2013年7月9日火曜日

映画「マン オブ スチール」 スーパーマン

   
    




脊損と呼ばれる脊髄損傷は、数ある病気や怪我の中で 最も患者にとって過酷な疾患と言える。
脊髄を含む中枢神経は、損傷を受けると二度と再生しない。どんなにリハビリテーションをしても回復することはないので、残った機能を最大限に使って日常生活ができるように指導されるだけだ。井上雄彦の漫画「リアル」を読んでいる人は もうみんな知っていると思うけど、患者にとって過酷なのは、頭は頭脳明晰なのに、体が動かないこと。バイク乗りやスポーツで事故にあうことが多く、患者が若い活発な人が中心だという意味でも 患者にとって過酷な疾患だ。
脊髄を包んでいる脊椎骨は、7つの頸椎(C1-7)、12の胸椎(TH1-12)、5つの腰椎(L1-5)と、仙椎、尾椎からなっている。腰椎を痛めると下肢麻痺になり下半身の感覚が失われ、歩くことも排尿、排便も自分でできなくなる。損傷が椎骨の上に行くほど、麻痺する範囲も広くなり障害も深刻になる。一般に、C2を損傷すると即死、C3を損傷すると呼吸するための横隔膜筋が麻痺するため自発呼吸ができなくなり、人工呼吸器装着なしに生存することができなくなる。

世界でたったひとり、C3から上を損傷したにもかかわらず、奇跡的に人工呼吸器なしに自発呼吸できるようにまでなり、特殊装置で話ができるようになって、映画に主演し、最後まで社会活動を続けた立派な人がいる。クリストファー リーブ。スーパーマンを主演した役者だ。
彼は、1995年に落馬事故に合って以降、四肢麻痺で、人工呼吸器に縛り付けられる寝たきりの苦しい状況を、懸命に支える妻子の期待に答えて、何度も感染症になりながらも、障害を一つ一つ克服してきた。呼吸をして、話ができるまでになり、映画「裏窓」を主演し、電動車椅子で自分で移動できるようになった。しかし、2004年10月、重度の感染症をおこして遂に 52歳で亡くなった。彼を支えてきた妻ダイアナも、肺癌で、44歳で夫の後を追うようにして亡くなった。

短い間だったが公立病院のスパイナル ユニット(脊損病棟)に居たことがある。婦長も年長の人格者だったが 独特の家庭的なあたたかい空気の病棟で、アンという60過ぎたナースが居た。3人の男の子の母親で、長身、がっしりした体格。「わたし、この職場が大好きで、離れられないわ。とても引退なんて考えられない。だって患者たちはいつも私のところに帰ってくるんだもの。」と言っていた。事実、患者たちは重度障害者として自宅に帰って生活しているが、感染症を起こしやすいので、頻繁に病院にもどってくる。高熱でふうふう言いながら「ママー また帰ってきちゃったよー。」と、救急車で搬送されてくる患者をいつもアンはしっかり抱きしめていた。おじさんもおばさんもテイーンの男の子も、みんなアンに抱きしめられて、幼児のように嬉しそうな顔で身を任せている姿が、忘れられない。

クリストファー リーブはコーネル大学を卒業し、ニューヨークジュリアードで演劇を学び、ロンドンに留学した末、パリでコメデイフランセーズに籍を置いていたこともある。1978年に映画「スーパーマン」に抜擢されて、4本のスーパーマンシリーズを主演した。
1995年の事故で脊髄損傷をしてからの9年間は、文字通りのスーパーマンとして世界中の脊髄損傷患者や家族たちの希望の星として生きた。彼の主演作は、

「スーパーマン」1978年
「スーパーマン2冒険篇」1981年
「ス―パーマン3電子の要塞」1983年
「スーパーマン4最強の敵」1987年

クリストファー リーブの「スーパーマン」1-4シリーズが終了して、彼の死後、2006年に「スーパーマン リターンズ」が公開された。新人ブランドン ルースがスーパーマン役で、ケイト ボスワースが相手役のルイス レーン記者になって、1から4までの前作のストーリーをそのまま継承し進展させた。すなわち、ルイス レーン記者が結婚して、喘息持ちのひ弱な息子を持っている。実は、その息子は、スーパーマンとの間にできた息子で、悪役レックス ルーサーに襲われたとき、危機一髪のところを潜在的パワーをもつ息子が 母親を守る。それなりに、良い映画だったが続編は作られなかった。

