2013年9月13日金曜日

映画 「イノセントガーデン」

 


サイコテイックスリラー、英米合作映画
原題:「STOKER」
監督:パク チヤヌク
キャスト
インデイア ストーカー :ミア ワシコウスカ
エベリン(母)       :二コル キッドマン
チャーリー(叔父)    :マチュー グード
リチャード(父)      :デルモット マルロニー
グエドリン(叔母)    :ジャッキー ウェバー

ドラマ「プリゾン ブレイク」の主演俳優、ウェントワース ミラーが脚本を手がけたことで、話題を集めた作品。脚本が高く評価されていたので、たくさんの映画監督が志願したが、選ばれたのは今までハリウッドで仕事をしたことがなかった 韓国人のパク チャヌク。この監督はソウル生まれの50歳。「オールド ボーイ」で、カンヌ国際映画祭特別賞を受賞した。この作品は日本の漫画を原作とした残酷シーンの多い復讐劇だが、クエンテイン タランテイーノから、高く評価された。
原題、「STOKER」、邦題「イノセントガーデン」は、オーストラリアでは公開されたばかりだが、日本では、5月にすでに公開されたようだ。キャストの二コル キッドマン、ミア ワシコウスカ、ジャッキー ウェバー等、映画の中心人物が そろってオージー俳優なのも、おもしろい。撮影中は、「グッダイ!」で、始まったんだろうな。「グッダイ、アウア ヤ?」(GOOD DAY、 HOW ARE YOU?)とかね。
ストーリーは
街からずっと離れた田舎の大きな屋敷にストーカー家の屋敷がある。父親、リチャードと、母親エベリンと、一人娘インデイアが、たくさんの使用人とともに住んでいる。広大な敷地には森も湖もあり、父親はハンテイングが趣味だ。愛娘のインデイは、幼いうちから父親から狩猟の手ほどきを受けていた。インデイは、誕生日に毎年新しい靴を父親から贈られるのが、習慣だった。

インデイの18歳の誕生日に、父親が車の事故で亡くなる。年頃で反抗期のインデイは母親との折り合いが良くない。父親を心から慕っていたインデイに、喪失感は大きい。そんな父親の葬儀の日に、インデイは初めて、一度も会ったことのなかった叔父を紹介される。チャーリーと名乗る、亡くなった父親よりずっと年の若い弟は、葬儀の日以来、屋敷にとどまり、以来不思議な3人の生活が始まる。ハンサムで優しいチャーリーに、母親エベリンはすぐに心惹かれていく。チャーリーはインデイにも優しい。美術学校に通うインデイは、友達の居ない変わり者。成績はとびぬけて良いが、誰にも心を許さず頑なな様子が、男の子たちの間では、からかいの対象になっている。チャーリーはインデイを学校の送り迎えを買って出るが、インデイはひたすらチャーリーを拒んで無視し続ける。不思議なことに、使用人たちが次々と居なくなる。遠方からわざわざ会いに来てくれた叔母も、チャーリーとの諍いの後で姿を消す。

インデイはつきまとう学校の男の子から、暴行を受けそうになって危機一髪のところでチャーリーに助けられる。チャーリーは当然のように、この男の子を殺害する。インデイは死体を埋めるのを手伝う。インデイが想像した通り、姿を消した女中や叔母も、チャーリーに殺されたのだろう。インデイは激しくチャーリーを憎みながら一方で、自身の理解を超えて異常な性的興奮を感じている。そんな危ない二人の関係を知った母親は、チャーリーをなじりとばし、反対に殺されそうになる。
そんなこんなで、インデイはついに、チャーリーの出現の真相を知って、、、。
というお話。

ストーリーだけを簡単にひとことで言ってしまうと、ストーカー家の異常性格者が次々と殺しまくるだけのお話だ。ただそれだけなので、どしてサイコスリラー映画に分類されている理由がわからない。推理や犯人捜しなど全くない。
しかし、映像作りが、とても凝っている。音の使い方が秀逸だ。シーンごとに聴覚、触覚、知覚をふんだんに刺激してくれる。
葬儀で美しい未亡人が人々に囲まれて、皆に慰められている。それを見ながら、18歳の反抗期真っただ中のふてくされ娘が、台所でガリガリ、ぐしゃぐしゃものすごい音をさせながらゆで卵の殻を割っている。音のない世界で、妖艶な未亡人がいつも人々の中心だ。一方で最大音で 娘が卵をガリガリ、メキメキ、、、。母と娘の対照的な心象風景を 交互に画面で対照的に映し出していて、みごと。上手だ。
だいたい、二コル キッドマンほど喪服とベール姿が似合う女優は他に居ないのではないか。古くは、ジャンヌ モロー、オードリー ヘップバーンなども、喪服の美人だった。二コル キッドマンは、彼女独特の気が強いくせに頼りなく、神経質ですぐにヒステリーを起こしそうな危ない雰囲気が、喪服姿にとてもマッチしている。彼女、夫の葬儀なのにイライラ ギリギリしていて 悲しみに心塞がれた未亡人と思えない。それが証拠に叔父が屋敷に住み着くと、すぐに尻尾を振って男の部屋に入りびたり。本当に悲しんでいるのは娘インデイだけだ。だから、こんな母親が、「こんなときだというのに、どうして私たち分かり合えないのかしら。」などと言ってくれても、娘としては無視するか、せせら笑うことしかできない。当たり前だよね。

ピアノの連弾シーンがある。インデイがピアノを弾いていると、チャーリーが後ろからそっと来て伴奏を始める。二人の連弾が手を交差しながら続けられ、鍵が鍵穴に カチャリと収まるように、二人の嗜好がぴったりと合う瞬間だ。この映画の一番の見せ所だろう。
画面がときどきスローモーションになったりする。そのことによって結構大切なメッセージが誰にでもわかるようになっている。その点、感の悪い人、裏読みのできない人、想像力に欠けていて暗示されていることが読めない人でも、なんかを感じ取れるようになっている。親切だ。

多感なテイーン、父親への憧憬、美しい母への反発、若い男になびく母親への軽蔑と憎悪、ちょっと変わった男への好奇心、過剰な性へのあこがれと嫌悪。これを 全然笑わない女優、ミア ワシコウスカが、いつもふくれ面で上手に演じている。毎年父が贈ってくれた靴が 実は父親からではなかった、という衝撃。靴への偏愛と異常性格者の関係ってわかりやすいかも。

映画の始めのシーンで、赤い花が出てきて、「花は自分で色を選んだりすることができない。」というインデイのナレーションがある。それが、最後の最後で白い花が 血しぶきが飛んで赤く染まるシーンで終わる。「ふむふむ、、なるほどね。」と いうふうにわかるようになっている。
花は自分で色を選べない。人は生まれを自分で選んで生まれてこれない。悪い血統の家に生まれれば その遺伝子は受け継がれていく。叔父の病は姪にバトンタッチされ、えぐい大量殺人は止まらない、というわけだ。
アートな映像、視覚、聴覚、触覚をフルに刺激してくれる画面作りには感服する。だけど、こういう映画が大好き というような人とはあまり友達になりたくない。

2013年9月12日木曜日

ラリアの関節痛よさらばの春

    

日本は暑い夏から ようやく秋めいてきた様子。日本の秋は一年のうちで最も美しい季節。
外国で暮らしていて、「あきこ」とは、どういう意味か、と問われることがある。私の「あきこ」は 文章の「あき」からきていて、先祖の淡路島の洲本にいた古東領左衛門の孫の孫あたりの古東章叔父さんからもらったものだ。素晴らしく美しい字を書く人で、文章も上手だった。でもそんなことを説明しても、外国人にはわからないから、アキは「秋」で、コは「子供」。オータム チャイルドという意味だよ、と。秋は日本では 山々が紅葉し、果物が実をつけ、高い山々には純白の雪を抱く、最も美しい季節なのだよ、と説明する。だから、私の職場では、ふざけて私のことを オータムチャイルドと呼ぶ人もいる。

南半球のオーストラリアでは日本のこの時期が、春になる。
今年は、いつの間にか木蓮が咲き始めたと思っていたら、梅も桃の花も桜も藤の花もいっせいに咲き出して満開になって、さっさと散っていった。街路樹のイングリッシュパイントリーも、杉も、樫も一斉に芽吹いて葉をつけた。そんな春の到来が 今年はことさら嬉しかった。冬の間、関節炎が痛んで、指も手首も腰も膝も顎まで痛くなり いつになっても改善せず、もうこのままずっと痛みを抱えていくのかと、暗澹たる気持ちになっていたからだ。

人の体は50年も60年も 何の問題もなく使えるように設計されていない。
人は、重い頭を支えて、何十年も立ったり歩いたりしてきたから、年を取れば誰でも 膝や腰が痛くなる。すり減って無くなった軟骨のあとに関節が変形してきて神経を圧迫して痛むから、まわりの筋肉を鍛えて、同じ動きをしても痛まないような迂回路をつくって、とりあえず炎症や痛みを回避することが大切だ。そのためには、1にも、2にもストレッチをすること、それだけが解決策と言ってよい。ステロイドの関節注射や鎮痛剤やマッサージや温泉などは、一時的には良いが、解決策にはならない。
一番こたえたのは指の第2関節の腫れと痛みだ。むかしヴァイオリンで酷使してきた。物をつかむのに力が入らない。人に握手されると 飛び上るほど痛い。錠剤を手のひらにとるが、曲がらない指の間をぬけて落とすばかり。コップを落として割る。ドアに鍵が入らない。夜中、痛みで目が覚める。

毎日、30分の自転車こぎ、30分のストレッチ運動を冬の間、ずっと続けた。指が動かなくなると困るので、ギターを始めた。自分で弾くだけでは続かないと思って、先生について習い始めた。薬指が曲がらないのでGコードもFコードもちゃんとした音が出ない。それでもレッスンは楽しく、ギターを背中に背負って電車で先生のスタジオに通った。
1にも、2にも ストレッチ。これを続けていけば必ず効果が出ると 確信しているくせに、努力が全然報われないのではないか、ずっとずっと痛いままではないのか、と自問自答の毎日。

ようやく、気温の上昇とともに関節の可動域が広がって、痛みが軽減してきた。1にも、2にも ストレッチ。人にいつも言い続けてきたことが、自分でもよくわかった。当たり前なことだけれども、努力は必ず報われる。痛みは必ず軽減する。月並みな言葉だけれど、真実だ。とても嬉しい真実。明けない夜はない。冬の後には、必ず春がくる。

写真は、ワラタ(WARATAH)の花。葉から2M以上の長い茎を持ち、その上に真紅の美しい花をつける。オーストラリアのネイテイブの花で、ラグビーチームの名前にもなっている。花(鼻)の下が2Mあるなんて、どんだけ女たらし!

2013年9月1日日曜日

メトロポリタンオペラ 「椿姫」

http://www.palacecinemas.com.au/events/metopera20122013season/

       

このごろ大泣きすることがなくなった。
14歳年の離れた最初の夫と一緒になった頃は、夫の居ないところで隠れてひっそり泣くことが、よくあった。ずっと年上の夫をもつと その人の世界が理解できなくて、ひとり置き去りにされたような気持ちで泣くものだ。今のオットとはもっと年が離れているが 全然泣かなくなった。自分が年を取ったうえ、この世に慣れて図々しくなったこともあるだろう。

久しぶりに心から大泣きしてみたくなって、オペラを観ることにした。オペラで一番泣くのは 文句なく 「椿姫」だ。オペラ「カルメン」では、カルメンの死は悲しいというよりも「むごい」。「リゴレット」の娘の死は、あり得ない悲劇だし、「ラ ボエーム」のミミの死は、しょうもない、みじめなだけだ。「蝶々夫人」の死は馬鹿げている。全然泣けない。泣くなら「椿姫」だ。
「椿姫」の悲しさは、やっと見つけた本当の愛の中で、若い恋人と幸せの絶頂にいるときに、男の父親に別れてくれと懇願され、諄々と諭されて、自分の幸せを諦める女が健気でいじらしくて、泣かされる。男に別れると言っても信じてくれない。他の男に心変わりしたと言って飲んだくれて遊び歩いても信じてくれない。一直線に愛を求めてくる恋人を、はねのけて、はねのけて最後まで男のために、自分を偽ろうとする女の姿に、大泣きせずにはいられない。うんと悲しい悲劇で泣きたかったら、やっぱり「椿姫」だ。

