豪州には尊厳死法がある。正確には、VOLUNTARY ASSISTED DYING LAW:自発的死の介助法とでも訳せるだろうか。豪州北部準州を除いて全州で、それぞれの州議会で承認されている。
この法は限られた条件下で死を望む患者が死ぬことを医療者が介助できるという法だ。ただし、精神病と老人に多い認識障害を持つ患者は、死にたいという自己判断が明確ではないために除外される。
用意された薬を自分で服薬するか、医師による静脈注射によって、命を終えることができる。条件は州によって多少異なるが以下のとおり。
1)18歳以上で本人による申請
2)治癒する可能性のない病気で、耐えがたい痛みがある
3)2人の医師による承認が必要
4)豪州の市民か永住者
現在この法について論議されているのは、2人の医師が判断することになっているが、希望患者が医師に直接会って診察を受け実行するのに電話診療で医師が承認できるかどうかについてだ。豪州は広大な土地にわずかな人口が暮らしている。遠隔地に住む患者は医師に診察を受けるにも、入退院するにも小型飛行機を必要とする人が沢山いる。そんな患者が2つの別々の病院や施設に所属する医師に会うだけでも、何百キロもの移動を必要とする。
都市に住む私達、忙しい人にとっても、かかりつけの医師と直接会わずとも電話でやり取りすることが多い。電話で軽い風邪症状など説明して、薬をオンラインで処方してもらい、近所の薬屋で薬を受け取ったり、血液検査やレントゲンなど検査もオンラインで依頼してもらい、本人は直接検査所に行くことができる。
いずれ、尊厳死法でも1人は電話による医師の承認だけでケースによっては認められるようになるだろう。
クリスチャンの多くはこうした尊厳死には反対の人が多いが、自分の人生を自分が選び、自分の死を自分で選ぶという選択があっても良いと思う。
つい最近私の職場でも、この法によって患者ひとりを見送った。
95歳、心臓病で、バイパス手術を何回も受け20年あまり心臓病で苦しんできた方だった。心臓が充分働かないから呼吸がいつも苦しく、関節炎で歩行困難もある。しかし頭ははっきりしていて自分の死は家族に見守られながら自分で納得する形での死を望んでいた。インド生まれの英国人。結婚して事業のために豪州に来て家族を持った。彼が生まれたころの植民地インドは、英国人の中でもケンブリッジなどエリート中のエリートが渡航したがった。新しい土地で事業を始めたり、官僚や外交官として任地でキャリアを重ねるのがエリートコースのひとつだった。彼の物腰の柔らかさや、品のある様子を見れば育ちの良さが想像される。
最後の日は、ご子息に囲まれ談笑しながらお茶会をして、到着した医師の注射を受けて旅立っていった。
老人の死は悲しいことではない。
その人が生きた実りの多い、豊かで長かった人生を祝福して敬意をもって見送ることが、残された人々の務めだ。
老人専門の高度医療施設に努めているが、入所してきたお年寄りが皆、自分が良い人生を歩んできた、と満足して幸せな気持ちで旅立っていくのを見送るのも、仕事の一つだと思っている。
歌は、ジョン マイヤー「SLOW DANCING IN BURNING ROOM」