2011年2月17日木曜日

ジェームス キャメロンの映画 「サンクタム」




「タイタニック」で泣かせてくれて、「アバター」で、新時代の映画テクニックを鮮やかにみせて度肝をぬかせてくれたジェームス キャメロンの新作「サンクタム」3Dを観た。原題「SANCTUM」で、密室とか、聖地とか 神聖な場所という意味。

同時に 大型映画館アイマックスでは、「タイタニック3D 海底のゴースト」、原題「TITANIC 3D GOHSTS OF THE ABYSS」という題名の 彼のフィルムの上映が始まった。2001年に「タイタニック」を作ったときに 役者のビル パックストンとともに、撮影隊が 沈んでいるタイタニック号探索のために潜水したときのドキュメンタリーフィルムだ。これは映画には使われなかった45分間の記録映画。1912年にイギリスからアメリカに向かって航海中に 氷山に当たって、沈んだ船には、宝物も亡くなった人の骨もそのまま手付かずに残っていると思われる。100年間ちかく沈んでいたタイタニック号の眠っている姿は、さぞ神秘的だろう。アイマックスの大画面で3Dで観たら、迫力満点にちがいない。

映画「サンクタム」の方は いちおうスリラーという分野に分類されている。
製作:ジェームス キャメロン
監督:アリスター グリアソン
キャスト
隊長フランク:リチャード ロスベルグ
息子ジョシュ:ライズ ウェイクフィールド
助手カール :ローン グラフト
カールの恋人:アリス パーキンソン

ストーリーは
南太平洋のエサアラ洞窟(ESA-ALA CAVE)は 世界最大規模の洞窟と思われるが その全容は まだ探検しつくされては居ない。この 地上から数百キロ下降したところに入り口がある洞窟内の すべて地形を明らかにして、太平洋に通じているはずの 経路を明らかにすることで 初めて洞窟の全容がわかる。
野心と探究心に燃える 隊長フランクに率いられた探検隊は、何ヶ月も洞窟にこもっている。洞窟が通じているはずの 海までの道を見つけ出すことが当面の目的だ。しかし、洞窟の中は複雑を極めている。ひとつの道を発見すれば突き当たり、洞窟から洞窟まで潜水してたどり着いてもまた 行き止まりという状況を繰り返していた。

隊長フランクのもとに 助手カールが冒険好きの婚約者を連れて やってくる。案内役は フランクの17歳の息子ジョシュだ。息子は家庭を顧みないで 洞窟にこもってばかりいる父親に反感をもちながらも、父の力になりたいと思っている。
一行は ヘリコプターで ジャングルを切り開いた山のてっぺんに降り立って、洞窟の入り口からパラシュートで洞窟内に降り立つ。ベースキャンプのある中ほどまで数キロ 岩を越えロッククライミングの要領でひたすら 地底に下る。

そこに大型のサイクロンが襲う。多量の鉄砲水が流れ込み 地上に戻る為の経路が破壊された。地上に戻る道は失われてしまった。洞窟の中に残ったのは 隊長フランクと息子と 助手カールのカップルだけだ。一行は洞窟の奥へ奥へと入っていく。海に至るまでの逃げ道を探し出さなければならない。そして一行は、、、。というお話。

洞窟の中が美しい。何万年もかけて、自然が作り出した芸術品。
しかし、探検に女が加わると どうしてストーリーが こんなにバカっぽくなるのだろう。女は馬鹿だ、といわれているようで 腹立たしい。冒険好きだけどダイビングが得意ではない、死人からダイバースーツを剥ぎ取って着る事を拒否したため低体温症で動けなくなる それでいて「あたしには これできないわ。いやーん。」などと 生きるか死ぬかの瀬戸際に 言っている。「もう、、、やめろ!!!まったくイライラする。」
おまけに、ストーリーは 単純で、「なんだ!」というような内容。

しかしジェームス キャメロンにとって 話の筋なんて どうでも良かったのだろう。洞窟の中の美しさ。水の中の神秘。彼は これに魅惑されている。
本当に 洞窟の中の水が美しい。地下深いので ライトがないと見えないが、青い真水を潜水する。この先がどうなっているのか わからない。酸素ボンベの残量と脱出との戦いだ。狭い通路を潜り抜ける時 酸素ボンベなどの装備を損傷することは直接 事故死に直結する。いつも強力な 指導力で人を率いてきた父への尊敬と反発、愛と憎しみ、信頼と背反。17歳のひ弱な青年が 死を目前にして、一人前の男になっていく様子が良い。

3Dの大画面のなかで、観客もみな水浸しになって水底に沈みながら 出口は、出口は、、、と わずかな希望を手繰り寄せながら 苦しい呼吸を繰り返していく、そんな体験のできる映画だ。平日の朝10時、ひとりで 他に誰も居ない映画館で観た。前から3番目 中央の座席、画面の水を真正面からあびて ぬれねずみになったり 水中を浮遊したり、洞窟探検を堪能した。
タイタニック以来、海底に魅せられてしまった ジェームス キャメロンの海への思いが 充分伝わった。ヒマラヤも 南極も北極も秘境やジャングルも冒険者達によって 走破 探検されつくしてしまった。洞窟もしかり。それでも未踏の地 まだ人に知られていない サンクタムを求めて冒険者は留まることを知らない。
ストーリーを大切にする人には この映画はつまらない。でも海の好きな人 海底探索や洞窟探検が好きな人には楽しめる。3Dで 迫力があるので、3D眼鏡と 水着とタオルを持って、どうぞ。

2011年2月15日火曜日

 イーストウッドとスピルバーグの映画「ヒア アフター」




映画「ヒア アフター」、原題「HEREAFTER」観た。
クリント イーストウッド監督。彼が作った32番目の映画。イーストウッドが監督をして、ステイーブン スピルバーグが製作、指揮をした。二人の 映画界における巨匠による作品だ。

監督: クリント イーストウッド
製作指揮:ステイーブン スピルバーグ
キャスト
マリー:セシル デ フランス
マルコス:フランキー マクレラン
ジョージ:マット デイモン

ロケーションごとの映像が美しい。イーストウッドが作る作品は いつも彼が作曲したり編曲したり選曲した音楽と、映像とが 実に巧みにマッチしている。そこに映像があるだけで 説明が要らない。字幕で「ロンドン」とか「パリ」とか「1年後」とか「半年後」とか字幕など入れない。彼はひとつひとつの画面を芸術と捉えているから野暮なことはしない。それでいて、観ているだけで そこがロンドンだ、パリだということがわかる。ロンドンの空気、ロンドンの人々の動き、ロンドンの喧騒が画面から濃厚に立ち上がってくる。パリでも サンフランシスコでも それが起こる。そんな彼の画面を見ていると魔術のようだ。

パリ、サンフランシスコ、ロンドンに住む3人の人物が それぞれ日々の生活をしていて 笑ったり 苦しんだり悩んだりしていて、一見それらが何の脈絡もないように思えるが 最後に一挙に つじつまが会うように作られている。映画作りでは完全主義者のイーストウッドの腕のみせどころだ。
そこに 「ラブリーボーン」のスピルバーグのテイストが 散りばめられている。

ストーリーは
テレビジャーナリスト マリー リレイは テレビ局のダイレクターの恋人と一緒に東南アジアの島で 休暇を過ごす。海辺の露店で買い物をしていたマリーを大津波が襲う。津波に流され沈んで いったん死ぬが 地元の人々に助けられ 息を吹き返す。そのときに体験した臨死体験を 恋人や友達に話すが 誰も信じてくれない。事故によるトラウマか 幻想にすぎないと笑われて、孤独の底なし沼に落ち込んでいく。誰の共感も得られず たどり着いたのは スイスアルプスの山麓にあるホスピスだった。そこで毎日 死に向かい合っているドクターの理解を得て、彼女は死の世界について本を書く。フランスで、出版はかなわなかったが、ロンドンの出版社からそれが出版されることになる。

ロンドンの下町に住む、マルコスとジェーソンは12歳、双子の兄弟だ。12分間先に生まれた兄、ジェーソンに、内気なマルコスは いつも頼りきっている。父は家族を捨て 母はアルコールと薬物中毒で、家庭が崩壊寸前、市の生活教育指導員の姿に脅えている。しかし、母親のお使いに街に出たジェーソンは 不良にからまれ 逃げようとして 車にはねられ死亡する。一人きりになったマルコスは 母親から引き離されて 里親に引き取られる。唯一頼りにしていた兄を失ってマルコスは立ち直ることが出来ない。兄の霊を求めて霊能力者を訪ねて回るが 皆ニセモノだ。マルコスの喪失感と孤独は深まるばかりだ。

サンフランシスコの港湾労働者ジョージは 生真面目で誠実な青年だ。偏頭痛の手術をしたことを契機に 死者を見たり話をすることが出来る能力がついてしまった。兄は 彼が心霊療法家としてビジネスをして 人助けをするべきだと信じている。しかし亡くなった人からのメッセージを身内の人に伝えることが 必ずしも生きている人の苦痛を取り去ってくれる訳ではない。頼まれても 死者に会うことを断ってきた。そんなまじめ一方のジョージが 社会人向けの料理教室で知り合った女性に恋をする。しかし、彼女に望まれて 彼女についている死者の霊を読むうち 彼女のが父親から虐待されていた過去を知ってしまう。彼女は自分の心の傷をジョージに知られて 黙って去っていく。ひとりジョージは 疲れきって、旅に出る。文学を愛するジョージは ロンドンで、ブックフェアに出かけていく。そこで パリからきたマリーと ロンドンの12歳の少年と、ジョージが、、、。
というお話。

最初の15分がすごい。
東南アジアのリゾートを津波が襲うときの 不気味な音と高波の恐怖。水が迫ってきて 人々が流される様子を撮影したシーンがとてもリアルだ。人工的に高波を作って撮影したそうだ。マリーが必死で走って 高波に追いつかれ 沈む様子、柔らかな人の体を 流されてきた車や屋根や鉄板がぶつかっていく姿は ドキュメンタリーフィルムのようだ。

サンフランシスコの港湾労働者の姿。組合との軋轢、一日として休みを取らずまじめに働き、チャールス デイッケンズが好きで 小説をテープで聞きながら眠るジョージ。ボーイスカウトをそのまま大きくしたような好青年が ひとり小さな台所で 大きな体を丸めるようにして食事をする姿で、イーストウッドは 上手にジョージの心象風景を語ってくれる。こんなジョージの人柄に、マット デイモンは適役だ。他にこの役を出来る人はいないのではないかと思う。

この映画を見ると 人はみな傷を持って生きているのだということが実感できる。子供の時に虐待されていたり、親が親としての能力を持たなかったり、学校時代に理解者がいなくて孤独な子供だったり、友達が居なかったり、信頼する人に裏切られたり、職場で自分の能力をわかってもらえなかったり、自分を利用しようとする人ばかりだったり、恋人が他の相手に走ったり つらい気持ちをわかってくれる人が居なかったり、、、本当に人は孤独で傷だらけだ。生きるだけでも大変なのに、ある日 大切な人に突然死なれてしまったら、残された人は途方に暮れるばかりだ。
悲しみを持っていく場を 持たない人にとって、死者から お別れの言葉を受け取ることができるなら それが 救いになり、許しとなって、残ってもなお、生きていける力になる。死者からのメッセージは、傷心の治癒に向かう為の過程 ヒーリングプロセスとしてなくてはならないものかもしれない。

この映画、80歳にして意気軒昂、強い男の代名詞であるイーストウッドから 弱者へのいたわりのメッセージを捉えることが出来る。

2011年2月10日木曜日

オペラ 「カルメン」を観る




オペラ オーストラリアでは 毎年12のオペラが上演される。
公演は前期の1月から3月と、後期の7月から12月に分かれていて 4,5,6月は オペラ興行はない。
同じオペラが だいたい3年から5年ごと位に繰り返されるが、演出家が変わるので 前に観たものとは 趣の異なった舞台を見ることが出来る。
毎年 5つほどオペラを観る。
9月に送られてくるパンフレットを見ながら その翌年に観たいものを選ぶのは 楽しい作業だ。去年は 「椿姫」、「トスカ」、「フィガロの結婚」、「真夏の夜の夢」、「ペンザンスの海賊」を観たが、「真夏の夜の夢」が 素晴らしいパックの活躍で、一番良かった。おととしは 「魔笛」、「ミカド」、「コシファントッテ」、「ムンセンスクのマクベス夫人」、「アイーダ」を観て、アイーダが とびぬけて良かった。

