月刊雑誌「文芸春秋」のはじめの数十ページは、いつも、その時々の様々な分野で活躍している人のエッセイが載る。そこで、誰の文だったか忘れたが、大学教授のエッセイで、彼が「日本は昔、アメリカと戦争したから、、」と話し出したら、受講中の学生たちが「えええー?」と心底吃驚した とあった。それで、教室のざわめきが静まったとき、一人の男子学生が恐る恐る、「、、、で、どっちが勝ったんですか?」と、教授に聞いたという。これには、たまらず、おなかを抱えて笑った。
また、もうすこし前の、やはり文芸春秋のエッセイで、ある美術大学教授が 自分が子供の時、B29に焼け出された話を 学生たちに聞かせたら、「えー?そんなに濃い鉛筆があるんですか?」と、問われたという。B29は、B1 とかB2と、数字が上がるほど太くなって、濃くなる鉛筆のことかと思ったらしい、と。
新人類だか、幼稚園大学生だか、ニートだか、ノマドだか、異星人だか、なんか知らないが、自分の国がそれほど昔でもない過去に、とんでもなく無鉄砲な戦争をして、米国の占領下に置かれたことがある現代史くらいは、知っていたほうが良い。その前時期に、今がとてもよく似ているように思えるから。
映画「ハイドパーク オン ハドソン」を観た。日本が太平洋戦争で戦った、相手国アメリカの当時の大統領、フランクリン ルーズベルトの晩年のエピソードを映画化したもの。ルーズベルトをビル マーレイが演じていて、今年のゴールデン グローブ最優秀男優賞の候補になった。
ルーズベルトと言えば、日本人にはなじみ深い顔だ。小学校高学年の教科書には、スターリン、チャーチルに並んで、彼がサインをする「ヤルタ会議の3人」の写真が載っている。この3人が戦後社会の舵取りとなった。
民主党出身。第32代大統領(1933-1945)で、アメリカ政治史で、唯一、4選された大統領。アメリカで最も高く評価されている大統領でもある。ニューヨークハイドパーク生まれ。裕福で 政治色の強い家庭で育ったユダヤ人。第一次世界大戦後の世界恐慌のなか、自分の信じるケインズ福祉国家を実行し、ニューデール政策をとって景気を回復させ、世界恐慌のどん底からアメリカを救った。また、当時各家庭にようやく普及したラジオを通じて、初めて国民に、じかに対話をした。
しかし、大戦中、在米日本人から財産を奪い、強制収容所に送り、アフリカ系アメリカ人の公民権運動を徹底して妨害した人種差別主義者だった。日本の敗戦を見ずして、直前に心臓麻痺で急死した。
監督:ロジャー ミッチェル
キャスト
ルーズベルト:ビル マーレイ
英国国王ジョージ6世:サミュエル ウェスト
クイーンエリザベス :オリビア コールマン
デイジー :ローラ リネイ
ストーリーは
第二次世界大戦前夜。
アメリカ社会は 世界恐慌から抜け出しつつあったがフランクリン ルーズベルトの責任は重い。ヨーロッパでは、ドイツ、ナチスの力が拡大する一方で、脅威となっていたが、イギリスではジョージ5世が亡くなり、長男のエドワードが、ナチス、ヒットラーと密接な関係をもったシンプソン夫人と再婚するために、王位を捨てた。このため予想も期待もしていなかった若く、吃音障害をもつ次男のジョージが王位を継承する。1939年。ジョージ6世は、初めてアメリカに渡り、大統領に会う。国王は、チャーチルをはじめ、議会に押される形で、ルーズベルトに不穏なヨーロッパ情勢に理解を得、ナチスドイツにアメリカが組しないという約束を、是が非でも取り付けなければならなかった。
