2011年10月4日火曜日

映画 「借り暮らしのアリエッテイ」




「借り暮らしのアリエッテイ」のヴィデオがやっと手に入って 観る事が出来た。世界中に感動のメッセージを送り続けているスタジオ ジブリの作品。日本では昨年公開されてヴィデオも出ており もう話題にもなっていないかもしれない。

たくさんのジブリの作品を観てきた。
一番好きなのは、「となりのトトロ」と、「風のナウシカ」。
二番目に好きなのが「耳を澄ませば」と「魔女の宅急便」。
どの作品も、登場する女の子が その年齢に関係なく親から精神面で自立している。決断するのは いつも自分自身の判断だ。勇気があって潔い。

原作:メアリー ノートン 1952年出版「床下の小人たち」
企画 脚本:宮崎駿
音楽:セシル コルベル
監督:米林宏昌

40年前から 宮崎駿と高畑勲によって企画されていたそうだ。
公開にむけて 東京都現代美術館と、兵庫県立美術館で、種田陽平展が開催され 身長わずか10センチの小人の世界を体験できる、巨大なセットが組まれジブリの世界が体現されたそうだ。
映画は、全国447のスクリーンで公開され 初日2日で興行収入9億円 68万人の動員、映画観客動員ランキング1位を記録。2010年度の邦画の興行収入第1位、92,5億円を記録した。韓国、台湾、フランスでは公開されたらしいが、オーストラリアには来なかった。

ストーリーは
翔の両親は離婚していて、母親は翔を 自分が育った祖母の古い屋敷に預けて海外出張している。思い心臓病の翔は これまでに何度か心臓手術をしていて、再び 一週間後に手術を受けることになっていた。

おばあさんの家には 長いこと小人が住んでいる。
かつておばあさんの父親は 屋敷で小人を見たことがある。そんな小人達が快適に暮らせるように夢みて、小人の家を作らせた。家具や日用品、電化製品まで本物とそっくりに 専門職人に作らせたものだった。寝室、応接間にリビング、台所は電気をつければ本当に調理もできるオーブンや食器まですっかりそろっていた。
そのおじいさんが亡くなったあと、小人の家は娘に引き継がれ、彼女が小人が現れるのを ずっと待って すっかりおばあさんになってしまっても小人を見ることがなかった。そして、小人の家は翔に引き渡された。

翔は おばあさんの家に着いた その日に庭で元気な小人が 草の間をすり抜けて行く姿を見ていた。そして、その夜 14歳になった小人のアリエッテイは、父親とともに翔の寝室を探索にきて 再び翔に見られる。小人は人間の家の床下に済み衣食住に必要なものは 「借りて」くることで生きてきた。人に見られてはいけない という掟を持っていた。今まで 人や鼠やカエルなどの小動物に見つかって命を奪われた小人が 沢山居たのだ。
孤独な翔は アリエッテイと友達になりたい。しかしアリエッテイが 人と関わりを持つことは小人の世界全体を危険にさらすことだった。

翔の様子を見ていた家政婦のハルさんは 翔が小人と関わりをもっていることに 気がついていた。家の管理をまかされている家政婦にとって 台所から食物を「借りて」いく小人は泥棒だ。捕まえて ねずみ駆除業者に引き渡さなければならない。そう考えてアリエッテイの母親 ホミリーをつまみ出して ねずみ駆除業者に渡そうとする。家政婦ハルさんと、アリエッテイと翔との戦いが始まる。
アリエッテイは 翔の機転と活躍のおかげで 家族を取り戻し 安全な場所に移動していく。翔との別れが迫っていた。
というおはなし。

「12歳の心臓病の男の子」が とてもよく描かれている。他の子供と同じことが出来ない、待つことに慣れ、受動的で一種のニヒリズムのような諦念に居る子供の様子が とてもリアルに書かれている。
むかし、心臓病の子に たった一人の親友と言われていた時期がある。小学校、中学とラジオ体操や体育はいつも見学、遠足に参加したことがない、いつも気難しい顔をして ひとりきり。話しかけると 思い切り皮肉めいた言葉で傷つけられる。裕福な家庭の子で、下手に出て ふざけてみると、思い切り高みから残酷で軽蔑のこもった悪意と嘲笑で、攻撃してくる。たまにしか学校にこれないのに 思いカバンを持ってやるどころか、一緒に横に歩いてやる子など 全く居なかった。わたしは普通に話しかけていたが あとでその母親から「たったひとりの親友になってくれて ありがとう。」と言われた時はめんくらった。

だから、翔が 初めてアリエッテイを見たとき、「本当に居たんだね。」とさして 驚いた風もなく言う様子や、アリエッテイに再び会って、君達一体何人いるの?人間は68億人も居るんだよ。 小人は やがて絶滅する存在なんだよ と 平気で言える。子供らしくない翔の諦念と、多少投げやりな様子や倦怠感の漂う身のこなしなどが、とてもよくわかった。
その翔が 「見てもいい?」と問い、アリエッテイをみた瞬間に 恋をする。大きく目を見開き 思わず「きれいだね。」と。今までの口調や表情と打って変わって 恋する男の子の顔になる。
その瞬間がとても良い。
受動的に生きてきて 何時までも自分は寝たきりで友達もできない、一週間後の手術など成功しようがしまいが どうでも良い と思ってきたが、翔に大切なものができた瞬間の 大きな変化。何が何でも生きていきたい。恋を知らなかった翔から 恋を知った翔への変貌。

一方のアリエッテイは すでに翔を初めて見たときから恋をしていた。初めて父親と探索に出たときに 翔の顔をまともに正面から見てしまい その瞬間に、恋をしていた。だから 翔からの角砂糖を返しに行く時の懸命さも、「私達にもう構わないで。」と言ってみせる強がりも、際立っている。

そんな惹かれあった少女と少年が 小人を泥棒としか捉えられない家政婦の悪意に立ち向かう。アリエッテイは 母親をつれ戻しに行くことに一瞬の迷いも 躊躇もない。翔は そのアリエッテイの姿に感動しながら 家族の結束、生きる力、愛する人を失なうまいとする懸命さを学ぶ。

最後、アリエッテイは心を込めて 翔の指を抱きながら涙を落とし、自分の髪留めを翔に差し出す。翔は 君は僕の心臓の一部だ といって それを受け取る。なんと言う心と心の 強い結びつきだろう。
アリエッテイの気持ちを思えば、翔は自分の手術が成功しようがどうでも良いとは、断じて言えない。彼は一人ではないのだ。アリエッテイのために 生きなければならない。

人は誰でも 自分の心にアリエッテイの髪留めを持っていたならば、どうでも良い生き方など できない。自殺などできるわけもない。道を誤ることもない。他人を傷つけることもないだろう。
自分の心に アリエッテイの髪留めをもち、君は私の心臓の一部だ といえるような人を探し続行けたい、誰もが 観ていて そう思ったのではないだろうか。見終わって、深い感動が染み渡ってくるような、良い作品だった。

2011年10月3日月曜日

どーん ときてます



父が8月14日に亡くなって、8月23日に シドニーに戻ってきた。

翌日から職場に戻り、週4日、40時間の勤務の生活にもどり、休日には、今までどおり、映画を観たり、オペラハウスにも2夜ほど ピアノコンサートと 室内楽のコンサートに行き、また、初孫の2歳の誕生日パーテイーに出かけて行き、次の週には 仲の良い友人5人とその子供達8人をランチパーテイーに呼び、普通どおりの楽しくて、忙しい 私らしい過ごし方をしてきた。

まえに、親を亡くしたショックは後から どーん ときますよ、何人もの人から言われていた。やはり、どーん ときて、起き上がれない。声が出ない。言葉が出ない。眩暈と吐気と咳と熱と頭痛と全身痛と食欲不振と、何もかもが突然襲ってきて 1週間寝込んでる。これからは、回復期。

写真は ランチパーティーに来てくれた 日本人ナース達の子供達。
多くはオージーと結婚して みな別々の病院に勤めているので なかなか会えない。日本人ナースは 質が高く、オージーナースより優しいので、どこでも評判が良い。子供達の動きが激しいので、一枚の写真にみなが写ることは不可能。

2011年9月23日金曜日

映画 「雪花と秘密の扇子」




映画「雪花と秘密の扇子」、原題「SNOW FLOWER AND THE SECRET FAN」を観た。原作 リサ シーの 2005年ベストセラー小説を映画化したもの。

監督:ウェイン ワン
キャスト
雪花:ソフィ : チョン ジヒヨン
百合:ニナ  : リー ビンビン
ボーイフレンド:ヒュー ジャックマン

ストーリーは
二組の二人の少女の物語が200年の歴史を隔てて 同時に平行して語られる。

上海に住むニナ(リー ビンビン)は ビジネスウーマンとして成功して 恋人と一緒にニューヨークに派遣されることになった。同僚達とのお別れ会をして、渡米に胸を膨らませているときに、突然 消息を絶っていた親友、ソフィ(チョン ジヒヨン)が交通事故で昏睡状態に陥っているという連絡を受ける。ニナは 渡米を取りやめて病院に駆けつける。
数年前、ソフィのボ-イフレンド(ヒュー ジャックマン)のことで 二人は諍いをしたまま互いに連絡を絶っていた。何年も、ソフィが どこで何をしていたのか、ニナは知らない。しかし、事故に会う前、ソフィアは何度も二ナに電話をしていた。出発前の忙しさにまぎれて、ニナが気がつかなかったのだ。

呼吸装置をつけられて辛うじて呼吸をするソフィアのベッドの横で 二ナはソフィアのバッグを開ける。そこには、分厚い ソフィアの書き残した小説の原稿が入っていた。二ナはそれを読みながら、行方を絶っていたソフィアの ここ数年の足跡をたどるのだった。二ナが交際するすることを反対していたボーイフレンドとニナは オーストラリアで短い間暮らしていた。しかし不実な男に ソフィアは心を開く事もなく 妊娠していたことも知らせずに 一人香港に帰ってきて 小説の執筆に没頭していた。

小説の舞台は 清時代の湖南地方。
百合(リリー)と雪花(スノーフラワー)は 同じ日に生まれた。湖南地方の古くからある伝統に従い、一定の年齢になると 二人は同じ日に纏足をされ、「老同」ラオトング(エターナル シスター)という生涯を通じて姉妹になる契約をする。二人は二人だけに通じる秘密の文字を教わり 生涯この文字を通じて意思疎通ができるように教育される。百合は貧しい家の出身、雪花は裕福な特権階級出身だったが 二人は双子の姉妹のように仲良く育ち、成長していった。

やがて適齢期になると、纏足が完璧に美しく仕上がった百合から先に 裕福な家庭の嫁として迎えられた。一方、雪花の家では父親が阿片中毒になり、没落していく。やがて、百合に子供ができ、「老同」の雪花に会いに行きたいが 義母は 男の子供を産むことだけが嫁の仕事と決めて、嫁の外出を認めなかった。仕方なく、二人は扇子に二人だけに通じる言葉で書いて やり取りをして、互いに励ましあった。
何年もたって、義父母が亡くなり やっと百合が雪花に会いに行くことが出きることになった。訪ねていくと 沢山の子供を抱えて、教育のない男に嫁いで変わり果てた雪花が 出迎えてくれた。暴力をふるう夫の姿をみて、百合は 雪花とその子供達を 自分のところに引き取ろうとする。しかし、雪花はそれを拒否して、一方的に「老同」は切れたと宣言する。生涯の姉妹を誓ったのに、裏切られたと思った百合は 悲嘆に暮れる。

しかし ある日、使いがやってきて雪花が 死の床にあること知らせてくる。雪花は 百合の幸せを考えて 「老同」の関係を一方的に破棄したが、本当はいつも百合のことを心から思っていた と言い残して雪花は死ぬ間際に和解する。という小説だった。
読み終わって、二ナは これは自分達のことだ と思う。ソフィアの二ナに対する真摯な友情を この小説で二ナは 確認することが出来た。二人の友情と絆は絶つことはできない。
もう二度と ソフィアのそばを離れない と決意して昏睡状態のソフィアの手を握るのだった。
というストーリー。

湖南地方の美しい髪型、民族衣装、刺繍を施した美しい纏足の靴。そして、秘密の文字が書かれた扇子。
女が墨をすり、筆に墨を浸して扇子に文字を書いていくシーンが美しい。消えていった200年前の中国の文化の 残酷と美に目を瞠る。情緒豊かな 胡弓の調べを聴きながら 清の時代の滅びてしまった文化のノスタルジーにどっぷり浸りきる。

ベトナム出身のアメリカ人 トライ アン ユン監督が「青いパパイヤの香り」で、自分が生まれる前のベトナムの田舎を叙情的に描いたように、香港出身のアメリカ人ウェイン ワンは 自分の故郷をノスタルジックに描いた。彼は「ジョイラック クラブ」でもこれをやった。叙情的で詩的で美しい。しかし、他人にとっては冗漫で退屈かもしれない。

この映画のテーマは「老同」ラオトング すなわち女の友情だ。
女はこの時代 纏足をされ 良縁を得て裕福な家庭に向かい入れられ、一度も会ったこともない男の物となり 男の子を産まなければならなかった。そんな重圧に耐えるには 確かに女同士の友情は必要だったのかもしれない。
この映画では 裕福になった百合が 貧しい雪花を強引に自分の家に連れて帰ろうとして、雪花から「老同」を破棄される。雪花は「貧しくても私は夫を愛しているのよ。」と言っているのに、雪花をそんな夫から引き剥がし 裕福な自分の家に連れて行くことが 雪花の幸せだと決め付ける百合は 一人合点の奢った「友情」を強制して、迷惑この上ない。拒否されて当たり前。幸せの基準をお金の有無で決め付けるところも いかにも中国的だ。

ニナとソフィアの「友情」も同様。二ナはソフィアの恋人を一方的に悪い男と断じて、別れることをアドバイスして それを受け入れないソフィアと仲たがいする。悪い男ほど 別れられない女も沢山居る。それもまた愛であって、横から あんな男はダメとか 忠告しても意味がない。おせっかいも はなはだしい。自分が ニューヨーク栄転を前にした将来性のある男と一緒だからといって それと同じような男としかソフィアが幸せになれい と信じる傲慢さ、自己中心的で、偏狭な視野。これは、友情でも、「老同」でもないのではないか。

それを考えると、この映画は二組の二人の女の友情の物語だが、人間が描かれていない。人と人が友情で結びつくためには まず、強い自我があり、互いにそれを尊重しながら理解しあっていくことが必要条件だ。
たしかに女の立場は 200年前は弱かった。男の玩具でしかなかった。
纏足文化は 女の奴隷化であり、男の享楽のために 女の体を去勢し 性道具として使って良かった という時代の産物だ。そんなものを懐かしがってもらっては困る。

