2007年11月30日金曜日

宮本輝の4部作 「流転の海」

作家、宮本輝の長編小説、新潮文庫 計4冊2015ページを読んだ。4部作とは、「流転の海」、「地の星」、「血脈の火」、「天の夜曲」のことで、宮本輝の父親をモデルにした大河小説。宮本輝が35歳のとき書き始めてから、20年かけて4作目が出た。小説では輝が生まれたところから始まり、最終の章では彼が9歳、父親が59歳になったところ。20年かけて 作家は書いてきて4冊で完結するはずが 彼はまだ9歳、このままだと6冊で終了できるかどうか危惧しているそうだ。

私は 大河小説が大好き。好きな順からあげていくと、
1番:マルタン デュガール 「チボー家の人々」
2番:ロマン ロラン    「魅せられたる魂」
3番:パール バック    「大地」
4番:ドストエフスキー   「カラマゾフの兄弟」
5番:住井すゑ       「橋のない河」
6番:ロマン ロラン    「ジャンクリストフ」
7番:アレックスヘイリー  「ルーツ」
8番:北杜夫        「楡家の人々」

どれも、父があり、子があり 2-3世代の家族に渡って志が受け継がれ、歴史に翻弄されながら、人々が愛しあったり、憎しみあったりしながら生きていくお話。

宮本輝は私が最も好きな作家、1947年生まれ、「泥の河」で太宰治賞、「蛍川」で芥川賞、「道頓堀川」の川3部作を仕上げ、「優駿」で吉川英治賞をとり、現在芥川賞審査委員。多作で、最も売れている作家。1995年、阪神大震災で小田誠などとともに、自宅が全壊して失った。そのとき、執筆して、最終章を仕上げていたのが「人間の幸福」だったそうだ。

私は「泥の河」「蛍川」「道頓堀川」、それと青春時代を描いた「青が散る」「優駿」が好きだ。それと「ドナウの恋人」と、「月光の東」が好きだ。

4部作で、作家の父親をモデルにした主人公の名は、松阪熊吾、常に事業に夢を追う男。作品は1947年に 大阪で貿易商として大掛かりな事業を営んでいた男が 戦争で何もかも焼かれて、灰になった焼け跡に帰ってきたところから始まる。50歳で 財産を失なった男に 予想もしなかったことに、男の赤ちゃんが生まれる。新しい命の到来が 熊吾に、事業の再建を決意させる。彼は強い信念と、優れた行動力でブレインを固め、事業を軌道に乗せていく。 事業が成功すると、やがて人に裏切られてまた一文無しになり、やり直して、また軌道に乗ると、倒産の憂き目にあう。実業家の浮き沈みに伴い、妻も息子も、様々な経験を積んでいく。人の成長は、こうして社会によって育まれるのだということが、わかる。

読書家で知識が豊富。知る限りの教養を一人息子に 理解できる年齢であるかどうかに関わらず詰め込もうとする。その息子の健康のためならば 築いてきた事業を簡単に人に譲って 無一文で田舎に転居するなど、苦もなく実行する。激情家で怒りが爆発すると 妻を殴り、留まることを知らない。情にもろく、人助けが身についている。どこでも骨身惜しまず弱いものを援助する。若い女にのめりこむのも、激しい。火のように 燃えやすい男。喜怒哀楽が激しく、行動的で極端な、"火宅の人”だ。
これを、冷静沈着、粘着質の、性格が反対の極にあるような息子である作家が描いていく。時代とともに、生きた歴史をみるようだ。 こんな風に自分の父親を 一人の昭和を生きた男の人生として書き上げられる作家がうらやましい。私には父を書くことは出来ないだろう。父のように、功績があり、社会的にも高く評価されている人を娘の目から見上げて見えた部分だけを描いて見せるのは 公正でないと思うからだ。描けないほど大きな人、ということも言えるし、何枚原稿用紙があっても書き足りないほど厄介な人、ということも言える。

宮本輝は、あと何年かかって、これを完結するだろうか。気長に 待っていよう。