2013年6月24日月曜日

沢木耕太郎の「キャパの十字架」

          



うーん、この本には唸ってしまった。タイトルの後に こんなセンセーショナルな本の紹介がついている。
ー「世界が震撼する渾身のノンフィクション、、、戦争報道の歴史に燦然を輝く傑作「崩れ落ちる兵士」、だが、この作品はキャパのものなのか、76年間封印されていた真実が遂に明らかになる。」ー
私はキャパが好き。そして岡村昭彦も好き。二人ともベトナム戦争で不条理な戦争を告発するためにカメラをもって戦場に入り、キャパは帰ってこなかった。キャパの「ちょっとピンボケ」と、岡村昭彦の「兄貴として伝えたいこと」は、間違いなく私の愛読書に入る。

たった一枚の写真が人の生き方を変えてしまうことがある。実際に起こっていることを切り取った写真には、百の言葉や評論や解説や言い訳よりもインパクトが強い。強力なメッセージを含んだ写真は、起こった事実以上のものを人に訴える力を持つに至る。報道写真家の中で、従軍カメラマンの作品ほど事実を事実以上に伝えるものはないだろう。ちょっと思い返してみるだけで、報道されて有名になった何枚もの写真が思い浮かぶ。ベトナム戦争で米軍に拘束され、頭を撃ち抜かれる瞬間の少年を撮った「べトコン」の写真、ナパーム弾で家族も自分の着ていた服まで焼き尽くされて大やけどを負い、泣き叫びながら避難路を歩く全裸の少女。アフリカ、ソマリアの飢餓を撮った「ハゲワシと少女」。

そして、ロバート キャパの代表作、スペイン戦争の「崩れ落ちる兵士」。これはスペイン共和国兵士が、敵であるファシスト反政府軍の銃撃に当たって倒れるところを撮った作品とされていた。スペイン共和国が、やがて崩壊し、共和国を守るために従軍した兵士の栄光と誇りを象徴する写真として最も有名な戦争写真。アメリカの写真週刊誌「ライフ」にも掲載された、キャパが22歳の時の作品だ。この年だけでも50万人の死者を出したスペイン戦争の悲惨さは、世界中から共和国を守る為に志願して実際参戦した、作家のアーネスト ヘミングウェイや、ジョン オーウェル、アンドレ マルローなどによっても伝えらた。しかし、この共和国側に対して フランコ将軍率いるファシスト王党派が3年に及ぶ内戦で勝利し、共和国は崩壊する。当時、画家のピカソが、描いた「ゲルニカ」も、 このキャパの「崩れ落ちる兵士」の写真はスペイン戦争の悲惨さを世界に知らせる強力なメッセージだった。

沢木耕太郎は、1986年に、リチャード ウィーランの初めての本格的なキャパの伝記「ロバート キャパ」の翻訳を任される。それと同時にキャパの決定版写真集「フォトグラフス」も翻訳依頼される。その後、伝記は「キャパその青春」と「キャパその死」という2冊の本になり、写真集は「ロバートキャパ写真集、フォトグラフス」というタイトルで、日本語で出版される。沢木はキャパの生い立ちから死に至るまでの軌跡を調べるにつれて、キャパの代表作でカメラマンとしての契機になった「崩れ落ちる兵士」の写真が、いつどのような過程で撮影されたのか、疑問に思う。ネガが残っていないし、本人がこの写真についてだけは、問われても何の説明もしようとしなかった。

沢木は、キャパについて書かれたすべての書籍を検証する。2002年、アレックス カーシュウ「血とシャンパン」、2007年リチャード ウィーラン「これが戦争だ」、2009年J M ススぺレギ「写真の影」など。著者に会い、崩れ落ちる兵士の身元を確認するために当時、キャパが従軍していた戦地に何度も足を運び、家族の証言を得る。地元の郷土史家や、当時の学校の先生や、森林調査官らに会い調査した末、沢木はキャパが写真を撮った場所と日時に確証を得る。正確に「崩れ落ちる兵士」が撮影された日時に、その場所では戦闘はなかった。そこでわかったことは、「崩れ落ちる兵士」の写真は、戦闘を写したものではなく、軍の演習風景を撮影したものだということがわかる。「やらせ」だというのだ。

沢木は、同じ時に「演習」を撮影したほかの30枚の写真を徹底的に調べる。一枚一枚の写真が、どのようなアングルで撮られ、兵士達がどの方向から敵を狙い、敵がどの方向に居て、キャパはどこでカメラを構えていたのか。
当時まだ存命していた 作家、大岡昇平に、これらの写真をみせて、それらが実戦か演習の写真かを問うと、銃の構え方を見ただけで実戦経験のある作家が、たちどころに「演習ですよ。」と言い切るシーンは、印象的だ。また、連合赤軍で、懲役刑に服したことのある雪野健作に教わって、銃撃を受けた兵士が写真のようにのけぞって倒れるかどうか、を実弾の速さと重さから計算して、物理学的には、当時の銃弾に当たっただけで 写真のようにのけぞって倒れることはあり得ない、という結論を出すところも、感動的だ。

2010年に沢木は現地に飛び、郷土史家に会う。この人はキャパの写真が キャパのライカではなく、もうひとつのキャパのカメラ、ローライフレックスで撮られたものだという。2011年にも 沢木は再訪して、雲の動きや写真による影から、30枚の写真を撮った 順番を同定する。そして崩れ落ちる写真が撮られた時、同時に別の方向から同じ人物が撮られていることが確認する。写真は2台のカメラ、2人の人物によって撮られていた。カメラは、ライカとローライフレックスだ。カメラマンは、キャパと、その頃二人でいつも一緒にいたキャパの恋人ゲルダジローだ。
沢木はキャパが持っていたライカ3Aと、ローライフレックススタンダードを手に入れて、実際に同じところで何十枚もの写真を撮る。またパリに飛んで、写真の原板を掲載した当時の雑誌を、パリ国立図書館で探し、さらに渡米してマンハッタン国際写真センターで 当時掲載された雑誌を調べる。ニューヨークのカメラマンから ローライフレックスの特徴を聴くことで、写真はローライフレックスで撮られたことに確証が得られる。

そしてわかったことは、その日、軍事演習風景を、キャパとゲルダの二人が、ライカとローライフレックスで撮影していたこと。同じ場所、同じ構図で、カメラを構えていた二人の前で、坂道を銃を構えて行進してきた兵士の一人が滑って転んだ。キャパのライカは 行進する兵士とその横をまさに転びそうになった兵士を捉えた。しかし一瞬遅れたゲルダのローライフレックスは、滑って転ぶ一瞬を捉えた。、、、「崩れ落ちる兵士」は、ゲルダが撮った写真だったのだ。
当時の写真は、現実にどう映っているか 本人たちは確認できなかった。撮り終えたフィルムはロールのまま雑誌社に送られる。そこでどんな評価がなされるかは、戦地にいるキャパとゲルダは、知る由もない。

この時、キャパは22歳。ゲルダは、このあと戦場に残り共和軍の戦車が暴走してきた事故で命を落とす。26歳だった。遺体がパリに運ばれると、葬送に数千人の市民が付き添ったといわれる。キャパはこの写真で有名になった。しかし写真について説明を求められても、無言で通した。

キャパの「崩れ落ちる兵士」は、軍事演習中に、キャパの恋人ゲルダが、偶然シャッターを押してしまったために撮られた写真だった。すでに有名になってしまったキャパには ゲルダの死後、言い訳も、真実を言うことも許されなかった。黙り通しひとり十字架を背負って、戦争写真家として前に進むしか道がなかった。キャパは その後、日中戦争、第2次世界大戦ではヨーロッパで空襲下のロンドンを撮り、イタリア戦線に行き、ノルマンデイー上陸作戦では 第2次世界大戦で最大の死者を出した浜で次々に上陸する兵士とともに上陸して、無数のドイツ兵に背を向けて、有名な「波の中の兵士」を撮る。そして1954年フランスがインドシナに介入した際に「ライフ」の記者として派遣された北ベトナムで、地雷を踏んで死ぬ。享年40歳。

一枚の写真で人生が変わってしまうほどインパクトの大きな戦争写真の傑作が 「やらせ」でしかも「盗作」といえるようなものだった事実を解明して、沢木耕太郎が発表したことは、写真界にとってのタブーを侵したようなものだろう。スペイン人にとって受け入れがたい。ファシズムに抗して、スペイン戦争を戦った誇るべき歴史を考えれば、ピカソの「ゲルニカ」と、キャパの「崩れ落ちる兵士」は、スペイン戦争のイコンだ。侵してはならない聖域だった。

しかしキャパが偉大な戦争写真家だったことには変わりはない。ゲルダとともにスペイン戦争でファシストたちに蹂躙されていく人々の悲惨な歴史を、証人としてたくさんの写真で残した。キャパは 依然として高い評価をされるべきだ。ひとり十字架を背負って、いくつもの戦場で命をかけて、戦争の現場証人としてあり続けた。改めて、キャパの写真に見入る。しかし、沢木耕太郎も良い仕事をした。執念の数十年だったろう。

2013年6月17日月曜日

ロイヤルオペラ、ドミンゴの「ナブコ」

     


英国ロイヤルオペラ「ナブコ」が、プラセド ドミンゴ主演で公演された。そのフイルムを映画館で観た。今年4月26日に、劇場公演されたばかりのオペラ。ロンドンでしか観られない公演を 2か月もたたないうちにシドニーで、観られるなんて、何という幸運だろう。

監督:ダニエル アバド
指揮:二コラ ルインテイ
キャスト
ナブコ:プラセド ドミンゴ
アンドレア カル
ヴィタリ コワルジョ

世界一美しいテノールを、半世紀もの間、聴かせてくれたドミンゴが、ナブコを主演してバリトンを歌っている。72歳。変わらず高音がよく伸びて、低音がよく響く。かつてドミンゴのように背が高くて がっしりした体で、ハンサムなテナー歌手が他に居ただろうか。独唱だけで、何万人もの聴衆を集められるテナーの華の時期に、喉頭がんを克服したホセ カレラスを励まそうと、パバロテイに声をかけて「3大テナーのコンサート」を開催して大成功に導いた。ジョン デンバーやポップスの音楽家と共演して、敷居の高いオペラの垣根を取っ払っって、クラシックファン層を拡大した。どこに行っても誰とも打ち解ける人柄の良さや彼の度量の大きさも、実力ゆえのことだろう。フイルムではニューヨークメトロポリタンオペラの解説者、インタビュアーとして聴衆と音楽家との架け橋をユーモアたっぷりの上品な語り口で務めている。
このフイルムでもオペラの幕間に リハーサル風景や 監督による解説や歌い手のインタビューが流された。劇場に行ってオペラを観て、帰ってくるよりも得をした気分だ。もちろん、実物の舞台は良い。何年も何年もオペラオーストラリアの会員になって 年にいくつかの舞台を楽しみにしてきたが、今年は一枚もチケットを買わなかった。足腰の弱ったオットは、オペラハウスの地下駐車場から劇場までの階段を、もう上がれない。去年やっとのことで連れて行った、「魔笛」の間中、オットは疲れ切って眠っていた。その寝姿を見てもうオペラハウスには連れてこないと、心に誓った。会員でもチケットは一枚3万円余り。二人で駐車場を使い、幕間にシャンパンを飲めば7万円かかる。公演フイルムを映画館で見れば ひとり2千5百円也。

