2011年7月30日土曜日

オペラ オーストラリア公演 「二十日鼠と人間」




オペラ オーストラリアが、新作「二十日鼠と人間」を発表したので 観てきた。1973年に出版された ノーベル賞作家、ジョン スタインベックの同名の小説を オペラにしたもの。
http://blog.opera-australia.org.au/search/label/Of%20Mice%20and%20Men

世界恐慌の吹き荒れるアメリカ カルフォル二アを舞台に、農場を仕事を求めて移動する二人の出稼ぎ労働者の物語。悲劇的な結末には 涙なしに読了することができない。素晴らしい作品だ。

ジョン スタインベックは 「エデンの東」で、聖書に出てくるカインとアベルをテーマに 強い父親と二人の兄弟の確執と葛藤を描いた。映画化されて、それを若くて事故死したジェームス デイーンが主演したことで 永遠の名作映画となった。
また、「怒りの葡萄」では スタインベック自身が季節労働者として働いていた経験をもとに、土地を持たない労働者とその家族の惨状を描いて 骨太の社会派の作家として高く評価された。これも映画化されて、ヘンリー フォンダが主演している。

「二十日鼠と人間」も、1992年に映画化された。監督、演出、主演 ともに、ゲイリー シニーズ。彼は もともと舞台演出家で、この作品を舞台で成功させたあと、映画化している。自分のシアターカンパニーを設立して活動していたが、その仲間に ジョン マルコビッチがいる。
ゲイリー シニーズは 「アポロ13号」や他に沢山の映画に出演していて「プレジデント トルーマン」では主役の存在感のある男を立派に演じた。

しかし この映画「二十日鼠と人間」は 何と言ってもジョン マルコビッチの存在なしに語れない。この 1953年生まれの個性の塊のような男。只者ではない目つき顔つきで 実に個性的な話し方をする。気弱な卑怯者の男の役から、極悪人まで独特のテイストで演じるマルコビッチは、本物の役者だ。この映画で主役のレニーを演じて それが素晴らしかった。
長身、巨大な図体で精神薄弱、知恵遅れのある男 レニーは 柔らかいものを撫でるのが好き。二十日鼠をペットにしていて、柔らかい毛を撫でているうちに 力余って殺してしまう。死んでしまった鼠を ポケットに入れて大事にしている。どうして生き物がそんなに簡単に死んでしまうのか、彼には理解できない。そんなレニーの役を原作以上に上手に演じていた。
マルコビッチは 1999年「マルコビッチの穴」、2003年「ジョニーイングリッシュ」、2008年「バーンアフター リーデイング」、「チェンジリング」、2010年「レッド」などに出演、臆病でサイコパスな男とか 極悪の知能犯など、極端な性格の男を彼ほど迫力もって表現できる役者を他に知らない。

スタインベックの原作が 人間としての魂を揺さぶられるような素晴らしい上に、その作品を、二人の舞台出身の巧みな表現力を持った役者が演じたのだから、最高の映画が出来ないわけがない。好きな映画がいくつもあるが、この映画はそのうちのひとつ。本当に忘れがたい作品だった。

ストーリーは
1939年代、経済恐慌が吹き荒れるカルフォルニアで 出稼ぎ労働者のジョージとレニーは仕事を求めて農場を渡り歩いている。ふたりは一箇所に落ち着いて仕事を続ける事が出来ない。知恵の遅れたレニーが いつも何か揉め事を起こすからだ。その尻拭いをするのがジョージ。レニーに腹を立てながらも レニーの面倒を見るように 叔母クララから 頼まれて引き受けてしまったジョージには、レニーを捨てていくことができない。
ジョニーはいつか自分の牧場を買う夢を見ていた。レニーと力をあわせて農場を買い、動物を飼う。その夢の話をすると、レニーは手をたたいて 嬉しがり、自分の兎持つ夢に 夢中になってしまう。

二人は新しい農場にやってきた。農場主カーリーには 新婚2ヶ月になる妻が居る。若くて美しい女だが、女優になるために実家を出たので、結婚生活に満足できずにいる。多忙で自分に構ってくれない夫よりも、農場で働く男達を相手に 自分の魅力を振りまいたり、からかったりして退屈を紛らわしている。
ある日、レニーが もらった子犬を可愛がっているうちに 例によって 二十日鼠のように誤って殺してしまった。死んだ子犬を見つけられると ジョージに叱られると思って、納屋に隠そうとしているところを カーリーの妻に見つかってしまう。あわてるレニーの姿を面白がって からかって大声を出す妻に 動転したレニーは 彼女の口をふさぐつもりで、力余って殺してしまう。

納屋で妻の死体が見つかった。カーリーは農夫達を集めて銃で武装して 山狩りを始める。レニーは逃げながら ジョージに助けを求める。ジョージは レニーを連れて逃げ切ることが出来ないことを悟って、レニーに 自分達が買う農場の話をして落ち着かせ、幸せそうに自分の兎を飼う夢をみて夢中になっているレニーの後ろから銃の引き金を引く。
というお話。

オペラオーストラリア 3幕
監督:ブルース ベルフォード
作曲:カーリスル フロイド
キャスト
レニー :アンソニーデーン グリフィー
ジョージ:ハリー ブライアン
カーリー:ブラドリー ダーレー
妻   :ジャクリーヌ マバルデイ

監督も作曲家もレニー役でテノールを歌った歌手も みんなアメリカ人だ。監督 ブルース ベルフォードは 去年やはりオペラオーストラリアで「欲望という名の電車」を オペラに仕立てて監督した。映画監督でもあるそうだ。

レニー役のテノールも、ジョージ役のバリトンも よく伸びる美しい声をしていた。カーリーの妻も ほど良いソプラノ。
しかし、何という曲だろう。
2時間余りのオペラの間 ひとつとしてメロデイーのある曲がない。旋律も現代音楽で、とても人が歌うような旋律に なっていない。高音低音入り乱れて、1オクターブ以上の高音のすぐ次に低音になったりして、歌う方は とても大変そう。また、せりふがとても多い。芝居の合間にとってつけたように曲が挿入されていて、不自然きわまる。
2幕の最初は、幕を下ろしてフイルムを写して、武装した男達がレニーとジョージを追って山狩りしている。映画を観に来たんじゃない。
このオペラは完全に失敗だ。

むかし 失敗作のミュージカル映画がこんな感じだった。登場人物が話をしていると、突然一人の顔つきが変わって 急に歌を歌いう出す。気でもふれたんじゃないか と思って観ていると それがミュージカルだという。ストーリーの流れと歌とが うまく編集されていないから、奇妙なことになる。このオペラも、ストーリーと歌とが ちぐはぐで 舞台がしっくり進行しない。
たまには現代音楽も良いかもしれないが 不協和音の連続に、耳が疲れる。どうして オペラが終わったあと、歌の一節でも皆が口ずさみながら 気分よく帰宅できるようなメロディーのある曲が 一つもないのか。単純で美しく思わず歌いたくなるような曲が どうして作れないのか。こんなオペラに拍手して 足をふみならして居る人の気が知れない。悲劇の結末に、後ろの女性達は声を出して泣いていたが 何故でしょう。現代音楽に全く理解がないわけではない。でも、2時間余り ハーモニーのない音の連続を聞かされて、とってつけたようなせりふのお芝居と、映画フイルムを見せられて、ときどき歌が入るようなオペラを見せられたのではたまらない。オペラハウスの前から9列目の中央。180ドルの席。無駄をした。
原作が素晴らしく、映画が上出来だったが、このオペラは失敗作。
拍手もせず、舞台でまだ歌手達がお辞儀を終えないうちに、席をたって帰ってきた。

2011年7月28日木曜日

映画 「最後の忠臣蔵」


ワーナーブラザーズ製作の日本映画 「最後の忠臣蔵」を観た。
劇場の大画面で観たかったが、シドニーでは望めない。うちの大画面ソニーブラビアで 我慢我慢。

監督:杉山成道
原作:池宮彰一郎
キャスト
瀬野孫左衛門:役所広司
寺坂吉之門 :佐藤浩市
可音    :桜庭ななみ

ストーリーは
大石内蔵助は、47士とともに 吉良幸上野介を討ち入りする前日、腹心の瀬野孫左衛門をそばに呼んで、実は自分には可留という女中との間に 生まれてくる赤子がいる。このことを知っているのは 当人と孫左衛門だけだ。討ち入りの後、大石家の血を引くものは ことごとく罰せられるに違いない。しかし、病弱な可留から生まれてくる赤子まで制裁されるのは、忍びない。事態が収まり、赤子が成長するまで世話をしてもらいたい。と頼み込む。
3代 大石家に家老として仕え、他の誰よりも 大石家に忠誠をつくしてきた孫左衛門にとって 討ち入りの戦線から退くことに断腸の思いだったが、主君の命令を自分の命にかえて完遂すると、約束して、彼は刀を捨て、苗字を捨てて、人里はなれた隠れ家で 赤子を引き取って育てる。

大石内蔵助の娘、可音は 自分の素性を知らぬまま成長し、孫左衛門から行儀作法、読み書きを習い、技舞だったゆうから、琴などの芸事を習いながら、武士の娘としての自覚を持った女性として立派に育っていく。
孫左衛門は骨董品の売買で、生計を立てていたが、天下一裕福、といわれる豪商 茶屋四郎次郎のところに出居りするようになる。
ある日、茶屋四郎次郎の息子の若旦那が、人形芝居を見にきていた可音を見て、一目惚れする。品格があるが、どこの誰ともわからない。困った主人は 孫左衛門に この女性が どこの姫君なのかを調べて欲しいと、頼み込む。茶屋の若旦那と可音との縁談は、孫左衛門にとって 願ってもない話だった。

一方、可音は16歳になり、胸に内では、自分を育ててくれた孫左衛門に、異性としての恋心を抱くようになる。しかし孫左衛門にとっては、可音は文字通り赤子のときから渾身こめて 自分の命より大切な主君のために育ててきた娘だ。美しく成長し、自分を慕ってくれる可音を手放さなければならない 心の葛藤を抱えながらも、孫左衛門は 可音に幸せをもたらすに違いない縁談を 成功させなければならない。

内蔵助の命令で、生き残り、16年の歳月をかけて、46士の討ち入りのあと 残された家族を探し出し、世話、慰問してきた寺岡吉之門の出現で、事態は変わる。可音は、自分が誰であったのかを知らされて、孫左衛門に従って、嫁ぐことを決意する。可音は別れのきわに 心をこめて孫左衛門の着物を縫い、婚姻を承諾する。孫左衛門は可音の花嫁姿を見送って、、、。
というお話。

画面が人形浄瑠璃の「曽根崎心中」で始まる。この浄瑠璃のテーマは、「かなわぬ恋」であり、行き着く先は「心中」だ。
この時代、身分ちがいの恋はご法度であり、姦通罪は張り付けの刑、死罪。厳罰を避けようとすれば、心中しか他に、道はなかった。劇中、何度も何度も 人形の「お初」と「徳兵衛」が出てくる。この映画は、孫左衛門と、可音との二人芝居であり、二人の心の葛藤を、浄瑠璃の心中物語で代弁させている。お初と徳兵衛、孫左衛門と可音を交互に出すことによって 二人の心象風景を捉え、心の中の思いを吐露させている。実にうまい。

武士は多弁を要しない。義に生きて 必要なことだけを言い、必要なことだけを行う。そんな孫左衛門の自己を律した態度が潔く 美しい。心の中の煩悶や嫉妬や親心、怒り、哀しみ 愛情さえも黙して、自分のなかだけに納める。心の奥底に秘められた思いを お初と徳兵衛がめんめんと語り続ける。
日本人の一番好きな出し物である忠臣蔵と、曽根崎心中を二つ合わせて ひとつの映画を作るなんて、監督は、実に巧みな人だ。

忠臣蔵の武士道のもつ潔さ。エゴを殺すことで成立する武士道と、エゴの塊である曽根崎心中の純愛は、対極にある。しかし、どちらも不条理なこの世の中で起きた悲劇であるだけに、永遠の悲劇として人々の心を打つ。

画面が美しい。
紅葉した木々の間を孫左衛門が 早足で歩く姿が美しい。果し合いする吉之門と孫左衛門が駆け回るススキの原野。小さな藁葺きの小屋から流れてくる琴の音。美しい青磁器。花嫁の着物の輝くほどの純白。

篠崎正浩の「心中天網島」は、国際的に高く評価されたが、同様にこの作品も 海外で評価されることだろう。ただ、説明が必要。主君にために死ぬという「名誉の切腹」は、個人主義の欧米文化では、最も理解を得ることが困難なことだからだ。

2011年7月26日火曜日

祝 カデロ エバンス 優勝



世界最大の自転車レース ツールドフランス 21日間のレースで オーストラリアのカデロ エバンスが総合優勝して イエロージャージーを獲得した。

とても嬉しい。
エバンスは、34歳、アボリジニーの土地、北部オーストラリアの小さな街で生まれ、山岳自転車レースに魅せられて、16歳のときから自転車に乗っていた。2006年から ツールドフランスに出場していたが、ドラッグスキャンダルの起きた年には オーストラリア隊が全員棄権することになって出場できず、2008年と、2010年には、優勝が予想されていたのも関わらず、落車して、腕や肩を骨折して それでも第2位で完走した。落車の原因も、報道陣の車に引っ掛けられた、という不運な事故だった。2006年には第4位、2007年と2008年は第2位。いつも運に恵まれなくて、一位になれなかった。
しかし、とうとう やってくれた。

ツールドフランスは、オリンピック サッカーワールドカップと並んで 世界3大スポーツイベントとされている。1903年に始まって 100年余りの歴史を誇る 自転車レース。
21日間、それぞれのステージのうち、平坦なステージは少なく、アップダウンのステージ、なかでは難関の山岳ステージが最も多い。ピレネーー山脈とアルプスの山々を走る。今年は 3471キロの距離を21日間かけて 走り、最後は凱旋門を潜り抜け、シャンゼリゼを通りぬけてゴールを決めた。

エバンスは とても優しい声で話しをする。
2009年、2010年の優勝者、スペインのアルベルト コンタドールや、今回の第二位になった ルクセンブルグのアンデイ シュレックのような スポーツマンの攻撃的で強い男のイメージが全然ない。静かでとても優しくて、優勝しても 自分を支えてくれたチームへの感謝を述べるばかりだ。

この人に好感をもった契機は、2008年の北京オリンピック。オリンピック前に 問題を起こしそうな少数民族は皆殺しにしてしまえ、、とばかり当局は チベットを攻撃、チベットの僧侶たちが、どれだけ治安部隊に殺害されたか わからない。ラサで、僧侶達 数百人が政府機関や国営新華社通信や商店、銀行を襲って暴動が起きた、という筋書きだった。外国メデイアが 立ち入り禁止になったので、どれだけのチベット人が犠牲になったか わからない。しかし、想像はできる。胸がつぶれるような気持ちでいたときに、このカデロ エバンスは、チベットの旗を印刷したシャツを着て ツールド フランスに出場した。
21日間、チベットの旗のあるシャツで チベットの旗の模様の靴下で走り、第2位を勝ち取ってくれた。

どんな時代であっても、自分がどんな立場であっても、自分なりに考えて、自分なりにできることをする、、ということの確かさを知らされた。
祝 カデロ エバンス ツールドフランス 優勝!!!

