2011年3月20日日曜日

アシュケナージ指揮で庄司紗矢香を聴く



折りしも空前の大地震と津波が日本の東海岸を襲った日の翌日、3月12日、日本の若手のヴァイオリニスト:庄司紗矢香が シドニーオペラハウスでメンデルスゾーンを演奏した。

このときは、まだ 私たちには地震、津波の被害状況が よくわかっていなかった。津波が北東海岸を襲う テレビニュースの様子に胸を痛めながら、東京の父や兄弟の安全は確認できたが、全体の被害状況は ほとんどわかっていなかった。
大地震のニュースに ニュージーランドのクライストチャーチで 救助に当たっていた日本の消防署の方々が急遽帰国し、ジュリア ギラード オーストラリア首相が、日本に60人の災害救助隊を送る約束をしたばかりだった。

ウラジミール アシュケナージが NHK交響楽団のあと、シドニーシンフォニーオーケストラの常任指揮者になって3年目になる。今年も彼がいくつものコンサートで棒を振る。現役のピアニストとして活動を続けながら オーケストラの指揮をしていて、彼の包容力のある人柄が オージーたちを魅了している。去年と今年にかけて、彼は精力的に シドニーシンフォニーで マーラーの交響曲全曲を公演して、収録している。

プログラム
メンデルスゾーン ヴァイオリンコンチェルト ホ短調
マーラー交響曲第7番 ホ短調「夜の曲」

この日 シドニーオペラハウスは 満員、3000人余の席が埋め尽くされていた。メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルト ホ短調は とてもよく知られた曲で、ヴァイオリンを弾く人なら一度は弾いたことがある 美しい曲だ。演奏したのは 地震と津波被害のあったばかりの日本から来た、可愛らしいお嬢さん。オージーの標準体格からすると中学生くらいにしか見えない小さな女の子が 驚くほど大きく 豊かな音を出してオージー達を感動させてくれた。
演奏が終わると オージーは 熱狂的に拍手をした。10分くらい 拍手が止まらなかった。庄司紗矢香は、何度も舞台を引っ込んだり 出てきたりしてお辞儀をして去って行った。
ちょっと あっけなかった。観客の大歓声と 鳴り続く拍手に対して、なにか一言 あるいは短いアンコール曲があっても良かった。

庄司紗矢香は、1999年パガニーニ国際コンクールで日本人初 史上最少年で優勝したバイオリニスト。現在28歳。
ズビン メタに見出されイスラエル ハーモニックでパガニーニのCDを収録している。独逸ケルン音楽大学を出て、主にヨーロッパを根城に音楽活動をしているそうだ。
この日のコンサートのチケットを手に入れたのは 去年の9月。
日本の25年住んでいないので、若手の音楽家のことは知らないが、彼女のことは映画「4」で知っていて、是非聴きたいを思っていた。

映画「4」とは、ヴィバルデイの「四季」を4人の若手のヴァイオリニストに弾かせて それぞれの奏者が住む国の季節を捉えるという映画だった。このときの「冬」を弾いたのは フインランドのペッカ グスト。ペッカが大好き。好きで好きでたまらないので、この映画を何度も観た。フィンランドの深い雪のなかを音楽仲間達とふざけて走り回る彼の姿と、彼の透明なフィンランドの空気が透けて見えてくるような 滑らかで艶のある 豊かな音色に 心を奪われずにいられない。
映画の中で 庄司紗矢香は 「春」を弾いた。少し前のものだが 彼女のメンデルスゾーンを 貼り付けておく。
http://www.youtube.com/watch?v=dskvPJdRDoE

さて、休憩をはさんで第2部 マーラー。
交響曲の中でも 一番長くて、色彩が豊かで いろいろな表情をもった曲、第7番「夜の歌」。
第5楽章まである。
とても楽しいシンフォニーだ。彼の曲には物語りがあり、曲の経過とともにストーリー性があって、テンポも曲想も変わっていく。最初にしっかりした構造があって、そこにメロデイーが入っていく古典派とは全く異なった構造を持っている。シンフォニーになかに、声楽が入り 歌曲とシンフォニーとの境目など全く無視している。シンフォニーオーケストラの音に まったくそぐわない音:マンドリンとギターを組み入れる。転調がめまぐるしくあって、テンポも自由自在に代わる。多調、無調というか、転調を繰り返し 緩急自在にテンポを変化させた。それが楽しい。

マーラー(1860-1911)オーストリア人は 作曲家としてよりも指揮者として有名だった。ライピチッヒオペラハウスを始めとして、ウィーン宮廷オペラハウス、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団、ニューヨークフィルハーモニックなどで常任指揮者だった。10のシンフォニーを書いたが 最後のシンフォニーは未完のままで亡くなった。彼のような 前衛的なロマン派の作品が演奏されるようになったのは 1970年以降だ。
指揮者にとっては マーラーのように 自由で古典的制約のないシンフォニーは、それを生かすも殺すも指揮者次第になるので、とても棒の振りがいがあるだろう。
アシュケナージは、ヨーロッパの歴史ある重厚で慇懃で暗いオーケストラでマーラーをやるのでなく、あっけらかんとして明るくて、順応性のあるシドニーシンフォニーに出会って、マーラーを取り組みたくなったのだろう。とても楽しいマーラーだった。
14のヴァイオリン、13のセカンドヴァイオリン、10のヴィオラ、10のチェロ、7のコントラバスに 30人のフレンチホーン(5)を含む金管木管吹奏楽器、それと6人のパーカッションがいて、様々な音を作っていた。コンサートマスターは デイーン オールデイング。彼独特の少し金属的な でも優しい音がよく響いていた。

マーラーは シンフォニーは世界を祝福するものであるべきだ と信じていたそうだ。その言葉どおり明るくて高らかに鳴り響き 聴いている人を幸せな気分にさせてくれる。

地震、津波、そして被爆と、悲しいニュースばかりで、音楽は それらに対して何の力ももっていない。
しかし、音楽は心をひとつにし、人間らしい情感を取り戻す力を持っている。こんなときに音楽、、、でもこんなときだからこそ音楽に耳を傾けたい。