2023年5月22日月曜日

大内兵衛と宇佐美誠次郎

子供の頃、母にどうして兵衛のおじいちゃんは偉いの?と聞いたら、母は「まるくすのしほんろんをやくしたからよ。」と答えた。それがマルクスの資本論のことだと分かったのは大人になってからだが、母のことばはいつも断言調で付随する説明は一切ない。質問も許さない。
そんな母が言うには、私が小学校1年生になったばかりのとき、先生の「勤労感謝の日は何をする日ですか」との問いかけに、真っ先に手を上げて私が「万国労働者の祭典です。」と答えたらしい。全く記憶にないが労働者も万国も何のことかわからなくても、そういった訳の分からない言葉が、ふつうに家族や来客者の間で行き交う様な家庭で育った。

父は、父の父が満州鉄道の幹部だったので、京城、今のソウルの満鉄官舎で生まれて育ったが、幼いうちに父に死なれ、故郷の淡路島に帰り、そこで父の弟、大内兵衛を親代わりにして育った。

私の子供時代は、晩年の兵衛の大叔父は、鎌倉に居を構えていた。高台にある景色の良い居心地の良さそうな木造家屋で、斜面には彼が自ら植えたチューリップ畑が一面に並んでいた。ヨーロッパでは一時チューリップが大流行して、一つの球根が何百ポンドもしたという。その球根の根分けの仕方や、陽に干して翌年に備える技を習得していた。ヨーロッパ仕込みのその技は、父にも伝えられ父もチューリップを愛した。

鎌倉から江ノ電に乗って数駅、駅から坂の多い道をかなり歩かなければならない。訪ねて行ったとき、東京で会議があるからと、出かけなければならない時間なのに、なかなか腰を上げない。江ノ電がやってくる時間に走って、ドアが閉まる寸前に飛び乗るのが大好き、という。年をとっても小柄で足取り軽く、ちゃめっけの多い大叔父だった。

大叔父が2度目に治安維持法で逮捕されたのは1938年2月1日。続いてお弟子さんたちも引っ張られた。美濃部亮吉、脇坂義太郎、有沢広巳、大森義太郎、高橋正雄、阿部勇らも検挙された。大叔父が危険思想を吹き込んだとして治安維持法で起訴したが、全員、頑として連座を認めなかったので検察側が共同謀議を立件できず、最終的に無罪判決が下った。
しかし彼らは、戦前戦中の1年半のあいだ獄中にあり、口をふさがれ、筆を折られ、語る場を奪われていたのだった。

大叔父が甥にあたる父と、可愛がっていた弟子の宇佐美誠次郎の妹を結婚させて私が生まれた。父は早稲田の政経で教えていたが、給料は薄給で家計は大変な様で、私の服など下着のパンツまで、兵衛の孫の茉莉子のお古のお下がりだった。

宇佐美誠次郎叔父が大学を出て、東方文化学院に勤めていた頃、1942年4月に、論文の内容が治安維持法に触れるといわれて逮捕された。1年半のあいだ拘留され保釈されたときに、その足で彼は大叔父に会いに行った。そのときのエピソードが好きだ。
兵衛は誠次郎に自分の宝の「クーゲルマンあてのマルクスの自署のある資本論の初版本」を手に取らせてしばらく語り合ったあと、近所の映画館にふらりと入り、夏川静江の「小島の春」を見たという。誠次郎は、映画を瀬戸内海の風光は美しかったが他に何も記憶に残らない映画だった、というが、私は厳しい尋問を受け、1年半拘留され、劣悪な刑務所の南京虫だらけの毛布のために体中傷だらけのなりながら釈放され、その足で会いに来た愛弟子とならんで、呑気な映画をみているおじいさんの嬉しそうな顔が、リアルに想像できる。2人とも生きて再び会うことができて、とても幸せだったのだと思う。
小柄な大内兵衛大叔父と、大きな堅固な体を持った宇佐美誠次郎叔父、この2人が並んで収まっている写真を見ると、このときの2人の気持ちが想像されて、心があたたかくなる。


2023年5月17日水曜日

若い詩人の詩「湖へ」

フィリピンで独裁者マルコス政権がピープルズ革命で倒された翌年、まだ混乱状態にあったレイテ島に、建設省から派遣され家族赴任した。2年過すうち何度も殺された共産軍の死体を見たし、危険な目にも合った。ベランダから押し入ってきた族の荒い息をドアごしに聞いて、震えて祈りながら、使えもしない銃を構えていたことも。標的にされている夫は運転手に背広を着せ助手席に座らせ、自分は運転手の服を着て運転して移動する日もあった。

その後、マニラに赴任先が移り、娘たちがインターナショナルスクールに入り、やっと文化的な生活ができるようになった、というのに夫も、それに付随するビザも失った。帰る国も帰る家もない。弁護士の力添えで、娘たちの学校でバイオリン教師の職を得て6年、その後、娘たちの大学入学のためにオーストラリアに移民した。あのころ生きるのに必死で、娘たちがどんな気持ちでいたのか、考える余裕もなかった。
いま、この詩集を読むことは、あのころの娘たちの独白を聴くようで痛みを伴う。

静謐な水面、静かに水をたたえる湖が、その底では激しいマグマのような燃えたぎる熱情が渦巻いている。だからこの若い詩人の言葉が、ナイフで切りつけられたように胸が痛む。

その時に何かを強く感じたので、しばらく記憶に残っている。言葉にできないままでいるときに、若い詩人の言葉に出会って、その時の自分の強い気持ちが嵐のようによみがえる。言葉があふれるように心の中で広がっていく。そんな言葉にいくつか出会った。あなたも、あなたも、あなたも、とても強く感じて、言葉にできなかった感情を、この若い詩人の言葉の中に、見つけられるかもしれない。

姜湖宙 詩集「湖へ」


2023年5月11日木曜日

大内家の鼻

大内家の鼻は低くて丸い。

私の鼻は父の鼻だ。そういえば叔父の鼻も大叔父の大内兵衛の鼻も同じだった。その鼻が娘に遺伝して何と、今年11歳のマゴの鼻の形に伝わってしまった。2人の横顔を写真に撮られ、証拠を突きつけられて、ハンサムなマゴに申し訳ない思いでいっぱいだ。
日本とオーストラリアの血を半分ずつもって生まれてきた子だが、生まれも育ちも100%オージーブランド、11歳にして158センチの私の身長をらくらく追い抜かし、日々お日様に向かってスクスク伸びている。エメラルドの湖にグレーの霧がかかったような美しい瞳には、まつげがびっしり、つけまつげ3枚分、それもきれいにカールして大きな瞳を囲んでいる。やわらかなカーリーな髪は風に揺れて若き獅子のようだ。それが、、、鼻だけ日本人。

王家に生まれたことをチャールズが恨んでいるか、ラッキー!と思っているかわからんが、母親に死なれて、この5月7日に戴冠式が行われた。オーストラリアの国歌「GOD SAVING QUEEN」は、「GOD SAVING KING」になるらしい。ロンドンでは君主制廃止を訴える抗議行動で57人逮捕されたらしいが、彼らの言い分や行動は全く報道されなかった。オーストラリアでは何千人もの抗議デモが各地で行われた。

オーストラリアの人口は100%アボリジニだった。1770年帝国主義英国の探検家キャプテンクックがシドニー湾に上陸し、1778年アーサーフィリップ英国総督が英国王室による領有宣言をするまでは。 英国の侵略により、人口100万人の90%をアボリジニは失った。英国人は先住民を害蓄として殺しまくったからだ。
15年前、労働党のケビンラッド首相が初めて、連邦議会で先住民族への公式謝罪をした。いま同じ労働党のアルバニージ首相が、オーストラリア憲法を改正し、この国が元来アボリジニのものだったことを明記し、アボリジニの権威を回復するために連邦議会に諮問機関を設置する提言をした。先住民族のことはこの諮問機関を通じて助言ができるようにする。10月にこの是非をめぐって国民投票が行われる予定だ。

