2009年10月8日木曜日

映画 「毛沢東のバレエダンサー」


映画 「MAO’S LAST DANCER」(邦題「毛沢東のバレエダンサー」)を観た。
中国から米国に亡命したバレエダンサーの リー シュイン シンの自伝をもとに映画化された作品。彼と同じ、北京ダンスアカデミー出身の バレエダンサーで 現在イギリスのバーミンガムロイヤルバレエのプリンシパルの チ カオが 映画では リーの役を演じている。素晴らしいバレエダンサーが リーを演じることによって 作品に命が吹き込まれたと言っても良い。

ストーリーは
1972年、中国の貧しい山村に 専門家らが踊りの素養のある子供を捜しにやって来る。8人子供がいる家庭の7番目の男の子が選ばれて、家族から引き離されて、北京ダンスアカデミーに入学することになる。全寮制で 毎日厳しくバレエを指導され、家に帰ることなど全く許されない。国の為に 国が誇りとするような優秀なダンサーになることだけが 目的だ。リーは ダンスを教えてくれる教師を心から慕って 練習に励む。
ある日 国の官僚が バレエを観にやってくる。共産党員の官僚は 生徒達の踊る「ジゼル」が ブルジョワの見世物ではないかとダンスの教師を批判する。これに異をとなえた教師は 解職され強制労働キャンプに送られてしまう。慕っていた先生は、キャンプに送られる前にリーにヨーロッパのバレエダンサーのフィルムをリーに託して行く。
リーは行き場のない怒りを胸に秘めて 自己鍛錬に一層励むようになって、自分は解職された先生が思い描いていたような 立派なダンサーになる決意をする。
そうしているうちに、時代に変化が現れる。毛沢東が亡くなり 四人組が粛清され、米中関係が変化する。米国のヒューストンから、バレエカンパニーの面々が 親善友好訪問にやってくる。このときに、リーが一行の目にとまった。そして、リーは 北京ダンスアカデミーが派遣する初めての留学生として、米国に渡ることになる。

リーの父親が休まずに肉体を酷使して1年働いて$50の収入しか稼げないというのに、ヒューストンのホストファーザーは、リーの着る物を買う為に1日で$500を消費する。豊かな米国の暮らしぶりは、リーにとっては何もかも驚きの連続だった。
留学生として来たのにも拘らず、その年の出し物で 主演が肩を故障したため代役を演じたことを契機にリーは ヒューストンバレエカンパニーの人気をさらってしまう。卓越した技術と 強靭な筋力が 人々を魅惑したのだった。
そして留学期限の2年がたって、リーは美しいバレリーナ エリザベスに恋をしていた。リーは彼女と結婚をして、米国に留まりたいと願うようになる。

エリザベスを伴って中国領事館に 滞在延長を申請にいったリーは、そのまま 拘束され、収監されてしまう。驚いたヒューストンバレエカンパニーや、人権弁護士が マスコミを動員して領事館を取り囲んで リーの拘束に対して、抗議する。テキサス州だけでなく、米国の上部政治家の介入があって、遂にリーは釈放されるが、中国人としての国籍を剥奪されて、二度と中国に帰る事が出来なくなってしまった。
その後、リーは傷心のまま、ヒューストンバレエカンパニーから仕事をオファーされ、エリザベスに支えられてバレエを踊り続ける。プロの世界で、公演を次々と成功させて リーの名声が上がっていく一方、それほどの技術を持たないエリザベスは 仕事がなく自分も踊りたいのに 家事をしながらリーの帰りを待他なければならない。やがて二人の関係は破局する。
リーは 一見華やかな舞台にいても、残してきた両親のことを思わない日はない。自分のわがままにために 両親が軍に連行されて強制労働キャンプに送られたのではないか、死刑にされたのではないか、と眠れぬ夜を送っている。その不安をかき消すために ダンスに打ち込んで生きるしかなかった。そんなある日、、、
というおはなし。
監督:BRUCE BERESFORD
リー: CHI CAO(おとなのリー)
    HUANG WEN BIN (子供のリー)
エリザベス: AMANDA SCHULL

映画の予告編を観て、チ カオの踊りに目を奪われた。パワフルなハイジャンプ、華麗な身のこなし、素晴らしいダンサーだ。何があっても この映画 絶対観ようと思っていたら、そのうちに、’この予告編をテレビでも しつこいくらいに流すようになり、リーが2009年の「今年のお父さん賞」を受賞し、TVや新聞で引っ張りだこになり 彼の自伝が本屋に山積みになって飛ぶように売れ出してベストセラーとなり、映画が始まると、映画館に人の列ができるようになってしまった。リー シュイン シンは現在、メルボルンに奥さんと3人の娘さんと共に住んでいる。映画の撮影にシドニーが使われたことも、映画の人気に関係しているかもしれない。

人々の騒ぎぶりに比べて、映画としての出来は良くない。フィルムがあかぬけない。彼のバレエの偉大さを強調するあまり、彼が舞台でジャンプした瞬間、画面が止まって いかにも人並みはずれたジャンプをしているように効果をねらった映像を作っている。バレエの回転では スローモーションを使って 彼の動きを強調している。こんな小細工をするところが 安っぽい。洗練されたバレエのフィルムをちゃんと作るべきだ。

ストーリーの要のところを明かしてしまうけど、、、
映画の最大の泣かせどころは 最後の両親との対面シーンだ。幼い時に親から引き離されて以来 全寮制のバレエ学校で育ったリーが 夢にまで見て、案じてきた両親が、ヒューストンで 満場の拍手で迎えられて 舞台の上で抱き合うシーンに、誰も彼もが涙をふり絞る。ことになっている。
で、、、どうだった と オットに聞いてみた。
オットは 他の多くのオージーのように、映画を観ても オペラを観ても、コンサートを聴いても めったに批判めいたことは言わない。協調と柔軟さで他の誰とも うまくやっていくタイプだから、私のように ずけずけと欠点を言い立てたり 監督を批判非難したり、挙句の果てに糾弾したりはしない。
そのオットが珍しく、「この映画 おもしろくなかった」、、、という。どうしてかと聞くと、「最後の年取った中国人女性は何だったのか わからない。何なの あの女。」と聞かれた。腰が抜けるほど びっくりしてしてしまった。
たとえば 「母を訪ねて三千里」を見たとしよう。少年が母を捜し求めて 苦労しながらたくさんの土地を探し回り、遂に母を見つけ出して、ヒシと抱き合っている。さて、この女の人は誰でしょう。ここで「あの女なーに???」と 聞かれたらどうだろう。 ここはどこ?わたしはだれ?

物語を理解するための 基本の基本がオットにはわかっていないのではないだろうか。今まで 一緒に観てきた数え切れない映画のストーリーが オットの頭の中では どんなふうに理解され、処理されてきたのだろうか、頭をかち割って中をのぞいてみたい誘惑にかられる。
オットは ばかではない。驚くべき記憶力を持ち、知識も豊富だ。ヨーロッパは右の方、アメリカは左がわ、北極は上、南極は下の方などといっている私が 「キルギスは地名だっけ、国名だっけ」などと聞くと すぐにキルギスが何年に独立した国で ロシア語をしゃべって、地下鉱物のなんがしかがあるとかいうことを、すらすら教えてくれるし、「ポーランドとインドネシアの国旗は同じ?」と聞くと、赤が上がインドネシアで 赤が下がポーランドなど、と0.5秒で返事がくる。

映画ではよく暗示が行われる。はじめに青くて硬いぶどうの実が画面に出て、次に たおやかに色付いたぶどう色の実は写れば、季節が変わったのだ、ということがわかる。新しい本が最初に写り、ボロボロになって変色した同じ本が画面が出れば、そのときから何十年も時がたったのだ、ということを教えてくれている。男が胸を押さえてパタリと倒れて 次の画面で 黒服を着た女が肩を落としていたら、男が死んだことを 説明しているのだ。そういった わかりやすい理解のための約束が わからなかったら物語りの筋を追う事は出来ない。
オットは、目に見えるものはよくわかるのだが、想像力が足りないのか? これからは、映画を見ながら、ちょっと想像力を要するシーンでは 解説が必要なのかもしれない。

2009年10月3日土曜日

オペラ 「ザ ミカド」




オペラ オーストラリア 今年後期オペラの最後の出し物のひとつ、「ザ ミカド」を観た。
アーサー サリバンによって二幕もののオペラとして作曲され、W S ギルバートによって 脚本 劇化された作品。英語で歌われて、英語の字幕がつく。オペラハウスにて、A席 $180。10月31日まで。
19世紀にロンドンで開催された万国博覧会を契機に日本ブームが起きた その勢いに乗って生まれたオペラ。登場人物がみんな 日本の着物らしきものをまとい、天皇が登場、皇太子のお妃選びをめぐる おもしろおかしい喜劇だ。

これをむかし、娘達がインターナショナルスクールの中学生だったときに 上演したことがある。舞台の下で オーケストラに駆り出されたので忘れられない。学校では年に一度のミュージカルは、学校を挙げての大きなイベントだった。本格的オーデイションで 配役を生徒、教職員、父兄のなかから選び、数ヶ月かけて舞台を作り上げる。仕上がりは本格的。今思うと、芸達者ばかりが そろった学校だったと思う。

インターナショナルスクールの教職員は 毎年アイオワで、大規模なマンハンテイングが行われる。世界中のインターナショナルスクールの校長たちが より良い先生を求めて これまた世界中から応募してきた先生達を審査し、面接をして雇用契約を結ぶ。
このときに、歌って踊って楽器を演奏するテストでもあるのではないかと思うほど インターナショナルスクールの先生方はバラエテイーに富んだ タレンテイッブな人が多かった。ウェストサイドストーリーのマリアが歌う歌を全曲 歌って踊れるアメリカからきた理科の先生、プロ並みのヴァイオリン奏者のインド人社会学の先生、だいたいアメリカ人の校長が「屋根の上のバイオリン弾き」のテビオの役、「オペラ座の怪人」などミュージカルなら何でもござれの 玄人はだし、この「ザ ミカド」のココの役などお手の物だった。
インターナショナルスクールの敷地は いわば「租界」で、どんな低開発国でも回教国でも この学校の中だけは 治外法権といってよい、いわば「ちいさなアメリカ」だった。各国の大使 領事館の子弟、世界銀行やアジア銀行の職員の子供達は、ここに通って来ざる終えない。マニラでは、ビレッジの中の敷地には、幼稚園児から高校3年生までの合わせて2000人たらずの子供達が通ってきていた。

ミュージカル出演者のオーデイションは厳格な審査のもとに行われる。生徒達は 主役が欲しくて授業のあと プロの声楽家についてヴォイストレーニングに通ったり、ダンスクラスで練習に励んだりしていた。興味深いことに、このような学校をあげてのミュージカルで主役や、準主役や 常連役者になる子供達は 舞台稽古が始まると 毎日学校の授業後 3時間も4時間もリハーサルが続くにも関わらず、勉強もよくできる子供達だったことだ。勉強も課外活動もスポーツもできて、おまけにボランテイア活動もしているというような子がアメリカで一番とか2番とか、高く評価されていた大学に そろって推薦入学していた。アメリカが欲しがる子供というのが おのずと理解できる。勉強が好きで、チームスポーツを楽しみ、舞台で踊ったり歌ったり楽器をひいたり表現力の豊かな、ついでにボランテイアに時間を割くことも出来る そんな子供ならば将来法曹界にはいっても、実業界に入っても立派なリーダーになれるからだ。
学校で演った「ザ ミカド」は大成功だった。

ストーリーは
ミカドの国の都 ティティプーで、旅芸人のナンキンプーは、美しい娘ヤムヤムに恋をする。しかし、ヤムヤムには、ココという婚約者がいた。ココはミカドのお気に入りの死刑執行大臣だ。気まぐれなミカドのいうまま、ミカドが好きなときに 好きな方法で 人を死刑にするのが仕事だ。ミカドは しばらく死刑がなかったので、来月までに一人死刑囚を連れてくるように とココに命令する。
そこで、ココは 自分のフィアンセを夢中にさせてしまった ナンキンプーが、ヤムヤムと結婚できなければ死んだ方がましだ、と言った言葉尻をとらえて、1ヶ月だけ ヤムヤムと結婚させてやるといって、1ヶ月後にナンキンプーが死刑にされることを納得させてしまう。
一方、ミカドと その息子の婚約者、カテイシャは、行方不明の皇太子を探している。年上で醜いカテイシャが嫌で、皇太子は逃げ出して行方をくらませていたのだった。
1ヵ月後に、ミカドと カテイシャが天皇の御所で待ち受ける中を 約束どうりに死刑囚が引き立てられてくる。それは、ミカドが探していた息子の皇太子ナンキンプーだった。
怒ったミカドは、ココがナンキンプーの代わりに死刑にされるべきだという。ココは死に物狂いで、ナンキンプーに捨てられた婚約者カテイシャに命乞いをして求婚する。カテイシャも 逃げ出した皇太子より男前の ココに求婚されて悪い気はしない。そこで、ヤムヤムとの結婚を許された皇太子ナンキンプーはヤムヤムと愛を誓って、ハッピーエンドとなる。
という たわいのない喜劇だ。

オペラオーストラリアの配役は
ミカド:リチャード アレクサンダー
ナンキンプー:カネン ブリーン
ココ:アンソニー ワーロウ
ヤムヤム:ターリン フィービグ

今年一番印象深かった映画「グラントリノ」で、クリント イーストウッドが、どうしてもモン族の女の子の名前を覚えられなくて、ヤムヤムと 勝手な名前で呼んでいたのを思い出す。イーストウッドが ヤムヤムと発音すると、なんで、あんなに優しげに聞こえるんだろう。

ナンキンプーこと、カネン ブーリンのテナーが とてもとても良かった。ソフトで無理のない のびのびとした テナーで聞いていてとても気持ちが良い。こんなに、柔らかい 優しいテナーを聞くのは 久しぶりだ。ヤムヤムの、ソプラノも悪くなかった。
ミカドのバリトンも良いし、ココのバリトンも悪くない。ココが、舞台回しで、死刑に使う斧を持ち歩いて笑わせる。アドリブで、あいつもこいつも死刑にせにゃあならん。という中で、4輪駆動車で街を我が物顔で走り回る若者とか、息子ほどの若い男を追い回している大型女優を揶揄してみたり、とある政治家たちも 死刑のリストに出てきて、皆を大笑いさせていた。

ところでこのオペラが作られて 100年もたっている。クラシックと言って良い程のオペラなのだ。
戦前 天皇をからかっているということで、在連合王国日本国大使が英国外務省に抗議して、上演を差し止めるように要請した、という話もある。真偽さだかではない。しかし、このオペラは日本人の間では 評判が悪い。あまり日本では 上演されていないみたい。

日本人にとっては 天皇を笑うことはタブーになっている。しかし、天皇が 現人神ではなくなって65年たつ。いつまで笑わないでいるつもりなのだろう。
エリザベス女王や、彼女のロイヤルファミリーなどいつもジョークの種になっているし、シニカルな例えなどで、ケチョンケチョンに言われたり、映画では 女王のそっくりさんが おばかをやって笑わせている。ヒットラーなど、喜劇の定番登場人物だし、毛沢東や、サダム フセインも。
むかしむかし、日本に気まぐれで冷酷無常なミカドがいましたってサ、、、 と言うお話に 日本人が怒る必要はない。大いに、ミカドを笑ってよいのだ。人々の笑いが文化を造り 継続させていく原動力になるのだから。

2009年9月30日水曜日

産まれた!!!




きのう おばあさんになった。
娘が3日間 陣痛に苦しんだ挙句の果てに 取り上げられた小さな小さな命を、おなかの上に載せて ヒョイとシーツをめくって見せてくれた娘の堂々とした姿に ヨロッとした。

娘の相手;ギリの息子は 私を恋仇のように思い込んでいるフシがある。母の愛は海より深いんだゼィ と言っているだろうが!ライバル心むき出しに 愛の深さ比べをしたがる このギリの息子が 全く可愛くない。こんな奴に娘がもったいなくて こんな 奴でいいのかと、何度も娘に問う口調は ついつい刑事の尋問口調。
それが、43時間の陣痛の間じゅう 眠りもせずに 食べもせずに 娘の背中をさすり続けたという。母体と赤児のへその緒を切ったのも 彼だったという。なんて いい奴! NOW,WE ARE A FAMILY。私達家族になったね、と娘に言われて かくれて涙をふく このギリの息子を見て クラっときた。

3キロに満たない すごく小さなベイビーのくせに 頭の形も 目鼻立ちも お尻の形もオージー風。生まれ出て40分しか経っていないのに もう空腹を訴えている。おまえ、肉食獣か。米とわずかな魚で生きてきた純ヤマトンチューではないのだな。
惚れ惚れするゼーイ。

とにかく無事に生まれて良かった 良かった。
3時間かけて会いに行き、10分間 出産直後の娘に会って 3時間かけて帰ってきた。オットにチヤホヤされたあと、職場に行ったら同僚や患者さんたちに抱きすくめられて 次々おめでとうを言われた。とても くすぐったい。何をしていても ニマニマ笑いが止まらずに、顔がゆるんで仕方がない。

2009年9月28日月曜日

オペラ 「セビリアの理髪師」


マニラ 1995年12月 クリスマスコンサートで「セビリアの理髪師」序曲を演奏した。
このときほど ムキになって弦を弾いたことは 前にも後にもない。弦よ切れ! 弓よ折れよ!とばかりに全力をこめて演奏した。傍目にも 気でも狂っていたかのように オーケストラの末席で 椅子から転げ落ちんばかりに力を込めて弾いていた。100人余りのマニラインターナショナルスクールオーケストラ、私達の最後の演奏だった。演奏が終わり 第一バイオリンコンサートマスターの長女、セカンドバイオリンコンサートマスターの次女と、3人の名が呼ばれて立ち上がり 「これが3人にとっての最後のコンサートです、長いことありがとう」の言葉とともに、花束が贈られた。
花束など くそくらえ。
もう2度とバイオリンなど弾きも 教えもしないだろう。今後 どうやって生計をたてて生きていくのか、未知の世界に飛び込む前に 10年間のフィリピンでの生活を総決算する勢いで終了したコンサート。力を出し切った。

そして1週間後、私達母娘3人は 青い空の下、生まれて初めてシドニーの大地に降り立っていた。
誰一人として知人や友人がいるわけではないシドニーに、まだ あかちゃんっぽいテイーンの二人の娘を連れて行くなんて、無謀だ 愚かだと言われながら、憤然と 日本になど立ち寄らず、10年暮らしたフィリピンの腐った大地を蹴り飛ばして来た。このときの 強い決意が 「セビリアの理髪師」を聞くと よみがえってくる。ひとつひとつのオペラ、ひとつひとつの楽曲に思い出があるものだ。

このオペラは 楽しいオペラだ。決して、10年間の怨念を総決算して、心のケジメをつけるための音楽などではない。
一生 生活の苦労をすることなどなかったヨーロッパの大スター ロッシーニの甘い、豊穣な遊びの世界のオペラだ。ロッシーニの音楽に 暗さや悲しさや憎しみや妬み嫉み など一片もない。シドニーのつきぬけるような青い空だ。その青に ヨーロッパの知性と品格が加わる。彼は恵まれた環境で生まれ育ち作曲をし、音楽監督をした。ヨーロッパの大スターでどこに行っても愛され、褒め称えられた。
若干36歳で作曲を止め、以後40年間 何一つ作曲しなかった。にも関わらず彼は死ぬまでスターとして人々から愛された。
貧困のうちに作曲を続け、子供達を栄養失調で死なせ、楽譜を買うお金もなく冷たい寝台で 若くして死んでいったバッハやモーツアルトなどとは全然違う人生を送った。40年前に作曲して得た名声を その後死ぬまで維持した作曲家は他にはいない。

