2020年9月6日日曜日

ノーランの新作映画「TENET」

原題:「TENET」


監督: クリストファー ノーラン
音楽: ルドヴィグ ゴランソン

キャスト
主人公プロタゴニスト:ジョン デヴィッド ワシントン
ニール       : ロバート パテインソン
ロシア人大富豪セイター :ケネス プラナー
セイターの妻、キャット :エリザベス デッキ
サーマイケル クロスビー:マイケル ケイン
インド人武器商人スーザン:デインプル カパテイア

ストーリーは
ウクライナのオペラハウス。盛装した紳士淑女たちがオペラの開始を待っている。突然そこに、ガスマスクを装着した特殊部隊が突入、空機構から催眠ガスを流して聴衆を眠らせたあと、一つ一つのボックス席のドアを蹴破り一人のアメリカ人を探し始める。特殊部隊の目的は、このアメリカ人と彼が敵から盗み出したプルトニウムを、保護、奪還することだ。特殊部隊の一員、主人公プロタゴニストー(彼の名前がなくてプロタゴニストとされているが、その言葉のイメージと役者のジョン デヴィッド ワシントンとが合わない気がするので、仮にワシントンと呼ぶ)ーも、ガスマスクをつけて、アメリカ人を救出するために敵の部隊と激しい格闘を続ける。ワシントンは、寸でのところで敵の銃弾に倒れるところだったが、赤い糸のタグのついたバックパックを背にした覆面の男に命を救われる。アメリカ人は救出され、プルトニウムは獲得できたが、しかしワシントンは敵に捕らえられ両手両足を拘束され列車に牽かれる脅しを受け拷問される。彼は拷問死した仲間の青酸カリカプセルを飲み込んで自害する。

ワシントンが目を覚ました時、CIAの幹部に、「これはテストだったんだ。君は合格だ。」と言われ、科学者のところに行かされる。そこで世界を第3次世界大戦による滅亡から救うために「時間を逆行」する任務に就くように命令される。キーワードは、「TENET」。ワシントンは、相棒としてニールを紹介される。ワシントンとニールの二人はインドに飛び、ムンバイの武器商人スーザンの屋敷に忍び込む。スーザンは、セイターというロシアの大富豪に特殊な銃を売ったという。その銃は撃つと前進せずに逆行する銃だという。
ワシントンとニールは、そのロシア人についての情報を得るためにロンドンに行き、英国情報部幹部のサー マイケルに会う。そこで、ロシア人セイターという男は、ロシア僻地の寒村で育ったが、子供の時に大爆発があって立ち入り禁止だった地中からプルトニウムを見つけた。彼は成長した後、そのプルトニウムをもとに世界を破滅させる時間を逆行をさせる装置を作ったらしい、と聞かされる。そしてセイターに会うために、まず妻のキャットにアプローチするように提言される。

セイターの妻キャットは、美術鑑定士だが、アレポという男から手に入れた偽のゴヤの絵をセイターに売ったために、弱みを握られて子供を人質に取られて、セイターの言われるままになっている。小学校に息子を見送るキャットをとらえたワシントンは、キャットに偽の絵を取り返す約束をして、セイターに引き合わせてもらう。大型ボートで会ったセイターは、キャットを深く愛していて嫉妬深いので、ワシントンを敵と認識する。セイターとキャットは、ワシントンをボートの競艇に誘い、スピードを出している最中に、キャットは、セイターの命綱を切って殺そうとして海に落とす。ワシントンはそこでセイターの命を救う。プルトニウムを奪うまでは、セネターを殺すわけにはいかない。

ワシントンとニールは、セイターがオスロのフリーポートの倉庫にゴヤの絵を隠している事を知り、オスロ空港でボーイング747を乗っ取り、飛行ごとセイターの倉庫に突入する。しかしゴヤの絵はなかった。倉庫の中にはガラスで隔てられた特殊な部屋があり、そこにいくつもの銃痕があった。そこで突然ワシントンに襲い掛かってきた二人の男のうち、一人の男は前に進むが、もう一人の男は後ろに動く。激しく乱闘するうちに、ニールは「相手を殺すな」、と言ってワシントンを止める。二人の男たちは、このガラスの時間逆行の部屋の中で、一人の同じ人間なのだった。そしてそれは未来世界でのワシントンだ。ガラスの部屋は、時間を逆行させるために作られた部屋だった。