2011年7月23日土曜日

小野アンナ先生



小野アンナにヴァイオリンを教わった、と言うと 嘘でしょう、あんな「日本のヴァイオリニストの生みの親」に教わったなんて、、、と言われる。
ついでに 小澤征爾の指揮で 演奏したことがある、というと、「お前、誇大妄想か、いい加減にしろ。」と言われそうだけど、これも ちょっと本当。大学時代、彼は成城学園出身なので 大学にコーラスを指導に来ていた時期がある。

小野アンナは、1898年生まれ、ロシアのヴァイオリニスト。彼女がペテログラードで出合った日本人留学生 小野俊一と結婚する前の名前は アンナ デイミトリエヴィナ ボブゾワ(ANNA DMITRIEVNA BUBNNA)。父親は ロシア皇帝に仕えた官僚で、母親は貴族だった。まさに、ロシア革命が起った年、1917年に結婚して、ボルシェビキによる革命から逃れ、日本に亡命する。
長男を出産するが、息子の病死を契機に 離婚。その後、ヴァイオリン教師として生きてきた。常に自分を教育者として位置つけて、ヴァイオリニストとしての演奏活動などはせず、レコードによる録音などには応じなかった。いわば伝説のヴァイオリニスト。

教育熱心で小野アンナの音階教本など、ヴァイオリン教育の基本の教科書をいくつか出版した。それらは いまだにヴァイオリンを習う人々の 必須の基礎学習本になっている。鈴木ヴァイオリンが組織だった活動を開始する前の話だ。彼女の伝統的な 教え方が理にかなったものだったゆえ「日本のヴァイオリニストの生みの親」という名がついたのだろう。
戦前は 諏訪根自子、巌本真理を輩出、戦後は 武蔵野音楽大学で教鞭をとりながら、前橋汀子や、潮田益子、浦川宣也、石川希峰などを 世に送り出した。
その後、1958年にソビエトに帰国して、グルジアのスミフ音楽院で教鞭をとった。亡くなったのは、1979年5月。

私が小野アンナにお会いしたのは 彼女がロシアに帰国する前の数年間で、私は 5歳から8歳の間くらいだったと思う。とても、穏やかな いつも静かに笑って観て下さったという記憶しかない。
小野アンナの愛弟子に 村山信吉と村山雄二郎がいる。現在の小野アンナ記念会の副会長が、村山雄二郎。私は彼に小さな時から、ヴァイオリンを教わっていた。とても厳しい先生で、音階ばかりを延々と練習して、レッスンの最後にちょっとだけ曲を弾かせてもらう という感じのレッスンだった。

年に一度 大きな発表会があり、小野アンナの弟子の生徒達:孫弟子のコンサートがあった。彼女は 生徒達は早くから 舞台に上がって演奏の発表することで成長すると考えていたので、発表会をとても大切にしていた。だから発表会の前には 伴奏のピアニストを連れて 弟子達のクラスに順にやってきて、曲を見てくれて、一人一人に注意やアドバイスをしてくれた。
いろんなことを言われたのだと思うが 全く憶えていない。銀色の髪をきれいにまとめて、肌の美しいおばあさんだった とか、発表会のあとの写真撮影で 横に来てくださって嬉しかった とかいう、記憶だけ。最後に見てもらったのは マスネの「タイスの瞑想曲」だったと思う。

小野アンナ記念会は、いまだに現役のヴァイオリニストを中心に活動していて、年に一度オーデイションをして、若い人を育成しているようだ。記念会をゴーグルで検索していたら、ジョン レノンのおかみさんだった小野ヨーコも 小野アンナの親戚だったということを初めて知った。
嬉しかったのは、子供の頃 ずっとヴァイオリンを教わっていた先生が この会の副会長をしておられることがわかったことだ。スマートで颯爽とした人だった。時としてあこがれたり、曲で叱られ怒鳴られ脅かされて、悔しかったり、全然上達しないので切なかった思いや いろいろな感情が溢れてきた。
でも考えてみたら 今ごろはもう80歳代なんだよね。
会いたいかって???いえ、結構です。

2011年7月19日火曜日

映画 「ハリーポッター死の秘宝 パート2」



映画「ハリーポッター死の秘宝 パート2」、原題「Harry Potter and the Deathly hallows;part2」を観た。
http://www.imdb.com/title/tt0926084/

製作:デヴィッド ヘイマン
監督:デヴィッド イエッツ
原作:JK ローリング
キャスト
ハリーポッター       :ダニエル ラドリフ
ハーマイオニー グレンジャー:エマ ワトソン
ロン ウェルスレー     :ルパード グリント
ヴォルデイモート卿     :レイフ ファインズ

10年間 ハリーポッターを観て来た。今回が8番目の作品で これでストーリーが終了した。8つの作品というと、2001年の第一作 「賢者の石」、第二作「秘密の部屋」、第三作「アズカバンの囚人」、第四作「炎のゴブレット」、第五作「不死鳥の騎士団」、第六作「謎のプリンス」、第七作「死の秘宝パート1」そして「パート2」だ。

スコットランドのエジンバラで生活保護を受けていたシングルマザーだった、JK ローリングが 書いて出版した作品を デヴィッド ヘイマンが見出した。1997年刊行から、7巻で終了するまで ずっと世界中でベストセラーを誇った。4億5千万部の本が売れ、世界中の子供達に愛された。分厚い本を夢中になって読む小学生の姿に感心しながら、自分でも夢中で読んだ。これはおもしろい。

8作品のなかでは やはり第一作の「賢者の石」が一番印象に残る。
孤児で いじめられっこだったハリーが 俗悪物の叔父さん宅で 寂しい思いで迎えた11歳の誕生日に、自分が魔法使いだということを知らされる。ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許されて キングルクロス駅から 壁を破って 魔法学校行きの列車に乗り込む。そして、ハーマイオニーとロンと親しくなって、ともに魔法を勉強するうちに、自分の額にある稲妻の傷の由来と 自分の両親が殺された事実を知らされて ダークロード、闇の世界と戦う決意をする。

11歳の美少年のハリーと、小生意気なハーマイオニーと、お人よしのロンとロンの家族、ダンブルトン、すべての登場人物が生き生きとして 巧みに描かれている。感嘆したのは 魔法のお話のストーリー性だけでなく 随所に出てくるデテイルの緻密さだ。不思議な魔法の動物達、移動に使うホウキ魔法の杖 ひとつひとつに もっともな説明がつく。
魔法の使い方も、理論と技術と実践と練習の積み重ねをしないと、とんでもないことになる。ドラえもんはいつでもどこでも 竹コプターや どこでもドアや自動翻訳コンニャクを出してくれるが、ハリーポッターの魔法は 練習したからといって、誰にもできるようになりはしない。理論の学習と練習の積み重ねを経てやっと使用できる。 悪の魔法の世界に脅されながら 習ったばかりの魔法を3人が 知恵を出し合いながら駆使する。味方も敵も 魔法使いだから 信頼していた先生が敵だったり、3人の結束も時として怪しくなったり、、。
魔法学校のスポーツ クィデイッチ競技もおもしろかった。地上にはないルールで空を駆け回る。

次々とハリーたちに課せられる困難な課題に、ハリーは ハーマイオニーとロンの助けを借りて 辛うじて応じることができる。いつも問われる3人の結束。この3人にとって、友情が第一であって、親ではない。この作品の独特の心地よさ、乾いた空気が一体なんだろうか と思って考えてみたら 思い当たるのは3人の自立心の強さ、親との距離だと、思い当たった。
11歳のハリーは孤児だが、魔法で両親に会えても ベタベタしない。親のほうもハリーを励ますだけだ。ロンの両親は むしろ孤児のハリーに優しくする様に勤めていて ロン自身も親に甘えない。ハーマイオニーも、マグル(人と混血の魔法使い)ゆえに、両親の命が危険にさらされると 迷いなく両親の記録や記憶から 自分を完全に消え去ってしまう。自分から親を失くしても 取りすがったり泣いたりしない。親と子の関係が とてもさらりとしていて、センチメンタルな情感が左右しない。とてもイギリス的なのだ。このイギリス人の親と子の距離感と子供達の自立心の強さが、とても心地良い。

今回の映画で 初めて味方がか敵なのか なかなかはっきりしなかったホグワーツ魔法学校の スネープ先生とハリーの母親との関係がはっきりわかった。彼は嫉妬に狂ってハリーの敵に 身を売ったのだ。こんなスネープに殺されてしまったダンブルトンが惜しまれる。
宿敵 ダークロードのヴォルデモードとハリーの決戦で、一瞬 ハリーは 臨死体験をして 死の世界で恩人ダンブルトンに会う。でもダンブルトンは ハリーを地上に送り返すのだ。
ヴォルデモードの恐ろしさ。本当の悪そのものだ。邪悪の蛇の不気味さ。死喰い人たちの追撃。ヴォルデモードを演じたレイフ ファインズが すごく怖い。鼻のない顔が不気味だけれど、あのハンサムな役者の高い鼻は、化粧の下でどうなっているんだろう。

気弱でいじめられっ子だったネビルが 男らしくなって大活躍する。彼が邪悪のもとの蛇を断ち切らなかったら ハリーたちに勝ち目はなかった。ハリーの最初の初恋の少女チョウ チャンも出てきた。壮絶な闘いのなかで、ハーマイオニーとロンは心を一つにする。ドラゴンもでてきて、3人を乗せて空たかく飛ぶ。大蜘蛛も巨人も出てくる。最後だから、登場人物が全部出てきた。
ロンの双子のお兄さんは 戦闘で死ぬ。ヴォルデモードと死喰い人達との戦いは たくさんの犠牲を出した。しかし分霊箱を破壊したハリーは戦いに勝つ。
本当に3人はよくやった。同じ年頃の子供達にとって、等身大で悩み 苦しみ傷ついて 乗り越えていく3人の姿が 大きな励ましになったに違いない。

JKローリングは、たぐいまれな ストーリーテラーだと思う。
「スターワーズ」より、「ロードオブザ リング」より、「ナルニア物語」より、「パイレイツ オブ カリビアン」よりも 物語性、映像、音楽、役者たち、全ての面で優れている。とても満足した

2011年7月18日月曜日

映画 「ポッパーさんとペンギンファミリー」




アメリカの子供向けコメデイ映画「ポッパーさんとペンギンファミリー」原題「MR.POPPER"S PENGUINS」を観た。
1938年に リチャードとフロレンス アドウォーターによって書かれた 児童文学を映画化したものだ。

監督:マック ウォーター
キャスト
ポッパーさん   :ジム キャリー
妻アマンダ    :カルラ グジーノ
レストランオーナー:アンジェラ ラズべリー
秘書ピピ     :オフェリア ロビボンド
娘ジェミー    :マデリン カロル
息子ビリー    :マクスウェル ペリーコットン
http://www.popperspenguins.com/main.html

ストーリーは
ポッパーさんのお父さんは冒険家だった。いつも冒険に出かけていて留守だけど、未知の国から通信機を通して 息子に冒険の話を聞かせてくれた。ポッパーさんの部屋は お父さんから送られてきた世界中の珍しい秘宝でいっぱいだ。そんなお父さんは 冒険に行ったまま帰ってこなかった。
いまや、ポッパーさんはニューヨークで不動産業をしている大金持ち。世界中を冒険して、旅に出たまま帰らなかった父親の影響で 顧客に土地や家を売るというより、夢を売ることに重点を置いていた。しかし大きな夢を見ながら、仕事をしていて、妻にあいそをつかされて、別居されてしまった。小学生の息子ビリーと、ジュニアスクールに通う むずかしい年頃の、娘ジェイミーが居る。

ある日、子供の頃に音信を絶ったままの父親から 遺産を相続することになった。ブルックリンの高級アパートに住むポッパーさんのところに届いた遺産の小包みを開けてみると 凍ったペンギンが入っていた。飾り物かと思ってみたら、何と本物のペンギンだった。おまけに いたずらなペンギンで、留守中に 風呂場いっぱいを氷水で満たして アパート中に洪水を起こしてくれる。ポッパーさんは仕事が忙しい。反抗期の娘が訪ねてくるし、息子は誕生日の贈物を期待して来る。混乱のうちに 後続の小包みが届いて 中には5匹のペンギンがいた。ポッパーさんの行くところ行くところ 6匹のペンギンがついてきて 彼の仕事も家庭も振り回されて、、、。
というお話。

