2026年1月9日金曜日

ベネズエラの次はイランか

ベネズエラの次はイランか
イランで激しい反政府運動が、突然降って沸いたように起きている。各都市で抗議行動が起こり、内乱状態になって死者も増えている。人々がアリ ハメネイ最高指導者と、マソド ペゼシュキアン大統領のステップダウンを要求している。
明らかに米国CIAの巨額の金が動いている。トランプ大統領は、イランの内乱状態から民主勢力を救うために、米国が介入する必要があるかもしれない、と述べた。

ベネズエラでは、ニコラス マドロ大統領をトランプ大統領とその側近だけの決定で拉致し、米国裁判所で麻薬売買容疑、銃器法違反容疑で起訴し、終身刑を求刑する予定だそうだ。
大統領拉致の際に、100人余りの兵士と市民が殺された。かねてよりトランプ政権は、ベネズエラのオイルタンカーを襲撃し米軍基地に連行し、カリビアンで20曹余りの船を撃沈させ、100人以上のベネズエラ市民を殺害し、ニコラスマドロの首に、76億円の懸賞金をかけてきた。
トランプ政権の行為は国際法違反、国連憲章侵害、国連安全保障理事会無視、米国憲法の違反でさえある。

米国のラテンアメリカへの介入は
1954年:グアテマラ: 国民選挙で選ばれたアルベンス大統   領をクーデタで追放。
1965年:ドミニカ:ファン ボッシュ大統領を追放
1973年:チリ: サルバドール アジェンデ大統領をクーデタで追放。ピノチェト軍事政権による恐怖政治を行う。
1961年 キューバ: フィデルカストロ大統領に対して軍を上陸させるが失敗。
1979年: ニカラグア: ダニエルオリテガ’大統領を倒すため、レーガン大統領は10年間、内戦状態にした。
1989年:パナマ:レーガン大統領は6万人の米軍を投入し、マヌエルノリエガ軍最高司令官を拘束、米国で禁固40年を言い渡す。
そして2026年、再びベネズエラ侵攻。オイルの独占。
すべてにCIAの介入が確認されている。

この世はアポカリプスと化した。
「法」が何の意味も持たない。
世界が無法地帯となった。
法が意味を失って、自由と民主主義といった社会の根幹が崩れ落ちた。米国議会が眠っている間に、世界で1番強い男が1人で新たな植民地主義と帝国主義を復活させた。

希望は
コロンビアのペトロ大統領がBRICSに加入するという。
ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ、イラン、エジプト、エチオピア、インドネシア、AEU、アルジェリア、マレーシアがすでに加入している。続々と経済力を蓄えた国々が集まって、世界の経済の3分の1以上の経済力を持つ。IMFに頼らない、ドル建てでなく、脱ドル決済で世界の経済を流通させる。米国の力に抗するため、BRICSを強化させる。一方的にドルの力で経済封鎖されて苦しんできた国々を、解放させる。ドルの鎖から解き放つ、そのときが必ず来ると信じる。



2025年12月31日水曜日

2025年の終わりに

「僕の部屋に入ってくる方は笑顔を作ってから入ってきてください」
これは野坂昭如から直接言われた言葉だ。彼が都立駒込病院に入院した時、部屋に入ってくるドクターやナースたちが、激戦場に向かう兵士のような怖い顔で入ってくるのに辟易して、これを書いてドアに貼り付けた。

わたしは、といえば新聞記者になりたくてマスコミを学び新聞社に入ったが、酷いセクシャルハラスメントを受けて夢破れ、学びなおしてナースになりたてのホヤホヤ。笑顔などで居られる余裕もヒマもなかった。しかし、患者からみれば、注射1本、真剣な顔でされるより、笑顔でねぎらいと軽い冗談で注射されるのとでは痛みも異なる。
そうか、、、 笑顔は嬉しいときだけ笑顔になるのではなくて、プロならば、笑顔を作らなければいけないのか。と、このとき野坂昭如から学んだ。

