2021年5月30日日曜日

ジョンデンバーの「アニーズソング」

ジョンデンバーの「アニーズソング」を歌ってみた。
ジョンデンバーと言えば、「カントリーロード」が超ポピュラーだ。ジブリアニメのテーマソングにも使われた。アニーは彼の妻の名前で、これはラブソング。

彼はドイツ系米国人で、本名はヘンリージョン デユチェドルフジュニア(1943-1997)という。空軍のパイロットの父を持ち、軍人のしつけの厳しい家庭が嫌で高校をドロップアウトして、友達とバンドツアーをしていたら、父にジェット機で探し出し、連れ戻されたエピソードを持つ。
近視が原因で、プロのパイロットという父と息子の夢を絶たれたが、飛行機への執着を否定できず、小型飛行機を収集し自ら操縦を楽しんだ。53歳でプロペラ機操縦中、海上に墜落死した。破損が大きく遺体はDNAで確認されたという。
同時代ジョーンバエズらがギターを持ち、「勝利を我らに」と歌いながらデモの先頭に立った頃、彼は目立った政治的な関りを持たず、メッセージ性のある曲を作りもしなかったが、明朗快活で、歌いやすい彼の曲に親しみを感じる。
I am singing [ Annie's Song ] written by John Denver. He loved airplane which influenced by his father who was a Air force pilot. His dream was becoming a professional pilot however he got short eye sight and was unable to be professional. But he loved to operate his own small airplane. On 1997 he passed away by air plane accident crushed into the ocean. He wrote lots of easy listening songs include Country Road, which is very popular.



2021年5月27日木曜日

サイモンとガーファンクルの「明日にかける橋」 Bridge over troubled water

サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」を歌ってみた。
    
「君が生きるのに疲れ、みじめで泣きたいとき、そばに居てあげるよ。激流をこえる橋のように僕が君の懸け橋になる。銀の少女、船を出せ。君の夢に向かって前に進め。友達が欲しければ僕がいる。後ろから見ていて、いつでも懸け橋になってあげるから。」
作曲者、ポールサイモンは、自分が育ったNYユダヤ街で通った教会で聴いたゴスペルに、インスパイヤされてこの曲を作ったと言っている。

曲は、当時ベトナム戦争(1955-1975)で疲弊していた人々の心に響いた。この曲を最後にサイモンとガーファンクルはデユオを解消するが、一方で、曲の人気は続き、1970年当時アパルトヘイトのあった南アフリカでは、教会で賛美歌として歌われた。1992年に人種登録法が廃止されたあと、サイモンはこの国に招待され、人々と交歓した。美しい旋律。スカボロフェアと、サウンドオブサイレンスを歌ったあとなので、前に投稿したことがあるが、サイモンの作った曲の中で、一番好きなので歌ってみた。
I am singing [ Bridge over troubled water ] written by Paul Simon and recorded by Simon & Garfunkel on 1970. Paul was inspired by Gospel , The Swan Silvertons(1958 ), and wrote this music. This song won an unprecedented 5 Grammy Award and loved by young Americans who were forced to serve Vietnam War. It touches hearts of people who lost hope with war and tragedy.



2021年5月22日土曜日

さくらみち

作詞作曲、秋吉壽和「さくらみち」を歌ってみた。
ときどき、これを作曲された方に来てもらって、ギターを習っている。難しいコードや自己流のまちがいを直してもらったり。

ギターを始めたのは、何と60年近く前、テイーンのとき。小さい時からヴァイオリンを教わっていたが、小野アンナ先生の直弟子のレッスンは、1音の誤りも許されない息詰まる緊張と、重圧感から自分を解き放ちたくて、ヴァイオリンレッスンの帰りに、自分の小使いでギター教室に通った。彫りの深い、ジェラルフイリップ(1922-1959)そっくりの美しい顔をした先生が、その長い細い指でスパニッシュギターを弾く姿に心を奪われた。お小使いが続かなくてあまり続けられなかったけれど。

それから50年経ってマゴが生まれ、半分ガイジンのマゴたちに日本の童謡を歌ってやりたくて、成瀬龍三郎、シドニーでロックバンドのメンバーだった方のところに通い始めた。彼には童謡を含めて200曲くらい教わった。2年余り教わって、ビートルズもステイービーワンダーも歌えるようになって嬉しかったが、残念なことに帰国された。
現在の先生は、マーケテイングビジネスをしながらハワイアンバンドで活躍されている。
この曲は、雪降る道を歩きながら桜が咲くころに結婚して故郷を離れていく娘を歌っている。
I am singing [SAKURAMICHI] written by Hisakazu Akiyoshi, who is my current guitar teacher. I started to learn guitar when I was teens, nearly 60 years ago. As a little violinist, I needed to be released tension from strict and hard violin lesson and visited guitar teacher who was look like French movie star Gerald Philip, beautiful guy and I had wonderful lesson. Then 50 years passed, I got a guitar teacher ,Ryuzaburo Naruse who was a Australian rock band member. He taught about 200 music but sadly he went back to Japan, however luckily I got new teacher. This music was written about a girl who is leaving her home for marriage, sentimental song.



