2009年9月17日木曜日

ツアー デ フランスとコミック「オーバードライブ」



今年は、日本人のサイクリストが何人か ツール ド フランスに出場して完走したため 日本でもこのツール ド フランスに、関心が集まって、ファンも増えているそうだ。
世界一過酷な ロードサイクリングのツール ド フランスは 夏のヨーロッパには なくてはならない 世界最大の自転車ロードレースだ。 オリンピック、サッカーワールドカップとともに、3大スポーツイベントになっている。 21日間かけて、フランスの山々を 約4000キロを走破する。第一回が、1903年という、伝統あるレースだ。
ちょうどヨーロッパは夏のバカンスの時期に当たる為 ロードレースの沿道には沢山の 地元の人々や旅行者が押しかける。21日間に1500万人の人が 観戦するという。

毎年、出発点が変わり、コースも変わるが21日間の間には、アルプス、ピレネーの山越えだけのステージがあるかと思うと、山下りだけのスピードレースの日もある。それが、テレビを通じて 130カ国、10億人が、レースを観戦する。カラフルなジャージーを着た数百人の各国から選ばれてきた選手が 群れをなして時速100キロ以上の速さで自転車を飛ばす様子はみごとだ。
毎日、ステージごとの最速選手と、総合時間で1位の選手が それぞれの賞とイエロージャージーを受け取る。
選手も 連日猛暑の中を1日の大半を走っているのだから、大変だ。走りながら食べたり、飲んだりしてエネルギーを補給している。落車事故も多い。落車して頭から転倒して、ヘリコプターで救出される選手も、毎年出てくる。とても良いスピードで走っていたのに、大きなラブラドール犬が 道路を横切ったために、犬にぶつかって落車した人もいた。転んで自転車のサドルを失い、ずっと立ったまま走り通した人もいた。
ゴールはパリ、シャンゼリゼだ。凱旋門をくぐり、最終地点に たどり着く選手達を迎えるシーンは毎年、とても感動的だ。

うちのオットも、7月になってこのレースが始まると 21日間テレビに釘付けになる。自然、スポーツ音痴の私はそれを ツメターイ視線で見ていた。氷よりも冷ややかな目ざし、皮肉っぽい口調、嫌味たっぷりのため息、わざとゆっくり横切るテレビの前、、、これだけやっても、ビクともしないで画面に見入っている敵もあっぱれというべきか。
ところが去年から私も すんなり観戦に参加することになった。興味が出て見始めると、これがとてもおもしろい。フランスのそれぞれの地方の特徴や文化、人々の様子が、それぞれ個性的で 見ていて興味深い。絵葉書のような、フランスの牧歌的な農家や、古い教会、お城の跡など、歴史とともに紹介されて、ちょっとしたヨーロッパ旅行を味わえる。

私がこの競技に興味を持ったのは、オーストラリア人のカデロ エバンスが 契機だ。彼は 去年のツール ド フランスで、チベットの旗を描いたTシャツを、ユニフォームの下に着て、「チベットに自由を」と印刷した靴下をはいて 競技に出て みごと総合で、第2位を勝ち取ってくれた。2008年の7月といえば、北京はオリンピックを前にして チベット自由化への弾圧は激しく、チベットのラマ達、活動家達が虐殺、逮捕、死刑に処せられていた。チベットを支援するようなロゴの入った旗やシャツなどを北京に持ち込んだものは オリンピック代表選手であっても、中国入国させない、と、オリンピック主催側は叫んでいた。そんなとき、カデロ、エバンスがチベットの旗のシャツを着て 表彰台に立ってくれて感激した。

コミック「オーバードライブ」安田剛士作 講談社 1-17巻 を読んだ。自転車競技のコミック。
ストーリーは 
16歳、高校1年生の篠崎ミコトは なにをやっても冴えない。高校に入ったら 沢山友達を作って部活やスポーツに趣味も広げて 女の子とも楽しくやって行きたいと思っていたのに何もかも思いどうりに行かない。まったくくさっている。
そんなとき、あこがれの美少女 深沢みゆきに「自転車部に入部しなさい」と言われる。兄の遥輔が、自転車部の主将なのだ。自転車に乗ったこともなかった軟弱なミコトは あこがれのみゆきちゃんに嫌われたくないばかりに 入部して懸命に自転車をのりこなそうとする。

