島で引退している。伝記を出版する予定でそのための ゴーストライターを探している。ラングのために、600枚あまりの伝記を書き下ろした前任者が この島と本島を結ぶフェリーから 酔って転落して 死亡してしまったので その後を継いで 伝記を仕上げて欲しい。一か月で仕上げてくれたら25万ドル報酬を出すという。願ってもない仕事に ゴースト(彼の本当の名前は映画の中で終始出てこない)は喜んで フェリーに乗って孤島に向かう。
しかし着いて すぐラング前首相が、戦争犯罪人としてハーグ国際戦争裁判所で裁かれるかもしれない というニュースが飛び込む。テロリストを違法な方法で拷問した という件が問題になっていた。押しかけてくるマスコミ勢に追求から逃れる為の声明作りまで ゴーストが引き受けることになってしまった。

夫婦仲の良くないラング前首相、事務的で高飛車な秘書、愉快でないラングの家で ラングへのインタビューと執筆が始まる。亡くなった前任者の部屋を片付けていて、ゴーストは引き出しの裏に、テープではりつけてある秘密の封筒を見つける。そこにはラングの大学時代の仲間の写真があり、それらを渡すべき人の電話番号が 走り書きされていた。
ゴーストは 前任者が 酔ってフェリーから転落死したのではないのではないか、と疑い始める。自転車でラング邸から出て、岬に行ってみる。そこでゴーストは人の良い年寄りに出会う。老人は フェリーから転落した死体は 波の関係でこの島に打ち上げられるはずはない、と言う。でも死体を発見した夫人は その後 階段から落ちて昏睡状態に陥ったので、死体がどんな状態だったのか、事実はわからずじまいだ、と言う。

ゴーストは 本島に渡り、写真をもとに調べ始め、写真に写っている男がラングが首相だったときの閣僚の一人で 兵器会社の持ち主であり、CIAに通じる男であることを突き止める。この男は ゴーストに刺客を差し向けてくる。手に汗を握る逃亡、、、。
ゴーストは 前任者が残していった電話番号を回す。現れた男に従って最終的に出会えたのは、現在の英国政府 外務大臣その人だった。判明した段階の事実だけを報告して、ゴーストは島に帰る。
そこで彼を待っていたのは、、、。
スリラーなので この先はいえない。

ラング前首相とは トニー ブレアのことだ。この映画では 伝記を書き残した前任者と、ラングの残した言葉がキーになる。ヒッチコックの映画のように、よくできた映画だ。そして、ヒッチコックの映画のように 素晴らしいラストシーン、、、。 興奮した。
胸が潰れるような 悲愴な思いに陥るラストシーンが忘れられない。
生涯のファイター ポランスキーの描いた湾岸戦争が、そこにある。

キャスト
前首相:ピアース ブロンストン
妻  :オリビア ウィリアムズ
秘書 :キム カトレル
ゴーストライター:エバン マクグレゴール

2010年8月13日金曜日

オペラ 「フイガロの結婚」


モーツアルトの傑作中の傑作、「フイガロの結婚」を観た。オペラハウスにて オペラオーストラリア公演。イタリア語。3時間。

監督:二ール アームフィールド
音楽:オーストラリア オペラバレエオーケストラ
指揮:パトリック サマーズ
キャスト
フイガロ:テデイ タフ ルーデス (バリトン)
スザンナ:タリン フイビッグ (ソプラノ)
伯爵:ピーター コールマン ライト(バリトン)
伯爵夫人:レイチェル ダーキン(ソプラノ)
マルチェリーナ:ジャクリーヌ ダーク(ソプラノ)

オペラは同じ作品を何度観ても そのつど新しい発見と、新しい感動がある。今年になって、「椿姫」、「トスカ」、「真夏の世の夢」と「フイガロの結婚」を観た。来月「ペンザンスの海賊」を観る。
席は舞台から13列目の真ん中。こんな良い席で 毎年オペラを観るなど、私の年収からみたら とてつもない出費だ。しかし、そのことによって得られる満足という名の代価は大きい。しょせん、人生は自己満足 と割り切っている。
去年は 「魔笛」、「アイーダ」、「ムチセンスクのマクベス夫人」、「ミカド」、「コシ ファン トッテ」をみて、」アイーダ」が一番 豪華な舞台だったので 強く印象に残っている。
今年観たオペラの中では 「真夏の世の夢」が一番印象的だった。舞台全体が意表をついて 青く神秘的な森の中になっていた。その森に本当に水を張った湖があり 森に住む不思議な動物達、幻想的な舞台を飛びまわるインドの子供たちや妖精。アクロバットなみに自由自在に動き回り 踊り 歌も歌うパックが素晴らしく、忘れられない。

今回のフィガロは 正統的というか、モーツアルトの時代のコスチュームだった。当初は べネデイクト アンドリュー監督の 前衛的な舞台になるはずだった。設定も、伯爵邸ではなくて刑務所で、出演者の衣装は刑務官の制服という現代的な解釈でオペラが演じられるはずだった。しかし、オペラサポーターからの、ブーイングがひどかったらしくて、何年か前にニール アームストロング監督で成功したとおりの舞台に 急遽変更したもようだ。まあ、どっちでも良いのだけれど、保守的なオペラファンの声に負けて、演出が変わるというのも、おもしろい。プログラムもポスターも全部無駄になったわけだ。

今回のオペラは モーツアルトの良さをたっぷり味あわせてくれた。やはりモーツアルトは最高。これ以上の作曲家は望めない。3時間あまりの舞台でせりふが全くない。全部が歌だ。激しい動きの芝居をしながら3時間余り、歌いっぱなしの役者たち、、、それも2重唱、3重唱、4重唱の連続だ。一つ一つのせりふが 完結した歌になっている。コーラスも入って、歌の祭宴だ。モーツアルトが亡くなる5年前の作品。この頃、家賃も払えない 食事も充分とれない貧困のどん底で これほど笑いの満ちた 愉快で楽しい音楽を作るために命を紡いで そして死んでいったモーツアルトを思うと涙がでてくる。

1786年初演だから、フランス革命勃発直前の作品。まだ権力者が絶大な力を持っていた時代に 使用人たちが 伯爵を懲らしめて、大笑いするという反骨的な喜劇。モーツアルトの 権力者を茶目っ気でおちょくるユーモアの傑作だ。圧倒的な庶民のあいだでもてはやされ 人気を得たという事が うなずける。ストーリーは

18世紀半ば、スペイン セビリアでのお話。アルマビーバ伯爵家に仕えるフイガロと 小間使いのスザンナは結婚を間近に控えている。それを知っていて好色な伯爵は スザンナをものにしようと しつこく言い寄っている。スザンナの防御が固い とわかると 伯爵は女中頭のマルチェリーナをけしかけて、彼女とフイガロと結婚させてしまおうとする。
一方、純情な伯爵夫人は 伯爵の浮気が悲しくてたまらない。そこでスザンナと伯爵夫人は 二人で秘密の悪巧み。ニセの手紙で 伯爵を庭におびき寄せて 伯爵にはスザンナの服を着た伯爵夫人が、フイガロには伯爵夫人の服を着たスザンナが待っている。まんまとワナに はまった伯爵は闇にまぎれてスザンナに近ついて、口説き始める。しかし なんだか騒がしい。何とスザンナとフイガロが、目の前で逢引をしている。立腹する伯爵。では、口説いていたのは、、、実はなおざりにしてきた 美しい妻だった。長いこと妻に悲しい思いをさせてきたことを反省して、伯爵は心から謝罪する。
最後はフイガロとスザンナの結婚式が伯爵の祝福のもとでおこなわれる という 愉快で楽しい喜劇だ。

このオペラが成功するかどうかの鍵は 何といってもフイガロとスザンナに、「演じて良し」、「歌って良し」、「「観て良し」の 歌手を配役にする事にかかっている。フイガロのバリトン:テデイ タフ ルーデスは背が高くてハンサム 若くてかっこ良過ぎるフイガロで申し分ない。スザンナのタリン フィブリグが おちょぼ口で美人とはいえないが ソプラノではオペラオストラリアの顔だし、可愛くてとても良かった。ふたり共 演技がとてもうまい。声も良い。
伯爵のバリトン:ピーター コールマン ライトは腹が出ていて好色漢らしくて とても良かった。声がのびのびとして堂々としていて美しい。

しかし中でも伯爵夫人をやった ソプラノ レイチェル ダーキンが一番好きだ。彼女は「コシ ファン トッテ」でも、「真夏の夜の夢」でも準主役をやった。背が高くて 顔はジュリア ロバーツなみの美人。声に伸びがあって、声量もある。何よりも大学を出て何年もたっていない 若い成長盛りの歌手だ。出てくるたびに 良くなっていく。
オペラオーストラリアはこういう人を 海外に流出させないように、大切に大切にしてもらいたい と思う。いままで 同じように 大学を出たばかりでテノールを歌っていて、出演するごとに成長しているのがわかる イタリア人オージーの歌手が一昨年までいた。その声が アンドレア ボッチェリに似ていて大好きだったのに、もう外国に引っ張られていってしまった。レイチェルには この土地で成長して ずっと歌っていて欲しいと思う。

死ぬまでに あと何本 オペラを観られるか わからないが 何百年も前に優れた芸術家が 命を削るようにして作ってきた 総合芸術の中でも、とりわけすぐれた芸術の結晶であるオペラをみるたびに ありがたい、幸せなことだと思う。

2010年8月7日土曜日

ハルキの 「1Q84」を読む



村上春樹の「1Q84」BOOK 1,2,3を読んだ。1650ページ 新潮社。
春樹の7年ぶりの長編小説とあって、2009年5月の発売日に 飛ぶように売れて、その日のうちに重版が決定された。発売10日後に、100万部突破して 早くもミリオンセラーになった。 
これと同時に 小説の中に出てくる ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」のCDも 売れに売れて、英国のSF作家 ジョージ オーウェルの「1984年」も、品切れになったそうだ。春樹の引き起こした ハルキ旋風も、いま又「BOOK3」が出て、引き続き、勢いが収まらない。

少女の書いた小説が契機になって 10歳の頃からお互いに想いあっていた男女が再会して結ばれるというストーリーが、今まで春樹に縁の無かった若い世代にも支持されやすかったのだろう。
春樹は外国でも人気がある。「1Q84」は すでに 中国語、ハングル、ウクライナ語、オランダ、ドイツで翻訳されて出版されているし、フランス、イスラエル、スペイン、ポルトガル、アルゼンチンで 出版される予定。アメリカでは来年9月に翻訳が出る。
彼がノーベル文学賞を取るのも時間の問題だ。

ストーリーは
青豆雅美はスポーツインストラクター。
30歳独身。両親も兄も熱心な宗教団体の会員だったことから 両親に連れられて幼いときから 戸別訪問の宗教の勧誘をして歩いていた。そのことで小学校では完全に浮いた存在、ひとりも友達の居ない孤独な子供時代を過ごした。11歳で 親元を離れ、叔父に引き取られ育ったが 親とは縁が切れて成長した。
大人になってからは、自立心の強い女性になった。優秀なインストラクターとしてジムに勤める。青豆がジムで知り合った年配の婦人は、暴力を受けた女性を救済する活動をしていた。それに青豆も 共感する。そして、ある宗教団体の教主が、まだ幼い少女を虐待していることを知り、その男を殺害することを決意する。

川奈天吾は予備校の数学教師。30歳、独身。乳児のときに母親に死なれ NHKの集金をする父親に育てられる。彼もまた 幼ないときから友達と遊ぶことを許されず、父に連れられて 家々を集金のために歩き回ることを強制されて 孤独で不幸な子供時代を過ごす。神童といわれるほど数学を解く能力に長けていたため、彼は孤独ながらも まわりから尊敬されていた。中学に入ると 奨学金を得て全寮制の学校に入り 柔道の特待生としてスポーツのも学業にも優秀な成績を収める。以来、父親とは ほとんど関わりを持たずに成長した。予備校の教師をしながら小説を書いている。

