2007年11月30日金曜日

宮本輝の4部作 「流転の海」

作家、宮本輝の長編小説、新潮文庫 計4冊2015ページを読んだ。4部作とは、「流転の海」、「地の星」、「血脈の火」、「天の夜曲」のことで、宮本輝の父親をモデルにした大河小説。宮本輝が35歳のとき書き始めてから、20年かけて4作目が出た。小説では輝が生まれたところから始まり、最終の章では彼が9歳、父親が59歳になったところ。20年かけて 作家は書いてきて4冊で完結するはずが 彼はまだ9歳、このままだと6冊で終了できるかどうか危惧しているそうだ。

私は 大河小説が大好き。好きな順からあげていくと、
1番:マルタン デュガール 「チボー家の人々」
2番:ロマン ロラン    「魅せられたる魂」
3番:パール バック    「大地」
4番:ドストエフスキー   「カラマゾフの兄弟」
5番:住井すゑ       「橋のない河」
6番:ロマン ロラン    「ジャンクリストフ」
7番:アレックスヘイリー  「ルーツ」
8番:北杜夫        「楡家の人々」

どれも、父があり、子があり 2-3世代の家族に渡って志が受け継がれ、歴史に翻弄されながら、人々が愛しあったり、憎しみあったりしながら生きていくお話。

宮本輝は私が最も好きな作家、1947年生まれ、「泥の河」で太宰治賞、「蛍川」で芥川賞、「道頓堀川」の川3部作を仕上げ、「優駿」で吉川英治賞をとり、現在芥川賞審査委員。多作で、最も売れている作家。1995年、阪神大震災で小田誠などとともに、自宅が全壊して失った。そのとき、執筆して、最終章を仕上げていたのが「人間の幸福」だったそうだ。

私は「泥の河」「蛍川」「道頓堀川」、それと青春時代を描いた「青が散る」「優駿」が好きだ。それと「ドナウの恋人」と、「月光の東」が好きだ。

4部作で、作家の父親をモデルにした主人公の名は、松阪熊吾、常に事業に夢を追う男。作品は1947年に 大阪で貿易商として大掛かりな事業を営んでいた男が 戦争で何もかも焼かれて、灰になった焼け跡に帰ってきたところから始まる。50歳で 財産を失なった男に 予想もしなかったことに、男の赤ちゃんが生まれる。新しい命の到来が 熊吾に、事業の再建を決意させる。彼は強い信念と、優れた行動力でブレインを固め、事業を軌道に乗せていく。 事業が成功すると、やがて人に裏切られてまた一文無しになり、やり直して、また軌道に乗ると、倒産の憂き目にあう。実業家の浮き沈みに伴い、妻も息子も、様々な経験を積んでいく。人の成長は、こうして社会によって育まれるのだということが、わかる。

読書家で知識が豊富。知る限りの教養を一人息子に 理解できる年齢であるかどうかに関わらず詰め込もうとする。その息子の健康のためならば 築いてきた事業を簡単に人に譲って 無一文で田舎に転居するなど、苦もなく実行する。激情家で怒りが爆発すると 妻を殴り、留まることを知らない。情にもろく、人助けが身についている。どこでも骨身惜しまず弱いものを援助する。若い女にのめりこむのも、激しい。火のように 燃えやすい男。喜怒哀楽が激しく、行動的で極端な、"火宅の人”だ。
これを、冷静沈着、粘着質の、性格が反対の極にあるような息子である作家が描いていく。時代とともに、生きた歴史をみるようだ。 こんな風に自分の父親を 一人の昭和を生きた男の人生として書き上げられる作家がうらやましい。私には父を書くことは出来ないだろう。父のように、功績があり、社会的にも高く評価されている人を娘の目から見上げて見えた部分だけを描いて見せるのは 公正でないと思うからだ。描けないほど大きな人、ということも言えるし、何枚原稿用紙があっても書き足りないほど厄介な人、ということも言える。

宮本輝は、あと何年かかって、これを完結するだろうか。気長に 待っていよう。

2007年11月23日金曜日

今年最後のACOコンサート

オーストラリアチェンバーオーケストラ(ACO)リチャード トンゲテイ監督の定期コンサートを聴いた。2007年最後の定期コンサート。エンジェルプレイス、二階中央の席。この席で聴くのも今年が最後。毎年 年間7回のコンサートを支払って、指定席を手に入れるが、隣の指定席の男が 演奏中 貧乏ゆすりはする、靴の底をこちらに向けて足を組む、一番ひどいのは、ケイタイをオフしないで演奏中 それが鳴り響いたことがあった、、、無作法を絵に描いたような男。二年間我慢したが、なにも我慢大会に出場しているわけでないので この男からなるべく離れたところに席を変えてもらった。

ACOの定期コンサート申し込みも10年になる。これだけ、ひとつの楽団を支持、後援するのは初めて。リチャード トンゲテイは間違いなくオーストラリアでは一番優れたバイオリニストで、彼の率いる室内楽団の、みごとな統制ぶりが実に気分が良い。10年聴いていて、いつも新しい、年を取ることもなく 訓練がよき届いている。なかなかできないことだ。

前に、シドニーシンフォニーオーケストラのことを書いたが、総勢100人ちかくの彼らは 政府の補助金で 給料をもらっている。その彼らを聞きにくる人々は、後ろからみるともうほとんど白髪。オーソドックづなクラシックコンサートは シルバー人口に支持されている。それに比べると、ACOは 同じバッハやベートーベンを演奏するのに、来ている人は 圧倒的に若い人が多い。これはすごいことだ。いつもは、ロックだけれど、たまのデートには オシャレして良いレストランで食事したあと これを聴きにくる若い人は、大変センスが良い。私は まだ五感がシャープな 若い人の好みと選択のほうを信頼する。
コンサートは コルネリのコンチェルトで始まった。そのあと、その日のゲストは、LACEY GEREVIEVE というリコーダーを吹く人。彼女が オーケストラをバックに、テレマンのリコーダコンチェルト というのを吹いた。バロック音楽特有の 音符のすごく多い曲を 早くて小さな音まで きっちり吹いている技術にびっくり。リコーダーって、日本の小学校をやった人はみんな吹ける縦笛だが、いつ息継ぎをするのか心配になるほど、上手で感服。でも、そのあとに続く2曲は、現代音楽で、苦手なので 半分寝てました。6本の、大きさの違うリコーダーを次々と変えて 尺八のような、アボリジニーの伝統楽器のような、雅楽のような、音を出していて、それなりおもしろかったけど。コメントはパス。

最後はベルデイの 弦楽4重奏を、ACOのメンバー全員で、演奏して とても良かった。第一バイオリン5、第二バイオリン5、ビオラ3、チェロ3、ベース1の、17名。団員の入れ替わりが激しい。常にメンバーが変わっている。メンバーになって油断しているとすぐに切られる。一緒に海外公演に遠征できない家庭持ちも すぐに切られる。だから、音楽活動が生活の中心になっていて、常に努力している若い演奏家だけが生き残れる。こんなで、やってきて、道は容易ではなかっただろう。

いつもはアンコールにいっさい応えないACO. どんなに長い交響曲でも全員立ったまま演奏し 終わると拍手が続いていても、にこやかに舞台から去っていくスタイルも独特。それが今回は、今年最後のコンサートなので、4曲アンコールを弾いた。パガニーニの小曲と、フィンランドのフィデロ。弦の音はやっぱり最高。この楽団の行く先、ずっと観ていきたいと思う。

2007年11月20日火曜日

映画 「エリザベス ゴールデンエイジ」


映画「ELIZABTH -GOLDEN AGE」を観た。監督シェカー カプール(SHEKER KAPUR)。1998年の「エリザベス」第一部に引き続いて第二部、三部作のうちの二作目。1585年、エリザベス女王が52歳で、黄金時代と呼ばれる頃のお話。

プロテスタントのイングランド エリザベス女王にケイト ブランシェット、参謀長官にジェフリー ラッシュ、女王お気に入りの侍女にアビー コーニッシュ。イギリス映画なのに、主要な役を3つとも みんなオーストラリア人俳優が演じている。イングランド女王を演じられるイギリス人 いないのか? 日本でいえば天皇の役を中国人とかシンガポール人がやるようなものだろうけど、、。 エリザベス女王が 片思いする航海士で貿易商にクライブ オーウェン。カトリックスコットランド女王にサマンサ モートン。
16世紀 スペインが最大強国で圧倒的優勢なカトリック全盛時代、勢いに乗って スコットランドのカトリック 女王マリアは、イングランド女王エリザベスを暗殺しようとして、逆に反逆罪で捕らえられる。女王マリアは引き立てられ、処刑される。断頭台に立っても 威厳を失わなずに処刑されていく貫禄のサマンサ モートンの演技が冴えている。マリアの処刑を宣戦布告と捉えたスペインは 大軍の船団を編成してイングランドに攻め寄せるが、運悪く嵐の到来にあい また、すぐれたイングランドの海戦術に敗れ 敗退する。エリザベスが 思いを寄せていた航海士は この戦争で大活躍して国を救うが エリザベスの侍女と結ばれていた。エリザベスは嫉妬に苦しみ、悲しみもするが、家庭を持つことよりも イングランドのために、国民の母でいることの使命に立ち返って 女王としての役割を果たす決意を新たにする、というストーリー。

この映画、中世の歴史を知らないか、すっかり忘れていた人のために ていねいなナレーションがついていて、地図つきで 解説しながらストーリーを展開してくれるので とてもわかりやすい。なんか、NHKの毎週日曜夜にやっていた歴史ドラマみたい。NHKアナウンサーの押し付けがましい声で、ドラマが始まる前に しっかりナレーションが入ったのを思い出した。 歴史ドラマのおもしろさは 歴史的事実を おなじみの俳優が演ずることでその時代の風景がよみがえり、人物に命が吹き込まれ、歴史が一挙に身近なものとして理解を深められることだ。
エリザベス第一部が上映された10年前、夫の友人のパーテイーで この映画が話題になっていて、みんながケイト ブランシェットの英語の発音が完璧なクイーンズイングリッシュだといって 褒め称えていた。そのころの私は クイーンズイングリッシュも、コクニーイングリッシュ(下町言葉)も、スコテイッシュも、アイリッシュイングリッシュさえも 全然違いがわからなかった。東京の私には 京都や大阪の言葉のなかに アクセントやイントネーションの違いだけでなく、意味が良くわからない言葉があるのだから、クイーンズイングリッシュと、コクニーの違いは、階級社会英国で、互いに、全然意味がわからない言葉が山ほどあるくらい きっと、両者の溝は深いのだろう。

ケイト ブランシェットは 「エリザベス」第一部を演じて 好評を得たが いつまでもエリザベスのイメージで自分を見られるのが嫌だといって、第二部に引き続き演じるのを固辞し、断り続けていたが あきらめずに執拗に要請されて、仕方なくこの映画の出演を引き受けたといわれている。 それにしても ケイト ブランシェットの美しさ、、、二人の学校に行っている男の子のお母さんなのに、完璧なプロポ-ション、理想的な頭や顔の形、細い首、美しいあごの線、知的な目鼻立ち。全く文句のいいようがない。大抵、どんな女優でも可愛い顔だけど声が下品とか、話すときの表情が下劣とか、整形で不自然とか、話し始めたとたんおでこにおかしな皺が出るとか、知的な事を話しているのに知性が感じられないとか、動作が雑とか、必ず欠点があるものだがケイトにはそれがない。とても良い役者。この映画 こんなにお金をかけて採算が取れるのか 心配になるほど 衣装も建物も家具もアクセサリーも お金がかかっていた。ケイトが画面に出てくるたびに 違う豪華絢爛な衣装を身に着けてでてくる。その姿を見ているだけで、とっても楽しかった。

これをタイプしながら、テレビでは今日あった総選挙の開票をやっている。どうやら11年続いたジョンハワード保守 共和党が負けそう。労働党のケビンラッドが新しい首相になりそう。まだ、全体の開票5パーセントだから はっきりわからないが、労働党に有利な展開。いい気味だ。ジョンハワードは、ジョージブッシュの親友で、アメリカがイラクに軍隊を送って、すぐそれに追従した。労働組合も、無力化させた。アボリジニーに対して、謝罪していない。環境問題で、京都議定書にも署名しなかった。こんな奴 やめてもらいたい。労働党がんばれ!