「ナブコ」は オペラオーストラリアで数年前見たが、この時の演出家が愚かで、ナブコをサダム フセインのそっくりさんにして歌わせて 頭から血の雨を降らせるという悪趣味な舞台で、最低の舞台、最低の評判だった。旧約聖書をもとにした美しいオペラに こんな「新解釈」をするなんて。それ以来、本当の「ナブコ」をぜひ見たいと思っていた。
フイルムの前に、解説者がドミンゴの練習風景を紹介する。ロイヤルオペラに現れた72歳のドミンゴ、、、思わず涙が浮かんだ。すっかり足が細くなってしまって、、、、、。でも、声の力強さは変わらない。じきに、この張りのある高音も力強いバリトンも、彼には歌えなくなる日が来るに違いない。いま、彼の美しいオペラを聴くことができる幸せを感じながら 彼の声を全身で受けて聴こうと思った。

ストーリーは 
バビロ二ア国王ナブコと、その王女アビガイッレの率いられたバビロン軍が エルサレムを攻略した。ナブコには猛女アビガイッレと、可憐なフェネーナの二人の娘がいる。フェネーナは、エルサレムで人質に取られている。ナブコはフェネーラを連れ出したいと思っていたが、彼女はエルサレム王の甥にあたるイズマエーレと相思相愛の仲になっていて、二人の関係をナブコが認めてくれなければ、死ぬつもりでいる。一方の娘 アビガイッレも、イズマエーレを愛していて、フェネーナとの仲を引き裂こうとしている。
ナブコとアビガイッレは、エルサレムの街や人々を蹂躙し、神殿を破壊する。しかし、アビガイッレは、自分がナブコと奴隷との間にできた娘だったことや、ナブコがフェネーナを、自分の後継者に望んでいる書類を見つけて読んでしまった。激しく妹に嫉妬するアビガイッレは、父ナブコを監禁し、一人王位を横取りする。ひとりきりになったナブコは、自分が王よりも「神」だ、と誇り、権力に奢りすぎた自分を反省し、死刑を言い渡されたフェネーナを救うために、エホバの神に赦しを請う。ナブコは、自分たちバビロニアの神々を祭った祭壇や偶像を自ら破壊する。エホバを讃え、ヘブライ人を釈放、ナブコは許され、アビガイッレは、服毒自殺する。
というお話。

1842年、ミラノスカラ座で初演。ジョゼッペ ヴエルデイ3作目のオペラ。28歳の時の作品。旧約聖書「バンビロン捕囚」をオペラにしたもの。1813年生まれのヴェルデイが、生まれた頃は イタリアはまだ国としては存在しなかった。ミラノは、強国オーストリアの圧政下にあった。イタリアが統一されるのは、彼が48歳の時だ。「ナブコ」の第3幕で歌われる合唱曲「行け わが想い」は、イタリアの第2の国歌と呼ばれている。当時、国家統一途上にあったイタリア人の愛国心を鼓舞した、力強い合唱曲だ。イタリア王国が成立した時、48歳だったヴェルデイは、国会議員に推薦されている。国歌のように人々に愛唱された合唱曲が、イタリア人としてのアイデンティテイを明確にして国家成立の心のよりどころにもなった。
ピアニシモから始まる。土地を追われ、家族を失い、迫害された人々が 涙ながらに声をひそめて囁き合う、その声が徐々に、徐々に、やがて仲間に伝播してフォルテ強音の合唱になっていくところは、感動的だ。オペラの合唱曲の中で、最も素晴らしい曲。アイーダの「凱旋行進の曲」とともに、合唱のパワーに圧倒される。
1901年、ヴェルデイが87歳で亡くなったとき、棺が運ばれるミラノの沿道で、何万人もの市井の人々が、この合唱曲で彼を見送ったと、言われている。

行け 我が想い
金色の翼に乗って
行け 斜面に
丘に憩い
暖かく 甘い 故国のそよ風になって
行け 我が想い
我が故郷よ

ドミンゴは素晴らしかった。指揮者も猛烈に情熱的な指揮をする。
イタリアオペラの良さが詰まったオペラ。いつまでも合唱の曲が耳に残っている。

2013年6月12日水曜日

映画 「華麗なるギャツビー」

  

原題:「THE GREAT GATSBY]
原作は、F スコット フィツジェラルドによる1925年作品。ベストセラーになったロマンチックドラマ。アメリカ映画、ワーナーブラザーズ社による3Dフイルムで制作され、第66回カンヌ国際映画祭のオープニング作品として上映された。
監督: バズ ラーマン
キャスト
ジェイ ギャツビー  :レオナルド デカプリオ
ニック キャラウェイ :トビー マグワイア
デイジー ブキャナン:キャリー マリガン
トム ブキャナン   :ジョエル エドガードン
マートル ウィルソン :アイラ フィッシャー
ストーリーは
1922年。ニック キャラウェイは、第一次世界大戦に従軍した後、エール大学を卒業しウォールストリートの証券会社に就職した。ニューヨークのロングアイランドに家を借りて過ごすうち、となりの瀟洒な屋敷に住む住人に、興味をもつようになる。そのギャツビーという主人は、夜な夜な派手なパーテイーを開き、有名人や政財界の要人を招待して羽振りが良いが、深夜、桟橋で対岸の蒼い灯りを見つめる男の後ろ姿は、孤独そのものだった。
やがてニックのところにも、ギャツビーからパーテイーの招待状が届く。行ってみると贅を凝らした屋敷のパーテイーに、ニューヨーク中の人々が集まって遊び頬けているが、ギャツビーはまだ若い、物静かな青年だった。ニックとギャツビー、二人はすぐに打ち解けて親しくなる。

やがてギャツビーは ニックに、対岸に住むニックの従妹、デイジーをお茶に誘ってほしいと、頼みこむ。ギャツビーの思いつめたような表情に不審に思いながらも、ニックは自分の家に従妹のデイジーを招待する。溢れるほどの花束をもってギャツビーはデイジーを待つ。それは、デイジーとギャツビーの5年ぶりの再会だったのだ。デイジーとギャツビーは、かつて愛し合っていたが、戦争が二人の間を引き裂き、戦争が終わっても、無一文だったギャツビーは、デイジーのもとに帰って来なかった。デイジーは請われるまま大富豪と結婚して、贅沢な暮らしをしてきた。しかし、今、ギャツビーは、億万長者になってデイジーに前に現れたのだった。5年余りの時の流れなど無かったかのように、デイジーとギャツビーとは 再び愛し合う。それを知った夫のトムは、激しく怒る。

ある午後、ニューヨークのトムの別荘で、午後のお茶の時間を過ごしていて、ギャツビーはデイジーに、愛しているのはギャツビーだけだと 夫にに言うように迫る。遂にトムとギャツビーは、激しく争い合い、その場に耐えられなくなったデイジーは、ギャツビーの車で、逃げ出すようにロングアイランドに向かって運転して帰る途中、車に向かって走ってきた女を撥ね殺してしまう。女はトムの愛人、マートルだった。マートルはガソリンスタンドの主人との貧しい生活が嫌いで、そこから抜け出してくれるトムに、救いを求めていた。それでデイジーの運転する車を、トムが運転しているものと思って、車に走り寄ったのだった。デイジーは女をはねた後、車を止めずに家に帰宅する。
デイジーの後を追ったトムは 自分の愛人が、ギャツビーの車に跳ね殺されたことを知る。最愛の妻を失って嘆き悲しむ夫に、妻マートルを殺したのはギャツビーの車であることを言う。

ギャツビーはデイジーが家を出て、これからは二人で生きていけることを信じて疑わない。自分には、デイジーのいない人生などないからだ。ギャツビーはデイジーからの電話を待っている。電話が鳴った時、プールにいたギャツビーは、受話器を取ろうとしたときに、背後からマートルの夫に銃で撃たれる。
毎晩、ギャツビーの主催する贅沢なパーテイーに集まってきていた何百人もの「友達」は、ギャツビーの葬列に一人として参加しなかった。ギャツビーが自分の短い生涯で一人だけ愛した女、デイジーも、夫のトムも、ギャツビーの葬儀に来なかった。何事もなかったかのようにデイジーは旅行に出かけてしまった。
ニックは、たった一人きりで、ギャツビーを見送ったのだった。
というストーリー。

このラブロマンス物語は、1925年のフイッツジェラルドの代表作。現代アメリカ文学の代表作でもある。村上春樹の「アメリカン」な文体は、彼の影響をもろに受けてる。短くて明確な語り方。古典英国文学のように、風景描写や人物の背景など、グダグダ説明しない。にも関わらず、簡潔で的確な描写で、読み手はより具体的に情景を思い描くことができる。フィッツジェラルドとヘミングウェイとの交流も見逃せない。文体は歯切れが良く、描写が写実的で、カメラの目線で、焦点を絞ったり、緩めたりする。オーストラリアの高校では この「ザ グレイト ギャツビー」をアメリカ文学代表作として授業で読むから、オージーはみんなこの本を読んでいる。この作品は、イギリス文学でいうと、エミリー ブロンテの「嵐が丘」のアメリカ版と言えるだろうか。貧しかった青年が 生涯一人の女を愛し、女が死んだ後になっても、幽霊になっても、愛して求め合うラブロマンスだ。ヒースクリッフのキャシーへ激しい愛を アメリカ版で現代風にしたのが、このギャッビーだ。

アメリカ禁酒法下で、財力にものをいわせて自由奔放に飲み、買い、享楽に身を落とす人々に欲望の空しさを訴えて居る。金持ちのエゴイズムと、人を殺しても良心のひとかけらも見せることのない人としての堕落、あまりにもアメリカ的な文化を描いている。そのなかで、一生にたった一人の女を愛して死んでいった孤独な青年の姿が浮き彫りにされる。

バズ ラーマン監督は、「ロメオとジュリエット」、「ムーラン ルージュ」を監督した人だが、どうして3Dのフイルムで撮ったのか、という質問に答えて、絢爛豪華なパーテイーの様子を奥行きのある立体で表したかった、と言っている。確かに2Dでも3Dでもパーテイーの派手な演出はムーラン ルージュを上回る。着飾った人々が飲んだくれて馬鹿騒ぎする様子と、夜一人岬で対岸を見つめている男の孤絶感が、みごとな対比をみせている。

この映画を観ると どうしても1974年の「華麗なるギャツビー」を思い出す。これは、ロバート レッドフォードとミア ファーロウが主演した。デイジー役では、両者を比較すると、ミア ファーロウのほうが役に合っている。ミア ファーロウの、手足の長い、中性的で永遠の少女のようなたたずまいや、堅い笑顔は、演じて得られるものではない。彼女が本来持って生まれてきた不思議な魅力だ。それがとてもデイジーにマッチしていた。
ギャツビーは、今回のレオナルド デカプリオのほうが演技は巧みだ。デ カプリオは、本当に良い役者になってきた。でも、レッドフォードのほうが、原作のキャラクターに近い。孤独で物思いにふける男の雰囲気が良い。若い時はとてもハンサムだった。彼が真っ白の3つ揃いのスーツで現れるシーンなど、ストーリーもセリフも何も要らない。ただ立っていてくれるだけで絵になって、深い深いため息が出たものだ。

そんなレッドフォードも年を取り、若い映画人を育成する機関を作り、サンダース映画賞を設け、活躍している。そこで止まっていれば立派だ。が、、最新作「THE COMPANY YOU KEEP」をレッドフォードが しわくちゃな顔で主演している。1970年代に学生だった爆弾犯が、40年たって、FBIに逮捕されるストーリーで、スーザン サランドンも レッドフォードも ジュデイー クリステイーも逮捕される。レッドフォードが林を走るシーンがある。本人は走っているつもりだろうが、全然足が上がっていない。年をとったジュデイー クリステイーと、レッドフォードが、ベッドインするシーンまである。やめてくれ。76歳と72歳ですよ。君たち、いまさら何をやっているんですか。人は年をとれば醜くなる。老醜をさらすのは、公害よりも悪質だ。

