2010年3月5日金曜日

映画 「しあわせの隠れ場所」


ハリウッド映画「しあわせの隠れ場所」、原題「THE BLIND SIDE」を観た。
主演のサンドラ ブロックがアカデミー賞の主演女優賞にノミネイトされている。45歳のサンドラ、良い女優で「スピード」、「ザ インターネット」、「クラッシュ」、「デンジャラス ビューテイー」、「あなたはわたしの婿になる」など 沢山の映画でハリウッドに貢献しているのに 今までアカデミーに一度もノミネイトされたことがなかった。今度 受賞を逃したら 全く賞には縁のない不運な女優だった ということになる。

映画は本当のお話。マイケル ルイスの同名のノンフィクションを ジョン リー ハンコックが映画化した。アメリカンフットボールのNFLのボルチモア レイベンズの花形スター マイケル オハーがフットボールに出会うまでの テイーン時代を描いた作品。

監督:ジョン リー ハンコック
キャスト
アン リー トゥホイ:サンドラ ブロック
マイケル オハー:アーロン クレイトン

ストーリーは
アメリカ南部メンフィス。人々は保守的で豊かな白人層の住む郊外と、スラムを形作る黒人層とは 完全に分かれて生活している。
そんなスラムのなかで、ドラッグ中毒の母親から生まれたマイケルは 幼い時から暴力に脅えながら育った。母親は12人もの子供を 父親がわからないまま、次々と産んだ。自動車修理工の男に引き取られたマイケルは 運動神経が抜群だったことから、クリスチャンの高校に紹介される。その後 高校のフットボールコーチに認められ、裕福な子弟ばかりが通う私立の高校にスポーツ優待生として受け入れられる。巨大な体、小心で恥ずかしがりやのマイケルは 16歳になるまで きちんと教育を受けたことがなかったので 学校では完全に浮いていた。

リー アンは裕福な家庭のインテリアデザイナー。二人の子供をクリスチャンスクールに通わせている。ある真冬の夜 凍りつく夜道を車を走らせていると 娘と同じクラスのマイケルが 半そで半パンツの姿で学校に向かって歩いている姿に出くわす。学校の体育館をねぐらにしている という。リー アンは 家もお金もないテイーンエイジャーに出会ってしまった。理屈もへったくれもない。マイケルを自分の家に連れて帰り 暖かい寝床を与える。
翌朝、休日なのに マイケルは一晩寝かせてもらったカウチに 使ったシーツをきちんと畳んで 学校に向かって歩いて帰ろうとする。
リー アンは 一晩マイケルを泊めるだけ と思っていたがこの高校のスポーツ優待生は 寝場所も食費さえもないことを知って 放りだすことができなくなる。

学校に問い合わせても、マイケルの家庭の事情や 両親の名や 正確な生年月日さえもわからない という。学校の教師達に会って、わかったことは、マイケルのIQは80、知恵遅れというわけではなく 勉強しさえすれば学習の成果は期待できるし、セルフデイフェンスに関しては優れた身体機能をもっているということだった。
口数少なく 従順で穏やかな性格のマイケルを リー アンはクリスチャンとしての信念から、母親代わりになって親身に世話をする。小学校低学年の息子も、マイケルの親友になり、テイーンの娘も、学校で馬鹿にされて のけものにされているマイケルの肩を持つようになっていく。

リー アンをはじめ、家族のあつい声援に応えて、マイケルは フットボールの選手としてチームで活躍する。高校を終える頃には 沢山のプロのフットボールチームから勧誘され、多くの大学から奨学生の申し出がくる。リー アンファミリーは鼻高々だ。マイケルは最終的には 自分で選んだ大学に入り、その後は、オールアメリカンNFLチームに抜擢される。
というストーリー。

印象的なシーンは、休日のブランチで、夫も子供達も食べたいものをそれぞれの皿にとって、フットボールのテレビ中継を見ながら食べようとしていた時、皆に背を向けてマイケルはひとりテーブルに就いて食事する。そんな姿を見て、リー アンが決然とテレビを消して、家族をテーブルにつかせて お祈りをしてから食事を始めるシーンだ。マイケルの出現で 忘れていた家族の良い習慣が戻ってきたのだ。マイケルが ただこの家族のオマケなのではなく 相互の関係で互いに変わっていく契機になっていることがわかる。

リー アンの息子、マイケルの腰までも背丈が届かない小さな男の子が自分の体の何十倍もある マイケルをコーチする姿が 笑えて、観ていてとても幸せな気分になる。フットボールのルールを一から教え、走る瞬発力をつけさせるためにマイケルに走らせたり 筋肉トレーニングをさせるところなど、一人前のスポーツコーチになった気でいる この息子が可愛くて 天真爛漫で なまいきで頼もしい。とても良い役者だ。

リー アンの夫を カントリーシンガーのテイム マッグロウが演じている。事業家で 郊外に大きな家を持ち、美しい妻に二人の子供達、、、という典型的な南部アメリカの中流家庭のお父さん。妻の決めた事 子供達のわがまま、寡黙でちょっと知恵の足りない巨漢のマイケル すべてを笑顔で許容する 心の広い理想的なお父さんだ。

リー アンのクリスチャンとしての使命感、母性本能、仕事も家庭も
きっちりやって、友達付き合いもボランテイアもやる 頼りがいのあるお母さん姿がとても良い。
彼女の一番良いシーンは 初めのうちマイケルはフットボールのルールがよくわかっていない上、人が良いので攻撃をすることができず チームに全然貢献していないことを見て取った彼女が、つかつかとフィールドに出てきて「マイケルあんた ママが襲われたら あんたどうするの?やっつけてくれるんでしょう?そいつがママを追いかけてきたら あんたがちゃんとブロックしてくれるんでしょう?おなじようにこの子にボールがいくようにあんたがブロックして、あの子にボールが行くように つぎをブロックするのが あんたの仕事なのよ。」と、実に的確に、マイケルにわかるように彼の役割を指示するところだ。こんなシーンで サンドラ ブロックの良さが生きている。

場面が変わるごとに 次々と変わるサンドラのファッションを、見ていて楽しい。エルメスのワンピース、ルイ ヴィトンの靴とバッグ、バーバリのセーター、シャネルのガウン、、、みな、ごく自然に身についていて好ましい。20代の頃の はじけ飛ぶようなサンドラと違って 体の線がくずれていないのに、程よい40代の美しさを保っている。

アメリカンフットボールはアメリカ人にとっては「マッチョ=アメフト=命」みたいなもので、日本人の野球熱を遥かに超えた熱狂の世界だ。アメフトの映画もむかしから沢山あるがバート レイノルズの「ロンゲストヤード」、トム クルーズの「ザ エージェン」(JERRY MAGUIRE)、「プライド 栄光への絆」(FRIDAY NIGHT LIGHT)などがある。私は「プライド 栄光への絆」が好きだ。街中が地元高校のアメフト試合に興奮していて、それが時間がせまるごとに序序に高まっていき、はちきれそうな緊張感の頂点で試合が始まり、人々のエネルギーが爆発する。並みの恐怖映画やスリラーよりもスリルがあった。この映画にも マイケル役のアーロン クレイトンが選手の一人として出演していた。

私がこの映画を見る価値があると思うのは これが本当のお話だったこと。それで、今のアメリカでは、こういうことが もう起きないだろう と思うからだ。よき時代のアメリカ。アメリカに 良識と良心があった ちょっと前までの歴史をいま、振り返ってみたらいいのではないか と思うからだ。
日本では戦後 フルブライト奨学金で、日本からおびただしい数の留学生が海を渡った。貧しく、昨日まで敵国だった敗戦国日本からの奨学生を 自分の家にステイさせて 自分の子供のように世話をしたアメリカのお母さん達、彼女らを支えていたのは敬虔なクリスチャン精神と、良心と良識だったろう。

競争社会が良いことのように推進されて 人々は神を捨て、家庭を捨てた。良心も、良識もへったくれもない。また9.11のあとは、どこも敵だらけだ。信じられるものなど何もない。
そんな時だからこそ、こんなよき時代の良識あるアメリカ人の姿を見て失われた過去に じんわり心がぬくめられれば いいな、、と思う。

2010年3月3日水曜日

オペラ オーストラリア「トスカ」



マリア カラスが もう高音が出せなくなったと、言い 最後の舞台となったのが イタリアのスカラ座。ここで カラスは「トスカ」を歌った。歌姫の引退を惜しむ人々が詰めかけ 30回のカーテンコールに彼女が答えても まだ拍手が鳴り止まなかった と伝えられている。

「トスカ」は映画 007シリーズの「慰めの報酬」にも出てきた。世界をまたにかけてマネーロンダリングする犯罪一味が、オペラ会場で 一同に顔をあわせ 交渉するシーンだ。トスカが命をかけて恋人を救おうと声を限りに歌っている舞台に、正装姿の2000人のカップルがエキストラとして出演していて007シリーズの贅沢なシーンに花を添えていた。

マリア カラスが最も得意とした「トスカ」。パバロッテイが 最も愛したマリオ カバラドッジの役。オペラでは、「椿姫」と、「カルメン」と、「トスカ」が 一番良い。
椿姫のヴィオレッタは病死、カルメンは 昔の男に刺し殺され、トスカは男を殺して自分も崖から身を投げる。彼女らの純愛が報いられることなど 一度もない。それがオペラだ。

監督:クリストファー アーデン
キャスト
フロリア トスカ:ニコル ヨウル
マリオ カバラドッジ:カルロ バリセリ
スカルピラ警視:ジョン ウェグナー


ストーリーは
第一幕
1800年 ローマ。聖アンドレア デラ ヴァレ教会の一室。
画家マリオ カバラドッジが マリアの絵を描いている。そこに、同志でナポレオン支持党の アンジェロッテイが 脱獄してくる。マリオは 親友に服と食料を与え 隠れ家に逃がす。
そこに恋人トスカがやってくる。女優で歌手のトスカは気位が高く、嫉妬深い。マリオの描く絵が自分に似ていないといって 嫉妬し、自分と一緒に出かけてくれないマリオに不平をもらす。が、やはり、二人は恋人同士 心から愛し合っている。マリオは トスカをなだめて帰すとアンジェロッテイと一緒に隠れ家に移動する。

第2幕
警視総監スカルピアが脱獄犯を探している。スカルピアは嫉妬深いトスカをたきつけて、恋人マリオの居所を突き止めて、逮捕する。マリオは拷問の激しさに負けて 遂にアンジェロッテイの居所を言ってしまう。アンジェロッテイは 逮捕され、あっけなく処刑されてしまう。マリオにも同じ運命が待っている。
かねてからトスカに惹かれていた警視総監スカルピアは マリオの命を助けたかったら自分のものになれ と取引を持ち出す。

第3幕
トスカは愛するマリオの命を救うため、スカルピアの前に身を捧げようとするが しかし気位の高いトスカは思わず スカルピアを刺し殺してしまう。マリオの処刑時刻になった。マリオに向けられた銃口に本当の弾丸は入っていない約束だった。しかし マリオはすでに 処刑されていた。 トスカは絶望して聖アンジェロ城の城壁から身を投げる。

このオペラの泣き所は、3幕の拷問されて息絶え絶えのマリオと 捨て身でマリオを救うため警視総監のものになる決意をしたトスカとの 愛のデュエットだ。素晴らしく伸びるテノールと ソプラノが二人して、昔愛し合った幸せな頃を思い出して これからも変わらず愛し合って生きる約束をするところ。トスカが恋人を救う為 憎い男のものになる決意を胸に秘めながら 誇り高く愛を熱唱する。じんわり あたたかい涙が滲んでくるところだ。

ところがどうだ。
今年のオペラオーストラリアの「トスカ」は、ブーイングの嵐だ。 
アメリカ人 クリストファー アルデンが演出した。初日の公演で拍手する人と ブーイングする人とで 真ふたつの反応に分かれた と聞いてはいたが こんなに飛んでる演出をするとは、、、。
トスカはスラックス ハイヒールにトレンチコート、サングラス姿で現れるし、スカルピア警視総監は 刑事コロンボが着ていたようなヨレヨレのジャケット姿で、出前のピザを食べながら歌う。この男、トスカをおびき出して 無理やり服を脱がせてスリップ姿にしてレイプする。自分はトランクスにランニングシャツだ。暴力に耐えられなくなったトスカがスカルピアを刺して、血が飛び散る。

その部屋の壁には 処刑されたアンジェロテイの遺体が ボロ雑巾のように、つるされている。隅では 刺されて血に染まったスカロッテイが転がっている その横で、血まみれのトスカが 拷問でこれまた血だらけの マリオと愛の歌を歌うのだ。本来 涙なしに聞くことができないような 美しいシーンなのに、壁には死体がつるされ、床には死体が転がっている。おまけに舞台は1幕から3幕まで ずっと同じ 汚れた教会の一室だ。
こんなとき、オーデイア、オーデイア、、、という。おやまあ、やれやれ としか言いようがない。

第2幕のレイプシーンでは 席を立っていく人が結構あった。無理もない。オペラ「トスカ」を愛する人は多い。いろんな理由があるだろうけど、前衛的演出を受け入れられない人は沢山いる。
前衛は世の常として いつの時代でも ブーイングされ、たたかれ、憎まれ 排除される。
たしかに現代は血にまみれた暴力社会だ。オペラだけが 年寄りや金持ちの間だけで 昔のまま 気取った芸術として永らえられる訳がない。200年も前のお話を 時代考証を徹底的にしてプッチーニがやったのと同じように公演してオペラを継承していくのも大切だが、前衛的解釈をした全く別の舞台があっても良い。

しかし、今回の舞台は 下品で悪趣味だ。
トスカが城壁から身を投げて死ぬラストシーンを、この前衛芸術家の演出では、トスカが 警官によってピストルで撃ち殺されてしまった。
気位が高く 自分の男のためには何を犠牲にしても生きていく強い女、トスカが自ら死をえらぶのと、あっけなく男に近代兵器で殺されるのとでは 全然意味が違ってくる。トスカという激しい この時代に稀だった女が 自ら死を選ぶのと、殺されるのとでは 女の生き方に、海と山ほどの違いがあるはずだ。この時代では、トスカが前衛だったのだ。
プッチーニのオペラの筋を変えてしまうのは、ルール違反だ。この演出は とうてい認められない。

2010年2月22日月曜日

映画 「ザ ハート ロッカー」



アメリカの経済学者 ミルトン フリードマンは「国の仕事は軍と警察以外はすべて市場に任せるべきだ。」と言った。
しかし、米国主導の市場原理は自由競争によって人々の生活が豊にする、、どころか、世界規模で貧富差が広がる一方だ。理念としてのグローバリゼーションは死に絶え、現実のグローバリゼーションは貧困者を さらなる貧困に追い落としている。

また、国家事業としての軍と警察は、じつは無数の民間事業によって支えられている。純粋に軍と警察が公正な方法で運営されて汚職にも内部腐敗にも無縁であった歴史など どこにもない。