好きなオペラなのに 演出家が自分の好みでなくて 満足できない舞台もあるし、演出は良いのに、キャストが良くなくて期待はずれになることもある。
オペラを観るに当たって いちばん肝心なのは、良い席を取ることだ。3時間は かかるから、楽に舞台が観られる舞台近くの中央で、字幕を読みながら 舞台を観るのに疲れないような場所に座らないと ひどい目にあう。舞台上に電光掲示板みたいに出てくる字幕が よく見えない席も沢山あるからだ。

先週観たのは ビゼーの「カルメン」。こんなにセクシーなカルメンを今まで観たことがない。すごい。ゾクゾクするほど 男を挑発しまくっていた。
カルメン役は、イスラエル人のリナット シャハムという とてもパワフルで豊な声量のメゾソプラノだ。自由奔放で情熱的、熱くなるのも早いが冷めるのも早い。一人の男に夢中になっても それが3ヶ月と持たない。そんな女を演じ 劇のなかで カスタネット両手にもって、フラメンコも踊るし、動きも激しい。難しい役を上手に演じて すばらしく美しく歌ってくれた。
何年か前に観た「カルメン」では カルメンが本当の馬に乗って歌う場面があった。インタビューの中で 歌手が 馬から振り落とされて、何度も足を捻挫して、とても大変だったと 言っていた。馬にまたがるのでなく、横座りで馬の背で歌うのでは 安定が悪くて 馬もソプラノ歌手も気の毒。照明が輝く舞台で何千人ものお客を前にじっとしていなければならない馬も可哀想だ。独創的な舞台演出も良いが 動物の習性や、オペラ歌手の体形をよく考えて あまり無理させないほうが良いのに、と この時思った。今回の演出はとても良い。

演出:フランセスカ ザンベロ
オーストラリアオペラ バレエオーケストラ
指揮:ジェローム トルネイヤー
キャスト
カルメン;リナット シャハム
ドンホセ:リチャード トロクセル
エスカミリオ:シェーン ロレンシブ
ミケーラ:ニコル カー

第一幕
街の喧騒。タバコ工場の昼休みに女達が広場に出てくるのを待って 男たちが集まる。群れて遊ぶ子供達、通行人、兵士達で広場はいっぱいだ。
幼馴染のミケーラが田舎から 兵役についているドン ホセに会いにやってくる。息子を案じる母親のことずけを授けられている。再会を喜び合っているのもつかの間、タバコ工場で揉め事が起こる。血の気の多い女達が 掴み合いのけんかを始めたと思っていたら、カルメンがナイフで女ボスを刺し殺そうとする。兵隊が間に入って 紛争を収拾。首謀者のカルメンは拘束されることになった。
しかし、カルメンは 監視役の 純情なホセを誘惑して逃亡してしまう。そのためにホセは逮捕されて懲罰を受ける。

第2幕
ホセが懲罰を終えて、ジプシーの酒場に カルメンに会いにやってくる。カルメンはホセに恋をしている。人気者の闘牛士エスカミリオが口説いても 相手にしない。せっかくホセが会いに来たのに、帰営のラッパが鳴ると ホセは兵舎に帰ろうとする。それがカルメンには許せない。そこに酔っ払ったホセの上官がやってきて、カルメンに言い寄ろうとする。怒ったホセは上官を傷つけてしまう。ホセはもう兵舎には帰れない。カルメンの望むまま ジプシーの仲間となって、密輸や密造に手を貸して生きるしか なくなってしまった。

第3幕
ジプシーの山岳キャンプ。兵士としての面目も誇りも失って、カルメンの後をついていくことしか出来ないホセに対して カルメンの心は冷えていくばかりだ。エスカミリオが公然とカルメンを口説きにやってくる。嫉妬に狂ったホセの前に 幼馴染のミケイラが現れて、ホセの母親が危篤だという。ホセはやむなく山を下りる。

第4幕
人気者のエスカミリオが闘牛に出る。人々は熱狂し 街は興奮で沸き立っている。いまやカルメンは エスカミリオの恋人だ。有頂天のカルメンの前にホセが現れて 復縁を迫る。カルメンは昔の男の顔など見るだけで腹が立つ。ホセにもらった指輪を投げつけて 闘牛場に入ろうとするカルメンを ホセは短刀で、、、。
というお話。

カルメンへの愛で 骨抜きの腑抜けになったホセが純情で純真な心で ひたむきに愛を求める姿が 悲しい。伸びの良い美しいテノールが カルメン カルメン カルメーンと繰り返し何度も歌うごとに、泣きそうになる。
むかしヴィデオで観た ホセ カレラスのホセは 素晴らしかった。もうカルメンに嫌われてボロボロになったホセが 惨め度100%で むせび泣きながら歌う姿は、秀逸。泣かずに居られない。ホセ カレラスのホセに比べてしまうと どんなテノール歌手も 名前を憶える気にならない。今回のオージー テノール リチャード トロクセルは ちょっと声量が足りなめ。でもきれいな声で 声量たっぷりのカルメンに負けないように 懸命に歌っていた。

残念なのは エスカミリオのバリトンが あまり響かなかったこと。堂々として、ゆるぎのない自信とプライドをもったエスカミリオが 舞台に登場するだけで安心するような 頼りがいのある男であって欲しいのに、痩せてひょろ高いオージー シェーン ロレンシブだったこと。この人は「コシファントッテ」では、とても良かったが、エスカミリオの役をやる人ではない。これでは どうしてカルメンが ホセから乗り換える気になったのか わからない。
総じて カルメンがとても良くて パワフルでセクシーで、歌って良し、踊って良し、スタイルも良し、容貌も良しの100点満点だったので、まわりの男たちが、かすんでしまった ということかもしれない。

街の喧騒の中を走り回る子供達、兵隊のマーチをまねて行進する子供達、かれらの生き生きした歌と芝居がとても良かった。やはり オペラは舞台をヴィデオや中継でなく 実際に観ることが 一番楽しめる。
とても楽しいオペラの夜だった。

2011年2月9日水曜日

ラリアは夏のまっさかり




エルニーニョではなくて、ラニーニャ現象なのだという。
このひと月 オーストラリア大陸の東部と南部が 大規模な豪雨と洪水とサイクロンに見舞われた。
そのために 面積でいうと、クイーンズランド州の4分の3、ヴィクトリア州の3分の1が水に浸かった。石炭、農業、牧畜などの産業に被害が出ただけでなく 電気電話網 水道下水道、ガスなどすべての生活のための基盤が破壊された。

被害総額が この国のGDPの半分に当たる というのだから 国民が1年間で稼いだ分の半分を 雨でもっていかれてしまったことになる。国の基盤が そんなに脆弱なものだったのか と唖然とする。
ラリアは農業国として産業基盤ができていて、豊富な地下資源に恵まれて ラッキーカウントリーといわれ、中国インドという購買者にも恵まれて 景気も悪くなかった。失業者率も 5%代で先進国のなかでも最も低く保っている。
それが自然災害による被害額が大きすぎるので 政府の予算を切り詰めた上で、新しい「洪水税」を国民に強制することになりそうだ。洪水税:フラッド タックスという耳新しい税金。デザスター ファンド(災害基金)と言われれば、そんなもの どうして今まで ちゃんと積み上げていなかったのか、と怒る気にもなる。それでなくてもサラリーの30%余りを税金で持っていかれているのに、それが増えることになる。
なんか、割り切れないけど、批判すると 被害者に対して人でなしのようで、、、。

今回の洪水で大被害を被った 訳だけれど、つくずくこの国は 大きな国だ、と思えるのは、スーパーに行ったときだ。新鮮な野菜や夏の果物がどっさり陳列されている。クイーンズランドのオレンジがなくても他から調達できるので、スーパーにいると 洪水など まるでなかったよう。テレビニュースでクイーンズランドのバナナ園全滅の無残な様子を見ているのに、家から5分ほど行った店では バナナをキロ3ドルで買うことが出来る。全く値上がりしていない。

今の時期、ラリアの夏の果物は 最高の時期だ。白桃、黄桃、サクランボ、白ネクタリン、黄ネクタリン、西瓜、赤葡萄、マスカット、マンゴー、オレンジ、メロン パパイヤ、アボガド どれも陽をあびて とても甘くなる時期。今年は冬と春に雨に恵まれて、陽に恵まれて 白桃と白ネクタリンがとびきり美味しい。

オージーのオットと暮らすようになって、驚ろかされることが多かったが、オットが美味しそうに 皮のまま白桃にかぶりついているのを初めて見たときは びっくりした。皮のままのほうが 果物はなんでも美味しいそうだ。オットばかりでなく オージーはみな 桃を食べるのに皮など剥かない。いまでもわたしは白桃を皮つきで食べられないが ネクタリンなら皮つきのほうが美味しいと思えるようになった。葡萄も勿論 粒の大きさに限らず皮のままで、美味しい。
オットにとっては パパイヤが日常不可欠。1年365日 365個のパパイヤを朝食で食べる。オットと暮らして15年、5475個のパパイヤが消費されるところを 目撃したことになる。一年中ラリアのどこかしらでパパイヤが収穫され 価格も低いこの国だからこそ出来ることだろう。夏の短いヨーロッパなどだったら破産している。

今年のサクランボは 甘みがあって、大粒でとても美味しい。今朝食べたのは 直系3センチもあった。気を許して食べ過ぎると 舌だけでなく歯まで赤く染まってしまう深紅のサクランボだ。

三島由紀夫の「午後の曳航」という耽美的な小説がある。
神戸で貿易商を営む美しい未亡人に 粗野で男気のある航海士が恋をする。未亡人が 男の前でアイスクリームを食べ、添えてあるサクランボを口に含み、タネをそっと器の隅に出すと 男は突拍子もなく それをわし摑みして飲み込んでしまう。美しい女に対して どんな言葉で せつない恋心を伝えてよいかわからない男の激情が なせる業だった。びっくりして無邪気に笑う女を見て 男は前にも増して 女を愛してしまう。
とても美しいシーンだ。

サクランボは 空輸されて いまごろ日本のスーパーでも売っているはず。ことしのサクランボは大粒で実が柔らかくて甘いので 試して食べてみて欲しい。日本の上品なサクランボと違って、すぐ悪くなってしまうので、今日食べる分だけを どうぞ。

写真は
キロ$13.96のサクランボ
キロ$3.96の白桃
キロ$3.96の黄桃

2011年2月3日木曜日

松本大洋の漫画 「花男」を読む




松本大洋の「花男」1ー3巻 小学館を読んだ。
ストーリーは
夏休みが始まる前日 3年2組の花田茂雄は オール5の成績表を家に持ち帰る。茂雄は 県の 統一テストでもトップ10に入る成績だ。勉強が抜きん出てよくできることが 自分でも誇りだから 夏休みは塾に通ってもっともっと良い成績で他の子供を見下してやりたい。
ところが 御茶ノ水大学卒のお嬢様で お城のような家に住む母親は、茂雄に「夏休みはお父さんと暮らしなさい。」と命令する。記憶がないほど茂雄が小さかった頃に 自分達を捨てて プロの野球選手になることを夢見て家を出て行ったお父さんだ。嫌がる息子に母親は 教科書に書いてあることだけが勉強じゃないので 30歳にもなって子供のように夢ばかり見ている父親と暮らしてご覧 母はそういう男が好きなの、と説得して 茂雄を送り出す。

父 花田花男は 巨人に入団してでっかいホームランを打つことを夢みて 家庭を捨てた。彼が生まれて育ち住んでいる町では 花男は町のヒーローだ。高校時代に県下随一の長距離打者だった時の記録は まだ破られていない。町の商店街野球チームから引っ張りだこだ。花男が 試合でホームランを打つと 一本につき3万円と食料をもらうことが出来る。そんな父親を 茂雄は「妻子を捨てて野球なんかしている父親は最悪。内申書に響く親を持つ息子の気持ちになれ。」とシニカルで冷たい。
しかし花男は そんな息子の反応に びくともしない。
花男は 子供よりも子供が喜ぶ宝の宝庫を知っている。バイクを手に入れ、カブトムシが取れるところに茂雄を案内する。茂雄は伊勢丹の屋上でしか見たことのなかった立派な カブトムシを手に入れる。ザリガニ釣りにも 花男に連れられて行くうち 茂雄と花男はいつしか 家の中でのカクレンボにも つい夢中になっている。茂雄は 「迂闊、気がつけば奴のぺースに はまっている。」いつの間にか 花男がコーチをしているジュニア野球チームの面々に 茂雄の聖地、勉強部屋さえ すでに食いつぶされていた。

