2009年5月15日金曜日

ラリアは秋




オーストラリア生まれの高校生の娘を持った 日本人の友人が「母の日」に 白い菊の花束を 娘からもらって くさっている。もう充分生きたじゃない と思わず自分の心境を言ってしまって もっとへこましてしまった。

白い菊の花を見ると 悲しかった肉親の葬式をイメージして線香のにおいまで感じてしまうのは 日本人だけらしい。 普段 シドニーでも 花屋で菊の花は余り見ないのに、母の日だけは、どの花屋も、白い菊の花束でいっぱいだ。菊は英語でクレサンチマムといい、最後のマムが 母親のことだから、母の日に贈る事になったらしい。母の日にカーネーションを贈るのは 北半球の限られた国だけなのかもしれない。

母の日には 娘達それぞれから花をもらった。ふたつの花束のバラが満開で部屋中に香りが漂っている。二人が自立して家を出て行って久しいが、彼女達が巣立っていく前に すでに一生分の親孝行をしてもらっている。娘達の成長が日々、嬉しく 笑い声が生きる活力となってくれた。娘達のおかげで半世紀余り 喜びに満ちて生きてきた。この世の どの母親より幸せだったと思うから、これ以上 辛気臭い親孝行は してもらいたくない。
もう 親など振り返らずに 自分たちの道をどんどん切り開いて 前に進んでいって欲しい と思う。

今は秋。ぶどう、柿、みかんが美味しい。
ぶどうは 大粒のグリーンの種無しと、小さめの赤い種無しが甘い。柿も、みかんも ものすごい勢いで移民して増えてきている中国人が栽培していて、この2,3年は普通の果物屋でも買えるようになった。

今年は 何十年ぶりかで「巨峰」を食べた。韓国人食材店で、見つけたもので、韓国人が自分の畑で栽培して 今年初めて実がなったのだという。普通のぶどうの5倍くらいの値段だったが 久しぶりに食べて感激した。日本で最後に巨峰を食べたのは 家族で沖縄に転勤する前、娘達が 保育園にいたこ頃のはなしだ。離乳食など何も食べてくれないくせに 巨峰ならば、皮をむいてやると いくらでも食べた。

その頃 病院の輸血科で、高速血液分離採血機を操作していた。白血病の子供たちに、血液提供者から 2000MLから4000MLの血液を採血しながら、血小板だけを取って、あとを体に返す、当時としては新しい治療に参加していて、病院ではこの機械を操作できる唯一のナースだった。 
秋に輸血学会があり、東欧のドクターたちや、地方からの医学関係者の前でこの採血機を 操作してみせることななった。機械を取り囲むように、見学者が立っているところを、緊張した面持ちで 血液提供者が到着した。さて、静脈に針を刺して、採血を始めますから ご注目ください、といって、針を入れる瞬間 ハッと皆の息を飲む音がして、人々の目が 私の手に釘付けになった。
てへへ、、、わたしの手の指の爪が真っ黒だったのだ。ちょっと前まで やんちゃ坊主が泥遊びしていて 手も洗わずに飛んできたみたいに。 ち、ちがいます。皆さん これは汚れではなくて 毎日 巨峰の皮をむいては うちの赤ちゃん達に食べさせてたのでーす。巨峰の皮のシブで爪が黒く染まってしまっただけで、手はちゃんと洗ってきれいです。などと、言い訳するのもシャクなので、そのまま 見学者達が私の爪の汚さに腰をぬかさんばかりにあきれているのを尻目に 仕事を続けた。
そんなこともあったっけ。数えてみると28年も前のことだ。 久しぶりに巨峰を食べて、うん、、、おいしい訳だ。

写真は住んでいるアパートの入り口。プラタナスの葉が 色付いて 落葉する冬を待っている。

2009年5月6日水曜日

映画「ディファイアンス」


アメリカ映画「ディファイアンス」、原題「DEFIANCE」を観た。
第二次世界大戦中、ナチドイツに占領されていたべラルーシュで、ナチと戦ったレジスタンス、ビエルスキー兄弟の実話をもとにして 作られた映画。
当時余り知られていなかった 歴史的事実がこうして映画となって世界中の人々に知られることになって 歴史が再評価されることは、価値のあることだ。人は過去から学ぶことができるからだ。手記を読み、映画を観ることによって その場に自分を置いてみて、人としての生き方を考えることができるからだ。
恐らく百人百様の戦争体験があり、人々に知られていない戦争秘話もたくさん埋もれているに違いない。戦争体験を持たない私達は 真摯な気持ちでそういった ひとつひとつの話に耳を傾けるべきだ。

今年に入ってドイツ ナチをテーマにした映画が 次々と公開されている。ケイト ウィンスレットが主演女優賞をとった「愛を読む人」(「THE READER」)、トム クルーズの「ワルキューレ」(「VALKYRIE」)、ジョン ボイン原作の「縞模様のパジャマの少年」(「THE BOY IN THE STRIPED PYJAMAS])、そして、このエドワード ズウィック監督による「デイファイアンス」だ。タイトルは しぶとい抵抗、とか、頑強な挑戦とか言う意味。この映画はリトアニアで撮影されたそうだ。

監督エドワード ズウィックは 1999年に「ブラッド ダイヤモンド」で、シエラレオーネの内戦と、それに群がるダイヤモンド密売人と死の商人を描いた。まさに何故アフリカで内戦が止まないのか、何故人々が飢えるのかを 問い正していくと 必ずぶち当たる先進国の利益とエゴを描いた力作だった。
その前は「GLORY」で、アメリカ市民戦争で、使い捨てにされていった黒人兵を描き、「COURAGE UNDER FIRE」では、湾岸戦争の不条理を描いた。一環して戦争と人をテーマにしている監督。私は大好き。

監督:エドワード ズウィック
キャスト
トゥビア :ダニエル クレイグ
ズシュ  :リーブ シュレイバー
アザエル :ジェミー ベル
ストーリーは
1941年 ナチドイツがべラルーシュを占領。次々とユダヤ人は、虐殺され、ゲットーに収容されていった。ビエルスキー家の両親は ドイツ軍の襲撃にあって 殺され、長男トゥビアの妻子も殺される。
ドイツ軍のユダヤ人狩りや そのお先棒を担ぐ地元警察の追求をかわしながら 4人の兄弟は、逃げ場を求めて リビクザースカの森で合流する。森には虐殺から逃れてきた生存者達があちこちで 彷徨していた。トゥビアは、そんな人々をまとめ、森の中で、コミュニテイーを作りあげる。

トゥビアの 指導力によって、食料を分かち合い、共同で仮小屋を建て、武器を手に入れて自衛する。兄弟は、ゲットーに侵入し、話し合いを持って 留まりたい人を残し、脱出希望者を手引きして森に救い出す。空からの爆撃に逃げ惑い、執拗に繰り返されるナチと地元警察によるユダヤ人狩りに抵抗しながら コミュニテイーをささえる。

長男トゥビアと、次男ズッシュとは 意見の対立があり、ズッシュは森の中で逃げ回るだけでなく 一人でもドイツ兵を殺し復讐する道を歩む。彼はロシアのレジスタンス軍と合流して、勇敢にドイツ軍と戦うことになる。
トゥビアは、次の弟、アザエルを右腕にして コミュニテイーの中の不満分子を押さえ 強力な指導力で住民達を守る。 アザエルの結婚、トビアの恋、などをまじえながら 冬の寒さや飢えをのりこえて3年余りの耐乏生活が続けられる。

メンバーは拡大していき 最終的には1200人のユダヤ人が生き延びることを成功させた。戦争が終わったとき べラルーシュの森から1200人のユダヤ人が出てきた という。

何といっても 007ジェームス ボンドのダニエル クレイグが良い。長男といっても 初めから家族やコミュニテイーのリーダーとして生まれてきたわけではない。たくさんの不幸を目の当たりにして傷つき、絶望を乗り越えた者が、徐々に人々の上に立つことを学んでいくのだ。トゥビアのリーダーとして悩むすがたが とても人間的だ。

弟のアザエルが、ういういしくて可愛い。映画「リトルダンサー」(原題「ビリーエリオット」)で、細いからだで バレエを踊っていた少年、あの映画から10年余り。
ここでは 父親を殺されて 泣きじゃくっていた少年が度重なるドイツ軍との交戦を経て、またコミュニテイーの難題のぶち当たりながら 男として 成長していく。後半では、顔つきまですっかり変わって 決断力のある一人前のリーダーに育っていく様子が 頼もしい。

当時 ドイツ軍と交戦していたロシア人パルチザンの獰猛 果敢な姿、しかし、その中にあってさえ 存在するユダヤ人差別にも、監督の目は見逃がさない。
とても良い映画だ。

2009年5月4日月曜日

映画「ドラゴンボール」







ハリウッド映画「ドラゴンボール」を見た。
1984年から1995年まで11年間にわたって少年ジャンプに連載された鳥山明による人気漫画だ。


集英社で単行本として新書版で 全42巻で出版されたあと、一回り大きなA5版で全34巻が出版された。発行部数1億5千万部、全世界で3億5千万部売れたそうだ。

ドラゴンボールが連載されていた その間は私達家族はフィリピンで暮らしていたので このコミックがテレビアニメとして11年間も続いて 平均20%の視聴率を維持していたということは、全く知らなかった。また、映画にもなっていて 東映漫画17作が上映されて 総動員数4900万人にのぼった。ビデオカセットが3万セット売れて、テレビゲームになったのは40本以上、これが150万本売れた。 アニメ「ドラゴンボール」はアメリカでもフランスでも人気番組になりフランスではアニメ放映中 テレビ視聴率87,5%まで記録し、鳥山明の名前は フランスで最も有名な日本人になったという。
「ドラゴンボール」の主人公は悟空、7つの黄金の玉を集めると どんな願いでもかなえられる。「西遊記」からヒントを得て 作られた作品。こんな日本の国民的人気もの悟空が ハリウッド映画になった。
キャスト
悟空:JUSTIN CHATWIN
亀仙人:CHOW YUN FAT
ブルマ:EMMY ROSSUM
ヤムチャ:JOO PARK
ピッコロ大魔王:JAMES MARSTERS
チチ:JAMIE CHUNG
ゴハン:RANDAL DUK KIM
スパイ マイ:ERIKO TAMURA
さてハリウッド版「ドラゴンボール」のストーリーは
悟空は ちょっと冴えない高校生。強くてかっこよい同級生達からは いじめられっこ。厳しく武道を教えてくれる おじいさんグランパ ゴハンから 学校で友達を相手に武道を使ってはならないと 言われているので、いじめられても 暴力をふるわれてもやり返すことができない。好きな女の子 チチのことも、遠くから見つめていることしかできない。

家に帰れば 毎日毎日、グランパ ゴハンの猛特訓が待っている。しかし長年の厳しい訓練のおかげで、悟空の実力は徐々にゴハンに近ずいてきた。 悟空は誕生日にゴハンから これは大切な宝だといわれて 黄金に輝く玉をもらう。しかし、その夜、悟空が家に帰ってみると、家は崩壊、全焼していて、ゴハンが家の下敷きになって 虫の息でいる。ゴハンは、死ぬ前に 悟空に、亀仙人と一緒に、黄金の玉を集めて世界征服しようとしている悪者と戦うように言い残して亡くなる。

旅立ちのしたくをしているうちに 崩壊した家に盗人が入る。やはり、黄金の玉を捜し求めている ブルマだった。話しているうちに 意気投合して悟空は ブルマとともに亀仙人を訪ねる。その途中 夜盗ヤムチャと出会い 仲間に入れる。ヤムチャはブルマに恋をする。一方、砂漠で悟空も、憧れの娘チチにであい、彼女がただの可愛い高校生ではなく 武道の達人であったことがわかり、ともに 敵と戦う決意をする。悟空 亀仙人、ヤムチャ、ブルマ、チチ、の一行は 行く手をピッコロ大魔王に阻まれる。悟空は黄金の玉を 狡猾に潜入したピッコロ大魔王のスパイで奪われてしまう。おまけに、ピッコロ大魔王との大決戦で亀仙人は殺されてしまう。

怒り狂った悟空は ピッコロ大魔王と戦ううち、自分が別の惑星に住む サイヤ人で 満月を見ると大猿に変身することを知る。変身するとピッコロ大魔王に限らず 敵味方関係なく すべての生き物を破壊殺生せずにいられなくなってしまう。 しかし、チチやブルマの前で、自分の本能に必死で逆らって、悟空はまたもとの悟空にもどる。 そしてピッコロ大魔王から奪い返した7つの黄金の玉で、神龍を呼び出して ひとつのお願いをする。それは自分の身代わりになって死んでしまった亀仙人を生き返らせることだった。  そして、願いがかなったとたんに、7つの黄金の玉は世界に飛び散って去ってしまった。 そこで、また振り出しに戻って、孫悟空、亀仙人、ヤムチャ、ブルマとチチは世界に散らばった黄金の玉を求めて 旅立つのだった。
というおはなし。

B級映画にはB級映画なりのおもしろさがある。 「縞模様のパジャマの少年」のような 重いテーマの映画のあとに、気晴らしになるし、演じている俳優の意外な顔が見られたりする。

この映画のキャストでは一番 名高いのは、中国人のチョウ ユン ファだろう。中国映画のヒーロー、日本でいう昔の三船敏郎だ。武術に長けて、人を統率し、徹底して自分の筋を通す男 かと思ったら お茶目で どこか間の抜けたところもあって可愛い。中国では国民的スターだ。「カリブの海賊」では ジョニー デップを相手に 怖い幽霊船のキャプテンになったし、ツァン イー モー監督の映画には、監督の奥さんゴング リーとともに、必ず共演している。

ブルマ役のエミー ロッサムは 映画では髪を染めているが、本当は22歳、金髪の美人だ。ミュージカル映画「オペラ座の怪人」では、か細いが、きれいな声で、怪人に誘拐されて幽閉される悲劇のオペラ歌手の役を演じていた。また、「ポセイドン」では、船が沈没して みんなみんな死んでしまうのに、勇気あるお父さんが命をかけて守った娘の役を演じていた。

主人公の悟空の役は、25歳のカナダ人、スタントマンをやっていて これが初めての主役だそうだ。青い目の悟空がカメハメハをやるところなど、この漫画のファンだったら怒るかもしれないが この映画はこれで良いと思う。

冴えない男の子が たった一人の保護者だったおじいさんを殺されて 敵に戦いを挑む途中で出会った人々と 硬い友情で結ばれて 一人前の男に成長していく。恋もする。自分がサイヤ人で 破壊を生きがいとする人種だったと、わかっても、自制して友達は裏切らない。この物語は、特別なヒーローのお話ではなくて、ごく普通の高校生の男の子が成長していく過程を描いたお話なのだ。洋風ドラゴンボールは これで良いのだと思う。これでよいのだ。

2009年5月2日土曜日

映画 「縞模様のパジャマの少年」


新しい ドイツ ナチをテーマにしたイギリス映画を観た。
原題「THE BOY IN THE STRIPED PYJAMAS」、邦題「縞模様のパジャマの少年」。日本では8月に公開予定されている映画。1時間34分。アイルランド人作家 ジョン ボインの短編小説を映画化したもの。ジョン ボインは1971年生まれの戦争を知らない 若い世代の作家だ。岩波書店から千葉茂樹訳で、本が出ている。

映画監督は、マーク ハーマン
音楽は ジェームス ホーナー
撮影はハンガリー ブタペストで行われた。
今年になって ナチズムをテーマにした映画が続いている。アカデミー賞受賞の「愛を読む人」、トム クルーズの「ワリキューレ」、それと、007ジェームスボンドのダニエル クレイグが主役を演じている「DEFIANCE」だ。どれもなかなか重いが 観る価値のある映画だ。

キャストは、
ブルーノ:エイサ バターフィールド 
シュメル:ジャック スキャロン
父親  :デビッド シューリス
姉   :アンバー ビーテイー
母親  :べラ ファーミ

ストーリーは
8歳のブルーノは 軍人の父親と、優しい母親と12歳の姉の4人家族で ベルリンに住んでいる。
戦争が始まっていて、大人たちの顔色は冴えないが 学校には たくさんの友達がいるから 毎日が楽しくてたまらない。ブルーノは、軍人の父親が 職場でどんな仕事をしているのか知らないが、男の子にとっては 父親はいつもヒーローだ。

ある日 父親が ベルリンから地方に転勤になって、家族そろって引越すことになった。ちょっと、寂しい友達との別れ、、、ブルーノは 田舎の新しい家に 慣れようとする。しかし、奇妙なことにブルーノの家は 他のどの家からも離れた森のなかにあり、高い鉄条網に張り巡らされ、門には24時間軍人が警備をしている。家には とても怖い父親の秘書も一緒に住んでいて、息が詰まりそうな 緊張した空気が漂っている。
ブルーノの部屋から背伸びをして 高窓から外を覗くと 遠くにスポーツ場のようなフィールドが見える。おかしなことに そこには沢山のパジャマ姿の人々が住んでいるようだ。台所を覗いてみると こんどは ズボンだけ縞模様のパジャマを履いて 貧しい身なりの年寄りが 下働きをしている。子供の目から見ても 異常に見える縞模様のパジャマ姿の人について 父親に聞いても 母親に問いただしても 大人たちは困った顔をして 話題をはぐらかせるばかりだ。 
引越しをして何が退屈か と言うと学校に行けなくなって、友達が一人も出来ないことだ。ブルーノは退屈で退屈で仕方がない。

4歳年上の姉は 父の秘書として家に居る 若いハンサムな軍人に恋をしていて、ブルーノをうるさがって、邪険にするばかりだ。彼女は自分の部屋にアドルフ ヒットラーの写真を張り、軍歌に心を躍らせて、秘書の後を追いかけてばかりいる。
ある日 家に誰もいないとき、ブルーノは 庭のブランコから落ちて、怪我をする。介抱して適切な傷の処置をしてくれたのは パジャマのズボンを履いた 台所の下働きをしている年寄りだった。傷の手当てをしてもらいながら、ブルーノは 男が 今はジャガイモの皮をむいているが 昔はドクターだったことを知る。
友達がいない、話し相手がいない、そんな中でブルーノの不満とやり場のない疑問は膨れ上がるばかりだ。

ある日、ブルーノは 物置小屋の小窓から 誰にも気付かれずに家の外に出られることを発見する。そっと 家の外に出てみると 外は美しい緑の林だった。縞模様の人々の居る方向に行ってみると 鉄条網のフェンスで仕切ってある その中に 男の子が座っていた。話しかけてみると、パジャマ姿の男の子は 自分と同じ8歳で、シュメルという子だということがわかる。シュメルはフェンスのなかで、人々が何をしているのか ブルーノには言わない。ブルーノは シュメルがユダヤ人だと 教えられるが それがどんな意味を持つのか わからない。ただ、引越し以来 初めて友達ができたことが嬉しくてたまらない。
ブルーノは次の日には チョコレートを持って、またその次の日には サンドイッチを持って シュメルに会いに来る。