喜劇役者としてのジム キャリーのおとくい一人舞台だ。いくつになっても年をとらないキャリーとペンギンの組み合わせのおかしさに 引かれて観にいった。とてもまともな妻、優秀な秘書、反抗期の娘が ペンギンに振り回されるポッパーさん以上に ポッパーさんに振り回される様子がおかしい。
CGをたくさん使っているだろうが、ペンギンたちが列を作って ニューヨークの街中を歩き回ったり、博物館の廊下を流れる水とともに滑り降りたり、セントラルパークを横切ったりする。歩く姿が愛らしい。

GUGGENHEIN博物館は 超近代的な美しい建物で階段がなく らせん状のゆるやかな坂で、階上まで上がれるように設計されているが、この建物全部を使って 華やかなパーテイーが行われている。そこにポッパーさんを追ってペンギンたちが入り込み、氷と飲み物のトレイを倒した拍子に 最上階から流れる水とともに 下まで滑り降りる姿が素晴らしくて、笑える。アパートで、留守番するうちに、テレビで チャールズ チャップリンの白黒映画を、自分たちの仲間だと思って ペンギンたちが興味深く眺めるところも笑える。ニューヨークの真冬、アパートの窓とバルコニーを全開して、床に氷と雪で覆い 雪の上にシュラフに包まって寝るジム キャリーの姿も良い。

コメデイーだが、母親が他の男とデイトする姿に、傷ついている子供達の柔らかな心と、ポッパーさんの子供心が、マッチして、ほろりとさせられる。また 父親に贈られたペンギンを契機に、ポッパーさんが一番自分でやりたかったことをすることになった。よかった、よかった。
ペンギン騒ぎで ばらばらだった家族が すべて丸く収まって 子供向けの映画として、成功している。

コメデイ映画 「ブライズメイズ」



珍しくコメデイ映画を観てしまった。原題「BRIDSMAIDS」。
http://www.imdb.com/title/tt1478338/


監督 :ジュード アパロウ
キャスト
アニー :クリステイン ウィルグ
リリアン:マヤ ロドルフ
ヘレン :ローズ バーン

独身男達の仲間の一人が結婚するのを切っ掛けに 飲んだくれの男ばかりが メチャメチャをやる「ハングオーバー」その1とその2が、大受けしている。男達の無軌道ぶりが 桁外れなのが おかしい。もともと 友達の一人が結婚するとき 結婚式の前日に独身仲間が集まって、大馬鹿をやるという古くからの習慣がある。これは ハングオーバーの女性版ともいえるコメデイ映画だ。ブライドメイドとは、結婚前のパーテイーや 結婚式の準備に関わり 式当日には 花嫁の横にいて 式や披露宴が順調にいくように手伝う女性のこと。ふつう花嫁の親友が選ばれる。ブライドメイトを任されるということは、女性にとって とても名誉なことだ。

ストーリーは
40代にはいったアニーとリリアンは 高校生のときからの親友だ。むかし仲の良かった友達は みな結婚してしまい、独身でいるのはアニーとリリアンのふたりくらい。そのリリアンが結婚することになって、アニーがブライドメイドをまかされることになった。
アニーは ボーイフレンドと経営していたパン屋は 男に逃げられて倒産、いまのセックスフレンドは 単なる不倫関係、アパートの空いている部屋を人に貸して辛うじて食費を得ている。そんな状況を知っている 同じ同級生だったヘレンが、リリアンのブライドメイトを肩代わりしようとして、しゃしゃり出てくる。ヘレンはスーパーリッチの後妻だ。結婚衣裳も ブライドメイトたちのドレス選びやパーテイー会場選びも ヘレンの洗練されたセンスが アニーの先を行く。何もかもうまくいかず、アニーは 泣く泣くブライドメイトから下りなければならなくなって、、、、。
というお話。

女の力が強くなって晩婚、子なし夫婦が当たり前のアメリカで、40過ぎても結婚式が女にとって どんなに大切なものか女の固執ぶりが わかっておかしい。結婚式は 女がどんなにキャリアを積み重ねても 高給取りになってもまだまだ神話的な世界であって、夢の世界で女にとって確執以上のものだ。純白ドレスとベールをあきらめることが出来ない。そこが ばかばかしくて、おもしろい。

結婚式、女の友情、虚栄と競争心、、これが女性の弱点か。
アニー役のクリステイン ウィルグは、アメリカのテレビで活躍しているコメデイアンで、ヘレンはオーストラリアのテレビでお笑いをやっている女優だ。
女性版 ハングオーバーも、きっちり豪華豪勢な結婚式で歌って踊って楽しく終わる。つくずくアメリカのコメデイ映画だ。笑って ホロリとさせればそれで良しとする。下品で 下ネタが絶えない所もアメリカ的。
高級ブライダル店で吐いたり、何千ドルもするウェデイングドレス姿で路上でトイレをさせたり、あきれて笑えない。
不景気と失業と日常のストレスから一瞬でも逃れたいアメリカ人にとって こんな映画も 必要なのかもしれない。 醒めると むなしいけれど。

2011年7月14日木曜日

仏映画 「ナンネル モーツアルト 哀しみの旅路」



フランス映画、「MOZART’SISTER」、邦題「ナンネル モーツアルト 哀しみの旅路」を観た。日本では、限られた映画館で公開されていたらしいが、ここでは ごく限られた劇場で、1週間だけの公開だった。英語字幕つきのフランス映画は ここでは 人気がなくて観る人が少ないので 公開されてもすぐに終わってしまって、ビデオも出ないので、一度見逃すと二度と見る機会を失う。それにしても何とセンスのない邦題だろう。「哀しみの旅路」とは何のことか?べとべと湿っていて気持ちが悪い。映画と全然そぐわない。
http://www.youtube.com/watch?v=LC8uDF9PVoI

監督:RENE FERET
キャスト
父レオポルド  :MARC BARBE
母アンナマリア :DELPHINE CHUILLOT
姉ナンネル   :MARIE FERET
弟ヴォルフガング:DAVID MOREAN

ストーリーは
1763年 モーツアルト一家は 王侯貴族たちの招聘に応じてヨーロッパ各地を演奏旅行している。一行は 父レオポルド、母アンナマリア、14歳の姉ナンネルと 10歳の弟ヴォルフガングの4人だ。
父レオポルドは 5歳で早くも作曲をし、ピアノ ヴァイオリンを自由自在に演奏することができる 息子ヴォルフガング アマデウスに、ヨーロッパデビューさせることが目的だった。
パリをめざす途中で、一行の乗った馬車の車軸が折れてしまう。修理のために世話になることになった修道院には、フランス王 ルイ15世の3人の娘たちが暮らしていた。

ナンネルはここで 3人の娘のうち末娘のリサと親しくなる。リサはベルサイユで暮らす兄の音楽教師に恋をしていた。身分の違いで一緒になることはできないが 自分の思いだけは伝えたい。馬車の修理が終わり一家はベルサイユに向かうが、ナンネルはリサの恋文を託されていた。
ベルサイユで 父レオポルドは ヴォルフガングをみごとにデビューさせる。音楽の神童は どこでも歓迎された。そしてナンネルは ルイ フェルデイナンの音楽教師に無事リサの恋文を届ける。その時に ルイ フェルデイナン王太子に 呼び止められたナンネルは 求められるまま、王太子のために歌い ヴァイオリンを演奏する。そして14歳のナンネルとフランス国王の王太子は互いに惹かれあう。

王太子ルイ フェルデイナンはナンネルの音楽的才能を高く評価して 二人はしばしば会う様になる。ナンネルは ルイのために 自分が思いついた曲を楽譜に残して捧げたい。しかし、父レオポルドは女に音楽理論は理解できない と断じて作曲を禁じた。父は 幼いときからナンネルにクラビーア、チェンバロ、ピアノ、ヴァイオリンは教えたが、弟の伴奏役として考えて、女は結婚することが一番良いと、頑なにに信じていた。
ナンネルは 王太子に役に立ちたい一心で 家族がヨーロッパ旅行している間 一人パリに残り作曲の勉強をして、いくつもの曲を王太子に捧げる。しかし、彼は妻を迎えなければならず、妹のリサからも、別れるように宣告されて、ナンネルの恋は終わる。
というお話。

撮影は本当に ベルサイユ宮殿で行われた。
18世紀のブルボン王朝の華麗な宮殿、、、王侯貴族たちの美しい衣装、、そしてモーツアルトの音楽、、、これだけそろっていれば、他に何が必要だというのだろう。
とても美しい映画だ。
ヴォルフガング アマデウスを演じたデビッド モーランは 本当にヴァイオリンを上手に演奏した。ピアノを弾いている真似はできるが、ヴェイオリンを弾く真似はできない。本当に上級レベルのヴァイオリンを弾ける子供をアマデウスに抜擢していて 音楽だけでなく彼の演技も とても良かった。利発そうな愛くるしい顔、10歳ころの男の子は本当に可愛い。彼がベッドで でたらめを歌っている。するとナンネルが そのメロデイーに合わせて低音で歌い始める。二人してふざけて重唱しているうちに「これはいけるぞ。」とばかり、ベッドを飛び出してオルガンで連弾するシーンが とても良かった。こんなふうにして曲が出来てくることがわかって、興味深い。

ヴォルフガングが 何の土台もないところから 一人飛びぬけて天才として出てきたわけではなくて 作曲家としても優れたピアニストでもあった父と、声楽にもピアノにも優れた才能を持った姉がいて、それをしっかり支える母もいて その上でヴォルフガングが育ってきたことが よく理解できる。父親も母親もしっかりと二人の子供に愛情を注ぎ込んでいる。
ザウスブルグの彼の家に行ってみると、彼は家族に沢山の手紙を残しているが、いつも家族への愛に満ちていて、家族の調和がいかに 彼にとって大切だったかが想像できる。だから、レオポルドとアンナマリアが、思ったとおりに映画で描かれていて嬉しかった。

ナンネルが恋に陥るルイ フェルデイナン役も、とても良かった。ちょっと病的で ひ弱な感じで かんしゃくもち。決して王座に座ることなく 父ルイ15世よりも先に死んでしまう永遠の王太子。本当にこんな人だったのだろう。
ナンネル役は この映画の監督の娘だが、とても清楚で良かった。この恋のあと、ナンネルは作曲家としても、音楽教師としても成功したに違いないのに、自分で選んだ夫を父レオポルドに反対され、裕福な判事のもとに嫁がせられ 愛のない結婚生活を生きた。

ヴォルフガングも、コンスタンサと結婚して 貧困のどん底で若死にする。
ナンネルも、ヴォルフガングも 父の庇護のもとで子供時代をもっとも幸せに過ごしたが、大人になってからはそれがかなわなかった。
事実が痛ましいだけに、初々しい二人の子供時代の才能と美しさが際立っている。

とても満足した。良い映画だ。
厳密に時代検証すれば、ナンネルが恋をしたルイ フェルデイナンは 映画のように17歳ではなくて、もうおじさんだったはずだ。その息子(後のルイ16世)も マリーアントワネットもベルサイユに居て良いころの話だ。映画作りのための時代検証の甘さがちょっと残念。

2011年7月6日水曜日

映画 「ツリー オブ ライフ」



映画「ツリー オブ ライフ」(THE TREE OF LIFE)を観た。
今年5月の 第64回カンヌ映画祭で、最高の名誉である パルムドール賞を受賞した作品。日本公開は8月12日。
http://www.imdb.com/title/tt0478304/

監督:テレンス マリック
キャスト
父オブライエン: ブラッド ピット
母      : ジェシカ チャステイン
ジャック   : ショーン ペン

ストーリーは
今や人生の盛りを越したジャックは、建築家として成功しサンフランシスコ(ニューヨーク?)に住んでいる。仕事に疲れた彼が しきりと思い出すのは自分の子供時代の思い出ばかりだ。
厳格な父、優しい母、3人の男の兄弟の長男として父と母に愛されて、幸せな少年時代を送った。父は 敬虔なクリスチャンで オルガンを弾く。自分を子供達が呼ぶのにサーをつけて呼ばせ、躾に厳しいが、いつも愛情をもって見守ってくれていた。母は美しい女性で、どんな時でも子供の味方になってくれた。楽しい子供時代、森での冒険、クラスメイトの女の子への淡い恋心、母親のお供で買い物に行った町の様子、家が火事になり大火傷をした友達、弟への嫉妬、競争心、、、いつもいつも両親がそばに居てくれた。
そんな父が 失業し 思い出のつまった家を売ることになり、引越しをする。それから大分たって、弟が死ぬ。弟の死は何だったのか。自分の命を育んでくれた両親は自分にとってどんな存在だったのか。ジャックは考える。
というお話。

本当は、この映画にストーリーはない。物語の起承転結やドラマやストーリーは何もない。
最初の30分ほどは 生命の誕生を顕微鏡のミクロの世界で写しだしたり、海洋の水の流れ、海の中の生きる生き物達、風、ゆれる木々、古生代の恐竜まで出てきて、ナショナルジェオグラフィックのようだ。それぞれの映像に何の脈絡もなく ただ美しい映像が次々と映し出され、荘厳な音楽が流れる。ブラームス「交響曲第3番」が流れる。囁き声で マザーとか、命とか誰かが囁く。
物語を期待して見ると 完全に裏切られる。綺麗な音楽と何の脈絡のない画像ばかりをしばらく見せられて、となりに座っていたおばあさんは もうすっかり眠ってしまった。