川奈天吾には、若い作家を育てる目的で新人賞を募集している出版社の編集室に 親しい男が居る。ある日、17歳の高校生が書いた不思議な小説に目を留めた天吾と、この編集者は、その小説に手を加えることにする。思惑通り 作品は新人賞を受賞し、17歳の美少女は 一躍人気者になり、小説はベストセラーとなる。しかし、その高校生は ある宗教団体の教主の娘で、特殊な団体の世界で育ってきた。小説で発表された内容は この宗教の世界では触れてはならない秘密の世界だった。

宗教団体は、青豆と天吾を追う。その過程で 10歳のときに 同じように孤独で不幸な小学校時代を共にした 青豆と天吾は 再び出会う。
というお話。
二人の10歳の時から引き合っている強い想いは、青豆の言葉にすると、、、「チベットにある煩悩の車輪と同じ。車輪が回転すると外側にある価値や感情は上がったり下がったりする。輝いたり暗闇に沈んだりする。でも本当の愛は車輪に取りつけられたまま動かない。」ということだし、それを天吾に言わせると、、 「これまでの20年間、天吾はその少女の手が残していった感触の記憶とともに生きてきた。これからも同じように この新たな温もりとともに生きていくことができるはずだ。ー青豆をみつけよう、と天吾はあらためて心を定めた。」というわけだ。

親から愛されたことの無かった子供達だったからこそ、二人は 純粋に愛し合うことができた。そして、また二人の精神的な結びつきが宗教を越えた、ということが言える。

カルトの教主が出てきて 意味の重い言葉を沢山語り、死んでいく。春樹が1997年に書いた700ページあまりのドキュメンタリー「アンダーグラウンド」が元になっている。この作品は1995年3月の地下鉄サリン事件に会った人々の証言集だ。事件にあった人々 一人一人に会ってインタビューしたものを編集した労作。40人あまりのサリン被害者の生の声を読んでいて たまたまその時 地下鉄に乗っていた というだけで殺された11人の人々、受傷した3800人の方々、いまだに健康を脅かされ 後遺症に苦しんでいる被害者の姿に、しばしば活字が滲んできて、鼻をかむために読むのを中断しなければならなかった。

現実の世界に比べて 春樹の世界は幻想的で不可解な世界だ。「首都高速3号線、池尻出口の手前の非常階段」、、を下ると 月が二つある世界に入りこんでしまった。そこで生活している人々は 以前暮らしていた人と全く変わりがないのだが、月が二つあることに 気がついていない。青豆と天吾は 見えない糸で引き合って この世界に迷い込んできたので月が二つあることに気がついて 愕然とする。
手に手をたずさえて青豆と天吾は月が二つある世界から一つだけの世界にたどり着いた。しかし、そこが以前居た世界かどうか、全く保障がない。タイガーの看板が逆向きになっている。そこは 今まで暮らした世界に似てはいるが 又別のルールのある 鏡の世界なのかもしれない。

続編、BOOK4が出るかもしれない。楽しみだ。

2010年8月1日日曜日

映画 「インセプション」




映画「インセプション」を観た。原題「INCEPTION」
監督:クリストファー ノーラン
キャスト
コブ:レオナルド デカプリオ
サイトウ:渡辺謙
妻マル:マリオン コテイアード
ロバート:キリアン マーフィ
アーサー:ジョセフ ゴードンレヴィ
アリアドネ:エレン ペイジ
(なお、アリアドネとは、ギリシャ神話で迷宮から脱出することを教える神様の名前)

ストーリーは
眠っている人の無意識の頭の中に潜入して その人のアイデアや情報を盗み出す という特殊な能力を持つ企業スパイ、コブ(レオナルド デカプリオ)は 重要犯罪人としてインターポールから 国際指名手配されていて、子供達の居るアメリカに帰ることが出来ないで居る。
妻、マルも、同じ仕事をしていたが、仕事のストレスによって、夢の世界と現実の世界の境界がわからなくなって 自ら命を絶ってしまっていた。子供達は コブの 大学教授をしている父親と母親が 世話をしていてくれている。自分がこのような仕事をしているために 自殺してしまった妻に対しても また会えなくなった子供達にも コブは深い罪悪感を持っている。

ビジネスマン サイトウから仕事の依頼があった。成功したらアメリカに帰国して子供達に会えるように手配してくれるという。それは サイトウのライバル会社の社長ロバートの潜在意識の中に入りこみ、情報を盗みだすのではなく、自分で自分の会社を潰すという考えを植え込む「インセプション」という仕事だった。それは夢の中からアイデアを盗むよりも はるかに難しい仕事だった。

コブは 仕事を請け負うに当たって、心理学者の父親の助言を得てアリアドネ(エレン ペイジ)という女子学生を 仲間として協力を得ることにする。彼女は夢をデザインすることができる。また「泥棒」という名の情報をスリとって それをコピーすることができる男や、「薬屋」という夢に導入するための薬を調合できる男をチームのメンバーに入れる。

世界のオイルを一手に収める大富豪の息子ロバートが 死の床にある父親に会いに行く為に 乗っている飛行機の搭乗時間は10時間。その間にロバートを眠らせて チーム全員が同じ機械に取り付けて 眠ったロバートをチームのデザインした夢の中におびき寄せる。そこまでは 守備よく成功する。
しかし予想外に、ロバートは自分の潜在意識の世界を守る訓練を受けていた。彼の夢のなかには それを読み取ろうとするものを攻撃する敵や戦士達が沢山居る。ロバートの無意識の意識を守ろうとする無数の敵と、コブたちチームは激しい戦闘をしなければならなかった。運の悪いことに、サイトウが銃で撃たれて大怪我をする。強い催眠薬で 夢に導入された場合 夢に中で殺されると無意識の虚無に陥り 廃人になってしまう。一時もはやく、チームは仕事を済ませなければならなくなった。

コブは現実世界と夢の世界の境界がわからなくならないように ポケットにコマを入れてる。コマを回して 永遠に回り続ける世界は夢の世界で コマが止まるのが現実世界だ。

夢の世界では重力も距離も時間もない。数秒の眠りの中で人は何十年も年をとる。眠りのなかで死ぬと目が覚める。催眠薬を使って夢に導入されて 夢に中で殺されると潜在意識の無に陥り現実世界で廃人になってしまうので、そうならないように、チームの仲間は、睡眠中の仲間に水をかけて強制的に起こさなければならない。

チームは 激しい戦闘の末、ロバートの心の奥底に仕舞われていた金庫を開ける。ロバートは大富豪で偉大な事業家の父親に育てられて 父に「期待はずれだった」と言われたことで、深く傷ついている。父の期待に答えて 仕事を継ぐことだけを念じて生きてきた。しかし、こじ開けられた夢に中で再会した死の床にある父は、「おまえが自分の生きたいように生きなかったことが期待はずれだった。」という意味だったのだということがわかる。そして、父に愛された子供の時の写真とともに、父が作って 彼が大事にしていたカザグルマが 父の金庫に しまわれていた。ロバートを苛んでいた長年の心の傷が癒された。父との心からの和解。
こうして しっかりロバートはチームの思惑通りに 無意識の中で自分に会社を潰す考えを植え付けられていたのだった。

夢の中で銃撃を受けたサイトウを 救うことができるだろうか。彼は戦闘の途中で死んでしまう。
また、コブの夢の中には、死んだ妻マルが いつも出てきてコブの仕事の邪魔をする。コブはマルから開放されることが できるのだろうか。
以前、コブとマルは二人で共通の夢を共有していた。二人でデザインした夢の世界を作って 50年先まで二人が仲良く暮らせる世界を作っていた。そこでは コマはいつまでも回り続け、二人の子供達はいつも背を向けている。マルが心変わりしないように、、実はコブは二人の夢をデザインするだけでなく、モルに「インセプション」を実験したのだった。そのために、マルは現実の世界と夢の世界の境界線がわからなくなって、自殺してしまった。その罪が余りに深いゆえに、コブが仕事で 無意識の世界に入るたびに マルが必ず出てきて邪魔をする。
 
チームの面々は 航空機の中だ。
10時間の長い眠りから一人一人と、目を覚ます。着いたところはアメリカ。荷物受け取りのところで それぞれは自分の荷物を受け取り 笑顔で別れ別れになっていく。
コブが出口を出ると 父親が迎えに来てくれている。そして、父親と共に着いた家に足を踏み入れると 二人の子供達が待ち構えていた。飛びついてくる子供達。しっかり子供達を抱きしめて 喜びにふるえるコブ。幸せすぎて コブは思わずコマを回してみる。しかし、それは いつまでもいつまでも回り続ける止まらないコマではなかったか、、、、。
というストーリー。

画面を見ていて それが現実世界のお話なのか、夢の中かわからない。嘘か真か わからないまま 激しいアクションシーンが続いていく。同じ デカプリオ主演の映画「シャッターアイランド」のほうが分かりやすかった。「シャッター、、」では 精神病患者の頭の中で起こっていることと、現実との2極に別れた世界だった。
今回の無意識の意識、潜在意識の世界は、現実世界に限りなく近いため、どこにいるのかが、とてもわかりにくい。
それだけに それぞれの人の解釈がちがってくるだろう。難しい映画というのは 自己流の解釈ができて、それが他の人と全然ちがう おもしろさがある。私の書いた解釈を これは違う!と言う人も多いだろう。これは私の解釈したストーリーであって、他に人と違って それで良い。

ハッピーエンドだった と思っている人も多い。
コブの心の傷が余りに大きくて 子供たちにも会えない姿が可哀想で可哀想で 何とか子供達に会わせてあげたい、、映画の観客の無意識の願望が 最後をハッピーエンドにするのだろう。ここで すでに観ている人は「インセプト」されているのだ。

2010年7月25日日曜日

映画 「クリエーション ダーウィンの幻想」




チャールス ダーウィンが「種の起源」を出版したのが1859年1月24日。5年間に及ぶ ビーグル号の航海を経て、進化論を確立した記念的書物だ。その日のうちに完売された、という。
理論の正しさは、150年あまりたった現在も証明され続けている。生物は進化する。
日本では1874年、現在の東京大学医学部で フランツ ヒルゲンドルフが初めて進化論の講義をして、それを森鴎外が聴講した、という。

ヒトの進化については 1992年にエチオピアで発見された 440万年前に生存したという ラミダス猿人が鍵になる。その実態が徐々に わかってくるにつれ ヒトのルーツは ゴリラやチンパンジーとヒトとの共通祖先があったわけではなくて、全く別のヒトの祖先をもっていたことが 明らかになってきた。発見されたラミダス猿人は 身長120センチ、体重50キロ。はじめから2本足で立って歩いていたという。この最古の猿人が その後どのように 他の猿人たちにつながっていくのか ヒトの祖先を解明する道は まだ遠そうだ。

経済学者カール マルクスは 進化論に大きく影響された学者の一人だ。進化論が唯物史観を 着想する鍵になった として マルクスは「資本論」を ダーウィンに献本している。
ナチズムのアーリア人優等人種論では 優生学を証明するために ダーウィンの進化論を利用しようとしたが、学問的には全く相容れない 科学的な思想とは言えないとして、ヒットラーの優生学は否定されている。

進化論を最も否定するのは イスラム教とキリスト教だ。
イスラムにとって「神アッラーは天地を創造した。」のである。
キリスト教では、聖書学が「創世記」に、「神が植物、動物、人の順で天地を完成させた」と、記述されている。
しかし、カトリックでは 1991年にローマ教皇 ヨハネ パウロ2世が 「進化論は仮説以上のものであり、肉体の進化論は認めるが、人間の魂は神によって創造されたものだ」として、進化論とキリスト教とは矛盾しない、という結論を下した。