ある日、ブルーノは自分の家の台所で、グラス磨きをさせられているシュメルを発見する。グラスの細かいところを磨ける小さな手が必要だったので 手伝いに呼ばれたものだった。いつものように、ブルーノはシュメルに お菓子を与える。それを 怖い軍人の秘書に 見つけられて詰問され、ブルーノは叱られるのがこわくなって シュメルにお菓子をあげたのは自分ではない シュメルが盗んだのだ、と言ってしまう。

翌日、ブルーノは卑怯だった自分を責めながら シュメルのキャンプに行く。シュメルは見るも無残に 殴られて怪我をしている。それでも、ブルーノが謝ると、許すと言ってくれたシュメルにブルーノは このたった一人の友達を もう二度と裏切らないことにしようと心に決める。そんなシュメルは、自分の父親が突然居なくなってしまったことを、とても心配している。ブルーノは、自分のために みんなと同じパジャマを持ってきてくれたら 鉄条網の下を掘って 下からキャンプに忍び込み シュメルと一緒に父親を探してあげようと 思い立つ。

一方、家庭では 母親は夫を信頼 尊敬してきたが 子供達を連れて引っ越してきたところが ユダヤ人収容所に隣接しているとは、移ってくるまで思ってもみなかった。また、無用意な秘書の言葉から キャンプの煙突から終始 煙が出て 嫌な匂いがするのは ユダヤ人を処分しているからだ ということを知ってしまう。妻は夫と対立して、そのような仕事をする夫と一緒に暮らすことはできない と主張する。そして、遂に子供達を連れて 別の土地に移り 夫とは別居することにする。ブルーノは また引越しすることを知らされて、シュメルにはもう 会えないことを知らされる。

出発の日の朝、シャベルを持って ブルーノは シュメルとの約束を果たす為に フェンスの下を掘る。子供が辛うじて通れる隙間ができると、ブルーノはシュメルが持ってきたパジャマに着替えて、二人でシュメルの父親を探しにキャンプの小屋から小屋へと、探索しながら走る。ある小屋では、沢山の男達が集められて何かを待っている。と、突然、軍人達に押し出されて、ブルーノとシュメルも 群集にもみくちゃにされながら コンクリートの部屋に追い込まれて、、、、。
というお話。

原作以上に 映画が とてもよくできている。音楽がめっぽう良い。音楽が映画の画面にぴったり寄り添って 効果的に観る物の視聴覚を興奮させ、喜ばせ 悲しませ 驚き 嘆息させて、すべてを経験させてくれる。映画の音楽がすごく良くて、映画を見ていて心地よい と心から感じたのは、最近ではクリント イーストウッドの「グラントリノ」以来だ。
最後の方の見ている人の不安感 恐怖感 そして、それが押しつぶされて 長い長い救いのない嘆きに変わるときに 音楽が心に響く。ジェームス ホーナーと言う人の音作りに、今後も注目していこう。

映画で秀逸なのは、8歳の子供の役者だ。くもりのない子供の瞳 という言葉があるが 二人の子供がまさに それだ。世界や自分のまわりで 何が起こっているのか わからないでいるブルーノの 子供の目に映る光景は、いつもおなかを空かしているシュメルであり、いつも嫌な臭いの煙を吐き出している煙突や 怖い顔の秘書であり、疑問と不安ばかりが増長していく。
ある日 家に軍人達が集まり 映写会をしている。ドイツが他国にむけてユダヤ人キャンプを様子を宣伝するためのプロパガンダというか、エクスキュースのフィルムだ。ユダヤ人はキャンプの中で、安全で楽しい生活を保障されている、家族は一緒で、良い食事を与えられ、サッカースポーツやゲームに親しみ、何不自由なくキャンプ生活をしている という映像だ。これを盗み見て、ブルーノは 嬉しくなって、思わず父親に抱きつくシーンが印象的だ。ブルーノにとって 父親はやっぱりヒーローだ。疑うことなどできない。

配役では、自分の任務に何の疑問も持たない、今までの歴史になかった特別の国 ドイツ帝国を作るという信念に凝り固まっている石頭の父親に、デビット シューリスは、適役だ。
ナチズムの正体を徐々に知ってしまい、良心の痛みから病人のように やつれていく母親役の、べラ ファーミガが とても良い。

そのとき、その場に居ると 人は外から客観的に 何が起こっているのかわからない。気をつけていないと 自分が踏みつぶしている生き物が 見えない。状況をみきわめて、何が起こっているのか 知ること。そんな中で さらに良心的に生きるということが、どんなに難しいことなのか、改めて思った。 

2009年4月16日木曜日

オペラ 「夢遊病の女」




ニューヨーク メトロポリタンオペラ座で上演中の イタリアオペラ ヴィンセント ベリーニ作曲「LA SONNAMBULA」を観た。
ニューヨークまで行ったわけではない。今、ニューヨークで上映中のオペラを ハイヴィジョンで実況中継したフィルムを 映画館の大型スクリーンでやってくれたので、観にいったものだ。
便利な時代になったものだ。実際の舞台を 何台ものカメラで納めたものをそのままスクリーンで見せているから 舞台を実際にみているような迫力がある上 精密なカメラで追っているから 舞台では見えないような顔の表情や細かい動きが実に良く見える。
クレモン オフェアムにて。$200から$300のオペラのチケットを買わずに、$30で 本場のオペラが観られるなんて なんという粋なことをしてくれるんだろう。それに なんという贅沢。

行ってみたら シドニーオペラハウスに行ったのと同じ 年寄りばかりだった。幕間の休憩時間になっても 杖や歩行器の年寄りばかり、のろのろ歩いていて なかなか出口にたどり着けない。この国では、こんな極度の年寄りにしかオペラが支えられていなくて こんな調子で今後 ここに来ている人たちが死に絶えたら オーストラリアのオペラも絶滅するのか と まわりを見回して 心配になった。いま、ヒップホップをやったり、ロックをアイポッドで24時間流している若い人たちが、歯がなくなって 棺おけに片足突っ込む頃になって 急にオペラが 聴きたくなったりするのだろうか?

ベリーニ作 オペラ「ラ ソナンブラ」、邦題「夢遊病の女」
ニューヨークメトロポリタンオペラ
指揮:エベリノ ピドゥ
出演:アミーナ=ナタリー デウセイ (コロラトーレ ソプラノ)
   エルビノ=ジョアン デイエゴ フロレッツ(テノール)
   領主ロドルフォ=ミケーレ ペルトシ (バリトン)

ストーリーは
第1幕
スイスのある小さな村
アミーナはエルビーノと結婚する日が 翌日に迫っていて、ドレスの仕上げや 式場の準備で忙しい。村中が 清純で優しい娘 アミーナの結婚を祝福している。たったひとり、リサを除いては。
エルビーノがアミータと婚約する前は リサがエルビーノの恋人だった。いまでもリサはエルビーノが忘れられない。そんなことを知らないアミーナは、幸せいっぱいで、エルビーノとデユエットを歌い 愛を誓い合う。

一方、村人達は 夜な夜な幽霊が村を歩き回っている といって怖がっている。そんな夜、領主ロドルフォが 村にやってきて リサのやっている宿屋に泊まることになった。リサは金回りのよいプレイボーイのロドルフォに心ひかれる。夜がふけて、リサがロドルフォの寝室に入っていってロドルフォの くどき言葉を聞いていると、驚いたことに こともあろうに寝間着姿のアミーナが 眠ったままロドルフォの寝室に入り込み そのままベッドで寝入ってしまう。
朝になり 村の人々がロドルフォを起こしに部屋に入ると 何も知らないアミーナがロドルフォのベッドで眠っている。結婚式の前夜というのに、村中は大騒ぎ。騒ぎを聞きつけて 飛んできたエルビーノは 寝間着姿のアミーナを見て 嘆き悲しみ 母の形見の婚約指輪を アミーナから奪い返す。

第2幕
リサはこの時とばかり エルビーノに言い寄り 結婚式は予定通りの日に リサとエルビーノとで 行うことをサッサと決めてしまう。しかし、アミーナの母は、ロドルフォのベッドにあった リサのスカーフを見せて アミーナが来る前はロドルフォのベッドにリサがいたことを 証明してみせる。ロドルフォも アミーナが夢遊病という病気にかかっているだけで無実だ と、村人達に説得する。
そうしているうちに、夜になって、村人達は 建物の屋根の上をふらふら歩いている幽霊を目にする。
それは良く見ると 夢遊病のアミータの姿だった。眠ったまま、アミータは、切々と、エルビーノへの愛の心を歌い上げる。そのアミーナの純な心に、村人達もエルビーノも 涙をさそわれて、アミーナに邪気がなかったことを知る。
最後は、村人達と 若い二人の結婚式、誰もが喜びあふれて、歌い踊って終わる。

たわいないストーリーだが コロラトーレ ソプラノを歌うアミーナの可憐で純粋な心を切々と訴える愛の歌と、夢遊病の花嫁に引きずりまわされるエルビーノの 裏切られ どん底に突き落とされた男の悲しみや、愛の悦びに有頂天になる男の歌の数々が 楽しいオペラだ。

フランス人のソプラノ歌手 ナタリー デユッセイは、小柄で可愛い。日本でも人気があって、CDを沢山出している。とてもきれいな声だ。
相手のテノール ジョアン デイエゴはチリ人 ハンサムで傷つきやすい青年の役を とても上手に歌って演じていた。バリトンをやった、領主役のミケレ ぺルトゥシは 有名な人気歌手らしい。私は知らなかったが 堂々としていて とても美しい声で カップルと3人で歌うところが 素晴らしかった。どの歌手も適役で、本当に見ていて幸せな気持ちになれるオペラだ。

アミーナは、サザランドが一番得意にした役だそうだが、サザランドのあの四角い顔と背の高さでは、可憐で可愛らしいアミータにはならないだろう。サザランドが完全に引退してくれて良かった。

しかし、家に帰ってきて、CDでマリア カラスのアミータ、ニコラ モンテイのエルビーノを聴いてみると、やっぱり全然 いま見てきたオペラと同じ曲と思えない。
ささやくような マリア カラスの気高く 純粋で気品のある声を聞くと やっぱりカラスが世界で一番、と確信できる。アミーナのような役で、ささやき声で心に訴えて聴衆をむせび泣かせるカラス、トスカのように 天にまで響き渡れとばかり 絶叫してその強靭な声で聴衆を狂喜させるカラス。どんなに他の歌手が上手に歌っても、どんな美しいオペラ歌手が育ってきても やはりカラスには 絶対かなわない。若い人たちは くやしいだろう。

2009年4月13日月曜日

ジャパニーズ コミック


これほど何も 観るもの 聴くもののない時期も珍しい。

オーストラリアチェンバーオーケストラ(ACO)は、海外遠征中で 留守にしている。
オペラは 「魔笛」と、「ムスチェンクのマクベス夫人」を観た後は、7月まで何もない。

映画はアカデミー賞発表前後まで、見ごたえのある良い映画がたくさんあって、たて続けに観て 心に残る作品がたくさんあったが、今はすっかり 残りカスみたいな映画ばかりで 全然見る気になれない。

アシュケナージがせっかく 今年常任指揮者になったのに、シドニーシンフォニーオーケストラも、彼の指揮するコンサートが予定にない。

いつになっても成長 変化の兆しのない ブランデンブルグオーケストラは わざわざ 聴きに行く気になれないし、現代音楽ばかり演奏するようになってしまった デビッド オールデイングのオーストラリアアンサンブルも カクテル食事付きの演奏会チケットをもらっても行く気にはなれない。

オーストラリアバレエは 小作品ばかりをつなぎ合わせただけのパフォーマンスで、財政難を感じる分だけ 見にいけば みじめになるだけだ。 ミュージカルも目新しいものはない。

イースターホリデイは、静かに家で 教会音楽 パイプオルガンに賛美歌でもききながら 漫画を読むしかないのか。

このところ 漫画をたて続けに200冊以上読んだ。 今、続いているもので、最も気に入っているのは やはり井上雄彦の「バガボンド」と、「リアル」だ。 どちらも絵が美しく、せりふが気が利いていて、ストーリーから目が離せない。素晴らしい作力だ。

もう完結してしまった漫画のなかでは、「二十世紀少年」が 一番おもしろかった。最後の最後まで「ともだち」がわからない。 はなしをどんどん広げていきながら、登場人物も増えていって 最後まで読者をみごとに引っ張っていった筆力に 脱帽。感動。

シドニーには古本屋が2軒。日本人は数千人、手に入る漫画が限られている。
日本ではもう とうに 完結して忘れられているのかもしれないが 小畑健の「ヒカルの碁」全23巻と、一色登希彦の「ダービージョッキー」全19巻が とてもおもしろくて 最後まで飽きなかった。 今まで全然知らなかった 囲碁の世界を「ヒカル君」に教えられたし、まったく興味のなかった競馬の世界をダービージョッキーに登場する沢山の馬や上杉圭君に教わった。

まだ知らずにいて 触れたことのない世界がたくさんある。漫画がそれを教えてくれて 嬉しい。

2009年4月2日木曜日

結婚する娘に


下の娘が結婚することになった。 
一つ違いの上の娘の先を越して結婚する、という。 何でも、自分で創って見ないと気が済まない子供だった。とんでもなく独創的な絵を描き、抽象的な詩を書き散らし、教えもしないのに できたものを見て針を使って 縫い物をしていた。4歳でバイオリンを始め 親より情感豊かな音色でバイオリンやチェロを弾く子になった。
子供のときから 動物のお医者さんになると宣言していて、言葉どうり獣医になった。

思い返してみると 忘れられぬエピソードがたくさんある。
カーリーヘアで 白い陶器のような肌をもった赤ちゃんだった。いつもベビーベットに2匹の猫と一緒に寝ていた。猫達は1年先に来ていた長女の登場で、赤ちゃんに慣れっこになっていたから 二人目の赤ちゃんも、おおらかに受け入れてくれた。この頃の写真を見ると 長女と二匹の猫と次女が4匹並んでスヤスヤと眠っている。みな同じ大きさなのがおもしろい。

仕事が好きで子育てに自信がない親だから、生後二ヶ月 まだ首がしっかり据わる前から 病院の保育室にあずけられた。父親が、沖縄に転勤になる3歳まで保育園育ち。積み木や 玩具を使った遊び、水遊びなどの遊び方から 離乳食を経て、食事が食べられるようになるまでと、おむつ離れもすべて保育園の保母さんから学んだ。
母親が勤める駒込病院の勤務が終わって、お迎えする3時からが、楽しかった。二人乗りの乳母車で 今日は駒込図書館、明日は森鴎外図書館、その次は田端図書館、と遊びに行き、もてるだけの本を借りてきては 夢中で読んできかせた。本が大好き。親の方が 子供の本の世界の深さと大きさに心を奪われていた。
座われるようになると、自転車の前と後ろに椅子をくくりつけ、前に長女、後ろに次女をのせて、どこにでも出かけていった。千駄木からは 東大の三四郎池、根津神社、後楽園、上野公園、不忍池など、みんな自分の家の庭のようなものだ。下町だからお祭りも多い。上野動物園では お弁当持参で一日中過ごした。東大の三四郎池で 釣りの真似事をし、ダンボールに載って 丘から芝生を滑り降りる、次から次へと 行動範囲が広がって 遊びも多様になっていった。

背丈が1メートルになると、後楽園のジェットコースターに乗れる。3人で一台の自転車で、後楽園まで遊びに行って 初めてジェットコースターに 乗った。娘は動き出したとたん 怖くなって「ママ下ろして、ここから出して」 と泣き叫ぶが もうレールの上、どうすることもできない。そのうち、ジェットコースターはビュンビュン走る。どうしているかと、そっと振り返って 娘の顔を見ると、泣きながら立って 両手をあげてギャーおもしろい、ギャーおもしろい と大声で叫んでいた。喜怒哀楽がことさら激しい。

3歳で沖縄。はじめは言葉が通じなくて 友人も知人もいないところで 本土から送られてくる「学研」だけが楽しみ、という時期もあったが、幼稚園が始まると 友達も一挙に増えた。お迎えで、赤いホンダに 沢山の幼稚園の友達を乗せて 坂道の多い首里のまちを走り回り 沢山ある急坂をスピードで きゃーきゃーいいながら下っては、おもしろがっていた。子供を宝として大切にする沖縄で人様の子供を連れて危険な遊びをするなんて ブレーキやハンドルを切り損ねていたら、、、と今考えるとゾッとする。

母親が所属する沖縄交響楽団のリハーサルは土曜の夜。練習をしている間中 毛布を床に敷いて 絵を描いたり本を読んで 静かに待っていてくれた。走り回りもせず、騒ぐこともなく 幼児が静かに何時間も待っているなど、驚異に値するが、大人たちが真剣に何かに打ち込んでいるのを見て、幼児なりに理解してくれたのだろう。

沖縄で我が家に来てくれた大型犬を連れて、フィリピンのレイテ島オルモックに引っ越しすることになった。何でもやることが早い。 文化生活に縁遠いフィリピンの田舎暮らしに少しでも潤いを、とエレクトーンを持ってきた。大人が 悠長に100ボルトから210ボルトに使えるトランスフォーマーを取り付けている間に、すばやく娘はエレクトーンをコンセントにつないで弾こうとした。あっという間だった。一瞬 娘の手が早かったために、エレクトーンは燃えて、だたの大型ごみと化した。

オルモックで、ある夜 酔っ払いがパパイヤの木をつたって 二階のバルコニーにまで侵入した。雇っていたガードマン兼運転手が寝込んでいるのをいいことに、娘達の眠る寝室とドア一つ隔てたバルコニーで 10人くらいの男達が調子にのって 酔って騒いでいる。枕の下に隠した拳銃を握り締めながら びっしょり汗をかき、朝までまんじりともしなかった。自衛のために拳銃を持つことは常識だったが使わずに済んで良かった。
フェスタで 市のホールで頼まれて 3人でバイオリンの合奏を披露したこともあった。モーツアルトのアイネクライネ ナハトムジーク。最初の一つの音を出したとたん ブラボーと ホールいっぱいの人たちの熱狂的な拍手の嵐。音楽好きなフィリピン人の姿を再認識した。

レイテ島からマニラに移って、インターナショナルスクールに 小学校、中学校、高校まで通う。勉強も スポーツも バレエも 楽器も よくできる娘だった。背が高く、行動力があり ものおじせずに意見をはっきり言う。どうしても目立つので 先生の好き嫌いも激しい。いじめられることも多かった。泣かされることも多かったが、泣いた分だけ 笑ったと思う。
たった13歳で 父親をなくして よく母娘で持ちこたえたと思う。親しい友人も頼れる親類や知り合いもない外国で 日本にいる家族からも、会社からも日本大使館などからも何の支援も慰めも励ましも、援助もない孤立無援の状態だった。しかし母娘私達3人の内部精神は、音楽に満ちた 充足して豊穣な世界にいた。