視点を変えてみると 纏足は何百年も前の 過ぎた昔のことだろうか。
いま女達は纏足の代わりにハイヒールを履く。ハイヒールによって内股の筋肉が鍛えられ、バランスが悪い為 腰を振らずに歩く事が出来ない。それを見て ヨダレをたらす男達。どんなに知的産業に女が進出するようになっても 男の玩具となって生きる女の数を減らすことができない。
雄と雌しかいない地球で どう生きるのか 互いにどう折り合って生きるのか 人それぞれ、というわけだ。
この映画、女が見るのと男が見るのと 見方が全然ちがってくるかもしれない。何も考えず、ただ美しい昔の中国の文化を眺めるだけでも良い。美しい胡弓の調べと 冗漫な画面で寝てしまう人も多いかもしれない。

チョン ジヒョンという韓国の女優さんは、日本でも人気があるらしい。この映画を日本でも上映するかどうか ゴグってみたら、「チョン ジヒョンが全裸でレズビアンに挑戦」というような 大宣伝をしてあった。マスコミの下衆な視点にあきれる。そういうシーンは全くないので 安心したり落胆しても良い。映画は女の友情がテーマであって、レズビアンではない。
韓国のチョン ジヒョンも、中国のリービンビンも、どちらも美しい女優さんだ。ヒュー ジャックマンも 映画の中で歌って踊って大サービスしている。

プロデユーサーが、いま悪名高いルパード マードックが70代のとき 30で結婚したウェンデイー マードック。誘拐されて殺された被害者やイギリス王室の面々まで携帯電話をハッカーして タブロイド新聞で暴露するような卑劣なことをやり続けている 世界最悪のメデイア王の妻、ウェンデイーだ。これは余計だったかな。

2011年9月17日土曜日

エフゲニー キッシンのピアノリサイタル



ロシアからエフゲニー キッシンが来て 3夜だけオペラハウスでピアノを弾いてくれた。
第1夜は キッシン一人だけのリサイタル。第2夜は アシュケナージが指揮するシドニー シンフォニー オーケストラをバックに グリーグのピアノコンチェルト Aマイナー、第3夜は ショパンのピアノコンチェルト 第1番Eマイナーを シドニーシンフォニーと共に演奏する。

6月に やはりランランがシドニーに来た時も 彼は3夜だけ演奏した。第1夜が ランランの独奏のリサイタルで ベートーベンのソナタなどを弾き、第2夜は ラフマニノフピアノコンチェルトを、第3夜は チャイコフスキーのピアノコンチェルトを シドニー シンフォニーと共演した。ラフマニノフのピアノコンチェルトを聴きに行ったが、シドニー シンフォニーに落胆、、、今回も同じ事を繰り返したくないので、第2夜と第3夜を避けて、第1夜の彼の独奏を聴きに行った。全曲 フランツ リストだ。

プログラムは
1)超絶技巧エチュード リコルダンザ 作品139
2)ピアノソナタ Bマイナー 作品178
休憩
3)詩的で宗教的な調べ 作品173
4)巡礼の年 スイス一年目 作品160
5)巡礼の年 ベニスとナポリニ年目 作品162
アンコールに リストの「愛の夢」

シドニーオペラハウス コンサートホールの2500席が ひとつの隙間もなく埋まった。2時間の彼の演奏の間、2500人が静まり返り、息をするのも躊躇われるような時もあった。
もともと形にこだわらないオージーは 楽章ごとに拍手するし 演奏中でも気に入ればブラボーを叫ぶし、クラシックファンでも行儀が良いとはいえないが それでも今回は程よい緊張が見られた。詰め掛けた人々は、若い人が多く ピアノを勉強している生徒達の熱をもった目で キッシンの一挙一頭を追っている姿が 印象的だった。やっぱり、ピアノがとても好きな人って、居るんだなあ。

エフゲイ キッシンは 1971年生まれ。ユダヤ系のロシア人。2歳でピアノ教師だった母親の目を盗んでピアノを弾き始めた という。10歳でピアノ協奏曲を演奏して世に認められ、12歳で モスクワ フィルハーモニーオーケストラをバックに ショパンのピアノコンチェルトを弾く姿がフイルムで発売されて、世界の注目の的になった。
カラヤン、アバド 小沢などの指揮で ベルリンフィルハーモニーオーケストラや、ロンドン交響楽団と共演している。
ショパン、リスト、ベートーベン、チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフなど、超技巧的な曲でも、世界各国の民謡でも 何でも弾く。

http://www.evgenykissinfansite.co.uk/id12.html
今年40歳とは思えない 少年のような姿。憂いを含んだ目ざしで、ただ一心に弾く。全然笑わない。ものすごい集中力で鍵盤に向かい、細心の気使いで 計算しつくされた完璧な音を出す。一音一音が すっきり空気を通して立ち上がってくる。ものすごいスピードの中でも 音に一点の曇りもない 明快な音。

オペラハウスの空気を凍らせて断ち割るようなフォルテシモ、 そして、胸が締め付けられるようなピアニシモの対照の美しさ。音のひとつひとつが 宝石のように輝いている。
となりに座っていたオージーの青年が ピアノが強音を奏でている時は 身を乗り出して 弱音になると胸をかきむしって音に没頭していた。わかる。 同感だ。
ピアニシモに胸をかきむしられる思い、、、本当に このピアニストは何という表現力を持って居るのだろう。この人は10本の指で 人間の情感の全ての喜怒哀楽を表現する力を持っている。こういうひとを天才をいうのだろう。ピアノが弾けるということと、ピアノで弾いてみせるということが全然ちがうということが しみじみとわかる。

彼のリサイタルが終わり オペラハウスを出ようとすると、若い人たちが彼のCDを握りしめ、並んで彼が楽屋から出てくるところを待っていた。その列の長いこと長いこと、数百人。
エネルギーを使いきっただろうキッシンに サイン攻めは とても気の毒だと思いつつ 平日の夜なので 家路を急いだ。ピアノを勉強している若い人々に サインという宝物が欲しい気持ちはわかる。しかし、それをもらうために長く並んで待つのだったら、時間を惜しんで 真剣に鍵盤に向かい、しっかり練習しなさい と言いたくなる。

オットは 翌日起きてきて、一晩中 頭のなかでキッシンのピアノが鳴り響いていたよ、、、と言っていた。わかる。わかる。同感。いまでもわたしの頭の中で 宝石のような音が響いている。

2011年9月16日金曜日

映画 「十三人の刺客」



日本では2010年9月に公開された日本の東宝映画「十三人の刺客」、「13 ASSASSINS」を観た。
日本からは大分遅れて 今週から シドニーの大型一般映画館で公開された。日本映画が 英語字幕つきで一般映画館で公開される機会は 極めて少ない。特別の シドニー国際映画祭とか 興行成績に関係のない独立的に文化作品を上映する特殊な映画館でなら、溝口ファンとか、黒澤明ファンが オーストラリア人にも居るから 時々日本映画を見せている。
しかし、大型の興行映画館で、ハリウッド映画と並んで、日本映画を公開するのは、良くて年に1本だろう。この作品の前は ジブリの「ポニョ」だった。
監督 三池宗史(山かんむりの宗の字がPCにない)は 日本で、というよりもアメリカで一定の人気があるらしい。暴力的で残酷なフイルムを作るのが得意な人らしいが、その手の映画を観ないので よくわからない。
キャスト
明石藩主 松平ナリツグ(漢字がPCにない):稲垣吾朗
江戸幕府老中 土井大炊頭位        :平幹二朗
御目付役 島田新左衛門          :役所広司
明石藩 鬼頭半兵衛            :市村正親
御徒目付組頭 倉永左平太         :松方弘樹
島田新六郎 新左衛門の甥         :山田孝之
平山九十郎(浪人)            :伊原剛志
小倉庄次郎(平山門弟)          :窪田正孝
木賀小弥太(山の民            :伊勢谷友介

ストーリーは
江戸末期 徳川将軍の異母弟にあたる明石藩主 松平ナリツグは 天下泰平の緩みきった社会の中で退屈してやりたい放題、冷酷で無意味な殺生を繰り返す暴政を布いていた。藩主に反省を求めて明石藩江戸家老が 老中土井家の屋敷で切腹して訴えるが、将軍は無視、世間知らずなナリツグは 部下の意見を聞かずに一方的に腹を立て この家老一家を惨殺する。将軍の弟ということで 誰もナリツグの暴走を止めることが出来ない。

しかしこの暴君が老中に就任することが決まると、老中筆頭の土井大炊頭位(平幹二朗)は、このままにしておくことはできない と考えナリツグ暗殺を計画する。信頼できるのは お目付け役の島田新左衛門(役所広司)のみ。島田は ナリツグ暗殺が 将軍の為、民のために必要だと判断して 秘密裏に仲間を集め始める。太平な社会でしばらく戦がない。武士は志を失い 腰に刺した剣も役立たずだった。そんな中で島田のもとに、藩主暗殺の志を同じくする武士たちが少しずつ集結してきた。事を起こすのは 参勤交代で藩主が江戸に向かう途中が良い。11名の島田に命を預けた武士たちの激しい訓練と準備が始まった。そして、彼らは街道に仮の宿場を作って一行を待ち構えるのだった。
しかし 迎え撃つ敵の数は200人、、、。
というストーリー

この映画は 戦闘のリアリテイを表現するところに重点を置いている。後半、戦闘場面が延々を続く。切っても切っても13人対200人だから終わらない。殺しても殺しても殺しきれない。死ぬまで戦うのみだ。他の選択肢はない。すでに13人の反逆者たちの帰る場はない。藩主を襲う時点で 反逆者は 侍の身分も家も失っている。男達にとって死ぬことが目的とも言える。

画面全体が暗い。画面の芸術性 洗練されたカメラワークは はるかに「最後の忠臣蔵」が良かった。画面を見ていて紅葉した木々に下を人が歩くと秋の風が感じられ、川が流れるシーンでは水の冷たさが伝わってきた。映画では画面を通して 観客の五感に訴え疑似体験をさせることができるなら フイルム作りが「成功」したと言えるのではないか。それがこのフイルムにはない。監督は エンタテイメントとしての映画に徹底していて、筋書きで、強引に観客を引っ張っていく。

島田新左衛門は 何が何でもナリツグの首を取らなければならない。戦えば互角の鬼頭半兵衛と戦っても しょせん「現状維持派」の半兵衛と 「反逆」の新左衛門とではエネルギーの大きさが違う。従って鬼頭の首は飛ぶ。役所広治は とても良い役者だ。でも日本映画といえば 必ず役所広治が出てくる。他に俳優さんは居ないのだろうか。映画のなかで 役所広治のほうが 松方弘樹の役より格上の役だったと知って驚いた。松方弘樹のほうが はるかに時代劇では年季が入っていて 刀さばきも 立ち回りも素晴らしい。貫禄がちがう。

浪人の平山九十郎(伊原剛志)が素敵。怖い顔で 大立ち回りして、どんどん切って行く。まわりすべてを大量の敵に囲まれて絶望的な状況で 「オレの後から来い。俺が切り損ねた奴を切って進め。」と可愛い門弟の 窪田正孝に言う。二人の生き方も逝き方も潔い。

木賀小矢弥太(山の民)の伊勢谷友介の出現と12人との関わり方を見ていて彼は生き残るだろうと 思っていたが やはり生き残った。最後に二人の男を残したのは良い。山の民と 島田新左衛門の甥、新六郎が生き残る。希望が残った。
島田新六郎は 家を出てくるとき 妻に「行って来る。もし帰ってこなかったら お盆に帰ってくる。迎え火焚いて 待っていてくれ。」と言い捨てて出てきた。しかし、お盆に帰ってくることもなければ、家賃と食費を持って家に帰ってくることもない。そんな風にして 女が捨てられる時代だったのだろう。

彼は叔父、志のある武士が目的を達し藩主暗殺を成し遂げたことを見届け 全ての仲間の死を確認したあと、「侍なんかやめだ。ばかばかしい。オレはメリケンに渡って金髪の女を抱く。」と言う。これが良い。こんな男が明治維新を乗り切るのだ。鎖国と徳川幕府は すでに内部から崩壊していたのだ。

映画に美しい女が一人も出てこない。
話の途中に少しだけ登場する女達は 暗がりから出てきて 眉を落とし白粉で顔を塗りたくっていて お化けのように怖い。この監督 女嫌いではないか。それとも女に何か恨みでもあるのですか。

大型エンタテイメントの映画として成功している。日本で公開されたフイルムから結構大事な場面がカットされてて見られなかったらしい。カットされたシーンは 伊勢谷友介と岸部一徳のシーンと 稲垣吾朗が犬を食うシーンだと言われている。どうして海外版のために 余計なことをするのかわからない。カットについて監督は怒って良いはずだ。

2011年9月13日火曜日

映画 「猿の惑星 創世記 ジェネシス」




映画「猿の惑星 創世記 ジェネシス」、原題「RISE OF THE PLANET OF APE」を観た。日本公開は 10月7日だそうだ。
チャールトン ヘストン主演の「猿の惑星」シリーズは かつて大流行したが それなりに気色悪く、それなりに面白かった。1968年「猿の惑星」、1970年「続 猿の惑星」、1971年「新 猿の惑星」、1972年「猿の惑星 征服」、1973年「最後の猿の惑星」と続けて製作された。4作ともアーサー ジェイコックスの監督だ。2001年にも リチャ-ド ザナックのよって 別の「猿の惑星」が作られている。

今回イギリスの監督 ルパード ワイアットが 今が「旬」のジェームス フランコを主役にして 以前の「猿の惑星」がどうしてできたのか という創世記の話を 映画化した。今さら40年前の映画の筋に 話につなげるのは ちょっと無理がある。しかしそこを 若くて才気あふれ、笑顔が新鮮で愛くるしく 何をやっても憎めない そんなジェームス フランコが 人よりもオツムの良い猿を育ててしまったことが そもそもの「猿の惑星」ができた契機ですと言っている。まあ それでも良い。楽しい映画だ。

http://www.apeswillrise.com/
監督:ルパード ワイアット
キャスト
研究者ウィル  :ジェームス フランコ
猿 シザー   :アンデイ サーキス
父親チャールス :ジョン リスゴー

ストーリーは
サンフランシスコに住むウィルは 遺伝子工学の研究者で アルツハイマー治療薬の開発に従事している。仕事から帰ると 父親のチャーリーはアルツハイマーに侵されて認知障害を起こしている。彼は日に日に症状が悪化し、せん妄や暴力的な異常行動が出てきて 家政婦にも手が終えなくなってきた。

