2025年12月31日水曜日

2025年の終わりに

「僕の部屋に入ってくる方は笑顔を作ってから入ってきてください」
これは野坂昭如から直接言われた言葉だ。彼が都立駒込病院に入院した時、部屋に入ってくるドクターやナースたちが、激戦場に向かう兵士のような怖い顔で入ってくるのに辟易して、これを書いてドアに貼り付けた。

わたしは、といえば新聞記者になりたくてマスコミを学び新聞社に入ったが、酷いセクシャルハラスメントを受けて夢破れ、学びなおしてナースになりたてのホヤホヤ。笑顔などで居られる余裕もヒマもなかった。しかし、患者からみれば、注射1本、真剣な顔でされるより、笑顔でねぎらいと軽い冗談で注射されるのとでは痛みも異なる。
そうか、、、 笑顔は嬉しいときだけ笑顔になるのではなくて、プロならば、笑顔を作らなければいけないのか。と、このとき野坂昭如から学んだ。

あれから半世紀50年経って「笑顔を作る」努力をしてきた。
シドニー中心街から近い、50人ほどの高度医療を提供する老人施設でナースをしている。アルツハイマー、精神分裂症、重症心身障碍者、癌末期、胃瘻患者、人工肛門、人工透析などの患者のほかに、病院で大きな手術を受けチューブを付けたまま退院した患者が家に帰るまでのケアなどをする。お年寄りのほとんどは、自分で尿排便ができなくなって、家族が誰か分からなくなって入所してくる。
多くは、施設での食事、暖房、24時間のケアにかかる費用のために、自分の家を売って帰る場のない状態になって、カバンひとつでやってくる。費用の半分は政府もちだが、人件費の高騰で経営は楽ではない。20年勤めるうち、どれほどの人を見送ったか、数えられないほどたくさんの人を送ってきた。帰る場のないお年寄りが、安心して施設で暮らし、最後は幸せな気持ちで旅立てるように見送る。

仕事は主に疼痛管理とチューブの管理。癌末期や終末患者に、その効果を見ながら鎮痛剤やモルヒネを打つ。尿管チューブや胃瘻チューブや人工肛門を管理し、呼吸不全の人に酸素を吸入する。お年寄りはみな認識障害をもっていて、どこででも尿排便をする人や、何度傷口をふさいでも、包帯を取って血だらけで歩き回る人や、怪我をしても何度でもベッドからジャンプして床に転落する人も、自傷する人も居て、問題行動は多いが、それぞれの人の子供時代や環境などのバックグランドを考えて対策を練る。人工透析を拒否して、最後の時を静かに迎えたいと言ってくる人には、静かな環境を配慮する。大事なことは何が起きても冷静で、笑顔でいること。
人生の末期を迎えた人が、生まれてきてよかった、幸せな人生だったと思って旅立てるようにサポートする。長いこと職場では笑顔を作る努力をしてきたが、このごろは普通の顔が笑顔になってきた。

2025年が終わり新しい年が始まる。
どんな生にも価値がある。
どんな生もそれが尽きるまで生きる権利がある。
無慈悲に愛する者から引き裂かれ武力によって失われる命があることを認めたくない。
一刻も早い停戦を!
2025年最後に「蛍の光」(AULD LANG SINE)を。