ミコトは自転車にのれるようになると やっとみつけた自分の居場所を失いたくないばかりに自分を認めてくれた自転車部のために全力をかけて練習に励むようになる。苦しい練習も 誰からも声をかけてもらえず友達一人いなかった頃の苦しさに比べれば なんでもない。大和武というクラスメイトがいる。彼は自転車で新聞配達をしながら、鬼のように山のクライミングの練習をしている。彼の父親は スペイン人で有名なプロのサイクリストだった。母親がこの父のために死んだと思い込んでいる彼は 父親を見返して復讐してやりたいために、自転車に乗っている。
自転車部主将の深沢遥輔は 高校生の間では「東の深沢」と呼ばれている実力者だ。体が大きく、クライマーとしての記録は誰にも負けない。西の代表選手は 高校レース界の皇帝と呼ばれる鷹田大地。彼はロードサイクルのために贅肉をそぎ、練習のために不必要なものはすべて捨てる主義で、意志の伝達さえ必要最小限の言葉しか吐かない。
一方、北海道には北原ヨシトという天才がいる。彼は赤児のとき両親と乗っていた飛行機が墜落して北海道の原野で3ヶ月生き延びた。熊に育てられていたとも言われ、風とも雲とも会話ができる。
いくつもの高校に、自転車部があり、それぞれの学校が強豪選手をかかえている。

そこで、スポンサーつきの日本中の高校生のためのロードレースが始まる。優勝チームには 外国レースに参加するというチャンスと賞金が与えられる。それぞれの高校のチームで、それぞれの選手に悩みがあり、家庭の事情があり、レースに勝たなければならない理由がある。
レースは波乱に富み、事故が続出、様々な困難が襲い掛かる。しかし深沢は約束どうりに 1位になってミコトにバトンを渡す。最終ランナーのミコトは、、、というお話。いかに優れた選手がいても、チームワークなくして、レースは成り立たないということが、とってもよくわかる。

試合前にチームがそろって はしゃいで遊んでいる場面がある。そんな様子を見て、主将の深沢が「この永遠のような瞬間が、ずっとずっと続きますように、、、」と、願うシーンがある。
読んでいるものは まったくこのせりふに同感して、読んでいて深沢に完全に共鳴している。一人一人の選手の描き分け方が良く、それぞれの少年の強さも弱さもよくわかる。話の筋はやや典型的な少年コミックの枠の中で出来すぎている。だが絵が良い。
篠崎ミコトが自分には何ができるのかまだ全然わかっていなかったころの顔が 序序に自転車にのめりこむごとに、引き締まり男の顔になっていくところが良い。深沢がとても立派だ。チームを率いるのに何が必要で何をしなければならないのかがわかっている。チームリーダーの苦境が よく表現されている。

少年スポーツものコミックでは 実によく泣かせてくれる。作者は読者の心を掴むコツを知っている。優れたコミックといえば、なんと言っても一番は 井上雄彦の「スラムダンク」だ。近年これほど心動かされたコミックは他にない。ちょっと前だったら あだち充の「タッチ」だし、もっと前になると ちばてつやの「明日のジョー」だ。どれも、長い連載の間、作者も読者もコミックの登場人物たちとともに、成長して そして年をとってきた。

ツール ド フランスで連続優勝を勝ち取ってきた アームストロングは ロードレースに必要なものは、と、聞かれて
1.マラソンランナーの持久力
2.エフワンドライバーのマシンコントロール術
3.チェスの頭脳  と答えたそうだ。

カデロ エバンスは、どうしてこんなに過酷なレースで勝てるのか、とインタビューされて、「ぼくには何も特別な能力がないんだ。だけど、ちょっとだけ、ひとよりも我慢ができるだけなんだ。」と答えている。謙虚な人で、一層好きになった。そうか、ちょっとだけ我慢、、、なら私にも出来るかもしれない。