2021年5月18日火曜日

映画「スーパーノバ」とオーストラリアの安楽死法

映画「スーパーノバ」( SUPERNOVA )

監督:ハリー マックイーン
キャスト
コリン ファース:サム
スタンレー ツチ:タスカー

スーパーノヴァの NOVAとは、新星のことで、それにスーパーが付くから「超新星」。星がその核の原子力を失うと、爆発して粉々になって滅ぶがそのときの光は太陽よりも明るい光となって消えていく。その大爆発を超新星爆発という。銀河系の中で起きる超新星爆発による衝撃波は、星どうしの密度に揺らぎを生み出し、新たな星の誕生を促すのだそうだ。私たちが何気なく夜空を見ていて、強く光を発する星があるかもしれない。その時私たちは何千億光年という遠い昔に激しく瞬いて、光と共に消えて行った星の残骸を見ているのかもしれない。残骸は周囲のガスに衝突して断熱圧縮されて高温を維持する。そして高温を維持できなくなるまで数万年輝き続ける。ふたご座にも、おうし座にも白鳥座にもその残骸がある。爆発の時、光となり、粉々になった星の粉は、地球に落ちてきて、私たちの体の一部になる。

そんなことを、夜空をみながらタスカーが、サムに繰り返し語って教えている。
タスカーは2年前に若年性認知症と診断されて、いまは、思考する自由も、体の自由も失いつつある。名のある作家として活躍してきたが、20年来の人生のパートナーであるサムに面倒をかけている。
2人は休暇を取って、キャンピングカーで昔の友人や、タスカーが生まれ育った田舎を旅行することになった。サムは、いまはタスカーと会話を楽しんでいるが、もう自分で服を着ることもできなくなったタスカーが、じきに普通に日常生活を送ることもできなくなり、サムのことを認識できなくなる日も近いことを予感している。サムはタスカーが自分のことを忘れてしまっても、そばにいて支え、排尿便出来なくなっても世話して、自分の腕の中で死なせてやりたいと心に決めている。

二人はタスカーが生まれて育った田舎で親戚や兄弟たちと、なごやかに過ごした後、湖に面した、静かな山荘に数日間過ごす。しかし、サムは偶然、タスカーが毎日几帳面につけている鍵つき日記帳を、開けて中を見てしまう。そこにはもう活字がかけなくなっているタスカーの殴り書きと、自殺用の薬が入っていた。タスカーには、まだ自分の意志で自ら死を選ぶ判断力も行動力もある。しかし進行性の病ゆえ、明日それが実行できるかどうかわからない。じきにタスカーがその薬が何なのかわからなくなったら、自分の意思を達成することもできなくなる。サムとの激論の末、タスカーは言い争いに疲れて眠ってしまう。目が覚めた時、机の上には彼の鍵つき日記帳が置かれていた。もう心配することも、思い残すこともない。トスカーはしっかりとサムに抱かれて旅立つ。
というストーリー。

美しい映画だ。イングランドの自然がいっぱいの田舎、深い森、静かな湖、落ち葉の絨毯。冷たい清涼な風。「明日」がない二人の愛情が画面をみながらしっかり伝わってきて、せつない。コリン ファースも、スタンレー ツチも素晴らしい名優だ。年を取って、二人ともどんどん魅力的な役者になってきた。

テーマは認知症と尊厳安楽死。星もいつかは爆発して滅亡する。星の爆発で地球に降りかかってきた粉をまとった人間もいつか死ぬ。尊厳死を望む人間が認知症に陥った時に、どう死ぬべきか。


オーストラリアでは北部準州(州都ダーウィン)で1995年に安楽死法が議会を通過したが、オーストラリア連邦政府によって決議が覆され、法案は廃案になった。その後、ビクトリア州(州都メルボルン)で、2017年に「VOLUNTARY ASSISTED DYING法」(医療的自殺ほう助法)が立法化され、2019年から施行されている。施行後6か月で52人の末期患者が安楽死で亡くなった。そのうち42人が医師の処方の薬で、9人が医師の静脈注射で亡くなった。
安楽死の条件は、成人で、ビクトリア州に1年以上居住し、余命半年以下であると2人以上の医師に診断され、生存よる苦痛が耐えがたいと認められた場合に限っている。

ビクトリア州に続いて、タスマニア州と、南オーストラリア州(州都アデレート)でも同様の安楽死法がすでに議会で決議され、来年からの施行を待っている。安楽死は、EUでは、スイス、オランダ、ベルギーなどで同じような条件つきで認められている。しかし、オーストラリアの法は、医師が患者に直接静脈注射で致死量のモルヒネを投与できるという意味では、EUの国々の法よりも積極的に患者の要望に応える内容になっている。

これに対して、バチカンでは神に対する冒涜だと、おきまりの批判をしている。しかし、人間は自分の人生に自己決定権をもち、本人の尊厳を守るために苦痛より安楽死を望むのは自然の流れだ。私は医療現場にいて、パラテイブケア(終末医療)に関わっているが、処方箋に従って、たくさんの末期患者にモルヒネを投与してきた。
命は時として科学では説明できない。治療効果がなく、飲めない食べられない状態になって輸液もせず、全身皮膚がんに侵された90歳の患者が激痛に苦しみぬきながらも死ねず、1か月以上も生存しなければならなかった例を見てきた。

オーストラリアは6州1準州と特別区に分かれているが、6州のの半分の3州ですでに安楽死法が議会を通過した。今後、安楽死法は各州で論議され、法整備されるだろう。
ニュー-サウスウェルス州(州都シドニー)では安楽死が認められていないが、ADVACE CARE PLAN という書類があり、ここに自分が重病になって回復の見込みがないときや、認知症や脳障害で自分の意思を伝えられないときに、どうして欲しいか、どう死にたいか、を書き残すことができる。自分は遺言状を弁護士に作ってもらった時に、これも作った。
また、オーストラリアでは運転免許証に、事故などで急死したとき自分の体のどの部位を臓器移植のために提供するかが明記してある。残された家族の気持ちより、本人の意志を優先する合理に全面賛成だ。