ウィルが開発途中のアルツハイマー治療薬は まだ動物などに試してみていないのでどんな副作用が起るのか 未知の段階だ。しかしウィルは 父親の症状がこれ以上悪化することはない と考えて自分が開発し新薬を ごまかして家にもって帰り チャーリーに注射してしまう。
ウィルは 翌日 自力で歩くことさえ ままならなかった父親が すっかり元気な様子で流暢にピアノを弾く音で目を覚ます。劇的にウィルの開発した新薬の効果が出たのだ。喜んだのは父親チャーリーだ。すっかり「治って」もとに戻れたのだから。

一方、研究所では この新薬をテストするために注射されたチンパンジーが突然暴れだし、逃亡しようとしたため銃殺される。暴れ出したチンパンジーは 妊娠していたのだった。殺された母体から 秘密裏に心優しい飼育人によって、助け出された赤ちゃんチンパンジーは ウィルのもとに引き取られることになった。ウィルとチャーリー親子は チンパンジーに シーザーという名前をつけて 自分達の子供のように可愛がって育てる。シーザーは新薬を注射された母親から生まれたから 頭脳は人間並みだ。人のように話すことは出来ないが 言葉を理解する。親子は シーザーが大きくなると ひんぱんに森に連れて行って遊ばせた。シーザーは賢い子に育っていった。

ある日、チャ-ルスが隣の家人と諍いをしているのを 家の中から見ていたシーザーは チャールスを救う為に 家から飛び出して 隣人を傷つけてしまう。その結果 シーザーは警察命令で、猿の保護施設に入所させられてしまった。保護施設では 刑務官に暴行され、他の猿達からはひどい目に合わされて、シーザーは人間不信に陥る。ウィルとチャーリーは すぐに迎えに来ると言うが もう人間は信じるに値しない。
シーザーは研究所から手に入れた 新薬を捕獲された他の猿達に散布する。その結果 何百という猿達が一夜のうちに 人並みの知能を獲得した。シーザーはリーダーとなって 猿達を率いて反乱を起こす。動物保護施設の冷酷な係員は殺され、警察と正面衝突をする大規模な反乱が起きることになった。

一方、シーサーの母親が銃殺されたとき 赤ちゃんのシーザーを救い出した飼育係は 出血性の病気に罹っていた。これは新薬による副作用で 母親チンパンジーからウィルス感染したものに違いない。飼育員がウィルに それを報告しようとしたときは すでに時遅く 飼育員はウィルスをまき散らしながら死んでいった。
ウィルは シーザーの乱暴を止めさせようと シーザーを探し回る。一緒に家に戻って 一緒に暮らそう。しかし、シーザーは 猿の群れを連れて 森に向かう。ウィルが止めるのを シーザーは聞かない。なぜなら、森こそが シザーにとっての家だったからだ。
というストーリー。

たわいないストーリーだけど 動物愛好家にとってはとても楽しい映画だ。シーザーがとても可愛い。彼が 保護施設に入れられ、最も信頼していた人に裏切られた と思ったときの表情、反乱を起こす時の表情が 人並みというか、人以上に 表情豊かで表現力がある。反乱を起こしたかった訳ではなく 反乱せずに居られなかった状況も よくわかる。終わり方も良い。

ただこの作品を1968年から1973年までに制作された映画の「創世記」として捉えるのは つじつまが合わない。SFと言うが、科学的でない。
遺伝子工学によって人並みの知能を持った猿が一挙に 現在68億人の世界総人口に迫るほど増加して地球を乗っ取るほどの力を持つことは 考えられない。地球にはそれほどの 水、食料、エネルギーがない。また猿が 高い知恵を持っても 知能は教育によってしか 継続的に伸びることはできない。人を征服するためには、人以上の継続的 高等教育機関がなければならないのだ。また、猿の寿命を人並みに どうやって伸ばすことが出来るのか。遺伝子操作でそれができるとは 考えられない。

わたしはこの映画は うまく収まって シーザーがウィルとチャーリーから自立するところで きれいに話しが終わるが、実は 未来は明るくない と考える。猿達は出血性のウィルスに感染している。この猿達は 長くは生きられない。おまけに猿達は このウイルスをサンフランシスコ中に撒き散らしたのだ。人の未来もまた 明るくないのだ。

そんな映画だけれども、もともと「サルの惑星」は 皮肉な筋書きの大昔のSFだ。作者のフランス人 ピエール ブールは 自分が戦争中 フランス領インドシナで 日本軍の捕虜になったときの 経験から「サルの惑星」の発想を得たという。
しかし、あまり、深く考えないで 画面を楽しめば それで良いのだ。そうそれで良いのだ。

2011年9月11日日曜日

NYメトロポリタンオペラ 「トスカ」



ニューヨーク メトロポリタン オペラ公演「トスカ」プッチーニ作曲、3幕4時間を 映画館でハイデフィニションフイルムで見た。

実物のオペラ「トスカ」は 去年 オペラオーストラリア公演を、下の娘と観た。上の娘は この「トスカ」を本場イタリア ローマのカラカラ遺跡の野外オペラ会場で観てきたところだ。真夏なのに、夜になると遺跡のあたりに風が出て、寒くて寒くて途中からは ガタガタ震えながら観ていた と言う。

指揮:ジョセフ コラネリ
キャスト
トスカ   :カリタ マテイラ
カラバドッシ:マルセロ アルヴァレス
スカルピア :ジョージ ガグニッゼ

ストーリーは
1800年 ローマ。聖アンドレア デラ ヴァレ教会で画家、カラバドッシがマリア像を描いている。そこに ナポレオン支持派の反政府活動家アンジェロデイが 監獄から脱獄してくる。カラバドッジは 親友の出現に驚きながらも 自分もナポレオン支持に傾いているので、親友を匿い 無事に逃亡させる決意をする。脱出計画を立てている最中に 女優で恋人のトスカが カラバドッジに会いにくる。あわてる恋人のただならぬ様子に、嫉妬深いトスカは 彼が浮気をしていたのではないかと疑って責め寄る。

そんなトスカを 心から愛している気持ちを誠実に伝えて なんとかなだめて、カラバドッジは 親友を別荘に案内して匿う。
しかしその間に 警視総監スカルピアが 脱走犯を追って教会にやってくる。トスカもカラバドッジの態度に腑に落ちない気持ちで 教会にまた戻ってきて、スカルピアと顔を合わせる。スカルピアは早くも カラバドッジが アンジェロッテイの逃亡に関わっていることを悟り トスカの嫉妬心を利用してカラバドッジを問い詰めれば 脱獄犯を再逮捕できるし、ついでに片思いしていたトスカも思いどうりに出来る と考える。

カラバドッジは逮捕され、拷問を受ける。それに耐えられずトスカは スカルピアに、自分の体と引き換えに 逮捕されたカラバドッジの命を救う約束をさせる。しかしスカルピアの腕が、トスカに伸びた瞬間、誇り高いトスカは思わずスカルピアを刺し殺してしまう。
死刑場に引き立てられたカラバドッジに トスカが駆け寄る。スカルピアとの約束で、銃殺刑に使われる銃には空砲が入っているだけ、死んだふりをして、役人達が立ち去った後、二人で逃げましょう、と、愛し合う恋人達は歌い合う。

しかし空砲のはずの銃には スカルピアの思惑通りに実弾が入っていた。
目の前で恋人を銃殺されたトスカは 聖アンジェロの城の頂上に登り 身を投げて恋人のあとを追う。
というおはなし。

今回観たフイルムでは イタリア人ジョセフ コラネリが指揮をし、ソプラノをフィンランド人のカリタ マテイラが歌い、テノールをアルゼンチン人のマルセロ アルヴァレス、そしてバリトンをジョージア人のジョージ ガグニッゼが歌った。それをシドニーで観て 日本語で報告を書いている。
アメリカ大陸、ヨーロッパ、南米、ロシア、そしてオーストラリアと、全大陸をひとつのオペラが駆け巡っている訳だ。トスカというオペラ中のオペラ、オペラの代表のような この作品がいかに時代を超え、国境を越えて愛されているかが、わかる。

ソプラノのカリタ マテイラは緑色の目をしているそうだが、トスカを演じるために茶色のコンタクトレンズを入れて、実にパワフルな声で歌った。愛する男の命を助けるために 自分の体を警視総監に差し出すが、嫌な男に身をゆだねることに耐えられなくなって 刺し殺してしまい 最後には逮捕され裁かれるよりは死を選ぶ強い女だ。可愛らしくて転がるような美しいソプラノではなく、力強い 自立した女の しっかりした声でなければならない。彼女、重い1800年代の衣装姿で、よく歌っていたが、やはり年齢は隠せない。40後半から50代ではないだろうか。体が固い。この役をあと何年も 繰り返して演じるには無理がある。

その点、テノールのマルセロ アルヴァレスは 若い。パワフルなのに 限りなく柔らかく伸びる美しい声だ。最後には 彼が登場すると客席では総立ちになって拍手していた。その拍手の長いこと 長いこと 本当に長いことスタンデイングオべーションが続いた。本当にきれいな声だ。今後も他のオペラで 彼を見ることもできることだろう。人気者になるに違いない。

しかし この公演の一番の華は なんと言ってもスカルピアだ。ものすごく悪い奴。腹黒く 表は冷酷無情 裏では色欲物欲に目のくらんだ 俗物中の俗物。最低の最低の最低の奴。卑怯でムシズの走る男。こんな奴に触られでもしたら、思わずヒステリーを起こして殺してしまいそう、、、本当に こんな男を絵に描いたような男をバリトン歌手が 歌って演じた。もとソ連いまはジョージア出身のジョージ ガグニッゼだ。太ってギョロギョロ目で二重顎 本当に憎憎しい。彼がブランデーグラスを片手に、金で買った3人の娼婦たちと戯れながら 歌う。これがみごとだ。みごとに いやらしい。
娼婦達は 薄く透けて見えるガウンに 身に着けているのはGストリングだけ。おしりも乳房も出しっぱなしで 「え、、これオペラだったかな」と心配するほど妖艶に これでもかこれでもか とばかり挑発的で扇情的なポーズを取る。日本公演でも これをやるだろうか。ちょっと心配。
ともかく 今回の悪役スカルピアは 大成功。「トスカ」は ヴィデオでも舞台でも何度も観ているが、これほどピカイチのスカルピアを他に見たことがない。バリトンの太ぶとしい音までもが 憎憎しく聴こえる。ものすごく上手だ。これほど悪役を演じることができる人の才能に拍手。

メトロポリタンオペラの公演をネットで見ていたら、ソプラノだけを替えて、彼らがテノールとバリトンのコンビで 「トスカ」を何度も演じていることがわかった。絶妙のコンビ、ということだろう。マルセロ アルヴァスと、ジョージ ガグニッゼ、ちょっと忘れられない 良い歌手たちだ。

衣装の豪華さ。舞台の洗練されたセンス。優秀な歌手たち。メトロポリタンオペラの贅沢さに、身を浸して 満ち足りた日曜の午後を過ごした。

2011年9月10日土曜日

第7回 ラグビーワールドカップが始まった




第7回 ラグビーワールドカップが始まった。
マオリの武闘ダンスなど、ど派手な開会式のショーのあと、第一試合 ニュージーランド対トンガ戦が行われ、予想どうり41対10で、オールブラックスが圧勝した。トンガの選手達の立派な体格、体重130キロの選手が弾丸のように走る。素晴らしく力強い試合だった。激しい格闘技なのに、ペナルテイがわずか という紳士的な良い試合だった。
試合前日 トンガチームがニュージーランドの空港に着いたとき ニュージーランドに住むトンガの人々6000人が出迎えた という。

世界中から 10万人のラグビーファンが ニュージーランドに集まってきている。開催国のニュージーランド オールブラックスは 何が何でも優勝しなければならないから 今 ものすごい嵐のようなプレッシャーの中に居ることだろう。もちろん、オーストラリアのワラビーズも 優勝候補だ。でもワラビーズは もうワールドカップで 2回優勝しているので、今回は ラグビーで世界最強のエリスカップをオールブラックスに もっていってもらいたい。

出場20カ国は 5カ国ずつ4つのグループに分かれて 総当たり戦を戦い それぞれのグループ上位2カ国が、決勝トーナメントに出て 世界最強国が選ばれる。

日本は この4年に一度開催されるワールドカップに 第一回戦1987年から連続参加している。日本チームのいるAグループには オールブラックスが居り、他にフランス、トンガ、カナダがいる。
ワラビーズの居るCグループは アイルランド、イタリア、ロシア、アメリカの5カ国だ。

1987年の第一回ワールドカップは オーストラリア、ニュージーランド共同で開催され、オールブラックスが優勝、第二回は イングランドで行われ ワラビーズが優勝、第3回は南アフリカ開催で、南アフリカが優勝した。この ネルソン マンデラのスピーチで始まった感動的なワールドカップは、クリント イーストウッドの監督した映画「インビクタス」で描かれた。第4回は ウェールスで開催され、再びワラビーズが勝ち進み、第5回はオーストラリアで開催されて、イングランドが勝ち、前回はフランスで開催されて、南アフリカが優勝した。

観戦できるスポーツのなかで 何が一番好きかと問われて、躊躇なく「それはラグビー」と 答えることが出来る。その点だけが 吉永小百合と共通している。、、、? 
父がラグビーを好きだった。
毎年 正月に行われる6大学戦で最後に残った優勝戦が 早慶戦になることが恒例だった頃 子供時代を過ごした。父はラグビー部の顧問教授の中に名前だけ連ねていた時期もあったから 直接観戦できる席が用意されていたのに、いつも家で子供達と一緒に観戦していた。子供心に 真冬の凍った土を蹴散らしながら 肉体と肉体がぶつかりあう激しいスポーツに、他の野球などにはない醍醐味をみて惹かれていた。

死んだ夫もラグビーファンだった。子供が出来るまでは、正月は二人で厚着をして よく球場に観に行った。昔のデモ仲間のあいだで ラグビーチームがあることを聞いて 頼み込んで夫をチームに入れてもらった。シャツもスパイクつきの靴も買い揃えて 嬉しそうに走っていた。背ばかり高くて 筋肉のついていない体に スクラムは全然似合わなかったが 全体のチームの動きを的確に見ていて よくボールを取ってパスしていた。徹夜続きの忙しい仕事の合間に、よく続けたと思う。履き潰すほどには 活躍しなかったスパイクシューズを 沖縄転勤、レイテ島転勤と、赴任先が変わるごとに 大事に持ち歩いていた。もっと若い頃は 熊谷組に居て 野球の選手だったので、野球のユニフォームや帽子やシューズも大きな箱に入れて大事にしていた。