新しくクリストファー ノーランの発案で製作された「マン オブ スチール」3Dは、1978年以来の今までのスーパーマンのストーリーを 一切継承しない。全く初めから原作に立ち返って作られた。だから、あの有名な輝かしい曲、ジョン ウィリアムズの「スーパーマンのテーマ」音楽は 聞くことができない。
原作:ジョー シャスターと、ジョリー シーゲル
製作:クリストファー ノーラン
監督:ザック スナイダー
キャスト
クラーク ケント(スーパーマン):ヘンリー カヴィエル
実父ジョー エル         :ラッセル クロウ
養父 ジョナサン         :ケビン コスナー
養母 マーサ           :ダイアナ レーン
ルイス レ-ン記者       :エイミー アダムス
ゾッド将軍             :マイケル シャノン
ストーリーは
地球から離れた惑星クリプトンは、優れた文明と科学を持った社会だったがクリプトンの太陽は恒星としての寿命が近ついていた。クリプトンの科学者ジョー エル(ラッセル クロウ)は 危機が迫っていることを警告するが、軍を掌握するゾッド将軍に、政府に謀反を起こすために危機をあおって入ると疑われて、殺される。その前にジョー エルと妻によって生まれたばかりの赤子 カル エルは宇宙船に乗せられて超高速で地球に向かい、不時着する。カンザスの農地に激突して大破した宇宙船は、通りかかった老夫婦ジョナサン(ケビン コスナー)とマーサ(ダイアン レーン)に回収され、赤子は夫婦の養子として、クラーク ケントという名前を付けられて、大事に育てられる。しかし成長とともに、クラークは他の子供と違うことに気が付いて、悩みの多い学校時代を過ごす。養父が亡くなった後、ケントは、自分の居場所を探そうと家を出てひとり放浪する。

しかしジョー エルを殺したことで罪に問われて他の惑星に拘禁されていたゾッド将軍一味は、地球に送り出されたカル エルを探し出して地球を乗っ取ろうと画策する。宇宙船でやってきたゾッド将軍に対抗して、地球を救うためにスーパーマンは、、、。
というお話。

すさまじい破壊の連続にびっくりした。スーパーマンとゾッド将軍が一発殴り合っただけで 六本木ビルが20個くらいぶっつぶれて火に包まれる。殴られれば殴り返す。延々と破壊が続けられる。デスマッチをするなら ユタとかイエローストーンとか砂漠でやれよ、と言いたくなる。地球存亡の危機に、こんなことを言って申し訳ありませんけど、でもスーパーマンが投げ飛ばされるだけで高層ビルがいくつもいくつも潰れて壊されるって、何だろう。ビルの中にも下にも何百人何千人もの人が生活しているわけでしょう。スーパーマンもゾッド将軍もエイリアンなんだから 成層圏を超えた宇宙空間で殴り合って決着をつけてもらいたい。
アメリカ人は派手に ビルが壊れたりパトカーがひっくり返って火を噴いたり、橋が壊れて沢山の車が川に落ちたり、飛行機が不時着して火達磨になったりするのを見るのが好きかもも知れないけれど、度が過ぎる破壊を見るのが耐え難い。人間の英知の結晶のような文化が 一瞬のうちに破壊されるのをみて、すっきりした気分になれる人々って、かなり病気ではないだろうか。

新しいスーパーマンは、かなり個性派のハンサム。表情によって美男にみえたり醜く見えたりする。好き嫌いがはっきり分かれるだろう。
デイリープラネット紙のルイス レーン記者をエイミー アダムスが演じていたが これも原作のイメージとずいぶん離れる。この記者は仕事はできるが、おっちょこちょいで単語のスペルを間違えてばかりいる。ちょっと抜けているところが可愛い記者なのだが、今回のルイスはちっとも可愛くない、気が強いだけの女だ。
ラッセル クロウの実父、アイレット ゾラ ララローの実母、ケビン コスナーの養父、ダイアン レインの養母、デイリープラネット紙編集長のローレンス フィッシュバーン、ゾッドのマイケル シャノンの配役は良かった。ケビン コスナーの実直な農夫のお父さんぶりには感服。

総じてクリストファー リーブのスーパーマンを知らない世代の若い人たちにとっては 3Dだし、充分楽しい娯楽映画だ。

しかし脊損になっても戦い続け、戦いの末、力尽きて若くして死んでいった 永遠のスーパーマン、クリストファー リーブを知っている人にとっては、新スーパーマンは ごみ箱行きかもしれない。