2011年2月10日木曜日

オペラ 「カルメン」を観る




オペラ オーストラリアでは 毎年12のオペラが上演される。
公演は前期の1月から3月と、後期の7月から12月に分かれていて 4,5,6月は オペラ興行はない。
同じオペラが だいたい3年から5年ごと位に繰り返されるが、演出家が変わるので 前に観たものとは 趣の異なった舞台を見ることが出来る。
毎年 5つほどオペラを観る。
9月に送られてくるパンフレットを見ながら その翌年に観たいものを選ぶのは 楽しい作業だ。去年は 「椿姫」、「トスカ」、「フィガロの結婚」、「真夏の夜の夢」、「ペンザンスの海賊」を観たが、「真夏の夜の夢」が 素晴らしいパックの活躍で、一番良かった。おととしは 「魔笛」、「ミカド」、「コシファントッテ」、「ムンセンスクのマクベス夫人」、「アイーダ」を観て、アイーダが とびぬけて良かった。

好きなオペラなのに 演出家が自分の好みでなくて 満足できない舞台もあるし、演出は良いのに、キャストが良くなくて期待はずれになることもある。
オペラを観るに当たって いちばん肝心なのは、良い席を取ることだ。3時間は かかるから、楽に舞台が観られる舞台近くの中央で、字幕を読みながら 舞台を観るのに疲れないような場所に座らないと ひどい目にあう。舞台上に電光掲示板みたいに出てくる字幕が よく見えない席も沢山あるからだ。

先週観たのは ビゼーの「カルメン」。こんなにセクシーなカルメンを今まで観たことがない。すごい。ゾクゾクするほど 男を挑発しまくっていた。
カルメン役は、イスラエル人のリナット シャハムという とてもパワフルで豊な声量のメゾソプラノだ。自由奔放で情熱的、熱くなるのも早いが冷めるのも早い。一人の男に夢中になっても それが3ヶ月と持たない。そんな女を演じ 劇のなかで カスタネット両手にもって、フラメンコも踊るし、動きも激しい。難しい役を上手に演じて すばらしく美しく歌ってくれた。
何年か前に観た「カルメン」では カルメンが本当の馬に乗って歌う場面があった。インタビューの中で 歌手が 馬から振り落とされて、何度も足を捻挫して、とても大変だったと 言っていた。馬にまたがるのでなく、横座りで馬の背で歌うのでは 安定が悪くて 馬もソプラノ歌手も気の毒。照明が輝く舞台で何千人ものお客を前にじっとしていなければならない馬も可哀想だ。独創的な舞台演出も良いが 動物の習性や、オペラ歌手の体形をよく考えて あまり無理させないほうが良いのに、と この時思った。今回の演出はとても良い。

演出:フランセスカ ザンベロ
オーストラリアオペラ バレエオーケストラ
指揮:ジェローム トルネイヤー
キャスト
カルメン;リナット シャハム
ドンホセ:リチャード トロクセル
エスカミリオ:シェーン ロレンシブ
ミケーラ:ニコル カー

第一幕
街の喧騒。タバコ工場の昼休みに女達が広場に出てくるのを待って 男たちが集まる。群れて遊ぶ子供達、通行人、兵士達で広場はいっぱいだ。
幼馴染のミケーラが田舎から 兵役についているドン ホセに会いにやってくる。息子を案じる母親のことずけを授けられている。再会を喜び合っているのもつかの間、タバコ工場で揉め事が起こる。血の気の多い女達が 掴み合いのけんかを始めたと思っていたら、カルメンがナイフで女ボスを刺し殺そうとする。兵隊が間に入って 紛争を収拾。首謀者のカルメンは拘束されることになった。
しかし、カルメンは 監視役の 純情なホセを誘惑して逃亡してしまう。そのためにホセは逮捕されて懲罰を受ける。

第2幕
ホセが懲罰を終えて、ジプシーの酒場に カルメンに会いにやってくる。カルメンはホセに恋をしている。人気者の闘牛士エスカミリオが口説いても 相手にしない。せっかくホセが会いに来たのに、帰営のラッパが鳴ると ホセは兵舎に帰ろうとする。それがカルメンには許せない。そこに酔っ払ったホセの上官がやってきて、カルメンに言い寄ろうとする。怒ったホセは上官を傷つけてしまう。ホセはもう兵舎には帰れない。カルメンの望むまま ジプシーの仲間となって、密輸や密造に手を貸して生きるしか なくなってしまった。

第3幕
ジプシーの山岳キャンプ。兵士としての面目も誇りも失って、カルメンの後をついていくことしか出来ないホセに対して カルメンの心は冷えていくばかりだ。エスカミリオが公然とカルメンを口説きにやってくる。嫉妬に狂ったホセの前に 幼馴染のミケイラが現れて、ホセの母親が危篤だという。ホセはやむなく山を下りる。

第4幕
人気者のエスカミリオが闘牛に出る。人々は熱狂し 街は興奮で沸き立っている。いまやカルメンは エスカミリオの恋人だ。有頂天のカルメンの前にホセが現れて 復縁を迫る。カルメンは昔の男の顔など見るだけで腹が立つ。ホセにもらった指輪を投げつけて 闘牛場に入ろうとするカルメンを ホセは短刀で、、、。
というお話。

カルメンへの愛で 骨抜きの腑抜けになったホセが純情で純真な心で ひたむきに愛を求める姿が 悲しい。伸びの良い美しいテノールが カルメン カルメン カルメーンと繰り返し何度も歌うごとに、泣きそうになる。
むかしヴィデオで観た ホセ カレラスのホセは 素晴らしかった。もうカルメンに嫌われてボロボロになったホセが 惨め度100%で むせび泣きながら歌う姿は、秀逸。泣かずに居られない。ホセ カレラスのホセに比べてしまうと どんなテノール歌手も 名前を憶える気にならない。今回のオージー テノール リチャード トロクセルは ちょっと声量が足りなめ。でもきれいな声で 声量たっぷりのカルメンに負けないように 懸命に歌っていた。

残念なのは エスカミリオのバリトンが あまり響かなかったこと。堂々として、ゆるぎのない自信とプライドをもったエスカミリオが 舞台に登場するだけで安心するような 頼りがいのある男であって欲しいのに、痩せてひょろ高いオージー シェーン ロレンシブだったこと。この人は「コシファントッテ」では、とても良かったが、エスカミリオの役をやる人ではない。これでは どうしてカルメンが ホセから乗り換える気になったのか わからない。
総じて カルメンがとても良くて パワフルでセクシーで、歌って良し、踊って良し、スタイルも良し、容貌も良しの100点満点だったので、まわりの男たちが、かすんでしまった ということかもしれない。

街の喧騒の中を走り回る子供達、兵隊のマーチをまねて行進する子供達、かれらの生き生きした歌と芝居がとても良かった。やはり オペラは舞台をヴィデオや中継でなく 実際に観ることが 一番楽しめる。
とても楽しいオペラの夜だった。