2007年11月16日金曜日

アシュケナージ指揮のラフマニノフを聴く

アシュケナージ指揮のラフマニノフを聴くオペラハウスにて アシュケナージ(MAESTRO VLADIMIR ASHKENAZY) 指揮、シドニー交響楽団による ラフマニノフを聴いた。

コンサートでは、始めに、「THE ROCKS」という20分ほどの小曲が演奏された。これはラフマニノフが20歳で、モスクワ音楽大学を卒業したばかりのときの作品。
おめあては、清水和音ピアノソロによるピアノコンチェルト第4番と、交響曲第2番。

ラフマニノフというとピアノコンチェルト第二番が有名。ピアニストにとっては難解だが、聴く耳には心地よいピアノ曲。ピアノコンチェルト第三番は、映画「シャイン」のテーマにもなって、よく、ピアノコンペテイションに 使われる曲。ピアノコンチェルト第4番は、めったにコンサートホールで演奏されない曲。それを、日本から来た清水和音が演奏した。昔はピアノの貴公子といわれ、その甘いマスクに熱烈なファンが取り囲んでいたものだが、彼もそれなりに年を経て おなかの周りに肉もついていた。でも、演奏は繊細そのもので素晴らしい。日本人にしか弾けないような 優しい音でひとつひとつの音に 思いをこめるように ていねいに、しとやかで上品なピアノ演奏だった。

第一楽章から 第二楽章にうつるとき、オーケストラは待たせておいて、ピアノ独奏から入るのだが、なかなか始めようとしない清水和音のところまで 指揮者アシュケナージが、トコトコ歩いていって彼の肩に手を置いて いつ始めてもいいよ、オーケストラはまってるからね、、、というようなジェスチャーをして また指揮台に帰っていくハプニングがあって、その茶目っ気のある指揮者に観客は手をたたいて大喜びをしていた。しばらくして始まった清水和音の瞑想から覚めたような、繊細な音は、心にしみていくような美しい音だった。こういった、ちいさなハプニングがライブ音楽を聴きにきている聴衆にとって 一番嬉しいことだ。CDでは味わえない生きた、音の変化が楽しめる。

最後にインターバルをはさんで、ラフマニノフの交響曲第二番(作品27)。これは、ラフマニノフ34歳のときの作品。限りなく限りなくロマンチックな曲。 シドニー交響楽団は、何年も聴きに行っていなかったのでメンバーは大幅に変わっていたみたいだが、フルオーケストラの大所帯。第一バイオリン12、第二バイオリン12、ビオラ10、チェロ9、ベース8、ハープ1、フルート3、ピッコロ1、オーボエ3、クラリネット3、バスーン4、ホーン5、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1、テインパ二ー、パーカッション 以上。

アシュケナージは、ピアニストとして有名だが、作曲、指揮、音楽監督と、多面な音楽活動をしてきた。2004年には 日本のNHK交響楽団 音楽監督もやっている。プロコフィエフ、ショスタコビッチを世界各地で精力的に演奏 指揮して紹介師弟t化と思うと、最近、バッハとベートーベンのピアノ曲のレコーデイングをしている。ものすごく、精力的な活動家だ。

彼の指揮を見ていて、どうしてこんなに人気があるのかその、理由がよくわかった。 彼をみていると、曲がわかるのだ。彼が指揮をすると 難しい曲でも、すごくわかりやすい。曲の中の細やかな動きから大きなダイナミズムまで実に ていねいに わかりやすく解説してくれるかのように 指揮をする。にこやかで 気取らず 包容力がにじみでているような人、彼がおもいのままにオーケストラを動かしているのが 観ていてわかる。素晴らしい音楽家だ。

2007年11月13日火曜日

映画 「マイテイーハート」


アメリカ映画「A MIGHTY HEART」 マイケルウィンターボトム監督、ブラッドピット製作のハリウェッド映画を観た。英語でマイテイーは、強くて大きな という意味。 2002年 パキスタン カラチで 取材中のウォールストリートジャーナル誌の記者、ダニエルパールが 誘拐され殺された事件があったが、残された妻、マリアンヌが書いた手記をもとにして作られた映画。

女優に、製作者ブラッドピットの妻、アンジェリーナ ジョリー。この二人 常にハリウッドのゴシップの中心にいて 人々の好奇にさらされていて気の毒。結婚して、子供も生まれて幸せなら そっとしておいてやったらいいようなものの。という訳で、実際マリアンヌが妊娠5ヶ月のときに起こった事件だから仕方がないけれど、妊娠中の女優アンジェリーナが そのつき出たおなかを重そうに 体当たりで演技していると、聞いてこの映画観たくなくて ずっとパスしていた。なのに、日曜日の静かな午後、夫が突然 新聞握り締め、「わ わ わー!まだアンジェリーナの映画やってるよー行こう行こう!」 と騒ぎ出したので 仕方なくついていった次第。 夫はどちらかというとミーハー。私とはクラシック音楽とオペラの話しかしないが、職場の女の子達とはハリウッド女優にゴシップの話題でいつも盛り上がっているし、本当はウェスタン音楽が好きなのを、私はなぜか知っている。

2002年にパキスタンで起きたタリバン分派による ジャーナリスト誘拐事件は 記憶に新しい。おおきな刀を振りかざした男が立つ前に 鎖で両手をつながれ 首をたれたダニエルパールの写真は世界中のニュースで報道され、1ヵ月後に処刑されたときの胸の痛みは忘れられない。日本人で 戦争の実際を見たいといって バグダッドに向かい、誘拐され首をはねられた青年もいた。私はこんな青年が大好き。だから、とても悲しかった。

世界一強い軍事力とマネーパワーをもったアメリカと戦うには財力が要る。外国人誘拐は必要悪。アメリカがイラクから軍隊を引き上げ、イスラエルがパレスチナ迫害をやめるまで 外国人誘拐は止まらない。当然だ。どちらにも正義があり、どちらの側にも正義はない。 映画は 実際起こった事実の重さに反して、明るく仕上がっていた。沈痛、悲嘆、慟哭が、2時間続いたのではたまらない。これはアンジェリーナという女優のもって生まれた長所からくるものだろう。悲しくても、底に強さを秘めていてちゃんと自立した女としてやっていけるニューヨークの女の特質だ。ドキュメンタリータッチの映画の暗さを この女優が演じて 一挙に明るい力強いものにした。映画の中で彼女の結婚式のシーン、その華やかさ、そして出産シーンとその喜び。サービス満載だ。この女優 男の人ばかりでなく女性から一番支持されている女優だそうだが、彼女のファンをちゃんと喜ばせてくれる作品に仕上がっている。

ひとつ英語の問題。 日本の映画評論家が、、、、妻が最後に 誘拐された夫の救出チームが解散するとき、「私達は彼らの脅かしに屈しなかった。」と言ったと書いていた。しかし、映画で彼女はそんなことは言っていない。 「テロの脅かしに断じて屈しない。」という言葉は ジョージブッシュのお得意18番の言葉で 私達は毎日ニュースで この言葉を聞かされている。屈しないというのは 力にたいして戦いを挑み抵抗し、それで屈しないという意味を示す。例えば、アパルトヘイトの力に対して屈することなく27年間獄中にあっても、己の信念を変えなかったネルソン マンデラ。例えば、何度も死線をかいくぐり強力なインドネシア軍に抵抗を続け 遂に東チモールの独立を勝ち取ったシャナナ グスマイルのような場合、屈しなかったというのだ。この映画のように 中立を保とうとするジャーナリストの言葉ではない。この映画では、殺されたダニエル パール本人が言っているように、彼はパキスタン政府側、アフガニスタン政府側の言い分だけでなく、タリバン側、アルカイダ側の取材もして事実を報道したいと言っていた。報道の中立を望むプロとして当然の立場だ。これは妻でジャーナリストのマリアンヌとて同じ立場だ。ダニエルが誘拐されて、救出チームは誘拐グループと戦ったわけではなかった。もとより、敵でも味方でもなかった。 映画のなかで妻は救出チームに、最後に「THEY TERRORIZED MY HUSBAND. BUT YOU DID NOT TERRORIZE THEM. WE DED NOT TERRORIZE THEM. 」 と言って、お礼を言うのだ。テロライズとは、恐怖を与えるとか、ひどい目にあわせるとか言う意味。だから、テロリスト達は夫にひどいことをしたけれど、あなたたち救出チームは 彼らにひどいことはしなかった、それを誇りに思う、と言ったのだ。

洋画の字幕を作る人は、ご苦労な仕事をしているし、かねてより尊敬しているけれど、ここのところは、意味がちょっと違うだけで、映画全体の意味が変わってしまう。 ジャーナリストたちはテロリズムと戦って屈したり屈させたりしようとしているわけではない。 また、ダニエル パールがユダヤ人で、妻のマリアンヌがインド人だったとは、この映画で初めて知った。パキスタンはインドと戦争をしている最中で、ダニエルの秘書も妻もインド人では インド側のスパイだったといわれても仕方がない。そのうえ、タリバンが戦争しているイスラエルを考えれば ユダヤ人の彼が たまたま誘拐された訳だが、どう考えても 彼を救出できる方法はなかったのではないかと、思う。

ジャーナリストにはさまざまな制約がある。雇われジャーナリストならば、なおさらだ。にもかかわらず、ダニエルは、タリバンの取材をし 報道しようとして、その途上で死を余儀なくされた。 さぞ、無念だっただろう。

2007年11月7日水曜日

パンク映画と映画「オイスターファーム」


映画「パンクス ノッツ デッド」は、スーザン ダイナー監督と、テイム アームストロング監督によるアメリカ映画。30年間にわたるパンク音楽を 写真、フィルム、新聞、テレビ番組など すべてのメデイァを動員して、おさらいした、優れたドキュメンタリー作品。 観ようと思って 楽しみにしていたら、たった1週間で、映画館から姿を消した。

同じ時期に、イギリス人監督ジュリアン テンプルが、製作した、パンクバンド、クラッシュなどの、ジョー スツルマーの、半生を描いたドキュメンタリー映画、「STRUMMER :THE FUTURE IS UNWRITTEN 」が、劇場に出たかと思ったら「パンクス、ノット デッド」と同時に姿を消した。まさに、人口の少ない国、1週間 劇場で公開して、客が入らなければ すぐひっこめてしまう。この2本の映画、抱き合わせで、水曜日の夜 たった一回公開されたが、こうしたマイナーな映画を上映する映画館は、私が夜 一人で行くには、ちょっと怖くて行けないような場所にある。重ね重ね、行けなくって、残念だった。 ビデオは出るかどうか わからないが、それに、期待をつなげていくしかない。

というわけで、良い映画を上映していない今、ビデオ屋で、ふらふらするしかないが 2-3年前 見逃していた、オーストラリア映画「オイスターファーム」を見つけた。喜んで借りて観た。ラリアに来てから、ひんぱんに食べるようになった生カキが、タスマニアから来るだけでなく、シドニーから車で パシフィックハイウェーを たった2時間のホーカス湾でも養殖していると聞いていたが、どんなふうに、作っているのか興味があった。ストーリーにも興味あったし、女優のケリーアームストロングは 好きな女優。

配役は、アレックスに、ALEX O’LACHLAN,養殖場主人にDAVID FIELD,妻にKERRY ARMSTRONG、おじいさんに、JIM NORTON.