ジャックが生まれ 若い父親(ブラッド ピット)と母親(ジェシカ チャステイン)が愛情をたっぷり注ぎ込む。ジャックがヨチヨチ歩きの時に 弟が生まれ、そして末の弟も生まれる。
3人の男の子が自然いっぱいの家の周りでふざけまわる長い長いシーンには スメタナの「モルドヴァ」が使われていて 管弦楽が高らかに鳴り響いて感動した。ソビエトの圧政下で禁止されながらもチェコスロバキア人の誇りを「交響曲 わが祖国」に託してを演奏し続けた「モルドヴァ」。無垢な少年達が飛びはね、ふざけて笑い、はじけるような歓喜のシーンに この曲の第一楽章全部を使うなんて、何と言う大胆な贅沢。

イマジネーションの羅列と言うことも出来るし、一人で連想ゲームを楽しんでいる、ということも言える。監督は完全に、自分の世界で遊んでいる。この映画は 監督自身の個人的な思いを音楽と映像で並べ立てた 抒情詩だ。

彼の作品「2001年宇宙の旅」(A SPACE ODYSSEY)を観ていないので、よくわからないが、この監督はバーバードでも オックスフォードでも哲学を学んだ学者さん ということだ。

しかし、ブラームス、スメタナが高らかに鳴っていたのは前半で、後半はバッハとレクイエム 賛美歌ばかりに変わる。
宗教的な啓示に満ちている。
天国も出てくる。へクター ベルリオズの「レクイエム」をバックに 死んだ人々が昔のままの姿で出てきて 渚を素足で歩いていく。天国に向かって。

ハシゴも出てくる。天に登るバベルの塔だ。ノアの洪水も出てきて、プールで溺れて死ぬ子供が出る。罪人に水を施すマリアのような母。それから 汚れた足を洗う女も出てくる。敬虔なクリスチャン家庭に育った少年時代を思い起こせば 聖書をさけて通ることはできない。神なくして人生の哲学はない。そういえば、題名の「ツリーオブ ライフ」は 聖書の言葉だった。知恵の樹と、命の樹のツリー オブ ライフだ。

外国で暮らしていて いつも興味深く観察するは こういった知的で芸術的で、さらに抽象的、印象派的な作品に対する観客の反応だ。日本だったら、この映画を観て 人々はおとなしく上品に「なかなか味わいのある映画でございました。」などと言うのだろう。
私が見ていた映画館では、映画が終わったとたん、失笑の渦と ため息の氾濫。「マイガーッシュ!!!イナッフ イナッフ!」(おやまあ、、もう沢山よ!)と大声のおじいさん、、、。完全にこの映画、ここでは 受けませんでした。
おいおい、みなさんクリスチャンでしょう? カンヌで最高の賞を受賞した映画なんですけど、、。ブラピが出ている映画なんですけどー。

いくら芸術でも 気取りや粉飾やおせじが効かないのが、オージー気質。わかっているつもりだったが、詩情たっぷりの美しい映画を みごとに拒否してくれたオージーたちの反応をみて、改めて オージーは正直だな と思った。
でもわたしも、ブラッド ピットが出ていなかったら この映画 最後まで観なかったかもしれない。彼がオルガンでバッハの「トッカータとフーガ」を弾くシーンがとても素敵だ。 ブラピのファンなら 3分間のこのオルガンのシーンのために、2時間20分の映画を我慢して座っているのも耐えられるでしょう。

2011年7月4日月曜日

2011年 上半期 漫画ベストテン




今年に入って1月から6月までに読んだ漫画は70冊ちかく。
シドニーで 日本の漫画は手に入りにくく、雑誌連載で継続中の漫画は 単行本が出て、こちらに送られてくるまで待たなければならない。従って日本に居る人たちより ずっと遅れて読む。ベストテンの中には 新作ばかりでなく 松本大洋の「花男」のように 古本でやっと手に入った作品も含まれている。
ちなみに 2010年 一年間に読んだ漫画のベストテンは
「バガボンド」、「リアル」、「聖おにいさん」、「竹光侍」、「宇宙兄弟」、「神の雫」、「ちはやふる」、「リアルクローズ」、「きのう何食べた」、「海猿」だった。

第一位=「リアル」 井上雄彦
第2位=「聖おにいさん」 中村光
第3位=「宇宙兄弟」小山宙哉
第4位=「3月のライオン」 羽海野チカ
第5位=「情熱のアレ」 花津ハナヨ
第6位=「神の雫」オキモトシュウ 亜樹直作
第7位=「ジェラールとジャック」よしながふみ
第8位=「BAKUMAN」大場つぐみ
第9位=「舞姫テレプシコーワ」1-10巻 山岸涼子
第10位=「花男」松本大洋 1-3巻
第10位=「漫画で分かる心療内科」1-2巻 ゆうきゆう作 ソウ画

第1位の「リアル」
井上雅彦の「バガボンド」が止まっていて、ずっと気になっているが その分「リアル」が ゆっくりながら続いていて、井上ワールドの夢を見続けることができて幸せだ。彼の絵もストーリーもみんな好きだ。この人ほど 登場人物ひとりひとりに命を吹き込むことが上手な作家は 他に居ない。野呂明美が大好き。なにひとつ取り得がない。自分のせいで下半身麻痺になってしまった夏美を前にして、「どうして今までくすぶっていたんだ。どこまで行けるか確かめもしないで。」と、ひとり立ち上がる。登場するひとりひとりが困難を抱えて 実にリアルに燃えて生きている。とても励まされる漫画だ。

第2位 「聖おにいさん」
このおもしろさは巻を経ても 全然ダレない。何巻から読んでも いつでもおもしろい。ページをめくるごとに笑える。知識が豊富で才能ある作家だ。松田ハイツに住む「目覚めた人ブッダ」と「神の子イエス」が 下界で日常生活を送る。会話が実に冴えている。
楽器屋に入って、、、 カートコバーン愛用のムスタングギターや ジミヘンのギター、ボンゾのドラムを見せて、3人とも若くして突然亡くなった 天才は何故早く逝ってしまうのか、、、と嘆く店主に、ブッダは青くなり、そういえば「弁財天さん今年は天界で大きな音楽フェスやるって。」するとイエスが「気のせいだよ 偶然だよ。」と慰め「業界の黒い秘密に触れてしまいそうだね。」と、二人して口をつぐむ。で、ブッダが「弁財天さんがロックバンドで雷神さんにスネアドラム叩かせようと、」と言えば、イエス「ミカエル大天使さんはお兄ちゃんっ子だから ルシファーに影響されてデスメタルみたいな声で歌ってみたいとか、ラファエルがグレゴリー聖歌のテクノREMIXしたいとか、、」と応ずる。イエスがカラオケで森進一の「おふくろさん」を歌えば、ブッダは「それってアベマリアに相当するから まずいんじゃない?」などと言う。知識がないと笑えないが、とにかくおかしい。読んでいる間中 笑いが止まらないから、電車の中や、病院の待合室などでは絶対読めない。

第3位「宇宙兄弟」
読者はみんな 出来の悪いお兄ちゃんの味方ではないだろうか。優秀で心優しい弟、俗物で身勝手な両親の家族の中で、取り得のないお兄ちゃんが 頑張る様子に 心から応援せずにいられない。

第4位「3月のライオン」
不幸な過去を持つ高校生の主人公が 将棋の世界で生きる。悲しいことに慣れっこになってしまった小さな魂が痛々しい。読んでいるうちに いつしか彼に強く共鳴している。

第5位「情熱のアレ」
珍しい。女性向けの性教育になっている。無知な女より何でも知っている女の方が良いに決まっている。知らなければただの無知だが、知っていれば知識を生かすことも 知らないふりをすることも出来るからだ。

第6位「神の雫」
はじめの1-2巻に興奮して感動した読者の半分は もう飽きてこの漫画から離れてしまったのではないだろうか。この作者は 話を伸ばしすぎる。読者は疲れてきた。けれど最後の結末を見たいばかりに 読み続けている。神咲雫の勝負は もう28巻になったのに まだ半分の道のりだ。もんくを言いながら読んでいる。

第7位「ジェラールとジャック」
よしながふみの絵が好きだ。これはボーイズラブのこの作品、革命期のパリを背景にしていて それなりおもしろかった。この人の作品では、「愛すべき娘たち」、「1限目はやる気の民法」、「愛がなくても食ってゆけます」、「大奥」、「きのう何食べた」などを読んできた。なかでは「西洋骨とう洋菓子店」が一番内容も絵も良かった。これに勝る作品は他にない。

第8位「BAKUMAN」
二人の少年の漫画に対する熱が伝わってくる。漫画の作り方やデビューの仕方、漫画の成功の鍵を握るのが 編集者の能力次第だという内幕もわかって興味深い。ほかに漫画家を描いた島本和彦の「吼えろペン」1-13巻も たわいないが、おもしろく読んだ。

第9位「舞姫テレプシコーワ」
少女漫画の典型。バレエ漫画だが、映画「ブラックスワン」並みの怖さ、恐ろしさがあって、結構読ませる。

第10位「花男」
松本大洋の独特な世界が好き。この人の描く 本当に邪気のない、まっすぐ無邪気な男を愛さずにはいられない。

第10位「マンガで分かる診療内科」
心理士の心内療と看護士宮越あすなのコンビが バカバカしいギャグを連発しながら うつ病、ぺデファイル、幻聴、認知症、適応障害、パニックアタック、不眠症、といった病気をわかりやすく解説する。精神病や神経症に偏見を持っている人や 知識のない人には良い啓蒙書になっている。

2011年7月2日土曜日

2011年 上半期 映画ベストテン




2011年の1月から6月末までの間に 映画館で見た新作映画は26本、ヴィデオは14本 合計40本。
それ以外に、映画館で HD劇場ライブのフイルムのオペラを数本観た。その中では ロンドンのロイヤルオペラ シアターの「カルメン」と、ニューヨークメトロポリタンオペラの「ヴァルキューレ」が良かった。本当のオペラを劇場で観たのは オペラオーストラリアだが、「カルメン」がやっぱり良かった。
2010年に観た 映画ベストテンは、「終着駅トルストイの謎の死」、「剣岳 点の記」、「アバター」、「インセプション」、「シャッターアイランド」、「ゴーストライター」、「ソーシャルネットワーク」、「リミット」、「インヴィクタス負けざる者たち」、「ドン ジョバンニ」以上の10作品だった。2011年の上半期のベストテンは、

第1位=「英国王のスピーチ」 1月23日の日記で映画評を書いている。
第2位=「ザ ファイター」 1月25日
第3位=「ヒア アフター」 2月15日
第4位=「127時間」 2月24日
第5位=「コンヴィクション」 3月5日
第6位=「ソース コード」 5月11日
第7位=「オレンジとサンシャイン」 6月14日
第8位=「ノルウェイの森」  6月27日
第9位=「ザ ウェイ バック」 3月28日
第10位=「ふたりの女」

第1位 「英国王のスピーチ」
主演のコリン ファースがアカデミー主演男優賞をとり、脚本家が脚本賞を受賞した。この脚本家は 自分の書いたものを 亡くなった英国王ジョージ5世の妻(エリザベス女王の母親)に見せて、映画化の許可を願い出たが、彼女に「吃音障害を持った夫のことは、余りにもつらい思い出なので 映画化するのは自分が死ぬまで待って欲しい。」と言われた。彼女はとても長生きしたので 脚本家は20年余り待たなければならなかった。20年間暖められてきた作品がようやく映画化されて、芸達者な訳者ばかりが出演して完成度の高い映画になった。
コリン ファースも良かったが、人を食ったような言語療法士のジェフリー ラッシュの演技は本当にうまい。映画館でオージー俳優のジェフリー ラッシュが出てくるたびに 観ていたオージーたちが手をたたいて笑い転げ、男の友情に涙する様子が これまたおもしろかった。

第2位 「ザ ファイター」
クリスチャン べイルの役者としての徹底した役作りに ただただ感服、脱帽する。役になりきるということが こういうことなのか。「マシニスト」で体重を35キロ落とし、カンボジアの米軍捕虜役で20キロ痩せて、「アイアム ノット ゼア」で ボブ デイランになりきって、「ダークナイト」のバットマンと、「ターミネイター4」で 立派で美しい肉体美を見せてくれた。
この映画では ドラッグ中毒の元ボクサーの役。ガリガリにやせ細った体で、鋭いジャブを出す。予告編のフイルムを見た時は、彼だとわからなかった。弟役のマーク ウェルバーグも ごまかしの効かないボクサーの体作りで、しっかりクリスチャン べイルの役者魂を引き継いでいた。この映画も芸達者の役者ばかり集めていて ほんの端役まで手抜きがない。優れた映画だ。

第3位 「ヒア アフター」
心に傷をもった人たちの 心の再生を描いた クリント イーストウッドが作った32番目の映画。愛する人を突然失ない、哀しみを持っていく場を持たない人にとって とても慰めになる映画だ。

第4位 「127時間」
単独登山中 落石に手を挟まれて動けなくなり 自ら腕を切り落として 127時間後に生還したアーロン ラストンの実話。軽やかな音楽とともに ジェームス フランコが岩山に登り、自然と戯れる。とても素敵な役者だ。アメリカ ユタ州の広大な自然が美しい。山を愛する男は みんな 孤独だが勇敢で心優しい。

第5位 「コンビクション」
身の覚えのない殺人を犯したとして収監された弟を救うために、シングルマザーの妹ががんばって弁護士になり 無罪を勝ち取り弟を連れ戻す 実際にあったお話。ヒラリー スワンクのがんばりが、迫力満点で 勇気をもらえる。

第6位 「ソース コード」
アフガニスタンで戦死した空軍パイロットのジェイク ギレンホールが 死ぬ直前の脳の記憶装置を 実験的に利用されて これから起こるテロを事前に食い止める という近未来SF映画。名作「ジョニーは戦争に行った」のような 優れた反戦映画に仕上がっている。