今回の英国王戴冠式で、アボリジニ団体と、先住民族12部族による代表は、英国帝国主義による侵略と大虐殺に対する国王からの謝罪を要求した。自分たちの土地を奪い、虐殺し、文化を破壊した真の歴史をきちんと認識するように要求。彼らの犠牲に上に立って英国はいま民主主義と福祉国家を築いてきた。
アボリジニの人口は、全人口の3%にまで回復してきたが、彼らの平均寿命は、男性71、女性75歳であるのに比べて、ノンアボリジニは男性80、女性83歳と大きく離れている。住宅環境、教育、就業への対策が遅れているのだ。そういったギャップをなくすために予算を立てる必要がある。まず国民投票を成功させたい。
帝国主義による侵略、その破壊の歴史について謝罪するということは、言葉で謝ればよいのではない。過ちを認め、どこがなぜ悪かったのかを記録で残し、同じ過ちを犯さないために何が必要かを明らかにし、傷つけた相手の誇りが取り戻され、傷が回復するまで謝罪し続けることが、「謝罪」だ。

江間章子作詞、中田喜直作曲「夏の思い出」を歌ってみた。
I am singing [ Memory of Summer ] written by Ema Shoko and Nakada Yoshinao.
interpretation is
I always remember. When Summer comes Memory of Oze. Far away from here, High above blue sky, Misty swampy wetland, Shadow of mountains Green glass field Beauty of white water banana flowers, Purely noble white, In the Sun set Every things are turned shining gold red, Beautiful Oze, I always remember, When Summer comes.



2023年5月2日火曜日

パワハラ防止法よりも包括的な差別禁止法を

いま日本を旅行中の娘たちが月島のホテルに泊まる、と言ったので「昔、反ベトナム戦デモで捕まって月島警察署に13日ぶちこまれた事があった。」と言ったら、「そうか、母が大変お世話になりましたと挨拶してくるわ。」と答えたので大笑いした。こんな軽快で洒落た会話ができる娘に感謝。 機動隊につかまって隊員たちに囲まれて殴る蹴るの暴行を受けた。署内で「P」と呼ばれたので、「なあに」と聞くと、マルクスは自分のものは人のもの、人のものは自分のものと言ってるから、おまえら女子大学生はP,すなわちプロステイチュートと同じだと言われ、そうか、と妙に納得した覚えがある。男女差別は一般社会だけでなく、左翼の間でもあった。活動家会議でよく通った電通大学には女子トイレがなかった。昔の話だ。

1970年代、結婚して家に電話がかかってきて、「ご主人おられますか?」と問われると反発して「うちでは私も主人です。」と答えて笑われていた時期もある。男女差別社会への怒りが煮えたぎっていた。身分証明書、銀行名義、住民票、受診票などの申込書では男性か女性かをまず問われ、女性ならミスかミセスの選択しか答える欄がなかった。自分が女性だと認識しようがしまいが、結婚しようがしまいが、パートナーの姓を名乗ろうが名乗るまいが、勝手だろうが。
私はナースになって実際働いてみて初めて、男性でもない女性でもない両性具の人が多いのに驚いた。染色体は、XXかXYかだが、実際にどちらともいえない人々が多数居る。それでも自分が女性又は男性と出生時に認知され、そのように育てられ、恋をして、普通に結婚して幸せな人が沢山居る。成長過程で自己認識で悩んだり、子供がなかなかできないなどの問題が起きても、ホルモン治療できる。だいたい自分の性器が一般極普通型多少異形的近似造形機能上々であるかどうか、誰が決めるのか。腎臓一つで生まれてくる人も居り、指が多かったり少なくて生まれてくる人はたくさんいる。愛する人が居て、また居なくても自分が幸せであることが一番肝心。人生それでいいのだ。

LGBTQプラスの人々を人権を保護するために2019年パワハラ防止法が成立し、2020から性的指向や、アウテイング(本人の承諾なく第3者に性の在り方を暴露する)ことも違法になった。
LGBTQとは、レスビアン、ゲイ(同性愛)、バイセクシュアル(異性愛と同性愛どちらもある)、トランスジェンダー(出生時の性と自己認識の性とが一致していない)、クイア、クエスチョ二ング(同性愛、異性愛どちらとも定まっていない)のことでこれらの人々への偏見と差別を撤廃し、人権を保護することは憲法に沿った当たり前のことだ。当人だけの話ではなく誰もが当事者と言える。しかし、この法は職場内に限られていることは異常だ。公共の場でも、学校でも、どこでも人権保護の法として、違法者には刑罰と再教育を施すようにしなければ意味がない。

男性か女性か、女性ならミスかミセスしか選択がなかった時代を生きてきた。いま住むところでは、質問票には自分を「男性」と認識するか、「女性」と認識するか、または「その他」と自己認識するかを選択できるようになった。
またショッピングセンターや公共施設では「男性」トイレと、「女性」トイレと「男女トイレ」の3つが並ぶようになってきた。トランスジェンダーにとって、必要な施設だ。日本でもまず公共施設から、そして学校、職場でも、3つに分かれたトイレが当たり前になって欲しい。少しでも人が差別されず快適に生きられる社会にしていかないと。
「人種、民族、宗教、信条、性別、社会的地位、障害、性的指向を理由とするすべての差別的言動を禁止する」という包括的な差別禁止法が、今ほど必要な時はない。

ピーウイ―キングの「テネシーワルツ」を歌ってみた。
I am singing [ Tennessee Waltz ] written by Pee Wee King in 1946.
I was dancin. with my darling to the Tennessee Waltz. When an old friend I happen to see. I introduced her to my darin and while they were dancin. My friend stole my sweet heart from me.....
ダーリンとワルツを踊っていたの  昔の友達に会ったわ   そこで彼女、私のダーリンと踊って  ふたりは恋に陥ってしまったわけ   あの晩のことは忘れられない  私がダーリンをなくした晩  いまになって どんなに大事な人だったかわかる  
 テネシーワルツを踊っていたの   ダーリンを責められないわ  だってあんなに甘い曲   私が大事な宝物を失くした晩  テネシーワルツが優しい曲だから  ダーリンが行ってしまったの  曲のせいなの  いまそれがよくわかる



2023年4月25日火曜日

中国の外交姿勢に注目

ロバートケネデイ ジュニアが、「僕が大統領になったら世界中に散らばっている米軍基地を全部閉鎖してアメリカに呼び戻す」、と宣言して民主党から大統領選挙に出馬する意思を示した。市民は生活が大変なのに、外国の米軍基地に若い人達を送らなければならないのは理に合わないという共感と、嵐のような批判にさらされている。
民主党で40%の確票率をもつジョーバイデンは80歳、声に力がない。期待された副大統領のカマラ ハリスの力が弱すぎる。
一方、共和党の代表トランプは、俺がまた大統領になったら1日でウクライナとロシアの戦争を止めて見せると豪語。外交能力ゼロでレイシストの脱税王が、それでも再び大統領に返り咲く可能性はある。日本の選挙では自民党を倒せない日本と酷似している。

1990ソ連崩壊以降、世界の覇権国だった米国の凋落が明らかだ。2銀行の倒産、10%ものインフレと物価高で人々が苦しんでいる。だから世界一の武器輸出国としていま利益を上げておかないと国内経済が立ち行かない。ノースロップグラマン、ロッキードマーチン、レイセオン、ボーイングなど、兵器産業の役員をアンドリューブリンケン国務長官や、リロイドオースチン国防長官らが務めていて、直接利益に関わるので中国への脅威を訴えて、武器を売りさばくのに必死だ。EUのお金でウクライナに武器をジャンジャン送り、オーストラリアに原子力潜水艦を売り、日本にも中古武器を売りつける。オーストラリアもこれでGDPの2%以上の兵器保有国になり、日本も同様で世界で第3番目の国防予算をもつことになる。国会審議もされずに勝手に武器を買わされて、いったいどこが民主主義国なのか。議会が機能していない。

日本の4倍のGDPを持つ中国。独裁者と呼ばれる習近平国家主席は、かつて米国にもロシアにもできなかった外交を成功させた。サウジアラビア(スンニ派)とイラク(シーア派)を仲立ちして関係を正常化した。これは中東諸国の安定だけでなくシリア、パレスチナなどを含めた世界勢力の安定に大きな意味を持つ。サウジアラビアはもう米国のお友達ではない。中国、ロシア、イラン、サウジアラビアがともに、OPEC石油産油国にオイルの生産量を削減させている。それが米国やEUの国々を経済危機に陥れている。オイルが高騰し、インフレが生活苦を招き、フランスの年金年齢引き上げ反対運動や、英国やオーストラリアの賃上げ要求ゼネストが起こっている。