ともかく、この3D、デ カプリオのギャツビー主演作は、ミュージカルを見ているように画面の移動がスムーズで、豪華でゴージャスだ。アメリカ文学の代表作に触れてみる価値はある。

2013年6月10日月曜日

村上春樹の2011年カタルニア国際賞受賞スピーチ

これは、受賞に際して彼が行ったスピーチの全文です。2年前のスピーチですが、いま、読んでみても、内容に全く変わりががありません。改めて、ここにコピーしてみました。

「非現実的な夢想家として」 
僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。 
サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。 
長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。 
どうしてそんなに時間がかかったかというと、 
たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。 
それで手間取ってしまった。 

僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、 
女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。 
それひとつをとっても、バルセロナが 
どれほど素晴らしい都市であるかがわかります。 
この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、 
もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。 

でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、 
もう少し深刻な話をしなくてはなりません。 

ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に 
日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。 
地球の自転が僅かに速まり、 
一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。 

地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波は 
すさまじい爪痕を残しました。 
場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。 
39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても 
助からないことになります。 
海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、 
そのうちの九千人近くが行方不明のままです。 
堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、 
未だに遺体も見つかっていません。 
おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。 
そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、 
胸が締めつけられます。生き残った人々も、 
その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、 
生活の基盤を失いました。 
根こそぎ消え失せた集落もあります。 
生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。 

日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに 
生きていくことを意味しているようです。 
日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。 
毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。 
各地で活発な火山活動があります。 
そしてもちろん地震があります。 
日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、 
危なっかしいかっこうで位置しています。 
我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。 

台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、 
地震については予測がつきません。 
ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、 
別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。 
おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、 
マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、 
多くの学者が予測しています。 
それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。 
もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、 
それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、 
正確なところは誰にもわかりません。 

にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も 
「普通の」日々の生活を送っています。 
人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。 
今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。 

なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。 
どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に 
生活していられるのか? 
恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。 

日本語には無常(mujo)という言葉があります。 
いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。 
この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、 
すべてはとどまることなく変移し続ける。 
永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。 
これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、 
宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、 
民族的メンタリティーとして、 
古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。 

「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、 
いわばあきらめの世界観です。 
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。 
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、 
むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。 

自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、 
秋になれば紅葉を愛でます。 
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど 
自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。 
桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、 
ホテルの予約をとることもむずかしくなります。 

どうしてか? 

桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを 
失ってしまうからです。 
我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。 
そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、 
小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、 
むしろほっとするのです。 
美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、 
かえって安心を見出すのです。 

そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、 
僕にはわかりませ 
しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、 
ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、 
被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。 
あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。 

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、 
普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、 
今なおたじろいでいます。 
無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。 

でも結局のところ、我々は精神を再編成し、 
復興に向けて立ち上がっていくでしょう。 
それについて、僕はあまり心配してはいません。 
我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。 
いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。 
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。 

結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に 
間借りしているわけです。 
どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。 
少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。 
ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。 
好むと好まざるとにかかわらず、 
そのような自然と共存していくしかありません。 

ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、 
簡単には修復できないものごとについてです。 
それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。 
それらはかたちを持つ物体ではありません。 
いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。 
機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、 
というものではないからです。 

僕が語っているのは、具体的に言えば、 
福島の原子力発電所のことです。 

みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった 
六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、 
いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。 
メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、 
おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、 
近海に流されています。 
風がそれを広範囲に運びます。 

十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から 
立ち退きを余儀なくされました。 
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。 
そこに住んでいた人々はもう二度と、 
その地に戻れないかもしれません。 
その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、 
近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。 

なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、 
その原因はほぼ明らかです。 
原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を 
想定していなかったためです。 
何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、 
安全基準の見直しを求めていたのですが、 
電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。 
なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、 
大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。 

また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、 
原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを 
下げていた節が見受けられます。 

我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、 
明らかにしなくてはなりません。 
その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、 
土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。 
我々は腹を立てなくてはならない。 
当然のことです。 
  
日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。 
我慢することには長けているけれど、 
感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。 
そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは 
少し違っているかもしれません。 
でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。 

しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在を 
これまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、 
糾弾しなくてはならないでしょう。 
今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。 

ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、 
核爆弾を投下された経験を持つ国民です。 
1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、 
米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、 
合わせて20万を超す人命が失われました。 
死者のほとんどが非武装の一般市民でした。 
しかしここでは、その是非を問うことはしません。 

僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、 
生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、 
時間をかけて亡くなっていったということです。 
核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、 
人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、 
我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。 

戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。 
ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。 
どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、 
経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、 
その二つが日本という国家の新しい指針となりました。 

広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。 
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」 
 素晴らしい言葉です。 
我々は被害者であると同時に、加害者でもある。 
そこにはそういう意味がこめられています。 
核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、 
また加害者でもあるのです。 
その力の脅威にさらされているという点においては、 
我々はすべて被害者でありますし、 
その力を引き出したという点においては、 
またその力の行使を防げなかったという点においては、 
我々はすべて加害者でもあります。 

そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、 
三カ月にわたって放射能をまき散らし、 
周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。 
それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。 
これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、 
今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。 
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、 
我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。 

何故そんなことになったのか? 
戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、 
いったいどこに消えてしまったのでしょう? 
我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、 
何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう? 
理由は簡単です。「効率」です。 

原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。 
つまり利益が上がるシステムであるわけです。 
また日本政府は、とくにオイルショック以降、 
原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として 
推し進めるようになりました。 
電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、 
原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。 

そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが 
原子力発電によってまかなわれるようになっていました。 
国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、 
世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。 

そうなるともうあと戻りはできません。 
既成事実がつくられてしまったわけです。 
原子力発電に危惧を抱く人々に対しては 
「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような 
質問が向けられます。 
国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。 
高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、 
ほとんど拷問に等しいからです。 
原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」という 
レッテルが貼られていきます。 

そのようにして我々はここにいます。 
効率的であったはずの原子炉は、 
今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。 
それが現実です。 

原子力発電を推進する人々の主張した 
「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、 
ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。 
それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、 
論理をすり替えていたのです。 

それは日本が長年にわたって誇ってきた 
「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を 
許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。 
我々は電力会社を非難し、政府を非難します。 
それは当然のことであり、必要なことです。 
しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。 
我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。 
そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。 
そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。 

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」 
我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。 

ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、 
原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が 
広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。 
そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。 
「大統領、私の両手は血にまみれています」 
トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチを 
ポケットから取り出し、言いました。 
「これで拭きたまえ」 

しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、 
この世界のどこを探してもありません。 

我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。 
それが僕の意見です。 

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、 
社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、 
国家レベルで追求すべきだったのです。 
たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。 
それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、 
我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、 
妥協することなく持ち続けるべきだった。 
核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、 
中心命題に据えるべきだったのです。 

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、 
我々の集合的責任の取り方となったはずです。 
日本にはそのような骨太の倫理と規範が、 
そして社会的メッセージが必要だった。 
それは我々日本人が世界に真に貢献できる、 
大きな機会となったはずです。 
しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、 
その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。 

前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、 
我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。 
またそれを克服することによって、人の精神がより強く、 
深いものになる場合もあります。 
我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。 

壊れた道路や建物を再建するのは、 
それを専門とする人々の仕事になります。 
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、 
それは我々全員の仕事になります。 
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、 
彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、 
その作業に取りかかります。 
それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。 
晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、 
種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。 
一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。 

その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが 
進んで関われる部分があるはずです。 
我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。 
そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、 
立ち上げてなくてはなりません。 
それは我々が共有できる物語であるはずです。 
それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。 
我々はかつて、まさにそのようにして、 
戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。 
その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。 

最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という 
移ろいゆく儚い世界に生きています。 
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。 
大きな自然の力の前では、人は無力です。 
そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。 
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、 
そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、 
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、 
そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。 

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、 
このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。 
我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。 
依って立つ文化も異なっています。 
しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、 
同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。 
だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、 
人々の手に取られることにもなるのです。 
僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。 
夢を見ることは小説家の仕事です。 
しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。 
その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。 

カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、 
ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、 
豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。 
我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。 

日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく 
「非現実的な夢想家」になることができたら、 
そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を 
形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。 
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを 
通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。 
我々は夢を見ることを恐れてはなりません。 
そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに 
追いつかせてはなりません。 
我々は力強い足取りで前に進んでいく 
「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。 
人はいつか死んで、消えていきます。 
しかしhumanityは残ります。 
それはいつまでも受け継がれていくものです。 
我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。 

最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、 
原子力発電所事故の被害にあった人々に、 
義援金として寄付させていただきたいと思います。 
そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、 
ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。 
そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、 
深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

2013年6月5日水曜日

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」


   

2013年4月出版、文芸春秋社。
2009年の「IQ84」以来、久々に発表された新しい小説、「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」を読んだ。
私の世代で、村上春樹のことを嫌いな人に会ったことがない。同じ時代に、同じ匂いを嗅ぎ、同じ状況を見ながら年をとってきた。彼が何を書いても、内容だけでなく、同じ時代の手触りを確かめることができて、共感できる。彼の描く、アメリカ文学そのままの、明瞭で簡潔な文体が好きだ。
彼の描く男と女の会話を、「こじゃれたスノッビーの会話」だとか、「気取った中流意識」だとかいう人もいるけど、そんな会話を、意味もよくわからないまま口をとがらせて、明治の学生会館や安田講堂や六角校舎でまくしたてていた日々もあったような気がする。スノッビーなのではなくて、これが彼の文体であり、彼のスタイルなのだから、彼が年をとっても変えることはないだろう。
同時代の人の間で、一定の人気のあった大江健三郎の世界に共感を抱いたことは一度もない。彼の書く女が、現実からかけ離れた、男が想像するだけの女でしかないと感じるからだ。その意味で、村上春樹は、男と女の高くて長い垣根を越えた初めての「新しい」世代作家だったと思っている。

ストーリーは
多崎つくるは、36歳。鉄道駅に子供の時から惹かれていて、その延長で東京の大学で土木工学を学び、鉄道会社の施設部で働いている。名古屋市の公立高校で、同じクラスで同じボランテイアをしていた、仲の良い5人グループのひとりだった。5人は、正確な5角形を形造るように、互いに均等な間隔で互いを必要とし、必要とされるような親密さをもっていた。偶然、つくる以外の4人は、男友達の赤松、青海、女友達の白根、黒埜というように、色のついた苗字をもっていたので、互いに、アカ、アオ、シロ、クロと呼び合っていた。つくるだけが そのままツクルだ。5人のグループは高校卒業後も親密だったが、つくるは名古屋を出て、ひとり東京の大学に進む。大学2年のときに、突然、もう4人はつくるとは顔を合わせないと、きっぱり宣告され、グループからはじき出される。理由がわからず、自分にとって身内よりも親しかった存在だった4人の友達に拒絶され、つくるは孤立して死ぬことだけを考えていた時期もあった。

それから、16年経ち、いま、つくるは2歳年上で、旅行会社に勤める沙羅という恋人がいる。彼女に促されて、つくるは かつての4人の親友を訪ねる旅に出る。そして、つくるが皆から拒絶されたのは、シロこと、白根柚木が上京した時、つくるにレイプされたことが原因だった、と聞かされる。つくるには全く覚えのないことだ。その、シロは6年前に絞殺されていた。真相をすこしでも知るために、つくるは クロの住むフィンランドに出かける。シロは気を病んでいた。何者かによってレイプされ、妊娠させられて精神の波長を崩していった姿を、終始保護者のようについていたクロから聞かされる。そして、クロとつくるは、シロがよく弾いていたピアノ曲を一緒に聞いて、そして別れる。
というお話。その最後のところを引用すると。
  
