ポーランドの巨匠 アンジェイ ワイダ監督による 2007年制作 映画「KATYN」を観た。
1939年に起きた「カチンの森 虐殺事件」を描いた作品。
ポーランド軍の大尉だった ワイダの父親も この事件で虐殺されている。ワイダは 長い監督生活のなかで沢山の作品を紡ぎ出したが 彼がずっと溜め込んでいた、一番言いたかったことを この映画で 全部吐露した感がある。
カチンの森の事件が明るみに出たのは 虐殺60年後、21世紀にはいるころだ。真実を語ったものは KGBによって、命を奪われ 監禁され、口を閉じさせられてきたからだ。
第二次世界大戦が始まると、独ソ不可侵条約を結んだ ナチスドイツと、ソビエト連邦は 1939年8月 ポーランドを侵略占領し 分割統治した。1万2千人もの ポーランド軍将校達と、その家族は、ソ連軍の手に引き渡されて ソ連領カチンの森で 秘密警察KGBによって殺された。
しかし、1943年に、ナチスドイツが ソ連に侵攻すると、ソ連はポーランド軍将校達虐殺跡を掘り返し、 これがナチスドイツによる犯罪だ、と報道して 反独のプロパガンダに利用した。生き残った現場の証人や、事実を知るものたちは ソ連の秘密警察によって徹底的に弾圧され、口を封じられてきた。 したがってポーランド人や大多数の人々はカチンの森の大量虐殺事件は、ナチスドイツによる戦争犯罪のひとつとして理解されてきた。クレムリンが 責任はすべて当時のスターリンとKGB秘密警察にあることを認めたのは 最近のことだ。それまで ワイダ監督の父親は「行方不明者」だったわけだ。
映画は、1939年 秋に始まる。 前方からは ドイツ軍による攻撃で追われ、後方からは ソ連軍の侵攻に追われ、市民は大混乱に陥っている。 包囲されたポーランド軍は 武装解除され、1万2千人もの将校などの上級兵だけが集められて、列車でソ連に連行されていく。
次々と占領された建物に翻る紅白のポーランド国旗は 切り裂かれ、半分に残った赤旗だけを 建物に取り付けていくロシア兵たち。野蛮な顔つきのソ連兵達が 旗から取り去った白地の布で靴を磨いているシーンを カメラは淡々と写していく。
映画では架空の2組のポーランド家族を通して ストーリーが進められていく。一組は 父親を連れて行かれた妻と幼い娘。もう一組は 息子を連行された母と幼い妹だ。
映画はドキュメンタリータッチだが 画面が美しい。残された女達、妻、母、娘が みな毅然としている。戦争中でも ワルシャワの町は風格のある かつての古いポーランド王国のたたずまいを残している。女達は きちんとした装いをして 姿勢正しく 決意を表すかのように 硬い音をたてて石畳の街を歩く。毅然とした姿が 貴族達の肖像画を観るように 堂々として輝いている。
二度と帰ってこない父、夫、息子たちを待つ女達が 鋼のような強さで ソ連進駐軍下にあるワルシャワで 真実を追究していく。逮捕されても脅されても 全くひるまない。 スターリン主義に反旗を翻すレジスタンスの青年も まっすぐ前に向かって走っていく。追われて レジスタンスをかくまう 女子高校生の澄んだ目。つかぬ間の淡い恋。若い命が飛び跳ねるような 躍動感。
暗い事件を扱っているのに 画面が暗くない。将校達も一人一人 残酷なやり方で殺されていくのに ただ悲惨なだけではない。最後の最後まで 妻に残すための日記を書き続ける青年将校も 惨めではない。画面が色であふれている。 映画全体に漂う気品。上品で貴族的な空気。かつてのポーランド王国の誇りとヨーロッパの乾いた空気が感じられる。これがワイダの映画なのだろう。抵抗の芸術家、ポーランドの英雄。
ポーランドは 戦争中ドイツ、ソ連、スロバキア、リトアニアの4国に分割占領されていた。1945年にヤルタ会議で かつての領土を取りもどしたが、ソ連による実質支配が 続いた。個人財産はすべて没収され、国有化されて 人々の民主化 自由が日の目をみるには1989年まで 長いこと待たなければならなかった。 ポーランドは何と悲しい国だろう。大国に侵略されてばかり。
ショパンは 愛国者だったが 戦乱のため39歳で亡くなるまで 二度と母国に帰ることができなかった。死後、彼の心臓だけが遺言どおり 故郷に帰って 教会に埋葬された。 ジェイ チョウの、「十一月のショパン」なんという曲もあるけど、、、。 私は ショパンの「軍隊ポロネーズ」が大好き。ちょっと 大仕事をする前、ひるみそうになったり、引っ込み思案になりそうなとき この曲は勇気を奮い立たせてくれる。ショパンの繊細だが しなやかで強い。古典的だが華麗で新しい。気品があって 美しい。
そんな ポーランドのことを考えながら ニュースを見ていたら、6月18日、北アイルランドで ルーマニア人20家族が 人種差別極右グループに襲撃され、警察の保護のもと、長年住んでいた家を捨て 避難地に移住した と報じられた。極右に つけ狙われているので 避難先は極秘だそうだ。そもそも 地元のサッカーゲームで ポーランドがアイルランドに勝ったことが、反ポーリッシュの暴動を起こす契機になったらしい。ポーランド人もルーマニア人も見分けがつかない脳の足りない極右サッカー狂が ポーランド移民やルーマニア移民を襲撃したようだ。警察のものものしい警備のなかで、20家族の脅えた移民たちが 大型バスに乗り込んでいく様子をニュースで見て 言いようのない怒りを感じた。
もとにもどるけど、抵抗の芸術家、ポーランドの英雄、アンジェイ ワイダ。世界中で存命する映画監督のなかで 最も尊敬すべき巨人。1926年生まれ。 1954年作品「世代」、1956年「地下水道」、1958年「灰とダイヤモンド」以上を抵抗の3部作といわれる。
ワイダは、第二次世界大戦では 反独レジスタンス活動家、戦後のソ連進駐下で、反ソレジスタンス活動家、1981年の戒厳令で職を奪われ国外脱出して、映画制作を続けた。 2000年、民主主義と自由を求め続けた芸術家としてアカデミー特別賞を受賞した。現在もまだ現役。
印象に残る「大理石の男」1976年、「鉄の男」1981年など 多いが、やはり 最初にもどって「地下水道」と 「灰とダイヤモンド」が忘れられない。白黒画面が、強烈なインパクトで 人の命の強さと弱さを訴えかけてくる。すごい迫力。
生涯を通じて 権力を恐れず 映画という武器をもって その力と戦い 権力者を糾弾することを止めなかった 孤高の巨人。心から 敬意をこめて この美しい映画「カチン」に拍手を送りたい。