ストーリーは 23歳のアレックスは 妹を連れて シドニーから車で2時間ほど離れたホーカス湾のカキ養殖場に、住み込みの職を求めて来た。養殖場を家族経営している主人は、、夫婦と子供、おじいさんの4人家族。アレックスと妹は、主人の提供する海洋上の小屋に居をかまえる。 アレックスと妹は 救護施設育ち。施設というだけで、東欧など外国からきた難民施設から来たのか、また、孤児や家庭内暴力から逃れてきた子供達の施設からきたのかは不明。妹は最近、交通事故にあって手足が不自由になったので、ちかくのリハビリ施設に通わせるために、兄はお金が必要。

アレックスは働き出してすぐ、カキをシドニー魚市場に搬送したときに警備員を襲い 売上金を強奪する。そしてその現金の封筒をその場で、養殖場の自分あての小包みにして、郵便ポストに入れる。 その後、アレックスは毎日毎日、泥にまみれてカキ養殖のために 力仕事に明け暮れる。が、いつまでたっても、自分が自分あてに送ったはずの 現金封筒が届かない。空腹で、昆布なんかしゃぶっている妹を見ても、腹がたつだけ。そうしているうちに彼は 郵便局に勤める女性に恋をする。

カキ養殖場の夫婦は カキの変動する値段と温度調節のむずかしい技術の割りに、収入が一定しないことで 家族間の関係がぎくしゃくしている。年間を通じて、ふらっと 働きに来る短期労働者も多く、妻の心は揺れ動き、夫婦間の信頼関係はなく、別居同然だ。小学生の息子のために、離婚までには至っていない。やもめのおじいさんは、養殖事業から引退して、欲もなく気楽に、家族や、移ってきた兄妹を 見守っている。

壊れそうな息子夫婦を見つめながらも、おじいさんは 秘密の自分の作業場で お嫁さんのためにせっせと、風呂桶を作っている。真水のない この海の上の養殖場で、お風呂は何よりも贅沢。一面に海の色の美しい切り紙細工で張りあわせ、貝殻をはめこんだ風呂桶は、まるで海の中にいるような錯覚を覚えるような 美しいお風呂だ。完成まじかのこのお風呂をみつけたアレックスは この美しい海の緑色は 100ドル札を切り刻んだもので出来ているを 知って怒り狂う。強奪して自分あてに郵送した妹の治療費だったのだ。怒りと羞恥心とで 気も狂わんばかりのアレックスに、おじいさんは、ひょうひょうと、「犯罪者にならずに済んで良かったじゃないか。」という。 アレックスは怒りおさまらず 妹をつれて、家を出ていく。しかし、シドニー行きの電車から、ホーカス湾の美しい 素朴なたたずまいを見ているうちに 考えなおして戻ってくる、というお話。

おじいさん役のJIM NORTON が素晴らしい。引退して、飲んで、グダグダ一日 海を見て過ごす ただのおいぼれのような風をしていて、息子夫婦の不和をきちんと見ていて いっさい口出しせずに 夫婦和解の契機を作ってやる。新しい雇用者の青年が強盗をしたことを見抜いていて、それが発覚しても警察の追求を切り抜け、青年を見守っている。年寄りの知恵と寛容とが生きている。押し付けがましくなく ユーモアと滋養に満ちた老人に、心から、ジーンときた。

ホーカス湾の美しさ。うっそうと茂った森に囲まれた湾と、海からみた朝焼け、夕焼け。ボートで行き来する人々の素朴な生活。過酷な漁業労働。黙々と働く人々。自然描写、カメラワークが素晴らしい。  この映画 観た人は今夜、生カキが食べたくなること請け合い。

2007年11月5日月曜日

ダンブラウン「悪魔と天使」

DAN BROWNの著書「ANGELS AND DEMONS」を読んだ。え、今頃?といわれるかもしれないけど、日本の本は、なかなか手に入らないので。というか、流行に鈍感なので。読むそばから 忘れていくので、これは自分のための備忘録。角川書店 上下700ページ、越前俊弥訳。
ダン ブラウンの「ダビンチコード」は、2003年、「天使と悪魔」はその前の2000年に出版された。 一級のスリラーでありながら 知的、むつかしい宗教上の知識や、最新の科学の情報をわかりやすく解説してくれるので、彼の作品を読んだあとは、なんか自分の知識が増えたみたいに錯覚する。マジシャンみたいな作家。

ストーリーは、 象徴学者のロバート ラングトンは突然スイスにあるセルン(ヨーロッパ原子核研究機構)から呼び出される。スイスからのお迎えは、超高速航空機。たった数時間でボストンージュネーブ間を飛ぶ。世界で初めて大量の反物質の生成に成功した科学者が殺され、反物質が盗まれた。死体には 大昔に消滅したはずの秘密結社イルミナリティの紋章が焼印されていた。反物質は理論上作り得る新しいエネルギーで 放射線の100倍のエネルギー効率をもつ。通常とは逆の電荷を帯びた粒子からなる非常に不安定なエネルギー源、反物質1グラムが 広島に被害をもたらした20キロトンの核爆弾の力と同じ効力を持ったエネルギー。これをもったものは、世界支配も夢でない。

イルミナリテイは ガリレオも会員だった科学者の結社で、カトリック教会から迫害され、消滅されたと思われていた。折しも、ヴァチカンでは、ローマ教皇が突然死したのに伴い 新しい教皇を選出するための、会議がおこなわれていた。イルミナリテイは、盗んだ反物質を使って ヴァチカンを爆破、4人の枢機卿を誘拐して、一人一人公開の場で処刑しようとしている。反物質抽出 生成させた科学者の娘ヴィクトリアは、ロバート ラングドンとともに、ヴァチカンに飛び イルミナリテイと対決。ヴァチカンを救うために、スイス衛兵隊と協力しながら、4人の枢機卿を助け出すべく奔走する、というお話。

基本的には 科学と宗教の対立がテーマだが、「ダビンチコード」でもそうだったが、この作家の書いたものの面白さは、私達が知らないでいたことを スリラーと謎解き小説の形で、とっても丁寧に登場人物の口を通して解説 紹介してくれることだ。 例えば、超高速航空機は、燃料はスラッシュ水素、機体はチタン合金とシリコンカーバイト、推力重量比は ジェット機が7対1なのに、20対1なので、早く飛ぶ。セルン(原子核研究機構)はジュネーブ郊外にあり、世界中の優秀な科学者が集合して居住しているところで、中にはスーパーから映画館まである、とか。ガリレオが 一体何をして、殺されてしまったのか、中世の科学者は どう位置付けられていたのか、イルミナリテイと、フリーメイスン組織の不可解な結束の仕方、など、など。

また、カトリック組織のなかの煩雑な儀式。デビルズアドボケイトという枢機卿達のスキャンダルを調査する調査審問機関。記録保管庫の800ページ布装丁の手書きの台帳。バチカン聖ペトロ教会建設にまつわる ミケランジェロやラファエロの役割と、ベルニーニの役割。バチカンの地図が出ていて、たくさんの教会、美術品が、解説つきで紹介される。

ロバートラングドン教授いわく 、、クリスマスに私達が お祝いするのは、冬至をお祭りしていた太陽崇拝の宗教からの借り物であり、これは、変容ーほかの宗教を制圧する場合 すでにある祭日を改宗の衝撃を和らげようとして、同じ日を祝うようにした結果だ。人々は新し信仰に適応しやすく、礼拝者たちは以前と同じ日を聖なる日として祈り、ただ神をべつの神に替えただけだ。として、聖人の頭にある光輪も 太陽を崇拝する古代エジプトから借りてきたもの、神の顔は ゼウスの古代ギリシャからきたものだ、と結論する。こういった解釈のおもしろさ。

この人の作品、確かに、スリリングな冒険推理小説の世界に、新しい空気を持ち込んだ。「天使と悪魔」、「ダビンチコード」に続いて、第3作が出るそうだ。とっても楽しみ。

2007年11月2日金曜日

宮本武蔵


小説「宮本武蔵」津本陽、文春文庫400ページ を読んだ。何故って、すごく尊敬している かの高名な井上雄彦の、「バガボンド」の続きが気になって気になって仕方がないからだ。

3月に休暇で帰国したとき「バガボンド」の21巻から25巻まで買ったのだが、その続きは、もう日本では出ていると思うけれど まだ読めないでいる。執拗に追ってくる吉岡一門の 一乗寺下り松で次から次へとゴチャゴチャ出てくる門下の武士との、壮絶をきわめる決闘の行方が、気になって、、、。 それと、武蔵と、小次郎との雪だるまをめぐっての 初めての出会いがとっても良かった。ぺチャぺチャ音をたてながらご飯を食べ、グズッぐるるーとかいって、雪だるまと遊ぶ小次郎が ものすごくかわいい。

仕方なく漫画の代わりに この小説を読み終わって、武蔵の禁欲的で、自分を律し、肉体の限界まで訓練によって痛みつけながら武芸ひとすじに生きる武蔵の厳しい生き方に 痛みを伴った感動をおぼえる。彼が、仏教、老荘思想に通じ、書をたしなみ、良い字を残し、絵心もある立派な教養人でもあった という事実や、兵法のもとになる「五輪書」だけでなく沢山の剣術の教科書を残した ということも、この伝記を読んで初めて知った。 武蔵は 1584年天正12年、美作国で 平田武仁,竹山城主新免伊賀守の家老職の 第3子として誕生。父は剣術と十手術の名人で武功をたて、将軍から天下無双兵術者の称号をもらった。父は武蔵の武芸の才能を早くから見抜いて、兵法のすべてを受け継がせるべく武蔵7歳から激火の勢いで木刀の訓錬をし、13歳では、真剣を使って徹底して武蔵を鍛えぬいた。14歳で 宮本道場で 武蔵に互角で戦える武士はいなくなったという。

