2009年1月19日月曜日

怖い話


真夏のこの時期、シドニーでは 白桃が盛りで出回っていて 一番美味しいころになる。
白桃も白いネクタリンも、外から触って実が少し柔らかくなったところを ナイフで半分に切れ目を入れると、ぱっくりと2つに分かれて 手を汚さずに そのまま食べられる。ちょっと前まではそれが、黄桃と黄色いネクタリンだった。

それと、茹とうもろこしが とっても美味しい。取れたてのスイートコーンに、塩をふってかぶりつく美味しさは、特別。ここでは一年中、収穫できるので、食事の肉や魚の付け合せにする為に、皮付きを買ってくる。皮をむいて売っているものは 新鮮な甘みが 失われているので、皮付きを買うに限る。

とうもろこしの皮をむく段になって 私は二重に手袋をつける。薄い台所用の手袋と、トイレ掃除に使うような厚いゴム手袋を 両方つけて、ごみ袋を用意して、おもむろに皮をむく。とうもろこしの先の穂のあたりの実の柔らかいところに青虫がいることがあるからだ。この虫が、居るかも知れないと想像するだけで 怖くて怖くて 緊張する。ちょっとでも虫の居る気配がすると、心臓が氷つき、全身に鳥肌がたち、頭から冷や汗が出て止まらない。本当に失神しそうになるが、勇気をふるって、とうもろこしの先を包丁で切り落として、ごみ袋に入れて、すぐに、エアシューターで、建物の外のごみ集配所に直行させる。以前、切り落としたとうもろこしの先をゴミ箱にいれて、そのまま調理を続けていたら、青虫が ゴミ箱のなかから、這い出てきたのだ。そのときの地球が破壊されたときのような 心臓がもぎ取られたような恐怖感を、忘れられない。スーパーマーケットの売り場で、コーンの山の上を この青虫が這っていたのを見て、足がすくんで、全身大汗をかいて、動けなくなったこともある。

子供のときから 足のあるカミキリ虫やクワガタや、羽のある蝶や蛾は平気なのに 足のない青虫、蛆虫など幼虫が異常に怖い。夜、家のトイレにも一人で行けなかった。そんな私を兄姉は 笑ったり非難したりしたが、父は「怖がるのは いいことだ。それだけ想像力があるということだ。それでいいのだ。」と悠然としていた。それでいいのだ。しかし、そのまま年をとってしまった。

昔の友達に向島の大工の棟梁に一人娘がいた。チャキチャキの江戸っ子、体も声も大きく弱いものを助け、どんな大きな相手でも間違っていればひるまず向かっていく。正義の味方で人格者、立派な女性だった。そんな人がねずみを怖がる。当時私はハツカネズミをペットにしていた。その話をするだけで、ガタガタふるえて、じっとり汗をかいて、貧血をおこして倒れそうになる。はじめは冗談かと思ったが、本当に怖がる姿を見て、ぴったりネズミの話は避けるようにした。

怖いものは 人によって異なる。何が一番怖いか、人と会って、話を聞くとおもしろくて、それぞれが全然違うので、人に対する興味が湧いてつきない。
一般に 人はお化けを怖がる。私は怖くなかった。 フィリピンで 何度もお化けにあった。
一度目はマニラの最初の家で、二階で眠っていたら 異様に大きな足音が、階下から上がってくる。ドカン ドカンと 余程大きな男が 二階に上がってくるものだ と、半分眠った頭で聞いていると、ドスーンドスーンと、私の寝室のドアの前で、足音が止まった。その瞬間、私の足元で眠っていた犬がドアに向かって猛然と吠え掛かった。午前3時だった。大きな私の犬は しばらく吼え続けていた。抱き上げると、ガタガタ震えていた。翌朝、階下に行ってみると、メイドたちと運転手が青い顔で、「で、で、出たー。」と騒いでいた。 日本のように 音もなく出てくる 足のないお化けではなくて、フィリピンバージョンは、いやにうるさいのが特徴らしい。

その後も このお化けは 姿は現わさないが、メイドや他の人たちを怖がらせた。 来客用の寝室のトイレには鍵がなかった。むかし、鍵が壊れたので取り外して、トイレのドアには 飾りのドアノブがついているだけで、鍵はかからなかった。にもかかわらず、夫の秘書が泊まりに来たとき、彼女はトイレのドアの鍵がかかり 開けられなくて一晩中トイレに閉じ込められていた。運転手の妹が 泊まったときも同じことが起きた。かぎがないので、閉まるわけがないドアに鍵がかかって 開けられなくなるのは、不思議な出来事だったが、この家に住んでいたお化けは お茶目で 若いフィリピン女が 夫のまわりをヒラヒラ舞っては誘惑しようとする姿を ちゃかしていたのではないだろうか。かわいい奴ではないか。

この家だけでなく、フィリピンでは、他の移った家でもお化けがやって来た。このときも ものすごく大きな ドカーンドカーンという音で お化けは台所に入ってきて、冷蔵庫を開けて バシーンと、家が壊れるくらい大きな音で閉めて 出て行った。翌朝、メイドが怖がるので、牧師に来てもらって、お払いをしてもらった。二重三重の鍵をかけ、安全対策を講じている家で メイドもガードマン代わりの運転手も住み込んでいるから 泥棒や強盗は簡単には入れない。どうやって 馬鹿でかい音とともに 家にお化けが 入ってくるのかわからないが、お化けにはお化けの事情があったのだろう。
不思議と、娘達はお化けの音に目を覚まさなかった。娘達が怖いのは、お化けではなく、ゴキブリだ。

今のところ、シドニーでは、お化けに会ったことがない。一番 怖いのは、やっぱり とうもろこしについてくる青虫だ。
そういえば、掃除用の厚いゴム手袋、古くなってきているので、買い足しておかなければならない。