ニューヨークメトロポリタンオペラ「椿姫」、去年の公演をフイルムに収めたものを映画館の大画面で観た。今年はジュゼッペ ヴェルデイ生誕200年にあたる。彼はイタリア北部に生まれたが、そのころは、今日のようにイタリアはひとつの国ではなかった。イタリア統一は ヴェルデイ48歳のときだ。同じ年に生まれたワーグナーのように、パトロンが居たわけでなく、特別豊かでもなかったヴェルデイは、生活のために生涯 作曲し続けた。「椿姫」は 中でも彼が一番油が乗りきっているときに書かれた作品で、完成度が高く、素晴らしい曲ばかりだ。

指揮:ファビオ ルイズ
キャスト
ビオレッタ:ナタリー デユッセイ
アルフレッド:マチュー ポレンザー二
ジェルモン:ドミトリ ボロストスキー
ストーリーは
第1幕
パリ社交界の華、高級娼婦のビオレッタは 浮気者で人気者。結核を病んでいて、長生きできないことを自分で知っている。ならばと、うんと享楽的に遊び呆けて、男から男へと渡り歩いて派手に愉快に人生をやってきた。ところが若いアルフレッドに愛を告白されて、今までに味わったことのない胸のときめきを感じる。アルフレッドに惹かれている自分に自分で、ビオレッタは驚いていた。
第2幕
ビオレッタは生まれて初めて 純真な若い恋人アルフレッドとの幸せな生活に浸っている。社交界からは身を引いて、二人だけの幸せな生活。でも二人して暮らしていくために、ビオレッタは 自分の宝石や家具を売らなければならない。隠れて家具を売るところを知ったアルフレッドは、自分の世間知らずを恥じ、お金を引き出しにパリの家に帰る。アルフレッドの留守中に、老紳士が訪ねてくる。それはアルフレッドの父、ジェルモンだった。彼は 結婚する娘のために 世間体を繕わなければならない。家名を汚さずに済むように 息子とは別れてくれという。はじめは取り合わなかったビオレッタだったが、切々と説得する父親の話を聞くうち、遂にアルフレッドの将来のために自分が犠牲になって別れる決意をする。
第3幕
ビオレッタは心変わりしたという手紙をアルフレッドに残して、パリの社交界に戻る。他の男たちと遊び呆ける姿を見てアルフレッドは 逆上してビオレッタに金を投げつけて侮辱する。ビオレッタはただ泣き崩れるしかない。
第4幕
数か月後、結核に病むビオレッタは、死の床に居る。そこに、すべての事情を知らされたアルフレッドが駆け付ける。アルフレッドは、自分の無知を謝り、二人して田舎で暮らそうと言う。謝罪するために来た父、ジェロモンは、ビオレッタこそが、心の美しい本当に自分の娘にふさわしい人だと述べて、心から詫びる。しかしビオレッタにはもう それに答える力が残っていない。二人に見守られながらビオレッタは死んでいく。
というお話。

このオペラには男女合唱団による「乾杯の歌」をはじめとしてアルフレッドの「燃える心を」など、有名でテレビやコマーシャルなどででよく使われている曲がたくさんある。ビオレッタが始めから終りまでずっと舞台の上に居て、息を継ぐ暇がない。彼女の独白が多く、動きも激しい。独白やアリアは技巧的に難曲が多く、3時間余り、コロラドソプラノにとって、とても見せ場が多いが、過酷ともいえるオペラだ。マリア カラスが好んで歌った。

ビオレッタを歌ったナタリー デユッセイは、やせっぽちで小さな人だが、驚くほど豊かな声量で、気品のある美しいコロラドソプラノを歌う。彼女の「ラメンモールのルチア」を メトロポリタンオペラで見たことがあるが、いつも彼女の体当たりの演技には目を見張る。今回のビオレッタも、この人ほど役にふさわしい歌手はいないのではないかと思うほど役になりきっている。何度も失神してバタリと倒れるシーンがあるが、本当に体当たりで倒れるので 彼女の体は傷だらけではないだろうかと 本気で心配した。すごいエネルギーだ。

アルフレッドのマチュー ポレンザーニ、イタリア人らしく背が高く体も大きく見栄えが良い。芝居も上手くて、若くて世間知らずの坊ちゃんが、一人の孤独な女にのめり込んでいくのが納得できる演技だ。倒れたビオレッタを抱きしめながら 愛を切々と歌い上げながらボタボタ涙を ビオレッタの顔に落としていた。あわてて拭いていたが、失神しているはずのビオレッタは目を閉じていて、顔の上に ポタポタ涙が降ってくるのにじっとしていなければならなくて辛かっただろう。真迫力の演技だ。こんなシーンは、フイルムを見ている人にしか見えず、舞台で見ている人にはわからない。

しかし、このオペラでは何といってもアルフレッドの父親のバリトンに じっくり聴かせてくれる魅力が詰まっている。ジェルモンのバリトンがよく響きわたって、説得力をもってくれないと、どうしてこれが悲劇中の悲劇なのかわからなくなる。ビオレッタが自分の幸せを諦め犠牲になって、アルフレッドが嘆き悲しむ理由がわからなくなる。ジェルモンは、とて大切な役だ。これを歌ったドミトリ ボロストスキーは銀髪で出てきたが、本当はアルフレッドと同じくらいの年か、もっと若かったのかもしれない。バリトンなのに背が高く顔が良い。バリトンは背が低く、樽みたいな体形の人が多いから、こんなバリトンの登場がすごく嬉しい。こんな人に切々と訴えられ、懇願され、諄々と説得されたら、なんでも言う通りにしたくなる。

1853年に作曲されたこのオペラ、ヴィクトリア調の背景で屋敷も、どっしりとして華麗な舞台設定、ドレスは コルセットでウェストを絞った古典的な裾の長いドレスで出てくるのが常だったが、この舞台は現代風。全4幕で、舞台が回り舞台で 背景が変わったりせず、幕間にインターミッションが入ることもなかった。終始 簡素なひとつの舞台に 移動式の家具が出てきたり引っ込んだり 壁がドアになったり実に合理的に空間を使っていた。まず白壁で囲まれた舞台に巨大な時計がひとつ。限られた時間に生きるビオレッタの命の長さを表している。ビオレッタの衣装も、赤い短いドレスひとつだけで、着替えることもない。華やかな社交界で飲んで踊るシーンも、ダンサーも男女合唱団も みな男装して黒い背広姿だ。とても斬新な発想の舞台だ。

舞台が簡素で衣装などが単純になればなるほど 聴き手の関心は 3人の登場人物の役者ぶりと声そのものに集中する。そしてその期待が、裏切られることはなかった。3人3様の良さが合わさって 素晴らしいハーモニーを醸し出している。ソプラノの気品ある力強い声と、テノールの甘い語りかける声と、バリトンの圧倒的な説得力。まったく、よく泣かせてくれた。ビオレッタが嘆くたびに、アルフレッドが絶望するごとに泣かされた。本当に、オペラはやはり素晴らしい。

2013年8月26日月曜日

映画 「ランナウェイ 逃亡者」

    


原題:「THE COMPANY YOU KEEP」
原作:ニール ゴードンのスリラー小説「THE COMPANY YOU KEEP」
監督:ロバート レッドフォード
キャスト
ニック スローン:ロバート レッドフォード
シャロン ソラズ:スーザン サランドン
ミミ        :ジュデイー クリステイー
ベン セパード :シーア ラベロフ
オブボーン元警官:ブレンダン グリーソン
ストーリーは
妻に先立たれた弁護士 ジム グラント(ロバート レッドフォード)は、11歳の娘と ニューヨーク郊外のアルバニーで、二人で暮らしている。ある日、30年前に反ベトナム戦争運動にかかわって指名手配されていた極左組織のシャロン ソラズ(スーザン サランドン)が逮捕されたというニュースが流れる。彼女はFBIの捜査追及を 30年余りの間逃れて逃亡生活をしていたのだった。彼女は銀行強盗の際に爆弾で銀行のガードマンを殺害した容疑で逮捕された。この事件の主犯はニック スローンという男で、30年間指名手配されていて まだ逮捕されていない。

新聞記者のベン セパード(シーア ラベロフ)は、シャロン ソラズがニューヨークの弁護士ジム グラントという男に関係がある というFBIの極秘情報を得る。ベンはシャロンの逮捕を契機に 当時の反ベトナム運動の地下秘密組織に興味を持ち 指名手配されている逃亡者たちを追うことを ジャーナリストの使命だと考える。さっそく弁護士ベン セパードに会いに行き、どうしてシャロンの弁護を引き受けないのかと問い詰めても、ジムは質問をかわすだけ。疑問に思ったベンは、ジムの素性を調べる。すると驚くべきことに、ジム グラントという男はすでに死亡していて、現在弁護士として成功している男は、ジムになり澄ました誰かだ。30年前の秘密地下組織のファイルと指名手配中の顔写真を照らし合わせて見て、ベンは、ジム グラントと名乗る弁護士こそ、事件主犯で逃亡中のニック スローンであることを知る。大スクープだ。翌日の新聞は、ベンの記事が 大きなセンセーションを起こす。

1980年、ミシガン州で過激派が銀行強盗を行い、その際に’ガードマンが殺された。その容疑でFBIが30年余りも追跡していた男を一人の新聞記者が暴き出したのだった。ニックは娘を連れて逃亡する。今は大学教授だったり、材木商だったりする昔の仲間を頼りながら、逃亡し、遂にカナダ国境で、昔の恋人、ミミ(ジュデイー クリステイー)に会う。二人は昔愛し合っていて、別れた時にはミミは、妊娠中だった。ミミは口を閉ざしていて、ニックには、当時の事情がわからない。
一方、新聞記者ベンは 調べれば調べるほど自分が窮地に追いやってしまったニック スローンが、銀行強盗に関与していたとは思えなくなっていく。そこで初めて銀行強盗があった時に、最初に現場を捜査した元警官ヘンリー オズボーン(ブレンダン グリーソン)にインタビューを申し込む。そこでベンは彼の美しい娘レベッカ(ブリット マーリング〉に出会う。元警官は 予想通り強盗事件にニックは関わっていないと証言する。ますますベンはペンの力でニックを追い詰めてしまったが彼が殺人犯ではない確証をもち、自己嫌悪に陥る。

一方、ニックはミシガンの銀行強盗の主犯だったミミに、自首を勧める。シャロンが逮捕されたあと、ミミの逮捕も時間の問題だ。当時ミミは、恋人だったニックに罪を着せてまで逃げ延びなければならなかった。30年たったいまやっとニックは、ミミからニックとの間にできた子供が実は 事件のあと元警官ヘンリーのもとで育てられ、今は美しい立派な女性になっていることを知らされる。
警察の追手が迫った。ミミはボートでカナダに逃げる。ニックは警察の目をミミからそらすために反対方向に逃げ そして逮捕される。逃亡に成功したミミは しかし、あとで考えを改めて捜査隊に向かって行く。
記者ベンは30年前の事件を掘り下げて人々に事実を知らせることに、どんな意味があったのか、自分は無実の弁護士を追い詰めて傷つけただけだったのではないのか、何も知らずに元警官の家庭で育ち立派な社会人になっているレベッカの素性をさらし出し、傷つけることになっただけではないのか、報道の真実とは何だったのか、自問自答するのだった。
というおはなし。

総じて、ベビーブーマー以外の若い人にとっては 退屈な映画だ。どうしてこんなにオールドファッションの年寄りばかり出している映画に人が来るのか 若い人には理解できないだろう。私は若くもなくベビーブーマーで、まさにこの映画で語られる時代を、ベトナム戦争反対運動にも人並み程度に関わり、そのために資金調達に銀行強盗くらい やっても仕方ないよな、くらいの認識で駆け抜けてきたが それでもこの映画は退屈だった。
テーマが何なのか明らかでないからだ。
一つは ベトナム反戦運動してきた地下組織のメンバーにとって、当時の誤りを今、どう考えるのかというテーマ。ここでは殺人に至るテロは誤りだったから、潔く自首して罪を認めると 言っている。それも単純すぎるような気がする。
もう一つのテーマは、30年間秘密にしてきたことを 報道記者が暴き立てて「事実」を表にさらけ出すことにどんな意味があるか、というジャーナリストの良心に係わることだ。この映画では どちらのテーマも中途半端で見ている人に何も考えさせない、何も訴えないで終わってしまった。

40年前、アメリカには徴兵制度があった。アメリカが北ベトナムを爆撃し始めた1965年、ベトナム戦争はベトナム地域のことなどでは無く、全世界の緊迫する問題になった。アメリカの若者は強制的にベトナムに送られ、反戦デモを大学内で行っただけで学生が警察に撃ち殺されたりした。従軍を拒否した若者は刑務所で拘禁され暴行を受けた。沖縄ではベトナムでバラバラになった米兵の死体を、次々とつなぎ合わせて本国に送り返していた。ベトナムの独立を封じ、南ベトナム傀儡政権を作ってアジアの軍事拠点を作ろうとしていたアメリカに 若者が抵抗するのは、当然の流れだった。この当時、学生生活を送ったベビーブーマーには、100人100様のストーリーがあるだろう。問われれば答えるしかないが、他人のストーリーをいまさら聴こうとは思わない。
だから、ニックとミミが自首しろとかいや、しないとかベッドシーンの後で グダグダやっている姿にはげんなりだ。年寄りのベッドシーンなんか見たくない。ロバート レッドフォード77歳、ジュリー クリステイー72歳の裸など誰も興味ない。

