オーストラりアで看護士の資格を得たとき、しつこいくらいに教育されたことが、コンフィデンシャルだった。もともとオーストラリアを含む欧米では個人主義が徹底している。隣の住人や同僚が ギャンブル狂だったり アル中だったり、レスビアンだったり 母子家庭だったりしても関係ない。まして職場で知り得た患者の個人情報はコンフィデンシャルで他人に決して漏らしてはならない。医療従事者として、秘密情報は守らなければならない。人の生と死にかかわる場だから、慎重になるのは当然だ。
勤務を交代するときに引継ぎをするが、普通は引継ぎ用紙と口頭で行う。そこに診断名は書かない。エイズをもっているか、肝炎などの感染症を持っているかなども書かない。他人の手に渡ったら困るからだ。情報の中でどうしても伝えなければならないことは口頭で伝えて証拠を残さない。診断名、治療経過、検査結果、ドクターノート、看護記録などは、ひとつのファイルになっていて、ステーションから持ち出すことが出来ない。厳重に管理されている。
オーストラリアのラジオステーションでホストが 入院して妊娠が発表されたばかりのウィリアム王子の妻ケイトの状態を エリザベス女王の声を真似て問い合わせ、担当看護士が電話で答えてしまったことで、電話を取り次いだ看護士が自殺した。英国でもオーストラリアでもトップニュースで伝えられ、このラジオ番組のホストは、激しくバッシングされている。
オーストラリアは国土が広く人口が少ないので、公共の交通機関が未整備なため、多くの人々は車で移動することを強いられている。24時間ラジオ番組を耳にしながら人々は ニュースを聞き、音楽を聴き、たれながされるゴシップを聞かされている。問題になったラジオ番組は以前にも たちの悪いゴシップとプライバシーの侵害で警告を受けていた。このラジオ番組は、閉鎖されるだろうし、二人の男女のホストも仕事を干されるだろう。
私は基本的には権力を笑う、皇室を笑うのは 悪いことではないと思っている。働いても働いても 家など買えない。そんな庶民が毎日働いた給料から38%の税金を取られ、10%の消費税まで取られ、そういった税金で働きもしない皇室やその家族を養っているのはおかしい。日本の皇室も外交と研究だけでなく、消防署や保健所や災害対策などで汗を流して働くべきだと思う。だから、庶民感覚として皇室を笑う、おちょくるのは自然の反応だ。だからといって、この番組ホストたちを擁護する気はないけれど。
今回エリザベス女王の声に惑わされて 患者の担当看護士に電話をつないだ看護士が亡くなったことで、病院当局は「わたしたちはこの看護士たちを攻めていない。」と必死で弁明し、ラジオ番組のホストを責めていたが、責任の取り違いだ。もし何事も起きていなかったら、当然病院当局は 二人の看護士を諮問して、コンフィデンシャルに関してプロフェッショナルでなかった として、何らかの処分をしていただろう。看護士免許の剥奪や停職は無かったに違いないが、注意勧告、位の処分は出ていただろう。
病棟に勤めていると 患者の家族からの電話の問い合わせは多い。問い合わせには担当看護士が対応するがコンフィデンシャルには注意している。状態の悪い患者の家族が 電話で問い合わせてきた時など家族であることを確認して答えるが、遠い親戚や外国にいる息子とか保険会社とか警察とかの問い合わせには 本人が直接病院に来るまで 電話では答えない。癌診断の下りた患者のことを知りたがる保険会社、交通事故の示談のために情報が欲しい人など、患者情報が犯罪に利用されることも多々あるからだ。
イタリア人のビッグママが入院したときは まいった。毎日毎日朝昼晩と、世界中に散らばっている9人の息子達、嫁達、子供達またその親戚や近所の人々が、ママの状態を知りたがって電話してくる。電話ではあなたが本当の息子かどうかわからないから説明できない、というが早いが、マーマ マーマと涙声で大騒ぎ。自分がどんなに良い息子か延々と話す。電話は鳴りっぱなし。病棟では25人の患者が、携帯心電図を胸につけモニターしている。その内どの患者も、いつ心臓が止まっても不思議でない状態のときに、マーマ マーマとやられると、電話を叩き付けたくなる。でもどんなに憎まれてもコンフィデンシャルは譲れない。
癌末期の夫が今日、明日逝ってしまうかもしれない。気使う老いた その妻が電話をしてくれば、心をこめてご主人の一挙一動を電話で伝える。ご主人は朝ごはんを全部食べましたよ、あなたもしっかり召し上がってね、と。
看護士をやっていれば、いやがる患者に苦い薬を飲ませてブン殴られそうになったり、浣腸して蹴飛ばされたりもする。家に帰って患者の名前を出してあんなことあった、こんなことあった としゃべって愚痴をこぼしたいこともある。しかし、コンフィデンシャルは譲れないのだ。