夏休みが終わり学校が始まって 茂雄は電車を乗り継いで 学校に行く。学校に戻ってみたら 成績だけが目的のような単純な生徒も先生も  すっかり つまらない価値のない人々に見えてくる。 学校に価値を見つけられなくなった茂雄は、身なりにも構わなくなった。先生方は茂雄に 内申書を良くするために 父親からはなれて 母親と暮らすように 干渉してくる。怒った茂雄はさっさと父親の居る町の学校に転向する。

花男のそばには 心を込めて木製バットを作る源六じいさんが居り、毎年関西からプロ野球チームの勧誘にくるトレードマンも居る。中日球団から フリートレードされた投手は 花男に投球を打たれて 引退する決意をして帰っていく。花男はむかし長嶋茂雄に プロになるためには沢山練習して いつまでも夢を信じることだ と言われたことがある。花男はその 自分と長嶋茂雄との約束を果たすだけのために生きている。
茂雄は いつも散々文句を言いながら 花男のペースに完全に巻き込まれていく。

春になり、見知らぬ謎の男が訪ねてくる。花男は息子を連れて旅に出る。持ち金がなくなり 寺で寝泊りしながら 二人海で遊ぶうち、茂雄はお母さんと3人で暮らすことが夢だ、本心を漏らす。それを聞いた花男は 茂雄を 母親の家に置き去りにして姿を消す。家を訪ねても もぬけの殻だ。
意気消沈する茂雄の耳に、巨人軍に30歳になる謎のルーキーが誕生したことを報道する声が聴こえる。

巨人対大洋戦。9回裏 ツーアウト満塁。予告どおりに花男は 代打逆転満塁サヨナラホームランを打って ゲームをひっくり返してくれた。
というお話。

もちろん最後のシーン、逃げも隠れもできない 花男の究極のデビュー戦。9回裏で ホームランを打ち 息子を肩車してベースのもどる花男の姿が クライマックスだ。野球ばかの子育て。いくつになっても 夢を見続けることの大切さがテーマだ。
松本大洋は ストーリー作りが 上手な作家だ。ラストでしっかり泣かせてくれる。
また、絵がおもしろい。ひとコマひとコマに無駄がない。父子の会話にカラスやイルカやカバや恐竜が 何の脈絡もなくでてくる。ひとコマに人物があり その背景が細部漏らさずに描いてある。駄菓子屋のババアの描き方は 秀逸だ。ババアの背景に看板やら電信柱 駄菓子のひとつひとつまで細部が精密に描きこまれている。ババアは 花男が可愛くて仕方がないから、茂雄を「数学の公式覚えるくらいの頭じゃ花男が理解できない」とか、「結局お前の描く幸せの土俵じゃアリですら相撲とれんよ。」とか平気で茂雄を非難する。この父子への愛でいっぱいの人なのだ。

八百屋のはっちゃんは 片瀬高校で3番打者だったが いつも花男に回すだけの為に打席に立ち ランナーがいれば送りバンド インコースの球はわざと体に当てたりしていた。 そしていまは商店街チームで花男を支える。彼の誇りは花男の誇りだ。

昔かたぎの源六じいは、木製のバットを花男のために作る。頑固者、口は悪いがこの年よりも花男が大好きだ。

花男は、彼の純真な心と 真っ直ぐな闘志をよく理解してくれる人々に恵まれている。花男を取り巻く人は みな良い人ばかりだ。妻の花織、駄菓子屋のババア、八百屋のはっちゃん、源六じい、関西のトレードマン、巨人軍の担当者。良い大人ばかりと、頭が良くて社会常識を知っているシニカルな息子との取り合わせがおかしい。息子がこれらの人々を批判する口は 悪いが間違っては居ない。茂雄は 勉強ができるだけでなく、物事を判断する目を持っている。そんな息子が 天然の子供心をもった父親のペースに巻き込まれ、取り込まれていく様子が実におもしろい。

松本大洋の作品では、「竹光侍」が一番好きだ。絵のタッチがシャープで 何とも言えず美しい。次に「吾 ナンバーファイブ」。これもストーリーよりも絵が好きだ。「ピンポン」も、「青い春」も良かった。
彼も年をとってきて、作風がどんなふうに変わって行くのか 変わっていかないのか とても興味がある。
今後も 彼の作品を 楽しみにしていきたい。

2011年1月25日火曜日

映画「ザ ファイター」 クリスチャン ベールの役者魂




映画「ザ ファイター」を観た。
実在するボクサー兄弟の 実際にあったことを元にして作られたバイオグラフィー映画。
2時間。アメリカ映画。
撮影もすべて この兄弟が生まれて育ったマサチューセッツ州 ローウェルという小さな町で行われたそうだ。日本での公開は3月26日。

ゴールデングローブ賞で助演男優賞をクルスチャン べールが、母親役のメリッサ レオが助演女優賞を獲得した。アカデミー賞では、クリスチャン ベールが助演男優賞、マークの恋人役を演じたエイミー アダムスが助演女優賞に、また映画が作品賞にノミネイトされている。
監督:デヴィッド ラッセル
キャスト
アイリッシュ ミッキー ワード:マーク ウェルバーグ(弟)
デック エグランド:クリスチャン ベール (兄)
母親アリス エグランド:メリッサ レオ
マークの恋人シャリーン:エイミー アダムス

クリスチャン べールの役をブラッド ピットがやるはずだったが、ピットが断った為 クリスチャンが演じることになった。クリスチャン ベールで適役。全くもって これほどボクサーとして迫力ある演技は彼にしかできなかった。ウェルター級ボクシングのチャンピオンの話だから、もともとピットの大きな体には 役柄に無理があった。クリスチャン ベールも背が高いから体重がある。それを極限まで落としている。頬には肉がなく、頭蓋骨に皮が被っているだけの感じ。異様に落ち込んだ目で、走り、跳躍しジャブを繰り返す。それが怖いほどだ。

この役者の 役作りには定評がある。2004年「マシニスト」という不眠症の男を演じるために35キログラム体重を落とした。ドクターストップがかかったそうだが、本人は平然として 全く食べなくなると体が軽くなって頭が冴えて演技に身が入る と言っていた。2007年には カンボジアで米軍兵が捕虜となり 飢餓の中をたったひとり生還した兵士役を演じた時は 体重を20キログラム落として カメラの前で 平然と蛆を食べていた。
わたしはボブ デイランの「アイアム ノット ゼア」で ギターをもって ヒゲだらけでデイランの歌を歌ったときのクリスチャンが好きだ。声がそっくりだった。
2008年には「バットマン ダークナイト」でバットマンとして、美しい肉体美を見せてくれた。また「ターミネイター4 サルベイション」でも主役の ジョン コナーを演じて 息つくヒマもない激しいアクションを展開した。
骨と皮の痩せ役で良し、むっちり筋肉をつけた肉体派ファイターで良し などという便利な役者は そうは居ない。得がたい役者だ。役柄に徹することのできる役者魂をもった役者だ。

ストーリーは
デイック(クリスチャン ベール)はローウェル町のヒーローだ。ウェイター級のボクサーとして連戦連勝してきた。母親のアリス(メリッサ レオ)はボクシングジムを経営していて デイックのマネージャーを務めてきた。彼女はデイックを溺愛している。母は9人の子供を産んだ。そのうちの6人の娘達は成人したあとも母親の家に同居している。デイックは母親からも 姉妹たちからも チヤホヤされてきた。ボクサー引退後のデイックは 麻薬浸けで犯罪にも加担しているが、家族はそれを見て見ないふりをして黙認している。そんな家族のなかで 異父兄弟のマットは 影が薄いが、幼い時からデイックにボクシングを教わってきて、当然ボクサーになることを期待されていた。

ある公式試合で ミッキーがさんざんに負けたとき、ラスベガスから試合を見に来た興行師が、ミッキーが本気でプロのコーチについて ボクサーになりたかったら 母親と麻薬浸けのデイックから離れてラスベガスに来るように言う。ミッキーは 恋人のシャリーン(エイミー アダムス)と二人でラスベガスに行って 家族のしがらみを捨てて 自立する夢を見る。
しかし 夢はデイックが 麻薬に絡んだ犯罪で逮捕され、実刑判決を受けたことで消え去った。嘆き悲しむ家族を置いて行く事が出来ない。兄のコーチなしで 自分の場所で強くなろうと決意するミッキーは 徐々にボクサーとしての力を蓄えていく。

一方 刑務所のデイックは 受刑者の間ではヒーローだ。昔デイックが活躍したフイルムを受刑者全員が見て デイックを褒め称える。しかし受刑期間は 麻薬中毒だったデイックに 良い結果をもたらせた。
2年たち、刑期終了して帰ってきたデイックに、ミッキーは 再びコーチになってくれるように依頼する。憎み合っていた兄弟が和解し、最強のボクサーとコーチのコンビができ上がった。そしてウェルター級のチャンピオン戦にむけて、、、。
というお話。

デイックとミックの二人の体作りが徹底している。もうあきれるほどだ。
クリスチャン ベールの これ以上痩せられない顔で、走りまくり ジャンプし、フットワークも軽々とボクシングする姿もすごいが、マーク ウェルバーグもすごい。右手を警官達に叩き割られ ひどい骨折をしてボクシングができなくなった彼のおなかには、しっかり脂肪がついて みるからに重くなっていた。それが公式戦で戦うようになった時の筋肉のつきようは半端ではない。上半身、筋肉こぶが沢山出来ていた。どんなに 腹を打たれても全然平気。最後のチャンピオン戦の 激しい打ち合いには 何度も悲鳴を上げそうになる。その場に居たら 何度白タオル投げていたかわからない。スローモーション画像で一発一発の拳が入ったときの打撃の大きさに、目を背けたくなる。ボクシングは本当に激しいスポーツだ。

母親のメリッサ レオが 9人の子供を育ててビッグマザーとして家族に君臨する姿や、デイックへの溺愛する親馬鹿ぶりが 実にうまい。ゴールデングローブ賞を取ったのは 妥当だと思う。
恋人役のエイミー アダムスも 女7人の敵に囲まれて それでも負けずにミックを守ろうとする けなげさが立派だ。いつまでもママを頼る デイックの姉妹達の醜い年増女の姿も それらしくて うまい。
映画に出てくる人物すべてがよく計算されていて、よく演じていて、通行人の盲目のおじさんや、店の主人やらまでが 実に芸達者だ。すごく よくできた映画。完全完璧監督のクイント イーストウッドの作品みたいに よくできている。クリスチャン ベールを見るだけのために これを観ても良いし、完全完成品を見る目的で この映画を見ても良い。素晴らしい。

2011年1月23日日曜日

映画 「英国王のスピーチ」のコリン ファース




オーストラリアは 英国国王を元首とする立憲君主制国家だ。国家元首はエリザベス女王。
映画「英国王のスピーチ」原題「THE KING’S SPEECH」は、エリザベス女王の父親にあたるジョージ6世のお話だ。

この映画、ゴールデングローブ賞で、アルバート ジョージ6世を演じたコリン ファースが 主演男優賞を獲得した。アカデミー賞では 作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞にノミネイトされている。

監督:トム ホッカー 37歳の新鋭の監督
キャスト
アルバート ジョージ6世:コリン ファース
言語療法士:ジェフリー ラッシュ
エドワード8世:ガイ ピアース(アルバートの兄)
アルバートの妻:ヘレナ ボナム カーター
シンプソン夫人:エバ ベスト

ストーリーは
1936年、英国王ジョージ5世がに亡くなった。次期国王は当然長男の プリンス エドワード8世(ガイ ピアース)が 継承するはずだった。王政学を学び ジョージ5世を支え、次期家長として活躍し 陸軍に従事し 国民から慕われていた。にも関わらず 彼は離婚暦のあるアメリカ女性 シンプソン夫人に夢中だった。英国議会も大英教会も 国王が離婚暦のある平民の女性と結婚することは 英国憲法違反であることを指摘する。国王の座をとるか、平民となって離婚した女性と一緒になるか 選択を迫られて、プリンス エドワードは シンプソン夫人を取る。「シンプソン夫人の支えなしには 国民のための いかなる執務も行うことは出来ない」という歴史的で感動的なスピーチを残して 彼は去る。