アメリカでは 進化論どころか、神によって人はデザインされたとするインテリジェント デザイン(ID説)が 公共教育に取り入れられる動きがある。ジョージw ブッシュもそのうちの一人だ。彼らは 「複雑な細胞からなる生体組織が進化、自然淘汰などでできたとは考えられない。創造にさいして 高度な知性(神)によるデザインが必要だった。」と主張する。 これを根拠にカンサス州では教育委員会が 進化論を教育に取り入れないことを決定した。その一方でペンシルバニア州では ID説を公立学校え教えるのは 宗教的創造論と結びついているので、憲法違反だという決定をした。

小学校高学年の時にダーウィンの進化論を学び、ごく自然に生物が進化する説を正論としてきた私たちにとって、月や火星探検が現実になっている現在でも人口の 40%のアメリカ人が 進化論は間違っていると 信じている事実に驚愕する。日本人の常識がアメリカ人の常識とは限らない ことは承知だが、やはりそれでも驚かざるを得ない。進化論を正しいとするアメリカ人は たった40%。トルコ人にいたっては、25%でしかない。

どうして映画評を書くのに 長々と進化論について述べているか というと、「種の起源」を出版する前後のダーウィンを映画化した作品の上映が 反対者が多く、アメリカで上映延期になった というニュースを聞いたからだ。クリスチャンの立場から この映画上映を反対する人々もご苦労なことだが、こういう事態をみて、アメリカという国を理解する良い機会にもなる。

イギリス映画「クリエーション ダーウィンの幻想」
原題:「CRIATION」
監督: ジョン コリー
キャスト
チャールス:ポール ボタニー
妻エマ:  ジェニファー コネリー
娘アニー: マーサ ウェスト

原作はチャールス ダーウィンのひ孫に当たる ランダル ケインズの「ANNIE’S BOX」。
ストーリーは
イギリスの田舎 ダーウィンは広大な領地を所有する領主だ。ビーグル号での航海を終え「種の起源」をほぼ書き終えるところだ。彼を支持してその出版を心待ちにしてくれる同胞も多いが、敵も多い。「君は神を殺す気か」と、科学者としての確信を 誹謗中傷する知識人も多かった。宗教心あつい妻との確執 家族そろって教会に行く習慣も チャールスにとっては 苦痛をともなう。家庭の中で 唯一のなぐさめは10歳の長女アニーだった。彼女は科学者としての父を尊敬し 父親のすることすべてに信頼を置く よき理解者だった。
そのアニーが しょう紅熱で亡くなる。チャールス自身も健康を害し 執筆に行き詰まった。アニーの幻覚をみたり 採集した生物標本が 動き出したりする。心の病を経て苦渋の末に「種の起源」を完成させる。頑として全知全能の神を信じる妻に、チャールスは原稿を渡す。妻は夜を徹して夫の渾身の研究成果を読み通す。どうだった、と心配気に問うチャールスにむかって 妻はすでに出版社あてに小包みにしてある原稿を手渡すのだった。
というお話。

ダーウィンのバイオグラフィを映画化するというので とても期待していた。ポール ベタニーは 大好きな俳優の一人だ。長身で額が広く 学者の風格もあって、ダーウィンは適役だ。
ラッセル クロウと共演した 同じ監督ジョン コリーの「マスターアンドコマンダー」でも 航海先で時間をみつけては動植物を採集する学者の役をやっていて、それがとても良かった。長い航海で、夕食が済むと ラッセル クロウがヴァイオリンを、ポール ベタニーがチェロを弾いて食後のひと時を楽しむ。そのシーンが、美しくて忘れがたい。
このポール ベタニーが「ダヴィンチ コード」では イルミナリテイの狂信者でシラスの殺し屋になった。アルビノで全身に毛がない。次から次へと司祭を殺していく。本当に恐ろしくて震えた。
シェイクスピアを劇場で演じていた人だから どんな役でもやれる。その彼の実生活上の妻、ジェニファー コネリーがこの映画で 妻エマを演じている。映画の中でエマは一度も笑わない。実生活でもこんな感じかな、と思ってポール ベタニーがちょっと可哀想。

役に適した良い俳優、いまだに人気のあるダーウィンという題材がそろっているのに 残念ながらフイルムワークは良くなかった。現在と過去が余りにも頻繁に交差するので、背景を理解できないまま画面にひきずられ、感情をフイルムに移入することができない。
夫を理解しない妻との あまり明るくない家庭、唯一の理解者だった娘を失って嘆く父親、、、人間としてのダーウィンを描いたにしては 一面的だ。恐らく 彼のひ孫による原作「ANNIE;S BOX」がそのようなものなのだろう。家族にとっては貴重な内容だが 外部の人間にとってはあまり意味をもたない、というような。
科学者の苦悩を描くのは 確かにむずかしいだろう。まして人類史にとって画期的な意味を持つ書物だ。

ハトの何世代にも渡る遺伝的形質を研究するために 沢山のハトを飼っている。次から次へと記録の為に 首をひねって殺しているシーンが 本物っぽくてダーウィンに肉迫していた。また ダーウィンとチンパンジーとの交流のシーン、、、心が通じ合って一緒にハーモニカを吹くところなど、心があたたかくなる。また、10歳で死んだアニーの活発で好奇心に満ちた瞳が印象的だ。心に残る良いシーンが 点在する。
もしも良いシナリオライター、すぐれたカメラマン、それを編集する知性をもった監督が これらの題材を使って映画制作したら、見ごたえのある映画になっただろう。この映画は、監督の知性とセンスが足りない為に映画が台無しなった という珍しい例だ。とても残念だ。

最後にもうひとつ ケチつけ。
最後、チャールスが原稿を妻に渡し 妻がそれを徹夜で読む。妻が「種の起源」出版に反対するのではないかと、チャールスは心配で眠れない。しかし朝方 ちょっと眠ってしまった。起きて見ると居間で原稿を読んでいた妻も原稿も見つからない。チャールスは必死で探す。すると妻は庭で怖い顔をして、何かを燃やしている。近付きがたい 恐ろしい雰囲気だ。何を燃やしているのだ。原稿はどこだ、、、。チャールスは庭に向かって走っていく。心臓が早鐘のように鳴っている。何が燃えているの???? ギャー やめてー!
で、こわい顔の妻は 無言で出版社あてに包まれた原稿をチャールスにわたす。という結局なんでもなかったシーンだけれど、皮肉屋と一緒に映画を観ていたら大爆笑するところだった。

2010年7月22日木曜日

映画 「トイ ストーリー3」


ピクサー製作 アニメーション。
トイ ストーリーは ピクサー製作会社の第1作だった記念的作品。第1作から14年たって、第2作が出て、また それから11年たって第3作が出た。恐らく、これがトイストーリーの最終作だろう。
トイストーリーとともに、成長してきた子供達は もうすっかり大人になった。玩具どうしの 冒険と友情を描いたトイストーリーも、観客と一緒にセンチメンタルな終焉を迎える。おもちゃに命を 吹き込むのは 子供の想像力だ。それを失っていくことが 大人になる過程なのかもしれない。

監督:リー アンクリッチ
声優
アンデイ:ジョン モリス
ウッデイ:トム ハンクス
ジェシー:ジョアン キューサック
バズ  :テイム アレン
レックス:ウォーレス ジョーン
など

ストーリーは
アンデイは17歳、大学に進学して寮生活に入るため、家を出ることになった。
荷物を片付けているあいだに、むかし遊んだおもちゃたちが出てくる。
カウボーイのウッデイはいつも勇気と行動力を見せてくれたアンデイーのヒーローだ。ガールフレンドのジェシー。ウッデイの馬ブルズアイ。ロボットのバズ、怪獣で火を噴くレックス。ドクターポークチョップは大きな豚の貯金箱だ。ミスター&ミセスポテトヘッドなど、捨てがたい思い出の詰まったおもちゃたちだ。
アンデイは どうしようかと、思い迷った末、 カウボーイのウッデイだけは 寮に一緒に連れて行くことにする。母親は 玩具たちを保育園に寄付しなさい と言うが アンデイは手放すのが惜しくなって、袋につめて屋根裏部屋にしまうことにした。ところが、手違いがおきて、他のゴミと一緒に、ゴミに出されてしまう。
アンデイに捨てられたと思い込む 玩具たち、、、。ウッデイは懸命に玩具たちをゴミ自動車から救い出す。するとまた、箱に入ってアンデイのもとに戻る途中で、まちがってサニーサイド保育園に届けられてしまう。

おもちゃたちは 子供に遊ばれているときは 動かないで静かにしているが いったん子供達がいなくなれば 動き出して 人と同じに仲間同士で話し合ったり冒険したりできる。アンデイのおもちゃたちは自分達がアンデイの玩具であって、彼の成長をそばで見てきた という誇りを持っている。できることならばいつまでもアンデイのそばに居たい。しかし、自分達はアンデイに捨てられ、新しい子供達が保育園で待っている。みんな 新しい場所で、出会える子供達に 期待に胸を膨らませていた。
しかし、ウッデイは おもちゃたちが 手違いでゴミに出された末、保育園に送られてしまったことを知っている。どうしても、アンデイのもとに、帰らなければならない。ウッデイは 一緒にアンデイのもとには帰らないことにした、みんなに さよならを言って保育園から脱出した。

しかしウッデイは アンデイの家に向かう途中 他の玩具たちから、真実を聞かされる。表面上楽しそうな サニーサイド保育園は実は 玩具の牢獄と呼ばれ ボスのテデイベアの暗黒支配下にあった。いったん 入所した玩具は 使い捨てられるまで脱出不可能だ という。
ウッデイは 皆を救い出して 無事にアンデイのもとに連れて帰ることを決意して、サニーサイドに戻る。
ボスのテデイベアは、むかし持ち主に置き忘れられたことを、裏切られたと思い込んで 人間を敵視していた。新しいおもちゃがやってくると、乱暴な幼児達ばかりの部屋で 壊れるまで相手をさせる。
おかげで、ジェシーもバズも、レックスも 最初の日に、みな傷だらけになってしまった。ウッデイとアンデイのおもちゃたちは、再び一丸となって、厳しい監視を潜り抜け、ゴミの排出口から脱出するところを ボスのテデイベアに見つかって 一緒にゴミ自動車に放り込まれてしまう。

ゴミ自動車のなかで 散々バラバラになった仲間達は、再び集まり力をあわせて ゴミ粉砕機から逃れ、焼却炉から脱出、大冒険の末 ついにアンデイのもとに 帰ることが出来た。そして、ウッデイは 他の玩具たちと別れて アンデイが持っていく箱の中に納まり、ほかのおもちゃたちは屋根裏部屋に持って行かれるのを待っていた。

アンデイが遂に出かけるときが来た。彼は 片付いて広々とした自分の部屋を見回す。何もなくなってしまったアンデイの部屋を見て 様子を見に来たママは、思わず息子の旅立ちに、涙ぐむ。そんな様子をじっと見詰めるおもちゃたち、、、。
ウッデイは考えた末、屋根裏部屋に行くはずのおもちゃたちの入った箱に、心優しい女の子のいる家の住所を書き込んで、自分もそこに入り込む。

とうとう出発。
アンデイは自分が寮に持っていく箱を自動車に積み込む。そして、おもちゃたちの入った箱を 表に書いてあった住所の家に運び込む。恥ずかしがりやの、女の子のいる家だ。
ぼくが、大事にしていたおもちゃをあげる。大切にしてね。アンデイは 箱を開けて、おもちゃを ひとつひとつ女の子に紹介する。これがジェシー これがバズ、ドクターポークチョップもあるよ。紹介しながら 女の子としばらく遊んであげる。そして、箱の一番底には ウッデイがいた。ウッデイだけは、連れて行きたかったのに、、、。でも、おもちゃは 全員一緒で遊んでもらいたがっている。遊んでくれる 子供のために残していくべきだ。アンデイは そっとウッデイにさよならを言う。僕に勇気と正義、友情を教えてくれたカウボーイのウッデイ さよなら、ありがとう。
名残惜しそうに 出発するアンデイ。
後姿を見送るウッデイたち、おもちゃたち、、、、。
というお話。