マニラを脱出してシドニーに落ち着き 獣医学部に入る。学部でも、地元の学生は自分の家がファームを持っていたり 親戚が農場を経営している人が多いから 実習するにも問題はない。何のコネクションもない娘は タスマニアに飛んでいって牛の世話をしたり、クイーンズランドまで運転していって、豚の世話をさせてもらったり、田舎のキャラバンキャンプのバスのなかで寝泊りをして、農場に通い乳牛のめんどうをみたりした。学生最後の年には カムデンの寮に泊り込んで実習をした。医学部よりも難関な学部をよく頑張り卒業した。

大学生になりたて、お酒を覚えたばかりの頃、同級生たちと飲みに行ってキングスクロスのドラッグデイラーで有名なステーキハウスのトイレの床でスヤスヤ眠っていた。人々がドラッグの売り買いで忙しいその女トイレに、意を決して男友達が連れ出しに入ってくれなかったら 今頃売り飛ばされて サルタンのハーレムに囲われていたかもしれない。

破れた手術着姿で帰ってきたのを洗濯して、気が付いた。どうしたのかと聞くと、中年のナースに嫌がらせをされて 手術後 メスで脅かしに切りつけられた、と言われて動転した。オージー社会で アジア人の若い女のドクターが 長年 安給料で働いてきたナース達に指示を与えて仕事をさせる。それが気にいらない中高年のナースが陰険で執拗なドクターいじめをする。醜い現実社会をこんな経験を通じて娘は知っていく。

タスマニアで実習中、後ろに重機具を載せたトラックを運転しなければならなかった。走っていて ハンドルの切り方が悪くて 重い後部を中心に車が大きくスピンを繰り返し ガードレールにぶつかって止まった。たまたま対向車がなかったために 大事故にならずに済んで命拾いした。 

道路を走っていて 右側を走っていた軍用トラックが突然ウィンカーも出さずにスピードを緩めることもなく右折したので、衝突。当然、娘の車のフロントはめちゃめちゃだ。生きていただけでもありがたい。娘に100%落ち度はない。しかし、軍のトラックから降りてきた4人の制服軍人は娘を取り囲んで 娘が悪いと言い立てた。警察が到着したが、現場調査もせずに警官までが娘が悪いという。体の小さな外国人の娘をひとり 脅かして黙らせれば この事故はなかったことになる。娘一人 泣き寝入りすればよいことだ。 しかし、娘はひとりで現場の写真をとり 4人の軍人と警官の脅しに負けず 保険会社に調査させた。娘が正しかったことが明確になり、相手の過失による事故だったことが 証明されるにまでに 半年あまり待たなければならなかった。

2008年のニューカッスルの大洪水では6人の死者を出した。死者が出たすぐそばを 娘は集中豪雨のなか 職場に向かっていた。職場には心臓手術をする犬が向かっているので どうしても来て欲しいと言われていた。道路は濁流の河となり 娘の運転する車も浮いて 水に流されそうになる。娘の運転する車が、車ごと流れて建物に激突したり、海まで流されたりせずに道路に留まり、命が助かったのは、たまたま運に恵まれたから、という理由に過ぎない。またもや命拾い。

彼女の部屋を掃除したことがある。多才な子供の頭の中というものは こんなものだろう、というような、カオスのジャングルだった。描きかけなのか 完成しているのかわからない抽象絵、編みかけの毛糸、縫い始めたばかりのパッチワークの小片、おびただしい数の書きかけの紙片、ベッドの下に1ヶ月前のカビの生えたピッザ、このごろ見ないと思っていた皿とフォーク、脱ぎ捨てたままのシャツ、洗濯機に入れるのを忘れてカビの生えた下着、数週間前夜食に渡した紙袋のままのカップケーキ、2ヶ月前にパーテイーに着ていったドレスもノートや本の下でぺっちゃんこ。洗濯機を3回 乾燥機を2回まわしても 片付け切れない服、服、服。ここで絨毯のシミについた青カビを蹴散らかしながら 娘は猛勉強し、遊びに行く支度をし、数々の芸術作品を紡ぎ出していたのか。 
3時間余りの大掃除の結果 眩暈と吐き気 足腰もヨロヨロになったが、達成感に酔ったのも、つかの間、にこやかに帰ってきた娘、数時間で彼女の部屋はもとのジャングルにもどっていた。

母娘3人のなかで この娘がいつも先陣を切る。何物にも 恐れない。新居を買うのも、新車を買うのも この娘が最初だ。車なんて古い車を安く買って 何とか乗りこなしていくものだと思っていたから、娘がピカピカの新車で帰ってきたときは、腰をぬかした。
ボーイフレンドと暮らし始めて 二人で家を買った。「落ち着ける自分の場所が欲しかったから」、という娘の言葉に胸がつまった。ああ、この子は 幼い時から東京、沖縄、レイテ、マニラ、オーストラリアと移ってきて どこにも自分の落ち着ける場所がなかった。いま、とうとう自分の力で自分の巣を作ろうとしているのか と思って 親のふがいなさと、まっすぐでなかった私達母娘の道のりを思って 胸にこみあげてくるものがある。

時計を止めて という歌があったが、二人の娘と ブランデンブルグ協奏曲やヴィバルデイのコンチェルトを、3人で弾いているとき、私は世界のどの親よりも幸せな親だと感じていた。そして時を止めて 永遠にそれを続けていたいと願った。 でも娘達は、彼女達が経済的に自立する ずっと前から精神的に自立していたのだ。結婚する事も、次女の一生にいくつかある区切りのひとつにすぎない。
親である以上 何歳になっても娘を心配するのをやめることはできない。これから先も 娘は、怒り泣き悦び笑い続ける。親はそれを見て死ぬまで、ハラハラするだろう。
娘の一生のひとつの区切りを前にして、私はこの娘をもって世界一幸せな母親だったと なんどでも断言できる。

この娘を育てることを 世界の誰よりも楽しんで喜んだ。
これほどの子育てという幸せを 娘にも味わってもらいたいと思う。 だから、結婚すると決めてくれて うれしい。
おめでとう。

2009年3月30日月曜日

ペッカのバイオリンを聴く



オーストラリア チェンバーオーケストラ(ACO) 今年第2回定期公演を聴いた。団長のリチャード トンゲッテイは 出演せずに、代わりに フィンランドを代表するバイオリニスト ペッカ クシストがACOを監督 指揮した。

プログラムは
FORD作曲: BRIGHT SHINERS
バッハ作曲 : ブランデンブルグ コンチェルト第3番
シベリウス作曲: 弦楽4重奏曲 親しき声

バッハ作曲: バイオリンコンチェルト第2番
ALAKOTILA: フォークソングより
以上

ペッカ クシストについては 去年の日記にも一昨年の日記にも 演奏会後記を書いている。「少女漫画から出てきたような 美しい細身の少年」と表現したが いまだに、そのイメージに変わりない。ミルクのような北欧の白い肌に、プラチナブロンド あどけない少年の姿のままだ。バイオリンを肩に載せて、あごで挿んでいない。弓も根元の握る場所から ずっと弓の中心にちかいところを持っている。スタンダードで常識的なバイオリンの持ち方からすると はるかに常識離れしたスタイルで弾く。そんな姿で、いったん弾き始めると オーケストラをバックにしても、ソロの音がマイクなしで 会場中を響き渡る。澄んで 太い 大きな音だ。それなのに繊細きわまる音。
こんな人を天才というのだろう。素晴らしい。生きた天才を間近で観て聴くことができるとは なんて素敵。もう彼の演奏会も4度目。幸せ。

今回ペッカが率いて ACOは、ニューカッスル、アデレード、キャンベラ、パース ブリスベン、メルボルン、ウーロンゴン、シドニーと、12回の公演をした。最後の公演を聞いたことになるが ACOのメンバーは穏やかな いつもの雰囲気を持ちながらも いつもと違う 神経を張り詰めているのがわかった。トンゲッテイ団長のいない間のペッカによる監督で、短時間に集中的な火の様な 燃えるような厳しいリハーサルを繰り返してきたのだろう。それだけに ACOの音もすごかった。とても感動的な公演だった。

バッハのブランデンブルグ コンチェルト第3番は 私達母娘3人にとって、忘れられない曲だ。3人でバイオリンとビオラで何度も何度も演奏したものだ。
東京生まれの娘達は父親の仕事先について 3歳から17歳まで 沖縄 レイテ島、マニラとバイオリン抱えて移動してきた。マニラでその父親をなくした後も バイオリンは続けてきて、しっかり成長して 大人になってくれた。どんなに そんな娘達を誇りに思ってきたか 言葉では言い尽くせない。
ブランデンブルグ コンチェルトは バッハの代表作、快活で明るく、生命力あふれる曲だ。私の歓びを 代弁してくれるかのようだ。

バッハは1717年から1723年にかけて これを作曲した。この頃 バッハはレオポルド公に仕えていた。彼の宮殿にある 美しい庭園で17名のオーケストラを従えて楽長として 作曲 演奏していた。全6曲のコンチェルトは、ブランデンブルグ領土のルートヴィッヒ侯爵に 献上された。バッハは 音楽をクリスチャンのシンボリズムと考えていたから「礼拝と同じく音楽もまた神によって ダビデを通して秩序だてられるべきだ。」と言っている。音楽の構造 構成が秩序立っていなければならないという強い信念から、クルスチャンの3という 聖なる数にこだわって 3つの楽器で、3つの高、中、低音により、3連音符を連らねて 3楽章に分かれた曲を作った。

ペッカがコンサートマスターを勤めながら指揮した ブランデンブルグは 驚くほど速く、驚くほど一つ一つの音が 明確で 鋭い それなのに軽やかで 現代的だ。5人の第一バイオリン、5人の第二バイオリン、3人のビオラ、3人のチェロとコントラバスが、本当に一体になっていた。ブラボーだ。観客も、床を踏み鳴らし ブラボーの連呼、、、会場はとても沸いていた。

シベリウス 弦楽4重奏 作品56「親しき声」というタイトルが付いて、1908年に作られた曲。
シベリウスは フィンランドを代表する作曲家だ。フィンランドは100年もロシアの圧政下にあった。彼の作曲した交響詩「フィンランデイア」は、フィンランド人の愛国心を鼓吹するという理由で、ロシア政府から弾圧を受け、演奏することを禁止された。ロシアから解放され、独立を求める人々にとって、「フィンランデイア」は 心のよりどころとなり、抵抗の音楽ともなった。彼が92歳で亡くなった時は、国じゅうが喪に服し 彼は国葬にされた。

シベリウスは7つの交響曲を残した。そしてたくさんの交響詩を書き、一生を通じて 劇音楽 声楽曲を絶え間なく作曲している。歌曲はフィンランド詩人 ヨハン ルートヴィック リュ-ネべりの詩を用いている。余り彼の声楽曲が一般的でないのは フィンランド語だったからだろうか。交響曲も7番まで作れば 当然8番への期待が集まるが 本人もプレッシャーを知っていて、「何度も完成した」と言い、「燃やしてしまった」という言葉を残して、楽譜は残さなかった。死後、出てきた組曲には、「出版しない」と書いてあったが じつは素晴らしい作品だった、という話もある。気難しい 完ぺき主義者だったのだろう。彼が 笑っている写真など見たことがない。

ペッカにとってシベリウスは 当然 身内のような感じだろう。1年の半分以上 雪に埋まっている極北の国のバイオリニストが 南極に一番近い国で 極暑 酷暑 太陽の黒点の真下にすんでいるオージーオーケストラに どんなシベリウスを演奏させるのか。じつに興味深い。

バイオリン協奏曲 作品47の没頭に、シベリウスは 自身でこんなことを書いている。「極寒の澄み切った北の空を 悠然と滑空する鷲のように」。
ペッカとACOの 弦楽4重総曲もまさに シベリウスの言葉どうりだった。驚くことに 初めの一小節 4音で、バッと、広大な雪景色が眼前に広がった。ペッカのオーケストラの音で まさに北欧の極寒の澄み切った空、雪に埋まった白樺の林、どこまでも広がっていく大雪原が 見えてくるようだ。これは、フィンランドの音だ。乾いて、清涼で 冷たく 軽やか。こんなにも 監督 指揮がフィンランド人だと オーケストラ全体がフィンランドになるなんて なんというマジック。

シベリウスもペッカのような若手の音楽家が 自分の仕事をきちんと引き継いでいてくれて きっとうれしいだろう。苦虫をかみ殺したような 陰鬱なシベリウスの写真の顔も、こんな演奏のあとでは すこしやわらいで見える。
割れるような 拍手。彼はラリアでは 特別人気者だ。良い仕事をしている。拍手が鳴り止まない。
最後にペッカは フンランド民謡を2曲弾いた。心に残る音だった。

2009年3月20日金曜日

憲法に異を提えるオバマ大統領を支持する


初のアフリカンアメリカンのアメリカ大統領、オバマは空前の人気と人々の支持を保っているが 崇高な理念だけが先回りして 議会の根回しや、金融界の守銭奴達に手を焼いているように見受けられる。

未曾有の不景気、失業率上昇、貧富格差の拡大、医療体制の貧困、アフガニスタン派兵による出口のない戦い、、、。アフガニスタン介入は はっきり愚かで間違っている。
しかし、こうした中で なんだ、理想が高くても人は飢える一方ではないか、という世論操作がなされて、理念が理念倒れになることを、危惧する。

彼はすごく良いことを言っている。
彼の人権擁護政策の理念を示す例としてセクシャルマイノリテイーの人々に対する対策が明記されているのがそれだ。これは立派だ。100%支持したい。保守的クリスチャンが多く、人種差別、ジェンダー差別の強いアメリカで、このような政策理念を はっきり示すということは 立派で、勇気ある提言だ。

ホワイトハウスのホームページに明記されている「LGBT:セクシャルマイノリテイーのためのサポート」によると、

LGBT:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル(両性愛)、トランスジェンダー(性同一障害者)の人権はすべての人が尊厳と尊敬をもって平等に扱われなければならない。

1)セクシャルマイノリテイーを攻撃したり、嫌がらせをすることはヘイトクライム:犯罪行為であり 罰せられなければならない。

2)セクシャルマイノリテイーを理由に雇用差別をしてはならない。 性的嗜好や性自認による雇用差別法を支持する。その上、同棲するカップルは結婚した男女カップルと同じ法的権利を擁する。

3)LGBTカップルをサポートするために社会保障をする。健康保険の扶養者として認定したり、所得税の配偶者控除を受けられたり、夫婦としての財産所有権を認めるなどの保障をする。

4)同性結婚を禁じる憲法に反対する。

5)軍隊内「DO’NT ASK」や「DO’NT TELL」 のポリシーを撤回する。入隊時にゲイやレズビアンであることを聞くのも 自分から言うのも止めて黙っていることは、かえって、明白な差別になる。カミングアウトしても問題なく軍隊内部で受け入れられるようになるべき。

6)すべてのカップルに 養子縁組の権利がある。セクシャルマイノリテイーであるかどうかに関わらず 望むカップルが養子縁組ができるべきだ。

7)セクシャルマイノリテイーがHIV・AIDSの関連で差別をもたらすことがないように配慮する。 エイズを予防し、HIVを減らし、コンドームの使用を推奨し、使用済みの注射器を再使用しないように、使い捨ての注射器を 必要とする人に支給する。

8)女性のHIV感染を予防する為に 抗ウィルス予防薬開発を促進する。

以上 素晴らしいではないか。100%支持する。
男と女は まったく対等な存在だ。相手が男であろうが女であろうが、愛情にかわりはない。パートナーとして一生ともに生きていく相手が男であっても女であっても良い。
戸籍に父と母と子といった記録をする必要はない。ともにパートナーと生を分かち合うことに意味がある。そして子供が家族の宝として 大切にされ、愛されて育つことが優先されるならば、生物学的な精子が誰のものであろうが、卵子が誰のものかは、重要ではない。どんな愛の形であっても、大切なことは人が自分の愛する相手を尊重して共に生きていける社会を作ることだ。

そのために宗教的固定概念を捨て、現状に即した法を整備すべきだ。教会グループはこれを絶対つぶしにかかる。しかし、セクシャルマイノリテイーにとっては、教会で結婚を認められる一般夫婦の存在こそが、差別を助長してきたことに、目を向けるべきだ。 憲法に異を提える大統領の LGBTに関する理念を全面支持する。

2009年3月17日火曜日

オペラ「ムチェンスクのマクベス夫人」




ドミトリ ショスタコビッチ作 4幕 3時間のオペラ「ムチェンスクのマクベス夫人」を観た。
原作は、ニコライ レスコフの同名の小説。

このオペラを 1934年にショスタコビッチが レニングラードとモスクワで、同時に発表したときには、26歳の新鋭の作曲家の登場に おおむね評判は良く 人々から受け入れられた。ヨーロッパにもアメリカにも紹介され、好評を得た。しかし1年半後、1936年がターニングポイントとなる。

1936年1月、たまたまオペラを観に来たスターリンは、内容に激怒して途中で退席した。その2日後「プラウダ」で、このオペラをケチョンケチョンに批評する文が無署名で掲載され、事実上これが上演禁止の絶対命令と解釈された。スターリンの直接介入である。何百万人もの人々がスターリン圧政下で粛清され、シベリアに送られた。ショスタコビッチも 身の回りのものを鞄に詰め いつ逮捕されてシベリアに送られても良い様に鞄を横に眠らなければならなかった。

1963年にショスタコビッチは このオペラをもとに、「カテリナ イズマイローバ」という題名で ベッドシーンを削り、かなり内容の変更をして発表上演した。しかし、もとのままの「ムチェンスクのマクベス夫人」の再上演は、1979年まで待たなければならなかった。

彼は リアリストで皮肉屋で 過激だったのだ。
はじめ、ショスタコビッチは ドイツのワーグナーの「ニーベルングの指環」のような長編の大きなオペラ4部作を作曲するという壮大なプランをもっていた。明確な人民の意志を持った力強いロシア女を描く構想も、正義を芸術に求めるスターリンの力によって破壊された。彼はこのあと、国外脱出もままならず スターリンの粛清の脅えながら、作曲を続けるが、オペラは作らなかった。

出演
カテリーナ:スーザン ブロック(ソプラノ)
愛人セルゲイ:サイモン オニール(テノール)
夫ジノーヴィ:デビッド コクララ(テノール)
父ボリス  :ジョン ウェグナー(バス)
オペラオーストラリアコーラス オペラバレエオーケストラ
指揮:サー リチャード アームストロング

そのスターリンを激怒させたストーリーは
第1幕
裕福な商人の妻、カテリーナは、父親に絶対服従で 妻には思いやりのない夫に不満で退屈な日々を送っている。夫の出張中、裏庭で使用人たちが 一人の女を集団暴行に及んでいる。中心人物は 女たらしで悪名たかいセルゲイだ。カテリーナは男達の間に入って 乱行をやめさせる。でもセルゲイに魅力を感じてしまう。その夜、セルゲイはカテリーナの寝室に忍び込み、カテリーナと結ばれ、二人は愛し合う。