中国は他諸国の内政に介入せず、どの国とも対等に話し合う。チベットも、ウイグルも、香港も、台湾も中国にとっては国内問題だ。ウクライナもロシアにとっての国内問題をとらえているから口を挟まない。そのような大陸的、大局的視点で今後、習近平はウクライナ、ロシア間の停戦を実現していくだろう。

ひるがえって中国にとって日本は独立国だろうか。日本国憲法よりも安保条約、日米地位協定の方が幅を利かせている国。国民の税金で米軍基地を置いてもらっている国。日本の問題は米国の国内問題とみてはいないか。オーストラリアは独立国ではない。コアラのいる米軍基地だ、という人がいる。だとすると日本は、桜の咲く米軍最前線の軍事基地ではないか。

島崎藤村 作詞、大中寅二作曲「椰子の実」1936を歌ってみた。
I am singing [ A Coconut 」written by Toson Shimazaki and Toraji Onaka.
Interpretation is:
A coconut fruit drifting. Floating on surface of water. On seashore in Atumi peninsular. playing in the waves. Might be arrived from South Island. Traveling days and month.
A coconut fruit like me. Traveling alone. Sentimental memory Flushing back. A coconut fruit drifting. Someday I will back to the place. where came from.



2023年4月24日月曜日

人と人のつながりの場を

去年の6月に職場で体重120キロ余の患者の車いすを押して、膝を骨折した。水泳がリハビリに良いと言われ、ジムに通って半分沈んだり溺れそうになりながらも泳ぐようになって、約1年経った。自分でも感心するが週に4日から6日、朝6時から泳ぐ習慣ができたおかげで、骨折したのは左だったか右だったかもうわからない。

6レーンあるプールにジムが開く6時かっきりに来る常連が私を含めて5人居て、いつもではないが6時によく来る人が6人くらい居る。私と同じ70代のフィージー人のおじさん、50代のバングラデッシュのおばさん、40代の韓国人、2人の中国人、30代のオージーで超ハンサムと、超のつかないハンサムボーイは、水に飛び込むなり猛烈な速さで泳ぎまくったあと、ざっとシャワーを浴びてネクタイを締めながら会社に行く。みんな和気あいあいで、とても仲が良くなった。寝坊して行ったとき、もう全部のレーンがふさがっていても、みんなが僕のレーンのおいで。レーンをシェアしよう。と声をかけてくれる。オハヨウ、ボーラ、アンニョンハセヨ、サイチェン、チャオの言葉が行きかう。だれも互いの名前を知らない。でもすごく良い感じの仲間たちだ。

オーストラリアではどんな田舎に行ってもパブがあり、アルコールだけでなく食事も出して、ともすると下手なレストラン飯よりパブ飯のほうが美味しい。ポ-カーマシンがあって、その利潤が大きいのでパブ飯はボリュームがあって安い。パブは、パブリックの略語だから、人々が飲み食い、生演奏を聴き踊り、ギャンブルし、フットボールなどのスポーツ試合の観戦をする場だ。大画面での試合を、名も知らぬ隣の人々と肩を組んで応援する。すぐに仲良くなって、とても良い感じだ。

エイジケア施設でナースとして働いて17年経つ。
アルツハイマー病、精神分裂症、自閉症、四肢麻痺、胃ろうで24時間人工栄養に頼る人、癌末期の疼痛管理患者、人工肛門や尿管管理の必要な患者などなどの、58床の施設だ。ほとんどが排尿排便を自分でできないため、家族が世話しきれなくなって施設に来る。患者は朝はシャワーを介助され、パジャマから平服に替え、朝食、モーニングテイー、ランチ、アフタヌーテイー、デイナを食堂で介助してもらって合間に、その日ごとに映画鑑賞、音楽鑑賞、ゲームの日、バス旅行、バスで近くのケーキ屋さんに行く日、などの企画に参加する。入居当時は家族が会いに来るが、家族を見てもそれが誰だかわからなくなると、もう誰も会いに来なくなる。ほとんどの人は、誕生日もクリスマスも家族と祝うことはない。私たちと祝う。

人は年をとっても若くても、障害があってもなくても、人には人のつながりが必要だ。人は一人で生まれて一人で死んでいくものだけれども。しかし生まれてきたときに歓声をあげて喜んでくれた人が必ず居て、死ぬときはしっかり手を握っていてくれる人がいる。それは家族でなくてよい。名も知らぬ人で良い。
泳ぎに行けば、俺のレーンで一緒に泳ごう、と言ってくれる人の居る「プール」でありたいと思う。喉が渇いた時ちょっと寄って、喉を潤し気軽に他人とお喋りできる「パブ」でありたいと思う。

ヘンリークレイ ワーク作詞作曲の「おじいさんの時計」を歌ってみた。
I am singing [ Grandfather's clock ] written by Henry Clay Work in 1876.




2023年4月21日金曜日

人権侵害と暴力

オーストラリアで30年近く暮らしナースをしながら医療通訳として登録しているので、夜中でも連休中でも病院から電話で呼び出されることがある。電話通訳で済むこともあるが、車で飛んでいくこともある。この仕事をしていなければ知らなかったことも多く、日本とあまりにも異なるレイプ犯罪について考える。

オーストラリアでレイプされたら被害現場からなるべく離れず、直ちにダイヤル000を押して警察を呼んで欲しい。現場が危険な場所だったら駅やお店に行き、他人に助けを求めて警察を呼んでもらう。警察は常に2人セットでやってきて、その場で簡単な事情収集があって、このときに通訳がいるかどうか聞かれる。英語に堪能でも通訳を頼んだ方が良い。無料だし、被害は母国語の方が話しやすい。警察官は所管の医療施設か、近くの救急病院に同行してくれる。被害者の診察、傷の手当が行われ、肝炎、性病、場合によっては破傷風などの予防注射が打たれる。精神的な打撃を受けているので、精神科や心理療法士などへのアクセスを紹介され、また希望によっては性行為から72時間以内に服用すると精子が子宮に着床するのを防ぐピルの処方箋ももらえる。その後、警察署で調書が作られサインする。またレイプは暴力行為なので本人が加害者を訴えるか否かに関わりなく刑事事件として被害者が着ていた服や下着が証拠品になるので、警察に提出を求められる。

レイプは暴力行為であり国が暴力を防ぎ、法の違反者を訴追し処罰しなければならない義務を負っている。
レイプとは被害者の同意を得ずに身体への性的挿入を行うことを言い,、性器、肛門、口腔、また指など挿入されたものを問わずすべての性的挿入行為をいう。日本の満員電車での痴漢行為もこの国ではレイプに当たる。被害者の同意とは暴力、脅迫、心神喪失、睡眠中、催眠状態、薬物の影響、あるいは同意されたという誤解、勝手な思い込みもすべて被害者の明確な同意を得ていないのでレイプ犯罪になる。

レイプは人権を無視した暴力行為であることを肝に銘じなければならない。レイプをなくすには1にも2にも教育だ。科学的事実に基ずく医療知識として早期の性教育が行われなければならない。小学校から高校までの継続した教育が必要だ。
それにしても、自民党の国民白痴化政策によって50年余りまともな性教育が行われていない日本。差別禁止法のない日本。堕胎罪がいまだある国日本。日本で女性に参政権が得られたのは1946年、日本軍がアジアの国々を侵略し、対米戦争で敗戦し進駐軍米国の強い意志によって、女性がやっと選挙で投票できるようにしてもらってからまだ77年しか経っていない国、日本。男は妊娠にいっさい責任を問われず、レイプ犯がほとんど罪に問われない日本。女性が大切にされない国、日本。ニッポンだいじょうぶか?

ステイングの「フィールド オブ ゴールド」を歌ってみた。
超即興、超大まかな歌詞のトランスレーションは:
 お陽さまが麦畑を黄金色に染め  嫉妬深い空がうらやむほどに綺麗な畑に風が渡る  僕たちは広い畑を 黄金色の上を風に吹かれて歩いたね   僕と一緒に居てくれるかい   僕と一緒に愛を育ててくれるかい  この麦畑で一緒に  黄金色に染まりながら、、。
I am singing [ Field of Gold ] written by Sting.
You'll remember me when the west wind moves. Upon the field of barley. Will you stay with me. Will you be my love. Among the field of gold.,,,,.