戦争の民営化が言われて久しい。
戦場に人材派遣で、貧困者が送り込まれている。戦争はビジネスだ。かつて、デイック チェイニー副大統領がCEOを勤めたハリー バートン社は石油採掘機の会社だが、子会社を通じて戦場に民間人を派遣するビジネスをしている。わずかな契約金で イラクやアフガニスタンに人を送り込んでいる。イラクで アメリカ民間警備会社が、大手を振って活躍している。市民を虐殺しているのは悪名高いこれら民間警備会社の恐れを知らない雇われ兵だ。
BBCニュースで アメリカ民間警備会社が あるアフリカの村で青年達を集めてリクルートしているところをカメラが捉えていた。イラクという国が 地球儀の上のどのへんにあるのかも知らない若者達が ドルに目を輝かせていた。こういう事実は なかなか表には出てこない。

映画「ザ ハート ロッカー」原題「THE HURT LOCKER」を観た。
監督:キャサリン ビグロー
キャスト:ジェレミー レナー (ジェイムス軍曹)
     アンソニー マッキー(サンボーン軍曹)
     ブライアン ジェラテイ(オーエン技術兵)
     その他、ガイ ピアース、レイフ ファインズ など
ストーリーは
戦時下のイラク、バグダット。
爆発物処理特別部隊EODの仕事は 不発弾や時限爆弾 地雷、ダイナマイトを腹に抱いた人間爆弾にいたるまでの 爆発の危険のあるものを解体処理することだ。戦場での最前線の最も危険な作業をする部隊だ。

人望があり、部下から信頼されていたトンプソン軍曹(ガイ ピアース)は 爆弾を処理した直後、その現場でリモートコントロール操作による爆弾で命を落とす。変わってジェイムス軍曹(ジェレミー レナー)が送り込まれてくる。彼はすでに、873個の爆弾を解体する実績を持っていた。しかし、部隊の中で 余りにも自信家でチームーワークができないジェイソンを、サポートしなければならないサンボーン軍曹(アンソニー マッキー)と、オーエン技術兵(ブライアン ジェラテイ)は、彼に振り回される。仲間としての信頼感が得られないまま 連日 危険な前線で仕事を続行けることで、ストレス レベルも尋常ではない。

ベッカムと名乗る人なつこくジェイムスに付きまとってくる少年がいた。ゲリラの秘密基地を急襲すると、少年が殺されていた。その体のなかには何キロもの爆弾が埋め込まれていた。。少年の体を引き裂き 取り出した爆弾を解体する。さすがのジェイムスも冷静ではいられない。

移動中 スナイパーに狙われている。いつ どこで と言えず、突然兵が倒れ、助け起こしてみると撃ち殺されている。スナイパーは善良そうな羊飼いであり、マーケットの商人であり、ベールを被った主婦だ。
死はいつでもどこにでもある。今日生き残ったのは、ただ運が良かったというだけのことだ。

極限状態のなかで 大型爆弾を背後で操作して多数の死傷者が出た現場で ジェームスは 命知らずにもサンボーンとオーエンとを伴って 犯人を追って 夜の居住地に入り込んでいく。結果、オーエンは襲われて瀕死の目にあう。

任期が終了してジェイムスは帰国する。
待っていた妻のところに帰り、赤ちゃんの世話をする。日常に戻ってもジェイムスにはそれが 何の喜びも興奮や 楽しみも もたらさないことを知る。
そして、彼はまた 志願して爆弾処理部隊として戦場に戻っていく。
というストーリー。

映画を観ている観客は 命知らずのジェームスの肩越しに戦争を見ることになる。怪しげな違法駐車の車。爆弾は見つかったが ワイヤーが どこに通じていて爆発する仕掛けになっているのか わからない。座席を切り裂き フロントを開けで信管を見つける。
目と鼻の先で リモートコントロールで発火させようとしているゲリラが潜んでいる。毎回 違う種類の爆弾が 人の意表をつくかたちで仕掛けられている。解体が楽ではない。ひとつの爆弾で300メートル以内にいる人すべての命が一瞬で失われる。
スナイパーは市民を装い どこにでもいる。ドキドキハラハラだ。
何と バグダッドで米軍は孤立していることだろう。

フィルムの最初に「WAR IS DRUG」という言葉が出てくるがこの言葉が映画のすべてを語っている。戦争は中毒だ。阿片やアルコールのように人の神経を無感覚にさせ、神経をズタズタに破壊する。
ジェイムス軍曹はアメリカが仕掛けたイラク戦争の犠牲者だ。イラクは、米軍など呼び寄せていない。スンニ派とシーア派の対立や 政治腐敗やクルド民族問題など、すべてイラク国内問題であって アメリカやイギリスの介入すべきことではない。大量兵器など持って居なかったイラクに 国連の賛同もなく介入したアメリカ。イギリスではいま、公聴会が開催されていてジョージ ブッシュを後押ししてイラクに介入したトニー ブレアが裁かれている。

戦場の実態に肉薄する映像を作る行為、そのことに意味がある。若い女性監督が 現地を見て 撮影に入っている。よくやっていると思う。
「アバター」を作ったジェームス キャメロンは、自分の作品がゴールデン グローブ賞を受賞したとき、賞は「ハート ロッカー」のキャサリン ビグローが取ると思ってたよ と言ったそうだ。この二人は むかし夫婦だった。元夫と元妻がともに アカデミー最優秀監督賞に ノミネートされて 賞を取り合っている、なんて 素敵しゃないか。

アカデミー監督賞は、この「ハート ロック」か、クリント イーストウッドの「インヴィクタス」になったら良いと思う。
監督に賞を与えて、次の製作を励ますことが、賞の目的ならば、キャサリン ビグローと、クリント イーストウッドに 世界の良識と良心を呼び覚ますような作品を今後も続けて撮ってほしいと思う。

オーストラリアチャンバーオーケストラ 第一回定期公演



今年、最初のオーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)の定期公演会を聴いてきた。このあと、11月まで7回 定期コンサートがある。毎回ゲストがよばれていて、フルート奏者や、チェロ奏者や歌手などが 彼らACOと共演する。

今回は団長のリチャード トンゲテイが独奏者になってモーツアルトを弾いた。プログラムは、

モーツアルト バイオリンコンチェルト第4番 Dメジャー
ハイドン 交響曲46番 Bメジャー
グレグ 弦楽4重奏曲 Gメジャー

毎年、席を変えて ちがう場所から聴く事にしているが 今年は2階席の左、舞台の真上の席にしてみた。なので、ヴァイオリニストの後ろの方の人たちは見えない。
リチャード トンゲテイも、副団長のサトゥ ヴァンスカの顔も正面から見られないが、斜め後ろからリチャードがどんな風に このチェンバーを自分も演奏しながら指揮しているかがよくわかる。
チェロとべースのまん前になるので 低音が良いぐあいによく響く。

モーツアルトのバイオリンコンチェルト第4番は、彼が19歳の時に作った曲だ。父親が高く評価されていたバイオリニストで、作曲家だったので 彼は早くからピアノの名手だった。14歳のザウルスブルグの宮廷オーケストラの団長になってからは、バイオリン奏者としても認められ いくつものコンチェルトを作曲した。

コンチェルト第4番が ことさら有名なのは 鈴木バイオリンのおかげだ。鈴木バイオリンの教科書は1巻から10巻まであるが、その最後の9巻と10巻はモーツアルトのコンチェルト4番と3番だ。鈴木バイオリンの教科書になるくらいだから、練習すれば誰でも弾けるようになる。しかし、ジャズでいうとアドリブの部分になる「カデンツア」になると その弾き手の「音楽」が問われるから、ちょっと練習したくらいでは 弾けない。アドリヴって、ジャズでもロックでも そうじゃないかな。 リチャード トンゲテイは、長い長い華麗なカデンツアを弾いてくれた。この人のカデンツアは 誰にも真似できない。

次のハイドンは 正統派バロックの良さを正統的な室内楽団が演奏してくれて、耳に心地よい。最後のグレグ、弦楽4重奏曲は 重厚で 技術的に スリルに満ちた難曲だった。とても良かった。

大喜びする聴衆がブラボーを連呼しても、どんなに長く拍手しても足踏みしてアンコールを求めても、ACOの定期コンサートでは 団員は演奏が終わるとサッサと 壇上から引き上げる。お客たちが駐車場から 車を出すのに混みあって苦労しているころには、団員達、楽器かついで夜の街に消えている。
観客に媚びない。実力があるのだ。
彼らの潔さが好きだ。

2010年2月20日土曜日

オペラ オーストラリア「椿姫」



今年のオペラ オーストラリアは「椿姫」(LA TRAVIATA)で開幕した。1853年、ヴェルデイ 作曲。オペラの中で 最も人気のあるオペラのひとつだ。
イタリア語で歌われ、オペラ オーストラリアでは 英語の字幕が舞台上につく。原作はアレクサンドラ デュマの小説で、この芝居を観て感激したヴェルデイが オペラにした と言われている。
原作の 「ラ トラヴィアータ」とは、「堕落した女」という意味。高級娼婦 ヴィオレッタが 純愛に苦しみながら死んでいくお話。ヴィオレッタが愛したのは、白い椿の花だ。マリア カラスが最も得意としたオペラなので、彼女が歌うヴィオレッタが、いくつもCDやDVDになっている。

映画「プリテイーウーマン」で、ジュリア ロバートが リチャード ギアと小型飛行機でサンフランシスコに飛んで このオペラを観て、感激きわまり つい自分を抑えられず「すっごく良かった 感激してオシッコちびっちゃうとこだったよ。」と言って、となりの席の上品なおばあさんが卒倒しそうになる。このおかしいシーンを 日本ではどんな風に日本語訳したのか 日本でこの映画を観ていないのでわからないのが残念。観客がどっと大笑いするところを 上手に日本語字幕つける人も プロながら、大変な仕事だと思う。

話はそれるが、ブラッド ピット主演、クエンテイン タランテイーノ監督の「イングロリアス バスターズ」も、原題「INGLOURIOUS BASTERS」で、本来 「ならずも」のという意味のBASTARSが、BASTERSになっていて、「不名誉」という意の INGROURIOUSも、はじめのころは、INGLORIUSになっていた。あきらかに、スペル ミスだが、わざと誤字をタイトルにする ひねこびたのタランテイーノの性格を よく表しているのだけど、ここのところは、気がつく人は気がつくが、わからない人はわからない。それだけに 気がついた人には おかしさが増すところだ。

ついでに言うと また話がそれるが ウィル スミス主演の「幸せのちから」も、原題は「PURSUIT HAPPYNESS」という。直訳だと 「幸せを買う」という意味だが、HAPPYの名詞は、HAPPINESS。ここでHAPPYNESSと、わざと ミス スペリングになっているのは 映画の中で、彼が住むスラムの壁に落書きしてあった 誤字をウィル スミスが見て、こんなところで息子を育てたくない と、肩を落とすシーンからきている。これも題名をみて わかる人にわかる おもしろさがある。

「椿姫」のストーリーは
第一幕
男爵をパトロンにもつ高級娼婦ヴィオレッタは パリ社交界で 男達からもてはやされる 美しい大輪の花だ。チヤホヤされて、有頂天のヴィオレッタ。そこに、若いアルフレッドが、やってきて真剣に愛を告白する。ヴィオレッタは笑って相手にしないが、それでいていつになく胸がときめく自分に気がついていた。

第2幕
パリから離れた田舎 秘密の隠れ家で アルフレッドとヴィオレッタは 二人仲むつまじく暮らしている。世間知らずのアルフレッドは 田舎暮らしをするためにヴィオレッタが宝石や家具を売ってお金を工面していることを知らなかったが 女中から知らされて あわてて金策のためにパリに向かう。

アルフレッドが留守のあいだにヴィオレッタの前に現れたのは、アルフレッドの父親だった。家を出て、娼婦だったヴィオレッタと秘密の愛の巣にいる息子が一家の恥だ。アルフレッドが今の生活を精算して家に戻らなければ 娘の縁談が壊れてしまう。若く将来のある息子を返して欲しい と父親はヴェオレッタに懇願する。ヴィオレッタは、初めて本当の愛を見つけたところなのに アルフレッドの為に別れなければならない。悲嘆にくれるが、アルフレッドのためにはどんな辛いことでも耐えようと決意する。
ヴィオレッタは手紙を残して 姿を消す。
パリの社交界に戻ったヴィオレッタは、パトロンの男爵とよりを戻して楽しくやっている。そこに、嫉妬に狂ったアルフレッドが乗り込んできて、ヴィオレッタを衆人の前で罵倒 愚弄する。怒った男爵は、アルフレッドに決闘を申し込む。

第3幕
すでに、結核に蝕まれたヴィオレッタの命は消えかかっている。死ぬ前に もう一度アルフレッドに会いたいと 望んではならぬ夢をみているヴィオレッタ。医師はもう数時間しかもたないだろう と言い渡すが 生きる希望を失ったヴィオレッタには、死など怖くない。
そこに、アルフレッドが父親とともにかけつける。父親の告白によって、ヴィオレッタが姿を消したのは、心変わりからではなかったことがわかったからだった。真実の愛を誓い合うヴィオレッタとアルフレッドの前で父親は深く頭をたれて謝罪する。しかし 時すでに遅く ヴィオレッタはアルフレッドに抱かれて死んでいく。
というおはなし。

私が一番好きなシーンは 父親に懇願されて ヴィオレッタがアルフレッドと別れる決意するところだ。初めて手にした真実の愛に自分から背を向けなければならないことがわかって、すすり泣き、嘆き、憎み、怒り、悲嘆にくれる。マリア カラスが歌う ここの 父親との長いシーンだけのCDがある。本当に悲しみをかかえて絶望の底に落ちる彼女の嘆息には、思わず泣かずにいられない。

今回の公演で、ヴィオレッタを歌ったのは、ELVIRA FATYKHOVA。ロシア人のソプラノ、なかなか良かった。
アルフレッドの ALDO DI TOROのテノールも良かった。しかし、この作品ではいつも、父親役のバリトンが勝つ。恋人に熱をあげ夢中になり 挙句の果てに恋人に養なってもらい、今度は父親に別れさせられて 怒りを恋人にぶつけて大騒ぎするアルフレッドに比べて 父親の感情を抑えた低音が よく響くのは 立場上 仕方がない。

パリ社交界のシーンで 50人の男女が踊り 歌う第2幕後半のシーンは 派手で華やかでみごとだった。男女コーラスも、ダンサーも美しい服を身に纏い 狭い舞台で生き生きとしていた。オペラがお金がかかって仕方がないのがよくわかる。

オペラ オーストラリアの「椿姫」を観るのはこれで3回目。
第一幕で はじめの「乾杯の歌」のあとのデュエットの音程が合わなかった。テノールが音程を外し 次いでソプラノも音程を外した。
オー!!!と思って、となりのオットの顔を見たら、オットが「デザスター!」(大災害!)と言ったので 笑ってしまった。素人にもはっきりわかるほど 二人の主役のデュエットで音が外れたのだ。まあ、プロでも 結構あることだ。これに懲りたのか、以降は二人とも慎重に歌っていて、よく調和していた。しかし、これも、余興のうち、といえるようになるには この二人まだ若すぎる。
しっかりしろよ。オペラ オーストラリア!