ニューヨーク メトロポリタン オペラ「セビリアの理髪師」を観た。クレモンオぺアム映画館で、27ドル。
ここで メトロポリタンオペラを ハイデフィニションフィルムで大画面で見せてくれるようになって1年。いままで、「蝶々夫人」、「ラ ボエーム」、「魔笛」、「夢遊病の女」などを見せてくれた。これから「トスカ」、「アイーダ」、「トランドット」。「サイモン カバネラ」が上演される予定。「サイモン カバネラ」では、プラシボ ドミンゴが歌う。年をとって 良い味が出ているドミンゴが見ものだ。 

ストーリーは
ロジーナは 美しい箱入り娘。後見人バルトロの家で、厳しく監視されている。バルトロは年寄りだがロジーナに魅力を感じていて あわよくば自分が彼女と結婚できれば良いと思っている。したがって、虫がつかないように、自分が出かけるときは 彼女の部屋に鍵をかけて出かける用心ぶりだ。
夜になると窓の下にきて セレナーデを歌う恋する青年がいる。ロジーナも この青年に魅かれている。貧しい学生だという。
そこでセビリアの理髪師、フィガロの登場だ。フィガロは床屋で歯医者で何でも屋 どんな家にでも出入りできる。恋の仲立ちもできる街の人気者だ。
ロジーナに恋する青年は フィガロの助けを得て 仕官になりすましてロジーナの家に入りこみ バルトロに隠れてロジーナと手紙をやりとりする。次に青年は、音楽教師になりすまして、ロジーナにピアノのレッスンをする。しかしバルトロは厳しい警戒体制を敷いている。フィガロの手引きで 青年がはしごを使ってロジーナの部屋に入り込んで 恋を語るころには、遂に バルトロに見つかって捉えられるが、実は この青年は 伯爵だった。ロジーナは 正式の結婚申し込みに 1も2もなく承諾し、バルトロは何の文句も言えずに すべて丸く収まって 大喜び というお話。

ロジーナに恋する伯爵の一途な様子、テノールの恋歌の数々が なんと言っても聴かせどころだ。窓の下で歌い、ロジーナの耳元で歌う恋する伯爵が とても良い。JUAN DIEGO FLOREZは、メトロポリタンオペラのスターだ。大きな目がうるうるの美青年。とっても伸びやかな 美しい高音を歌う。
対するロジーナ JOYCE DIDONATO。イタリア系アメリカ人だが、顔もスタイルも文句ない美女で、メゾソプラノ コロラトウ-ラをきれいに歌う。二人の美男美女が恋歌の数々を歌い ドタバタをコミカルに演じる姿は 本当にオペラの良さを抽出したエッセンスを甘受している気分。

二人の美しいカップルに加えて、肝心のフィガロ。PETER MATTEIというスウェーデン人で、メトロポリタンオペラにゲスト出演しているバリトン。体がひとまわり大きな大男で 若々しくこの人が素晴らしい。
ロバに引かせた床屋の荷馬車で、登場して歌う フィガロフィガロフィーガーローの歌は、最高。ああ、フィガロって、こういう男が演じなければならないのかと、やっと納得。今まで、何度か舞台で何万円も払って観たフィガロは何だったのだろう。初老の惨めったらしいフィガロ、策略家で ずる賢いフィガロばっかり観てきた。でもロッシーニの描いたフィガロは そんなのでなくて、実にこのPETER MATEIがやったようなフィガロだったはずだ。当時の床屋といえば、民間医者代わり、歯医者もやれば 薬も処方した。女達にもてて 若くて屈強な体をした 素敵な男だったはず。
そんな、フィガロ役にぴったり合った歌い手をちゃんと探し出して 連れてこられるところが メトロポリタンオペラの力量なのだろう。
伯爵、ロジーナ、フィガロみんなそろって、素晴らしい。本当に楽しいオペラだった。
映画はDVDで観ない。オペラはCDで聴かない。生だけの主義。でも、ニューヨークまで簡単には飛べない。映画館で日曜の午後をオペラで とても楽しむことが出来て とっても満足。

2009年9月21日月曜日

映画「サブウェイ123激突」



役者が役を演じるために体重を落としたり増やしたりするのは避けて通れない役者の道らしい。伸縮自在な体が売り物というわけか。因果な商売だ。

近いところでは、クリスチャン べイルが有名。
彼は 2004年、不眠症の男の役を「マシニスト」でやって、体重を30キロ落とした。ここであばら骨浮き出る真迫の演技をみせたあと、立派な体が売り物のヒーローにもどって バットマンで きれいな裸を見せてくれた。
その後、2007年には、「戦場からの脱出」でまた25キロ体重を落とす。この映画、原題「レスキュードーン」、日本では劇場公開にならなかったようだが、クリスチャンの人気が出てから DVDとして市場に出て、話題とともにこれがすごく売れたようだ。
私の好きな「グルズビーマン」のドキュメンタリーを作ったヴェルナー ヘルツオーク監督による映画。 ヴェトナム戦争中 極秘命令を受けて戦闘機で飛行中 爆撃されてヴェトナムの捕虜になった、ドイツ系アメリカ人、デイーダ デングラーのドキュメンタリー映画だ。彼は捕虜となって、ありとあらゆる拷問にあい、ジャングルのなかの捕虜収容所に収容される。飢えで餓死していく戦友たちを見送りながら 辛くも脱走、帰還した実際の話を映画化したもの。ここでクリスチャン べイルは はじめは体格の良い血色良い兵士で登場し、捕虜になって拷問を受けるたび、だんだん痩せていき、脱獄するころには骨と皮になって熱演している。蛆虫も平気で実際に食べている。これを平気でやっている役者って すごい、因果な職業だ。

ロバート デ ニーロも 役造りへの徹底ぶりで、はるかに常識をこえた役者だ。1976年の「タクシー ドライバー」を演じるために、1ヶ月間 毎日1日12時間タクシー運転手として働いて、本物の運ちゃんの雰囲気を掴んだそうだ。1980年の「レイジング ブルー」では ボクサーの一生を演じるため 本格的にボクシングを学び 真剣勝負が出来るほどになって打ち込んだあとは、ボクシングを引退して酒場の親爺になる 映画の後半を演じるため 今度は体重を28キロ増やしたそうだ。パリに滞在して ただただ美食に明け暮れたという。遂に不整脈が出て、ドクターストップが出て、28キロでやめておいた、というのだから 太るのも命がけだ。また、1991年の「ケープファイヤー」では、筋肉をつけ 体中に浅く刺青を入れ、5000ドルかけて歯並びをガタガタにして、役造りに徹底した。映画撮影後には、また2万ドルかけて歯並びを直したというから はんぱではない。ここまでくると 役者はみんなマゾヒストか、と問いたくなる。

映画「サブウェイ123激突」を観た。
この映画に出るために ベンゼル ワシントンは体重を10キロ増やした といわれている。食べて寝てまた食べて暮らして2,3ヶ月すれば それくらい体重をふやすことが出来る人も居るだろうが 役者という純粋肉体労働をこなしながら 体重を10キロ増やすということは 大変な努力を伴う苦行にちがいない。

この映画、原作はジョン ゴデイによる小説で、1974年に ジョセフ サージェントによって 映画化された。1998年にはテレビ番組のためにリメイクされた。それをまた2009年に ベンゼル ワシントンと ジョン トラポルタ二人の名優で映画化された。トニー スコット監督。
こんなに 何度もリメイクされるのは ストーリーのおもしろさからくるものだろうが、一般市民が地下鉄に乗っていて 突然人質になり、命を脅かされるような不運が、自分にもいつ襲い掛かってくるかわからない 不安と予感みたいなものを みんなが持っているからかもしれない。

ストーリーは
ウオルター ガーバーはニュヨークの地下鉄コントロール室で働いている。以前はもっと高い地位にいたが、新しい地下鉄導入にかんして視察に行った日本の会社から収賄をうけた疑いを持たれて 今は降格している。不器用で 実直な男で、部下からは信望篤いが、上司からは疎まれている。
親友が運転している地下鉄がブルックリンで突然止まってしまった。コントロール室から呼びかけてみると 何と沢山の乗客を乗せたまま この車両が 何物かによって、乗っ取られたのだった。
犯人はウオルターに1000万ドルの身代金を要求してくる。正確に30分後までに 金が届かなかったら 1分間に一人ずつ乗客を殺していくという。緊急時にニューヨーク市長が対応に迫られる。市長は数ヵ月後には引退して隠居する予定だ。こんな事態収拾の責任などもつ気はさらさらない。犯人は人質全員と市長とを交換しても良いと言ってくるが 市長にそんな勇気はない。
交渉にいらだってきた犯人ライダーは 怒りをすぐに爆発させて ウオルターの親友だった運転手を撃ち殺す。銃声で事態を悟ったウオルターは なんとかライダーの心を鎮めて対策を講じるため 自らライダーに話しかけて時間稼ぎをする。
人質の安全のために 身代金は猛スピードでブルックリンからマンハッタンまで輸送される。しかし、パトカーに先導された1000万ドル載せた車は 乗用車を避けられず高速道路から墜落事故を起こす。約束の時間までに届けることが不可能になった。ウオルターは必死でライダーを説得する。ウオルターの捨て身の交渉によって 身代金はウオルターが歩いて運んでライダーに渡すことになった。そして大金をライダーに届けたウオルターはそのままライダーの人質になって、、、
というお話。

ふたりの男の対決がおもしろい。
10キロ体重を増やして腹のまわりに脂肪をしっかりつけたべンゼル ワシントンが ニューヨーク地下鉄コントロール室で 毎日コンピューター画面にむかって仕事して すわって指示するだけだから コークにチッププスを始終くちゃくちゃやっている。家族思いで不器用、実直なおとうさんだ。そこに突然 天才的に頭の良い冷酷無比の極悪犯が 飛び込んでくる。この男は 人を殺すことなど 何とも思っていない。

監督は どうしてもこの二人を映画の最後で対決させたかったのだろう。2回もオスカーを獲ったべンゼル ワシントンという名優と、ジョン トラポルタという個性的でアメリカでは一番人気ものの役者との対決だ。
トラポルタは最愛の一人息子を亡くしたばかり。重度のてんかんで障害をもっていた16歳の息子がバスルームで転倒し死亡したことで、映画を観ている人々はどうしてもトラポルタに同情して 余りに気の毒なので彼の肩を持つ。ベンゼル ワシントンがせいいっぱい誠実な公務員の役をやっていても 彼の味方にならないのは不運。
実際、映画のなかで ライダーは銃をぬかないで 思い通りの死に方をした。潔い。

2009年9月17日木曜日

ツアー デ フランスとコミック「オーバードライブ」



今年は、日本人のサイクリストが何人か ツール ド フランスに出場して完走したため 日本でもこのツール ド フランスに、関心が集まって、ファンも増えているそうだ。
世界一過酷な ロードサイクリングのツール ド フランスは 夏のヨーロッパには なくてはならない 世界最大の自転車ロードレースだ。 オリンピック、サッカーワールドカップとともに、3大スポーツイベントになっている。 21日間かけて、フランスの山々を 約4000キロを走破する。第一回が、1903年という、伝統あるレースだ。
ちょうどヨーロッパは夏のバカンスの時期に当たる為 ロードレースの沿道には沢山の 地元の人々や旅行者が押しかける。21日間に1500万人の人が 観戦するという。

毎年、出発点が変わり、コースも変わるが21日間の間には、アルプス、ピレネーの山越えだけのステージがあるかと思うと、山下りだけのスピードレースの日もある。それが、テレビを通じて 130カ国、10億人が、レースを観戦する。カラフルなジャージーを着た数百人の各国から選ばれてきた選手が 群れをなして時速100キロ以上の速さで自転車を飛ばす様子はみごとだ。
毎日、ステージごとの最速選手と、総合時間で1位の選手が それぞれの賞とイエロージャージーを受け取る。
選手も 連日猛暑の中を1日の大半を走っているのだから、大変だ。走りながら食べたり、飲んだりしてエネルギーを補給している。落車事故も多い。落車して頭から転倒して、ヘリコプターで救出される選手も、毎年出てくる。とても良いスピードで走っていたのに、大きなラブラドール犬が 道路を横切ったために、犬にぶつかって落車した人もいた。転んで自転車のサドルを失い、ずっと立ったまま走り通した人もいた。
ゴールはパリ、シャンゼリゼだ。凱旋門をくぐり、最終地点に たどり着く選手達を迎えるシーンは毎年、とても感動的だ。

うちのオットも、7月になってこのレースが始まると 21日間テレビに釘付けになる。自然、スポーツ音痴の私はそれを ツメターイ視線で見ていた。氷よりも冷ややかな目ざし、皮肉っぽい口調、嫌味たっぷりのため息、わざとゆっくり横切るテレビの前、、、これだけやっても、ビクともしないで画面に見入っている敵もあっぱれというべきか。
ところが去年から私も すんなり観戦に参加することになった。興味が出て見始めると、これがとてもおもしろい。フランスのそれぞれの地方の特徴や文化、人々の様子が、それぞれ個性的で 見ていて興味深い。絵葉書のような、フランスの牧歌的な農家や、古い教会、お城の跡など、歴史とともに紹介されて、ちょっとしたヨーロッパ旅行を味わえる。

私がこの競技に興味を持ったのは、オーストラリア人のカデロ エバンスが 契機だ。彼は 去年のツール ド フランスで、チベットの旗を描いたTシャツを、ユニフォームの下に着て、「チベットに自由を」と印刷した靴下をはいて 競技に出て みごと総合で、第2位を勝ち取ってくれた。2008年の7月といえば、北京はオリンピックを前にして チベット自由化への弾圧は激しく、チベットのラマ達、活動家達が虐殺、逮捕、死刑に処せられていた。チベットを支援するようなロゴの入った旗やシャツなどを北京に持ち込んだものは オリンピック代表選手であっても、中国入国させない、と、オリンピック主催側は叫んでいた。そんなとき、カデロ、エバンスがチベットの旗のシャツを着て 表彰台に立ってくれて感激した。

コミック「オーバードライブ」安田剛士作 講談社 1-17巻 を読んだ。自転車競技のコミック。
ストーリーは 
16歳、高校1年生の篠崎ミコトは なにをやっても冴えない。高校に入ったら 沢山友達を作って部活やスポーツに趣味も広げて 女の子とも楽しくやって行きたいと思っていたのに何もかも思いどうりに行かない。まったくくさっている。
そんなとき、あこがれの美少女 深沢みゆきに「自転車部に入部しなさい」と言われる。兄の遥輔が、自転車部の主将なのだ。自転車に乗ったこともなかった軟弱なミコトは あこがれのみゆきちゃんに嫌われたくないばかりに 入部して懸命に自転車をのりこなそうとする。

ミコトは自転車にのれるようになると やっとみつけた自分の居場所を失いたくないばかりに自分を認めてくれた自転車部のために全力をかけて練習に励むようになる。苦しい練習も 誰からも声をかけてもらえず友達一人いなかった頃の苦しさに比べれば なんでもない。大和武というクラスメイトがいる。彼は自転車で新聞配達をしながら、鬼のように山のクライミングの練習をしている。彼の父親は スペイン人で有名なプロのサイクリストだった。母親がこの父のために死んだと思い込んでいる彼は 父親を見返して復讐してやりたいために、自転車に乗っている。
自転車部主将の深沢遥輔は 高校生の間では「東の深沢」と呼ばれている実力者だ。体が大きく、クライマーとしての記録は誰にも負けない。西の代表選手は 高校レース界の皇帝と呼ばれる鷹田大地。彼はロードサイクルのために贅肉をそぎ、練習のために不必要なものはすべて捨てる主義で、意志の伝達さえ必要最小限の言葉しか吐かない。
一方、北海道には北原ヨシトという天才がいる。彼は赤児のとき両親と乗っていた飛行機が墜落して北海道の原野で3ヶ月生き延びた。熊に育てられていたとも言われ、風とも雲とも会話ができる。
いくつもの高校に、自転車部があり、それぞれの学校が強豪選手をかかえている。

そこで、スポンサーつきの日本中の高校生のためのロードレースが始まる。優勝チームには 外国レースに参加するというチャンスと賞金が与えられる。それぞれの高校のチームで、それぞれの選手に悩みがあり、家庭の事情があり、レースに勝たなければならない理由がある。
レースは波乱に富み、事故が続出、様々な困難が襲い掛かる。しかし深沢は約束どうりに 1位になってミコトにバトンを渡す。最終ランナーのミコトは、、、というお話。いかに優れた選手がいても、チームワークなくして、レースは成り立たないということが、とってもよくわかる。

試合前にチームがそろって はしゃいで遊んでいる場面がある。そんな様子を見て、主将の深沢が「この永遠のような瞬間が、ずっとずっと続きますように、、、」と、願うシーンがある。
読んでいるものは まったくこのせりふに同感して、読んでいて深沢に完全に共鳴している。一人一人の選手の描き分け方が良く、それぞれの少年の強さも弱さもよくわかる。話の筋はやや典型的な少年コミックの枠の中で出来すぎている。だが絵が良い。
篠崎ミコトが自分には何ができるのかまだ全然わかっていなかったころの顔が 序序に自転車にのめりこむごとに、引き締まり男の顔になっていくところが良い。深沢がとても立派だ。チームを率いるのに何が必要で何をしなければならないのかがわかっている。チームリーダーの苦境が よく表現されている。

少年スポーツものコミックでは 実によく泣かせてくれる。作者は読者の心を掴むコツを知っている。優れたコミックといえば、なんと言っても一番は 井上雄彦の「スラムダンク」だ。近年これほど心動かされたコミックは他にない。ちょっと前だったら あだち充の「タッチ」だし、もっと前になると ちばてつやの「明日のジョー」だ。どれも、長い連載の間、作者も読者もコミックの登場人物たちとともに、成長して そして年をとってきた。

ツール ド フランスで連続優勝を勝ち取ってきた アームストロングは ロードレースに必要なものは、と、聞かれて
1.マラソンランナーの持久力
2.エフワンドライバーのマシンコントロール術
3.チェスの頭脳  と答えたそうだ。

カデロ エバンスは、どうしてこんなに過酷なレースで勝てるのか、とインタビューされて、「ぼくには何も特別な能力がないんだ。だけど、ちょっとだけ、ひとよりも我慢ができるだけなんだ。」と答えている。謙虚な人で、一層好きになった。そうか、ちょっとだけ我慢、、、なら私にも出来るかもしれない。

2009年9月14日月曜日

映画「愛の10条件」


映画「愛の10条件」(原題「THE TEN CONDITIONS OF LOVE」)を観た。
メルボルン国際映画祭で上映されたことで、中国政府が介入し、豪中関係に傷が入ったとされ、外交問題にまで発展しそうになった映画。
やっと、シドニーで一般公開が始まった。

オーストラリア人監督 ジェフ ダニエルズ(JEFF DANIELS)が7年の歳月をかけて作成した 55分間のドキュメンタリーフイルムだ。映画は、「世界ウイグル会議」(本部はドイツのミュンヘン)の ウイグルの母と呼ばれ親しまれている ラビア カーデイル議長の半生とインタビユーが中心に 編集されている。7月5日に ウイグルに暴動が起こって 中国の国家主席がG8の参加を取りやめたことを考えると、メルボルン国際映画祭の開催が7月24日から8月9日、ここに ラビア カーデイルが招待されて講演をすることになっていたことは、実に タイムリーだった。ラビア カーデイルは、講演のあと、在豪ウイグルの人々と 合流して 活発にウイグルの状況を訴えてまわり 中国大使館に抗議のデモに出るなど、亡命者としては、きわめて勇気ある活動を展開してくれた。