 ロバート レッドフォードが良かったのは、「明日に向かって走れ」1969年、「夕日に向かって走れ」1969年、「ステイング」1973年、「華麗なるギャツビー」1974年、「愛と悲しみの果て」1985年、「モンタナの風に抱かれて」1996年までだ。年を取れば醜くなる。出しゃばるのを止めたり、醜い部分を修正したり、ぼやかしたり、隠したりするのは必要最低限のエチケットだ。
ただ、66歳のスーザン サランドンが逮捕され尋問のあとに、今、同じ状況になったら同じことをまたやるつもりか、と問われて、ためらわずに「私は同じことをするだろう。」と毅然と答えるところは良かった。

報道記者としての良心の問題。FBIからご秘密情報を盗み出し、犯人をあぶり出して、追いつめる、この記者は事実を知りたかっただけだ。それが結果としてたくさんの人を傷つけることになり、真犯人の逮捕につながり、封じていた過去の秘密が表に出た。ジャーナリストの使命と良心の呵責。これはジャーナリストにとって永遠の悩みだ。映画ではこれについて、踏み込んでいない。
映画としては、退屈な映画なので、日本公開はないだろうと思っていたら、10月4日、公開だという。

2013年8月23日金曜日

映画 「エリジオン」

               


映画:「エリジオン」
原題:「ELYSIUM」
監督:ネイル ブロンキャンプ
キャスト
マックス デコスタ:   マット デーモン
防衛長官ジェシカ:   ジュデイー フォスター
エージェント クルーガー: シャルト コプレイ
フレイ サンチャゴ:   アリス ブラガ

タイトルのエリジオンとは 理想郷、英雄が最後に達成して行き着く場所のこと。アメリカ映画。サイエンスフィクションのアクションスリラー映画。
製作、監督、脚本は、ネイル ブロンキャンプ。
ストーリーは
2154年、地球は人口の爆発的な増加や、資源の奪い合いによる各国間の戦争、度重なる自然災害によって、病弊し切っている。もはや国は無くなっている。人類は、持てる者と持たざる者の2つの階層に完全に分かれている。一方は、地球から離れてエリジオンに住むわずかなエリート。他方は貧困と餓えの蔓延した地球に住む圧倒的多数の人々だ。

エリジオンは巨大企業、アーマデインが創設した宇宙空間に浮かぶ人工的に作られた星だ。最高に発達した科学と文明を持ち、そこに住むわずかな住民には、もはや寿命も病気もない。贅沢に人々はスポーツに興じ、高い文化を享受している。
地球から 上空に浮かんでいるエリジオンが見える。指輪のような形をした銀色に輝く美しい星だ。ロスアンデルスの孤児院で育つマックスは、仲良しのフレイに、いつも自分が大きくなったらフレイを連れて必ずエリジオンに連れて行ってあげると約束していた。

マックスは成長して、いまではアーマデインの工場で働いている。フレアは看護婦になった。汚れ果てた空気の中で人々は貧困と病気に苦しんでいる。アーマデインが治安警察もすべて支配しており、人々はたくさんの警察ロボットに監視されて、暮らしている。ある日、マックスは工場で機械の誤作動のために高濃度の放射線を全身にあびてしまい、後五日の命、と診断される。時間がない。五日間の間にエリジオンと地球を往復する宇宙船を乗っとって、エリジオンに行かなければ命を長らえることができない。マックスは躊躇わずに地下組織に入る。そこで、地下組織で働く医師と技術者によって、人工頭脳を脳に埋め込み、人工神経を手足に装着する人体改造手術を受ける。

マックスはアーマデインの経営者の乗る宇宙船を乗っ取り、経営者の脳をすべて自分の頭脳にコピーする。そしてエリジオンに向かおうとするところで、フレアを人質にとられて、エージェント クレイガーの執拗な追跡に抗しきれず拘束されて、囚人としてエリジオンに連行される。そこでもマックスは戦い続けるが、力尽き、、、。
というお話。

強い男、マット デーモンがスキンヘッドになって、頭に人工頭脳を取り付けて大活躍する。寡黙で幼馴染の女の子との約束を果たすために傷ついても、死にかけても戦い続ける。マット デーモンが好きな人には見る価値あり。だけれどもサイエンスフィクションとしては、つっこみどころの多い子供向け映画か。
1: 寿命がなく、年を取らず永遠に生きられる社会が2154年にくるとは思えない。映画では、どんな病気もマシンに中に入ると治ってしまうことになっているが、すべての疾病は原因も異なれば、発病のメカニズムも異なる。単純な怪我ならば 特別なマシンに入って早く治すことができる時代は来るだろう。しかし遺伝病や自己免疫疾患のように複雑なメカニズムで発病した疾病をマシンで一瞬で治せるはずがない。また精神疾患はどうだろう。寿命が無くなって、永遠に生きられることになったら人は重篤な精神疾患に苦しむことになるだろう。人は機械ではないから、マシンに入ってたちどころに病気が治る時代がくる、ということはあり得ない。

2:映画では、一つの巨大企業が地球を支配しているが、資本主義社会では企業同士が競い合って巨大企業になるのであって、一つだけの企業が生き残って、全世界を牛耳ることは考えられない。
3:映画では人類をエリジオンに住む階層と地球人の階層とに2分しているが、永遠に生き続けるエリジオンの人口が変わらないならば、文明は衰退する。代わって地球では圧倒的多数の頭脳が大きな力を持つ。いくらロボット警察が監視していても安定した社会は構築できない。またエリジオンの食糧生産、エネルギーの生産はどうなっているのか。人の命が永遠である以上、食糧もエネルギーも永遠に生産可能でなければならない。
4:地球から見て、いつも同じところに浮かんでいる人口的に作られた星エリジオンは、地球と月と太陽との自転の関係では どうなっているのだろう。いつまでも浮かんでいられるものなのか、そのあたり宇宙物理学をやってる人でないと、よくわからない。

アメリカ人は世界で一番 他言語を習得することが苦手な国民がと言われているが、本当にそうだ。ヨーロッパのように地続きで異なる言語文化をもった外国人を持たないから、自然と自分の言葉と自分の世界が世界のすべてだと思い込んでしまう。この映画では、ロスアンデルスとエリジオンしか出てこない。出てくる人はみんなアメリカ人ばかりで、インド人もいなければアジア人も出てこない。世界人口の半分はインド人と中国人なんですけど、、。アメリカというか、ロスが世界だ ロスが地球だ、と、、こんな小さな世界でサイエンスフィクションで遊んでもらいたくない。
でもマックスの苗字が、デ コスタで、フレイの苗字がサンチャゴ というのは、おもしろい。会話もスペイン語と英語のミックスだった。伝統的なアメリカ人の氏は 2154年には絶え果てて、人々も言語もスペイン語圏の人々に乗っ取られていることを予見している。

マット デーモンがSFの主人公という不思議で意外な役柄。この前の映画「ビハインド カンデラブラ」では,意外や意外、、、同性愛のピアニストのペット、ビューテイフルリトルボーイの役をやったのもびっくりだった。芸達者だなあ。
ジュデイー フォスターが知的で冷血、防衛庁長官といった役どころを演じている。マーチン スコセッシの「タクシードライバー」で若干13歳で娼婦役を演じた頃からのファンとしては、彼女の口許の皴が悲しい。ハリウッドは一流の化粧係を抱えているのに、どうして彼女の皴をきちんと消してくれなかったんだろう。フレイを演じたアリス ブラガが若くて可愛らしい。二人の女性を比べても仕方がないが、やっぱり大写しの画面では年齢の衰えが鮮明に出て隠しようがない。

ブラッド ピットの「ワールド ワオーZ」、トム クルーズの「オブリビオン」、マット デーモンの「エリジオン」と、ハリウッドを代表する役者たちが それぞれSF映画を主演したが 総じて「どこがサイエンスなのか」「これでもサイエンスか」と一喝したくなるような、ストーリーの細部の詰めの甘さが目につく。医学知識の欠如、科学知識の不足、未来をイメージするイメージそのものの貧困さが、気になる。
しかし、頭にマイクロチップを埋め込んで、頭からコードを延ばして別人の頭につなげるとその人の頭脳をコピーできるし、人工神経を手足につけて戦闘ロボット並に強くなる、というのは 夢みたい。人として心をもったまま、ロボットのような機械人間になって、悪者をばたばたやっつけて、正義に味方になって戦いたいというのは子供のころ、だれもが、思い描く夢かもしれない。そんな子供の夢を、大真面目に、たくさんのお金をかけて映画にしてくれたのだから、かなり科学的にあり得なくても、つっこみどころ満載でも、それで良いのではないか。娯楽映画なのだから。


2013年8月12日月曜日

映画「ビハインド ザ カンデラブラ」


http://www.youtube.com/watch?v=TQ9OgbLCsUM
    



原題「BEHIND THE CANDELABRE」

オランダで、同性どうしの結婚が法で認められるようになって12年。現在のところ同性婚が認められている国は、パートナーシップを認めている国を含めると、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、スペイン、ポルトガル、カナダ、南アフリカ、アイスランド、ルクセンブルグ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、メキシコ、、ドイツ、などなど。今年、英国議会で承認され、続いてニュージーランドに先を越されて、やっとオーストラリアでも同性婚法案が討議されるようになってきたが、承認されるまでには、まだ時間がかかる。
結婚は個人の嗜好に関わることで、結婚しようがしまいが、同性婚か異性婚か、他人が関わることではない。社会的責任を負う成人が結婚すれば、年金や遺産相続など、社会保障上の優遇措置も、異性婚、同性婚ともに等しく法的に保障されなければならない。当たり前のことだ。今まで法的保護されていなかったことのほうが異常だった。

映画「ビハインド ザ カンデラブラ」を観た。邦題はまだわからない。
「カンデラブラ」という言葉は、シャンデリアの複数形。だから原題を直訳すると、「シャンデリアの輝く後ろで」とか、「煌めくシャンデリアの背後で」というような意味になる。
マイケル ダグラスとマット デモンが同性愛カップルを演じた話題作。今年のカンヌ国際映画祭に出品された。ハリウッド映画の重鎮マイケル ダグラスと、アクション ヒーローのマット デーモンという、考えられないようなカップルのとりあわせの意外さに惹かれて見に行った。

監督:ステーブン ソダーバーグ
キャスト
リベラーチェ:マイケル ダグラス
スコット ソーソン:マット デーモン
ドクタースターツ:ロブ ロウ

ストーリーは
エルビス プレスリー、エルトン ジョン、マドンナやレデイーガガが、舞台のパフォーマンスで大爆発して人気が出る、その前の時代。テレビがやっと全米の家庭に普及したばかりのころ、世界の舞台で誰よりも人気を得ていたのは、ピアニストのリベラーチェだった。彼は一流のエンタテイナーとしてラスベガスのヒルトンを拠点にして、きらびやかで派手な演出で、ピアノを演奏していた。舞台には、きらびやかなガラス細工で覆い尽くしたピアノ。純白のミンクのガウンを羽織り、10本の指全部を純金の指輪で飾り、派手な衣装を身にまとったリベラーチェが舞台に上がると、熱烈な女性ファンたちは歓声を上げ、彼がダンス音楽を弾くと踊り狂い、クラシックを奏でると涙して静かに聴き入った。当時のアカデミー賞の舞台も、リベラーチェの演奏演出でリードされていた。
彼は、シングルマザーだった母親を大切にして、身の回りに、美青年を沢山はべらして、はたから見ると同性愛者だったが、それを決して認めることをしなかった。彼の自宅は 演奏の舞台をそのまま持ってきたように豪華絢爛、部屋のどこにでも特大のシャンデリアが煌々と輝き、家具調度品や食器に至るまでビクトリア朝、ベルサイユ宮殿をそのまま再現したように派手に飾り立てていた。

1977年、犬の調教師をしていたスコット ソーソンは 友人に誘われてラスベガスでピアニスト リベラーチェのショーを見たあと舞台裏を訪れる。ひと目でソーソンを気に入ってしまったリベラ―チェは 強引にソーソンを自分の秘書になってもらいたいと求める。父と子ほどに年齢が離れているにもかかわらず二人は愛し合うようになり、ソーソンはリベラーチェの身の回りの世話から ショーにまで一緒に登場するようになり、互いになくてはならない関係性を築き上げる。