二人の娘とニュージーランドに滞在していたとき、「ラグビーやらない奴は男じゃない。」と、水道工事のオッサンから 哲学者で もの静かな教授までが 真顔で言うのを何度も聞いた。
ラグビーは自分の力でボールを抱えてゴールを突破しなければならない。足で蹴ったボールがネットに入るか 偶然性の高いサッカーと異なる。強い立ち塞がる相手チームの壁を実力で崩し 前進しなければ何も始まらない。加えて気が遠くなるほど広いフィールドを 80分という 長い試合時間を走り続ける。頼みは スクラムの強さと逃げ切る足の速さだ。
オールブラックスには 体重が100キロ以上あるのに、100メートルを10秒で走る選手が何人も居る。オールブラックスは 国の誇りでもあるのだ。

オーストラリアに16年住んでいて ワラビーズの活躍ぶりにも目を奪われる。単純に体が大きくて 水牛のように強ければ良いのではない。今年まで 日本のサントリーサンゴリアスで活躍していた ジョージ グレーガンの小柄だが的確に見方にパスを出す頭の良さ 機敏性、走りこむ速さは驚異的だ。彼の動きを見ていると いかに総合的な力がラグビーにとって大切かが わかる。
オールブラックスやワラビーズの激しい格闘技としてのラグビーを見慣れた目で 改めて日本の試合を見ると、体が華奢で、スピードが遅く 試合後半になるとダレてくることが とても気になる。お決まりのように、テレビ解説者とスポーツアナウンサーが、後半戦になると、「選手たちが疲れてきました。」と繰り返す。80分間 走り続けられないなら ラグビーなんかやるなよ と言いたくなる。国際試合を本当に勝ち抜きたかったら、大量の肉だけ集中して食べて体作りをすることも必要ではないのか。
ワールドカップには、「後半戦です。選手は疲れてきました。」も、「倒れています。魔法の水を持ってきました。」などもない。2試合続けてできるくらいの体力のある選手達の立ち塞がる厚い壁を破り、前に進まないとトライを決められない。

今日は 日本対フランス。
第一回大会から招待を受け 毎回出場しているとても名誉な日本チーム。アジア最強チームの全日本ラグビー。 勇気をもって ぶつかっていってもらいたい。

2011年8月23日火曜日

もってかえる


父が亡くなっても家のある人たちは みな帰っていく。通夜の後も 葬式のあとも。わたしには帰る場がないから 父が前住んでいたホームに一人もどる。そして父のにおいのする部屋で、父のベッドに横になり 父のにおいの残る枕で眠る。

でもそれも もう最後。私もわたしの巣にもどる。外国という名のとらえどころのない海の果てに。そんな頼りのないところに 自分の作った小さな場所を わたしなりに守らなければならないから。

父と母が 共に息をして暮らした場にあった 薔薇の油絵を持っていく。
父が最後の日まで手元に置いていた 湯のみと茶筒をもっていく。
父が晩酌でウイスキーを飲む時 母がお相手にワインを飲んだウェッジウッドのワイングラスを持っていく。
父が物を書いていた机の上にあった 一輪挿しを持っていく。
箪笥の奥にあって 恐らく父は 一度も身に着けなかったカフスボタンを持っていく。
父が入院先でヒゲを剃っていた電気剃刀を持っていく。粉のような父の剃ったヒゲごと。
書斎に飾ってあった 娘が色鉛筆で描いた父の肖像画を持っていく。
父の大好物で いつか食べようと取ってあったカニ缶を持っていく。
父の枕元にあった 本20冊ほど持っていく。
父が 散歩のとき被っていたソフト帽を被っていく。
父の枕もとにあった懐中時計を持っていく。
父が履いていたソックスを履いていく。
箪笥に入っていた 父の匂いの残るハンカチを6枚ほどもっていく。
父が書いたペンでこれを書いている。
父の匂いのするものを、何もかも持ってかえりたい。
父が吸っていた空気を持って帰りたい。
何もかも持って帰りたい。
他の誰にも渡したくない。
それができなくて、哀しい。

父 書く人 


8月13日
父の血圧が100前後、脈120くらい、呼吸数25、末梢血流酸素68%-75%を前後し、一方血糖値が高栄養輸液のために330と急上昇する。昼間は」普段どうり呼吸が苦しいが」話しかければ返事をし、お父さんおはよう、と言うと「おお」と返事をする。義姉が 「お父さん明日また来ますから」と言うと しっかり握手をする。

それなのに それは突然やってきた。
午後5時。幻視 幻覚がはじまる。父は兄、姉夫婦に囲まれながら私たちと視線が合わなくなった。父は天井を見ている。私たちに見えない何者かを見て、「おお」とか、「ほほー」とか言って、嬉しそうにしている。突然肩をすくめて笑い声をあげる。私の右手を 痛いほど強く握りしめるので、しばらくして手をはずすと、その手を布団から出して、空中で何かを書く様子を見せる。あわてて 父の手にペンを持たせると しっかり握りノートに何かを書こうとする。

父は昔から筆を持つと 美しい字を書いたが、ペンを持つと実に歯切れの良い 起承転結のある 格調高い文章を書いた。大学で教えていた間、学術書を書いたが 定年退職後は趣味で 随筆集をいくつも出した。書くことが趣味で 仕事で、道楽でもあった。そんな父が死の最期までやりたかったことは やはり書くことだった。

幻覚の世界で父はペンを握り 誰かと話し合い、笑い合い、そして書き続けた。父の持つペンに 紙をあてると字にならない字を書き続けた。
「お父さん お母さんとお話しているの」と聞くと、いいやとはっきり首を横に振る。「お父さん 疲れるから眠ってください」と言っても、首を横にふる。
幻覚のなかで、朝まで父は休まず ずっと誰かたちと話をしながら何かを書いていた。

8月14日
とうとう父は一睡もせずに 昨夜5時から朝まで ずっと目を大きく開き、右手にペンを持ち 何かを書いていた。ときどき笑いながら、楽しそうに。

呼吸が 下顎呼吸に変わったので、ホームで眠っている兄と姉夫婦を呼ぶ。かけつけたみんなの前で 父は30分かけて ゆっくりゆっくり呼吸数を落とし、そして呼吸を止めた。
父のみごとな死を私たちは 黙って見つめていた。

大内義一 99歳。
午前7時 永眠。
ペンを握りながら 力尽きて逝く。

優しくなった父


8月12日
「土建屋に箪笥を持たせるな」という言葉がある。土木建築設計技師だった夫は 地下鉄、道路、橋、公園などのプロジェクトが始まると 最初から関わり現場を指揮し、完成するころには もうそこからは離れて別の仕事にとりかかっていた。一箇所に長く留まっていることはない。文字通り、家族を連れて 家から家へ引越しの連続で 立派な箪笥など買う余裕がなかった。

沖縄に3年、レイテ島に2年、マニラに7年、そして 夫を失ってからは オーストラリアに移って15年。随分長いこと外国暮らしをしてきたが 二人の娘をつれて 年に一度正月に帰国するのが楽しみだった。2週間ほど、父のところに 滞在する。着けば、父はさっそく二人の孫に お小使いを渡し、私たちが嬉々としてデパートに買い物に行くのを見送ってくれた。ロクに本など買わず 服や装身具ばかり、買ってきては 広げて父に見せる私たちの姿に「おお すごいの買ってきたな」「うん とても似合う服だよ。」と、大げさに一緒になって喜んでくれた。教壇に立っていたころの俗物嫌いの父からは想像できない変化だった。

庭で たくさんの花を育て、池の金魚の世話をしていた父が 突然家を売り、原書や貴重本など すべての本を 淡路の図書館に寄付したり処分して母と二人きり身軽になって有料老人ホームに入居したときは みながびっくりした。父としては 子供たちが巣立ち 孫も大きくなって 老夫婦二人になったので、いつまでも母に買い物や食事の支度をさせず 楽をさせようと思ってのことだった。と思うが、母はホームに入って 翌年亡くなった。一人きりになった父のために 子供達もお弟子さん達も 頻繁に訪ねたが、13年間、一人きりで暮らした父の日々は辛かった と思う。

エックスレイ写真を見ると右肺の全域が 炎症で完全につぶれているのに 父は 右側にいる私のために 体ごと顔を右に向けて眠っている。抹消血管の酸素血流量は 80%前後。痰がつまるとすぐに60%くらいに落ちる。気が気ではない。
夜11時、呼吸の状態が良くないので 兄と姉に電話をする。たいしたことではないのかもしれないけれど、、、と言ってどもる私に それで良いと兄が言ってくれる。兄は練馬から車で飛ばして、1持間で到着。姉は父のホームから ただちに来る。皆が到着してみると 父の呼吸は安定していた。
深夜になって、兄姉はホームに引き上げる。

写真は娘が描いた父

父をひとりじめ


8月11日
3時間ほど父のそばを離れる。そんなときほど 何かあるのではないか、いやな予感に脅えながら 父のホームに向かう。
帰国して、成田から病院に直行したので 父が住んでいたホームから 自分の着替えや 読むものを持ってきたい。病室に父を残して 病院発の船橋法典行きのバスに乗る。イトーヨーカ堂で買い物をしてホームに着いたとたんに 父の急変の連絡が入る、逸る気持ちでタクシーに飛び乗って病院にもどる。

モニターをつけているが、血中酸素量が下降したので、婦長が家族全員を呼んだ。見たところ 呼吸状態も意識状態も2日前と変わらない。
しかし肺のエックスレイ写真を 2日前のものと比べて見ると歴然たる違い。肺葉のすべてに白い影が広がっており、ほんのわずかの隙間しか 残っていない。医師に改めて「危篤状態です」と言われる。

呼びかければ父は返事をし、笑顔を見せ、強く手を握りかえしてくれる。兄夫婦は夕方帰宅するが、姉夫婦は病院近くの父のホームに泊まることにする。
父の横で眠るようになって3晩目。食事は兄や姉が来る途中、コンビにで買ってきてくれるおにぎりや果物など。それが食べきれず たまっていく。

昼間は良いが、夜間、痰がたくさん出て 吸引してもらわなければ窒息してしまうので、夜が父にとって とても辛い。鎮痛剤を入れてもらって 父の眠りが少しだけ深くなり 多少心が休まる。
父と同じ呼吸をする。父が吸い。父が吐く空気を 吸って吐く。父の匂いのする枕に ほほをつけて、まどろむ。強く厳しかった父が こうして年をとり、弱くなって優しくなる。 そんな「お父さんをひとりじめ」

ブラックシープ


8月10日
一晩中 父の手を握りながら 横で眠り父と娘の濃密な時間をすごす。呼吸を通して 肺に炎症が広がっていることがわかる。主治医が現状を説明する。子供たちが知らないうちに 父は尊厳死協会に登録していて、延命治療拒否を明確にしていた。すべての決定は 常に父。家族は従うもの。これが 明治生まれの人の生き方だった。

一人息子の兄は偉大な父という 大きな壁を前にして、大変だったと思う。父の書き散らしたものをまとめ、手を入れ、編集し、学会の発表も秘書のように後ろで支えた。多数の著作も、業績も兄が後ろで支えて できたものだ。私には それらがどんな価値をもったものなのか、全くわからない。

どの家族にも ブラックシープと呼ばれるような 異端児が居るものだ。
私が完全に子供のときから できの悪い へそ曲がりの変わり者 ブラックシープだった。いまは日本を捨てて26年間 外国暮らし。そんな娘にも父は常に変わらぬ愛情を注いでくれた。そんな父と、だまって父を支えてきた兄と姉と義姉に申し訳ないと思いつつ、父の手を握りながら 二人だけの夜を過ごす。
主治医に中心静脈栄養カテーテルを挿入すると言われ、それが父の延命治療拒否の意思に反するのではないか と迷いつつも、静脈が確保できなくなったので同意せざるを得ない。

痛み止めの処方を、という申し出に「どこが痛いのですか」と問う医師に、腹をたてる。寝たきり、寝返りもできなくなった肺炎患者に 痛みが全くないと、確信するような医師の想像力の欠如を 嘆かずにいられない。

チチキトク


8月8日
父親が、肺炎で食べ物も飲物も飲み込めなくなって入院した という知らせを受け、カンタス 夜の便でシドニーから成田へ。空港から直接 船橋を経由して市川大野中央病院へ、父のもとに直行する。

ベッドで 父は苦しそうな息をしていたが、「章子がきました。」と言うと、「オオッ」と 嬉しそうに答える。つやのある顔、長年 教壇に立った人のハリのある声。私の手を握る力強さ。

日本を後にして26年、母を亡くして13年。もう この人を失ったら 私は外国でただ一人 みなし児になってしまう。もう 日本という根を失なってしまう。そう思って 悲しみが こみあがってくる。父の呼吸する姿を見ていて 回復すると思えない。残された時間が貴重で 一刻も父のそばを離れたくない。
病院のベッド横に簡易ベッドを置いてもらい、横になる。繰り返し、繰り返し吸引される痰。吸引と検温のために ナースが来る以外、病院の静寂な時間を、父と娘の濃密な時間が流れる。しっかり父の手を握ったまま眠る。

父は子供たちを甘えさせなかった。大学に入ったころ、議論をしていて 
激して私が「あなたの考えは、、」と言ったら、「あなたじゃない。父上と言え」と 怒鳴られた。そのころ父は 早稲田政経学部の教務主任として 大口明彦全学連委員長に退学を言い渡していた。父としては苦しい判断だったろうが。立場上やむを得なかった。しかし、下駄を履き 学生服で登校してくる その人の姿に、同じように貧しく 学生服、学帽で同じ校舎で学んだ自分の姿を重ねて、深い愛情を感じていた。そう思う。数年後、あの人は京大で法学を学んでいる と報告したときの嬉しそうな顔。後に弁護士として成功されたことを知ったときの父の喜びは 自分の弟子たちが巣立った時よりも大きかった と思う。

家には いつも学生 または元学生がいた。母はみなに食べさせるのが大変だったと思う。ほとんど毎週のように訪ねてくる安田学園の卒業生や 早稲田のお弟子さんたちは、家族の一員のようだった。それらのお弟子さんたちは、卒業で父の世話になり、就職で父の手を煩わせ、結婚で父を悩ませ、子供が生まれると父を喜ばせた。媒酌人になって母と出かけることが多かった。どれだけの人の入学と卒業を助け、どれだけの就職の面倒を見、どれほどの結婚に立ち会ったか、数え切れない。

