2008年9月29日月曜日

映画 「ウォーリー」


デイズ二ー映画制作のSFアニメーション「ウォーリー」を観た。「ファインデイング 二モ」の、アンドリュー スタントン監督。 男の子の名のウォーリーでも、悩ませる心配させる の WORRYでもなく、「WALL-E」とは、「WAST ALLOCATION LOAD LIFTER EARTH CLASS」 の略で、地球のごみ処理ロボットのことだ。

今から800年後の話だ。
地球に住んでいた かつての住人はすべて 他の星や宇宙船に避難 移住した。放射線や化学物質で汚染された地球は 完全に人々から捨てられて、命あるものは死滅した。その廃墟に残った ごみ処理ロボット達も、ウォーリーを除いて、皆役目を果たし、エネルギーを使い果たして動かなくなっていた。地球上ただ一台 残されたごみ処理ロボット ウォーリーの友達はただ一匹のゴキブリだった。 毎朝 日が昇ると ウォーリーはごみを集めて圧縮してはそれを積み上げていく。なにか面白いものや再利用できそうなものは 拾って集めて、夕方になると ガレージの自分の部屋に持って帰ってくる。自分の部屋では 1969年のミュージカル「ハロー ドリー」をVHSビデオで観て、自分でも踊ってみたりしている。ウォーリーは孤独だ。

ある日、轟音とともに、ロケットが着陸して、偵察ロボットを地球に残していく。ウォーリーはその白い美しい偵察ロボット、イブの姿に魅せられて、恋をする。イブは地球に生命体があるかどうか調査する為に来たのだった。そんなとき、ウオーリーは 鉄くずの残骸の下から 小さな芽を出したばかりの緑の植物を見つける。有頂天になって、それをイブにプレゼントする。生命体を受け取ったイブはそれを自分の体内で処置しようとして、故障して 動かなくなってしまう。ウォーリーは動かなくなったイブを 眺めの良い山頂や 港に連れて行って、懸命に話しかける。自分の行くところ どこにでも連れて行って 片時もイブを離さない。

そうしているうちに またロケットが来て、もう動かなくなったイブを連れ去ろうとする。ウォーリーは 必死でイブについていき 人間の住む巨大な宇宙船に中に侵入する。ここでは人間は働いてものを生産する必要がないので 太った豚のような姿になっている。何もかもが機械がやってくれるので 手足も退化している。目も前のコンピューターを作動させるだけで 食べ物も飲み物も目の前に来る。コンピューター画面しか見る必要がないので、視野も退化して狭くなっている。宇宙船の船長はこのうち宇宙船を提供している会社のしもべでしかない。こうしたなかで、ウォーリーとイブの恋の行方は、、、。 というお話。

すべての生命体が死に絶えたニューヨークで パワフルに休まず ごみを処理するウォーリーが 仕事を終え、自分の部屋に戻れば ごみの中から拾ってきた物をより分けて、自分の古くなった部品を自分で修理して取り替えたり、古いミュージカルビデオを見て 愉快になったりする姿がとても人間的だ。アニメーションでロボットの表情ひとつに喜怒哀楽を表現させるテクニックに脱帽。観ながら、すっかりウォーリーに感情移入してしまう。動かなくなったイブをいつも連れ歩き、雨が降れば 自分は濡れてもイブには傘をさしかける、本当に人間的。イブも笑い顔がすごくかわいい。

ロボットが人間的で、生き残って退化した人間が獣以下、という設定がおもしろい。退化した人間の姿が ブラックユーモアになっている。コーラとハンバーガーで生きているアメリカ人の将来、行く末を明確に描いている。 ウォーリーがどうしてロボットなのに人の心を持つようになったのか、命令に忠実なイブまでが 何故ウォーリーの恋心によって、変わってしまったのか 不明だが、ウォルトデイズ二ーがこの映画で対象にしている年齢層を考えれば 細かいことを追求しても仕方がない。子供がこの映画を観ていのちの大切さや 相手を思いやること、緑を守ることの意味を考えるのが大切だ。 とても、良い映画で、子供の為のアニメーションにしておくのは もったいない。

ウォールトデイズ二ー社は 手塚治虫を実によく研究して とりこんでコピーしている。「ライオンキング」が、40年前の彼の作品「ジャングル大帝」の まるっきしコピーなのは、名目瞭然。 このウォーリーも 彼の「火の鳥」のテーマに似ている。 「火の鳥」は 「黎明編」、「未来編」、「ヤマト編」、「宇宙編」、「鳳凰編」、「復活編」に分かれた5部作だ。 第一部、「黎明編」が発表されたのが1955年。連載されては雑誌廃刊、また再編されては出版社倒産と、何度も憂き目に会いながら、1976年、朝日ソノラマ発行の月間「漫画少年」で、完結した。この30余年前の5冊を持っている。紙が赤茶けているが内容は現代そのもので手塚ワールドは、時を経ても いつも新しい。

この完結編の中で 事故で脳挫傷した少年が 体は人間、脳の3分の2は 人口脳を埋め込まれて再生する話が出てくる。体は人間、脳はロボット、でも心は人間だ。少年の目から見ると 有機質の人間は 醜い物体だが、美しい人間の姿に見えるのは 無機質のロボットだ。そして、少年は一人のロボットに恋をして、やがて互いに愛し合うようになる。勿論、人間達から、理解を得られない。恋の末路は悲劇的だ。

「火の鳥」では、この人の心をもった 人工脳の少年とロボットの少女が ロビータのもとになり、「火の鳥」第一巻のはじめにもどっていく。最終的にはロビータは、ひとつのロビータが 人間に死刑を要求されたために、人間に仕えていた何万 何十万というロビータがすべて 自ら溶鉱炉のなかに飛び込んで 鉄くずとなって、人間社会からロボットは消えていく。

手塚治虫はすぐれて、ヒュ-マニストの作家だが、子供向けの漫画だからといって ハッピーエンドの御伽噺は 決して描かなかった。 漫画の中で、科学者は 死んだ人の命を人工機能によって再生し、命の創造に着手する。死に絶えたはずの動物達を 人工羊水のなかで育てている。二つの死体から 一つの完璧な体を作ろうとする。人の記憶を残して、人の心をもったロボットを製作する。 それらが、とても斬新な発想で、こういったストーリーを彼が書き始めた1955年ごろ、世界は まだ月の探索どころか、コンピューターもなかった。それを思うと、今、改めて、手塚治虫は とてつもない想像力を持った 大きな子供だったんだ、と思う。

2008年9月25日木曜日

マケイン降板か


この10月のアメリカ大統領選挙にむけて、民主党から出馬したオバマと、ほぼ互角で選挙戦を戦っていた 共和党の上院議員マケインが、大統領候補としてのキャンペーンを、WITHHOLD すると、発表した。
それほど、アメリカの金融危機が深刻で、かりに、彼が大統領になっても ならなくても 国家的な経済危機の責任を負う という不名誉な責任を負いたくないからだろう。

アメリカでは、自由市場で、投資、投機ばかりが跋扈するなか、クレジットクランチが起き、政府が7000億ドルのレスキューパケッジを、出すという。これは、国民の税金。このことにより、金融市場が健全に立ち戻るとは思えない。

かつてドルは金と土地に価値を裏打ちされていた。 いまや、ただの紙切れ、ブッシュは 国債という紙を印刷しまくり、彼を支える大型企業や金融機関は証券という紙を印刷しまくった。そのツケが回ってきたに過ぎない。

アメリカは第一次世界大戦で国土に何の被害もなく、戦後、世界中の金の85%をもっていた。それで、やり放題、、、韓国に介入し、ベトナムを蹂躙し、いままたイラクとアフガニスタンに派兵している。9,11は、起こるべくして起こったのだ。

アメリカは、なりふりかまわず自国の国民を守る為に、アメリカの不良証券を日本に売りつけるだろう。それがなくては、生き延びられない。 ところで、いまの日本の首相って誰だっけ? おまえ、ちゃんと、ノーと言えるのか???

2008年9月15日月曜日

映画「IN BRUGES」



ブラックユーモアは嫌いではないが、人の死を笑うようなブラックなユーモアは好きになれない。 職業柄、余りにも 毎日が死に満ちている。死にたくなくて、死んでいく人ばかりだ。そうではなくて、自分の命を充分生きたという満足感をもって 豊かな気持ちで心安らかに旅立たせてあげることが 使命のひとつでもあると思っている。 心臓外科病棟の忙しさに疲れて、エイジケア(老人ホーム)に勤め始めて2年になる。人々は死ぬ為に、ここにやって来る。家族は世話を拒否、病院での加療で治癒することは望めない、長期療養施設も、徘徊や失禁が進むと手がかかる為 出されてしまう そんな人が集まってくるエイジケアは 人生の終着点だ。だから入口はあっても、出口はない。 この2年間に沢山の患者を 心をこめて見送った。そこに笑いはない。

映画 「IN BUUGES」を観た。
各地ホイッツで上映中の新作。
監督:MARTIN MCDONAGH
俳優:COLLIN FARRELL    
    BRENDAN GLEESON   
    RALPH FLENNES
邦題にすると「ブルジスにて」だろうか。ベルギーの古い中世の雰囲気の残っている街の名前だ。クエンテイン タランテイーノの「パルプフィクション」のヨーロッパバージョンとも 評価されているようだ。不真面目ともまじめとも言えない殺人のお話というか、ブラックユーモアの映画。

ブルジスに2週間後に 行くことになっている。それが理由でこの映画を観た。それ以外に こんな人の死をブラックに笑う映画など観る理由がない。「パルプフィクション」も大嫌いな映画だった。

映画は 16世紀の中世の趣を残した 伝統的な手縫いのレースと観光で生きているブルジスの街が 舞台だ。古い町並み、石畳、人々がテーブルと椅子をだしてカフェを楽しむ中央広場、高い時計台、いくつもの古い教会と宗教画、街の中央には運河が走り、観光客を乗せたゴンドラが浮かぶ、河には白鳥、夕方になれば霧が出て、幻想的な中世の世界が広がる、御伽噺のような街だ。

ここに、ロンドンでドジな仕事をしてしまった二人の殺し屋が 事件のほとぼりが冷めるまで 留まるように命令されてたどり着く。小さな町は観光客でいっぱいで、狭いひとつの部屋に 年老いた殺し屋:ケン( BRENDAN GLEESON)と、若い殺し屋:レイ(COLLIN FARRELL)は滞在することになる。 レイは 知らない街で、することもなく、イライラしどうしだ。太い眉毛が8時20分を指していて いつもお母さんにしかられたような 情けない顔をしている。この街で 映画撮影に来ているアメリカ人と知り合い、オランダ人の娼婦にゆきずりの恋をする。レストランで喧嘩になって カナダ人夫婦をぶんなぐったりもする。ブルジスの街で アメリカ人、オランダ人、カナダ人、が出てきて、ケンはイギリス人、レイはアイルランド人という だれも皆が 異邦人であるという設定がおもしろい。

そうしているうちにケンとレイは ボスからの指令を受けて、教会の牧師を殺しに行く。レイは またまたドジなことに 牧師を撃った時 同時に、祈りに来ていた少年を撃ち殺してしまう。この少年は「良い子になれますように、算数が得意になれますように」という神様にお願いを書いた紙を握り締めて死んでいた。この少年がものすごく美しい。清らかで美しい魂が巻き添えにあって倒れ、あわてふためく殺し屋の愚かさ加減が滑稽だ。それで、レイは陰鬱な中世の街で何もかもうまくいかない上、子供を殺してしまったことで自分を責め始める。

