健康寿命という2019の厚生省のデータがある。平均寿命は医療技術の高度化や教育の普及によって伸びるばかりだが、健康でいられるのは日本人男性で8.73年、女性で12.07年も平均寿命より短い。何らかの疾病持ち家族や医療施設の世話になりながら、女性では平均して12年も生きる。例えていうと、自分で食べたいものを掴むことが出来なくて、ただ口を開けて介助者がスプーンで運んでくれるものを食べ、自分でトイレに行けなくてオムツを時間ごとに替えてもらいながら12年も生きることになるかもしれない。
日本に居た時にライセンスを取ったナースの資格で医療通訳をしながらオーストラリアの公立病院に勤め、いまはエイジケア施設で働いている。職場ではナースの下に多数のアシスタントナースが居て、実際のお年寄りの日常ケアに当たっている。アシスタントナースの72%は外国から来た移民だ。もともとオーストラリアでは国民の4分の1が外国生まれだが、エイジケアと障害者ケアの労働力主力は移民によるものだと言える。
施設に入居してくる人たちは、お年寄りだけでなく、アルツハイマー病、精神病、末期の癌患者、末期の腎臓病患者、身体障害者、自閉症患者などいろいろだが、自力で排尿便出来なくなって、自宅で介護できなくなった人が入居してくる。そして施設で死を迎える。
新しい入居者が来るときに1番知りたいことは,その人が立てるかどうかだ。日課として朝食、モーニングテイー、昼食、アフタヌーンテイー、夕食、夜食と食べることの介助に追われるが、その合間にカードゲーム、映画鑑賞、音楽会、バス旅行などに入居者は参加する。なかでも朝いちばんのシャワーと、食後ごとに便座に座らせる介助が介助者にとって大きな仕事だと言える。
人は立てなくなったら、排尿便を自分で処理することができない。歩けなくなっても自力で立ち上がることさえできれば、介助者は、ベッドから車いすへ、車いすから便座へ、排尿便後便座から車いすへ、そこから食堂の椅子へと楽に移動することができる。しかし自力で立てなくなったら、入居者の腰にベルトを着け、機材で立ってもらい、車いすで便座、椅子、ベッドの一連の移動ごとに機材を利用することになり、労力も時間もかかる。
職場では寝たきりの人を作らないために、どんなに動けなくてもシャワーを浴び、食事は食堂で取るから介助者は休みなく入居者を移動させていることになる。こんな介助者の動きを想像してもらうと、どれだけ人にとって食べることと排泄することが大仕事かわかるだろう。それが生きると言うことなのだ。