2023年4月12日水曜日

子供への人権侵害を許すな

マッチョの国オーストラリアの刑務所では、レイプ犯には2重の警備が付く。ムショにはムショのルールがあり、筋の通った理由で殺人を犯した殺人犯は尊敬されるが、弱いものいじめで卑怯なレイプ犯は、ムショで囚人仲間たちによって殺されて当然!といった「常識」があるからだと、NSW州シルバーウオーター重要犯罪人刑務所に2年半入っていた人から実際聞いたことがある。
私も死刑制度反対なくせに気持ちは、ムショのルールに賛成っぽい。レイプの多くはそれが犯人の嗜好なので刑罰を受けても治らず犯罪を繰り返すことが多い。怖がったり、嫌がる相手に暴力をふるうことでしか快感を得られない犯罪者は、放火犯と同様、一種の精神病なので刑罰では治癒せず、精神科医による治療が必要だ。治療には本人の絶対治すという強い意志と根気と良い医療施設が必須だ。時間もお金もかかる。

きのうBBCの記者が訪日し、日本のエンタテイメントのジャイアンツ、ジャニーズ事務所を取材したドキュメントがオーストラリアの公営放送TVで放映された。ジャニーさんとは何者だったのか。14,5歳の男の子たちを自宅に住まわせて次から次へと性的に凌辱していた。彼がぺデファイルであることは、人々の間では周知のことだったが、だれ一人として告発せず、彼の死後も少年グループは依然として日本のエンタテイメントを支えてきた。
そこで記者は、ジャニーズ事務所で働く人々、もとジャニーズメンバーだった美少年、またはもと美男子にインタビューしていくが、一人としてジャニーさんを責める人がおらず、今でも愛してる、彼は恩人だ、と口をそろえて彼らが言うことに、最後まで記者は戸惑っていた。
日本人の「人権意識ゼロ」の明確な証を見たようで、これは「痛い」ドキュメントだった。

13歳以下の子供と性交することは刑法で罰せられる犯罪だ。人の意志に反して人の体に触ることも、ヒトの自由を拘束することも、同意なしに性交することも、犯罪。相手を自分と同じ人間として尊重していないから起こる行為だ。誰でも好きでもない人に触られたら嫌だろう。これは人権侵害であることを、肝に銘ずるべきことだ。それがどういう意味を持つのかまだ判断できないでいる子供に触れるな! ぺデファイルは深刻な犯罪であり、そこに追いやる子供たちの両親や芸能関係の大人たちも犯罪者だ。子供への人権侵害を許すな!!!

I am singing 「 いつかある日」(ロジェ デユプラの遺言)深田久弥 翻訳、西前四郎 作曲, [ Someday] ordinal Lyric written by Roger Duplat, translated to Japanese by Fukada kyuuya, music written by Nishmae Shiro.
In 1951 a French mountaineer Roger Duplat disappeared in the Nanda Devi (7800m) Himalaya, And his poet became his living Will. He was only 30 years old.

interpretation is:
Someday I had died in the mountain. Tell to my mum I died peacefully. and Tell to my dad I was a brave challenger. Someday I had died in the mountain. Make small Cairen and put my picker on top. Someday I had died, My old mountaineer friend. My hummer will be yours. Let hummer listen blowing mountain wind. Let hummer see the beautiful shinning snow.



2023年3月30日木曜日

戦後米国がやってきたこと

アメリカ人は一番すぐに友達になれる人々だが、米国国家は世界一の殺人集団国家だ。
戦後80年近くやりたい放題をやって世界を壊してきた。
WW2が終わった時、米国は世界の80%の金を保有していた。ドル支えによる金本位のブルトンウッズ体制が1971年まで続いたが、その後も最強ドルが世界経済をけん引してきた。一方、世界の警察としてアジア、中南米、アフリカの、どの国に起きたクーデタや内戦にもすべて米国が関与してきた。

1)1965-1973:ベトナム戦争の8年間に300万人の兵をベトナムに送り58000人戦死(平均年齢19歳)、1200憶ドル戦費を使いベトナム人400万人、ラオスカンボジア人を数万人殺した。

2)1999:コソボで、セルビア人によってアルバニア人がジェノサイトされているとの偽りの情報により国連の承認なしにセルビアを空爆し破壊の限りを尽くした。
3)ソマリア内戦を引き起こし、いまだにソマリアは宗教、民族の軋轢で戦火から逃れられない。

4)2003:サダムフセインが、破壊兵器をもっているとの偽りの情報をもとにイラク侵攻、英国軍と共に、湾岸戦争を引き起こしサダムを公開処刑した。リーダーを失いイラク政権は未だ不安定。
5)2001:アフガニスタン侵攻。9.11米国同時多発テロ主犯はオサマデインラデインで、それを匿っていると言う理由で戦争を引き起こし,戦闘は2021撤収まで続き、2兆ドルをかけて、2400人の米軍兵戦死、その何十倍ものアフガニスタン人市民を死亡させた。

6)2011:リビア内戦を、カダフィ大統領の独裁から民主主義を守ると言う理由で侵攻、かつて民族独立の英雄だったカダフィを処刑したが、リーダーを失ったリビアは現在アルカイダ、ISISとその分派により終わりのない内戦に苦しんでいる。

7)2011:シリアでアサド独裁政権から、民主的政権を作るとしてアサド政権を倒そうと内戦を仕掛けたが、依然として民主的選挙によって選ばれたアサド政権は健在、しかし地方はアルカイダ、ISISのより混迷の内戦状態。
8)2006:イランが核兵器を開発しているとぬれぎぬをかけ、経済封鎖、経済制裁によって人々は苦しんでいる。

9)2020:国連が承認していないにも拘らずトランプがイスラエルによるパレスチナ占領を容認、エルサレムに米国大使館を置いた。これが今のパレスチナへの暴力と占領地拡大の根拠になっている。家をブルドーザーでつぶされ、石投げる少年に向かって自動マシンガンで応じるイスラエル兵、誰がか違っていて、誰が正しいのか。

世界の警察どころか、世界の破壊者米国は、ウクライナに最大規模、数千憶ドルの武器援助をして、世界最大の軍需産業を育成し、莫大な利益を収めている。一方2つの銀行倒産に見られる金融危機、インフレと物価高による経済不安は他のどの国より深刻だ。いま没落過程にある米国内の経済振興のためには、どんどん武器を作って売りさばく必要があるから、ウクライナに武器援助している。

ベトナムもアフガニスタンも儲からなかった。若者の命を奪い国への不信感を育てたが、今度は違う。血で手を汚さずに武器を送り込むだけで儲かって儲かって笑いが止まらない。
現在もまだウクライナ、ロシア戦で西側のメデイアが報道することだけを信じる人々。どこまで米国のプロパガンダに汚されれば気が済むのか。

3月後半中国、ロシア首脳会談がモスクワで行われた。西側メデイアは悪の中枢、国際犯罪者2人が武器供与と核兵器の話をしたに違いないと、決めつけたが、習近平は、まず国家の主権は尊重すべきであるが、NATOに代表される軍事ブロックをつくるべきではない、とロシア側にもウクライナ側にもくぎを刺した。
そのうえ、国連を中心とした、国連憲章の精神にそった新たな世界体制を構築すべきだ、と述べている。今後、ウクライナはいずれ停戦をうけいれざるを得なくなる。何時までも戦争をしていられない。この先を見通すため停戦に持っていける、唯一の国、中国を見守っていきたい。

「悲しくてやりきれない」作詞:サトウハチロー作曲:加藤和彦を歌ってみた。
I am singing [ Can't help crying ] written by Kato Kazuhiko.
Interpretation is:

Even though the blue sky is shining. Yesterday today tomorrow. Can't stop tears. How deeply in sorrow. Who listen my grief. 
Even white cloud spread over the sky. Yesterday today tomorrow.  My dream broken. and gave up hope. Can't stop crying.   How sadden my bitter experience.  