人は長く生きるようになりすぎた。人はどう生きるのか、そしてどう死んでいきたいか、もっとオープンに語られなければならない。その意味で、アンソニーホプキンスの「ファーザー」もそうだが、こうした映画がさかんに作られている。


2021年5月16日日曜日

シーカーズの「カーニバル イズ オーバー」

この間FBで歌った曲が50曲達成!と自画自賛してみたが、この曲で60曲目になった。

きょうはオーストラリアのシーカーズというポップカルテットが歌った「カーニバル イズオーバー」(涙のカーニバル)を歌ってみた。トム スプリングフィールド作詞。
この曲、どこかで前に聴いたことがあると、ずっと思っていたら、なんだ!「ステンカラージン」ではないか!オリジナル曲はロシア民謡だった。
バラライカを伴奏によく訓練された、バリトン歌手がゆっくりしたテンポで、朗々と歌う素晴らしく堂々とした歌だ。ステンカラージン(1630-1671)は、ロシアロマノフ王朝に、厳しい徴税と度重なる徴兵で疲れ切った農民や下層民を組織して武装蜂起し、ボルガ河からカスピ海まで進出して強盗、強奪を繰り返し、ツァーリズムと戦った民衆の英雄だ。ロシアの王侯貴族を追放しコサック王国を建設する予定だったが、捕らえられて刑死した。

しかし、オリジナルの詩は、ペルシャから綺麗なお姫様を強奪してきて、ねんごろになったがステンカラージンは男だ!部下どもに、女にうつつを抜かして、となめられないようにボルガの急流にお姫様を投げ込んでやったぜいー!というようなとんでもない詩だ。人権擁護者が聞いたら卒倒するような詩。今でもこの詩でロシアで歌われているんだろうか。

子供時代に、この「ステンカラージン」や、「ボルガの舟歌」をどでかい蓄音機で聴いて育ったのは、戦後の国民総貧困、総栄養失調の時代に「資本論」や「共産党宣言」を翻訳した大叔父や叔父たちの影響もあっただろうが、単に父が薄給の大学教授だったからだ。意味も知らず、ステンカラージンステンカラージンと言いながら、縄跳びをしていた幼児期の記憶がある。
うちにはテレビが長いことなかった。おかげで小学校で友達の話題に全然ついていけなかった。人形も、みんな友達が持っているような人形でなく、東ドイツ製の粗末な藁人形だった。
しかし今になってみると、家族そろって蓄音機をわきに、「ツイゴイネルワイゼン」や、「ホフマンの舟歌」などのレコードに耳を傾けたことは、かえって幸運だったのかもしれない。
I am singing [ Carnival is over] by The Seekers: Australian pop quartet( 1962-2014). Ordinal song is Russian Folk song, titled [ Stenka Razin]. Stenka was a leader of Cossack rebel (1630-1671). He fought toward Russian Kingdom in 17C and killed by government.
I was familiar with this song since I was very little. My father put this record on old phonograph frequently and well trained opera singer used to sing with gorgeous baritone.



2021年5月12日水曜日

夥しい死者を前に、ただ祈るしかないのか

         

コヴィドウィルスの感染で、世界中で330万人の人命が失われている。
米国60万人、ブラジル45万人、インドでは1日4000人のスピードで死者が出ていて死亡総数など想像することしかできない。米国ではすでに国民の半数ちかくがワクチンを打ったのに、感染が止まらない。英国ではワクチン効果が出てきている、と言っている。

ニュージーランドとオーストラリアは、ラッキーだった。昨年3月から1年余りの間、国民に海外に出ることを禁じ、外国から帰国する人を制限し、事実上の鎖国政策をとって、感染者をくい止めてきた。外国からの帰国者を、2週間ホテルや国の施設で隔離を徹底したことも大きく効果を上げている。国から人を外に出さない、人を入れない、感染源を徹底して追及し、感染者が乗ったバスや関わった人々すべてを隔離し、みなどこに行ってもQRコードを入力して、自分の行動に責任を持つ。一人でも感染者が出て、感染源を突き止められなかったら、即時その地域全体を、ロックダウン外出禁止にして、感染拡大を防ぐ。ウィルスは腸に最も生息するので、各地の下水道の検査を続ける。
60歳以上の人は、アストロゼニカのワクチン、若い人はファイザーのワクチンを打つ。出来るだけ早く打つ。国民も、永住者も、旅行で入国した人たちも、ビザを持っていない人々も、とにかく国内に居る人は全員ワクチンは無料で無条件で受けられる。これだけのことをして、感染を最小限に防いできたオーストラリアの医療体制を少しだけ褒めてやりたい。

自分も医療従事者としてこの1年余りの間、ものすごい重圧を受けながら仕事をしてきた。50人の老人を預かる小さなホームで、職員たちと励まし合いながら働いてきたが、私よりも若い職員と、友人のナースが、2人もストロークで倒れた。2人とも自宅で、意識不明で倒れていて救命されたが、一人はリハビリで後遺症と戦い、もう一人は未だ重体だ。コヴィド流行によるストレスが無かったら、絶対病気にならなかったような人々が、病に倒れている。

ホームの老人50人のうち、期限までに家族の了解が得られなかった年寄りと、体調の悪かった人を除いて、44人が2回にわたるファイザーのワクチンを接種された。2回目のワクチン接種の後、44人中、2人が喘息症状が悪化し、2人嘔吐者が出た。が、深刻な副作用は出なかった。私自身は、オフの日に、アストロゼニカワクチンを受け、副作用もなかったが前後は自重して過ごした。