7月5日に ウイグル区都ウルムチの暴動の契機は、ウイグルから広東省に出稼ぎにでていた二人の労働者が 殺害されたことで、ウイグルの人々が抗議行動に出た結果だった、と言われている。その後の漢族による仕返しの報復攻撃と、ウイグル人狩りの暴力はすさまじかった。中国側の発表では死者200人のうち、ほとんどは漢族だと言っているが 世界ウイグル会議は、何千人ものウイグル人が殺された、と発表している。棍棒やナタなどで武装した漢族が バスを止め、ウイグル人をたたき出して、男も女も暴力をふるわれているニュースマンの映像が ニュースで繰り返し流れた。

ウイグルは もともとトルコ系民族で ウイグル語を話す スンニ派のイスラム教徒だ。ウイグルの人々は 自分の国のことをイースト ターキスタンと呼ぶ。しかし、中国人、漢民族は、ウイグルのことを、シンジャン プロビンス(新しい地区という意味)と呼ぶ。
ウイグル自治区には 現在868万人のウイグル人が住む。ウイグルには ほかにタタール人、ウズベク人、カザフ人、オロス人、シボ人、キリギス人、タジク人などがいる。しかし、中国の積極的 漢民族同化政策と、移住政策の結果、ウイグルには 漢民族が暴力的に 人口流入し、彼らが政治、経済の実権を握っている。漢族との経済格差は広がる一方だ。抑圧する者と、される者に明確に二分される社会で、暴動は起こるべくして起こった。

2008年の3月に起きたチベット暴動も 報道では僧侶ら数百人が政府機関や通信社、銀行、商店を襲ったといわれているが すべて外国人メデイアは チベット自治区に立ち入り禁止にされ、政府によって報道がコントロールされたので 事実はわからないし、この結果どれだけのチベット人が弾圧され死刑に処されたか 知ることは出来ない。2008年北京オリンピックを前に チベット暴動は 聖火リレーの妨害という形で ヨーロッパにも 広がっていき脚光をあびる結果となった。

7月5日のウイグル暴動は、中国国家主席 フー ジン タオが G8会議に出るためイタリアにいるときに起こった。彼は急遽 事態収拾のために帰国して、かえって注目をあびた。

7月24日に始まったメルボルン国際映画祭で、ラビア カーデイルのドキュメンタリーフィルムが出展されることについて、中国政府から 再三上映中止を求める介入があった。「テロリスト:ラビア カーデイルが、今回のウイグル暴動の中心人物である」と断定しての、介入だった。メルボルン映画祭主催団体に メルボルン中国総領事館から 映画の上映中止と、ラビアの入国中止を求める電話が入り、電子メールの嫌がらせが連日おこり、映画祭のウェブが消されて、中国国旗に変えられたり、映画チケットの予約がネットでできなくなったりした。上映すれば、天津市との姉妹都市は中止になる、という通告がメルボルン市長に送られてきた。
ラビア カーデイルが 会場に来たときも 館外には中国人のデモ隊がピケを張って威勢行動を展開した。また、中国にいるラビアの4人の子供達が 逮捕され獄中に収監、そのうち二人の子供が、母親を「ウイグル分離独立運動のテロリスト」と断じ批判する声明を出し、これが中国側のニュースで流された。中国政府も、卑劣な手を使うものだ。

抑圧する者とされる者、90%の漢民族は 10%の少数民族に思いをはせるだけの想像力をもてるだろうか。中国の同化政策は、少数民族の言語 宗教、文化 習慣を破壊することが目的だ。チベットには鉄道が敷かれ、空港が出来 大資本によるホテルが建ち、中国人の若い新婚がハネムーンに訪れて 異国風チベットのダンスや歌を楽しんで帰っていく。ウイグルも 中国人観光客が押し寄せて トルコ風異国情緒を楽しんでいくが その中国人たちが 少数民族を抑圧し 彼らの自治権拡大、民主化を圧迫していることに気付いていない。

7年の歳月をかけて編集された この映画では、7年間 獄中で政治犯として弾圧され 亡命し、現在アメリカのワシントンに住むラビア カーデイル世界ウイグル議会議長のインタビューを中心に、ウイグルの歴史、文化、自然などが映像化されている。ラビアは、独特のトルコ帽をかぶって髪を三つ編みにした小柄な女性。11人の子供を産み、ウイグルに残してきた子供のうち4人が 政治犯として獄中にいる。フイルムのなかで、彼女はじつによく涙を流すが、声は常に力強く 感情に流されず きちんとしっかり中国政府の批判をする。母なる大地の大きさと強さをもった女性だ。7年間 暗がりの獄中にあって 外の光を浴びて空を見ることがなかった という。

タイトルの愛の10条件というのは、ラビアが夫に示した結婚の条件だ。彼女は新聞で 政府に抵抗運動をした末 監獄から釈放されたばかりの男 ロウジ氏の記事を読み、その男の顔も様子もわからないのに、結婚するために訪ねていって、結婚を申し込む。ハンサムだったので、びっくりした と言う。そのときの結婚の条件は、妻を愛すること、そして国を愛することだ。そして 二人は一緒になり 米国に亡命してからも互いに ウイグルの自治権拡大、民主化のために発言することを止めない。ラビアは声だかに ウイグルの独立を主張していない。フイルムのなかで、はっきり言っている。運動の目的は ウイグル自治権の確立だ。彼女はノーベル平和賞に2回ノミネイトされている。

4人の子供を中国の監獄に閉じ込められて、その子供から 母親を批判する声明を出すことまで強制されて 母も子もどんなに胸が潰れる思いでいることか。しかし、映画は涙ばかりではない。ラビアは 画面のなかで よく泣き よく笑う。 
ドキュメンタリーフイルムの良さが しみじみ感じられるフイルムだった。

 

2009年9月11日金曜日

映画 「崖の上のポニョ」


ヘラルド紙の日曜版に 毎週新作映画の映画評論が載る。
これが かなり辛口。プロの批評家が 10段階の評価をするが、「10分の1で観る価値なし」、というのがかなりある。それが堂々と日曜版に写真つきで出るからおもしろい。まあまあよくできていて10分の6くらい、絶賛できる映画で やっと10分の7くらいが普通だ。
ところが、驚くべきことに先週 初めて10分の10と評価されていた映画があったので、タイトルを見てみたら それが「PONYO」、原題「崖の上のポニョ」だった。

また、日本でいうNHKにあたる、ABCテレビで、毎週二人の映画評論家が 新作映画を紹介する番組「マーガレットとデヴッド」という1時間番組がある。ふたりの評論家が一致して 同じ映画を褒めることが少なくて、いつも二人が言い合いになるところが面白おかしい番組なのだが、珍しく二人一致して、この映画は来年のオスカー最優秀アニメ賞に推選すると言っていた。それが「ポニョ」だった。

宮崎駿の作品は新作が発表されるたびに 外国では評判が高くなっているようだ。手書きコンテのスタジオジブリの仕事ぶりは 特に海外で 驚異をもって受け入れられていて、その技術は高く評価されている。

私も彼の作品はどれも好きだ。特に 初めの頃の作品が良い。一番好きなのは「ルパン三世カリオストロの城」。テンポの速さ 小気味良い人の動き、登場人物一人一人の描き方、個性の強さ、ストーリーのおもしろさは 他に二つとない。また違う意味で、宮崎の「となりのトトロ」と「風のナウシカ」が次に好きだ。
「崖の上のポニョ」は日本では もうとっくの昔に公開されていて、ビデオもでまわっているようだが、ここでは新作として、初めて一般映画館で公開が始まった。映画はビデオでは観ない、きちんと街に出て 映画館で新作だけを観るという主義なので、映画館で観た。

英語版では ポニョのお母さんを、オスカー女優のケイト ブランシェットが声優として出演している。
「ポニョ」を観た人は みな1837年の発表されたアンデルセンの「人魚姫」を思い浮かべることだろう。若い人は1989年のデイズニーアニメ「リトルマーメイド」を思い出すかもしれない。「崖の上のポニョ」は宮崎ワールドの「人魚姫」物語だ。

アンデルセンの人魚姫は 海で溺れた王子様の命を助けたことが契機で 王子様を愛してしまった人魚のお話だ。平和な海底で幸せに暮らしていた人魚姫が 王子のために 魔法使いに頼んで人間の姿にしてもらい、願望どうりに 王子と出会うが 王子にはすでに婚約者がいた。結婚式の日に 人魚姫は海に身投げして 海の泡になって消えていきました、、、という悲しいお話だ。子供のときに 読み聞かせてもらったか、自分で読んだか したはずのこのお話は 湿っぽいので苦手だった。王子様を そんなに好きなら どうして王子の婚約者と正々堂々と デスマッチを挑んで自分のものにしてしまわないのか。王子が別の姫と結婚するなら そんなカスはさっさと忘れて広い世界に視野を広げ 別のオープションを選んだらよろしい。子供心にも 好きなのに そうと言えなくて身を引くというグジグジした女々しい人魚に矛盾を感じていた。せっかく魔法で人になったのに 歩くごとに足が痛い、というのも魔法使いのくせに ちゃんと責任もった仕事をしてくれ、、、と。もともと、童話はつっこみ満載の話だから、自分が人魚だったら、という仮定の上には 成り立たないのが童話のゆえんなのだろうが。

スタジオジブリの人魚姫はどうだろうか。
ストーリーは
港町に住む5歳のソウスケは 崖の上に建つ家に住んでいる。ある朝、岩場で遊んでいて 1匹の金魚がジャムの空ビンに閉じ込められて苦しがっているのを見つける。ビンを割って 金魚を自由にしてやった後 自分の持っていたバケツに この金魚を入れて ポニョという名前をつける。母親リサの運転する車に乗って ソウスケは保育園に ポニョを連れて行く。保育園の隣はリサの勤める老人ホームだ。ソウスケはここのお年寄りたちから人気がある。
ソウスケはポニョの愛らしさに惹かれて、ずっと、自分が守ってあげると、約束する。ポニョも自分を助けてくれたソウスケが どこに行くにもバケツに入れて連れて行ってくれて、大切にしてくれるので それをとても嬉しく思っている。ソウスケは 怪我をした指をポニョが舐めただけで 傷が塞がって治ってしまったところを見て、ポニョには不思議な力があることに気が付く。

しかし魔法使いのポニョのお父さんは、力ずくで海底にポニョを連れ帰る。海底にもどったポニョは ソウスケのところに帰ることしか考えられない。やがてソウスケが怪我をしたときに 彼の血を舐めたポニョに変化が訪れる。手足がはえてきたのだ。ポニョは海の生きもの皆の協力を得て 味方につけて深い海底から抜け出して ソウスケのもとにやってくる。
ソウスケの前に現れたのは もうバケツの中の小さな金魚ではなく 5歳のソウスケと同じ人間の姿になったポニョだ。ソウスケは赤い服を着た小さな女の子を見て、不思議に思いながらもそれをポニョだと、認識する。ソウスケの母リサは ソウスケにポニョを紹介されて、不思議に思いながらも家に入れてやり 二人の子供達に食事をさせる。

ポニョを失った海は 荒れ狂い 嵐となって街を襲う。みるみるうちに水位が上がってくる。リサは 歩くことが出来ない年寄りばかりが残された職場が気になって 子供達を崖の上の安全な家に置いて 職場にもどっていく。ソウスケは 母親の言いつけどうりに崖の上から灯火を照らして 海にいる船の遭難を防ごうとする。嵐のために 地上からの灯りが消えて方向がわからなくなった船を誘導するのだ。
ソウスケとポニョのいる崖の上の家を残して すべてが水の中に沈んでしまった。水の下の世界では、不思議なことに リサがもどった 老人ホームの年寄り達は 自由に歩くことができるようになって、病気だった年寄りは元気になっていた。ポニョを失って、怒り狂って嵐をおこした魔法使いは負けて 海の女神によって、静まっていたのだ。リサと海の女神は話し合って、リサの同意を得て、ポニョはソウスケの家に引き取られることになった。
海の女神は ソウスケとリサに出会い、再び人との信頼関係を取り戻したのだった。
というおはなし。

まず、心に沁みたのは ソウスケとリサとの 相互信頼関係と絆の強さだ。リサが素晴らしい。5歳のソウスケを完全に ひとりの自分と同格で同等の人として認識し、絶対的信頼を寄せ、尊重している。
嵐の中でソウスケに 突然現れた赤い服の女の子が これはポニョだよ、と紹介されたときリサは、「何か不思議なことが色々起こっているみたいだけど 後でわかるでしょう。今はとにかく家に入って。」と言う。わからない不思議な出来事もいずれはわかるときが来る。今しなければならないことをすればよい という大人の態度を取れるリサは立派だ。
また、初めの頃、ポニョが海の魔法使いに連れ戻されてしまって、海の深みで行き場を失ったソウスケを見つけたときの リサの態度も立派。ソウスケを呼び戻すために どなりもせず、わめきもせず、ただすばやく走っていって息子を海から引き戻すシーンだ。口先ばかりで子供を叱ったり、口で子供をしつけようとする愚かな口先女の親達に 100回くらいフィルムを巻き戻して見せてやりたい場面だ。
それから 崖の上の家に子供だけを残して リサが職場に行くところも感動的。嵐で町中が暗闇なので、海上で船が遭難しないように サーチライトを灯す大役を、5歳のソウスケにまかせて 家を去る母親。義務でもないのに 年寄り達を救出するために職場に戻る母親と、残ってライトを照らし続ける5歳の息子とは、ゆるぎのない絶対的信頼で結ばれている。
この母にしてこの子あり、だ。

それにしてもポニョのまっすぐな心、なんの曇りもない ソウスケへの100%純愛、ひたむきさは、涙がでるほどだ。誰もが これを見て 自分がポニョほどに純心な気持ちで 一人の人を愛して求めたことが 人生のうちで一度でもあっただろうか、、、と、自問したのではないだろうか。ソウスケの乗った車を追って 海の波間を駆け抜ける ポニョが一生懸命走り続ける長い長いシーンが、この映画で最も印象的な場面だった。ポニョがわき目もふらずに ソウスケを追って走る姿は 胸に迫る。そして、真剣に生きようとし、純真な心で人を愛そうとしているものに対して 自然は優しい。
宮崎の作品では いつも人と自然との調和、信頼がテーマになっている。

映画の中でも 人間によって汚れた海、止むことのない開発と汚染や 地球温暖化が、どれほど海の生物達に被害を与えているか、海洋資源の減少、生き物達の絶滅も、語られている。
また、人間社会のひずみを集約したような老人ホーム、その中で生きる老人達の孤独、ひがみや憎しみも、さりげなく画面で語られている。

しかし、映画はそういった社会現象、社会問題、人の心のゆがみなど、すべてを乗り越えるのも、また 若い、心にくもりのない人々の力によってなのだ、と、訴えている。社会批判や批評や、皮肉やニヒリズムでなくて、真剣に生きる若い力で 社会や人々の流れを変えていくことが出来るはずだ、というメッセージを、この映画から私はたしかに受け取った。

2009年8月25日火曜日

映画 「COVE」(入り江)




映画「THE COVE 」を観た。
シドニーでは8月22日から 二つの劇場で公開が始まった。ニュータウンのデンディと、ダーリンハーストのシェベル劇場だ。全米でも7月から 公開された模様。
日本で公開されることを 切に願う。
2009年 ロバート レッドフォードのサンダース映画祭でオーデイエンス賞、カナダ(HOT DOGS)ドキュメンタリー最優秀賞、シドニー映画祭オーデイエンス賞、ブルーオーシャンフィルム最優秀賞受賞作。

和歌山県太地町のイルカ追い込み漁で 年2300頭のイルカが捕獲され、水族館に売られる一部を除いては、殺されて鯨肉として市場に出回るという。その様子をフィルムに納めたもの。

製作者は、リチャード オーバリー(RICHARD O"BARRY)。
1970年代に米国TV番組「フリッパー」(邦題「わんぱくフリッパー」)で主演したイルカ達の捕獲と調教をした人。マイアミの水族館で たくさんのイルカを調教して イルカショーを主催して人気を呼んだ張本人。テレビ局の思惑どうりにイルカを調教することに何の疑問も感じていなかったが、「フリッパー」の主役だったイルカが ストレスで弱り果てて リチャードの腕の中で息を引き取ったことで、考えを改める。以降、私財をなげうって、捕獲されたイルカを海に戻してやる活動に打ち込む。ハイチ、コロンビア、グアテマラ、ブラジルなどで水族館や劣悪な環境で見世物になっていたイルカを 大海に返す運動をしてきた。1991年には 国連の環境プログラムから、業績を表彰されている。著書に、「BEHIND THE DOLPHIN SMILE」1989年、「TO FREE A DOLPHIN」2000年がある。
WWW SAVEJAPANDOLPHINS.ORG

監督は ロイ シホイヨス(LOUIE PSIHOYOS)。ナショナルジェオグラフィック誌のカメラマン。優秀なダイバーでもある。「フューチュン」、「デイスカバー」、「GEO]、「タイム」、「ニューズウィーク」、ニューヨークタイムズ誌などの表紙カバーの写真を撮っている人。2005年に海洋保護協会を設立。

カメラクルーは 世界最高のフリーダイバーと言われる マンデイー ロー クラックシャンク(MANDY RAE CRUICKSHANK)。彼女は水深90Mまで 6分間息を止めて自力で潜って 上ってこられるそうだ。彼女とカーク クラツク(KIRK KRACK)が、ダイバーとして水中カメラをもって撮影に参加。

これに ハリウッドの特殊撮影グループ カーナーオプテイカル社(KERNER OPTICAL)が加わり 岩に埋め込んだ高解像度ビデオカメラで、崖の上から 追い込まれるイルカ漁の様子を撮影した。また、鯨の形をした飛行船を造り 遠隔操作で上空から イルカ漁の様子を撮影することに成功。一連の撮影を 特殊カメラのセンサーで 警備員達の妨害を 避けながらゲリラ的に撮影が行われた。

2007年に 環境保護団体「シーシェパード」に 太地町のイルカ漁が撮影され 世界に紹介されて以来 太地町では環境保護団体や外国人やフイルムクルーに神経を尖らせている。警備員を沢山雇い、撮影や見学にも介入して 妨害をしている。
撮影には大掛かりな撮影機具が要る。「オーシャンイレブン」ならぬ、かくし撮影チームが太地町に入ったとたんに、24時間の尾行、警備官による嫌がらせ、執拗な追跡と一挙一動への介入が入る。ものすごく人相の悪い私服警官ともヤクザともいえない男達。

イルカを追い込む入り江には、高い崖に囲まれた 小さな入り江で、トンネルを越えないと たどり着けない。イルカの追い込み漁が始まると、トンネルが閉鎖され、崖の上の公園も立ち入り禁止になり、人一人追い込み漁の様子を見ることが出来ない。
イルカ漁を 空から、崖の上から、海底からと、3方向から撮影する為に部隊が秘密行動を開始する。明かりもない深夜 岩に埋め込んだカメラを設置するために崖をよじ登るクルー、囲い込まれたイルカ達を海底から撮影する潜水クルー。そして、空から飛行船を飛ばすクルー。執拗に監視する警備員達から逃れながら行動する。