第7位 「オレンジとサンシャイン」
イギリスとオーストラリア政府の合意によって 1970年代までの間に 13万人のイギリスの子供達が ボートに乗せられてオーストラリアの孤児施設などで 強制労働を強いられたという 歴史的事実を暴露した映画。つい最近になって両国の首相が 議会で正式に謝罪したが 謝って済むことではない。人口たかだか2千万人の国に 17万人の傷ついた子供達がいる。その労働力によって発展してきたオーストラリアの恥ずべき歴史の暗部を前にして、言葉もない。

第8位 「ノルウェイの森」
村上春樹の原作を ベトナム人のフランソワ トリュフォーと言うべき トラン アン ユン監督が映画にした。音楽と映像が美しい。会話がなくても音楽と映像だけでも 完成した映画になっている。

第9位 「ザ ウェイ バック」
1949年にシベリア流刑地から脱走して ゴビ砂漠を越えヒマラヤを迂回して インドまで逃れたポーランド人とロシア人捕虜の実話。ナショナル ジェオグラフィックが協賛しているだけあって 雄大な自然が素晴らしい。6500キロを自由を求めて歩いた男達に感動する。

第10位 「ふたりの女」
1960年作品 ビットリア デ シーカ監督。ソフィア ローレン主演 ジャンポール ベルモンド共演の白黒フイルム映画。若いときに これを見逃していたので どうしても観たいと長年思っていたが、VHSフイルムしかなくて手に入れようがなかった。2006年に「クラシックシアター」名作シリーズで 2本の古い映画と抱き合わせでDVDが出されたので ようやく手に入れて観ることが出来た。
第2次世界大戦中 ローマに住んでいた シングルマザーのソフィア ローレンは 13歳の娘を連れて田舎に疎開する。ロ-マは 日々空爆で危険になっていて、田舎に通じる道も、連合軍のスパイや、ドイツ軍や、イタリアの軍事政権で混沌としている。避難の途中で 母娘はモロッコ兵によって輪姦される。自分だけが傷つくならいい。しかし自分の娘がひどい事をされるなんて許せない。ソフィア ローレンの大きな瞳が絶望し、素足で土を蹴って前に進んでいく姿に圧倒される。大昔の名作を観ることが出来て 嬉しい。

2011年6月29日水曜日

映画 「ノルウェイの森」


日本での映画公開から半年たって、やっと この映画がヴィデオで手に入ったので、観て見た。
ハルキの世界がそのまま映像になっていて、驚いた。監督 トラン アン ユンは、フランス語の翻訳でこれを読んだそうだが、とても深いところで ハルキの世界を理解していることがわかる。翻訳者も優れているのだろう。
ハルキは ユン監督から映画化の申し出があったとき すぐに快諾したという。ハルキの作品は ベストセラーになり、36言語で翻訳され世界で出版されている。小説の中に出てくる音楽のCDが流行ったり 携帯電話のコールに使われたりもしているそうだ。ノーベル文学賞受賞も目前らしい。
彼が過去に生み出した作品は すべてとっくに彼自身の手からは離れているのだ。それでいいのだと思う。

原作:村上春樹
監督:トラン アン ユン
キャスト
ワタナベ:松山ケンイチ
直子  :菊地@子
ミドリ :水原希子
キズキ :高良健吾

ストーリー
キズキと直子は3歳の時からいつも一緒に育って成長してきて 互いに無くてはならない強い結びつきを持っていた。そんなキズキの親友ワタナベは 中学でも高校でも キズキと直子と3人で一緒に遊んで過ごした。
しかしキズキは17歳で自死、ワタナベは 一人東京で大学生活を始める。そして偶然、直子と出会う。二人はひんぱんに会うようになり、直子の20歳の誕生日に二人は結ばれる。しかしワタナベの不用意な一言が 直子のキズキを失った傷を再び痛みつける。直子は東京を去り、京都の山奥の療養所に入所してしまう。療養所に直子を訪ねたワタナベは、直子とキズキの間にあった傷に触れることになって 直子を守ることがキズキに託された責任だと思い込む。しかし直子は、、
というお話。

テーマは二つ。
ひとつは 愛する人を失った喪失感から 人は抜け出せるのだろうか ということ。
もうひとつは 愛があって肉体が結びつくことができない不毛の愛に 人は耐えられるかどうか ということ。
3人が3様の答えを出す。キズキは17歳で自死し、「永遠に17歳である」ことで結論を出し、直子は 21歳まで生きるが 喪失から抜け出せずキズキの後を追うという結論を下す。ワタナベは 直子を失うことによって、2度も親友のキズキを失う。だから彼はこんなに悲しかったのだ。彼は二人を失って キズキの親友に託された責任を負うこともなく、初めて自分自身のひとりだけの自由を得る。3人3様の結論。人は自分の選択を生きるしかない。

ハルキ独特の世界、空気が透明で 生活の匂いがしない。登場人物は極端に口数が少なく ひとことひとことに とても大切な意味合いが含まれている。女は 危うく揺れ動くが 男はいつも誠実だ。そういったハルキの世界が 忠実に映像になっていて、とても良かった。

直子の療養所のある田舎の自然描写が秀逸だ。カメラワークが独特。自然が中心で その端っこの隅に人が佇む。
山々の緑、陽を受けた川の輝き、冬の始めの雪原の美しさ。これに音楽がとても合っている。弦楽重奏の使い方が素晴らしい。直子の不安、罪悪感、喪失感 死者のささやき、幻覚、幻聴が そのままヴァイオリンの不協和音で表される。うまいな と思う。

ユン監督は ベトナムのフランソワ トリュフォーだ。トリュフォーは 壮大な抒情詩のような映像を たくさん残した。 彼がフイルムに中で映し出す緑は ふくよかな貴婦人が佇む印象画に出てくる 光り輝く緑だ。それをユン監督は継承している。「青いパパイヤの香り」の詩情たっぷりの映像の美しさ。「シクロ」の画面の美しさ。若く 貧しい青年達の無残な姿が 美しいベトナムの情景の中で 浄化される。
まだ若い監督だ。彼の前作にくらべて画面のひとつひとつが、はるかに洗練されてきた。音楽の使い方が前作に比較できないほど素晴らしい。自身でも「音楽はインスピレーションと思考をもたらす言語だ。」と言っているが、映像と音楽の使い方がとても良い。

ハルキと同じ時代を生きてきた。
安保、ベトナム反戦、安田講堂、防衛庁攻撃、明大学生会館、六角校舎、神田カルチャラタン、、、おびただしい数の学生達が傷つき、たくさんの自殺者を見送った。殺された仲間も居た。大切なのに失った人が沢山居た。
直子の苦しみも、当時の自分の苦しみに重なる。
「20歳が美しいなんて、誰にも言わせない。」ポール 二ザンじゃないけど、、どうしてあのころ 平和になったベトネムなんか見たくないとでも言うように みんな急いで逝ってしまったのだろう。

ミドリの会話やワタナベの言葉が エキセントリックだと言う人が居る。あの時代 みんながエキセントリックだった。トロッキー、バクーニン、フロイト、ヴィトゲンシュタインとか ごっちゃにしながら付け焼刃で仕入れた知識をその日のうちにしゃべらずに居られない。女の解放、性の解放を言いながら男物のジーンズで走り回って 不器用な恋をした。今も古傷に触れれば血が滲む。
とても共感できる映画に仕上がっている。

2011年6月27日月曜日

メトロポリタンオペラ 「ヴァルキューレ」



オペラ「ニーベルングの指環」は ワーグナーが26年間かけて完成させた一大叙事詩だ。ギリシャ神話をオペラにしたもので、バイエルン国王 ルードビッヒ2世という 半端ではないパトロンなしには 絶対完成できなかった作品。
全曲の初演は1876年8月13日から17日、バイロイトオペラハウスで発表された。普通 4部に分かれていて、14時間30分の上演時間を、4晩に分けて上演される。4部とは 「ラインの黄金」、「ヴァルキューレ」、「ジークフリート」と「神々の黄昏」だ。

今回 ニューヨークメトロポリタンオペラのHDフイルムを 映画館で観たのは 「ヴァルキューレ」3時間40分。
指揮:ジェイムス レビン (JAMES LEVINE)
解説:プラセド ドミンゴ

ヴォータン  :ブライン ターフェル (BRYN TERFEL)
ブリュンヒルデ:デボラ ヴォイト (DEBORAH VOIT)
ジークムント :ヨナス カーフマン(JONAS KAUFMAN)
ジークリンデ :エバ マリア ウェストブレック(WESTBROEK)
フリッカ   :ステファニー ブライス(BLYTHE)
フンデイング :ハンス ピーター コング (KONG)
http://www.metoperafamily.org/metopera/broadcast/template.aspx?id=16210&prodpage

ストーリーは
神々の一番上に立つ神、ヴォータンには人間との間にもうけた子供、双子の兄妹がいる。二人は生後 別れ別れになっていた。妹ジークリンデは 愛のない結婚でフンデイングの妻になっている。
ある嵐の夜 戦で傷を負った戦士ジークムントが 助けを求めてきたのがジークリンデの家だった。二人は一目観るなり 恋に陥り激しく愛し合うようになった。そこに夫 フンデイングが戻ってきて ジークムントと決闘することになった。ジークリンデは 父が残した霊剣を兄に渡す。

一方 ヴォータンは それを見ていて ジークムントを助けてやりたいが 正妻フリンカの猛反対にあって、息子ジークムントを処分するために娘のブリュンヒルデを送り込む。
しかし、ブリュンヒルデは 父が本当はジークムントを助けてジークリンデとの愛に生かしてやりたい気持ちを持っているのを知って、ジークムントに加勢する。しかし、ヴォータンが与えた霊剣をもっても 傷ついたジークムントは 決闘に敗れて死んでしまう。いとしい人を失ったジークリンデは、死を望むが ブリュンヒルデは ジークリンデにはジークムントの子供の命が宿っていることを教えて 折れた霊剣を持たせて森に逃がす。
娘ブリュンヒルデが 父に背いたことを知った父ヴォータンは 娘に愛を感じながらも 娘を罰するために 炎で取り囲んだ中に封印して眠らせてしまう。
というストーリー。

イタリアオペラが大好きだけれど、ドイツオペラもすごいなと思う。見終わって 感動の波が序序に競りあがってきて もう息もつけない。3時間40分の長い長い夢を見ていたようだ。
極端に重唱が少なく、どれもが独唱で、それがすべてどっぷり じっくりと聞かせてくれる。一般的なオペラでは 心を奪われるような しっかり聞かせてくれるアリアはせいぜい2-3曲だ。しかし、このオペラでは、ほぼ全曲が独唱の連続だ。
オーケストラの奏でる音楽が素晴らしい。管弦楽が特に 光っている。
とても一人の作曲家が全部を作り上げたとは思えない。本当に、天才の作曲家が何年も何年も時間をかけて 構想して構築して練り上げて、作り上げた完成品だ。本当に素晴らしい。
このような芸術の遺産に、いま触れることが出来る贅沢が 心から喜ばしい。

ジークムントとジークリンドの出会いと互いに愛し合う テナーとソプラノがとても美しい。ジークムントをやった ヨナス カーフマンという人は、若くてギリシャ彫刻のような美しい顔をしている。テナーの声も美しくのびて 力強い とても男性的なテナーだ。聞き惚れて、見惚れる。

ヴォータンのブライン ターフェルのバリトンが パワフルで美しい。今一番人気のあるバリトンではないだろうか。彼の神様の重厚で厚みのある声が胸に迫ってくるが、彼は役者としても一級だ。表情など、怒った顔は火の様に燃えていて怖い。父に背いた娘を怒りながらも 一番のお気に入りの娘だったブリュンヒルデを罰することの 心の痛みが伝わってきて泣かせる。

ブリュンヒルデを歌ったデボラ ヴォイドは ソプラノの人だが剣と盾をもって戦う勇ましいヴォータンの娘を演じてアルトっぽいアリアを沢山歌った。戦士の娘が父の前に立つと 父に思わず幼児のように駆け寄ったり けなげで いじらしい娘の姿も見せる。最後は舞台中央が 盛り上がって10メートルも高いピラミッド状になり そこから眠ったまま逆さ吊りにされて まわりを火で囲まれる。舞台が真赤に染まり その下で苦悩する神々の神ヴォータンの嘆く姿が ひとり浮き出されて終わる。
絵のように美しい。この美しい劇的な光景が忘れられない。とても感動的な終わり方だ。たくさんの舞台を観てきたが これほど 激しく脳裏に焼きつくようなエンドは稀だ。

このあと、話は続いて 身ごもったジークリンドは隠れ家でジークフリートを産む。この若き英雄が ブリュンヒルデの炎を解いて彼女の眠りを覚まして、活躍する。
長い長い 叙事詩だ。オペラをもってギリシャ神話を生き生きと甦らせて総合芸術に仕立てあげたワーグナーの才能と、それを支えたルートヴィッヒの遺産に改めて感動する。

2011年6月23日木曜日

二人目のマゴ



6月16日に二人目の孫が生まれた。
獣医で 救急病院に勤める次女の 二人目の赤ちゃん。最初が女の子で、今度が男の子。1年9ヶ月 離れた姉弟になる。
出産という重労働を乗り越えて 終始冷静に新しい家族を迎えた娘に 心からご苦労様と言いたい。そして、おめでとう。

東京生まれの娘は 親戚も頼れる人もいないフイリピンという父親の赴任先で、たった13歳で父親をなくした。そのまま外国に留まり 大学を終え、専門職に就き、家庭を持った。誰にでもできることではなかったと思う。迷いもあったが 帰国せずに オーストラリアに移住してよかったと思う。