漫画でも鬼のような父親がよくでてきたが、どうしてどうしてそんなに父親は武蔵にだけは 厳しくしたのだろう。性格破綻者だったとしか言いようがない。赤ちゃんのときに母親を亡くし、後妻にはいった継母が武蔵を実子以上に可愛がってくれたのに、武蔵3歳のときに、父親は離縁、末息子の武蔵を継母と一緒に家から出してしまう。継母の再婚以降は 武蔵は寺にあずけられる。
ひとつには、長男(武蔵の兄)が父親からの木刀の訓練を受けていた時に足腰を痛めて身障者になったこと。頼りにしていた後継者の長男が不具になって やけくそになっていたんだろうか。
それと、父の不祥事だ。62歳の老境にあった父が 自分の兵法の後継者と頼んでいた武士を、主君の命令で討ち取るようにいわれたが、すでの実力では彼の首をはねることができなくなっていたので、複数でだまし討ちをして処分する。この不名誉な出来事で 将軍からは認められるが、家中のものから卑怯者の烙印を押されて、城に上がることができなくなって、それが原因で宮本村、美作を去らなければならなくなったこと。まあ、なにが、問題だったのか、父親は 末息子の武蔵だけをのこし、他の兄弟を連れて、武蔵が16歳で元服するのを待たずに、九州に移住してしまう。鬼のような父。

武蔵は16才で元服、父親の不祥事で父の俸禄を受け継ぐこともできず、親に捨てられ、受け継ぐべき財産もなく、孤立無援の身だった。16歳にして、父もなく母もなく、自分の生活の基盤をたてるには、いくさで手柄をたてて、城主から認められる以外には生きる方法がなかった。それで、武蔵は武者修行の旅に出るのだ。天下一強くなって、一国一城の主になり 妻にお千を迎えることを、夢見ながら。 ,,, 

「武蔵は野犬のように土埃にまみれて歩き、疲れきって路傍に伏す日をくり返す。夢中で歩き続け気ついたときは紀州熊野の山中にいた。このとき彼は、禅寺の老師から教えられた古歌を思いだす、「いまという いまなるときはなかりけり、まの時くれば いの時は去る」という。過去は過ぎていき未来はいまだに来らざるものである。」,,,たしかにあるのはいまのみであるという言葉が、今を生き,剣に命をかけて生きる 彼の生き方を正確に言い当てている。

13歳で香取神道流有馬喜兵衛と決闘して木刀で撃殺、関の原の合戦、吉岡清十郎、吉岡伝七郎、薙刀の黒岩因幡守、伊賀の鎖鎌の宍戸などを破り、負け知らず。そんな暮らしの中でも、槍術の宝蔵院の宗家甍栄との友情が、良い。また武蔵が名古屋の通りを歩いていて、すれちがったときに、互いに今まで逢ったことがなかったのに、その隙のなさから、相手が柳生兵衛助利厳だと、わかり、相手も名乗る前に武蔵と認識して、笑顔で名乗りあった、というエピソードもおもしろい。

「我道には有構無構といいて、構はありて、構は無きというなり。」と、「五輪書」にあるというが、武蔵は構えという戦いの固定した型をきらった。型を作るのは容易ではない修行を必要とするが いったん出来上がってしまった型に固執すると自分の型にはめ込むことの出来ない相手とは立ち会えない。従って相手をそのつど よく見て自由自在に立会い相手の欠点を見つけ出して それを叩くべきだ、といっている。いろんな言葉に置き換えて、日常の私達の人への接し方、仕事の仕方にも、通じる、含蓄のある言葉だ。

小説を読んでいても 漫画のリアリテイーでイメージをふくらませながら読んでいるから おもしろい。逆境が人を造る というが、まさに 武蔵はその言葉どうりの人。 早く日本に帰って、井上雄彦の続きが読みたいワー!

2007年10月28日日曜日

オペラ「タンホイザー」

ドイツが誇るリチャード ワーグナーのオペラ「タンホイザー」を観た。シドニーオペラハウスにて、オペラオーストラリア公演、11月2日まで。指揮者 RICHARD HICKOX. 正式の名前は、「TANNHAUSER UND DER SANGERKREIG AUF WARTBURG 」(タンホイザーとヴァルドブルグの歌合戦)

べヌスベルグの官能の国で、女神ヴィナスと愛欲に耽っていた騎士タンホイザーは、そんな生活に飽きて ヴィナスに逆らって 地上のヴァルトブルグの国に戻る。昔の仲間達、ヴォルブラムにもむかい入れられて、恋人エリザベスにも再会を果たす。時に、ヴォルトブルグの国では領主主催で 騎士達の歌合戦が開かれ、タンホイザーも招かれる。エリザベスに片思いしているボルブラムは、領主とエリザベスの前で清らかな愛を歌ったのに、それい反発したタンホイザーは、官能の愛を讃える歌を歌い、領主、騎士達の怒りを買い、彼が禁断の地 べヌスベルグにいたことが発覚してしまう。それでタンホイザーは赦しを求めるため、ローマに巡礼に行くことを強要される。しかしローマで、タンホイザーに赦しは得られず、苦行に耐え切れず、死ぬ。エリザベスも タンホイザーの帰りを待ち疲れて 命を神に捧げて死ぬ。エリザベスの純愛が奇跡を呼び寄せて、タンホイザーの魂は救われる、と言うお話。

敬虔なカトリックでも、愛欲と官能の世界を全否定してしまう倫理主義者でもない私は 最後には二人とも死んでしまって それでも魂が救われたから良いじゃない というストーリーを良いと思っているわけじゃないけど 楽しいオペラ鑑賞だった。楽しまなくちゃあ損。オペラチケット$180、カーパーク$30、プログラム$15、中で飲むシャンパン$10.これだけ出して 楽しまなかったら、全然損。

ワーグナーのオペラはどれも、重厚、倫理、宗教的、難解、陰湿、悲愴、ねくら、おじいさんっぽい。 反して、モーツアルトや、ヨハン シュトラウスのあの、晴れ晴れとした、空を突き抜けるような明るく、軽快で踊りだしたくなるような楽しいオペラは、どうだ?なんという違い! まあ これがドイツなんだから、仕方がない。歌われる沢山の美しいアリア、そして合唱、どれも言葉がものすごく難しい。哲学的 形而上的な言葉の羅列、歌うほうは、大変だろう。そして歌のうちどれひとつとしてオペラを観た翌日 鼻歌でフンフン歌えるような曲はない。

こういったワーグナーのオペラをダイレクターELKE NEIDHARDT、セットデザイナーMICHAEL SCOTT-MITCHELL,ライトデザイナーSUE FIELDなどが、とても現代的で良い舞台を造っていた。官能の世界の女王ヴィナスに仕えるアモール(愛の天使)が、すごく印象的だった。アモールは歌わない せりふがない、ながら、舞台全体のコマまわしのような重要な役割をもっていて、愛欲の世界にも、地上に世界にも出現して、誰でも人間の心には愛と官能を求める気持ちがあるという このオペラの新しい解釈に手を貸していた。アモールは、巨体で肥満体、はげで 背中に天使の翼をもっている。実に醜いというか、印象的な姿で歌わず語らずして体の動きで表現する、すごく良い役者だった。(MAELIOSA STAFORD)。

ヴィナスに、MILIJANA NIKOLIC(アルト)、タンホイザーに、RICHARD BERKLEY (テノール)、エリザベスに、JANICE WATSON(ソプラノ)。3人とも、特に素晴らしくも 悪くもなく、難曲を次々に美しい声で歌いあげていた。羊飼いの少年も、7歳くらいだろうか、美しいボーイソプラノで歌ってくれた。

特質すべきは、今回のオペラにはワーグナーの重厚 悲愴、根暗をオーストラリア独特の明るい笑いで上手に処理していたことだ。まず、アモールのみごとな出現が笑わせる。背中に翼があるのに反宗教的でいたずらっぽくて、かわいい。彼の一挙一動に観客は笑っていた。

ローマに巡礼に行ってローマ法王に謁見されて帰ってきた司祭達がみんなカトリックの黒いガウンを着て、おそろいの「アイローマ」と書いたビニールバッグをもって行進する姿なども、観客は大喜びで手をたたいていた。このオペラ、他のオペラに比べてコーラスシーンが多く、28人の男性合唱、14人の女性合唱がとても良かった。

それと、官能の世界で堕落した人々が乱れているところを、10人位の踊り子が編みタイツ、娼婦スタイルでタンホイザーと戯れるシーンでは、ラリアの定番、黒タイツ、ブーツに黒ブラジャーに、ムチをもった踊り子が タンホイザーが地上に帰りたいと 悲愴な決意で美しいアリアを歌っている最中、「帰る」という言葉が出るたびに、彼の前に出て、脅かそうとするところも 観客はワーっと沸いていた。編みタイツにムチ姿が出てくると 俄然喜んでしまうラリア人って何なの?

純愛のエリザベスがタンホイザーを思って、歌うシーンでも 6人位のダンサーが蝙蝠になって、アクロバットみたいな危ない姿でバタバタ、エリザベスを邪魔して 愛の行方に影を落とすところも、おもしろい演出だった。 8匹の本当の犬まで出てきた。

総じて、舞台芸術がとても良くできていて、優れた舞台を 堪能することができた。 ワーグナーなのに、よく笑った。意表をつかれる、楽しい舞台だった。つまらない娯楽が多いなかで、本当に、オペラは、舞台で本物を観る価値がある。

2007年10月22日月曜日

洞窟のなかのコンサート

どうしても行きたかったブルーマウンテン ジェノランケイブのコンサートに 遂に行くことになって、嬉しくて思わずふるえた。二年がかりで、念願のコンサート。

ブルーマウンテンの数々の洞窟は、何千年もの時間をかけて形造られたられてきた。なかで、ジェノランケイブが一番有名。近くに山小屋が出来てから旅行者でいつも、いっぱい。なかで、ルカスケイブから、54メートルほど中に入った洞窟に、自然が形作った小さな部屋があり、教会になっている。そこが、コンサート会場。

洞窟のなかは、一年を通じて気温15度、人工的な音のない 風の音さえない、静寂そのもの。ひとつの音が8秒鳴り響く、自然のエコー。沈黙の深さ、音の増幅、拡大が、強力で豊か、より純粋な音が 自然の音響効果で、聴くことが出来る。 そこで長いこと ドイツ人のチェリストが 定期コンサートを催しているのを知って、いつか聴きに行きたいとずっと思っていた。

コンサートは 土曜の夜。洞窟まで 4-5時間、昼間なら慎重に運転すれば運転できないことはないが、コンサート後、夜道を、切り立った岸壁、厳しい山道をヘッドライトの明かりだけで山から 下りてシドニーに帰れる自信は全くない。無謀というものだ。シャトルバスで行き帰りを 頼むことにした。仕事を一日休暇とって、長距離電車のチケットを予約し、シャトルバスの運転手と打ち合わせして、やっと、やっと、夢にまでみた念願のコンサートにいける!