リベラーチェは生来の気前の良さから自分が好んで身に着けている宝石や金銀と同じものをソーソンに与え、彼のために家を買い、養子縁組までして世話を焼く。若いソーソンは時として、自分の好きな時間に外出して、普通の人のように友達付き合いもするふつうの生活をしたい、今の生活には自由がない、と苛立つときもあるが、リベラーチェの情愛の深さに、自分もまた全力でリベラーチェにつくして生きようとする。二人の愛情生活は5年余りの間、続く。

しかしソーソンが 姉の葬儀のために田舎に帰っている間に、寂しさに耐えられなくなったリベラーチェは若いダンサーに心を移す。絶望するソーソン。リベラ―チェがすべてだったのに、と叫びながら耐え難い痛みから、ソーソンはアルコール中毒に身を落とす。
5年経った。ソーソンは自分を取り戻し、平穏な生活に戻っている。ある日、リベラーチェから電話がかかってくる。電話に応じて、ソーソンがリベラーチェを訪ねてみると、たくさんの使用人を抱えて豪華絢爛だった屋敷は見る影もなく、彼は死の床に居た。二人は溢れる思いで語り合う。そしてリベラーチェは人生で一番幸せだったソーソンとの生活の思い出に、自分がいつも身に着けていた指輪をソーソンに与える。ほどなくしてリベラーチェの死が伝えられる。エイズだったが、死因は発表されなかった。というお話。

監督ステーブン ソダバーグは スウェーデン系アメリカ人。
1989年「トラフィック」で、アカデミー監督賞受賞。史上最年少26歳の受賞だった。アメリカの暴力社会、人種差別社会や警察内部の不正を描いていて、良い映画だったので、社会派の監督かと思っていたが、このあとは、「オーシャンズ11」(2001年)、「オーシャンズ12」(04年)、「オーシャンズ13」(07年)で成功。2008年になって、チェ ゲバラのバイオグラフィー「チェ」を製作した。「チェ」は前篇、後篇と合わせると6時間あまりの長編映画。オーストラリアでは公開されなかったので、台湾でヴィデオを求めて、誰もいない日に、ソファのまわりに昼食、夕食、おやつ、飲み物を準備して一挙に観た。素晴らしい作品だった。今回のこの映画も、とても良い。芸達者な二人の役者がそれぞれとても良い味をだしている。

マイケル ダグラスは68歳。ベラルーシ出身でユダヤ系アメリカ人俳優、カーク ダグラスの息子。「ウォール街」(1987年)でアカデミー主演男優賞、「ローズ家の戦争」(1989年)、「ブラックレイン」(1989年)を主演、これは松田優作の最後の作品にもなった。
1979年に映画「チャイナシンドローム」を製作出演したが、これはマイケル ダグラスが反原発活動家として原発の危険を予告したという意味で、記憶に残る。ジェーン フォンダがこの映画を主演したために、ジェネラルエレクトリック(GE)は 怒ってすべてスポンサーから下りると、公言したことでも話題になった。しかし、この映画公開日、1979年3月16日から12日後に、ペンシルバニア、スリーマイル島で原子力発電所で、原子炉炉心がメルトダウンする事故が起こった。あたかも映画が事故を予言したかのような形になったことで、映画としては全然イケてない映画だったが 映画史上に残る作品になった。

マット デーモンは、頭脳明晰、正義のために戦う強い男か、立派なお父さんの役ばかり主演してきた。リベラーチェににじり寄られて毒牙にはまって、遂に心まで奪われていく心優しい青年の役を好演。全裸シーンが多いけれど68歳のマイケル ダグラスも40代のマット デーモンも若い体に感心。二人の男の関係がとても自然に描かれていて好感がもてる。表も裏もない純真な男と男の関係が、切なくて優しくて とても良い。
リベラーチェに限らず、シャンデリアのように輝くスターの生と死のストーリーは 輝いているときには美しいだけに悲しい。エイズで死の床にあってもなおソーソンの目からみるとリベラーチェは輝いて見えている。彼が棺に納められているときでさえソーソンには、舞台で輝いているリベラ―チェしか見えていない。本当に本当にソーソンには「リベラーチェがすべて」だったのだ。そして、二人は本当に愛し合っていたのだ、ということがわかってホロリとする。

マット デーモンははじめ動物調教師をしていたころは がっしりしてちょっと太り気味、顔も四角だったのがリベラーチェに望まれて 痩せて顔もシャープな顎の顔に変ってくる。ハリウッド映画の化粧係のテクニックにつくずく感心。どんな顔でも作れるんだなあ。びっくりだ。
この世では、あつい男と男の友情に涙する男がたくさん居るのに、男同士の結婚を嫌う男が多いのは どうしてだろう。全然理解できないよ。オーストラリアでも、日本でも早く同性婚を立法化するときだと思う。


2013年7月9日火曜日

映画「マン オブ スチール」 スーパーマン

   
    




脊損と呼ばれる脊髄損傷は、数ある病気や怪我の中で 最も患者にとって過酷な疾患と言える。
脊髄を含む中枢神経は、損傷を受けると二度と再生しない。どんなにリハビリテーションをしても回復することはないので、残った機能を最大限に使って日常生活ができるように指導されるだけだ。井上雄彦の漫画「リアル」を読んでいる人は もうみんな知っていると思うけど、患者にとって過酷なのは、頭は頭脳明晰なのに、体が動かないこと。バイク乗りやスポーツで事故にあうことが多く、患者が若い活発な人が中心だという意味でも 患者にとって過酷な疾患だ。
脊髄を包んでいる脊椎骨は、7つの頸椎(C1-7)、12の胸椎(TH1-12)、5つの腰椎(L1-5)と、仙椎、尾椎からなっている。腰椎を痛めると下肢麻痺になり下半身の感覚が失われ、歩くことも排尿、排便も自分でできなくなる。損傷が椎骨の上に行くほど、麻痺する範囲も広くなり障害も深刻になる。一般に、C2を損傷すると即死、C3を損傷すると呼吸するための横隔膜筋が麻痺するため自発呼吸ができなくなり、人工呼吸器装着なしに生存することができなくなる。

世界でたったひとり、C3から上を損傷したにもかかわらず、奇跡的に人工呼吸器なしに自発呼吸できるようにまでなり、特殊装置で話ができるようになって、映画に主演し、最後まで社会活動を続けた立派な人がいる。クリストファー リーブ。スーパーマンを主演した役者だ。
彼は、1995年に落馬事故に合って以降、四肢麻痺で、人工呼吸器に縛り付けられる寝たきりの苦しい状況を、懸命に支える妻子の期待に答えて、何度も感染症になりながらも、障害を一つ一つ克服してきた。呼吸をして、話ができるまでになり、映画「裏窓」を主演し、電動車椅子で自分で移動できるようになった。しかし、2004年10月、重度の感染症をおこして遂に 52歳で亡くなった。彼を支えてきた妻ダイアナも、肺癌で、44歳で夫の後を追うようにして亡くなった。

短い間だったが公立病院のスパイナル ユニット(脊損病棟)に居たことがある。婦長も年長の人格者だったが 独特の家庭的なあたたかい空気の病棟で、アンという60過ぎたナースが居た。3人の男の子の母親で、長身、がっしりした体格。「わたし、この職場が大好きで、離れられないわ。とても引退なんて考えられない。だって患者たちはいつも私のところに帰ってくるんだもの。」と言っていた。事実、患者たちは重度障害者として自宅に帰って生活しているが、感染症を起こしやすいので、頻繁に病院にもどってくる。高熱でふうふう言いながら「ママー また帰ってきちゃったよー。」と、救急車で搬送されてくる患者をいつもアンはしっかり抱きしめていた。おじさんもおばさんもテイーンの男の子も、みんなアンに抱きしめられて、幼児のように嬉しそうな顔で身を任せている姿が、忘れられない。

クリストファー リーブはコーネル大学を卒業し、ニューヨークジュリアードで演劇を学び、ロンドンに留学した末、パリでコメデイフランセーズに籍を置いていたこともある。1978年に映画「スーパーマン」に抜擢されて、4本のスーパーマンシリーズを主演した。
1995年の事故で脊髄損傷をしてからの9年間は、文字通りのスーパーマンとして世界中の脊髄損傷患者や家族たちの希望の星として生きた。彼の主演作は、

「スーパーマン」1978年
「スーパーマン2冒険篇」1981年
「ス―パーマン3電子の要塞」1983年
「スーパーマン4最強の敵」1987年

クリストファー リーブの「スーパーマン」1-4シリーズが終了して、彼の死後、2006年に「スーパーマン リターンズ」が公開された。新人ブランドン ルースがスーパーマン役で、ケイト ボスワースが相手役のルイス レーン記者になって、1から4までの前作のストーリーをそのまま継承し進展させた。すなわち、ルイス レーン記者が結婚して、喘息持ちのひ弱な息子を持っている。実は、その息子は、スーパーマンとの間にできた息子で、悪役レックス ルーサーに襲われたとき、危機一髪のところを潜在的パワーをもつ息子が 母親を守る。それなりに、良い映画だったが続編は作られなかった。

新しくクリストファー ノーランの発案で製作された「マン オブ スチール」3Dは、1978年以来の今までのスーパーマンのストーリーを 一切継承しない。全く初めから原作に立ち返って作られた。だから、あの有名な輝かしい曲、ジョン ウィリアムズの「スーパーマンのテーマ」音楽は 聞くことができない。
原作:ジョー シャスターと、ジョリー シーゲル
製作:クリストファー ノーラン
監督:ザック スナイダー
キャスト
クラーク ケント(スーパーマン):ヘンリー カヴィエル
実父ジョー エル         :ラッセル クロウ
養父 ジョナサン         :ケビン コスナー
養母 マーサ           :ダイアナ レーン
ルイス レ-ン記者       :エイミー アダムス
ゾッド将軍             :マイケル シャノン
ストーリーは
地球から離れた惑星クリプトンは、優れた文明と科学を持った社会だったがクリプトンの太陽は恒星としての寿命が近ついていた。クリプトンの科学者ジョー エル(ラッセル クロウ)は 危機が迫っていることを警告するが、軍を掌握するゾッド将軍に、政府に謀反を起こすために危機をあおって入ると疑われて、殺される。その前にジョー エルと妻によって生まれたばかりの赤子 カル エルは宇宙船に乗せられて超高速で地球に向かい、不時着する。カンザスの農地に激突して大破した宇宙船は、通りかかった老夫婦ジョナサン(ケビン コスナー)とマーサ(ダイアン レーン)に回収され、赤子は夫婦の養子として、クラーク ケントという名前を付けられて、大事に育てられる。しかし成長とともに、クラークは他の子供と違うことに気が付いて、悩みの多い学校時代を過ごす。養父が亡くなった後、ケントは、自分の居場所を探そうと家を出てひとり放浪する。

しかしジョー エルを殺したことで罪に問われて他の惑星に拘禁されていたゾッド将軍一味は、地球に送り出されたカル エルを探し出して地球を乗っ取ろうと画策する。宇宙船でやってきたゾッド将軍に対抗して、地球を救うためにスーパーマンは、、、。
というお話。

すさまじい破壊の連続にびっくりした。スーパーマンとゾッド将軍が一発殴り合っただけで 六本木ビルが20個くらいぶっつぶれて火に包まれる。殴られれば殴り返す。延々と破壊が続けられる。デスマッチをするなら ユタとかイエローストーンとか砂漠でやれよ、と言いたくなる。地球存亡の危機に、こんなことを言って申し訳ありませんけど、でもスーパーマンが投げ飛ばされるだけで高層ビルがいくつもいくつも潰れて壊されるって、何だろう。ビルの中にも下にも何百人何千人もの人が生活しているわけでしょう。スーパーマンもゾッド将軍もエイリアンなんだから 成層圏を超えた宇宙空間で殴り合って決着をつけてもらいたい。
アメリカ人は派手に ビルが壊れたりパトカーがひっくり返って火を噴いたり、橋が壊れて沢山の車が川に落ちたり、飛行機が不時着して火達磨になったりするのを見るのが好きかもも知れないけれど、度が過ぎる破壊を見るのが耐え難い。人間の英知の結晶のような文化が 一瞬のうちに破壊されるのをみて、すっきりした気分になれる人々って、かなり病気ではないだろうか。

