2010年2月12日金曜日

映画「インヴィクタス・負けざる者たち」




ネルソン マンデラが27年間捕らわれていた獄中から出所した日から20年たった。この記念すべき日、2月11日 南アフリカでは 大規模な祝典と人々のマーチが行われた。マンデラとともに出所した かつてのANC闘士は マンデラの護衛官になったが、晴れ晴れした顔で、ニュースのインタビューに答えていた。

南アフリカ、この国の国歌は 3つの言語で歌われる。はじめに黒人の間で使われているBANTOUという先住民族の言葉で、次に 白人アフリカーナが使っているドイツ語をベースにした古いダッチの言語で、そして、最後に英語で同じメロデイーを歌う。黒人も白人もなく、マンデラのいう虹色のネーションが、声を合わせて 3つの言語で国歌を歌うのだ。

映画「インヴィクタス・負けざる者たち」(原題 INVCTUS)を観た。
79歳のクリントイーストウッドが監督、制作した30作目の作品。ネルソン マンデラが アパルトヘイトの南アフリカで大統領に選出され、それまでバラバラだった国民を一つにまとめる感動的な実話だ。原作は、ジョン カーリンの「PLAYING THE ENEMY」。
キャスト:ネルソン マンデラ:モーガン フリーマン
     フランソワ ピナール:マット デーモン

ストーリー
1990年 ネルソン マンデラが27年ぶりに刑務所から出所するところから 映画は始まる。国民大多数の黒人が熱狂してマンデラの出所を祝う一方で、白人達は、テロリスト マンデラが出てきやがった、、、と舌打ちする。彼の出所は 長年の黒人達ANC主導の公民権獲得運動や、国際社会によるアパルトヘイトに対する嵐のような激しい非難と経済封鎖の結果だった。その後 事実上、アパルトヘイトは廃止され、初めて黒人に投票権が与えられ、民主選挙が行われる。圧倒的な支持によって、ネルソン マンデラが大統領に選出される。

マンデラはユニオンビル 大統領官邸に初出勤した朝、大慌てでデスクを片付けで出て行こうとする白人官邸職員たちを引き止めて、君達の能力と経験を新しい国作りのために、協力して欲しいといって、おしとどめる。白人の大統領護衛官たちも留まる。それには黒人護衛官たちは、納得がいかない。昨日まで自分達を拘束し、拷問し、獄中に送り込んでいた連中が マンデラを守れるわけがない。大統領の命を危険に曝すのか。怒る黒人護衛官を前に、マンデラは 懸命に説得をする。国を変えていくには、まず 憎しみを捨て、自分達が変わらなければならない のだと。

スポーツ協議会は 今まで事実上黒人に道を閉ざしていた 南アフリカ代表のラグビーチーム スプリングボックの廃止を決議するが、マンデラは それを覆す。スポーツを通じてこそ人々の心は ひとつに結ばれる。南アフリカはアパルトヘイトのために、長いこと国際試合から締め出されていた。マンデラは スプリングボックを1995年のワールドカップに参加させ、公式会場を南アフリカに招聘することで アパルトヘイトで病んだ国民の心をひとつに結び付けたいと考えていた。

まずスプリングボックの主将、フランソワ ピナールを官邸に呼んで話し合う。当時、スプリングボックは 国外試合に出てられるようになっても 惨敗を繰り返していた。また、フランソワ ピナールには はじめ、マンデラのラグビーで国民の心を統合するという夢が 理解できなかった。何故 ラグビーか。半信半疑のピナールはマンデラから手渡された イギリス詩人ウィリアム アーネスト ヘンリーの「インヴクタス=征服されない」という詩を読む。
やがてピナールは マンデラが収容されていたロヘ島の監獄を訪ね マンデラが27年間すごした監房を訪れる。そして、小さな監房でインヴィクタスの詩に支えられ気高い精神を維持し続けたマンデラの偉大さと彼のラグビーにかけた夢に、心をうたれる。

マンデラの 黒人でも白人でもない、虹色の国民が心を一つにして新しい国造りをするという信念にインスパイヤーされたピナールは 黒人のBANTOU語で歌われる「南アフリカに神の祝福あれ」という歌をチームの全員に手渡す。
1995年ワールドカップに向けて強化訓練が始まる。ゲームを南アフリカで、というマンデラの熱心な招聘要請の結果、ワールドカップの決勝戦は南アフリカで行われることになった。
チームはまず、オーストラリアを破り、遂に 決勝戦で、ニュージーランドのオールブラックとの最終決勝戦で勝ち抜き優勝する。熱狂するに虹色の国民たち。
と、いうストーリー。
本当にあったことで、本当に感動的な決勝戦だった。

