2011年6月12日日曜日

ランランのラフマニノフを聴く



真冬のシドニー。
凍りつくような 冷たい雨が降るしきる夜 オペラハウスにランランがきて ラフマニノフを弾いてくれた。
待ちに待ったライブ。チケットを手に入れたのは 去年の9月だ。ランランのオーストラリア公演は、3日間だけ、それもシドニーオペラハウスでの公演だけだ。今年に入って すぐにチケットは完売して 友達など欲しがっている人も多かったが、全然手に入らなかったそうだ。水曜日に「ベートーヴェン ピアノソナタ第3番」、「プロコフィエフ ピアノソナタ第3番」を弾き、次の火曜日に「チャイコフスキー ピアノコンチェルト第1番」を弾く。

聴きに行ったのは土曜。プログラムは シドニーシンフォニーオーケストラの「チャイコフスキー交響曲第4番」のあと、ランランが オーケストラをバックに、「ラフマニノフ ピアノコンチェルト第2番」を弾いた。
彼はシドニー滞在中、ピアノを学ぶ子供達に、公開レッスンに積極的に取り組み、彼らしく 分厚い眼鏡をかけた子供達相手に、「感じて、感じて、うたって、うたって、、」と繰り返して言っていた。
おもしろいことに、彼が ピアノに興味をもって3歳で弾き始めた切っ掛けは、テレビ漫画「トムとジェリー」で、トムがピアノを弾くシーンだったそうだ。このとき ネズミのトムが弾いたのが、リストの「ハンガリアン ラプソデイー」だった。人生、何が切っ掛けで子供の才能が開花するか わからないものだ。子供には 何でも見せること、聞かせることが大事だ。
ランランのライブを初めて ビデオで見たのは 飛行機の中でのこと。その時の 驚きと感動は、2010年の2月10日の日記で書いた。

プログラム前半のチャイコフスキー交響曲第4番。
シドニー シンフォニー オーケストラでは シモン ヤングが居なくなってからは ブラデミール アシュケナージが常任指揮者になったが、今回はランランが連れてきた ジャージャ リンが指揮をした。日本ではクラシックを弾く人も聴く人もエチケットに大変厳しいらしくて 交響曲の楽章の合間に拍手する人が居たりすると 睨まれたり叱られたりするそうだけど、オージーは とてもおおらかで 聴衆は奏者が上手で自分が嬉しかったら 曲の途中でもブラボーを叫ぶし、一つの楽章が終わったら つい夢中で拍手したり立ち上がって足を踏み鳴らしたりする人も居る。弾く人も聴く人も楽しむ。オペラ鑑賞も同じだ。それでいいのだと思う。

この日、チャイコフスキーの第一楽章が終わって 拍手が終わったあとも指揮者はニコニコ笑って、ドアが開けられ遅れて来た観客があわてて席に着くまで待った。こんなことは始めてだ。この日、オペラハウスのコンサートホールは満員。真冬の大雨で道路は渋滞し、オペラハウスの駐車場が大混乱だった。オペラハウスでは、いつもは早めに行って、コンサート前に シャンパンを飲んで ゆったり音楽を楽しむことにしている私達も、この日 駐車場に車を入れるだけで 余計に時間が30分もかかって、シャンパンどころか小走りに会場の階段を駆け上がらなければならなかった。肥満と心臓病で100メートル歩けない おまけに喘息もちのオットなど、私にせかされて 水を抜かれた金魚のようにアップアップして席に着いたのだった。遅れて来た人たちを 第1楽章のあと入れてやり オーケストラを待たせたのは 指揮者の優しい思いやりだったのだろう。立派なことだと思う。

シドニーシンフォニー。第1第2バイオリン 各14人、ビオラ12人、チェロ10人、バス8人に木管を入れて80人余りの音は、、、第1楽章を聞いたときは「何だ、これでちゃんと音あわせしたのか?」と問いたくなったが、第2楽章からは、良くなって、聴いている内に ちゃんと チャイコフスキーのロシアの風景が目に浮かぶようになった。可もなし不可もなしの演奏。彼らは自治体と国から給料をもらって、演奏している。この楽団の悪口は この5年余りのブログで ことあるごとに言い続けてきたが、給料もらって演奏しているなら もっとがんばれと繰り返し言いたい。どこからも補助金をもらわずに この20年近く 素晴らしい音を演奏してきたリチャード トンゲテイ率いる オーストラリア チェンバー オーケストラ(ACO)の 質の高さを比べると シンフォニーの連中の「サラリーマンの音」にはいつも失望させられるのだ。

休憩に入り、やっとシャンパンで人心地ついて、次がランランの演奏だ。
ラフマニノフ ピアノコンチェルト第2番。ぺテルスベルグに近いセミョノフ生まれ。1873-1943。28歳の時に作曲した ロシア 浪漫派の音楽の代表作。自身が従兄アレクサンドル ジロデイ指揮で初演している。

ランランの演奏の最初の3音で、「ああ、これがランランの音だ。」と思わせる とてもとても力強い和音連打だ。すごいな と思う。1音の強さと濃厚な音の連なり。
豊かな音量、深くて厚みのある、とても熱い音だ。とても良い。
しっかりとロシアの森 黒々とした針葉樹森 雪の残る冷えた空気、冴え渡る白い空、大地の広がりが、目の前に現れてくる。感動的だ。とても良い。本当に実際のランランの音に触れることができて良かった。

この曲、そういえば「のだめカンタービレ」で、「千秋真一先輩」がピアノ演奏している。パリ行きを決意した後で、大学での最後のコンサートで、様々な思いをこめて演奏する千秋真一に、見ていて思わず涙が出た。漫画の作者も ドラマの製作者も この曲の使い方が上手だ。感心した。
この曲、デビッド リーンのイギリス映画「逢びき」でも 道ならぬ恋の場面で使われていた。ベンゼル ワシントンが30年代に白人の人妻に危険な恋をする出会いの場面で流れたのも、この曲だった記憶がある。

28歳で神経を病んでいたラフマニノフが 心をこめて作曲した このせつないコンチェルトを、骨太のランランが力強く弾くと ロシアの大地が香り立つ。ブラボー ランラン。