新しいスーパーマンは、かなり個性派のハンサム。表情によって美男にみえたり醜く見えたりする。好き嫌いがはっきり分かれるだろう。
デイリープラネット紙のルイス レーン記者をエイミー アダムスが演じていたが これも原作のイメージとずいぶん離れる。この記者は仕事はできるが、おっちょこちょいで単語のスペルを間違えてばかりいる。ちょっと抜けているところが可愛い記者なのだが、今回のルイスはちっとも可愛くない、気が強いだけの女だ。
ラッセル クロウの実父、アイレット ゾラ ララローの実母、ケビン コスナーの養父、ダイアン レインの養母、デイリープラネット紙編集長のローレンス フィッシュバーン、ゾッドのマイケル シャノンの配役は良かった。ケビン コスナーの実直な農夫のお父さんぶりには感服。

総じてクリストファー リーブのスーパーマンを知らない世代の若い人たちにとっては 3Dだし、充分楽しい娯楽映画だ。

しかし脊損になっても戦い続け、戦いの末、力尽きて若くして死んでいった 永遠のスーパーマン、クリストファー リーブを知っている人にとっては、新スーパーマンは ごみ箱行きかもしれない。


2013年7月6日土曜日

映画 「ワールドウオーZ]

          
        


原題:「WORLD WAR Z]
原作:2006年に出版された、マックス ブルックスによる同名の小説
監督:マーク フォースター
キャスト
ゲーリー レーン:ブラッド ピット
妻、カレンレーン:ミレイユ イーノス
スピーク隊長  :ジェームス バッジデール
ネイビーSEALS隊長:マシュー フォックス
イスラエル女兵士 :ルーシー アハリシュ
ブラッ ドピットの映画製作会社、プランBエンタテ―メント製作
日本では8月10日に公開予定

映画の話から逸れるが、ブラッド ピットのパートナー、37歳のアンジェリーナ ジョリーが乳癌予防のために両乳房切除と乳房再建手術をしたと、発表をした。彼女のようなビッグネームの女性が、このような形で勇気ある発言をしたことによって、人々に乳癌予防や啓蒙をし、乳癌患者に勇気を与えることになった。とても立派なことだと思う。日本は先進国の中で、最も乳癌罹患率の低い国だが、アメリカでは昨年1年で、23万人の人が新たに乳癌の診断を宣告され、4万人が亡くなった。乳癌は、癌のなかで最も遺伝性が証明されており、遺伝子に「BRCA1」と「BRCA2」を持つ人は、乳癌に罹患する確率が87%。2等身以内の親族に50歳以下で乳癌に懸った人が多い場合は、確率はもっと高くなる。BRCA遺伝子を持つ人は、一般の人の10-19倍 乳癌に罹りやすい。私の仲の良い看護婦も BRCAを持っていて、いつかは必ず乳癌を発病すると分かっているので、結婚も子作りもしないと、決意している。でも、そんな人ほど、子供好きで、どこに行っても子供から好かれて、まつわりつかれたりしていて、見ていて悲しくなる。
このような人の場合、両乳房切除によって、乳癌罹患率を5%に下げることができる。欧米では、すでにたくさんの人が、アンジェリーナのように、切除にあたって、両乳頭も 乳輪も、乳房の皮膚も温存したまま切除して、乳房再建をしている。乳房のわきに切れ目が入るが、術創は前から見えないし、胸の開いた服を着ることもできる。アンジェリーナは、「子供たちの為に長く生きたい」と、手術を決断したそうだが、本当に勇気ある決断と、勇気ある発表だった。こういう人を、心から応援したいと思う。

さて、映画だが、ブラッド ピット主演、製作のゾンビ映画。
ストーリーは
国連の調査官、ゲイリー レーンには妻と二人の小学生の女の子が居る。ある朝、フィラデルフィアの自宅から、いつものように車で子供たちを学校に送る途中で、ひどい渋滞に巻き込まれる。車ごと身動きできなくなっていると、突然、人々が車を捨てて逃げ出し始める。凶暴なゾンビ集団が襲ってきて、次々と車が破壊され、人々が噛みつかれる。ゾンビに噛まれた人は いったん死んで12秒すると生き返り、凶暴なゾンビとなって人を襲い始める。ゲイリーは機転をきかせてトラックで 家族を連れて逃亡するが、途中、軍のヘリコプターに拾われて、海上に停泊する米軍の航空母艦に収容される。アメリカ大統領は、すでにゾンビに襲われて死亡、米国全土は ほぼゾンビに占領されていた。逃げ切ることができた人だけが海に浮かんだ航空母艦に居住する状態になった。

国連の特殊機関で働いているゲイリーは、軍の司令官から、ゾンビを放逐するために原因を探り対策をたてるように命令される。ゾンビは ウィルスが原因で、咬み傷から感染して、発病するらしい。最初にゾンビが発生した土地に行きゾンビに対抗できるワクチンを探さなければならない。ゲイリーは、まず海軍SEALSの担当官と一緒に、韓国に飛ぶ。どこに行っても、ゾンビが待ち構えている。危険に身をさらしながら、わかったことは、北朝鮮に武器を売り込もうとして入国した元CIAのアメリカ人が最初にゾンビに接触したことだった。より詳しい情報を得るために、ゲイリーは、次にエルサレムに飛ぶ。エルサレムでは、高いコンクリートの壁に囲まれた安全圏が建設されており、様々な宗教や異なる国の人々が収容されていた。しかし、安全圏の中の人々が一斉にお祈りを上げ始めると、急に安全圏外にいる何万人ものゾンビが凶暴化して、壁を破り安全圏になだれ込んできた。ゲイリーは イスラエル女兵士ひとりだけを連れて辛くも脱出、しかし 安全なはずの飛行機にも、新たにゾンビになった乗客がいて、みるみるうちにコックピット以外は、すべてゾンビに支配されてしまう。ゲイリーは機長とともに、ゾンビに破壊された飛行機を不時着させる。しかし、失敗して航空機は爆発する。

生き残ったゲイリーとイスラエル女兵士は、怪我をかばい合いながら、WHOにたどり着く。WHOの建物も、ゾンビに占領されており、ほんの数人の研究者が、一室に閉じ込められていた。WHOの生き残り研究者の話から、研究者が開発したゾンビウィルスを不活性化するワクチンが、開発中であることを ゲイリーは知らされる。しかし、ワクチンは 安全圏である部屋からは、遠い冷蔵庫に保管してある。どんなことをしても、ワクチンを保管庫から出して、ゾンビウィルスに対する免疫を作らないと人類は生存できない。このままでは、人類は滅亡してしまう。ゲイリーは、意を決して保管庫に向かう。しかし、凶暴なゾンビに囲まれてしまって、、、ゲイリーは、、、。
というお話。

世界中にゾンビウィルスが広がってしまって、非感染のまともな人間がほんのわずかしか居なくなってしまう。咬み傷によって感染し発病したゾンビは 凶暴化してあっという間に人々を襲ってゾンビウィルスをまき散らす。救命方法はワクチンだけ、という設定でストーリーが進行していって、ハラハラするが、どんどん人が死んでいく中、ブラッド ピットだけは、絶対死なない。さすがだ。
最後のほうになって、生き残ってワクチンを打った人々が、反撃に出て、何十万人、何百万人というゾンビをフィットボールスタジアムに追い込んでミサイルか原爆か、水爆化、化学兵器かなんかで ドキューンと皆殺しにするシーンがある。強力マシーンでバリバリとゾンビを殺すシーンも延々と続く。とても暴力的な映画だ。ゾンビは強力兵器で、完全に破壊殺害しないとね、、、。と、しかし、ゾンビはふつうの人間だった人たちでしょう。昨日まで、自分たちの親であり、兄弟だった人たちでしょう。それを球場に追い込んで一人残らず皆殺しにするって、どうなんだ。なんてことをするんだろう。仮に凶暴で襲ってくるにしても、ウィルスが原因で凶暴化した人を こんな風に処分してしまって良いのだろうか。見ていて、つらくなる。

余りに科学的でない、非現実的なストーリーなので 批判するよりもあきれてしまう。疑問点。
1)  病原菌が同じでも、人はそれぞれが異なるように、症状も異なって現れる。この映画のように咬まれて12秒後に 同じパターンで誰もが発病して凶暴化するという設定には無理がある。
2)  ゾンビに手を噛まれたイスラエルの女兵士を ブラッド ピットは その場で手を叩き切って命を救うが、咬まれた傷口から 感染ウィルスが血液を通して心臓や脳に行くのに1秒かからない。手を切り落とす前に すでに感染しているはずなので救えるとは思えない。また手を叩き切って、動脈を切っているから、映画でピットがちょいちょいと包帯したくらいでは、止血できると思えない。
3  )これほど情報化が進んだ社会で、世界中一つのウィルスで同時多発的に、ある日、突然社会がゾンビに乗っ取られることはあり得ない。地球には時差もあるんだし、、。映画ではいつものように家族が学校に行く途中ゾンビが降ってわいたように世界を制覇してしまい、その前に何の情報も前兆もない。あり得ない。
4)  ひとりが10人の人を噛んだとしても 世界中には68億人の人がいる。突然ゾンビが世界を乗っ取ることは、できなくて、もっと時間をかけてゆっくり感染、発病、波及していくはず。

似たような「宇宙戦争」原題「WAR OF THE WORLD」という2005年のトム クルーズ主演、ステーブ スピルバーグ監督の映画もあった。あれも、これも十分馬鹿っぽかった、B級映画だ。トム クルーズが、走らせればトムよりは 速く走れそうな7歳くらいの ダコダ ファニングをしっかり抱いて遅くなった足で エイリアンから逃げ惑う姿には笑ったが、今回も、ピットが大きな娘を抱いて逃げ回る。子供は抱かないで、走らせなさい、、、というか、自分が3歳の孫の世話を1日しただけで腰が痛くなってふらふらしているだけに、誰かが子供を抱いて逃げるシーンを見ただけで腰骨がきしみ出す。

この映画、ブラッドピットのゾンビ映画だから見た。これをB級恐怖映画と評するか、コミカル喜劇として笑うか迷う。
しかし49歳になったピット、いつもとてもナイスだ。家庭想いの優しくて強いお父さんの役を演じていて、実際のピットも 家でこんな立派なお父さんなのだろう、と思わせる。こんな映画でも、絶体絶命のとき「僕が戻ってこなかったら、家族を愛してるって伝えて。」などどいうシーンがあって、思わず涙を浮かべてしまう。ハリウッドが高いお金と、一流の役者を使って作ったB級映画。
まあ、だけど、ピットが出演してたくさん稼いで、そのお金がアンジェリーナ ジョリーの勇気ある手術や予後の医療に使われたり、彼らのプロジェクト、アフリカの婦女子教育に使われるのなら それはそれで良しとしよう。

2013年7月4日木曜日

映画 「マリーアントワネットに別れをつげて」

                                    


原題:「LES ADIEUX A LA REINE」
英語版タイトル:「FAREWELL MY QUEEN]
邦題:「マリーアントワネットに別れをつげて」
原作:シャンダル トマの同名の2002年ベストセラー小説
監督: フツワ ジャコー
キャスト
マリーアントワネット:ダイアン クレイガ―
シドニー朗読係:レア セドウ
ポーリヤック夫人:ヴィルジニー ルドワイアン

本当に本当のヴェルサイユ宮殿で撮影したフランス映画 ということで、是非観なければと思って観に行った。日本では、この映画、去年の12月に公開されたらしいが、シドニーでは今になってやっと、ハリウッドものでなくマイナーな外国映画を上映する小劇場で、短い期間だけ上映された。
ヴェルサイユを管理する公団が、この映画製作に全面協力し、2か月間休館日の月曜日と平日の日暮れ以降の夜間に、撮影が行われたという。ヴェルサイユの使用料金、、、1日2万ユーロなり。
ヴェルサイユは、パリを旅行したときに訪れたが、グループ旅行の悲しさで通り一遍見て、通り過ぎただけで、ゆっくり見る余裕がなかった。ルイの寝室に飾ってあった画をもう一度 フイルムで見られるだろうか、庭園の様子を当時の人々がどんな風に楽しんでいるだろうか、もう一度じっくり見たかった。映画製作にあたって キャストなどの人件費よりも、ヴェルサイユ使用料の方が 費用が掛かったのではないだろうか。 映画には、「ヴェルサイユ最後の3日間を、マリーアントワネットの朗読係シドニーの目から見た宮廷歴史物語」という説明がついている。