子供向けアニメーションと言えない。観ている人みんなをホロリとさせる上質の映画だ。
動かないプラスチックのおもちゃが 夜になると飛んだり踊ったり大冒険をしたりする その原動力はこどもの想像力だ。そういった子供心をいくつになっても 持ち続けたいと思う。
たくさんおもちゃが出てきたが、中に「トトロ」がいたのが、うれしかった。「トトロ」を観ると どんなときでも心が優しくなれる。ミヤザキ ハヤオが作り出した世界が どんなにピクサーやデイズニーに大きな影響を与えたか計り知れない。そんなこともよくわかる映画だった。
トイストーリー3、良い映画だ。

2010年7月19日月曜日

パトリシア コパチンスカヤのヴァイオリンを聴く




素足でちょっと猫背の黒髪の美女が スタスタと舞台に上がり、右の眉をちょっと動かして合図を送っただけで コンサートが始まった。
団員全員が合図とともに 透明な ものすごく美しい音を紡ぎ出す。21人の弦楽器奏者が 生き生きとしたハーモニーを作り 盛り上がり歌う。誰一人として 彼女の合図を見逃さない。オ-ケストラ団員達の集中力がすごい。それをひきつけている 彼女のパワーにもあきれるほどだ。そんな彼女が、オーケストラをバックに独奏を始めると 矢継ぎ早のテクニック、熱に浮かされたような独演に、彼女の素足の足踏みの音が入り、突然彼女が歌いだす。ヴァイオリンの音と 激しいピッチカートと弦を擦る音、ハープシコードの弦まで擦っていた。聴いたことの無いような和音が入り乱れる。音の洪水。
そして、突然、団員全体が何の前触れも無く止まり、静寂が訪れる。一糸乱れぬ統制力。
ブラボーの声がとびかう。

こういう音を作り上げる 指揮者も偉いが、ついてくる21人のオーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)のレベルの高さは、並みではない。シドニーシンフォニーオーケストラの面々にこのようなことが出来る人は一人としていないだろう。
毎年 7回のACO定期公演回を 過去、10年あまり続けて聴いてきた。いくつも その報告をここに書いてきたので ACOの素晴らしさを繰り返すつもりはないが、彼らはいつもオーストラリアで最高のパフォーマンスをしていて、聴きに行けば必ず わたしを満足させてくれる。

今回のコンサートは ACOの創始者で総監督で指揮者で独奏者のリチャード トンゲテイは出演せず、代わりにパトリシア コバチンスカヤがゲスト指揮者で ヴァイオリン独奏をした。プログラムの6曲の選曲も彼女のもの。
16世紀のバロック、アルメニア人作曲家の現代音楽、ハンガリア人作曲家のダンス曲、ウズベキスタン生まれ作曲家の現代音楽、それに ハイドンとヴィバルデイ。
いつもリイチャード トンゲテイがやっているように、指揮もコンサートマスターも独奏も務めるやり方だ。
常に21人の弦楽奏者の目が この指揮者に集中している。よほど息があっていないとできない。演奏者としてオーケストラ全体を率いていくカリスマがあって、実力がないとでいない技を この1834年「プレセンダ」を弾くパトリシアは 楽々と楽しんでやっていた。
モルドバ生まれ。ウイーンで作曲を学び 数々の賞を取り 若い新鋭の作曲家として高い評価を受けている。ACOとの共演はこれで3回目。
常に新しいものを 追求するACOの肌合いに 彼女の爆弾を抱えているような創造力がよくマッチしている。彼女も団員たちも、実に相性よく、共演を楽しんでいることが 見ていてわかる。楽しみながら プロの演奏家としての緊張が、ピリピリと伝わってくる。
パトリシア コバチンスカヤについては 以下のとおり。
http://www.patriciakopatchinskaja.com/

ACOの良さは 実力があり、それを常に海外遠征と 海外からのゲストとの共演とで 常に鍛えあげていることだ。世界のあちこちから 若い優れた演奏者を 発掘し、連れてきて共演する。いちはやく 10年も前に ペッカ クシストをフィンランドから連れてきて紹介したのも、ACOだった。今回のパトリシア コバチンスカヤも、もう3回目の登場。初めて彼女の作曲したものを紹介されたときは びっくりした。もうあまりびっくりしない。彼女の作り出す音が居心地が良くなってきた。爆発寸前の若い熱が 聴いていて心地よい。聴くごとに 新しい感動を与えてくれる。

ハイドンの形どおりの美しいバロックが、奏でられる。それが 彼女がいったんカデンッアにはいると 全く新しいピッチカーとと和音の独奏になる。それでいてバロックから外れない。魔法をみているようだ。
ヴィバルデイも、よく演奏される「四季」の冬の場面を思い浮かべて欲しい。とても早い。16部音符の連続。氷の上を激しい北風が吹きすさび 枯葉が舞う とても早いピッチの曲だけれども、これを彼女は2倍早い、36部音符の連続にした。これが弦楽器の限界 というような弓さばき 手が痙攣するよりも早く動いている。 それをパトリシアと21人の団員全員がやっている。もう、、、すごい迫力。

ハイドンも ヴィバルデイも ここまで新しくなれるんだ ということをまざまざと見せてくれた。クラシックは新しい。

プログラム
1)へンりッヒ シューツ(HEINRICH SCHUTZ)
(1585-1672)による ドイツ マリア賛歌作品494(1671年作)
JS バッハよりも1世紀も早く 生まれたドイツ人作曲家。バロック音楽の作曲家として 沢山の影響を与えた。バッハ以前の曲と思えない斬新さ。骨太のリズムの中で 美しいメロデイーが ハーモナイズする。

2)テイグラン マンスリアン(TIGRAN MANSURIAN)
レバノン ベイルート生まれのアルメニア人作曲家が2006年に作曲したヴァイオリンコンチェルト 第2番。ソビエト崩壊後もトルコ ジョージア アゼルバイジャン イランにまたがったアルメニア地方で民族音楽を元にした現代音楽を作曲している。瞑想的なレクイエム曲。

3)サンドール ヴェレス(SANDOR VERESS)(1907-1992年)による4つの トランジルバニアのダンス曲。ハンガリアのトランジルバニア生まれ。第2次世界大戦で 生地を占領されスイスに逃亡、作曲を続けた人。
これが素晴らしかった。4部作のダンス曲が始まるやいなや、目の前に草原が広がり 羊達が草を食み、遠く青い山脈が連なる光景が目にうかんでくる。牧草の香り、山から吹き降ろしてくる冷たい空気、淡い青の空、、、。
チェロは力強いリズムを刻み、軽やかな小刻みなヴァイオリンがメロデイーを繋ぐ。そのそばから ドカンというリズミックな足踏みが加わり 早いテンポのダンス曲が次第に熱狂化してくる。楽団員全員が足を踏み鳴らし 熱が最高潮に達して 突然終わる。実にみごとなダンス曲だった。

4)エレナ カッツ チェーニン(ELENA KATS CHERNIN)1975年タシュケント ウズベキスタン生まれの女性 現代音楽作曲家。1997年の作品「ズームとジップ」

5)ハイドン(1732-1809年)
ヴァイオリンコンチェルト第4番Gメジャー 1761年作。

6)ヴィバルデイ (1678-1741年) 
ヴァイオリンンのためのコンチェルトEフラットメジャー作品253「嵐の海」

繰り返すが、ハイドンもヴィバルデイも 弾き手次第で、ここまで生き生きとした 輝きのある音楽になれるんだ ということがよくわかった。まさしくクラシックは新しい。

2010年7月12日月曜日

サッカーワールドカップ終了 次はツアーデ フランス



サッカーワールドカップが 7月12日早朝終了した。
予想どうり強国スペインが 初めて決勝戦を戦うオランダを 1対ゼロで下した。
どのチームを見ていても良いゲームは負けたほうが ずっとボールのパスも デイフェンスも攻撃さえも よく押していたように思えるのは 反官びいきの私だけか。スペインは 何度も何度もゴールの真正面ぺナルテイーキックのようなチャンスを逃していた。しかし延長戦で オランダの 強力なデイフェンスの壁をすりぬけてシュートが入った。オランダチームのほぼ全員がイエローカードをもらっていて 思い切ったボールの奪い合いができなかったのだろう。

オランダの 今回の試合で合計5ゴールを記録したシュナイダーの芸術的なゴールキックが素晴らしい。ロビンの早足と 正確なボールコントロールも芸術的だ。オランダはすごく よく戦った。一方スペインでは イングリッシュプレミアリーグの選手、フルバックのラモスが プジョーとともに 飛びぬけていた。アロンソ、ペドロもよく走った。イネスタのタイムリーなキックが良かった。これで2010年のワールドカップは、1位から3位まで全部ヨーロッパに持っていかれた。

サッカーの歴史の浅い 日本の活躍は これからだ。
歴史が浅いといっても1936年のナチスドイツが開催したベルリンオリンピックで、日本勢サッカーは 順々決勝戦まで勝ち進んでいる。次回のワールドカップは もっと期待できるだろう。

さて、サッカーが終わり ツアーデ フランスが始まっている。今日で8日目。これから 辛い山登りが始まる。私のヒーロー オーストラリアのカデロ エバンスが、現在世界第2位にいる。エバンスについては 前に何度か触れた。 (2008年7月29日の日記)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=884926892&owner_id=5059993

世界一過酷な自転車レース。米国のアームストロングも走っている。毎日6時間も7時間も走り続けていて、1日に9000カロリーもエネルギーを消耗するそうだ。食べても食べても 自転車をこぎながらエネルギー補給しても足りない。ものすごい消耗戦だ。是非 エバンスに優勝してもらいたい。

さてさて、来年はラグビーのワールドカップだ。ニュージーランドで ラグビー世界一が決まる。オールブラックは 世界のプレッシャーを背負っている。オールブラックがんばれ。

スポーツ観戦に目が離せない。
ああ漫画を読む時間がない!!!