そんな時 年老いた殺し屋のケンはボスから 相棒のレイはもう使い物にならないので始末するように という命令を受ける。命令とはいえ自分の息子ほどの年齢で、妙に気の弱いレイを殺すのが忍びない。かといって命令に従わない殺し屋は 次には殺される番だ。ケンは命令に従う決意をして、出かける。公園のベンチに座っているレイを見つける。幸い彼はケンには気がつかない。ケンは消音機つきの拳銃をもって、後ろからそっと近ずいていく。カメラがズームしていき、ケンがしのび足でレイの背後に立ち、銃の引き金を引く緊張感の頂点で、レイが同じ瞬間に自分の銃で自殺を図る。まさにケンが引き金を引いて撃とうとした頭を ケン自身が引き金をひいて撃とうとした 、、その緊張の瞬間、爆発的な笑いが起こる。殺そうとしている相手が自殺しようとしたら、殺し屋は その瞬間 どんな条件反射を示すのか。
ケンは夢中でレイの銃を奪って 自殺を食い止めて、生きるように教え諭す。このブラックユーモアが とても笑えるところ。

そんなこんなで、ロンドンのボスが 二人の殺し屋を殺しにブルジスにやってくる。ボスを演じるのが RALPH FIENNES。この彼がメチャメチャうまい。目の光り方が尋常ではない。完全に狂っている。激情に走ってどんなことでもする。体だけ大きな幼児のように 怒ると止めようが無くなって 終点まで行くしかない。なんだ、二人の殺し屋のボスって、ただのオタクだったのか、と笑える、というか笑うしかない。
ラルフ フィネズは、「イングリッシュ ペイシャント」や、「ナイロビの蜂」を主演した俳優で、私は大好き。礼儀正しく、シャイで、チャーミング。ソフトで優しくて紳士の鏡みたいなイギリス人役者。この彼が およそ自分と正反対の役で、汚いアメリカ言葉、一つの単語にひとつのF***言葉をつけて 怒鳴り散らし 銃を撃ちまくる。これが おもしろかった。

この映画 面白いから観てみて、とは誰にも言わないけれど、良い俳優を使っている。人生を皮肉とブラックユーモアで 乗り越えなければならないときもあるだろう。こんな映画が割合 評判高いというのも、わかる気もする。 3週間後には、この街の石畳を踏むことになる。殺人や騒動に巻き込まれることはないだろうが、旅行中は 気をつけて行きたいと思っている。

2008年9月12日金曜日

IPHONEを使ってみたならば


携帯電話の契約が2年を過ぎて、別の新しい形の携帯電話に取り替えてもらえる時期が来たので、アップル社のアイフォーンをもらってきた。

これで 携帯電話も5つ目になる。

洗濯機でジーンズと一緒に間違って洗ってしまった携帯以外は、壊れたわけでなく どこも悪くないのに 契約切れとともに より薄く より軽い携帯にと取り替えてきた。いま、4つの古い携帯をながめてみると、それぞれが どんなに自分の手になじんだものだったか、と思う。日本人旅行者に病人やけが人が出るたびに 病院やホテルを駆け回っていた その昔、携帯はなくてはならないものだった。起きている時は ポケットに、寝ているときには枕元に いつも一緒だったのに、2年たつとポイッか。

さてIPHONEをもって家に帰って 箱を開けてみたら ほんの申し訳のような薄くて 眼鏡をかけても読めないような小さな字の小さな説明書しかない。使い方は ネットを通して勉強するように なっているらしい。フムフム。

IPHONEは、カメラや録音、録画する今までにもあった携帯電話の機能だけでなく ナビゲーターがついていたり、音楽を聴く機能がついている。音楽を聴きながら、電話を受けることができる。

生まれてから 一度も音楽を聴きながら勉強したり、通勤したり 仕事をしたことがない。音楽は ちゃんと正装して劇場に行き 聴くものだと信じていた。昔の粗悪な音質のラジオやテレビから流れてくる粗雑な音に 嫌気がさしていたからかもしれない。技術が進み、CDやDVDの音質も 本物に近い良い音がでるようになっているのだろう。IPHONEでは、ネットで好きな音楽を買って インストールするのだと言われて びっくりした。エー!

携帯がIPHONEになって とってもがっかりしている。
今にもゴミ箱に放りなげて 前の手になじんだ携帯にもどりたい気分になっている。
どうしてか というと、、

1)SMSで写真が送れない。 写真はEメイルで送ることになっている。SMSで写真を送れないのでは 離れて住んでいる家族と毎日 写真つきメッセージでやりとりを楽しんできた私にとっては大打撃。忙しくて 遠くに住む娘に 電話で話する時間はないが、ちょとした安否確認に、飼い猫の笑える写真をつけて送ったり、今日のお料理が良く出来たので写真を送ったりして たわいのないやりとりが楽しかったのに、それが出来なくなってしまった。写真をネットを通して送ると言っても 携帯がネットと同じ役割をはたしている日本のような進んだところと違って 携帯でネットをやっている人はまだ オーストラリアでは少ない。だからIPHONEから写真を送っても コンピューターのほうに送られてしまう。写真を今までのように、SMSでは送れないと、始めから知っていたらIPHONEなど買わなかった。腹立たしい。

前の携帯のシームカードを入れてIPHONEを使っているのに、前の携帯に保存していた写真が全部消えてしまった。 娘がイタリアから送ってくれたミケランジェロの天井画など、貴重な写真も消えてしまって頭にくる。

2)メッセージをタイプする画面が小さくて タイプに時間がかかり、誤字も多くなった。私の指でもふたつの文字をタッチしてしまい 余程 時間をかけて注意深くタッチしないと メッセージのタイプができない。私の指で大変なら、大きな男の人の指だと、どういうことになるんだろう?ワカラナイ。

3)電池の消耗が激しい。 何も使わないのに 一日持ち歩いていると、3分の1くらい電池がなくなっている。今までの携帯では3日くらい充電しないで平気だった。IPHONEでは毎日充電しなければならない。

4)節電モードになっているので、ポケットから出したときは真っ暗。今までは  ポケットから出してすぐに時間と日付けが確認できて 時計代わりになったが、IPHONEでは ポケットから出して、ボタンを押して、画面を明るくして 自動ロックを解除してから、やっと時間がわかる。これでは 急いでいるとき 時計代わりにならない。

5)写真のボタンを押すと、今までとった写真が全部並んで出てきてしまう。従って、特定の写真だけを特定の人に見せたくても、写真を全部見せてしまうことになる。私は別に秘密がないから良いけど、4-5人親しいボーイフレンドがいて、そのうちのどの子にしようか 決めかねているような人は、 この子と撮った写真も あの子と撮った写真もあるだろうから、自分のアルバムを人に見せられない。、、かもしれない。

いまのところ、IPHONEの良いところが全くみつからない。

これから音楽をじっくり選曲してIPHONEにインストールしようと思っているが また様々な やっかいなことが起きそうでこわい。 いま、IPHONEに乗り換えようとしている人は、立ち止まって 再考することをお勧めする。

2008年9月5日金曜日

加藤登紀子チャリテイーコンサート


日本から加藤登紀子が 国連環境計画親善大使として来豪し、シドニーでコンサートをしたので 聴きに行ってきた。

歌った曲は
「あなたに」 モンゴル800
「島唄」 宮沢カズフミ
「この空を飛べたら」 中島みゆき
「I LOVE YOU 」 尾崎豊
「愛さんさん」 小倉ケイ
「百万本のバラ」 R PAUL
「知床旅情」 森茂久弥
「NOW IS THE TIME 」 自作
「一人寝の子守唄」自作
「檸檬」自作
など、また リクエストに答えて「崖のうえのポンチョ」を歌った。

シドニーには日本人の団体が二つあって ひとつは自営業者など永住権を持っている人が中心になっているシドニー日本クラブと 他に、企業から赴任してきた人などのジャパニースソサイテイーシドニーがある。今回のコンサートは日本クラブが主催して、ジャパニーズソサイテイーの方が後援した。コンサートで集まった約7000ドルのカンパは 環境保護のために寄付されるそうだ。

加藤登紀子の昔の 上質のベルベットのような声を知っているので 高音が全くでなくなってしまった声の衰え 伸びのない かすれ声にショックを受けた。しかし、何曲か聴いているうちに そういった衰えがあまり気にならなくなって、ギターをかかえれば、昔と同じ雰囲気で語り弾きする姿に感銘をうけた。相変わらず 彼女が元気でやっている ということがわかってうれしかった。

改めて40年という気の遠くなるような時の積み重ねを思った。 共有した時代の計りようもない重さ、、、。 あの時代をひきずっている者たちの 独特の熱気。
それだけに、いまだに権力に囚われて 高い壁に中に閉じ込められて自由を奪われている友人がいる限り 心休まることはないという心情は 彼女も同じだろう。 囚われている共通の友人に、どうぞ 元気でいてくださいと、祈ることができるだけ。

銃口にジャスミンの花
無造作に挿して岩場を歩きゆく君

戦場のハンモックに寝てみれば
満天の星手に触れるごとし

「地獄でまた革命やろう」と先に逝き
彼岸で待っている君は二十六歳

公判で問われし過去を切りとりて
かきまぜながら飲み干した夏

もう一度よんでみてよと姉の便り
「君死にたまふことなかれ」の文字

雪降る日 白胡蝶蘭差し入れの
白鳥のごと独房に舞う            

重信房子 「ジャスミンを銃口に」幻冬舎

2008年9月1日月曜日

チャッツウッドの韓国風呂



州花 ワトルの明るい黄色の花が咲き始めた。
シドニーの長かった冬が やっと終わりつつあり 朝晩まだ寒いが 春の兆しが見えてきた。
堅くなった古皮から這い出てくるのに良い季節になった。ので、チャッツウッドに新しく出来た女性だけの為の韓国風呂に行ってみた。怖いもの見たがり というべきか。
ORIANA BATH HOUSE
2・5 HELP ST.CHATSWOOD
9884-8333
あかすり $58
オイルマッサージ $88
整体マッサージ $250

私のは全身オイルマッサージに美顔パックがついて$110なり。 予約時間の1時間前に来るように 電話で言われたので、律儀に1時間前に着いて 言われた通りに入浴とサウナでしっかり温まる。日本の銭湯よりは小さいが久しぶりに大きな湯船につかってゆっくりする。でも1時間は長すぎ、湯船もサウナも高温でくらくら、ゆでだこ並みに赤くなって冷たい水風呂で冷やし またサウナでのぼせてというのを繰り返しているうちに 今知能テストをされたらIQ:15くらいという段になってやっと おばさんが呼びにきて救命してくれた。 おばさん 40位か、ちょっといやらしい黒のパンテーとブラ姿。

台に乗せられ いきなり足から擦り始められる。下ろし金で 身をすられる大根になった気分。とても痛い。うわーん と泣きまねをするが おばさんは一心不乱で「こすり:いのち!」と言う感じで私の顔も見てくれない。英語も通じない。通りかかった受付嬢に ちょっとやさしくしてーと呼びかけたらやっと、韓国語で伝えてくれて、じゃあ ミデアムから、ソフトに変えましょう という路線転換したはずなのに、なにも変わらず 足の指など2-3本もげて無くなっているはず、、。
ジェスチャーでうつぶせ、仰向け 横向きとポーズを変えさせられながら 両手をナイロンたわしで武装したおばさんに 擦りまくられる。横にした木に全力でカンナをかける大工職人みたい。 くまなく前後左右縦横斜め、すみずみまですりがねで 擦られて、皮が2枚分くらいこすりとられた。これで第一ラウンド終了。

