監督:サム メンデス
キャスト
ダニエル クレイグ:ジェームス ボンド
フランツ オベル ハウザー:クリストフ ウオルツ
マンデリン スワン:レア セドウ
M :ラルフ フィネス
Q: ベン ウイシャウ
ミスターヒンクス :デイブ バウテイシャ
ジェームスボンドシリーズ24作目。ダニエル クレイグにとってはボンド役4作目。撮影は、メキシコシテイー、ローマ、ロンドン、ウィーン、モロッコのタンジール、エルファドなど。製作費用$245ミリオンで、今まで製作された、他のどの映画よりも高い費用をかけて製作された。
ストーリーは
爆弾を使ったテロが世界各地で頻発している。英国女王陛下機密機関では、主要国9か国の間で共通の情報システムを作り情報を共有することを、各国の秘密機関に提案していた。この案を進めるために、新しく「C」が仲間として、派遣されてきた。
一方、ジェームス ボンドは、殺された前任者の「M」(ジュデイー デインチ)が、亡くなる前に送ったと思われるメッセージを受け取る。「マルコ シエラを殺してその葬儀に参加せよ」、という短いメッセージだ。ボンドはメキシコシテイーに飛び、街が「死者の祭り」で、ごったがえす中、ギャングの親玉マルコ シエラを殺す。ロンドンに戻ったボンドは、上司「M」(ラルフ フィネス)に呼び出されて命令もしていないのに、勝手にギャングを殺し、メキシコシテイーを大混乱に陥らせ、祭りを楽しんでいた数千人の観衆を危険な目に合わせ、巨大ビルデイングを爆破で崩壊させたことで、厳しく叱咤される。しかしボンドは、懲りず上司Mの命令に背いて、ローマに向かいマルコ シエラの葬儀に参加する。そこで、ボンドはマルコの妻(モニカ ベルッチ)を通じて、マルコが世界規模の犯罪組織スぺクターにかかわっていたことを知る。
組織の詳細を調べるために、まずボンドはオーストリアに飛ぶ。しかし組織のカギを握るホワイト氏は、ボンドに向かって、娘だけは守って欲しいと言い残して目の前で自殺してしまう。ボンドが訪ねて行ったホワイト氏の娘マデリン(レア セドウ)は、彼を信用せず全く相手にしないでいたが、犯罪組織スペクターによって拉致され、ボンドが決死の争奪戦ののちマデリンを助け出したことで、やっと信頼するようになり、組織を解明するためにモロッコにいくことを提案する。マデリンが子供の時に組織の幹部だった父親と過ごした小屋に滞在して調べるうちに、二人はやっとスペクター組織の本部を突き止めることができた。そこは、モロッコから東に向かうサハラ砂漠にあった。
スペクターの秘密基地は驚くべきハイテクニックな組織を持ち、全世界の動きがモニターで手に取るようにわかる機能を持っていた。そこでボンドは自分の属していたイギリスの国家安全秘密組織が提案していた9か国共通のプログラムは、このスペクターが操作することを知らされる。今や世界の情報網のプログラムをスペクターが握ろうとしていたのだった。ボンドの新しい仲間「C」は、スペクターから送られてきたスパイだった。
おまけにスペクターのリーダー、フランツ オベル ハウザーは、ジェームス ボンドにとっては兄のような存在の男だった。幼いうちに両親を失ったボンドは、フランツ オベル ハウザーの父親に引き取られて、二人は兄弟として育った。父親は孤児のボンドを可愛がり、実子の兄はボンドを憎むようになっていった。
スペクターに捕らわれたボンドとマデリンは、逃亡に成功し、基地を爆破する。しかし辛くも生きて基地から脱出したハウザーは、ロンドンでマデリンを再び誘拐する。ボンドは決死の覚悟でマデリンを救い出しに向かうが、、、。
というお話。
ボンドシリーズ24作目で初めて、孤児だったというボンドの過去が一部明らかにされる。養子ボンドと実子フランツとの宿命の確執だ。
シリーズの始めから一貫して変わらないのは、「M」と「Q」の存在だ。「M」の初代はジュデイ デインチで、いまはラルフ フィネスが引き継いだ。いつも勝手なことばかりしているボンドに怒って、叱咤してばかりいる。ジュデイ デインチが怒ると怖いが、ラルフ フィネスが怒って見せても、彼は顔に気品があって上品で、声が優しいので全然怖くない。
「Q」は、天才的にコンピューターのソフトを開発したり、腕時計時限爆弾とか、空飛ぶ車とか、水陸両用スポーツカーとか、ボールペン銃とかを発明する。いかにもオツムが良いですという顔に眼鏡をつけてベン ウィシャウが演じているが、彼はシェイクスピアをやれる舞台俳優出身の良い役者だ。第一かわいい。毎回まばゆいばかりの新車をQが作ってくれて、今回はアストンマーチンDB10で、心臓が早鳴りするくらい素敵だが、ボンドがやっぱり一番好きなのはボンド始まって以来の愛車アストンマーチンDB5だ。
映画のロケーションがどこも素晴らしい。ボンドの映画を見ると世界中が旅行できる。メキシコシテイーの祭りに集まった人々の美しい衣装、祭りの絢爛豪華なこと。ローマでは、コロシアム、ポンテシスト、ローマンフォーラム、ドームが出て来て、バチカンを正面に見ながらのカーチェイスが、すごい迫力。静まり返ったローマの夜の街を、ハイスピードで車が走り抜ける。あー!!!世界遺産が、、、と心配で、カーチェイスのドキドキハラハラも倍増だ。そして、オーストリアの美しい山々の景観には溜息がでる。雪に覆われたアルプスの荘厳さ。そうかと思うと、今度はモロッコに飛んで、美しい砂漠をコーランを読む心地良い響きに合わせるように、ラクダが優雅な姿で歩く。砂漠の真ん中に建てられたプールがあって、ふんだんに水を使った豪勢な館。画面の景色を見るだけで楽しい。
