2009年9月21日月曜日

映画「サブウェイ123激突」



役者が役を演じるために体重を落としたり増やしたりするのは避けて通れない役者の道らしい。伸縮自在な体が売り物というわけか。因果な商売だ。

近いところでは、クリスチャン べイルが有名。
彼は 2004年、不眠症の男の役を「マシニスト」でやって、体重を30キロ落とした。ここであばら骨浮き出る真迫の演技をみせたあと、立派な体が売り物のヒーローにもどって バットマンで きれいな裸を見せてくれた。
その後、2007年には、「戦場からの脱出」でまた25キロ体重を落とす。この映画、原題「レスキュードーン」、日本では劇場公開にならなかったようだが、クリスチャンの人気が出てから DVDとして市場に出て、話題とともにこれがすごく売れたようだ。
私の好きな「グルズビーマン」のドキュメンタリーを作ったヴェルナー ヘルツオーク監督による映画。 ヴェトナム戦争中 極秘命令を受けて戦闘機で飛行中 爆撃されてヴェトナムの捕虜になった、ドイツ系アメリカ人、デイーダ デングラーのドキュメンタリー映画だ。彼は捕虜となって、ありとあらゆる拷問にあい、ジャングルのなかの捕虜収容所に収容される。飢えで餓死していく戦友たちを見送りながら 辛くも脱走、帰還した実際の話を映画化したもの。ここでクリスチャン べイルは はじめは体格の良い血色良い兵士で登場し、捕虜になって拷問を受けるたび、だんだん痩せていき、脱獄するころには骨と皮になって熱演している。蛆虫も平気で実際に食べている。これを平気でやっている役者って すごい、因果な職業だ。

ロバート デ ニーロも 役造りへの徹底ぶりで、はるかに常識をこえた役者だ。1976年の「タクシー ドライバー」を演じるために、1ヶ月間 毎日1日12時間タクシー運転手として働いて、本物の運ちゃんの雰囲気を掴んだそうだ。1980年の「レイジング ブルー」では ボクサーの一生を演じるため 本格的にボクシングを学び 真剣勝負が出来るほどになって打ち込んだあとは、ボクシングを引退して酒場の親爺になる 映画の後半を演じるため 今度は体重を28キロ増やしたそうだ。パリに滞在して ただただ美食に明け暮れたという。遂に不整脈が出て、ドクターストップが出て、28キロでやめておいた、というのだから 太るのも命がけだ。また、1991年の「ケープファイヤー」では、筋肉をつけ 体中に浅く刺青を入れ、5000ドルかけて歯並びをガタガタにして、役造りに徹底した。映画撮影後には、また2万ドルかけて歯並びを直したというから はんぱではない。ここまでくると 役者はみんなマゾヒストか、と問いたくなる。

映画「サブウェイ123激突」を観た。
この映画に出るために ベンゼル ワシントンは体重を10キロ増やした といわれている。食べて寝てまた食べて暮らして2,3ヶ月すれば それくらい体重をふやすことが出来る人も居るだろうが 役者という純粋肉体労働をこなしながら 体重を10キロ増やすということは 大変な努力を伴う苦行にちがいない。

この映画、原作はジョン ゴデイによる小説で、1974年に ジョセフ サージェントによって 映画化された。1998年にはテレビ番組のためにリメイクされた。それをまた2009年に ベンゼル ワシントンと ジョン トラポルタ二人の名優で映画化された。トニー スコット監督。
こんなに 何度もリメイクされるのは ストーリーのおもしろさからくるものだろうが、一般市民が地下鉄に乗っていて 突然人質になり、命を脅かされるような不運が、自分にもいつ襲い掛かってくるかわからない 不安と予感みたいなものを みんなが持っているからかもしれない。

ストーリーは
ウオルター ガーバーはニュヨークの地下鉄コントロール室で働いている。以前はもっと高い地位にいたが、新しい地下鉄導入にかんして視察に行った日本の会社から収賄をうけた疑いを持たれて 今は降格している。不器用で 実直な男で、部下からは信望篤いが、上司からは疎まれている。
親友が運転している地下鉄がブルックリンで突然止まってしまった。コントロール室から呼びかけてみると 何と沢山の乗客を乗せたまま この車両が 何物かによって、乗っ取られたのだった。
犯人はウオルターに1000万ドルの身代金を要求してくる。正確に30分後までに 金が届かなかったら 1分間に一人ずつ乗客を殺していくという。緊急時にニューヨーク市長が対応に迫られる。市長は数ヵ月後には引退して隠居する予定だ。こんな事態収拾の責任などもつ気はさらさらない。犯人は人質全員と市長とを交換しても良いと言ってくるが 市長にそんな勇気はない。
交渉にいらだってきた犯人ライダーは 怒りをすぐに爆発させて ウオルターの親友だった運転手を撃ち殺す。銃声で事態を悟ったウオルターは なんとかライダーの心を鎮めて対策を講じるため 自らライダーに話しかけて時間稼ぎをする。
人質の安全のために 身代金は猛スピードでブルックリンからマンハッタンまで輸送される。しかし、パトカーに先導された1000万ドル載せた車は 乗用車を避けられず高速道路から墜落事故を起こす。約束の時間までに届けることが不可能になった。ウオルターは必死でライダーを説得する。ウオルターの捨て身の交渉によって 身代金はウオルターが歩いて運んでライダーに渡すことになった。そして大金をライダーに届けたウオルターはそのままライダーの人質になって、、、
というお話。

ふたりの男の対決がおもしろい。
10キロ体重を増やして腹のまわりに脂肪をしっかりつけたべンゼル ワシントンが ニューヨーク地下鉄コントロール室で 毎日コンピューター画面にむかって仕事して すわって指示するだけだから コークにチッププスを始終くちゃくちゃやっている。家族思いで不器用、実直なおとうさんだ。そこに突然 天才的に頭の良い冷酷無比の極悪犯が 飛び込んでくる。この男は 人を殺すことなど 何とも思っていない。

監督は どうしてもこの二人を映画の最後で対決させたかったのだろう。2回もオスカーを獲ったべンゼル ワシントンという名優と、ジョン トラポルタという個性的でアメリカでは一番人気ものの役者との対決だ。
トラポルタは最愛の一人息子を亡くしたばかり。重度のてんかんで障害をもっていた16歳の息子がバスルームで転倒し死亡したことで、映画を観ている人々はどうしてもトラポルタに同情して 余りに気の毒なので彼の肩を持つ。ベンゼル ワシントンがせいいっぱい誠実な公務員の役をやっていても 彼の味方にならないのは不運。
実際、映画のなかで ライダーは銃をぬかないで 思い通りの死に方をした。潔い。