第二ラウンドは熱々のタオルでカバーされた体の上から 全身マッサージ。手指 足指 腕、背中ときて、うつぶせの不自由な姿勢から ふと後ろを見ると 体重70キロくらいのおばさんが足で 45キロの私の背中や腰や足の上に乗っかっているではありませんか! 肋骨骨折の恐怖と戦いながら 辛うじて我慢をしているうちに、今度は引っ張り放題。足や首がひっぱられるのは 身長が伸びてよいかもしれないけれど、肩を思い切り引っ張られたときは 2回くらい脱臼してまた修復されたと思う。

第三ラウンドのオイル塗りたくられて ぬるぬる地獄でまたもや 足から首までマッサージ。それと顔のマッサージにあとにはキュウリのパック。ここですでに90分経過。
第四ラウンドで顔にヨーグルトパック。髪をシャンプーしてくれて、顔も蒸しタオルで きれいにしてくれて、やっと無罪放免。サウナでゆっくりしてから 帰りなさい と言われる。おばさんは滝のような汗、私をサウナに追いやった後で 自分も裸になってガシガシ髪や体を洗っていた。重労働ご苦労様。 

始めの1時間を入れると ここに来て約3時間過ごしたことになる。 マッサージされることが好きな人にはリラックスできてよいかもしれない。でも私には強い力で揉まれたり 擦られたり 掴まれたりすることに恐怖心が先行してしまう。やっぱ、黒のビキニ姿の英語の全然通じない、体の大きな韓国人のイメージに、強迫感を感じてしまう。

理学療法士:フィジオセラピストは シドニー大で4年コース。獣医学部、医学部、オプトメトリストコースの次に大学受験が難しいコースだ。高校3年で受ける統一試験(HSC)で90%位取らないと入れない。ちなみに看護コースは60%だから、90%がどんなに大変か わかる。入学できても3分の1は 中退させられるという。筋肉、神経 などの解剖学 生理学の基礎をしいっかり勉強してくれないと 骨を折ったり ぎっくり腰や寝違えた人の体は触れない、ということだ。だから、この資格を持っている人にやってもらうマッサージは、信頼できる。

カイロプラクテイションは、2年コース、マッサージ、アロマセラピー 美容の為のケアコースは大抵6ヶ月の研修で資格が取れる。多くの ホテルなどのボデイケアの美容師は このコースを学んだものと思われる。 韓国マッサージとか、タイマッサージ、中国人のマッサージなど、資格がこの国にないものは、資格を問うても仕方がない。上手な人に当たれば良いが 上手下手は、やってみないとわからない。

かくして春になり 古い皮は、ぬけ落ちた。
でもなんか、すごく疲れた。 もう ここには来たくないかも、、、。

2008年8月25日月曜日

映画 「96時間」(「TAKEN)」



新作映画 「TAKEN 」(邦題「96時間」)を観た。92分。
監督:LUK BESSON
主演:ブライアン:ライアン ネーソン
        キム:マギー グレイス
ハリウッド アクションスリラー映画。
暴力満載。
ストーリーは、
カルフォル二アでは18歳以下の子供が海外旅行するためには、両親の承諾書が要る。キム(MAGGIE GRACE)は高校を卒業して18歳になったばかりだが、親友と二人でパリを始発点にヨーロッパ旅行を計画している。母親も、再婚した大富豪の養父も キムには やりたいことは何でもさせてやりたいと思っている。 しかし本当の父親、ブライトン(LIAN NEESON)が、なかなか承諾書にサインしてくれない。彼は 警備会社で働いている。元は、CIAのエイジェントだった。テロ対策専門のエイジェントで、テロ予防のために特殊技術を使っていたため、敵もいる。娘の海外旅行が心配で 気安く娘の旅行に行っておいで とは言えないでいる。そんなブライトンに元妻もキムも怒っている。しかし、娘の度重なる懇願に 頑固なブライトンも とうとう折れて 携帯電話を娘に渡して 必ず毎晩電話をするように約束させて、送り出してやる。

キムと親友は 両親の許可がおりて おおはしゃぎでパリに向かう。パリの滞在先は親友の親戚の家のはずだが、その親戚は休暇旅行中で、二人だけで勝手気ままに使えるアパートだ。親友は両親から首尾よく離れられてパリで思い切り羽を伸ばして遊びたいと思っている。空港に着いて タクシーを待つ間、ハンサムな青年に タクシー代を倹約する為に相乗りしないかと誘われて 二人とも勿論OKだ。 娘からの電話を待っているブライトンは 待ちくたびれて 深夜娘に電話をする。その娘と話している最中 4人の男達が親友を連れ去っていく。父親はうろたえる娘の事態を 即座に飲み込んで、キムにベットの下に隠れるよう指示し、仮に賊に連れて行かれても携帯電話を身から離さないように、、また 必ず見つけ出して助けに行くから、と約束する。しかし、賊は キムをベッドの下から引きずり出し 携帯電話を踏み潰して彼女を誘拐していく。

このグループは 若い女性旅行者を誘拐して性奴隷として人身売買するアラブの犯罪組織だった。娘が売り飛ばされて中東に送られるまで3日しかない。ブライアンは ただちにパリに向かい、娘達が連れ去られたアパートに忍び込み 娘達の足跡を追って、、、。 という おはなし。 56歳のライアン ネーソンが、たった一人で 大きな犯罪組織と戦う。もとCIAエージェントでなければ 絶対不可能な頭脳戦と 肉体的にも激しい暴力戦の連続。「ダイハード4」のブルース ウィルスも娘を人質にとられて奪いかえす ものすごい暴力と、戦車、ヘリコプター、戦闘機まで動員してのオンパレードだったけれど、彼はまがりなりにも警察官、、、やりすぎても警察の後ろ盾があった。しかし、こんどのブライアンはただの市民であり パリという外国で 誰一人頼れる人のない中での孤独な戦いだ。ブライアンの役は、「シンドラーのリスト」「バットマン ビギンズ」などの役者。一種 虚無的な顔が とてもこの役にはまっている。笑い顔や平和なシーンにこの人ほど似合わない人は いないのではないか。

パリ郊外の巨大な建築現場で、急ごしらえのテントのアパートを造った売春宿で 誘拐され、麻薬を打たれ続けて抵抗も逃亡もできなくなった年若い娘達が売春させられている。また秘密カジノで 一人一人裸の娘達がバイヤーのオークションにかけられて、2千万円とか3千万円とかで取引されている様子は 衝撃的だが、かなり本当の話だろう。 世界中から 旅行してきて、憧れのパリに着いたとたんに 誘拐された若い女の子達がただただ哀れだ。 高級ブテイックで試着室の床が羽目板になっていて、服の試着に入った若くて綺麗な子は、羽目板で地下に落とされて 中東に連れて行かれてハーレムに売られるらしい、、、という冗談のような話も聴いたことがある。

この映画を見た人は 親の反対を押し切って友達同士で旅行するなんて、、、だから、いわんこっちゃない、と言いそう。では、しっかりしていれば こういう羽目に陥らずに済むだろうか? どんな時代にも どんなところにも 性犯罪は起きてきたし、これからも起き続けるだろう。しっかりしていれば大丈夫ということは、絶対にない。若くて美しい女は(男も)いつの時代にも、どんなところでも性犯罪の犠牲になりうる。もちろん、充分被害にあわないように注意を怠らないことは大切だ。しかし、仮に被害にあってしまった場合は 生き延びるために どんなことでもすること。そして、生き延びることができたら、自尊心を取り戻すために、最大の努力を払うべきだ。大切なことは、自分をとりもどし、希望を失わないこと。

犯罪の中で、最も卑劣な犯罪はぺデファイルと呼ばれる小児性愛だが、物言えぬ状況の中で力によるレイプも根は同じだ。犯罪は同じ加害者によって幾度でもくり返される。

つい先週、東南アジアでは有名なぺデファイル、ギャリー グルッター(GARY GRITTER)が、タイの刑務所で5年間の刑期を終えて出所した。イギリス人で、もと歌手だ。出所後、ベトナム入国を希望したが、入管局に拒否され、タイ、シンガポール、フィリピンに入国を打診したが、拒否された。いやおうなく イギリスに帰国していったが この男による 未成年の性犯罪被害者は、何百人にも上ると言われている。イギリスで、パスポートを取り上げられたというが、当たり前だ。

オーストラリアでは 繰り返し性犯罪を起こした人には出所後でも 電子バンドをつけさせて、いつもどこにいるか警察が確認できるようにしている。しかしこんなことに膨大な資金を使っても、本人が電子バンドを外して逃亡してしまえば 再犯を防止することはできない。性犯罪を繰り返す者には、刑務所で再教育を期待したり、出所後に監視をしたりすることよりも、去勢手術をすべきではないか。自分でコントロールできない 暴力的な性犯罪者には、手術でその元を絶つべきではないか。そうなれば、性犯罪の再犯予防のために、膨大な税金を使って 刑務所で再教育をしたり、出所後 監視をしたりしないで済むばかりか、まじめに一人前に働いて労働者として 社会に貢献することもできる。地元の子供たちも安全だ。人権に反するというならば、物言えず性犯罪の犠牲になった弱い者達の人権と、加害者のどちらの人権を優先させるのか。被害者が ともすると 深い傷ゆえに、口をとざしてしまう性犯罪。 加害者の刑罰については、もっと活発に討議されて良い。 ライアン ネーソンの絶望的で孤独な戦いを見ていて そんなことを考えた。

2008年8月18日月曜日

オペラ「ランメルモールのルチア」


オペラ「LUCIA DI LAMMERMOOR」 作曲ドンゼッテイ 1835年作 を観た。
オペラハウス。
ストーリーは、
17世紀のスコットランド。 アッシュトン家の当主、エンリコは、宿敵レヴェンスウッド家のエドガルドが、妹ルチアと恋仲であると知って 激怒する。ルチアは母親の墓参りに行った際 エドガルドに命を救われて以来、エドガルドに夢中だ。しかし、エドガルドの父親を殺したのは ルチアの兄エンリコだった。二人は憎しみ合う二つの家の間で 許されざる恋人達だった。

そこで、エドガルドが王の使いでフランスに行っている間に エンリコは エドガルドに恋人が出来たという偽りの手紙を妹に見せて 妹に 政略結婚を強いる。そして、結婚式の当日、ルチアが結婚承諾書にサインした瞬間に、エドガルドが駆け込んでくる。事情を知らないエドガルドは ルチアの心変わりを激しく怒って ルチアをののしる。ルチアは何も言えずに気を失う。

アッシュトン家の広間で 人々が喜びうかれているところを、新郎を刺し殺してしまったルチアが 真っ赤な血で染まった姿で現れる。そして、エドガルドの名前を呼びながら狂って死んでいく。 傷心のエドガルドに、ルチアの死が告げられる。ルチアの本当の心を知らされたエドガルドは ルチアの後を追って 自害して果てる。