2010年2月17日水曜日

映画「マイレージ マイライフ」



これほど、男も女もひっくるめた世の中の人から「チャーミング」という形容詞で語られている男は、他にいない。
もちろん、ジョージ クルーニーのことだ。
これといって理由はないのに、結婚せず 気ままに暮らして、時にホロッとヨロめいたりするが持続せず、ひとりで愉快にやっている。人なつこくて ちょっと寂しげな彼の後姿が、気になって 異性としても同性としても 気になって仕方がない。テレビ連続ドラマ「ER 救命室」で、小児科の先生をやって、人気が爆発的に上がった。監督としても良い仕事をしている。髪に白いものが混ざるようになって表情に 深みが出てきて、魅力が増している。
そんなチャーミングな クルーニーが そのまま地でやっているみたいな映画を主演して、アカデミー主演男優賞にノミネートされている。この作品、すでに、ゴールデングローブで、最優秀ドラマ作品賞を受賞した。

映画「マイレージ マイライフ」原題「UP IN THE AIR」を観た。
監督: ジェイソン レイトマン
キャスト:ライアン: ジョージ クルーニー
     アレックス:ヴェラ ファーミガ
     ナタリー: アナ ケンドリック
ストーリーは
空前の不景気。企業は生き残るために沢山の解雇予定者を抱えている。企業は、従業員の解雇の際に 予想される訴訟やトラブルを避けるために、解雇を言い渡す専門家を雇っている。ライアンの仕事がそれだ。そんな彼は 会社のヘッドクオーターに戻り、自宅のアパートに帰る時間よりも、仕事のために、飛行機に乗っている時間のほうが 長い。

ライアンは 年間 322日間 出張で全米を飛び回って 様々な企業から渡されたリストに従って 人々を解雇していく。おかげで、航空会社のマイレージが貯まって仕方がない。特別客として、発券カウンターでも待つことなしに優先席に着けるし、ホテルもグレードアップした一流のホテルで宿泊できる特典をもっている。
マイレージはもうすぐで10ミリオンマイルになる。10ミリオンマイル飛行すれば、航空会社からは 永久名誉客としてプラチナのカードがもらえる。そんな人は世界に何人もいないので、ライアンはそのカードをもらえる日を楽しみにしている。

ある夜 出張先のバーで 同じく出張中の女性アレックスに出会い、意気投合。互いにプライバシーに立ち入らない約束で、大人の関係で親しくなる。付かず離れず 程よい関係だ。
会社のヘッドクオーターに 呼び出されて行ってみると、新入社員のナタリーのアイデアで これからは経費削減のために サイバーで解雇を言い渡す方針に 変更するかどうかで、議論をしている。これにはライアンは大反対。サイバーで人を解雇できれば、もう出張する必要がなくなり、マイレージを貯めることもできなくなる。解雇という、人生にとって一番厳しい時期を乗り越える為には 人間がじかに対面してその人の新しい人生に力を貸してやるべきだ とライアンは主張する。

上司の命令で、ライアンは新入社員ナタリーを連れて出張することになった。旅慣れないが、気が強く、口先だけ手ごわい論客ナタリーは、しかし、現実に解雇を言い渡すことになって、失意と同様に揺れ動く解雇者を前にして サイバーで一方的に解雇を言い渡すだけでは 仕事は成立しないことを知る。折りしも出張が長引き ボーイフレンドから 心変わりとお別れを通告されたナタリーは大泣き。ライアンとアレックスに慰められる。

アレックスとナタリー二人の女性に会って 二人の弱さと優しさを見せられたライアンの心に、ちょっとした変化が訪れる。すっかり忘れていたが、姪の結婚式に招待されていたことを思い出す。長いこと、連絡を絶っていた家族。
思い立って ライアンはアレックスを同伴して帰郷する。生まれて育った故郷、弟想いの姉、結婚の悦びに輝いている姪、優しいアレックスと過ごすうちに、ライアンには 今まで考えても見なかった生涯のパートナーを持つということが 序序に現実味を帯びてくるのだった。アレックスのことを思うと居ても発ってもいられない。
ライアンは、アレックスの住所を書いた紙片を握り締め 飛行機を乗り継いで 遂に彼女の家にたどり着く。しかし、ドアベルを鳴らして出てきたのは、夫も子供もあるアレックスだった。

互いの私生活に立ち入らない、という約束を破ったとライアンを責め、彼にも当然妻子があると思い込んでいるアレックスに、ライアンは言うべき言葉を失ってうなだれるだけだ。

ナタリーは 会社を辞めて 携帯電話で別れのメッセージを送ってきた元ボーイフレンドの居る街に彼を追っていくという。そんなナタリーのために ライアンは立派な推薦状を持たせてやり、次の就職に役立ってやるのだった。

アレックスとナタリーを失ったライアンは、失意のまま、再び機上の人となる。 その機内で、ライアンを待ち受けていたのは マイレージが 10ミリオンマイルの記録に達したお祝いのシャンパンだった。機長から プラチナのマイレージカードを手渡されたライアン。
そして、今日もライアンの空の旅は続くのだった。
というストーリー。

チャーミングなジョージ クルーニーが適役の映画だ。失業、企業命令、解雇、年に322日間の出張、極度のストレス、深まる孤独、などなど、深刻な問題を扱っているのに ジョージ クルーニーのスマートな身のこなし 甘い笑顔、ウィットに富んだ会話で 楽しくて上品でコミカルな作品に仕上がっている。
アレックス役のヴェラ ファーミガが情感豊かで、素敵な大人の女を演じている。
ナタリー役の 新人、アナ ケンドリックもすごく役に はまって輝いている。実にせりふの多い 頭の切れる女性役を 機関銃のように気のきいた洒落や皮肉もたっぷり入れて 喋り捲っていた。それが可愛い。この女優ふたりとも、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。

芸達者な3人の役者で、ストーリーが生きている。
よく冷えた イタリアのシャンパンに、苦くて上品なベルギーチョコレートを口に含んだような感じの映画だ。とてもよくできている。

2010年2月12日金曜日

映画「インヴィクタス・負けざる者たち」




ネルソン マンデラが27年間捕らわれていた獄中から出所した日から20年たった。この記念すべき日、2月11日 南アフリカでは 大規模な祝典と人々のマーチが行われた。マンデラとともに出所した かつてのANC闘士は マンデラの護衛官になったが、晴れ晴れした顔で、ニュースのインタビューに答えていた。

南アフリカ、この国の国歌は 3つの言語で歌われる。はじめに黒人の間で使われているBANTOUという先住民族の言葉で、次に 白人アフリカーナが使っているドイツ語をベースにした古いダッチの言語で、そして、最後に英語で同じメロデイーを歌う。黒人も白人もなく、マンデラのいう虹色のネーションが、声を合わせて 3つの言語で国歌を歌うのだ。

映画「インヴィクタス・負けざる者たち」(原題 INVCTUS)を観た。
79歳のクリントイーストウッドが監督、制作した30作目の作品。ネルソン マンデラが アパルトヘイトの南アフリカで大統領に選出され、それまでバラバラだった国民を一つにまとめる感動的な実話だ。原作は、ジョン カーリンの「PLAYING THE ENEMY」。
キャスト:ネルソン マンデラ:モーガン フリーマン
     フランソワ ピナール:マット デーモン

ストーリー
1990年 ネルソン マンデラが27年ぶりに刑務所から出所するところから 映画は始まる。国民大多数の黒人が熱狂してマンデラの出所を祝う一方で、白人達は、テロリスト マンデラが出てきやがった、、、と舌打ちする。彼の出所は 長年の黒人達ANC主導の公民権獲得運動や、国際社会によるアパルトヘイトに対する嵐のような激しい非難と経済封鎖の結果だった。その後 事実上、アパルトヘイトは廃止され、初めて黒人に投票権が与えられ、民主選挙が行われる。圧倒的な支持によって、ネルソン マンデラが大統領に選出される。

マンデラはユニオンビル 大統領官邸に初出勤した朝、大慌てでデスクを片付けで出て行こうとする白人官邸職員たちを引き止めて、君達の能力と経験を新しい国作りのために、協力して欲しいといって、おしとどめる。白人の大統領護衛官たちも留まる。それには黒人護衛官たちは、納得がいかない。昨日まで自分達を拘束し、拷問し、獄中に送り込んでいた連中が マンデラを守れるわけがない。大統領の命を危険に曝すのか。怒る黒人護衛官を前に、マンデラは 懸命に説得をする。国を変えていくには、まず 憎しみを捨て、自分達が変わらなければならない のだと。

スポーツ協議会は 今まで事実上黒人に道を閉ざしていた 南アフリカ代表のラグビーチーム スプリングボックの廃止を決議するが、マンデラは それを覆す。スポーツを通じてこそ人々の心は ひとつに結ばれる。南アフリカはアパルトヘイトのために、長いこと国際試合から締め出されていた。マンデラは スプリングボックを1995年のワールドカップに参加させ、公式会場を南アフリカに招聘することで アパルトヘイトで病んだ国民の心をひとつに結び付けたいと考えていた。

まずスプリングボックの主将、フランソワ ピナールを官邸に呼んで話し合う。当時、スプリングボックは 国外試合に出てられるようになっても 惨敗を繰り返していた。また、フランソワ ピナールには はじめ、マンデラのラグビーで国民の心を統合するという夢が 理解できなかった。何故 ラグビーか。半信半疑のピナールはマンデラから手渡された イギリス詩人ウィリアム アーネスト ヘンリーの「インヴクタス=征服されない」という詩を読む。
やがてピナールは マンデラが収容されていたロヘ島の監獄を訪ね マンデラが27年間すごした監房を訪れる。そして、小さな監房でインヴィクタスの詩に支えられ気高い精神を維持し続けたマンデラの偉大さと彼のラグビーにかけた夢に、心をうたれる。

マンデラの 黒人でも白人でもない、虹色の国民が心を一つにして新しい国造りをするという信念にインスパイヤーされたピナールは 黒人のBANTOU語で歌われる「南アフリカに神の祝福あれ」という歌をチームの全員に手渡す。
1995年ワールドカップに向けて強化訓練が始まる。ゲームを南アフリカで、というマンデラの熱心な招聘要請の結果、ワールドカップの決勝戦は南アフリカで行われることになった。
チームはまず、オーストラリアを破り、遂に 決勝戦で、ニュージーランドのオールブラックとの最終決勝戦で勝ち抜き優勝する。熱狂するに虹色の国民たち。
と、いうストーリー。
本当にあったことで、本当に感動的な決勝戦だった。

この映画を観なければならない理由が3つある。
ひとつは
ネルソン マンデラの偉大さを改めて映像をと歴史的事実をとおして確認する、ということ。マンデラの自分が受けた弾圧や差別を憎まず、人種に拘らず 暴力に頼らず 差別を乗り越え国を造った という偉業に心打たれない人はないだろう。昨日2月11日のニュースで ノーベル平和賞のツツ司教が、「すべての国がマンデラをもっているわけではない。南アフリカはラッキーだった。」と述べている。本当にそうだ。
マンデラの精神の高さと、それに伴う実行力は、となりのジンバブエに比較すると よくわかる。ムガベ大統領とジンバブエ国民の悲惨な状況が悲しい。
またマンデラあとを引き継いだ、このあとの大統領でさえも、この悪名高いジンバブエに癒着して 腐敗が進んでいる。4人の妻を持つ現大統領の醜悪な姿、、、。暴力が 日常茶飯事で、ヨハネスブルグはいま、世界で一番治安の悪い土地だ。エイズの広がりも止められない。そんな時だからこそ、過去を振り返り マンデラの歩んだ道を明らかにすることに意味がある。

2つ目には、
この映画はクリント イーストウッドが79歳で30作目の作品だということ。イーストウッド すごい。
イーストウッドが「ローハイド」で ちょいワルのカーボーイだったころからのファンだ。「ダ-テイーハリー」に胸ときめかせ、「マデイソン橋」でよろめき、「ミリオンダラーベイビー」や「ミステイックリバー」で 監督としての彼を見直した。昨年の「グラントリノ」はいまだに私のなかで一番好きな映画のひとつだ。
彼は偉大だ。おもしろい話がある。
彼はワーナーブラザースに、もう40年も自分のオフィスを持っている。数年前、新しく社長に就任した男が イーストウッドに電話してきて、「挨拶にいって、僕から君にちょっとした注文をしたいんだけど、何時が良いかね?」と聞いたら、イーストウッドは、「いいよ。何時来ても パラマウントのオフィスにいるからね。」と答えたという。新社長の「ご注文」や「ご意見」など聞くつもりはない。社長に従わなければならないなら、さっさと辞めてパラマウント社に移るゼーィ というわけだ。製作者として 自信に満ちた 権威をきらうイーストウッドの姿勢をよく表したエピソードだ。かっこいい。

3つ目は
この映画がラグビーの映画だということ。
ラグビーは良い。最高のスポーツだ。子供の時から大好きだった。
正月の早慶戦は必ず見ていた。慶応が力をなくしてからは 早明戦が、全国一の勝者決定戦だった。早稲田の藤原、明治の松尾兄弟、北島監督。忘れられない顔がつぎつぎとよみがえってくる。
ラグビーは肉弾戦で、格闘技に近い。それでいて走るのも早くないといけない。ニュージーランドのオールブラックでは 体重が100キロ以上なのに、100メートルを10秒で走るマオリの選手がぞろぞろいる。オーストラリアのワラビーズも同様だ。
この映画では ラグビー戦闘シーンの迫力がすごい。ラグビー好きな人は絶対観るべきだ。よく観客席でみていると、ボールを持った選手が わざわざ敵が待ち構えるところに突っ込んでいくのが、不思議に思えるが このフィルムを観て フィールドに、選手と共に立ってみると デイフェンスの壁を破るのがどんなに 難しいかがわかる。何と広いフィールド。固いデイフェンス。ボールをどこに渡したら前に進めるのか、、、。もう自分がラグビーをやっているような臨場感だ。カメラワークが素晴らしい。スクラムを直下から見た映像の迫力にゾクゾクする。後半戦のスクラムの繰り返し。選手達の背骨のきしむ音がする。荒い息、声にならない呻き。肩と肩がぶつかり合う鈍い音。まさに、これがラグビーだ。これほどラグビー選手に密着してフィルムを回せる人は他にないのではないだろうか。さすがに、これがイーストウッドなのだ。すばらしい。

現代史の奇跡みたいな人、人類の宝、ネルソン マンデラが ラグビーに夢をつないだ映画を イーストウッドが撮ったなんて、こんな ザ ベストがそろった映画を観ないで済ませる人がいるなんてもったいない。俳優のマット デーモンがよくチームで泥だらけになって 実際スクラムも組んでパスもしていた。オールブラックもワラビーズも出ていた。
フィルムの最後に本当の1995年に優勝したときの選手が出てきて それも良かった。というわけで、この映画は絶対お勧めなのだ。 