にわかに脚光をあびることになったのは 次男のプリンス アルバート(コリン ファース)だった。彼は 海軍出身。華やかで社交的で国民に人気があったエドワードに比べて 正反対の性格。シャイで吃音障害を持っていた。吃音を治すべく 今までに何人もの専門医師や言語療法士の治療を受けていたが 効果がない。生まれもっての短気で激しやすい性格もあって、正常な会話ができないことに困りきっていたところだった。

心配した妻 エリザベスは ドクターライオネル ロークという新しい言語療法士に会いに行く。オーストラリア パース出身の変わり者。彼は プリンスの妻に向かって 治療してもらいたかったら 自分の家の診療室に来るように、と言って、プリンスを呼びつける。古いロークの家には 極寒のロンドンにもかかわらず充分な暖房さえない。そんな彼の自宅で治療が始まった。発声練習から歌ったり踊ったり ワルツを踊りながらシェイクスピアを読む。意表をつく独特の治療法に、幾度も幾度も アルバートは 怒りを爆発させ 治療を中止させる。
しかし、そんなことを繰り返すうち、アルバートは次第に 今まで誰にも打ち明けられなかった胸のうちを ロークに聞いてもらうことができるようになる。序序に、二人の間に友情が芽生えてくる。
時に、ナチスドイツがポーランドを始めとするヨーロッパで侵略を進める。フランスに次いで 英国も参戦せざるを得ない。英国の誇りをもって開戦するに当たって、国王は国民に向かって スピーチをする。歴史に残る名スピーチだ。アルバートは ロークを伴って放送室に入って マイクロフォンに向かう。何度も 詰まりそうになりながら オークの励ましのもとに スピーチを最後まで 声高らかに威厳をもって読み上げる。
というお話。

とても良い映画だ。
どんなに吃音障害をもつことが苦しいか よくわかった。映画を観ている人は アルバートと一緒になって 理路整然としている自分の考えを 伝えることができない苦しみを味わう。言葉が出てこない。うやうやしく待ち構える人々や、議会や教会の官僚達の前に立って 口を開く瞬間の緊張感。失敗に失敗を繰り返し 自己嫌悪に身をこがし、こみ上げる怒りをぶつける相手もいない。立場が立場なだけに どもって言葉が出てこなくても 笑う人はいない。人々はただ かしこまって次の言葉を待っているだけだ。それが本人には 余計なプレッシャーになってますます言葉が出てこない。家に帰れば 二人の幼い娘達が待っている。愉快なお話を作って話して聞かせる ふつうの父親だ。父親が言葉につまれば 娘達は幼いながらも 根気よく次の言葉を待っていてくれる。それが またつらい。

コリン ファースの いかにも外見からして誠実でまじめな姿が 吃音障害に苦しむ国王の役に適役だ。今年のアカデミー主演男優賞を獲るだろう。とても良い役者だ。
対する 人を食ったようなジェフリー ラッシュの名演技、、こればかりは他の役者にまねができない。この映画で ロークがシェイクスピアの「ヘンリー4世」を 舞台のオーデイションで演じてみせるシーンがある。さすがにうまい。ゾクゾクするほどだ。何年か前、彼は 映画「シャイン」で精神分裂症のピアニストを演じてアカデミー主演男優賞を獲った。

英国教会が どこの馬の骨かわからないロークを退けて 権威ある専門の言語療法士をつけるように圧力をかけたとき、アルバートは ロークは自分にとって個人的に特別必要な人なので やめさせるわけにはいかない と擁護する。そのとき初めて ロークは自分が 医者でも専門の言語療法士でもない。パースからきた役者にすぎないと言う。かれは 役者として発声訓練をしているうちに 戦争から帰ってきて 体や心に傷を受けた兵士達が 言葉を失っているのを見て それらの人々を治療してきた。経験の多様さでは専門の言語療法士よりも自信を持っている。そんなロークの告白を 驚きもせず聴くアルバート。二人は すでに分かちがたい固い友情で結びついていたのだ。名優どうしの名場面だ。

アルバートが兄エドワードのむかって どうして王位を捨てるのか 問い詰めた時 残酷にもエドワードがアルバートの口調を真似して からかって 立ち去る場面がある。温厚で人格者だという評判のエドワードだが、兄は いつも強い立場だから、からかわれて こき下ろされてつらい思いをする弟のつらい立場には理解が及ばない。強いものは常に弱いものに対して 無自覚だ。
アルバートの吃音障害は 左利きを 教育係に厳しく更正させられたことが契機だが、年上の兄に 大事な玩具をとりあげられたりしたトラウマも要因になっている。何気ない兄弟間のやりとりで内気な年少者の方が傷を負う。年下にしか わからないつらさだ。

妻エリザベスのヘレナ ボナム カーターも良い役者だ。「アリスのワンダーランド」でスペードの女王をやったり「スウィートチャーリー」で 人肉パイを作る悪魔のような女を演じた。今回は 出過ぎず、語り過ぎず ただ夫を支える妻の役が良かった。夫とともに傷つき 共に不安に慄き、歓びを共にする、ひかえめだが なくてはならない役を よく演じていた。役作りのために 歴史学者に会ったり 古い英国のしきたりなど、すごく勉強したそうだ。
それと、子役のふたりの娘達。長女のエリザベス(いまのクイーン エリザベス)役の子供の利発そうな姿が ひときわ目立っていた。

2011年1月20日木曜日

映画 「ブラックスワン」




映画「ブラックスワン」を観た。
第68回ゴールデングローブ賞映画部門で この映画を主演したナタリー ポートマンが主演女優賞を受賞した。予想通り。
これだけやって 女優主演賞が取れなかったら 余りに可哀想だ。100分余りの映画の間、彼女がアップで、または遠くから、横から 斜めから 下からカメラが追って 彼女がいないシーンなど皆無と言うほど 彼女が出ずくめのフィルム。一人芝居と言っても良い。音響も音楽よりも彼女の息遣いだけが サウンドになっている時が 嫌に多かった。それでスリラーとかミステリー効果を狙ったのだろう。
ナタリー ポートマンは 子供の時からバレエを たしなんでいたそうだが、この映画のため に徹底的に体重をしぼって痛々しいほど骨と皮になって 本当にバレエを代役なしで自分で踊っている。すごい。

今回 同じゴールデングローブ賞で、クリスチャン べイルが「ザ ファイター」で 助演男優賞を受賞したが 彼がまた 信じられないほど体重を落として ボクサー役を演じている。なんか俳優達が 役作りのために、そろって我慢大会をして やせこける映画ばかりが賞を獲って、「よく痩せましたね」の努力賞みたいだ。そんなに体重をしぼって 熱血熱演しているのだから迫力がある。痩せた熱血漢がヒーローになり、デブはお笑いコメデイをやるしかない という単純なアメリカ文化も やるせないが バレリーナもボクサーも体重をコントロールすることが条件だから それに合わせて俳優が伸縮自在になるのも 仕方がないことか。
http://www.imdb.com/video/imdb/vi3985807385/
監督:ダーレン アロノフスキー
ニーナ:ナタリー ポートマン
リリー:ミラー クニス
ニーナの母:バーバラ ハーシー
アートダイレクター:バンサン カッセル


ストーリは
ニューヨークシテイーバレエ団では 久々に大作チャイコフスキーの「白鳥の湖」に取り組むことになった。バレリーナたちは 誰が主役を取るのか 気もそぞろだ。遂にニーナ(ナタリー ポートマン)が主役に抜擢された。彼女は母親と二人暮らし。バレリーナだった母親は ニーナのバレエ教育に厳しく 健康管理や生活態度にまで うるさく干渉してきた。ニーナは 子供の時から そんな母親の期待にこたえようとしてきたから、プリマドンナに選ばれた歓びはひとしおだった。

地味でシャイなニーナが主役を射止めた一方、ニーナが怪我や病気をしたときに代わりに踊る代役に リリーが抜擢される。リリーは外交的で明るい性格。ライバル意識を隠そうともせず ニーナに接近してニーナの役を奪い取って自分が主役を踊りたい。ふたりのバレリーナの競争心や アートダイレクターとの関係も緊張感を増し 開演が迫るにつれ 互いのプレッシャーが、爆発寸前にまで煮詰まっていく。
この先は 一応この映画、スリラーとか、ミステリーということになっているので ストーリーを言うことができない。

ストーリーも ナタリー ポートマンのバレエもかなり期待を裏切られた。良いシーンは、二つほど。リハーサルで ニューヨークシテイーバレエ団オーケストラのヴァイオリン ソリストが立って 独奏するのに合わせて ニーナが踊るところ。もうひとつは、やはりヴァイオリンに合わせて 長いデュオでカップルが踊るシーン。天井の高いバレエスタジオで チャコフスキーが 素晴らしく響いていた。バレエの素晴らしさは やはり美しい曲と 見事な演奏なくしてはあり得ない。生の演奏に合わせて 踊り子達が跳躍する姿はとても美しい。

昔「アンナ パブロア」というフランス映画があって、忘れられない 素敵なシーンがある。アンナがひとり 劇場の様子を見に行ってみると、舞台のそでで初老の男がピアノを弾いている。アンナは新しいピアニストが 自分が踊る謝肉祭の「白鳥」を リハーサル前に 練習しているのだろうと思って、服のまま、舞台に立って ピアノに合わせて踊り始める。ダンサーもピアニストも 次第に熱が入ってくる。でも、どうしても1箇所 ピアノがワンテンポ遅れるところがある。アンナは「そこ、あなた まちがっているわよ。ワンテンポ 休符がはいるでしょう?」とピアニストに注意する。何度かやってみて、やはり、うまくいかない。そこで、ピアニストは「フムフム、ここで君は息継ぎをしないと 次の動作に入れないんだね。じゃあ君のために この部分を書きなおしてあげよう。」と老人は言う。「え、、あなたは誰?」驚いたアンナに 作曲家サンサーンスが 名乗りをあげる。若々しいアンナと 老紳士サンサーンスとの出会いのシーンだ。とても微笑ましい。良いシーンだ。

「ブラックスワン」同様ニューヨークシテイーバレエ団を主役にしたバレエ映画「ザ カンパニー」という映画(2003年)もあった。こちらの方が わたしは好きだ。プリマドンナに抜擢された娘が ニューヨークのアパートに一人住んでいて、バレエだけでは食べていけないので バレエの合間にカフェでアルバイトをしている。恋人(ジェームス フランコ)との付かず離れずの優しい関係も、現実のバレリーナの生活に近い。彼女が大役を終えて 仲間との打ち上げパーテイーも終わり、アパートに一人帰ってきて、お風呂に入る。公演のプリマドンナという重荷を下ろして 熱い湯に身を浸した瞬間に 安堵の涙がどうと溢れて すすり泣く。そのシーンにとても共感できた。観ていて自分の体のすみずみまで熱い湯がゆきわたるような気がしたものだ。うまい。プロが作る映画とは、こんなふうに共感、共鳴の波を作りだせるのか、と感心した。

「ブラックスワン」に共感できるところは、ひとつもない。またこのストーリーとニューヨークシテイーバレエ団とがマッチしない。10年前のキエフバレエ団なら 合うだろうか。

映画に出てきた主役と代役との葛藤は 興味深い。代役で 切っ掛けをつくり成功して 若い役者が主役以上の人気者になってしまう例はたくさんある。「アラビアのロレンス」は リチャード バートンにはずだったのが、ピーター オトッールが演じて成功した。「風と共に去る」は エリザベス テーラーでなく ビビアン リーが主演したから大成功した。未知数の可能性を持った 若い人が こんな風に代役を契機に出てくるのは良いことだ。
ハリウッドもそろそろ 女アクションはアンジェリーナ ジョリー、SFはキアノ リーブス、正しい人はべンゼル ワシントン、忠実な男は マット デイモン、強い女はヒラリー スワンク、変態はジョン マルコビッチ、死なない男はブルース ウィルス、精神病者はジェフリー ラッシュといった 繰り返し似たような役ばかりを 決まった役者にやらせる安易な使い方をやめて、若い人を発掘するべきなのかもしれない。

2011年1月12日水曜日

クイーンズランドの洪水




akikoさん。
オーストラリアの町が
浸水被害に襲われた映像を見ました。
シドニーは離れているから大丈夫ですよね?
ふと心配になり、メッセージしてみました。
スーマー