そして、撮れたフイルムは 血、血、血 の海だ。人と同じ 家族とそれの属するコミュニテイーを持って暮らしていたイルカが群れごと捕獲され 人と同じ豊かな感情を持ったイルカが 身動きできない狭い網に1昼夜囲われた末 一頭一頭 刺し殺されていく。水中カメラで捉えた赤ちゃんイルカ達の絶叫ともいうべき叫び声。親達を求めて泣き叫ぶ幼いイルカの声、、、とても、正視できない。
リチャード オーバリーが言う。日本には立派な環境保護団体や、科学者、良心的な海洋学者、グリーンピース、それを支持する人々がたくさんいる。WHERE ARE THEY?どこに行ってしまったんだ、と。
彼は何人もの日本人にインタビューする。毎年9月になると2300頭ものイルカが 殺されて食肉にされることを知っていますか?道行く人々、誰もが答えはNONだ。
IWCで、日本代表が 写真を見せながら ミンク鯨は年々増えています、、、と説明している。そのフィルムの前で、太地町のイルカの血に染まった海で男達がイルカを突き刺して殺しているフイルムを映し出したコンピューターを腹にくくって 躍り出るリチャード。これを即座に激写するニュースマンたち。
くりかえして言う。この映画の日本での上映を切に願う。


日本がクジラとイルカを捕獲していることについて 世界中から批判されて、孤立している状況を認識すべきだ。現状では、IWCで、日本は商業捕鯨を中止させられ 調査捕鯨についても 厳しく中止を求められている。しかし日本は札束にものをいわせて IWCの票を買って アジアやバハマ島などの小さな国から日本支持票を買い、辛うじて調査捕鯨を続けている。このことについて、先進諸国からは、厳しい糾弾を受けている。南極海での捕鯨については ワシントン条約にも違反するということで、毎年国際法に訴えるとの諸国からの圧力がかかっている。

西オーストラリアのブルーン市は イルカ漁に抗議して、太地町と姉妹都市であることを中止した。この8月 市議会が全会一致で 太地町がイルカ漁を続けるかぎり交流を中止することに決定。
ブルームは戦前から日本から潜水夫がきて真珠を取って地域の産業に貢献してきたが 日本の鯨とイルカ漁が問題になって以来 日本人墓が荒らされたり、日本人アタックが起きて問題になっている。日本人は 日本にいるかぎり何をやっても何を言っても安全と思っているかもしれないが 海外に住む日本人が 襲われたり 嫌がらせを受けるなど、被害が出ていることについて無視してもらいたくない。

南極海での日本の調査捕鯨にも、日本近海のイルカ追い込み漁にも反対する。

IWCでは一定程度の大きさの鯨を対象に保護基準を設定していて、大きさが違うだけで イルカは保護から外されている。イルカも鯨も鯨類(クジラ目)で、同じ大型野生動物だ。イルカは、社会のなかで、社会的役割をもち集団行動をとる 高度な知性を持つ。その生態や生息範囲など、まだわかっていないことも多い。
鯨もイルカも 高い知能と社会性をもった野生動物だ。人とともに生きてきた家畜とも ペットとも異なる。自由に大海に生きる 大型野生動物は 保護の対象であって、殺して食うものではない。
鯨とイルカの捕獲、食肉することに反対する理由は以下の通り。

1)他に蛋白源となる食品が豊富な日本で鯨肉を食べ続けなければならない理由がない。鯨肉を食べるのは日本の伝統文化だ というのはウソだ。都市に住む多くの日本人が鯨肉を食べ始めたのは戦後であり、鯨肉が日本人の蛋白源だったという歴史はない。

2)海は誰のものでもない。そこに生息する野生動物を 世界中のひんしゅくをかいながら捕獲 食肉すべきではない。鯨は家畜ではない。

3)殺生方法が残酷きわまる。日本側はIWCで 瞬時に殺しているというが、逃げ回る野生動物にモリで突き 力尽きるまで泳がせて引き上げて殺す鯨、岸に追い込んで一昼夜網で囲み、突き棒で一頭一頭突き刺して殺すイルカ。自由に大海を泳ぎまわっていた動物を瞬時に殺す方法があるわけがない。

4)調査捕鯨に毎年5億円の調査費が税金から仕払われているが それに見合う調査のフィードバックがない。 調査捕鯨の結果が国際的に権威ある英語論文雑誌に まったく成果が発表されていない。科学研究のために億単位の国庫補助を受けて調査捕鯨していながら 何ら研究発表が行われていない このことについて、IWCからも、先進諸国からも激しく批判されている。

5)調査捕鯨予算の多くは 捕獲した鯨を売りさばいた利益でまかなっていることが明らかになっている。これでは公正な調査ができるわけがない。賄賂を取り締まる警察部署で、その予算が賄賂をもらった金で運営しているようなもので 取り締まろうとすればするほど、賄賂をもらわなければならない という滑稽な図式になっている。

6)鯨やイルカなど大型海洋動物の肉は水銀汚染されていて、小児、妊婦などは 食べるべきではない。政府、厚生労働省でさえ、週40グラム以下に抑えるべきとしている。一食分の鯨肉カツレツで 約100グラム。危険とわかっている食べ物を、食べ物の選択肢のない子供に食べさせてはいけない。
以上。

重ねていうが、この映画、日本での上映を切に願う。

2009年8月20日木曜日

映画 「バリボ」


東チモールは1975年末 かねてからの約束どうりに ポルトガルから 平和的に独立を果たした。
しかし、ポルトガル兵が撤退すると、すぐにインドネシアからの侵略が開始される。国連からの視察を待たず、国際法違反を承知に上での スハルトを先頭とした 軍の独走によるものだった。1975年の侵略と 大虐殺によって 東チモール人の 虐殺された人の数は、183000人あまり。

このとき、オーストラリアのテレビ局 「チャンネル7」と「チャンネル9」から派遣されていた5人のジャーナリストが、インドネシア軍の侵攻と、住民の大虐殺開始の映像を捉え、世界に報道していて、インドネシア軍によって殺された。この5人の消息が絶えた時点で、5人の足跡を追って 事実を報道しようとした、新聞社、「オーストラリアン」の編集記者も、首都デリーで軍によって惨殺された。
バリボ:BALIBOとは、インドネシアと東チモールとの国境の街の名前だ。5人のジャーナリストが殺された現場だ。

監督:ロバート コノリー (ROBERT CONNOLLY)
キャスト
アンソニー ラパグリア ANTHONY LAPAGLIA
(ロジャー イースト:オーストラリアン編集記者)
オスカー アイザック OSCAR ISSAC
(ホセ ラモス ホルタ:東チモール独立政府顧問)
デモン ガメゥ DEMON GAMEAU 
(グレグ シャックルトン:チャンネル7報道官)
ナサン フィリップ NATHAN PHILIPS など

ストーリーは
1975年、バリボの海岸沖は、インドネシア軍の戦艦で埋まっていた。インドネシア軍の上陸と侵攻は、もはや時間の問題と思われていた。空からの独立抵抗軍にむけての爆撃攻撃は すでに始まっていた。国境の街は 空からの攻撃で破壊され 多数の死者が出ており、住民は 次々と避難していた。東チモール独立抵抗軍は、山から下りて果敢にも 強国インドネシア軍と戦っていた。

東チモール独立政府顧問 ホセ ラモス ホルタは、海外からのジャーナリストを呼び寄せて、現状を報道し 世界中の多く人々に 東チモールの窮状を知ってもらおうと奔走していた。彼は オーストラリアから来た「チャンネル7」と、「チャンネル9」の若いクルー5人が 前線の状況を報道するために、組織立てて護衛をつけた。5人は インドネシア軍が 国際法に違反して 隣国を侵略する様子を 映像に捕らえては フイルムを本国に送っていた。バリボの海岸沖を埋める軍艦を撮影し、爆撃された村々の惨状をフイルムの捉えて 避難民にそれを渡して オーストラリアに届けるよう依頼していた。遂に軍は 上陸を開始する。海岸に アリが押し寄せるように 上陸してきた軍を バリボの丘の上から、カメラに収めていた5人は インドネシア軍に追われて、次々と情け容赦なく 惨殺され、フイルムとともに、焼却される。オーストラリアの国旗を描き ジャーナリストであることを明らかにしていたにも関わらず 否、ジャーナリストだったからこそ、彼らは真っ先に軍によって口を封じられたのだった。

テレビクルーから フィルムが届けられなくなって いよいよ5人のジャーナリストが 失踪したことが明らかになった。首都デリの、ホテルを拠点にしていた新聞社「オーストラリアン」の編集記者ロジャー イーストのところに、ホセ ラモス ホルタが現れて 5人の失踪が知らされる。ロジャーは この5人のテレビ局ジャーナリスト達を探しに バリボに行くことを決意する。バリボにたどり着くまでに 空から爆撃を受けて壊滅した村々を通過しなければならない。ロジャーは ジャングルで 空からの機動爆撃に逃げ惑い、侵攻してきた地上軍からも逃れながら、生々しい、5人が殺された家の跡を見る。そして急いでロジャーは デリーに戻り 事の顛末をオーストラリアに送信しようとする。しかし、時すでに遅く デリーはインドネシア軍に包囲されていた。現状を国外に知らせようとして ロジャーは真っ先に連行されて殺される。指名手配されていたホセ ラモス ホルタは国外に東チモール独立政権を樹立するために 辛くも脱走、国外脱出に成功する。

ロジャーが滞在していたホテルオーナーの7歳だった娘が ロジャーが引き立てられ 殺されるまでの ありのままを目撃していた。その後、24年間たって、東チモールが 悲願の独立を果たしたときに、やっと、当時の真相究明のための証人探しがはじまり、この少女が重い口を開くことになる。この少女の証言によって初めて、消息不明だったロジャー イーストの死亡が 死後24年たって明らかになった。
というおはなし。

映画は これで終わるが、5人のジャーナリストの死も、当時の生き残りのレジスタンスの証言などから、やっと明らかになった。しかし、彼らの死に至る詳細は まだわかっていないことも多く、残された5人の家族らは現在も法廷で事実確認の裁判係争中だ。5人の銃殺に、インドネシア軍将校だった スハルト(のちの大統領)が直接 手をくだしたのではないか と言われている。事実、この映画のなかで、両手をあげて、オーストラリアから来た記者です、といっているジャーナリストに向かって 有無を言わさずピストルで撃ち殺した男の役者は 異常にスハルトに似ていた。映画監督もなかなか芸が細かい。

最前線を報道するジャーナリストは 常に危険に身をさらされる職業だ。が、情報と引き換えに 命を失っていった若いジャーナリスト達の死は余りにもむごい。無残だ。
つい最近も チェチェンのジャーナリストで人道活動家だった女性が ロシアのスパイに誘拐されて夫とともに惨殺された。優れたジャーナリストが たくさん たくさん たくさん 死んでいった。数え切れない。

しかし 時として、ジャーナリストの映し出す一枚の写真が 世界を変えてしまうことがある。ベトナム戦争で、ナパーム弾の嵐の中を全裸で火傷を負いながら泣き叫ぶ少女、、、銃殺される瞬間の北べトナム解放戦士、、、中東戦争のときのオイルまみれの海鳥、、、チベットでデモの末 川に浮かぶ仏教僧の遺体、、、ウイグルで自警団に襲われた少女達の写真。一枚の写真が人々の心をゆさぶる。その一枚のために、ジャーナリストは 戦場にむかう。

東チモールは オーストラリア人にとっては とても特別な存在だ。豊かな海底油田の眠っているチモール海を隔てて オーストラリアとチモールは 手を伸ばせば届く距離にある。
1999年の東チモール独立運動のときは、強力なインドネシア軍に毎日毎日 抵抗して殺されていくチモールの人々を見つめながら 歯噛みしながら与野党一体になって 国連軍派遣を 要求し続け、ようやく国連軍派遣が決議されると、いち早くオーストラリアとニュージーランドは鎮圧軍を チモールに派兵した。

その後 独立は してみたものの、次から次へと西側から送られてくるインドネシアの撹乱するための私兵や私服軍人達に 脆弱な生まれたばかりの国は その地位を脅かされてきた。インドネシア軍が引き上げるとき、東チモールの国家基盤 経済基盤の70%を 彼らは破壊していった。再建が、不可能なほどに。
長年インドネシアに抵抗し、20年の懲役刑に服していたシャナナ グスマオは 初代大統領となり、獄中の彼を支えてきたオーストラリア女性 キーステイー スワードは 大統領夫人に。国外で独立運動を推進し、ノーベル平和賞を授与されたホセ ラモス ホルタは 副大統領に。
現在 選挙によってホセ ラモス ホルタが大統領、シャナナ グスマオが首相に選ばれた。2008年には、反乱軍によって、大統領 ホセは銃撃をうけ、一時死亡と報道されたが、ダーウィンで 緊急手術を受け、九死に一生を得た。多難な行く末だ。絶え間ない 政権抗争、経済基盤の脆弱さ、一つの国が独立するということが、いかに大変なことか。

2000年だったと思う。シャナナ グスマオの講演を聴きに行った。シドニー大学の カーペットを敷いた小さな講堂だった。そこでは、彼と、キーステイー スワードとの間に 生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声がときどき聴こえ、あたたかい なごやかな空気に満ちていた。雄弁でない、とつとつとした話し方で、これからの東チモールという新しい国造りへの抱負を語る シャナナは 誠実そのものだった。物静かで なんと謙虚なひとだったろう。子供のときから 強国インドネシアに立ち向かい ゲリラとして武器を取り 長い獄中生活にも負けず 独立を成功させ、建国の基となった人。なんて立派な人。
その人の話を聞きに集まった人たち、シャナナの一挙一動を あたたかく歓迎する人々の かもしだす空気もまた、感動的だった。 静かな拍手を送り、笑いかける人々、シャナナを支持するということが 声高に政治を語ることでも、スローガンを叫ぶことでも、敵を非難することでもなく こんなにも やわらかい空気に満ちた集まりで出会うことなのか と、目のさめる思いだった。政治集会や人権活動家の支援集会 講演会など、学生時代には 限りなく参加したり、主催したりもしたが、このときの シャナナの講演会のような 声高に語る人など一人も居ない あたたかく 優しい 濃密な 大人の集まりには出会ったことがなかった。あの、独特な静かで熱い空気が いつまでも忘れられない。

2009年8月11日火曜日

映画「パブリック エネミーズ」


アメリカ映画 「パブリック エネミーズ」を観た。
キャストは
ジョン デリンジャー:  ジョニー デップ
メルヴィン パーヴィス: クリスチャン べイル
女 ビリー:    マリオン コテイヤール
フーバー検察局長:  ビリー クラダップ

1929年大恐慌が始まり 30年代の経済低迷期には、アメリカ社会は病み 混乱を極めていた。失業者があふれ、飢えた人々の不満は膨れ上がるばかり。シカゴに根を張った ギャングによる凶悪事件は 止むことを知らず ジョン デリンジャー(ジョニー デップ)率いる、レッド、ハミルトン、ジョージ ネルソン、チャールズ フロイドといった面々は、次々と銀行を襲って強盗を繰り返していた。困りきった 検察局のフーバー(ビリー クラダップ)は これを機会に 地方警察の枠を超えて 全米範囲で凶悪犯を追い 捕らえることができる捜査組織FBIを作ろうと画策していた。フーバーは メルヴィン パーヴィス(クリスチャン べイル)を抜擢して FBI最初の大仕事 ジョン デリンジャーの逮捕を命ずる。デリンジャーとハーヴィスの 戦いが始まった。

デリンジャーは 何度も刑務所に放りこまれても 協力者を得て、脱獄を繰り返し 銀行強盗を繰り返す。極悪犯人でありながら、仲間を大切にし、仲間の命を守る為に 自分の危険を顧みない。一目ぼれした女 ビリーを自分のものにする為には何でもする。初めて ビリーに会って これからはどんなことがあっても、君を愛し一人きりにはしない と誓う 純情さも持ち合わせている。
しかし、FBIも すべての電話回線を盗聴し、次から次へと デリンジャーの協力者を力で屈服させて寝返らせた。遂に、デリンジャーの女ビリーを逮捕、拷問して デリンジャーを追い詰める。
というストーリー。

滅びの美、悪の華、がテーマ。それをどう人間味豊かな一人の 生身の男として映像で表現するかが、この映画の真髄。 若く、熱く 生きて死んでいく男は美しくなければならない。
不況、失業 飢えた人々の間で 火花のように華を咲かせて 権力者にたてついて 極悪犯として散っていった パブリック エネミーは 人々の不満の捌け口であり、希望の星であり、英雄だ。FBIが生まれることを 人々は決して歓迎していたわけではない。人々の心は 極悪犯の側にあった。
だから 映画を観ている人も、ジョニーデップの味方だ。危険な罠が仕掛けられるたびに デップに生き延びて欲しいとハラハラし、最後の最後までデップに 逃げろ、走れ、生きろ と心で叫び続けて、最後にビリーと一緒に、大きな涙をひとつ落とす。
ジョニー デップのベビーフェイスと、ちょっと間の抜けた感じが とてもデリンジャーらしくて良かった。

この映画、男向け、アクション映画に仕上がっている。このところハリウッドでは アクションになるとハンドカメラを使って 実況中継ふうに 揺れるカメラで撮るのが一般的になってしまった。はじめから最後まで ハンドカメラだけですべてフィルムを編集したような映画もでてきた。私はこれが大嫌い。 チャップリンは 動かないカメラの前で 俳優の方が大変な努力をしてアクロバット的な動きまで習得して映像を撮った。だから 特殊撮影で飛んだり跳ねたりする香港カンフー映画も ハンドカメラで追う暴力シーンも私にとってはニセモノにすぎない。

キャストに デリンジャーをジョニー デップに演じさせたのは、成功だった。そして、一方のFBI責任者 クリスチャン ベールも 大成功。クリスチャン べイルのような シャープでハンサムな男が 30年代の服を身に着けると 俄然引き立つ。彼のような 美男子には バットマンのお面を被ったり、ターミネイターの戦闘服よりも この1930年代の、白いワイシャツ、タイ、しっかりしたコートに帽子が良く似合う。きちんと折り返しのある純毛のズボン、ジャケットと、長くてがっしりしたコート。そしてソフト帽。ネクタイもピンクや水色や黄色なんかの軽薄な色でなくシックで落ち着いたタイ。1930年代の男達、なんと素敵だったのだろう。いまの男達 化繊のスーツに 色シャツ、頭はボサボサ、、一体男の美はどこへ、、、。オージーなんか 冬でも半ズボンで、カーボーイハットだもんね。

人々は映画を観ながら ジョニー デップに共鳴している。だからクリスチャン べイルは正義の側かもしれないけど 全然、誰も味方していない。それをわかっていて 演じるクリスチャン べイルって、いつも損な役回りだ。
「バットマン ダークナイト」では 彼は主役のバットマンだったが、ジョーカー役のヒースレジャーが この作品を遺作に28歳で事故死してしまったので この映画はクリスチャンべイルのではなく、ヒースレジャーの特別な映画になってしまった。
「ターミネイター4」では 彼が主役のジョン コナーだったが、この映画の話題と言えば アーノルド シュワルツネイガーが出たかどうか ばかり話題になって、クリスチャン べイルは2時間あまり戦っていたのに、数分間でただけのシュワちゃんに主役を奪われてしまった。
「ユマ3時10分決断のとき」では、悪役、ラッセル クロウを裁判所まで連行する 潔き 正しく 立派なクリスチャン べイルが正しい道をあゆんでいたのに 最後には見事に逃げられて、ラッセル クロウが 断然 輝いていた。
役者としては クリスチャン べイルは 役になりきる素晴らしい役者なのに、何故か不運が続いている。めげないで 「アメリカン サイコ」でショックを与えた 不気味なほどの美しくて、悪い奴を主演して欲しい。

最後に 映画で エージェントのひとり、ステイーブン ラングがデリンジャーの女ビリーに会いに来る。このシーンが良い。FBIの中でも いつもこの 目立たない中年捜査官は 他の捜査官のように突っ走ることも 罠を仕掛けて人を陥れることもなく冷静に事態に対処していた。
血の通った この男の「ひとこと」と、ビリーの「大粒の涙」。
これがすべてを語っている。心に残るシーンだ。

話題作で新作だから観た。
しかし、残念ながら 1967年の「俺達に明日はない」(原題「BONNIE AND CRYDE」)や、1969年「明日に向かって撃て」(BUTCH AND THE SUNDANCE KID」)には比べようもない。同じ時代のギャングを描いた映画だが、フェイ ダナウェイとウォーレン ビューテイー、ポール ニューマンとロバート レッドフォードにくらべ、輝きが 全然足りない。この時代に比べて フイルムの質も撮影技術も格段によくなっているはずだ。それなのに、60年代の映画を超えられていない。これらの優れた映画は 時代が作ったと言うのだろうか?