医療は完全ではない。コビッドテストも正確度80%、ワクチンも75-90%の割合でしか免疫はつかない。2週間の隔離をした後でも、検査で陽性になる人がいる。繰り返し発病する人もいる。人の体はみな同じではないからだ。ワクチンは効かないから、水銀を使っているから(使っていない)、ナチュラル思考に反するから、と接種に反対する人がいる。その人もポリオにも、結核にも、腸チフスや麻疹にもならずに生きてきただろうに。忘れたのだろうか。予防接種は副作用が出るだろうとビクビク、半信半疑でワクチンを受けて、注射部位の痛みだけで病院に行きたがる人もいる。

自分の体は自分のものだという意識を持った方が良い。医療者はワクチンを打つが、免疫を作るかどうかは、自分の体なのだ。超過勤務して、5分刻みの仕事の合間に走っていってワクチンを打ってはいけない。徹夜でドラマを見て、タバコを吸い、酒を飲んでワクチンを打ってはいけない。調子が悪かったらワクチンを打つ予約日だったとしても延期すべきだし、ワクチンを打った日は、外出せずに人込みや職場にでることをやめ、静かに自宅で過ごすことだ。ワクチンを打つ前後は、とくに栄養に注意して、きちんと食事をしてビタミンを取り、よく眠り、ワクチンを接種して免疫を自分の体のなかで、しっかり作ることが大切だ。
私たち地球市民、無念に死んでいった、330万人の死者たちのために、自分の体を大切に思い、そして彼らのために祈りたい。

2021年5月9日日曜日

スピッツの「ロビンソン」

1980年代に日本のロックグループ、スピッツが歌っていた「ロビンソン」を歌ってみた。

夫の赴任に伴って、フィリピンのレイテ島オルモックに家族で移住したのが1987年、20年に渡って戒厳令を布いた独裁者マルコスがピープルズ革命で倒され、アキノ政権に代わったばかりの頃だった。首都マニラと違ってレイテ島では、まだNPA共産軍の力が強く、政府軍の駐屯地など常に緊張していた。早朝の犬の散歩で、殺されたゲリラの死体の第一発見者になったこともあったし、無造作に死体が積み重なったところを歩かなければならないこともあった。ODAの豊富な資金を使って建設省は、家族を現地に住ませて、地元の有力者達とのコネクションを作ることが当時の課題だった、と思うが、毎日が外交と社交という重大な責任を負わされ、身の安全も保障されなかったレイテでの3年間、密かに銃を枕元に置いて眠る日々だった。小学生だった二人の娘たちにとっては、テレビも電話もない、外国人が一人もいない町で、日本文化を渇望しながら、過酷な生活を体験したと思う。

その後、マニラに移って娘たちはインターナショナルスクールに入り、実によく勉強した。熱帯地方の汗が粘りついてくるような蒸暑さのなかで、二人とも機関銃のような音のするエアコンをつけて、その音量に負けないボリュームで、スピッツのCDを聴きながら勉強をしていた。

異国の地で日本の文化に巡り合う喜びは大きいが、このころ母子家庭の我が家に頻繁に日本の本、日本の雑誌、日本のCDを持ってきてくれた、山田修は、だれよりも有難い存在だった。いまだに本を送ってくれている山田修には、一生かかってもお礼が返しきれない。しっかり勉強してくれたお陰でオーストラリアで立派な専門家になってくれた娘たちと山田修に感謝をこめて、、、「ロビンソン」。
I am singing [ Robinson] by Japanese rock band, SPITZ.



 


2021年5月1日土曜日

トマスメンデスの「ククルクク」と山本満喜子さん


鳩は一度つがいになると、終生共に生きると言う。
相手に死なれて一羽になってしまった鳩は二度と別の相手を持たずに、悲嘆の歌を歌いながら孤独のうちに死ぬ、という歌。

メキシコのペラクルスという港町に伝わるウアパンゴ(民族舞踊曲)1954年メキシコ人トマス メンデス作曲の、ククルククを歌ってみた。

50年以上まえにこの歌をスペイン語で哀愁いっぱいに歌ってくれたあと、プロポーズしてくれた人がいた。そのころは安保、ベトナム戦に抗して毎日デモで忙しく、そんな事にかまっていられなかったが。
キューバのフィデロ カストロがまだ元気で政権を掌握し活躍していた。フィデロの実質的な妻だった山本満喜子が一時帰国したときに、その彼と一緒に訪ねて行って、大学での講演を依頼して、親しくさせていただいた。一番近くにいる人からフィデロの超人的な働き方や、革命前のゲリラたちの姿や、様々なエピソードを伺って、フィデロにも、満喜子さんにも心から魅了された。これほど魅力的な女性に前にも後にも会ったことがない。艶やかな肌に目が輝いて、物腰が柔らかなのに野生のヒョウを思わせる美しさ。山本権兵衛の孫だそうだが、彼女は、1993年に73歳で亡くなったそうだ。
50年あまり経って振り返ってみると、この歌への思い入れも深い。

I am singing "Cucurucucu". Mexican huapango style song, written by Tomas Mendez in 1954. People said, once a Dove mate as a pair they keep their relationship whole in their life. The dove which lost a partner, never gets other partner and keeps mourning till its own death.