Even though green forest surrounding. Yesterday today tomorrow.  The wind blow and my voice has gone.  Can't stop weeping. How can I softer my great sorrow.



2023年3月26日日曜日

原子力潜水艦に反対

3月14日のオーストラリア、米国、英国3国の共同声明によるとオーストラリア政府は、中国の威勢からインド太平洋を守るために10数年で33兆円かけて、原子力潜水艦を作ることになったという。FREEDOM(自由)とPEACE(平和)とSECURITY(安全)の為だそうだ。オーストラリア開国以来、初めての最大規模の出費、お買い物になる予定。

ほとんどのオージーにとっては防衛にも、潜水艦にも関心がないようにみえる。しかし、シドニー湾の底では、WWⅡで沈められた日本の潜水艦が眠っている。1942年ハーバーブリッジの下、オペラハウスの間近まで日本の特殊潜水艦が接近、魚雷攻撃で21人犠牲者が出ていて、沈められた潜水艦にはどれだけの日本兵が乗っているのかは不明だ。命令で遠くまで来させられ人知れず何十年も海底で眠る若者を思うと痛ましい。

オーストラリアも日本同様、米国のごり押し勝てず、フランス製の潜水艦を買うはずだったのが、米国と英国に原子力潜水艦を押し付けられる形になった。核不拡散条約で核兵器の保有が認められている安全理常任理事国5か国と異なり、オーストラリアは核兵器の保有を禁じられているから、核兵器を持たないのに原潜を持つ世界で初めての国となる。
おまけに原潜から飛ばすロングレンジミサイルを、220も追加で買うことになったと言う。どこかのシャモジ内閣にそっくりだ。

オーストラリアの国防予算は年間486憶ドル、GDPの2.1%だが、これに原潜が加わると2.5%となる。 たった人口2600万人の国にそんな物騒ぎな武器が必要だろうか。
改めて確認することは、軍拡は平和をもたらさないということだ。死の商人を太らせるだけの人を殺すための武器を持ってはならない。軍縮のみがこれからの人の生きるべき道だ。核を廃絶し、地球の死を意味する核兵器を廃絶することだけが、今後、人類が生き残るための条件だ。
宮沢和史作詞作曲の「島唄」を歌ってみた。意訳は次の通り

I am singing [ SHIMAUTA ] written by Kazufumi Miyazawa.
interpretation is :
[ Island of Okinawa ]
Scarlet flower has bloomed. The wind blows and the storm strips our Island. Storms after storms repeatedly continuously. I met you in a deep green forest. You had gone, and you never back in the deep green forest. Listen my cry blowing wind, flying birds. My tears dropping over the ocean.
Scarlet flower has gone. Only waves swinging. Wind blowing, storm sweeping in our Island. I met you in a deep green forest. You left me, never back in the deep green forest. Listen my cry, floating in the wave, flying birds, blowing with the sea. Ocean, the Universe, God and our lives. Give us peace, give us calm comfort.
Scarlet flower, Listen my cry, listen my tears.



2023年3月21日火曜日

スピーキングテストは無用有害

都立高校の入試にスピーキングテストが今年から加えられたことで、入試そのものに反対なのに、スピーキングとは!とずっと反感を覚えてきた。
40年ちかく日本を離れ英語圏の社会で働き、暮らしてきたが、英語の能力とは、文法、構文の確かさと、語彙の豊富さで決まると思う。読解力と文章の表現力だ。

東京都教育委員会は、民間会社ベネッセコーポレーションとどれ程癒着があるのか知らないが、スピーキングテストの合否判定は、ベネッセコーポレーションが雇った1日バイトの試験官が決定する。それは公平だろうか。普段英語をしゃべらない国で、普段英語をしゃべらない試験官を、普段英語をしゃべらない会社の人がどうやって選んだのか?合否の基準は?スピーキングのお手本は?スピーキングのお手本など、本来ないだろう。

アメリカ英語のスピーカーはアイリッシュの英語を聞き取れないし、スコットランド英語のスピーカーはアメリカ英語を聞き取るのに苦労する。ニューカッスルの英語ジョーデイは、ケンローチ監督の英国映画でも英語の字幕を必要とするほどわからない。コクニー英語はTを発音しないし、オージー英語も慣れないと聞き取れない。インド人の英語はもっと難しい。しかし読み書きはみんな共通なのだ。読み書きがいかに大事か。

今回の試験では,不受験者には仮の結果を与えて採点したため、採点してみると綜合点で受験者の点数を不受験者の点数が’上回る逆転現象が起きたという。こんなことのために自分が受験に失敗したのだ、と思う生徒が居たら悲しい。英語が嫌いな子が増えるのではないか。
また補聴器を必要とする生徒は、試験でイヤホンを通して質問の答えるのに補聴器を外さなければ回答できないために、技術的に試験が困難だったという。視聴力障害、自閉症スペクトラム、多動障害などの生徒への対策は全くなかった。見切り発車もいいところだ。

スピーキングで何が大事かというと、言うべき内容が大事なのであってスピーキングそのものは大事でも何でもない。美しい発音、なめらかな弁舌、音感の良い話し方、効果的な息継ぎ、印象深いイントネーション、みんなただの技術にすぎない。技術はいつでも、必要になれば身につけられる。テクニックではなく、言うべきこと、考えている事、思ったことの内容を、しっかり日本語で表現できるようになることが大切だ。
英語嫌いな子供を作らないため、スピーキングテストは今年限りにして、もう止めてもらいたい。
I am singing [ Sound of silence ] by Simon & Garfunkel.



2023年3月14日火曜日

移民と難民の受け入れを!

医療現場で働くオーストラリアのナースの40%は外国から来たスキルワーカーだ。
もともとこの国は国民の4人に1人以上は外国生まれの移民によって形作られた国だから、驚くにも当たらない。
オーストラリア生まれではない40%のナースの内訳は、外国から来て市民権を取った移民も、私のように日本国籍は変えず永住権をもつ移民も、労働契約で働きに来た外国籍の人も、英国やカナダなどからワーキングホリデイビザで来て働く人も含まれる。

オーストラリアは建国以来、積極的に移民を受け入れてきた。第1次世界大戦で母国英国に忠誠を誓うため沢山の志願兵を失ったオーストラリアは、1943年には人口たったの730万人、外国からの侵略を阻止し独立を守るためには、急遽最低人口を3千万人増やさなければならなかった。で、そのまま現在に至っている。

ところで私の職場は外国人ばかりだ。彼らの元の国籍と来豪した時期を考え合わせると、さながら現代史を復習することになる。
まず30年ちかく私の働くエイジケアで働くラデイアは、私と同じ年、73歳の旧ユーゴスラビア出身だが、9歳のときにチトー率いる独立軍に迫害されて生まれ育った土地を追われボートでマルタに逃れ、イタリアの難民キャンプを転々とした末、1958年に難民として来豪した。オーストラリアは1950-1970までに旧ユーゴスラビア、ポーランド、ハンガリーから30万人の難民を受け入れている。同時期英国、アイルランド、ニュージーランドからは88万人を受け入れ、その多くは技術を有し優遇されたが、南ヨーロッパ出身者の多くは低賃金の産業労働者となった。セルビア人だったラデイアが、故国でもイタリアでも道端に身寄りのない子供たちが空腹で動けなくなって、そのまま亡くなって沢山転がってた、と話してくれる昔の風景は、ホラーそのものだ。聴くに辛い話だが、現代史に貴重な語りは、是非続けてもらいたい。

16年あまり一緒に働いているマリアは、シオラレオーネ出身。1970年5歳で両親に連れられ難民として到着した。このころはオーストラリアは日本同様、高度成長期にあり移民大歓迎だったので、マリアがシドニーに着いて、割り振られた一戸建ての庭付きの家には、家具や電化製品までそろっていたと言う。箪笥には両親と彼女にために服が並び、冷蔵庫には食料が入っていて、地域の人々から歓迎会まで行われた。アフリカでダイヤモンド鉱山を所有していた両親は長く続いた内戦と政争で命を狙われて、デカプリオの映画「ブラッドダイヤモンド」よりも怖い経験をしたという。
また、アフリカのガーナからきたグレイスは、2000年シドニーオリンピックのとき、ガーナを代表するマラソン走者だった。レズビアンでもあって帰国すれば差別に苦しまなければならない、ということで、入管から人権保護のため永住権を与えられた。優しい人で職場になくてはならない人だ。
オーストラリアのナース事情を語り、職場の人々をことを語り始めると、全員がユニークで現代の歴史の動きに関わってくる。

その国の価値を決めるのは、経済力や、国民性や、識字率だけではない。人口減少と国民の老齢化を前にしていまだ、難民受け入れを拒否している日本に今必要なのは、人々の多様性に順応し、受け容れることではないか。誰も日本に生まれようとして、自分で選んで生まれてきたのではない。国籍に関わりなく人として生きるために生まれてきたのだ。日本にいる外国人に人権を!!!