2010年2月10日水曜日

飛行機でランランのライブを聴く


ビジネスクラス空の旅を 東京、台湾間で楽しんだ私たちは その後、台湾、シドニー間の9時間をエコノミークラスで地獄の空の旅をすることになった。 

満席で乗客はインド人と中国人ばかり。マナーの悪さで世界一を競い合う両国民が、そろって安い航空運賃のチャイナエアラインで旅行している。メシは家畜が死なない程度、9時間の間、食事の時以外 みごとに 一切飲み物のサービスはなかった。水入りペットボトルくらい無料で配ったってチャイナエアラインが倒産するわけじゃない。最低限のサービスくらいしないと エコノミック症候群で太ったインド人や中国人のおっさん達がバタバタ倒れて死ぬぞ。
おまけに ビジネスクラスのフライトアテンダントと、エコノミーのとでは 天使と鬼ほどの違いがある。同じ航空会社で同じ制服を着ているのに この差はどう理解したらいいのか。ビジネスのサービスでは メイド喫茶のホステスなみの笑顔と至れりつくせりのサービスだったのが、エコノミーでは誰も笑わない。一人のアテンダントなど、私の横で食事のトレイをひっくり返し、そこらじゅうサラダや果物が飛び散って私の皮のハンドバッグにもドレッシングが飛んできたが、決して誰も謝罪しない。どの女の子も1週間続く便秘で 苦しくて仕方がないような顔を終始していた。

しかし、地獄の狭苦しさと、汚れた空気で窒息しそうな機内の不快感を100%の天国にしてくれたのが、ランランのピアノだった。音楽の偉大な力。ランランのおかげで 嘔気に満ちた機内の空気が一瞬のうちに清らかな高原の空気が流れ出し、豊穣な音の世界で満たされた。
心が躍る。なんという美しい音を出すのだ。この人は、、、これで人間だろうか。人の形をした神ではないか。

ライプチッヒ ゴワダス オーケストラ
リカルド チアリー 指揮
ランランによるメンデルスゾーン ピアノコンチェルトNO1
2009年 ガラコンサートライブ

ランランがすごい。ソロイストとして若手で一番と言う話は聴いていたが、ライブを観るのは初めて。
ピアノの前に座ったとたん この人は完全に自分の世界をバリアで作ってしまう。観客やオーケストラに目もくれない。彼のホコリひとつない真空の密室で 彼はピアノに触れる。彼の指は自然 ひとりでに踊りだし、空中を自由気ままに飛び歩く。
緑の深い森を駆け巡る。天に向かって羽ばたく。宇宙の果てまで 星を捕まえに行く。清涼な風、氷のような星を捕まえて、体まで透明になりながら飛んでいく。指だけが、鍵盤の上を走る。なんという豊かな音量。深くてそして、熱い音だ。これほどピアノの豊かな表現に 心を動かされたのは 初めてかもしれない。恐るべしランラン。

オーケストラも良かった。コントラバスが5台。バスーンが2台。どうりで低音が響きわたっている。すごい。ランランの演奏に 観客は総立ちのスタンデイングオべーション。

彼はアンコールに応えて、ショパンのエチュード3番を弾いた。
ピアノ曲として すごく有名で、ピアノを弾く人は 大抵弾いた事のある こんな小曲を彼は1音1音 大切に丁寧に、弾いた。すごい。一つ一つの音に命が吹き込まれ 誰もが知っている旋律が まるで全然ちがう生きもののように、呼吸し、微笑み、そしてささやいてくれた。夢のようないっとき。 パーフェクト。ブラボー。涙がでてくる。

もう一曲 ショパンを弾いた後、最後のアンコールは、「真夏の夜」から、結婚行進曲。これこそ誰もが結婚式場で聞いている 子供でも知っている曲。これをトランペットのファンファーレに続いて、ランランは 力強く きっぱりと、誇らしげに弾いた。ブリリアント。
嵐のような拍手。

本当に素晴らしいピアニスト。ランランのライブフィルムを見せてくれたチャイナエアライン大好き。コンサート全フィルムを見せてもらえるなんて、本当に幸運だった。台湾経由で日本に行くには 他のチョイスがなくて、仕方なく乗ったエアラインだったが、正解だった。ありがとう ありがとう チャイナエアライン。

2010年2月8日月曜日

7泊8日 親孝行の旅




3泊4日の新宿での愉快な休日のあとは、7泊8日の親孝行の旅だ。
新宿から千葉の柏井に移動。父の住む有料老人ホームに滞在する。父に会ってしまったら、寂しがる父を置いて 買い物に行ったり 友達に会いに行って遊ぶことはできない。父と一緒のときを持つために来た。
1週間を父と過ごしたあとは、シドニーに直行だ。

父は70才で早稲田大学を退職して 数年間 市川の和洋女子大で教えた後、市川の家を売り、莫大な量の蔵書を寄付したり売り払ったあと母と市川市柏井の老人ホームのユニットを買って そこに移った。
24時間医師や看護士が常駐し、亡くなるまでホームが責任をもって世話をするという施設だ。そこで母が亡くなって15年目になるが、母がいた頃は 父とふたりで まだ自然が沢山残っていたホームのあたりを毎朝散歩したり、電車に乗って市立図書館に行ったり、道端の草花を掘ってきて、ベランダで育てたりしていた。家を売って 大きな庭がなくなったことを悔いたこともあっただろうが、二人とも老後は絶対 子供達の世話にはならないと、言い張ってきたからホームに入るという選択は 彼ららしい結論だったのだろう。

父は98歳。最後の明治生まれで、大正 昭和の激動の現代史を生きた。政治経済学部だったから、たくさんの教え子を政界、マスコミ界に送り出した。90歳の誕生日は、ホテルを借りて500人の教え子達が集まった。驚いたことは、ひとりひとり挨拶に父のところにきた教え子の名前を全部父が憶えていた事だ。

2年前には二人の娘と父に会いにきて、2週間滞在した。このときも父は記憶力が全然衰えておらず、私が覚えていないことをよく憶えていた。父の叔父 兵衛は90のときすでに認知症が進んでいて、テレビの前に座っているだけの人になったが、父は96歳になっても文筆活動をしているのが自慢だった。毎朝テレビ体操をするので6時半には起きていて、体も柔らかく、活気があった。また泊まりに来なさい と、娘達を抱いて、送り出してくれた。
たった2年前の話だ。

この2年間で父はすっかり認知症が進んでしまった。
父はもう新聞を読まない。テレビを見ない。
私達とすき焼きを食べて、食後お手洗いに行って 居間に戻ってくると、もう すき焼きを食べたことを忘れている。父は日々、記憶とともに何もかも失っている。何か読んだその場で 内容を忘れている。話を聞いた その場でそれを失くして行く。何も残らない。

嘆いても仕方がない。時は移り 人はみな変わる。
現状を受け入れ、その中で悦び、楽しみを見つけていけば良い。いま父は 私のことはわかるし、娘のこともわかる。食べる楽しみもある。
着いた翌々日に、兄と兄のお嫁さんが ご馳走を持って来てくれて 父の98歳の誕生会をした。鯛の姿焼き、刺身、蟹や海老など父の好物ばかり。ショートケーキに18本のロウソク。
次の日は姉と義兄から 父の好物 山菜おこわが届く。

1日のうちにも ホームの職員が朝晩2回 巡回にきて様子を見てくれる。3食の食事は 居間のテーブルまで運んでくれるし、週2回は風呂の介助の人が来る。新聞 郵便も父の手元まで届けられるし、各部屋には緊急ボタンで職員を呼ぶことが出来る。洗面所を4時間以上使わないでいると 職員が様子を見に来る。
これでも充分とはいえないが、仕方がない。これも父の選択だ。

いろいろな思いを残したまま 帰国の時間は迫る。
帰途はまた 台湾経由のチャイナエアライン。成田に着いて チェックインをして驚いた。フライトまでまだ2時間以上あり、予定の便は満員だが 一つ前の便に変更できるならば ビジネスクラスの席を用意してくれる という。願ってもない申し出ではないか。
2時間のんびり 成田で買い物してから帰りたかった娘を叱咤激励して、ビジネスクラスの客となる。

ウェルカムドリンクをスリッパに履き替えていただく。前席との間が大きく 前席がリクライニングで倒されても こちらに影響はない。広々として テーブルも大きく 書き物が出来る。
テーブルにテーブルクロスが広げられ、食前酒のワインリストが来る。娘はフランスワイン ボルドーの白。私はイタリア キアンテワインの赤。食事は洋食3コースか、和食。勿論 和食を取る。
つき出しの豆腐、焼き物、若筍と蛸の和え物が美しい。メインはハマチ焼き物、やさいに、御飯とおつゆ。デザートは果物。お料理に合って よく熟したキアンテをお代わりしながら 出されたものを全部たいらげた。数え切れないほど飛行機に乗ってきたが、機内食を全部食べたのは 初めてだ。いつも狭いところで 揺れながら、あちこちに腕をぶつけながら小さくなっていて、食欲も出ない。サラダに海老でも入っていようものなら もし食中毒を起こしたら 300人にトイレが4つ、、、どういことになるのか 気が気でなく恐ろしくて食べられない。ちゃんと火が通っているかどうか確認しながら 恐る恐るちょっと手を出してデザートケーキだけを食べるくらい のことが多かった。


気分よく食事して 気分よく いくつかの雑誌に目を通して ゆったり台湾に着いた。うーーん! ビジネスクラスは良い。確かに2倍の航空運賃を払うだけのことはある。これからはビジネスだ。決めた決めた、、、。
決意も速いが 忘れるのも速い。

台湾エアポートで時間をつぶし、エコノミークラス席でシドニーに着いたのは翌日のお昼。一日がかりの大旅行だった。
台湾、東京 2週間の休暇もこれでおしまい。
ああー、やれやれ、、、仕事が待っている。

2010年2月7日日曜日

新宿3泊4日の旅




オーストラリアに住んでいて 時々里帰りする日本人同士で 「日本に着いたら まず何をするか」 という話をすると 案外みな共通点があって、おもしろい。以前は まず、何を置いても鮨屋にかけこむ、という人が多かったが、今ではシドニーでも 寿司屋が乱立し、店を選べば寿司もおいしい。

私はいつも成田に着くと 電車に乗車する前に キオスクの売店で「ぴあ」と「アエラ」を買い、その横にある自動販売機で あたたかい缶コーヒーを買う。
「ジドーハンバイキ」は、日本が世界に誇る文化だ。程よい熱さの缶コーヒーを手にして、ああ、日本に帰ってきた、と、しみじみ思う。

「ぴあ」は 短い日本滞在中に、ピカソ展や、レオナール フジタ作品展とか、60年代イタリアヌーベルバーグ映画祭とか、井上雄彦のサイン会とか、浦沢直樹のロックコンサートとか、パリオペラ座バレエや、立川談志の寄席とか、メトロポリタンオペラとか、ソフィア ローレンの「二人の女」上映会がある、、、などという予定が書いてあった ためしは ない。だからいつも買った「ぴあ」は無駄になり、捨てられることになる。でも買わずにいられない。
日本は世界一、イベントが多くて、美術館が充実していて、海外からのエンタテイナーが呼ばれ 芸術活動も盛んだ。人口が多いということは、活気があるという証明で、素晴らしい。

台湾から日本に来て、成田から 新しくできた急行直通電車で新宿に着いた。
南口の新宿プラザホテルに3泊する。この3泊4日だけが、友達と会い、買い物をして、好きなことが出来る期間だ。少しも時間を無駄にすることができない。3日間で会いたい人みなに 会うことはできないが できるだけ効率よく会えるように 事前にネットで連絡してある。
しかし、成田に迎えに来てくれる といっていた人が成田で見つからず、「成田に来れないならホテルで待っていて」、と言ったはずなのにホテルでも会えなかったのは残念。一番会いたかった人なのに、機会を逃がすと もう他に時間は取れない。

ホテルに着いて、重いスーツケースを置いたら さっそく夜の新宿へ、、。どこに行くって? ローソンです。
これぞ、世界に誇るコンビニ!娘がシドニーで注文したアマゾン発の漫画:井上雄彦の「バガボンド」第32巻、オキモトシュウの「神の雫」第22巻、末次由紀の「ちはやふる」、中村光の「聖おにいさん」第4巻、よしながふみ「きのう何食べた」第3巻、そのほか たくさん注文した本が全部、指定したローソンに着いている。日本で 代わりに受け取ってくれる人がいない 私達のような国外に住むものにとってローソンは 天の助けなのだ。いっぱい本の入ったダンボール箱を抱えて ホテルに戻る私達。ローソンのおにぎりとコーンスープもいっしょだ。こうして夜更けまで 私たちは幸せな日本の夜を過ごす。

翌朝は当然 買い物。どこに行くって? もちろんユニクロです。
世界に誇るユニクロ。ロンドンでは「ユニキューエルオー」と発音します。無駄口をきくひまもなく、買い物籠をいっぱいにする。ユニクロで、娘が試着する必要もなく Sサイズが体にぴったりなのに、シドニーでは娘に合うシャツはない。女3人分の1年間分のシャツを買い占める。それって すごい重さ。いったん荷物をホテルに下ろして、寿司を食べ、元気を取り戻して買い物を続ける。

夜は若い人たちに会って ホテルのバイキング。彼らはむかしシドニーに来て、サーフィンをしたり、怪我をしたり、バイトしたり 病気したりしていたこともあったが、いまでは立派な社会人。しっかり地面に足をつけて良い仕事をしている。なんて素敵な 若者達。
30年前は、男の子が生まれたら、穂高か剣という名前にしようと思っていた。日本でナンバーワンの富士のような つまらん山でなく 立派なナンバーツーになるような人に育ってほしいから穂高、、、と思っていたら 生まれてきたのは 二人とも可愛い可愛い女の子だった。でも、シドニーのおかあさんとして、シドニーで病気になったり怪我した人のお世話ができて、その元気な姿をときどき見られるなら それって素敵。大満足。

次の日も買い物。
ビッグカメラでニコンを買う。ニコンD5000。 18-55MMズームレンズで、手ぶれ補正機能 流し撮りもできる、木村拓哉がコマーシャルでやってる奴。低い位置から撮れるように液晶モニターの角度が変えられる。動画も撮れる。
ねこに小判、豚に真珠とは よく言ったものでぶ厚い説明書を見ても 何もわからない。ただただ重い。馬鹿ちょんカメラしか持ったことのない私には とても重いカメラだ。これはオットへのおみやげ。むかし彼が持っていたレンズがカビでやられて以来 新しいニコンを欲しがっていた。いまは 白内障と緑内障と黄班部変性で、視力が限られて 新聞を読むにも眼鏡と虫眼鏡を両方使っている。そんな人にカメラが何になるだろうか。と言ってみても仕方がない。これは彼の夢なのだ。夢を見続けさせてやって何が悪い。否、悪くないぞ(反語)

娘も私も新しいオーバーコートを買って、留守番の娘と孫に衣類や本やDVDを買って、夜はまた人と会う。
新宿最後の夜、ホテルの風呂に、薬屋から買って来た温泉の粉を入れて温泉気分。漫画を読みながら、幸せな日本の夜はゆっくり更けて行くのでした。

2010年2月5日金曜日

一握りの灰になったオスカー




台湾で結婚式に参列するため旅行している間に オスカーが死んだ。
18歳の愛猫。
死ぬことが わかっていた。だから、本当はどこにも行きたくなかった。

食べなくなって3週間ちかく。痩せて 辛うじて這って歩くことが出来た。目やにと鼻とで 目と口の周りが汚れて、何度お湯で拭いてやっても 強烈な悪臭を放っていた。食べることを止めてから 便も出なくなり、2,3日おきに排尿すると 以前のように上手に箱の中でできなくて、床や絨毯にたくさんの染みを作った。