第2幕
息子の妻が使用人と不貞を犯したことを知った父親、ボリスは激怒するが、カテリーナはすばやく ボリスを毒殺する。 カテリーナとセルゲイが愛し合っているところに 帰宅した夫ジノーヴィは、二人に撲殺されて、地下室に隠される。

第3幕
カテリーナとセルゲイは結婚する。幸せいっぱいの日に、酔っ払いがウォッカを探しに地下室に入り込み 死体を発見して事態が明るみに出る。 第4幕 カテリーナとセルゲイはシベリアに送られて強制労働に就いている。こんなところでも、セルゲイの女あさりは 止まらない。傷心のカテリーナの前で これ見よがしにセルゲイは新しい恋人ソニエッカと愛し合っている。カテリーナは そんな男のために殺人をしてきた自分に耐えられなくなって遂にソニエッカを海に突き落とし 自分も後を追う。 というおはなし。 ショスタコビッチの描いた「ロシアの強い女」カテリーナは 欲情に負けて夫、夫の父親、さらに邪魔な女も殺す。全く人間としての恥も プライドも 倫理観も 社会観もない女だ。

スターリンは第1幕の 一人の女が労働者に集団暴行を受けるシーンでショックを受け、直後のカテリーナとセルゲイのセックスシーンにダブルショックを受け、第2幕の父親殺しで もう我慢できず席を立ったのではないだろうか。音楽的評価はともかく、わたしも同じ思いだ。どんな状況であっても、それがちょっとした悪ふざけであっても、多数の男が一人の女をいたぶって面白がるシーンに耐えられない。たしかに、この時代の教育のない労働者にとって気晴らしといえば、酒と女だ。ひとりの女たらしが連れてきた女を 沢山の男で からかうのは面白いだろう。しかしこれを 舞台でやられるのは たまらない。

また 家に忍び込まれたカテリーナにとって、男の選択の余地はなかった。情欲を愛情と勘違いして ダブル殺人をやってのけたカテリーナは 実は強いロシア女などではなくて、可憐な女であり、被害者だ。原作者は 簡単に3人殺してのける女 カテリーナに「マクベス夫人」と言う名をつけた。手を血で汚したシェイクスピアの「マクベス」からきている。しかし、シェイクスピアのマクベス夫人も 殺人をせざるを得なくなり、嘆き、おのれを呪う哀しい女だ。

スターリンの怒ったオペラの内容はともかく、音楽は生き生きとして良かった。100人のコーラスが抜群に良い。コーラスも沢山でてくると、音に厚みができて、すごく良い。ソプラノもテノールも上手だった。

ショスタコビッチは13歳でぺトログラード音楽院で ずば抜けて才能あるピアニストとして注目をあびた。しかし、早いうちに父親に死なれて、経済的には苦労が絶えず、貧困の中で映画館で無声映画の音を即興演奏して生活していた。26歳でオペラを発表すれば スターリンに粛清の脅しをかけられ、スターリンが死ぬまで脅えながら作曲しなければならなかった。

交響曲を1番から15番まで作曲している。弦楽4重奏も1番から15番まで作り、業績はこのシンフォニーと4重奏で現代音楽作曲家として不動の地位を得た。シベリウス、プロコフィエフに並ぶ作曲家として 高く評価されている。重く、暗く、難解な弦楽4重奏。演奏者にとってはチャレンジであり、おもしろいかもしれない。でも自分はやめておく。

2009年3月13日金曜日

100万円消えたー!




100年に一度あるないかの経済不況のなかで 米国サプライムローン問題以降、株式相場は下落を続けている。
アメリカでは この2月だけで、651000人が職を失い、失業率は8.1%になった。
オーストラリアでは 同じ月に前月に加えて36800人が新たに職を失って、合計54万人、失業率は4.8%に上昇した。

こんな中でもアメリカのオバマ大統領は 過去最高の選挙投票率を記録しながら 人々の支持と期待を得て、次々と新しい政策を発表して人気をつないでいる。
ラリアのケビン ラッド首相も 先週の世論調査で国民の支持率54%という高率を維持している。去年、自由党のジョン ハワードから労働党のケビンに変わって すでに1年余りたつのに ケビンは何一つ大きな失敗もせず、スキャンダルもなく、答弁の読み間違いもなく、不況対策でも 失業対策でも卒なく答えて仕事をこなしている。210人もの 死者を出すことになったビクトリア州の山火事も、クイーンズランドも大洪水も 迅速な対応と、誠実 実直な発言で、人気を保ってきた。

彼は景気刺激対策として、去年12月には 年金生活者と、育児中の家庭に 1000ドルずつ生活支援金を送った。子供一人につき1000ドルだったから 子沢山の家は助かったろう。クリスマス前に 支援金を受け取ったお年寄りが ニュースで嬉しそうに 孫にプレゼントが買ってあげられます と言う姿が印象的だった。日本の景気刺激対策で ばらまかれたお金が一人、1万2000円だったから、ラリアの10万円は、大きいと言えるかも知れない。

これに加えて、この3月 今週から 年収8万ドル以下の すべての人に向けて $900ドルの小切手が郵送され始めた。夫婦ともに 低収入ならば 倍で1800ドル、さらに子供一人につき950ドルずつ支給される。このような 一時的な景気刺激対策は 根本的な不況対策ではないが、ラリアには日本のようなボーナスがないので これを長いこと安給料で働いてきた報奨として捉えれば もらえる人は素直に嬉しいだろう。

ところで私達の年金は 給与の9%を 雇い主が2週間ごこに 本人が希望する年金会社に振り込んで 自動的に貯蓄されていく。それが老後の蓄えとなり、65歳になると それを月ごとに受け取るか、一括で受け取ることもできる。すべての勤労者の給与の9%が自動的に貯蓄されるわけだから 集まったお金はそれぞれの年金会社が 投資をして運営している。年金会社は たくさんあって、医療従事者に強い会社もあれば、半官半民だった会社もある。

私はAMPという会社に、ラリアで初めて働き出したときから 雇用主に私の年金を入れてもらっていた。契約のときに、沢山の会社のリストがあって、自分のお金を どの会社に投資するかを選ぶように言われて、地下資源の豊富なラリアでは 鉄鋼会社なら潰れないだろうと思って、適当に選んでおいた。それが今回の不況で 年金会社が投資した会社の経営不振で、私のこつこつ貯めてきた年金から100万円ほど、目減りした。2年分の貯蓄が消えたことになる。

今回経済不況、株の下落で おびただしい数の年金生活者が年金を失った。プロのマネーアドバイザーと言われる立派な教育を受けてきた人に 退職後 楽に暮らせるように すべての年金の運用を依頼していた沢山のお年寄りが 今回 全財産を失ったりしている。

私は自分の給与の9%が年金として積み立てられ それが年金会社によって どんな企業に投資されどれだけ損したり得したりしているのか、3ヶ月ごとに送られてくるレポートで知ることが出来た。まめな人はネットで毎日でも株のやり取りを見ることが出来る。自分のお金がどの会社に役立っているのか ろくでもない会社に投資して赤字を出しているのか知ることが出来たのに、きちんと監視せずに 放って置いて、100万円損害を受けるままにした自分がうかつだったのかもしれない。

まったく腹立たしい限りだが、日本の方が もっと怖いのではないだろうか。日本では 給与から自動的に引かれて 貯蓄されていく年金がどのように運用されているか、自分ではわからない仕組みになっているようなのだ。日本では すべての年金は「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)という一行政法人が、厚生労働相の委託を受けて すべてのお金を運用している。昔の名を、年金福祉事業団。この法人は積立金150兆円のうち、役80兆円を金融市場で運用、そのうち、7割が国内債権、3割が外国株、国内株を運用している。で、この公的年金をまかされた法人が、いくら不良債権を買ったか、どれだけ赤字株で失敗したか、公表する必要がないので、一般勤労者は知らせれないままなのだそうだ。これって、すごく怖いのではないだろうか。

私は 投資や株のやりとりに みごとに興味がない。ギャンブルが大嫌いだ。そんなふうに ギャンブルが嫌いで投資も株も嫌いな人って多いのではないだろうか。働けるうちは 働いて、自分が稼いだ分だけを蓄え、体が動かなくなったら その貯蓄で暮らしていければ幸せだ。それ以上のお金は要らない。けれど 年金会社の都合や、訳のわからない事情で 蓄えが無くなるのは困る。

毎日、テレビではスーパーヒーローのオバマ大統領が「大丈夫、景気後退はあるけれど、失業もあるけれど、がんばってやっていこう 明日は明るいぞ」と言っている。ケビン ラッドも「苦しい時期だ でも希望をもっていこう」と言っている。暗いのに スーパースターが輝いてみせている。
なんか、奇妙な時代だ。

2009年3月10日火曜日

「鼓童」と「TAIKOZ」のパフォーマンス


去年の7月に、和太鼓「TAO」のマーシャルアート オブ ザ ドラムというパフォーマンスを ステート劇場で観た。

九州をねじろに共同生活をしながら体を鍛えて演奏していて 海外にも遠征ししているエネルギーの塊のような若者達のパフォーマンスだった。大地震の前触れかとも思うような地響きを伴った ダイナミックな和太鼓のリズムに とても深い印象を受けた。

先日「鼓童」と「TAIKOZ」の太鼓集団のパフォーマンスがあったので、同じ人たちかと思って 行ってみたら 全然ちがうグループの人たちだった。

「鼓童」は、新潟県を拠点にして和太鼓や踊りや歌を披露しているグループだっだ。1981年ベルリン音楽祭でパフォーマンスをして以来、3100公演を世界各地でしてきた という。アメリカ、イタリア、スペインなど巡業し、新日本フィルハーモニーと 共演もしているようだ。

また、オーストラリアに太鼓集団「TAIKOZ」と言うのがあるということも、今回初めて知った。
監督のイアン クレワース(IAN CLEWORTH)さんは、1997年にこのグループを作ったひと。シドニー交響楽団のパーカッション奏者を20年も務めた人だ。19歳のときに日本で和太鼓に出会って練習をはじめたという。

今回は日本から5人の「鼓童」の中心メンバーと、「TAIKOZ」からは7人のメンバーの共演だった。太鼓だけでなく、歌や踊りも入った2時間のパフォーマンス。 前回の太鼓集団「TAO」には とても感激したが、今回は余り心を動かされなかった。理由ははっきりしないが、前回のような新鮮な驚きがなかった。日本から来た方々が みんな初老の方々ばかりで、エネルギーの爆発が感じられなかったのかもしれない。

彼らの特徴は、佐渡を拠点にしているけれど、佐渡の伝統芸能に固執するわけではなくて、様々な地方の民謡などを取り入れて 新しい歌や踊りを作り出しているところだ。出し物はみな、彼らのアレンジだ。従って歌も踊りも国籍不明の現代風 音楽となって、再生されている。日本からやってきているこのグループの 主要メンバー5人の名前がプログラムではローマ字になっているので、日本人の名を ローマ字でここに書くのは失礼かと思って、ネットで見てみたら ブログでも メンバー紹介はローマ字になっていた。海外で活躍することを、主に考えているからかもしれない。

「NISHIMONAI」は秋田の歌だそうだ。
「OWARIYARE」は山形。
「HANAHACHIJOU」は 伊豆八丈島。
「YATAI-BAYASHI」は埼玉県の歌 と紹介されて、披露された。
神社の女官みたいな ギリシャのビーナスみたいな 国籍不明の服を着て、創価学会が使うみたいな 小さな太鼓を叩きながら 歌われたのは、アイヌの子守唄だそうだ。

海外に住む日本人にとって、日本の民謡や伝統芸能は、わかりにくい。「OWAIYARE」が、どんな漢字があてられるのか どういう歌なのか、全然わからない。「NAGAURAJINNKU 」も、「NISHIUNAI」も申し訳ないけど、お手上げだ。 日本人だからといって、解説を求められても困る。
また 先住民族の文化については、オーストラリアに限らず どの国も、非常に神経質だ。アイヌの子守唄を 舞台で太鼓集団が こんな風にして歌っても良いのか、よくわからない。

県立沖縄交響楽団のなかで、バイオリンを弾かせていただいた時期がある。沖縄の歌がとても好きだ。あの独特の音階、独特のリズムは ウチナンチュウにはまねできない。独立国 琉球としての独特の文化を 心から尊重するから、もしこの人たちが 見世物として琉球民謡を和太鼓で、演奏したら、きっと傷ついていたと思う。日本から来た 和太鼓集団を見ながら いろんなことを考えてしまった。

ま、でも、パフォーマンス、OMOSHIROKATTA YOー。

2009年3月3日火曜日

映画「フローズン リバー」


映画「FROZEN RIVER」を観た。邦題未定。「フローズンリバー」か、「凍った河」か。

主演女優 メリッサ レオ(MELISSA LEO)が、今年のアカデミー賞、最優秀女優賞にノミネイトされた。予算の限られた独立プロが作った映画が、アメリカでヒットして、中年で地味な女優が主演女優賞に推薦されるというのも 大変珍しいことだ。晴れやかなアカデミーの舞台に これほど似合わない女優も少ないだろう。 この映画で、初めてメガホンを握って アカデミー監督賞にまで 推選されたのは、コートニー ハントという女性監督だ。

ストーリーは
極北の冬、ニューヨークの北の端 川を挟んでカナダと国境を接しているモホークという町に住んでいるレイ(メリッサ レオ)は、15歳と5歳の男の子のお母さんだ。パートタイムで、近くのスーパーに勤めている。家を買ったばかりなのに、その購入資金を ギャンブル狂の夫に すべて持ち逃げされてしまって、途方にくれている。

そんな時、乗り捨てていった夫の車を運転している女を見かけて、必死で追いかける。女は モホーク町のインデアン自治地区に住んでいる 先住民族のライラという女だった。車は乗り捨てられていたので もらったのだという。ライラは車さえあれば、大金が稼げる良い仕事がある、とレイに言う。レイは初めは相手にしなかったが、家のローンを取り立てに来る不動産屋の圧力にまけて、仕事を引き受けるために ライラを訪ねていく。 仕事とは 凍結した河と車で渡って カナダからアメリカに密入国する人を運ぶという危険きわまりない仕事だった。いつ、どこで 氷を張った河が 割れるかわからない。走行中 氷が割れれば 車ごと ただちに全員の死が待っている。氷の厚さを心配すれば 荷物を減らすしかないが トランクに入るだけの密入国者は運ばなければならない。夜間運転で方向を間違えても、車がエンコしても、命に関わる。車は ぼろい普通乗用車だ。国境警備隊の眼からも、逃れなければならない。

ライラは 私生児を産んだために 赤ちゃんを 親に取り上げられて、家を追い出された女だった。お金を貯めて自分の赤ちゃんを取り戻したい と思っている。レオとライラは 二人で危険な仕事をしなければならないことに、怒りと憤りを感じている。しかし、二人とも 自分たちの子供のために 違法な仕事を続けなければならない。互いに憎みあっていた 二人は 命知らずの仕事を 共にやっているうちに 憎悪はやがて理解に、そして、共感に変わっていく。二人は、車のトランクに中国人やアフガニスタン人を忍ばせて密入国者を運び続ける。 そして、ある日、、、。 というお話。

吹雪の舞う、極寒の凍結した河の上を車が走るごとに、ハラハラし通しだった。まったく とんでもない映画だ。 男運のない女達の 母親としての強さ、けなげな母親の捨て身の子供達への愛情。まことに女は子供のためなら何でもできる。

レオの15歳の息子がとても良い。彼にとっては 父親はヒーローだ。全財産を持ち逃げして、自分を捨てて去っていったなどとは 信じられない。父親は家の修理や 車の修理を いとも簡単にやってのける立派な男だ。そんな父親を悪し様にののしる母親が許せない。父親をギャンブラー呼ばわりするのも許せない。それでも母親なしに 生きていくことができない。母親に対して 憎み反発しながら それでも寂しくてならない難しい年頃の息子の姿には ホロッとさせられる。

映画の最後がとても良い。自分の子供のためだけに 無鉄砲な違法行為を続ける女が 自分の子供だけでなく 他の子供も不憫に思い そのために自分を犠牲にするとき、女は一段上の人間性を獲得する。 とても良い映画だ。

独立プロの小さな映画が人の心を感動させ アカデミーという最も華やかな舞台に引き上げられた、そのことに大きな意味があると思う。ハリウッドの 商品として売れ行きの良い 人々の好みの迎合するような映画でなく 独立プロで、どうしても言っておきたいこと どうしても主張したいことを映画にした若いエネルギーを高く評価したい。  

2009年2月28日土曜日

映画 「愛を読むひと」




映画「THE READER」、邦題「愛を読むひと」を観た。
ドイツの小説家、ベルナルド クリンク原作。
ステファン ダルトリー監督。
俳優:ケイト ウィンスレット:(ハンナ)    
   デビッド クロス:(15歳のマイケル)    
   ラルフ フィネズ:(マイケル)
ストーリーは
1958年 ベルリン。15歳のマイケルは学校の帰り 気分が悪くなってアパートの入り口で吐き気に襲われる。アパートに住む中年の女に介抱されて 家に帰ることが出来た。後で しょう紅熱にかかっていたことがわかる。数週間後、すっかり病気が治ったマイケルは花を買って、女のところに行く。女は路面電車の車掌だった。初めはマイケルを「KID」(坊や)と呼んで 相手にもしてくれなかったが きれい好きだが 無口で頑固な一人暮らしの女も、マイケルが何度も 訪ねてくるうちに心を開いて、笑顔を見せるようになっていく。やがて、二人は大きな年齢の隔たりにもかかわらず、恋に落ち、互いに愛し合うようになる。恋するマイケルは 有頂天になって、学校帰りに 女のところに寄らずには居られない。

女はハンナといった。自分の過去にはぴったり口を閉ざし、何も語ろうとしない秘密めいた女だった。いったんマイケルが文学好きで、朗読が上手だとわかると ハンナは毎日 マイケルに本を読んで欲しがって、語られる物語に夢中になった。ハンナに読んでやるために マイケルも、前にも増して勉強を熱心にするようになり、望まれるままギリシャ神話から ロマンス、「チャタレー夫人」や、コミックにいたるまで読んできかせた。そんな二人の関係は誰からも秘密の関係だった。 しかし、ある日、突然女はアパートを引き払い 姿を消す。マイケルは混乱し、絶望する。

マイケルは数年後、大学で法学を専攻している。ゼミナールの教授について法廷を傍聴することになった。そこで、マイケルは法廷の被告席にいるハンナを見出す。ハンナは42歳。ゲシュタポのもとでユダヤ人収容所の監守だったという。毎日、収容所からガス室に送る人の人選をしていたことと、教会に600人のユダヤ人を閉じ込めて火を放ち 死に追いやった罪で、収容所生存者の証言をもとに、元監守だった女達が裁かれているのだった。 中でも ハンナの発言が注目を集めていた。ハンナのまじめすぎる愚直は答え方が 郡を抜いて 目立っていたからだ。