夫はケンタッキーフライドチキンの店に立ってるおじいさんの体型。腹の出ぐあいサンタクロース型、甘いものが大好きで、喘息もちなのに、タバコを止められない。そんな夫をつれていったのが間違いだった。洞窟のなかのコンサートに向かう途中、洞窟までの階段が、狭いうえに 急で 手すりをつかまえてやっと 体をもちあげて先に進む冒険旅行。私でも、息があがって、やっとのことで、前に進む。さあ、コンサート会場までもう一歩、、、 ふと後ろも見ると、夫が、真っ青な顔で、喘息発作をおこして、アップアップ、、、水のない金魚のような、苦しみ方。吸入器を ポケットから出す力も残ってない。あわてて駆け寄り、救命。「一人で、コンサートを聴いてきなさい」、と、背中を押してくれるが、誰もいない洞窟の真ん中で、こいつ、置いていけるか?

というわけで、チェロを聴くことが出来ずに シャトルバスで帰ってきた。予定外に、2時間早く帰る事になったシャトルバスの運転手さん、私の肩に手を置いて、「またくればいいよ、ね。」と。 ボロッと、おおきな涙が私の目から落ちた。

2007年10月19日金曜日

映画 「THE BRAVE ONE」


アメリカ映画「THE BRAVE ONE 」を観た。各ホイッツ映画館で封切りされたばかり。邦題未定。「勇気ある女」または「ブレイブワン」か。アイルランド人二ール ジョーダン(NEIL JORDAN)監督。「THE CRYING GAME 」の監督。

久々の お母さんになった、オスカー受賞女優ジュデイ フォスターが(JODIE FOSTER)主演。男優に、テレンス ハワード(TERRENCE HOWARD)。この人、アカデミー作品賞を取った映画「クラッシュ」にも出ていた 今や アフリカンアメリカ人のなかで一番ハンサムな男優かも。

ストーリーは、 エリカ(ジュデイ フォスター)は 放送局でデスクジョッキーというか、放送パーソナリテイーとして、自分の番組をもっている。マイクロホンを前に、詩を読んだり、インタビューをしたり、音楽を流したりしている。病院に勤務する恋人と一緒に住んでいて、結婚する予定だ。しかし、ある夜、二人で犬を散歩させていたとき ギャングにアタックされる。不運な時に、不運な場所に 居合わせたというだけの理由で、恋人は撲殺され、彼女は3週間 昏睡状態で生死の間を彷徨った末 生還する。しばらくして、職場復帰するが、恋人を失った衝撃から立ち直ることが出来ない。警察に 犯人逮捕の手がかりを問い合わせても、暴力事件が日常茶飯事のニューヨークで、警察の態度は、冷たく、何の希望も見出せない。湧き上がる怒りと、身を守るのは自分しかないという絶望感から、護身用の銃を手に入れる。

そんな、一人きりになって 希望をなくしたある晩、エリカは偶然、家庭内暴力で夫が妻を殺す現場に居合わせてしまい 自分を守るために、やむなく男を撃ち殺す。それ以来、銃を持ち歩き、あえて、夜 出かけては、地下鉄に乗って、ギャングを撃ち殺し、小児虐待の男を待ち構えて、処刑し、また、ポン引きを処分する。そんな行為でしか怒りを静められなくなって殺人がやめられなくなっていく。

捜査を担当する刑事は エリカの不審な行動に、疑問をもち、彼女にはギャングを処刑するだけの動機があることを 突き止める。ギャングに襲われ、辛うじて生き残ったエリカの傷ついた心に共鳴しながらも、刑事はエリカが一連のギャングアタックに関わっているならば それを止めさせなければならない と考えている。知り合い、話をすればするほど、エリカと刑事は心が通い合い 惹かれ合っていくが、エリカは 悪への怒りを押さえつけることが出来ない。最終的に、自分の恋人を殺した3人組のギャングを遂に突き止めて、復讐するための道に突き進んでいく、のだけど、その先は、これからこの映画をこれから観る人のために、言えない。

ジュデイーフォスターが とても良い。やせて小柄な彼女が 思いのほか筋肉質で、泣かずにいられないときでも 歯を食いしばって涙をこらえて、絶対に怒りを忘れず 怒りを生きる糧にして、前に突き進んでいく姿が、とても良い。小さくて可愛いくせに 気味悪いほどグラマーで そこそこ仕事もできるカマトト女が 男にもてる世俗社会ではあるけれど、ジュデイーフォスターの 人工授精で赤ちゃんを産みシングルマザーとして生きる潔さが、今の女性の行き方の最先端を行っているのではないか。

エール大学卒業のインテリ女優、出演作をすごく選んでいる。 彼女のデビュー作が ロバート デ ニーロの、「タクシードライバー」。 これで彼女は14歳で娼婦役、衝撃の登場だった。これで、オスカーにノミネイトされた。その後の「アキューズド」では、 ゴールデングローブ賞と、オスカーを取った。パブで輪姦されて、犯人達が法で罰されるまであきらめずに戦う女の勇気に圧倒された。 「羊達の沈黙」では、彼女以外の女優にできないような難しい役をやって、アカデミー主演女優賞を取った。2作目の、「ハンニバル」を、他の女優が演じたため、アンソニー ホプキンスのレクター博士も、二度目はちょっと冴えなかったが、彼女がやっていたら、もっとずっと、違う作品になっていただろう。

この映画、ジュデイー フォスターと、ハンサムなテレンス ハワードを画面で観ているだけで、私は嬉しかったが、映画の ストーリーに賛成できるわけではない。リベンジは、リベンジでしかない。復讐は なにも、生み出さない。 いつのころからか、9ー11の直後からだろうか、アメリカ人はリベンジを正当化するようになった。イラク攻撃も、グアンタナモ刑務所も、アフガン攻撃も 9-11のリベンジだ。いまだ、アメリカ人の半数以上がジョージブッシュを支持している。 リベンジを、正義 と認めてしまったら、人は人の道を外れる。

2007年10月13日土曜日

映画 「僕のピアノコンチェルト」


スイス映画「VITUS 」を観た。邦題「僕のピアノコンチェルト」。クレモンオピウム、各地デンデイー館で上映中。監督、フレデイー ミューラー。ローマフィルムフェステイバルで オーデイエンス賞を取った。音楽雑誌などが、絶賛している。

IQ180の天才的頭脳と、プロ並みのピアノの腕前をもっている少年ヴィトスのお話。 6歳のヴィトスを BRENO GANZ、12歳のヴィトスを、TEO GTHEORGHLYが演じている。

実際に12歳の テオ ゲオルギューは、名門の音楽学校在学中の学生で 映画の中で演奏しているのも、バックグラウンドで流れているピアノ曲も、みな彼が弾いている。映画のラストシーンで コンサートホールで、フルオーケストラをバックに、ピアノコンチェルトを弾き終わり、20分もの、スタンデイングオベイションを 得たのも、実際にあったできごとだそうだ。

ストーリーは、 ヴィトスの父親は機械工学のエンジニア、母親はパートタイムでオフィスに勤めるごく普通の家庭だが、ヴィトスの成長とともに、頭が良くて、音楽の才能に恵まれていることがわかる。7歳で 難解なバッハのピアノ曲を弾けるようになると 両親はそれが自慢でならない。職場で余り評価されていなくて、うだつがあがらない父親は、職場の上司達をパーテイーに招待して、ヴィトスにピアノを弾かせて、びっくりするのを観て日ごろのうっぷんを晴らしたりしている。学校でも、とびぬけて数学ができて、先生方は彼を、12歳で飛び級させて、高校に行かせる。どんどん難しい数学に挑戦して、まわりを 驚愕させるが、ただそれだけ。友達もいなくて、親は期待するばかり、母親はヴィトスのために、仕事を辞めて ピアノレッスンに圧力をかけるばかり、、、次第にヴィトスはそんな日常に耐えられなくなっていく。

汽車で1時間ほど行った田舎に おじいさんが一人で住んでいる。木工作業場を持っていて、家具などを作っていた。ヴィトスは、このおじいさんが大好き。おじいさんは 昔から空を飛ぶ夢を持っていた。飛行士になりたかったという。ヴィトスが7歳のころ、木工細工で大きな翼を造ってくれた。12歳になって 閉塞した日常から、飛び出したくなって、ヴィトスは、ある日 その翼をつけて、高層アパートのベランダから、飛んで身を投げる。全身打撲で、意識不明になって病院に運ばれたヴィトスは、奇跡的に怪我こそしなかったが、検査の結果、180あったIQが、120に落ちて12歳意のごく普通の子供の知能にもどってしまったことがわかる。

失望のどん底に落ちる母親。父親は失業の憂き目にあい,家庭は暗くなるばかり。自然、ヴィトスはおじいさんと一緒に手作業をしたり、散歩したりして過ごすことが多くなり、高校もやめて、小学校に入りなおす。友達もできて、好きな女の子もできる。 ただ、過剰な期待をかけて、圧力をかけてくるだけの両親と違って、ありのままを愛してくれるおじいさんは 本当は ヴィトスが事故でIQが低くなったわけでも、ピアノが弾けなくなったわけでもない事実をあとで知るが、誰にも言わない と約束する。ヴィトスは母親の「管理」や、教師の「指導」のないところで、ピアノが弾きたかっただけなのだ。

おじいさんの古い家の天井が落ちそうだが、資金がなくて、修理ができないとわかって、丁度、失業したお父さんの会社の株の操作をして、ヴィトスはおじいさんを巻き込んで、大金を手に入れる。お金持ちになったおじいさんは、まっさきに ヴィトスに相談もなく、欲しかったものを、手に入れる。飛行機操縦のシュミュレーション機械と、本当の飛行機だ。ヴィトスは自分でアパートを手に入れて、そこで、思い切りピアノを弾いて過ごす。

しかし、本当に、おじいさんの家の天井が落ちてきて、そのときの怪我が原因でおじいさんは亡くなる。最後まで自分が買ったばかりの飛行機で空をかけめぐる夢をヴィトスに語りながら。ヴィトスは、おじいさんの夢を実現すべく、一人で飛行機を操縦して、遂に空を飛ぶ。そして、自分が習いたかったピアノの先生のお屋敷に飛行機を着陸させる。世界中からお弟子になりたい生徒が訪ねてくる先生の家に、突然空からやってきた少年を、先生は笑顔でむかえる、と言うお話。

おじいさんと少年の心の交流がとても良い。いくつになっても子供の心をもったおじいさんと、少年の心が しっかり結ばれている。反して、事故にあった子供が、普通のIQにもどったと知って絶望して、やけっぱちになってタバコを吸ったりしている母親は醜い。飛びぬけて優秀だった息子が誇らしかったが、普通の子供人なって、自慢できなくなった自分が悲しいだけなのだ。こんな親になってはいけない。