骨と皮になって 体が3分の1くらいになってしまって、お気に入りの台所のカーペットの上で、静かに呼吸をしていた。私達が寝室に行くと、ベッドの下まで やっとの力で這ってきた。
起きて、台所で食事の支度を始めると 台所まで這ってきて 足元に横になる。動き回っているから 踏み潰しそうで 危なくて仕方がなかった。

そんな姿になってしまっても、抱き上げて胸の上に寝かせて なでると、ゴロゴロ咽喉をならす。体をなでると毛玉が沢山できていて、ゴツゴツしている。顔を撫でると 硬くなった目やにや鼻がボロボロと落ち どんなに頻繁にきれいにしても すぐに目やにだらけになってしまう。背骨のとんがりが手に痛いほど 骨が突き出てしまった。

それでも私の近くに居たがって、私が動くと這って後を追ってくる。
最後まで一緒に居たい と、意思表明していたのに、どうして私は予定通りに旅にでてしまったのだろう。オスカーは、裏切られた気持ちで、孤独のうちに死んでいっただろうか。オットが仕事から帰ったら、娘の置いていったベッドの下で冷たくなっていた という。

オスカーが家にきたのは 8歳のとき。
長い毛がふさふさで 顔のまわりはライオンのような たてがみがあった。大きな目で 賢そうな 落ち着いた猫だった。
体は小さくても毛が長くて ふわふわに毛が密集しているので大きくて、太ったタヌキのように見えた。
王室動物虐待防止協会(RSPCA)に行ったとき、沢山の猫のなかでも、ガラスケースの中の、一番高い台の上で 悠然と下界を見下していた。一目で気に入って、連れてきた。8歳で、名前はオスカーといわれたが、昔は、アントニオと言う名前で、イタリア人家族に飼われていたそうだ。一家がイタリアに引き上げるとき、捨てられたのだという。

オシッコ箱を作ってやると オシッコをし終わったとたんに 風のような速さで押入れに隠れてしまう。食事もパクリと口に入れるや否や 飛んで押入れに隠れて小さくなっている。きっと、しつけに厳しい家族に飼われていて おもらしをしたり、食い散らかしては 叱られていたのだろう。
落ち着いて排尿便や、食事ができるようになるまで、ゆっくり時間をかけて、慣らせることにした。そのために猫可愛がりしないで、すこし離れて見守る、触るのも最小限にする、何をしても叱ったりせずに 優しい言葉をかけるようにした。オスカーが自分から私達家族のそばに寄ってくるようになるのに、1年くらいかかった。

いったん甘えるようになると、際限なく甘えん坊になった。自分の食事は済んだ筈なのに、私の皿のものを欲しがる。肉も魚もオスカーの目の前で4分の1を切り取って、分けてやり、一緒に食べるのが習慣になってしまった。食べ終わると、ニュースを見ているわたしの膝に乗ってきて、眠る。 寒い夜はベッドの中に入ってくる。冷たい体で入ってきて、温まると出て行って、又 氷のように冷たいからだで入ってくる。

ベランダから下はテニスコートと公園になっていて遊歩道が出来ている。そこを行き来する人びとを ベランダの椅子から一日中 眺めている。ベランダの安楽椅子も、オスカーの毛だらけで、使い物にならなくなって2台目の椅子になった。

ベランダには緑色のパロットや、マグパイやコカバラらの鳥たちがやってくる。オスカーは届くわけがないのに 獲物を追うライオンのように、身をひくくして今にも飛び掛るような「かっこう」をする。そんなことはお見通しの賢い鳥たちは オスカーを見て ここに敵がいる、、、とばかりに やかましくさえずり始めて 猫をばかにする。そんなときのオスカーの困惑の表情に、いつも笑わずにいられない。

10年間 娘達が成長して家を出て行き、会話の少なくなった夫婦にとって、オスカーの存在は二人の会話をつなぐ大切な「つなぎめ」になっていた。10年間、私達の喜怒哀楽を共有してくれた。オスカーがいなかったら 私達家族はどんなに味気ない日々を送ったことだろう。オスカーのいない日など考えられなかった。

枯れ木が朽ちて 音も立てずに倒れるようにしてオスカーは逝ってしまった。18歳といえば 人でいえば100歳以上。
いま、片手の手のひらに乗る小さな灰になった。金色の袋に入って、私達を見下ろしている。
ありがとう。
オスカー。本当に私達と10年間 居てくれて ありがとう。
愛しているよ。

2010年2月3日水曜日

台湾 3泊4日の旅


台北の結婚式のあと、もう夜になっていたが、娘とその仲間達とで 台北の街にくり出した。台北101ビルデイングに行ってみた。
高さ508メートル 東洋1の高層ビル。最近ドバイに世界一高いビルができるまで 世界1の高さだった。89階には下界を380度 見渡せる展望台、91階には野外展望台がある。風が強い日は、見せてもらえないが この夜は静かだったので、どちらの展望台からも、夜景をながめた。素晴らしい。

ビルの中は 大きなデパートで、ブランドショップのオンパレード。世界中の どんなファッションブランドもそろっている。店員達がツンともしていなければ、客に付きまとうでもない、ほどよい間隔を開けてくれていて、感じが良い。 


下界に下りて、軽食を食べたら 疲労困憊。朝6時から娘の元クラスメイトの結婚式で、沢山の人たちと旧交をあたためた。充実した 長い長い一日だった。

台北2日目は、まず鉄道を使って 龍安寺(ロン サン スー)に行く。高架線の駅で切符を買うと リサイクルできるプラスチックのコイン型切符が出てくる。これを自動改札口に入れたところを パチリ 記念撮影。電車の中で 持ち歩いているペットボトルから水をグビリとやり またパチリ記念撮影。 竜安寺駅で昨日一緒だった 友達に会う。そんな彼から 電車の写真撮影も 電車の中での飲み食いも 違法で 見つかると$200以上の罰金だったと聞かされて、真っ青。
そうだった。この国はまだ戦争をしているのだ。兵役義務も3年間、アジアのなかでは 兵役義務の長い国だ。法律違反して、ごめんなさい。

龍安寺は地元の熱心な信徒のおまいりで いっぱいだった。お守りを売るコーナーも人が並んでいた。下町の喧騒が楽しい。日本にいるようだ。

中正紀念堂(ツォン ツエンチー ニエタン)に移動する。青と白の美しい巨大建築物。蒋介石を記念して建てられたメモリアルホールだ。
民族主義を全面に出した前大統領によって 「台湾民主紀念館」に改名されたが 2008年 現大統領によって再び 中正紀念堂になった。中国との無用の摩擦を避けるためだ。大統領が変わるたびに 入り口の巨大な門に書かれた文字が塗り潰されたり、書き直されたりした。今では、台湾独立を声だかに叫ぶ声はほとんど聴こえない。上手にアメリカの援助を引き出しながら、中国を懐柔して生き残ろうとする巧みな政治手腕が歓迎されている。それがいい。がんばれ。

蒋介石の像は 高さ30メートル、巨大で銃を持った衛兵に守られている。8角形の青い瑠璃瓦の屋根、白い大理石の壁に囲まれている。衛兵交代の儀式を観た。二人の衛兵は身じろぎもせず、瞬きもせず起立していたので、プラスチックのお人形かと思った。突然別の色の制服を着た衛兵が行進してきて まごうかたなく生きた美少年達だったので びっくりした。制服姿もりりしいが、まったく肉がついていない痩せ型。これでは蒋介石の像は守れるかもしれないが 国は守れるだろうか、とちょっと心配。若者よ しっかり食べてください。

紀念堂の階下は 蒋介石の執務室を再現してある博物館になっていて、近代中国史を学ぶ場になっている。コミュニティースクールが併設されていて、一般市民が美術、健康教育、太極拳 気孔、ヨガなどが学べるようになっていた。

門から蒋介石の像のある紀念堂まで1200メートル、両側に赤い屋根の立派な建物が双子のように建っていて、向かって右が 国立オペラハウスで、左が国立コンサートホールだ。
敷地面積25平方メートルの中には 広い庭があり散歩道がある。
門から紀念堂までの広場では、いろいろなイベントが行われていて、昨年10月のゲイ レスビアンパレードも ここが集結 出発地点だったそうだ。ここを訪れた翌朝テレビで ニュースを見ていたら、この広場が出てきて、ポップバンドの音楽に合わせて若い人たちがスケボーで 曲芸なみの華麗なダンスショーをニュースで報道していた。

一月とは言え 雲ひとつない晴天で一日歩き回ったあと、デパートのそごうで 買い物をしていたら、昨日結婚したばかりの花嫁、花婿とその家族の皆さん方が、あいさつに来てくださった。メインストリートの夕方の交通渋滞のなか、ウィンカー出して 違法駐車しながら、明日発つ私達のために わざわざ会いにきてくれたのだった。名残惜しくて いつまでも みな抱き合っていた。

夕食は そごうの地下のテイン タイホンで。教師をしていて昼間会えなかった友人が駆けつけてきてくれ 乾杯。食後 もう8時というのに 込み合っているレコード屋や雑貨屋を冷やかして、最後まで付き合ってくれた、友人と最後のお別れ。彼、泣くなよ。

短い3日間の台湾訪問だったが、たくさんの懐かしい人たちに会えて、うれしかった。たくさんの喜びを分けてくれた若い人たちに感謝。みんなみんな 本当にありがとう。

2010年2月1日月曜日

台湾で結婚式



台湾に結婚式に招待されて行って来た。
台湾が「自衛」のためにアメリカからミサイルとヘリコプターを購入することになって中国が怒り狂っている この時期に、、、。経済封鎖だ、断交だ、威嚇ミサイルをぶち込む と中国がわめいている一方で 台湾は取澄まして わが道を行く如く しごく冷静だ。
たのもしい。

花嫁は、フィリピンにいたときに ヴァイオリンを教えていた娘さんだ。彼女は長女の同級生で、1歳年下の妹をもっていて、それが次女とまた同級生だったので、特別に家族ごと仲良くしてもらった。
花嫁の中学、高校がフィリピンで、大学はアメリカだったから、結婚式には、文字通り世界各国から友達が 来ていた。集まってきた昔の同級生の そのほとんどが私のヴァイオリンの生徒だったこともあり、たくさんの若い人たちの成長振りを見ることが出来て 幸せな気持ちになった。

台湾のしきたりどうり、花嫁の実家で まず婚約儀礼をして、婚約指輪を交換、それから家族、親戚、友人みんなで今度は花婿の実家に行って、結婚の儀式をする。入り口で二人で瓦を割ったり、花嫁の3つの質問に花婿が正解を出して、やっと家に入れてもらえたり、様々な約束事を経て やっと2人が結ばれる。結婚指輪の交換で 結婚式は終了。
ブライドメイトを務めた私の娘は 花嫁とともに朝6時からの行事に付き合い、花嫁に終始付き添っていた。

午後からの結婚披露宴には招待客が、120人。花嫁は結婚式で3回 ドレスを替え、披露宴でまた3回 豪華なドレスを着替えた。
処変われば 習慣も変わり、じつに興味深い 楽しいお祝いだった。
中国の伝統料理に フランスシャドネーの赤ワインで、マンダリンが話せないのに大いに楽しんだ。

娘達は 東京生まれだが4歳と5歳のときに 設計技師だった夫の仕事で赴任先の沖縄に移住し、9歳と10歳のときに さらに南下してフィリピンに移った。マニラ インターナショナル スクールで学び、大学のためにシドニーに来るまで9年間をフィリピンで過ごした。
彼らは、13歳と14歳のときに父親を失った。私達3人は夫の扶養家族だったから その日のうちに 滞在ビザを失った。
これには困った。
むかしむかし夫は 妻子も職場も捨てて私と一緒になり、私は家族から絶縁されるような形で結婚してきていたから 頭を下げて実家に帰ることなどまっぴらごめん。仕方なく、娘達の通うインターナショナルスクールの弁護士に直談判して、ヴァイオリン教師として 学校に雇ってもらって 就労ビザを出してもらうことにした。

学校は 中学の選択科目だった音楽の声楽クラス、ブラスバンドクラスに 新たにヴァイオリンクラスを設けてくれた。午前中 4クラス 午後は 高校のオーケストラを指導することになった。
ヴァイオリンを弾くが、教えたことなど一度もない。ヴァイオリンは「ト音記号」で弾くが、チェロは「へ音記号」の楽譜だ。見たことも聞いた事もない宇宙人みたいな記号で 楽譜が書かれたヴィオラの譜をみて腰をぬかした。なんだ これ? それを数時間後に 生徒に教えなければならない。暗中模索とは このことだ。ピアノで音を確かめながら ヴァイオリンのGは第4弦、同じ音はチェロの3の指で ヴィオラでは1の指、、、と、1音1音確かめながら 楽譜を少しずつ読めるようになった。自分がわかったことを その日に生徒に教えるような日々、いつ生徒に先を越されるかドキドキハラハラのスタートだった。

マニラ インターナショナルスクールは 約80カ国の国の生徒達が学び その多くは大使館やアジア銀行の雇用者の子弟だった。アメリカが最多で、地元のフィリピン人は 希望者が多くても どんなにお金を積んでも生徒数の7%に抑えるという約束があったようだ。幼稚園から12年生まで2千人足らずの生徒数だが、教科書から学用品まで すべてアメリカから直接送られてきていた。
ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスも希望する生徒の数だけ 毎年きちんと そろえてくれた。みようみまねで教えていたが 毎日が刺激に満ちて本当に楽しかった。

続けて何年か教えていた生徒は自分の子供のように可愛くなる。生徒にシカトされたり いじめられたりして眠れぬ夜を歯軋りして過ごしたこともあったが そんな生徒ほど誤解が解けると可愛い子になって いとおしい。教えるという新しい体験に毎日が 目が覚める思いだった。

あれから14年。 そんななかでヴァイオリンを教えた子供達が卒業して アメリカで大学を終え、MBAやMBSをとって 社会で大活躍をしている。みんな、立派な大人になったけれど、話せば、むかしと少しも変わらない。エネルギーに満ちている。
そんな若い人たちに囲まれて、本当にうれしい台湾旅行だった。

2010年1月7日木曜日

映画 「抱擁のかけら」



「BROKEN EMBRACE」(ブロークン エンブレイス)を観た。
邦題 未定。題名をつけるとしたら、意訳して「引き裂かれた抱擁」とか、「壊れた抱擁」だろうか。と 思っていたら、「ニュースウィーク」で、日本では2月に「抱擁のかけら」という題で、公開される、と書いてあった。 スペインを代表する ペドロ アルモドール監督制作によるぺネロペ クルーズ主演の新作。2時間30分。
日本でも ペドロ アルモドールは人気のある監督のようだ。作品として「マタドール 炎のレクイエム」、「トーク トゥーハー」、「オール アバウト マイ マザー」、「神経衰弱ぎりぎりの女たち」、「ボルベール 帰郷」などがある。