「イムジン河」(臨津江)朴世永作詞、高宗漢作曲を歌ってみた。



2023年2月23日木曜日

映画「西部戦線異状なし」


原作:エーリヒ レマルク。
1928年にこの作品を発表したレマルクは、これをもとに映画化された映画は上映禁止、出版された本は焼かれ、発売中止、ナチ台頭の時期に重なり敗戦国ドイツの惨状を宣伝したと言うことで国賊扱いされた上、国籍をはく奪され、スイス経由で米国に亡命することになった。 映画の主役を演じたリュー エアーズは、このあとWWⅡで、良心的兵役拒否をして看護兵として、南太平洋の戦地で3年半もの間、働かなければならなかった。

西部戦線とはWWⅠでドイツ軍と連合軍が最も熾烈な戦闘を繰り返したベルギーフランデル地方、フランス北東部の国境近くを指す。わずか数百メートルの陣地を奪い合うために、300万人の戦死者を出した激戦地。ガリポリ、ノルマンデイー上陸などとともに、戦争の残忍さを表す代表となっていて、オーストラリアでも毎年戦死者の遺族が追悼式に渡仏して参加している。
この西部戦線に当時、ギムナジウムに通い大学入試を目指していたレマルク自身が、18歳で学徒志願兵として参戦する。最前線に送られ、親しくしていた学友たちを次々と亡くした経験を、1928年、30歳になって発表、いちやくベストセラーになって45言語に翻訳され、米国のユニバーサルピクチャーが版権を買い、映画化された。ルイス マイルストン監督によるこの作品は、1930年第3回アカデミー賞で作品賞と監督賞を受賞した。

映画は1930年の作品にカラーを付けて、リメイクされたのが1979年。2022 年のいま上映中の作品は、3回目のリメイクになる。ドイツが制作してNETFLEXで、ここ2月に公開された。
映画では、原作者レマルクの体験通り、17歳のポールが仲の良い同級生と共に、老教師から愛国心を掻き立てられて志願、そろって西部戦線に送られるところから始まる。ろくに訓練もないまま数百メートル先に敵兵が待ち構える塹壕のなかで、一人ひとりとポールは友達を失っていく。泥と火薬と毒ガスと、肉弾戦の中で、絶望的な状況と残酷なシーンが続く。

NETFLEXの2022 作品よりも、1930年で1979にリメイクされた作品の方が、わずか17歳のポールの目で戦争が描かれていて、牧歌的なフランスの田舎の風景や、古参兵カデンスキーとの心の交流がよく表現されているような気がする。1979版のラストシーンは有名で、映画好きの語り草になっている伝説的なシーン、ポールが塹壕から飛び立った蝶をとらえようとした瞬間に、撃ち殺されて映画が終わる。若干17歳で志願した若者が、昨日敵兵を銃剣で刺し殺した手で、生き物を見ると思わずデッサンしたくなる美術志望の、傷つきやすい柔らかな心も持った普通の少年だったことを表していて、ただただ悲しい。優れた反戦映画だ。

「西部戦線異状なし、報告すべき件なし。」とは,ポールが死んだ日、ドイツ軍司令部が上官に報告した言葉。
専守防衛だけでなく敵のミサイル基地を攻撃することが国防だ、と言い張る日本の愚かで卑怯な者の口と同じだ。
今年の英国アカデミー賞で、監督賞と作品賞を受賞した。来月行われる95回アカデミー賞でも9部門でノミネートされている。受賞間違いなし。このような時期に、レマルクの残した反戦映画を見ることの意味は大きい。

[All Quiet on the Western Front]
The film is a 2022 German film based on the 1929 novel by Erich Remarque. Directed by Edward Berger and was released to streaming on Netflix. It received 76th British Academy Films Award : the Best picture and Best director award.
The story is : in 1927, 3 years into WW1, 17yeard old Paul enlists in the German Army with 4 classmates, they are deployed in Northern France, trench warfare on the Western Front. Although Paul lost all his loved friends one by one, he ,survived with old soldier Katczinsky on that time at front line lost 3000000 lives. On November Supreme Allied commander gives the German the war imminent end and an armistice that is set to take effect at 11:00AM.
However Paul was shot and killed as many French soldiers at 11:00AM on November11.

This novel was German born Erich Remark based on his own experience in the German Army during WW1, was international best seller at 1930's which created a new literary genre and was adapted into films. His anti-war themes led to his condemnation by NAZI propaganda, and his German citizenship was taken away, then he must escaped to Switzerland and USA.
Watching this Anti-War movie has meaning such a aggressive countries movement right now. Stop killing!


2023年2月15日水曜日

映画「フェイベルマン」

原題:THE FABELMANS
原題通りに訳すと「ファベルマン家の人々」を観てとても良かった。
映画監督ステイーブン スピルバーグの自伝。
今、大人でスピルバーグの映画を、ひとつも見たことのない人は少ないだろう。アカデミー賞監督賞を8回ノミネートされて「シンドラーのリスト」と「プライベートライアン」で2回受賞。1979年代以降、世界歴代興行収入第1位のレコードを何度も塗り替え、単に娯楽映画を製作するだけでなく、ホロコーストの生存者証言を記録する「ショア―生存者映像歴史財団」を作り活動してきた。それが名誉なのかどうか知らないが、英国王室からナイト爵を授与され、独国連邦共和国功労勲章、ベルギーからも王冠勲章、米国大統領自由勲章を受章した。
監督作品を羅列してみると

1971:激突クラッシュ、1975:ジョーズ、1977:スターワーズ未知との遭遇、1982:ET、1985:カラーパープル、1989:インデイージョーンズシリーズ、1993:ジェラシックパーク、1997:タイタニック、1997:シンドラーのリスト、1998;プライベートライアン、2001:AI、2002:マイノリテイレポート、2002:キャッチミーイフユーキャン、2004:ターミナル、2005:ミュンヘン、2011:戦火の馬、2012:リンカーン、2015:ブリッジオブスパイ、2018:レデイプレイヤー、2021:ウェストサイドストーリー、2022:フェイブルマン
この映画はスピルバーグが5歳の時、両親に連れられて見た初めての映画「地上最大のショー」(1952)で、列車が衝突大脱線するシーンに魅せられ、ねだって模型の列車を買ってもらうところから始まる。彼は、その列車を衝突させて16ミリカメラで捉えることで、フイルム造りの面白さに取り付かれていく。
彼は、愛情深いが凡庸な父親と、一緒に住んでいた父親の親友と関係を結び離婚してしまう自由奔放な母親のもとで、多感な少年時代を送る。幼少時代を過ごしたアリゾナからカルフォルニアに引っ越してからは、アメリカ人特有のユダヤ人差別の虐めの対象にもなるが、やがてユニバーサルスタジオに通うようになり、プロの腕を磨いていく。というお話。
テイーンのころ、彼が母親の行状に傷ついていて、その傷をずっと抱えたまま大人になり年を取ったいま、この映画でもってそれを清算したスピルバーグに、とても共感した。誰でも子供時代に人に言えない傷を受け、それを抱えてきていて、どこかで人に言ってしまったことで心が解放される、気持ちが清算される、といった経験があるのではないだろうか。それを彼は映画でやった。

私は彼の作品の中では彼の最初の作品「激突」若干25歳で作られた作品が一番好きだ。NYのサラリーマンが仕事で南部をドライブしていて大型トラックを追い越したことで恨まれ、ただそれだけのことで地獄まで執拗に追われるお話で、この映画ほど怖い映画は後にも先にも見たことがない。彼が映像が与えるインパクトと、悪魔的魅力を叩き込んでくれた訳だ。
おかげでここで、羅列した21本の彼の作品は全部観ている。スピルバーグの観客を引き付ける力量、画面に魅惑させる巧みな手腕に今更ながら感心する。