ハンナは どうして収容所から収容者をガス室に送り込んだのか、と問われて、「毎日新しい収容者がどんどん送られてくるから 古い収容者は処分するしかないではないか。」と答え、「燃える教会から逃げようと収容者がドアに殺到しているのに どうして外から鍵をかけて皆を死に至らせたのか と問われて 「ドアを開ければ 人々が飛び出してきて収集がつかなくなるではないか。」 と答える。収容所の監守としての責任を全うすることしか考えられないハンナにとって 監守の義務が正しいことだったのかどうかを考える頭脳はない。教育のないハンナにとって 与えられた仕事は絶対服従であり、他の選択肢はない。 その結果何が起こったのかを、考える能力さえない。
 
他の被告達が全員、監守としての義務を果たしたのは、それをしなかったら自分が殺されていたから 仕方がなくてやったのだ、と、自己弁護する。自己保身も自己弁護もできないハンナは 被告席の中で 人々の憎しみを一身に背負うことになってしまう。そのうちに、仲間だったはずの被告達が一斉にハンナを指差して、この女が収容者をガス室に送り込んだ責任者だった、教会に火を放ったのもこの女だった、と言い出す。そこで、裁判長は、証拠品となった虐殺報告書を書いたのは、ハンナか、問い正す。法廷の衆人の注視のもとで、筆跡を確認するために、紙とペンを出されて、ハンナは言葉を失う。そして、虐殺報告書を書いたのは、「私です」と、ハンナは答える。そのために、ハンナは殺人罪に問われて 終身刑を言い渡される。

そして、このときになってマイケルは 初めて ハンナが文盲だったことに思い当たるのだ。15歳のときの二人の愛の日々、ハンナはいつも本を読んでもらいたがった。自分からは本を見ようともしなかった。カフェでメニューを渡されても 見ようともしなかった。マイケルは法を学ぶ学生でありながら 自分が愛したたった一人の女が 真実からかけ離れた誤認のために 人々の憎悪を一身に負って罰を受けていく姿を 黙って見ていることしか出来ない。 字を読むことも書くこともできない 貧しい境遇に育って、与えられた仕事だけを生真面目にやりとげてきた 無教養の女は、ゲシュタポを憎む人々の生贄にされてしまった。ハンナは自分を恥じるあまり 衆人の前で自分が文盲であることを さらけ出される屈辱に甘んじるよりは 終身刑を受けて自分の体面を保つことを選択したのだ。
15歳でハンナに出会ったマイケルはここで再び ハンナを失うことになった。

時がたち、マイケルは結婚し、娘ができて、離婚をし、弁護士になっている。誰にも心を閉じて 親しくなることができない。誰にも言うことの出来ない 抱えている秘密が重すぎたからだ。 一人きりになって マイケルはハンナのために 物語を読んでテープに吹き込んで獄中のハンナに送り始める。昔読み聞かせて、ハンナがお気に入りだったロマンスや物語を次々と吹き込んで送ってやる。ハンナは獄中でマイケルの なつかしい声を聴く。そして、、、 というお話。

この映画でケイト ウィンスレットはアカデミー主演女優賞を獲った。主演男優賞は 予想どうり「ミルク」のショーン ペン。
この「愛を読むひと」を観たあとは、ケイト ウィンスレットの相手役を演じた ラルフ フィネズと、デビット クロスの二人に主演男優賞をあげたい。そう思うほど 3人が3人とも 真迫の演技で印象深い映画になった。映画は映像の美しさ 音楽、そして演技がものいう総合芸術だが この映画では3人の役者の演技が特別光っている。15歳のマイケルをやった デビッド クロスがとてもせつなくて泣かせる。気の強い 強情で無学な女に振り回されながらも愛に満たされて 少年がひとりの大人になっていく姿を見ることが出来る。

そして、ラルフ フィネズ。この人の 深い深い悲しみをたたえた瞳がとても良い。適役だ。心の傷の痛みにじっと耐えながら 誰にも悲しみを打ち明けることなく一人きりで立っている。彼は「イングリッシュ ペイシャント」「ナイロビの蜂」(「コンスタントガーデアン)の主演をしたが 物静かで繊細、貴品があって優雅だ。役だけでなく、実際の人柄もそんな感じの人なのだろう。

ケイト ウィンスレットも、頑固で無知なドイツ女の役が適役だ。実に良い演技だった。死ぬまで、自分の姿が見えないままだ。無学であることは悲しい。ものの考え方を総合的に捉えることが出来ない。物事の善悪を判断することができない。間違っていたと、指摘されても どうして自分が間違っているのかわからない。そんな哀しい女を とても哀しく演じて涙をさそった。

2009年2月22日日曜日

オーストラリア チェンバーオーケストラ 定期公演




今年度初めての オーストラリア チェンバーオーケストラの定期公演を聴いた。

彼らは今年も年間7つの公演を行う。一つの公演を、シドニーではオペラハウスとエンジェルプレイス、ニューカッスル、キャンベラ、メルボルン、アデレード、パースなど各地を回りながら、多いときは14回演奏するから、年に100日近くを国内で公演している。
その上、毎年一カ月間 海外遠征をして外国の音楽家達と共演するので少なくとも、年の半分は 舞台の上で演奏していることになる。

彼らは演奏中 チェロ以外全員が練習時もリハーサル時も 立ちっぱなしの起立姿勢だ。毎日リハーサルで 団員の一人が間違えると、全員でまた初めから練習やり直しをして 繰り返し練習するのが 団長、リチャード トンゲテイのやり方だそうだが、いかに、プロと言えども団員の苦労が偲ばれる。 アシュケナージが今年主任指揮者になったシドニーシンフォニーでも、故岩城宏之が永久名誉指揮者だったメルボルンシンフォニーでも これほどプロとして厳しい鍛錬しているグループは他にないだろう。結婚して子供もできたのに 全く脂肪のつかない体、頬の肉などこそげ落ちたような厳しいトンゲテイの顔を見ていると 断食で悟りを開いた求道僧のように見えるときがある。そんな彼が 本当に美しい音楽を聞かせる。
定期公演では毎回ゲストがあって ゲストを囲んでチャンバーオーケストラ17人が一緒に演奏をする。
団長のリチャード トンゲテイが使っているのは 1743年 グルネリ デムゲス、セカンドバイオリンプリンシパルのヘレン ラズボーンが弾いているのが 1759年 JB ガダニー二、チェロのベッキオ バルグが弾いているのが 1729年ジョセッぺ グルネリだ。

コンサートプログラムは
1: オーストラリア現代音楽家、JAMES LEDGER のRESTLESS NIGHT

2: モーツアルト シンフォニー29番 モーツアルト18歳のときの作品。弦楽に4人のホーン、2人のバスーン、2人のオーボエが入る。当時の重い交響曲に比べて 斬新な手法でシンコペーションやテーマの繰り返しを歌うなど、若くて、新しくて驚きに満ちた交響曲。

3: 今回のゲストミュージシャン、ソプラノ歌手 ダウン アップショウの歌 。 オズワルド ゴリジョブ作曲のアルゼンチンの曲、べラ バルトク編曲のハンガリア民謡、リチャード ストラウス作曲のドイツ曲。どれも一定の型のあるクラシックといわれるジャンルの曲ではなくて、主にジプシーの悲しい曲だったが、難しい曲をとてもきれいな声で、情感たっぷりに歌っていた。

4: モーツアルト シンフォ二ア コンセルタンテ 作品364番。 バイオリンとビオラのための協奏曲。モーツアルト17歳のときの作品。そう、この曲を聴くために ここに来たのだった。2人のオーボエ、2人のホーン。ホーンは当時の古楽器を使っていた。

バイオリンソロは勿論 リチャード トンゲテイ、ビオラは クリストファ モーア。クリストファは このチャンバーに加わって3年くらいだと思う。若くて、フットボールで鍛えたような体格、モヒカン刈りのトサカを金色に染めて 後ろの長い髪を三つ編みしてたらしている、一見 暴走族、、、そんな彼が見かけによらずデリケートな優しい音を出す。 この曲は 好きな人が自分と同じように弦楽をやる人だったら死ぬまでに一度は その人と一緒に弾いてみたいと思うに違いない曲。オーケストラをバックに バイオリンがメロデイーを弾くと すかさず後からついてきたビオラがそれを繰り返し、またバイオリンが帰ってくると ビオラが対話する。異質な音が絡み合い 同調したり反発したり仲直りしながら共に歌い上げる美しい曲だ。二人が本当に息が合っていないといけない。トンゲテイとクリストファ モーアは親分と弟子の立場だが とてもうまくやっていた。

パールマン(バイオリン)と ズッカーマン(ビオラ)が この曲を弾いているビデオを アメリカ人の家で見せてもらったことがある。素晴らしかった。音が素晴らしいだけでなく、小児麻痺で足が不自由なパールマンのバイオリンをビオラと一緒に持ってきて 彼の椅子や楽譜を用意してやったり、音合わせをしながら冗談ばかり言って とびきり和やかな空気を作ってから 息のあった演奏を始めるズッカーマンの魅力に完全に まいってしまった。二人の組み合わせの良さが 曲の美しさを倍増する みごとな演奏だった。

アマチュアオーケストラでは いつもビオラ奏者が少なくて、仕方がないので バイオリン弾きが 嫌々ビオラに回されたりすることが多い。バイオリンの高い音に嫌気がさしてビオラに凝ったこともあるが、サウンドボックスが一回り大きくなっただけで、重くて 音の振動の幅がおおきくなる。顎の力で楽器を持ち上げている間 振動幅の大きな音が 顎を伝わって直接頭に響いてくるから 長い間演奏していると 頭が割れそうになって吐きそうになる。バイオリンだと何時間弾いていても疲れないのに、ビオラでは楽器が重くて 手を伸ばしきりなので 貧血を起こしそうになる。だからフルサイズのビオラを小さな女の人が弾いているのを観ると、無条件で尊敬してしまう。

それにしても こんなに美しい曲を17歳で作って、自分もビオラを演奏していたというモーツアルトと言う人は なんという素敵。誰がなんといってもモーツアルトがいちばん。なにがなんでも、モーツアルトが絶対、一等だ。 とても満足したコンサートだった。

2009年2月16日月曜日

映画「レボルーション ロード」


映画 「レボリューション ロード」(原題REVOLUTION ROAD)を観た。 原作 リチャード イエッツ。

監督:サム メンデス
俳優:ケイト ウィンスレット(エイプリル)                          レオナルド デ カプリォ(フランク)
これで、ケイト ウィンスレットは ゴールデングローブ主演女優賞を取った。受賞の挨拶で壇上から レオナルド デ カプリォに、13年間ずっーと愛してきたわ、と言って、投げキスを送り 彼からもキスを返されるという微笑ましいシーンがあった。 二人は 「タイタニック」から11年目のコンビ。「タイタニック」は空前のヒットで、ハリウッドに最大収益をもたらせたのに、何の賞をもらえなかった。ケイトは以降 5回も賞にノミネイトされながら これが初めての受賞となった。レオナルドも5回 主演男優賞にノミネイトされながら、いまだ、何の賞も受けていない。ユダヤ人が 力を持っているアカデミーなどの諸賞では、左翼的アイリッシュは不利なのかもしれない。

ストーリーは
1950年代のアメリカ コネチカット。 フランクとエイプリルは 誰もがうらやむ美男美女の若いカップル。自分達は 何にも縛られない 自由で他の人たちとは全然ちがう 特別なカップルだと思っていた。女優のエイプリルは 女優として努力すれば 何にでもなれる自信を持ち、フランクもエイプリルに自由にさせてやれる度量をもっていた。フランクは兵役をしていたとき、ヨーロッパの各地を巡ってきていて、アメリカ以外の国を知っていただけに 自分が 生きているという実感を得られる生き方を いつもしたいと思っている。 そして、自分もエイプリルも 普通とは違ういつも、時代を先取りした特別な存在だと思っていた。そんな二人に 将来に不安のかげりもなかった。

しかし、二人がレボリューション通りに、家を買ったとこから、事態は変わってくる。フランクは定職に就き 車で駅まで、駅からシテイーまでの長い通勤時間に耐えなければならず、エイプリルは 子供を産み、専業主婦になった。輝いていた将来は、色あせ、日々退屈で平凡な生活が繰り返される。エイプリルは子供の世話に明け暮れ、近所とのうわべだけのお付き合いに無駄な時間を費やさなければならない。

エイプリルは むかしフランクがパリの話をしたとき 眼を輝かせて夢のようなところだと言っていたことが忘れられない。現状を打開するために 自分がパリのアメリカ大使館ではたらけるように、準備を始める。今からでも遅くない。家族でパリに移住して再び新しい 既成に捉われない自由な生き方の挑戦したい、とエイプリルは言って、フランクを説得する。フランクも賛成して、仕事を辞めて家をたたんでパリに行く と、同僚や友人達に言っても、夢物語だと、笑われるだけだ。

そんなある日、フランクは職場の上司から 高級と高いポジションの提供を申し出られる。「男なら 一流のビジネスマンとして、男を上げろ」、とはっぱをかけられ、フランクは自分が本当になりたいのは そんな一流の男であって、パリで夢を追いかけるような男ではなかった、ということに気がつく。しかし、エイプリルはもう主婦から抜け出してパリに行くことしか 頭にない。どうやって、妻の決意を返させるか、、、。

彼らには 精神病を患っている数学者の友人がいる。意表をつくことを遠慮なく言うこの友人に エイプリルは好感を持っていた。しかし、ある日、この男にフランクの心の中を、すっかり暴かれてしまって フランクは怒りを爆発させて、、、。

というお話。
この夫婦の特異なところは 何でも言語化して表現し、とことん話し合うところだ。問題を二人でつきつめて、ここまで言うか? というくらい 互いの言葉で互いを裸にし合う。理屈っぽくて 言い合いが辛らつで 激しい。 普通の夫婦では、ここまでは言わない。言わないことが沈黙のルールだし、言っても仕方がない。所詮相手は他人で 言ったからといって 自分の思うようには 相手は変わってくれない。しかし、フランクとエイプリルはとことん言い争う。もう、、、だから、この映画 とても疲れる。夫婦喧嘩は犬も食わない というけれど、全く食えない。 でも、この夫婦が 必死で、まじめに生きていて まじめに互いに向き合っていることはよくわかる。互いに傷を深め合うところも。

1950年のアメリカ。まだ、大半の女性は 高校時代に結婚相手を決めていて、すこしでも、将来性のあるハズバンドを獲得することが一生で一番大事なことだった。結婚、専業主婦が当たり前の閉鎖社会。エイプリルはすこし、早く生まれすぎたのだ。女が 大手をふって外に出て 好きな相手と同棲したり別れたりできる時代が もう、目前に来ている。自立と解放のためのうめき声が この映画を観ていて聴こえてくる。

「タイタニック」から 11年ぶりのケイトとレオナルドの俳優としての 成長ぶりが よくわかる。また 作家、イエッツの好きな人、またこの時代の女性史や社会の変化に関心のある人にとっては、この映画も良い映画だ。これを観て 夫婦喧嘩に強くなるコツがわかるかもしれない。

2009年2月15日日曜日

映画「チェンジリング」


クリント イーストウッド監督による 映画「チェンジリング」(原題CHAGELING)を観た。140分。

主演アンジェリーナ ジョリー。これで彼女はゴールデングローブにも、アカデミー主演女優賞にもノミネイトされた。

ストーリーは
1928年のロスアンでルス。実際に起きた出来事を映画化したもの。 電報電話局で働く シングルマザーのクリステイン コリンズ(アンジェリーナ ジョリー)は 9歳の息子、ウオルターと二人暮し。ある日、いつもの帰りの電車を逃して 送れて家に帰ってみると 待っている筈の息子がいない。必死で探し回るが 見つからず 警察に失踪届けを出す。

失意の母親のところに 5ヶ月たって、ロスアンデルス警察署長(ジェフリー ドノバン)が、息子が見つかったと連絡してくる。警察と一緒に迎えに行ったクリステインの前に 現れたウオルター コリンズと名乗る子供は 息子ではない。警察に この子は自分の子供ではないと申し立てても 警察は この事件は解決したと宣言してクリステインの言い分を全く受け入れようとしない。 クリステインの息子ウオルターよりも3インチも背が低く 見覚えのない手術跡のある少年は 自分がウオルター コリンズだと名乗り、クリステインを混乱させる。

この頃 ロス警察の腐敗を告発してきた クリスチャン グループ(ジョン マルコビッチ)が 息子でない少年をクリステインに押し付けて 事件が解決したと 主張する警察に注目し クリスチャンの言い分に耳を傾ける。クリステインは この少年がウオルターではないという小学校の先生や小児科医の証言を取り、ロスアンでルス警察を告発しようとしたところで、警察の呼ばれ、そのまま精神病院に 強制入院させられ外部からの連絡を絶たれてしまう。クリステインを応援しようとした クリスチャン グループが必死で探しても、クリステインうを見つけることが出来ず、やっと彼女を見つけて救出くるころには 数週間もかかったのだった。 クリステインは精神病院に収容されている女性達が病人でもないのに ロス警察から目をつけられているというだけで、警察に収容するよりも簡単に強制入院というかたちで無法の征伐を受けさせられている現状を見て、自分が救出された後は ロス警察を告発する。これが契機に、精神病院は 開放される。

一方、ロスから 人里はなれた農家から おびただしい数の子供の人骨が出てきて、大量殺人事件が明らかになる。それで、沢山の子供の失踪事件をきちんと追求しなかった 警察の怠慢が人々から 糾弾されることになる。そして、逃亡から成功して生き残った子供の証言からわかったことは、、、。 というストーリー。

やはり、無駄のない映像、たるみも伸びもなく140分間、観客の退屈させずに一挙にみせる映画監督クリント イーストウッドの力に感銘を受ける。 アカデミー主演女優賞にノミネイトされたアンジェラ ジョリーの演技が とても良い。終始、彼女は息子以外 誰とも挨拶でも抱き合ったり キスしたりしない。握手さえしないで、誰の体とも触れ合わない。9歳の子供を持つ シングルマザーとはそういうものだと思う。やせて、清楚、きちんとした服装をしているが 地味で目立たない。 警察に精神病患者扱いされて、言い分を誰にも聞いてもらえない 一人で戦うしかない女。耳を傾け 力を貸しているジョン マルコビッチの救いの手を受けても、ひっそりとお礼を言って 一人帰ってくる。そんな かたくなな女の姿に共感を覚える。

1928年 こんな時代 シングルマザーで仕事を持ち続けるには、余程の覚悟が必要だったろう。女の真の強さをジョリーは とてもよく演じている。男よりも、女の人に人気のある女優だというのが 納得できる。 同じ頃に制作され発表された映画「グラントリノ」のようなユーモアとヒーローの大活躍はないが とてもよく完成された映画だ。80近い クリント イーストウッド、これからも、いくつも良い映画を作り続けて欲しい。

