個人主義で権利意識が強く、自分の要求が通らないとすぐに警察を呼んだり、弁護士を付けて裁判を起こす欧米文化をもった豪国に、28年間住んでいる。
ここでの老人の権利は、日本から来た私の目には充分保護されているように感じるが、それでもまだ老人が虐待されているというレポートが政府に報告されてきて、エイジケアへの締め付けと管理が厳しくなる一方だ。
18年間、私立のベッド数50の高度医療付きエイジケアに勤めている。経管栄養患者、人工肛門、経尿管患者,、腎臓透析、癌末期、アルツハイマー、呼吸器閉塞、癲癇、精神分裂症などの患者がケアされている。ほぼ全員が食事、排せつを自分でできない。
日本の老人ホーム、ケアサービスでも働く人が不足しているが、ここでも人手不足は深刻だ。1日3交代で勤務を組んでいるが、スタッフの怪我や急病には、派遣会社に頼るか、今いるスタッフで穴埋めするしかない。過去2年半COVIDの間は、思い出すだけでゾッとするほど過重勤務で、自分が感染して死ぬかもしれないのに職場から離れられないストレスで、心身共に危機状態で働いていた。仲間に死者も深刻な病人も出た。今思うとこの時期私も精神に異常をきたしていたと思う。一番仲の良かったドイツ人のナースに死なれて彼女の葬式に取り乱して参加することができなかった。
老人虐待が社会問題になって患者の拘束が、もう何年も前に禁止になっているから、立てないのに自分は立てると思ってベッドから転落する患者には、ベッドを限りなく低くして、周りにマットを敷きつめ、ベッドで患者が動くとセンサーが鳴るようにして転落を予防している。ベッド柵も拘束の一種だということで、全国の施設でベッドに柵を付けることが禁止された。
ハイパーアクテイブで徘徊し転倒したり、暴力をふるう患者には、行動を制限する鎮静効果のある薬剤を使うが、これも家族が承諾する場合のみ投与できて、処方した医師は州政府に報告書を出し、毎月許可を得なければならない。
アルツハイマー病は脳が縮小して、せん妄や記憶障害が出るが、多くの患者はそれだけでなく癌の末期、うつ病、精神分裂病などを併発していて症状も人によって全く異なる。自分の便をこね回して顔に塗りつける人、歩行介助しようと手を出す恣意的に強く握って泣くまで放さず攻撃を止められない人、歩けなくても歩こうとして何度でもベッドや椅子から転落を繰り返す人。夜中じゅう叫ぶのを止められない人。
みんな自分に注目して優しくして欲しいのだ。
ストロークを起こした人は再発しないように血液をサラサラにする薬を服用しているので、出血しやすく簡単にアザができる。小さななアザでも患者家族が老人虐待だと訴えるので、発見したらすぐに、州の保険局に報告書を出す。アザひとつでも報告書、風呂場での転倒など、PCに列記する報告書は何十枚分にもなる。
これほど気を付けていても老人虐待を訴えたり、警察を呼ぶ家族が3か月に1件くらい起こる。しかし、大半の患者と患者家族はスタッフと仲良くなって、しまいには患者が亡くなるまで信頼関係で強く結ばれる。施設では、若いスタッフの教育、使いやすい設備充実など、もっと改善すべきところもあるが、人をケアする仕事に就いている人々は、人間への愛情を持った人々だと思う。
患者の人権を尊重し、それぞれの人の個性を生かし、命終えるまで患者の人としての尊厳を守る。そのために職場では最大限の努力をしてきたと思う。
人は年を取る。年を取れば脳は委縮する。それによって自分が将来どんな症状が出るのか、それを予想することはできない。
だから、生きて脳が正常に働いている間は、「他人を傷つけない」。「憎まない」、「殺さない」ということをみんながみんな日ごろ心がけたら良いと思う。