DEAR スーヤグニールさま
ご心配いただいて どうもありがとうございます。

私どもの住むシドニーは 高台ですし、クイーンズランドの洪水にあっている地帯とは 離れていますので、無事です。ただ、送られてくる クイーンズランドのニュースに心を傷めています。

いま、クイーンズランドを中心に 雨が降り続けて、オーストラリアの国土の15%が、水に浸かっています。その広さは フランスとドイツを合わせた大きさだそうです。オーストラリアは 日本の21倍の広さをもっていますから、日本が2つと半分 水に沈んで居る計算になります。
オーストラリアで3番目に大きな ブリスベンの街がすっかり水に浸かってしまいました。
「陸地津波」で、10人の死亡者と80人の行方不明者が出ました。死亡者数は今後、増え続けると予想されています。
陸地津波とは 日本で言う鉄砲水のことだと思いますが、雨がやまず、河が氾濫して、集中豪雨が鉄砲水となって、、川沿いの家々を、高さ8メートルとか9メートルの高波が襲い、人々が家ごと河に流されました。

今年の冬は 珍しく雨の多い冬だったので、10年余りの旱魃に汲々としていたニューサウスウェルス州やクイーンズランド州の農業牧畜経営者達は 嬉しくて恵みの雨のなか、牛を増やし、作物を植えたところで、洪水にやられました。
街に住む私たちも、雨の多い冬と春を過ごし、緑がひときわ冴えて美しい初夏を 楽しんでいたところだったのです。

オーストラリアの東側が洪水で被害を受けているというのに、パースなど西側では 逆に旱魃に苦しんでいます。雨が降らず、土地が乾燥して自然発火して山火事が多発しています。もともとオーストラリアは 海沿いの街以外の内陸は乾ききった砂漠ですから、雨が降らなければ 内陸での農業、畜産に被害が出ます。

まことに日本は 水が豊かで、緑の多い 温暖で穏やかな自然に恵まれている、ということが、アメリカやオーストラリアに住んでみると しみじみ実感としてわかります。日本のアルプスなど山々が 他のどこの国の山より美しく、多種多彩な植物 蝶の種類も多く、四季の変化がはっきりして、それが人々の心にも影響して独特の文化を育ててきた日本は、本当に特別な国だと思います。

今年のお正月が帰国できなくて、スーマーさんの音楽を聴きにいけなくて残念です。
ジョンの70歳の誕生日に、スーマーさんの歌を聴きたかったなー。
どうぞ、お元気で ご活躍ください。

あ、、、勝手に個人あての手紙を公開してしまって、ごめんなさい。
事後承諾ということで、、。

2011年1月5日水曜日

映画 「ラブ & ドラッグ」




映画「LOVE & OTHER DRUGS」、邦題「ラブ&ドラッグ」を観た。新作アメリカ映画。

監督:エドワード ズウィック
キヤスト
マギー:アン ハースウェイ
ジェイミー:ジェイク ギーレンホール

http://www.loveandotherdrugsthemovie.com/

ストーリーは
ジェレミーは 製薬会社のセールスマンで口が立つ。口八丁手八丁で 売り込みの為ならば 顧客とベッドを共にするくらい お手の物。プレイボーイで甘い顔立ちだから、まず相手を惹き付けてから強引に売りつける。セールスに マナーも倫理も道理もない。薬の副作用で自殺者が出たり 症状が悪化する人が出てきても そんなこと かまっていられない。とにかく売って売って売りまくる。売り上げを記録して 自分が住んでいる街からシカゴに栄転できることが望みだ。

ある日 クリニックで 受診してきた美しい患者マギーに出会う。互いに良い印象を持ったあと、偶然 二度目にカフェで会った時、マギーは 「欲しいものは すぐに手に入れなければ、、」とジェレミーに言い、二人は迷うことなくそのままベッドに一直線。二人の波長はぴったり合って、そのまま二人は恋人になってしまう。
マギーは ウェイトレスや老人ホームの世話係をしながら、写真を撮っていた。絵を描き 写真を編集するマギーに魅かれながら ジェレミーの セールスマンとしての 過酷な競争が続く。

マギーは若年性パーキンソン氏病に罹患していたのだった。手先が震え 写真の編集や細かい手先の仕事ができなくなっていく。あせって苦しむマギーを かまってやる余裕がジェレミーにはない。 そうしているうちに、ジェレミーの会社が バイアグラを開発して これがヒットした。ジェレミーはこれを売りに売り、セールスの成績を上げる。
一方、マギーはパーキンソン氏病の患者の会に足を運んで パーキンソンで苦しむのは自分だけではないとことを知って、勇気をもつ。しかしジェレミーは 同じ会で、重症のパーキンソン氏病患者を妻に持つ男から 日々顔の表情が変わっていって、顔の表情が失われ、笑うこともなくなった妻を介護する苦労話を聞かされて、ショックを受ける。マギーにそんな状態になって欲しくない。居ても発ってもいられなくなって ジェレミーはマギーを連れて パーキンソン氏病の専門医を求めて脳神経科病院を訪ね歩く。

しかしマギーを治療できる病院はない。いきり立つジェレミーに向かって マギーは 一方的に別れを告げる。ジェレミーの 何故別れるのか と問うジェレミーに向かって マギーはただ沈黙を守るだけ。
ジェレミーの長年の夢だった シカゴへの転勤が決まった。引越しのための荷物を片付けているうちに、ジェレミーがマギーと幸せだった頃のヴィデオが出てくる。ヴィデオでマギーは 二人が出会ったときと同じ事を言っていた。「今欲しいのなら 今手に入れないと手に入らない。」
それを見て ジェレミーは 進行性の病気を抱えたマギーの絶望と、心の苦しみを知る。また、自分の病気のために ジェレミーを苦しめないように 別れたマギーの愛情の深さを知る。ジェレミーは 狂ったようにマギーを追いかけていって、、、。
というお話。

ジェイク ギレンホールもアン ハースウェイも全裸シーンがたくさん出てきて ベッドシーンの てんこ盛りの映画だ。
お姫様役とか知的な女性の役ばかりだったアン ハースウェイの女優としての新しい役柄だが、これがとても良い。何をしても品があって、可愛い。
この映画、笑いあり ベッドシーンあり、楽しくてコミカル ロマンチック映画と思ったら これは違う。製薬会社と医師たちとの癒着。製薬会社の卑劣な売り込み、汚職と収賄の汚い面を映し出す社会派映画ということも出来るし、若年性パーキンソン氏病という進行性の病気を持った女性の純愛物語ということもできる。
なかなか見ごたえのある映画だ。

この映画、「男の世話になりたくないから 愛するゆえに身を引く」という日本では成立する美談、、、そんなの 絶対通じないアメリカで 成立させた意味は大きい。ジェレミーの「人のことなんて この年になるまで考えたことがなかった。本当に人のことを思いやるっていことを 君から教わったよ。」と最後に語るジェレミーの言葉に嘘はない。
自己主張ばかり強い個人が育つ 個人主義の国アメリカ。自分が大声を張り上げて主張することなしに、仕事もパートナーも何も 得られない競争社会。年一度のクリスマスデイナーで 両親を中心にテーブルを囲む席でさえ、兄弟が感情をむき出しにして怒鳴り合い 主張しわめきたてるジェイミーの家庭。一人前のセールスマンになるための文字通り血を吐くような訓練。バイアグラの出現に湧く製薬会社に群がる男たちの滑稽さ。
病んだアメリカ社会で生存競争を走り続ける男 ジェレミーと 回復することのない病をもったマギーとのコンビネーションが「いま」をよく映し出していて良い。

パーキンソン氏病に完全治癒はない。日々進行していき、日常生活に支障をきたし、次第に稼動範囲が狭くなっていく。食事も排泄も自分ひとりでは できなくなる。にも関わらず 脳は正常だから自分の陥っている状況が自分でわかる。つらい。
癌は進行して最終的には脳に転移して自分のことがわからなくなったり、痛みを止めるモルヒネなどの効果で 意識は混沌となる。肝硬変も脳の細胞が侵されて自分の状況がわからなくなる。年寄りの認知症やアルツハイマーも 脳の萎縮によって 自分の陥っている状況が よくわからなくなる。
それらに比べて、パーキンソン氏病は体が動けなくなっても脳が正常であるから その悲しさは 想像を超える。
マギーがジェレミーに別れを告げる思いやりにも、それに答えるジェレミーにも涙を誘われた。かるーい映画ではない。
でも 楽しくて笑えるシーンも たくさんある。

2011年1月2日日曜日

新年ウィーンフィルコンサートと 秦の始皇帝稜兵馬俑




正月1月1日の夜は ウィスキーを飲みながら、家で 恒例の新年ウィーンフィルハーモニーオーケストラのコンサートを ハイヴィジョンTVで観て聴いた。
とても良いコンサートだった。新年を迎えて、明るい軽やかな気持ちに満たされた。

歴史あるウィーンフィルのコンサートの 指揮者を誰に任せるかは 毎年、楽団員の投票で決めるそうだ。2002年には、当時、ウィーンフィルの音楽監督を勤めていた小沢征爾だった。2007年はズービン メタ。
そして、今年はフランツ ウェルザー メスト。演奏された曲は ほとんどヨハン シュトラウスのワルツ、ポルカなどのダンス曲ばかり、リストが1曲あった。お決まりのように アンコールに シュトラウスの「美しく青きドナウ」が演奏され、最後は 「ラデッキー行進曲」で締めくくった。

「美しく青きドナウ」の演奏中 6人の可愛らしい少年少女のウィーンバレエ団が、会場に入ってきて、会場の通路で 音楽にあわせて踊るサプライズもあった。少女の一人は日本人だったのではないかな。
表立っては言わないが、ウィーンフィルには ウィーン生まれの音楽家しか入れない、男が望ましい、勿論白人だけ、 と囁かれている そんなウィーンフィル、、、。差別の砦というか、前世紀の遺物みたいなオーケストラだが、その音の軽やかさ、新年コンサートに見せる華やかさは、他のオーケストラには見られない。

映像を見ていると、この会場のウィーン学友協会の「黄金のホール」に、各国の皇族や大使やアラブの王様なんかに混ざって いつも和服姿の日本人観客が多いのが目につく。JTBで音楽三昧ツアーとかがあって、世界一入手困難なこのチケットを 結構買い占めているのだろう。

テレビで観ていて 会場にいるより得をした気になれたのは、コンサートの合間の休憩時間に、ウィーンフィルが ロシアに遠征旅行したときのフィルムを見せてくれたことだ。ぺテルスブルグに 大勢のメンバーが 家族も連れて、大型豪華船で行ったときの 船内での練習風景や ぺテルスブルグのコンサートの様子や エストニアの戸外コンサートの様子が見られて、とても良かった。やはり ブラスに強いオーケストラは強い。
どうしてか、会場に楽器が時間内に届かなくて、メンバーが みな外で普段着のまま待てっていて、とうとう楽器を載せたトラックが着くなり、一目散に楽器をむしりとり、舞台に上がって 普段着のまま演奏したコンサートもあったようだ。そういうフィルムが いちばん、見ていて嬉しい。
新年の嬉しいコンサートだった。

3時間近いコンサートを 夜の12時まで聴いて、翌日2日は朝から、ニューサウスウェルス州立美術館に行った。
ここは 大好きな美術館。
普段は人がほとんど居ない館内で、お気に入りのセザンヌとピカソの絵の前で のんびり過ごす。
いま、中国からきた「秦の始皇帝稜兵馬俑」の展示をやっている。

中国で最初の皇帝、始皇帝。BC259-BC210。 この人の墓の入り口に 6000の実物大の兵隊、50の戦車、200頭の馬が埋まっていたのが 発見されたのが1974年。その後も発掘が継続されていて、いまでは100台あまりの戦車、600頭の馬、8000体の戦士が展示されているそうだ。
現在 掘り出されたすべては 現地で博物館になっているが、そのうちの一部が オーストラリアに貸し出されてやってきた。

海を越えて やってきた「始皇帝稜兵馬俑」のうち 8体の人物像は:将軍、兵隊、射手、騎兵、膝をつく射手、戦車の御者などで、2頭の馬は 戦車用の馬と、乗馬馬だ。
それと、4頭の馬と戦車の御者の2分の1の像もある。これが白馬で ブロンズでできた戦車が飾り立てられていて とても美しい。見惚れてしまった。付属する装飾品などもたくさん展示されていた。掘り出されたときに 兵隊たちが武装していた武器は 4万点、すべて本物の武器だったそうだ。それらも 展示を見ると 柄のところが それぞれ装飾されていて、美しい。感動的だ。
この「秦の始皇帝稜 兵馬俑」の一部が、外国に貸し出されたのは、初めてだそうだ。