あれから半世紀50年経って「笑顔を作る」努力をしてきた。
シドニー中心街から近い、50人ほどの高度医療を提供する老人施設でナースをしている。アルツハイマー、精神分裂症、重症心身障碍者、癌末期、胃瘻患者、人工肛門、人工透析などの患者のほかに、病院で大きな手術を受けチューブを付けたまま退院した患者が家に帰るまでのケアなどをする。お年寄りのほとんどは、自分で尿排便ができなくなって、家族が誰か分からなくなって入所してくる。
多くは、施設での食事、暖房、24時間のケアにかかる費用のために、自分の家を売って帰る場のない状態になって、カバンひとつでやってくる。費用の半分は政府もちだが、人件費の高騰で経営は楽ではない。20年勤めるうち、どれほどの人を見送ったか、数えられないほどたくさんの人を送ってきた。帰る場のないお年寄りが、安心して施設で暮らし、最後は幸せな気持ちで旅立てるように見送る。

仕事は主に疼痛管理とチューブの管理。癌末期や終末患者に、その効果を見ながら鎮痛剤やモルヒネを打つ。尿管チューブや胃瘻チューブや人工肛門を管理し、呼吸不全の人に酸素を吸入する。お年寄りはみな認識障害をもっていて、どこででも尿排便をする人や、何度傷口をふさいでも、包帯を取って血だらけで歩き回る人や、怪我をしても何度でもベッドからジャンプして床に転落する人も、自傷する人も居て、問題行動は多いが、それぞれの人の子供時代や環境などのバックグランドを考えて対策を練る。人工透析を拒否して、最後の時を静かに迎えたいと言ってくる人には、静かな環境を配慮する。大事なことは何が起きても冷静で、笑顔でいること。
人生の末期を迎えた人が、生まれてきてよかった、幸せな人生だったと思って旅立てるようにサポートする。長いこと職場では笑顔を作る努力をしてきたが、このごろは普通の顔が笑顔になってきた。

2025年が終わり新しい年が始まる。
どんな生にも価値がある。
どんな生もそれが尽きるまで生きる権利がある。
無慈悲に愛する者から引き裂かれ武力によって失われる命があることを認めたくない。
一刻も早い停戦を!
2025年最後に「蛍の光」(AULD LANG SINE)を。



2025年12月29日月曜日

76の誕生日に

76歳になった。
生まれる時、年の瀬で正月の準備で人々が忙しい夜半に、父は産婆を迎えに自転車を走らせたそうだ。

父は99歳で亡くなったが、会いに行くごとに自分は若い、を連発し、ドクターに「頭は50代の脳だ」と言われたとか、歩く速さは60代と言われた、とか言って、褒められようとする。
父が93歳になったとき「勝ったぞ」と言って、父親代わりだった大内兵衛が92歳でなくなったので、それより長生きした自分を自分で褒めていた。父以外の大内家の男子は全員揃って東大出身だが、自分だけは小説家を目指す夢を追う人だったことで肩身が狭かった、その負け惜しみだったのかもしれない。

父が悲しかったのは、家族同然だったお弟子さんたちが、長生きした自分よりも先に、みな逝ってしまったことだ。父は生まれつき片目が弱視でほとんど見えず、戦争に召集されなかった。まだ早稲田大学の学生だった頃から、人手の足りなくなった高校の先生として雇われ、学生の身で自分とそれほど年の変わらない生徒を教えた。その頃の生徒たちは戦争がもう少し長引いていたら、召集されて特攻隊に引っ張られるところだった。当時父を慕ってきた生徒たちは、家で家族のように一緒に食事をしたり家族旅行も一緒に行った。彼らは結婚して家族を持っても、ごく普通に家に来ては、家事嫌いな母に代わって食事を作ったり、家を修理したりしてくれて、私にはいつも横にいてくれる人の良いお兄さんたちだった。
学制改革で早稲田高校が大学になり、父が教員から教授になっても、父は政経学部の自分のゼミの学生を書生のように家に置きたがり、夏休みは古いお弟子さんも新しいお弟子さんも、みんなそろって海の家に連れて行って毎日釣りを楽しんだ。なじみの漁師の繰る船に、お弟子さんたちを乗せて、「タイを釣った奴はA, コチしか釣らなかった奴はCで、それ以外は落第だぞ」とか言って、慣れない荒波に吐いている学生を「しごく」父の姿は、学生らと同年のガキ大将だった。

