作曲者:ヴォルフガング アマデウス モーツアルト
原題 :「LA CLEMENZA DI TITO」
指揮 :ハリー ビケット
1791年 プラハで初演。
日曜の午後、映画館でハイデフィニションフイルムのメトロポリタンオペラ「皇帝ティトの慈悲」を観た。
モーツアルトが亡くなった年に作られた最後のオペラ。神聖ローマ皇帝レオポルド2世が プラハでボヘミア王として戴冠(1791年9月)する式で上演するために、ボヘミア政府から依頼されて、モーツアルトが作曲した作品。当時、貧困と神経衰弱で死の床にあったモーツアルトは、「魔笛」を死力をつくして作曲していたが、政府の依頼に応じて、「魔笛」を中断して18日間でこのオペラを書き上げた。モーツアルトが食べ物にも事欠くような貧困、寒さ、絶望のなかで これほど美しい曲の数々と、楽しい舞台を作り上げたことは奇跡のようであり、また、とてつもなく哀しい。 紀元1世紀のローマ帝国。
実在した皇帝ティトのお話。歴史的にはこのティトの父親が皇帝で、政権を取っていた時に、ベスビアス火山の噴火が起こり古代ローマの都市、ポンペイが埋まってしまった。そのために皇帝が過労で早死にしたと言われている。親子共に、慈悲深い皇帝だった。皇帝ティトは、エルサレムを侵略、鎮圧した後、そこでエルサレムの王女と出逢い、愛し合っていたが、ローマ市民はそれを望まず、ユダヤ人を妃に迎えることができなかった。ティトは心を鬼にして、愛する王女を追放する。そこから、物語が始まる。
愛する人を失ったティトのために、お妃選びが始まった。ティトが妃にセルヴィリアを選ぶか、ヴィラリアを選ぶか、、、忠実な部下であり心の友であるセストとアンニオは 気が気ではない。実は セストはセルヴィリアを、アンニオはヴィラリアを愛している。とうとう皇帝はセルヴィリアを妃に迎えたい意向を伝えてきた。アンニオとセルヴィリアはパニックに陥る。二人は涙ながらに互いの愛を確認しては泣き崩れるばかり。セルヴィリアは意を決して 皇帝の前に進み出て、自分が皇帝の部下のアンニオと愛して合っていることを告白する。
ヴィラリアは、昔、自分の父親が皇帝に殺されていることを根に持って皇帝を憎んでいるが、自分は王妃に地位が欲しくて仕方が無い。このまま王妃の座をセルヴィリアに奪われてるくらいなら、皇帝ティトをいっそのこと抹殺したい。それで自分に夢中のセストをたきつけて、皇帝暗殺を企む。しかし、皇帝は、アンニオの恋人セルヴィリアの訴えに理解を示して、自分はヴィラリアと結婚することに決めた。王妃の夢がかなうことになって、あわてたのはヴィラリア。皇帝を暗殺しようとしているセストを止めなければ。しかし、時はすでに遅く、セストは城に火を放ち、反乱を起こしていた。セストは誰よりも崇拝し、心から忠誠を誓っていた皇帝を、恋人との愛を貫く為に殺害したことで、自分を責めて心身ともにズタズタになっている。親友のアンニオに見つかって、自分が皇帝を裏切ったことを言うが、アンニオは信じない。やがてセストは近衛隊に捉えられる。
皇帝ティトは無事だった。暗闇に中でセストに襲われて殺されたのは、別人だった。皇帝は心からセストを信頼していたから、セストが皇帝暗殺を謀ったとは信じられない。どうしても有罪の判決にサインをすることが出来ない。
一方、逮捕され、拷問されても、何故皇帝を襲ったのか、一切自己弁護しないセストの様子を見て、ヴィラリアは セストをそそのかしたことを心から後悔する。本当にセストが自分を愛していたのだと知って、ヴィラリアは苦しむ。迷った末、とうとう、ヴィラリアは皇帝の前に 自らの命を投げ出して、暗殺をそそのかしたのが自分であることを懺悔する。そんなヴィラリアを見て、皇帝ティトは すべてを許すと言い渡す。
というお話。
テーマは、「苦悩の末の赦し」だ。犯行を実行するまでのセストの迷いと苦悩。皇帝に無実だと言ってくれ、と迫られたあとの苦しみ。ヴィラリアの苦渋に満ちた愛情と権力欲。苦しみぬいた末の皇帝ティトの「赦し」は、モーツアルトが生活苦や、自分の才能が正しく認識評価されない苦悩から、脱却したい願望でもあっただろう。
皇帝はテノール。近衛隊長はバリトン。驚くことに二組の恋人たちのうち、ヴィラリア(ソプラノ)の相手、セストはカストラートで、セルヴィリア(ソプラノ)の相手アンニオはパンツ役といわれる男役のソプラノだ。カストラートは、モーツアルトの時代に流行していた、少年時に声変わりする前に睾丸を除去して一生ボーイソプラノの声を維持させた去勢歌手のこと。カストラートが禁止された後 現在はこの役をメゾソプラノの女性が歌っている。
従って二組の恋人たちは4人とも女性だ。男役は二人とも限りなくソプラノに近いメゾソプラノ。声も姿も、観ているとお花畑にいるような華やかさ。モーツアルトがいかにメゾソプラノの声域、声量、音質を愛していたかが わかる。おかげで宝塚をみているような美しい舞台だった。アンニオ役が、稀に見る美貌なのに男役で、中性的な不思議な魅力,よろっとしたり、くらっとしたり、声量もあって、素晴らしい。宝塚の那智わたるや、真帆しぶきに夢中になった大昔の記憶が蘇る。
このオペラになかで一番好きな曲が 「S’ALTO CHE LACRIME」。セストが自分のために捕らえられ死刑にされる事態の中で、このまま黙って王妃になることが出来るだろうか、と自分を責めるヴィラリアに向かって、親友のセルヴィリアが歌いかける。「あなたは残酷だわ。彼のために してあげられることは泣くことだけじゃないはず。」じっくり、説得調に歌われて、ヴィラリアは すべてを皇帝に告白することを決意する。
この曲はたくさんの歌手が歌っているが、キャサリン バトルが一番良い。親友の説得、忠告だから、力強いソプラノで歌うが、キャサリンのは時として強く、時として囁くようにピアニシモの美しい済んだ声で歌い上げる。彼女の声には、他のソプラノ歌手にない独特の輝きがある。
皇帝ティトにイタリア人テノール、ジョゼッペ フィルアントニ。セストにエストニア人のメゾソプラノ歌手、エリナ ガランチャ。ソプラノのヴィテリアにバーバラ フリットリ。セルヴィリアにイギリス人ルーシー クロウ。細身で美貌の男役アンニオに ケイト リンゼイで、すごい人気だった。みんなとても良かった。
日曜日の午後、ポップコーンとアイスクリームかじりながら こんな素敵な舞台に浸れるなんて何という贅沢な幸せだろう。オットは終始寝ていたが、、、。