56年間 早稲田の教壇に立ち、名誉教授になって退職した。限りなく学生たちから慕われた。
しかし娘にとっては「父上様」であり、普通の人のように お父ちゃんというような言い回しで甘えることはできなかった。お弟子さん達と同じように、一定の距離をおいていた。お願いがあると 正座して 説明しなければならなかった。明治気質の父にならい 母も若いときは子供たちに甘えを許さない厳しい人だった。子供を中心にしている よその家庭や、友達のような両親が うらやましい時期もあった。権威と威厳の双璧のような親を憎み、反発する時期は 途方もなく長かった。父も苦しかっただろう。申し訳なかったと思う。

父は苦しい呼吸を続ける。
それでも、昔話をする私に 父は笑顔を見せる。聞けば「ウン」とか「ホホウ」とか 返事をする。「兄さんが帰ってきた私にお小使いをくれました。」「お姉さんが自分で焼いたパンを持ってきてくれました。」と言うと、顔をくずして一緒に喜んでくれる。高校野球を 少しの間見ていたので、そのままにしておくと 突然テレビを指して「それ、やめてくれないか。」と。そういえば テレビも映画も音楽も嫌いな人だった。部屋が暗くなってもカーテンを閉めずにいたら、「そこを閉めなさい。」長かった父の一人暮らしぶりが垣間見られて 悲しい。

2011年7月30日土曜日

オペラ オーストラリア公演 「二十日鼠と人間」




オペラ オーストラリアが、新作「二十日鼠と人間」を発表したので 観てきた。1973年に出版された ノーベル賞作家、ジョン スタインベックの同名の小説を オペラにしたもの。
http://blog.opera-australia.org.au/search/label/Of%20Mice%20and%20Men

世界恐慌の吹き荒れるアメリカ カルフォル二アを舞台に、農場を仕事を求めて移動する二人の出稼ぎ労働者の物語。悲劇的な結末には 涙なしに読了することができない。素晴らしい作品だ。

ジョン スタインベックは 「エデンの東」で、聖書に出てくるカインとアベルをテーマに 強い父親と二人の兄弟の確執と葛藤を描いた。映画化されて、それを若くて事故死したジェームス デイーンが主演したことで 永遠の名作映画となった。
また、「怒りの葡萄」では スタインベック自身が季節労働者として働いていた経験をもとに、土地を持たない労働者とその家族の惨状を描いて 骨太の社会派の作家として高く評価された。これも映画化されて、ヘンリー フォンダが主演している。

「二十日鼠と人間」も、1992年に映画化された。監督、演出、主演 ともに、ゲイリー シニーズ。彼は もともと舞台演出家で、この作品を舞台で成功させたあと、映画化している。自分のシアターカンパニーを設立して活動していたが、その仲間に ジョン マルコビッチがいる。
ゲイリー シニーズは 「アポロ13号」や他に沢山の映画に出演していて「プレジデント トルーマン」では主役の存在感のある男を立派に演じた。

しかし この映画「二十日鼠と人間」は 何と言ってもジョン マルコビッチの存在なしに語れない。この 1953年生まれの個性の塊のような男。只者ではない目つき顔つきで 実に個性的な話し方をする。気弱な卑怯者の男の役から、極悪人まで独特のテイストで演じるマルコビッチは、本物の役者だ。この映画で主役のレニーを演じて それが素晴らしかった。
長身、巨大な図体で精神薄弱、知恵遅れのある男 レニーは 柔らかいものを撫でるのが好き。二十日鼠をペットにしていて、柔らかい毛を撫でているうちに 力余って殺してしまう。死んでしまった鼠を ポケットに入れて大事にしている。どうして生き物がそんなに簡単に死んでしまうのか、彼には理解できない。そんなレニーの役を原作以上に上手に演じていた。
マルコビッチは 1999年「マルコビッチの穴」、2003年「ジョニーイングリッシュ」、2008年「バーンアフター リーデイング」、「チェンジリング」、2010年「レッド」などに出演、臆病でサイコパスな男とか 極悪の知能犯など、極端な性格の男を彼ほど迫力もって表現できる役者を他に知らない。

スタインベックの原作が 人間としての魂を揺さぶられるような素晴らしい上に、その作品を、二人の舞台出身の巧みな表現力を持った役者が演じたのだから、最高の映画が出来ないわけがない。好きな映画がいくつもあるが、この映画はそのうちのひとつ。本当に忘れがたい作品だった。

ストーリーは
1939年代、経済恐慌が吹き荒れるカルフォルニアで 出稼ぎ労働者のジョージとレニーは仕事を求めて農場を渡り歩いている。ふたりは一箇所に落ち着いて仕事を続ける事が出来ない。知恵の遅れたレニーが いつも何か揉め事を起こすからだ。その尻拭いをするのがジョージ。レニーに腹を立てながらも レニーの面倒を見るように 叔母クララから 頼まれて引き受けてしまったジョージには、レニーを捨てていくことができない。
ジョニーはいつか自分の牧場を買う夢を見ていた。レニーと力をあわせて農場を買い、動物を飼う。その夢の話をすると、レニーは手をたたいて 嬉しがり、自分の兎持つ夢に 夢中になってしまう。

二人は新しい農場にやってきた。農場主カーリーには 新婚2ヶ月になる妻が居る。若くて美しい女だが、女優になるために実家を出たので、結婚生活に満足できずにいる。多忙で自分に構ってくれない夫よりも、農場で働く男達を相手に 自分の魅力を振りまいたり、からかったりして退屈を紛らわしている。
ある日、レニーが もらった子犬を可愛がっているうちに 例によって 二十日鼠のように誤って殺してしまった。死んだ子犬を見つけられると ジョージに叱られると思って、納屋に隠そうとしているところを カーリーの妻に見つかってしまう。あわてるレニーの姿を面白がって からかって大声を出す妻に 動転したレニーは 彼女の口をふさぐつもりで、力余って殺してしまう。

納屋で妻の死体が見つかった。カーリーは農夫達を集めて銃で武装して 山狩りを始める。レニーは逃げながら ジョージに助けを求める。ジョージは レニーを連れて逃げ切ることが出来ないことを悟って、レニーに 自分達が買う農場の話をして落ち着かせ、幸せそうに自分の兎を飼う夢をみて夢中になっているレニーの後ろから銃の引き金を引く。
というお話。

オペラオーストラリア 3幕
監督:ブルース ベルフォード
作曲:カーリスル フロイド
キャスト
レニー :アンソニーデーン グリフィー
ジョージ:ハリー ブライアン
カーリー:ブラドリー ダーレー
妻   :ジャクリーヌ マバルデイ

監督も作曲家もレニー役でテノールを歌った歌手も みんなアメリカ人だ。監督 ブルース ベルフォードは 去年やはりオペラオーストラリアで「欲望という名の電車」を オペラに仕立てて監督した。映画監督でもあるそうだ。

レニー役のテノールも、ジョージ役のバリトンも よく伸びる美しい声をしていた。カーリーの妻も ほど良いソプラノ。
しかし、何という曲だろう。
2時間余りのオペラの間 ひとつとしてメロデイーのある曲がない。旋律も現代音楽で、とても人が歌うような旋律に なっていない。高音低音入り乱れて、1オクターブ以上の高音のすぐ次に低音になったりして、歌う方は とても大変そう。また、せりふがとても多い。芝居の合間にとってつけたように曲が挿入されていて、不自然きわまる。
2幕の最初は、幕を下ろしてフイルムを写して、武装した男達がレニーとジョージを追って山狩りしている。映画を観に来たんじゃない。
このオペラは完全に失敗だ。

むかし 失敗作のミュージカル映画がこんな感じだった。登場人物が話をしていると、突然一人の顔つきが変わって 急に歌を歌いう出す。気でもふれたんじゃないか と思って観ていると それがミュージカルだという。ストーリーの流れと歌とが うまく編集されていないから、奇妙なことになる。このオペラも、ストーリーと歌とが ちぐはぐで 舞台がしっくり進行しない。
たまには現代音楽も良いかもしれないが 不協和音の連続に、耳が疲れる。どうして オペラが終わったあと、歌の一節でも皆が口ずさみながら 気分よく帰宅できるようなメロディーのある曲が 一つもないのか。単純で美しく思わず歌いたくなるような曲が どうして作れないのか。こんなオペラに拍手して 足をふみならして居る人の気が知れない。悲劇の結末に、後ろの女性達は声を出して泣いていたが 何故でしょう。現代音楽に全く理解がないわけではない。でも、2時間余り ハーモニーのない音の連続を聞かされて、とってつけたようなせりふのお芝居と、映画フイルムを見せられて、ときどき歌が入るようなオペラを見せられたのではたまらない。オペラハウスの前から9列目の中央。180ドルの席。無駄をした。
原作が素晴らしく、映画が上出来だったが、このオペラは失敗作。
拍手もせず、舞台でまだ歌手達がお辞儀を終えないうちに、席をたって帰ってきた。

2011年7月28日木曜日

映画 「最後の忠臣蔵」


ワーナーブラザーズ製作の日本映画 「最後の忠臣蔵」を観た。
劇場の大画面で観たかったが、シドニーでは望めない。うちの大画面ソニーブラビアで 我慢我慢。

監督:杉山成道
原作:池宮彰一郎
キャスト
瀬野孫左衛門:役所広司
寺坂吉之門 :佐藤浩市
可音    :桜庭ななみ

ストーリーは
大石内蔵助は、47士とともに 吉良幸上野介を討ち入りする前日、腹心の瀬野孫左衛門をそばに呼んで、実は自分には可留という女中との間に 生まれてくる赤子がいる。このことを知っているのは 当人と孫左衛門だけだ。討ち入りの後、大石家の血を引くものは ことごとく罰せられるに違いない。しかし、病弱な可留から生まれてくる赤子まで制裁されるのは、忍びない。事態が収まり、赤子が成長するまで世話をしてもらいたい。と頼み込む。
3代 大石家に家老として仕え、他の誰よりも 大石家に忠誠をつくしてきた孫左衛門にとって 討ち入りの戦線から退くことに断腸の思いだったが、主君の命令を自分の命にかえて完遂すると、約束して、彼は刀を捨て、苗字を捨てて、人里はなれた隠れ家で 赤子を引き取って育てる。

大石内蔵助の娘、可音は 自分の素性を知らぬまま成長し、孫左衛門から行儀作法、読み書きを習い、技舞だったゆうから、琴などの芸事を習いながら、武士の娘としての自覚を持った女性として立派に育っていく。
孫左衛門は骨董品の売買で、生計を立てていたが、天下一裕福、といわれる豪商 茶屋四郎次郎のところに出居りするようになる。
ある日、茶屋四郎次郎の息子の若旦那が、人形芝居を見にきていた可音を見て、一目惚れする。品格があるが、どこの誰ともわからない。困った主人は 孫左衛門に この女性が どこの姫君なのかを調べて欲しいと、頼み込む。茶屋の若旦那と可音との縁談は、孫左衛門にとって 願ってもない話だった。

一方、可音は16歳になり、胸に内では、自分を育ててくれた孫左衛門に、異性としての恋心を抱くようになる。しかし孫左衛門にとっては、可音は文字通り赤子のときから渾身こめて 自分の命より大切な主君のために育ててきた娘だ。美しく成長し、自分を慕ってくれる可音を手放さなければならない 心の葛藤を抱えながらも、孫左衛門は 可音に幸せをもたらすに違いない縁談を 成功させなければならない。

内蔵助の命令で、生き残り、16年の歳月をかけて、46士の討ち入りのあと 残された家族を探し出し、世話、慰問してきた寺岡吉之門の出現で、事態は変わる。可音は、自分が誰であったのかを知らされて、孫左衛門に従って、嫁ぐことを決意する。可音は別れのきわに 心をこめて孫左衛門の着物を縫い、婚姻を承諾する。孫左衛門は可音の花嫁姿を見送って、、、。
というお話。

画面が人形浄瑠璃の「曽根崎心中」で始まる。この浄瑠璃のテーマは、「かなわぬ恋」であり、行き着く先は「心中」だ。
この時代、身分ちがいの恋はご法度であり、姦通罪は張り付けの刑、死罪。厳罰を避けようとすれば、心中しか他に、道はなかった。劇中、何度も何度も 人形の「お初」と「徳兵衛」が出てくる。この映画は、孫左衛門と、可音との二人芝居であり、二人の心の葛藤を、浄瑠璃の心中物語で代弁させている。お初と徳兵衛、孫左衛門と可音を交互に出すことによって 二人の心象風景を捉え、心の中の思いを吐露させている。実にうまい。

武士は多弁を要しない。義に生きて 必要なことだけを言い、必要なことだけを行う。そんな孫左衛門の自己を律した態度が潔く 美しい。心の中の煩悶や嫉妬や親心、怒り、哀しみ 愛情さえも黙して、自分のなかだけに納める。心の奥底に秘められた思いを お初と徳兵衛がめんめんと語り続ける。
日本人の一番好きな出し物である忠臣蔵と、曽根崎心中を二つ合わせて ひとつの映画を作るなんて、監督は、実に巧みな人だ。

忠臣蔵の武士道のもつ潔さ。エゴを殺すことで成立する武士道と、エゴの塊である曽根崎心中の純愛は、対極にある。しかし、どちらも不条理なこの世の中で起きた悲劇であるだけに、永遠の悲劇として人々の心を打つ。

画面が美しい。
紅葉した木々の間を孫左衛門が 早足で歩く姿が美しい。果し合いする吉之門と孫左衛門が駆け回るススキの原野。小さな藁葺きの小屋から流れてくる琴の音。美しい青磁器。花嫁の着物の輝くほどの純白。

篠崎正浩の「心中天網島」は、国際的に高く評価されたが、同様にこの作品も 海外で評価されることだろう。ただ、説明が必要。主君にために死ぬという「名誉の切腹」は、個人主義の欧米文化では、最も理解を得ることが困難なことだからだ。

2011年7月26日火曜日

祝 カデロ エバンス 優勝



世界最大の自転車レース ツールドフランス 21日間のレースで オーストラリアのカデロ エバンスが総合優勝して イエロージャージーを獲得した。

とても嬉しい。
エバンスは、34歳、アボリジニーの土地、北部オーストラリアの小さな街で生まれ、山岳自転車レースに魅せられて、16歳のときから自転車に乗っていた。2006年から ツールドフランスに出場していたが、ドラッグスキャンダルの起きた年には オーストラリア隊が全員棄権することになって出場できず、2008年と、2010年には、優勝が予想されていたのも関わらず、落車して、腕や肩を骨折して それでも第2位で完走した。落車の原因も、報道陣の車に引っ掛けられた、という不運な事故だった。2006年には第4位、2007年と2008年は第2位。いつも運に恵まれなくて、一位になれなかった。
しかし、とうとう やってくれた。

ツールドフランスは、オリンピック サッカーワールドカップと並んで 世界3大スポーツイベントとされている。1903年に始まって 100年余りの歴史を誇る 自転車レース。
21日間、それぞれのステージのうち、平坦なステージは少なく、アップダウンのステージ、なかでは難関の山岳ステージが最も多い。ピレネーー山脈とアルプスの山々を走る。今年は 3471キロの距離を21日間かけて 走り、最後は凱旋門を潜り抜け、シャンゼリゼを通りぬけてゴールを決めた。

エバンスは とても優しい声で話しをする。
2009年、2010年の優勝者、スペインのアルベルト コンタドールや、今回の第二位になった ルクセンブルグのアンデイ シュレックのような スポーツマンの攻撃的で強い男のイメージが全然ない。静かでとても優しくて、優勝しても 自分を支えてくれたチームへの感謝を述べるばかりだ。

この人に好感をもった契機は、2008年の北京オリンピック。オリンピック前に 問題を起こしそうな少数民族は皆殺しにしてしまえ、、とばかり当局は チベットを攻撃、チベットの僧侶たちが、どれだけ治安部隊に殺害されたか わからない。ラサで、僧侶達 数百人が政府機関や国営新華社通信や商店、銀行を襲って暴動が起きた、という筋書きだった。外国メデイアが 立ち入り禁止になったので、どれだけのチベット人が犠牲になったか わからない。しかし、想像はできる。胸がつぶれるような気持ちでいたときに、このカデロ エバンスは、チベットの旗を印刷したシャツを着て ツールド フランスに出場した。
21日間、チベットの旗のあるシャツで チベットの旗の模様の靴下で走り、第2位を勝ち取ってくれた。

どんな時代であっても、自分がどんな立場であっても、自分なりに考えて、自分なりにできることをする、、ということの確かさを知らされた。
祝 カデロ エバンス ツールドフランス 優勝!!!