ワシントンとニールは、その後エストニアのタリンで、一組のプルトニウムを盗み出す。プルトニウムは9つ、3組あって、それを組み立てると地球の半分が吹っ飛ぶ。彼らを追うセイターと激しいカーチェイスが繰り広げられる。プルトニウムを取り返すためにワシントンの車と平行して走るセイターの車には、キャットが両手を縛られ後部座席に拘束され爆走している。ワシントンはあきらめて窓からプルトニウムを敵に投げ渡し、爆走する車からキャットの命を救う。しかしワシントンは、捕らえられる。怒ったセイターは、オスロの時間逆行のガラスの部屋で、妻のキャットを殺そうとする。ガラスを隔てて、未来の部屋でキャットが撃たれるのを、今の時間のワシントンとニールは、無力で見ている事しかできなかった。そこで、ワシントンは逆行装置の部屋から未来に戻って、カーチェイスでプルトニウムを受け取った銀色の車(時間逆行車)に乗って、後ろ向きで走り、再びセイターを追う。しかしセイターに捕らえられ車は大破、燃え上がるが未来社会では火は氷になるので、ワシントンは、凍って低体温状態になった体で、ニールによって助けられる。キャットは未来の世界で普通の銃で撃たれたので、ワシントンとニールは、瀕死のキャットを、オスロ空港にボーイング747で突入した日の1週間前に戻って、「時間逆行部屋」に連れて行き、ニールがキャットの傷を手術、銃創を治療する。ワシントンはそのあいだ逆行時間から現在に戻るまで敵と戦う。

キャットは、セイターは膵臓癌末期で、自分が死ぬときは世界もすべて破滅するべきだと考えて、死んだらプルトニウムの地球破壊装置が発動するようにしている、と告げる。しかしキャットは昔はセイターとベトナムで仲良く幸せに暮らしていたので、本当は彼は楽しい思い出に浸りながら死にたいはずだという。キャットは時間逆行の未来世界で、夫を殺す決意をする。
ワシントンとニールは、TENET軍事部隊を連れて、未来のロシアの大爆発のあった街に向かう。核爆発で破壊され封鎖されていた街でセイターたちとの戦闘が始まる。そこにセイターは、9つのプルトニウムを持っている。9つのプルトニウムが、すべて組み合わされ発動する時、地球が滅びる。
ワシントンは前進する現在の世界で赤チームを率い、ニールは逆行する世界の青チームを率いる。激しい戦闘が行われ再びワシントンが危機一髪、敵に襲われたところで逆行世界から移ってきたニールによって命を救われる。そして赤チームはロシアの核爆発を食い止めることができた。ワシントンは、赤い糸のタグのついたバックパックを背負った男が倒れている姿を目にする。

キャットの現在の夫セイターは、ボートからすでにヘリコプターでキエフに向かった。キエフのオペラ劇場を襲撃するためだ。
しかし未来世界のセイターは、キャットの横に居る。キャットは夫を殺し処分する。そして自分が小さなボートで息子を一緒にやってくる自分たちの姿を確認して、海に飛び込んで、未来世界から自分は姿を消す。

同時に行われるように計画されたロシアの核爆発と、キエフのオペラ劇場襲撃は、時間逆行装置を利用して回避された。
セイターの仲間だったインド人武器商人スーザンは、キャットを殺そうとするが、ワシントンがスーザンを処分する。9つのプルトニウムを組み合わせて地球を破壊する装置を開発した科学者は、自分の行為を後悔して自殺したが、死ぬ前に9つのプルトニウムを3つに分けて地中深くに隠した。それを見つけて地球破壊をもくろんだセイターも死んだ。

ワシントンとニールは、「現在」に戻る。そこでワシントンは、ニールが赤い糸のタグがついたバックパックを背負っていることに初めて気が付く。何度も危機一髪で死ぬところだった彼の命をずっと助けたのはニールだったのだ。ニールは、「お前が知らないだけで俺たちはうんと長いこと親友同士だったんだぜ。」と言い去っていく。ワシントンがいまだ知らない世界で、ニールは自分の命と引き換えに、自分を守ってくれたのだった。ワシントンは未来の世界で、チームTENETの指導者になる。しかし彼に名前はない。彼は「いま」を生きていない人だからだ。
というおはなし。

クリストファー ノーランは自分が作った映画の中でこの映画に一番お金をかけたそうだが、その額、2憶ドルほど。子供の時からアクション映画が大好きで、自分が夢中になったようにすべての観客を大規模なアクションのなかに引きずり込みたい。自分がまるで主人公のように興奮する渦に巻き込みたいと言っている。それで、普通映画は35ミリフイルムを使うが、ノーランは終始IMAX、70ミリ、カメラで撮影している。その分だけ画面が広く撮影範囲が広がって撮影規模も大きくなる。臨場感があって良いが、見るほうはそれだけ大変だ。戦場場面など画面の端から端まで見ている余裕がないほど、画面が早いスピードで移動するのでどうしてもとらえきれないで見逃す部分が残る。ノーランの映画は特に、画面ごとに独特の「こだわり」があって、一瞬映される画面に後で深い意味がこめられていたりするのだが、それを見逃すと、見なかったことになってしまう。作っている側にとっては、面白くて仕方がないだろう。ここにも、あそこにも秘密の鍵が埋め込んである。そんな複雑化されたストーリーを、本人は面白がって遊んでいる。しかし秘密探しと、謎解きがわからないと見る側にとってはなかなかタフだ。
この映画の解説書「HOW TO」が本になってアマゾンから出ているらしい。そんな本を読了しないと消化できない映画監督の遊び心にどこまで付き合うかだ。難解映画は面白いし、その良いところは自分なりの解釈ができることだ。