2021年4月24日土曜日

レボンヘルムの「プア オールド ダート ファーマー」

レボン ヘルムの「ダート ファーマー」を歌ってみた。
レボン ヘルム(1940-2012)は、「THE BAND」の5人の中で唯一のアメリカ人だった。生まれ育った南部アーカンソー土着のフォークソングやブルースをもとに作った曲を歌いバンドで活躍したが、喉頭癌で歌えなくなった。バンドは1976年「ラストワルツ」を最後に解散、再結成の過程を経て2007年に彼は奇跡的にカムバックして、アルバム「DIRT FARMER」で、この歌「プア オールド ダート ファーマー」を歌っている

泥にまみれて百姓は働いても働いても貧しさから抜け出ることができない。農耕はヒトが初めて集落社会を形成し余剰価値を作り出した、尊い仕事なのに、資本主義の市場経済は、百姓から情け容赦なく土地を取り上げる。百姓が土地を失うのは、日照りや豪雨などの自然災害のせいではなく、種を買うにも銀行が介在する経済システムゆえなのだ。年老いて百姓は借金で首が回らない一方で銀行だけが肥え太っていく。

Levon Helm(1940-2012)was only one American member of [The Band]. He was a drummer and a vocal singer but at 1998 he lost voice by Laryngeal cancer. However he came back 2007 as if it was a miracle, with album,' Dirt farmer'. He is singing; poor, old and dirt farmer is hard to survive by draught and get only debt from the bank. Farmer becomes the more poor the more work because of system of the capitalism.




2021年4月18日日曜日

映画 「ファーザー」

映画 :「FATHER]

監督 :フロリア セレール
キャスト:父=アンソニー ホプキンス
     娘=オリビア コールマン
2021年第93回アカデミー賞 作品賞、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞、美術賞などにノミネイトされている。
ストーリーは
ロンドン。エンジニアだった81歳の父親が、寡夫となり、一番可愛がっていた末の娘を交通事故で亡くしてから急に老け込んで、認識障害を起こしている。近所には上の娘が夫と共に住んでいるが、仕事が忙しくて父親の世話をすることはできない。しかし父親の日常生活に支障が出てくるようになると仕方なく、娘は父親を自分のアパートに引き取ることになる。父親は、物忘れが激しくなり、怒りっぽくなって、自分が置き忘れた腕時計を探すたびに、娘や息子の夫を泥棒扱いしたり、時も場所も思い違いが多くなり、家政婦に来てもらっても、衝突ばかり繰り返す。夫はたまらず出て行き、離婚することになった。娘は介護に疲れ、手のかかる父親を絞め殺したい衝動も起こるが、家庭思いだった父親との思い出は消しがたい。離婚後、娘は良きパートナーと出会い、ロンドンからパリに移る決意をする。父親はついに老人ホームに入居する。そんな悲しい選択をするまでに4年もかかったのだった。
というストーリー。

認識障害の老人役をアンソニー ホプキンスが演じた。素晴らしい役者。当然ながらアカデミー主演男優賞にノミネイトされた。映画音楽に、オペラが多用されている。まずマリア カラスが歌う「椿姫」を聴きながらホプキンスが料理をする場面で映画が始まる。次は、アルフレッド クラウスの唄う「真珠とり」のアリアだ。これをバックに、頭が混乱して苦しむ父親の姿が映し出される。繰り返しオペラが使われていていることで品の良い映画に仕上がっている。
最近では、CIVIDで自宅隔離を余儀なくさせられている世界中の人々のために、ホプキンスは、FBとYOUTUBEで、短いヴィデオを発信している。彼のテーマは、いつも「ピアノ」と「ねこ」だ。彼のピアノはプロ並みとよく言われていることだが、ねこを膝に乗せたまま、ノクターンやソナタを弾く彼の姿は、本当に心がなごむ。リラックスにもってこいだ。

映画に目新しいことは何もない。
父親が老人性痴呆状態になって娘が世話をしなければならない。夫より父親を選択した娘は夫に捨てられる。女が年寄りの面倒をみなければならなくなって、どれほどの家庭が壊れなければならないのか?
映画では結論は、娘が老人の認識障害は老人のせいではなく病気なのだという事実を認めて、施設で専門医によって処置されなければならないとして、老人ホームに入れて、パリに旅立っていく。妥当な判断で、それは今の現状で、どこでも誰にでも起きていることなのだ。

老人認識障害の初めは、物忘れから始まる。このごろ人の名前が思い出せなくて、、と中年になると自覚し始めるが、古い記憶より新しい記憶から忘れっぽくなってくる。徐々に悪化して、時と場所が混乱してきて、人の名前だけでなく自分のアイデンテイテイもわからなくなる。時、場所、名前で、混同が起こると、人との会話がとんちんかんになり、笑われたり、怒られたり、周りの態度が変化することで、怒りや逃避や悲嘆にくれるなど、情感にも支障が出る。症状の現れ方は、その人の生きてきたライフパターンによって千差万別だ。
認識障害の関するレポートや症例や小説が出ているが、一番すぐれた作品は、有吉佐和子の「恍惚の人」だと思う。時代を超えた名作だ。

脳に障害が起こるのは脳卒中、脳出血、癌、交通事故などの外傷が原因でも起こるが、アルツハイマー病のように脳神経のレセプターに変化が起きる。認識障害は一つの原因で起こるのではなくこれらすべてアルツハイマー、脳梗塞、躁鬱病、精神分裂病などすべてが併発していると考えた方が良い。家庭で世話しきれなくなった老人は、派遣看護体制で世話し、それができなくなれば施設で世話をする。癌ならば施設に入り完全治癒と退院帰宅もあるが、認識障害の場合は改善することはないので入所したら死亡まで退所することはない。家族は認識障害を病気と理解したうえで、年を取って人が変わってしまった、と嘆かず、ひんぱんに面会するなど、死ぬまでできるだけサポートすることだ。