仲良しになったクラスメイトと自転車で乗り回すシーンが良い。相手はロックをイヤホーンで聞きながら自転車を乗り回しているが、ヴィトスは、リストのピアノ曲を頭の中で反復しながら乗っている。 そして、もちろん ラストシーンの、オーケストラと、ヴィトスのピアノコンチェルトの大成功のシーンは素晴らしい。この小さな音楽家、演技をしていると言う感じがしない。地で、演奏し、演じている。立派な音楽家に成長するだろう。

2007年10月12日金曜日

映画 「AWAY FROM HER]





映画で、ジュリー クリステイーに逢えたことが、とても嬉しかった。デビッド リーン監督、不朽の名作 「ドクトルジバゴ」の「ラーラ」だ。

カナダ映画「AWAY FROM HER」を観た。クレモンオルピアン、各地デンデイー館で、上映中。 邦題は未定。「彼女から遠く離れて、」か? 監督サラ ポーレイ(SARAH POLLEY)、若干28歳の女優で監督の 初めての作品。 62歳の妻の役に、イギリス人のジュリー クリステイー(JURIE CHRISTIE)、その夫にゴードン ピンセント(GORDON PINSENTO)。

この映画、これ以上の役者は望めないというほどの 熟練の役者2人が演じたことで、辛うじて映画として成功した、と言える。動きの少ない、難しい役を、二人は、ほとんど出ずっぱりで、表情の変化と、場面場面に合った服装から髪型までの雰囲気造り 役造りに凝りに凝っているのが、わかる。ふたりとも本当の役者のなかの役者だ。 それにしても、ドクトルジバゴのラーラ、、、なんと美しく年をとったのだろう。 これほど美しい60代の女性を 他に見た事がない。何の曇りもない 澄み切った青い瞳。純白の長い髪、知的な容貌、表情の一つ一つが、生き生きしている。ジェーン フォンダが 同じように年をとって、最近の映画「モンスターマザー」に出演していたが、彼女、小柄なだけに 衰えが痛ましいほどだった。 キャサリン ヘップバーンも、昔、死ぬ前 ヘンリー フォンダと、「たそがれ」という映画で老夫婦役をやったが、首から肩にかけての 衰えがあわれだった。ジュデイー クリステイーは若くて 映画界でちやほやされる時期に、人気にこだわりなく リベラリストとして社会運動に関わり、独特の’自分らしい生き方をしてきた。60代になっても、彼女らしい個性的なスタイルをくずさない。素晴らしい女優だ。

ストーリーは、 フィオーナ(ジュリークリステイー)とグラント(ゴードン ピンセント)は、44年間 一度も離れたことがない 仲の良い夫婦だった。アイスランドから移民してきた彼女が、18歳でまだ学生だったときにグラントは結婚を申し込み、そのとき、どんなことがあっても、君から離れないでそばにいる と約束したのだ。夫婦は20年余り、カナダ、オンタリオの国立公園の近く、自然の豊かなところに家を建てて住んでいる。二人で クロスカントリースキーを楽しみ、自然を愛し、毎晩夜になると、夫は妻に本を読んで聞かせる。しかし、フィオーナの、記憶力が衰え、しまったものが、見つからないなど、奇妙な行いをするようになってきた。彼女は 自分で本を読み、自分がアルツハイマー病で、いったん症状が進むと、治療の効果が 期待できないことを知る。遂に、徘徊が始まり、自分の家に帰れなくなったある日、彼女は夫の反対を押し切って ナーシングホームに入ることを決意する。夫は、症状の悪い日があるかと思うと、良い日もあるので、どうしても、あきらめきれない。

自分のところに良くなって戻ってくると思い込んでいる夫を残して、妻は、自分で自分のことを決められるうちに、と、ナーシングホームに入る。入所から初めの30日は、入居者が慣れるように、夫は面会に行くことが出来ない決まりになっている。30日間、結婚してから初めて妻から離れて暮らしたあと 夫が面会に来てみると、妻は同じホームにいる認知障害の男の恋人になっていて、夫が誰だかもうわからない。妻が 別の入居者と肩を並べて、ゲームをしたり、一刻も離れずに世話してやったりしている姿を、呆然をして見つめる夫。もう、夫が毎日来て、本を読んであげても、妻はうわの空。夫が たまりかねてある日 私が夫で44年間一度も君のそばを離れたことがなかったのに、どうしてどうして、他の男の心が移ったのか、、、と、問いただしたときの、妻の困惑。彼女は、「HE DOES NOT CONFUSE ME」私を困らせるのは あなたであって、彼は私を混乱させたり、困らせないでいてくれる、と言って泣く。

はたから見れば、認知障害は、脳が縮小して感覚も鈍くなっているように見えるが、患者本人は、記憶が失われ、自分を確認することができなくなってきて、本当は本人が一番つらいのだ。妻には自分の過去の記憶がない。昔のことを、持ち出して言われると 自分をますます確認することができなくなって 不安が増すばかりだ。夫も可哀想だが 妻のつらさも身にしみてせつなくて、この映画、すごく泣ける。

夫は妻のそばから絶対 離れずにいる、と約束したのに、妻をナーシングホームに入れて 傍にいてやることが出来ないことへの自責の念に苦しみ、妻の心変わりを これは自分の約束を守らなかったことへの復讐なのだと思い込む。 妻は記憶のない自分のよるべのない不安で不確かな自分自身から逃げるように そこにいる男の世話をしてやることで 何とか自分を保とうとする。

どんなに満ち足りた結婚生活にも 必ず終わりがくる。どんなに 喜びに満ちた生活でも、死を避けることは出来ない。

悲しい映画「NOTEBOOK」 邦題「君に読み聞かせるノートブック」も、心に残る映画だったが、この映画も、すごく泣かせる。ジュリー クリステイーの存在感だけで、すごく満足できる映画。それと、カナダの自然の美しさ。雪景色の素晴らしさも、特筆に値する。

2007年10月10日水曜日

映画 「キングダム 見えざる敵」


映画「THE KINGDOM 」を観た。邦題「キングダム見えざる敵」。各地ホイッツで今週から公開され上映中のハリウッド映画。ピーターバーグ(PETER BERG)監督。

この監督の出世作「FRIDAY NIGHT LIGHT」は、低予算の小さな映画だったが、私の好きな映画のひとつ。小さな町が 高校のフットボール決勝戦で町中が燃え上がり、高揚して死者がでるくらい熱狂の渦にとりこまれている。興奮の嵐が去り、次の朝、まだ町中が眠っている静けさのなかで、フットボールヒーローだった少年が 公園で遊んでいる小さな子供達に 自分のボールを蹴ってやり、背をむけるラストシーンがとても良かった。

「THE KINGDOM 」は同じアクションでもフットボールの肉弾戦に対して、こちらは機関銃、ロケット弾と爆弾の雨。 「ダイハード」、「BOURNE ULTIMATUM」、「ラッシュアワー」と、アクションはもう充分だったのだけど、サウジアラビアのオイルがからんだ政治映画というふれこみだったので、観にいってみごとに裏切られた。しょせんアメリカ人からみたアラブテロリズム。「世界の敵」イコール アラブテロリストという ジョージ ブッシュと同じ視点でみたサウジアラビアだ。真実の一片もない。何が正義かわかっていない。ジョージ ブッシュの「正義」をこんな映画で 押し付けてもらいたくない。だれも、好きこのんで自爆テロで死んでるわけじゃない。サウジアラビアの土地でアメリカ人に[正義]などという言葉を発する資格はない。

映画の筋をいうと、 最大産油国のサウジアラビアの石油会社の外国人居住区がテロのターゲットになりFBI職員を含む、100人余りが死亡、負傷者200人が出た。FBIはサウジ政府との密約で 4人のFBIスペシャリストを、リヤドに5日間だけ 派遣して捜査する許可を得る。しかし、テロリスト組織も、彼らの動向を把握していて、待ち構えている。リアドで爆破跡を捜査する4人のFBI専門家は、イスラム教徒の遺体を損傷してはならない、聞き込み捜査は、サウジ警察官立会いのもとでしか行えないなど、自由のきかないなかでも 爆弾犯のアジトをつきとめ、事前に攻撃を防ぐことができたが、4人のうちの一人が拉致され、その奪還のために、血を血で洗う戦いになる、というお話。

FBIチーフ捜査官に、ジェイミー フォックス(JAMIE FOXX)、化学調査官にジェニファー ガーナー(JENNIFER GARNER)、爆弾専門家に、クリス クーパー(CHRIS COOPER),情報分析官にジェイソン べートマン(JASON BATEMAN).

100人のアメリカ人がサウジで犠牲になったのでFBIがのり出して来たわけだが この4人のFBIが100人くらいのサウジの人を殺し返して 5日後に無事4人そろってアメリカに帰っていくお話。殺されたら殺して良いのか?アメリカならば、ほかの国に行ってその国の警察や軍を無視して、その国のテロリストを始末して洋々とアメリカの帰還して良いのか。

例えば アメリカ人が神戸でヤクザの抗争に巻き込まれて死んだとする。FBIがやってきて、次々とヤクザの事務所にロケット弾を撃ち込んで、ヤクザを並ばせて機関銃で皆殺しにして、で、本国に帰ってもらって良いのか? ビルマで1000人以上の敬虔な仏教徒が殺されているからといって、FBIが介入してアウンサンスーチーを救い出し、刑務所につながれている数万人の民主主義を求める政治犯を解放し、軍の銃を奪い取り市民の渡すことができるのか?ホントにそれ、やっちゃっていいのか?FBIに、それができるなら、今すぐに入りたい。

この映画、ジェイミー フォックスとジェニファー ガーナーが主役だが、二人とも影が薄く存在感がない。そこが、同じアクションでも「ダイハード」のスーパーヒーロー ブルース ウィルス、「BOURNE ULTIMATUM」のマットデモン、「ラッシュアワー」のジャッキー チェンなどと全然ちがう。やはり、アクションには、絶対スーパーヒーローがなければ、アクションはただの殴り合い、殺し合いで 汚いだけだ。

アメリカ人を多数含む市民100人死んだと聞いて泣き出して、ジェイミー フォックスに抱いてもらわなければならなかった ひ弱なジェニファー ガーナーが 現場に着くと20人も30人も平気でアラビア人を撃ち殺し、血だらけになっても飴をなめているのが笑える。この女に自分の父や兄弟を撃ち殺されて、怖がってふるえている小さな女の子に 飴をさしだして にっこり笑うシーンも笑える。この女一体なんだ?