スト-リーは
1789年7月14日、バスチーユ牢獄襲撃の日から、この映画が始まる。この日、パリから遠く離れたヴェルサイユでは、王侯貴族たちは普段と変わりない生活を楽しんでいる。アントワネットは、お昼寝の時間に朗読係シドニーに本を朗読させるが、移り気な王妃は すぐに飽きてファション雑誌を取り寄せて、注文するドレスの相談をしている。アントワネットを敬愛するシドニーは、王妃のためなら何でもしたいと思っている。その気持ちはほとんど恋に近い思いだ。侍女にアントワネットが注文したダリアの刺繍を自ら引き受けて、心をこめて刺繍する恋する乙女だ。
王妃はポーリヤック夫人を特別に気に入っていて、自分の思い通りにしたいと思っているが、ポーリヤックは、それほど王妃に執着していない。そういった二人のやりとりを覗きみているシドニーは、王妃に同情を、ポーリヤックには嫉妬をしていて、心穏やかではない。

やがて蜂起したパリ市民は ヴェルサイユに処刑リストを送りつける。286人のギロチンリストを見て卒倒するものが続出する。勿論国王と王妃がリストのトップに挙げられている。宮殿は急に不穏な雰囲気に包まれる。浮足立って、夜の闇にまぎれて逃げ出す貴族たちが沢山いる。それを見てわれ先にと召使や近衛兵までもが 逃亡を始める。神父やシドニーに教育を施してくれた図書係のモリエール氏や 仕事仲間も次々と立ち去った。しかし、シドニーは 王妃に忠誠を誓っている。心から恋焦がれている王妃のために最後の最後まで付き従っていきたいという気持ちに揺ぎは無い。
しかし王妃はポーリヤック夫人がギロチンリストに入っていることに心を痛め、彼女を宮殿から脱出させ、オーストリアに逃す計画を立てる。シドニーを呼びつけて、ポーリヤック夫人の身代わりとして、彼女ののドレスを着せ、ポーリヤック夫婦には使用人の服を着せ、宮殿から脱出することを命令する。シドニーは、心敗れて、貴族の服に身を包み、愛する王妃に送り出されて、恋敵のポーリヤックの身代わりとして馬車に揺られて行くのだった。というお話。

ヴェルサイユ宮殿の あの豪華絢爛な鏡の間で、ルイ16世が貴族たちに危機的な現況を語る場面がある。シャンデリアが燦然を輝いている。アントワネットが自分のベッドでゴロゴロしながらシドニーに本を読ませるシーンや、暖炉のある寝室で、ギロチンリストを火に放り込むシーンもある。興味深いのは使用人たちの専用通路や、使用人部屋だ。当時は灯りが貴重だったので 廊下や調理室に窓の灯り取りがついているが、それでもとても暗い。暗い食堂に、使用人が交代でスープとパンの食事をとりにきて、情報を交換したりゴシップに明け暮れる。そんな暗いところを浮き足たった人々がごった返しててんやわんやになる雰囲気がよく伝わってくる。

ヴェルサイユ宮殿はルイ14世によって莫大な予算を使って建設された。宮殿建設に2万5千人、庭園に3万6千人の労役が投入された。どうしてそんなに大きな宮殿が必要だったかというと、ルイ14世は、10歳の時「フロンドの乱」で、貴族たちに命を脅かされた経験をもっていたので反乱を予防するために、貴族をヴェルサイユに強制的に移住させたからだった。単なる散財ではなかったのだ。しかし太陽王、ルイ14世の大盤振る舞い以降、ルイ16世即位のときにはすでに フランスは慢性財政難に陥っていた。にも拘らずルイ16世は、イギリスの勢力に対抗するためアメリカ独立戦争を支援し、財政を一層困難にする。三部会を招集し、貴族勢力に対抗する平民層に政治参加の機会を与えた結果が、市民蜂起の力を呼び起こす結果となった。

マリーアントワネットは、オーストリア大公フランツ1世とマリア テレシア皇后の娘で、当時敵対していたプロイセン王国の威勢からフランスとの同盟強化する必要があったために、人質として15歳で フランス王ルイに嫁いできた。ひとり外国に送られてきた孤独を紛らわせるためにギャンブルに興じたり散財を欲しいままにして浪費をした。お気に入りのポオーリヤック夫人に年金の下賜金として年間50万ルーブル(30億円余り)を与えていた。おまけに王権が剥奪されたあと、フランス王妃として誇りをもって市民の裁きを受けると、言っておきながら、オーストリア貴族の変装してオーストリアに逃げようとしてヴアレンスで捕まって(ヴェレンス事件)、完全に市民から憎しみを対象にされる。断頭台への道は、歴史の必然だった。

映画で、マリー アントワネットを演じたダイアン クルーガーは、クールビューテイーの役柄によく合った美人だ。2006年に ソフィア コッポラが「マリーアントワネット」という映画を作って、アントワネットにクリステイン ダンストを登用した。この品のない庶民の代表みたいな顔をした女優の登用には驚いたが、今回のクルーガーは、王妃らしくて良かった。しかし、主役の朗読係シドニーを演じたレア セドウーという17歳のフランス女優だが、なんと表現力のない大根女優であったろう。顔の表情もひとつしかなく、およそ喜怒哀楽も抑揚もない。王妃に恋をしているのに、恋敵の身代わりになって自分の身を危険にさらすことになった、恋心敗れる哀しい、絶望的な女の役だが、この女優は出てきた時から最後まで、重度のうつ病みたいな顔ひとつで通した。プラダの香水のコマーシャルに出ているらしいが、やっぱり笑っていないで 哀し気な顔をしている。一体何だ。役者としてやっていきたいならば、次回は喜劇でも演じてみて、表現するということの大切さを知って自分を磨いてもらいたい。

ヴェルサイユで撮影したフイルムということだが、本物のヴェルサイユだから一番良い映画ができるはずだと思ったら間違いだ。映画とはフェイクの世界だ。本物を使って本人が演じたら上出来かというと、そうではない。フェイクの役者が作り物のセットで演じた方が本物らしく出来上がるのはなぜか。それは、映像という手段によって、本物以上のものを効果的に見せようという監督の意思が通じるからだ。ドキュイメンタリーでない限り、映画は映像を通じて、どう表現したら人に本物以上の本物を伝えることができるか監督の手腕にかかっている。
この映画、本物のヴェルサイユで撮影したが、ヴェルサイユの豪華さや、歴史の重みを観て感じることができなかった。監督の力量不足ゆえだろう。

2013年6月24日月曜日

沢木耕太郎の「キャパの十字架」

          



うーん、この本には唸ってしまった。タイトルの後に こんなセンセーショナルな本の紹介がついている。
ー「世界が震撼する渾身のノンフィクション、、、戦争報道の歴史に燦然を輝く傑作「崩れ落ちる兵士」、だが、この作品はキャパのものなのか、76年間封印されていた真実が遂に明らかになる。」ー
私はキャパが好き。そして岡村昭彦も好き。二人ともベトナム戦争で不条理な戦争を告発するためにカメラをもって戦場に入り、キャパは帰ってこなかった。キャパの「ちょっとピンボケ」と、岡村昭彦の「兄貴として伝えたいこと」は、間違いなく私の愛読書に入る。

たった一枚の写真が人の生き方を変えてしまうことがある。実際に起こっていることを切り取った写真には、百の言葉や評論や解説や言い訳よりもインパクトが強い。強力なメッセージを含んだ写真は、起こった事実以上のものを人に訴える力を持つに至る。報道写真家の中で、従軍カメラマンの作品ほど事実を事実以上に伝えるものはないだろう。ちょっと思い返してみるだけで、報道されて有名になった何枚もの写真が思い浮かぶ。ベトナム戦争で米軍に拘束され、頭を撃ち抜かれる瞬間の少年を撮った「べトコン」の写真、ナパーム弾で家族も自分の着ていた服まで焼き尽くされて大やけどを負い、泣き叫びながら避難路を歩く全裸の少女。アフリカ、ソマリアの飢餓を撮った「ハゲワシと少女」。

そして、ロバート キャパの代表作、スペイン戦争の「崩れ落ちる兵士」。これはスペイン共和国兵士が、敵であるファシスト反政府軍の銃撃に当たって倒れるところを撮った作品とされていた。スペイン共和国が、やがて崩壊し、共和国を守るために従軍した兵士の栄光と誇りを象徴する写真として最も有名な戦争写真。アメリカの写真週刊誌「ライフ」にも掲載された、キャパが22歳の時の作品だ。この年だけでも50万人の死者を出したスペイン戦争の悲惨さは、世界中から共和国を守る為に志願して実際参戦した、作家のアーネスト ヘミングウェイや、ジョン オーウェル、アンドレ マルローなどによっても伝えらた。しかし、この共和国側に対して フランコ将軍率いるファシスト王党派が3年に及ぶ内戦で勝利し、共和国は崩壊する。当時、画家のピカソが、描いた「ゲルニカ」も、 このキャパの「崩れ落ちる兵士」の写真はスペイン戦争の悲惨さを世界に知らせる強力なメッセージだった。

沢木耕太郎は、1986年に、リチャード ウィーランの初めての本格的なキャパの伝記「ロバート キャパ」の翻訳を任される。それと同時にキャパの決定版写真集「フォトグラフス」も翻訳依頼される。その後、伝記は「キャパその青春」と「キャパその死」という2冊の本になり、写真集は「ロバートキャパ写真集、フォトグラフス」というタイトルで、日本語で出版される。沢木はキャパの生い立ちから死に至るまでの軌跡を調べるにつれて、キャパの代表作でカメラマンとしての契機になった「崩れ落ちる兵士」の写真が、いつどのような過程で撮影されたのか、疑問に思う。ネガが残っていないし、本人がこの写真についてだけは、問われても何の説明もしようとしなかった。

沢木は、キャパについて書かれたすべての書籍を検証する。2002年、アレックス カーシュウ「血とシャンパン」、2007年リチャード ウィーラン「これが戦争だ」、2009年J M ススぺレギ「写真の影」など。著者に会い、崩れ落ちる兵士の身元を確認するために当時、キャパが従軍していた戦地に何度も足を運び、家族の証言を得る。地元の郷土史家や、当時の学校の先生や、森林調査官らに会い調査した末、沢木はキャパが写真を撮った場所と日時に確証を得る。正確に「崩れ落ちる兵士」が撮影された日時に、その場所では戦闘はなかった。そこでわかったことは、「崩れ落ちる兵士」の写真は、戦闘を写したものではなく、軍の演習風景を撮影したものだということがわかる。「やらせ」だというのだ。

沢木は、同じ時に「演習」を撮影したほかの30枚の写真を徹底的に調べる。一枚一枚の写真が、どのようなアングルで撮られ、兵士達がどの方向から敵を狙い、敵がどの方向に居て、キャパはどこでカメラを構えていたのか。
当時まだ存命していた 作家、大岡昇平に、これらの写真をみせて、それらが実戦か演習の写真かを問うと、銃の構え方を見ただけで実戦経験のある作家が、たちどころに「演習ですよ。」と言い切るシーンは、印象的だ。また、連合赤軍で、懲役刑に服したことのある雪野健作に教わって、銃撃を受けた兵士が写真のようにのけぞって倒れるかどうか、を実弾の速さと重さから計算して、物理学的には、当時の銃弾に当たっただけで 写真のようにのけぞって倒れることはあり得ない、という結論を出すところも、感動的だ。

2010年に沢木は現地に飛び、郷土史家に会う。この人はキャパの写真が キャパのライカではなく、もうひとつのキャパのカメラ、ローライフレックスで撮られたものだという。2011年にも 沢木は再訪して、雲の動きや写真による影から、30枚の写真を撮った 順番を同定する。そして崩れ落ちる写真が撮られた時、同時に別の方向から同じ人物が撮られていることが確認する。写真は2台のカメラ、2人の人物によって撮られていた。カメラは、ライカとローライフレックスだ。カメラマンは、キャパと、その頃二人でいつも一緒にいたキャパの恋人ゲルダジローだ。
沢木はキャパが持っていたライカ3Aと、ローライフレックススタンダードを手に入れて、実際に同じところで何十枚もの写真を撮る。またパリに飛んで、写真の原板を掲載した当時の雑誌を、パリ国立図書館で探し、さらに渡米してマンハッタン国際写真センターで 当時掲載された雑誌を調べる。ニューヨークのカメラマンから ローライフレックスの特徴を聴くことで、写真はローライフレックスで撮られたことに確証が得られる。

そしてわかったことは、その日、軍事演習風景を、キャパとゲルダの二人が、ライカとローライフレックスで撮影していたこと。同じ場所、同じ構図で、カメラを構えていた二人の前で、坂道を銃を構えて行進してきた兵士の一人が滑って転んだ。キャパのライカは 行進する兵士とその横をまさに転びそうになった兵士を捉えた。しかし一瞬遅れたゲルダのローライフレックスは、滑って転ぶ一瞬を捉えた。、、、「崩れ落ちる兵士」は、ゲルダが撮った写真だったのだ。
当時の写真は、現実にどう映っているか 本人たちは確認できなかった。撮り終えたフィルムはロールのまま雑誌社に送られる。そこでどんな評価がなされるかは、戦地にいるキャパとゲルダは、知る由もない。