2009年2月12日木曜日

オペラーストラリア公演「魔笛」




今年度、前期のオペラオーストラリアの興行が始まった。

昨年のオペラの出し物が 押しなべて低予算興行で 印象に残るものがなかったので、嫌が上にも今年の出し物に 期待をつなぐ。もし、今年の興行も低調だったら、もうオペラオーストラリアとは おさらばだ。毎年10万円だして、自分の席を確保してきたが、団員達が努力しないのならば 観にいく意味がない。カラスとドミンゴのDVDを観ていた方が 余程気が利いている。

いつも、行く度に腹が立って叫びだしそうになるが シドニー名物のオペラハウスにはエレベーターもエスカレーターもない。長い階段を年寄り達が 死ぬ気になって手すりにつかまって上がっていかないと たどり着けない。非常識で、反社会的だ。

2千人収容の会場に 舞台装置を運ぶ為の 荷物用のリフトがあるきりだ。身体障害者や長い階段を歩けない年寄りは この貨物用のリフトで 会場に案内される。着いた先から、やはり、階段をいくつかは 登らなければならない。内部が全席 階段状になっているからだ。職員がいつも二人がかりで 車椅子の人を大汗かいて運び上げている。膝が悪く 喘息持ちの夫とオペラに行くたびに、これがもう夫にとって最後の機会かもしれない と思いながらゼイゼイ言いながら階段を登る夫を見ている。

モーツアルトのオペラ「魔笛」を観た。
2幕、2時間40分。3月19日まで。
ストーリーは、
見たこともない不思議な生き物達が生息する不思議な森で、王子タミーノは 道に迷って途方にくれている。突然、大蛇が現れて、気を失ったところを 「夜の女王の国」の3人の侍女に救われる。侍女たちは、美しい王子をみて、夜の女王を呼びに行く。タミーノが気がついてみると 横にパパゲーノがいて、大蛇が死んでいるので、彼が助けてくれたのだと思い、友達になる。パパゲーノは女王に献上する鳥を捕まえる為に森にきていたのだった。

そこに、3人の侍女が女王を連れて、やってくる。夜の女王は、娘のパミーナ姫が 「ザラストロの国」に誘拐されてしまったので、助けて欲しいと、懇願する。パミーナ姫の絵姿を見て、タミーノは一目で恋をする。そこで、タミーノとパパゲーノは、勇んで姫を救い出す為に ザラストロに向かう。

ザラストロの神殿に着いたタミーノは パミーナに出会って、二人は同時に恋に陥る。二人をみながらザラストロは、 悪いのは太陽をさえぎってこの世を闇で閉ざしている夜の女王だ、という。タミーノは パミーナにふさわしい王子かどうか ザラストロの与える試練の儀式を受けることになる。

庭にパミーナが眠っている。そこに奴隷頭のモノスタトスが来て タミーナを自分のものにしようとする。すんでのところで 夜の女王がやってきて、娘を救い、娘を連れ去ったザラストロに復讐する為に 剣を渡してザラストロを殺すように命令する。
言われたとおりに パミーナはザラストロの前に出るが 彼にこの国の神聖な殿堂で、復讐などという愚かな考えは なくすようにと言って、パミーナを諭す。

パミーナは 恋するタミーノに会いに行くが タミーノは沈黙の修行をしている最中で、パミーナが話しかけても返事もしてくれない。パミーナはそれを見て 彼が心変わりしたのだと思い込んで、母のくれた剣で自殺しようとする。そこを、3人の童子がかけより、パミーナをタミーノのところに連れて行く。タミーノは 今度は水の試練と火の試練を受けるところだった。パミーナは タミーノとともに、この試練をくぐりぬける。
ザラストラを裏切って夜の女王の僕となったモノスタトスが夜の女王とともにザラストラの神殿を襲撃してくる。しかし、ザラストラの光の強さに打ち負かされて 夜の女王は去っていく。ザラストラは太陽を讃え、タミーノとパミーナを祝福する。
というハッピーエンドのおはなし。

このオペラの見所は 極端な高音と極端な低音だ。
夜の女王のコロラトーラソプラノはオペラのなかでも最高音をコロコロと鈴がなるような豊かなソプラノで歌わなければならず 難曲中の難曲と言われている。 そして、その対極となるザラストロの最低音 バッソプロフォンドだ。彼の曲もこれ以上低い音を出すのは不可能、というような低音を王者の風格と威厳をもって歌う。 可憐な娘パミーナと、美少年タミーノをめぐって 夜の女王の狂わしいばかりの高音と ザラストロの落ち着き払った低音とが交差するところが オペラのおもしろさだ。 またパパゲーノのバリトンが このオペラの舞台回しの役割を果たしている。

夜の女王のコロラトーレ、パミーナ姫のソプラノ、タミーノ王子のテノール、ザラストラのバッソプロフォンド、モノスタトスのテノールがかもしだすハーモニーに対して、パパゲーノのバリトンが、全体を引き締めて、まとめていく形になる。 以上の重要登場人物以外に、3人の侍女、タミーノの道案内になる3人の童子(ボーイソプラノ)。パパゲーノの恋人パパゲーナ(ソプラノ)、3人の僧侶(テノールとバリトン)もなくてはならない役柄だが、その上のコーラス合唱隊も入る。登場人物が多く、オペラの中でも、ぜいたくな お金のかかる出し物だ。

この「魔笛」はモーツアルトが死ぬ前に 最後に完成させたオペラ。曲が いかにもモーツアルトらしく 格調高く美しい。迫り来る死の影に脅えながら 貧困の極にあったモーツアルトの どこにこれほど優美で美しい旋律が作曲できる力があったのか。あふれるほどの才能を持ちながら余りに若くして亡くなっていった天才モーツアルトの不遇な一生を思うと いつも泣きたくなる。

夜の女王を歌った エマ パーソンは ラリアのパース生まれ、28歳で、シドニーで大学を終えたあと、奨学金を得てドイツに留学して あちらで活躍していた人。このオペラが初の凱旋公演になる。コロラトーラを 難なく歌っていた。将来が楽しみだ。 3人の童子 ボーイソプラノは声量は ないが透明な美しい声を出していて、舞台に花を添えていた。

今回の出し物で、特筆すべきは 役者達の声の良さ、難曲を上手にクリアして美しく歌っていただけでなく、そろいもそろって美形だったことだ。タミーノとパミーナの若いカップルは、美男美女で、特にタミーノのテノールは高音がよく伸びて美形が美声で歌うオペラの良さを充分見せてくれた。 夜の女王も 今が花盛りの28歳の美女、ザラストロが2メートルの背丈、がっしりした美男で役柄と外形とがぴったり一致していた。 オペラは声だけでなく役者の素材も役者ぶりも 見ごたえがあるものでなければならない。 去年の「ラ ボエーム」は最低だった。主役の夢見がちな若き画家が、オールバックの髪、小太りの中年中国人のオッサンだった。それがブーツを履いていれば ゴム長履いた魚屋の親爺にしか見えない。声が良くて高い声が出るからといって オペラは舞台なのだから 演じてくれなければならないし、演じる前に外観もとても大切だ。天は二物を与えずというが、オペラをやる以上 外観も声も演技もすべてそろっていなければならない。

また、この幻想的な御伽噺の舞台を盛り上げたのは 「LEG ON THE WALL」だった。不思議な生き物、名の知れぬ動物達が動き回っている夜の森を この人たちが アクロバットで木に引っかかっている鳥になったり、ジャングルをうごめく動物になったりして神秘的な夜を演出していた。体の柔らかな人たちで、街の高層ビルをよじ登ったり 様々な新しい演劇の試みに挑戦している若い演劇グループだ。注目に値する演劇グループだ。今後も、オペラにこの人たちが出てくれたら 舞台が生き生きして楽しくなるだろう。

2009年2月11日水曜日

ブッシュ ファイヤー3


2月11日 朝7時現在、ビクトリア州のブッシュファイヤーによる死者:183人、全焼家屋 796。 50人余りが行方不明だが、避難する場がないため、行方不明者は、絶望と思われている。
7000人がいまだに避難しており、いまだ火は燃え続けている。 一方、ニューサウスウェルス州のブッシュファイヤーは 完全に鎮火した。

日本の国土の22倍の広大な土地を、日本の人口の6分の1の人々がヨーロッパから入植して 土地を開拓してきた。国土の80%は砂漠。 農地として開墾した土地も 強風で表土が奪われ、地下水の層が浅いため、塩の層が上がってきて、塩害による農地の砂漠化が進行している。 また、10年来の日照り、旱魃で牧草が消失、家畜農家の被害は広がるばかりだ。ラリアの国土は、急速に砂漠化が進行している。

一方、私達のまわりはこの土地従来の乾燥に強い木、ユーカリがどこにでも生えている。この木は脱皮することで大木になる。剥がれ落ちた幹は 下草や落ち葉と一緒に土を覆い隠す。またこの木は特有のガスを発生させて燃えやすく、いったん火が出ると、地面を覆っている下草とともに、一気に燃え上がる。私達は、自分たちのまわりに、弾薬庫を抱えているようなものだ。

ビクトリア州とニューサウスウェルス州で、ブッシュファイヤーが コントロール不可能な勢いで燃え上がった悪魔のような週末だった。  日曜、月曜と、被害地に留まって人々を励ましてきたケビン ラッド首相は、火曜日になって、会期中で予算編成期だった国会にもどってきて、家を失った人々には新しい家を、燃えた学校には新しい校舎を、消失したコミュニテイーは必ず、もとどうりに戻すまで援助をやめない、と約束した。

自然がいっぱいのラリア、世界遺産のグレイトバリアーリーフ、エアーズロック。そんな遠くに行かずとも、私達が住むシドニーやメルボルンのビジネス中心街から 15分車で走れば海があり、森があり、旅行者が絶えない。 しかし、この国の農業は塩害と旱魃で、苦しんでいる。おまけに何年かごとに繰り返す大規模なブッシュファイヤー。

この国土に未来はないのかもしれない。
他に希望のある土地が 地球上に残っているとすれば、だが。

2009年2月10日火曜日

ブッシュ ファイヤー2


2月10日 朝7時の時点で、ビクトリア州のブッシュファイヤーによる死者173人。
750家屋全焼、5000人が家を失った。
この週末に起きた山火事は オーストラリア史上 最大の自然災害となった。

日曜日から36時間の間に $20ミリオンの寄付金が集まり、6000人の献血が 集まった。消火作業のボランテイアは 何千人にも上る。

メルボルン北東部のキングスレイクでは、街そのものが消失した。死者のなかには、ブライアン ネイラーというニュースアナウンサーもいて、彼による 山火事のニュースをテレビで見た人も多いと言うのに、彼は仕事の後 家に帰って 家族と共に帰らぬ人となった。

最後まで自分の家を守ろうとして、消化作業をしていて、火がまわったときには 道路が倒れた大木で封鎖され 逃げられなかった人夫婦が 覚悟を決めて、家族に携帯電話で、さよならを言ってきた という話も。

着の身着のまま 逃げて 避難所で 残してきた馬や、犬を気使う人びと。財布も持たず、猫だけを連れて 家を後に避難した家族。

焼け爛れた牧場を、放心したように 歩き回る 羊や牛たち。 せっかく生き残ったのに、銃で安楽死させるのだそうだ。焼けた野原を歩き回り、足の裏に火傷を負っているので、そこから感染して 苦しむことになるので 先に楽にしてやるのだそうだ。

人々は喪に服している。

異常乾燥と40度を越える熱風と、放火犯の3つが、被害広げた。 助け合いが当たり前の健全な社会が わずかな異常者のために、破壊される。放火犯は 厳罰されるべきだが、多くの放火犯は 自分で気がついているかどうかわからないが、精神病者だ。小さいときから暴力が 日常だった生い立ちや、環境の劣悪が 精神病の引き金にもなる。一見 愉快犯といわれる犯罪も、犯罪がおかされる前に治療できていれば、未然に防げる場合もある。放火対策は、精神病対策として、きちんと社会で捉えられなければならない と思う。

今日は 雨だ。

2009年2月9日月曜日

オーストラリアのブッシュ ファイヤー


ビクトリア州も、ニューサウスウェルス州も燃えている。
たったこの1日半の、ブッシュファイヤーといわれる山火事で、今現在、わかっているだけでも死者108人。750軒の家が全焼。 車の中で亡くなっている人の数や、確認できた人だけで、死者108人のため、これから焼けた家の中で 発見される遺体の数を考えれば、死者は 170人を越えそうだと言う予想だ。

真夏のいま、40度を越える暑い日が続いていた。 風が強く、気温が高くなると、ラリアならどこにでも生息していて、青いガスを発酵するユーカリの木が 燃え始める。火は風に乗って、100メートルを 簡単に飛んでいって、飛び火する。車で避難しようとする人々を、火の通り道になった アスファルトの道路が あっという間に車ごと人々の命を奪っていく。

ビクトリア州ではメルボルン北部がいまだ30箇所で、燃え続けていて、ニューサウスウェルス州では セントラルコースト、南海岸地域46箇所で、火の勢いは衰えていない。

ニューサウスウェルス州の別々の場所で、34歳と、15歳の放火犯容疑者が逮捕された。 一人殺せば殺人、沢山殺せば英雄、全部殺せば神様だ、、、という言葉を 初めて聞いたのは チャップリン、二回目に聞いたのは ゴダールだった。君は神になりたかったのか?

たった1900万人の人口の国で、一日で108人死亡者が出るということが、どんなことなのか。

窓を開ければ、黒い燃え殻が風にのって部屋の中に入ってくる。家のずっと遠くでは、まだ燃えているのだろう。 どうぞ、死なないで、これ以上、死なないで、と祈ることしかできない。

2009年2月3日火曜日

映画「グラン トリノ」




男が 多少の危険を伴うが、どうしてもやらなければならない と、いう仕事が出来たとき、何をしてから 出かけていくだろうか。

頑固一徹の老人 ウォルト コワルスキー(クリント イーストウッド)は 庭の芝を刈り、散髪屋に行き、風呂にゆっくりつかり、棺おけに入るときのために 背広をあつらえて 愛犬を隣に預けて、、、そして出かけていくのだ。

映画「グラン トリノ」を観た。良い映画だ。
クリント イーストウッド主演 監督の映画だ。今年になってから、この一ヶ月で、観た映画は11本。繰り返しみたいと思う映画はなかったが、この「グラン トリノ」は、別々の日に、3回観た。そして、同じところで 派手に笑い 同じところで、たっぷり泣いた。人のことをよくわかっていて、喜怒哀楽のつぼを心得ているイーストウッド監督にとって、観ている観客は 手のひらの上で 泣き笑いする たわいのない幼児のようなものだろう。
フィルムにまったく無駄がない。どの場面も、どんな会話も、ストーリーにとってなくてはならない必要最小限が 計算されつくしている。彼の制作する2時間のフィルムが洗練されているのは 無駄がそぎ落とされているからだ。

イーストウッドは 俳優として、私の子供の頃からのヒーローだ。日曜日の連続テレビ番組「ローハイド」ではハンサムなカウボーイ、「マカロニウェスタン」で暴れまくり、「ダーテイーハリー」で、銃を連射するキャラハン刑事だった。
監督としても、「ミステイックリバー」、「ミリオンダラーベイビー」でとても良い仕事をしている。

映画のストーリーは、
ウォルト コワルスキーは、若いときは コリアン戦争で出兵した退役軍人、デトロイトのフォード自動車を定年退職し、妻を失ったあとは、同じく年取った ゴールデンレトリバー犬と暮らしている。独立していった二人の息子達との関係は冷え切っている。家の修理をし、朝夕 家の前のカウチで新聞を読み、夕方には 通りをながめてビールを6本ほど、、。 3週間ごとに散髪に行き、昔からの床屋と悪態を付き合うのと、たまに古い友人達とパブで冗談を言い合う以外は 人々とのわずらわしい関わりを持たず、悠々自適の生活に満足している。

デトロイトも、この20年ほど 車の市場を日本車に奪われ、景気は後退するばかり、失業者があふれ、ギャングがはびこり、隣近所の人々はどこかに移っていって、気がついてみると ウォルトの家は、中国人の住宅ばかりに囲まれていた。前庭の手入れをしない となりの家の中国人家庭も、腹立たしいが、独居生活の父親の老人ホームの入居をすすめる息子も腹立たしい。

ある日 ガレージに賊が入り込み、ウォルトが大事にしている1972年フォード車グラントリノを盗まれそうになる。隣の家の 息子タオが、従兄弟のギャングに脅されて 忍び込んだのだった。もちろん、タオは失敗する。翌日、ギャングは タオにヤキをいれようと、連れて行こうとするが、母親やしっかりものの姉やおばあさんは、タオに しがみついて離さない。ギャング達が年寄りや女性に暴力をふるう様子を見て、ウォルトは黙っていられず 介入する。
それを契機に、ウォルトと隣近所のモン族の人々との 交流が始まる。

モン族は 中国、ラオス、タイ国境山岳地帯に住む少数民族で、政治的、宗教的に迫害され、このデトロイトに亡命してコミュニテイーを築いたのだった。人々は礼儀正しい よく互いに助け合う人々だったが、差別されている少数民族だけに アメリカ生まれの2世のなかには差別や失業から、ギャングが形成されて、人々は困り果てていたのだった。

隣の家は 高校生の姉とタオと、母親、おばあさんの一家だった。タオをギャングから 引き剥がしてくれたことで、モンの人々はウォルトが断っても断っても、恩人扱いして料理などを 届けてくる。姉のスウがしっかりしているのに、父親のいないタオは、内気で社会的訓練が全くできていないのを見て、ウォルトは タオを一人前の男にしてやらなければ、と思う。タオに隣近所の家の修理や 街路樹の手入れの仕方を教え、道具を与えて、大工仕事まで紹介してやる。

しかし、モンのギャングは、ウォルトが介入したことで、益々 タオ家族への嫌がらせも攻撃的になってくる。暴力がエスカレートしていった先には、、、。
というお話。

映画の内容は 差別社会、若者の暴力、銃所持、少数民族差別、失業などの社会問題を扱っていて 深刻だ。しかし、映画で、会話が 機知に富んで ユーモアたっぷりで笑わせてくれる。 まず、ウォルトの頑固親爺ぶりが、徹底している。終始、ウォルトの息使いが音になって 映像とともに流れるので、 若い女の子のヘソ出しファッションや、タオが失敗するごとに、ウォルトの深い深いため息が聞こえてきて、笑ってしまう。その効果で、観客はウォルトの眼で、映像を見ることができる。

妻が死ぬ前に ウォルトの心の支えになって欲しいと、言われていた牧師が、ウォルトを頻繁に訪ねてくる。ウォルトは それがわずらわしくてならない。 モンのギャングに襲われたウォルトは、牧師に、「どうして警察を呼ばないのか」と詰問されて、「コリア戦争では状況は一挙に悪くなったりする。殺される寸前に おまわり呼んで、来てくれるか?」とまじめな顔で言い返す。「牧師さんは 高い教養を持ちすぎて人生経験のない子供みたいなもんだ。そんなに人の生と死をわかりたかったら赤ん坊でも産んでみてくれ。」などとも。 また、「男なら、何をすべきか、神様が教えてくれなくたってわかってる。放っといてくれ。」と言う。 これが一番 彼が言いたかったことだ。

