2010年8月31日火曜日

映画「マッチング ジャック」と小児白血病




映画「MATCHING JACK」を観た。
監督:ナデイア タス(NADIA TASS)
キャスト
母マリサ:ジャシンダ バレット
息子ジャック:トム ラッセル
父コーナー:ジェイムス ネスビット
息子フィン:コデイ スミット マクフィー

オーストラリア映画。オーストラリア人のナデイア タスが監督をして、その夫のデヴィッド パーカーがカメラを回して、メルボルンで撮影した映画。

ストーリーは
9歳のジャックは、たまたまサッカークラブの定期検査で血液検査を受け、急性白血病と診断されて、即、入院することになった。父親は出張中だ。検査、医師との面談、入院手続きなど、母親のマリサは、衝撃を受けていることを隠して、息子の手前、何事もなかったように笑顔で振舞っていた。いつもと変わらない母親の様子に、急に入院することになったジャックも 何事が起こっているのか あまり心配する気にならない。
入院部屋には、フィンというアイルランド人の ジャックと同じくらいの年頃の子が居る。化学療法を受けているフィンの頭には 毛がない。フィンには父親のコーナーが付き添っている。コーナーは活発で素敵な男だ。新入りのジャックとマリサを、フィン父子は とても自然に受け入れてくれて、すぐに仲良くなった。

コーナーは船大工だ。息子のフィンのために 亡くなった母親の姿を実物大に彫り ボートの舳先に取り付けて、航海の守り神にしている。フィンのベッドの回りをボート材で囲み、マットを立てて帆を張る。そこを扇風機で風を送ると フィンのベッドは まるで本物のボートのように、今にも海の上を滑り出しそうだ。フィンとジャックを乗せたベッドを コーナーが押して、病棟の端から端まで 移動すると、航海中の子供達を夢中になる。フィンとコーナーは、母親が亡くなった後、二人で世界中を航海している途中だったのだ。

フィンは いつも達観したような、物静かな少年だった。フィンに、君は血液の癌といわれる白血病なんだよ と言われてジャックはびっくりする。ジャックは 母親に否定してもらいたくて、母親を問い詰める。するとマリサは、笑顔で「そう、あなたは白血病なの」と言う。本格的な治療が始まる。

出張からジャックの父親が帰ってきた。ふとした偶然からマリサは夫が出張していたのではなく 若い愛人と休日を過ごしていたことを知ってしまう。夫の留守の間に 息子の発病と入院を経験し、息子に病状を理解させなければならなかった。ずっと息子のベッドの下に簡易ベッドを置いて 眠れない夜を 病院で過ごしてきた。夫の裏切りを知って 今まで一人で耐えてきた母親の思いが 一挙に爆発する。
一方、マリサとコーナーは、共に白血病の子供を持つ親同士の共感と友情が芽生えていた。

フィンの化学療法に 治療効果が認められない という残酷な医師からの説明がなされる。ジャックにも、助かる方法は 骨髄移植しかないことがわかる。ジャックの骨髄と同じ もしくは似ている遺伝子を持った人が親にも親戚にも どこにもいないことが分かり マリサは独自に骨髄移植ドナーを探し始める。すなわち、それはマリサの夫が関係した昔の女性をすべて洗い出して訪ねて回ることだった。尋常なことではない。しかし、夫が几帳面に関係した女性すべての記録をとっていた日記をもとに、マリサは夫の子供を産んだかもしれない女性を求めて家から家へと訪ねていく。
ある日 16年前に 夫が関係を持っていた女性が 16歳の娘をもっていて その顔が夫に似ていることがわかる。昔のことを ほじくりり返すマリサにたいして、怒り狂う女性の前で、16歳の娘は意外にも「私に弟がいるなんて素敵じゃない。」と言い、自ら病院に来て検査を受けてくれる。果たして、骨髄はジャックにマッチしていた。同じ夫の遺伝子を持っていたのだ。この16歳の娘のおかげでジャックは 骨髄移植に成功して完治する。
一方、フィンは ひとりコーナーを残して 母親のもとに旅立ってしまう。というお話。

今日 小児白血病の治癒率は毎年上がっていて、ほとんどが完治するようになった。しかし小児白血病を宣告された親の衝撃や、嘆きや怒りは 想像に余りある。
30年前、病院の輸血科で 高速回転血小板分離機の機械を操作していた。当時まだ何台も日本にない機械だった。血液ドナーを集めてきて、片腕の静脈から 2000-4000MLの血液を取って、白血球と血小板だけを採取して、もう片方の腕の静脈に返血する。採血に2時間以上かかり、沢山の血液を動かすので 同じドナーから何度も 繰り返して採血することができない。せっかく健康な人から取った 白血球と血小板は 取っても取っても その場でどんどん壊れていく。採血したばかりの血液を患児に輸血しても輸血しても足りない。

自分の体の骨髄の中で 正常な骨髄細胞ができなくなって 血小板と白血球が造られない状態になった子供達は 内出血や鼻血を止めることが出来ない。細菌感染に弱く すぐに熱を出し肺炎を起こす。子供達の命は どれだけ新鮮で良い血液を輸血できるかに拠っている。骨髄移植も移植手術に耐える体力があるときでないとできない。同じ遺伝子を持った親や兄弟から骨髄移植しても成功するとは限らない。
自然、どれだけ延命できるかは、どれだけドナーを集められるかが大きな鍵になる。ドナーを集める親の苦労な並大抵のことではない。30年も前のことだが、病気を持った親達の悲嘆も、怒りも祈りも 今も全く変わることはないだろう。当時の 治療に関わって亡くなった子供達 ひとりひとりの顔も名前もいまだに忘れることが出来ない。

小児白血病の子供を映画化した もう一つの映画「わたしのなかのあなた」 原題「マイ シスターズ キーパー」は、2歳で発病した娘を助ける為に、両親がもう一人、娘を産んで、その下の娘を 治療のための輸血や骨髄移植のドナーとして利用する、というむごい 実際にあった実話を映画化したものだった。キャメロン デイアスの母親役と、天才子役のアピゲール プレスリンが 熱演していた。
今回の「マッチング ジャック」はドナーを求めて、夫がむかし関係した女性達を 妻が訪ねまわるという これまた尋常でないお話だ。どっちの母親も狂っている。しかし狂わずにいられないところが この病気の残酷さだ。

大人たちの狂騒をよそに、2人の子 フィンとジャックは実に子供らしくて しっかりと死を受け止めて、印象深い。二人して、病院を抜け出して遊園地に遊びに行くところが美しい。夜の遊園地で乗り物に乗り、遊びまくって疲れ ふたりして呆然として立っている後姿の寂寥感、、。
逃避行がいつも美しいのは 必ず破壊的な終末が 迫っているからだ。

それと、妻を亡くし、フィンもまた無くしてしまったら、もう何も大切なものなど持たない海の男コーナーが やるせない。息子のためにならどんなことでもする。
ひとりボートを漕いで、360度見渡す限り海ばかりの 遠くまできて、そして息子の骨を 海に流す。輝く太陽を背に、白い骨が海風に乗り 波に交わって消えていくところが、一遍の詩のように、美しい。