この映画は 政治が絡んでいるわけでも アクション映画でもない。ただ、殺し合いゲームの好きな人向けの、B級の娯楽映画だ。アメリカのジョージ ブッシュのやっていることが 正義だと思っている人、そして娯楽映画で暇な時間をつぶしたい人にお勧めの映画だ。

2007年10月7日日曜日

電子音とACOコンサート

ヴァイオリンを弾く人ならば、一番やってみたいこと といったら、自分の気に入った先鋭の室内楽団と一緒に ソロイストとしてヴィヴァルデイの「四季」を演奏することではないだろうか。 先鋭というなら 例えば、オーストラリア チェンバーオーケストラ(ACO)とか、ブランデンブルグ室内楽団や、オーストラリアン アンサンブルなどだ。

「四季」は4つの季節に分かれ それぞれがまた3つずつの楽章に分かれていて ソロのパートがきわだって美しい曲だ。クラシックの曲にしては珍しく 作曲家自身の曲の説明が 詩になってついているので解釈がわかりやすい。胎教に最も良いといわれており、CD屋さんのクラシック部門の売り上げは 変わることなくいつもトップの座を占めている。

映画「4」は、今年のシドニー映画祭で好評だったが、ヴィヴァルデイの「四季」をテーマにした映画。ドキュメンタリー部門で 優秀賞にノミネイトされた。サンドラ ホール監督。現在も、クレモンオピアンで上映中。好評で上映8週間目に入った。 「春」の部分を 何とか言う日本女性ヴァイオリニスト、「夏」を、アデレートをベースにするオーストラリア人ヴァイオリニスト、NIKI VASLAKISが、「秋」を、ニューヨークの若いヴァイオリニスト、「冬」をフィンランドの奏者が演奏していた。それぞれ、これから世界的に活躍が期待されている若い奏者が どう ヴィヴァルデイをこなすか、各国の季節にからめて丹念に取材したフィルムだった。中で、世界で一番寒い国、ラップランドに住むフィンランドのヴァイオリニスト ペッカ クーシスト(PEKKA KUUSISTO)が、素晴らしかった。クラシックのワクにとらわれないラップランドの民謡や、ソウル、ジャズのリズムを取り入れた独特の音の世界を持っている。

この人の演奏をシドニーで二回、聴いた事がある。オーストラリア チェンバーオーケストラ(ACO)のリチャード トンゲッティが 彼を見出してフィンランドから引っ張ってきて、ACOをバックに、彼にソロを弾かせた。このとき、彼は、チャイコフスキーと、バルトークを弾いていた。こんな、稀有な才能を 地の果てから連れてきて、紹介するトンゲテイもすごい人だが、期待にこたえる力をもつペッカも偉い。その、まだ子供のような姿のペッカの演奏を 世界がまだ注目する前に聴くチャンスに恵まれた私も幸運だった。今後も才能をどう開花させてくれるのか、しっかり、見届けたいと思う。

そんな、リチャードトンゲッティの ACO、11月の定期演奏会を聴いてきた。テーマは「ソニック」。作家、マイケル レニグ(MICHAEL LEUNIG)が読む詩に、俳優ドリュー フォーサイス(DREW FORSYTHE)が パントマイムをつけ、それに作曲家のアンソニーパテラ(ANTHONY PATERA)が 曲をつけて、ACOと一緒に演奏する というパフォーマンスだった。ベースは、サンサーンスの「動物の謝肉祭」をもじって「人間のカーニバル」。 合衆国の国歌とラリアの国歌を同時に演奏して その不協和音を聴かせるというような、悪趣味もあって、みな げらげら笑いながら聴いていた。国連の同意なくイラクに軍を送り戦闘を続けている合衆国に 盲目的に追従し 戦力を送っているラリアのハワード内閣への批判でもあろう。

ACOはサンサーンスを沢山演奏したが、なかでも、チェロのソロ「白鳥の踊り」は、だんとつに良かった。チェリストは、ACOのメンバーテイモ ビヨッコ バルブ(TIMO-VEIKKO VALVE)。リチャードトンゲッティは、国宝級のヴァイオリン、ジュゼッペーグルネリが作った、10億円の価値のヴァイオリンを貸与されているが、このチェロも、同じグルネリで、アメリカの億万長者がACOに貸与を申し出た名器だ。大学をでたばかりのスエーデン出身のチェリストには 荷が重いだろうが、良く弾きこなしていた。

作曲家、アンソニーパテラは コンピューターの電子音も使いながら、ACOの音と、作家による朗読と、俳優によるパントマイムを よく監督し統合していた。音を立体的に捉えて見せる。クラシック音楽を 電子音に合わせて総合的なパフォーマンスに仕上げる といった試みに挑戦している。今後の コンサートのありようを、垣間見せるような、コンサートだった。

2007年10月2日火曜日

映画 「ラッシュアワー」


終末医療に従事している私の仕事に希望はない。1日をベッドで過ごす患者達に笑いはない。今日、一日、なにか生きていることが嬉しくなるような喜びが見出せるように、、、きょうは特別 風が生暖かいとか、空が一段と高くなったようだとか、出回り始めたぶどうがおいしいとか、赤ちゃんの声でさえずっていたヒナの声が大人になってきたとか、窓から蝶がとびこんできたとか、そんなつまらないことでも患者と一緒に笑えるように接している。笑いは 人になくてはならないものだ。

人を笑わせるために作られた映画「ラッシュアワー3」を観た。各ホイッツ映画館で上映中。ブルースウィルスの「ダイハード4」でも54歳の活躍ぶりに感心したが ジャッキーチェンの若さにも吃驚。ジャッキーチェンと、クリスタッカーのコンビ 3作目。 

彼の映画に筋立てと言った筋もないのだけれど。 中国大使のボデイーガードとしてジャッキーチェンはロスにやってきた。弟分のクリス タッカーとは4年ぶりの再会。中国を根城にした国際犯罪組織について、大使が国際会議で重大発表をしようとした矢先 大使は狙撃され銃弾に倒れる。美しい大使の娘に頼まれてジャッキーとクリスは、この犯罪組織を解明し、事件を解決することになる。追うジャッキーとクリスのアクション。ここまでやるか?と思う派手な追いつ追われつが、本当はものすごく危険なアクションとわかっていて、笑わずにはいられない。

逃げ遅れたギャングの一人を捕まえて 組織のボスの名前を白状させるんだけど、相手はフランス語しか話さない。急遽 来てもらった通訳はフランス人修道女。ジャッキーの方もギャングのほうも 汚い言葉の応酬と罵りあいばかりで、通訳に四苦八苦する。ここがすごく笑える。笑いすぎておなかの皮が痛くなること請け合い。

悪の本拠がパリとわかり、二人してパリに向かうが、着いたとたん出迎えるパリ警察庁署長が、あの、映画監督のロマン ポランスキー(ROMAN POLANSKI)。ここで、また、知ってる人は 大笑い。本当の彼は、未成年の子と関係を持った疑いで告訴されており、華々しい監督としてのキャリアを捨ててアメリカから逃亡中。 組織のボスが パリのキャバレーの踊り子とわかり、舞台で歌い踊りながらギャングとの たちまわり、狙撃を回避するためのカムフラージュなのに、キャバレのお客たちは大はしゃぎで、笑いっぱなし。

日本人俳優のサナダヒロユキ(どういう漢字かわからない)と、工藤という(下の名が思い出せない)女優の立ち回りもすごい。刀や短刀を持っての早い立ち回りは ゆっくりやってフイルムを早く回しているのだろうか、それにしても、すごい迫力。家具が50個くらい壊れて、ガラス窓が100枚くらい割れる。何人ものギャングをぶちのめして 戦う相手がみな延びているのを見て 人質の大使の娘がエッフェル塔からつるされているのも忘れて、思わず踊りだしてしまうクリスにも、笑い。アメリカ人嫌いのパリタクシーの運転手も、いかにも こんな人いそうですごくおかしい。

もっと、すごいのは、エッフェル塔でのたちまわり。夜空にそびえるエッフェル塔で、刀をもっての決闘シーンは すごく怖くて すごく笑える。よくフランス政府がこんな危険なシーンの撮影を許可したと、感心。見下ろせば人が豆粒ほどの大きさにしか見えない高さで 幅50センチほどの鉄筋を滑り降りたり、バランスをとりながら日本刀で切りあうシーンなど、カメラの特殊効果もあるだろうが、全部、ジャッキーはスタントマンなしで演じたそうだ。こんなこと、他の俳優がやったら、何人死人がでるかわからない。それでいて、笑わせるサービス精神を忘れない。2時間弱のこの映画で、5分おきには笑っていた。ときとして怖くておかしくて、悲鳴をあげながら笑ってたと思う。

ジャッキーチェン、本当にすごい人だ。徹底した役者。いくつ命があっても足りない。映画を、単なるエンタテイメントとして捉ええるならば、ここまでお金をかけて人を本当に笑わせ楽しませて本望だろう。

2007年10月1日月曜日

映画 「ワンス ダブリンの街角で」


10代のはじめの頃 ギターをナイロン弦に張り替えて 自分で作った曲を 自分で歌っていた時期があった。でも知っているコードが 5つしかないので、その和音の中でしかメロデイーが作れない。声も1オクターブしか出ない 限られた範囲の中でも やっていたときはとっても楽しかった。

映画「ワンス ダブリンの街角で」原題「ONCE」を観た。クレモンオピアム デンデイーなどで上映中。アイルランド映画。監督ジョン カー二ー(JOHN CARNEY)。 主演 グレン ハンザード(GLEN HARSARD) と、マルケタ イルグローバ(MARKETA IRGLOVA)。この映画、2007年サンダース映画祭で特別鑑賞賞を獲った。

本当の、グレンハンザードは アイルランドではバンド「FRAMES」のボーカリストで、地元では人気のシンガーソングライターだそうだ。 相手役の女性、マルケタ イルグローブもチェコの 歌手。二人のプロのミュージシャンが この映画のために、沢山曲を作って歌っている。

ダブリンの街角で、男が毎晩 ギターを弾きながら自作の歌を歌っている。 昼間は掃除機修理の仕事をしながら,別れた恋人のことを思い、夜になると、心のたけを叫ぶように歌わずにいられない。

通りかかる女がいる。去っていった夫を 思う切ない思いが、男の歌に重なる。孤独どうしの二人が出会い、歌って時を過ごす。女の励ましをうけて、男は自分のCD を作り、ロンドンに旅立っていく。見送った女のもとに、ずっと欲しくて買えなかったピアノが届けられる。恋にいたらなかった、しかし強い友情で結ばれた男からの、贈り物だった。

心をこめて自分で作った曲を本当に心をこめて歌うシーンが続くだけの シンプルな映画だが それがとても良い。男は男の恋をどれだけ大切にしてきたかがわかる。この映画、ちょっとMTV ミュージックビデオみたい、歌ってばかりいるんだけど どの曲も良い。なかでも「FALLING SLOWLY」が 心に残っていたみたい。映画を観た後、1週間はたっているのに 自分が気が付くとこの曲を鼻でフンフン歌っていて、自分でもびっくりした。映画を観ていたときは それほどすごく惹かれていると思っていなかったのに、なぜかずっと後まで いい感じが残っている、、、良い曲ってそんなものかもしれない。

主演して、曲もこの映画のために作ったという2人は映画が予想外にヒットしたので、当初の予定になかったことだが、「SWELL SEASON」というバンドを作って 海外に遠征して公演もすることになったそうだ。日本にも、来るそうだ。「FALLING SLOWLY」という曲、I DON’T  KNOW YOU BUT I WANT YOU ,,」という奴、聞いてみて欲しい。 