愛のために生き、ひとつの愛のために死ぬ、最もオペラらしいオペラ。
3幕 2時間30分
指揮:  リチャード ボニンゲ
音楽:  オーストラリア オペラバレエ オーケストラ
ルチア: エマ マチュー
エドガルド:エリック カトラー
エンリコ:ホセ カルボ
牧師:  リチャード アンダーソン
ルチアの侍女:ローズマリー ガン
ルチアの夫:カネン ブリーン

オペラの見せ場は、第一幕のルチアとエドガルドの愛のデュエット。
それと、第2幕の 祝宴の場で、ルチア、エドガルド、兄エンリコ、牧師、ルチアの新郎、ルチアの侍女 この6人による6重奏だ。 ルチア(コロラトーラ ソプラノ)は エドガルドが 心変わりしたと思い込まされている。エドガルド(テノール)は、ルチアに裏切られたと思っている。兄のエンリコ(バリトン)は 一刻も早くエドガルドを殺して自分が仕組んだ悪巧みを隠したい。ルチアの新郎(テノール)は ルチアが自分のものになるので、浮かれている。牧師(バス)はすべての事情を知っているので ルチアとエドガルドに深く同情している。ルチアの侍女(アルト)は ルチアが可哀想でならない。この6人6様の思いを6重奏するところが圧巻。6人がそれぞれ思いのたけを歌って 3幕のクライマックスに導いていく。オペラのなかで、一番興奮するところだ。

第3幕のルチアの狂乱が、このオペラの一番の見所聴き所だ。愛のない政略結婚をさせられた新婦ルチアが 新郎を刺し殺した血染めの寝衣、裸足の姿で 踊りながら狂って歌う。無垢な小鳥のさえずりのような、コロラトーラ ソプラノだ。フルートの音にあわせて独唱する長いシーンには、超技巧的なテクニックを要し、おまけに演技も要求される。ソプラノ歌手でも、このコロラトーラが出来る人は多くはない。

永遠のオペラ プリマドンナ、マリア カラスが愛して止まなかった このオペラ。
彼女が歌うルチアを CDで何度も聴いているから いやでも舞台のルチアの声を比較してしまう。というか、初めから 期待しないで観にいった。期待して行って、ぺしゃんこにされて、丸つぶれになって帰ってくるのではたまらない。 ところが 観てみたら、とてもよかった。

何よりも、テノールのエドガルドが ものすごく良い声だった。2メートルの背の高さ、がっしりしてハンサム こんな人に命を助けられたら ルチアでなくても夢中になる。考えてみたら、オーストラリアには良いテノールがいなかった。去年見た「リゴレット」のテノールは イタリア出身オージーで、声が良かったが、太って背が低い。今年の「ラ ボエーム」では、主役テノールがオールバックヘアに4頭身の中国出身オージーのおっさんだった。「トランドット」も、「ラクーメ」も声は良いが、見栄えの良くない韓国人だった。一体オペラオーストラリアは何をやっているのか。プレミア席に$190払っている観客達は 反乱くらい起こしても良いはずだ。 人の声の中で テノールが一番美しい音だ。かつて、王族貴族達はカストラートの声を愛した。思春期前に去勢して高い美しい声を維持させられた歌手達は教会で、オペラの舞台で活躍した。現在は テノールが人々の心を掴む。エリック カトラーというテノール、声も歌も演技もとても良い。アメリカ人だそうだが、この出し物が終わっても、ここに留まって欲しいものだ。  

肝心のコロラトーラ ソプラノのオージー歌手、エマ マチューだが、技巧的なソプラノをちゃんと立派に歌っていた。象のように 太って大きいルチアが両手を血で真っ赤にして、白いネグリジェに血しぶきあびてドタドタ出てきたら どうしようかと思っていたが、彼女 声も姿も美しい人だった。
総じてとても満足なオペラだった。満足以上のオペラだった。

2008年8月12日火曜日

映画 「ザ バンク ジョッブ」



実際に起こった事件をもとにして出来たイギリス映画。当時のことをよく憶えている私には すごくおもしろかった。

1971年、何者かが ロンドンの銀行の貸し金庫室に、となりのビルから地下にトンネルを掘って侵入して 大金が盗まれた。ビッグニュースは即時、世界中に報道されて、大胆不敵な銀行強盗の手口に びっくりした。被害金額は30億円とも言われていた。 そんなに簡単に盗めるほど銀行の警報システムが脆弱だったことが証明されて、ロンドン警察も銀行も面目まるつぶれになった。当時、イギリス政府による北アイルランド占領に真っ向から反対して 連日爆弾テロを繰り返していたIRAが、当然この事件を起こしたのだと人々は推測した。IRAのように、大きな軍事組織でないと とてもこんな大胆なまねはできないだろう と。

ロンドン警察は まもなく報道管制を布いた。事件に関する報道は一切止まり 犯人は誰だったのか、その後どうなったのか、わからないまま時が過ぎた。私は これはIRAの快挙だったと思い込んでいた。政府も警察も黙り込んだのは、IRAと、政府との間でなにか政治的な取引が行われたのだと思っていた。この映画をみるまでは。 その後 この事件が語られることはなかった。人々の記憶から完全に忘れられていた。ベトナム戦争の真っ只中、、アイルランドもパリも神田も火を噴いていた。学生達は街に出ていた。流動する世界の動きに気をとられていて ロンドンでひとつの銀行が襲われたことなど気をとられている暇もなかった。

30年たった今 迷宮いりしたはずの この事件が明るみにでる。どうして報道管制が布かれたのか。どうして銀行の警報は鳴らなかったのか。事実はこんなことだったのか と映画で知らされる。もちろん、これは事実を基にして 作られた映画だから、事実以上に 脚色されているだろう。真相暴露に映画のストーリーテラーとしての色付けが なされているに違いないが、それでもすごくおもしろい。

ストーリーは
モロッコから ドラッグを仕入れてロンドンに帰ってきた美女、マーテイン(サフロン バロウズ)は、空港で荷物検査で引っかかって逮捕される。5,6年の懲役を覚悟しなければならないところを、政府の秘密エージェントから 取引を持ち込まれる。もし、ある銀行の貸し金庫に預けてあるものを 無事に盗み出してくれれば 罪に問わないで自由にしてくれるという。銀行のアラームは、システム変更のために数日間電源が切られるので、容易に貸し金個室に侵入できると エージェントは保障する。

マーテインはさっそく 昔のボーイフレンドのテリー(ジェイソン ステイサム)を誘って、地下のトンネルを掘って 銀行の貸し金個室に侵入する計画を立てる。テリーは自動車修理工場をもっているが、やばい仕事にも手を出していて、資金繰りに困っている。テリーは仲間4人を引き入れて、地下を掘り始める。 貸し金庫に到達したグループ6人は 片端からボックスをこじ開けて現金や宝石などを袋につめて逃げる。当然これを政府の秘密エージェントは 監視していて、マーテインが、約束どうり 指定された番号のボックスを持ってくるのを待っている。しかし、テリーはマーテインが 何かを隠していて男と 秘密に連絡しあっているのに気がついていた。だから、当初予定していたのとは別の車で 別のところに逃げる。

逃げた先で盗んだものを見てみると ざくざく 宝物が出てくる。  マーテインが エイージェントに頼まれて渡さなければならなかったものは、エリザベス女王の娘、プリンセスが、ウェスト インデイーの独立運動家たちと乱交している写真だった。ウェスト インデイーの独立運動派は、この写真を 政府を脅迫するために大切に保存していたのだった。当時、カリブ海のイギリス領土だったウエスト インデイーでは、独立運動が起きていた。エージェントは 女性エージェントをウェスト インデイーに送り込んで 情報を得て、独立運動をけん制していたが、女王のスキャンダルは 早めに潰しておく必要があったのだ。

またテリーは 盗んだものの中に、ロンドン警察署署長が、当時は 違法だった売春宿で、サド マゾ プレイに興じている写真を見つける。売春宿のオーナーが 自分達の商売の存続に関わる問題が起きたときのために、いつでも警察署を告発できるように 写真を確保していたのだった。

さらに、ロンドンギャングの親玉が 警察署内部に 高額の賄賂を手渡して手なずけていた。ギャングの出納記録まで 出てきた。これが暴露されるとギャング団も 警察署の半数の役人の首が飛ぶ。

貸し金庫の中身をごっそり持ってきたために マーテインもテリーも予想外の宝物のために、政府のエージェントからも、警察からも、ギャングからも、汚職刑事からも 追われる身になる。 というお話。 同時進行で、警察の動きやギャングの動きをカメラが追うので、怖くておもしろくてゾクゾクする。動きの早い映画だ。

人々は貸し金庫に誰にも言えないような秘密を仕舞っていたり、闇で得た裏金を隠していたり、盗んだ宝石をかくしていたりする。だから、この事件で 盗まれたものの被害額は いちじ30億円位と、推定されたが、いまでも全くわからない。被害者が被害額を申請できない事情があるからだ。

それにしても、たったひとつの銀行の貸し金個室が襲われたくらいで イギリスの王室も警察も 根底から震かんさせられた、と言う話、実におもしろいではないか。 30年たってみて この映画はウソだ、王室にスキャンダルはなかった、警察に汚職はなかった、ウェスト インデイーに介入はしなかった、というのならば、イギリス政府はこの事件に報道管制を布いたのは どうしてだったのか。事件直後に迷宮入りを宣言して 一切の報道が止まったのは どうしてなのか。ちゃんと説明してくれなければならない。

2008年8月11日月曜日

ステブン イスラレスのチェロを聴く


ACO(オーストラリア チャンバー オーケストラ)の定期公演会に行ってきた。
エンジェルプレイス シテイー リサイタルホール。
ゲストは イギリスから、チェリストのステブン イスラレス。
監督:リチャード トンゲッテイ
曲は

1)CPE バッハ チェロコンチェルト 作品172番
2)バージル 弦楽8重奏曲 作品15番

3)ラベル  二つのヘブライのメロデイー
4)バルトーク 弦楽変奏曲

リチャード トンゲッテイを含めて、第一バイオリン5人、第二バイオリン5人、ビオラ3人、チェロ3人、コントラバス1人の計17人。これにコンサート チェリストのステブン イスラレスが加わった。 演奏会に先立って、世界的に名前のあるステブン イスラレスのチェロという宣伝文句に期待をして行った。
が、みごとに裏切られた。
というか、世界で高い評価を受けているチェリストが かすんでしまうほど、リチャード トンゲッテイ率いる室内楽団がのレベルが高い と言うことかもしれない。だから、このゲストチェリストが下手だったと言うわけでは決してない。
肩までのカーリーヘアを振り乱して、バロックを演奏するハンサムなイスラリスは、なかなかビジュアル的に見ごたえがあったし、軽々とテクニックを披露してくれて 簡単にはマネできない実に優れたテクニックをもっていた。でも心に染み入るようなチェロの音を聞くことが出来なかったのは、残念だった。

なかでは 弦楽8重奏が良かった。弦楽4重奏は、何度も二人の娘達と演奏したことがあるが 8重奏はない。複雑な構想、曲そのものの難解さ。8人のうち、一人が1拍 早まっただけで、綿密に組み立てられている曲そのものが、がらがら音をたてて壊れてしまう。とてもアマチュアには演奏できない。それを互いの音を聴きながら、実にみな楽しそうに演奏していた。