イタリア人床屋との悪態のつき合いもおかしい。
タオが 何か家の修理でも手伝いたいと家に来ると、ウオルタは、家の前の木を指して、実を取りにに来ている鳥の数を数えていろ、と命令しておいて、自分は ひょうひょうと横で、芝を刈り 庭を整備して草木に散水しているのも おかしい。タオが好意を持っている女の子に話しかける勇気がないのをウオルタが からかうシーンも笑える。このユーンという女の子の名前が ウオルタはどうしても覚えられなくて、最後までミャウミャウ(ねこの鳴き声)だ。

深刻な社会問題、出口のないアメリカの病巣を扱った映画なのに、不思議と明るい。 過酷な抑圧された少数民族で、自由のアメリカに亡命してきても 差別と暴力に蹂躙される若い人々の 押しつぶされそうな魂にもイーストウッド監督は、限りなくあたたかい目 をむけ 希望を指し示している。 観客は 映画を観て どんな暴力の嵐の中にあっても自分を失わないで生きたいと思うだろう。
何度みても、この映画 大泣きしてしまう。

2009年1月28日水曜日

映画「ミルク」







映画「ミルク」(原題:MILK)を観た。
アメリカで初めて自分がゲイであることをカミングアウトして市議に選出され暗殺された実際の政治家ハーベイ ミルクの半生を描いた映画だ。 この映画は、12月にアメリカで公開されてすぐに、沢山ある各種の映画賞すべてにノミネイトされてしまった。その勢いで ミルクを演じたショーン ペンが 2009年アカデミー賞で、最優秀主演男優賞を取るに違いない。

オスカーにノミネイトされたのは、「ビジター」のリチャード ジェンキンス、「NIXON」のフランク ランジェラ、「レスラー」の ミッキー ルーク、「数奇な人生」のブラッド ピットと この「ミルク」のショーン ペンの5人だ。

この1月に アメリカで初めてアフリカンアメリカンの大統領が誕生したが、オバマを選出したのは 今まで投票所に足を運んだこともなかった人々だ。これほどアメリカ人が自分の国の政治に注目し、かつての公民権運動に関心を示したことはいまだかつてない。そんな時期だから、この映画は、もうすでにたくさんの賞にノミネイトされていて、あとは、オスカーを受け取る為に壇上に上るだけだ。

監督:ガス バン サント
俳優:ハーベイ ミルク=ショーンペン    
スコット    =ジェームス フランコ    
フェニックス  =エミール ハッシュ    
    ジャャック    =デイエゴ ルナ      
   ダン ホワイト =ジョシュ ブローリン

ハーベイ ミルクは ニューヨークで、1970年 40歳の誕生日にスコット スミスに出会って恋に落ちる。意気投合して、二人でサンフランシスコにやってきて、カメラ屋を始める。店の名は 通りの名前をとって、カストロカメラ。

まだゲイが市民権を得ていない70年代 ハーベイは 自分がゲイであることを公表して ゲイの権利獲得の為にデモに参加したりするうち、カメラ屋は、ゲイの人権獲得運動の拠点になる。また、地元の店主達で組織されたカストロ ブレー協会の事実上の代表者となって 住民の権利獲得のために 市役所と話し合いや 交渉をすることになる。

ゲイはぺデファイルと混同されたり、一般の人からは 精神病の一種だと平然と言われていた時代だ。政治家や教会関係者と公開討論をしたり、ゲイの教職員解雇の破棄や、ゲイ差別撤廃のためのデモを組織したりしながら、彼は カルフォルニア州サンフランシスコ市の市議選に出馬する。 1973年75年と落選するが、選挙のたびに支持者を増やしていって ついに1977年に市議となる。パートナーのスコット スミス(ジェームス フランコ)は、ハーベイが政治にのめりこんでいく過程で パートナーを解消することになるが ハーベイが死ぬまで良き相棒だった。ハーベイは スコットを失ったあと、ジャック(デイエゴ ルナ)と同棲するが 市議選で多忙を極めている最中 寂しさに耐え切れなくなったジャックは自殺してしまう。

ハーベイは市議会の同僚に ゲイの私生活を笑われて、「僕は過去に4人の男と関係を持った。そのうちの4人は死んで もうこの世にはいないんだ。僕にとってゲイであることは冗談ではないんだよ。」と 真剣な顔で言う このシーンは迫力がある。 また、カルフォルニア州議会議員選挙に立候補して 投票数33000票を集めたとき 彼は集まってきた支持者達に向かって「君達は帰郷できるんだよ。みんな育ってきたところから離れて今、ここに居るけど これからは胸を張って故郷に帰ることが出来るんだ。」と、感動的なスピーチをする。ゲイに理解のない土地を追われてきたゲイにとって、帰る場所はなかったからだ。

市議になって、11ヶ月 カストロカメラの仲間はみんな サンフランシスコ市議の部屋に移動して、活動を広げ、市の同性愛権利法案を後援し労働組合と連帯するなど 活動途上だった。 そんなとき、財政的に破綻し、政治的に挫折した元市議ダン ホワイトは、自分の辞職も不幸も すべて市長とハーベイが悪いからだと、考えて 銃を持って、市庁舎に入り込み 市長を射殺、続いてハーベイを銃で殺した。1978年11月27日のことだ。享年48歳。ハーベイは市議になって1年足らず。ゲイの権利運動の殉教者は、このようにして亡くなった。ゲイであることがリスクだとしても、スキンヘッドや右翼や差別主義者に殺されるのではなく、長年共に政治を志し 家族付き合いもしていた身近な友人に 市庁舎で 銃殺されるとは、誰にも予想できなかっただろう。

ハーベイはかねてから ゲイであるための危険性を充分察知していたから、死んだときのために いくつものスピーチをテープに録音していた。伝えたいことが 語っても語っても尽きない やるべきことが多く、越えていかなければならない厚い壁が大きくて、いつも時間が足りないと感じていたのだろう。途上で殺されて、どんなに無念だっただろうか。 殺人者ダン ホワイトは市長とハーベイを殺害して、たった7年の禁固刑を宣告されただけだ。この評決に激怒した人々によってサンフランシスコでは自然発生的に大規模な暴動が起きる。のちにホワイトナイト ライオットといわれる200人の負傷者を出した暴動だ。 ホワイトは5年間服役し、釈放され その後自殺した。

映画は40歳のハーベイが、スコットに一目ぼれをしてキスするところから始まって、このときの二人の姿にもどって 終わる。最初見たときは 二人の会話を聞き流していたが、最後に繰り返して見せられて、ハーベイは スコットに 今日40になったけど50までは生きないよ、といっていた。その会話を見せることによって 48歳 志半ばで殺されていったハーベイの行き急いで逝ってしまった姿を印象付けている。

ところでフイルム編集の技術はよくない。ところどころドキュメンタリーフイルムが入るが、70年代のものだから画面が’ぼやけて、映画のフイルムとのつなぎあわせ方が雑だ。 しかし、ハーベイの真摯で、時代の壁を破った勇気に感動する。 殺される前夜 ハーベイは初めてプッチーニのオペラ「トスカ」を観る。恋人を失い、自らも命を絶つトスカの絶唱に心打たれて 眠れなくて 深夜ハーベイはスコットに電話をする。このときの むかし愛し合った二人の会話のシーンが良い。最初のキスのシーンも好きだが 電話で心と心を通じさせるふたりの姿が何て素敵なんだろうと思う。

ショーン ペンは役者として「ミステイックリバー」、「21グラムス」では強い男、「アイアム サム」では知恵遅れの身障者役、この映画ではゲイの役 何でもこなす。どこからみても100%ゲイになりきっている。役者としても監督としても 高く評価されて良い。

スコットを演じた ジェームス フランコがものすごく可愛いい。この人の笑顔ほどチャーミングな笑顔を他に 見たことがない。この人が出てくると 条件反射的に頬の筋肉がゆるんでしまう。ジェームス デイーンに そっくりで、「スパイダーマン」でハリーをやった。この映画では素裸でプールで泳いで見せたり、ショーン ペンとのラブ ベッドシーンも多い。彼なら何をしてくれても可愛い。

ハーベイの政治活動の後継者になる仲間に、フェニックス役の エミール ハッシュがいる。ショーン ペンが監督をして好評だった「イン トゥー ザ ワイルド」や「スピードレーサー」の主役をやっている。彼なんか、歩き方から話の仕方 しぐさや表情まで、100%ゲイだ。 
スコットが去ったあとハーベイのパートナーになる デイエゴ ルナもすごい。ハーベイに夢中で、どんな新婚の若妻よりも色っぽい。

それにしても、ゲイでは絶対ない ショーン ペンや、ジェームス フランコや、エミール ハッシュや、デイエゴ ルナが、本物のゲイよりゲイにしか見えないゲイを演じるって、すごいことではないか。 こういう姿をみると、演技をする役者ってえらいなあ と思う。

オスカー受賞に賛否両論 いろいろも意見あるだろうが わたしは この映画が好きだ。ハーベイ ミルクのことは 30歳以上のアメリカ人なら皆 知っているだろうが、外国ではあまり知られていないかも知れない。オバマが 大統領になったからといって小浜音頭を踊っているよりは アメリカの公民権運動をよく知る為に この映画を観た方がためになる。 

2009年1月26日月曜日

映画「ワルキューレ」







かつて日本軍は 第二次世界大戦時 オーストラリアを何度も攻撃して多大の被害を与えている。わかっているだけでも、1942年2月19日のダーウィン攻撃で約250人の死者、2月29日のブルーム爆撃で民間人約70人の死者、同年5月31日には 特殊潜航艇がシドニー湾に侵入、魚雷でフェリーを沈めて21人死亡、6月8日潜水艦がニューカッスルを砲撃している。 それ以外にも シンガポール陥落などにより日本軍に捕虜になったオージー兵を日本軍はビルマ鉄道建設などの労働を強制し8000人の捕虜が炎暑と厳しい強制労働で亡くなっている。

戦後のオーストラリアにとって 日本人旅行者は 一時は年間80万人にも達し、日本人は 気前良くお金を落としてくれる上客だ。しかし、この国の人々は 被害者側だから、日本人をいまだに好戦的な軍人国家のイメージで捉える人は多い。歴史の浅い この国の人々にとって 国を守る為に 戦争に行ったベテランと呼ばれる退役軍人は 国の誇りだし、国のアイデンテイテイーの元になっている。

仕事先で ゴリゴリの保守国民党支持の年配看護婦に 戦争中わたしの家族は何をしていたのか 聞かれたことがある。私の父は病弱な大学院生だったから学生をしながら、高校生のために教壇に立っていたけど、大叔父と叔父は リベラリストだったので政治犯扱いで刑務所に入っていた、と答えたら、看護婦は「日本にも戦争に反対する人は居たのか、信じられない。」といって、とても驚いていた。
どの国にも どんな状況でも 立場、職業、年齢、男女の別なく 戦争に反対する人々はいた。当たり前だ。

トム クルーズの映画「ワルキューレ」を観た。原題「VALKYRIE」。英語読みだと「ヴァルカリー」。
ワルキューレとは、ワーグナーのオペラの題名だ。芸術に広い知識をもっていたヒットラーが ナチの さらなる対外膨張政策のために 予備軍を前線に送り出す為の作戦につけた名前だ。この作戦の予備軍を利用して 軍隊内でクーデターを起こし SSを拘束し、戦争を終結させようとしたのが クラウス ボン スタフェンベルグ陸軍少佐だ。あれだけ強力な権力を欲しいままにしたヒットラーを爆死させようとして、失敗、銃殺された。ドイツの国民的英雄といっても良い。

ストーリーは
スタフェンベルグ陸軍少佐は、アフリカのチュニジア戦線で、爆撃にあい負傷し、片目と右手の指を失って、前線から帰ってくる。時に36歳。呼び戻されたベルリンでは 連合軍によって 空爆が始まっており、妻や3人の子供達と会っている余裕もない。

ヒットラーはワルキューレ作戦によって、戦争を拡大させようとしていた。これの歯止めをかけようと、トレスコウ陸軍少将を中心に秘密組織ができていた。スタフェンベルグもメンバーとなり、ヒットラーの暗殺を計画する。彼らは、SSの拘束と解体、アウシュビッツなどユダヤ人強制収容所の閉鎖、ユダヤ人の解放、連合軍との停戦交渉を、考えていた。入念に準備をしてヒットラーの主催する戦略会議場を爆破するが、爆弾の威力に欠けた為 ヒットラーの暗殺は失敗する。爆破が一応成功したため、暗殺が成功したと思い込んで、クーデターを起こした新軍指導部は、ことごとく処刑された。映画は 彼の銃殺刑による死で終わる。

スタフェンベルグは、ロイヤリストで愛国者の軍人だったが、ヒットラーの一党独裁に反対した。彼らの計画したヒットラー暗殺が、成功していたら、第二次世界大戦は もっと早く終結していただろう。ナチ独裁政権に反対して殺されたドイツ人1万6千人。軍法会議で死刑と言い渡され処刑された ドイツ人レジスタンス3万人。このなかには、ミュンヘンのハンス ショールとゾフィー ショール(1943年処刑)も居る。ゾフィーについては、ここで、2006年8月17日の映画評「白バラの祈り」で、述べたことがある。
これらの記録は ベルリン近郊にドイツ反戦記念センターに保存されている。 センターには 毎年10万人の訪問者があるそうだ。
歴史的事実は私達に、どんなに強力な恐怖軍政を布いても 人々の意志を捻じ曲げることはできない。人々の良識は 暴力の力よりも強いからだということを、教えてくれる。
ドイツ軍というと、悪の権化みたいに 悪魔のように扱われているが、スタンフェンベルグのような軍人もいたし、徴兵の拒否して公開で首をはねられたフランツ ヤゲルスタッターのような純朴な農民もいた。忘れないで居る ということが、とても大切だと思う。
アメリカ版の映画、スタフェンベルグに、ドイツからは、自分達の英雄を ハリウッドアクションとして 扱って欲しくない という批判が集中しているようだが、このような形でも、若い人々が知らないことを知る機会になるならば、良いと思う。トム クルーズは、実際の36歳のスタフェンベルグより年を取っているくせに いつまでも子供みたいで、高い声を出して、貫禄に欠けるけれど。

彼が ワルキューレ作戦の書類のサインをもらいに、ヒットラーを避暑地に訪ねていくが、そのオーストリア ザウスブルグの山荘(イーグルネスト)を 娘とヨーロッパ旅行したときに見てきたばかりだ。山々の頂上に立つ、絶景を観ながら 暖炉の前でジャーマンセパード犬をなでているヒットラーが、実際に見てきた記憶のなかで、一致する。こんなシーンひとつみても、この映画、よく歴史の考証をしているように思える。
観てよかったと思う。

2009年1月23日金曜日

映画「レスラー」




映画「THE WRESTLER」、邦題「レスラー」を観た。
ゴールデングローブの、最優秀主演男優賞を 主役のミッキー ルークが 獲得し、ベネチア国際映画祭でも 最優秀賞の金獅子賞を獲得した作品。

ストーリーは
ランデイーは、(ミッキー ローク) ラムという愛称で呼ばれ ラスベガスのスタジアムを何万もの熱狂的なファンでいっぱいにして、かつて一世を風靡したプロレスラーだ。リンクの上に 仁王立ちして 床にのびている相手の上に体ごと飛び降りて カウントに持ち込むのが彼の必殺技だ。1980年代の熱い男達の英雄的レスラーだった。

さて、20年たった今でも、ラムは小さな街の小さなリンクで、レスラーをやっている。もちろん八百長もやる。試合中に剃刀で 自分を傷つけて血を流しながら 戦うのもショーのひとつの見世物だ。観客達は 流血を見て、興奮してそれに熱狂する。しかし、試合が終わって、彼が帰る家は 惨めな貸しトレーラーだ。興行でもらった金は ボロボロの体を何とか維持する為の 鎮痛剤や、ホルモン剤と、アルコールに消えてしまう。

そんな彼が、試合の直後に、心筋梗塞で倒れる。 バイパス手術をして彼を救命した医師は「生きていかったら二度とリンクには上がらないように」とラムに忠告する。プロレス以外の世界を知らないラムは 途方にくれて、ストリップダンサーのマリサ (マリサ トメイ)のところに行く。9歳の子を持つシングルマザーの ストリップダンサーは、ラムに、「それならば、プロレスをやめて、家族のところに帰りなさい」と言う。 すっかり忘れていた、17歳の娘にあわてて会いに行くが、勿論 長いこと 連絡を絶っていた父親を 娘は受け入れない。紹介された肉屋で店員として働き始め 娘との関係も修復につとめ、やっとのことで娘の かたくなに閉じた心を開かせることに成功するが、生きる目的をどうしても見出せないラムは、このままずっと店員を続けていくのではなくて、本当に自分のやりたいことに、自分を賭けることにする。 というお話。

悲しい男のお話だ。ショービジネスで いったんヒーローになってしまうと 死ぬまで そこから抜け出すことが出来なくなってしまう男の悲哀。救いのない老醜。うらぶれた男のロマン。

53歳のミッキー ロークは、長いことハリウッドから忘れ去られていたが、去年コミックを映画化した「シンシテイー」で、カンバックした。この映画、白黒映画で、余りに残酷で切ったり 殺したり 刻んだり 暴力性が激しくて 気分を害し吐きそうになって私は映画の途中から出てきた。この映画の大男の殺し屋が ロークだった。 このニューヨーク出身のハングリーなボクサー上がりの俳優は、1980年代には、アメリカのセックスシンボルと言われ、大変な人気だった。彼の20代のころの写真をみると、同じ人とは到底信じられないほどハンサムだ。今回、老醜をさらけ出しての熱演に、たくさん賞がもらえて嬉しいだろう。

映画のなかで、敵味方で憎悪むきだしで戦っていたのに、試合が終わると レスラー同士がとても仲が良くて 互いに気を使いあったりする様子が おもしろかった。
うちとけない娘の前で、「寂しくて仕方がないんだ。」と、大きな男が大きな涙を落とすシーンも良い。彼からプロレスを取ってしまったら 何も残らない、ただのわがままな赤ん坊のような、どうしようもない男をよく演じている。もしかすると、この役者そのものの姿なのかもしれない。

ストリッパーのマリサ トメイが 良い味を出している。この人が出演している映画をいくつか観ているが、いつもストリッパーだったり、身持ちの悪い女だったりして、この人が服を着て 画面に出てきたことがない。44歳で、とても美しい体をしている。裸でセクシーなポールダンスをさせたら 本場の本物より上手だ。口をすぼめてしゃべる様子や、長い乱れ髪で男を遠くを見るような目で見つめられたら 大抵の男は クラッとくるだろう。

