2017年4月16日日曜日

映画 「ヒットラーの忘れもの」

原題:「UNDER SANDET」(砂浜の下)(UNDER THE SAND)
英題:「LAND  OF  MINE」(地雷の土地)
邦題:「ヒットラーの忘れ物」
デンマーク、ドイツ合作映画             
今年度アカデミー外国語賞候補作
監督:マーチン サンフレット
キャスト
ローラン モラー :ラスムサン軍曹
ミケル フォルスガード :エベ大尉
ルイス ホフマン : セバスチャン
ヘルムート モーバッハ:ジョエル
アーネスト レスナー:エミル
ウェルナーレスナー :オスカー

背景
デンマークは現在でもマルグレーデ2世女王が国家元首の立憲君主国家だが、彼女の祖父クリスチャン10世国王の頃、第2次世界大戦では隣国、ナチスドイツに突然先制布告され、戦わずして降伏し、ドイツ軍に侵略された。デンマーク人の中には、志願してドイツ軍に加わる人もいたが、反ナチ活動家となって、レジスタンスの場を提供する者も多かった。駐米大使ヘンリス カウフマンの働きで連合国に接近し、土地をドイツに侵略されながらも連合国扱いされた。
戦争末期、ヨーロッパ戦線の連合軍はフランス、ノルマンデイー上陸を果たし、ドイツ軍を敗退させる。ドイツ軍はノルマンデイーではなく、輸送路が一番短いフランスのカレから、連合軍が侵攻すると考えていた。また同時に、デンマークの西北部の海岸から連合軍が侵攻することも考えていて、阻止するために大量の地雷で、西海岸埋めつくした。

1945年5月、終戦とともにデンマークに進駐していたドイツ軍兵士は捕虜となる。対戦国どうしの捕虜の扱いについては、国際条約ハーグ陸戦条約の規定があるが、ドイツ、デンマーク間は、交戦国ではないため、捕虜虐待禁止や、捕虜の強制労働禁止などの捕虜の扱いに特定の取り決めはなかった。ドイツ軍捕虜たちはデンマーク軍に引き渡され、200万個のドイツ軍が埋めた西海岸の地雷を除去する作業を強制された。従事した捕虜の多くは、戦争末期に非常徴集させられた兵役年齢に達していないテイーンエイジャーだった。

デンマーク人映画監督のマーチン サンドフリットは、地雷撤去に関心があって調べている内に、西海岸に大量のドイツ軍兵士の墓を見つける。どうしてデンマークの海岸沿いで終戦後なのに沢山のドイツ兵が死亡しているのか。調査の結果彼はドイツ軍が埋めた地雷を撤去するためにドイツ軍捕虜が使われた事実を知って、今まで語られることのなかった隠れた歴史を映画にしようと思い至ったという。
映画は、捕虜となったドイツ兵たちが行進してくる。その姿を見て怒りで鼻息荒くなった、ラスムサン軍曹の荒い呼吸音から始まる。

ストーリーは
ラスムサン軍曹は自分の国を侵略していたドイツ軍への怒りを抑えることができない。行進してくる捕虜の中にドイツ国旗を持っている兵を見つけると、飛んでいってぶちのめす。捕虜虐待とか、捕虜の人権とか言ってる場合じゃない。憎きドイツ兵をみて怒り心頭、絶対許せない。彼は12人の捕虜を任された。捕虜たちは、地雷を撤去する作業について訓練を受けた。この12人を生かそうが、殺そうがラスムッセン軍曹次第。3か月で砂浜に埋まった45000個の地雷を撤去してもらおうじゃないか。もともとドイツ兵が埋めた地雷、素手で掘り返して自分の国に持って帰ってくれ。

12人の少年たちは、列を作って砂浜で腹這いになって、棒で砂をつつく。棒に何か当たれば掘り返し、地雷を砂からかき出して信管を抜く。彼らは砂浜での作業以外は、鍵つきの小屋に閉じ込められて、食糧を与えられていない。たまりかねて捕虜の中でリーダー格のセバスチャンが、ラスムサン軍曹に食糧の配給を懇願する。砂浜は、僕たち餓死者で埋まってしまうだろう と。地雷が爆発して、一人の少年の両腕が飛んだ末、死亡した。
軍曹は、少年たちに食糧を配給する。それを見て、エベ大尉は批判的だ。どうして敵に少ない食料を分けなければならないのか。
二人目の被害者が爆破して死んだ。少年たちは空腹に耐えかねて、小屋を抜け出して農家から盗み出したネズミ捕りを知らずに食べ物と思って食べた。軍曹は食べた少年たちに海水を飲ませ、吐しゃさせて救命する。