娘の陣痛が始まったのが 15日の朝。
私は病院の夜勤を終え、ベッドに入ったばかり。「陣痛が始まったよ。」という娘のことばに 「あ、そう良かったね。」と応じて そのまま眠ってしまった。夢の中で「寝ていて良いのだろうか?眠って良いのだろうか?」と誰かが問いかける。ふむふむ。そうか、、、こんなことはしていられなかった。
ガバ と起き上がり 職場に電話をかける。今日から休暇をください。お願いお願い。休暇願いは 一週間後からとって許可も得ている。そのころが予定日だった。でも予定は未定。今日から休暇を 何が何でも取らなければならない。マネージャーの機嫌が良くて 助かった。ラッキー! 職場に急行して休暇届を出して 娘の住むニューカッスルへと、車を飛ばす。

3時間の運転の間中 「間に合いますように 間に合いますように」と まじめに祈った甲斐あって、娘が笑顔で出迎えてくれる。娘に代わって 家事をしたり 夕食を作ったり、1歳9ヶ月の孫の遊び相手をしている間も、娘は痛みに必死で耐えている。

オーストラリアでは 妊婦が破水しても 子宮口が3センチ以上開かないと 病院に入れてくれない。陣痛の痛みが どんなに激しくても 陣痛を促進するために病院の外を歩いてくるように言われる。 痛みでパニックを起こしている妊婦でも、家に帰される。出産は自然の営みなので妊婦を病院では 患者扱いしてくれないのだ。出産後もすぐに シャワーを浴びさせられる。トイレも自分で行かなければならない。入院は1日か2日だ。入院中の食事も自分で取りに行かなければならない。だから 日本に居た時のように 出産のときにずっと助産婦がついて励ましてくれたり、産後1週間入院させてくれる日本の出産を知っている日本人産婦のカルチャーショックは大きい。娘は 家でしっかり我慢をして夜になって 夫と病院に行った。

孫が眠り、娘とその夫が病院に留まり、離れで眠っているうちに夜中の1時に 生まれたばかりの赤ちゃんの画像が携帯電話に送られてきた。
おめでとう。良かった、良かった。

朝、シドニーから 上の娘が やって来た。その娘と孫とで 産婦を見舞う。産後12時間というのに、娘はジーンズ姿で元気だ。一緒に病院の食堂でコーヒーと 上の娘が持ってきたケーキを頂く。
娘と生後1日目の孫は、一晩 病院に泊まって、翌日の朝、帰宅。
やれやれ、、、。
とてもうれしい。

2011年6月22日水曜日

映画 「スーパーエイト」




映画「グーニーズ」みたいな少年達が 「ET」みたいな出会いをして、「スタンバイミー」みたいに成長する映画だ、、、と宣伝されたら、観ずにいられないだろう。行って観てきたが、残念ながら 「グーニーズ」の興奮、「ET」の感動、「スタンバイミー」の共感を期待していると、そのどれにも裏切られる。強いて言えばトム クルーズの「宇宙戦争」が好きな人には 見る価値があるかもしれない。
http://www.youtube.com/watch?v=vpzUCA5i6zY

題名の「スーパーエイト」は、スーパー8ミリのカメラのこと。
1979年、夏、オハイオ州の小さな街。
ジョーは 母親を交通事故で亡くす。兄弟なない。父親は町の警察官だ。多忙を極める父親を見てきた街の人々は 一人残されたジョーを心配する。ジョーは母親が死ぬまで身に着けていた 息子を抱く自分の写真の入ったペンダントをいつもポケットに忍ばせている。

夏休み。ジョーと4人の仲間は 8ミリカメラで映画を作っている。太っちょのチャールス、カーレイ、マーテイン、プレストンだ。伊達男の私立探偵が ある事件を追っているうちに 犯人がゾンビであることを突き止めるという恐怖映画だ。探偵の愛人役に、アリスに頼んで出演してもらうことになった。ジョーもチャールスもアリスのことが とても好きだ。

撮影場所は駅舎。
アリスを含む6人は、深夜 家を抜け出して駅で映画撮影を始める。そこを列車が通過する。 すると、列車の進む方向から トラックがやってきて列車に衝突し、列車はことごとく脱線して燃え上がる。少年達は命からがら 逃げ回るが、駅に置き忘れてきたカメラのフイルムは 回り続ける。6人の子供たちは列車に衝突したトラックと それに乗った男を見つける。それは、半死状態の学校の生物の先生、ドクターウッドワードだった。驚くことに、先生はまだ生きていて、ジョーたちに「今見た事を誰にも言ってはならない。軍が来て お前達を見つけたら殺すだろう。早く逃げろ。」と言って銃でジョーたちを脅かす。6人は恐怖に駆られて現場から遁走する。そうしている間にも 何百という軍人を乗せたトラックが どこからともなく集結していて、周辺が封鎖された。

ジョーたちは翌日 顔をあわせても あったことについて口を閉じていた。街は軍人達であふれている。彼らは事故の処理で忙しい。街の警察官のジョーの父親は、軍に協力を申し出るが 相手は断り そっけない。
この日を境に、街中の犬が居なくなり、車のバッテリーは盗まれ、電線が断ち切られ、停電ばかりするようになった。不思議なことばかり起きて、一人、また一人と、住民が消えて居なくなる。

ジョーとチャックは 現像した8ミリカメラのフイルムを観ていて、そこに横転した列車から何か、異様な生き物が出てくるシーンを目撃して、衝撃を受ける。
軍は 次々と転覆した列車事故の跡に、火を放ち 何かの証拠を消すかのようだ。ついに住民は 避難するように命令され 人々は着の身着のままバスに乗せられる。
アリスが父親の目の前で 何物かに連れ去られた。その何物かを目撃したアリスの父親の言葉に ジョーは誰がアリスを誘拐したのか 確信して 彼女を助け出す決意をする。ジョーと4人の仲間は学校に忍び入り 列車転覆事故の原因になったドクターウッドワードの研究室を調べる。そし列車から逃げ出した正体が、、、
という お話。

監督:JJエイブラムス
製作:ステーブン スピルバーグ
キャスト
ジョー  :ジョエル コートニー
ジョーの父:カイル チャンドラー
アリス  :エル ファニング
アリスの父:ロン エルダート
チャールス:ライリー グリフィス
カーレイ :ライアン リー

1979年オハイオ州で実際にあったコンレール社の貨物列車脱線事故で、このときの事故処理が 秘密裏に行われ、処理に200万ドル以上の空前の費用が投入された。スリーマイル島原子力事故に、時期的にも近いし、列車で何が運ばれていたのか 人々には知らされなかった。またネバダ州のエリア51が閉鎖され、人々の立ち入りが禁じられたが その理由が全く明らかにされていない。など数々のクエスチョンマークが この映画制作の切っ掛けになったようだ。
ステーブン スピルバーグを尊敬していて とても思い入れのある監督JJエイブラムスが監督した映画だが、気色の悪さで 彼のB級作品「アルマゲドン」を思い出してしまった。エイリアンも「宇宙戦争」、「トランスフォーマー」や、「ロードオブザリング」などでおなじみの姿で、「やあやあ、またお会いしましたね。」という感じ。

印象に残った場面も無くはない。
ジョーが、犬が居なくなったので 犬の写真を貼った紙を街の掲示板に貼り付けに行く。初めカメラがジョーの犬をフォーカスしている。フォーカスが解かれ、画面が序序に大きくなり、ジョーが犬を失くしたのが自分だけではないと気がついて 後ずさりすると掲示板いっぱいに 様々な犬の写真が 何百と掲示板にひしめいている。カメラのレンズが拡大するに従って ジョーの恐怖感が増大するシーンだ。カメラワークがうまい。

最後のエンデイングの音楽とともに映る 子供たちが製作した8ミリ映画が秀逸だ。
これが とても愉快でよくできている。映画そのものよりも、こっちの方が良い。

「グーニーズ」は1985年作品。リチャード ドナー監督。女の子一人を含む6人の子供たちが 仲間のマイキーの家が 銀行の借金で立ち退きになる為 それを阻止するために海賊の隠した財宝を探しに洞窟探検するお話。喘息で吸入器が離せないマイキー、メキシコ人のマウス、虚言癖のある太っちょチャンク、中国系で発明家のデータ マイキーの兄とその恋人アンデイー、、どの子も目の前に居る実際の子供のように鮮やかに描かれていて楽しい。
「ET」は 1982年作品。 地球に探索にきて 一人置き去りにされてしまったエイリアンとエリオット少年とその仲間の 心の交流の物語。
「スタンバイミー」は 1986年 ステーブン キング監督。12歳の少年4人が 死体探しの冒険の旅に出るお話。
コーデイには優秀な兄がいて、家庭に自分の居場所がない。その兄が事故で死んでしまったとき、親は「お前が死ねばよかったのに。」と言われて傷つく。4人とも 心に傷を持っていて けなげに現実に向き合っている。それぞれが実に生き生きしていて、忘れられない名作だ。
「グーニーズ」と「ET」と「スタンバイミー」をあわせたような 本当に心がふるえるような 子供たちの映画があったら、素敵だ。

2011年6月14日火曜日

映画「オレンジとサンシャインと」



どの国にも暗い過去、あまり他人に触れられたくない過去の汚点といわれるものがある。日本でいうと、関東大震災直後の朝鮮人狩り、宣戦布告なき開戦パールハーバー、南京大虐殺、アイヌ土人法、部落差別、日本軍による沖縄人集団自決の強要、ハンセン氏病患者の隔離、調査捕鯨、東電の放射能垂れ流し、などなど、、、。

この映画は イギリスとオーストラリア両国政府の歴史的汚点である、「忘れられた子供たち」を明るみに出した映画だ。いまのところ 明確になった事実は、1920年代から1970年代までの間に、13万人の 3歳から14歳までのイギリスの子供たちがオーストラリアに送られて、多くは孤児施設や教会施設で強制労働を強いられた というものだ。子供たちの移送はイギリス政府とオーストラリア政府間の合意のもとに行われた。政府間の間にたって、斡旋したのは救世会、カトリック教会、大英教会、その他 慈善団体だった。
ボートに乗せられ、オーストラリアに送られた子供たちの、多くは孤児ではなかった。母親が病気で預けられていた子供たちや、子供を欲しがっている家庭に養子に出した貧しい家庭の子供たちや、戦争中 安全なところに避難させられた子供たちが多数含まれていた。

主に西オーストラリアと南オースチラリアに送られた子供たちは 私物やパスポートを取り上げられ、粗末な衣類と乏しい食料を与えられ、教育を受けることもなく、孤児院施設や教会施設の建設、灌漑事業の強制労働をさせられた。施設では 子供たちへのレイプや虐待は日常茶飯事だった。成人してからは、施設で過ごした年数分の食費を借金として返済させられた。この子供たちを「忘れられた子供たち」と呼ぶ。

これらの両国間の恥ずべき事実は、長いこと当の子供達以外に知るものが無かった。政府のスキャンダルが 明らかにされ、被害者起こしが始まる。しかし、心にも体にも傷を負った当時の子供たちの口は重い。成長した後も 教育を満足に受けられなかったため 良い職業につくことが出来ず また、性的奴隷にされ成長したために 大人になっても普通の結婚生活を送ることができず生活破綻する人が多い。僅かだが幸運にも子供を欲しい家庭に養子として受け入れられて幸せに成長した子供も居る。しかし、ほとんどは 施設で過酷な境遇にあった。イギリスで孤児に掛る一日の経費は一人10ポンドだが、オーストラリアでは5シリングで済んだ、と言われている。

2009年11月、労働党ケビン ラッドが 首相になって 初めて政府として国会で「忘れられた子供たち」に謝罪が行われた。続いて、2010年2月、英国政府として、ゴードン ブラウンが謝罪した。
しかし 両国による謝罪が済んだばかり。今後は具体的な 経済的保障、損害賠償などが課題になる。まさに、「忘れられた子供たち」は、過去の汚点などではなく、現在進行形の事実なのだ。

現在キャンベルタウンの市長は この「忘れられた子供たち」のひとりで、インタビューに答えて、自分は生後2ヶ月で揺りかごの中から浚われて、最終的にはオーストラリアに送られてきた。ボートが港に着いたときに、男女別々にされたため兄と妹、姉と弟が引き裂かれて泣き叫んでいた時の悲鳴が忘れられない、といっている。当時の同じ仲間の多くは子供のときに頭を殴られて いまは耳が聞こえない、と語っている。

監督:ジム ローチ
原作:マーガレット ハンフリー著「EMPTY CRADLES」
キャスト
マーガレット ハンフリー:エミリー ワトソン
レン          :デヴィッド ウエナム
ジャック        ;ヒューゴ ウィービング
ストーリーは
英国 ノッチンガムでソーシャルワーカーとして働いているマーガレット ハンフリーは 1986年、ある日 オーストラリアから来たというシャーロッテと名乗る女性に呼び止められる。彼女は ノッチンガムの孤児院から 4歳のときに オーストラリアに送られて成長した。自分が誰なのか、探して欲しいと言われる。しかし それがマーガレットには どういうことなのかわからない。そんなことがあるわけがない。4歳の孤児がまさか、地球の果てのような外国にボートで送られるなんて。その上、孤児施設で奴隷のように働かされたなんて。

しかし自分のグループセッションに参加している女性が 自分には身寄りがないと思っていたが ジャックという弟がオーストラリアにいることがわかった と言って喜んでいる。ジャックは 8歳のときに船に乗せられてオーストラリアに送られたのだと、にわかには信じられない話がマーガレットのところに 再び舞い込む。
オーストラリア大使館に問い合わせても、わからない。何の記録も残っていない。シャーロッテの戸籍を調べてみると、彼女の母親がまだ実在していることがわかった。母親は 当時社会では許されない婚外関係で子供を産み 養子に出して、シャーロットを手放した。まさか、その後 娘が外国に送られて過酷な生活をしたなどとは想像もしていなかった。
マーガレットは この母娘を引き合わせる。うりふたつのように似た顔の娘が母を初めて対面する。捨てられた娘の母を見るぎこちない視線、、、。