過ぎ去った時間が鋭く尖った長い串となって、彼の心臓を刺し貫いた。無音の銀色の痛みがやってきて、背骨を凍てついた氷の柱に変えた。その痛みはいつまでも同じ強さでそこに留まっていた。彼は息を止めて目を堅く閉じてじっと痛みに耐えた。アルフレート ブレンデルは端正な演奏を続けていた。曲集は「第1年 スイス」から「第2年 イタリア」へと移った。そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた。魂のいちばん底の部分で多崎つくるは理解した。人の心と心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、危さと危うさによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。

そして、

シロがあのとき求めていたのは、5人グループを解体してしまうことだったのかも知れない。高校時代の5人はほとんど隙間なく、ぴたりと調和していた。彼らは互いをあるがままに受け入れ、理解し合った。一人ひとりがそこに深い幸福感を抱けた。しかしそんな至福が永遠に続くわけはない。楽園はいつか失われるものだ。シロの精神はおそらく、そういう来るべきものの圧迫に耐えられなかったのだろう。

という結論に至る。
4人の友達に拒絶されて以来、人と関わりを持つことができなくなっていた36歳のつくるが 再び4人に会って、真相に直面して、やがて自信を取りもどしていく。そのヒーリングプロセスを小説にしたもの。読者はみな、甘酸っぱい高校時代を経て、性的関係を作るという荒波をくぐって、大人になってきたわけだから、様々な意味で、小説に出てくる5人の成長過程に共感することができる。
アオは、ラガーマンがそのまま大きくなったように、セールスマンになって戦っているし、アカは望まれるまま大学や銀行に就職し、家庭を持つが、うまくいかず、本当は自分が同性愛者だったことを知る。シロは 大学時代にレイプされたことを契機に 生きる波長を崩していく。そんなシロを支えるるクロは心の平静をもとめて陶芸にのめりこみ、フィンランド人と出会って結婚する。つくるはその4人の歩んで来た道を知ることによって、自分の心の傷を修復していく。
読み終わって、優しい気持ちになっている。

この小説を単純な恋愛小説、青春小説として私は読んだ。作者は徐々に年を重ねて、ストーリーが単純になってきている。前の作品はもっと理屈っぽかったり、ストーリーにも意外性やひねりがあった。ピカソが 子供の時は驚くほど写実的で正確なデッサン画を描くのに長けていたが、年を取るに従い作風が抽象的に変わっていき、キャンバスに点がひとつ、線が一本だけ、というように凝して、単純化していったのと似ているだろうか。
私は「ねじまき鳥クロニクル」が好きで、そのころの村上春樹が一番良かったと思っている。

彼がノーベル文学賞を取ると、予想されていることで、賛否両論がどちらも同じくらいあるようだが、彼は人気作家であるだけで良い。もともとノーベル賞に文学賞など必要ない。人類の進歩に貢献した医学、科学、物理などの基礎学問の研究には、莫大な予算が必要で、チームワークで当たるものだから、公的援助が十分ではない、研究に賞を与えることに意味があるだろう。しかし文学者にはペンさえあれば良い。ましてチームワークではなく、作家個人の問題だ。振り返ってみても、ノーベル文学賞を授与された日本人作家で、ろくな作家が居ない。作家に賞を与えるには意味がなく、文学賞は、作家ではなくて、作品に与えられるべきだ。ハルキは ノーベル賞でなく、人気作家として、いつまでも書き続けていってもらいたい。
   

2013年5月30日木曜日

映画 「宿命」(プレイス ビヨンド ザ パインズ)

                                



アメリカ映画
原題:「THE PLACE BEYOND THE PINES」
監督:シアン フランス
キャスト
ルーク     :ライアン ゴスリング
ロミーナ    :エバ メンデス
息子ジェーソン:デーン デハーン
アベリー警部 :ブラッドレイ クーパー
息子AJ     :エモリ― コーエン

題名の「THE PLACE BEYOND THE PINES」という意味は、そのまま訳すと、松林の向こうの場所、ずっと遠くで到達することができない、自分には手の届かない場所のこと。でも、ここでは単純に、先住民モホーク族の言葉でいうと、 この先、ずっと行ったところのニューヨークを指す。
映画の内容から、題名の意味を深く考えると、自分が赤ちゃんのときに死んでしまった父親を追い求める少年の心を暗示している。あるいは、死んだ父親が、本当は自分が求めていて、手に入らなかった安定した暖かい家庭のことを同時に示している、とも解釈できる。

邦題の「宿命」という言葉が、ストーリーの内容に適しているかどうか疑問。宿命というと、唐獅子牡丹を背に彫った、高倉健がヤクザを引退したのに、義理ある人のために決死で敵の陣中に殴り込む感じ。避けようにも避けられない定めに生きる浪花節的な、ストーリーを思い浮かべてしまう。

ストーリーは
バイクスタントマンのルークは 命知らずの危険なバイク乗りのアクロバットショーを見世物にして、街から街へと移動して稼いでいる。昔、恋人が居た街に、再びやってきた。そこでロミーナと再会する。彼女は ルークにすげないそぶりを見せて、何も言わないが、彼女が育てている赤ちゃんが、実は自分の子供だったことを 人から知らされて、ルークは衝撃を受ける。子供のために 力になりたくて、勝手にショーをやめて、定住することに決める。そして、まとまったお金を子供に渡したくて、悪友と組んで銀行強盗を始める。ジェーソンと名付けられた赤ちゃんと、ロミーナと、つかの間の幸せを噛みしめて、すっかり父親の気持ちになっている。

しかし、どんなにバイクさばきが巧みで、逃げ足が速くても、銀行強盗がいつも成功するとは限らない。ある日、逃亡に失敗して、遂に新米警官に追いつめられる。ルークはもう逃げ切れないことを悟って、ロミーナに電話する。「子供に父親がどんな男だったか、息子には絶対言わないでくれ」、と。 ルークが撃たれたとき、彼は、銃を持ってはいたが、電話を手にしていた。先に撃ったのは、どちらだったか。相手が銃をもっているかどうか解らない内に 警官から先に撃てば、犯罪になる。新人警官のアベリーは、悪人にたち向かうヒーローになるか、自分の恐怖心から容疑者を殺してしまった犯罪者になるのか、真相に目をつぶってもらい、彼は自分を擁護する。相手が撃ってきて、止むを得ず、撃ち殺してしまったと。しかし、死んでしまった男にも 自分と同じ年の子供がいたことを知らされて、アベリーは良心の呵責に苦しむことになる。

時が経った。警察を辞めたアベリーは、官庁に勤めている。アベリーがルークを撃ち殺したことで、夫に批判的だった妻とは離婚した。18歳になった息子が、ドラッグに溺れていて手を焼いている。息子のAJは、転校先の高校で、ジェーソンという静かで恥ずかしがりやの友達ができた。AJは 体も大きく、押しが強い。ひょんなことから、ジェーソンは、自分の本当の父親が、AJの父親に殺された事実を知ってしまう。大切な父親を撃ち殺しておいて、いつも自分が優位に立とうとするAJを、ジェーソンは許すことができなくなった。銃をもって、AJの家に押し入ったとき、その場に偶然現れたAJの父親を、ジェーソンは、成り行きで、誘拐して森に向かう。ジェーソンは 父親の「仇」を取ってアベリーを殺し、金をとって逃亡するつもりでいた。しかし、アベリーは 連れていかれた森で、膝をついて、ジェーソンに 心から謝罪する。そして、胸のポケットに入れていた財布を ジェーソンに投げてよこす。財布には、アベリーの唯一の良心の証のように、小さく折りたたまれた「ジェーソンを抱く父親ルークの写真」が入っていた。ジェーソンは、黙って森から立ち去る。バイクで遠く、ずっと遠くに走っていくジェーソンの姿。ここで終わる。

主人公のルーク役のライアン ゴスリングが、映画の半ばであっさり殺されていなくなってしまう という珍しい筋書だ。主人公なのに。 スクリーンからは姿を消すが 実際映画が終わるまで 彼の「面影」がついてまわる。居なくなった、その男のために残った者たちが苦しんだり、慕ったり、追い求めたりする。なかなか よくできた映画だ。ゴスリングは、「ノートブック」、「ブルーバレンタイン」、「ドライブ」などを主演、細身で甘いフェイス、繊細な感じの性格俳優だ。
映画のなかで、昔の恋人が 一言も告げずに自分の子供を生んで 育てていたことを知る。そのあと、一人きりになって大粒の涙をぼろぼろ落とすシーンがある。音もなにもなく、動きもなく、カメラはじっと 長いこと 長いこと動かない。このロングショットがとても美しい。また、1対1の会話のときに、ゴスリングは 瞬きもせずじっと相手の顔を見つめる。彼独特の雰囲気と目差しが、とても印象に残る。おまえの言うことを全身を耳にして聞いてるよ、と目が語っている。こんなふうに、じっと見つめられて話を促されたら、あんなことでもこんなことでもどんなことでもしゃべってしまいそうだ。映画関係者の間では、監督からも役者からも、男からも女からも、彼ほど心を許して付き合える人は他に居ない、と とても人気者なのだそうだ。本当に人柄が良いのだろう。好きな役者の一人だ。

映画で、ルークは、自分が大事にされて育ってきていないので、大切なものなど、何も持たないし、自分の命さえ どうでもよいと、粗末に扱って、命知らずのアクロバットで日銭を稼いできたが、突然「赤ちゃん」という宝物が現れて、動転する。赤ちゃん、、、金、、、強盗と、連想して、銀行を襲う単純さにも、あきれるが、そのような選択肢しかない世界で生きてきた無骨な男なのだ。
一方のアベリー警部は、親が法曹界で有名な判事で 正義について厳しく教育を受けてきた。教育もあり仕事も家庭もある。しかし、自分のしたことで、良心の呵責から一生逃れることはできない。この二人の男たちは、みごとに明と暗の対照をも見せている。
アベリー警部役のブラッドレイ クーパーは、「ハングオーバー」、「シルバーラインノートブック」でおなじみの役者。コミカルな映画ばかりに出ているが、正統派ハンサムの役者だ。
赤ちゃんのときに殺されてしまった父親を求める孤独な息子の姿が、胸を打つ。
小さな作品だが、心に残る映画だ。

http://www.abc.net.au/atthemovies/txt/s3744418.htm

2013年5月28日火曜日

映画 「ザ コール」

                          
                                 
  


http://www.imdb.com/title/tt1911644/

アメリカ映画 原題:「THE CALL」   
監督: ブラッド アンダーソン’
キャスト
ジョーダン: ハル ベリー
ケイシー :アゲイル ブレスリン
マイケル : マイケル エクルンド

数年前に 勤務を公立病院心臓外科病棟からエイジ ケア施設に移った。務めているところには、救急蘇生設備がないから 時々、電話で、000番(日本の119番と110番)をかけて救急車を呼ばなければならない。相手のオペレーターは よく訓練されていて 電話をかけてきた声の様子で どれくらい緊急か、わかるらしくて心停止患者の心臓マッサージをしながら 電話をかけた時は、何も質問せずに、すぐ救急車を回してくれた。が、それほど急がないけれど出血が止まらないから 1時間以内には病院に連れて行ってほしいというようなときは、傷の深さとか、薬はどんなものを使っているかとか、家族の様子とか、いろいろ質問した末、冷やして止血してからまた電話して、などとグダグダ言われて時間を無駄にすることもあった。まあ、救急車をタクシー代わりに使う ふとどき者もいるし、予算の制限もあるから 仕方ないんだけれど。

