2010年3月3日水曜日

オペラ オーストラリア「トスカ」



マリア カラスが もう高音が出せなくなったと、言い 最後の舞台となったのが イタリアのスカラ座。ここで カラスは「トスカ」を歌った。歌姫の引退を惜しむ人々が詰めかけ 30回のカーテンコールに彼女が答えても まだ拍手が鳴り止まなかった と伝えられている。

「トスカ」は映画 007シリーズの「慰めの報酬」にも出てきた。世界をまたにかけてマネーロンダリングする犯罪一味が、オペラ会場で 一同に顔をあわせ 交渉するシーンだ。トスカが命をかけて恋人を救おうと声を限りに歌っている舞台に、正装姿の2000人のカップルがエキストラとして出演していて007シリーズの贅沢なシーンに花を添えていた。

マリア カラスが最も得意とした「トスカ」。パバロッテイが 最も愛したマリオ カバラドッジの役。オペラでは、「椿姫」と、「カルメン」と、「トスカ」が 一番良い。
椿姫のヴィオレッタは病死、カルメンは 昔の男に刺し殺され、トスカは男を殺して自分も崖から身を投げる。彼女らの純愛が報いられることなど 一度もない。それがオペラだ。

監督:クリストファー アーデン
キャスト
フロリア トスカ:ニコル ヨウル
マリオ カバラドッジ:カルロ バリセリ
スカルピラ警視:ジョン ウェグナー


ストーリーは
第一幕
1800年 ローマ。聖アンドレア デラ ヴァレ教会の一室。
画家マリオ カバラドッジが マリアの絵を描いている。そこに、同志でナポレオン支持党の アンジェロッテイが 脱獄してくる。マリオは 親友に服と食料を与え 隠れ家に逃がす。
そこに恋人トスカがやってくる。女優で歌手のトスカは気位が高く、嫉妬深い。マリオの描く絵が自分に似ていないといって 嫉妬し、自分と一緒に出かけてくれないマリオに不平をもらす。が、やはり、二人は恋人同士 心から愛し合っている。マリオは トスカをなだめて帰すとアンジェロッテイと一緒に隠れ家に移動する。

第2幕
警視総監スカルピアが脱獄犯を探している。スカルピアは嫉妬深いトスカをたきつけて、恋人マリオの居所を突き止めて、逮捕する。マリオは拷問の激しさに負けて 遂にアンジェロッテイの居所を言ってしまう。アンジェロッテイは 逮捕され、あっけなく処刑されてしまう。マリオにも同じ運命が待っている。
かねてからトスカに惹かれていた警視総監スカルピアは マリオの命を助けたかったら自分のものになれ と取引を持ち出す。

第3幕
トスカは愛するマリオの命を救うため、スカルピアの前に身を捧げようとするが しかし気位の高いトスカは思わず スカルピアを刺し殺してしまう。マリオの処刑時刻になった。マリオに向けられた銃口に本当の弾丸は入っていない約束だった。しかし マリオはすでに 処刑されていた。 トスカは絶望して聖アンジェロ城の城壁から身を投げる。

このオペラの泣き所は、3幕の拷問されて息絶え絶えのマリオと 捨て身でマリオを救うため警視総監のものになる決意をしたトスカとの 愛のデュエットだ。素晴らしく伸びるテノールと ソプラノが二人して、昔愛し合った幸せな頃を思い出して これからも変わらず愛し合って生きる約束をするところ。トスカが恋人を救う為 憎い男のものになる決意を胸に秘めながら 誇り高く愛を熱唱する。じんわり あたたかい涙が滲んでくるところだ。

ところがどうだ。
今年のオペラオーストラリアの「トスカ」は、ブーイングの嵐だ。 
アメリカ人 クリストファー アルデンが演出した。初日の公演で拍手する人と ブーイングする人とで 真ふたつの反応に分かれた と聞いてはいたが こんなに飛んでる演出をするとは、、、。
トスカはスラックス ハイヒールにトレンチコート、サングラス姿で現れるし、スカルピア警視総監は 刑事コロンボが着ていたようなヨレヨレのジャケット姿で、出前のピザを食べながら歌う。この男、トスカをおびき出して 無理やり服を脱がせてスリップ姿にしてレイプする。自分はトランクスにランニングシャツだ。暴力に耐えられなくなったトスカがスカルピアを刺して、血が飛び散る。

その部屋の壁には 処刑されたアンジェロテイの遺体が ボロ雑巾のように、つるされている。隅では 刺されて血に染まったスカロッテイが転がっている その横で、血まみれのトスカが 拷問でこれまた血だらけの マリオと愛の歌を歌うのだ。本来 涙なしに聞くことができないような 美しいシーンなのに、壁には死体がつるされ、床には死体が転がっている。おまけに舞台は1幕から3幕まで ずっと同じ 汚れた教会の一室だ。
こんなとき、オーデイア、オーデイア、、、という。おやまあ、やれやれ としか言いようがない。

第2幕のレイプシーンでは 席を立っていく人が結構あった。無理もない。オペラ「トスカ」を愛する人は多い。いろんな理由があるだろうけど、前衛的演出を受け入れられない人は沢山いる。
前衛は世の常として いつの時代でも ブーイングされ、たたかれ、憎まれ 排除される。
たしかに現代は血にまみれた暴力社会だ。オペラだけが 年寄りや金持ちの間だけで 昔のまま 気取った芸術として永らえられる訳がない。200年も前のお話を 時代考証を徹底的にしてプッチーニがやったのと同じように公演してオペラを継承していくのも大切だが、前衛的解釈をした全く別の舞台があっても良い。

しかし、今回の舞台は 下品で悪趣味だ。
トスカが城壁から身を投げて死ぬラストシーンを、この前衛芸術家の演出では、トスカが 警官によってピストルで撃ち殺されてしまった。
気位が高く 自分の男のためには何を犠牲にしても生きていく強い女、トスカが自ら死をえらぶのと、あっけなく男に近代兵器で殺されるのとでは 全然意味が違ってくる。トスカという激しい この時代に稀だった女が 自ら死を選ぶのと、殺されるのとでは 女の生き方に、海と山ほどの違いがあるはずだ。この時代では、トスカが前衛だったのだ。
プッチーニのオペラの筋を変えてしまうのは、ルール違反だ。この演出は とうてい認められない。