2010年7月6日火曜日

五嶋みどりのモーツアルトを聴く


ニューヨークを中心に音楽活動をして、南カルフォルニア大学ソートン音楽学校で主任教授を務める 五嶋みどりが2日間だけ、オーストラリアに立ち寄り、モーツアルトを弾いてくれた。とても楽しみにしていて、聴きにいってきた。

五嶋みどりは シドニーシンフォニーオーケストラをバックに、モーツアルトのヴァイオリンコンチェルト第5番と、シューベルトのロンドを弾いた。期待にたがわず 本当に深い 済んだ音。宝石のように1音1音が光り輝いている。誰にも真似ができない。天才の紡ぎ出す音というものは、こういうものなのだろう。音あわせで、開放弦を弾いた時点で、もう他のヴァイオリニストと音がちがう。
モーツアルト ヴァイオリンコンチェルト第5番、トルコ風。とても有名な曲で美しい。シューベルトのロンドは 難曲。どちらも、とても良かった。コンサートが終わって、日がたったいまでも、最初に彼女が出したときの音が 耳に残っている。

残念なことは、音響の悪いオペラハウスでコンサートが行われたことだ。オペラハウスにはコンサートホールとオペラシアターがある。程よい大きさのオペラシアターに比べて、コンサートホールは2700席、箱が大きすぎる。席数に対して建物が大きく、音がむき出しの木の天井に、拡散して やわらかい音が充分響かない。100人のオーケストラに対して、ソロイストには 高い天井から吊り下げられたマイクロフォン1本だけ。
おまけに、残念なことに シドニーシンフォニーを指揮したのが イタリア人の若い アントネロ マナコルダという人だ。僕が僕が、、、と主張しすぎた。彼の華麗なフォーム、舞うような派手な指揮のスタイルに違和感を感じる。この指揮者の経歴を見ると もともと室内楽団のヴァイオリニストだったようだ。指揮者としては10年足らずの経験。イタリアでオペラの指揮を主にしてきた人。今回のコンサートが 彼の初めての シドニーシンフォニーのデビューだそうだ。ソロイストの演奏するコンチェルトには、オーケストラの皆さんに大声で叫んでもらっては困る。お客はソロイストの演奏を聴きにきているのだから。音を控えめに 指揮はソロイストが合わせるのではなく、ソロイストにオーケストラをあわせるのが彼の役割だ。出過ぎてはいけない。

それでいてシドニーシンフォニーだけで演奏した モーツァルトの交響曲40番の音は死んでいた。何てことだろう。モーツアルトの数ある交響曲のなかで一番 輝かしいジュピターが、、、。もっと歌え もっと輝け、、、。どうして、このオーケストラが演奏してこの指揮者が指揮すると退屈な曲になってしまうのだろう。
せめて、シドニーシンフォニー常任指揮者 アシュケナージに指揮してもらいたかった。あるいは シドニーシンフォニーではなくて、実力一番のオーストラリアチェンバーオーケストラ(ACO)にやってもらいたかった。ACOに比べて シドニーシンフォニーは 国と自治体から団員に給料が出ている。明日、良い演奏をしなかったら客が入らず 収入なくして路頭に迷う立場に自ら追い込んで演奏活動している芸術家集団ACOとは まったく立場が異なる。30年間 ルーチンで演奏して定年退職して年金暮らしできるシドニーシンフォニーに、生きた音は 出せない。現に、この日、25年間ヴィオラを弾いてきた70歳を越える団員が、これが最後の舞台です といって花束をもらっていた。こんなことではアシュケナージを 引っ張ってきてもシンフォニーの空気を入れ替えることはできない。毎年オーデイションをして 新しい団員を入れ、古い順から首を切っていくくらいのことをしなければ良い音は出ない。

箱だけ大きくてシドニーのアイコンになっているオペラハウスは観光で一度だけ訪れて写真を撮る分には良いが、演奏を聴きに行くには世界で最低な設備だ。
オペラオーストラリアを支えてきたのは60代、70代の年寄りだ。なのに、階段転落事故が相次いで死者まで出て やっとエスカレーターがつけられたのが今年になってからだ。リフトは舞台用大道具を載せるリフトが1機あるのみ。開演前と休憩時間の 女性用トイレは ドアの外まで長い列ができる。手荷物預かりカウンターは 今回コンサート終了後40分たっても まだ引き取る人の列が並んでいた。終わっても、会場出口まで タクシーが入れないので、長い距離を歩いてサーキュラーキーまで出て タクシーを拾わなければならない。車で来た人は 駐車する前に料金を支払って入るのにも拘らず 出口が1本しかないため ノロノロ運転で駐車場からでるのに 大変時間がかかる。おまけに駐車料金が $32とは、高すぎる。なぜ、$150のコンサートを聴く為に $32の駐車料金を払わなければならないのか。 こんなオペラハウスに 10年あまり 月に一度は来て演奏を聴き オペラを観て来ている。オペラハウスの欠点をあげればきりがない。噴飯ものだ。
総じて、今回のコンサートでは 自己主張の強すぎるイタリア人指揮者と、シドニーシンフォニーの活力不足が残念だった。

しかし、五嶋みどりの独奏は本当に良かった。彼女の輝く音、ひとつひとつが よみがえってくる。本当にきれいな音だ。
みどりは11歳でズビン メタ指揮のもと、ニューヨークフィルハーモニーをバックに バルトークを弾いてデビュー 世界的センセーションを起こした。14歳のときに、タングルウッド音楽祭、レナード バーンスタイン指揮で、ソロを弾いている最中 ガット弦が切れたのに、演奏を止めることなく コンサートマスターのヴァイオリンを受け取り 演奏を続行、また弦が切れても あわてず またコンサートマスターから受け取ったヴァイオリンで独奏を弾き終えた。この英雄的武勇伝は、語り継がれ 現代の奇跡みたいになっている。

その頃、私たちは沖縄でヴァイオリンを弾いていた。幼稚園にはいったばかりの長女と、1歳年下の次女に、毎日毎日厳しい練習をさせる鬼の親だった。ヴァイオリンレッスンが厳しすぎて 小学校1年になった娘のノートに「いえでするときの もちもの」として「ハンカチ、ちりがみ、えんぴつ、おやつ、、、」とか あって、なかなか帰ってこない。逆上して探し回り、隣の家の庭に隠れている2人の娘を引きずり出して練習をさせたこともある。何で、あんなにムキになったんだろう。他にすることがなかった、、。友人も知人もいない沖縄で、本土人が孤立にあえいでいた、、。馬鹿な母親だった。娘達には どんなに謝っても 謝りきれない。

東京から沖縄へ、沖縄からレイテ島へ、レイテ島からマニラへ、フィリピンからシドニーに。いつも母娘3人 ヴァイオリンを抱えて移動してきた。しかし幼いとき習熟したヴァイオリンを 娘達が10代が終わるまで弾き続け、いろんな人に会い それなりに楽しんでくれたことが嬉しい。度重なる引越しで私たちは 環境が変わるごとに たくさんのものを失ってきた。しかしヴァイオリンを弾くという 誰もが簡単にできることではないことを持っていたことは、アイデンテイテイにも、自信のもつながったことだと思う。

五嶋みどりの母 節が育児書というか、天才ヴァイオリニストをどう育てたか、、、というようなものを書いた本を出している。弟の龍もいて、母として誇らしいだろう。しかし、その母がネックになって みどりが拒食症にどんなにか苦しんだか、ということは 本にはなっていない。

バネッサ メイも、ヴァイオリニストの母から、魔球を編み出した星投手の父親みたいな天才教育を受けて 世界的なヴァイオリニストになったが いまではお互いに憎しみ合い 楽屋に豚の生首を投げ込んだり 殺し屋を雇うほどの深刻な仲になっている。 

母と娘、、、強い絆は、互いを傷つけあう。ちょっと、ゆるいくらいの ほどほどが良いのだ。

2010年7月5日月曜日

映画 「ロウ」


オーストラリア映画、新作「LOU」を観た。
監督:べリンダ カイコウ(BELINDA CHAYKO)
キャスト:ロウ : リリー ベル テイングレイ
   祖父ドイル: ジョン ハート
   母 リア:エミリー バークレイ
妹達:チャーリー ローズと、エロイズ マクレナン

ストーリーは
オーストラリア ニューサウスウェルス州 ニューイングランド。
見渡す限り とうもろこし畑が広がっている田舎の小さな町。28歳のリアは、幼い3人に娘を抱えて 生活苦にあえいでいた。11歳のロウを筆頭に、3人の娘を捨てて夫が家を出て行って、10ヶ月たった。クリスマスが近いというのに、家賃の取立てに男達が来ると リアは3人の娘を連れて逃げ回らなければならない。田舎町、女一人の稼ぎでは 娘達はいつも空腹だ。

そんなわびしい暮らしが続く ある日、ソーシャルワーカーが 一人の年寄りを連れてくる。それは、リアと3人の子供を捨てて出て行った夫の父親 ドリルだった。アルツハイマー病に冒されていて、自分の息子の嫁や孫たちの記憶はない。この病人を収容する病院がないので、もし自宅で家族が世話をしてくれるなら、その為の生活資金を 自治体で出してくれるという。リアは、給付される金額を聞いて、1も2もなく老人を引き取ることにする。

ドリルには記憶がなく、意識が混乱しており自分の身の回りの世話もできない大きな子供のようなものだった。そんな年寄りのために、自分の部屋を提供して 自分は地下室で寝なければならなくなった長女ロウは 始めドリルが憎くて仕方がない。わざと辛く当たって 意地悪をする。
11歳のロウには 新聞配達で町からやって来る少年に淡い恋心を持っている。密かに母親のところに通ってくる母のボーイフレンドに嫌悪感を感じている。幼い2人の妹と違って、自分はもう大人の世界が理解できるようになったつもりでいる。

ドリルは家族の一員になり 次第に孫達の良い遊び相手になっていく。ロウも序序にドリルに対して 憎しみよりも哀れみ そして優しい気持ちを抱くようになっていく。ドリルは亡くなった妻がニュージーランドの先住民族マオリ出身だったので よくマオリの唄を歌ってくれる。ロウは海を見ながら、そのむこうにあるニュージーランドという国の夢をみる。父親の先祖だったと言うマオリの国が、まるで夢のように自由で美しい国に、思えてくるのだった。

真夏のクリスマス。
庭でバーベキューパーテイーが開催される。新聞配達の少年も 近所の人々もみなやってくる。変化のない日々の中で クリスマスは子供達にとっても大人にとっても特別な日だった。翌日、みんなで海に行く約束だったのに、母親は酔っていて、約束を守らない。怒ったロウはドリルと2人の妹を連れて バスで海に行って、一日遊んで帰ってくる。
一方、母親リアは ロウがどこに行ってしまったのか分からなかったので、ボーイフレンドと出かける予定だったのに 出かけられない。それが原因でボーイフレンドは リアを捨てて出て行ってしまう。泣き崩れるリアに、ドリルもリアも なぐさめの言葉もない。

ソーシャルワーカーが 様子を見に来て 家族がきちんとドリルの世話をしていないので、病院に戻すことにした と言う。ロウは、ドリルを連れて家出をする。何もわからないドリルは脅えて家に帰りたがるが、ロウは頑として ドリルと自由の国 ニュージーランドに渡るために、港町を目指していこうとする。
というお話。

年寄りと少女の逃避行が、哀しくて 美しい。
現実には逃げることは出来ないのだけれども 逃れようとする二人の姿が 泣かせる。
年をとった俳優、ジョン ハートが とても良い。妻に先立たれ アルツハイマーになり、何のよるべもない世界でポツンと、立ち尽くす男の孤独感をよく表していた。混乱してロウを妻と間違えたり 必死でロウに指輪を差し出してプロポーズする真摯な姿、嫁のリアのボーイフレンドに嫌悪感をむき出しにするところなども、良い。
母親リアが、夫に捨てられ、ボーイフレンドにも去られ、私はまだ28歳なのに、、、といって泣き崩れるシーンなど、とてもせつない。
しかし、初めて役者をやった というロウを演じたリリー ベル テイングレイの演技が際立っている。11歳の怒れる少女、、。怒らずにいられようか。右も左も八方塞がりの中で、それでも夢を見続けずには、いられない。生きることが即、逆境と戦うことを意味するのだから。そんな怒りの演技をとてもよく表現していた。

ロウは結局 連れ戻され母親を和解する。しかし、もどっても またロウは怒り続け、反逆し続けなければならないだろう。

  

2010年7月2日金曜日

オーストラリア初の女性首相 ジュリア ギラー


かりに ここに人気商売を営む社長が居たとする。
弁護士出身の優秀な妻がいて、右腕となってやってくれるので、仕事は順調そのもの。3年間、何事もなくやってこられた。ところが新しい税金対策で、ちょっと人気が下降気味。やばいかな、と思いつつ ある日職場に出てみると、100%信頼していた妻が社長の椅子に座っていて、副社長、腹心の者もすべてが妻の忠実な部下になっていた。おまけに、自分の席が会社から無くなっている。机も無ければ椅子も処分されている。たった、一晩で社長として提供されていた家も ただちに出て行かなければならないと宣告される。もし そんな立場に 自分がなったら、どうだろう?