3人目の被害者は双子の兄だった。弟は錯乱状態になって兄を探そうとする。軍曹は彼にモルヒネを打って鎮まらせ、眠るまで一緒についていてやる。鬼軍曹にも、徐々に少年たちへの優しい感情が芽生えてきている。
基地に出向いたときに、他の隊員達がドイツ兵捕虜に暴力をふるい土下座させたうえ放尿して面白がっている姿をみて、軍曹は虐められている二人の少年を貰い受けてくる。そして今の仕事が終われば国に帰れると、少年たちに約束する。

しかしラスマセン軍曹の大切にしていた唯一の友だった犬が、地雷撤去したはずの浜辺で、地雷を踏んで死んだ。一度は少年たちの父親の様に接し始めていた鬼軍曹は再び態度を硬化する。
そんな矢先、ジープの荷台に集めた数百の地雷を積み込んでいる最中、地雷が大爆発を起こして砂浜にいた4人を除いて全員が死亡する。爆発は強力で、車の残骸さえ残らなかった。残った4人は任務を完了する。終了後は放免されることを約束されていた捕虜たちだったが、地雷除去の熟練者を、軍は放免しない。ラスマセン軍曹の居ないうちに、エベ大尉らは4人の少年を別の地雷撤去の現場に連れ去ってしまう。セバスチャンら4人の捕虜たちは、約束された放免の日のために希望をつないで生きてきたが、ラスマセン軍曹に裏切られたと思い絶望する。

4人は作業の途中で呼ばれて、フードのかかったトラックに乗せられる。どこに行くのか、長いドライブのあとで外に出るように命令された少年たちは、希望を失い仮面のようになった顔で外に出ると、そこに立っていたのはラスマセン軍曹だった。500メートル先はドイツ領だ。走れ、立ち去れ。さっさと帰れ、、、。半信半疑の4人の少年たちは、軍曹の姿を振り返り、振り返りしながら走り去った。
というお話。
鼻息荒く怒っているラスマセン軍曹の顔で始まり、彼の満身の笑顔で映画が終わる。

国境にはデンマーク軍が居るだろう。4人の少年たちが無事に故国に帰れるかどうか疑わしい。軍規に逆らったラスマセン軍曹に待っているのは軍法会議か、厳しい罰則か、全くわからない。映画を観ているものとしては、すべて戦争直後のどさくさの紛れて、なんとかみんな生き延びて欲しいと、切ない希望を託すことができるだけだ。

強力な反戦映画。
砂浜が美しい。地雷撤去したあとの砂浜をはしゃいで走り回る少年たちの姿が、空を舞う天使たちのように美しい。

200万個の地雷。それを撤去するために従事させられた2000人の捕虜たちの映画。まだ兵役年齢に達していない戦争末期に徴発された、貧弱な体をもって腹をすかせた少年たちの姿が哀しい。
ラスマサン軍曹の犬がすごく良い。賢いボーダーコリー。ジープに乗る時も、歩くときもこの犬はいつも軍曹と一緒だ。軍曹が休んでいるとき、犬は幸せそうに全身の重さを軍曹にもたせかけている。演技とは思えない。

ラスマセン軍曹の表情の変化が甚だしい。怒りをたぎらせる鬼軍曹が、少年たちの仲間をかばい合う姿や、いつか家に帰れるという希望を失わず与えられた仕事に励む姿をみて、徐々に硬い表情が緩んでいく。彼とセバスチャンとの会話シーンなど、本当の父と息子のような空気が醸し出されていて、胸を打つ。双子の兄を失った後のエミールが哀しい。兄のオスカーは爆発で肉片さえも吹き飛ばされて何も残らなかった。兄を探して早く見つけ出して家に帰り、父親を助けてレンガを積む仕事をするんだ、と話すのを聞いてエミールが寝付くまで横について居る軍曹の限りなく優しい目。
人間はどんなに憎しみを持っていても、いつまでも鬼ではいられない。ともに飯を食い、同じ空気を呼吸し、同じ光景を見ていれば、人は人を赦すことができる。人は赦す心なしに生きることはできない。

しかし、兵器産業は武器を作り続ける。武器を売るために戦争を作り出している。
地雷ひとつ作るための経費:3ドル
地雷一つ撤去するために必要な経費:200-1000ドル
それでも毎日毎日地雷を作り続ける兵器産業。
米国、ロシア、中国は対人地雷全面禁止条約に署名しようとしない。