70歳の定年になるまでそれを繰り返し、たくさんの学生を愛したし、愛されたと思う。名誉教授になったとき、そんなもの欲しくない、本当は小説家になりたかった、と言い、死ぬ間際は、宙に向かって右手を動かすので、ペンを握らせたら、物凄い速さでペンを空に向かって走らせた。書きたくて書けなかったことが沢山あったのだろう。そして命終えた後、ペンを指から外そうとしたが、きつく握っていてなかなか取れなかった。

そんな父が亡くなって15年になる。最初の夫も、次の夫も亡くなって、もう何年になるか記憶が定かでない。
今年で76歳になり、シドニーで医療通訳とナースをしている。ぜんぜん引退する気になれない。夏も、真冬も、6時に起きてプールに行って1時間泳ぐ。父のお弟子さんたちが教えてくれた泳ぎ方だ。週に3日職場に行って仕事をする。家族を大事にし、できるだけ人と会って話をする。しばらくは、そうやって行こうと思う。



2025年12月25日木曜日

ノーベル平和賞に値しないマチャド

ウイキリークのジュリアン アサンジがマリア マチャドにノーベル平和賞を授与したノーベル財団を提訴、告発した。

すばらしい。
マリア マチャドは平和賞に値しない。
米国とCIAの資金を受け、ベネズエラの反政府運動をしてきた彼女は正式にベネズエラ国民の選挙によって選ばれたニコラス マドロ大統領を倒して、ベネズエラの国有化されている石油を米国に売り渡すためにクーデターを画策し、次々と反政府運動を牽引してきた。
彼女のためにスウェーデンのノーベル財団は、110万スウェーデンクローネ(118万米ドル:1億7700万円)を与えた。この金はニコラスマドーロ政権を倒すための資金になる。彼女と米国政府の行いは、米国ベネズエラ間の戦争犯罪を助長する。ノーベル平和賞が、まさに戦費に使われる。ジュリアンアサンジの行動は、正しい。
いまベネズエラをにらむカリビアンには米国海軍の原子力潜水艦やジェット機を満載した空港母艦が取り囲み、地上戦に向けて対岸のプエルトリコの米軍基地では、陸、海、空軍が総結集している。

3つ目のベネズエラのオイルタンカーが米軍の襲撃を受けて拿捕されて、テキサスの軍港に連行された。寄ってたかって完全武装の兵が米軍ヘリで、無防備のオイルタンカーに降り立ち、船舶を奪い取る激しい暴力の報道に言葉もない。
また、30曹あまりのベネズエラの船舶が、何の予告も罪状もなく一方的に撃沈されて、漁師などが105人も殺された。トランプは、これらのボートに乗っているには、ドラッグ デイラーだというが、何の証拠もない。

3030億バレルといわれる、世界最大の石油の埋蔵量を誇るベネズエラは、長いこと米国の懐柔、植民政策で石油の利権を取り上げられて国民は貧困にあえいできた。そこで前大統領チャベスが国民の支持を得て石油を国営化し、貧富の格差解消に努めた。彼の死後、彼の後を継いだニコラスマドロ大統領は、度重なる米国の画策によるクーデター政権転覆未遂と、米国政府による経済封鎖に遭っている。
この2人の大統領による石油国有化は、人々の生活に必要だったが、米国オイルカンパニーの暴力的引き揚げと、経済封鎖のために技術支援を失い、ベネズエラは石油を細々と中国と取引するだけになっていた。2019年よりトランプは、より厳しい経済封鎖を課し、国内経済は下降するばかりだった。

厳しい経済封鎖に耐えかねてニコラスマドーラは、今年2025年になってシェブロンと取引を徐々に再開してきた。2025年8月には日量6万バレルの原油が米国、メキシコ湾から輸出された。トランプの許可を得てシェブロンは、ベネズエラの5か所で原油を採掘、経営を始めている。
シェブロンは、トランプに反対して、ニコラスマドーロを政権交代させることにも反対している。しかしトランプは石油の数パーセントではなく、全部を欲しがっている。

いまトランプ政権が戦意むきだしで地上戦をあおっているのは、実は、米国最大のオイルカンパニー、シェブロンとエクソンモービルとの石油利権の取り合いなのかもしれない。この石油の利権に関してはイスラエル、ネタニヤㇷ政権も関係している。
石油を読むのは難しい。
ジュリアンアサンジの提訴の行方と、オイルの動きに今後も注目していきたい。