むかし、オーストラリアに来たばかりの頃は NSW大学を拠点において活動しているオーストラリア アンサンブルの音に魅了された。デイーン オールデイングの率いる室内管弦楽団だ。オールデイングの繊細なバイオリンの音は なにか特別な、取って置きの音と言う感じで 聞いていると泣きたくなるような音だった。若くてシドニーシンフォニーオーケストラのコンサートマスターだったが、大所帯を飛び出して、自分の仲間だけで演奏を始めた。彼らの室内楽を3年くらい 熱心に聴いていたが ある日突然 禅問答のような現代音楽ばかりに挑戦しているオールデイングの音が嫌になった。

その頃には リチャード トンゲッテイは 自分の仲間とともに、オペラハウスで定期公演会をもてるほどに 実力をつけていた。かれは 間違いなくオーストラリアでナンバーワンの演奏家だ。ソロイストとしての名声がついていると、えてしてわがまま坊主になりがち。世界のソロイストは皆そうだ。出来る人はわがままでいい、一人のソロイストを100人の演奏家達が支えてやればいいというのが常識の世界。しかし、リチャード トンゲッテイは あくまで謙虚でソロイストとしても 楽団のリーダーとしても きちんと立派に仕事をしている。この10年間、定期コンサートで、同じ曲をやったことがない。常に新しい曲に取り組んでいる。 毎回 世界からピアニストや、ハーピストや歌手やリュート奏者などを招いて、一緒に様々な曲を演奏している。毎年1ヶ月は、ヨーロッパなどに演奏旅行にでかけて、世界の演奏家達と交流をしている。 小さなグループだから 資金繰りは大変だと思う。10年間 彼らのコンサートを聴いてきて、スポンサーシップも続けているが 今後も期待して見守っていきたいと思っている。

2008年8月10日日曜日

映画 「ウォンテッド」




映画「WANTED」を観た。
監督:TIMUR BEKMAMBETOV
配役:JAMES MCAVOV         MORGAN FREEMAN    ANGELINA JOLIE

派手なカーアクション 銃やナイフでの殺し合い、ガンさばきと、流れる血、、、ハリウッドの娯楽映画の典型の、最新のフィルムだ。 とてつもない規模の破壊、今回の映画も おびただしい数の車が派手なカ-チェイスの末に ぶっ壊れ 火を噴いた。車だけでなく 列車や人も沢山 崖から落ちていった。

アメリカ人がこんなにも 建物や車やバイクやヘリコプターや飛行機が火を噴いて壊れていくのを 映画で見るのが好きなのは、毎日の平凡でまじめな生活に疲れて飽き飽きしているので、せめて画面の中で 物が壊れるのを見て うさばらしをしたいのだ という心理学者の解説を読んだことがある。
本当だろか?
むしゃくしゃして 不満がつのって、そのはけ口に、大きな音でガラスを蹴破ったり、食器を床に投げつけたり、無抵抗な女をぶん殴ったりして不満をぶちまけないと気がすまない というタイプの人がいるということも、知識としては知っている。
が、本当だろうか?
私だったら、うさばらしや不満をぶちまける暇があったら、不満の原因を冷静にたどって、そちらから解決するように努力してみる。仕事がつまらなくて耐えられないほどだったら、別の仕事を探し始めるし、夫が退屈でたまらなかったら別のを探す。

破壊や流血を見るのには痛みを伴う。
それでもそういった映画が封切られるそばから観るのは それが現在 最大規模の映画産業ハリウッド文化の主流だからだ。

ハリウッドで一番女性からも男性からも人気のある女優、アンジェリーナ ジョリーが、凄腕の殺し屋で、 そのボスは モーガン フリーマン。そこに今が「旬」の ジェームス マックボイがリクルートされてくる。という俳優ぞろいだとわかれば、ちょっと映画の好きな人ならば見逃すことができない。 まあ、日常生活からは、程遠い おとなのおとぎばなしを見るという感じだ。

ジェームス マックボイ扮する ウェスリーは、全然うだつのあがらない銀行員だ。職場ではヒステリックでサドの女性上司に頭が上がらず、毎日嫌味を言われながら 過重な仕事を押し付けられている。家に帰れば 長年付き合っているガールフレンドがいるが 彼女はウェスリーの同僚と浮気をしている。それをうすうす知っていながら 慢性的金欠病の彼にはどうすることもできない。銀行貯金の残金は$14というわけだ。誰にもももんくをいえるわけでなく ただただダメ男の代表のような凡人だ。

だがある日、立ち寄ったドラッグストアで 拳銃の撃ち合いに巻き込まれる。逃げまくっている最中、目の覚めるような美しい女性の運転する車に拾われて 命拾いする。連れて行かれた 砦のようなお城で、ウェスリーは 4歳のときに死んだと聞かされていた父親が、実は 秘密結社の殺し屋で、昨日殺されたばかりだ、と言われる。そして、天才的な 狙撃手だった父親の後を継いで 狙撃手として教育訓練を受けて欲しいと要請される。夢のような話に 一度は断って自宅に戻るが、自分には何も失うものはないと 思い直して、プロの殺し屋としての訓練を受けることを決意する。文字どうり何度も瀕死の怪我を受けながらも 優秀だった父の血筋を受けているだけに、めきめきと力をつけて、様々な武器を使えるようになって、命令どうりに、敵を殺す仕事をこなしていく。 しかし、そうしているうちに、父親を殺した仇を討つつもりでいて その仇が実は 本当の父親だったという真相がわかり、、、。 というストーリー。

つまり、この秘密結社は ライバルの秘密機関にいるウィリーの父親を殺す為に、ウィリーを リクルートして 父殺しをさせる計画を立てたわけだ。殺し屋ナンバーワンを消すためには、ナンバーワンの血筋を引いた息子に ナンバーワンになってもらって、父親を消すしかなかったというわけ。そうしたことのために、沢山の車が壊され、建て物が破壊され、巻き添えにあった沢山の人の命が失われる。

アンジェリーナ ジョリーの派手なアクションと 彼女の指導によって うだつのあがらない普通の男が一人前の殺し屋になっていく過程が とっても おもしろい。

なかで、目新しいのは、ガンさばきだ。従来のプロの狙撃手にとって、大事なのは 限りなく遠くから、限りなく正確に 相手の心臓または頭を一発で打ち抜くことが究極の仕事だった。 しかし今回は 見えないターゲットを 殺すテクニックが開発される。建物の後ろに隠れている人に向かって 腕をまわし撃ちにして 流れ弾のようにして撃ち殺す。弾はまっすぐ飛ばないで 弧を描いて飛ぶ。肩を支柱に 腕を回すことによって 目の前にあるものを避けて その後ろにあるものに当たって 隠れている人を確実に殺すのだ、、、。ウェスリーは これをマスターする。

回し撃ちで 見えないターゲットを撃つ なんて、そんな馬鹿な、、、! 
もうほとんど「巨人の星」の「魔球」の世界だ。「弾が き、、きえた、、。」というわけだ。 

ゴルゴ13も、びっくり。 そんなテクニックをアンジェリーナ ジョリーに 手取り足取り指導されれば 本当に出来るようになってしまうかもしれない と、観客に信じさせてしまうところが この映画の醍醐味だ。

だから、これは おとなのおとぎばなしだ。この映画を観た後は、日常生活に戻って、こつこつとまじめに仕事して 嫌味な上司にも頭を下げて、飽き飽きしているパートナーにも優しくしてやって 金欠にも耐え、そうしているうちに、いつか、突然、アンジェリーナ ジョリーみたいな とびきりの人が あなたの人生に飛び込んできて 日常をぶっ壊くれるかもしれない。その日を夢みよう。

2008年8月4日月曜日

オペラ「マイ フェア レデイー」


マイ フェア レデイー」は、劇作家、ジョージベルナルド ショーが書いた芝居「PYGMALION」をもとにして フレデリック ローイが音楽をつけてミュージカル化したものだ。初演は 1956年、ニューヨーク マークへリンガ劇場。そのミュージカルが映画化されたのは 1964年。オードリー ヘップバーンと、レックス ハリソンが主役を演じ、その年のアカデミー賞を総なめした。

ヘップバーンの愛らしさに魅了されて、この映画は永遠のヒット作になり、今でも人々から、変わらず愛されている。同じ年に、ミュージカル「サウンド オブ ミュージック」が 大ヒットしたにも関わらず、「マイ フェアレデイー」のインパクトが大きくて、そちらは、何の賞も獲得できなかった。ヘップバーンの姿が多くに人の目には焼きついているから 今さらながら これを舞台で上演するなんて、わざわざ不評を買うためにするようなものではないか。そんな勇気ある、というか考え無しのオペラを、オペラオーストラリアがやったので、観にいってきた。

舞台は、 時は1912年 所はロンドン、コベントガーデン。今しがたロイヤルオペラハウスでオぺラが終わり、紳士淑女が 出てくるところ。 貧しい花売り娘達が 紳士達に群がっていく。劇場から出てきたヒギンス教授と、ピケリング将軍は 余りに汚い下町言葉で話しかけてくる 花売り娘達を見ながら、下町なまりは教育によって変えられるものかどうか 論議している。ヒギンス教授は言語学者なので、賭けをして、半年間で目の前にいる娘を誰よりも立派な上流階級の言葉を話せるようにしてみせる、と豪語する。

翌日、チョコレートを食べさせてもらえる という餌に釣られて、イライザが 教授邸にやってくる。教授はイライザに半年間 自分の家に住み込んで その間お小使いもあげるが、言われたとおりに学習するように と娘に約束させる。娘の父親は貧しい掃除夫で 娘が花を売って得たお金で 飲んだくれてばかりいるお調子者。さっそくヒギンス邸のお金を無心にくる。 イライザの英語のレッスンは毎日毎日深夜まで 厳しく続けられるが、徐々にイライザの物腰からしぐさ、言葉にいたるまで上流階級のレベルに達する。ヒギンス教授は テストのつもりで、アスコット競馬場に イライザを連れて行くが、馬の走行に興奮したイライザは、馬に向かって下品な声援を送って大失敗をやらかす。しかし、それが若い貴族フレデイの心を捉える。

最終テストと称して、ヒギンズ教授はイライザを大使館主催の舞踏会に連れて行く。そこで、各国大使達から イライザの品のよさと美しさが絶賛され、注目の的になって、ヒギンスは、鼻高々。一介の花売り娘を上流階級の娘に育てた自分の業績に自画自賛する。そんなうぬぼれの頂点に立ったヒギンスを見て、自分はただピッケリング将軍との賭けに使われただけだったと知ったイライザは、もう自分はヒギンスにとって用無しになったと思い込んで、家出する。しかし、生まれ育った下町では、変わってしまった自分を受け入れてくれる人々はいない。貴族で自分を愛していると言うフレデイも、若すぎて頼りにならない。

一方、教授はイライザがいなくなって 初めて彼女の存在が 自分の日々の喜びであり、彼女が自分にとってなくてはならない存在になっていたことを思い知る。テープレコーダーに録音されたイライザの声を聞きながら 呆然としているヒギンス教授の背後に 帰ってきたイライザが 立っていて、、、という 余りにも有名なストーリー。

オぺラは、2幕 3時間。
演奏:オーストラリア オペラバレエ オーケストラ
指揮:ANDREW GREENE
監督:STUART MAUNDER
イライザ ドリトル:TARYN FIEBIG
ヒギンス教授: REG LIVERMORE
ピケリング将軍:RHYS MCCONNCHI
フレエデイー:MATTHEW ROBINSON
イライザの父:ROBERT GRUBB