日本では警察と救急車は110と、119番。オーストラリアでは000、アメリカでは911。英国では999と112、ドイツでは110と112、スペインでは091、ロシアでは02か03、シンガポールは999、台湾は日本と同じ。フィリピンでは117、中国は110番だ。ビジネスマンなど今日はロンドン、明日はドバイなどと世界狭しと飛び回っているのに、緊急電話番号を、世界で統一しなくて良いのだろうか。自分が命の危険を感じた時に、「えーと ここはトルコだから110番じゃなくて、えーと えーと、、。」と迷っているうちに間に合わないことになっているかも知れない。

「ザ コール」のストーリーは
ジョーダン(ハル ベリー)は、緊急警察電話911のオぺレーター。長年にわたって勤務についていて、どんな時にも慌てずに、パニック状態で電話をかけてくる市民に 適切な助言を与えて救急車や警察やパラメデイックチームを手配してきた。警官の恋人がいる。

ある夜、家で留守番をしていた少女から、誰かがドアを壊して侵入してくる という電話を受ける。さっそくジョーダンは警察を家に向かわせる一方、恐怖でパニックになっている少女にできるだけ逃げてベッドの下に隠れるように指示する。不気味な男の息使いと足音だけの恐怖。
男は家の中をすべて物色して 少女が居ないと思って、外に出る。いったん 途切れた電話に不安を感じたジョーダンは、少女の携帯に、本当に男が外に出ていったかどうか問い合わせる。その電話の音を、家の外から聞いた男は、少女が家に隠れていることを知って、家に戻ってくる。少女の絶叫とともに、不気味な男の荒い息を残して通話は切れる。数日後、少女の無残な惨殺死体が発見される。たった一本に電話に命を託していた少女を守るどころか、死に追いやってしまったことで、ジョーダンは責任を感じてふさぎ込む。

数か月後、ジョーダンは 誘拐されて車のトランクに押し込まれたという少女から電話を受ける。泣き叫んでいる少女をなだめすかして、誘拐された時の様子や場所を聞き出し、トランクの中を物色するように促す。さらにジョーダンは、少女、ケイシーに、中からテールランプを蹴飛ばして、トランクに穴をあけるように指示する。警察はパトカーやヘリコプターで、車を探し始める。少女は テールランプが落ちた穴から手を出して、後続車に知らせたり、ペンキを見つけて穴から流したり、パニックになりながらもジョーダンの指示に従う。しかし高速道路を飛ばしている車を、警察は見つけることができない。途中で何も知らない市民が 車の異常に気が付いて 少女を助けようとしたりするが、二人とも誘拐者にあっけなく殺されてしまう。その過程で、犯人が指紋から 逮捕歴のないドクターであることが割れる。犯人は 二人の子供を持つ、普通の家庭人だった。

一方、少女は依然として車のトランクから、唯一生き延びる希望を911のジョーダンに託している。あきらめないで。必ず助けるから。ウィークエンドには一緒に映画に行きましょうね、と。しかし、男に携帯電話を見つかり、不気味な息使いを残して通話が切れる。ジョーダンは、男の対応から 数か月前に、自分が対応して惨殺された少女を殺した犯人と、この男が同一人物であることを知った。同じ過ちを繰り返して、助けを求めてきた少女をむざむざ殺されるのを待ってはいられない。長時間の少女との通話で疲労困憊して自宅に帰るように上司に命令されたジョーダンだが、少女のことを思うとたまらずに、男が所有していた森の山荘に向かう。そこで待っていたのは、、、。
というサイコスリラー。

とても怖い。
月曜日の朝10時。こんな時間に、一人でサイコスリラーを見るなんて。他には年配のカップルがいるだけの広々とした映画館で、握っていたホットチョコレートも、すぐに冷え切った。

誘拐されて泣きじゃくって電話をかけてきたケイシ―に、「何色の車に乗せられているの」と問われて、彼女はブルーと答える。その直後、少女を乗せた真紅の車の上を 警察のヘリコプターが、飛んでいるシーンが映る。ヘリの音だけがむなしく聞こえるロングショット、、、。 カメラワークが、冴えている。
ハル ベリーは、ベリーショートなヘアで女戦士みたいな役ばかりやっていて、アフリカンアメリカンの美しさをすべて持ち合わせた女優だが、ここでは、長いカーリーヘアで、可愛らしい。911番では、どんな件に出会っても「 私情を挟まない、助けに行くことを約束するが、それ以上の約束をしない、助けを待っている間にできることをさせて適切な助言を与える」、といった 911の決まり事を若い人たちに教育しているが、自分の過失で、少女が亡くなり、トラウマに陥ってしまう。それが自然だ。とても理解できる。しかし、犯人はサイコパスで 少女だけでなく、他の少女を助けようとした大の男たちも、ジャンジャン殺していて、危険な男だと十分認識しているはずなのに、ジョーダンは一人きりで夜、男の山荘に行く。これが不自然でなくて何だろう。全然理解できない。
けれど、そこを道理とか、理屈を優先すると、怖いサイコスリラー映画にならないから、ジョーダンとケイシーにちょっと無理させないとね。そこで、色んなことがわかる。少女が、殺してと泣き叫んでも殺さない。犯人が、何を欲しくて少女を誘拐してくるのか。少女を生かしておいて、そ、そ、、、そんなことまでするのか、と。
とても怖い。映画の作り方が、上手だ。

アゲイル ブレスリンが、とても綺麗な少女になっていて驚いた。「リトル ミス サンシャイン」では、8歳の分厚い眼鏡をかけた 太っちょの女の子だった。
監督は 「マシ二スト」を制作した人。このクリスチャン ベールの作品も忘れられない。寡黙な監督だ。

2013年5月19日日曜日

映画 「アイアンマン 3」


             

もう戦争は、敵対する双方が血を流しながら戦うものではなくなってきたらしい。それは、人類が賢くなって、血を流さずとも、互いに外交の力で話し合って、協調する社会がようやく来た と言いたいところだが、全然違う。人はいつまでも賢くはならず、誤りは繰り返し、徐々に悪質になってきただけだ。
米国防総省は、無人偵察機プレデターを、2001年9,11以降、アフガニスタンで使ってきたが、この無人機が、今では1万1千機も活動している。2011年9月、イエメンでアメリカ国籍のアルカイダ幹部、アンワル アル アウラキが 16歳の息子と共に殺害されたのは、無人機によるものだった。外国の土地で、何の法的手続きもなく米国国籍をもったものが、米国のオフィスのPCボタンを押す者によって、葬り去られている。 ニュースウィークによると、米軍アルファドッグという犬型ロボットは、戦場で人が45キロの荷物しか運べないところを、180キロの装備を運んでいる。中国、ロシア、韓国、インド、パキスタン、ドイツなど、50か国余りの国々が無人機を必要としている。
中国人民解放軍サイバー部隊61398舞台は 米国の20以上の主要産業企業、141社のシステムに侵入して産業スパイの代行をさせている。また米国とイスラエルは コンピューターウィルス スタックネットでイランの遠心分離機を壊し、核開発を妨害しているという。サイバー戦争の悪いところは、法的裏付けのない、証拠を残さない 悪質な戦争で、実際の人々が死んでいく ということだ。
人は、ここまで来てしまった。嘆いても仕方がない。 アイアンマンが、現実になってきただけだ。

映画「アイアンマン」は、2008年に マーベルコミックのヒーローを、当時43歳のロバート ダウニージュニアが演じて、大ヒットした。監督、ジョン ファブローは、「アイアンマン1」と「アイアンマン2」を監督して、アイアンマンのガードマン兼、運転手のハッピー ホーガンの役を映画の中で演じているが、監督が シェーン ブラックに変わった、「アイアンマン3」でも、変わらず、ハッピー役を演じていた。自分の映画にちょい役で出演する、って ヒッチコックのようだが、本人がとても嬉しそうに役を演じていて微笑ましい。

アイアンマンこと、トニー スタークは、スターク財閥の御曹司で、天才的な物理学者の発明家だ。武器を生産して莫大な利益を得ていたが、自分が開発したクラスター型ミサイルを、米軍に売り込もうとしてアフガニスタンで、ゲリラに誘拐される。このときミサイルの誤爆でクラスターの破片が トニーの心臓に刺さり、死ぬところだったが、自分と同じように誘拐されていた医師によって、バッテリーで心臓に電磁石で破片を引き留めておかれて命を救われる。この時以来、トニーは熱プラズマ反応炉、アークリアクターを心臓に埋め込んで、生き延びてきた。誘拐され、犠牲者を出しながら生還できた経験から、自分の作った武器が戦争に使われ、人々が死ぬことを 深く反省し、今後は人の為になる生き方をする決意をする。
自分の体内に埋め込んだ生命維持装置、アークリアクターと同様のエネルギーを使ったアイアンスーツを開発して、トニーは、今まで人にできなかったパワーを駆使して弱者を守る正義のヒーローへと変わっていく。

「アイアンマン2」では、大活躍して悪者をやっつけてくれるヒーローのアイアンマンが、トニー スタークであることを、メデイアに発表してしまって、依然からのプレイボーイぶりに拍車がかかる。独身、大資産家、天才的な発明家、無敵のアイアンマン、、、これが、もてはやされないわけがない。ハメを外して、秘書のペッパー(グイネス パルトロウ)に叱咤され、結局 トニーは、社長業をペッパーに譲り、自分はアイアンマンの開発と研究に集中することにする。そこまでが、アイアンマン1と2のお話で、その次からは、映画「アベンジャーズ」で、マーベリックコミックのヒーローが全員集合して、米国を襲ってきたエイリアンと戦うというお話に引き継がれていった。

「アイアンマン3」のスト―リーは、
トニー スタークは、エイリアンの襲撃を、「マイテイーソウ」や「ハルク」や、「キャプテンアメリカ」や「ブラックウィドー」と一体なって、戦い、米国を守ることができたが、またいつ、どんな敵が襲ってくるのか、、、トニーは、不安になると、急に呼吸ができなくなるパニックアタックに陥るようになった。おまけに米国防省は、アイアンマンパワースーツの秘密を国に提出するように命令するが、トニーに拒否されてからは、国の安全をアイアンマンに任せる訳にはいかない と、トニーとは距離を置くようになった。トニーは 仕方なく、アイアンマンパワースーツの開発に没頭する。彼は、離れていても、スーツの着脱ができるように、腕にセンサーを埋め込んで、遠隔操作ができるパワースーツを開発していた。研究室では、パワースーツももう42体を数えるようになった。

そんなある日、突然、謎のロケット砲撃を受けて、トニーは、自分の豪邸も研究室もすべて破壊されてしまった。犯人は、聞いたこともない敵「マンダリン」という組織だという。主犯は、13年前に、遺伝子操作で不死身の体をもった人間を作る技術をトニーに売り込んだが、鼻で笑われて以来、アイアンマンを破壊する計画に着手していたアルドリッチ キリアン博士だった。博士は自分が障害者だったが この再生医療の技術で不死身の体となった。大統領を誘拐して、国を自分の思う通りのスーパーパワーをもった不死身人間が乗っ取ろうとしていた。それに対抗して国を守ろうとするアイアンマンは、、、、というお話。