2025年12月23日火曜日

ボンダイ乱射事件から1週間

12月14日に起きたボンダイ銃乱射事件から1週間経った。
事件翌日と、3日目に書いた記事に続いて書いているが、ここであったことをまとめてみたい。
ユダヤ人のお祭りハヌカ(HANUKKA)は8日間続くが、その初日にお祝いのイベントがボンダイパークで行われ、1000人の人々が集まっていたところを、2人のライフルを持ったIS ジハデイストが銃を乱射して、15人が死亡、40人が受傷した。被害者の中には10歳の子供も、87歳のホロコーストの生き残りも、ユダヤ教のラビも、ボンダイビーチの救命救助隊員もいた。

事件が起きて2人の犯人はポリスに撃たれたが、43歳のシリア人、アハメドさんが、2発の銃創を受け、計5発の銃撃を受けながらも犯人から銃を奪ったために犠牲が少なくて済んだ。ムスリムが、ムスリムの過激行為を制したのだ。彼の英雄的な行為は、瞬く間に情報拡散されて、首相や州知事や英国王チャールズを含む、人々から称賛と感謝の声が上がった。彼のために人々から24時間以内に1億円の募金が集まり、1週間以内にそれが2億5千万円になった。また怪我人のために献血台に上った人の数は、7万5千人に達し、まだ増え続けている。
ボンダイビーチには「ウイットネス サポートセンター」が設けられ、米国のユダヤ人援護組織ZAKAからも、支援組織がやって来て事件のトラウマに苦しむ人々のメンタルサポートに当たっている。

私は、ボンダイから40分ほどのところにある施設でナースをしているが、友達の中にも、この時大勢の怪我人が出たので、病院から緊急呼び出しを受けた人も居た。
ちょっと驚いたのは、私自身にも職場のビッグボスからメッセージがきた。「この事件でもしショックを受けたり、気持ちが沈んで辛い気持ちになるようだったら、早めにここに電話をして」と言われ、心理療法士の電話番号を渡された。
メンタルサポートは国民的課題なのだ。若者の自殺率が高い。また人は、一生のうち1度は誰でもメンタルな病気に罹患する、と言われてる。いまの社会で、無視できない現代事情だ。

事件後、政府は銃規制を厳しくした。インドから来ていた犯人が免許を取って問題なく6丁の銃を持っていたことを批判されて、今後は、ライセンス条件を厳しくして4丁にするという。メルボルンの警官は、国内で禁止されていたセミオートマチックの銃を持つことを許された。都会ではなく田舎で農場経営をしている人々は、銃の制限に怒っている。政府は銃のバイバック、銃の買い取りを始めている。

またユダヤ人差別禁止、アンチセミチズム行為を禁止する「ヘイト スピーチ法」「ヘイト シンボル法」を強化する。かねてからヒットラー式敬礼や、鍵十字や、アウシュビッツ否定論などは、アンチセミチズムということで禁止されて、実刑を含む罰の対象になっていたのは理解できる。
しかし今回、強化される差別禁止法には「インテイファーダ」という言葉や、テロリスト組織の「IS]、「アルカイダ」、「ヒズボラ」、「ハマス」という言葉まで公の場で旗にしたりスローガンで叫んではいけない、という。
しかしパレスチナを、フランス、カナダに次いで、1国の独立国として承認した豪州政府が、パレスチナの人々が正式に選んだハマス政府を一方的にテロリスト組織として認定するといった状況は、あってはならないのではないか。
事件が起きて、怒れる人々の突き上げに押されて、慌てて作った法律は、いつも問題満載だ。

ともかく今労働党政府は、豪州のユダヤ人の強い怒りを受け、世界的にはパレスチナの子供たちが、毎日爆弾と飢餓と寒さで殺されている現実の前で、苦渋の日々を送っている。昨日、ハヌカの祭りの最終日、ボンダイビーチの集まりにやってきたアルバニー二首相をぶん殴ろうとしたユダヤ人が逮捕された。