オーストラリアの新首相 ジュリア ギラーの登場はこのようなものだった。何の疑念もなく信頼を置いていた副首相が、実は 裏で自分の支持票を集めていて、謀反を起こすなど、微塵も考えもしなかったケビン ラッドのショックの大きさは計り知れない。政治というものは そういうもの 昨日の味方は今日の敵、と言えばそれまでだが このような形で起きた オーストラリア初の女性首相の登場を 素直に喜べない。
フェアでない。彼女を人々が首相として信認した訳ではなくて、一連の政治劇の結果だった。

2007年12月 ケビン ラッドが首相の座についてから、彼は歴代のなかでも飛びぬけて 高い国民の支持率を 維持してきた。多い時は60%代、悪い時でも45%を下ったことは無かった。
就任と同時に アボリジニーの子供達を強制的に親から取り上げて 教会や白人家庭で教育を施した歴史を取り上げて、アボリジニーに正式な謝罪をした。また 地球温暖化、環境悪化の問題で、京都議定書に同意サインをした。13年間の長期にわたった保守自由党にあきあきしていた人々にとっては ケビンの登場は待ちに待った改革と新しい指針だった。
彼が資源会社の利益に40%の課税をする税制改革案を出すまでは、ケビンは人気者であり続けた。

オーストラリアの基幹産業は その豊富な地下資源にある。中国、インドなどの経済発展にともない、資源ブームが起きて、鉄鉱石、石炭、ガスなどの輸出企業は、笑いが止まらなかった。資源会社がすでに充分利益を得ていることから、この利益に課税して、富みの分配をして国内のほかの部門を強化する というのが、ケビンなど労働党の考えだった。

税制改革の趣旨は
1)資源から得た利益に 40%課税する。
2)各州は今までどおり採掘権料を徴収できるが 連邦政府は企業に対して その払い戻しを求めることが出来る。
3)法人税は現行30%から28%に引き下げ、中小企業を応援する。
4)年金は 雇用者負担を現行9%から、12%に引き上げる。
というもので、一般の働く人は賛成だと思う。趣旨の4では、今まで私が仮に100ドル 働いて稼いだとすると、雇用主は 自動的に私の年金口座に9ドル入れなければいけないところを 新案では12ドル入れてくれることになるわけだ。

要は 資源ブームに乗じて利潤を上げすぎた資源会社から高い税を取り 他の中小企業や労働者を援助する案だった。
当然ながら、資源会社は猛反対する。何度も首相と企業側との話し合いが持たれていた。

オーストラリアは世界で初めて 女性に選挙権を与えた国だ。そんなことは、ローマ人にもできなかった。マーチン ルターにもできなかった。トーマス ジェファーソンにもできなかった。男女平等の権利として女性に選挙権を与えたのが、イギリスから島流しにあった囚人たちで、建国したオーストラリアだった というのは愉快な話し ではないか。そんな国で、初めて迎える女性首相が、奇妙な政権争いの末にでてきた ということが、とても残念だ。

ジュリア ギラー英国生まれで、ウェルスで司法を学んだ。数年前、彼女が労働党入党の際、二重国籍でイギリス国籍を残していることが、問題になったことがある。3年前、ケビン ラッドに指名されて、初めての女性副首相に抜擢されたとき、テレビインタビューが自宅を訪れた。このときの様子をニュースで見た人々が、女性の家なのに、花1本、果物ひとつあるわけでない、およそ生活臭のない家を見てショックを受けた とかいう与太話もある。

オーストラリアは今年 総選挙をひかえている。
政局が流動的だ。ともかく、国のトップと、労働党のヘッドが ケビン ラッドから ジュリア ギラーに替わった。要は何が 変わったのか、ということだ。ジュリアはケビンとは、スタオルが違うと言う。政策は何も変わらないのに スタイルが変わるということは、何なのか、さっぱりわからない。課税対策は同じなのだろう。資源会社から40%の税金を徴収するのも同じなのだろう。でも、スタイルが違うということは、40%でなくて、主婦が40なら買わないけど39.8なら 思わず買ってしまうような気分で、39.8%にでもするつもり なのかしら。

首相の首の挿げ替えは、選挙対策だという。でも、ナンバー2が ナンバー1に隠れて票を集め 背後からつき落とすようなことをした政党が 果たして選挙で勝てるだろうか。
保守自由党の党首トニー アボットも、同じようなことをして、タンブル党首を抹殺した。トライアスロンに登場したり、水上救急隊で活躍してみたり すぐ裸姿をみせたがる。大嫌いだが、こんな男が、案外 今回の選挙で勝ってしまうのではないだろうか。
そうだとしたら、数ヶ月間だけの女性首相だった、ということになる。こんなことで良いのか。

2010年6月30日水曜日

W杯 日本が敗けたと思わない


サッカーに、判定勝ち判定負けというものが あったならば日本は判定勝ちしていただろう。
これほど気持ちの良いサッカーゲームをみたのは 初めてだ。
良いゲームとは、こういうゲームを言うのだろう。

6月30日、FIFA ワールドカップで ベスト16カ国の中に残った日本チームは パラグアイとの試合をした。
ゲームの様子は、シドニー時間では、深夜12時から実況中継された。最初から日本チームは 早いピッチで ボールにくらいつき、走りに走った。何度も何度もシュートをトライした。デイフェンスの良さ、チームワークには、目を見張るものがある。

90分試合で、決着がつかず、30分の延長戦。
そこでも選手達は、全く疲れを見せず、走り続けた。がむしゃらに 突っ込んでいって、ボールを 相手から奪う。
ひとりひとりの選手たち、本当に 立派だったと思う。結果など関係ない。良いゲームを観た後の 満足感がずっと、残っている。

私の職場では オーストラリアの縮図みたいに、沢山の国からきた人たちが働いている。
イギリス、オーストリー、イタリア、スペイン、ハンガリー、セルビア、チェコスロバキア、チリ、ガーナ、セオラレオーネ、フィージー、ネパール、香港、マレーシア、タイ、フィリピン、韓国、東チモール ちょっと、思いつく顔を 数えてみただけで、18カ国。
前回のワールドカップでは、イタリアが優勝したので イタリア人のナースが鼻高々だった。今年は日本もガーナも健闘していて、みな、仕事中、仕事そっちのけで 仲間の国をみんなで応援している。

今朝は、夜勤のみんなが、日本チームの活躍に沸いた。
みな自分のことのように、応援していて、チャンスがくるごとに私の肩をつかんだり、足踏みしたり、、。試合が終わって、皆が ジャパン、よくやった!!!と言ってくれた。負けた気がしない。本当に良い試合だった。

ゲームが終わって、外にでたら 今朝はこの冬一番の寒さ。
駐車していた車のフロントガラスが みごとに凍っていて、固まっている。
いつもは無口で気難しいセルビア人の 掃除のおじさんが、走ってきてホースで水をかけ、ガラスの氷を溶かしてくれた。おまけに、”ジャパン ウェルダウン よくやったぜーい”と、言いながら力強いハグ。
なんか、とても心温まって、誇らしくて嬉しい朝だった。

2010年6月23日水曜日

映画「瞳の奥の秘密」



アルゼンチン映画 原題「EL SECRETO DE SUS OJOS 」、英題「SECRET IN THEIR EYES」を観た。
監督:ジュアン ホセ カンパネラ
キャスト:リカルド ダリン、ソレダー ヴィリャミル、パブロ ラゴ。
第82回アカデミー賞 外国映画賞受賞作。
カテゴリーはサスペンス。133分。

ストーリーは
ブエノスアイレスの郊外、1970年代。結婚したばかりの若く美しい女性が乱暴され 残忍な殺され方をして発見された。同じ時間にアパートに、改築工事に来ていた二人の外国移民が逮捕された。
裁判所刑事ベンジャミンと、相棒パブロは 早速逮捕された犯人たちに会いに行く。犯人とされた彼らが 警察の自白強要によって犯人に仕立て上げられたことが明らかだった。しかし、警察が突き出した 移民たちを助ける為には 真犯人を逮捕しなければならない。警察は協力をしない。裁判所刑事達の捜査は行き詰まる。
ベンジャミンの上司、アイリーンは警察から出された証拠をもとに 判決を下し、事件を一件落着せざるを得なかった。

納得のいかないベンジャミンとパブロ、そして殺された被害者の夫、リカルドは必死で真犯人を捜し求める。
妻は殺される前に、アパートのドアを自分で開けた。犯人は知り合いだったに違いない。過去の写真や記録を洗い流し、3人は真犯人が 妻の昔の幼馴染 ゴメスをいう名の男だったことを突き止める。すでに 判決が下りてしまった事件の捜査は困難をきわめる。真犯人を捕らえるために、夫リカルドは仕事を辞めて 毎日駅に張り込みを続ける。その真剣な姿を見て ベンジャミンとパブロは 執念で、何度も上司、アイリーンに再審査を要求する。そして、彼らは、遂に真犯人の逮捕に成功した。裁判の再審を経て、犯人は刑務所に送られる。

喜びもつかの間、テレビニュースを見ていたベンジャミンは、実刑となり刑期を務めているはずの 殺人犯ゴメスが、ブエノスアイレスで、要人の護衛をしている姿を見て驚愕する。こともあろうに この殺人犯は銃を与えられて ガードマンとして雇われているのだった。警察上部の職務特権で決められたことなので、地方都市にいるベンジャミンたちには どうすることもできない。妻を殺されたリカルドとともに、歯噛みをするしかないのだった。
パブロが 耐え切れず酔って ブエノスアイレス警察と争いを起こした。その夜パブロはベンジャミンに間違われて プロの殺し屋に殺される。身の安全のために、ベンジャミンは仕事を辞めて、地方に逃れるしかなかった。そのためベンジャミンは 上司のアイリーンに恋心を持ったまま去っていった。

25年たった。
ベンジャミンは 25年前のこの未解決事件について 書き溜めたものを 本にまとめようと心に決めて、もとの職場にもどってくる。美しい上司アイリーンは 今は裁判長だ。会えば 昔の恋心が よみがえる。
ベンジャミンは すでに辺鄙な田舎に引っ越しているという被害者の夫リカルドに会いに行く。リカルドは荒れ果てた田舎屋にひとり住んでいた。その後、再婚することも無く、居間には若くして亡くなった 25年前の妻の写真だけが飾ってある。
リカルドの不審な様子、、、そして ベンジャミンはリカルドの秘密を知ってしまう。リカルドは、毎日一回だけ、水とパンのかけらを持って 離れの小屋に、行く。その先には、変わり果てた殺人犯が、、、。
というお話。

ベンジャミンを演じているのは、アルゼンチンで一番人気のある俳優、日本で言えば高倉健みたいな、または、渡辺謙、または浅野忠信のような人。とくにハンサムではないが、存在感がある。

133分と、長い割りには 内容が詰まっているわけではない。冗漫だ。ベンジャミンとアイリーン、25年前 互いに抱いていた恋心、かなわなかった恋が人生の終盤で再燃する。25年前の駅での別れのシーン、列車が動き出し、走り去る列車を追う女、、、。情景がセンチメンタルすぎて この同じシーンを繰り返されると もう、ベンジャミンが 笠智衆の顔に見えてくる。
カメラテクニック、自然描写、物語の流れの編集テクニックなど、すべてについて キレがない。全く持って、洗練されていなくてダサい。これが、アルゼンチン映画か。
無駄なシーンなど ひとつとしてないクリント イーストウッド監督の作品などに比べて そんな無駄ばかりのアルゼンチン映画がかえって ローカルなところが評価されて 外国映画賞を受賞したのかもしれない。

しかし、罪と罰という人間社会の永遠のテーマに触れている。
25年前の未解決事件を、どう自分なりに解決にもっていくか、ベンジャミンは事実を書き残すことによって 自分なりの結論を出したいと思った。 アイリーンは25年間待って いま やっとベンジャミンをとりもどした。
そして被害者の夫リカルドは 法で罰することが出来なかった殺人犯を自分で捕らえ罰することで、復讐を果たした。3人3様の これが 25年間の生き方だった。罪を問われなかった殺人犯を罰することが出来るのは 被害者を失って嘆く身内だけだ。リカルドは、生かさず殺さず 加害者を苦しめることで、きっぱり落とし前をつけた。

しょせん、人生は自己満足だ。自分が満足できる生き方をするしかない。他人がどう言おうが 法がどのように裁こうか、社会がどう判断しようか、自分が裁き、判断して生きることが 幸せなことにちがいない。
殺された妻は 夫に復讐して欲しいと願いながら 死んでいったかもしれない。でも、25年間 復讐し続けることを 望んだだろうか。案外、1年たったら、忘れて、夫に別の人生を歩んでいってもらいたい と思うのではないだろうか。夫を愛する妻として。

2010年6月20日日曜日

もう サッカーなんか 嫌いだ



サッカーは まれに見るアンフェアなスポーツだ。

FIFAワールドカップで 昨夜、日本はオランダに敗れ、カメルーン戦でとった1点と合わせて、1勝1敗。シドニーでは 土曜の夜9時半から、ゲームが同時中継された。国際試合に弱い侍ニッポン。FIFAワールドランキング 45位。試合運びが遅い。もっと走れ。もっと攻撃してくれ。
最後のデンマーク戦では 良い試合を見せて欲しい。勝っても負けても良い。良い試合をみせてもらいたい。
試合が 終わっても、世界中のコメンテイターが、これはこれは 良い試合でしたね、フェアプレイで、これこそがサッカーです と言われるような 程良く攻撃的なゲームをやってもらいたい。

日本 オランダ戦のあと、深夜から朝2時まで、オーストラリア ガーナ戦が行われた。この試合を見て、オーストラリアでは、サッカーからは大幅にファンが離れていったのではないだろうか。わたしも、もうサッカーなんか、嫌いだ!