アイアンマン2で、トニーがパワースーツを 空中でも装着できるようになって、あっと言わせてくれたが、アイアンマン3では 腕に埋め込んだセンサーで、パワースーツが遠くにいても、トニーのもとに飛んできてくれる。でもまだ開発中だから、中途半端で、やきもきさせられるところが、おもしろい。トニーが拘束されて不死身人間にやられて、もう傷だらけ、、というときに、遠く離れた他の州で、メカに強い少年が修理してくれたアイアンマンパワースーツが 部分ごとに飛んでくる。カシャリと 片足に装着、パワーアップした足で、敵の攻撃を避けているうちに バキューンとマスクが飛んできて頭を防衛してくれて、なんとかしている間に、やっと完全なアイアンマン姿になって、攻防したり、しかし何と言っても開発中だから スーツがトニーに向かって飛んできたと思ったら、互いにぶつかって合体できなくて、ただの「鉄くず」になってしまって、あわてたり とにかくこの遠隔操作がおもしろい。

「アイアンマン」の面白さは、「バットマン」のような悲壮感がなくて、全くノーテンキに明るいところだ。苦労人ロバート ダウニージュニアの人柄でもあるのだろう。大財閥の御曹司で独身プレイボーイで発明家の役を、43歳でやって大成功させ、48歳で最後のアイアンマンを みごとに演じた役者魂も、すごい。
「バットマン」は、幼いときに自分のために両親が暴漢にあって殺されてしまった原罪意識と、自分の閉所恐怖症から逃れられずに苦しむ。「スパイダーマン」も、両親は謎の失踪中、育ててくれた尊敬する叔父さんを自分の過失で殺されてしまう。正義の味方のバットマンもスパイダーマンも 人として、悩みをもっているから ストーリーに深みが出ている。しかし「アイアンマン」には そうした悩みがない。「アベンジャー」のヒーローたち全員で戦わないと、エイリアンに勝てなかったことで、ちょっと落ち込むが、メカ好きの少年に励まされれば、たちまちオッケーだ。そんな陽気でネアカで単純なヒーローも これで最終回だと思うと、寂しい。思い返してみると画面では「アイアンマン3」が 3D画像も、メカも豪華で素晴らしいが、「アイアンマン1」が印象深い。初めてスーツの制作にとりかかり、パワーバランスが悪くて高所から落下したり、PCで3Dの図面を見ながら設計するところなど、今までにないSF満載で、面白かった。PC狂いの男の子など 垂涎ものだったろう。秘書ペッパーとの、間を置いたクールな関係も良かった。

今回の悪者の親分マンダリン(ベン キングスレー)が、実は雇われた役者だった というのには笑った。さすが、ガンジーを演じてアカデミー主演賞をとった役者の演技で、こんな軽い役でも実によく演じている。本物の悪役キリアン博士を演じた ガイ ピアースも怖いほど悪い奴になっていて良かった。

最後、アイアンマンは、自分の渾身の作品アイアンパワースーツを、ペッパーのために全部破壊して、「夜空の星」または「、打ち上げ花火」にしてしまって、自分の動力源アーク リアクターまで投げ捨てて、「アイアンマンパワースーツがアイアンマンではなくて、ぼくがアイアンマンなんだ。」というせりふで終わる。パワースーツがなくても自分は自分という自信を持って、秘書ペッパーと一緒に生きていく、ということだろうが、これでいいのか?ペッパーの望み通り、トニーは、ただの男に戻って、仲良く二人で暮らしましたとさ、、。これでは、おとぎ話の終わり方ではないか。42体のアイアンマンパワースーツよりも、米国の安全保障よりも、ペッパーが大事ということか。犠牲が大きすぎないか。
だいたいアークリアクターがなくなっても、トニーの心臓は大丈夫なのか。おまけに キリアン博士によって遺伝子組み換えでスーパーパワーをもってしまった秘書ペッパーは、もう死ねない不死身体のはず、そんな二人が幸せに暮らしていけるのか???というような細かいプロットの矛盾については、言及しないのが、賢いSFアクション映画を観るときの「お約束」だ。
見ていて、とにかく楽しい。
大型娯楽作品は、まず観て、そして楽しまなければ損だ。

監督:シェーン ブラック
キャスト
トニー スターク :ロバート ダウニー ジュニア
ペッパー ポッツ :グイネス パルトロウ
マンダリン     :ベン キングススレー
キリアン博士   :ガイ ピアース
ジェームス ローズ中佐  :ドン チーデル
ハッピー ホーガン運転手:ジョン ファブロー

2013年4月23日火曜日

映画 「コンチキ」


   
ノルウェー映画
原題:「KON-TIKI」
監督:ヨアキン ローニング
   エスパン サンドベルグ
2013年アカデミー賞、ゴールデングローブ賞候補作

ノルウェーの人類学者で冒険家、トール ハイエルダーによる「コンチキ号漂流記」(偕成社)や、「コンチキ号探検記」(ちくま文庫、河出文庫)は、子供の時に、夢中で読んで、愛読した。冒険物語の中でも ピカイチ。ドキドキワクワクの連続だ。実際に、ハイエルダーがコンチキ号で、南米から南太平洋まで航海したのは、1947年だが、彼の航海記は、いま読んでも大人も子供も楽しめて、全く古さを感じさせない。ユーモアたっぷりで、ウィットに富んだ、気品のある文章は、いつまでも人を惹きつける。20世紀の名著の一つだそうだ。

実際航海中に クルーによって撮影されたフイルムは、長編ドキュメンタリーに編集されて、1951年のアカデミー賞、長編ドキュメンタリー賞を受賞している。

コンチキとは、インカ帝国の太陽神ピラコチヤ コンチキの名前からきている。ノルウェーの人類学者トール ヘイエルダールは、南太平洋ポリネシアの島々を学術調査して、ポリネシアの神々がインカ帝国のそれに酷似していることや、人々が東からやってきたと、言い伝えられていることから、ポリネシア人は 南米から移ってきた民族であることを確信する。当時、ポリネシア人が はるか、8千キロもの海を渡って 南米から来たという学説を信じる者はいなかった。そこで、彼は、自説を証明しようと、コンチキと名付けた「いかだ」を作り、南米から南太平洋に向かう計画を立てた。インカ帝国を征服したスペイン人の残した図面をもとに、バルサという南米産の常緑樹や、松、竹、マングローブなどを使って、いかだを組み、麻でマストを作る。何の動力もつけずに、風と、フンボルト海流を頼りに、5人のクルーとともに、太平洋を渡る。

南米ペルーを1947年4月に出発、102日後の8月に、彼らは、遂にポリネシアのツアモツ諸島に到着。7000キロ余りの距離を航海して、ペルーからポリネシアまで 人々が海流にのって移動することができることを証明した。ポリネシア人の先祖が南米のインデアンだという学説が証明された形になったが、のちに、ヘイエルダールの学説は否定される。DNAなど、科学的な調査によって いまではポリネシア人はアジアを起源とすることが、定説になっている。
しかし、ヘイエルダールはいつまでも、ノリウェーの英雄であることに変わりはない。現在、コンチキ号は、ヘルシンキの博物館に展示されている。

2006年に、ヘイエルダールの孫たち6人が、再びコンチキ号を作って、ペルーから太平洋を横断する航海に挑戦した。ヘイエルダールが作ったのと同じ、いかだを作り、ポリネシアに渡った軌跡をなぞることによって、今日の海洋汚染が海中動物や植物にどのように影響しているかを調査するのが目的だったそうだ。60年経っても ヘイエルダールの冒険心は、孫の代まで受け継がれているようだ。

映画は 今年のアカデミー賞候補になったが、受賞にならなかったのは、アング リーの「ライフ オブ パイ」の同じような海の漂流ものが重なったのが不運だったのかもしれない。映像の魔術師、アング リーの鮮やかな色彩の氾濫、光と影の芸術、最新技術を駆使しての映像美には、誰も勝てはしない。
しかし、「コンチキ」の自然描写も、秀逸だ。海から日が昇り、海に日が沈む。サメの襲撃による恐怖、くじらの群れとの交流、光り輝くクラゲの遊泳、降るほどの星々。

ハイエルダールの描き方も良い。自分の学説の曲げず、それを証明するために学識者や「ナショナルジェオグラフィー」や、新聞社などから 航海に必要な資金を集めようと、足を棒にして回るが、一向に資金提供者を見つけられない。ペルー大使に直談判して 誇り高いペルー民族が ポリネシア人の先祖だと、熱心に説得して資金を引き出すところなど、涙ぐましい。航海のクルー探しでも、経験者を集められず、やってきたのは、冷蔵庫のセールスマンで、海を知っているどころか、泳ぐこともできない男だ。
やがて航海が始まり、6人6様の個性の強い男たちが、協力したり、ぶつかったり、いがみ合ったりするが、キャプテン ハイエルダールのいつも穏やかな人柄が救いになる。

唯一の外部との連絡を果たす無線機がだめになっても、現在位置がわからなくなっても、客観的にみて、全く希望がないように思える局面でも、自分の根底に楽天性をもち、自分を信じることが大切だということが よくわかる。冒険物語はいつも自分を励ましてくれる。だから、読むのも、見るのも大好き。
この映画をみていると、ノルウェー人にとって、いかにハイエルダールが、大切な存在で、みなが誇りにしているかがわかる。アムンゼンにしても、本当に立派な冒険者たちを生んだ国だ。
 6人のクルーとキャスト
トール ハイエルダール :パル ヘイゲン
エリック ヘイゼルベルグ:オッドマグナス ウィルアンソン
ベント ダニエルソン  :グスタフ スカルスガード
クント ホーグラン   :トビアス サンテマン
トルステイン ラビー  :ヤコブ オフテブロ
ヘルマン ワジンガー  :アンドレア クリスチャン
Kon-Tiki -- The legendary explorer Thor Heyerdal's epic 4,300 miles crossing of the Pacific on a balsa wood raft in 1947, to prove that this could have been done in pre-Columbian times for South Americans to settle in Polynesia.

2013年4月22日月曜日

小野伸二、がんばる

      

4月2日の日記で、小野伸二が シドニーパラマッタを拠点とするサッカーチーム、ウェスタンシドニーワンダラーズで、大活躍していることを報告した。
小野伸二、33歳、背番号21、ポジションはMID、25ゲームで8ゴールを成功させ、さらにチームを、レギュラーシーズンで、みごと、優勝させた。トニー ポポヴィッチ監督は、今年の最優秀監督賞を受賞した。新造チームが 10チームあるプロのチーム戦で 上位に食い込むことは不可能と言われていたにも関わらず、強豪チームを次々と破り、優勝したのは、胸のすくような快挙。昨年9月に小野伸二が 加わってからは小野の人気はすごい。試合ごとに、オージーファンが、オーノ、オーノ、を連呼していた。

昨日の午後、サッカーのグランドファイナル戦があった。レギュラーシーズン戦とは別に、10チームの総合点を上げた2チームが、最終的に戦う、いわばオーストラリアで一番強いサッカーチーム王者決定戦だった。小野伸二のウェスタンシドニーワンダラーと、セントラルコースト マリナーズとが試合をした。マリナーズは、過去3回続けて優勝している強豪チームだ。どちらのチームも、熱狂的なファンが多い。観客は、どちらもチームの選手たちと同じシャツを着て、応援に来る。でも、昨日は地元、シドニー勢のウェスタンシドニーワンダラーの、赤と黒の縞のシャツを着たファンがずっと数では多く、試合前から異様な盛り上がり方をした。オリンピック会場につめかけたのは、4万2千人余り。4万2千人と軽く言うが、シドニーの人口は、376万人だ。野球の巨人戦で東京ドームに2万人集まるといっても、東京の人口は 1千322万人だ。これまで、これほどサッカーの試合が 盛り上がることはなかった。シドニーでサッカーがこれほど熱くなっていて、それを日本人の小野が機動力になっている。