2009年8月8日土曜日

浦沢直樹「MONSTER」



浦沢直樹のコミック「MONSTER」全18巻(小学館)を読んで、とっても おもしろかった。

この人の作品、「20世紀少年」22巻と「21世紀少年」上下(小学館)の 計24冊を読んで この作者の構想の広がり方、登場人物を小まめに使いながら お話の枠を広げて大きくしていく独特の描き方にとても引かれた。この「MONSTER」も、読んでいるうちに どんどん話の筋に引き込まれていき 気が付いたときには18冊読み終わっていた。途中ダレることなく 一気に24冊とか18冊を 読ませる力を持っている この人は構想力のある とても頭の良い作者なのだろう。
彼の作品の終わり方も、独特で ひとつの結論を彼は出さない。だから人によって 最後の解釈が全然ちがってくる。

「20世紀少年」も、結論の読み方が 読む人によって 随分違ってくるのだろう。読んでいる間中 お面を被った「ともだち」が誰なのか それが知りたくて 知りたくて 読み進んできたが 最後の最後「ともだち」は ケンちゃん以外は 誰も名前さえ覚えていなかった影の薄い男の子だった。ケンちゃんが その子のことを 憶えていたのは自分がその子に ものすごく卑怯なことをしたからだった。その意味で 世界を破壊する「ともだち」は 自分自身のなかにある敵だった、と言うことも出来る。
「MONSTER」も、結論と解釈が人によって全然ちがったものになると思う。

ストーリーは
東西ドイツの間の壁が取り払われる前 1986年。東独から元貿易局顧問が妻と10歳になる男女の双子を連れて 西独に亡命してくる。しかし、その直後に 夫婦は殺され、男の子は銃撃をうけて半死状態で発見される。瀕死の男の子の手術を担当したのは デイュッセルドルフ私立病院の 天馬賢三医師。優秀な外科医。 卓越した技術と医師としての使命感 そして謙虚な姿勢で、同僚からも 患者達からも 信頼されていた。病院長の娘と結婚して 外科部長に抜擢されるところだった。
しかし、男の子の救命を優先したため、同じときに、院長に頼まれて 脳血栓で倒れた市長の手術が手遅れになったことで、怒った院長から 憎まれ、婚約者の娘も失うことになってしまった。

天馬医師が救命した少年ヨハンは 順調に回復する。両親は死亡。殺人現場で発見された 双子の妹アンナは 事件の衝撃で口が聞けない状態になっていて、同じ病院に収容されていた。しかし、ある日、突然、ヨハンとアンナは姿を消す。そして彼らの治療に関わっていた病院長や医師たちが、天馬を除いて 全員 毒殺死体で発見される。

9年たった。
ハンブルグで、ケルンで、ハノーバーで、4組の子供の居ない中年夫婦の死体があがる。そしてこの事件に関わっていた警察官達までが 毒殺されて発見される。

ハイデルベルグに10歳までの記憶のない 19歳の少女がいる。名前はニナ。飛び切り明るい快活な娘で 養父母に引きとられて幸せに暮らしている。養父母を本当の両親だと思っている。しかし心理学者ガイテル医師は 二ナの失った記憶が 何か途方もない恐怖によって閉じ込められたものに違いないと確信している。
そのニナに突然、20歳になった日に迎えに行く というメイルが入る。ニナは 漠然とした恐怖感に襲われながら 偶然、天馬医師と出会う。帰宅したニナを待っていたのは 最愛の養父母が殺害された姿だった。養父母の惨状を見て、二ナは一挙に 双子の兄、ヨハンの記憶を 取り戻す。

10歳のときに 両親を殺したのは兄のヨハンだった。両親を殺した後、銃をアンナに渡して 自分の眉間を指して ここを撃てと命令したのはヨハンだった、と天馬にいう。アンナはモンスターのヨハンを しっかり撃ったのに、どうして天馬医師は ヨハンを救命してしまったのか、と責める。そして、ニナ(アンナ)は ヨハンというモンスターを殺して殺人行為をやめさせられるのは自分だけだと考え ヨハンを追って旅に出る。

ヨハンの殺人行為に深く関わってしまった天馬はいまや 大量殺人事件の重要参考人 殺人容疑者だ。天馬は自分が殺人鬼モンスターの命を救ってしまった為に、沢山の犠牲者が出ていること知って、自分が責任を持って ヨハンを始末しなければならないと考え 自分もまた警察に追われながら ヨハンとニナの後を追う。

ヨハンは バイエルンに現れる。実業界の大物に近ずいて 彼の秘書に納まっている。この男の昔の愛人が ヨハンとアンナの母親の親友だったことが わかったからだ。母親がチェコスロバキアで 生きているかもしれないと知って、ヨハンはプラハに向かう。
昔、プラハに 政治犯の子供達だけをあつめた孤児院があって 様々な人体実験と教育実験が行われた という。そこで育った子供達や職員達は ある日、互いに殺しあって その場に居た全員が死亡するという事件があった。
すべてを読む 鍵は このキンダーハイム孤児院だ。
というお話。このあとも長いけど、ここまでしか言えない。

簡単に筋だけ触れたが ものすごく沢山の登場人物がいる。その人々それぞれが ドラマをもっていて 複雑にヨハンの過去にからみあっている。酒癖の悪い私立探偵、天馬の同級生のサイコセラピスト、無医村の医師、ジャーナリスト、極右団体、戦争犯罪人 昔の婚約者、天馬になついてしまった孤児、若い志を持った刑事、それらがみんな複雑に関わりあって話を重層的なものにしている。

しかし、この物語のおもしろさは、ヨハンもアンナも自分の過去を憶えていない というところにある。ずばぬけて秀でた頭脳を持ち 人を殺すことなど何とも思っていないヨハンが 自分の過去を探し出しながら 自分の過去に関わった人々や育ててくれた人たちを 次々と抹殺していく。それを追う アンナが彼女もまた10歳までの消えていた過去を 徐々に よみがえらせていく。またそれを追う天馬がヨハンの過去を洗いながら 追い詰めていく。天馬は 自分の無実の罪を証明する為にヨハンを追っているのではなくて ヨハンの命を奪うために追っているのだ。それをまた 執拗に追う、ルンケ刑事の執念。
読者は ヨハンの過去への旅とともに、殺人が繰り返されながら ひとつひとつの彼の過去を知っていくことになる。

どうしてヨハンが 殺人鬼となり 自分の過去を抹殺しなければならないのか、、、それは、ヨハンとアンナと天馬と ルンケ刑事が一堂にに 顔をあわせたときに 一挙に山場をむかえる。
最後 天馬ははどうなるのか 解釈は それぞれだ。
 
双子の兄妹がいる。そのうち 一人を母親が切り捨てなければならないとき 連れて行かれた子供よりも、時として それを見送らなければならなかった子供の方が 傷が深い場合もある。
ヨハンの自己破壊、自己消滅願望は 幼い妹を守りきれなかった 贖罪からくる と言えないことはない。

結末は、これで一件落着ではない。じつに多くのことを 語っている終末。ヨハンの旅は終わっていないのだ。
ただ、人は 空のベッドをみることができるだけだ。

本当におもしろいコミックだった。

2009年8月7日金曜日

ガールズコミック「そんなんじゃねえよ」和泉かねよし


顔が良いと 得をする。顔が良いと人から大切にされる。困っていると誰でも助けようとするし、自分から求めなくても友達がたくさんできる。面接で 高感度の高い印象を与えるから 思いどうりの就学も、就職もできる。職場でも優遇される。特に客扱いの営業などでは 引く手あまただ。顔がアトラクテイブだと 異性パートナーを選ぶにも無限のチョイスを与えられて 欲しい相手が手に入る。銀行から信頼され 融資設も受けやすいから 家などの財産も手に入れやすい。仮に 犯罪に手を染めても 顔が良くて 印象が良いと有罪になるかどうかで 極悪人の容貌を持った人に比べると はるかに軽い刑で済む。
従って 顔が良く生まれた人はそうでない人に比べると すべての面で優遇されて得をする。

というのは 私の考えではなく、「常識」なのでもなく、アメリカで 科学的に秩序立てて行われた社会学者たちによる調査結果だ。私は自分の体験から このような調査結果が 全く正しいと、確信する。

私の顔が良いのではない。
死んだ私の 最初のオットが顔が良かった。
若い人は知らないだろうが 岡田真澄と高倉健を足して二で割ったような顔だった。身長183センチ、一流国立大学卒、シャープな頭脳、洗練された動作、独特なオシャレなセンス。天はニ物を与えず というが、天からは何もかも もらって生まれて来ていた。これでチヤホヤされないわけがない。

電車に乗っていて、ジャイアンツの投手とまちがえられて、サインを求められたことが 一回2回ではない。初めて飲みに行ったバーから ほろ酔いで帰って ポケットを見たら ママのマンションの鍵と住所を書いた紙がでてきたこともある。結構有名なママだったが、、。道を歩くと必ず人々の目はオットに。これがオットですというと、大抵の女性はポッと顔を赤らめて俄然 目を輝かせたり、急にハイになって はしゃぎだす人が多かった。おもしろいのは、この男前のツマが それにつりあうほどの美貌ではなくて フツーの女だ、というのがわかると まわりの女達が 俄然がんばりだすことだ。こういう場面はどこにいっても 起こった。だから、私は 人々が とびぬけて顔の良い男に会ったときの対応をよく知っている。

顔の良い男に会ったとき、人の態度が変わる というとそんな馬鹿な。人は外見より 中身じゃないですか というへそ曲がりが必ずいる。でも それはウソだ。その人がとびぬけて美しい 超のつくハンサムな男に出会ったことがないから そんなことを言っていられるのだ。体験から断言できる。

例えば私の女友達が沢山居る。そこにオットを連れて行き 紹介するとたちまち女達は するすると服を脱ぎ捨ててオットの前で思い思いのポーズを取り始めるので困ってしまった、、、ということはなかったが、そんな感じに100%ちかい奇妙なフェロモンな空気になるのが常だった。また、例えば オットの職場の人や オットの友達が集まっているところに行って ツマが 初めて紹介される。で、皆がツマを見ると え???という顔になり、こんなツマなら自分は勝てる とばかり急に肉食獣になってオットに襲い掛かるのだった。
そんなだったから、年をとっても オットは女には困らなかった、というか、全く ホトホト女に 困りきりだった。

ところで、そんな奇妙な体験を持つ私が おもしろいガールズコミックを見つけてしまった。
「そんなじゃねえよ」和泉かねよし作、1-9巻、フラワーコミックス小学館出版。

これが顔の良い 二人のお兄ちゃんを持つ フツーの顔でどちらかというと地味な女の子の話だ。読んでいて 身につまされるというか、あ、そうそう こんなこともあった などと昔のことを思いだした。

背が高くて 頭が良くて 力が強くて けんかも強い スポーツもできて、とにかく顔が良い 真宮家の二卵性双生児、烈と哲。シングルマザーで看護婦の母は 美貌の女王様。そんな中で妹の静ちゃんだけは みにくいアヒルの子ばりに ごく普通のめだたない女の子だ。この静ちゃんから見た まわりの人々の兄達への態度 狂騒ぶりがおかしくて、静ちゃんに すごく共感してしまった。
軽快なしゃれたジョークがとびかう、的を得た会話。すっかり気に入って2回も読み返してしまった。

例えば 美貌の母に片思いして食事に誘う高校生に向かって 母は言う。
「あなた 女の口説き方わかってないのね。」
「そう、どうすればいいの?」
「簡単よ。20こえて 年収1千万以上になったら同じセルフを言うの。」

そんな母が 寝起きの悪い息子を見て
「寝起きの悪い哲ちゃん。顔がキレイに整ってる分 マネキンみたいね。こいつ裸にムイて紳士服のコナガにおいてきちゃおか。」

かと思うと長男の烈が
「俺にもしものことがあったら 誰が静を守るんだ」
「あんたの保険金じゃない?死ぬならくれぐれも わかりやすい事故死ね。不審死だと保険金おりにくいんだ。コレが。」
などと言う。

静が 好きな子に家に来られて
「しまった、、、この気合の抜けたリラックスウェア。トータルコーデイネイトで1万円以下。これでは彼氏を前に勝負服どころか試合放棄同然。たしかあたしの部屋には友達から押し付けられたレデイコミが、、この地雷地帯に踏み込まれたら、、、」
などと、悩む娘にたいして 冷酷にも母は、
「うるさい。ガキはガキらしく 小さな恋のメロデイ奏でてろ!」などと言う。母は強い。
とにかく愉快なコミックだ。

子供の頃は 少女漫画をおもしろいと思ったことがなかった。継母にいじめられる 可愛そうな少女だの 恨みを持った怨霊みたいな漫画ばかりでじめじめして気持ちが悪かったからだ。
ちばてつやの「明日のジョー」で育った世代だから、漫画といえば スポーツ少年ものばかり。
そんなだったのに、急にガールズコミックがおもしろくなった。
さあー 今日は、これから古本屋にガールズコミックをあさりに行ってこよう!

2009年8月5日水曜日

映画「わたしのなかのあなた」


アメリカ映画 「わたしのなかのあなた」原作「マイ シスターズ キーパー」(「MY SISTER"S KEEPER」)を観た。日本では10月に公開されるらしい。

監督:ニック カサぺトス
キャスト
アンナ:アビゲール ブレスリン
ケイト:ソフィア バシレバ
母: キャロン デイアス
父:ジェーソン パトリック
弁護士:アレック ボールドウィン

ストーリーは
消防士のライアンと、弁護士のサラとのあいだには、長男ジェシーと、2歳になる娘ケイトがいた。庭のある大きな家、愛らしい兄妹と 仲の良い夫婦、非の打ち所のない幸せな家庭が、突然、ケイトが白血病と診断されたことで、幸せの頂上から 奈落のそこへと突き落とされる。

ケイトの白血病の治療のためには マッチした骨髄提供者が 常時必要になる。しかし家族のうち 誰一人としてケイトと同じ型の 血液型や骨髄を持つものが居なかった。
夫婦は専門家と話し合ったすえ、遺伝子工学で ケイトと同じ遺伝子をもった赤ちゃんを人工授精で作ることにする。 そして生まれたのが、アンナだった。
アンナは5歳になったときから 姉のケイトのために輸血提供者となり、6歳からは 骨髄提供者として 頻繁に入院することになる。父親も母親も ケイトの命を救うことを優先して 妹のアンナが病院を嫌がって泣き叫んでも 押さえつけてドクターに娘を差し出すことをなんとも思わなかった。

両親がケイトの世話に夢中になっているうちに、放って置かれた兄ジェシーは 必要な親のサポートがなかった為 学校の成績がよくない。それを理由に両親はジェシーを特殊学校の施設に入れてしまう。それを契機にジェシーは学校が嫌いになって行かなくなってしまう。

アンナは11歳になった。徐々に 病状が悪化していくケイトには 腎臓移植が必要になってくる。腎臓提供者は当然アンナだ。両親は何の疑いもなくアンナに腎臓を提供させるつもりで居る。
アンナは ケイトとも兄のジェシーとも話し合い 腎臓を姉に提供することを 拒否することにする。アンナは 全財産($700)をかけて 凄腕の弁護士に会いに行き 彼をアンナの代理人として両親を訴えることにする。弁護士は アンナが持参した医療記録を見て 驚愕する。そして腎臓提供を強硬しようとする両親を訴えることに決める。弁護士自身がてんかんを持つ 身体障害者だったからだ。

母親も弁護士だから 負けていない。父も、母も 病状が悪化する一方のケイトを見ていて 何故 腎臓の提供を妹のアンナが法廷に持ち込んでまで拒否するのかがわからない。法廷でも サラはアンナに どうして姉の命を助けないで平気で居られるのか と、親の強権を見せつけ 未成年者は親に従うことが義務だ、とまで言う。これがアンナにとっては、自分の存在すべてをかけた基本的な存在権を主張していることに、盲目なままで 気付くことができない。 

一方、ケイトは病院で化学療法中に、同じ病気の男の子に出会って、恋をする。病院主催のダンスパテイーで、二人は愛し合う。しかし、男の子は 駆け抜けていった疾風のごとく、ケイトを置いていって 死んで行ってしまう。腎臓透析を繰り返しても 効果が得られない最終段階に入って ケイトは家族の一人一人にお別れを言って 死んで行く。

ケイトの死後 アンナのところに弁護士が訪ねてきて、アンナが勝訴したことを告げる。

ケイトが居なくなって 家族の隙間を埋め合わせるように 残った家族は 毎年ケイトが好きだった海岸にキャンプに来て ケイトを偲ぶことが 習慣になった。
というストーリー。

化学療法を受け始めたケイトが やはり同じ髪のなくなった少年に恋をするシーンが可愛い。二人がパーテイーで はしゃぎ回った末に愛し合うシーンが印象的だ。

兄ジェシーの孤独が痛々しい。親に見捨てられた子、両親から何の関心も示してもらえない子。親が病気の妹にかかりきりになっている間に、成績はふるわず、特殊学校に行かされてそのまま学校が嫌になって、離れてしまった。友達もなく、わかってくれる人もなく、寂しくて仕方がない。一日中、街でぶらぶらして、忙しそうに動き回っている人々を ただ眺めて過ごしている。時として、最終バスを逃して、ヒッチハイクと歩きで家に深夜帰ってたところで 両親はケイトしか眼中になくて、息子を叱ってくれるわけではない。理解者もなく 自信もなく ただ人生の傍観者のようになってしまった。
そんなジェシーが、小さな妹アンナが 初めて親に逆らって 弁護士に相談に行くことに決めると、自分の持っているすべてのお金を財布ごと 妹に渡してやる。
ジェシーの心の痛みがしみて 泣けてくる。安住できる場がどこにもない子供の心の傷が ぱっくりと大きな穴を開けて血を流している。

しかし、この映画はなんといっても 天才子役のアビゲール ブレスリンの演技に勝てる役者はいない。涙、涙、涙 のこの映画の中で 彼女自身は ほとんど涙を見せない。気丈に自分の足でしっかり立っている。そしてそれが末っ子の役割であるかのように 明るく飛び回っては まわりの人々を笑わせる。映画「ミス サンシャイン」で大笑いさせた キャラクターそのままだ。
けなげにも 自分の存在を 姉の故障修理のためのスペアパーツでないことで、証明しようとする。彼女もまた血も涙もあり、ケイトとは全く違う 人格をもった人間であることを証明しようとする。

ああ、それにしても何という 両親だろうか。母親役のキャメロン デイアスの顔が鬼に見えてくる。おまけに 妻の独走を止めるどころか 助走することしかできない気弱な父親の顔も鬼だ。白血病の子供を持った親の 悲しさは どんなにつらいか、想像しても余りある。しかし、遺伝子操作で ダミー人間を作り その血液や骨髄や腎臓を抜き取り 病気の娘を治療するなどということを 平気でやるアメリカという国、平然と それを実行する エゴイストな親達。
ダミーが口を利き ダミーが訴訟をおこしてまで 抵抗して初めて ダミーもまた人間だったことに、初めて気が付く親の愚かしさ。ダミーだって自分が産んだ子供なのに。