政府はユダヤ人差別も、ムスリム差別も、アボリジニ差別もない社会を目指して、ユニテイー「UNITY」を繰り返し叫んでいる。メデイアではユダヤ帽をかぶったユダヤ人と、ヒジャブを被ったムスリム女性が抱き合って涙ぐんでいる映像などを映しだしてユニテイを強調している。4人に1人は外国生まれの、移民で形作られてきた豪州でも、民族差別のない社会への道は厳しい。



2025年12月17日水曜日

ボンダイライフル乱射事件から3日目

事件から3日目。
ボンダイビーチでのライフル銃乱射事件は、15人の死者と42人の怪我人を出して、その興奮と余波の中にいる。
自宅から車で40分、ボンダイは私にとっては心の晴れる場所だった。曲がりくねった坂道を降りていくと、目の前に突然、真っ青な海が現れる。その瞬間、胸が大きく開かれ広がっていくような、沈んでいた心がカラリと晴れるような、そんな場だ。

事件が起きて、怪我人らが搬送された、数時間後にシドニーのアイコン、オペラハウスではその屋根に、マノーラと呼ばれるユダヤ教のお祭り、ハヌカの間に灯される9本の枝も持つ燭台を映し出した。同情と共感が込められている。

オージー魂も健在で、事件の24時間以内に、怪我人のため献血した人の数は、7万5千人、献金は1億円を超えた。
「ZAKA」という米国を拠点にするユダヤ人組織が来豪して、亡くなった方々のユダヤ式葬儀を執り行い、事件でトラウマを抱えた人々の回復と治療に当たるそうだ。

いま分かったことは、ポリスに撃ち殺された50歳の犯人と、病院に運び込まれた24歳の息子は、ひと月前に4週間ほどフィリピンに滞在していた。南フィリピンのISアブサヤフと関係して軍事訓練を受けていたようだ。犯行声明が出ていないので、わからないが、ISの旗が車から見つかった。
話題は、ライフル銃を乱射中の犯人に、タックルして5発の銃撃を受けながらも犯人から銃を奪った43歳の勇敢な人が、シリアからきた移民だったことだ。ムスリムがムスリムを制した。これこそが多種多様なマルチカルチャーの豪州だ、ということで、首相も、州知事も大喜びだ。どうでもいいけど豪州の主王国英国王のチャールズとカミラからも、彼の勇気を称え、感謝の言葉が伝えられたそうだ

ユダヤ人がひどい目に遭うと、ヒジャブを被ったムスリムに暴力をふるう馬鹿が出てくる。ユダヤ教のシナゴクに火をつけると、イスラム教会が放火される。しかし今回の事件では、こんな報復合戦が繰り返されないように、政治家たちは最大の注意を払っている。政府はくりかえし、これはユダヤ人憎悪ではない、移民の問題でもない、ムスリムの問題でもない、と強調している。報復が起きてはならない。
豪州では英国教会信者が最多数で、ユダヤ教信者は国民の1%にも満たない。しかし差別禁止法、ヘイトクライム法が連邦議会で決議施行されていて、ユダヤ人迫害は、禁固刑を含む実刑を課されている。私の目からはユダヤ人は法的にも、警察による保護においても十分保護されていると思う。

ユダヤ人のお祭りに集まった1,000人の市民にライフルを乱射した2人の父子の頭の中には、パレスチナで日々殺されている子供たちの姿があったのだろう。7万人のおびただしいパレスチナの人々の葬列を見つめていたのだろう。
頭を撃たれて命の危機にあった犯人が、意識を取り戻したそうだが、命を取り戻して、強く生きてほしい。

ユダヤ人であってもなくても、ムスリムであってもなくても、亡くなった犠牲者を悼み、さらにパレスチナの7万人の人々の葬列を心から哀悼したい。
また、こうした事件が再び起きないように、
イスラエルのシオニストは、パレスチナから手を引け!
パレスチナを殺すな!