試合結果は0対2で、ウェスタンシドニーワンダラーは、優勝を逃した。善戦したが、前半で得点をあげられ、後半、ペナルティキックで点を取られた。SBS国営テレビのサッカー解説者で、自分もサッカーのエースだった クレイグ フォスターは、試合を振り返って、「2回もペナルテイーを取られた。これについては賛否両論あるだろう。」と言っていた。サッカーのペナルテイーは、たった一人のレフリーの判断に任される。公正な判断だったか、疑問をもつことも多い。
小野もシュートしたが、得点にならなかった。残念。

グランドファイナルには 優勝できなかったが、ともかくも、レギュラーシーズン戦ではチームは、優勝した。小野は 今年の契約延長にサインした。
ニュースでも、小野の顔写真を引き伸ばしたお面を、オージーの子供たちがかぶって、オーノーオーノー、シージー シージーと黄色い声を上げて声援している。小野伸二の活躍が 嬉しい。

2013年4月18日木曜日

映画 「オブリビオン」

    

映画「オブリビオン」を観た。原題「OBLIVION」アメリカ映画、サイエンスフィクションアクション。日本での公開は 5月31日。
監督:ジョセフ コジンスキー
キャスト
ジャック:トム クルーズ
ビーチ :モーガン フリーマン
ジュリア:オルガ キュリンコ
ビクトリア:アンドレア ライズボロー

ストーリーは
地球はすでに60年前にエイリアン スカブによる攻撃で壊滅していた。生存者はみな、他の惑星に移住している。かつては、米軍海兵隊員だったジャック(トム クルーズ)は、地球に残って、残存するエイリアンの監視と始末をする命令を受けて、小型宇宙船に乗って毎日パトロ-ルしている。まだ、あちこちの洞窟や地下壕のなかに、エイリアンが隠れていて、生き残った人間を攻撃してくる。ジャックは、最新技術を駆使して作られた球形の攻撃型宇宙船で、任務を遂行する。指令は 他の惑星の司令塔から PCを通じて送られてくる。ジャックのパートナー、ヴィクトリアは、危険な任務のために出かけていくジャックを、二人が住んでいるカプセルから PCを通じて見ていて、後方援助する。家は、汚染された地面から、はるかに高い位置に建てられたカプセルで、中で、空気も水も人工的に作られている。

ジャックは 何度も何度も同じ夢を見る。それは、自分がニューヨークのエンパイヤビルデイングの展望台で 美しい女性と微笑みを交わしているシーンだった。そんなある日、パトロールをしていると、突然、大型のシャトルが墜落してきて、地球に激突する。大破したシャトルから、5つの人間を乗せたカプセルが散らばった。ジャックは、生存者を救助しようとするが、ジャックのパトロールマシンは、容赦もなく次々と 人を乗せたカプセルを 攻撃して爆破させる。ジャックは、必死で最後に一つ残ったカプセルを守る。残ったカプセルの中で眠っていたのは、ジャックが これまで幾度も夢で見た、美しい女性だった。

しかし、女性を保護したジャックは、何者かに襲われて拉致される。連れていかれた洞窟の中で、ジャックが対面したのは、マルコム ビーチと名乗る、地球に残ったレジスタンス軍の指揮官だった。そこで、ジャックは驚くべき事実を知らされる。
実は、地球には、エイリアンなど居ないのだった。地球を破壊したエイリアン、スカブは人間の中からジャックのような優秀な人を選んで、そのクローンをたくさん作って、思うまま使用している。ジャックやヴィクトリアも そうして作られたクローンであって、すでに人間ではない。しかし、ジャックは例外的に、人間だったときの記憶をもったまま生きている。
カプセルで眠っていた、美しい女性は、ジュリアという名の女性宇宙飛行士で、60年前に宇宙に飛び立ったNASAのミッションだった。しかも、ジュリアはジャックの妻だった。ジャックは、自分がクローンであって、ジュリアの本当の夫ではない、と知るが、ジュリアは、60年前のジャックの記憶をもったジャックを 自分の夫として受け入れる。

恐らく、マルコム ビーチらのレジスタンスとジュリアは 唯一の地球上の生き残りだろう。レジスタンスは 絶えず攻撃にさらされていた。ついに、司令官ビーチは 敵の攻撃で致命傷を受ける。ジャックは、エイリアン、スカブの本拠地に乗り込むために、捕獲したジュリアをカプセルごと連れていく、と連絡する。ジュリアは、ジャックをうながして、自分が原子爆弾を抱えて、エイリアンの司令塔に入り込み爆破するつもりでいた。ジャックは、それに同意したふりをして、ジュリアを再び眠らせてカプセルに入れて、安全な隠れ家に送り込み、カプセルには、致命傷を受けているビーチを乗せて、司令塔に向かう。二人は、宇宙に浮かぶエイリアンの本拠地に入り込み、爆破する。スカブの本拠地は 木端微塵の宇宙の塵となった。
3年の時が経つ。あれから ジュリアはジャックの子供を生み、泉のほとりの隠れ家で平和に暮らしている。生き残ったレジスタンスたちも健在だ。
というストーリー。

二人乗りの小型ヘリコプターのような 球形の戦闘機を自由自在に繰って、地上や空を飛び回る。真っ白でピカピカ光っている。その乗り物を小型にしたような球形のレーダーつきの戦闘ロボットが いつも 後からついてきて、援護射撃して守ってくれる。男の子ならば 誰もが乗ってみたい乗り物、誰もが夢中になりそうな戦闘ロボット。操縦士は、白い宇宙服を着て、ライフルのような銃を背中に背負っている。小型のバイクも 装備されている。いくつになっても 年を取らない、少年のようなトム クルーズが大真面目な顔で、ちょっと嬉しそうに それを操作している。うらやましい。
地上にそびえたつ、プール付き、寝室、台所付きの住宅カプセルには、戦闘機の発着できるへリポートが付いている。すべてガラス張りで美しい。それで、出かけていけば、訳の分からない玩具のようなエイリアンが潜んでいて、それをバリバリ倒していく。これは、メカ好きな男の子たちのための おとぎ話だ。見ていて、とてもわくわくして、うらやましい。

ふつうSFアクションに女性が出てくると とたんにメロドラマ風に 話がトロくなって、つまらなくなるが、この映画は、そんなことはない。さすが、トム クルーズだ。SFなのに、ラブシーンなどが入ってくると、「そんなことをしている場合じゃないでしょ。地球の存亡がかかってるんだからボヤボヤするんじゃない。」と 激を飛ばしたくなるが、この映画では必要ない。登場するジュリアも ヴィクトリアも人工的近未来の顔をしていて、愛だ恋だとべたつかない。ジャックの妻、ジュリアは宇宙飛行士だし、スカブを倒さないことには 人類の生存が危ぶまれる、と わかればすぐに爆弾を抱えて敵地に飛び立とうとする。立派だ。最後に3歳になった娘が出てきて、ふむふむ、そんな時間があったんですか、という感じ。ジュリアを演じたオルガ キュリエンコという女性、日本人かと思ったが、可憐で可愛い。SFだから、頭の良い人が見ると細かいプロットで理屈に合わないとか、科学的でないとか、地球上で生き残ったのはレジスタンスだけで動植物はどうなったのか、とか、放射線で破壊されつくした地球に他の惑星から指令がどうやって届いたのかとか、いろいろ、よくわからないところもあるだろうが、深く考えないで、画面を楽しむのが良い。

安物のSFでなくて、120ミリオンドルというような、沢山のお金をかけて、こういった美しいSFの映像を作り出すことができるハリウッド映画。やっぱり楽しい。見る価値はある。

http://www.imdb.com/title/tt1483013/

2013年4月16日火曜日

映画「ハイドパーク オン ハドソン」

     

月刊雑誌「文芸春秋」のはじめの数十ページは、いつも、その時々の様々な分野で活躍している人のエッセイが載る。そこで、誰の文だったか忘れたが、大学教授のエッセイで、彼が「日本は昔、アメリカと戦争したから、、」と話し出したら、受講中の学生たちが「えええー?」と心底吃驚した とあった。それで、教室のざわめきが静まったとき、一人の男子学生が恐る恐る、「、、、で、どっちが勝ったんですか?」と、教授に聞いたという。これには、たまらず、おなかを抱えて笑った。
また、もうすこし前の、やはり文芸春秋のエッセイで、ある美術大学教授が 自分が子供の時、B29に焼け出された話を 学生たちに聞かせたら、「えー?そんなに濃い鉛筆があるんですか?」と、問われたという。B29は、B1 とかB2と、数字が上がるほど太くなって、濃くなる鉛筆のことかと思ったらしい、と。
新人類だか、幼稚園大学生だか、ニートだか、ノマドだか、異星人だか、なんか知らないが、自分の国がそれほど昔でもない過去に、とんでもなく無鉄砲な戦争をして、米国の占領下に置かれたことがある現代史くらいは、知っていたほうが良い。その前時期に、今がとてもよく似ているように思えるから。

映画「ハイドパーク オン ハドソン」を観た。日本が太平洋戦争で戦った、相手国アメリカの当時の大統領、フランクリン ルーズベルトの晩年のエピソードを映画化したもの。ルーズベルトをビル マーレイが演じていて、今年のゴールデン グローブ最優秀男優賞の候補になった。
ルーズベルトと言えば、日本人にはなじみ深い顔だ。小学校高学年の教科書には、スターリン、チャーチルに並んで、彼がサインをする「ヤルタ会議の3人」の写真が載っている。この3人が戦後社会の舵取りとなった。
民主党出身。第32代大統領(1933-1945)で、アメリカ政治史で、唯一、4選された大統領。アメリカで最も高く評価されている大統領でもある。ニューヨークハイドパーク生まれ。裕福で 政治色の強い家庭で育ったユダヤ人。第一次世界大戦後の世界恐慌のなか、自分の信じるケインズ福祉国家を実行し、ニューデール政策をとって景気を回復させ、世界恐慌のどん底からアメリカを救った。また、当時各家庭にようやく普及したラジオを通じて、初めて国民に、じかに対話をした。
しかし、大戦中、在米日本人から財産を奪い、強制収容所に送り、アフリカ系アメリカ人の公民権運動を徹底して妨害した人種差別主義者だった。日本の敗戦を見ずして、直前に心臓麻痺で急死した。

監督:ロジャー ミッチェル
キャスト
ルーズベルト:ビル マーレイ
英国国王ジョージ6世:サミュエル ウェスト
クイーンエリザベス :オリビア コールマン
デイジー    :ローラ リネイ
ストーリーは
第二次世界大戦前夜。
アメリカ社会は 世界恐慌から抜け出しつつあったがフランクリン ルーズベルトの責任は重い。ヨーロッパでは、ドイツ、ナチスの力が拡大する一方で、脅威となっていたが、イギリスではジョージ5世が亡くなり、長男のエドワードが、ナチス、ヒットラーと密接な関係をもったシンプソン夫人と再婚するために、王位を捨てた。このため予想も期待もしていなかった若く、吃音障害をもつ次男のジョージが王位を継承する。1939年。ジョージ6世は、初めてアメリカに渡り、大統領に会う。国王は、チャーチルをはじめ、議会に押される形で、ルーズベルトに不穏なヨーロッパ情勢に理解を得、ナチスドイツにアメリカが組しないという約束を、是が非でも取り付けなければならなかった。

ルーズベルトは小児麻痺で 下半身麻痺の障害者だったが 彼には妻エレノアと愛人で秘書のルーシーが居た。そこに彼は 長年のお気に入りだった遠縁のデイジーを迎えた。デイジーは、田舎から出てきてルーズベルトの身辺の世話を頼まれるが、ハイドパークの自宅の裏に小屋を建てたのは、引退後は’デイジーと暮らすためだ、ルーズベルトに告白されて、舞い上がる。デイジーが恋心を募らせていると、じつはその小屋で、ルーズベルトと秘書が逢引していることを知ってしまう。一時は田舎に帰ったデイジーだったが、実家に迎えに来たルーズベルトをみて、デイジーは第3番目の女として 彼のために生きる決意をする。