外国映画の中で、スペイン映画は 不遇な扱いを受けてきた。
日本人にとって ハリウッドを除いた外国映画といえば、早くは ロシア映画だが、外国映画といえば何と言ってもフランス映画とイタリア映画が主流だろう。
フランス映画では、ルイ マル、アラン レネ、フランソワ トリュフォー、ジャン リュック ゴダール、ルノワールなど、イタリア映画では、ミケランジェロ アントニオーニ、ビットリオ デ シーカ、パゾリーニ、フェデリコ フェリーニなど ヌーベルバーグ、新しい波の若々しい映画の作り手たちの名が すらすらと出てくる。1960年、70年代の輝かしい 映画の新時代に、スペイン映画の名が ひとつも出てこない。長期にわたるフランコ軍事独裁政権で、道が閉ざされていた不幸な歴史のためだ。

ぺドロ アルモドールは、フランコが死んだ1975年あたりから 映画に関わり合いをもち、1980年代になってから やっと本格的に映画作りを始める。スペイン議会が新憲法を承認して スペインに民主主義体制が始まったのが 1978年のことだ。今まで 押さえられていた圧倒的な政治の力を 撥ね退けるように この監督は 元気でシニカルで、エネジェテイックで、スペインっぽい作品を作ってきた。
「マタドール 炎のレクイエム」でも「トーク トゥー ハー」でも、闘牛士が出てくる。闘牛士が 裸からあの 体にぴったり張り付いたような 金の刺繍のついた闘牛士の服を一つ一つ身につけていく。宝石が沢山ついた ハレの舞台の 「トロ ブラボ」の 何と贅沢で美しい、高揚感をそそる姿だろう。自分の数百倍の体重をもった雄牛に剣を突き立てる 闘牛士の美を この監督は 映画のシーンに入れることを忘れない。
アントニオ バンデラを世界的な俳優にしたのも、ぺネロペ クルーズを有名女優にしたのも この監督だ。現在60歳。彼にとって、クルーズは自慢の娘のようなものだろう。

キャスト
レナ(億万長者の愛人):ぺネロペ クルーズ
マテオ(映画監督)  :ルイス ホーマー
億万長者ビジネスマン :ホセ ルイス ゴメス
マテオの妻      :ブランカ ポルテイロ
マテオの息子     :タマル ノバス

ストーリー
ビジネスマンで億万長者の経営する会社で 働いているレナ(ぺネロペ クルーズ)は、社長が自分に関心をもっていることに気付いていた。レナの父親が癌を患い たちまち一家の蓄えが底をついたとき、両親の嘆く姿を見て耐えられなくなったレナは、社長に助けを求める。その代償が何であるのかを知った上でのことだ。
社長は 長いこと欲しかったものが 思い通りに自分から転がり込んできたので嬉しくて仕方がない。娘にように若く美しいレナを 可愛がり 着飾らせて 贅沢をさせて、ひとり悦に入っている。
しかし、レナは子供のときから女優になる 夢をもっていた。贅沢三昧をさせてもらっても 自由のないミストレスの生活に、希望が見出せなくなった、ある日、レナは映画のオーデイションを受けて、役者として仕事をもらってくる。シナリオライターで、映画監督マテオ(ルイス ホーマー)の目に留まったのだ。そして、撮影が始まる。
監督と主演女優は 当然の成り行きのように、激しく恋におちる。嫉妬深い社長は 息子にビデオカメラを持たせて レナとマテオの仕事の一部始終を撮影させる。映画制作をしているフィルムの中で 演技を演じるレナと、その様子を 撮影して 撮影の合間に愛し合うレナとマテオを撮影するフィルムが交差する。

撮影が長引くに従って、社長の嫉妬は激しく燃え上がり ついに家を出ようとするレナを階段から突き落として重傷を負わせる。それでも従おうとしないレナに さらなる暴力がふるわれる。たまりかねて、マテオは映画撮影を断念してレナを連れて姿を消す。

二人の逃避行が始まる。しかし、マドリッドから遥か離れた島で、平和なときを過ごしていたレナとマテオは、 ある日衝撃を受ける。完成できなかったマテオの映画が、社長の手によって 勝手に筋書きが変えられフィルム編集されて発表されたのだった。マテオが撮影所に連絡しても 何の返事もない。仕方なく、レナとマテオは マドリッドに車で向かう。
しかし、それを追う車があった。
大きな衝突事故が起き、レナは即死、マテオは視力を失う。それは、14年前の出来事だ。

生き残ったマテオには今や、妻があり息子がいる。問われるまま 息子に14年前のことを話してやる。そして かつて作りかけだった映画をもう一度 息子の力を借りながら 編集しなおして作品を仕上げる決意をする。というストーリー。

ぺネロペ クルーズが美しい。時として、可憐な娘、時として何事も譲らない自分というものを持った 頑固で成熟した女を演じている。リンとした姿で歩いたり 立ったり座ったり話をしたりするクルーズの姿が美しい。抜群のスタイル、やわらかい体の線。スペイン女のしっかり足を大地につけた重みがある。彼女にはハリウッドの女達と一味ちがう知性を伴った輝きがある。「 それでも恋するバルセロナ」で、アカデミー助演女優賞を獲った。

先のない恋人達の逃避行が せつなく美しい。また、家を出て行くレナを、自分のものに独占しておけないなら いっそ殺してしまおうと、激情にかられた男の心理を巧みに クルーズの細い危うげなハイヒールの大写しで表現するところなど、思わず息をのむ。筋よりも 美しい映像を切り取って見せてくれるところにこの監督の良さがある。

この人の作品では この「抱擁のかけら」よりも、「オールアバウト マイ マザー」と、「ボルベール 帰郷」が良かった。
「帰郷」のなかで、パーテイーの最中 にぎやかにやっていたバンドの連中に「ちょっと、歌ってみてよ。」と言う感じで頼まれて、ぺネロペ クルーズが歌うシーンがある。喧騒をきわめていた場がちょっと静かになって、クルーズがバーの椅子にチョコンと腰掛けて、スイッと 長い首と美しい背をのばして、ギターを抱えたかと思うと すごく土の香りのするこぶしの効いた民謡を歌った。哀調のある なんか むせび泣くみたいな歌で 心に沁みた。このシーンだけのために この映画を観る価値がある と思う。

2009年12月26日土曜日

映画 「アバター」



映画「AVATAR」を観た。
「ターミネイター」、「タイタニック」を作った映画監督ジェームス キャメロンの最新作だ。1997年に監督賞ほか、沢山のアカデミー賞を総なめした「タイタニック」の大成功から12年間 映画から遠ざかっていた監督が「タイタニック」と同じ製作者、ジョン ラントンと共に戻ってきた。
2時間40分、最新の技術を使った新作だ。

実写でもアニメーションでもない 実際に役者が演じている姿をデジタル化したモーション キャプチャー(CG)といわれる映像をふんだんに使っている。前に「クリスマスキャロル」で モーション キャプチャーフィルムを3Dの眼鏡をつけて観るおもしろさについて書いたが、「アバター」では 普通の人々の動きとCGのフィルムとを 上手に編集してあって 一つの画面に人とCGで作られた異星人とが同時に出てきても 全く不自然さがない。
そのフィルムを3Dの眼鏡で見るので 画像が立体的で深みのある画面になって まるで自分が映画の中に居るような臨場感が得られる。

この映画をひとことで説明すると、「デジタル3Dモーションキャプチャーフィルムで観るSF」ということになる。
このCGに世界に出てくる惑星パンドラのナヴィの世界がおもしろい。普通の人間の倍以上背が高い 緑色の肌をしたナヴィの人々、大きな翼をもった怪鳥、空中に浮かんでいる島、不思議な色で光を放つ植物、浮遊する生物、こんな想像上のおとぎの国に、自分もアバターになって入り込んでみたくなる。

AVATARを辞書で調べてみると インドヒンズー教の神の名とか、化身と 出てくる。この映画では、主人公が高度なコンピューターを使って人と異星人とのDNAを組み合わせてできたアバターとなって、変身してナヴィの人と同じ機能を持つようになる。
時は2154年。
惑星パンドラには 酸素がないので人間は住めない。ここに住む先住民ナヴィは酸素がなくても呼吸が出来て、動物や植物ともコミュニケーションをとる能力を持っている。人の姿に似ているが青い皮膚を持ち 身体能力は遥かに人よりも優れている。英語を話す人々とコミュニケーションをとる必要ができれば 自然と英語を使って会話する適応能力も持っている。

脊髄損傷で下半身麻痺の元海兵隊ジェイク(サム ワーシントン)が、惑星パンドラにやってきた。パンドラで優秀な科学者だった双子の兄が死んだので 兄のプロジェクトの実験を手伝う為だ。アバタープロジェクトは この惑星にしかない貴重な鉱石資源を地球に持ち帰ることが目的だ。そのためには酸素がなくても生きていられる肉体を持ち、先住民ナヴィの人々と良好な関係を作ることの出来る人材が必要だ。それでジェイクが アバターになってナヴィの人々と同じ肉体を持って 彼らの世界に送り込まれることになる。

ジェイクはお金が欲しかった。兄のプロジェクトアバターに志願して 成功して 貴重な鉱石が採掘できるようになったら 莫大な報奨金がでる。それで脊椎損傷を治療して 歩けるようになりたいのだった。
ジェイクは マシーンに横たわり アバターとなってナヴィの人と同じ肉体を持ってナヴィの世界に入っていく。マシーンのなかで眠ったジェイクの人間としての肉体は眠っている。
しかしアバターになって ナヴィの世界に入ったその日に、ジェイクは凶暴な動物に追われて ジェイクを送り込んだ軍の部隊と離れ離れになてしまう。ジェイクが 野獣に追い詰められて殺される寸前のところを、美しいナヴィの娘に救われる。娘(ゾーイ サルダナ)は ナヴィの長老の娘 ネイティリという。彼女ははじめ森の動物と協調して生きていけないジェイクを殺そうとするが、他の森の生物達が 彼女の手を止めさせた。ジェイクには何かナヴィの持っていない能力を持っていることを予測したからだった。ジェイクは ナヴィの人々から 生きるための食生活や 動物達と会話する方法や、大きな翼を持った鳥を自由に乗り回す方法などを学ぶ。また彼らの言語も学習する。そして、ナヴィの人々の文化を知れば知るほど ナヴィの進んだ文化に傾倒していくのだった。ジェイクは知らず知らずに、ネイテイリに恋をしていた。

プロジェクトでは だんだんジェイクがナヴィの すべての生き物と平和的に協調して生きる姿や、高い文化に傾倒していく様子を快くは思っていない。軍としては、貴重な鉱石さえ収奪すれば あとはどうなっても良いのであって、余計な時間や資金を費やしたくない。ジェイクを使って ナヴィと交渉などさせずに、ナヴィの本拠地がわかってしまえば、一方的に侵略して鉱物を奪えばよい。そういった強硬な軍が独走する。
ナヴィの本拠地が襲われ、ナヴィの人々が次々と殺されていった。
これを見て、ジェイクはナヴィの人々と抵抗のために 立ち上がる。

主役のサム ワーシントンは オーストラリアの役者だ。「ターミネーター4」で 初めてハリウッド映画で大役を演じた。パース出身の謙虚な好青年だ。誠実で 繊細な役柄を演じる。
デビュー作は、「ブーツマン」。オーストラリアの炭鉱の街ニューカッスルで 顔も頭もずっとよく出来ている兄には 何一つ勝てない。そんな出来の悪い弟が 兄の恋人を愛してしまう。そんなせつない役を演じて賞を取った。見た目は どこにでも転がっている普通の顔をした これといって特徴のない好青年だが、この人が傷つきやすい繊細な青年の役をやると、俄然 演技が映える。
この映画で、脊椎損傷で車椅子の男の役をやったが 本当に脊椎損傷で足が麻痺した患者のように、腰から下の肉が落ちて 膝から下の両足など、手のように細くなっていた。筋肉の発達した上半身に比べて、動かない足の細さが、本当の下半身麻痺の人にしか見えなかった。
よく役者が役を演じるために 極端に減量したり、逆に筋肉をつけたりして、肉体改造をするけれど、こんな風に足を細くするなんて、、、そこまで体重を落としたのだろうか。これが役のための 努力の結果なのだとしたら、みごと、と言うしかない。

とてもおもしろい映画だ。「SFのCGを3Dで観る」体験をこのクリスマス、正月休暇に やってみる価値がある。
これからの映画だ。
2010年には テイム バートン監督の「アリス イン ワンダーランド」も、「パイレーツ オブ カリビアン」も出てくる。どちらも3Dで観ることになりそうだ。映画を画面から離れたところから鑑賞するのでなく、画面の中に自分が入りこむような体験ができる3Dで、映画がより楽しくなってくれることが、とても嬉しい。

2009年12月24日木曜日

映画 「ブエノスアイレス」


DVDでウォン カーウァイの映画「ブエノスアイレス」を観た。1997年作品。カンヌ映画祭で最優秀監督賞を獲得した映画。

トニー レオン(フェイ)とレスリー チョン(ウィン)は ゲイで恋人同士。香港の閉塞社会で 愛の行き場を失くして、二人は地球の裏側 ブエノスアイレスを旅する。レスリーの父親の友人から借りたお金を使い果たしてしまったあとは、二人の関係も 自然解消。浮気なレスリーは金持ちのパトロンを作って酒とギャンブルの贅沢三昧だ。トニーは 邪まな恋人の心変わりに傷つきながら 中国からの旅行者の世話や、ホテルのドアマンなどをしながら食いつなぐ。親の面子を潰しているから 借金を返せるようになるまでは、帰国するわけにはいかない。

そこに レスリーがパトロンに暴力をふるわれて、トニーのアパートに転がり込んでくる。トニーは献身的に看病する。両手を怪我して使えないレスリーのために食事を作って ひとくちひとくちスプーンで食べさせる。体を拭いて 一つしかない自分のベッドにレスリーを寝かせ 仕事場からは 何度も電話をかけて気使う。「レスリーの手の怪我が永遠に治らなければいい と思っていた。」と、トニーは自分で告白する。
そんなレスリーも やがては全快する。となればひとりでおとなしくアパートでトニーを待つことは出来ない。タバコを買いに、と言いながら夜の街を彷徨い出て行く。レスリーが外に出て行かないように トニーは沢山のタバコの買い置きを、棚に並べる。そんな事をされればされるほどレスリーは 独占欲の強いトニーに嫌気がさして夜の街に出て行く。

レスリーを失ったトニーは職場の青年チャン チェンに恋をする。が、チャンは それに気がつかない。チャンが 仕事を辞めて、ブエノスアイレスから最南端の土地 ウスワイァに向かって旅をすることになった。そして彼は別れる前にトニーに何でも良いから彼の声を自分のレコーダーに録音して欲しいという。人々は 極南の土地ウスワイァに 自分の過去を捨てにくると言われている。
ウスワイァの灯台に着いたチャンは、レコーダーを回してみるが、そこにはレスリーのむせび泣きのような雑音だけが吹き込まれていた。
チャンを失くし、レスリーも失くしたトニーにとって何も失うものはない。ひとりでイグアスの滝をを観にいく。たった一人で見に来るはずでなかった。しかし、雄大な滝のしぶきをあびて、トニーは勇気をだして家に帰ろう、決意する。 「そう、会おうと思えばいつだって会えるんだから。」と。