2011年7月23日土曜日

小野アンナ先生



小野アンナにヴァイオリンを教わった、と言うと 嘘でしょう、あんな「日本のヴァイオリニストの生みの親」に教わったなんて、、、と言われる。
ついでに 小澤征爾の指揮で 演奏したことがある、というと、「お前、誇大妄想か、いい加減にしろ。」と言われそうだけど、これも ちょっと本当。大学時代、彼は成城学園出身なので 大学にコーラスを指導に来ていた時期がある。

小野アンナは、1898年生まれ、ロシアのヴァイオリニスト。彼女がペテログラードで出合った日本人留学生 小野俊一と結婚する前の名前は アンナ デイミトリエヴィナ ボブゾワ(ANNA DMITRIEVNA BUBNNA)。父親は ロシア皇帝に仕えた官僚で、母親は貴族だった。まさに、ロシア革命が起った年、1917年に結婚して、ボルシェビキによる革命から逃れ、日本に亡命する。
長男を出産するが、息子の病死を契機に 離婚。その後、ヴァイオリン教師として生きてきた。常に自分を教育者として位置つけて、ヴァイオリニストとしての演奏活動などはせず、レコードによる録音などには応じなかった。いわば伝説のヴァイオリニスト。

教育熱心で小野アンナの音階教本など、ヴァイオリン教育の基本の教科書をいくつか出版した。それらは いまだにヴァイオリンを習う人々の 必須の基礎学習本になっている。鈴木ヴァイオリンが組織だった活動を開始する前の話だ。彼女の伝統的な 教え方が理にかなったものだったゆえ「日本のヴァイオリニストの生みの親」という名がついたのだろう。
戦前は 諏訪根自子、巌本真理を輩出、戦後は 武蔵野音楽大学で教鞭をとりながら、前橋汀子や、潮田益子、浦川宣也、石川希峰などを 世に送り出した。
その後、1958年にソビエトに帰国して、グルジアのスミフ音楽院で教鞭をとった。亡くなったのは、1979年5月。

私が小野アンナにお会いしたのは 彼女がロシアに帰国する前の数年間で、私は 5歳から8歳の間くらいだったと思う。とても、穏やかな いつも静かに笑って観て下さったという記憶しかない。
小野アンナの愛弟子に 村山信吉と村山雄二郎がいる。現在の小野アンナ記念会の副会長が、村山雄二郎。私は彼に小さな時から、ヴァイオリンを教わっていた。とても厳しい先生で、音階ばかりを延々と練習して、レッスンの最後にちょっとだけ曲を弾かせてもらう という感じのレッスンだった。

年に一度 大きな発表会があり、小野アンナの弟子の生徒達:孫弟子のコンサートがあった。彼女は 生徒達は早くから 舞台に上がって演奏の発表することで成長すると考えていたので、発表会をとても大切にしていた。だから発表会の前には 伴奏のピアニストを連れて 弟子達のクラスに順にやってきて、曲を見てくれて、一人一人に注意やアドバイスをしてくれた。
いろんなことを言われたのだと思うが 全く憶えていない。銀色の髪をきれいにまとめて、肌の美しいおばあさんだった とか、発表会のあとの写真撮影で 横に来てくださって嬉しかった とかいう、記憶だけ。最後に見てもらったのは マスネの「タイスの瞑想曲」だったと思う。

小野アンナ記念会は、いまだに現役のヴァイオリニストを中心に活動していて、年に一度オーデイションをして、若い人を育成しているようだ。記念会をゴーグルで検索していたら、ジョン レノンのおかみさんだった小野ヨーコも 小野アンナの親戚だったということを初めて知った。
嬉しかったのは、子供の頃 ずっとヴァイオリンを教わっていた先生が この会の副会長をしておられることがわかったことだ。スマートで颯爽とした人だった。時としてあこがれたり、曲で叱られ怒鳴られ脅かされて、悔しかったり、全然上達しないので切なかった思いや いろいろな感情が溢れてきた。
でも考えてみたら 今ごろはもう80歳代なんだよね。
会いたいかって???いえ、結構です。

2011年7月19日火曜日

映画 「ハリーポッター死の秘宝 パート2」



映画「ハリーポッター死の秘宝 パート2」、原題「Harry Potter and the Deathly hallows;part2」を観た。
http://www.imdb.com/title/tt0926084/

製作:デヴィッド ヘイマン
監督:デヴィッド イエッツ
原作:JK ローリング
キャスト
ハリーポッター       :ダニエル ラドリフ
ハーマイオニー グレンジャー:エマ ワトソン
ロン ウェルスレー     :ルパード グリント
ヴォルデイモート卿     :レイフ ファインズ

10年間 ハリーポッターを観て来た。今回が8番目の作品で これでストーリーが終了した。8つの作品というと、2001年の第一作 「賢者の石」、第二作「秘密の部屋」、第三作「アズカバンの囚人」、第四作「炎のゴブレット」、第五作「不死鳥の騎士団」、第六作「謎のプリンス」、第七作「死の秘宝パート1」そして「パート2」だ。

スコットランドのエジンバラで生活保護を受けていたシングルマザーだった、JK ローリングが 書いて出版した作品を デヴィッド ヘイマンが見出した。1997年刊行から、7巻で終了するまで ずっと世界中でベストセラーを誇った。4億5千万部の本が売れ、世界中の子供達に愛された。分厚い本を夢中になって読む小学生の姿に感心しながら、自分でも夢中で読んだ。これはおもしろい。

8作品のなかでは やはり第一作の「賢者の石」が一番印象に残る。
孤児で いじめられっこだったハリーが 俗悪物の叔父さん宅で 寂しい思いで迎えた11歳の誕生日に、自分が魔法使いだということを知らされる。ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許されて キングルクロス駅から 壁を破って 魔法学校行きの列車に乗り込む。そして、ハーマイオニーとロンと親しくなって、ともに魔法を勉強するうちに、自分の額にある稲妻の傷の由来と 自分の両親が殺された事実を知らされて ダークロード、闇の世界と戦う決意をする。

11歳の美少年のハリーと、小生意気なハーマイオニーと、お人よしのロンとロンの家族、ダンブルトン、すべての登場人物が生き生きとして 巧みに描かれている。感嘆したのは 魔法のお話のストーリー性だけでなく 随所に出てくるデテイルの緻密さだ。不思議な魔法の動物達、移動に使うホウキ魔法の杖 ひとつひとつに もっともな説明がつく。
魔法の使い方も、理論と技術と実践と練習の積み重ねをしないと、とんでもないことになる。ドラえもんはいつでもどこでも 竹コプターや どこでもドアや自動翻訳コンニャクを出してくれるが、ハリーポッターの魔法は 練習したからといって、誰にもできるようになりはしない。理論の学習と練習の積み重ねを経てやっと使用できる。 悪の魔法の世界に脅されながら 習ったばかりの魔法を3人が 知恵を出し合いながら駆使する。味方も敵も 魔法使いだから 信頼していた先生が敵だったり、3人の結束も時として怪しくなったり、、。
魔法学校のスポーツ クィデイッチ競技もおもしろかった。地上にはないルールで空を駆け回る。

次々とハリーたちに課せられる困難な課題に、ハリーは ハーマイオニーとロンの助けを借りて 辛うじて応じることができる。いつも問われる3人の結束。この3人にとって、友情が第一であって、親ではない。この作品の独特の心地よさ、乾いた空気が一体なんだろうか と思って考えてみたら 思い当たるのは3人の自立心の強さ、親との距離だと、思い当たった。
11歳のハリーは孤児だが、魔法で両親に会えても ベタベタしない。親のほうもハリーを励ますだけだ。ロンの両親は むしろ孤児のハリーに優しくする様に勤めていて ロン自身も親に甘えない。ハーマイオニーも、マグル(人と混血の魔法使い)ゆえに、両親の命が危険にさらされると 迷いなく両親の記録や記憶から 自分を完全に消え去ってしまう。自分から親を失くしても 取りすがったり泣いたりしない。親と子の関係が とてもさらりとしていて、センチメンタルな情感が左右しない。とてもイギリス的なのだ。このイギリス人の親と子の距離感と子供達の自立心の強さが、とても心地良い。

今回の映画で 初めて味方がか敵なのか なかなかはっきりしなかったホグワーツ魔法学校の スネープ先生とハリーの母親との関係がはっきりわかった。彼は嫉妬に狂ってハリーの敵に 身を売ったのだ。こんなスネープに殺されてしまったダンブルトンが惜しまれる。
宿敵 ダークロードのヴォルデモードとハリーの決戦で、一瞬 ハリーは 臨死体験をして 死の世界で恩人ダンブルトンに会う。でもダンブルトンは ハリーを地上に送り返すのだ。
ヴォルデモードの恐ろしさ。本当の悪そのものだ。邪悪の蛇の不気味さ。死喰い人たちの追撃。ヴォルデモードを演じたレイフ ファインズが すごく怖い。鼻のない顔が不気味だけれど、あのハンサムな役者の高い鼻は、化粧の下でどうなっているんだろう。

気弱でいじめられっ子だったネビルが 男らしくなって大活躍する。彼が邪悪のもとの蛇を断ち切らなかったら ハリーたちに勝ち目はなかった。ハリーの最初の初恋の少女チョウ チャンも出てきた。壮絶な闘いのなかで、ハーマイオニーとロンは心を一つにする。ドラゴンもでてきて、3人を乗せて空たかく飛ぶ。大蜘蛛も巨人も出てくる。最後だから、登場人物が全部出てきた。
ロンの双子のお兄さんは 戦闘で死ぬ。ヴォルデモードと死喰い人達との戦いは たくさんの犠牲を出した。しかし分霊箱を破壊したハリーは戦いに勝つ。
本当に3人はよくやった。同じ年頃の子供達にとって、等身大で悩み 苦しみ傷ついて 乗り越えていく3人の姿が 大きな励ましになったに違いない。

JKローリングは、たぐいまれな ストーリーテラーだと思う。
「スターワーズ」より、「ロードオブザ リング」より、「ナルニア物語」より、「パイレイツ オブ カリビアン」よりも 物語性、映像、音楽、役者たち、全ての面で優れている。とても満足した

2011年7月18日月曜日

映画 「ポッパーさんとペンギンファミリー」




アメリカの子供向けコメデイ映画「ポッパーさんとペンギンファミリー」原題「MR.POPPER"S PENGUINS」を観た。
1938年に リチャードとフロレンス アドウォーターによって書かれた 児童文学を映画化したものだ。

監督:マック ウォーター
キャスト
ポッパーさん   :ジム キャリー
妻アマンダ    :カルラ グジーノ
レストランオーナー:アンジェラ ラズべリー
秘書ピピ     :オフェリア ロビボンド
娘ジェミー    :マデリン カロル
息子ビリー    :マクスウェル ペリーコットン
http://www.popperspenguins.com/main.html

ストーリーは
ポッパーさんのお父さんは冒険家だった。いつも冒険に出かけていて留守だけど、未知の国から通信機を通して 息子に冒険の話を聞かせてくれた。ポッパーさんの部屋は お父さんから送られてきた世界中の珍しい秘宝でいっぱいだ。そんなお父さんは 冒険に行ったまま帰ってこなかった。
いまや、ポッパーさんはニューヨークで不動産業をしている大金持ち。世界中を冒険して、旅に出たまま帰らなかった父親の影響で 顧客に土地や家を売るというより、夢を売ることに重点を置いていた。しかし大きな夢を見ながら、仕事をしていて、妻にあいそをつかされて、別居されてしまった。小学生の息子ビリーと、ジュニアスクールに通う むずかしい年頃の、娘ジェイミーが居る。

ある日、子供の頃に音信を絶ったままの父親から 遺産を相続することになった。ブルックリンの高級アパートに住むポッパーさんのところに届いた遺産の小包みを開けてみると 凍ったペンギンが入っていた。飾り物かと思ってみたら、何と本物のペンギンだった。おまけに いたずらなペンギンで、留守中に 風呂場いっぱいを氷水で満たして アパート中に洪水を起こしてくれる。ポッパーさんは仕事が忙しい。反抗期の娘が訪ねてくるし、息子は誕生日の贈物を期待して来る。混乱のうちに 後続の小包みが届いて 中には5匹のペンギンがいた。ポッパーさんの行くところ行くところ 6匹のペンギンがついてきて 彼の仕事も家庭も振り回されて、、、。
というお話。

喜劇役者としてのジム キャリーのおとくい一人舞台だ。いくつになっても年をとらないキャリーとペンギンの組み合わせのおかしさに 引かれて観にいった。とてもまともな妻、優秀な秘書、反抗期の娘が ペンギンに振り回されるポッパーさん以上に ポッパーさんに振り回される様子がおかしい。
CGをたくさん使っているだろうが、ペンギンたちが列を作って ニューヨークの街中を歩き回ったり、博物館の廊下を流れる水とともに滑り降りたり、セントラルパークを横切ったりする。歩く姿が愛らしい。