マーガレットは、オーストラリアを訪ねて、ジャックと姉に引き合わせ、彼らの母親を探し出す。しかし見つけたのは1年前に亡くなった母の墓石だった。「ボクが かあさんを見つけるのが遅すぎたから、、」と 泣きながら自分を責めるジャック、、、。

レンは 西オーストラリアの砂漠の中で カトリックの巨大な殿堂を建設させられた。重労働による怪我や栄養失調で 亡くなる仲間の子供たちがたくさん居た。、昼は労働、夜は牧師たちの性奴隷になった。成長してから借金を返済するまで拘束は続いた。30年余り時がたって マーガレットが探し当てた母親に会いに、渡英したが、かつて自分を捨てた母親を受容することができずに、苦しんでいる。

マーガレットはオーストラリアの当時の子供たちを訪ね歩き、新聞社や放送局の協力を得て 当時の子供たちをカミングアウトするようにキャンペーンを始める。それに対して これは済んだ過去のこと として教会関係者や当時の施設関係者たちの妨害が始まる。マーガレットは死の脅迫を受け 暴力の恫喝を受ける。しかし、ひるまず彼女はまた、「忘れられた子供たち財団」を組織して 当時の子供たちの 聞き取り調査を続ける。
という実際にあった ストーリー。

この映画は 社会派映画監督ケン ローチの息子 ジム ローチが製作した。ジムはテレビ畑の人なので、ドキュメンタリーフイルムを作る予定で動き出していたが ドラマの方がインパクトがあると考えて映画にしたそうだ。英国とオーストラリアで撮影され、両国の俳優を使っている。レンを演じたデヴィッド ウェルナムは実際被害者たちと会い 彼らが建設したカトリック施設で 1週間過ごして役作りを考えたそうだ。

題名の「オレンジとサンシャインと」は、子供たちがオーストラリアに連れてこられる前に 言い聞かされていた言葉。「オーストラリアでは手を伸ばせばオレンジの実が取れて それが朝ごはん。毎日太陽が輝いて カンガルーが学校に連れて行ってくれるよ。」と。なんと罪つくりな大人たちだったことか。映画が始まってすぐに、見ている人たちの嗚咽が聴こえてきて、それが最後まで続いた。涙なしに この映画は見られない。

2011年6月12日日曜日

ランランのラフマニノフを聴く



真冬のシドニー。
凍りつくような 冷たい雨が降るしきる夜 オペラハウスにランランがきて ラフマニノフを弾いてくれた。
待ちに待ったライブ。チケットを手に入れたのは 去年の9月だ。ランランのオーストラリア公演は、3日間だけ、それもシドニーオペラハウスでの公演だけだ。今年に入って すぐにチケットは完売して 友達など欲しがっている人も多かったが、全然手に入らなかったそうだ。水曜日に「ベートーヴェン ピアノソナタ第3番」、「プロコフィエフ ピアノソナタ第3番」を弾き、次の火曜日に「チャイコフスキー ピアノコンチェルト第1番」を弾く。

聴きに行ったのは土曜。プログラムは シドニーシンフォニーオーケストラの「チャイコフスキー交響曲第4番」のあと、ランランが オーケストラをバックに、「ラフマニノフ ピアノコンチェルト第2番」を弾いた。
彼はシドニー滞在中、ピアノを学ぶ子供達に、公開レッスンに積極的に取り組み、彼らしく 分厚い眼鏡をかけた子供達相手に、「感じて、感じて、うたって、うたって、、」と繰り返して言っていた。
おもしろいことに、彼が ピアノに興味をもって3歳で弾き始めた切っ掛けは、テレビ漫画「トムとジェリー」で、トムがピアノを弾くシーンだったそうだ。このとき ネズミのトムが弾いたのが、リストの「ハンガリアン ラプソデイー」だった。人生、何が切っ掛けで子供の才能が開花するか わからないものだ。子供には 何でも見せること、聞かせることが大事だ。
ランランのライブを初めて ビデオで見たのは 飛行機の中でのこと。その時の 驚きと感動は、2010年の2月10日の日記で書いた。

プログラム前半のチャイコフスキー交響曲第4番。
シドニー シンフォニー オーケストラでは シモン ヤングが居なくなってからは ブラデミール アシュケナージが常任指揮者になったが、今回はランランが連れてきた ジャージャ リンが指揮をした。日本ではクラシックを弾く人も聴く人もエチケットに大変厳しいらしくて 交響曲の楽章の合間に拍手する人が居たりすると 睨まれたり叱られたりするそうだけど、オージーは とてもおおらかで 聴衆は奏者が上手で自分が嬉しかったら 曲の途中でもブラボーを叫ぶし、一つの楽章が終わったら つい夢中で拍手したり立ち上がって足を踏み鳴らしたりする人も居る。弾く人も聴く人も楽しむ。オペラ鑑賞も同じだ。それでいいのだと思う。

この日、チャイコフスキーの第一楽章が終わって 拍手が終わったあとも指揮者はニコニコ笑って、ドアが開けられ遅れて来た観客があわてて席に着くまで待った。こんなことは始めてだ。この日、オペラハウスのコンサートホールは満員。真冬の大雨で道路は渋滞し、オペラハウスの駐車場が大混乱だった。オペラハウスでは、いつもは早めに行って、コンサート前に シャンパンを飲んで ゆったり音楽を楽しむことにしている私達も、この日 駐車場に車を入れるだけで 余計に時間が30分もかかって、シャンパンどころか小走りに会場の階段を駆け上がらなければならなかった。肥満と心臓病で100メートル歩けない おまけに喘息もちのオットなど、私にせかされて 水を抜かれた金魚のようにアップアップして席に着いたのだった。遅れて来た人たちを 第1楽章のあと入れてやり オーケストラを待たせたのは 指揮者の優しい思いやりだったのだろう。立派なことだと思う。

シドニーシンフォニー。第1第2バイオリン 各14人、ビオラ12人、チェロ10人、バス8人に木管を入れて80人余りの音は、、、第1楽章を聞いたときは「何だ、これでちゃんと音あわせしたのか?」と問いたくなったが、第2楽章からは、良くなって、聴いている内に ちゃんと チャイコフスキーのロシアの風景が目に浮かぶようになった。可もなし不可もなしの演奏。彼らは自治体と国から給料をもらって、演奏している。この楽団の悪口は この5年余りのブログで ことあるごとに言い続けてきたが、給料もらって演奏しているなら もっとがんばれと繰り返し言いたい。どこからも補助金をもらわずに この20年近く 素晴らしい音を演奏してきたリチャード トンゲテイ率いる オーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)の 質の高さを比べると シンフォニーの連中の「サラリーマンの音」にはいつも失望させられるのだ。

休憩に入り、やっとシャンパンで人心地ついて、次がランランの演奏だ。
ラフマニノフ ピアノコンチェルト第2番。ぺテルスベルグに近いセミョノフ生まれ。1873-1943。28歳の時に作曲した ロシア 浪漫派の音楽の代表作。自身が従兄アレクサンドル ジロデイ指揮で初演している。

ランランの演奏の最初の3音で、「ああ、これがランランの音だ。」と思わせる とてもとても力強い和音連打だ。すごいな と思う。1音の強さと濃厚な音の連なり。
豊かな音量、深くて厚みのある、とても熱い音だ。とても良い。
しっかりとロシアの森 黒々とした針葉樹森 雪の残る冷えた空気、冴え渡る白い空、大地の広がりが、目の前に現れてくる。感動的だ。とても良い。本当に実際のランランの音に触れることができて良かった。

この曲、そういえば「のだめカンタービレ」で、「千秋真一先輩」がピアノ演奏している。パリ行きを決意した後で、大学での最後のコンサートで、様々な思いをこめて演奏する千秋真一に、見ていて思わず涙が出た。漫画の作者も ドラマの製作者も この曲の使い方が上手だ。感心した。
この曲、デビッド リーンのイギリス映画「逢びき」でも 道ならぬ恋の場面で使われていた。ベンゼル ワシントンが30年代に白人の人妻に危険な恋をする出会いの場面で流れたのも、この曲だった記憶がある。

28歳で神経を病んでいたラフマニノフが 心をこめて作曲した このせつないコンチェルトを、骨太のランランが力強く弾くと ロシアの大地が香り立つ。ブラボー ランラン。

2011年6月1日水曜日

フランス映画 「神々と男たち」




フランス映画「神々と男たち」、英語題名「OF GODS AND MEN」を観た。英語字幕、2時間15分。
2010年カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した作品。
アルジェリアのテイブリンという村で、トラピスト修道院の7人の修道士が モスリム過激派に誘拐された末 斬首殺害された 実際1996年に起こった事件を映画化したもの。44歳のフランス人監督がメガホンを握った。

監督:ザビア ボーヴォワ
キャスト
クリスチャン:ランバート ウィルソン
ルーク   :ミカエル ロンズデール
クリストフ :オリビエ ラローデイン
セレステイン:フィリップ ランデンバック
アメデイー :ジャッキー へリン
ジャンピエール:ロイック ピション
マイケル  :ザヴィア マリイ
ポール   :ジャン マリー フリン

ストーリは
1995年。アルジェリアの寒村。丘の上にトラピスト修道院が建っている。そこに住む9人の修道士たちは 羊を飼い 畑を開墾し農作物を作り、パンを焼き 地元の人々と共に生活していた。村の住民の多くはクリスチャンだが、モスリムの住民達と仲良く共存して暮らしていた。修道院の一角には 村で唯一の診療所が開設され、年老いた修道士が人々の治療に従事している。彼は 住民に無料で治療するだけでなく、やってきた住民に靴がなければ靴を与え、身なりの貧しい患者には服を与えた。
平和で静かな 修道院の祈りの日々。

しかしクリスマスの夜、突然モスリムの武装集団が 修道院に押し入ってくる。彼ら過激派の一団は ブラザークリスチャン(ランバート ウィルソン)に銃を突きつけながら 薬と医師の提供を要求する。しかし、クリスチャンは 命を脅かされながらも 修道院の医師は 高齢で病気がちであり、患者のために出かけていくことは出来ない、また医薬品は欠乏気味で分けることが出来ない。と毅然たる態度で提供することを断る。
一行は退いていく。
しかし、その日から 静かだった村にも 過激派のゲリラがひんぱんに現れて 協力を断った住民が首をはねられたり、政府職員が連れ出されて拷問の末に惨殺されたりする事件が頻発するようになった。

クリスチャンは地元の役所に呼び出されて 修道士は全員フランスに帰還するように命令が出たことを知らされる。
彼は修道士全員を集めて、意見を聞く。二人の修道士が 母国に帰りたいと言う。自分達が実際ゲリラに取り囲まれ、銃を突きつけられたときの恐怖感。道路で ゲリラに襲われて咽喉を掻き切られて死んだ住民を見たときの激しい嫌悪感。ゲリラに協力することを断り拷問の末に殺された信者の遺体を前にしたときの恐怖感。修道士たちは みな心の平静を求めて祈るが 忍び寄る恐怖感に苦しむ。
軍は修道院を武装兵で護衛することを提案するが、クリスチャンは 神の居る場に 武器を持ったものは入ってはならない、と言って断る。

クリスチャンは 村の信者達に会いに出かける。自分にフランス帰還命令が出ていることを言うと、「村の住民はみな小鳥、修道士達は樹。樹がなくなったら小鳥は巣を作ることも 生きることもできなくなってしまう」、と言われて、村に残る決意をする。
クリスチャンは 修道士全員の意見を再び求める。
留まるか、去るか。もう そのときには全員が留まる覚悟ができている。迷いがなくなり、みな微笑んでいる。修道院に入る前に自分が持っていた家庭や所有物や国籍や自分の名など 捨てて生きることが自分達の使命だ。
雪の夜 静寂が破られて 武装集団が修道院を襲う。修道士達はゲリラ達に誘拐される。雪深い山に修道士達はゲリラ達に先導されて、吹雪のなかを山に入っていくところで映画が終わる。

修道士を演じた役者たちは 修道士の役柄を理解するために 実際何週間も修道院に入って教育を受けたそうだ。修道士の責任者 クリスチャン(ランバート ウィルソン)と 医師の修道士ルーク(マイケル ランデール)以外の役者は ほとんど無名の役者さんたちだ。
クリスチャン役の役者は 役者で歌手でもあるそうで、どうりで賛美歌を彼が主導すると ひときわ声が通る 美しいテノールだった。
準主役のルークは79歳の役者で、実際年齢と同じ年寄り役を飄々と演じていて貫禄たっぷりだ。1日に100人もの患者を診て 疲れ果てて、足をひきずって歩く 喘息もちで かんしゃくもちでもあるルークの かわいいおじいさんぶりを見ると、愛さずにいられない。
撮影はモロッコで行われた。丘の上に立つ修道院は実際 建ってから40年もの間 放って置かれていた修道院が使われたそうだ。

カメラワークが素晴らしい。アルジェリアのなだらかな山々、痩せた土地を耕作し、種を蒔く人々、川の美しい流れ、石ころだらけの道を羊飼いが羊を追っていく姿。
ゲリラたちが去り、平安が戻ってきたと思われた晩、夕食のときにルークはお祈りではなくて、チャイコフスキーの白鳥の湖 序曲CDをかけ ワインを開ける。小さなラジカセから流れる圧倒的な音の力に聴き入る修道士達の顔が順に映し出される。シンフォニーの美しさに 思わず涙が流れ、安堵の表情、安らかな顔が映し出される。
しかしながら その夜 彼らは襲われて誘拐される。文字通り これが「最後の晩餐」になった。