本当にあったことを 基にして作られた映画だそうだ。
映画で家族が食卓を囲み、にこやかに語り笑いあうシーンがたくさん出てくる。最後もケイトが居なくなって 海辺で仲良く 波と戯れる兄妹、両親、、、これって ウソ臭くないだろうか。
ケイトが居なくなって 家族を繋ぎとめているものがなくなって、兄ジェシーは 家を出て街のギャング団に入り 強盗に明け暮れる、、、ケイトのスペアパーツだったアンナは 両親との同居を拒否して 好きでもない中年男と同棲始めたり、寄宿舎に入ってしまって、親が会いに来ても面会しない、、、といった形で収まる方が 自然ではないだろうか。

親に疎まれた子供は その後 反省して態度を変えた親に もどってこられても、「幸せな家族」を演出することなどできない。親に愛されなかった子供には それがよくわかる。子育ては「やりなおし」が効かない。ということは、育つこどもにとっても やりなおしが 効かない。

親の押し付けを拒否し、親の強権と、愛という名の暴力を拒否した11歳の娘の勇気は まことに 賞賛に値する。子供からの親離れを 見事に果たした この、アンナに共鳴する人は多いのではないだろうか。それは、その人もまた傷を持っているからだ。

2009年7月30日木曜日

映画「ココ アバン シャネル」 と、「シェリー」




偶然だったが、パリを舞台にした女性を描いた映画を 2本続けて観た。
ひとつは フランス映画「ココ アバン シャネル」(「COCO AVANT CHANEL」)、もうひとつは イギリス映画「シェリー」(「CHERI」)だ。フランス映画の ココの方は ガブリエル シャネルの伝記映画で、彼女がファッションデザイナーとして成功するまでの 前半生期を描いたもの。
監督:アンヌ フォンテーン
キャスト
ココ:オードレイ トトゥ(AUDREY TAUTOU)
男爵:ブノワ ポールブールド(BENOIT POELVOORDE)
ボーイ:アレサンドロ 二ボラ(ALESSANDRO NIVOLA)
女友達:エマニュエル デボス(EMMANUELLE DEVOS)

ストーリーは
ココは 幼い時に 父親に孤児院に連れられてくる。母親の記憶はないが 父親のことを とても愛していて孤児院に入ってからも ココは毎週日曜日になると 玄関で父親が迎えにきてくれるのを待っていた。しかし、父親は二度と 娘の前に姿を現わさなかった。
やがて成長して孤児院を出たココは 昼間はお針子として働き、夜はキャバレーで歌手として出演したり男達の相手をして 貧しい自活生活をしていた。

孤児院時代から ずっと一緒だった親友が キャバレーで知り合った身分の高い男に見出され結婚したことを契機に ココは金を持った男に取り入ることなしに 貧困から抜け出す方法がないことを知る。そこでココは仕事を辞めて、知り合ったばかりの男爵家に 飛び込む。屋敷の入り口から玄関まで 馬車で数キロ 走らなければならないような 大地主で 豪邸に住む男爵は 社交とブランデーとたわいのない上流階級の生活に飽きていたから、ココの来訪を 驚き喜んで迎える。ちょっと風変わりな小娘の出現は 刺激に富んだ悦びだったが、キャバレーからきたココをいつまでも 屋敷に滞在させることはできない。ココは 男爵に出て行くように言われたときに、 男爵のキャビネットから 沢山ある服を次々と出して切り裂いて 自分用の乗馬服を作り、馬に跨って、乗馬ピクニックをしている男爵とその友人達の環のなかに 飛び込んでいき、社交界デビューを果たす。ウェストのくびれた裾の長いドレスに帽子にパラソル、馬に横すわりで乗る当時の女性の乗馬スタイルからはかけ離れたココの姿を上流階級の人々はおもしろがって拍手で迎える。
そして、ココはお針子としての技術を生かして 従来の女の服とは全く違う 斬新な服を身に着けて 男爵の取り巻き達の目を見張らせた。

そうしているうちに、男爵の取り巻きの一人 ボーイとよばれているイギリス人と出会って ココは恋に陥る。ボーイは 男爵のように ココに 手荒な扱いはせずに、ありのままのココを受け入れてくれるのだった。ライバルが現れると 男爵は急に ココを手放すのが惜しくなる。さんざん迷った末 男爵は結婚を申し込む。
初めての恋を知って、ココはボーイに夢中。そのボーイにはロンドンに婚約者がいて 貴族間の財産を維持するための約束事のために結婚しなければならなかった。彼はココに 「ココのようにユニークな人は一生結婚せずに自分の仕事を持って生きるべきだ」と、言って聞かせる。
ココはボーイの信頼と資金援助を得て、パリに帽子屋をオープンさせる。しかし、その恋も、ボーイの自動車事故によって終わりを告げる。
というストーリー。
ココが事業を成功させるまでの前半生を描いた映画だ。

ココは当時、女性が職業を持つということのなかった時代に、裕福なパトロンを得て 一生結婚せずに職業女性のパイオニアとして生きた。結婚したくても出来ない立場にあって やむを得ない事情であったにしろ 勇気ある生き方をした。
ココ シャネルのナンバー25は 好きな香水のひとつだが、その事業の創立者ココが 孤児院育ちで、貧困からの脱却を貴族の愛人になることで果たしたという半生は 知らなかった。いま、着ている服以外の何一つ自分の持ち物がないような状態で 貴族の心を掴んで しっかり自分の場を構築してしまう したたかさは、何も奪われるものを持たない貧しいものの強さだろう。
ココを演じた オードレイ トトゥが、いくつになっても可愛くて とても良い。

もう一つのパリを舞台にした映画は「CHERI」シェリー。
20世紀初頭に活躍した女性作家 コレット女史原作の「CHERI]の映画化だ。
監督:ステファン フレアーズ (STEPHEN FREARS)
キャスト
リー:ミッシェル パイファー(MICHELLE PFEIFFER)
シェリー:ラパート フレンド (RUPERT FRIEND)

1906年のパリ。LA BELLE EPOQUE ベル エポックと呼ばれて 貴族達が 最も華やかに その富を誇りに 贅沢三昧にふけり 豊かさを謳歌した時期のおはなし。
ストーリーは
高級娼婦だったリー(LEA DE LONVAL)は、愛人から莫大な遺産を受け継いで 何不自由なく贅沢な暮らしをしている。昔は職業上のライバルだった友人宅に招待されて そこで 昔は愛らしい子供だった友人の息子シェリーに出会う。彼はもう19歳。子供のときから 美しいリーが大好きだった。二人は 親子ほど年が離れているのに 互いに惹かれあって 恋に陥る。シェリーはそのときからリーの家に一緒に住むことになって そのまま6年という歳月がたってしまった。

25歳になったシェリーは 母親の勧めに従い 結婚することになった。リーは悲しみながらも シェリーを送り出して別れることにする。シェリーは 若い花嫁をもらい 新居に落ち着くが 何も知らない新妻にイライラするばかり、心の安らぎも 愛情も感じることが出来ない。
リーも 失って初めてシェリーの存在の大きさを思い知って 気がふさぐばかり。旅に出て 若い男と遊んでみても気が晴れず、シェリーのことばかりが思い出される。半年の長い別れの末、遂にシェリーは 耐えられなくなって リーのもとに帰る。

リーは シェリーが本当に何もかも捨てて 自分のところに帰ってきたと思い込むが、しかし、シェリーは家庭を築きながら 心のささえとしてリーとの関係を維持したかったのだ。それがわかって、リーはシェリーに言う。こわがらないで自分の足で立って歩いていきなさい。振り返ってはいけない、と。

コレットの小説は みなそうだが登場する男女のやりとりばかりで、時代の社会背景とか深刻な社会問題とかは、いっさい描写がない。
この映画も 画面いっぱいに、ベル エポックの貴族達の豪華な生活ぶりがでてきて、きれいで楽しい。ただそれだけの映画だ。男は皆 シルクハットにステッキ、三つ揃いを着て姿勢が良い。女達はレースをふんだんに使ったロングドレスの 大きな帽子やベール姿だ。家具調度品もビクトリア調の装飾の多い品々で贅沢だ。

50歳すぎても美しいミッシェル パイファーがとても良い。それにラパート フレンドの美しさには目を見張る。黒いロングヘアーにギリシャ彫刻のように鼻筋が通って、青く深みのある目、美男とはこういう男を言うのだというお手本みたいな顔、姿。そんな美しく若い男が 怒ったり、泣いたり、笑ったりする。全くもって鑑賞に値する。

2本とも20世紀初めのころのパリに生きる女を描いた映画。裕福な男の力なしに自分の足で立つこともかなわなかった時代に できる限り社会の枠にとらわれることなく生きた 現実にいた女性のお話だ。
こうした映画を観て 何を考え、何を得るか 人によって様々だろう。

いまは 21世紀。女性兵士も女性宇宙飛行士もパイロットも増えた。女性官僚も当たり前だ。
ところが日本では結婚して専業主婦になりたい女性が増える一方なのだ という。なんかが ゆがんでいるのかもしれない。

2009年7月25日土曜日

オペラ 「アイーダ」



今年の後期オペラシーズンが始まった。最初の出し物が ヴェルデイ 作曲の「アイーダ」。
豪華絢爛、大スペクタクル、どでかい規模でオペラのなかで最大のスケールのオペラだ。毎年 エジプトでは 本物のピラミッドを背景に 野外で上演されるこの「アイーダ」は エジプトの国の誇りともいえる。スエズ運河が開通したときの記念に 当時のエジプトが国の偉業を讃える為に 作らせたオペラだ。

そんなオペラだからか、今年のオペラオーストラリアの出し物の中で まちがいなく一番お金がかかっている。狭いオペラハウスの舞台を所狭しと、70人近いコーラスと、20人のバレエダンサーが 踊り 歌い とにかく華やかだった。オーケストラも入れると 総勢150人あまりになるだろうか。衣装が豪華で美しい。キラキラ ピカピカ。こんな服を着て おひめ様ごっこ やりたーい、と言う感じの衣装が次々とでてきて とても楽しい舞台になった。

指揮:リチャード アームストロング
監督:グレイム マーフィ
配役
エチオピア王女 アイーダ:タマラ ウィルソン (ソプラノ)
ラダメス将軍:ドングオン シン (テナー)
エジプト王ファラオ:デヴッド パ-キン (バス)
ファラオの娘、アムネリス:ミリヤナ ニコリック(メゾソプラノ)
エチオピア国王 アイーダの父:マイケル ルイス(バリトン)

ストーリーは
アイーダは エチオピア国王の娘だが、強国エジプトに捕らわれ 連れてこられて 奴隷にされている。しかし、エジプトの若い武将ラダメスと アイーダはひそかに愛し合っていた。ラダメスは エチオピア討伐の将軍に任命されて、戦場に行こうとしている。ラダメスが無事に 戦いに勝利して帰国すれば エジプト国王の娘、アムネリスと 結婚することになっている。アイーダは成就することのない恋と、自分の国の人々への祖国愛との板ばさみになって、苦しい思いをしている。

戦場に向かうエジプトの兵士達の男声合唱は素晴らしい。エジプトを讃える 勇壮な行進曲を 50人あまりのコーラスが力いっぱい歌う。

そしてラダメス将軍は 兵士達と共に凱旋してくる。エジプト国王ファラオも、王女アムネリスも 有頂天だ。ファラオの前に、捕虜となったエチオピア兵士達が引き出されてくる。そこで アイーダは、戦いに敗れ捕虜となった ボロボロの姿の父、エチオピア国王と 対面する。アイーダは、泣きながら 戦勝国エジプトのファラオに 父親の命乞いをする。ラダメス将軍も アイーダの気持ちを察して、一緒になって助命の嘆願をする。このときの5重奏が 美しい。ファラオ、ラダメス将軍、エチオピア国王、アイーダとアムネリスの5人が それぞれの気持ち おもいのたけを訴えるシーンだ。

期待どうりに命ながらえたアイーダの父は しかし密かに エジプト攻撃をするための兵士達を待機させていて、アイーダとラダメス将軍をそそのかして エジプト川の守備配置を聞き出して、一挙に攻撃しようとしていた。父の野望を知ったアイーダは、父親への愛情と、アムネリスと結婚してしまうラダメス将軍への愛情に引き裂かれて 打ちひしがれる。

そこにラダメス将軍が現れる。そして、アイーダに心からの愛を誓い ファラオにアイーダとの結婚を願い出るつもりだと言う。それを隠れて聞いていた、アイーダの父は、ラダメス将軍に、アイーダが本当に欲しいのならば 一緒に3人で逃げて エチオピアの王子として受け入れるから 警備配置を教えるように と迫る。いったんは 断るが、アイーダに、一緒に生きて欲しいと、言われて、とうとうラダメス将軍は 拒みきれなくなって逃げ道を教える。

こんなに愛しているのだから、、と、切々と歌い上げる 二人のデュエットが 泣かせる場面だ。
3人が逃亡の相談をしているところを ファラオに見つかって、ラダメスは、自分が盾になって、アイーダと父親を逃がし、自ら逮捕されて 反逆罪で死刑の判決を受ける。

ファラオの娘アムネリスは、裏切られたのに ラダメス将軍をあきらめきれなくて 助命を懇願するが、ラダメスは死を覚悟していて アムネリスを退ける。
ラダメス将軍が、自ら死を心に決めて、地下牢に向かっていくと そこには逃げ延びたと思っていたアイーダが待っていた。二人は永遠の愛を誓いながら静かに 息絶える。
というおはなし。
最後のデュエットは、とてもとても美しい。悲しい悲恋物語だ。

アイーダのソプラノを歌ったタマラ ウィルソンは 柔らかく透き通るような 豊かな声だ。かなり太め(体重100キロくらい)だったが、敵の武将を愛してしまった 可憐な娘の役を とてもよく演じていた。アイーダの恋敵 同じ男を愛するファラオの娘アムネリスを演じた ミリヤナ ニコリックは ベルグラードから来たセルビア人だそうだが 背が高く、抜群にスタイルの良い黒髪の美女で堂々としていて 声も良い。三角関係の頂点 ラダメス将軍 これが期待していたイタリア人の ロザリオ スピナが風邪でダウンして、急遽西オーストラリアオペラから借りてきたテナーに変わったのは、残念だった。でもそれなり声も良く それなりにハンサムで それなりに役をこなしていた。

ファラオのデヴィッド パーキンは 写真にもあるように、とびぬけて背が高く立派な体格。このファラオと 王女アムネリスとが並んで立つと エジプト王国の貫禄があって まさに適役だ。その威勢堂々とした王と姫の前で、背の高くない かなり太めのアイーダとラダメスが愛を誓い合う という構図が ちょうど記念写真を取るみたいに よく収まって マッチしている。

舞台に花を添える オーストラリアバレエのダンサー達も、兵士になったり、ファラオの御付になったり、ナイル川の妖精になったりして 忙しくも しっかり舞台回しをしていた。舞台と観客席との間の突き出しのところに、2メートル位で、舞台の端から端まで 浅いプールが造ってあって、これが、ナイル川、ということになっている。ここを、アイーダが 素足で浮かれて水と戯れながら 愛の歌を歌ったり、エチオピアから捕らえられてきた捕虜が水を求めたりする。ナイルの妖精たちが 泳いで遊ぶシーンでは バレリーナたちは 上半身何も身に着けていなかった。どうせ、クラシックバレエの踊り子達は 胸はぺっちゃんこだから、それで踊る姿も可愛らしくて良いのだけど、 ウーン バレエもここまで見せるか、、、と ため息 ひとつ。

総じて、声も良く、舞台もきれいで、本当に楽しめるオペラだった。こんなに楽しいオペラは久しぶり、とても満足。 

2009年7月7日火曜日

映画 「ラスト ライド」


オーストラリア映画「LAST RIDE 」を観た。
タイトルの「ラスト ライド」は 最後の乗車とか、最後の旅とかの意味。殺人を犯した 根からの極悪 粗暴な男の、破滅に向かって、地獄への逃避行 といえば、一言で この映画を 説明できてしまう。

映画のはじめでは それがわからない。序じょにゆっくり 真実がわかっていって、一挙に破滅にむかっていく。
こんな風に 映画の結末の二分の一ほどを明かしてしまっても、これから観る人が怒る必要はない。結末がどうあれ、映画の良さは その過程にあるので 最後に男が死のうが死ぬまいが 観るだけの価値がある。

日本人のやっている映画評でよくわからないのは、ネタバレ とかここからネタバレなので映画をもう観た人だけ読んで とかいった扱いがあることだ。そんなことを言えば、カルメンといえば 三角関係の末 殺される女の話だし、椿姫は 好きな男がいるが 病死する女の話だ。だれもがストーリーの結末を知っているが、もう筋がわかっているという理由で、これらの不朽の名作オペラを観にいくことを止める愚か者はいない。

長い 抒情詩のような 本当に美しい映画だ。

監督 :グレンデイン アイビン (GLENDYN IVIN)
カメラ:グレイグ フレーザー (GREIG FRASER)
キャスト
トム ラッセル(TOM RUSSEL)CHOOK役
ヒューゴ ウィービング(HUGO WEIVING)KEV役

ストーリーは
ケヴ(KEV ケビンの愛称)は、10歳の息子 チョック(CHOOK 雛鳥とかヒヨコの愛称)を連れて オーストラリア中央部の小さな町から 南オーストラリアに向かって旅をしている。
寡黙な父親は 何故、そしてどこに向かって旅をしているのか 息子に言わない。息子も もうそれが長年の習慣ででもあるかのように 何も聞かず 従順に父親のあとを付いて行き あるときは公園のベンチで眠り 長距離バスを乗り継ぎ 町をでてからは、野宿をして 火をおこし、撃った野うさぎを食べる。砂漠では野生のラクダに起こされて、ラクダに飲み水のありかを教わる。セントラル オーストラリアの広大な荒野と、どこまでも広がる砂漠。

砂漠に突然 出現する塩湖 レイク エイラ どこまでもどこまでも続いている浅い湖を彼らは車で横断する。9500平方キロの大きさの湖のその美しさは 例えようもない。
ケヴは 車を奪い 金を盗み、飲んだくれて喧嘩をしてパブから放り出され、ガソリンスタンドで強盗をして、罪を重ねていく。そうしながらも、ケヴは息子チョックには男親らしく、湖で泳ぎを教え、キャンプの仕方を教え、遊びに付き合い 冗談を言い、息子の良い父親 保護者であろうとする。わずかな親子の会話から、ケヴが子供だったころ 荒っぽい父親に連れられて やはり同じようにして父親から育てられたこと、チョックの母親は チョックがまだ赤ちゃんだったときに 刑務所行きを繰り返すケヴを捨てて出て行ったが、アデレードに住んでいるらしいこと がわかる。父と子の心の交流 逆らうことの出来ない 絶対的な存在としての父に対する 息子のひたむきな心が しみいるようだ。

しかし旅が、湖の只中に達したときに 突然 チョックは 残酷な事実を知る。心から慕っていたマックを 父は殺してきたのだった。チョックは渾身の憤怒をこめて 父親を罵倒して父を憎む。

マックは、たったひとりの父ケヴの親友だった。ケヴが刑務所にいたときは マックが父親代わりだった。マックがくれた車の玩具は チョックのたったひとつの宝物だ。短気ですぐに暴力をふるう父親とちがって マックはいつも優しくしてくれた。マックは天涯孤独なチョックにとっては母親のような存在だったのだ。そのマックを父は殺して、金と車を奪って逃亡してきたのだった。
チョックのベッドに下着姿で入っていたマックを 父親はぺデファイルと勘違いして酔った勢いで殺してしまった。チョックは マックが何も悪いことをしていないのに殺した父親を 許すことができなくて、警察に通報して、父から離れていく。それを知った父ケヴは、息子に、正しいことをした、と褒めて 息子が一人去っていく姿を見送る。
というお話。