この映画を観なければならない理由が3つある。
ひとつは
ネルソン マンデラの偉大さを改めて映像をと歴史的事実をとおして確認する、ということ。マンデラの自分が受けた弾圧や差別を憎まず、人種に拘らず 暴力に頼らず 差別を乗り越え国を造った という偉業に心打たれない人はないだろう。昨日2月11日のニュースで ノーベル平和賞のツツ司教が、「すべての国がマンデラをもっているわけではない。南アフリカはラッキーだった。」と述べている。本当にそうだ。
マンデラの精神の高さと、それに伴う実行力は、となりのジンバブエに比較すると よくわかる。ムガベ大統領とジンバブエ国民の悲惨な状況が悲しい。
またマンデラあとを引き継いだ、このあとの大統領でさえも、この悪名高いジンバブエに癒着して 腐敗が進んでいる。4人の妻を持つ現大統領の醜悪な姿、、、。暴力が 日常茶飯事で、ヨハネスブルグはいま、世界で一番治安の悪い土地だ。エイズの広がりも止められない。そんな時だからこそ、過去を振り返り マンデラの歩んだ道を明らかにすることに意味がある。

2つ目には、
この映画はクリント イーストウッドが79歳で30作目の作品だということ。イーストウッド すごい。
イーストウッドが「ローハイド」で ちょいワルのカーボーイだったころからのファンだ。「ダ-テイーハリー」に胸ときめかせ、「マデイソン橋」でよろめき、「ミリオンダラーベイビー」や「ミステイックリバー」で 監督としての彼を見直した。昨年の「グラントリノ」はいまだに私のなかで一番好きな映画のひとつだ。
彼は偉大だ。おもしろい話がある。
彼はワーナーブラザースに、もう40年も自分のオフィスを持っている。数年前、新しく社長に就任した男が イーストウッドに電話してきて、「挨拶にいって、僕から君にちょっとした注文をしたいんだけど、何時が良いかね?」と聞いたら、イーストウッドは、「いいよ。何時来ても パラマウントのオフィスにいるからね。」と答えたという。新社長の「ご注文」や「ご意見」など聞くつもりはない。社長に従わなければならないなら、さっさと辞めてパラマウント社に移るゼーィ というわけだ。製作者として 自信に満ちた 権威をきらうイーストウッドの姿勢をよく表したエピソードだ。かっこいい。

3つ目は
この映画がラグビーの映画だということ。
ラグビーは良い。最高のスポーツだ。子供の時から大好きだった。
正月の早慶戦は必ず見ていた。慶応が力をなくしてからは 早明戦が、全国一の勝者決定戦だった。早稲田の藤原、明治の松尾兄弟、北島監督。忘れられない顔がつぎつぎとよみがえってくる。
ラグビーは肉弾戦で、格闘技に近い。それでいて走るのも早くないといけない。ニュージーランドのオールブラックでは 体重が100キロ以上なのに、100メートルを10秒で走るマオリの選手がぞろぞろいる。オーストラリアのワラビーズも同様だ。
この映画では ラグビー戦闘シーンの迫力がすごい。ラグビー好きな人は絶対観るべきだ。よく観客席でみていると、ボールを持った選手が わざわざ敵が待ち構えるところに突っ込んでいくのが、不思議に思えるが このフィルムを観て フィールドに、選手と共に立ってみると デイフェンスの壁を破るのがどんなに 難しいかがわかる。何と広いフィールド。固いデイフェンス。ボールをどこに渡したら前に進めるのか、、、。もう自分がラグビーをやっているような臨場感だ。カメラワークが素晴らしい。スクラムを直下から見た映像の迫力にゾクゾクする。後半戦のスクラムの繰り返し。選手達の背骨のきしむ音がする。荒い息、声にならない呻き。肩と肩がぶつかり合う鈍い音。まさに、これがラグビーだ。これほどラグビー選手に密着してフィルムを回せる人は他にないのではないだろうか。さすがに、これがイーストウッドなのだ。すばらしい。

現代史の奇跡みたいな人、人類の宝、ネルソン マンデラが ラグビーに夢をつないだ映画を イーストウッドが撮ったなんて、こんな ザ ベストがそろった映画を観ないで済ませる人がいるなんてもったいない。俳優のマット デーモンがよくチームで泥だらけになって 実際スクラムも組んでパスもしていた。オールブラックもワラビーズも出ていた。
フィルムの最後に本当の1995年に優勝したときの選手が出てきて それも良かった。というわけで、この映画は絶対お勧めなのだ。