カメラは 修道士の顔を真正面から大写しする。銃を付き付けられて恐怖に歪む顔、死の恐れから逃れられずに苦しむ顔、死者を見つめる哀れみの顔、祈るときの真剣な顔、死を覚悟した瞬間の毅然とした顔、、、顔が心を映し出す。逃げも隠れも ごまかしも嘘もない本当の心がそのまま顔に表される。画面いっぱいに映し出された顔、それぞれ若くない男達の顔が 実に美しい。
カメラの動きが極力、抑えられていて、それがそのまま修道士達の心の動きのように一定している。

最後の場面で、雪が降りしきる中、山の斜面をゲリラ隊と 寝間着姿のまま誘拐された修道士達が 息を切らせながら歩いていく。カメラの位置は 変わらない。ロングショットだ。一人一人の修道士がおぼつかない足取りで登っていく。被害者的な表情も 絶望も希望もあきらめも何もない。誘拐者たちも誘拐された者たちも 淡々と雪山を登っていく。そして、すべての者が通りすぎてしまい、後姿が小さくなり、音が消え、降りしきる雪だけとなって そして終わる。長い長い 素晴らしいロングショットだ。
この最後のシーンで 彼らがどこまでもどこまでも歩いていって そのまま世界から消えていっってしまったことを象徴している。恐らく修道士達は、行進の後、一人一人首をはねられ山に捨てられた。しかし、それを映像にしないで、修道士達が山に向かって歩き続けていく姿で映画を終えることで、修道士達が 私達の心の中で 永遠に生き続けていくことを示した。巧みだ。

とても美しい映像。
監督名は初めて聞く名前だが、今回のグランプリだけでなく、1995年にも「DON"T FORGET YOU ARE GOING TO DIE」という映画でも カンヌ映画祭で賞を取っている人だそうだ。映像と音の使い方が上手で 音響効果が素晴らしい。若いのに才能のある人だ。

2011年5月25日水曜日

映画 「パイレーツ オブ カリビアン4 生命の泉」




パイレーツ オブ カリビアンの第4作、「生命の泉」3Dくを観た。
監督が変わって ロブ マーシャルになった。「シカゴ」、「NINE」などのミュージカルを手がけた監督だ。137分。デイズニー配給のアメリカ映画。ハワイで撮影された。

第1作「呪われた海賊たち」、第2作「デッドマン チェスト」、第3作「ワールドエンド」の3作は、カリビアンの海賊首領のジャック スパロウが主役というよりも、ウィル ターナーと エリザベス スワンの恋がメイン ストーリーだった。

第1作で、子どもの時に ウィルとエリザベスは ボートで運命的な出会いをする。時がたち、大英帝国の総督の娘、エリザベス(ケイラ ナイトレイト)は大人になって 貧乏な鍛冶屋のウィルに 再び運命的な出会いをして、二人は恋に陥る。ウィル(オーランド ブルーム)は 貧しい天涯孤独な青年だが 父親から受け継いでいた彼の血が 海賊たちの狙う財宝を開ける鍵になる。
第3作で この二人はやっと結婚にこぎつけるが、ウィルは 「さまよえるオランダ人」の伝説どおりに永遠に海の上を彷徨い続け、7年に一度だけ上陸を許されて エリザベスに会う。
第3作のエンデイングロールが終わった後のフイルムでは、7歳になった子供と並んで丘に立ち ウィルの帰りを待つエリザベスの姿で終わった。伝説どおりで行くと 上陸を許された時の 心の行き違いでウィルの船は 沈んでしまい、女は身を投げて二人とも死ぬが、これによって永遠に二人は救済されるというお話がある。ともかく、ウィルとエリザベスのお話は 1-3作で終了した。もう、この海賊シリーズで オーランド ブルームとケイラ ナイトレイトに、会うことはできない。

第1作から第3作までの主役をウィルに譲り 舞台回しの役をやっていた キャプテン ジャック スパロウ(ジョニー デップ)が 第4作では文字通りの主演主役をやる。おなじみの登場人物、黒ひげ(イアン マグシェン)、キャプテン バルボサ(ジェフリー ラッシュ)、ジャックの父 キャプテン スパロウ(キース リチャード)、ギブス航海士(ケビン マクナリー)、も みんなみんな健在で 登場する。ジャックの昔の女で、黒ひげの娘アンジェリカ(ぺネロペ クルース)が 初登場する。

飲めば永遠の命を持つことが出来るという「生命の泉」を求めて 大英帝国も スペイン政府も キャプテン バルボサも、黒ひげも アンジェリカも ジャック スパロウも探索の旅に出る。
生命の泉から湧き出る水に 人魚の涙を1滴落とした水を 二組の銀の杯に入れて飲み干したものだけが 永遠の命を手に入れることができる。まず、人魚を生け捕りにしなければならない。
月夜にボートを浮かべて、若い男が恋の歌を歌う。歌声に誘われて 人魚達がやってくる。しかし人魚達は その美しさで、男達を魅了して海底に連れて行って沈めてしまう。キャプテン バルボサは 黒ひげの捕虜となったジャック スパロウを利用しながら、人魚を生け捕りにして、生命の泉まで連れて行く。探し当てた泉で、英国軍、スペイン軍、バルボサ、黒ひげ、アンジェリカとジャック スパロウの全員が 顔をあわせることになって、、、。
というお話。

監督が変わったが、音楽の素晴らしさ、映像の美しさは変わらない。これは海賊というお伽噺だから、画面が美しくなければならない。デイズニーが全力投球して 沢山お金を使って製作しているだけに映像は素晴らしく美しい。
ジャック スパロウは、海賊の首領なのに、片目がつぶれている訳でもなく 怖くもない、いつも英国軍からは追われ、バルボサ側や黒ひげ側にとっ掴まって 脅迫されて財宝までの道案内をさせられる冴えない首領、おまけに今回は彼の船を沈められているから、海賊船さえも持っていない親分。女たらしで へろへろしていて、もったいぶっていても、実は逃げ回ってばかりいる。ジョニー デップが作り上げたジャック スパロウに 魅了される。彼の役者としての 徹底した役作りのこだわりが 実に愉快だ。カリビアンの海賊は まったくもってジョニー デップが作り上げたおとぎばなしだ。

ぺネロペ クルースの舌足らずの英語が可愛い。子どもの時から役者よりもダンサーになりたかった と言っているが、彼女の健康で水みずしい姿が美しい。映画「帰郷」で 酒場で仲間達にせがまれて、ギターを抱えて民謡を歌った場面が忘れられない。スクッと姿勢を正して こぶしの効いた民謡を歌出だしたとたんに、スペインの乾いた大地が感じられた。彼女には強い女の役がとても似合う。

今回初登場の宣教師 フィリプを演じたサム クラフトンと、彼が恋の陥る人魚のシレーナを演じた アストリット ベルジェ フリスべが 印象に残る。人魚がたくさん出てきて、それがみんな美人。特にシレーナは人間に生け捕りにされて何度も死に絶え絶えになる姿が はかなくて、可哀想で、宣教師フィリップが何度死んでも 助けにもどって来い と祈らずにいられない。

第4作は このシリーズで初めて3D画面になったが、特に3Dで見る価値はない。どう観ても とてもきれいな画面で よくできている。前回沢山出てきた えぐい怪物や 生きていて戦う怖い骸骨も出てこない。安心してみていられる。筋も単純でわかりやすい。
この海賊シリーズはとても おもしろい。1作目から4作目まで、全部続けて観たら 見落としていたことがたくさん出てくるだろう。どうして ここに、というような 意味がわからなかったところなども、納得できるだろう。新しい発見も沢山ありそうだ。
長い長いエンデイングロールのあとの映像で、次の第5作も ぺネロペ クルースで続くことがわかる。今後も キャプテン ジャック スパロウに敬意を表して 見逃さずにちゃんと最後まで観よう。このシリーズ、何作続いても、おもしろい。

2011年5月24日火曜日

メトロポリタンオペラ 「カプリチオ」を観る




ニューヨーク メトロポリタンオペラ公演 リチャード シュトラウス作曲のドイツオペラ「カプリチオ」のハイビジョンフイルムを、巨大スクリーンで観た。
映画はビデオでなく 新作映画を映画館で観る。オペラはCDやDVDで観ず  オペラハウスで観る。コンサートはCDで聞かずに コンサートホールで聴く。本はIPADやPC画面で読まずに 印刷されたものを読む。30年余り そうしてきた。しかし、ニューヨークメトロポリタン オペラの作品が 映画館で ハイビジョンスクリーンで観られるようになって 誘惑に勝てず 上映するたびに足を運ぶようになった。シドニーで レネ フレミングや、プラセタ ドミンゴは 観られない。オペラオーストラリアの オペラハウスでの公演を10年あまり続けて観てきたけれど やっぱりもの足りない。

ハイビジョンフイルムで、オペラでは シュトラウスの「ばらの騎士」、ベルデイの「ドン カルロ」、「サイモン ボカネグラ」、や「カルメン」、「アイーダ」、トスカ」などおなじみの作品。バレエも、ボリショイバレエの「くるみ割り人形」、国立パリオペラバレエの「コッペリア」、ロンドンロイヤルバレエの「ジゼル」、「白鳥の湖」、キロフバレエの「ドンキ ホーテ」など観た。フイルムでは、踊り手の細かい表情まではっきりと見ることが出来て、舞台で観るのと違う、発見や楽しさがある。

今回観たのは、リチャード シュトラウスが 最後に作ったオペラ「カプリチオ」。もともと イタリアのフィレンツェで始まったオペラは 天才モーツァルトの活躍のあと、イタリアオペラの巨人ヴェルデイと、ドイツオペラの巨人ワーグナーの時代が長かった。二人とも悲劇ばかり書いた。
彼らの後に やってきたドイツのリチャード シュトラウスと、イタリアのプッチーニは 楽しいオペラを書いて 大衆の人気を得た。
シュトラウスの「ばらの騎士」は、当時の人々に大歓迎され、また「サロメ」では、オペラに 血のしたたる生首が出てくる斬新な舞台で観客達を驚かせ、興奮させた。テレビや映画のなかった時代、オペラは民衆の 大切な娯楽だったのだ。

「カプリチオ」とは イタリア語で「気まぐれ」の意味。1941年、ミュンヘンで上映された。パリが ナチスドイツに蹂躙されるころ、このような優雅なオペラが上映されていた、ということが、驚きだ。
3時間の舞台に、ほぼ主役のレネ フレミングが ずっと出ている。舞台は伯爵夫人の広間だけで物語が進行していき、舞台背景は全く終わるまで変わらない。

ルネ フレミングは1959年生まれのアメリカ人。ドイツに留学していて、ドイツオペラが得意な人。モーツアルトの「フイガロの結婚」の伯爵夫人、シュトラウスの「ばらの騎士」の伯爵夫人など、貴婦人の役を演じるために生まれてきたような気品あるソプラノ歌手だ。彼女に「カルメン」とか、「ボギーとべス」とか「ラ ボエーム」はできない。

ストーリーは
若く美しい未亡人 マドレーヌの誕生日にどんな贈り物をして、彼女を楽しませるか サロンに集まる若い芸術家達は 議論に余念がない。作曲家、フラマンドと詩人のオリビエは どちらもマドレーヌに求婚しているライバル同士だ。マドレーヌを魅了するのは音楽か、ソネットの詩か、二人とも互いに負けられない。捧げたソネットを マドレーヌが褒めると、フラマンドはそれに曲をつけて マドレーヌの気を引こうとする。
マドレーヌの兄、伯爵は 妹の誕生日の贈物に、芝居を見せたいと考えて、女優のクラリオンを誘い出す。クラリオンは劇場主 ラ ロシェの協力を得て、さっそく芝居の練習を始める。そうしているうちに、マドレーヌを喜ばせようと、サロンにバレリーナが呼ばれ、イタリアオペラ歌手が呼ばれて、それぞれが パフォーマンスを見せる。楽しい見世物をみて、マドレーヌは、作曲家も詩人も役者もバレリーナも歌手もいる。ここで、新しいオペラを作って見せてください。と提案したところで、みんなが一致して、お話が終わる。

指揮:アンドリュー デビス
キャスト
伯爵夫人マドレーヌ :レネ フレミング
伯爵、マドレーヌの兄:モートン フランク ラーセン
作曲家フラマン   :ジョセフ カイザー
詩人オリバー    :ラッセル ブラウン
女優クラリオン   :サラ コノリー
劇場主ラ ロシェ  :ピーター ローズ

序曲が弦楽6重奏で始まる。
これから始まる物語が6人の男女のやりとりであることを予感させるような6重奏のハーモニーがとても良い。オペラのアリアが少なく、3重唱、4重唱、5重唱がたくさん出てきて楽しい。3時間あっても重くない 楽しいオペラだ。
さすがに今一番オペラで人気者のレネ フレミングだ。本当に柔らかい優雅なソプラノの声を出す。それと、伯爵のモートン フランク ラーセンのハンサムで甘い顔とバリトンの素晴らしい声に すっかりノックアウトされた。

ギリシャ悲劇をベースにした「大」悲劇や、人間に苦悩を描いた重い哲学的な物語りは、やはり劇場で観たい。役者達の呼吸に合わせて息を止めたり、ため息をついたり、涙を流したり、舞台と一体になって感動をもらいたい。
でも日曜日の午後、ブランチを食べたあとゆっくりと手足を伸ばすようにして 通いなれた映画館で 美しいソプラノを聴くと、心の底まで贅沢な幸せな気分になれる。そんな 素敵な日曜日だった。