カンボジアには米軍が落した600万個の地雷がある。ラオスには、ホーチミンルート補給線をつぶすために米軍が200万トン、8000万発の爆弾を投下し、その30%が不発弾だったため、沢山の地雷撤去ボランテイア組織の活躍にもかかわらず、いまも人々が死んでいる。べtナム戦争は1975年に終了などしていないのだ。
どんな戦争もあってはならないし、起こってはならない。
良い反戦映画は、いつも私達に、自分はどう生きるのかを問いかけてくれる。

最後に「ヒットラーの忘れ物」というタイトルは変。原題はデンマーク語だが、直訳すると「砂の下」、英語の題名は「LAND OF MINE」で「地雷の土地」。どうしてこのまま直訳をタイトルにしなかったのか。忘れ物という言葉は、なにか、間の抜けた「母さん、忘れものだよー。」とか、母親が子供に「忘れ物ない?」と登校前の子に怖い顔で問い質すときなどに常用される言葉で、すぐれた映画のタイトルに合わない。

これまでにも、珍妙なタイトルが多くて、それごとにしつこく文句を言ってきたが、ブログに映画評を書いたので、思い出すだけでもいくつもの映画の例がある。
1)「優しい本泥棒」:「BOOK THIEF」という映画なので、本泥棒で良い。優しい がついて、やさしくて容易いのは泥棒だと言っているのか、泥棒が本だけ持って行ったから優しいのか、本泥棒はみんな優しい人なのか、、、理解不能。ナチによる出版弾圧、思想弾圧、梵書を描いたすぐれた反戦映画なので変なタイトルをつけないで下さい。
2)「ミケランジェロプロジェクト」:「MONUMENT MEN」モニュメント マンと呼ばれた人々が欧米では良く知られていて、ナチが奪った芸術品を取り戻した話なので、そのままのタイトルで良い。ミケランジェロプロジェクトという新語はないし、通じない。
3)「それでも夜が明ける」:「12YEARS SLAVE」苦しくても、夜が明けてハッピーエンドになると、初めからわかっている映画など人は見たくない。12年間奴隷にされた理不尽な人の、本当の話なので、はじめから結果がわかるようなタイトルはつけないで欲しい。
4)「戦禍に光を求めて」:「WATER DIVINER」ウォーターデヴァイナーという水脈を探し出す人で、この言葉は砂漠や荒れ地に住む人しか知らないかもしれないけど、激戦地トルコのガリポリを題材にした反戦映画。大好きな映画なので、奇妙な題をつけられて悲しい。戦禍に光なんかない。
映画の翻訳者には、どんな権限があるのだろう。映画の内容に合わない奇妙な邦題をつけるのは、止めて欲しい。映画監督に失礼ではないか。タイトルまで含めて監督は映画を作る。勝手に翻訳者のセンスでタイトルを「翻訳」してしまって良いのだろうか。これって芸術破壊ではないか。
「ヒットラーの忘れもの」タイトルは悪いが、映画は素晴らしい。見る価値がある。




2017年4月9日日曜日

映画「鷹狩の少女」イーグル ハントレス

                         

原題:「EAGLE HUNTRESS」
イギリス、モンゴル、アメリカ合作ドキュメンタリーフイルム
言語:カザフ語
監督:オット― ベル
アカデミー賞ベストドキュメンタリー賞ノミネート作品

モンゴル国、カザフ族
12世代に渡って鷹狩の名人と言われてきた家系に生まれた13歳の少女、アイショルパンが鷹狩のハンターになるまでのドキュメンタリーフイルム。

鷹狩は紀元前3000年のころから中央アジア、モンゴル高原で行われていた。厳冬期に必要な蛋白源である小動物を取るための生活の知恵だったものが、中国、ヨーロッパに伝えられると、それが全く異なる目的に使われた。神聖ローマ帝国では、鷹を持つことが権威の象徴になって、皇帝たちに愛された。
日本ではすでに古墳時代の埴輪に、手に鷹を乗せた埴輪が発掘されている。日本書紀では、仁徳天皇が鷹狩に興じている記録もある。鷹狩には資金も広い土地も人材も必要なため、天皇を中心としたわずかな特権階級の贅沢な遊びとして広まった。鷹を訓練するための広大な土地に、一般人は出入りを禁じられていた。織田信長や、徳川家康が大の鷹狩愛好家で、諸国の武将らが競って鷹を献上した話は有名だ。鷹は朝鮮半島で捕獲されたものが一番上等な鷹と認定されて高額で取引されていた。