最後にしっかり抱き合う父子を見て、映画のはじめから チョックが 誰からもしっかり抱きしめられるシーンがなかったことに気付いた。10歳の子供にとって 大人にしっかり抱きしめられて育つことが どんなに大切な 必要なことだっただろうか。しかしそうした経験のない父親には息子の抱き方がわからない。

マックが チョックのベッドに忍び込んだことで 父親はマックを殺したが 母親代わりのマックに抱かれたチョックは それを不思議に思い 心休まるような感触を感じていた。チョックには 思いもかけない父親の怒りが理解できない。チョックには優しいスキンシップが 必要だったのだ。マックが殺された後となっては マックの不思議な行動は誰にも説明できない。マックは 可愛さの余り チョックを抱いて眠りたかったのかも知れないし、それが序序に発展していって性行為に結びついていったかもしれない。まあ確実に そうなっていただろう。その意味で父親の行為は正しい。(殺すことはなかったが。)レイプは 必ずしも 暴力を伴わない。もともと性行為は慰めであり、優しさの交歓でもあるからだ。
母と交わり、父を憎む ギリシャのオイディップス王が、ここにも居る という言い方もできる。

悲しい 本当に悲しい映画だ。
父親のケヴは 本来悪い人間ではない。自分は幼い時から 暴力的な父親に育てられ 何度も刑務所暮らしを繰り返しながら生きてきた。息子のベッドにマックが居るのを見て逆上したのを見てもわかるように、自分が幼いときに ぺデファイルの被害者だったこを如実に語っている。チョックが母親恋しさに、盗んだ車にあった口紅をつけて化粧してみたときも 父は怒り狂って息子に暴力を振るう。それが昔の自分の屈辱の過去の姿でもあったからだ。

そんな父親ケヴが 自分の息子だけは 自分が育ってきたよりは良い環境で育てたいと願い 息子を不器用ながら 守ろうと必死でいる。暴力のなかで生きてきたが、自分と息子を捨てていった 妻をいまだに愛していて 成長した息子を対面させたいと願って 旅をしている。
息子が何よりも大切だ。しかし、不器用で どのように息子のやわらかい心に触れて良いのかわからない。自分が親からも 人からも 優しくされたことがないからだ。

しかし、息子が父を見限るとき、それが息子の 自立の瞬間だ。
この映画は それを みごとに表した。
10才の子供が 父のライフルを奪い、唯一の宝物だった車の玩具を捨てるとき チョックは もうチョック(雛鳥)ではない。父を許さない、誰にも依存しない たった一人で生きていく心の決意が見えている。
その息子の決意を読み取ったうえで、父は息子を心から愛していると言って硬く抱きしめる。息子も心から愛しているといって、去っていく。
すごい男のハードボイルドの世界だ。 なんという孤独。
こんなふうにして、男は男になっていくのだろう。
現実には きっと、10歳のチョックは警察に保護され、母親のところに引き取られるか、施設に送られるのだろうが、彼の父親からの 心の自立の仕方が、本当に無残で悲しい。


長い抒情詩のような、美しい映像と言ったが、荒野で 月も星もない夜に チョックが、無心に 花火を持って踊って遊ぶ場面がある。漆黒になかで、花火の火の美しさと、はかなさには、息をするのもためらわれる。
また、湖の中ほどで、360度見渡す限り 水だけという 静けさのなかで、チョックが 一人しゃがみこんで 声なく泣く姿も、どんなに言葉をつくした詩よりも美しく悲しい。映画にはこんなふうに人に訴える力があったのか。

悲しい男の話を、ものすごく美しい雄大なオーストラリアの自然のなかで 映し出している。カメラワークが素晴らしい。オーストラリアがどんなに大きな大陸だったが 実感できる。

2009年7月1日水曜日

わたしのマイケル ジャクソン


マイケル ジャクソンが亡くなって 悲しい。
それも、大好きだった ヒース レジャーと同じように鎮痛剤のオーバードーズで、呼吸が止まってしまった という、そんな亡くなり方が、とても悲しい。
でも、亡くなった彼のために、翌日 議会で上院、下院議員全員が起立して黙祷をささげる姿を見て、アメリカ議会も粋なことをする と ちょっと見直した。 だって、日本の国会で、例えば 木村拓哉が死んだとして、国会議員のおっさんたちが 1分間の黙祷をするだろうか? まあ、マリナーズのイチローが死んでしまったら みんな文句なしに 黙祷するかもしれないけど。

肌の白いコーカシアンに生まれてくることは 偶然の結果だが それが自分で勝ち取った特権でないに関わらず、白人であるという特権を白人は絶対に捨てようとしない。過去においても、現在においても どんなに法が整備されて、人種や肌の色での差別が禁止され、同じ人間として扱われるようになっても 白人であることは 就職、住宅環境の選択、教育、結婚すべてにとって 有利であることに、変わりはない。

以前、公立病院の心臓外科病棟に勤めていた。病棟には33人のナースがいたが、私を除いて すべてが肌の白いコーカシアンだった時期がある。あとで中国人や ジンバブエの人や インド人の看護婦も 入ってきたけど、とにかく みんな肌が白い オージー、カナダ人、アメリカ人、スコットランド人だけだった時期、私は断じて言うが、彼らに差別されたことはなかった。みなプロに徹した ものすごく優秀なナースばかり、心臓のスペシャリストが4人もいた。普通は一つの病棟に一人だから、いかにできる人ばかりで、仕事に誇りを持っていた人たちの病棟だったか 今思うと しみじみわかる。

ある日、みなが「賭け」を始めた。何に賭けているのか知って 仰天した。折りしも マイケル ジャクソンと、デビー ロウの間に 赤ちゃんが産まれたということだった。みんなは 産まれて来た子供の肌が 黒いか白いかを 賭けていたのだった。みんな目の色を変えて 「ブラック? ホワイト?」と、ニュースに釘付けの姿を見て、思い切り しらけた。長いこと感じてきた同僚意識、できるナースへの尊敬の気持ちが すべて音を立てて崩れ落ちる感覚。

白人はマイケル ジャクソンの肌が白くなったことを 決して許そうとしない。それは 自分たちの特権崩壊につながるからだ。誰もがお金の力で 白い肌をもつことができるようになったら 自分たちの有利さが失われてしまうからだ。 民主主義、弱者救済、平等、差別撤廃 これらの言葉が白人から発せられるとき それは自分が白人であることを前提に言っているに過ぎない。 差別を受けてきた者にとっての民主主義、弱者救済、平等、差別撤廃と、それは全然別のものであること、それがわかっているのは、白人以外の人々だけなのかもしれない。

マイケルを思うと、あの日のナースたちの 興味津々の残酷で卑しい目と、「ブラック? ホワイト?」という言葉を思い出す。
ブラック?ホワイト? どっちでもいいじゃないか。
本当に どっちでもいい、と言い切れる自分が、ちょっと、誇らしい。

2009年6月30日火曜日

映画 「恥辱」




映画「ディスグレイス」(恥辱)を観た。
原作:南アフリカ人作家でノーベル文学賞受賞者 クツツエー(J M COETZEE’S)。
監督:ステーブ ヤコブ。
脚本:アンナ マリア モンティセりー(監督の妻)
キャスト:ジョン マルコビッチ (デビッド ローリー教授)      
    ジェシカ ハインツ (娘ルーシー)

ストーリーは
アパルトヘイトが撤廃された 南アフリカが舞台だ。
ケイプタウンで イギリス人大学教授デビッド ローリー52歳は 古典文学を教えている。詩人バイロン 後期の生き方に共鳴していて 自堕落でデカダンな日々に自分の晩年の日々を重ね合わせている。2度の離婚を経て 愛を求める心に変わりはないが 退屈で満たされることのない生活。家に帰れば 趣味の作曲など、嗜んでいる。

ある日、教え子のなかで ひときわ目立つ生徒メラニーを、半ば強引に誘って関係を持つ。メラニーは同僚の大学教授の娘だった。デビッドは関係を継続させようとして、メラニーが授業に出てこなくなっても、来ている様に 出席簿を改ざんする。事態が表面化してきて、当然ながら、学生達からバッシングされる。ついに、大学管理委員会から 召喚されて事情説明を求められるが、バイロン信奉者のデビッドにとっては、ラブ スキャンダルも 姦通罪も 懲戒免職もこわくない。何の未練も 反省も後悔もなく サッサと潔く大学を立ち去ってしまう。

おさまらない学生達からのバッシングに ちょっとだけ傷ついて、デビッドは イースタンケープの田舎で 友達と暮らしているという娘に会いに行く。
行ってみると、予想外に 都会から離れた田舎で 娘のルーシーは たった一人で犬たちと生活していた。ナチュラリストのルーシーは 堆肥を作り、野菜と花を栽培して市場で売って、細々と生計を立てていた。若い娘が一人、無用心な家に、犬の世話をしているアフロアフリカンのぺトラを自由に出入りさせている娘の様子に驚愕したデビッドは、娘が心配で仕方がない。アパルトヘイト撤廃後 南アフリカは無秩序、無警察社会になっていて、田舎でも危険極まりない。にも拘らず、この田舎の人々は 昔のままの生活を維持しているのだった。

そしてデビッドの悪い予感が的中して ある日、3人のアフリカーナのギャングに襲わて暴行される。ルーシーは3人のギャングに輪姦され、デビッドは石油を浴びせられ 火をつけられて半死状態で助けられる。圧倒的多数のアフリカンの国で 僅かに生き残る白人社会。長いアパルトヘイトの歴史の抑圧がなくなったばかりの時期に 白人社会が無事でいることは、難しい。デビッドは必死でルーシーに、離婚して別れたルーシの母親が暮らしているオランダに 行くように忠告する。 しかし、ルーシーは 暴力を受けても、暴力で跳ね返すことも、警察など第3者の介入を求めることも、外国に逃亡することも 拒否する。デビッドの助言や忠告や懇願に、聞く耳をもたず、ナチュラリストとして 自分に与えられた土地で大地を母として、生きていく という。

デビッドは娘が性的に辱められ 自分も暴行されて 初めて、自分が学生に関係を強要したことの罪を知る。そして、心から謝罪するために かつての同僚の家に行き ひざまずいて許しを請う。
ルーシーは 3人のギャングによる輪姦の結果、妊娠する。彼女は それが何の結果だったにしろ、母として命を受けたものを産み育てて その土地で生きて死んで生きたいと言う。
そんな娘を 自分とは考えが違っても、デビッドは父親としてささえて生きていく決意をする。
というストーリー。

テーマは、人種差別、男女間の性暴力、女の自立 など、重い現実の課題すべてを含んでいる。 まず、南アフリカが アパルトヘイトがなくなって、民主化したというきれいごとと同時に 大量の教育を受ける機会のなかったアフリカーナが抑圧から解放され自由になったことによって、力と武器が支配する暴力社会に 一挙に後退したこと。今まで搾取してきた白人大規模農園主が追われたあと、土地問題を政府がコントロールできていないこと。くい止めることの出来ない ジンバブエや 他の内戦から逃れてきた難民、貧困の蔓延、アフリカーナの中での貧富格差の拡大、労働人口の30%がエイズ感染者という現状、こうした中で、南アフリカは 世界一治安の悪い国になった。

力と武器が支配する暴力社会で、人が人たる生き方をするために 何を犠牲にしなければならないのか。 ルーシーは 何年も苦労して作ってきた 唯一の生計である菜園をつぶされ 可愛がってきた人生の伴侶の犬たちを殺され、輪姦され、妊娠させられ、自分を守ろうとした父親を半死の目にあわされた。長年信頼していた作男のぺトラが 3人のギャングを誘導した共犯だった ということも知った。過疎地では警察の力もあてにできない。 それでも 四面楚歌のなかで女ひとり 大地を母として、自分の足で自然とともに生きて行こうとしている。 ものすごいパワー。頑固者、自己満足にもほどがある。 しかし、考えみれば、女にとって安全な場はあるだろうか。あると思うのは幻想にすぎないのではないか。 ルーシーの頑固なまでの自立は、南アフリカの白人の姿そのものではないか。貧しいオランダで食うに食えず アフリカに入植して根っこを張った南アフリカの白人のパワーそのものなのかもしれない。

ルーシーが イングリッシュ テイーを飲みながら 読んでいるのは ディケンズ。それをみて笑うデイビッドは バイロンの詩集を肌身離さず持っている。デイビッドが運転する車では 最大ボリュームの音響で オペラ「ナブコ」のコワイヤーが鳴り響いている。彼もまた自己耽美派の個の強い 南アフリカの白人なのだ。

ルーシー役のジェシカ ハインズも良いが、やはり この映画はジョン マルコビッチのテイストでこそ 成功している。マルコビッチの ひとり舞台のようなものだ。 気の進まないワインの相手をして はっきりと嫌がっている女学生を高級レストランに誘い バイロンを口ずさんで ベッドの強引に引きずり込む嫌味な男の役も マルコビッチがやると 本当にムシズがはしる。大自然の中で 娘の強い生き方に啓発される気の弱い男の役を マルコビッチがやると 本当に哀れで 寂しげで消え入りそうだ。でも娘の生きかたにすこしでも寄り添って生きたいと 心に決めるマルコビッチは 最後には抱きしめてやりたくなる。気弱な男から、極悪人まで 上手に演じ分けることの出来る 稀な 立派な役者だ。
見ごたえのある映画だった。 

2009年6月28日日曜日

映画「サンシャイン クリーニング」


映画「SUNSHINE CLEANING」を観た。
サンダース映画祭でグランドジュリー賞にノミネイトされた映画。 サンダース映画祭は俳優で監督の ロバート レッドフォードによって、若い独立プロの映画人を育成する為の教育の一環として開かれている映画祭。

監督:クリステイン ジェフ
キャスト: エイミー アダムス(ローズ役)      
エミリー ブラント(ノーラ役)       
          アラン アーキン (父)
ストーリーは
高校時代は チアガールのキャプテン 人気者だったローズ ローコフスキーは、いまや30代のシングルマザー。小学生の息子をかかえて、掃除婦として生活に四苦八苦している。 妹のノーラも 30近くなっても、ウェイトレスや様々な仕事が身に付かず、いまだ父の家から 自立できずに居候している。男やもめの父は、いつも新事業の成功を夢みて 試みるが うまくいかず失敗ばかりしている。そろいもそろって、人生負け組家族の面々だ。 ローズとノーラが まだ幼かった頃に 女優だった母親が自殺してしまって、母を失くした事で 3人は3様の心の傷をかかえている。

ある日、掃除婦ローズは 自殺した人の家の掃除 後片付けを頼まれて、いやいや血の飛び散った家を掃除した後、それが法外な収入になることを知らされる。その経験に触発されて、犯罪現場の清掃業をはじめることにする。妹を誘って 必要道具をそろえ、車を買って プロの清掃業社 その名を、サンシャイン クリーニング。

ローズもノーラも はじめは鮮血の飛び散る部屋や、たっぷり血のしみこんだベッドなどにひるんでいたが、度胸もついてきて、身内の死なれて、残された人々を慰めてあげられるだけの度量もついてくる。また犯罪に巻き込まれたり、自殺した人々の姿を 想像することで、死んでいった人々の心のありようも 見つめることができるようになっていくのだった。新しい仕事について、様々な人と出会い 失敗も重ねていって、、、。 というおはなし。

コメデイーということになっている。 たしかに 新事業を思いついて即、のめりこんでは 失敗ばかりしている懲りない父親は笑わせる。またシングルマザーのローズと 落ちこぼれノーラが おどろおどろしい犯罪現場で格闘すればするほど おかしくてすごく笑える。

しかし本当の映画のテーマは「心の癒し」だ。3人は3人とも 自殺してしまった母親が恋しくて 悲しくて仕方がない。母親を失った心の傷を 犯罪現場で死んでいった人々の心に共感して、死者の心に寄り添うことによって 埋めようとしている。死者が残していったものをきれいにして、処分することによって 死者の尊厳をとりもどしてやっている。残された家族のとなりに座ってあげることによって 家族だけでなく自分の心もまた なぐさめているのだ。

そうったヒーリングプロセスが 笑いながらも心に響く。

人はみな心に見えない傷をもっている。年をとるということは 小さいときに作った傷に 傷を重ねて大きくしていくことにすぎない と言うことも出来るし、傷を自ら癒し 治していくことが人生だ ということもできる。癒す、治す と簡単に言うが 傷から自らを解放してやることが どんなに大変なことか、、。

ローズ役のエミー アダムスが、裕福な暮らしをしていることが一目瞭然の昔のハイスクールクラスメイトたちに会って、自分の職業が掃除婦だと言えずにいる時や 怒ったり泣きたくても 笑顔をみせる様子が けなげで泣かせる。シングルマザーのがむしゃらぶりが とても良い。

ノーラ役のエミリー ブラントイギリス女優だが、「プラダを着た魔女」でデビュー、演技派若手女優の注目株だ。こんどは、「ヤング ビクトリア」という新作で ビクトリア女王の大役を演じる。ビクトリア女王は シドニーの街の中央 タウンホールの横に数百トンの銅像になって鎮座しているが、彼女のイギリスの歴史になくてはならないドラマチックな人生を演じることになって、俳優としては、とても嬉しいだろう。この映画では いくつになっても母親が、恋しくて母親が身に着けていた羽毛で頬をなで、母親が吸っていたタバコの吸殻を口にして、自分の弱気に耐えているノーラの姿に しんみりさせられる。

総じてコメデイーだが二人の娘達のがんばりがおかしくて、哀しくて ほろ苦い。
小作品だが、心に訴える力をもっている。

2009年6月20日土曜日

映画「カチン」


ポーランドの巨匠 アンジェイ ワイダ監督による 2007年制作 映画「KATYN」を観た。
1939年に起きた「カチンの森 虐殺事件」を描いた作品。
ポーランド軍の大尉だった ワイダの父親も この事件で虐殺されている。ワイダは 長い監督生活のなかで沢山の作品を紡ぎ出したが 彼がずっと溜め込んでいた、一番言いたかったことを この映画で 全部吐露した感がある。

カチンの森の事件が明るみに出たのは 虐殺60年後、21世紀にはいるころだ。真実を語ったものは KGBによって、命を奪われ 監禁され、口を閉じさせられてきたからだ。

第二次世界大戦が始まると、独ソ不可侵条約を結んだ ナチスドイツと、ソビエト連邦は 1939年8月 ポーランドを侵略占領し 分割統治した。1万2千人もの ポーランド軍将校達と、その家族は、ソ連軍の手に引き渡されて ソ連領カチンの森で 秘密警察KGBによって殺された。
しかし、1943年に、ナチスドイツが ソ連に侵攻すると、ソ連はポーランド軍将校達虐殺跡を掘り返し、 これがナチスドイツによる犯罪だ、と報道して 反独のプロパガンダに利用した。生き残った現場の証人や、事実を知るものたちは ソ連の秘密警察によって徹底的に弾圧され、口を封じられてきた。 したがってポーランド人や大多数の人々はカチンの森の大量虐殺事件は、ナチスドイツによる戦争犯罪のひとつとして理解されてきた。クレムリンが 責任はすべて当時のスターリンとKGB秘密警察にあることを認めたのは 最近のことだ。それまで ワイダ監督の父親は「行方不明者」だったわけだ。