音楽と映像がマッチしてとても良い。
タイトルの副題「ハッピートウギャザー」は フランク ザッパの音楽。音量を下げて 囁くように歌っている。
特に アストル ピアソラのタンゴを 二人がネチネチとセクシーに踊るシーンが秀逸だ。堕落、退廃、行き着く先のない愛、惰性、デカダンの世界が凝縮されたシーンだ。タンゴはもともと貧しい人々の間で油ぎった木造家屋、ひび割れたタイル床の台所、そんなところで男女がエロスを交し合う踊りだったのだろう。遊び人のレスリーにしっかり抱かれてタンゴを踊るトニーの不器用な純情が せつなくて悲しい。

また酔ったフリをして恋するチャンに介抱されて ベッドに運ばれたトニーが 去っていく彼の足音を聞いているシーン、 別れの日、テープに何か吹き込んで、といわれてテープレコーダーに向かってむせび泣くことしか出来ないトニーの姿に胸をつかれる。繊細で男の真っ直ぐな純情をトニー レオンがみごとに演じている。

カエターノ ヴェローゾの「ククルクク パロマ」が何度も何度も映画の中で繰り返される。この曲が流れると それだけで泣けてくる。沢山の人がこの歌を歌ってきた。ハトは、つがいの相手を失うと二度と別の相手を探すことなく死んでいく。この曲はそんなハトを歌った曲。この曲で片割れを失くした孤独な男が背中を見せていたりすると、映像が一挙に意味をもってくる。

トニー レオンとレスリー チョンの画像に、フランク ザッパと、カエターニ ヴェローゾとアストル ピアソラを持ってきて、音楽も映像をピタリと合せることができる ウォン カーウァイー監督の才能に感動する。

この映画の数年後 レスリー チョンは香港のホテルから身を投げて亡くなってしまった。裕福な家庭に育って歌手としても俳優としても成功していたカナダ国籍のレスリーは そのときホテルの窓から何を見ていたのだろう。
この人の「さらば愛 覇王別姫」 チェン カイコー監督作品が素晴らしかった。レスリー チャン演じる妖艶な中国古典オペラの女役は、歌舞伎の女形同様に、ただただ美しい。役者として有り余る才能を持っていた彼が 役者として年を積み重ねることなく 余りにも若くして死んでいったことが 心から惜しまれる。
「ブエノスアイレス」は、いろいろな意味で 忘れられない映画になりそうだ。                             

2009年12月23日水曜日

映画 「2046」


娘達が私の誕生日に ソニー製テレビ ブラビア大型デジタル、101センチ、フルハイデフィニション、100HZ,ダイナミックコントラスト100,000:1,1920+1080レソルーション、3年保障、ソニーPS3つき、というのを買ってくれた。
今までの21インチのテレビで何の問題もないし、テレビはニュース以外見ないので 新しいのは要らない要らない と言って続けてきたが ついに政府が テレビはデジタルに変えてください、従来のテレビを使い続けるには 特別に何とか言う機材を取り付けなければならなくなります、と言い出した。いずれデジタルを買わなければならないのなら、、、ということで 申し出に甘えて 娘達に散財をさせた。

画面は確かに美しい。日の出、日の入り 砂漠やオアシスの花々など、自然が良く、コマーシャルフィルムの美しさに目を見張る。それでは、、、と 劇場で映画を観ないで家でビデオを観ることにした。観たのは ウォン カーウァイの「ブエノスアイレス」と、「2046」。

ウォン カーウァイの映画に筋はない。ひとつひとつの画面が「詩」であり、それが重なり続いて長編詩となる。短い詩がいくつも集められて編集された結果が2時間なり3時間なりの映画という形になるから、長大な抒情詩に、物語性は求めず ただ画面を楽しめば良い。
そこが、同じ中国人監督でも、チャン イーモウや チャン ガイコーや ジョン ウーや、アング リーなどと全然違う。

この監督は1958年生まれの香港育ち。1944年の「恋する惑星」で、クエンテイノ タランテイーノに絶賛されて注目されるようになった。
1997年の「ブエノスアイレス」では トニー レオンと レスリー チャンの愛人関係、2001年の「花様年華」では トニー レオンとマギー チャンの人妻との愛、2008年の「マイ ブルーベリーナッツ」では ノラ ジョーンズとジュード ロウとの愛のあり方を描いた。いつもテーマは愛だ。
「ブエノスアイレス」について書くと とても長くなるので「2046」を先に書く。

「2046」では過去と現在とが交差する。過去の恋人を忘れられない作家(トニー レオン)が 香港のホテルの2046号室で 過去の女たちと出会い、また現在の女達と出会う。
ホテルの主人の娘(マギー チャン)は 日本人(木村拓哉)を愛し、親の目を盗んで連絡を取り合っている。高級娼婦のとなりの部屋の女(チャン ツイイー)は作家を本気で愛してしまうが作家に 一緒に住みたい女はいないと言われて傷ついて自堕落になる。マカオで金を摩り香港に帰れなくなった作家を助けてくれるのは 昔、作家を愛したことのある女性(コン リー)だ。アンドロイドになって 彷徨う女(フェイ ウォン)に、カリーナ ラウ など、次から次へと美しい女優が出てくる。中国、香港、台湾じゅうを とびぬけて美しい女優をピックアップしたかのようだ。それをウォン カーウァイは、彼の美意識で それぞれの女達の記念写真を作るように選びに選んで 美の凝縮を切り取って見せる。

中でもチャン ツイイーの美しさ、可愛らしさは特別だ。作家が自分の失礼を詫びに 隣の女の部屋に出向いたとき 怒ったふりをして背を向けるチャン ツィイーの何という 表情豊かな後姿、、、振り返ったとき冷たい目ざし。襟の高い ぴったり空だい張り付いているような中国服が これほど似合う女優は他にはいないのではないか。本当に美しくて、ほくろの一つ一つまでが愛らしく見える。今は中国を代表する女優だそうだが、本当に中国映画の中で見るチャン ツイイーは水を得た魚のように自由奔放で美しい。

チャン イーモウ監督「LOVERS」など、つまらない映画だったが、この映画ではで盲目のチャン ツイイーが 酒の席で舞いを見せる。このシーンだけのために この映画をみる価値がある と思うほど彼女は 美しい舞いを踊った。同じくつまらない映画だったが、「クローチングタイガー ヒドンドラゴン」(邦題グリーン デステイニー)では、勝気なお姫様姿が 可愛らしかった。それだけに「サユリ」での渡辺謙とふたりでしゃべっていた英語が 通用しなかったことは残念。 しかしハリウッドで通用する女優だけが価値があるとは思わない。

チャン ツイイーのデビュー作が忘れられない。
1999年 チャン イーモウ監督「THE RODE HOME 」、邦題「初恋のきた道」だ。
学校のなかった寒村に小学校が建てられることになった。
北京から若い男の先生が着任した。村の男達は 諸手をあげて小学校建設のために団結して 学校建設に着手する。着任したばかりの先生も一緒になって汗を流す。村の女達は男達のために 井戸から水を汲み、弁当を作って男達に差し入れる。
ひとりの少女が先生に恋をする。彼女のまっすぐな気持ちは、そのまま先生にもまっすぐに届く。少女は先生が作業を終え 寝泊りしている作りかけの学校に行く道を いつもたたずんで待っている。互いに一瞬 目を交差するだけのために 少女はいつも待っていた。先生のために心を込めて井戸から水を汲み 弁当を作る、そんな少女に先生は そっと髪飾りを差し出す。しかしその日 北京から役人が来て先生の思想調査をする、と称して彼を連れ去ってしまう。
先生の乗った車を追いかけて 田舎道をどこまでも追いかける少女の必死で懸命な姿。少女は 道で何度も転んで先生からもらった髪飾りを失くしてしまう。泣きじゃくりながら走ってきた道を 髪飾りを探しながらもどる少女の絶望感。その日から 毎日毎日、高台に立って 先生の帰りを待つ少女。やがて、先生は帰ってくる。主のいない小学校の先生の隙間風はいりこむ部屋は 少女の手によって しっかり整えられていた。子供達が集められて学校が始まる。少女は相変わらず 先生が仕事を終えるのを待っている。

それだけのストーリーなのだが 中国の寒村に生きる少女の純情が痛いほど伝わってくる。この映画を小さな映画館で観た。芸術作品や外国映画などマイナーな映画を見せる劇場だ。平日の昼間、場内には20人くらいの観客がいた。このとき 劇場内の空気が画面とともに動く という得がたい体験をした。少女を演じるチャン ツィイーが泣きじゃくりながら 田舎道を這って 髪飾りを探す場面で 見ている人たち誰もが泣いていた。鼻をかむ音があちこちでして、前の座席のおばさんなど チャン ツィイーよりも大きな声で泣きじゃくっていた。
そして、先生が何事もなかったように帰ってくるところで 少女のほっとする空気がそのまま 止まっていた空気がほっとして流れ出すように劇場で観ている人たちの 気持ちがゆるんで漂った。文字通り 映画と観客が一心同体になっていたのだ。
熟錬の監督が 人を泣かせるコツをよく心得ていた と言ってしまえばそれまでだが、この映画で、チャン ツイイーの演技がなかったら そうは ならなかっただろう。
この映画に出演したとき彼女はまだ学生で役者になるつもりはなかったという。みずみずしく 本当に痛々しいほどの少女の気持ちが 現れていてみごとだった。

「ブエノスアイレス」も、「2064」も どちらもウォン カーウァイにしか撮れなかった映画だ。美しい映像。とても良い映画を大型テレビで観て満足。娘達 ありがとう。

2009年12月15日火曜日

映画 「クリスマス キャロル」


映画「クリスマス キャロル」を観た。デイズニースタジオ制作。100分。 
監督:ロバート ゼメチス
声役:ジム キャリー
他に ゲイリー オールドマン、ロビン ライト ベン、コリン ファースなどが 声役で出ているが ジム キャリーが 3人の精霊などのほか一人7役で、いろんな声を出して大活躍している。

フィルムは実写でもアニメーションでもない。俳優が演じている それをデジタル化した「パフォーマンス キャプチャー(CG)」という特殊な映像だ。
アニメーションよりもずっと厚みがあって、実態の人間に近い。これを「3D」の眼鏡をかけて見ると、映像が手で触れることが出来るように、近くに見える。学校がもうクリスマス休みに入っているので、劇場にはたくさんの子供が来ていたが、実際、画面から降ってくる雪を摑もうとして 手を伸ばしている子供が 随分居た。こんな映像を3Dで見てしまうと、いかに今まで観てきた映画が のっぺりした平面だったのか、と驚かされる。今後、フィルム技術が進んでいくと 映画産業どうなるのだろうか。今後は アニメーションやオカルト 恐怖映画などは、このCGと3D効果のフィルムで観るというよりは「体験」する、ということになるのだろうか。

2005年に 同じ監督ロバート ゼメチスの「ポーラーエクスプレス」を観た。これが初めて 俳優の演技をデジタル化したパフォーマンス キャプチャー映像だった。3Dではなかったが、おとぎの国の汽車が雪の中を 子供達を乗せてサンタの国を旅するお話だった。汽車を運転するトム ハンクスや 飲んだくれの男やユーモラスなサンタなど、厚みのある暖かな映像で、子供の頭の中にあるクリスマスというイメージが そのまま映像化されたような映画だった。いまでも、雪のなかをどこからか、走ってきて自分の前で止まってくれる 美しい汽車の姿が よく思い出される。

今回の「クリスマス キャロル」は 英国のチャールズ ディケンスの作品を忠実に映像化したもの。ストーリーは、

クリスマスイブ
金融業を経営している大金持ちの守銭奴 スクルージにとってクリスマスなど何の意味もない。
甥がクリスマスデイナーの招待に来ても うるさがって追い返してしまうし、慈善事業化がチャリテイーの募金を請いにきても 怒って追い出してしまう。書記の クラテットは、信仰厚い男なので 明日のクリスマスだけは年に一度だけ 家族のために過ごしたいと願っているが ケチなスクルージは、許さず クリスマスでも出勤するように命令する。スクルージが街を歩けば 街角で賛美歌を歌う人々も声を潜める。彼は誰からも嫌われている エゴイストで冷酷な守銭奴だった。

夜になった。 スクルージのもとに 7年前に死んだはずの 共同経営者だったマーレイの亡霊が出てくる。物欲にとらわれたまま死んだマーレイは 全身を鎖で締め付けられて 恐ろしい姿で天国にもいけずに 彷徨っているのだった。マーレイは スクルージに 3人の精霊が現れるだろう と言って姿を消す。

第1の精霊は ろうそくの姿をしていて、スクルージを過去の旅につれて行く。スクルージが生まれ育った土地にもどり 彼が子供のときにクリスマスがどんなに待ち遠しかったか どんなに真摯な気持ちで神様に祈りを捧げていたか 記憶が呼び戻される。

第2の精霊は スクルージに、クリスマスイブの現在を見せる。書記のクラチット家では 貧しいが心のこもったクリスマスデイナーの最中だった。家族思いの クラチットの末の息子は、足が悪く、病気がちだ。クリスマスという特別な日に、仕事を休むことを許さないスクルージに、妻は 不満を持っているが、クラチットは、雇用者のスクルージに感謝の祈りを捧げるのだった。

第3の精霊は未来を映し出す。悪魔のような黒い影の霊が スクルージを未来のクリスマスに連れて行く。そこにスクルージはもういない。横にされ 布を被せられた死体があり、その死体から衣類を剥ぎ取って売り買いする あさましい男女が出てくる。次に行くのは墓地だ。そこにスクルージの墓がある。また、クラチット家に連れて行かれてみると 病気だった息子が亡くなって 嘆き悲しむクラチットの姿がある。その姿を見て、さすがのスクルージも胸を締め付けられる。

3人の精霊に、過去、現在、未来の自分を見せられて、スクルージは クリスマスの朝、すっかり改心して生まれ変わる。子供のように 街に出て はしゃいで人々と一緒に賛美歌を歌う。出勤してきたクラッチにお祝いを渡し、昇給を約束して家に帰す。慈善活動家に募金して、甥の家を訪ねてクリスマスデイナーを共にする。
それからは、スクルージは 誰からも愛されるような人となり クラッチの息子テイムは、スクルージを第2のお父さんのように慕うのでした。というお話。

CGを3Dで観る という体験は やってみる価値がある。これで本当にこわいホラーを体験したら、やみつきになるかもしれない。

ディケンズが 「クリスマス キャロル」を出版したのは1843年。イギリス ビクトリア時代、アフリカにもアジアにも 植民地拡大で国の威力を誇示していた大英帝国の時代だ。しかし、庶民の暮らしは貧しかった。貧富差は 産業革命で拡大する一方だ。だから、富めるものが貧者に分け与える慈善行為が、唯一貧者にとっての恵みだった。
「福祉国家」、「階級闘争」の概念は まだない。マルクスもまだ「資本論」を書いていない。
そんな時代に 貧民階級出身で、良きクリスチャンであり、良心的な市民であったチャールズ デイッケンズが書いたクリスマススト-リーが「クリスマス キャロル」だ。こわいお化けがでてきて 子供達を震え上がらせるから、少し荒っぽいが 人々への教育的な意味を持っている。持つものが持たざるものに分け与え、 キリスト生誕の日に悦びを分かち合うことが テーマだ。これがこの時代のヒューマニスト デイッケンズの根底思想であり、慈善活動の助け合い精神の大切さを人々に説くクリスチャンの世界観なのだった。
慈善で貧富差を縮小することは出来ない。しかしクリスマスにチャリテイーをするのは、伝統であり 今も変わることのない習慣だ。

クリスマス休みには 毎年ロクな映画はない。クリスマスには シドニーでは、デパートも店もレストランも閉まるし、公共交通機関も間引き運転、タクシーもない。パン一枚 ミルク一本 手に入らないから 外に出ても何もすることが出来ない。出来ることは 歩いていける範囲の教会のミサの時間を確かめて参加するくらい。ホテルか家に戻ってテレビをつければ、やっているのは「十戒」だけだ。どの局も毎年 このチヤールス ヘストンの古い映画を飽きもせずに上映する。
そのくせ 道路はビュンビュン車が飛ばしている。どこの家も家族全員車に乗せて両親の家に行き クリスマスの食卓を囲むことが伝統だ。年1度 この日だけは 皆が親思いになり 親戚すべてが一堂に会してクリスマスプレゼントをあげあう。これはオーストラリアに限らず 欧米諸国も同様。だから、この習慣に従わない マイノリテイーの外国人やクリスチャンでない人は 小さくなっているに越したことはない。
わたしは、仕事。
どこに行くこともできない患者たちと、クリスマスイブの花火を見て アルコール抜きのシャンパンを開ける。
メリークリスマス!!!
 