一方、クイーンエリザベスを同伴してアメリカに渡り、ニューヨーク、ハイドパークまでやってきた英国王ジョージ6世は イギリスと違って、自分たちを歓迎する人垣もなく、警備もなく、イギリス史式礼儀をわきまえないアメリカの人々の対応に驚愕し、腹を立て、困惑していた。椅子に座ったまま出迎えるアメリカ大統領、、、「ハイネス」と呼ばずに、「ねえーあなたのこと エリザベスって呼んでいい?」と妻エレノアに聞かれて、「NO」と強く否定する王妃、、、。アメリカ人の友達のような馴れ馴れしい態度、客を迎えることに慣れていない使用人たちの礼儀を失した態度、到着翌日には アメリカンインデアンのダンスを見ながらホットドッグパーテイーをするという。英国王には、ホットドッグというようなアメリカ下層労働者の食べ物を 写真で見たことがあるが、どうやって食べるものなのか想像もつかない。意表を突いたアメリカ川の受け入れ態度に 若い国王は困惑するばかりだった。

しかし国王は自分の父親ほどの年齢のアメリカ大統領に、次第に惹かれていく。チャーチルからイギリスの命運がかかった手紙を持たされてきた緊張は、ルーズベルトとのフランクな会話でほぐされて、癒される。国王は、大統領と互いに心を許し合えたと同様に、イギリスとアメリカが 強い絆で結ばれていることを確信する。ジョージ6世は、チャーチルの手紙を渡さずとも、立派にミッションを務めることができ、帰国する。
やがて、時がたちルーズベルトは、終戦を待たずに亡くなり、デイジーも死ぬ。彼女の残した日記から、ルーズベルトの秘められた生活が明らかになった。
というお話。

優秀な政治家で、ニューディール政策で、アメリカ経済のどん底から救ったルーズベルトの私生活の秘話を いま映画化する必要があるのだろうか。映画「ヒッチコック」でも 立派な業績を残して、いまだに彼ほどの天才的な映画監督はいないと、高く評価されている監督の私生活が 今になって表に出て映画化されて、私は悲しかった。なんだ、男としてはサイテーな奴だったのか、と女性の目で見て思う。
まあ、昔は女はみな男に依存するしかなかったし、女は社会的地位がなかったし、という事情はわかるが、昔でも立派な男はいた。自分なりに倫理観を持ち、女性を人間として自分と対等の価値を認め、自分の命と同じに愛する相手を大切にした男たちは、どんな時代にも、どんなところにも居た。だから、秘書兼、愛人の女に彼を「シェアしていきましょ。」と言われて、それを許して、3番目の女になるデイジーには、共感のかけらも持てない。

ジョージ6世がとても良い。初めて訪れたアメリカで、誰も国王を見ていないのに、人にすれ違うたびに帽子をとって、とっておきの笑顔で挨拶する国王、自分自身に自信を持てないで、緊張で吃音を繰り返す悩める国王。単刀直入に息子に話しかけるようにして話す ルーズベルトの話術にはまって、徐々に自信を取り戻す国王の気持ちが 映画を見ていてとてもよくわかる。厳格すぎる父親から愛情をもって接することがなかった国王、、次男であるため、何の期待もされずに育った恥ずかしがりやの国王が、ルーズベルトに息子扱いされて、うれしくなり、有頂天になる姿が、痛ましく、また共感を呼ぶ。映画「英国王のスピーチ」も良かったが、この映画のシーンも良い。ビル マーレイの大仰な演技や、ローラ リネイのやぼったさには、まいったが、ジョージ6世の サミュエル ウェストの演技に救われた。



2013年4月6日土曜日

浅田次郎の小説「蒼穹の昴」

      

浅田次郎の小説が好きだ。人間に対する優しい目差しが感じられる。彼は物書きのプロ、ストーリーテラーの名人だが、手作りで自分の世界を紡いできた人の、文章に対する真摯な眼差しが好ましい。悲惨で、客観的に見たら残酷な人生を歩んでいる人の生と死を描いても、皮肉や裏切りやあざとさとは縁がなく、あくまでも人の道に対して真っ直ぐで、優しい。宮本輝にも共通する、人への愛があり、ある種の陽気で楽天的な明るさが根底にある。

彼の「鉄道員」は名作だが、このような切れ味の良い短編も良いが、長編も良い。彼の トレジャーハント(宝探)しシリーズ、とでもいうか「シェイラザード」と、「日輪の遺産」と「蒼穹の昴」を続けて読んだ。「シェイラザード」は、昭和20年に台湾沖で2000人余りの人命と膨大な帝国陸軍の金塊を乗せたまま沈んだ、弥勒丸の引き上げに集まった男女の物語。「日輪の遺産」は、終戦直後、帝国陸軍がフィリピンのマッカーサーから奪った200兆円に値する金を、終戦時の混乱のなかで、隠した軍人たちのお話。
「蒼穹の昴」は、清国の財宝、1000カラットのダイヤモンド(龍玉)を乾隆大皇が、人目の届かぬ台地の奥底に封じ込める、お話だ。3つの小説の中で、「蒼穹の昴」1-4巻が一番面白かった。これだけ中国の現代史に通じ、歴史的人物に絡めて、物語を作るには、どれほどの史実を調査し研究し、歴史を読み込んできたのか、、、彼が検証した資料の束がどれほどのものだったか、想像すると、気が遠くなる。読んでいると、北京の街並みのたたずまいや、様々な人々が交差する様子が、映像を見ているかのように、生き生きと想像できる。本物の小説家というのは、こんな人を言うのだろう。

ストーリーは
時代は清朝末期。
河北省静海の地主の次男、梁文秀(リアン ウェンシユウ)は、地主の息子だが 変わり者で、貧民で牛の糞を拾って売り歩く李春雲(リーチュンユン)の死んだ兄と幼馴染の遊び友達だったことから、気軽に春雲の話し相手になってやったりする。文秀は「科挙」の試験を受けるために、上京するが、占い師に’将来天下の財宝を手中に収めるであろう、と予言された春雲を連れていく。
梁文秀は みごと科挙の試験を主席で突破して、政府の官僚となる。学問も財力もない春雲は 自ら男性器を切り落として宦官となって、西太后慈禮(シータイホウツーシー)に仕える。大清国を君臨して観劇と飽食に明け暮れる西太后は、みごとな舞を見せる春雲を手元に置いて可愛がる。しかし、列強国に囲まれた清国は、植民地化しようとする日本やヨーロッパ諸国の侵略を受け 外部の力によって音を立てて壊れていく。清国を近代化して延命しようとする改革派の梁文秀と、西太后を守って清国を延命させようとする李春雲の命は、4億の中国人の命とともに 激動の歴史の流れに投げ出され翻弄される。
というお話。

清朝6代目、韓隆大皇は、「バイカルのほとり、ゴビ砂漠の果て、ヒマラヤの峻嶮な峰から、南蛮の島々まで史上空前の大帝国を作り上げた」人だ。1000カラットの龍玉を家宝とする。彼の知識の源であり、生涯の心の友が、ヴェネチアからイエズス会を通じて派遣されたイタリア人、ジュゼッペ カスチリョーネだった。ダヴィンチの再来と言われた画家で、技師で、天文学、生物化学にまで通じている学者だ。彼はジョバンニ、バチスタ,テイアポロなど、ベネチア時代の先輩だった。当時、アントニオ ヴィバルデイもイエズス会から中国に派遣されようとしていたがヴィバルデイは 直前に逃亡、カスチリョーニは、ひとり清国に渡って、若い韓隆に教育を施し、西洋の科学を教え、芸術を伝えた。
利発な子供だった韓隆が、カスチリョーネに与えられた望遠鏡をみて、地球が円いことに気が付くシーンは感動的だ。のちにキリスト教が禁止されたあとでも、カスチリョーネの機転で 孤児院が運営され、そこでガラス作りや工芸作品が引き継がれていくシーンも印象深い。

清国は、もともとタルタル女真族の連邦体だ。漢人ではない。タルタル族大ハーンの子孫、韓隆の直系は、西太后の他に置いてはいない。清国末期には、長すぎる西太后の治世が続き、暗殺未遂も起きるが、これはタルタル族内部の内紛が原因だった。内部紛争から清朝崩壊へと、なし崩しに会う清国では、満州旗人か、漢人か、国の存亡に危機にあっても、民族の血の濃さが権力を決めるのだ。
一方、列強諸国は、帝国主義日本も、欧州の国々も 寄ってたかって清国を侵略、分割しようとしていた。日本は遼東半島を強奪するだけでなく満州王国を我が物にした。ロシアは’旅順、大連を獲得しようと、待ち構え、フランスは広州湾の租借をとり、雲南で鉄道を施設、それを起点に植民地化を狙っていた。イギリスは香港、九龍半島全部を自分のものにして、ポルトガルはマカオを摂取した。アヘン戦争で中国を思いのまま蹂躙した英国は、香港を99年間租借するというこう交渉までしていて、植民地化は、1997年まで’続いたのだ。

宦官制度の描写がすごい。手術による死亡も稀ではない。切り落とした男性器は「宝貝」パオペイと言い、雇い主に担保として取られ、移動にたびに見せなければならない。勤め上げて この担保を買い戻せればよいが、できなければ一生借金を背負うことになる。李春雲は 手術台が払えない為、自分で手術する。彼のように貧しいゆえに、餓死するか、占い師の言葉を信じて宦官として出世するか 二者択一しかできないとしたら、人はどちらを選ぶだろうか。

中国の歴史を学ぶと必ず出てくる「科挙」という国家試験制度を、文秀は通過するところが 興味深い。身分に関係なく秀才が唯一出世できる試験のために、全土から優秀な若者が集まって上京してくる。省の試験に合格して、挙人となり、中央の会試を突破して、「進士」となって、国政に携わる。試験問題が 実際の国の外交戦力を問うもので、それらの問いに、若い進士達が次々と実践的な答えをしていくところが 感動的だ。日本の一級国家公務員試験など、この進士試験のように、国家政策を自分で述べる質疑応答だと、おもしろい。例えば、「シリアの反政府勢力を支持しながら、どのように対露、対中外交を進行させるのか。」とか、「5%の消費税を上げずに効率的に税収入を増やすには、」とか、返答をすべて漢語で書かせるとか。
同じ年に進士となった、文秀と、王逸(ワンイー)と、順桂(ジュンコイ)の3人の友情が素晴らしい。国を背負って行く若々しい官僚たちの熱意と知性。そんな新しい清国への改革が 次々とつぶれて、誇り高い若者たちに 3人3様の悲劇が待ち構えている。

登場人物がみな魅力的だ。
清国改革派の梁文秀と、西太后を自らの命を懸けて守る李春雲、清国外交の命運を握る李鴻章将軍(リーホンチャン)、光緒帝、軍の権力を握る栄禄(ロンルー)、春雲に愛される宦官の蘭琴(ランチン)、春雲の妹 玲玲(リンリン)、カスチヨリーネ神父、フランス人ファビエ神父、ニューヨークタイムス記者のトマス バートン、会津藩士族出身の新聞記者、岡圭之助、、、どの登場人物にも魅力があって、忘れられない。

清朝末期の歴史の重みに圧倒され続けて4巻まで読み進んだ。そして、今さらながら中国という国の大きさに目を見張る。3000年の歴史に人類の知恵が詰まっている。大国中国、こんな国と戦争をしてはいけない。日本は大陸から分離した今、大陸をマザーランドと呼ぶ、小さな島国にすぎないのだから。