何よりも、衣装が派手で綺麗な舞台だった。
衣装、舞台の華やかさに比べて ソプラノの声は貧しく 高音と低音がマッチしていない、など、主役にはちょっと物足りないソプラノだったが、衣装の華麗さ、帽子の美しさで 欠点をカバーしている。ヒギンス役のバリトンは、テナーともバリトンともいえない。だいたいオペラ歌手ではない。長年ミュージカルや劇で活躍してきた人。最初の出だしで、声の質がオペラにマッチしない、好きになれない声なので 一瞬 出てきてしまおうかと思ったが、大人気ないことはせず、きちんと見た結果、これはこれで良い。もとが、ミュージカルなのだから、これで立派ではないか、と思うことにした。

イライザとヒギンス、ピッケリング将軍以外にも、ヒギンスの母親、ヒギンス邸の執事、女中頭、イライザの父など、みな役柄によく合った役者達が配役されていて、重要な舞台回しをしていた。 イライザの父と飲んだくれ仲間達のよるコーラスや、花売り娘達のコーラスも良かった。 貴族達が集まるアスコット競馬場でも目にも鮮やかな 女性達の豪華な衣装と帽子は1920年代のファッションショーのようで、見ていて楽しい。それと、唯一、フレッドのテナーは、聞きごたえのある、よく延びる美しい声で、特筆に値する。

ヘップバーンが演ずる映画を観たのは、1964年、今 再びオペラで観て 中で歌われる曲 全部をよく憶えていた。それほど良くできた曲ばかりで、印象も深かったのだろう。そして最後の場面 おなじところで、昔と同じように ホロッとした。楽しいオペラだった。
このオペラを観終わった後、ロイヤル劇場で、ミュージカル「マイ フェア レデイ」が、10月10日から1ヶ月間 同じソプラノ歌手で、上演されることがわかった。ソプラノ以外は 別の歌手で見せるらしいが、オペラハウスではプレミヤ席 $190 だったのが、ロイヤル劇場では プレミヤでも $125なので、かなり得かも知れない。それだけオペラハウスでは、使用料が高いのと、オーケストラや舞台装置に お金がかかるということか。この見世物ならば、ロイヤル劇場で、ジーンズ姿で、アイスクリームをなめながら見たほうが、楽しいような気がする。

2008年7月29日火曜日

ツアー デ フランス表彰台にチベットの旗




7月17日の日記「北京オリンピックは踏み絵か?」で触れたが、ロードバイクの世界競技 ツアー デ フランスが、7月27日に終了した。

この日曜日、21日間 バイクでアルプスの山々3500キロメートルを走り続けてきた選手達が パリ凱旋門を通り抜け シャンゼリゼを走りぬけてゴールに達した。

21日間の縦走には、事故がつきもので、タイヤのパンクや転倒事故など 幾度も繰り返しながらの競技が続いた。100キロ近くのスピードで山を下る途中勢いあまって山道から転げ落ちたり、道路を横断していた犬にぶつかって自転車を壊されたり、道路わきの応援の人に妨害されてスリップしたり、転倒に巻き込まれて、何十人もが通行不能になったり、せっかく凱旋門目前のところでタイヤがパンクして、走るのを断念せざるを得なかった選手もいたし、自転車の座席がはねとんで無くなって ずっと立ち姿で走破した選手もいた。手足の骨折は言うに及ばず、頭蓋骨骨折の負傷者もでた。

ツアー デ フランスはそんな21日間を耐えながら スピードを競う ものすごく過酷な競技だ。 これにオーストラリアのカデロ エバンス31歳が、出場し、快走していたが、遂に第2位を獲得した。
途中、報道陣の車にひっかけられて、転落事故で怪我をして、走りながら 止血スプレーを使っていたこともあったし、他国の攻撃的なチームによる 露骨な妨害にあったりしながらも、よく快走してくれた。

彼は 「FREE TIBET」「チベットに自由を!」という文字を編みこんだ靴下を履いて走り続けた。ユニフォームのジャージーの下には チベットの旗がプリントされたシャツを着ていた。
そして、その姿で、表彰台に登ってくれた。

第1位のスペインのカルロス サストレとの時間差 58秒。

カルロ エバンス あなたが誇らしい。
チベットの旗をパリの表彰台に乗せてくれて ありがとう。
うれしくて、言葉もない。

2008年7月28日月曜日

和太鼓 「TAO」



九州から 和太鼓パフォーマンスグループ「TAO」がやってきて、太鼓を叩いて見せてくれた。
パフォーマンスのタイトルは、「マーシャルアート オブ ザ ドラム」。ステイトシアター A席 $80.

和太鼓を叩いている若い人たちが 九州で共同生活をしながら 体を鍛えて技を磨いているが、ヨーロッパ公演で非常に高い評価を受けている、という話は聞いていた。いつか聴きに行ってみたいと思っていたが初めて その機会に恵まれた。

会場に行ってみると、3分の1は子供なので、驚いた。スクールホリデイも終わったのに、土曜とはいえ真冬の夜の劇場に 親に連れられて きちんとした服を着た子供が沢山 集まってきているなんて。みな、空手キッズだったのだろうか。 シドニー大学で柔道を教えている人がいて一般の人も入会できて流行っている、とか、シテイーに空手の道場ができたとか、日本人会でボランテイアで剣道を教えている人がいるとか 聞いていたが、それ以外にも中国人や韓国人が武道を教え始めて、ハリウッド映画の影響もあって東洋のマーシャルアートは 知らないうちにかなり広く深く浸透しているのかもしれない。

でもそんな シドニーの古武道ファンにも 和太鼓を打つ大変さまでは あまり わかっていないのではないだろうか。 和弓をやっている 友達のことを 話していたら、「あー知ってる。アーチェリーね。高校のときやったわ。楽しいよね。」とか言われてしまって拍子抜けしたことがある。和弓はアーチェリーとは 材質も大きさも全然異なる。スポーツというよりも、精神鍛錬がメインで、もう ほとんど哲学の世界なのを、西洋人に理解させることは難しい。 和太鼓も、見てきたよ、と言うと、「あー 僕は去年アフリカの太鼓とダンスのショーをカジノで観たよ。」とか、「ウン、私はリオのカーニバルで太鼓とダンス見た。」とか言われて、こういった 世界の叩けば簡単に音がでる太鼓と 和太鼓とは全然違うのだと 自分が叩いたことがないので ちゃんと説明できなくて、もどかしい。

それにしても、力強いパフォーマンスだった。8人の男性と5人の女性、みな はつらつとして エネルギーの塊のような若い人たちが 自分の体よりも大きな太鼓を飛び上がって全身を使って叩く姿や、13人が 音も大きさも違う太鼓を 一斉に叩くと地響きがするほどで 大変な迫力だ。女性たちの横笛も、上手だったし、琴も弾いていた。踊りながらシンバルやタンバリンまで出てきたが、その上 全員が太鼓を叩くのだ。男性陣も 時には笑わせたりしながら 力強く太鼓を叩いてくれた。

最初の出しもので、もう13人全員がエネルギーを使い果たしてしまっって、こんなで、最後までみんな体がもつだろうか、と心配してしまった。本当に力強い。それと、いかにも日本人だと思ったのは、一糸乱れず 全員がよく統制がとれて、小さな間違いひとつない、完璧なパフォーマンスだったところ。すみずみまで訓練が行き届いていて、気持ちが良い。プロフェッショナルに徹したショーマンシップが、潔い。

ヨーロッパ、アメリカ公演で 高く評価されたわけが良くわかる。 最後の方で、一人のパフォーマーが、マイクを持ってジャパニーズイングリッシュで挨拶したが、「みなさんに拍手され、喜んでいただける限り 太鼓を続けていきます。」という意味のことを言ったんだけど、言葉が足りなくて、観客は、拍手をすれば いつまでもアンコールに応えて太鼓を叩いてくれるのかと誤解して、最後、アンコールのあとも、拍手が止まなくて、舞台の人たちは、ちょっと困ってしまう というシーンもあった。あとになってみれば これもご愛嬌。

若い、立派なミュージシャンたちだった。
貴重な日本の文化遺産 後継者達ともいえる。

2008年7月23日水曜日

映画 バットマン 「ザ ダーク ナイト」



映画「THE DARK KNIGHT 」を観た。
クリスチャン ベール主演の「バットマン ビギンズ」の続編。前作と同じく、クリストファー ノーラン監督。150分。コミックの映画化だ。全米で、封切りされた最初の週のうちに 1億6千万ドルというハリウッドの新しい売り上げレコードを 更新した。一日で 売れたチケットでも 最高金額を記録したそうだ。

オーストラリアでも上映開始と同時にスクールホリデイにも重なり、大人気だ。私のいつも行く映画館では、同時に2つの館で1時間ごとに 上映して、客を捌いていた。こんなに人気なのは、オーストラリアが誇る男優、ヒース レジャーが出演した最後の映画、遺作でもあるからだろう。映画を観た誰もが ヒース レジャーが良かったと言い、28歳というあまりに早すぎた死を惜しんでいる。 私は過去10年来 ヒース レジャーが好き、この俳優は とんでもなく本物だ、と言ってきたが、同調したり 同感と言ってくれる人は全く いなかった。今年になって、彼が事故死してやっと 人々が彼の役者としての価値に気ずいてくれた感がある。どうして、「ブロークバックマウンテン」のとき、アカデミーをあげなかったのか。もう遅いのに。 バリウム(鎮静剤)と一緒に テマゼパン(睡眠剤)と、エンドン(鎮痛剤)を飲んで 副作用で呼吸が抑制されて そのまま眠ったまま亡くなってしまった。余程 頭が痛かったんだろう、疲れて眠りたかったんだろう、と思い、また 翌朝 起きて役者としてやりたいことが沢山あっただろうに、と思う。

ヒース レジャーのジョーカー役はぴかいちで、冴えている。精神分裂症で人を殺したい、出来うる限り悪事を働いて人々を苦しめたいという欲望だけで生きているジョーカーの姿は本当に恐ろしい。どんどん殺して、燃やして 破壊する。頭が良くて、ゴッサムシテイーの警察や市長などより 頭脳ゲームでも勝っている。みんなが束になってかかっていっても 相手にならない。互角に戦えるのは、バットマンだけだ。それでいて、ジョーカーは後姿がやけに悲しい。激しく市長やッ警察を笑い飛ばしながらも 虚無的な目をしている。以前の ジャック ニコルソンのジョーカーよりも 私はヒース レジャーのジョーカーが怖くて良いと思う。

遺作なのでヒース レジャーのことばかり語っているが、この映画の主役は 勿論 クリスチャン ベールだ。彼の美しい顔が、バットマンの仮面にこんなによく似合うとは思ってもみなかったので前作「バットマン ビギンズ」では、ショックを受けた。クリスチャン ベイルも 役者魂のかたまりのような すごい俳優だ。2004年の不眠症の男の話「マシニスト」では、体重を35キロ落として、文字どうり骨と皮になって、熱演していた。ボブデイランの役を、「アイアム ノット ゼア」でしたときは、ギターを抱えて、ゴスペルを熱唱して、本物よりも感動的だった。カンボジアの捕虜になった兵士を演じたときは 20キロ体重を落とし、飢餓を生き抜くシーンで本当に カメラを前に蛆を食べたそうだ。バットマン、ヒーローでは、しっかり筋肉のついた立派な体をみせてくれる。役のために これほど体を作ることから こだわって徹底する役者は 彼の他にいそうにない。

