監督 :フロリア セレール
キャスト:父=アンソニー ホプキンス
娘=オリビア コールマン
2021年第93回アカデミー賞 作品賞、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞、美術賞などにノミネイトされている。
ストーリーは
ロンドン。エンジニアだった81歳の父親が、寡夫となり、一番可愛がっていた末の娘を交通事故で亡くしてから急に老け込んで、認識障害を起こしている。近所には上の娘が夫と共に住んでいるが、仕事が忙しくて父親の世話をすることはできない。しかし父親の日常生活に支障が出てくるようになると仕方なく、娘は父親を自分のアパートに引き取ることになる。父親は、物忘れが激しくなり、怒りっぽくなって、自分が置き忘れた腕時計を探すたびに、娘や息子の夫を泥棒扱いしたり、時も場所も思い違いが多くなり、家政婦に来てもらっても、衝突ばかり繰り返す。夫はたまらず出て行き、離婚することになった。娘は介護に疲れ、手のかかる父親を絞め殺したい衝動も起こるが、家庭思いだった父親との思い出は消しがたい。離婚後、娘は良きパートナーと出会い、ロンドンからパリに移る決意をする。父親はついに老人ホームに入居する。そんな悲しい選択をするまでに4年もかかったのだった。
というストーリー。
認識障害の老人役をアンソニー ホプキンスが演じた。素晴らしい役者。当然ながらアカデミー主演男優賞にノミネイトされた。映画音楽に、オペラが多用されている。まずマリア カラスが歌う「椿姫」を聴きながらホプキンスが料理をする場面で映画が始まる。次は、アルフレッド クラウスの唄う「真珠とり」のアリアだ。これをバックに、頭が混乱して苦しむ父親の姿が映し出される。繰り返しオペラが使われていていることで品の良い映画に仕上がっている。
最近では、CIVIDで自宅隔離を余儀なくさせられている世界中の人々のために、ホプキンスは、FBとYOUTUBEで、短いヴィデオを発信している。彼のテーマは、いつも「ピアノ」と「ねこ」だ。彼のピアノはプロ並みとよく言われていることだが、ねこを膝に乗せたまま、ノクターンやソナタを弾く彼の姿は、本当に心がなごむ。リラックスにもってこいだ。
映画に目新しいことは何もない。
父親が老人性痴呆状態になって娘が世話をしなければならない。夫より父親を選択した娘は夫に捨てられる。女が年寄りの面倒をみなければならなくなって、どれほどの家庭が壊れなければならないのか?
映画では結論は、娘が老人の認識障害は老人のせいではなく病気なのだという事実を認めて、施設で専門医によって処置されなければならないとして、老人ホームに入れて、パリに旅立っていく。妥当な判断で、それは今の現状で、どこでも誰にでも起きていることなのだ。
老人認識障害の初めは、物忘れから始まる。このごろ人の名前が思い出せなくて、、と中年になると自覚し始めるが、古い記憶より新しい記憶から忘れっぽくなってくる。徐々に悪化して、時と場所が混乱してきて、人の名前だけでなく自分のアイデンテイテイもわからなくなる。時、場所、名前で、混同が起こると、人との会話がとんちんかんになり、笑われたり、怒られたり、周りの態度が変化することで、怒りや逃避や悲嘆にくれるなど、情感にも支障が出る。症状の現れ方は、その人の生きてきたライフパターンによって千差万別だ。
認識障害の関するレポートや症例や小説が出ているが、一番すぐれた作品は、有吉佐和子の「恍惚の人」だと思う。時代を超えた名作だ。
脳に障害が起こるのは脳卒中、脳出血、癌、交通事故などの外傷が原因でも起こるが、アルツハイマー病のように脳神経のレセプターに変化が起きる。認識障害は一つの原因で起こるのではなくこれらすべてアルツハイマー、脳梗塞、躁鬱病、精神分裂病などすべてが併発していると考えた方が良い。家庭で世話しきれなくなった老人は、派遣看護体制で世話し、それができなくなれば施設で世話をする。癌ならば施設に入り完全治癒と退院帰宅もあるが、認識障害の場合は改善することはないので入所したら死亡まで退所することはない。家族は認識障害を病気と理解したうえで、年を取って人が変わってしまった、と嘆かず、ひんぱんに面会するなど、死ぬまでできるだけサポートすることだ。
国は医療と教育には責任がある。幼稚園から大学卒業までに、国が費やす17-18年間分の教育費にたいして、老人は障害がでてから長い人では老人ホームで10年も20年も生きる。24時間ケアが必要な老人にかかる人件費は、若い人の教育費をはるかに上回るだろう。
私は、医療通訳と病院のナースで8年、いまのエイジケアに勤めて15年になる。今の職場で3回ほど殺されそうになった経験がある。責任者なのでホームの出入り口や、モルヒネの入った棚などの鍵を首から下げている決まりになっている。夜になると鍵をかけてまわるが、急に家に帰りたくなった患者は鍵を奪って逃走しようとする。患者に家などもうないし、家族など音信不通、でも患者が家に帰りたい、と怒り出す家とは、自分が生まれた家で母親が待っていてくれる思い出の家なのだ。数人で興奮する患者を鎮めようとしてもうまくいかず、身の危険ゆえ、ポリスを呼んだこともある。
また看護者が腰を痛めるのはいつものことだ。家族から見捨てられ、だれも気にかけてもらえないと思い込んだ患者は、わざとベッドから落ちてみんなから注目されたい。何度でも、怪我をしてもそれを繰り返す。機材を使って床で伸びている患者をベッドまで引き上げる。どんなに機材を使っても腰への負担は大きい。タタミとオフトンの日本がなつかしい。世界一重いオージー。体重ではアメリカを抜いて肥満度世界一のオーストラリア、でかい、おもい、ちからもち、それでいて痴呆の患者をケアするのはたやすいことではない。
人権意識の高いこの国では、ベッドに落下防止柵をつけることも、手足を拘束することも、薬で暴れる患者を鎮静することも許されていないのだ。人権意識の高さゆえ、ドクターもナースも理学療法士も栄養士も薬剤師もリスクを負うことになる。
COVIDで去年からの累計、世界中で遂に300万人が亡くなった。命を失った医療従事者が沢山いる。オーストラリアでも死亡者の半分近くが医療関係者だ。
人は年を取る。自分で何もできなくなった老人の命は国が守ってやらなければならない。老人にかかる費用は若者への教育費や医療費をはるかに上回る。COVIDで、最大数の死者を出している米国が、サイバーアタックと、ウクライナへの敵対を理由に大使館から職員を引き上げる、、、中国をけん制するために大規模な軍事演習を繰り返す、、、日本からスガを呼びつけ中国、台湾間の緊急事態に備える、、、
一体なのをやっているのか。
日本では3人に1人は70歳代という時代に、痴呆老人に銃をもたせて、隣の国と戦争しろというのか。戦争どころではない。世界が戦わなければならないのは、資源でも、オイルでもミサイルでもない。国の財源を根こそぎ奪い取る「AGE」という人類永遠の敵なのだ。
「AGE」について、多くの人が関心を持つ切っ掛けになるのなら、この映画は良い映画だったと言うことができる。