GUGGENHEIN博物館は 超近代的な美しい建物で階段がなく らせん状のゆるやかな坂で、階上まで上がれるように設計されているが、この建物全部を使って 華やかなパーテイーが行われている。そこにポッパーさんを追ってペンギンたちが入り込み、氷と飲み物のトレイを倒した拍子に 最上階から流れる水とともに 下まで滑り降りる姿が素晴らしくて、笑える。アパートで、留守番するうちに、テレビで チャールズ チャップリンの白黒映画を、自分たちの仲間だと思って ペンギンたちが興味深く眺めるところも笑える。ニューヨークの真冬、アパートの窓とバルコニーを全開して、床に氷と雪で覆い 雪の上にシュラフに包まって寝るジム キャリーの姿も良い。

コメデイーだが、母親が他の男とデイトする姿に、傷ついている子供達の柔らかな心と、ポッパーさんの子供心が、マッチして、ほろりとさせられる。また 父親に贈られたペンギンを契機に、ポッパーさんが一番自分でやりたかったことをすることになった。よかった、よかった。
ペンギン騒ぎで ばらばらだった家族が すべて丸く収まって 子供向けの映画として、成功している。

コメデイ映画 「ブライズメイズ」



珍しくコメデイ映画を観てしまった。原題「BRIDSMAIDS」。
http://www.imdb.com/title/tt1478338/


監督 :ジュード アパロウ
キャスト
アニー :クリステイン ウィルグ
リリアン:マヤ ロドルフ
ヘレン :ローズ バーン

独身男達の仲間の一人が結婚するのを切っ掛けに 飲んだくれの男ばかりが メチャメチャをやる「ハングオーバー」その1とその2が、大受けしている。男達の無軌道ぶりが 桁外れなのが おかしい。もともと 友達の一人が結婚するとき 結婚式の前日に独身仲間が集まって、大馬鹿をやるという古くからの習慣がある。これは ハングオーバーの女性版ともいえるコメデイ映画だ。ブライドメイドとは、結婚前のパーテイーや 結婚式の準備に関わり 式当日には 花嫁の横にいて 式や披露宴が順調にいくように手伝う女性のこと。ふつう花嫁の親友が選ばれる。ブライドメイトを任されるということは、女性にとって とても名誉なことだ。

ストーリーは
40代にはいったアニーとリリアンは 高校生のときからの親友だ。むかし仲の良かった友達は みな結婚してしまい、独身でいるのはアニーとリリアンのふたりくらい。そのリリアンが結婚することになって、アニーがブライドメイドをまかされることになった。
アニーは ボーイフレンドと経営していたパン屋は 男に逃げられて倒産、いまのセックスフレンドは 単なる不倫関係、アパートの空いている部屋を人に貸して辛うじて食費を得ている。そんな状況を知っている 同じ同級生だったヘレンが、リリアンのブライドメイトを肩代わりしようとして、しゃしゃり出てくる。ヘレンはスーパーリッチの後妻だ。結婚衣裳も ブライドメイトたちのドレス選びやパーテイー会場選びも ヘレンの洗練されたセンスが アニーの先を行く。何もかもうまくいかず、アニーは 泣く泣くブライドメイトから下りなければならなくなって、、、、。
というお話。

女の力が強くなって晩婚、子なし夫婦が当たり前のアメリカで、40過ぎても結婚式が女にとって どんなに大切なものか女の固執ぶりが わかっておかしい。結婚式は 女がどんなにキャリアを積み重ねても 高給取りになってもまだまだ神話的な世界であって、夢の世界で女にとって確執以上のものだ。純白ドレスとベールをあきらめることが出来ない。そこが ばかばかしくて、おもしろい。

結婚式、女の友情、虚栄と競争心、、これが女性の弱点か。
アニー役のクリステイン ウィルグは、アメリカのテレビで活躍しているコメデイアンで、ヘレンはオーストラリアのテレビでお笑いをやっている女優だ。
女性版 ハングオーバーも、きっちり豪華豪勢な結婚式で歌って踊って楽しく終わる。つくずくアメリカのコメデイ映画だ。笑って ホロリとさせればそれで良しとする。下品で 下ネタが絶えない所もアメリカ的。
高級ブライダル店で吐いたり、何千ドルもするウェデイングドレス姿で路上でトイレをさせたり、あきれて笑えない。
不景気と失業と日常のストレスから一瞬でも逃れたいアメリカ人にとって こんな映画も 必要なのかもしれない。 醒めると むなしいけれど。

2011年7月14日木曜日

仏映画 「ナンネル モーツアルト 哀しみの旅路」



フランス映画、「MOZART’SISTER」、邦題「ナンネル モーツアルト 哀しみの旅路」を観た。日本では、限られた映画館で公開されていたらしいが、ここでは ごく限られた劇場で、1週間だけの公開だった。英語字幕つきのフランス映画は ここでは 人気がなくて観る人が少ないので 公開されてもすぐに終わってしまって、ビデオも出ないので、一度見逃すと二度と見る機会を失う。それにしても何とセンスのない邦題だろう。「哀しみの旅路」とは何のことか?べとべと湿っていて気持ちが悪い。映画と全然そぐわない。
http://www.youtube.com/watch?v=LC8uDF9PVoI

監督:RENE FERET
キャスト
父レオポルド  :MARC BARBE
母アンナマリア :DELPHINE CHUILLOT
姉ナンネル   :MARIE FERET
弟ヴォルフガング:DAVID MOREAN

ストーリーは
1763年 モーツアルト一家は 王侯貴族たちの招聘に応じてヨーロッパ各地を演奏旅行している。一行は 父レオポルド、母アンナマリア、14歳の姉ナンネルと 10歳の弟ヴォルフガングの4人だ。
父レオポルドは 5歳で早くも作曲をし、ピアノ ヴァイオリンを自由自在に演奏することができる 息子ヴォルフガング アマデウスに、ヨーロッパデビューさせることが目的だった。
パリをめざす途中で、一行の乗った馬車の車軸が折れてしまう。修理のために世話になることになった修道院には、フランス王 ルイ15世の3人の娘たちが暮らしていた。

ナンネルはここで 3人の娘のうち末娘のリサと親しくなる。リサはベルサイユで暮らす兄の音楽教師に恋をしていた。身分の違いで一緒になることはできないが 自分の思いだけは伝えたい。馬車の修理が終わり一家はベルサイユに向かうが、ナンネルはリサの恋文を託されていた。
ベルサイユで 父レオポルドは ヴォルフガングをみごとにデビューさせる。音楽の神童は どこでも歓迎された。そしてナンネルは ルイ フェルデイナンの音楽教師に無事リサの恋文を届ける。その時に ルイ フェルデイナン王太子に 呼び止められたナンネルは 求められるまま、王太子のために歌い ヴァイオリンを演奏する。そして14歳のナンネルとフランス国王の王太子は互いに惹かれあう。

王太子ルイ フェルデイナンはナンネルの音楽的才能を高く評価して 二人はしばしば会う様になる。ナンネルは ルイのために 自分が思いついた曲を楽譜に残して捧げたい。しかし、父レオポルドは女に音楽理論は理解できない と断じて作曲を禁じた。父は 幼いときからナンネルにクラビーア、チェンバロ、ピアノ、ヴァイオリンは教えたが、弟の伴奏役として考えて、女は結婚することが一番良いと、頑なにに信じていた。
ナンネルは 王太子に役に立ちたい一心で 家族がヨーロッパ旅行している間 一人パリに残り作曲の勉強をして、いくつもの曲を王太子に捧げる。しかし、彼は妻を迎えなければならず、妹のリサからも、別れるように宣告されて、ナンネルの恋は終わる。
というお話。

撮影は本当に ベルサイユ宮殿で行われた。
18世紀のブルボン王朝の華麗な宮殿、、、王侯貴族たちの美しい衣装、、そしてモーツアルトの音楽、、、これだけそろっていれば、他に何が必要だというのだろう。
とても美しい映画だ。
ヴォルフガング アマデウスを演じたデビッド モーランは 本当にヴァイオリンを上手に演奏した。ピアノを弾いている真似はできるが、ヴェイオリンを弾く真似はできない。本当に上級レベルのヴァイオリンを弾ける子供をアマデウスに抜擢していて 音楽だけでなく彼の演技も とても良かった。利発そうな愛くるしい顔、10歳ころの男の子は本当に可愛い。彼がベッドで でたらめを歌っている。するとナンネルが そのメロデイーに合わせて低音で歌い始める。二人してふざけて重唱しているうちに「これはいけるぞ。」とばかり、ベッドを飛び出してオルガンで連弾するシーンが とても良かった。こんなふうにして曲が出来てくることがわかって、興味深い。

ヴォルフガングが 何の土台もないところから 一人飛びぬけて天才として出てきたわけではなくて 作曲家としても優れたピアニストでもあった父と、声楽にもピアノにも優れた才能を持った姉がいて、それをしっかり支える母もいて その上でヴォルフガングが育ってきたことが よく理解できる。父親も母親もしっかりと二人の子供に愛情を注ぎ込んでいる。
ザウスブルグの彼の家に行ってみると、彼は家族に沢山の手紙を残しているが、いつも家族への愛に満ちていて、家族の調和がいかに 彼にとって大切だったかが想像できる。だから、レオポルドとアンナマリアが、思ったとおりに映画で描かれていて嬉しかった。

ナンネルが恋に陥るルイ フェルデイナン役も、とても良かった。ちょっと病的で ひ弱な感じで かんしゃくもち。決して王座に座ることなく 父ルイ15世よりも先に死んでしまう永遠の王太子。本当にこんな人だったのだろう。
ナンネル役は この映画の監督の娘だが、とても清楚で良かった。この恋のあと、ナンネルは作曲家としても、音楽教師としても成功したに違いないのに、自分で選んだ夫を父レオポルドに反対され、裕福な判事のもとに嫁がせられ 愛のない結婚生活を生きた。

ヴォルフガングも、コンスタンサと結婚して 貧困のどん底で若死にする。
ナンネルも、ヴォルフガングも 父の庇護のもとで子供時代をもっとも幸せに過ごしたが、大人になってからはそれがかなわなかった。
事実が痛ましいだけに、初々しい二人の子供時代の才能と美しさが際立っている。

とても満足した。良い映画だ。
厳密に時代検証すれば、ナンネルが恋をしたルイ フェルデイナンは 映画のように17歳ではなくて、もうおじさんだったはずだ。その息子(後のルイ16世)も マリーアントワネットもベルサイユに居て良いころの話だ。映画作りのための時代検証の甘さがちょっと残念。

2011年7月6日水曜日

映画 「ツリー オブ ライフ」



映画「ツリー オブ ライフ」(THE TREE OF LIFE)を観た。
今年5月の 第64回カンヌ映画祭で、最高の名誉である パルムドール賞を受賞した作品。日本公開は8月12日。
http://www.imdb.com/title/tt0478304/

監督:テレンス マリック
キャスト
父オブライエン: ブラッド ピット
母      : ジェシカ チャステイン
ジャック   : ショーン ペン

ストーリーは
今や人生の盛りを越したジャックは、建築家として成功しサンフランシスコ(ニューヨーク?)に住んでいる。仕事に疲れた彼が しきりと思い出すのは自分の子供時代の思い出ばかりだ。
厳格な父、優しい母、3人の男の兄弟の長男として父と母に愛されて、幸せな少年時代を送った。父は 敬虔なクリスチャンで オルガンを弾く。自分を子供達が呼ぶのにサーをつけて呼ばせ、躾に厳しいが、いつも愛情をもって見守ってくれていた。母は美しい女性で、どんな時でも子供の味方になってくれた。楽しい子供時代、森での冒険、クラスメイトの女の子への淡い恋心、母親のお供で買い物に行った町の様子、家が火事になり大火傷をした友達、弟への嫉妬、競争心、、、いつもいつも両親がそばに居てくれた。
そんな父が 失業し 思い出のつまった家を売ることになり、引越しをする。それから大分たって、弟が死ぬ。弟の死は何だったのか。自分の命を育んでくれた両親は自分にとってどんな存在だったのか。ジャックは考える。
というお話。

本当は、この映画にストーリーはない。物語の起承転結やドラマやストーリーは何もない。
最初の30分ほどは 生命の誕生を顕微鏡のミクロの世界で写しだしたり、海洋の水の流れ、海の中の生きる生き物達、風、ゆれる木々、古生代の恐竜まで出てきて、ナショナルジェオグラフィックのようだ。それぞれの映像に何の脈絡もなく ただ美しい映像が次々と映し出され、荘厳な音楽が流れる。ブラームス「交響曲第3番」が流れる。囁き声で マザーとか、命とか誰かが囁く。
物語を期待して見ると 完全に裏切られる。綺麗な音楽と何の脈絡のない画像ばかりをしばらく見せられて、となりに座っていたおばあさんは もうすっかり眠ってしまった。

ジャックが生まれ 若い父親(ブラッド ピット)と母親(ジェシカ チャステイン)が愛情をたっぷり注ぎ込む。ジャックがヨチヨチ歩きの時に 弟が生まれ、そして末の弟も生まれる。
3人の男の子が自然いっぱいの家の周りでふざけまわる長い長いシーンには スメタナの「モルドヴァ」が使われていて 管弦楽が高らかに鳴り響いて感動した。ソビエトの圧政下で禁止されながらもチェコスロバキア人の誇りを「交響曲 わが祖国」に託してを演奏し続けた「モルドヴァ」。無垢な少年達が飛びはね、ふざけて笑い、はじけるような歓喜のシーンに この曲の第一楽章全部を使うなんて、何と言う大胆な贅沢。

イマジネーションの羅列と言うことも出来るし、一人で連想ゲームを楽しんでいる、ということも言える。監督は完全に、自分の世界で遊んでいる。この映画は 監督自身の個人的な思いを音楽と映像で並べ立てた 抒情詩だ。

彼の作品「2001年宇宙の旅」(A SPACE ODYSSEY)を観ていないので、よくわからないが、この監督はバーバードでも オックスフォードでも哲学を学んだ学者さん ということだ。

しかし、ブラームス、スメタナが高らかに鳴っていたのは前半で、後半はバッハとレクイエム 賛美歌ばかりに変わる。
宗教的な啓示に満ちている。
天国も出てくる。へクター ベルリオズの「レクイエム」をバックに 死んだ人々が昔のままの姿で出てきて 渚を素足で歩いていく。天国に向かって。