始皇帝。
BC246年にたった13歳で即位、戦国時代分裂していた7国をまとめて、君主となり史上はじめて中国を統一し 自ら皇帝を名乗った。郡県制を統括、各郡に警察、行政を置き、言語、漢字文字、度量衡を統一、民間の武器所有を禁止、没収し、焚書坑儒を徹底した。このころの中国の歴史が一番おもしろい。

70年代に 兵士達の像が続々と掘り起こされ 何千体も出てきたとき ニュースを見て圧倒された。鳥肌が立った。いつか、本物を見たいと思っていたが、シドニーで 一部を見ることができた。とても嬉しい。
充実した正月だった。

写真はNSW州立美術館所有のセザンヌの絵とオット
(フラッシュを焚かなければ写真撮影が許されている)

ピカソ「ロッキングチェアーのおんな」
(この写真の前に立ってオットに写真をとってもらおうとしていたら、突然中国人が20人くらい寄ってきて、狂ったようにピカソピカソと叫びながら私とピカソをバシャバシャ フラッシュで撮影はじめたので、警備員が飛んできた。おかげてオットはシャッターを押せなかった。これだから中国人迷惑。モデル代よこしなさい。)

それと 始皇帝の墓の守衛兵たち

2011年1月1日土曜日

ウェルカム 2011




シドニーでは 年が変わるニューイヤーイヴに、ハーバーブリッジと、何箇所かの岬で、大規模な花火が打ち上げられる。
これを見物するために 何万人もの人が オペラハウスのまわりや 天文台のある丘のうえなど、眺めの良い場所をとるために朝から場所取りをする。食事つきのボートクルーズに乗って シドニー湾を浮かびながら花火を見ることもできる。ハーバーブリッジの足もとにあるレストランで 花火を見て食事したこともあった。
日本に居た時は 御宿の夏祭りの花火が豪華で、忘れられない。花火は一瞬の美しさを競う。派手に広がっても すぐに空に消えてなくなる。光の芸術だ。

そんな大晦日。ことしは、夜勤の仕事。
職場で、時計が 深夜12時をまわったところで、花火が始まり、同時にシャンパンを開けて 同僚達と抱き合って 新年を祝った。

何よりも大切な家族が居て、私を必要とする職場があり、みな健康でいられる ということに感謝したい。とくに昨年は 家族が ひとり増えたことがなによりも嬉しかった。
このようにして、いつまでも 新年とともに 歓びを分かち合える家族と仲間がいてくれたら幸せだと思う。新年を迎え、新たに家族の安泰と、友達の幸せを心から祈る。
 

2010年12月28日火曜日

映画 「ツーリスト」のアンジェリーナとジョニー デップ



映画「THE TOURIST」、邦題「ツーリスト」を観た。
アンジェリーナ ジョリーとジョニー デップ共演のハリウッド映画。
近年の娯楽映画としては 最高の出来だ。

監督製作:ドイツ人 フロリアン ヘンケル ヴァン ドネルマルク
カメラワーク:オージーのジョン シール。
原作は2005年のフランス映画「ANTHONY ZIMMER」。
ソフィー マルソーが演じた エリーズ役を アンジェリーナ ジョリーが、その相手イアン アタルが演じた役を ジョニー デップが演じている。
http://www.youtube.com/watch?v=l5ZGiuoBuGg

ストーリーは
ロシア マフィアから 多額のマネーロンダリングのための隠し金を騙し取った男の名は アレクサンダー ピアス。ロシア マフィアとしてはこの男、殺しても殺し足りない。見つけ次第八つ裂きにしてやりたい。そんなロシア マフィアの面々は勿論のこと その騙し取った金を 隠し場所に使われたロンドン銀行も 預けられた金の利子を求めて訴訟をおこしている。世界をまたに賭けた金融知能犯罪に、インターポールも 必死でこの男を追っている。

しかしアレクサンダー ピアスの顔を知るものは 誰も居ない。彼の行く先を追うただ一つの鍵は、アレクサンダー ピアスの愛人エリーズ(アンジェリーナ ジョリー)だけだ。だから ロシア マフィアもロンドン警視庁もインターポールも エリーズから目を離せない。彼女の行く先々を 黒服のマフィアが追い、覆面パトカーが追いかける。それを もう2年も続けているのだ。アレクサンダー ピアスはこの2年 動きがない。

そして ある日 エリーズが 突然動き出した。
棲家だったパリを出て、長距離電車に乗るエリーズのあとを 男たちが追う。エリーズは 列車の中で、自分の隠れ蓑に利用するために、男を物色する。声をかけたのは アメリカ人、平凡な旅行者。誠実そうで世慣れない感じで ちょっと冴えない数学教師だ。エリーズは このフランク(ジョニー デップ)と車内で親しくする。
インターポールは すぐにこの男が何物であるかを突き止める。平凡なアメリカ市民。犯罪暦なし。3年前に事故で妻を失くした数学教師だ。エリーズが単に列車のなかで偶然出会っただけの男だと承知している。しかし、インターポール内の ロシアスパイが この男こそアレクサンダー ピアスだと思いこんで 誤った情報を ロシア マフィアに送ってしまう。ロシア マフィアは フランクを拉致しようと計画する。
場所を ヴェネチアに移して エリーズと フランクと アレクサンダー ピアスと思われる男と ロシア マフィアと インターポールとの追いつ追われつの ハラハラドキドキが展開される。
これから先は ミステリー仕立てなので、筋は言えない。

アンジェリーナ ジョリーが とてもとても美しい。これほど美しく映像に納められた彼女の姿は 久しぶり。「ソルト」では 変なかつらをかぶって、アクションは良かったけれど、美しくなかった。今回の映画では これでもか これでもかと 豪華で贅沢な衣装に身をまとい カメラワークも 完璧に彼女美しさを際立たせていた。
カンボジア、エチオピア、ベトナム人孤児を養子にしたうえ 女の子と男女の双子のお母さん。ブラッド ピットの奥さんをやりながら 国連難民高等弁務官事務所の親善大使。2010年2月のハイチ大地震では、ブラッド ピットとともに 100万ドルを国境なき医師団に寄付した。こんな ことをする人が 美しいと嬉しい。

ジョニー デップも とても良い。何が何だかわからないうちに、ギャングから追われ、命からがら逃げ回る数学教師の役が とても似合っている。
何と言っても 舞台が あのヴェネチアだ。
ホテルからゴンドラで 正装して舞踏会の会場に向かうアンジェリーナ、、、ホテル ダニエラのスイートルームのベッドで眠るアンジェリーナ、、ウォータータクシーで手錠をかけられたまま 運河に落ちるのデップ、、、パジャマ姿でセントマルコ広場のマーケットに屋根から飛び降りるデップ。
ゴンドラでまわった 数々の歴史ある建物や風景が よみがえって来る。
ヴェネチアを訪れたことのある人にとっては 嬉しい光景ばかりだ。

撮影のほとんどが ヴェネチアで行われたそうだ。
サンタ ルチア駅、セント マルコ広場、グランドカナル(大運河)、モトスカーフィ(ウォータータクシー)、ヴァポレット(乗り合いタクシー)、サンタ マルコ寺院、パラッツオ ドオモ(元首の館)、ため息の橋、リアルト橋、ホテルダニエラ、ムラノグラス ファクトリー、、。
ヴェネチアは 100数十の島々からなり、これをつなぐ4百数十の橋で構成される街だ。すべての建物は数百年たっている。過去の栄光と繁栄を物語る 古い商人貴族の館。暗くて狭い小道。ホテルがそっくりそのまま博物館で美術館であるようなホテル ダニエラ。そのスイートルームの 調度品の数々などを画面で観ると美しすぎて 哀しくなるのは どうしてだろう。
この街が日々、沈んでいっており いずれは街そのものが なくなっていくからではないだろうか。水の都 ヴェネチアは滅びゆく貴族の哀切の想いがする。

ナポレオンは このサンマルコ広場を「世界で最も美しい客間」と表現した。ゲーテ、スタンダール、ヘミングウェイ みなヴェネチアを 特別に愛した。ヴェネチアは そんな特別なところだ。
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」で有名だが、世界で初めて ユダヤ人ゲットーができた街でもある。
映画「旅情」では キュサリン ヘップバーンが ヴェネチアの運河に落ちて 男に会い 失恋をしてアメリカに帰っていった。 
トーマス マンは「ヴェニスに死す」で、美少年に恋をする老作家を描いた。これも素晴らしい 忘れがたい映画になった。ペストがはびこるヴェネチアが 悲劇を予感させていた。
ルキーノ ヴィスコンテイは 自身がシチリアの没落貴族出身だから 映画「山猫」で滅びゆく貴族を描いた。この映画は 洗練されたイタリア貴族文化の華麗や退廃を 世界遺産に復元するかのように描いた一大叙事詩だ。バートラン カスターとアラン ドロン、クラウデア カルデイナーレの名優たちによってイタリアの 滅び行く栄光の歴史が描かれていた。

ヴェネチアは特別な風格と香りを持った街だ。一度訪れただけで いつまでも恋しいと思う。
そんなヴェネチアを舞台にした スリラーアクション映画「ツーリスト」。
とても良かった。日本では3月11日公開。
見る価値ありだ。

2010年12月19日日曜日

アガパンサスの花




いまころのシドニーは ジャカランダの花が終わり、アガパンサスが花ざかりです。
背が高くて 頭の重い 青や白の大きな花が アパートの塀のわきや 入り口から玄関にいたる道の両側に咲きそろい みごとです。葉のある地面から1メートルも高いところに 大輪の花をつけるので、なかなか貫禄があります。日本でも球根を植えておくと 簡単に増えて育つので庭に植える人も多くなってきたそうですが、私はこちらに来て 初めて出会いました。

白、青、紫と花の色がありますが、青が シドニーの初夏の空の青さに似て とてもきれいです。南アフリカが原産地だそうですが、花の名前は ギリシャ語の「アガペ」すなわち愛 と、「アンサス」花という意味との合成語からきています。「愛の花」という訳です。でも 別名「ナイルの百合」のほうが この花のイメージに合っています。

「だておとこ」とか「プレイボーイ」のことを、花(鼻)の下が長い「チューリップ」と、別称で呼びますが、アガパンサスは、花の下が1メートル、、、チューリップどころではありません。

写真は「アガパンサスの花」と、「うちの愛猫クロエとフリージャ」

2010年12月16日木曜日

異国の地に暮らして


多感な頃の二人の娘たちを連れて家族で フィリピンに10年暮らした。いろんなことがあったが、忘れられないことのひとつ。
マニラの片側4車線の大きなエドサ通り沿いにあるガソリンスタンドで、私の乗った車のドライバーが、給油しようとしたら 車寄せの給油スペースに 全裸の少年が倒れていた。数人の男たちが 笑ってタバコをふかしながら、うつぶせになった少年の体を蹴飛ばしたり、足でひっくり返そうとしたりしている。皆、笑っていたので、私のドライバーは 「昨夜飲んだくれた 酔っ払いでしょう。」と言って、そこでの給油をあきらめて、そのまま走り去った。フィリピン人にしては 色の白い、髪の短いほっそりした少年だったが、それを取り囲む男たちの 野卑な顔つきが とても嫌な感じだった。その日は それで、あったことをすっかり忘れていた。
翌日 ドライバーから、それが 20歳の女性で 輪姦された末 絞め殺された遺体だったことを知った。朝早く、新鮮な野菜や魚を買いに行く途中だったから、死後4-5時間は 経っていたのだろう。こともなげに、「あ、あれね、、女だったよ。」と言うドライバーの言葉に、平静を装ってはいても、胸の中で ドッと血が流れ 涙があふれるのを止めることができなかった。
どうしてあの時、何があったのか男たちに聞いて 酔った少年ではなく殺された少女だったと知って、シーツなり毛布なりを掛けてやらなかったのだろう、どうしてか、、と。陵辱されて殺されて なお死体をもて遊ばれていた少女を見て ただ通り過ぎてきた自分を責めた。
フィリピンでは いくつも死体を見た。見て 通り過ぎた。余りに死が身近だった。