この時、キャパは22歳。ゲルダは、このあと戦場に残り共和軍の戦車が暴走してきた事故で命を落とす。26歳だった。遺体がパリに運ばれると、葬送に数千人の市民が付き添ったといわれる。キャパはこの写真で有名になった。しかし写真について説明を求められても、無言で通した。

キャパの「崩れ落ちる兵士」は、軍事演習中に、キャパの恋人ゲルダが、偶然シャッターを押してしまったために撮られた写真だった。すでに有名になってしまったキャパには ゲルダの死後、言い訳も、真実を言うことも許されなかった。黙り通しひとり十字架を背負って、戦争写真家として前に進むしか道がなかった。キャパは その後、日中戦争、第2次世界大戦ではヨーロッパで空襲下のロンドンを撮り、イタリア戦線に行き、ノルマンデイー上陸作戦では 第2次世界大戦で最大の死者を出した浜で次々に上陸する兵士とともに上陸して、無数のドイツ兵に背を向けて、有名な「波の中の兵士」を撮る。そして1954年フランスがインドシナに介入した際に「ライフ」の記者として派遣された北ベトナムで、地雷を踏んで死ぬ。享年40歳。

一枚の写真で人生が変わってしまうほどインパクトの大きな戦争写真の傑作が 「やらせ」でしかも「盗作」といえるようなものだった事実を解明して、沢木耕太郎が発表したことは、写真界にとってのタブーを侵したようなものだろう。スペイン人にとって受け入れがたい。ファシズムに抗して、スペイン戦争を戦った誇るべき歴史を考えれば、ピカソの「ゲルニカ」と、キャパの「崩れ落ちる兵士」は、スペイン戦争のイコンだ。侵してはならない聖域だった。

しかしキャパが偉大な戦争写真家だったことには変わりはない。ゲルダとともにスペイン戦争でファシストたちに蹂躙されていく人々の悲惨な歴史を、証人としてたくさんの写真で残した。キャパは 依然として高い評価をされるべきだ。ひとり十字架を背負って、いくつもの戦場で命をかけて、戦争の現場証人としてあり続けた。改めて、キャパの写真に見入る。しかし、沢木耕太郎も良い仕事をした。執念の数十年だったろう。

2013年6月17日月曜日

ロイヤルオペラ、ドミンゴの「ナブコ」

     


英国ロイヤルオペラ「ナブコ」が、プラセド ドミンゴ主演で公演された。そのフイルムを映画館で観た。今年4月26日に、劇場公演されたばかりのオペラ。ロンドンでしか観られない公演を 2か月もたたないうちにシドニーで、観られるなんて、何という幸運だろう。

監督:ダニエル アバド
指揮:二コラ ルインテイ
キャスト
ナブコ:プラセド ドミンゴ
アンドレア カル
ヴィタリ コワルジョ

世界一美しいテノールを、半世紀もの間、聴かせてくれたドミンゴが、ナブコを主演してバリトンを歌っている。72歳。変わらず高音がよく伸びて、低音がよく響く。かつてドミンゴのように背が高くて がっしりした体で、ハンサムなテナー歌手が他に居ただろうか。独唱だけで、何万人もの聴衆を集められるテナーの華の時期に、喉頭がんを克服したホセ カレラスを励まそうと、パバロテイに声をかけて「3大テナーのコンサート」を開催して大成功に導いた。ジョン デンバーやポップスの音楽家と共演して、敷居の高いオペラの垣根を取っ払っって、クラシックファン層を拡大した。どこに行っても誰とも打ち解ける人柄の良さや彼の度量の大きさも、実力ゆえのことだろう。フイルムではニューヨークメトロポリタンオペラの解説者、インタビュアーとして聴衆と音楽家との架け橋をユーモアたっぷりの上品な語り口で務めている。
このフイルムでもオペラの幕間に リハーサル風景や 監督による解説や歌い手のインタビューが流された。劇場に行ってオペラを観て、帰ってくるよりも得をした気分だ。もちろん、実物の舞台は良い。何年も何年もオペラオーストラリアの会員になって 年にいくつかの舞台を楽しみにしてきたが、今年は一枚もチケットを買わなかった。足腰の弱ったオットは、オペラハウスの地下駐車場から劇場までの階段を、もう上がれない。去年やっとのことで連れて行った、「魔笛」の間中、オットは疲れ切って眠っていた。その寝姿を見てもうオペラハウスには連れてこないと、心に誓った。会員でもチケットは一枚3万円余り。二人で駐車場を使い、幕間にシャンパンを飲めば7万円かかる。公演フイルムを映画館で見れば ひとり2千5百円也。

「ナブコ」は オペラオーストラリアで数年前見たが、この時の演出家が愚かで、ナブコをサダム フセインのそっくりさんにして歌わせて 頭から血の雨を降らせるという悪趣味な舞台で、最低の舞台、最低の評判だった。旧約聖書をもとにした美しいオペラに こんな「新解釈」をするなんて。それ以来、本当の「ナブコ」をぜひ見たいと思っていた。
フイルムの前に、解説者がドミンゴの練習風景を紹介する。ロイヤルオペラに現れた72歳のドミンゴ、、、思わず涙が浮かんだ。すっかり足が細くなってしまって、、、、、。でも、声の力強さは変わらない。じきに、この張りのある高音も力強いバリトンも、彼には歌えなくなる日が来るに違いない。いま、彼の美しいオペラを聴くことができる幸せを感じながら 彼の声を全身で受けて聴こうと思った。

ストーリーは 
バビロ二ア国王ナブコと、その王女アビガイッレの率いられたバビロン軍が エルサレムを攻略した。ナブコには猛女アビガイッレと、可憐なフェネーナの二人の娘がいる。フェネーナは、エルサレムで人質に取られている。ナブコはフェネーラを連れ出したいと思っていたが、彼女はエルサレム王の甥にあたるイズマエーレと相思相愛の仲になっていて、二人の関係をナブコが認めてくれなければ、死ぬつもりでいる。一方の娘 アビガイッレも、イズマエーレを愛していて、フェネーナとの仲を引き裂こうとしている。
ナブコとアビガイッレは、エルサレムの街や人々を蹂躙し、神殿を破壊する。しかし、アビガイッレは、自分がナブコと奴隷との間にできた娘だったことや、ナブコがフェネーナを、自分の後継者に望んでいる書類を見つけて読んでしまった。激しく妹に嫉妬するアビガイッレは、父ナブコを監禁し、一人王位を横取りする。ひとりきりになったナブコは、自分が王よりも「神」だ、と誇り、権力に奢りすぎた自分を反省し、死刑を言い渡されたフェネーナを救うために、エホバの神に赦しを請う。ナブコは、自分たちバビロニアの神々を祭った祭壇や偶像を自ら破壊する。エホバを讃え、ヘブライ人を釈放、ナブコは許され、アビガイッレは、服毒自殺する。
というお話。

1842年、ミラノスカラ座で初演。ジョゼッペ ヴエルデイ3作目のオペラ。28歳の時の作品。旧約聖書「バンビロン捕囚」をオペラにしたもの。1813年生まれのヴェルデイが、生まれた頃は イタリアはまだ国としては存在しなかった。ミラノは、強国オーストリアの圧政下にあった。イタリアが統一されるのは、彼が48歳の時だ。「ナブコ」の第3幕で歌われる合唱曲「行け わが想い」は、イタリアの第2の国歌と呼ばれている。当時、国家統一途上にあったイタリア人の愛国心を鼓舞した、力強い合唱曲だ。イタリア王国が成立した時、48歳だったヴェルデイは、国会議員に推薦されている。国歌のように人々に愛唱された合唱曲が、イタリア人としてのアイデンティテイを明確にして国家成立の心のよりどころにもなった。
ピアニシモから始まる。土地を追われ、家族を失い、迫害された人々が 涙ながらに声をひそめて囁き合う、その声が徐々に、徐々に、やがて仲間に伝播してフォルテ強音の合唱になっていくところは、感動的だ。オペラの合唱曲の中で、最も素晴らしい曲。アイーダの「凱旋行進の曲」とともに、合唱のパワーに圧倒される。
1901年、ヴェルデイが87歳で亡くなったとき、棺が運ばれるミラノの沿道で、何万人もの市井の人々が、この合唱曲で彼を見送ったと、言われている。

行け 我が想い
金色の翼に乗って
行け 斜面に
丘に憩い
暖かく 甘い 故国のそよ風になって
行け 我が想い
我が故郷よ

ドミンゴは素晴らしかった。指揮者も猛烈に情熱的な指揮をする。
イタリアオペラの良さが詰まったオペラ。いつまでも合唱の曲が耳に残っている。

2013年6月12日水曜日

映画 「華麗なるギャツビー」

  

原題:「THE GREAT GATSBY]
原作は、F スコット フィツジェラルドによる1925年作品。ベストセラーになったロマンチックドラマ。アメリカ映画、ワーナーブラザーズ社による3Dフイルムで制作され、第66回カンヌ国際映画祭のオープニング作品として上映された。
監督: バズ ラーマン
キャスト
ジェイ ギャツビー  :レオナルド デカプリオ
ニック キャラウェイ :トビー マグワイア
デイジー ブキャナン:キャリー マリガン
トム ブキャナン   :ジョエル エドガードン
マートル ウィルソン :アイラ フィッシャー
ストーリーは
1922年。ニック キャラウェイは、第一次世界大戦に従軍した後、エール大学を卒業しウォールストリートの証券会社に就職した。ニューヨークのロングアイランドに家を借りて過ごすうち、となりの瀟洒な屋敷に住む住人に、興味をもつようになる。そのギャツビーという主人は、夜な夜な派手なパーテイーを開き、有名人や政財界の要人を招待して羽振りが良いが、深夜、桟橋で対岸の蒼い灯りを見つめる男の後ろ姿は、孤独そのものだった。
やがてニックのところにも、ギャツビーからパーテイーの招待状が届く。行ってみると贅を凝らした屋敷のパーテイーに、ニューヨーク中の人々が集まって遊び頬けているが、ギャツビーはまだ若い、物静かな青年だった。ニックとギャツビー、二人はすぐに打ち解けて親しくなる。

やがてギャツビーは ニックに、対岸に住むニックの従妹、デイジーをお茶に誘ってほしいと、頼みこむ。ギャツビーの思いつめたような表情に不審に思いながらも、ニックは自分の家に従妹のデイジーを招待する。溢れるほどの花束をもってギャツビーはデイジーを待つ。それは、デイジーとギャツビーの5年ぶりの再会だったのだ。デイジーとギャツビーは、かつて愛し合っていたが、戦争が二人の間を引き裂き、戦争が終わっても、無一文だったギャツビーは、デイジーのもとに帰って来なかった。デイジーは請われるまま大富豪と結婚して、贅沢な暮らしをしてきた。しかし、今、ギャツビーは、億万長者になってデイジーに前に現れたのだった。5年余りの時の流れなど無かったかのように、デイジーとギャツビーとは 再び愛し合う。それを知った夫のトムは、激しく怒る。

ある午後、ニューヨークのトムの別荘で、午後のお茶の時間を過ごしていて、ギャツビーはデイジーに、愛しているのはギャツビーだけだと 夫にに言うように迫る。遂にトムとギャツビーは、激しく争い合い、その場に耐えられなくなったデイジーは、ギャツビーの車で、逃げ出すようにロングアイランドに向かって運転して帰る途中、車に向かって走ってきた女を撥ね殺してしまう。女はトムの愛人、マートルだった。マートルはガソリンスタンドの主人との貧しい生活が嫌いで、そこから抜け出してくれるトムに、救いを求めていた。それでデイジーの運転する車を、トムが運転しているものと思って、車に走り寄ったのだった。デイジーは女をはねた後、車を止めずに家に帰宅する。
デイジーの後を追ったトムは 自分の愛人が、ギャツビーの車に跳ね殺されたことを知る。最愛の妻を失って嘆き悲しむ夫に、妻マートルを殺したのはギャツビーの車であることを言う。

ギャツビーはデイジーが家を出て、これからは二人で生きていけることを信じて疑わない。自分には、デイジーのいない人生などないからだ。ギャツビーはデイジーからの電話を待っている。電話が鳴った時、プールにいたギャツビーは、受話器を取ろうとしたときに、背後からマートルの夫に銃で撃たれる。
毎晩、ギャツビーの主催する贅沢なパーテイーに集まってきていた何百人もの「友達」は、ギャツビーの葬列に一人として参加しなかった。ギャツビーが自分の短い生涯で一人だけ愛した女、デイジーも、夫のトムも、ギャツビーの葬儀に来なかった。何事もなかったかのようにデイジーは旅行に出かけてしまった。
ニックは、たった一人きりで、ギャツビーを見送ったのだった。
というストーリー。