ハシゴも出てくる。天に登るバベルの塔だ。ノアの洪水も出てきて、プールで溺れて死ぬ子供が出る。罪人に水を施すマリアのような母。それから 汚れた足を洗う女も出てくる。敬虔なクリスチャン家庭に育った少年時代を思い起こせば 聖書をさけて通ることはできない。神なくして人生の哲学はない。そういえば、題名の「ツリーオブ ライフ」は 聖書の言葉だった。知恵の樹と、命の樹のツリー オブ ライフだ。

外国で暮らしていて いつも興味深く観察するは こういった知的で芸術的で、さらに抽象的、印象派的な作品に対する観客の反応だ。日本だったら、この映画を観て 人々はおとなしく上品に「なかなか味わいのある映画でございました。」などと言うのだろう。
私が見ていた映画館では、映画が終わったとたん、失笑の渦と ため息の氾濫。「マイガーッシュ!!!イナッフ イナッフ!」(おやまあ、、もう沢山よ!)と大声のおじいさん、、、。完全にこの映画、ここでは 受けませんでした。
おいおい、みなさんクリスチャンでしょう? カンヌで最高の賞を受賞した映画なんですけど、、。ブラピが出ている映画なんですけどー。

いくら芸術でも 気取りや粉飾やおせじが効かないのが、オージー気質。わかっているつもりだったが、詩情たっぷりの美しい映画を みごとに拒否してくれたオージーたちの反応をみて、改めて オージーは正直だな と思った。
でもわたしも、ブラッド ピットが出ていなかったら この映画 最後まで観なかったかもしれない。彼がオルガンでバッハの「トッカータとフーガ」を弾くシーンがとても素敵だ。 ブラピのファンなら 3分間のこのオルガンのシーンのために、2時間20分の映画を我慢して座っているのも耐えられるでしょう。

2011年7月4日月曜日

2011年 上半期 漫画ベストテン




今年に入って1月から6月までに読んだ漫画は70冊ちかく。
シドニーで 日本の漫画は手に入りにくく、雑誌連載で継続中の漫画は 単行本が出て、こちらに送られてくるまで待たなければならない。従って日本に居る人たちより ずっと遅れて読む。ベストテンの中には 新作ばかりでなく 松本大洋の「花男」のように 古本でやっと手に入った作品も含まれている。
ちなみに 2010年 一年間に読んだ漫画のベストテンは
「バガボンド」、「リアル」、「聖おにいさん」、「竹光侍」、「宇宙兄弟」、「神の雫」、「ちはやふる」、「リアルクローズ」、「きのう何食べた」、「海猿」だった。

第一位=「リアル」 井上雄彦
第2位=「聖おにいさん」 中村光
第3位=「宇宙兄弟」小山宙哉
第4位=「3月のライオン」 羽海野チカ
第5位=「情熱のアレ」 花津ハナヨ
第6位=「神の雫」オキモトシュウ 亜樹直作
第7位=「ジェラールとジャック」よしながふみ
第8位=「BAKUMAN」大場つぐみ
第9位=「舞姫テレプシコーワ」1-10巻 山岸涼子
第10位=「花男」松本大洋 1-3巻
第10位=「漫画で分かる心療内科」1-2巻 ゆうきゆう作 ソウ画

第1位の「リアル」
井上雅彦の「バガボンド」が止まっていて、ずっと気になっているが その分「リアル」が ゆっくりながら続いていて、井上ワールドの夢を見続けることができて幸せだ。彼の絵もストーリーもみんな好きだ。この人ほど 登場人物ひとりひとりに命を吹き込むことが上手な作家は 他に居ない。野呂明美が大好き。なにひとつ取り得がない。自分のせいで下半身麻痺になってしまった夏美を前にして、「どうして今までくすぶっていたんだ。どこまで行けるか確かめもしないで。」と、ひとり立ち上がる。登場するひとりひとりが困難を抱えて 実にリアルに燃えて生きている。とても励まされる漫画だ。

第2位 「聖おにいさん」
このおもしろさは巻を経ても 全然ダレない。何巻から読んでも いつでもおもしろい。ページをめくるごとに笑える。知識が豊富で才能ある作家だ。松田ハイツに住む「目覚めた人ブッダ」と「神の子イエス」が 下界で日常生活を送る。会話が実に冴えている。
楽器屋に入って、、、 カートコバーン愛用のムスタングギターや ジミヘンのギター、ボンゾのドラムを見せて、3人とも若くして突然亡くなった 天才は何故早く逝ってしまうのか、、、と嘆く店主に、ブッダは青くなり、そういえば「弁財天さん今年は天界で大きな音楽フェスやるって。」するとイエスが「気のせいだよ 偶然だよ。」と慰め「業界の黒い秘密に触れてしまいそうだね。」と、二人して口をつぐむ。で、ブッダが「弁財天さんがロックバンドで雷神さんにスネアドラム叩かせようと、」と言えば、イエス「ミカエル大天使さんはお兄ちゃんっ子だから ルシファーに影響されてデスメタルみたいな声で歌ってみたいとか、ラファエルがグレゴリー聖歌のテクノREMIXしたいとか、、」と応ずる。イエスがカラオケで森進一の「おふくろさん」を歌えば、ブッダは「それってアベマリアに相当するから まずいんじゃない?」などと言う。知識がないと笑えないが、とにかくおかしい。読んでいる間中 笑いが止まらないから、電車の中や、病院の待合室などでは絶対読めない。

第3位「宇宙兄弟」
読者はみんな 出来の悪いお兄ちゃんの味方ではないだろうか。優秀で心優しい弟、俗物で身勝手な両親の家族の中で、取り得のないお兄ちゃんが 頑張る様子に 心から応援せずにいられない。

第4位「3月のライオン」
不幸な過去を持つ高校生の主人公が 将棋の世界で生きる。悲しいことに慣れっこになってしまった小さな魂が痛々しい。読んでいるうちに いつしか彼に強く共鳴している。

第5位「情熱のアレ」
珍しい。女性向けの性教育になっている。無知な女より何でも知っている女の方が良いに決まっている。知らなければただの無知だが、知っていれば知識を生かすことも 知らないふりをすることも出来るからだ。

第6位「神の雫」
はじめの1-2巻に興奮して感動した読者の半分は もう飽きてこの漫画から離れてしまったのではないだろうか。この作者は 話を伸ばしすぎる。読者は疲れてきた。けれど最後の結末を見たいばかりに 読み続けている。神咲雫の勝負は もう28巻になったのに まだ半分の道のりだ。もんくを言いながら読んでいる。

第7位「ジェラールとジャック」
よしながふみの絵が好きだ。これはボーイズラブのこの作品、革命期のパリを背景にしていて それなりおもしろかった。この人の作品では、「愛すべき娘たち」、「1限目はやる気の民法」、「愛がなくても食ってゆけます」、「大奥」、「きのう何食べた」などを読んできた。なかでは「西洋骨とう洋菓子店」が一番内容も絵も良かった。これに勝る作品は他にない。

第8位「BAKUMAN」
二人の少年の漫画に対する熱が伝わってくる。漫画の作り方やデビューの仕方、漫画の成功の鍵を握るのが 編集者の能力次第だという内幕もわかって興味深い。ほかに漫画家を描いた島本和彦の「吼えろペン」1-13巻も たわいないが、おもしろく読んだ。

第9位「舞姫テレプシコーワ」
少女漫画の典型。バレエ漫画だが、映画「ブラックスワン」並みの怖さ、恐ろしさがあって、結構読ませる。

第10位「花男」
松本大洋の独特な世界が好き。この人の描く 本当に邪気のない、まっすぐ無邪気な男を愛さずにはいられない。

第10位「マンガで分かる診療内科」
心理士の心内療と看護士宮越あすなのコンビが バカバカしいギャグを連発しながら うつ病、ぺデファイル、幻聴、認知症、適応障害、パニックアタック、不眠症、といった病気をわかりやすく解説する。精神病や神経症に偏見を持っている人や 知識のない人には良い啓蒙書になっている。

2011年7月2日土曜日

2011年 上半期 映画ベストテン




2011年の1月から6月末までの間に 映画館で見た新作映画は26本、ヴィデオは14本 合計40本。
それ以外に、映画館で HD劇場ライブのフイルムのオペラを数本観た。その中では ロンドンのロイヤルオペラ シアターの「カルメン」と、ニューヨークメトロポリタンオペラの「ヴァルキューレ」が良かった。本当のオペラを劇場で観たのは オペラオーストラリアだが、「カルメン」がやっぱり良かった。
2010年に観た 映画ベストテンは、「終着駅トルストイの謎の死」、「剣岳 点の記」、「アバター」、「インセプション」、「シャッターアイランド」、「ゴーストライター」、「ソーシャルネットワーク」、「リミット」、「インヴィクタス負けざる者たち」、「ドン ジョバンニ」以上の10作品だった。2011年の上半期のベストテンは、

第1位=「英国王のスピーチ」 1月23日の日記で映画評を書いている。
第2位=「ザ ファイター」 1月25日
第3位=「ヒア アフター」 2月15日
第4位=「127時間」 2月24日
第5位=「コンヴィクション」 3月5日
第6位=「ソース コード」 5月11日
第7位=「オレンジとサンシャイン」 6月14日
第8位=「ノルウェイの森」  6月27日
第9位=「ザ ウェイ バック」 3月28日
第10位=「ふたりの女」

第1位 「英国王のスピーチ」
主演のコリン ファースがアカデミー主演男優賞をとり、脚本家が脚本賞を受賞した。この脚本家は 自分の書いたものを 亡くなった英国王ジョージ5世の妻(エリザベス女王の母親)に見せて、映画化の許可を願い出たが、彼女に「吃音障害を持った夫のことは、余りにもつらい思い出なので 映画化するのは自分が死ぬまで待って欲しい。」と言われた。彼女はとても長生きしたので 脚本家は20年余り待たなければならなかった。20年間暖められてきた作品がようやく映画化されて、芸達者な訳者ばかりが出演して完成度の高い映画になった。
コリン ファースも良かったが、人を食ったような言語療法士のジェフリー ラッシュの演技は本当にうまい。映画館でオージー俳優のジェフリー ラッシュが出てくるたびに 観ていたオージーたちが手をたたいて笑い転げ、男の友情に涙する様子が これまたおもしろかった。

第2位 「ザ ファイター」
クリスチャン べイルの役者としての徹底した役作りに ただただ感服、脱帽する。役になりきるということが こういうことなのか。「マシニスト」で体重を35キロ落とし、カンボジアの米軍捕虜役で20キロ痩せて、「アイアム ノット ゼア」で ボブ デイランになりきって、「ダークナイト」のバットマンと、「ターミネイター4」で 立派で美しい肉体美を見せてくれた。
この映画では ドラッグ中毒の元ボクサーの役。ガリガリにやせ細った体で、鋭いジャブを出す。予告編のフイルムを見た時は、彼だとわからなかった。弟役のマーク ウェルバーグも ごまかしの効かないボクサーの体作りで、しっかりクリスチャン べイルの役者魂を引き継いでいた。この映画も芸達者の役者ばかり集めていて ほんの端役まで手抜きがない。優れた映画だ。

第3位 「ヒア アフター」
心に傷をもった人たちの 心の再生を描いた クリント イーストウッドが作った32番目の映画。愛する人を突然失ない、哀しみを持っていく場を持たない人にとって とても慰めになる映画だ。

第4位 「127時間」
単独登山中 落石に手を挟まれて動けなくなり 自ら腕を切り落として 127時間後に生還したアーロン ラストンの実話。軽やかな音楽とともに ジェームス フランコが岩山に登り、自然と戯れる。とても素敵な役者だ。アメリカ ユタ州の広大な自然が美しい。山を愛する男は みんな 孤独だが勇敢で心優しい。

第5位 「コンビクション」
身の覚えのない殺人を犯したとして収監された弟を救うために、シングルマザーの妹ががんばって弁護士になり 無罪を勝ち取り弟を連れ戻す 実際にあったお話。ヒラリー スワンクのがんばりが、迫力満点で 勇気をもらえる。

第6位 「ソース コード」
アフガニスタンで戦死した空軍パイロットのジェイク ギレンホールが 死ぬ直前の脳の記憶装置を 実験的に利用されて これから起こるテロを事前に食い止める という近未来SF映画。名作「ジョニーは戦争に行った」のような 優れた反戦映画に仕上がっている。

第7位 「オレンジとサンシャイン」
イギリスとオーストラリア政府の合意によって 1970年代までの間に 13万人のイギリスの子供達が ボートに乗せられてオーストラリアの孤児施設などで 強制労働を強いられたという 歴史的事実を暴露した映画。つい最近になって両国の首相が 議会で正式に謝罪したが 謝って済むことではない。人口たかだか2千万人の国に 17万人の傷ついた子供達がいる。その労働力によって発展してきたオーストラリアの恥ずべき歴史の暗部を前にして、言葉もない。

第8位 「ノルウェイの森」
村上春樹の原作を ベトナム人のフランソワ トリュフォーと言うべき トラン アン ユン監督が映画にした。音楽と映像が美しい。会話がなくても音楽と映像だけでも 完成した映画になっている。

第9位 「ザ ウェイ バック」
1949年にシベリア流刑地から脱走して ゴビ砂漠を越えヒマラヤを迂回して インドまで逃れたポーランド人とロシア人捕虜の実話。ナショナル ジェオグラフィックが協賛しているだけあって 雄大な自然が素晴らしい。6500キロを自由を求めて歩いた男達に感動する。

第10位 「ふたりの女」
1960年作品 ビットリア デ シーカ監督。ソフィア ローレン主演 ジャンポール ベルモンド共演の白黒フイルム映画。若いときに これを見逃していたので どうしても観たいと長年思っていたが、VHSフイルムしかなくて手に入れようがなかった。2006年に「クラシックシアター」名作シリーズで 2本の古い映画と抱き合わせでDVDが出されたので ようやく手に入れて観ることが出来た。
第2次世界大戦中 ローマに住んでいた シングルマザーのソフィア ローレンは 13歳の娘を連れて田舎に疎開する。ロ-マは 日々空爆で危険になっていて、田舎に通じる道も、連合軍のスパイや、ドイツ軍や、イタリアの軍事政権で混沌としている。避難の途中で 母娘はモロッコ兵によって輪姦される。自分だけが傷つくならいい。しかし自分の娘がひどい事をされるなんて許せない。ソフィア ローレンの大きな瞳が絶望し、素足で土を蹴って前に進んでいく姿に圧倒される。大昔の名作を観ることが出来て 嬉しい。