筋書はめちゃくちゃだ。どうしてさ?のつっこみどころ満載。完全武装のガードマン達が守備を固め、世界を乗っ取ろうとしている悪い組織の秘密基地に、丸腰でハイヒールを履いた彼女を連れて正面から堂々と入っていき、片手で女性の手を引きながら敵を全部やっつけて、基地を爆破して無傷で二人して逃げてこられるって、、、何てボンドは強いんだ。何百人ものガードマンは紙ででも出来ているんですか。手錠をかけられたボンドが、エイヤと両腕を広げると手錠の鎖が切れて両手自由になれるって、北斗の拳じゃあるまいし非現実的。
それにしてもよくいろんなものが壊れた。今までに作られた映画になかで一番製作費にお金をかけた映画だそうだが、ボンドは、爆弾でメキシコでひとつ、ロンドンでひとつ、サハラ砂漠の真ん中でもうひとつ大きな建物を完全崩壊させた。007の「殺しのライセンス」は、最悪のテロリストか? 小型飛行機で拉致された彼女を救うため、飛行機を操縦しながらオーストリアの森で、両翼もぎ取られ道路に緊急着陸して飛行機を完全に破壊。メキシコで1台、ロンドンウェストミニスター橋で、もう1台ヘリコプターをずたずたにぶっ壊して燃やし、ローマで2台の新車をカーチェイスの末ぼろぼろにして川に沈めてしまった。他にも何台の車が破壊されたのか、乱闘で壊れた家具とか特急列車の内部とか、すさまじい破壊と暴力。
殺人の仕方も残酷だ。大男が両手で無抵抗の男の両目をつぶして殺したり、葬儀から帰った未亡人を後ろから撃ったり、一人の男を殺すために建物全部を爆破して崩壊させたり。人を虫のように簡単に殺しまくってくれる。こういうのを見て、「スカッとしたぜい」、とか、「胸がすくような気持ちです」とコメントできる人達って、精神的にかなりヤバいのではないか。
イヤンフレミングのボンドを読むと、ボンドは女王陛下お抱えのスパイ組織の一員だが、確かオックスフォードを出ていたような、、ブランデーを口にすると、何年作でどこの畑で作られたか直ちに理解し、話題によどみなく絵画にも音楽にも古典にも精通し、社交的で、知的な趣味人の紳士だったはず。そこが、アメリカのCIAスパイとは違って、成熟したヨーロッパの文化を身に着けたスパイだったと思うが、今回の映画でボンドは一挙に孤児にされてしまった。何だか、話に兄弟との近親憎悪がとびだすと三流ストーリーになってしまう。イアンフレミングだったら、こんな筋書にはしなかっただろう。
トム クルーズの「ミッションインポッシブル ローグネーション」では、アメリカCIAスパイのトムが、モロッコの水力発電所に潜ったり、ウィーン国立オペラ劇場で「トランドット」を見ながら乱闘したり、カーチェイスや、飛行機チェイスや、バイクチェイスでドキドキハラハラさせてくれたが、ひどい人の殺し方をしたり、世界各国の観光名所を破壊したり、血が流れたり、手足がもぎれたり、首が飛んだりしなかった。珍しく血の流れない大型アクション映画に仕上がっていて、とても好感がもてた。そしてこれからは、これが新しいアクション映画の流れになっていくのだと思っていた。ところが、007の方は、依然として残酷無比な殺人、暴力のてんこ盛り、暴力に満ちた映画だった。運転中に襲われて生きるか死ぬかと言うときに、新車の秘密兵器ボタンを押すと、バックグランドミュージックの選択ボタンだったり、といった英国風のユーモアもあったが、まだウィットが足りない。ボンドシリーズ、ボンドを、ちがう役者に替えればいいと言うもんじゃない。全然斬新さがない。
ボンドガールは相変わらず胸の大きく開いたドレスにハイヒールで、男の腕に捕まって逃げ回る。男は強くて無敵、どんな拷問を受けても死なないで女を守る。どうなってるんだよ。キミは何世紀もの間、男が強くてか弱い女を守って来たとでも、まだ信じていたいのか。現実世界の日常では、暴力があふれている。人々は怒りと憎しみでいっぱいだ。時として女はハイヒールと胸の開いたドレスで、少しでもまともな男、強く賢く少々たりともマシな男を捕まえようとするが、普段は男と並んでしっかり学び、しっかり働いて社会を形造っているのだ。
雌のシジミチョウはいったん卵を抱えると、あの小さな羽で、空高く舞い上がる。それを待ち構えていた何百羽の雄のシジミチョウはそれを捕えようと、雌を追って空に向かって飛び上る。そして一番高くまで飛んで、雌に追いついた一羽の雄だけが生殖行為を許される。強い遺伝子の子孫を残すための雌の本能だ。高く飛べなかったけど、それなり良い相手だからとか、体は弱いけど心が優しいからとかの妥協なんて期待しないで。
アクション映画では、ヒーローが派手に車や飛行機や建物を破壊し、残酷な殺しがライセンスでまかり通り、着飾ったセクシーな女がしなだれかかるというパターンは、もう時代遅れだ。いつまでも男女差別の激しかった時代に始まった007シリーズにこだわっていると、ジェームスボンドは時代に取り残されて、誰にも見向きされなくなる。