このラブロマンス物語は、1925年のフイッツジェラルドの代表作。現代アメリカ文学の代表作でもある。村上春樹の「アメリカン」な文体は、彼の影響をもろに受けてる。短くて明確な語り方。古典英国文学のように、風景描写や人物の背景など、グダグダ説明しない。にも関わらず、簡潔で的確な描写で、読み手はより具体的に情景を思い描くことができる。フィッツジェラルドとヘミングウェイとの交流も見逃せない。文体は歯切れが良く、描写が写実的で、カメラの目線で、焦点を絞ったり、緩めたりする。オーストラリアの高校では この「ザ グレイト ギャツビー」をアメリカ文学代表作として授業で読むから、オージーはみんなこの本を読んでいる。この作品は、イギリス文学でいうと、エミリー ブロンテの「嵐が丘」のアメリカ版と言えるだろうか。貧しかった青年が 生涯一人の女を愛し、女が死んだ後になっても、幽霊になっても、愛して求め合うラブロマンスだ。ヒースクリッフのキャシーへ激しい愛を アメリカ版で現代風にしたのが、このギャッビーだ。

アメリカ禁酒法下で、財力にものをいわせて自由奔放に飲み、買い、享楽に身を落とす人々に欲望の空しさを訴えて居る。金持ちのエゴイズムと、人を殺しても良心のひとかけらも見せることのない人としての堕落、あまりにもアメリカ的な文化を描いている。そのなかで、一生にたった一人の女を愛して死んでいった孤独な青年の姿が浮き彫りにされる。

バズ ラーマン監督は、「ロメオとジュリエット」、「ムーラン ルージュ」を監督した人だが、どうして3Dのフイルムで撮ったのか、という質問に答えて、絢爛豪華なパーテイーの様子を奥行きのある立体で表したかった、と言っている。確かに2Dでも3Dでもパーテイーの派手な演出はムーラン ルージュを上回る。着飾った人々が飲んだくれて馬鹿騒ぎする様子と、夜一人岬で対岸を見つめている男の孤絶感が、みごとな対比をみせている。

この映画を観ると どうしても1974年の「華麗なるギャツビー」を思い出す。これは、ロバート レッドフォードとミア ファーロウが主演した。デイジー役では、両者を比較すると、ミア ファーロウのほうが役に合っている。ミア ファーロウの、手足の長い、中性的で永遠の少女のようなたたずまいや、堅い笑顔は、演じて得られるものではない。彼女が本来持って生まれてきた不思議な魅力だ。それがとてもデイジーにマッチしていた。
ギャツビーは、今回のレオナルド デカプリオのほうが演技は巧みだ。デ カプリオは、本当に良い役者になってきた。でも、レッドフォードのほうが、原作のキャラクターに近い。孤独で物思いにふける男の雰囲気が良い。若い時はとてもハンサムだった。彼が真っ白の3つ揃いのスーツで現れるシーンなど、ストーリーもセリフも何も要らない。ただ立っていてくれるだけで絵になって、深い深いため息が出たものだ。

そんなレッドフォードも年を取り、若い映画人を育成する機関を作り、サンダース映画賞を設け、活躍している。そこで止まっていれば立派だ。が、、最新作「THE COMPANY YOU KEEP」をレッドフォードが しわくちゃな顔で主演している。1970年代に学生だった爆弾犯が、40年たって、FBIに逮捕されるストーリーで、スーザン サランドンも レッドフォードも ジュデイー クリステイーも逮捕される。レッドフォードが林を走るシーンがある。本人は走っているつもりだろうが、全然足が上がっていない。年をとったジュデイー クリステイーと、レッドフォードが、ベッドインするシーンまである。やめてくれ。76歳と72歳ですよ。君たち、いまさら何をやっているんですか。人は年をとれば醜くなる。老醜をさらすのは、公害よりも悪質だ。

ともかく、この3D、デ カプリオのギャツビー主演作は、ミュージカルを見ているように画面の移動がスムーズで、豪華でゴージャスだ。アメリカ文学の代表作に触れてみる価値はある。

2013年6月10日月曜日

村上春樹の2011年カタルニア国際賞受賞スピーチ

これは、受賞に際して彼が行ったスピーチの全文です。2年前のスピーチですが、いま、読んでみても、内容に全く変わりががありません。改めて、ここにコピーしてみました。

「非現実的な夢想家として」 
僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。 
サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。 
長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。 
どうしてそんなに時間がかかったかというと、 
たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。 
それで手間取ってしまった。 

僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、 
女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。 
それひとつをとっても、バルセロナが 
どれほど素晴らしい都市であるかがわかります。 
この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、 
もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。 

でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、 
もう少し深刻な話をしなくてはなりません。 

ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に 
日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。 
地球の自転が僅かに速まり、 
一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。 

地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波は 
すさまじい爪痕を残しました。 
場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。 
39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても 
助からないことになります。 
海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、 
そのうちの九千人近くが行方不明のままです。 
堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、 
未だに遺体も見つかっていません。 
おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。 
そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、 
胸が締めつけられます。生き残った人々も、 
その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、 
生活の基盤を失いました。 
根こそぎ消え失せた集落もあります。 
生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。 

日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに 
生きていくことを意味しているようです。 
日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。 
毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。 
各地で活発な火山活動があります。 
そしてもちろん地震があります。 
日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、 
危なっかしいかっこうで位置しています。 
我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。 

台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、 
地震については予測がつきません。 
ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、 
別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。 
おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、 
マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、 
多くの学者が予測しています。 
それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。 
もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、 
それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、 
正確なところは誰にもわかりません。 

にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も 
「普通の」日々の生活を送っています。 
人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。 
今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。 

なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。 
どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に 
生活していられるのか? 
恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。 

日本語には無常(mujo)という言葉があります。 
いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。 
この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、 
すべてはとどまることなく変移し続ける。 
永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。 
これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、 
宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、 
民族的メンタリティーとして、 
古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。 

「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、 
いわばあきらめの世界観です。 
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。 
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、 
むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。 

自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、 
秋になれば紅葉を愛でます。 
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど 
自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。 
桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、 
ホテルの予約をとることもむずかしくなります。 

どうしてか? 

桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを 
失ってしまうからです。 
我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。 
そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、 
小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、 
むしろほっとするのです。 
美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、 
かえって安心を見出すのです。 

そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、 
僕にはわかりませ 
しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、 
ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、 
被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。 
あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。 

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、 
普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、 
今なおたじろいでいます。 
無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。 

でも結局のところ、我々は精神を再編成し、 
復興に向けて立ち上がっていくでしょう。 
それについて、僕はあまり心配してはいません。 
我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。 
いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。 
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。 

結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に 
間借りしているわけです。 
どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。 
少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。 
ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。 
好むと好まざるとにかかわらず、 
そのような自然と共存していくしかありません。 

ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、 
簡単には修復できないものごとについてです。 
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。 
それらはかたちを持つ物体ではありません。 
いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。 
機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、 
というものではないからです。 

僕が語っているのは、具体的に言えば、 
福島の原子力発電所のことです。 

みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった 
六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、 
いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。 
メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、 
おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、 
近海に流されています。 
風がそれを広範囲に運びます。 

十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から 
立ち退きを余儀なくされました。 
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。 
そこに住んでいた人々はもう二度と、 
その地に戻れないかもしれません。 
その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、 
近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。 

なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、 
その原因はほぼ明らかです。 
原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を 
想定していなかったためです。 
何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、 
安全基準の見直しを求めていたのですが、 
電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。 
なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、 
大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。 

また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、 
原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを 
下げていた節が見受けられます。 

我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、 
明らかにしなくてはなりません。 
その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、 
土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。 
我々は腹を立てなくてはならない。 
当然のことです。 
  
日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。 
我慢することには長けているけれど、 
感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。 
そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは 
少し違っているかもしれません。 
でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。 

しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在を 
これまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、 
糾弾しなくてはならないでしょう。 
今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。 

ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、 
核爆弾を投下された経験を持つ国民です。 
1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、 
米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、 
合わせて20万を超す人命が失われました。 
死者のほとんどが非武装の一般市民でした。 
しかしここでは、その是非を問うことはしません。 

僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、 
生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、 
時間をかけて亡くなっていったということです。 
核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、 
人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、 
我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。 

戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。 
ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。 
どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、 
経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、 
その二つが日本という国家の新しい指針となりました。 

広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。 
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」 
 素晴らしい言葉です。 
我々は被害者であると同時に、加害者でもある。 
そこにはそういう意味がこめられています。 
核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、 
また加害者でもあるのです。 
その力の脅威にさらされているという点においては、 
我々はすべて被害者でありますし、 
その力を引き出したという点においては、 
またその力の行使を防げなかったという点においては、 
我々はすべて加害者でもあります。 

そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、 
三カ月にわたって放射能をまき散らし、 
周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。 
それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。 
これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、 
今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。 
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、 
我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。 

何故そんなことになったのか? 
戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、 
いったいどこに消えてしまったのでしょう? 
我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、 
何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう? 
理由は簡単です。「効率」です。 

原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。 
つまり利益が上がるシステムであるわけです。 
また日本政府は、とくにオイルショック以降、 
原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として 
推し進めるようになりました。 
電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、 
原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。 

そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが 
原子力発電によってまかなわれるようになっていました。 
国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、 
世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。 

そうなるともうあと戻りはできません。 
既成事実がつくられてしまったわけです。 
原子力発電に危惧を抱く人々に対しては 
「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような 
質問が向けられます。 
国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。 
高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、 
ほとんど拷問に等しいからです。 
原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」という 
レッテルが貼られていきます。 

そのようにして我々はここにいます。 
効率的であったはずの原子炉は、 
今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。 
それが現実です。 

原子力発電を推進する人々の主張した 
「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、 
ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。 
それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、 
論理をすり替えていたのです。 

それは日本が長年にわたって誇ってきた 
「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を 
許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。 
我々は電力会社を非難し、政府を非難します。 
それは当然のことであり、必要なことです。 
しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。 
我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。 
そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。 
そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。 

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」 
我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。 

ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、 
原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が 
広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。 
そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。 
「大統領、私の両手は血にまみれています」 
トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチを 
ポケットから取り出し、言いました。 
「これで拭きたまえ」 

しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、 
この世界のどこを探してもありません。 

我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。 
それが僕の意見です。 

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、 
社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、 
国家レベルで追求すべきだったのです。 
たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。 
それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、 
我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、 
妥協することなく持ち続けるべきだった。 
核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、 
中心命題に据えるべきだったのです。 

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、 
我々の集合的責任の取り方となったはずです。 
日本にはそのような骨太の倫理と規範が、 
そして社会的メッセージが必要だった。 
それは我々日本人が世界に真に貢献できる、 
大きな機会となったはずです。 
しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、 
その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。 

前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、 
我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。 
またそれを克服することによって、人の精神がより強く、 
深いものになる場合もあります。 
我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。 

壊れた道路や建物を再建するのは、 
それを専門とする人々の仕事になります。 
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、 
それは我々全員の仕事になります。 
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、 
彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、 
その作業に取りかかります。 
それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。 
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、 
種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。 
一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。 

その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが 
進んで関われる部分があるはずです。 
我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。 
そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、 
立ち上げてなくてはなりません。 
それは我々が共有できる物語であるはずです。 
それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。 
我々はかつて、まさにそのようにして、 
戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。 
その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。 

最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という 
移ろいゆく儚い世界に生きています。 
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。 
大きな自然の力の前では、人は無力です。 
そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。 
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、 
そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、 
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、 
そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。 

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、 
このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。 
我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。 
依って立つ文化も異なっています。 
しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、 
同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。 
だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、 
人々の手に取られることにもなるのです。 
僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。 
夢を見ることは小説家の仕事です。 
しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。 
その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。 

カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、 
ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、 
豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。 
我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。 

日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく 
「非現実的な夢想家」になることができたら、 
そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を 
形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。 
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを 
通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。 
我々は夢を見ることを恐れてはなりません。 
そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに 
追いつかせてはなりません。 
我々は力強い足取りで前に進んでいく 
「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。 
人はいつか死んで、消えていきます。 
しかしhumanityは残ります。 
それはいつまでも受け継がれていくものです。 
我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。 

最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、 
原子力発電所事故の被害にあった人々に、 
義援金として寄付させていただきたいと思います。 
そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、 
ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。 
そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、 
深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)