映画ファベルマン家の人々では、母親役のミッシェル ウィルアム、父親役のポール ダノ、本人役にガブリエル ラベル、達者な役者たちがみな活きていて、とても良い上質な映画に仕上がっている。監督デビッドリンチがカメオ出演していて、お茶目にもジョンフォードの役を演じている。今年のアカデミー賞候補作になるに違いない。観ても損はない。



2023年2月13日月曜日

医療崩壊

英国の医療崩壊が言われて久しい。もとはサッシャー首相による新自由主義による思い切った医療体制の合理化で公費を抑えるために公立医療を営利目的の企業に売りさばき、医療に極端な予算削減を強いた為、優秀なドクター、ナースらが一斉に海外に流出した事柄の上に、3年間にわたるCOVIDによる医療ひっ迫が、問題を露呈させた。救急車は2時間待ち、手術や癌の治療のための入院がすぐできず自宅待機させられ、待っている間に亡くなる人が週に500人という。12月には10万人のナースが職場を放棄して街をデモした。150年の歴史を持つロイヤルナースカレッジにとって史上初めてのデモだったという。インフレによる生活苦にもかかわらずサラリーが5%しか上がらなかったので賃上げを要求してのデモだった。

オーストラリアでも2年余り、政府がCOVIDを予防するという名目で鎖国政策をとったため、スキルワーカーを外国人に頼っていた医療社会では、未曽有の労働者不足に陥った。ナースも待遇改善と賃上げを目標に、病院ごとにナースアソシエーション主導のもとにデモをして、わずかだが賃上げに成功。とくにエイジケアではCOVIDによる国の死亡者の70%がエイジケアのお年寄りだったにもかかわらず、職場に留まったナースたちに、政府からボーナスが出た。そんな程度のことで、ちょっと嬉しかった自分も情けない。実にCOVIDで過去2年間、苦しい思いをしたのだ。

COVIDが老人を死に追いやることが分かって、流行し始めた2020ころ、医療現場で70過ぎても働く私は、まず確約書にサインさせられた。現場に残ればCOVIDに感染し、年齢から言うと死ぬリスクが大きいがそれを理解しており、仮に死ぬことになっても訴訟を起こさない、という誓約書だ。幸い感染せずCOVID患者も看護してきた。現在でも仕事始めに、職場の入り口でラピッドテストをしてから仕事に入り、外科用マスクをつける。1人でも患者や職員で感染者が出れば、マスク、フェイスマスク、ゴーグル、靴カバー、全身を覆うガウンの再登場だ。これをこの3年の間に何度も繰り返してきた。

この3年でナース不足による過重任務で辞めて行った職員は数えきれない。1番の親友だったドイツ人ナースに死なれた。2人の職場仲間は若いのにストロークを起こした。ウィルスという目に見えない敵への不安と、自宅から職場まで往復するだけで、娘たちにも会えない、遊びに行けないといった都市封鎖による心理的ダメージは大きかった。酷い時期にはダブルシフト、18時間勤務を引き受けざる負えないこともあった。そのため互いにカバーしあう仲間同士の友情が育ったともいえる。
政府は2万3千人のドクターとナースが必要だと言っている。海外からのワーカーと留学生に期待を寄せている。

世界的な老人人口の増加により、COVIDが終息しようがしまいが、どの国も医療ひっ迫、国民健康保険の存続が厳しくなっている。資本主義社会では利益になる商業活動が優先されるから、医療と教育は常に取り残される。もう一度、新自由主義の幻想から目を覚まし、国が医療と教育を先導するシステムに帰るべきだ。私は大叔父、大内兵衛が支援した美濃部亮吉の東京都都政で、授業料無料の看護大学で学び、おまけに奨学金までもらいながら資格と取って働き始めた。それがいま必要なのに、どうして今できないのかわからない。
100%返済金なしの奨学金で医学を学んで、優秀なドクターやナースを育てる公立の大学を各県に作るべきだ。現在、日本政府は武器を大量に買い込み、人を殺すことばかりに夢中になっている。人ならば、人を殺すことより、人を生かす医療と教育を。声を大にして叫びたい。殺すな!





2023年2月11日土曜日

死ぬまで立つ

健康寿命という2019の厚生省のデータがある。平均寿命は医療技術の高度化や教育の普及によって伸びるばかりだが、健康でいられるのは日本人男性で8.73年、女性で12.07年も平均寿命より短い。何らかの疾病持ち家族や医療施設の世話になりながら、女性では平均して12年も生きる。例えていうと、自分で食べたいものを掴むことが出来なくて、ただ口を開けて介助者がスプーンで運んでくれるものを食べ、自分でトイレに行けなくてオムツを時間ごとに替えてもらいながら12年も生きることになるかもしれない。

日本に居た時にライセンスを取ったナースの資格で医療通訳をしながらオーストラリアの公立病院に勤め、いまはエイジケア施設で働いている。職場ではナースの下に多数のアシスタントナースが居て、実際のお年寄りの日常ケアに当たっている。アシスタントナースの72%は外国から来た移民だ。もともとオーストラリアでは国民の4分の1が外国生まれだが、エイジケアと障害者ケアの労働力主力は移民によるものだと言える。
施設に入居してくる人たちは、お年寄りだけでなく、アルツハイマー病、精神病、末期の癌患者、末期の腎臓病患者、身体障害者、自閉症患者などいろいろだが、自力で排尿便出来なくなって、自宅で介護できなくなった人が入居してくる。そして施設で死を迎える。

新しい入居者が来るときに1番知りたいことは,その人が立てるかどうかだ。日課として朝食、モーニングテイー、昼食、アフタヌーンテイー、夕食、夜食と食べることの介助に追われるが、その合間にカードゲーム、映画鑑賞、音楽会、バス旅行などに入居者は参加する。なかでも朝いちばんのシャワーと、食後ごとに便座に座らせる介助が介助者にとって大きな仕事だと言える。
人は立てなくなったら、排尿便を自分で処理することができない。歩けなくなっても自力で立ち上がることさえできれば、介助者は、ベッドから車いすへ、車いすから便座へ、排尿便後便座から車いすへ、そこから食堂の椅子へと楽に移動することができる。しかし自力で立てなくなったら、入居者の腰にベルトを着け、機材で立ってもらい、車いすで便座、椅子、ベッドの一連の移動ごとに機材を利用することになり、労力も時間もかかる。
職場では寝たきりの人を作らないために、どんなに動けなくてもシャワーを浴び、食事は食堂で取るから介助者は休みなく入居者を移動させていることになる。こんな介助者の動きを想像してもらうと、どれだけ人にとって食べることと排泄することが大仕事かわかるだろう。それが生きると言うことなのだ。

世界人口90憶人、世界で10人に1人が65歳以上で、2025には6人に1人が老人になる。
老人を毛嫌いする中年オヤジ、女から生まれたくせに女を小馬鹿にする男たち、外国人労働者を2級市民扱いする差別者、ホームレスに暴力をふるう者たち、みんな みんな年を取る。平均して男性は9年、女性は12年他人のケアに頼って寿命を迎えるヒトは、哺乳類の中でも稀有な存在だ。
ならば、医療関係者を尊重し、自分は病気をしないように体に良い食事をとり、適度な運動に励み、社会に貢献しながら年を取る、少なくとも最後まで自力で立てる、ように努力することが大切なことだと思う。



職場の仲間たちと飲み会

2023年1月31日火曜日

クジラとイルカを食べないで

どうかクジラとイルカを食べないで!!!
とても残念なニュース。ある会社が横浜元町と東京2か所に、鯨肉の自動販売機を置いて商売を始めた。諸外国では大きく報道されて、改めて日本人へのバッシングが始まっている。TVニュースでは、飲酒しながら自動販売機で肉を買って血の滴る鯨肉をほうばる日本人の姿が放映されている。