クリスチャン ベイル演ずる ブルース ウェインは、大富豪、ハンサムで独身。パーテイーに 自家用飛行機を操縦して ロシアのプリマドンナや 売れっ子モデルを飾りに引き連れて、にやけている。だが、本当は仮面を被って 悪を退治する正義の味方。執事(マイケル ケイン)と、忠実なメカニック(モーガン フリーマン)の力を得て、地下に バットマンとして戦う為の兵器工場をもっている。幼くて両親を目の前で強盗に殺された彼にとっては、 一緒に育った従兄弟のレイチェルだけが 彼の心を潤してくれる存在だ。

マイケルケーンの執事がとても良い。こんな品格のある人に子供のときから見守ってもらってきたブルース ウェインは幸せだ。メカニックのモーガンフリーマンも はまり役。こんな 名優二人に がっちり脇を固められたクリスチャン ベールのバットマン、、、 これ以上の配役は考えられない。前回のレイチェルは ケイト ホームズだったが、今彼女は トム クルーズの奥さんになって二人の子供のお母さんになってしまったので、今回はちょっと彼女に似ている マギー ジーレンホールがレイチェルをやっている。
バットマンの バズーカ砲が当たっても壊れない車体の低い車や、車から分離して走り出すバイクや、コンクリートも透視できる眼鏡や 様々な武器や、さらにパワーアップしたバットマンスーツも健在、そうしたものの宝庫の地下室には わくわくする。

でも今回のヒーローは 初出場の ゴッサムシテイーの地方検事、アーロン エッカートだ。「ノーリザベーション」で、キャサリン ゼタジョーンズ共演の姿を初めてみて、若いロバート レッドフォードそっくりな姿に目が離せなくなったが、良い俳優だ。検事はゴッサムシテイーを悪から守ると、真正面からジョーカーに宣戦布告したため、ジョーカーから徹底して痛めつけられる。愛しているレイチェルと共に誘拐され、レイチェルを失うことによって 狂ってしまう。半身 焼け爛れて鬼のようになった アーロン エッカートの迫真の演技も、すごい。夢に出てきて うなされそう。こわい。 一方、バットマンはレイチェルが当然、自分のたった一人の理解者で自分の妻になるべき人だと思っていたが、、、というお話。

バットマンのクリスチャン ベール、ジョーカーのヒース レジャー、執事のマイケル ケイン、メカニックのモーガン フリーマン、警察署長のゲイリー オールドマン、地方検事のアーロン エッカート、、、これだけの豪華俳優をそろえたバットマンはもう二度と作れない。

ストーリーでは、まだジョーカーは健在で、今のところ、バットマンに勝利はない。でも、ヒース レジャーなしで、この続きが 作れるだろうか。そう思うと、空前の売れ行き、ハリウッドで売り上げ最高記録というニュースが 悲しく聞こえる。

2008年7月22日火曜日

映画「UP TO THE YANGTZE」


「揚子江は海のような大きな河だからね。イルカもいるし、鯨もくるんだよ。潮を吹きながら川面から飛び上がったり 沈んだりする姿は それはそれは美しい光景だったよ。」と叔父から子供のときに聴かされた。そんな大きな河を見ながら育った叔父は なぜか他の 東京で育った叔父や伯母達に比べて 心の大きな、広い知識をもった 雄大な人だったような気がする。

長江は 揚子江とも言うが、中国で一番長い大きな河だ。その上流地域で四川省奉節県から延びる3つの峡谷を、三峡という。長江をはさんで、両岸が切り立っていて 景観が良い。この地方に生息していた猿は、独特のつんざくような激しい鳴き声をたて、それがこだまして幾重のも重なる山々の間を縫っていったという。

李白
早発白帝城            
朝辞白帝彩雲間    朝に辞す 白帝 彩雲の間
千里江陵一日還    千里の江陵 一日にして還る
両岸猿声啼不住    両岸の猿声  啼いてやまざるに
軽舟己過万重山    軽舟 すでに過ぐ 万重の山

朝早く 朝焼け雲のたなびく白帝城に別れを告げて 三峡を下り
千里も離れた江陵の地に たった1日で帰って行く
その途中、両岸の猿の鳴き声が絶え間なく聴こえていたが、
その声を振り払うように私の乗った 小船はもう
幾重にも連なる山々の間を通り抜けていた。(石川忠久 訳)

25歳の李白が始めて故郷を出るときの 感傷的な歌だ。

世界最大の水力発電所が この長江(揚子江)を堰き止め、三峡をつぶして造られている。200万人の家庭が 水の底に沈んだ。プロジェクトは1994年に始まり、2011年に完成する。すでに200万人の家や土地やその生業を失った人々は 政府の指導に従い 移住先に移っていった。政府はそれを、沢山の人の為の 小さな犠牲と称した。

せき止められ沈んでいく3つの美しい渓谷は、李白のいた昔から景観地だ。今や、ダムのために沈んでいっていって、失われていく「古き良き中国」を見せる為に、観光客が呼び寄せられている。10人程度の観光客を乗せた 手漕ぎボートから、バーやレストラン完備の豪華客船まで、海外からの観光客を乗せて遊覧している。その客船の名は、「FAREWELL CRUISE」昔の中国への「お別れ航海」だ。澄んだ水、山々の美しさ、、、にも関わらず、すでに、水からは 白い靄が湧き上がり、遠くの空は かすんでいる。開発によるスモッグだ。 中国の近代化は 世界への均一化であり、3000年の歴史も伝統も人々の優しさも すべて飲み込んで 何の特徴もない都市造りに向かっている。

映画「UP TO THE YANGTZE」を観た。邦題は、まだわからないが、「揚子江を上る」か。 このドキュメンタリーフィルムは カナダ生まれ モントリオールとニューヨークで映像を学んだ中国人、YUNG CHANG監督によって 作られた。サンフランシスコ映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞。カナダバンクーバー国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲った。ナレーションといい、人々の表情を捉えるカメラワークといい、会話も自然で秀逸。 二人の若者の姿を通して、自分達の住んでいたところが沈んでいく様子と、中国の近代化のありようが よく描かれている。

16歳のYU SHUIは 文化大革命のときに下放されて何の教育も受けられなかった文盲の両親から生まれた3人兄弟の長女。両親は沈んでいく川岸の小屋を建て とうもろこしを植えて 出稼ぎの土木作業をしている。水道 電気のない小屋での生活は不潔極まりない。それでも沈みつつある家は子供たちにとっては スイートホームだ。政府の役人に裏金を渡すことの出来ない彼らに 約束された移住先はない。YU SHUIは身一つで、観光産業の花形である豪華船の皿洗いの下働きとして雇用される。あいさつひとつできない無学の家庭から来た貧しい娘に 職場は決して暖かい受け入れ先ではない。しかし 序じょに彼女は仲間から学んで、一人前のサービスガールになっていく。

一方、同じ時期にボーイとして雇われたBO YUは 一人っ子政策の行き渡った中流家庭に一人息子として育った。背が高くハンサムで英語も話せる、おまけに両親親戚から猫のように可愛がられてきた。アメリカ人が落としていくドルのチップに狂喜して、世界はもう自分の為にある と思い込む。しかしチームワークで仕事が出来ないとして、解雇されていく。

船のなかでの マネージャーによる英語教育、、、まじめな顔で、「オールドとか、ぺイル(青白い)とか、ファット(でぶ)とか 言ってはいけません。」などと言っているのが笑える。しかし、急ごしらえの外見だけ豪華で 内容の貧しい中国側のサービスに気がつかないまま 豪華船で豪華な食事に舌ずつみをうって満足している外国人観光客の姿も かなり笑える。


沈み逝く景観、すでに沈んでしまった300万人の人々の生活のありよう、こういった 愚かな政策に泣く人々の心の痛みと嘆き、失って二度と取り戻すことの出来ない自然への挽歌を、若い監督が 冷静でかわいた視線で映像化することに成功した。たぐいまれな、優れたドキュメンタリーだ。

2008年7月17日木曜日

北京オリンピックは踏み絵か?



北京オリンピックに参加する すべてのオーストラリア代表選手達は、中国政府を批判するような所持品を持っていた場合 中国入国禁止、ただちに強制送還になるという。


チベットの旗がプリントしてあるTシャツを着ていたり、鞄に入れていただけで、選手としてオリンピックに参加できなくなるだけでなく、強制送還すると。 沢山の競技選手たちは スポーツに強いだけでなく、常識も兼ね備えているから、当然のことながら、ユニフォームの下に 「チベットに自由を」 とか、「民主主義を守れ」 とか、「殺すな」 と プリントされたシャツを着て 競技に参加するだろう。それが 個人の自由で、憲法で守られた表現の自由というものだ。チベットの旗が印刷された持ち物を持っているだけで、入国禁止とは なんという横暴、時代錯誤。民主主義というものが一切定着していない中国という国家の恥をさらすようなものではないか。

中国政府 並び、中国オリンピック協議会は、チベットを踏み絵にしている。
中国のチベット政策に 賛成している競技者でないと オリンピックに参加させないという。これでは、オリンピックで競技をするということは、チベットを弾圧し、チベット文化の尊重を訴える人々を虐殺し、民主化を圧殺することを支持するという意思表示をすることになってしまう。

ダライ ラマをはじめ、チベットを民主化するための運動してきた人々は、チベットの独立を叫んでいるわけではない。チベット独特の文化と宗教を尊重し、民主的な 自治を望んでいるだけだ。そういった人々を中国政府は軍の力で押さえつけ 圧殺してきた。チベット民主化を望む人々は 外国人でも、北京オリンピックに参加できない という中国のポリシーは、間違っている。

1936年のベルリンオリンピックは ヒットラーが、ドイツの国威を 世界中に見せつけるために、開催された。ファシストのヒットラーでさえ、中国の今回のような 愚かな 「踏み絵」 など、しなかった。中国はとてもとても恥ずかしい国だ。


現在、ロードバイクの世界競技である、ツアー デ フランスが行われている。ランス アームストロングが、癌を克服しながら7連勝した記録がある自転車競技だ。21日間、3500キロメートルの アルプスの山々をバイクで 走りぬけるとても過酷な競技だ。
オーストラリアの、31歳の、カデロ エバンスが、快走している。水曜日は 競技中マスコミのオートバイに引っ掛けられるという事故で、転倒し怪我をしたのに、翌日は区間で最高記録を更新した。

彼は、バイクのユニフォームの下に、チベットの旗と、民主化運動を支持するメッセージを印刷されたシャツを着て、走っている。
彼が誇らしい。
がんばれ、エバンス!!!
優勝してくれ。
チベットの旗を表彰台の上に乗せてやってくれ。

