2009年12月24日木曜日

映画 「ブエノスアイレス」


DVDでウォン カーウァイの映画「ブエノスアイレス」を観た。1997年作品。カンヌ映画祭で最優秀監督賞を獲得した映画。

トニー レオン(フェイ)とレスリー チョン(ウィン)は ゲイで恋人同士。香港の閉塞社会で 愛の行き場を失くして、二人は地球の裏側 ブエノスアイレスを旅する。レスリーの父親の友人から借りたお金を使い果たしてしまったあとは、二人の関係も 自然解消。浮気なレスリーは金持ちのパトロンを作って酒とギャンブルの贅沢三昧だ。トニーは 邪まな恋人の心変わりに傷つきながら 中国からの旅行者の世話や、ホテルのドアマンなどをしながら食いつなぐ。親の面子を潰しているから 借金を返せるようになるまでは、帰国するわけにはいかない。

そこに レスリーがパトロンに暴力をふるわれて、トニーのアパートに転がり込んでくる。トニーは献身的に看病する。両手を怪我して使えないレスリーのために食事を作って ひとくちひとくちスプーンで食べさせる。体を拭いて 一つしかない自分のベッドにレスリーを寝かせ 仕事場からは 何度も電話をかけて気使う。「レスリーの手の怪我が永遠に治らなければいい と思っていた。」と、トニーは自分で告白する。
そんなレスリーも やがては全快する。となればひとりでおとなしくアパートでトニーを待つことは出来ない。タバコを買いに、と言いながら夜の街を彷徨い出て行く。レスリーが外に出て行かないように トニーは沢山のタバコの買い置きを、棚に並べる。そんな事をされればされるほどレスリーは 独占欲の強いトニーに嫌気がさして夜の街に出て行く。

レスリーを失ったトニーは職場の青年チャン チェンに恋をする。が、チャンは それに気がつかない。チャンが 仕事を辞めて、ブエノスアイレスから最南端の土地 ウスワイァに向かって旅をすることになった。そして彼は別れる前にトニーに何でも良いから彼の声を自分のレコーダーに録音して欲しいという。人々は 極南の土地ウスワイァに 自分の過去を捨てにくると言われている。
ウスワイァの灯台に着いたチャンは、レコーダーを回してみるが、そこにはレスリーのむせび泣きのような雑音だけが吹き込まれていた。
チャンを失くし、レスリーも失くしたトニーにとって何も失うものはない。ひとりでイグアスの滝をを観にいく。たった一人で見に来るはずでなかった。しかし、雄大な滝のしぶきをあびて、トニーは勇気をだして家に帰ろう、決意する。 「そう、会おうと思えばいつだって会えるんだから。」と。

音楽と映像がマッチしてとても良い。
タイトルの副題「ハッピートウギャザー」は フランク ザッパの音楽。音量を下げて 囁くように歌っている。
特に アストル ピアソラのタンゴを 二人がネチネチとセクシーに踊るシーンが秀逸だ。堕落、退廃、行き着く先のない愛、惰性、デカダンの世界が凝縮されたシーンだ。タンゴはもともと貧しい人々の間で油ぎった木造家屋、ひび割れたタイル床の台所、そんなところで男女がエロスを交し合う踊りだったのだろう。遊び人のレスリーにしっかり抱かれてタンゴを踊るトニーの不器用な純情が せつなくて悲しい。

また酔ったフリをして恋するチャンに介抱されて ベッドに運ばれたトニーが 去っていく彼の足音を聞いているシーン、 別れの日、テープに何か吹き込んで、といわれてテープレコーダーに向かってむせび泣くことしか出来ないトニーの姿に胸をつかれる。繊細で男の真っ直ぐな純情をトニー レオンがみごとに演じている。

カエターノ ヴェローゾの「ククルクク パロマ」が何度も何度も映画の中で繰り返される。この曲が流れると それだけで泣けてくる。沢山の人がこの歌を歌ってきた。ハトは、つがいの相手を失うと二度と別の相手を探すことなく死んでいく。この曲はそんなハトを歌った曲。この曲で片割れを失くした孤独な男が背中を見せていたりすると、映像が一挙に意味をもってくる。

トニー レオンとレスリー チョンの画像に、フランク ザッパと、カエターニ ヴェローゾとアストル ピアソラを持ってきて、音楽も映像をピタリと合せることができる ウォン カーウァイー監督の才能に感動する。

この映画の数年後 レスリー チョンは香港のホテルから身を投げて亡くなってしまった。裕福な家庭に育って歌手としても俳優としても成功していたカナダ国籍のレスリーは そのときホテルの窓から何を見ていたのだろう。
この人の「さらば愛 覇王別姫」 チェン カイコー監督作品が素晴らしかった。レスリー チャン演じる妖艶な中国古典オペラの女役は、歌舞伎の女形同様に、ただただ美しい。役者として有り余る才能を持っていた彼が 役者として年を積み重ねることなく 余りにも若くして死んでいったことが 心から惜しまれる。
「ブエノスアイレス」は、いろいろな意味で 忘れられない映画になりそうだ。