それから数年して、娘達とシドニーで暮らすようになった。
ある朝、出勤する人々が忙しく交差するテーラードスクエア。オックスフォード ストリートを歩いて、向こう側に渡る時 道路わきに酔っ払いが寝ていた。若いが金色のもつれた髪、汚れた服、強いアルコールの匂い。そのあたりでは 夜でも昼でも路上生活者がいるし、酔っ払いなどいつも居る。ただ、操り人形の糸が切れたような ひしゃげたように、不自然な形で転がっている。怪我でもしているのかもしれない と思ったが 男の足をまたいで 反対側に渡ってバスを待った。見ることもなく見ていると、スーツ姿のハイヒール 書類鞄を持った いかにもビジネスウーマンと言った感じの女性が 足を止め 膝を折って男の横にかがみこんで 男が息をしているかどうか確かめて、それから安心したように歩み去っていった。一髪の乱れも無く装った出勤途中の若い女性と飲んだくれの 意外な取り合わせにびっくりした。すると、その後にもまた、別の若い女性が 男の横にかがみこんで 胸に手をやり 呼吸しているかどうか確認してから、通り過ぎた。驚くことに バスがくるまでの間に3人もの人が 転がっている酔っ払いの生死を確認していったのだ。衝撃だった。

マニラで殺された少女の全裸死体にシーツをかけてやらなかった自分を責めた自分は シドニーで酔って不自然な様子で転がっている少年を 触ることも近付くことも避けて通り過ぎている。生きているかどうかも確認しなかった。
こんなふうにして、いろんな国で 異国者としてただ、通行人として、余り人々と関わらずに生きて来た と思う。
倒れていたのが日本人だったら、通り過ぎることはしなかったはず。

オーストラリアに暮らして15年たった。
オージーのオットと暮らした年数の方が 日本人の最初の夫と過ごした年数よりも長くなったのに、いつまでもオットは他人で、死んだ夫は身内。

人は人種、宗教、文化、信条によって差別されてはならない と信じるが 自分自身の人種差別意識をいつまでも 消すことができない。
そんな自分を肯定も否定もできずに 異国の地で もう長いこと生きて来た と思う。こんなことを考えるって、ホームシックだろうか、、、。
あぶない、あぶない。

2010年12月7日火曜日

映画 「フェア ゲーム」、ウィキリークは正しい




映画「FAIR GAME」、「フェア ゲーム」を観た。分類からいうと、バイオグラフィーということになっている。誰の伝記かというと、まだ若い 実在のCIA秘密工作員ヴァレリー プラムのことだ。

監督:ドング リーマン(DOUG LIMAN)
キャスト
ヴァレリー プラム:ナオミ ワッツ
夫 ジョー    :ショーン ペン

お話は
ヴァレリー プラムは優秀な成績で大学を出ると 自らの愛国心からCIAに志願して局員となる。2001年当時は 彼女は中堅の捜査官だった。
もと外交官の夫 ジョーとの間に双子の子供を抱え 多忙ながら幸せな家庭生活をワシントンで営んでいた。
ジョージ Wブッシュ政権下、米国イラク間の関係が険悪になるのつれ、イラク担当の彼女の仕事も多忙になる。

2001年当時 サダム フセインはウラン濃縮作業をしているという情報が信じられていた。元はと言えば、対イラク対策として、米国の援助によって推進された原子力開発だった。黙して サダム フセインに原子力大量破壊兵器を作らせるわけにはいかない。イラクの原油に狙いを定めていた米国にとって イラクを米国に敵対する軍事大国にすることだけは許すことができなかった。

CIAはイラク担当の秘密情報員ヴァレリー プラムの夫を 以前彼が外交官として赴任していたナイジェリアに送り イラクがウラン濃縮作業を兵器開発のために 行っているかどうか偵察するように依頼する。チームも 各国に情報員を送り 事実確認を急いでいた。妻のヴァレリーは エジプトのカイロ、マレーシアのクアラルンプール、イラク各地に 情報提供者を送り込み 情報を収集していた。
結果はNO。サダム フセインのイラクは 原子力開発も化学兵器も作る予算も持っていなかった。フセインは いちど取り掛かった原子力開発を IAEAの勧告に従っていっさい放棄していた。ヴァレリーのCIAチームは イラクは原子力大量破壊兵器をもっていないと結論して ワシントンに報告した。

しかしその結論が出た日、ジョージ Wブッシュは、「サダム フセインが大量化学兵器を持っていて世界の安全を脅かしている」 という理由のもとに、バグダッド空爆を始めた。そこには副大統領が死の商人兵器会社と密接に利害関係にあったことや、当時下降していた大統領支持率を 開戦によって一挙に上げなければならないブッシュ政権の思惑があった。
開戦のニュースに肩を落として帰宅する妻を見て、夫ジョーは サダム フセインが大量化学兵器を持っている根拠はない という意見を新聞の投稿する。これを見た副大統領は ジョーの発言を潰す為に お抱えのワシントンポストの記者に、ジョーとジョーの妻ヴァレリーを実名で攻撃する記事を書かせる。

CIAの秘密捜査官であることを 新聞で暴露されてしまったヴァレリーに もはや仕事を続けることはできない。ヴァレリーは CIAの仲間達とコンタクトをとることもできなくなり完全に孤立する。開戦による報道管制のいけにえにされたのだ。マスコミは ヴァレリーを3流のCIAのごろつきで サダムが大量化学兵器をもっていない などという夢を見ている反愛国者だと決め付けた。彼女が 仕事で情報収集のために カイロやカラチやバグダッドに送り込んでいた情報員たちも 米国のバックアップを失って命を失うことになる。身の危険にさらされるヴァレリー。死の恫喝の嵐、、、。

ジョージ ブッシュへの抵抗をやめようとしない夫との関係も ぎくしゃくしてくる。身の置き場のなくなったヴァレリーは 二人の子供を連れて実家にもどり、そして ホワイトハウスの公聴会に出頭して 自分のやってきたこと 自分の信念を 嘘偽りなく述べる。しかし、彼女を待っていたのは 2年半に渡る懲役刑だった。
という事実に基ついたお話。

根拠のない情報は情報としての価値はない。正確な情報をもとに事実を把握して現状分析する。これは政治政策にとって なくてはならないものだ。事実確認なくして 大量化学兵器をもつフセイン政権を倒す という理由で開戦に踏み切って たくさんのイラク市民を犠牲にしたジョージ ブッシュは戦犯として国際法で裁くべきだ。直接 兵器の売買、死の商人として戦争の利権に関わっていた当時の閣僚達も同様だ。

たったひとりになっても 事実を事実だと言い続ける勇気。自分の仕事と自分の信念に誇りを持ち続ける勇気。
映画の最後に 実際のヴァレリーが、ホワイトハウス公聴会で証言する様子のフィルムが回る。冷静沈着に証言を述べる彼女の姿に心がふるえる。
実際にあったことを 数年後に映画化する監督の 迅速な撮影と編集作業にも驚かされる。

イラク戦争は過去の話でなく 今 血が流れている現在進行形のできごとだ。いまだイラク戦争で米国兵は撤退できず、バグダッドでは自爆テロが毎日のように起こり、シーア派アラブ人、スンニ派アラブ人 クルド人とが争い合っている。米国のパペット人形 ハミル カザイは自分の利益を肥やすことしか考えていない。
すこしでもイラク戦争の事実を知ること。これが一番大切なことだ。
ウィキリーク がんばれ!!! 

2010年12月6日月曜日

情報は誰のものか ウィキリークは正しい


1972年、ウォーターゲート事件で 民主党を盗聴させていた共和党のニクソン大統領は 事実が発覚されて、辞任に追い込まれた。これを情報収集し公開して 事件の契機を作ったのはワシントンポストのボブ ウッドワードら二人の記者だ。彼らは ヴェトナム戦争の主役だったニクソンを辞任させ 英雄となり 政府の機密情報を公にした罪には問われなかった。
田中角栄元首相の金権政治とその体質を報道した立花隆や、朝日新聞の筑紫哲也は 人々から支持されこそすれ 罪に問われなかった。人々は事実を後から知る。権力を持った者が隠している人々が知るべき事実を いちはやく報道 公開する人は 勇気ある人だ。

デモクラシーはアメリカの国是。
民主主義国家では 全ての情報が自由に与えられ、討議され、決定されなければならない。ひとりの偽政者が都合の良い情報だけを国民に与えて世論操作して 私腹を肥やしていた時代は過ぎたはずだ。天皇や キングや ツアーや 軍人が 愚民化政策で国民に目隠しをして やりたい放題やっていた時代は過ぎ去ったはずだ。嘘の切っ掛けを作って 戦争を始める時代も終わったはずだ。

いま私たちは たくさんの情報をネットを通して得ることが出来る。インターネットは 情報を中央から下ってくるのではなく、横に広げ 個人の家に持ち込むことを可能にした。だから 中国で民主活動家達や作家やクリスチャンや少数民族の人々が弾圧され、情報を政府にコントロールされたまま ゴーグルが権力の脅しによって撤退せざるを得なかったことを、残念だと思う。

偽政者が自己保身のために 都合の悪いことを隠蔽するならば、それをハッカーして公にすることは罪ではない。ハッカーは 情報を公開することで 何の利益も得ていないからだ。情報を売るのではなく無料で知りたい人に公開しているからだ。
今、私たちは ウィキリークによって、「イラクに民主主義国家を建設するために」アメリカがやってきたイラク戦争で アメリカ兵がゲームを楽しむように イラク市民を殺すシーンを見ることが出来る。アメリカの横暴なパワーが 国連で はるかに勝っている姿を知ることが出来る。サウジアラビアから莫大な資金を得ながら、影でテロリスト呼ばわりしていた クリントンの姿を見ることが出来る。ケビン ラッドが中国語で語り 中国との外交を重要視するそぶりを見せながら、クリントンには イザと言う時は中国への軍事行動を提案していたことも知ることができる。
サダム フセインは大量殺戮兵器を持っていなかった。これが 今なら、明確な事実だが、これを当時発言したCIA職員は 懲役刑に処せられていた。

事実は 私たちのものだ。情報はあなたのものであり、私のものでなければならない。得た情報を どう使うかはその人次第だが、知るべき事実を公開する勇気ある動きを 止めてさせてはならない。ウィキリークは正しいことをしている。

人の評判を落としたい時 一番卑怯で効果的なのは その人を性的に貶めることだ。いつの時代も 拷問では性暴力が 最も効果的に行われてきた。性暴力は人を文字通り ボロボロにする。人にとって 最もセンシテイッヴな部分だからだ。
マレーシアのマハテイール元大統領は 優れた独裁権力者で 反対勢力を許さなかった。大統領選挙前に出馬した 副大統領だったアンワー サダットを 同性愛行為強要の容疑で逮捕して、彼の選挙活動を封じ込めた。眼科医の妻と おしどり夫婦で民主化運動をしてきたアンワー サダットの政治家としての死は 同性愛を毛虫より嫌うモスリム文化の中で、実に巧みに演出された。
ウィキリークのファウンダー ジュリア アッサンジに、レイプ容疑がかかった。作り話だ。各国政府は 秘密を暴露されることで政権の安泰が脅かされ戦々恐々としている。何とかして ウィキリークの口を封じたい。
しかし、ジュリア アッサンジが何をしたというのだ。政府の隠したい情報を公にしただけではないか。もともと情報とは誰のものなのか。
情報とは私たちのものだ。それを公開して私たちの手にして 何が悪い。
ウィキリークは正しいことをしている。

2010年12月4日土曜日

2010年 観た映画のベストテン




今年 劇場で観た新作映画は 全部で50本。それに加えて数本のビデオを観た。
どの作品も それぞれの良さをもっていて、忘れがたい。5月に 2010年上半期に観た映画のベストテンを書いたので、一年を通して観た映画のベストテンをあげてみる。
ベストテンのそれぞれに 映画評を書いた月日を記した。ふりかえって それを見れば 作品の製作者や ストーリーや キャストなど映画の詳細がわかる。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1496597511&owner_id=5059993