2008年7月14日月曜日

タンゴ ファイヤー



もしも あなたの前にダブルボタンの三つ揃いスーツにソフト帽 目深に被ったクラーク ゲーブルが5人も立って、ウィンクしたらどうだろう。クラーク ゲーブルがわからないならば、アントニオ バンデラでもいい。保障してもいいが、私だったら、たちどころに失神する。
そんな舞台を観た。
アルゼンチン ブエノスアイレスから来た ダンサー達が踊るタンゴを観にいってきた。タンゴ世界チャンピオン ジャーマン コルネオを代表するアルゼンチンダンスカンパニーによるショー。 ロイヤルシアター。A席 $80.
5組のダンサー
Germann Cornejo & Carolina Giannini
Nelson Celis & Yanina Fajar
Meuricio Celis & Ines Cuesta
Cristian Mino & Jougelina Guzzi
Sebastian Alvarez & Victoria Saudelli
歌手
Pablo Lago
ザ バンド カルテット
Violin : Maecelo Rehuffi
Acordion : Hugo Satorre
Base : Gerardo Scaglione
Piano : Gabriel Clenari 
10人のダンサー達は歌手とバンドを連れてきたが、この音楽家達 4人とも めっぽう若くてハンサムで演奏の仕方もダイナミック、地元ではひっぱりだこの人気グループだそうだ。
全員黒髪の長髪をオールバックにして、だぶだぶのズボンに、黒の三つ揃い、ソフト帽をかぶった伊達男の代名詞みたいな姿の男のダンサー達のセクシーなことと言ったらない。タンゴのリズムに合わせて 踊る男達の足さばきがみごと。女性ダンサーがハイヒールで踊る足と足の間に、ひょいひょいと足を入れながら 女性をリードしていく。 女性達は 3インチというから7.5センチの高いハイヒール、これが一番女性の足が美しく見える高さだそうだが、その靴で飛んだり はねたり 転がったり 滑ったり、もうアクロバットのように踊るタンゴに目を見張りどうし。 彼ら、日本にも何度も行ってステージに立っているそうだ。
タンゴはもともと中南米で、貧しい人々の間で 決まった形のないダンスとして形作られていたものだ。4拍子の強烈なリズムさえ 踏襲していれば ステップは自由自在にカップルごとに あるいはリードする男性次第に 変形しても良いという。 「タンゴというのは 女の気持ちをそそらせて、そそのかし、誘惑し、惑わすための踊りです」と、タンゴ 世界チャンピオンの、ジャーマン コルネオは言う。彼のパートナー カロリナ ジャニー二は 「女は男の情熱と興奮を感じながら、服従したり反発したりするけど、その男と女のやり取りを 見ている人たちと共有できるような舞台にしていきたい」と 舞台の前に言っている。
10歳のころからタンゴを踊ってきたというダンサーたち。トウシューズで踊る クラシックバレエが一番苦しい訓練を強いるダンスだと思ってきたけれど、タンゴも楽じゃないみたい。 絶対まねはできないけれど、また 観にいくだけならばオッケー大賛成。 
そんな 舞台だった。

2008年7月13日日曜日

シドニーは戒厳令


ワールドユースデイで、ローマ法王べネデイクト16世が シドニーにもうじき到着する。
7月17日から21日までシドニーい滞在して世界の若者達の祭典でミサを行う。イベントは 7月14日から21日までくりひろげられ、世界各国から 12万5千人、国内から10万人 の人々が シドニーに集まってくる。 これについては、可哀想な馬にことよせて、6月16日の日記で書いた。

いま、空港では沢山の若い人々が 続々と大きなリュックを背負って 到着しては、引き受け先の学校とか教会とか軍の施設に向かって散っていっている。町を歩くと 地図を片手にした若くてちょっと良い顔をしているが ちょっと垢抜けない感じの若者達が たくさん歩き回っている。ほとんどの人は 真夏の国からきて、シドニーのひどい寒さに ショックを受けたはずだが、嬉しそうにしている。 オーストラリアのどこを見て帰るの?というテレビニュースのマイクを向けられて、「オペラハウスとグレイトバリアーリーフとエアーズロック」と答えた青年、、、シドニーのオペラハウスと、クイーンズランドのグレイトバリアーリーフまでは飛行機で2時間半の距離だし、逆方向のアリススプリングは3時間のフライト、3つを見るためには1週間では足りないと思うけど。

会場のランドウィック競馬場では レースコースがつぶされて、とんでもなく大きな舞台が出来上がっていて 信じられないような沢山の椅子や簡易トイレが設置されている。 神が7日間で世界を造られた、アダムの肋骨の一部からイブが造られた と主張されても、私は困らない。人がこんなに複雑な細胞からできているので 進化して自然淘汰などを経てひとりでにできあがったとは思えない 神によって造られたとしか説明できないとして、進化論を否定し、科学の時間にダーウィンの進化論を教えず、聖書の科学性を教える私立学校が沢山あっても良い。ローマ教皇ヨハネパウロ2世は 進化論を認めたうえで しかし人の魂は神が造ったと折衷案で落ち着かせた。しかしいまだにカトリックの右派やイスラム教の保守派は 進化論を否定している。

ひとそれぞれ、違う考えがあっても良い。私達は自分の信じていることや考えていることが、それを反対している人たちも、たくさんい居るということを知っている。否定しようと むきになってかかってくる人々や、黙殺したり、抹殺しようとさえする人々がいることを知っている。時として、本当に抑圧を跳ね除けなければならないけれども、大抵は 反対している人々とも、一緒に仲良くやってける。それが社会というものだ。

ニューサウスウェルス州の知事、モーリス イエマは、イタリア人でカトリックだが、民意に反して ワールドユースデイの期間中 警察の権限強化を命令した。期間中の、イベントへの妨害、反対行動、参加者にたいする不快行動も、すべて取り締まるという。イベント参加者にたいして不快感や不便を感じさせた場合、警察が介入し 命令に従わないものは 拘束や、$5500の罰金を課せられる という。これでは戒厳令ではないか。

期間中 カトリックの祭典に対して、反対行動やデモを何故してはいけないのか。憲法で保障されている、人間の表現の自由は どうなのか。
カトリックのいう避妊や中絶に対する見解に反対する人々は多い。カトリック牧師による 少年への性的被害は数え切れない被害者を出してきた。
ワールドユースデイのためにレイオフされたホテル従業員、この1週間シテイーが交通規制されるため、強制自宅待機されている沢山の短期雇用者、パートタイマー、競馬場を明け渡した為 仕事を失った馬のトレイナー達、この期間学校閉鎖され行き場のない子供達、シテイーの病院が閉鎖されて遠くの病院に行かなければならない人工透析患者達、車が一斉規制されるシテイーのたくさんの劇場も、客が来られない為に影響が大きい。

ワールドユースデイに世界から集まってきている若者達は、自分の信条が正しいと信じるだけでなく、それに反対意見を持っている人たちが世の中には沢山居るのだということを知らなければならない。人は真空管のなかだけで生きていくことは出来ない。沢山の違う意見と出会って 考える機会に恵まれなければならない。だから、反対者を圧殺してはいけない。

ローマ法王が来るというだけで、警察の権限を強化させた知事、人として恥を知りたまえ。

2008年7月8日火曜日

映画「シルクロードの子供たち」




映画「CHILDREN OF THE SILK ROAD 」を観た。
オーストラリア中国合作映画
監督:ロジャースポッツウッド(RPGER SPOTTISWOODS)
俳優:ジョージ=ジョナサン リース マイヤーズ(JONATHAN RHYS MEYERS)    
    チェン=チョー ユン ファー(CHOW YUN FAT)    
    マダム=ミッシェル ヤオ(MICHELL YEOH)    
    リー=ラダ ミッシェル(RAHDA MICHELL)

ストーリーは、
1937年の中国。
日本軍の占領下にある中国に、オックスフォードを卒業したばかりのイギリス人ジャーナリスト、ジョージ ホッグ(ジョナサン リース マイヤーズ)が、赴任してきた。
当時、戦時下にあっても、外国人と一部富豪家だけの租界と呼ばれる退廃した上海(シャンガイ、SHANGHAI)の空気に飽き飽きした、ジョージは、本当の、戦争の姿を報道しようと決意して、前線の医療品を運ぶ赤十字のトラックを運転して、単身、南京(ナンジン、NANJING)に入る。

南京では日本軍による住民大虐殺が行われている最中だった。ジョージは 瓦礫となった元新聞社ビルで、隠れて記事を書き、虐殺の模様を写真に撮る。そこを、日本軍に逮捕され、写真を撮った罪で 処刑されるところを、コミュニストのゲリラに救命される。隊長のチェン(チョー ユン ファ)に出会い、ジョージとチェンとは、親友となる。

日本軍の圧政下、国民軍勢力と、チェンらのコミュ二スト紅軍とが入り乱れ、行き場のないジョージは、紅軍と行動を共にしていたオーストラリア人の赤十字看護婦 リー(ラダ ミッシェル)に紹介された孤児院にたどり着く。破壊された古い学校には、60人の男の子ばかりの孤児が住んでいた。ジョージはたった一人の大人として、孤児たちのシラミだらけの体からシラミ退治をし、学校をきれいに整頓し、清潔な服を着るように指導する。執拗に反抗を繰り返す年長の孤児を巻き込んで、畑を耕す。

町に住む富豪マダム ヤンは(ミッシェル ヤオ)は大規模な貿易商を経営しているが、麻薬の売人も している。彼女のささえによって、孤児たちが作った野菜を、米に替えることができて、やっと生活の基礎ができる。壊れた発電機を修理して電気を点し、ジョージは英語を少年達に教える。

しかし、ここにも日本軍が町にやってきて、学校を兵舎として接収し、少年達を兵として受け渡すように 要求されて、ジョージは 夜の闇にまぎれて、60人の少年達を連れて 安全な避難先を求めて、出発する。 数百マイル先の 四川省を越えて、ゴビ砂漠を越えて、重慶(ションクイン、CHONGQING)の先、LUZHOUというところまで、避難して、古い寺院に落ち着く。しかし、ジョージはここで、小さな怪我から破傷風にかかって、亡くなる。と言うお話。

本当にあったことだそうだ。
地図で見ると なるほど雪の山々を越え、ゴビ砂漠を越えて、万里の長城の西の果てまで、大変な距離だ。 これを、歩いて、少年達と、走破した努力は並みではない。ジョージが死ぬ前に、破傷風患者独特の硬直した口で、ふりしぼるように、僕は運が悪かった、本当に運が悪かった、と、言う姿が哀れだ。本当にジョージは死を前にして、無念だったろう。 オックスフォードを卒業したばかり、戦争の現場から、戦争の本当の姿を世界の伝えたい真正直で エネルギーにあふれた青年の生と死の物語だ。60人のシラミだらけで、無法化した孤児院で、まともに攻撃してくる年長グループに、傷だらけにされながら、年少者のために シラミを退治し、黙々と部屋を整頓し、畑を作る。若いが教育者そのものだ。

ある意味で、イギリス人でオックスフォード出身でなければできなかっただろう。昔から、イギリス階級社会では、エリートのケンブリッジやオックスフォード出身者は 国の中枢機関に直接入るか、インドなど国外で外交を経験することが出世の道だった。イギリス人の冒険家 探検家精神は、7つの海、6つの大陸を支配下に入れたいイギリス人のエリート意識の表出、一種独特の国民性といえる。

それにしても己の正義感に従ったために、日本軍圧政下の中国で、60人もの孤児を連れて避難先を求めて、中国の西の果て、国境近くまで徒歩で走破することになった青年の志は、本当に死ぬまで変わらなかった。立派な人だ。

監督は述べている。 この実際にあった出来事を映画にしようと、6ヶ月、撮影場所を探して旅をしている間に、ジョージ ホッグのことを、しっかり憶えている 沢山の当時の孤児達に出会った。これが映画をどうしても仕上げなければならない、という決意を固めるきっかけになった。

2時間20分の大作。
中国奥地の山と河が例えようもないほど 美しい。カメラマン:ZHAO XIAODING.
映画の最後に出てくる、当時の孤児たちの笑顔がとても良い。