国は医療と教育には責任がある。幼稚園から大学卒業までに、国が費やす17-18年間分の教育費にたいして、老人は障害がでてから長い人では老人ホームで10年も20年も生きる。24時間ケアが必要な老人にかかる人件費は、若い人の教育費をはるかに上回るだろう。
私は、医療通訳と病院のナースで8年、いまのエイジケアに勤めて15年になる。今の職場で3回ほど殺されそうになった経験がある。責任者なのでホームの出入り口や、モルヒネの入った棚などの鍵を首から下げている決まりになっている。夜になると鍵をかけてまわるが、急に家に帰りたくなった患者は鍵を奪って逃走しようとする。患者に家などもうないし、家族など音信不通、でも患者が家に帰りたい、と怒り出す家とは、自分が生まれた家で母親が待っていてくれる思い出の家なのだ。数人で興奮する患者を鎮めようとしてもうまくいかず、身の危険ゆえ、ポリスを呼んだこともある。
また看護者が腰を痛めるのはいつものことだ。家族から見捨てられ、だれも気にかけてもらえないと思い込んだ患者は、わざとベッドから落ちてみんなから注目されたい。何度でも、怪我をしてもそれを繰り返す。機材を使って床で伸びている患者をベッドまで引き上げる。どんなに機材を使っても腰への負担は大きい。タタミとオフトンの日本がなつかしい。世界一重いオージー。体重ではアメリカを抜いて肥満度世界一のオーストラリア、でかい、おもい、ちからもち、それでいて痴呆の患者をケアするのはたやすいことではない。
人権意識の高いこの国では、ベッドに落下防止柵をつけることも、手足を拘束することも、薬で暴れる患者を鎮静することも許されていないのだ。人権意識の高さゆえ、ドクターもナースも理学療法士も栄養士も薬剤師もリスクを負うことになる。

COVIDで去年からの累計、世界中で遂に300万人が亡くなった。命を失った医療従事者が沢山いる。オーストラリアでも死亡者の半分近くが医療関係者だ。
人は年を取る。自分で何もできなくなった老人の命は国が守ってやらなければならない。老人にかかる費用は若者への教育費や医療費をはるかに上回る。COVIDで、最大数の死者を出している米国が、サイバーアタックと、ウクライナへの敵対を理由に大使館から職員を引き上げる、、、中国をけん制するために大規模な軍事演習を繰り返す、、、日本からスガを呼びつけ中国、台湾間の緊急事態に備える、、、
一体なのをやっているのか。
日本では3人に1人は70歳代という時代に、痴呆老人に銃をもたせて、隣の国と戦争しろというのか。戦争どころではない。世界が戦わなければならないのは、資源でも、オイルでもミサイルでもない。国の財源を根こそぎ奪い取る「AGE」という人類永遠の敵なのだ。
「AGE」について、多くの人が関心を持つ切っ掛けになるのなら、この映画は良い映画だったと言うことができる。



2021年4月11日日曜日

映画 「ミナリ」

映画「ミナリ」
2021年アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、脚本賞、作曲賞にノミネートされた。外国語映画賞ではない。一般部門で、これだけの候補作品となっている。
また2021年ゴールデングローブ、再優秀外国語映画賞を受賞した。2020年第36回サンダース映画祭でグランプリと観客賞を受賞した。
「それでも夜は明ける」などのブラッド ピットの制作会社、「PLAN B」と、「ムーンライト」などを手掛けたスタジオA24 とで制作された。

原作:アイザック リーチョンの半自伝
監督:アイザック リーチョン        
キャスト
父ジェイコブ:スチーブン ユアン
母 モニカ :ハン イエリ
娘 アン  :ノエル ケイト チョー
息子デヴィド:アラン キム
祖母スンジャ:ユン ヨジュン

1980年代、米国南部アーカンソー。
アーカンソーに移住した韓国人夫婦が、がむしゃらに働いて自分たちの農地を買った。学童期の娘と息子がいる。息子は先天的な心臓病で、走ったり運動することができない。夫婦は移民してきた5年間のあいだ、町でヒヨコの雌雄選別の仕事をしてきたが、やっとお金をためて念願の土地を買ったのだった。父親の望みは、自分の農地を持ち、そこで韓国野菜を作り米国在住の韓国人の間で流通させることだ。アーカンソーで韓国人はみな食べ物が自分たちの育ってきた国の食べ物と違うので苦労している。韓国人の要求に見合う作物を作れば事業として成功間違いないだろう。

大きな夢を抱いて購入した農地に家族でやってくる。草ぼうぼうの広い野原と、掘っ立て小屋。雨漏りはするし、水も十分ではない。電機はモーターの自家発電で使える時間が限られる。さっそく、何もかも気に入らない母親と大喧嘩だ。父親は、妻のために国から妻の母親を呼んでやることにする。畑仕事に明け暮れる両親に代わって、子育ては、韓国からやってきた祖母が担うことになる。そして祖母と孫たちとの交流が始まる。
というストーリー。


夫婦してヒヨコの雌雄判別作業を5年間した、ということがどんなショボいものだったか、想像できる。映画には出てこないが、卵から孵化したばかりの愛らしいヒヨコは、ずらりと並んだ移民たちの手で判別され、オスはベルトコンベアーに乗せられて、羽毛や手足など生きた姿のまま粉砕機に放り込まれて燃やされる。オスは肉が硬いので食べられないし、卵を産まないからだ。オスは孵化されても殺されるために生まれてきた。なんともやるせない。だからヒヨコの入った箱にいくらと決められたわずかなお金をためて土地を買ったときは、夫婦はどんなに嬉しかったことだろう。

ミナリとはセリのことで、水辺に育つ野草。匂いの強い、韓国料理に多用に使われる野菜で、どこにでも根を張り繁殖する。韓国人家族が米国に根着いて生きていく姿を、象徴している。韓国から祖母が種を持ってきて、繁殖させ、彼女が倒れた後、父親がいとおしそうにこれを摘む。