試合が始まってすぐ、24分で チームの勝敗を握るハリー キューエルが、「相手の決定的シュートを手で止めた」というペナルテイーで 突然レッドカードで、退場させられた。あまりの突然の決定に、誰もが信じられない思いだった。スローモーションビデオを見ても、キックが偶然 キューエルの肩に当たったとしか 思えない。あと5センチずれて胸に当たっていたら、問題なかった。ものすごいスピードで、近くからキックされたボールを故意に、肩で妨害することなどできない 偶然当たった と考えるのが普通だ。イエローカードなしに、突然 文句なしのレッドカードだ。

最初のオーストラリア ドイツ戦で、チームのストライカー テイム ケーヒルが、レッドカードで、場外に出され そのあと2試合出場禁止措置をとられたかと思ったら、またしても 悪夢のレッドカードだ。テイム ケーヒルのレッドカードで 退場だけでなく その後2試合出場禁止という、処置にもびっくりした。

サッカーは、まれに見るアンフェアなスポーツだ。
たった一人の審判が全権を支配いて、審判に公正さを再考させることも 抗議することも違反になる。審判全権支配のサッカー試合に民主主義はない。たったひとりの審判に、良し悪しのすべてが決定されてしまう。選手達とともに、審判も走っているのだから、角度によっては 見えないところだって 誤解だってあるはずだ。人には間違いもあるし、人間の視野には限界だってある。だから、相撲には行司以外に、審判席があり 勝敗に疑問のあるときは 協議できるし、相撲の取り直しもある。テニスも ボールがライン上か、内側か、ビデオで確認して判断をすることができる。サッカーフィールドは 縦105メートル 幅68メートルの広さ。たったひとりの審判の判断が公正かどうか、どうやって、審判するのか。

もともとオーストラリアではサッカーはマイナー。何と言っても クリケットとフットボールが国民的スポーツだ。それでも 日本よりも弱かったオージーチームが 国際試合を重ねるごとに強くなって、今ではFIFAワールドランク20位になって、日本の大きく差をつけた。これから良くなって 若い人たちが育っていくはずだった、オージーチームを思うと、今回の試合には、納得がいかないし、残念至極だ。

2010年6月12日土曜日

映画 「ロビン フッド」




イギリス映画 新作「ロビン フッド」を観た。第63回カンヌ映画祭のオープニングに、上映された作品。
ロビン フッドは 中世イングランドの伝説上の義賊だ。 
いつの時代にも 義賊は人々から愛される。権力に楯突いて 権力者の独占する富を 民衆にばら撒いたりする。人々は抑圧者を憎むけれど、反逆する勇気や力を持たない。だからごく普通の人にとって反逆者は、時として、自分の代弁者であり、英雄でもある。鼠小僧、石川五右衛門、紅はこべ、ネッド ケリーなども人気者だ。

今まで ロビン フッドは、何度も何度も 映画化されてきた。1976年には、「ロビンとマリアン」という題で、ロビンをショーン コネリー、マリアンをオードリー ヘップバーンが演じている。デイズニーアニメの「ロビン フッド」は、キツネだ。1991年にはケビン コスナーがロビンをやった。
新作では、ロビンは オージーのラッセル クロウ、マリアンを これまたオージーのケイト ブランシェットが演じている。監督は「グラデイエーター」、「ブラック ホークダウン」、「エイリアン」を作ったイギリス人 リドリー スコット監督だ。

オーストラリアはその昔 イギリスで有罪を宣告された受刑者が送り込まれて できた国。もとはイギリス人とは言っても イギリス英語はしゃべらない。そんなオージー俳優ケイト ブランシェットに「エリザベス」その1も その2も演じさせて、アカデミー賞までオーストラリアに持っていかれてしまった。イギリスには英国女王を演じられる役者が居ないのかしら。まあ、それほどオージー俳優の質が高いということか。15年オーストラリアに住んでいるから という理由からかどうかわからないけれど ケイト ブランシェットは一番好きな女優だ。フィルムよりも、舞台を大切にしている本当の役者。育ち盛りの3人の男の子のお母さんとは思えない。本当に美しい女優だ。

ラッセル クロウも良い。同じオージーのニコル キッドマンがメデイアを嫌って  ものすごく高い塀と監視カメラで守られた家に住み、外出ごとにパパラッチを巻くために 同時に3台の車が家を出るようにして、パパラッチがそれを追ったとたんに ゴミ自動車に隠れて外出する というようなことをやっているのとは、違って、ラッセル クロウは何も隠さない。表も裏もない人。フットボールチームを持っていて その運営に財産をつぎ込んでいる 私生活でもマッチョな人なのだ。彼はこの同じ監督の「グラデイエーター」でアカデミー主演男優賞を獲った。体が大きいし、アクション映画が良く似合う。この人が 馬に乗って全力疾走させながら、両手で剣を持って敵に向かっていく姿は、まったくもって 黒澤監督の三船敏郎の姿に重なる。

ストーリーは
12世紀後半のヨーロッパ。
十字軍遠征中のロビンは 勇敢な戦士だ。腕も立つが、口もたつ。獅子王リチャードに、率直に「敵国を侵略するのは 仕方が無いが、無意味な殺戮はすべきでなない」と進言して、王の怒りに触れ 仲間とともに刑罰を科せられる。しかし、戦闘で獅子王リチャードは あっけなく殺される。王の死をロンドンにいる王子ジョンのもとに、知らせるための使いが、フランス軍の密使に襲われて全滅した。そこをロビンとその仲間が通りかかり、獅子王のヘルメットと白馬を奪い返す。虫の息になっていた使いの男は、ロクスレイといい 自分の父親から授けられた家宝の刀を父親に返してもらいたい とロビンに言い残して息絶えた。 ロクスレイの父親を思う姿に心をうたれ、ロビンと仲間は 彼の故郷のノチンガムに向かう。

ノッチンガムでは、年老いた盲目の父親が 息子の妻とともに、ロクスレイの帰りを待っていた。ロビンの報告は 息子を失ったノッチンガム領主の父親にとっても 夫を失った妻マリアンにとっても残酷な知らせだった。10年余りの間、男はみな十字軍に駆り出され、働き手の不在に農民達は 疲れきっていた。女達は農作業にやつれ果てていた。
ロクスレイ家で休養をしていたロビンに、やがて、父親は このまま居て 息子として家を継いで欲しいと、懇願する。帰る家がある訳ではないロビンは 乞われるまま ロクスレイ家に留まる。そしてマリアンを妻として 領主の跡取りとして農地の世話をまかされることになった。

しかし、ジョンが国王になると税のとりたてが厳しくなるばかりで 領主達は不満をつのらせていた。ジョン王はフランス人の王女を愛人にしており、裏ではフランス密使が暗躍、イギリス国の内部から すでに独立が蝕まれていた。フランス側の密使は 税の取立てに不満を持っている領主たちの反逆を助長して、イギリス内部から反乱と崩壊を画策していた。そして、遂にフランス軍は大挙して、ドーバー海峡を越え、イギリスに侵攻してきた。
ジョン王も、税の取り立てに抵抗していた領主達も力をあわせて、フランス軍に立ち向かう。激しい戦闘ののち、ロビンの指導力のもとで、戦果をあげ、イギリス軍の勢いに負けたフランス軍は退却を余儀なくされる。

ようやく他国の侵攻の危険が去った。しかし、時を移さずジョン王は、反抗的な領主達すべてを処刑するという暴挙に出た。ロビンはマリアンを伴い、仲間達を集めて、シャーウッドの森に入って身をかくした。
というお話。

ロビン フッドと聞いて、シャーウッドの森を拠点に 悪い金持ちから富を奪って 人々に分けて与える大泥棒を想像しているとちょっと違う。そうなる前のお話だ。どうしてロビンが シャーウッドの森に身を隠さなければならなくなったのかという事情を映画化したもの。
130頭の馬、500人の戦闘術に長けた戦死をエキストラに使ったそうだ。フランス軍の侵攻をくい止める戦闘シーンは 迫力満点。

この映画ではロマンチックなシーンがない。ロビンとマリアンとの結びつきが 普通の男と女の結びつきを越えている。
一度として関係を持たなかったロビンが死地に向かうときに、マリアンに向かって、これが人生の最初で最後という心を込めて アイラブユーと言い、それを受け止めながら マリアンがそっぽを向く。そのときの二人の間に流れる空気の密度の濃さに、思わず涙がこみ上げる。このとき二人は 他のどんな夫婦よりも 心で強く結ばれていたのだ。とても心に滲みるシーン。

やたら体が大きくて、無口で強い。無表情だが心は優しい。そんな、オージーの 代表選手みたいなラッセル クロウが、あまり好きじゃない人も、この映画を観て、「あ、、、頼りになりそう、こんなおとうさん欲しい」と思うかもしれない。無精ひげに白いものが混じるようになって ラッセル クロウ ますます良い味のある役者になってきた。

2010年6月10日木曜日

映画 「プリンス オブ ペルシャ 時間の砂」



映画「プリンス オブ ペルシャ 時間の砂」を観た。
監督:マイク ニューウェル
キャスト
プリンス ダスタン:ジェイク ギレンホール
プリンセス タミーナ:ジェマ アーターモン

9世紀 ペルシャ王国。
アクションゲームを映画化したもの。ふんだんにCGを使って チェイス バトル、壁を走って登り 建物から建物へと飛び移り 屋上から飛び降りながら敵を戦う アクションのてんこ盛りだ。大人気のゲームというのが うなずける。こんなゲームならおもしろいはずだ。
アクションの連続でいて 不思議と残酷さを感じさせない。みな きれいな英語を使って映画が上品に仕上がっている。さすが、ハリーポッターを作ったイギリス人監督 マイク ニューウェルだけのことはある。

ストーリーは
古代ペルシャ王国の国王には2人の王子がいたが、ある日 王が街に出た際に 一人の少年が 横暴な衛兵を相手に一歩も譲らない勇気のある姿を見て 連れて帰り養子にする。この少年ダスタンは 国王の3番目の息子として、他の二人王子と一緒に 分け隔てなく仲良く育てられた。人徳のある国王を3人兄弟は 心から敬愛し、王国を盛り立てていった。