体が資本で 体を張って生きるしかない孤独なレスラーと 孤独なストリッパーの悲しい映画のなかで、唯一、17歳の娘を演じた エヴァン レイチェルウッドの硬く純粋な美しさが 際立っている。汗と血とアルコールで汚れた掃き溜めに突然、真白の鶴が舞い降りたように、色白で可憐な 薄幸の娘だ。父親から長いこと忘れられていた娘の孤独は、プロレスラーやストリッパーの孤独よりも深く 痛々しい。

この映画 熱い男の浪漫とか言ってしまって、男は賞賛してしまいがちだけれども、私はこんな「浪漫」は 好きになれない。大体どうして 男は格闘技に惹かれるのか。格闘技のボクシングもレスリングもスポーツではない。殴り合いではないか。ボクシングなど、ヘルメットをした上で どうして頭を殴りあわなければならないのか。
映画では、大きな体で、小さなおつむの赤ん坊のようなレスラーを ストリッパーは支えてやろうとしたが、そんなレスラーとストリッパーを理解しようとして、もっと傷つくことになってしまった娘の方が、人間として はるかに立派だと思う。
最後に昔のロックンローラー ブルース スプリングステイーンが 歌っていて、それが とっても良い。

2009年1月20日火曜日

ゴールデングローブとオスカー




今年のゴールデングローブでは、主演男優賞には、「レスラー」のミッキー ルークが獲り、助演男優賞に、バットマン「ダークナイト」のヒース レジャーが受賞した。ヒースの受賞が何より嬉しい。
28歳の若さでヒースが事故死して、この1月22日で丁度1年。 ヒースの死は 映画界にとっても オ-ストラリアの演劇界にとっても 大きな損失だ。ロスアンデルスの 授賞式には彼に代わって、「ダークナイト」の監督クリスノーランが賞を受け取って、「みんなが彼の演技に魅せられた。名優ヒース レジャーは 決して忘れ去られることはないだろう。」と述べた。

ヒース レジャーが映画に登場してから 彼独特の雰囲気にひきつけられてきた。ダークナイトのジョーカーの役は、怪優ジャック ニコルソンの後任でもあり、どんな風に、精神分裂症の根っからの悪の権化を、演じるのか 注目していたが、バットマンシリーズのどのジョーカーよりも 良かった。劇中のジョーカーの殺気立った笑い、瞬きする間に いとも自然に次々に仲間を殺していく無表情、大笑いして人々の憎しみを背負った瞬間の哀切極まりない表情。他の人にまねできない。 彼ほど自分を無にして、役にはまり込む俳優は他に居なかったのではないだろうか。また、彼のように、老成した役者も珍しい。 たった28歳で 亡くなってしまうなんて。 ヒースは ゴールデングローブだけでなく、オスカーにもノミネイトされている。二つとも取れたら、とてもうれしい。

主演男優賞「レスラー」のミッキー ルークもオスカーにノミネイとされている。ほかに、「数奇な人生」の ブラッド ピット、「ミルク」のショーン ペンが推選されている。オスカーは、ショーン ペンが取るだろう。

「ミルク」とは、アメリカ史上 初めて自分がゲイであることをカミングアウトした政治家、ハーベイ ミルクの半生を描いた映画だ。1970年代の ベトナム反戦、人種差別やゲイの市民権獲得の運動の激しいうねりのなかで、ミルクは銃撃されて殺される。このとき彼の死をニュースで見て 当時のことは、よく憶えている。ゲイ差別を人権獲得運動として捉えようと 努力していた。ほとんどの人々は どう捉えてよいのかわからないでいたし、社会は変わり者が 突然出てきて殺されたという程度の理解だった。いまでは ゲイなど珍しくもないし、自分の心の中のゲイは、だれでも持っている。そんなミルクのことが映画化されて、オスカーの対象にまでなって、嬉しい。

アメリカ社会が やっと黒人大統領を迎えるまでに成長し、やっと、ハーベイ ミルクを失ったことを追悼している。やっと、ここまできたのか、、と感慨深い。
new DecolinkParser().start('diary_body')

2009年1月19日月曜日

怖い話


真夏のこの時期、シドニーでは 白桃が盛りで出回っていて 一番美味しいころになる。
白桃も白いネクタリンも、外から触って実が少し柔らかくなったところを ナイフで半分に切れ目を入れると、ぱっくりと2つに分かれて 手を汚さずに そのまま食べられる。ちょっと前まではそれが、黄桃と黄色いネクタリンだった。

それと、茹とうもろこしが とっても美味しい。取れたてのスイートコーンに、塩をふってかぶりつく美味しさは、特別。ここでは一年中、収穫できるので、食事の肉や魚の付け合せにする為に、皮付きを買ってくる。皮をむいて売っているものは 新鮮な甘みが 失われているので、皮付きを買うに限る。

とうもろこしの皮をむく段になって 私は二重に手袋をつける。薄い台所用の手袋と、トイレ掃除に使うような厚いゴム手袋を 両方つけて、ごみ袋を用意して、おもむろに皮をむく。とうもろこしの先の穂のあたりの実の柔らかいところに青虫がいることがあるからだ。この虫が、居るかも知れないと想像するだけで 怖くて怖くて 緊張する。ちょっとでも虫の居る気配がすると、心臓が氷つき、全身に鳥肌がたち、頭から冷や汗が出て止まらない。本当に失神しそうになるが、勇気をふるって、とうもろこしの先を包丁で切り落として、ごみ袋に入れて、すぐに、エアシューターで、建物の外のごみ集配所に直行させる。以前、切り落としたとうもろこしの先をゴミ箱にいれて、そのまま調理を続けていたら、青虫が ゴミ箱のなかから、這い出てきたのだ。そのときの地球が破壊されたときのような 心臓がもぎ取られたような恐怖感を、忘れられない。スーパーマーケットの売り場で、コーンの山の上を この青虫が這っていたのを見て、足がすくんで、全身大汗をかいて、動けなくなったこともある。

子供のときから 足のあるカミキリ虫やクワガタや、羽のある蝶や蛾は平気なのに 足のない青虫、蛆虫など幼虫が異常に怖い。夜、家のトイレにも一人で行けなかった。そんな私を兄姉は 笑ったり非難したりしたが、父は「怖がるのは いいことだ。それだけ想像力があるということだ。それでいいのだ。」と悠然としていた。それでいいのだ。しかし、そのまま年をとってしまった。

昔の友達に向島の大工の棟梁に一人娘がいた。チャキチャキの江戸っ子、体も声も大きく弱いものを助け、どんな大きな相手でも間違っていればひるまず向かっていく。正義の味方で人格者、立派な女性だった。そんな人がねずみを怖がる。当時私はハツカネズミをペットにしていた。その話をするだけで、ガタガタふるえて、じっとり汗をかいて、貧血をおこして倒れそうになる。はじめは冗談かと思ったが、本当に怖がる姿を見て、ぴったりネズミの話は避けるようにした。

怖いものは 人によって異なる。何が一番怖いか、人と会って、話を聞くとおもしろくて、それぞれが全然違うので、人に対する興味が湧いてつきない。
一般に 人はお化けを怖がる。私は怖くなかった。 フィリピンで 何度もお化けにあった。
一度目はマニラの最初の家で、二階で眠っていたら 異様に大きな足音が、階下から上がってくる。ドカン ドカンと 余程大きな男が 二階に上がってくるものだ と、半分眠った頭で聞いていると、ドスーンドスーンと、私の寝室のドアの前で、足音が止まった。その瞬間、私の足元で眠っていた犬がドアに向かって猛然と吠え掛かった。午前3時だった。大きな私の犬は しばらく吼え続けていた。抱き上げると、ガタガタ震えていた。翌朝、階下に行ってみると、メイドたちと運転手が青い顔で、「で、で、出たー。」と騒いでいた。 日本のように 音もなく出てくる 足のないお化けではなくて、フィリピンバージョンは、いやにうるさいのが特徴らしい。

その後も このお化けは 姿は現わさないが、メイドや他の人たちを怖がらせた。 来客用の寝室のトイレには鍵がなかった。むかし、鍵が壊れたので取り外して、トイレのドアには 飾りのドアノブがついているだけで、鍵はかからなかった。にもかかわらず、夫の秘書が泊まりに来たとき、彼女はトイレのドアの鍵がかかり 開けられなくて一晩中トイレに閉じ込められていた。運転手の妹が 泊まったときも同じことが起きた。かぎがないので、閉まるわけがないドアに鍵がかかって 開けられなくなるのは、不思議な出来事だったが、この家に住んでいたお化けは お茶目で 若いフィリピン女が 夫のまわりをヒラヒラ舞っては誘惑しようとする姿を ちゃかしていたのではないだろうか。かわいい奴ではないか。

この家だけでなく、フィリピンでは、他の移った家でもお化けがやって来た。このときも ものすごく大きな ドカーンドカーンという音で お化けは台所に入ってきて、冷蔵庫を開けて バシーンと、家が壊れるくらい大きな音で閉めて 出て行った。翌朝、メイドが怖がるので、牧師に来てもらって、お払いをしてもらった。二重三重の鍵をかけ、安全対策を講じている家で メイドもガードマン代わりの運転手も住み込んでいるから 泥棒や強盗は簡単には入れない。どうやって 馬鹿でかい音とともに 家にお化けが 入ってくるのかわからないが、お化けにはお化けの事情があったのだろう。
不思議と、娘達はお化けの音に目を覚まさなかった。娘達が怖いのは、お化けではなく、ゴキブリだ。

今のところ、シドニーでは、お化けに会ったことがない。一番 怖いのは、やっぱり とうもろこしについてくる青虫だ。
そういえば、掃除用の厚いゴム手袋、古くなってきているので、買い足しておかなければならない。

2009年1月14日水曜日

もう マックは食べない


モーゼに率いられた 奴隷ヘブライ人たちは エジプトを脱出する際に、その条件として十戒を守ること、エホバを民族神として信仰することを約束した。エホバは転地を創造した全能の神だから 他の神を信じることは 固く禁じられた。従って ユダヤ教は唯一神エホバのみを信仰する宗教で、ユダヤ人だけが神に選ばれた民族として 救済されるという選民思想が元になっている。

第2次世界大戦の 600万人のホロコーストは、ユダヤ人のシオニズムに火をつけた。シオニズムは2000年のヨーロッパにおける受難の歴史を克服しようとしたイデオロギーだ。この強固さに比べたら、ドイツ、ナチズムのゲルマン人純血思想など、シオニズムの裏返しでしかない。シオニズムの断固としたユダヤ純血主義思想、この狂信。この盲目的なサデイズム。

イスラエル首相の収賄事件を隠蔽するために、強い指導力を国民に見せ付ける為に ガザを攻撃する政治の愚かさ。これは戦争ではない。一方的なパレスチナ難民に対する虐殺だ。学校が爆撃され、病院が襲われている。ここにも正義はない。ここにも神はない。ガザで1000人の罪のない市民が殺されて、やっと国連議長の視察ですか?

ーー「神は死んだ」? ニーチェは「末人共が神を殺した」と言っているのであって、あえていうなら「殺したつもり」にすぎない と言っているのだと思う。だから「ツアラトストラ」を書いたのではないか。ーと、親友ゴンの弁。 ならば、希望はあるのか?あるんだろうか。

もうマクドナルドも、コカコーラも、スターバックも止めようと思う。シオニストを援助することになるのだから。パレスチナ難民の頭の上から ばらまかれるクラスター爆弾の資金になるのだから。

2009年1月9日金曜日

映画「地球が静止する日」







映画「THE DAY THE EARTH STOOD STILL」邦題「地球が静止する日」を観た。1951年に、ロバート ワイズ監督が作った映画のリメイク。

50年以上前に作られたサイエンス フィクションが再び 21世紀に、映画化されるって、すごいことではないか。ラブロマンスや、三角関係が引き起こした殺人事件の映画が、50年後に、別の人気俳優によってリメイクされるのなら わかるが、SFのリメイクだ。 この50年の間に、科学技術は飛躍的に 発達発展した。50年前に わからなかったことが解明され、私達の生活様式も きわめて早い速度で近代化 便利化してきた。大学時代にプレハブの部活で、かじかんだ手指に息をはきかけながら鉄筆で書いたアジを、一枚一枚ガリ版印刷して、学内を配って回ったなどと、言ってもわかってくれる人は少ない。いまでは電車の中で、小型PCでタイプした文章を 簡単に印刷できる。楽譜も 昔は手書き。オーケストラの楽譜をコピーをするのは 大変な作業だったが、今ではコピーから 転調 編曲までコンピューターで自由自在だ。こんなに何もかも、進歩してしまった今、50年前に 人を感動させたSF映画のリメイクで、現代人を再びびっくりさせることができるのだろうか。

監督:スコット デリクソン
配役:クラトウ:キアノ リーブス    
    ヘレン:ジェニファー コネリー    
    息子:デイデイン スミス
ストーリーは、
地球に謎の物体が接近してきた。緊急事態に、大統領は全米の科学者をペンタゴンに召集する。その中に、細胞科学専門家のへレン(ジェニファー コネリー)もいる。しかし、対策を講じる前に、すでに、すさまじい速さで、謎の物体 宇宙船は、地球に達して、ニューヨークのセントラルパークに、着陸した。軍と警察が包囲する中を、宇宙船から出てきたのは、40メートルもの高さの大きなロボットだった。その中から、出てきたエイリアンにたいして、混乱して指揮統制が一致しない軍が、一方的に発砲してしまい、エイリアンは 傷ついて倒れる。直ちに エイリアンは病院に運ばれて、医師達によって治療が始まる。この未知の生物は、大きな 卵のようなジェルに包まれていた。医師達は傷を探してメスを使う。ドロドロの白いジェルを切り開いて 出てきたのは まさしく人間の姿をしたエイリアン、クラトウ(キアノ リーブス)だった。

彼は 傷口に救急処置だけされると 大統領と軍の指揮者に囲まれて、自由を拘束されて、電流を体につながれて、尋問される。しかし、エネルギーを自在に使うことができるクラトウは、逆に尋問官に、電流を逆流させて、情報を手に入れ、軍機関から脱出する。しかし、銃で撃たれた傷のために 宇宙船のあるところまで 弱ってたどり着けないでいる。そこを、科学者ヘレンに出合って 助けられる。ヘレンは やみ雲に発砲したり、暴力的に尋問する軍のやりかたに反感をもっていたので クラトウを 車に乗せ、5歳の息子と一緒に、軍の追跡を逃れる。ヘレンは 逃亡して、父のところに身をよせ かくまってもらう。父はノーベル賞受賞者の数学者だが、彼に解析できなかった数学理論を クラトウに教わったりして、心の交流をするが、軍の追跡から、安住できる場はなかった。

一方、息子は、クラトウがいったん死んだ人にエネルギーを注入して蘇生させることが出来るところを見て、ヘレンの目を盗んで、クラトウを死んだ父親の墓に連れてきて、父親を生き返らせて欲しいと、懇願する。
ヘレンは、クラトウが地球にやってきたのは、人類を救う為ではなくて、地球を人類から救う為に来たのだと言うことを知って、子供を殺さないで、と懇願する。そうしているうちにも、ロボットのパワーで、地球上の建物も人々も、次々を攻撃されて破壊されていく。そんななかで、クラトウの決断は、、、 というお話。

反抗期で なまいき盛り、5歳のくせに母親のヘレンにたてついてばかりいる息子が 母親からかくれてクラトウを墓地に連れて行って クラトウに 「ねえ、お願いお願いだから、、」といって、死んだ父親を生き返らせて欲しいと お願いする姿には、涙をさそわれる。子供の言葉に 意表をつかれて、「物質は時間の経過とともに変化するものだから」と説明するが、息子には全く理解できず、言葉を失うクラトウ。ただただ、懸命に 真剣な眼差しで、クラトウに懇願する子供と、そこにいて、ただ頭をたれることしかできない美形のキアノ、このシーンは、絵になる。

エイリアン役のキアノの感情に流されない、冷静沈着で、端整な顔がとても良い。とても美しい顔と姿が、人間離れした美しさで、エイリアン役が良く似合う。最初の 彼の出現が 衝撃的だ。ドロドロ、ぬるぬるのジェルの厚い中から出てきた 美しい少年のような全裸姿。ここで、キアノ リーブスのファンは、必ず「マトリックス」のネオの生誕シーンを思い起こすことだろう。不思議なドロドロ、ねばねば、グチャグチャの釜の中の繭から生まれ出てきた 生命体誕生のシーンだ。「マトリックス」の映画のために、キアノは 髪の毛から体毛から すべて剃りおとして全身ツルツルになって 繭から生まれ出るところを撮影したのだそうだ。俳優も大変な家業だ。

クラトウは 地球の人々より遥かに文化も科学水準も高い処からやってきた。彼は 地球の人々が 余りにも愚かで、争いを止めず、土壌を汚染し、自然を破壊し続けるので、地球という星を守る為には、下等な地球人類を全部滅ぼすしか方法はないと考えている。そのクラトウと直接 触れ合いコミュニケイトできたのは、ヘレンとその息子だけだ。クラトウが 地球の人々を絶滅させて地球を救うのか、このままにして人々が地球を破壊し続けることを許してしまうのか、判断は、クラトウ次第だ。人の生死をどう捉えるのか、世界をどう理解するのか、キアノ次第、というところも、「マトリックス」に似ている。ストーリーからいって、キアノ以外に 適役はなかっただろう。

完璧といってよい美しい容姿のキアノに対して、主演女優のジェニファー コネリーが全く美しくないのが残念。5歳児の子供をもった 第一線で働く科学者という設定、こんな眉毛ボサボサの痩せた女でなく もっと、きれいな女優を確保して欲しかった。 子役のデイデイン スミスは、ウィル スミスの息子、「幸せのちから」で、活躍し、実力を証明された。本当に可愛い。

映画で、クラトウが発する数少ない言葉が 興味深い。ヘレンがあなたは どうして地球に来たの?と聞くと彼は「TO SAVE THE EARTH」と答える。その言葉だけで、「私達を救いにきたんじゃないのね。」と、理解できるヘレンはさすが、頭が良い学者さんだ。   また、軍による暴力的な尋問で、「ARE YOU A HUMAN?」(おまえは人間か?)の質問に、「MY BODY IS」と答え、電流で拷問されながら「DO YOU FEEL A PAIN?」(痛いか?)と問われて、「MY BODY DOES」と答える会話も、人とエイリアンとの対話を 効果的に際立たせていて、おもしろかった。

このキアノ 日本に映画の宣伝のために来たらしい。記者会見で、地球最後の日に、あなただったら何を食べたいか、と聞かれて、ステーキ、シザースサラダ、ワインにチョレートケーキと答え、「できるだけ ゆっくり食べたいね。」といって会見者達を笑わせたそうだ。 ステーキ、サラダなど、最も一般的で アメリカ人が毎日食べている そんなものを キアノも食べているんだろうか。俳優家業も長く、34歳、少しも贅肉がついていない永遠の少年のような姿、、、立派です。
それを見るだけのために この映画、見る価値がある。