2007年9月26日水曜日

映画 「ディセバー ボーイ」



ハリーポッターを演じているデビッド ラドクリフ(DAVID RADCLIFFE)が主演した オーストラリア映画、ということで、沢山のオージーが見るに違いない新作。各 ホイッツ映画館で上映中。監督ロッドハーデイー(ROD HARDY)。地理的事情により世界の文化の主流からは隔絶されたラリアでも、さらに、限られた予算ながらも、良い映画はちゃんと作られているという証。とても良い映画だ。

南オーストラリアのカンガルー島で撮影されたそうだが、本当にラリアの自然の大きさと美しさが堪能できる。 荒々しい野生馬が、走り抜ける草原、終日 ボートから釣り糸をたらしている老人は 湾に住み着いた巨大魚に名前をつけて可愛がっている。巨大な日没と日の出。海岸線を爆音で走りまわるバイクの青年、波打ち際で魚を取って食べる野生馬。どれも、切り取って絵になる。自然描写のカメラワークが素晴らしい。

1960年代、カトリック修道院付属の孤児院で育ってきた、12月生まれの少年達4人は、誕生日のプレゼントとして、1ヶ月海辺に住む老夫婦のところで 夏休みを過ごすことになる。ラリアなので、クリスマスの12月は真夏で夏休みだ。これは 内陸地の砂漠地帯にあった孤児院で育った少年達にとって、初めて海辺で過ごす体験。敬虔なクリスチャンの養父養母。遊びまくる少年達。毎日が新しい発見で 毎日が冒険。

隣の家の旦那さんとの出会いが良い。遠くからバイクの音がする。少年達が耳を澄ます。しばらくして海岸線の小さな点が徐々に大きくなり、夢のような素敵なバイクが見えてくる。爆音をたてて疾走してくるバイクにまたがった男を目で捉えるときの少年達の、気も狂わんばかりの熱狂。バイク乗りの 隣の旦那さんは、もう少年達のヒーローだ。そんな男の中の男、あこがれのヒーローが 子供を欲しがっていて、孤児を養子にしたいというのだ。もう、その日から、夢のヒーローは、僕の夢のお父さんだ。

家族のない4人の少年達にとって4人の結束は家族より強い。そこに、4人のうちの一人を養子にしたいという 隣の若夫婦が出現して、4人の結束は一挙に崩れ、ライバル意識と、嫉妬、競争の嵐に巻き込まれていく。

4人のうち最年長、16歳の ダニエル ラドクリフは、きっと、養子には選ばれないだろうという絶望感に浸っているが、失意を癒すように美少女に出会い、恋をする。初恋、そして、裏切りの 苦い体験。

少年達の一月が過ぎ、また孤児院に帰るときが来た。赤土の砂漠と青い空、どこまでも続く大きな自然が 少年達の喜びの涙も、苦い涙も、のみこんでいく。 とっても、心にしみる映画だ。

16歳のこの少年を演じたダニエル ラドクリフは実際は18歳。まだ、少年の体つきで声も高い。難しいテイーンの役をよく演じていた。ハリーポッターの第6作目の 作品の撮影に入ったそうだが、最終回第7作目のフィルムまで、役者として、どれだけ成長していくだろうか、楽しみだ。

2007年9月22日土曜日

ドルフィンを食べないで!

在外日本人にとって 一番困ったことは 日本が世界中の反対を押し切って 調査捕鯨という名の商業捕鯨を続け、平気で鯨を食べていることだ。GNP世界2位 世界中の美食を集め、飽食の限りを尽くしている国民が どうして他に優れた蛋白源が溢れているのに 鯨を食べ続けているのか? 教養も品格もない、醜悪だ。海外に住む私達が、日本人とわかったとたんに侮蔑の目で、「おまえら、いい加減 鯨を食うなよ!」と、罵声を浴びて、身の縮む思いの身になってもらいたい。

私は日本人が食べているのは 鯨だけだと思っていた。まさか、、、ドルフィンを食べたりしてないよね!と。 

2007年9月4日の 「THE JAPAN TIMES」によると、和歌山県太地町では近海に生息する2万頭のイルカに対して、年間約2300頭のイルカを捕獲、肉の一部は海外に輸出、主に100グラム170円程度でスーパーマーケットで販売され食べられている。太地町は人口3500人、捕鯨は400年前からの伝統で地元の人にとっては 鯨もイルカも食べなれた伝統料理だ。水産庁から捕獲業者に与えられている捕獲量は スジバンドウイルカ:990頭、アラリイルカ:470頭、ハナゴンドウ:550頭、マゴンドウ:300頭、オキゴンドウ:40頭、カマイルカ:170頭など。去年1年で、地元の幼稚園、小中学校の給食として150キロが消費された。ここで、捕鯨に関わっている漁師は現在26人。
しかし、町長は3億3千万円かけて新しい鯨屠場を建設予定。そのうち、1億6千万円が補助金として税金から出る計画だそうだ。これが出来ると、イルカ鯨肉の保存ができ、全国の学校給食に提供できるようになり町の経済向上に貢献できる、としている。しかし、町の人々は鯨がなくても、生活でき、多数の人が屠殺場建設に賛成しているわけではない。

日本で、2300頭ものイルカが 浜辺で撲殺され、食卓に載っていたなんて!!!全然知らなかった。 IWC (国際捕鯨委員会)ではマッコウクジラなど大型鯨類を管轄しており、小型鯨類は管轄外、その中でもイルカ類は、国内管理の問題として イルカ殺生についてIWCが 立ち入ることが出来ない。 また、IWCでは、日本の調査捕鯨について、批判はできても、規制する力をもっていない。

温血動物である鯨やイルカが 体内に蓄えている分厚い脂肪層に重金属、有機化学物質が蓄積していることは、1990年あたりから、指摘されてきた。シャチから最高脂肪1グラムに対して400MGの水銀が検出され、犬などの陸上動物の4000倍の汚染濃度が報告されている。

今回、太地町の幼稚園、小中学校の学校給食に、地元のコビレゴンドウイルカの肉がでて、同じ肉を調査してみたら厚生労働省の規制の16倍の水銀が検出されて、問題になった。 これは、食の嗜好の問題ではない。学校給食は、教育の一環として給食は、きちんとも残さずに食べることが、ほぼ強制される場で 水銀入りの肉を子供達に食べさせたということは 立派な社会的犯罪と言える。そんななかで、町長の音頭のもとに、新しいイルカ鯨屠殺場ができ、全国の学校給食にこういった肉が供給されて良いのだろうか?

水銀汚染された肉だから 給食にふさわしくないのではない。イルカの肉だから、子供達の給食にふさわしくないのだ。

イルカや鯨は 近年になって彼らの高い知能や、コミュニケーションの様相が 徐々にわかってきたが、まだ、解明されていないことの方が多い。シャチにいたっては 社会構造、運動範囲、子育てなど、全く未知と言って良い。そういった、私達と同じ、あたたかい血が流れている 海に住む大型動物を、乱獲したり 調査 学術目的といって、捕獲して、まして食肉として市場に出してはならない。

鯨もイルカも 野生状態で、自然の中で、研究されるべきだ。

やめろ!鯨を殺すな。やめろ、イルカを殺すな。

2007年9月12日水曜日

映画 「THE BOURNE ULTIMATUM」


パトカーを含めて100台ほどの車、ついでに飛行機にヘリコプター数台、戦車も出てきて それらがみんな燃え上がるのを観た。次々と人が銃殺され、蹴り殺され、踏み殺され、首を捻じ曲げられて音をたてて殺されるのを見た。火曜日に 新作映画 マット デモンの「BOURNE ULTIMATUM」と、遅まきながらの「ダイハード4」の二本を見たからだ。どちらも、各地ホイッツで上映中。

ダイハード4は面白かった。今まで躊躇していたのは、52になったブルース ウィルスの衰えた姿を見たくなかったからだ。でも彼、老いを全然感じさせなくて良かった。役柄はロスの冴えない警官、妻には去られ、娘からは疎まれて わびしい一人暮らし、、、という設定だが とても、うらぶれた様子に見えない。こんな男を女が放っておくわけがない。いつもながら、人質をとられて「近付くな、人質を殺すぞ。」と言われようが、自分が満身創痍であろうが ひるまず、どんどん悪者に迫って行く姿、やられてもやられても 全然懲りない姿、、、これがダイハードだ。見ているほうはあっけにとられながらも痛快。悪者は本当に卑劣だし、ブルース ウィルスは絶対死なないから、安心してみていられる。

「BOURNE ULTIMATUM」は、ポール グリーングラス監督。主演マット デモン。題名は、ギリギリの最終提案とか、最後通告とかいう意味。 CIAは正義のためにあるのではなく、常に揺れ動く世界情勢の中で、目の前にある利害のために その場しのぎの対策を講じて生き延びてきた。2001年9月11日のテロもCIAは後になって、危険は事前に予知しており、大統領に報告していたと、発表して大統領追い落としにかけたが、成功しなかった。1月にソマリアを攻撃し、テロを事前に食い止めるためと言ったが 事実に反しており、無実の数百の市民を殺した。CIAのなかでも、今の大統領に忠実な派閥と すでに次に予想される大統領のために働く派閥の動きがあり、その中でも細かい派閥争いがたくさんあるのも、周知のことだ。

今回の映画もテロ対策のためにCIAで特別の訓練された殺人マシーンのマット、デモンが自分に殺人依頼をしたのは誰か、自分のアイデンティティーを探し出すというお話。結論はおきまりの、CIAナンバーワンのボスが不正を行っていて、CIAナンバーツーに告発される。たくさんたくさん殺し、たくさんたくさん壊したけれど、敵はアラブでもロシアでも中国でもなく 身内だったという今ではもう、使い古されたストーリー。

でもアクションのありえないような激しい動きを捉えるカメラワークの良さ、効果的な音楽は、さすがアクション映画のハリウッドだ。「これだから全く たまんねーよなー!」とボヤきながら 最後まで人々を引き込んで見せてしまうだけのパワーを持っている。マット デモンは、今、映画界で世界一 収入をもたらせている俳優だそうだが、彼の演技は感情を殺した殺人マシーンにぴったり。感情や状況に流されない 悲しみも怒りもない、まじめ青年。

今回の映画をみていて面白いと思ったのは、CIAが 沢山抱えている 殺人請負人たち、、、携帯電話で指令が届き、殺すべき人の顔が携帯電話に映し出されると ただちに行動に移り、追跡、完全に殺すまで追い続ける一匹狼の殺し屋軍団が みんなアラブ系の顔をしていたことだ。これは、おもしろい!アルカイダとか ヒズボラとか ハマスとか CIAはジャンジャン捕まえて、世界各地のアメリカ基地で拷問したり好き放題しているが、当然、寝返り合戦で、アルカイダのために戦っていた戦士を CIAのためにアルカイダと戦わせたりしているはずだ。

優秀なテロリストの取り合い合戦なわけだ。何のために戦うか 誰のために戦うかは、二の次というわけ。そんな感じのめっぽう強いCIAエージェントのアラブ人が別のセクトのCIAエージェントのマット デモンを痛みつける姿が、ブラックユーモア。アメリカの姿を正直に表していた。