3人のプリンスが成長し立派な戦士となったころ、伝説の聖地アラムート王国に 侵攻することになった。プリンス ダスタンの戦略が功を奏して アラムートの堅固な城壁を破る事が出来、アラムート王国を征服することができた。戦いの最中、ダスタンは 敵から美しい短剣を奪取する。
しかし、アラムート王家が降伏し、勝者ペルシャ王国の戦士達が祝宴を上げている最中に、こともあろうに、ペルシャ王国の国王が 毒殺される。その場にいたプリンス ダスタンに、嫌疑がかかり、ダスタンは追われる身となる。必死に追手から逃げるダスタンに、人質になっていたアラムート王国のプリンセス タミーナが後を追って逃げる。そして、ダスタンとタミーナの逃避行が 始まる。

ダスタンには何故 タミーナが追ってきたのか わからない。タミーナは ダスタンが奪った短剣を取り戻そうとしていたのだった。アラムート王国の国宝だったこの ガラスの柄の短剣は、時を繰る力が秘められている。この短剣をかざすと 時を巻き戻し過去に戻って 時をやり直すことが出来るのだった。
ダスタンは ペルシャ王国にもどって 敬愛していた父親を殺した真犯人を見つけ出し 自身の無実を証明しなければならない。そして、ペルシャ王国がアラムートを侵攻した歴史を過去にもどして もう一度やり直して あやまちを正さなければならないのだった。
というお話。

美少年俳優としてテイーンのアイドルだった ジェイク ギレンホールが 初めてアクションヒーローに抜擢されたことで、話題になっている。
ジェイク、29歳 アメリカ人。彼はこの映画に主演する為に 3ヶ月余り 英語の発音訓練を受けて キングイングリッシュを、話せるようにしたという。この映画では、サーの称号をもっている英国俳優 べン キングスレーが重要な役どころを演じているが ジェイクも同じようにきれいな英語を話している。
聞き比べれば英国英語とアメリカ英語は 聞き分けられるが、この映画では全員がきれいな英語を使っている という映画評を読んで 初めて ああ、そうだったんだ、と思い当たった。言われるまで気が付かなかったのだ。それでやっと、1分ごとに、名詞に ブラデイーや、F、、KINGをつけて話す癖ができている 汚いアメリカ英語の映画とちがって 映画が上品に仕上がっている訳がわかった。

ジェイクは 撮影に入る前、半年かかって 筋力集中トレーニングを受け、体重を5,5キロ増やしたそうだ。何千回もの 剣の立ち合いのトレーニングも積んだという。そんなトレーニングを積み重ねた結果 美少年俳優を脱却して、アクションヒーローに変身したわけだ。役者も楽じゃない。

ジェイクは 「ドニー ダーコ」では、うつ病の青年を演じ、「ゾーデイアック」では 殺人犯を追い詰める まじめ一方の新聞記者、そして、ヒース レジャーと共演した「ブロークバック マウンテン」では、ゲイの青年を演じて アカデミー助演男優賞のノミネートされた。目が大きくて どちらかというと、憂い顔のほうが 笑顔より似合っている。まじめでいつも真剣、唇かみしめていて、 今回の映画でも プリンセス タミーナとの逃避行で、二人して命の危険に身をさらしながら タミーナを、およそ、女として扱っていない。え、君、女の子だったの?と、最後の最後に、気が付くみたいなところが ジェイクらしくておかしい。
アクションでは、スタントマンを使っていないそうだ。何ヶ月もの訓練のおかげで 彼のアクションやチェイス バトルもなかなか 良くて 楽しいアクション映画だった。

アラニス モリセットが主題歌を歌っている。
それよりも、何と言っても ペルシャ王国の映像が美しい。風に砂が舞い、砂に模様を描き、音も無く そのすがた形を変える。砂漠の上から日が昇り、砂漠の上で日が沈む。砂漠の例えようも無い美しさ。
それにあわせた音楽が良い。「アラビアのロレンス」の世界だ。砂漠のシーンでは、映像も音楽も この監督は デヴィッド リーンのアラビアのロレンスを思い描いていたに違いない。
アメリカから来た新聞記者の、「どうしてあなたは砂漠にいるんですか」という問いに、ロレンスは「砂漠は清潔だから」と ひとこと答える。そんなシーンがよみがえってくる。ロレンスにとって、軍事戦略や 戦争や軍人としての英雄行為や、外交と言う名の利権 取引、そういった俗世間にはまったく興味はなく、ただただ、彼は砂漠を愛していたのだ。

伝説の時を繰る短剣。
ロレンスには、過去に戻って やり直したいことが沢山あっただろう。時を巻き戻すことのできる伝説の短剣があったなら、ロレンスは あんなにも早く 若くして死に急ぐことは無かったかもしれない。

写真は ジェイクのプリンス ダスタンと、コンピューターゲームのダスタン。

2010年6月7日月曜日

映画 「ドン ジョバンニ」


新作、イタリア映画「ドン ジョバンニ」(IO DON GIOVANNI)を観た。オペラ「ドン ジョバンニ」は モーツアルトによって作曲され、1787年に初演されたが、スペイン人で1003人の恋人を持っていたといわれるドン ジョバンニという伝説のプレイボーイをオペラ化したものだ。日本では、「ドンジョバンニ 天才劇作家とモーツアルトの出合い」という長い邦題で、公開されたらしい。

オペラとは 200年も300年も前に作られたものだ。華やかなヨーロッパの最高芸術の傑作の数々をいま、わたしたちは繰り返し観ている。大昔にできたオペラを観る人が 今もなお感動して 心洗われる思いをするのは、そこに真実があり、芸術家の魂がこめられているからだ。
この映画をみると、ドン ジョバンニというオペラがモーツアルトによって どんな時代背景のもとに、どのような過程を経て製作されたのかがわかる。イタリア語が耳に優しく バックに流れる音楽が良い。聴いて心地よく、観ていて素晴らしい作品だ。

監督:カルロス サウラ (CARLOS SAURA)
キャスト:ロレンソ:ロレンソ バルドッシ
     エミリイ:エミリア ヴェルジネリ
     モーツアルト:リノ グニシエラ
     カサノバ:トビアス モレッテイ

1763年 ヴェニス。
ロレンソ ダ ポンテは、詩人で作家、女たらしで、女泣かせだ。何と言っても カサノバの親友だから女たらしもプロ並みだ。また、イルミナルテイのメンバーでもある。子供の時から科学への強い探究心と、信念からカソリックの洗礼を拒否してきた。イルミナリテイが 教会から厳しく糾弾、弾圧されている時代だ。

ロレンソの素行が悪いとのことで、彼は遂にヴェニスから立ち退きを命令される。秘密結社イルミナリテイのメンバーのひとり、裕福な商人から、ロレンソは 一人娘のエミリアを紹介される。商人は自分が病気がちで、跡継ぎもいない。一人娘をロレンソに託して安心して死んでいきたいという。ロレンソは 娘に会って、一目で恋に陥る。しかし、ヴェニス立ち退きを前に、妻を持つ身分ではない と言い残して ロレンソは単身 ウィーンに向かう。

老作家で、名の知れた親友 カサノバの紹介で、ロレンソはウィーンで活躍する作曲家サリエリに会いに行く。サリエリに オペラの台本書きとして雇ってもらえることを期待して出かけていった教会で、ロレンソは若いモーツアルトに出会う。同じ年頃のロレンソとモーツアルトは すぐに 出会って親しくなった。
モーツアルトは このとき、死の数年前。若く才能をもてあましていた。作曲した作品は評価されず、妻コンスタンチンとともに、貧困にあえいでいた。その日の生活のために、教会でオルガンを弾き、貴族の娘達にピアノを教えなければ ならなかった。

サリエリは 宮廷からオペラを作るように命令をうけていたが、思うような作品が作れずに、名前だけを自分のものにして、モーツアルトにオペラを書かせようと画策していた。
ロレンソは、親しくなったモーツアルトに 新しいオペラの構想を次々を出してモーツアルトと共同でオペラを製作し始めた。モーツアルトは 眠る時間を作曲のために費やしながら 残る命のともし火を燃やすようにして作品を作っていく。
ロレンソには どうしてもドン ジョバンニを完成させて成功しなければならない理由ができた。ヴェニスで一目会って、恋におちたエミリアがロレンソを頼って ウィーンに出てきたのだ。
一方、オペラの数々のアリアを作曲している最中、モーツアルトには、父親の死という 悲報が届く。自分を音楽家として育ててくれた尊敬すべき父親を失い その死にインスパイヤされて、とうとうモーツアルトはオペラを完成させる。

1787年 プラハ国民劇場での初演、国王、皇族の前で、モーツアルト自身が指揮する。オペラが終わって、満場の観客は、静まり返って王の判断を待っている。否か是か。オペラは成功だった。 
というお話。

映画の主役はロレンソとその恋人エミリアなのだけれど、彼らの出合い別れ、そして再会する筋書きに、平行して、登場する大物達がすごい。モーツアルトと妻コンスタンチン、サリエリ、王族、貴族たち、美しいオペラ歌手たち、そして、老いてなお魅力あるカサノバなどが、それぞれ主役でもある。

モーツアルトの無邪気で自由奔放な姿に心うたれる。
オペラのなかのひとつひとつの曲がうかびあがってくると、夢中で自ら歌いながら作曲をする。そうしているうちに熱にうかされた病人のように曲にのめりこむシーンなど、芸術家の熱が伝わってくるようだ。31歳のモーツアルト。4年後にリューマチで死ぬ。生活苦のなかで、邪気など全く無縁で、純真であり続けたモーツアルトの短い一生を思うと ただただ 痛ましい。

ジアコモ カサノバは、ヴェニス生まれの作家。
実在の人物でドン ジョバンニばりのプレイボーイだった。1976年、フェデリコ フェリーニが ドナルド サザーランドを主役に使って 映画「カサノバ」を作っている。このころのドナルドは本当に美しかった。
2005年 ヒースレジャーが 映画「カサノバ」を演じた。貴族から修道女から人妻にいたるまで放っておけない。カーリーヘアーのヒース レジャーがカサノバになると 女たらしも おちゃめで可愛い。当時のヴェニスの人々の暮らしぶりを彷彿をさせる楽しい映画だった。

そのカサノバが この映画では年老いても魅力的な老紳士の姿で、オーストリア人俳優、トビアス モレッテイが演じている。知的で深みのあるカサノバだ。
わたしはこのトビアスが大好き。過去15年間 テレビの人気番組「インスペクター レックス」で 毎週顔を見てきた。15年間やっている長者番組というわけではなく、SBSでは何度も何度も同じシリーズを繰り返して見せるので もう前に見てしまったのに、繰り返して見ているのだ。レックスとは、ジャーマンセパードの警察犬で、ウィーン警察殺人課所属。頭が良くて 鼻がきくので、殺人犯人を必ず見つけ出して捕まえてしまう警察犬なのだ。

ウィーン観光庁が スポンサーしているテレビフイルムなので、毎回殺人が起きる場所も、宮殿やウィーン国立博物館や、ウィーンオペラハウス、国立バレエ学校、ウィーン駅だったりして、観ているとウィーン観光ができる。刑事達が住むウィーンのアパートも、石作りの古い歴史的な重みのある建物だ。そのレックスの持ち主で殺人課刑事を このトビアス モレッテイが演じている。本当に犬が好きな人にしか わからない犬語をちゃんとわかっていて、彼も犬も演じていると思えない自然さだ。
レックスを演じている犬が むかし持っていた犬にそっくりで、番組を見始めると 目が離せない。走り方も、匂いの嗅ぎ方も 甘え方もそっくりだ。そんなわけで、トビアスが、ドイツ語でなくイタリア語で 実際年齢より老け役でこの映画に出ていて うれしい。テレビでみても映画でみても良い俳優だ。この映画で、彼が一番光っていた。