2025年12月15日月曜日

ボンダイ乱射事件

いまシドニーのボンダイビーチは、数千の花束で埋まった。
昨日の12月14日、日曜日の夕方、ビーチの公園では、ハヌカ(HANUKKA)というユダヤ教のお祭りを祝うイベントが行われていた。そこで、2人のライフル銃を持った男が、銃を乱射して犯人を含む、15人が死亡、40人が負傷した。犯人1人を含む数人が生死の間をさまよっている。死亡した15人の中には、ラビとその親戚の10歳の子供も居て、87歳のホロコーストの生き残りもいた。

犯人の2人は親子で、父親は30年前に移民してきて、息子はオーストラリア生まれ、2人とも前科はなく、イスラム過激派といった様子もなく豪州スパイエイジェンシーのテロリスト要人物でもなかった。父親は銃撃戦でポリスに殺されたが、銃のライセンスを持ち、法に沿った方法で銃を手に入れていた。犯行声命はなく、現在負傷して意識のない息子の回復を待って、取り調べが行われる。

この事件は明確にユダヤ人を攻撃したもので政府も、警察も、マスコミも「アンチセミチズム」反ユダヤ主義による犯行とみている。
イスラエルのネタニヤフ首相は、いち早く、豪州はパレスチナを独立した国家として認める、といった軟弱な政府でユダヤ人をまっとうに守っていないから、こうした事件が起きた。豪州政府は、WEAK 弱虫で弱虫で弱虫だ、と非難した。嬉しそうにWEAKと連発するネタ二ヤフは、他国政府を平気で侮辱する下品な奴で、本当にうんざりする。
EUの国々のトップや米国政府でさえ、亡くなった無垢の市民とその家族への慰めを表明しているのに。

豪州政府とニューサウスウェルス州知事は、これを機会に銃規制を厳しくすることを約束した。すでに豪州では一度の自動射撃で沢山殺せるオートマチックガンの所有は禁止されている。今後銃所有者や新たに購入する人には厳しい条件が設けられるだろう。

こうした事が起きたときに、特異に感じられることは、豪州ではまず事件をニュースで知った一般の人々が、花束やメッセージを書いたカードを持って現場に集まってくることだ。悲しみを共有するために、直接関係のない人々が行動に出る。20年近く前に、シドニー中心街で、カフェに銃を持った男が立てこもって犠牲者が出た。現場近くに居たのだが、そのニュースが流れたとたんに、たくさんのオフィスから 人々が花束を抱えて、そのカフェの前が花束の山になった。また献血所もすぐに人々が並ぶ。採血室がいっぱいになって人々が2時間も3時間も並ぶ。犠牲者への献金もたちまち集まる。今回亡くなった10歳の子供のために24時間足らずで1,800万円も集まったが、そのスピードに驚かされる。クリスチャンバックグランドの国ならでは、だ。

ユダヤ人攻撃が起きて、一番心配されることは「報復」で、モスリム、アラブの人々が攻撃されることだ。
アルバニー二首相は、銃を乱射していた犯人に飛びついて、自分は、2発も銃を撃たれたのに怯まず、犯人から銃を奪った人が、43歳のシリア人移民だったことを、インタビューで強調した。モスリム犯人の暴発をモスリムが防いだ。おかげで犠牲者が少なくて済んだのだ。それを強調することで「モスリムがユダヤ人を攻撃した」といった単純な理解を、人々がしないように気を付けている。
ユダヤ人が攻撃されたことで、報復攻撃が起こらないように、いま報復警備に500人の特別警備隊が出動している。

また「ウィットネスサポートセンター」が、ボンダイに設置された。事件を目撃したり聞いた人が、心理的にトラウマに陥らずに済むように、心のサポートをする場が設けられた。人は人が死ぬところを見たり、血を見ただけで心に傷を負うことがある。早いうちに対策が設けられたこと、これは高く評価したい。

圧倒的な国家権力や、戒厳令的な完全武装した軍や、統制、訓練された国家殺人部隊など、こういった強力な敵にはゲリラ戦、レジスタンスで対応するしかない。さらに残忍でスパイ組織を持った権力に抗するためには北一輝のような1人1殺のテロ抵抗するしかない場合もある。だからテロが起きたとき、PTAのおばさんみたいに「暴力はいけない、テロは間違っている他の方法があるはず。」などとは私は思わない。テロでしか対応できないこともある。ただ、今回の出来事は、イスラエルのユダヤ主義のためにパレスチナの人々が苦しんでいる事実に密接に関わっている。
マスメデイアや、政府当局がどう動くか、人々がどう反応するか、冷静に見ていきたい。