家族の喜怒哀楽が描かれていて共感できる。でもそれにしても、母親はどうして怒ってばかりいるんだろう。家がボロだとか、畑が荒れ放題なのは当たり前だったと思うけど、当たり散らして子供たちを怯えさせるのは、止めて。いったん怒るとその気性の激しさ、一歩も譲らぬ論理性、感情表現の一刻さに、彼女の子供でなくても怖くなる。どうでもいいことだけれど、何年も前、仲の良かった韓国人のカップルが口喧嘩していたのを思い出してしまった。学校の門の前で二人が喧嘩をしていた。どちらも良く知っている人たちだったが、無視して学校に入り、90分のミーテイングをして帰ることにした。門のところで、驚くことに二人は全く同じ格好で、同じように向かい合い口喧嘩を続けていた。90分ですよ。日本人の夫婦喧嘩なら、すぐ面倒になってゴメンナサイを早く言った方が勝ちで、すぐに和解して手をつないで映画にでも行っていただろう。イタリア人だったら、両手をプロペラのように振り回して大声で怒鳴りあい、皿を床にたたきつけたり、ドアを蹴飛ばしたり大音響の30分後に、どっちかが去ってチャオ。フランス人だったら互いに、きつい皮肉を言い合って、サッサと別れて、互いに別の相手とランデブー。アメリカ人だったら、銃で撃ちあって喧嘩は5分でジエンドだ。

アメリカ南部の農耕地帯の田舎町で教会を通して移民家族がコミュニテイーに入っていく様子が好ましい。牧師が模範的なキリスト者の態度で、片言しか話せない移民でも仲間として受け入れる。アーカンソーの自然の大きさ。自然災害の怖さもよく描かれている。
しかし、アメリカ人にとっての韓国人とは、どんな存在だったのかが、あまり描かれていない。どんな田舎に住んでいても、当時徴兵制のあったアメリカ人にとって、朝鮮戦争とベトナム戦争には関わらざるを得ないものだったはずだ。
私が1990年代にオーストラリアに移民したときでさえ、私が日本人だとわかると、親日オージーは、「ジャパン、ヨコスカ、ナハ、カデナ」など、米軍基地があって自分も行ったことがある場所の地名を並べ立てて、日本よく知っているよーと言ったものだ。反日オージーだと、「パールハーバー、ノーテイー、ヒロシマ、ワークリミナル」だ。オーストラリア兵が日本軍の捕虜になってビルマ鉄道建設で過酷な労働を強いられ大量死したことをオーストラリア人は決して忘れない。大西洋戦争の死者の半分がここで捕虜死したのだから。

その国のイメージは自分の父親や祖父から直接聞いた実話から印象付けられる。外国で自分の出身国を言うときは、外交官並みの歴史認識と知識が要求される。知識人の少ない田舎に行くほど、さらに努力と知識と社交術が必要とされる。アメリカ人にとって朝鮮戦争もベトナム戦争も自分たちにとっては何の利益もなかったにもかかわらず、犠牲ばかりの多い戦争だった。1960年代、韓国軍はアメリカ軍と共に参戦したベトナムで、最大時5万人の兵を送り5千人の戦死者を出している。今もなお、徴兵制のある韓国で、彼らがなぜ米国に移民しなければならなかったのか、日米関係よりも米韓関係のほうが、ずっと複雑で密接な関係があったはずだ。

リー チョン監督は小津安二郎が大好きで影響を受けたと言っていることが、うなずける。家族は大切かも知れない。でも人間は社会的な動物だから、社会状況に関わりなく生きていくことはできない。映画では、小津の映画のように、あまり大きなことは起こらない。平穏と小さな幸せ。この映画は家族の結びつきを強調するあまり、人がどんな心を抱えて、どんな社会で生きたのかが十分描かれていないのが、残念だ。小津にないものねだりをしても仕方がないんだけれども。


2021年4月9日金曜日

ステイングの「フィールド オブ ゴールド」

[フィールド オブ ゴールド] :

家は大麦畑に囲まれていて、夏になるとたおやかに実った収穫前の麦に太陽が照り付ける。金色に輝く麦畑の上を、風がそよいで渡っていく美しい眺めは、まるで天国みたいだろう?
1993年に英国人ステイングによって書かれた曲。この曲を、ビートルズのポール マッカートニーは、「僕自身のハートを癒す曲で、僕の人生そのものを語ってくれている。」と言って絶賛した。「永遠の愛」を歌っているということで、結婚式に使われることが多いが、葬式にも使われるそうだ。

エヴァ カジデイ(EVA CASSIDY)というアメリカ人シンガーが、この曲を歌っていて、たった33歳で1996年に亡くなった。彼女の死後2年目に両親の手によってアルバムが出版され、グラミー賞を獲得した。彼女の印象深い歌は、ユーチューブで聞くことができる。ステイングは、「彼女が僕よりもずっとうまく歌ってくれている」と言っていて、そんな彼らしいコメントに心が安らぐ。

Singing ' Field of Gold" written by Sting on 1993. Once he lived a house surrounding by field of bally, which become golden shinning color in the Summer. The wind makes wave on golden bally that is beautiful like a heaven. American singer Eva Cassidy who died in young at 33 on 1996, loved this song. After her death her parents published her record album and it got Grammy award. Sting says," Eva is singing this song much better than me."