第1位:「終着駅トルストイ謎の死」:マイケル ホフマン監督
    3月29日 映画評
第2位:「剣岳 点の記」:木村大介監督
    4月24日 映画評
第3位:「アバター」:ジェームス キャメロン監督
    12月26日(2009) 映画評
第4位:「インセプション」:クリストファー ノーラン
    8月1日 映画評
第5位:「シャッターアイランド」:マーチン スコセッシ
    3月15日 映画評
第6位:「ゴーストライター」:ロマン ポランスキー
    8月17日 映画評
第7位:「ソーシャルネットワーク」:デヴィッド フィンチャー
    11月16日 映画評
第8位:「リミット」:ロドリゴ コルデス
    10月14日 映画評
第9位:「インヴィクタス負けざる者たち:クリント イーストウッド
    2月12日 映画評
第10位:「ドン ジョバンニ」:カルロス サウラ
    6月7日 映画評

第1位の「トルストイ死の謎」で、ヘレン ミレンがトルストイの妻を演じて今年のアカデミー主演女優賞を受賞した。彼女は トルストイ役のクリストファー プラマーとともに、素晴らしい夫婦を演じてくれた。死を迎えようとするトルストイと 世界3大悪妻の一人と言われる妻の愛憎のすさまじさと、彼を慕ってやってきた若いカップルの愛のはかなさの対比が 良かった。一年近く前に観た映画なのに、観た時の感動がそのまま残っていて、忘れられない。

第2位の「剣岳 点の記」は、この山が好きなので、山の映像が出てくるたびに、心が躍った。ヴィバルデイの「四季」が、春夏秋冬の剣岳の姿にぴったりマッチして、本当に良かった。

第3位の「アバター」は、技術面で、新しい映画の時代を切り開いた。映像革命といって良い。とても楽しめる映画だ。

第4位の「インセプション」では、夢の中で人の深層心理を操作する というヒトの脳にとって新しいテーマを扱っていて、興味深い。映画の作り方が凝っていて、一度観ただけでは見落としていることが多く、2度3度みるごとに新しい発見がある。映画として とてもよく出来ていて完成した作品になっている。

第5位の「シャッターアイランド」は「インセプション」と同様、ヒトの深層心理に迫る課題で 難解でおまけに どでんがえしもあって、おもしろい。どちらもレオナルド デカプリオ主演で 彼が永遠の少年のような甲高い声で 懸命になればなる程 ストーリーが複雑に絡み合い スリルに満ちている。

第6位の「ゴーストライター」では、トニー ブレアが好きな人も好きでない人もこの映画を見たら、ブレアを含めてすべての政治家が 嫌いになるかもしれない。大企業のスポンサーから資金を集めて政治家になり、一国の頂点に立って権力を手にしたと思ったら 何のことはない、自分よりもう一回り大きな頂点の繰り人形にすぎなかった と知らされる。むなしい現実。現状への告発、アイロニーと毒に満ちた作品。ズシン とこたえる。

第7位 「ソーシャルネットワーク」フェイスブックが マーク ザッカーベルグの思いつきでできたものではなく、はじめはハーバード大学の紳士録を発想して作られたものだった。そして また大学の仲間どうしの力によって 組織化されたものだったことがわかる。ザッカーベルグだけが 億万長者になろうがなるまいが、このネット社会では 新しいネットワークが生まれるのは必然だった。実名登録 ごまかしのないネットワークが 世界中5億人もの人たちによって支えられているという事実に、価値がある。ニックネーム登録によるMIXIが盛んな日本、外交してソーシャライズすることが世界一下手な日本人にこそ MIXIではなく フェイスブックが必要なのではないだろうか。

第8位、「リミット」は、映画史上 最低予算で作られた 最高に価値の高い反戦映画だ。メッセージがしっかり伝わった。とても良い映画だ。光が限られた棺桶の中で撮影するカメラワークも上手で 役者も良い。限られた予算、限られた舞台に登場人物一人きり という極限への挑戦と言う意味で全く新しい映画だ。

第9位、「インヴィクタス」、ネルソン マンデラは20世紀の希望の星だ。この人の人柄に魅せられない人はいないだろう。映画では アパルトヘイトからの解放が 白人側からも黒人側からも語られている。またマンデラの公的な顔だけでなく 私人としての顔もよく表現されている。洗練されたフイルムワーク。イーストウッドのような監督でなければ、ネルソン マンデラを映画化することはできなかっただろう。

第10位、「ドン ジョヴァンニ」イタリア映画。ドン ジョバンニ、モーツアルト、コンスタンチン、サリエリ、ロレンソ ダ ポンテなど実在した魅力ある人々が、イルミナリテイが跋扈する時代のヴェニスとウィーンを舞台に生きている。当時の人々の有り様が とてもよくわかる。モーツアルトが生き生きしていて 思わず胸があつくなる。こういう映画を簡単に作ってしまうイタリアの文化って すごいと思う。

この1年、良い映画がたくさんあった。内容がつまらなくても ワンシーンだけが 涙が出るほど美しくて忘れられなかったり、しゃれた台詞に感動したり、どんな映画もそれなりの良さがある。映像と音楽と演技の総合芸術としての映画も、技術の発達とともに益々洗練された作品が 増えてきた。
映画が与えてくれる享楽に実を浸し、娯楽を楽しみ、沢山の人とそれを分かち合えることが嬉しい。それらがすべて敵であるように考える学者の家で育った反動かもしれない。
何にも捕らわれず、美しい音楽に涙し、美しい映像に心を奪われ、美しい物語に心ゆすぶられる。芸術に触れ、5感を通じて心から感動できることが 嬉しい。その喜びに出会うため 今後もたくさんの映画を観ていきたいと思う。

2010年12月2日木曜日

2010年 読んだ漫画のベストテン




今年の5月に 2010年上半期に読んだ 「漫画のベスト10」を書いた。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1493916928&owner_id=5059993

今年も、もうお仕舞いに近付いたので、今年読んだ漫画190冊余りのうちの ベストテンをあげてみたい。
ちばてつやの「明日のジョー」で育った。日本を離れて長いので、日本の本が なかなか手に入らない。しばらく漫画から遠のいていたが、「デスノート」と「20世紀少年」、「モンスター」で、漫画の世界に戻ってきた。人間が描かれている。日本の漫画は世界に誇る文化だと思う。

第1位:バガボンド 1-33巻 継続中 井上雄彦
第2位:リアル   1-4巻 継続中  井上雄彦
第3位:聖おにいさん1-5巻 継続中  中村光
第4位:竹光侍   1-8巻 完結  松本大洋
第5位:宇宙兄弟  1-11巻 継続中 小山宙哉
第6位:神の雫  1-25巻 継続中 オキモトシュウ
第7位:ちはやふる1-10巻 継続中 末次由紀
第8位:リアルクローズ1-10巻 槙村さとる
第9位:きのう何食べた 1-3巻 継続中よしながふみ
第10位:海猿 1-12巻 完結 佐藤秀峰

第1位:バガボンドと 第2位:リアル
何が何でも 漫画では井上雄彦の絵が好きだ。「スラムダンク」、「BUZZER BEATER」のあと、 「バガボンド」を読んできたが、絵の美しさ、線のシャープな鋭さ、会話の間の取り方のうまさ、ストーリーの展開の広げ方、そして内容、すべてが好きだ。
宮本武蔵をとりまく人々まで、ひとりひとりが人間として描かれていて、いとしくなる。登場人物すべてが 正しい道を探し求めて生きる 求道者のような 真摯な態度が心を打つ。技術や小手先で 絵を描いていない。全身全霊をこめて描いている井上の姿が 作品を通して見えてくる。本当に得がたい作者だと思う。

第3位:中村光の「聖おにいさん」は おかしさで秀逸。仏教開祖のゴーダマシッダルタと、キリスト教のイエスとが 下界に降誕して日本文化の中で共同生活するから、やることなすことが すべて笑えて仕方がない。その笑いに 皮肉や悪意が全くない。邪気もない毒もない、無邪気な笑いだけがあって、それが心地良い。今までにない とてもすぐれた漫画だ。

第4位:松本大洋の「竹光侍」は 竹ペンで描かれたそうだが、線がシャープで美しい。他の松本大洋の作品のような ペシミズムもニヒリズムも痛みもなくて、安心して楽しめる。ストーリーも好きだ。

第5位:小山宙哉の「宇宙兄弟」は 優秀な弟をもった おちこぼれ兄が いろんな事を考えながら 試練にたち向かっていくところが良い。兄は 間違いなくヒーローではないから 読者は自分自身を投影して見ることができるし 共感しながら読める。多少、日本人的センチメンタリズムに陥りすぎて、浪花節お涙頂戴が 目につき始めた。アメリカのNASAでは通じないと思う。これからはもっとドライに話を進めてもらいたい。

第6位:「神の雫」では、神咲雫の性格が好きだ。心が真っ直ぐで 親に死なれ 家を失い 仕事で苦労しても 心が折れない。子供の時にしっかり 豊かな愛情をもって育てられた子供は 大人になって多少試練にあっても真っ直ぐ前を歩んでいくことが出来る ということを実証しているようだ。ひとつのことに夢中になれることの 素晴らしさを教えてくれる。ワインのひとつひとつの味わいの表現が 多様でおもしろい。新しい味覚の発見をした。同じワインを飲んでみても、全然 神咲雫の表現に共感できなかったのが 残念なのだけれども。

第7位:末次由紀の「ちはやふる」では、綾瀬千早の かるたへの熱中ぶりが可愛い。小学校6年で会った初恋の 綿矢新に言われた「かるたで日本一になるということは世界一になることだ」という言葉に誘われて かるた一筋に前に進んでいく。一生懸命の姿が 美しい。

第8位:「リアルクローズ」では デパートマンの仕事ぶり、服を売るということの 知らなかった世界ばかりを見せてくれて とてもおもしろかった。物を買い付けて 付加価値をつけて売るという社会のしくみに、自分がいかに無知だったか 思い知らされた。
「つまらないものを着ていると つまらない一生になるわよ。」とか、「中身が見た目ににじみ出ちゃうの。だから人は見た目でわかるの。」とか、「洋服は本来オーダーメイドのものです。レデイーメイドの服とはつまり誰にもフィットしない服です。」などという台詞で 天野絹江と一緒に 服について学ぶことが多かった。

第9位:よしながふみの「きのう何食べた」は、二人の男の関係の優しさと、料理の多様さがおもしろい。お母さんが作ると当たり前の きんぴらごぼうや胡麻和えが イケメンの弁護士が、背広にエプロンかけて料理する意外性がうまい。

第10位:佐藤秀峰の「海猿」は海上保安庁という 全然知らない世界を見せてくれた。巡視船での救命活動、マラッカ海峡での海賊退治、飛行機の海上着陸 60メートルの海底探索などなど。ストーリーがおもしろいが この人の描く絵が 大嫌いだ。この漫画が人気になって、映画化されたが、映画のほうが100倍も良かった。

今年も漫画をたくさん読んだ。
今年のベストテンに、浦沢直樹の漫画が出てこない。去年と一昨年は「マスターキートン」、「20世紀少年」で、感心して、「モンスター」で 心を奪われた。それで、彼の作品を全部読んでみたくなって、集めた。「ハッピー」全12巻、「YAWARA」残29巻、「プルート」も、読んだが やはり、彼の作品では 去年読んだ「モンスター」が 一番好きだ。それに勝るものがない。なので、今年のベストテンに彼の漫画がない。

2010年の漫画大賞を受賞した「テルマエ ロマエ」が とびぬけておもしろかったので 上半期のベストテンの第3位にしたが、2巻は おもしろくなかった。残念だ。

大畑健の「BAKUMAN」を読んだ。漫画が大好きで高校生のうちから漫画家をめざす二人の男の子のお話だ。しかし、ストーリーのおもしろさよりも、こんなに若い人たちが 競って 漫画界でしのぎを削っていることに 目が行ってしまった。人生経験の浅い若い人が 小手先の技術と、ちょっとしたセンスで漫画を描いて売る姿は 健康的ではない。

それと若い女性の漫画家が テレビタレントのように人気ランク化されていることも初めて知って驚いた。漫画家の外見やタレント性よりも、作品が大事だと思うが。
「リアルクローズ」や、「働きマン」で、女性が なりふりかまわず社会で活躍する漫画が増えてきた。にも拘らず、女性の活躍する様子に現実感がない。女性首相、女性州知事、女性市長の組織の中で当たり前に生活していると、日本の女性は まだ立ち遅れていると感じる。
可愛いぶる女には もう飽き飽きしている。日本でも 漫画より現実の方が、先を行っているのかもしれない。もっと現実の競争社会で働いて 生き抜いてきた女性のタフネスと優しさを描いた漫画が 出てきても良いころではないだろうか。