映画は、1939年 秋に始まる。 前方からは ドイツ軍による攻撃で追われ、後方からは ソ連軍の侵攻に追われ、市民は大混乱に陥っている。 包囲されたポーランド軍は 武装解除され、1万2千人もの将校などの上級兵だけが集められて、列車でソ連に連行されていく。
次々と占領された建物に翻る紅白のポーランド国旗は 切り裂かれ、半分に残った赤旗だけを 建物に取り付けていくロシア兵たち。野蛮な顔つきのソ連兵達が 旗から取り去った白地の布で靴を磨いているシーンを カメラは淡々と写していく。
映画では架空の2組のポーランド家族を通して ストーリーが進められていく。一組は 父親を連れて行かれた妻と幼い娘。もう一組は 息子を連行された母と幼い妹だ。
映画はドキュメンタリータッチだが 画面が美しい。残された女達、妻、母、娘が みな毅然としている。戦争中でも ワルシャワの町は風格のある かつての古いポーランド王国のたたずまいを残している。女達は きちんとした装いをして 姿勢正しく 決意を表すかのように 硬い音をたてて石畳の街を歩く。毅然とした姿が 貴族達の肖像画を観るように 堂々として輝いている。
二度と帰ってこない父、夫、息子たちを待つ女達が 鋼のような強さで ソ連進駐軍下にあるワルシャワで 真実を追究していく。逮捕されても脅されても 全くひるまない。 スターリン主義に反旗を翻すレジスタンスの青年も まっすぐ前に向かって走っていく。追われて レジスタンスをかくまう 女子高校生の澄んだ目。つかぬ間の淡い恋。若い命が飛び跳ねるような 躍動感。

暗い事件を扱っているのに 画面が暗くない。将校達も一人一人 残酷なやり方で殺されていくのに ただ悲惨なだけではない。最後の最後まで 妻に残すための日記を書き続ける青年将校も 惨めではない。画面が色であふれている。 映画全体に漂う気品。上品で貴族的な空気。かつてのポーランド王国の誇りとヨーロッパの乾いた空気が感じられる。これがワイダの映画なのだろう。抵抗の芸術家、ポーランドの英雄。
ポーランドは 戦争中ドイツ、ソ連、スロバキア、リトアニアの4国に分割占領されていた。1945年にヤルタ会議で かつての領土を取りもどしたが、ソ連による実質支配が 続いた。個人財産はすべて没収され、国有化されて 人々の民主化 自由が日の目をみるには1989年まで 長いこと待たなければならなかった。 ポーランドは何と悲しい国だろう。大国に侵略されてばかり。

ショパンは 愛国者だったが 戦乱のため39歳で亡くなるまで 二度と母国に帰ることができなかった。死後、彼の心臓だけが遺言どおり 故郷に帰って 教会に埋葬された。 ジェイ チョウの、「十一月のショパン」なんという曲もあるけど、、、。 私は ショパンの「軍隊ポロネーズ」が大好き。ちょっと 大仕事をする前、ひるみそうになったり、引っ込み思案になりそうなとき この曲は勇気を奮い立たせてくれる。ショパンの繊細だが しなやかで強い。古典的だが華麗で新しい。気品があって 美しい。

そんな ポーランドのことを考えながら ニュースを見ていたら、6月18日、北アイルランドで ルーマニア人20家族が 人種差別極右グループに襲撃され、警察の保護のもと、長年住んでいた家を捨て 避難地に移住した と報じられた。極右に つけ狙われているので 避難先は極秘だそうだ。そもそも 地元のサッカーゲームで ポーランドがアイルランドに勝ったことが、反ポーリッシュの暴動を起こす契機になったらしい。ポーランド人もルーマニア人も見分けがつかない脳の足りない極右サッカー狂が ポーランド移民やルーマニア移民を襲撃したようだ。警察のものものしい警備のなかで、20家族の脅えた移民たちが 大型バスに乗り込んでいく様子をニュースで見て 言いようのない怒りを感じた。

もとにもどるけど、抵抗の芸術家、ポーランドの英雄、アンジェイ ワイダ。世界中で存命する映画監督のなかで 最も尊敬すべき巨人。1926年生まれ。 1954年作品「世代」、1956年「地下水道」、1958年「灰とダイヤモンド」以上を抵抗の3部作といわれる。

ワイダは、第二次世界大戦では 反独レジスタンス活動家、戦後のソ連進駐下で、反ソレジスタンス活動家、1981年の戒厳令で職を奪われ国外脱出して、映画制作を続けた。 2000年、民主主義と自由を求め続けた芸術家としてアカデミー特別賞を受賞した。現在もまだ現役。
印象に残る「大理石の男」1976年、「鉄の男」1981年など 多いが、やはり 最初にもどって「地下水道」と 「灰とダイヤモンド」が忘れられない。白黒画面が、強烈なインパクトで 人の命の強さと弱さを訴えかけてくる。すごい迫力。

生涯を通じて 権力を恐れず 映画という武器をもって その力と戦い 権力者を糾弾することを止めなかった 孤高の巨人。心から 敬意をこめて この美しい映画「カチン」に拍手を送りたい。

2009年6月11日木曜日

映画「ターミネーター4 サルべーション」







映画「TERMINATOR4 SALVATION 」を観た。
日米豪とも同時公開だったようだ。 「天使と悪魔」も、この「ターミナーター」も、日本と ここラリアと同時公開だったが、作品によっては随分と公開日が ずれる映画もある。「グラントリノ」、「愛を読む人」、「レボリューショナリーロード」など、みな1月末に観たが、日本では公開が遅れたみたい。今年に入って観た映画のなかで、私は「グラントリノ」が 一番好き。何度観ても、泣けて泣けて仕方がない。
日本では ハリウッドものと同時に他の外国映画も入ってきて より多様で幅の広い分野の映画が楽しめるのが うらやましい。日本映画、韓国映画など 年一度のシドニー映画祭で1-2度 上映されるだけで 一般の映画館で公開されることはない。6月のシドニー映画祭で、話題の中国映画 三国志を描いた「レッドクルフ」が来るらしい。

「ターミナーター」は、アーノルド シュワルツネッガーを一躍有名にした 現カルフォルニア州知事にとって、記念的な作品だ。この映画無しに 彼の今の地位はなかっただろう。

1984年、「ターミネーター第一作」では、稲妻とともに タイムマシーンに乗って 地球に送り込まれた カイル リースは サラ コナーと出会う。人よりも優れた人口脳を持った機械軍が 地球に侵入を始めていて 地球をターミネートさせるためのサイボーグ:シュワルツネッガーがサラを殺す目的で 地球にやってくる。カイルとサラとの間に生まれるはずの子供が 将来 機械軍に抵抗するレジスタント リーダーになるので、彼が生まれる前に始末しようとする。そしてカイルはサラを守る為に命を落とす。

1991年、「ターミネーター第二作」では、カイル亡き後 サラが産んだ子供 ジョン コナーはまだ小学生だ。執拗に 送り込まれてくるターミネーターから逃れて、サラは ジョンを守りきる。
ここではシュワルツネッガーは、サラの味方のロボットとして 次々と攻撃をしかけてくるターミネーターと戦って 破壊される。

2003年;「ターミネーター第3作」は スカイネットと呼ばれる軍事コンピューターの機械軍に、サラと少年ジョン コナーは立ち向かうが 人類は壊滅的打撃をうけ、サラは殺される。

どうして「ターミネーター」第一作と第二作が 爆発的にヒットしたのかというと、シュワルツネッガーの ちょっと人間離れした機械的で四角い顔と巨体、ドイツ語なまりの変な英語を話す役者が いかにも未来から地球を滅ぼすためにやってきたサイボーグ役に よくハマっていたからではないだろうか。それが ごく普通の生活をしている女性を襲って殺そうとするのが 限りなく恐ろしかった。サイボーグだから血も涙もない。矢継ぎ早にサラを殺そうと 冷酷無比に攻撃してくる。逃げる方が 必死で逃げれば逃げるほど 怖さが増してくる。そこに地球の将来がかかっている、というストーリーの展開がおもしろい。 サラは 天使ガブリエルに啓示をうけて 処女懐妊してキリストを産むマリアのようだ。

そして、遂に、「ターミネーター第4作 サルべーション」だ。
ジョン コナーはやっと大人になった。抵抗軍のリーダーとして たくさんの世界に散らばるレジスタンスの希望の星として、活躍している。
監督: マックG 配役 
ジョンコナー:クリスチャン ベール   
機械人間マーカス:サム ワーシングトン

ストーリーは
地球は スカイネットによる最終戦争で破れ、壊滅的な被害を受けた。わずかな生存者は、地下に潜伏して 機械軍によるパトロールから逃れ、武器をもって抵抗している。生存者 レジスタンスにとって 指導者ジョン コナーの 電波を通じて 送信されてくる指令は 何よりも勇気を鼓吹してくれる 唯一の励ましだ。抵抗軍の中枢司令部は 海底深く沈んだ潜水艦だ。
サンフランシスコは今や、機械軍スカイネットの中心で、機械工場では ロボットが大量生産されている。次々と生産された ターミネーターたちは、パトロールで人を捕まえては 捕虜にして人質として利用している。

ある日 死刑囚マーカスは 自分の体を人体実験に使われて 体は機械になるが頭脳までは従来の洗脳方法で洗脳されず 人の心をもって再生されてしまった。記憶を喪失していて、地球を彷徨っているところを レジスタンスに拾われる。レジスタンスの様々な人々と出会い、体は機械でも、心は人間のマーカスは ゲリラの女性に恋をする。 ジョン コナーは マーカスが サイボーグであることを知ったが、敵として断定できないまま、スカイネットを破壊する為に 機械軍中枢に侵入するマーカスを 見放すことが出来ない。 そのマーカスは、スカイネットに帰って、自分が何者であるかを知って、、、 というお話。

体は機械なのに 自分では人間だと思っている優しい男、マーカスを演じたのは 新人サム ワーシングトン、33才のオージーだ。
ニコル キッドマンや メル ギブソンや、故ヒース レジャー同様 ラリアで唯一の俳優養成所NIDA出身。 メデイアでは この映画をもって、久々の大型新人登場、、、といっているが ラリアでは 10年前からあちこちで見かける。私が初めて彼を見て 注目するようになったのは、10年前の映画「BOOTS MAN」だ。ニューカッスル炭鉱の街で タップダンスを踊りまくる男達の映画だった。このローカル映画で彼は 主役のハンサム男をだしぬいて、演技で賞賛された。
このとき、どうして役者になったのか、と メデイアに問われて、パースからガールフレンドが俳優になりたくてNIDAの入学オーデイションを受けるので ついてきたが、時間つぶしのために 自分もオーデイションを受けてみたら ガールフレンドは落ちたのに、自分は合格して ふられてしまったので役者の道を歩むことになった と飾りも気負いもなく 言っていた。体ばかり大きくて、田舎っぽくて どこといって特徴のない好青年といったところか。ヒュー ジャックマンのように、洗練されていくかどか 疑問だけど 良い役者ではある。

この映画、主役、ジョン コナーをやっているクリスチャン べイルのアクションがすごい。
もう息をつく暇もなく 人と機械との戦争だ。敵は 巨大ターミネーターになったり、水中タ-ミネーターになったり、バイクターミネーターになったりして、次々と攻撃してくる。

そして、最後の方では、「で で でたーーー!!!」と言う感じで、アーノルド シュワルツネッガーのロボット登場。クリスチャン ベールが 破壊しても破壊しても 再生して攻撃してくる。迫力満々だ。 アクションの好きな男の子にとっては 最高の映画だろう。男の子でもアクション好きでもないが、怖くて思わず キャーキャー言いながら すごく楽しんで観た。

律儀にこの20年間 「ターミネーター」を第一作から 続けて見てきた。昔の作品を観てない若い人たちでも、わかる内容になっている。この4作目から、5,6と、続いて3部作になるのだそうだ。このさき10年かかって、完結するというのなら、もう、乗りかかった船だから、ずっと最後まで 観て応援してあげようじゃないか と思う。

 

2009年6月8日月曜日

映画 「天使と悪魔」







超一流 第一級のスリラーというのは こういう作品のことを言うのだと思う
ダン ブラウン原作、ロン ハワード監督によるアメリカ映画 「天使と悪魔」130分を観た。
2006年「ダ ビンチ コード」に続いて ダン ブラウンによる作品の映画化。作品としては 「天使と悪魔」の方が 2000年に 「ダ ビンチ コード」が2003年に刊行されて 全世界でベストセラーとなった。

主人公は ロバート ラングトン教授。二つの作品を読み比べてみると「天使と悪魔」のときは まだ若かったからか ヘリコプターから飛び降り 空から落ちてきたり、水底に潜って溺れる人を救ったり、何度も全力疾走したり 007並みの大活躍だが、「ダ ビンチ コード」になると 少しだけ肉体派から脱却して 知性の塊となって中年教授の渋みが出てきている。それにしても、ラングトン教授の博識には いつもながら感心、感動、私は大ファン。

監督:ロン ハワード
製作総指揮:ダン ブラウン
音楽:ハンス ジマー
キャスト
ラングトン教授:トム ハンクス
カルメンゴ:ユアン マクレガー
ヴィットリア:アヤレト ズーラー

ストーリーは
ハーバート大学象徴学者のロバート ラングトン教授のところに 突然 スイスにあるヨーロッパ原子核研究所機構から 使いが派遣されて、スイスに招聘される。世界で初めて生成に成功した「反物質」が盗まれ、その「反物質」を作り出した学者が殺された。
無残にも学者の胸にはイルミナテイの紋章が焼印されていた。反物質とは 新しいエネルギーで 放射線の100倍のエネルギー効率を持つ。原子核研究所機構のセットから外されて 盗まれた反物質は 24時間以内に 研究所のセットに返さない限り 爆発する。24時間以内に回収できなかったら 爆発をくい止める方法はない。

時を同じくして バチカンに イルミナテイから脅迫状が届く。「反物質」をバチカンに仕掛けたという。何世紀も前に絶滅したはずの イルミナテイという秘密結社が ヴァチカンのローマ法王の突然死した直後に バチカンを一瞬の内に 跡形もなく吹き飛ばすほどの威力のある新型爆弾を仕掛けた。おまけに 次期ローマ法王候補のうち、もっとも有力候補だった4人の枢機卿が誘拐されており、イルミナテイはその一人一人を一時間ごとに公開処刑する という。
イルミナテイは カトリック教会に身代金を要求しているわけではない。脅迫でもなく、これは宣言であり、何世紀ものあいだ イルミナテイを迫害してきた教会にたいする復讐なのだった。

イルミナテイとは17世紀にできた哲学、科学者の間で作られた組織で、彼らは カトリック教会から迫害されて 地下で秘密組織化されたが、すでに消滅したと考えられてきた。ラングトン教授は イルミナテイの主要メンバーだった 科学者ガリレオが残した著書にヒントを得て 4人の枢機卿が公開処刑される場所を同定して、救助しようとする。反物質の生成を成功させ殺された学者の娘 ヴィットリアも一緒だ。

ガリレオは科学者だったが 敬虔なカトリック教徒でもあった。科学は神の存在を脅かすものではなく むしろそれに説得力を与えるものだと考えていたが 時の権力者 カトリック教会は ガリレオを異端者として裁き 迫害した。イルミナテイの会員のうち4人の科学者は 生きながら胸に十字の紋章を焼印されて公開処刑された。何世紀もたった今、イルミナテイは この恨みを晴らそうと、復讐にでた。

ガリレオは 沢山の著書を残しているが 科学的事実で公表を許されなかった論文や出版社に焚書されたものが多い。ラングトン教授は ガリレオの出版を禁止された著書に、ガリレオの友人で同じくイルミナテイの会員だった 作家ジョン ミルトンの4行詩が書き込みされているのを見つける。 

悪魔の穴開く サンテイの土の墓より
ローマに縦横に現る神秘の元素
光の道が敷かれ 聖なる試練あり
気高き探求 天使の導きあらん

この詩に 誘拐された4人の枢機卿が公開処刑される場所が 隠されている。イルミナテイは 科学の4大元素を 一つずつ4人の枢機卿の胸に 生きたまま焼印を押されて殺す予定だ。4大元素とは 土、空気、火、水。イルミナテイは 午後8時から1時間ごとに 4人の法王候補者を公開処刑して、深夜12時には 反物質が爆発をしてバチカンが跡形もなく爆破される。ラングトン教授とヴィットリア、バチカン警察、スイス警備隊は 猛烈なプレッシャーのなかで 爆弾の発見と 枢機卿の救出に走り回る。

とびきり頭の良いイルミナテイと、時間の限界のなかで これまた天才的な頭脳と行動力を持ったラングトン教授の対決と知恵比べが ものすごくスリリングでおもしろい。時限爆弾が仕掛けられているので 刻一刻、爆発の時が迫っている。もう、気は気ではない。  

法王の死去にともない 新しい法王を選出するコンクラーベ(選挙)までの間 死去した法王の秘書だった若い牧師、カメルレンゴの肩にのしかかった 重大責任と苦悩。カメルレンゴの複雑に 絡み合って解けない 法王への絶対的な愛情と憎しみ。この作品のラングトンに次ぐ 主人公カメルレンゴも、魅力的に描かれている。

読者または観客は 時限爆弾を抱えたまま 暗号を読み解きながら ローマ市内をラングトン教授とともに 走り回る。土、空気、火、水のヒントを探して 意外にもイルミナテイの会員だったベルニーニが彫刻や教会に残した意味を説き解いていく。ローマの地図を頭に描きながら 一通り市内観光をしてしまう。スリル満点。映画の完成度は、「ダ ビンチ コード」より この作品のほうが 高い。
映画を観た人は 本を読むことをお勧めする。本を読んだ人には映画を観ることをお勧めする。とにかくおもしろい。

ダン ブラウンという人、1964年ニューハンプシャー生まれで、45歳。父は数学者、母は宗教音楽家、妻は美術史研究家だそうだ。
「天使と悪魔」、「ダ ビンチ コード」に続く第3弾「THE LOST SYMBOL」が脱稿され、ことしの9月に出版される。
ワシントンを舞台に、フリーメイソンをテーマにした作品らしい。
フリーメイソンは 中世のヨーロッパでギルト社会を守る為に作られた組織だった。それが今でも続いている。チャーチルも ケネデイーも会員だった。入りたくて入れる組織ではない。世界で一番 入会審査の厳しい 今も現存する組織だ。この組織をラングトン教授が どう暴いて解き解いてくれるのか。またまた教授が どう活躍してくれるのか 楽しみだ。出版される日が 待ち望まれる。

2009年6月3日水曜日

娘が結婚したー!


















次女が結婚した。
5月31日 クイーンズランドのハミルトン島で。

娘が もう長いこと この相手と一緒に暮らしていて、彼のいびきがうるさいことも、ちょっと厳しいことを言うと すぐに すねることも、必要なときにフラッと出て行って居なくなることも よくわかっていた。

背ばかりが 高くて ヒョロっとした こんな無知で無教養で、碌な仕事に就いているわけでもなく 金もない 図体ばかりの男のどこが良いのかわからないが、

いつなんどき 瀕死の患者が飛び込んでくるか わからない救急動物病院の救急医を勤める娘には 居心地の良い大きな枕が必要なのか と思い、

ああ、娘はそんなにもストレスにまみれて働いているのか と、不憫に思っていた。

初めて 娘の口から 結婚の言葉が出たときは、腰をぬかして、あせりながら、「あんな奴でいいのか?」と、思わず 男の悪口を100以上並べ立てたが、

後日 再び 娘から 話題が出たときには 覚悟ができていた。

まあ、教養の塊で、責任感があり、立派な仕事を持ち コツコツ貯めた貯金額が高いからといって、必ずしも娘がくたびれているときに 疲れを癒してくれるわけではない。
娘のように スポーツも一通りやり、絵を描き、ヴァイオリンやチェロを弾き、オペラや芝居をよく理解し、詩とたしなみ、様々な芸術作品を紡ぎ出す そんな男が居たとしても、それで、娘をウマが合うとは 限らない。

気が付かないうちに 私も このウドの大木を愛しているみたい。可愛い奴。

そうこれでいい。

結婚おめでとう。