2009年12月5日土曜日

今年読んだ漫画と観た映画のベストテン





今年はよく漫画を読んだ。合計470冊ほど。
日本にいたら、もっとチョイスがあるから その倍は読んでいたかも。シドニーの人口は428万人、そのうち在住邦人は、2万人あまり。紀伊国屋と古本屋が2軒あるが、そこで、出回る僅かな本をかき集めたり、娘にアマゾンで手に入れてもらったりしながら読んでいるので限りがある。心に残った漫画を順番に言って見る。連載中のものも多い。もう出版されているのに、手に入らないでいるままのものもある。

第1位:「バガボンド」 1-30巻  井上雄彦 講談社
第2位:「モンスター」 1-18巻  浦沢直樹
第3位:「20世紀少年」1-22巻
    「21世紀少年」上下2冊   浦沢直樹
第4位:「西洋骨董洋菓子店」1-4巻 よしながふみ 新書館
第5位:「神の雫」1-21巻     亜樹直(作)
                   オキモトシュウ(画)講談社
第6位:「聖おにいさん」1-3巻   中村光   講談社
第7位:「リアル」 1-8巻     井上雄彦  
第8位:「ヒカルの碁」1-22巻   小畑健 (原作ほったゆみ)
第9位:「ダービージョッキー」1-18巻一色登希彦(原案武豊
第10位「日出処の天子」1-7巻   山岸涼子

「バガボンド」井上雄彦の描く絵の美しさは特別だ。「スラムダンク」でバスケットボールを追う少年達とともに成長し 年を重ねてきた井上雄彦が描く 清々とした男の世界。ただひたすら強さを求める宮本武蔵の 真剣で禁欲的な生きる姿が、求道僧のように思える。自分を痛み続けることで強い意志を身につけようとする 不器用で孤独な姿が心を打つ。作家はもう話を完結させ、脱稿したそうだが、永遠に 終わらないでいて欲しい作品だ。

「モンスター」の浦沢直樹は ストーリーの巧妙さ、入り組んだ人間関係を 社会的背景や時代背景のなかで うまく組み立てていく構想力をもった稀有な漫画作家だ。最後まで全く飽きない。最後の結論を 断定してしまわないで 読者の解釈に任せてくれるところが、しゃれている。読んだ人が自由に解釈して読み終えることができるのが気に入った。人に聞いてみると 全然ちがう解釈で読み終えた人が多かった。私は モンスターにとって、最初で最後の「敵」を処分したであろうモンスターの孤独な後姿を思って、いまだに涙が出そうになる。本当にすごい作品だった。

「20世紀少年」は とにかくおもしろい。「友達」は誰なのか、、、わからない「友達」を求めて 22巻まで読者を飽きずに引っ張っていく作者の力量には感心する。本当に最後まで友達がわからない。友達だと思い込んでいた確信がひとつひとつ壊され 予想がことごとく覆されていく過程で、夢中で読んでしまう。映画化されて、謎ときには役立つが おもしろさが半減した。漫画は漫画だけであって欲しかった。
ロックを歌う ひょうひょうとした浦沢直樹という作家に興味が湧いて「プルート」や「マスターキートン」を読んだが、おもしろいと思えなかった。この作家の良さは 話を広げていくところにあると思う。長編作家として成功するが、読みきりや短編には 彼の魅力は発揮されないように思える。

「西洋骨董洋菓子店」は絵がきれいだ。美しくて 嫌味のない個性的な男ばかりが沢山出てきて楽しい。ぺデファイルや 深刻な社会問題にも触れているのに オシャレな男達が、オシャレに生きていて素敵だ。少女漫画をばかにしてはいけない。

「神の雫」に はまってワイン通になってしまった人が沢山居る。
ワインの漫画も、甲斐谷忍 原作城あらきの「ソムリエ」1-8巻、松井勝法「ソムリエール」1-4巻、志水三喜郎「瞬のワイン」1-8巻と、20冊読んだが、そのあとで見つけた「神の雫」が ワインの形容の仕方において優れていて 楽しかった。神咲雫君と、遠峰青君とともに、実にたくさんのワインを味わった。ひとくち黄金の輝く雫を口に含むと そこはお花畑だったり 山の上だったり 子供のときの風景だったりする。味覚というものを 楽器に例えたり 太陽や風や風景に例えたりして形容する その多弁は表現が新鮮で 興味深い。偉大な父は 二人の息子達に、一体何を伝えたいのだろうか。

「聖おにいさん」については 10月22日の日記で書いたので繰り返さないが、とにかく笑える。ブッダの伝説のなかで一番現実離れしている話、生まれてすぐに立ち上がり7歩あるいて「天上天下唯我独尊」と言ったという話や、兎が自ら食料になったニルバーナの話などを、軽くギャグで笑って見せるところに良さがある。イエスも「とうさんが、、」とやすやすと言ってくれて、それだけで電車の中でも 仕事中でも私はひとり笑える。お気楽なブッダとイエスが仲良く暮らしている姿って、こんな しゃれた漫画を考え出した作家の才能に拍手せずにいられない。

「リアル」井上雄彦の絵にはいつも感動する。「スラムダンク」の登場人物の多様さがここで もどってきた。描かれたひとりひとりが抱える苦悩や痛みがサラリと語られる。これを読んでいて、登場人物のせりふひとつで、心の重しが取れる、、、そんな若い人も多いのではないだろうか。井上雄彦の絵は どの部分をとってみても 美しい。

「ヒカルの碁」、「ダービージョッキー」は、どちらも全く知らなかった世界を知るきっかけになった。作品の中で 本当に 自分が好きなものを見つけた少年達が 懸命に目標にむかっていく。何度も壁にぶち当たりながら 成長していく過程で、読者はともに一緒になって泣いたり笑ったりくやしがったりする。読み終ったあとの 爽快感は格別だ。

「日出処の天子」は 聖徳太子という 線香くさくて全然興味のもてなかった人に命を吹き込み 歴史をおもしろく解釈して見せてくれた。漫画でこんなことも出来るのかという可能性を改めて感心してしまった。絵がとても美しい。

映画は、劇場に足を運んで見た映画は、47本。心に残った映画から順にいうと以下になる。

第1位:「グラントリノ」    2月3日に映評をここで書いた。
第2位:「愛を読む人」     2月28日に映評
第3位:「バリボ」       8月20日に映評
第4位:「フローズンリバー」  3月3日に映評
第5位:「カチンの森」     6月20日 映評
第6位: 「天使と悪魔」     6月8日 映評
第7位:「稿模様のパジャマの少年」5月2日映評
第8位:「チェンジリング」   2月15日映評
第9位:「レスラー」      1月23日 映評
第10位「THIS IS IT」11月1日 映画評

2009年12月4日金曜日

映画 「2012」



軍縮から核兵器廃絶を理念としている米国大統領オバマが 2009年ノーベル ピースプライスに輝いたことは 米国史のなかで画期的なことだった。
しかし理念は理念、現実には米国の失業率は10%を超え イラクで4000人もの若い兵士を死なせ アフガニスタンに兵力を増強投入することになり外国への介入による損失は 増加する一方だ。ウォールストリートのマネーゲームに踊らされ、家を失い、仕事を失った人々が 朝から食券を手に ボランテイアのスープキッチンに並ぶ人々の群れに2010新年の鐘の音は どう聞こえるのだろうか。

古代マヤ文明の暦が終わる2012年12月21日に地球が滅亡する、という映画「2012」を観た。ソニーピクチャー、2時間40分の大作。制作費2億ドル。 監督 ローランド エネリッヒ。彼は前に「インデペンデンス デイ」と、「デイアフター トモロー」を作って、繰り返し繰り返し 大災害を描いてきた。デザスターマニアとでも言うべきか。
自然災害という逆らいようのない状況の中で 家族が生き残るために身を挺して戦い、強い父親が親や子を守り そこに 一心同体になった家族の愛や夫婦愛が描かれていて、しっかり涙を振り絞らせてくれる。冷酷な敵は、アルカイダでも ヒズボラでも PLOでも ロシアスパイでも、アラブの自爆テロでも、CIAでも イスラエル秘密警察でも、スペインバスクエタでも、タミールタイガーでも、チェチェンゲリラでも、クルドPKKでも、ソマリア海賊でも、IRAでもリアルIRAでも、ビルマ軍事警察でも、ポルポトでも、ジャンジャンウィーでも、フツ族反政府ゲリラでも、イルミナリテイーでもないから、どんなに冷酷無比に描いても 誰からも文句を言われなくて済む。今度は、今までにも増して災害の規模が大きくなって 地球上ほんの僅かの人しか生き残れなかった。陸地が海中に飲み込まれて無くなって、人類発生の地、アフリカ大陸しか残らなかったので、再び人類がアフリカ大陸で生存者だけで再出発して行こう という結論で終わる。

太陽のニュートリノが活発化して地球のコアが加熱、その熱で緩んだ地殻が一気に爆発して大地震が起こり 津波、洪水が起きて大陸が一挙に海中に沈没する。大国の指導者達は、いずれ 地球が大災害で海に沈むことを知らされていた。ひそかに選ばれた大国の中でも 選ばれた政府関係者だけが生き残れるように、政府は2000年から中国の地下に巨大船の建設を着工していた。
しかし、地殻変動は予想を遥かに上回る速さで進行し、逼迫した事態になった。避難の猶予は3日間。選ばれた政府関係者、10億ユーロを支払った資産家に 連絡が入る。すぐに、避難せよ、と。

週末、売れない作家、ジャクソンは別れた妻の家を訪れる。二人の子供をイエローストーンにキャンプに連れて行く約束だ。行って見るとイエローストーンにあったはずの湖がなくなっていたり 地質が変わっていて、おまけに新しい軍事施設が出来ている。事態を飲み込めずにいるジャクソンの前に、 私設ラジオ放送を発信している ちょっとおかしな男が現れて、地球はじきに壊れて人類は破滅していくが、助かりたいならば 巨大船に乗り込まなければ間に合わない。事実を政府は国民に隠していて、事実を公表しようとした科学者は皆、秘密政府に殺されている と驚くべき話をして聞かせる。ジャクソンは にわかには信じられないが イエローストーンの帰途、男の予言どおり道路に亀裂が走り 大地震が起きる。異常事態を見て、エブリマンは家族を守る為に巨大船に たどり着いて子供達を乗船させなければならない と心に決める。小型飛行機で脱出するそばから大地が燃え始まり 空の上から アメリカ全土が火に包まれて つぎつぎと大地が津波に飲み込まれる。

一行は 知り合いの富豪の力を借りて 旧式飛行機で 巨大船の隠してある中国に到着し、巨大船にもぐりこむ、と同時に 中国大陸も津波に襲われて沈んでしまう。ラサのチベット寺院も、日本もあっという間に海の底、ローマ法王に祝福されながらバチカン広場を埋める数万人の人々も沈んでいく。
この映画は大災害で地球上のほとんどの生き物が絶滅していく中で 一組の家族が右往左往しながら生き残り 家族愛でしっかり結ばれていくという 極めて小市民的な映画だ。背景だけが馬鹿でかく地球が壊れてしまうのだけれど。

突っ込み満載
父親のジャクソンは人類生存をかけた巨大船の水漏れを決死の潜水で修理して成功するので皆から英雄扱いされるが、元はといえばこの家族が搭乗資格がないのに、こじ開けて侵入したから水漏れが始まっただけで、彼は英雄でも何でもない。自己責任をとっただけだ。

国連で 巨大船に乗船できるのは主要国のVIPと、10億ユーロ支払った資産家のみと、決議していた。他の弱小国代表は、外に出されていた。主要国ってどこ?米、英、独、仏、伊、露、中、ここに日本が加わるのは不自然に見えるけど、画面では日の丸があった。さては国連常任理事国になれるということか。

地球滅亡 人類生存危機の情報を一部の国の上層部のみが知っていて、国民に隠して何年もの間 巨大船を作る というのは不可能。着工に何万人もの人材と労力を必要とする工事関係者の口をふさぐことは出来ない。国家による情報の独占にも限りがある。
また、中国のチベット地方の地下に隠してあった 3艘の巨大船を、中国政府が他国の人々のために提供するとは思えない。世界最大人口を誇る中国が自国民のほとんどを切り捨てて、イタリアの首相一家とか、イギリス皇室一家とか 日本の天皇一家とかを船に乗せてくれると思えない。

元妻が子供を守る為に大活躍する元夫をみて、同居の再婚相手をゴミのように捨てて元夫とよりを戻すが、女心、そんなに単純だろうか。別れるからには理由だったあっただろうに。そんなに簡単に、二人の子供を巻き添えにして別れたり またくっついたり簡単にしてもらいたくない。

この映画、全体が漫画ちっく。登場人物が すごく良い人か ものすごく悪い人かのどちらかで、良い人は沢山の人を救おうして自分は死んでいく 限りなく良い人だが、悪い人は徹底的にエゴイスト。極端すぎて良くも悪くもなる人間というものが描かれていない。

しかし、デザスター映画「タイタニック」、「ポセイドン」、「インデペンデントデイ」など、基本的に、こういう映画は結構楽しい。もしもの時のために、オートマチックだけでなく マニュアルカーの運転もできなければ、ついでにヘリコプターくらい操縦できるようにしておかなければ、とか、少なくとも1キロは泳げるようにしておこう、などと、映画の後に 軽ーく決意してみたりする。

人はいつか必ず死ぬ。
どんな死に方が見苦しくないか、デザスター映画を観て、疑似体験してみたり、シミュレーターしてみるのも、結構良いかもしれない。