ワシントン条約(絶滅の恐れのある野生動物の種の国際取引に関する条約)では、シロナガスクジラ、ザトウクジラ、ミンククジラを商業目的で貿易ならび海からの持ち込みを禁じている。これに倣って、1982年IWC:国際捕鯨委員会では、すべての商業捕鯨が禁止された。
しかし、その後も日本は調査捕鯨と、名前を変えて引き続き捕鯨も鯨肉の販売も続けたため、2010年オーストラリアとニュージーランドは南極海での調査捕鯨を禁止するように国際司法法廷に提訴した。2014年に判決が出て、日本の水産庁は敗訴し、調査捕鯨が違法であると結論が出た。この時の敗訴の理由は、クジラを殺さなくても調査ができる、殺生サンプル数が実際と異なって多量に捕獲殺生している、科学的調査の成果が不十分で学会への発表がなく、外の研究機関との連携が不十分だ、という内容だった。いかに日本の調査捕鯨が商売優先で自国我流なものであったかが明確にされた。

しかしその後日本は国際社会の批判を押し切って、IWCを脱退し商業捕鯨を再開した。
またIWCには小型捕鯨(イルカ)は管轄外なので、日本近海のイルカ漁は、止むことなく続けてられいる。和歌山の太知でイルカを追い込んで撲殺する漁は、いまや世界でも有名だ。
日本に住む日本人は自分たちが国際社会で、どのように評価されているかについて鈍感だ。オーストラリアが日本を国際司法裁判に提訴していた2010年ごろ、シドニーで「クジラ食うなよ」と唾を吐きかけられた日本人を知っている。日本の本を読んでいた人が、電車の中で嫌がらせうけたこともあった。あなたが新婚旅行でオーストラリアに来た時、こんな目にあったらどう感じるだろう。あなたの息子を英語留学させたとき息子が鯨の件で怪我をさせられたらどう思うだろう。
「日本ではクジラが国民食で伝統的な食物のうえ、主要な蛋白源で、海ではクジラは増えているに違いなく、大食漢の鯨を食べて数を減らすことは良いことだ」、と水産庁の思惑どおり思い込んでいる人が多いかもしれないが、それは国際社会では孤立した、受け入れがたい少数意見だという事を知らなければいけない。日本人裁判長を含めた16人の裁判官による裁判で敗訴した事実を認めなければいけない。日本は100%オイルも資源も輸入に頼っていて、食料の80%近くを輸入に頼っている。日本は国際社会から孤立して生きていくことはできない。

海は地球に生きるすべてのもので、ヒトと同じ哺乳動物であるクジラはヒトの3歳児の知能を持つ。北で生まれた子供をつれて南極を目指して通過する母子クジラをシドニーでは頻繁に見ることができる。野生動物は牛や豚の様に、ヒトの食料になるためにあるのではない。有限な野生動物を、ほかに蛋白源がいくらでもある日本人だけが食べて良いわけがない。水銀汚染も深刻だ。和歌山の太知の住民の血液中の水銀量は、他の4倍以上だという調査結果がある。
COVIDが発生したのはウーハンの野生動物市場という説が有力だ。ヒトが本来野生動物の住処であった森を破壊し、野生動物を食料にしたため動物本来のウイルスがヒトに感染し発病することになった。エイズもエボラウイルスも同様だ。今後、いまだヒトが知り得なかったCOVIDよりも強力なウイルス感染を防止するためにも野生動物は食べてはいけない。
どうか、クジラとイルカを食べないで!!!
I was shocked by the news, that said 3 Whale meat vending machines were settled in Yokohama and Tokyo. TV news shows drunken men got whale meat from machine and eating blood dripping whales meat.
1982 IWC ( International Whaling Commission) band commercial whaling following Washington Treaty. However Japan continues whale hunting as " Research whaling" and offered selling the meat. At 2010 Australia and New Zealand had suit Japan to stop whale hunting at Antarctic sea in International Court, and Japan lost case. 16 judges include Japanese judge told Japanese research whaling is not reasonable and no evidence for research. After the judgement, Japan withdrew from IWC, and commenced commercial whale hunting against international agreement.
This time in Australia we are able to watch mother whale takes her baby towards Antarctic sea. It's lovely and moving scenery.
The sea is for every one lives in the earth. A Whale is high intelligent mammal. The wild animal should not be eaten like a cow or a pig. Whale hunting should be end. Please do not eat whales. Thank you.
I am singing " Sailing Biwa lake".



2023年1月25日水曜日

28回目のオーストラリアデイ

1月26日はオーストラリアデイで祭日だ。1770年探検家キャプテンクックがシドニー湾に上陸した後、初代英国総督アーサーフィリップが正式に英国王室による領有宣言をしたのが1778年1月26日だった。
そしてユニオンジャックの下、先住民族アボリジニの大虐殺が始まる。先住民アボリジニは、6万年もの長い歴史の中で独特の文化を継承してきたが、英国侵略により100万人の人口の90%以上を失った。アボリジニはアフリカの奴隷売買された人々と違って教育しても訓練しても怠惰で働かない、と決めつけられて害獣として殺戮された。侵略者によるスポーツとしての狩りの対象にもなった。今は、保護政策により豪州の総人口の3%まで回復している。アボリジニを殺しまくり英国の刑務所として船で送られてきた囚人によって作られた国、それが豪州だ。

オーストラリアデイは毎年、国旗が高々と掲げられ自衛隊、警察、消防隊、海難レスキュー隊などが晴れ晴れしく行進し、コンサートが行われ、外国から移民してきた人々に式典で念願の市民権が授与されるめでたい日だが、一方では「アボリジニ侵略の日」でもあり、毎年激しいデモが行われてきた。
今年は1月26日祝日を否定する人は、仕事を休まないで出勤しても良い、で、30日以内に1日休暇を取ることを認める、ということになって、オーストラリアデイに異議を唱える人々の要求が受け入れられるようになった。とても喜ばしい。

この日、1月26日で私が2人の娘たちを連れて豪州の地を踏んで28年経ったことになる。他の国を入れると在外日本40年。28年前、フィリピンから3人で、小さなバッグと4丁のバイオリンを背負って、降り立った日、シドニーは青く晴れ渡っていた。
あと1年高校3年をインターナショナルスクールに留まっていれば、ハーバード大学医学部に推薦入学できると言われたが、2人の娘を米国の私立大学に通わせるだけの学費が出せない。米国よりは豪州の方が安い、と判断しシングルマザーで親戚も友人もないし、職もない状態で豪州に来て、その判断が間違っていなかった、といま言われることが一番うれしい。今では娘たちは専門職に就き家庭を持った。日本には親兄弟は居なくなったが、友人たちがいる。人は生きやすい場で生き、連帯を求める。

どこに居ても国の権力者の腐敗と、富裕層による労働者からの収奪は変わらない。どんなに政府がアボリジニを保護してもレイシストによる心ない暴力や、アボリジニの平均寿命がノンアボリジニと10年以上異なる実態は変わらない。しかしそれが誤りであることを指摘する人々の方が多数であり、世界では、パレスチナで人々が銃に向かって石を投げ、極右による政権を守るために司法弱体化させる案に反対するイスラエル民衆がデモをし、 ペルーでは革新大統領ペトロカステオが拘束されたことに怒る人々が決起し、 フランスでは年金受給者年齢引き上げに反対する人々が怒りを表明し、 米国では連邦裁判所は妊娠中絶を禁止したことに怒る人々が立ち上がり、 アフガニスタンでは教育を禁止するタリバン政権に女性たちが危険を顧みずに抗議し続け、 韓国ではユンサクヨン政権の、労働時間延長する新法に人々が立ち上がっている。世界の1%の富裕層が世界の富を掌握し懐柔する社会に抵抗するのは、私たちの生きる権利だ。

すべて世界はつながっている。人は人を殺さずに協調して平和に生きていきたいだけなのだ。ゴリラは仲間を殺さない。ヒトとチンパンジーとは遺伝子が98.8%同じなのに、チンパンジーは一つの群れが全滅するような争いはしない。なぜ人はこんなにも強欲になってヒトを殺すようになってしまったのか。オーストラリアデイに改めて、殺すな!と叫びたい。
I am singing [ I still Australia Home ].
I came to Australia on this day 26-January, 28 years ago with my 2 high school daughters from the Philippines.
This 28 years, ,struggled, cried, carried pain, made huge effort, achieved, successed, played, laughed, and enjoyed, then still going on.