時間を逆行させた世界で未来の自分と今の自分が触れ合うと消滅してしまう、未来では熱が反転するので氷になる、時間逆行世界で言葉も音も逆さになる、未来世界では酸素マスクを着けていないと生きられない、、、物理が苦手で自分にはわからないけれど、いちいちつまずいていると先に行けないので、科学者が映画の中で言っているように、「理解するな、体で感じろ!」ということでやり過ごすしかない。

TENETとは信条とか原則とかの意味で、映画では地球を救う組織名。
古代都市ポンペイで発掘されたセイタースクエアとか、ロータススクエアといわれる2000年前の回文で、5つの言葉が書かれた石板があるそうだ。上下左右どこから読んでも同じ文字になって、SATOR、AREPO、TENET、OPERA、ROTUS これらが この映画にでてくるキーワードになっている。すなわち、SATOR、はロシア人セイターの名前。AREPO はキャットにゴヤの絵を売った男。 TENETは、テロリストと戦う組織の名前。OPERAはアメリカ人スパイがプルトニウムを隠した劇場。そして、ROTUS はセイターの経営する企業の名前だ。謎っぽい5つの言葉を、ノーラン監督が人や組織の名前に使ったわけだ。

87歳のマイケル ケインがカメオ出演してくれて嬉しい。この気品ある人の美しい英語の響き。いつまでも映画出演してほしい。 身長190センチのキャットを演じたエリザベス デベッキは何を身に着けてもサマのなっていて素敵だ。
役柄で得をしているのはニール役のロバート パテインソン。「トワイライト」で狼になったり、「ハリーポッター」でセドリックになって、いつも憎めない風貌の役者だ。ワシントンの命と引き換えに死んでしまって、その分だけワシントンよりも良い人に思える。ワシントン主演、スパイク リーの「ブラック クラインズマン」を見た時も感じたけど、主演のワシントンよりも相棒役のアダム スコットのほうが冴えてい見えて仕方がなかったのも偶然ではないのかもしれない。

世界を救うTENETという組織の未来の親分が、ワシントンということで、とてもシリアスな役なのに、なぜか彼自身の持ち味なのか、彼独特の「おかしみ」がある。セイターに、妻と寝たのか、と問われとっさに「まさか」と答えるが、ちょっと間をおいて、「まだだけど」と言うところ、笑わせるし、「どうやって死にたいか」と脅されても即座に、「OLD」(年を取って老衰で死にたい)と答えるところなどとても素敵。ロンドンの高級レストランにサーマイケルの席にどかどか入り込んで、「僕にも同じものを」とガードマンに料理を注文してみたり、とてもお茶を飲んでいる余裕がないところで「エスプレッソを」とねだったりユーモアがあって、こういう会話ができる人って好きだ。

ノーラン監督はオスロ空港にあるフリーポートのセイターの倉庫に、監督本人が購入したボーイング747を突っ込ませて炎上させる。このフリーポートは実際に世界中の金持ちが倉庫に財宝を隠す場所として使われている。時間逆行装置を据え付けるためではなく、現実世界では、小賢しい億万長者が、コソコソと税金逃れをするために財宝を隠している、という「せこい」場所だ。

ノーラン監督で残念なのは、イギリス人もロシア人も、あまりにステレオタイプに描かれていること。つくずくアメリカ人の視野って狭いんじゃないだろうかと思う。ストーリーそのものは単純で、プルトニウムを持ったロシアとインド合体ギャングから、CIAが地球を救うというお話だなんだけど。

見た人の感想に、DAZZLING、PUZZLING!(眩いほどの謎ばかり!)と言っている人が多いたけど、本当に謎ばかりだが、スピーデイに展開する場面とストーリーの意外さに全く3時間近い間、飽きることがない。呆気に取られているうちに時が経つ。全編IMAXカメラで撮影、250人のクルーを使って、7か国飛び回り、ボーイング747を壊すだけのために購入するといった予算に制限をつけないで、湯水のように製作費を使って。3時間近い映画を作れる太っぱらな監督って、いまはもうこの人以外には見つからない。アメリカ映画の娯楽性を徹底的に追求したゴージャスな映画。見ても損はない。