ルーズベルトは小児麻痺で 下半身麻痺の障害者だったが 彼には妻エレノアと愛人で秘書のルーシーが居た。そこに彼は 長年のお気に入りだった遠縁のデイジーを迎えた。デイジーは、田舎から出てきてルーズベルトの身辺の世話を頼まれるが、ハイドパークの自宅の裏に小屋を建てたのは、引退後は’デイジーと暮らすためだ、ルーズベルトに告白されて、舞い上がる。デイジーが恋心を募らせていると、じつはその小屋で、ルーズベルトと秘書が逢引していることを知ってしまう。一時は田舎に帰ったデイジーだったが、実家に迎えに来たルーズベルトをみて、デイジーは第3番目の女として 彼のために生きる決意をする。
一方、クイーンエリザベスを同伴してアメリカに渡り、ニューヨーク、ハイドパークまでやってきた英国王ジョージ6世は イギリスと違って、自分たちを歓迎する人垣もなく、警備もなく、イギリス史式礼儀をわきまえないアメリカの人々の対応に驚愕し、腹を立て、困惑していた。椅子に座ったまま出迎えるアメリカ大統領、、、「ハイネス」と呼ばずに、「ねえーあなたのこと エリザベスって呼んでいい?」と妻エレノアに聞かれて、「NO」と強く否定する王妃、、、。アメリカ人の友達のような馴れ馴れしい態度、客を迎えることに慣れていない使用人たちの礼儀を失した態度、到着翌日には アメリカンインデアンのダンスを見ながらホットドッグパーテイーをするという。英国王には、ホットドッグというようなアメリカ下層労働者の食べ物を 写真で見たことがあるが、どうやって食べるものなのか想像もつかない。意表を突いたアメリカ川の受け入れ態度に 若い国王は困惑するばかりだった。
しかし国王は自分の父親ほどの年齢のアメリカ大統領に、次第に惹かれていく。チャーチルからイギリスの命運がかかった手紙を持たされてきた緊張は、ルーズベルトとのフランクな会話でほぐされて、癒される。国王は、大統領と互いに心を許し合えたと同様に、イギリスとアメリカが 強い絆で結ばれていることを確信する。ジョージ6世は、チャーチルの手紙を渡さずとも、立派にミッションを務めることができ、帰国する。
やがて、時がたちルーズベルトは、終戦を待たずに亡くなり、デイジーも死ぬ。彼女の残した日記から、ルーズベルトの秘められた生活が明らかになった。
というお話。
優秀な政治家で、ニューディール政策で、アメリカ経済のどん底から救ったルーズベルトの私生活の秘話を いま映画化する必要があるのだろうか。映画「ヒッチコック」でも 立派な業績を残して、いまだに彼ほどの天才的な映画監督はいないと、高く評価されている監督の私生活が 今になって表に出て映画化されて、私は悲しかった。なんだ、男としてはサイテーな奴だったのか、と女性の目で見て思う。
まあ、昔は女はみな男に依存するしかなかったし、女は社会的地位がなかったし、という事情はわかるが、昔でも立派な男はいた。自分なりに倫理観を持ち、女性を人間として自分と対等の価値を認め、自分の命と同じに愛する相手を大切にした男たちは、どんな時代にも、どんなところにも居た。だから、秘書兼、愛人の女に彼を「シェアしていきましょ。」と言われて、それを許して、3番目の女になるデイジーには、共感のかけらも持てない。
ジョージ6世がとても良い。初めて訪れたアメリカで、誰も国王を見ていないのに、人にすれ違うたびに帽子をとって、とっておきの笑顔で挨拶する国王、自分自身に自信を持てないで、緊張で吃音を繰り返す悩める国王。単刀直入に息子に話しかけるようにして話す ルーズベルトの話術にはまって、徐々に自信を取り戻す国王の気持ちが 映画を見ていてとてもよくわかる。厳格すぎる父親から愛情をもって接することがなかった国王、、次男であるため、何の期待もされずに育った恥ずかしがりやの国王が、ルーズベルトに息子扱いされて、うれしくなり、有頂天になる姿が、痛ましく、また共感を呼ぶ。映画「英国王のスピーチ」も良かったが、この映画のシーンも良い。ビル マーレイの大仰な演技や、ローラ リネイのやぼったさには、まいったが、ジョージ6世の サミュエル ウェストの演技に救われた。