2021年4月6日火曜日

映画「ノマドランド」

  
ノマドランド
原題:NOMAD LAND
原作:「ノマド 漂流する高齢労働者たち」ジェシカ ブルーダー
監督: クロエ ジャオ
キャスト
ファーン:フランシス マクドーマンド
デイブ: デヴィッド ストラザーン

あらすじ
米国ネバダ州、60歳を超えて、夫を失ったファーンは、働いていた鉱山の資材会社が倒産し、職を失うだけでなく長年住み慣れた家まで失ってしまった。この機会にキャンピングカーに、大切なものをすべて積み込んで、「ノマド」(遊牧民)として生きることにする。年金などまったく当てにならない。移動する先々で仕事を探して働き、現金を得る。ときにはパートタイマーのアマゾンで箱詰めの仕事、時には掃除婦、時には季節労働者となる。同じノマド仲間同士の互助会もあり、そこには資本主義社会からドロップアウトした人々の貧しいながら助け合う集まりもある。ファーンは働く現場で知り合った人々と、ゆるやかな交流をしながら、淡々と移動を続けていく。
というストーリー。

2020年第77回、ベネチア国際映画祭、金獅子賞受賞。第45回トロント国際映画祭、観客賞受賞。2021年アカデミー賞、監督賞、作品賞候補。

主演のフランシス マクドーマンドが、とても良い。他の女優がやっていたら、ただの演技になっていただろう。彼女ほど孤独が似合う女優は居ない。彼女とデイブを演じた役者以外に役者を使わず、実際ノマドの生活をしている人々を使って、半分ドキュメンタリーのように撮影したそうだ。
自然がいっぱい。壮大な自然のなかで暮らす人々の小さな存在が映し出される。ファーンは、人よりも、自然を愛する。海沿いを走っている。車を止めて、ひとり大きな岩の上で波しぶきを浴びながら塩風を胸いっぱい吸い込んでみる。キャンプ地で、すべてのほかのキャンピングカーが立ち去った後、地平線に沈んでいく太陽をひとり、いつまでもいつまでも眺めている。そういったシーンをカメラが動かず、じっと捕らえる。
そんな彼女も、小さな恋をする。小さな町の観光ガイドの男に、心惹かれ一人で岩から岩に隠れてみて、相手が見つけだしてくれるのを待ってみる。そして男がちゃんと追ってきて、呼び戻してくれるのを見て満足する姿は、テイーンエイジャーのように可愛らしい。それでいて、男に求婚されると、迷いもなくサッサと立ち去るのだけれど。



自分による、自分のための、自分だけの人生を、しっかり生きている。自然と一体感を持ち、だれにも優しく、窮地に陥ると助けを求めるが、助けを押し付けず、すべての人と間隔を置く。徹底し個人主義だ。それもとても強い個人主義。誰にも決して嘆きや、苦情や、身の上に起こった不幸などを打ち明けたり、ぶつけたりしない。だから自分が情けないなどとは感じない。自分がホームレスや、社会的落ちこぼれだなどとは信じていない。自分の人生を自慢したり、人と比較して、自分が不幸かどうかなどと測ってみたりしない。淡々と自分に与えられた状況そのものを、楽しむ。執着心のない、透明な人格。

キャンピングカーが、もう修理に時間も費用もかかるので、買い替えるように勧められるが、「この車は私なの。私の家、家以上の存在なの。」と言って、修理に修理を重ねる。車が死ぬときは彼女が死ぬ時だ。思い出の深い皿が割れてしまうと、新しい皿を手に入れようとせず、接着剤で直して使い続ける。どんなに気に入っているものが大切か、それだけは譲れない、自分のものを持っている。映画にはヒッピーも出てくる。家出少年も出てくる。彼らとの交流も互いに尊重しあいながら、決しておせっかいをせずに優しい。

人生は自己満足。人と比べず自分の価値観に従って生きれば。それが一番幸せな人生だ。
他人には何も求めない。他人に何かを期待すれば、執着心が出てきて期待がかなえられないと自分が傷つく。他人から与えられれば受け取るが、それ以上は期待しない。彼らの生き方は、托鉢で与えられた食べ物だけで命をつなぐ修行僧のようなストイックな生き方を思わせる。
孤独という、何にも代えがたい自由の喜びに満ちた生き方だ。とても勇気付けられた。孤独は怖くない。何という豊穣な世界か。

高齢化社会の日本にも同じような家を失い、漂流する老人たちが増えていくことだろう。


2021年4月2日金曜日

サイモンとガーファンクルの「スカボロフェア」

SCARBOROUGH FAIR:

戦争で命を失った兵士が、故郷に残してきた恋人が忘れられなくて、スカボロフェアの市に行こうとしている旅人に、恋人への伝言を頼む。「針を使わないでシャツを縫って水のない井戸で洗ってくれ、海辺の波と陸の間に広い土地を見つけてコショウの種を撒いて皮の鎌で収穫してくれ。」無理難題をふっかけてくる兵士の悪霊に魂を抜き取られてしまわないように旅人は、匂いのきついローズマリー、タイム、と魔よけの呪文をとなえている。
中世のころから英国ヨークシャーで吟遊詩人によって歌われてきた古いフォークソングを、自分たちのバージョンで, サイモンとガーファンクルが歌っている。

このアルバムが発表された1966年は、ベトナム戦争が泥沼化していた。若者たちは、参戦する意味を疑いながらも徴兵制のために、国に命を差し出すことを強制されていた。この歌は、戦争で命を失った兵士たちの悲しみを歌っている。1966年ダステインホフマン主演映画「卒業」のサウンドトラックになった。

SCARBOROUGH FAIR :Make me a shirt without seams, nor needle, and find me an acre of land between the salt water and the sea strands,,, Dead soldier askes to a traveler impossible desire and rob his spirits. The traveler was scared and tried to evil spirits away. This song was written by Simon & Garfunkel 1966, and used for sound track for the movie,[Graduation]、 but it is ordinated old English folk song titled [Elfin & Knight]. We can read this song means anti- war resistant song during Vietnam War1960-1970.