明治維新後にも鷹狩は天皇家の娯楽として継承されてきた。第二次世界大戦後になって、ようやく宮内庁によって実猟は中止されるようになった。敗戦後の国民生活の惨状を思えば、当然のことだが、昭和天皇の時代まで鷹狩が皇室の特権的娯楽だったとは、驚きだ。しかし現在もまだイギリス皇室では、伝統的「キツネ狩り」が、様々な動物保護組織からどんなに批判されても、平気で毎年続行されていることを思えば、皇室の常識外れは世界でも普通のことなのかもしれない。

ところで、本場の本当の鷹狩の話だ。
モンゴルは国土の80%は草原地、そこで遊牧と畜産が行われている。鷹狩は、標高4300メートルのアルタイ山脈、モンゴルとカザフスタンとキリギス共和国の国境地帯に伝わる伝統的な狩猟だ。共産主義時代に多くのカザフスタン人がモンゴルに逃げて来てアルタイ山脈のふもとに定住した。カザフ族はモンゴル国民の4%を占める少数民族で、多くはイスラム教徒だ。これらの人々は、厳冬期マイナス40度にも気温が下がり、土地が雪に覆われる間、タンパク質源となる小動物を狩り、栄養補給しなければならなかった。その方法として鷹を飼い慣らし鷹を使って狩りをする伝統、習慣が継承されてきた。羽を広げると2メートルを超える雌のゴールデンイーグル(イヌワシ)を使い、ウサギやオオカミを捕獲する。

ドキュメンタリーは、男が片手に大きな鷹を止まらせて、残った手で器用に馬を繰りながら黙々と山を登っていくシーンで始まる。馬の背には生きた子羊が括り付けられている。小高い山の頂上に着くと、男は山の神々に祈りをささげ、子羊を殺して皮を剥ぐ。一頭の子羊が丸ごと鷹に与えられる。鷹を山に帰すのだ。長年、家族の一員だった鷹を、男は愛情をこめて撫でさすり、紐を解く。鷹は空高く舞い上がり、羊の肉をついばんでは、羽ばたいて空を飛ぶ。男は再び馬に乗り、振り返り振り返りしながら山を下りて行く。鷹が空に円を描いて、するどくケックエと短く鳴く。情景が詩になっている。美しいシーンだ。

13歳のアイショルパンは長女で、父親の手伝いをするうち、自分でも自分の鷹をもって、狩りに行きたいと願うようになり、父親から鷹の扱い方の手ほどきを受ける。伝統的に鷹狩は男の世界だったから、少女が鷹を持つことに反対する長老たちは多かった。女にできるわけがない、と言われていることごとを彼女は実際にやってみて、自分の可能性を証明しなければならない。
まず鷹を捕獲する。父親の体を結わえてあるロープの片端を腰につけ、山の頂上からザイルで崖を下りていく。崖の中腹に鷹の巣がある。生後数か月で、まだ飛べない鷹の子供を捕獲し、家で寝食を共にして、鷹との信頼関係が培う。鷹は、どこにでも付いてきて、馬上のアイショルパンの腕に安定して乗っていられるようになった。父親は年に一度の鷹祭りに、アイショルパンを出場させることを決意する。

アルタイ山脈のふもと、ウルギイの街では毎年鷹祭りが開催される。各地から選りすぐりの鷹狩の名手が集まってきて、沢山の見物客や観光客の前でその技術を競う。厳重な審査員の前で自分の鷹が、いかに忠実で優秀な狩猟をするか、を名手たちは見せなければならない。世界でも珍しい伝統的な鷹狩を競う祭りとあって、たくさんの人々が集まってきている。鷹の中には、いつもと違う空気のなかで、トチ狂って自分の主人でない人に腕に停まったり、空に飛んでいってそのまま帰って来なかったりする鷹も居る。100組ちかくの鷹狩が集まっていて、少女の鷹狩の登場に困惑している。様々の競技が展開されるなかで、スピード競技が始まった。アイショルパンの鷹が最短時間で彼女の呼びかけに答えて帰って来た。鷹祭り初出場で再年少、しかも女性の候補者が優勝した。女性の登場に快く思っていない候補者たちも、彼女の能力を認めないわけにいかなくなった。アイショルパンのこぼれるような笑顔。

祭りが終わり、本格的な冬が訪れる。アイショルパンは、父親について、厳冬期の山に入る。初めての狩猟だ。二人は数か月の予定で、それぞれの鷹を腕に乗せ、馬で山を越え、凍った湖を越え、獲物を追う。狩りが初めての鷹には、獲物を追い詰めても、死に物狂いで抵抗する狐を鷹は殺すことができない。幾度もの失敗を重ねて、遂にアリショルパンの鷹はキツネを仕留めることができた。アイショルパンは、もう一人前の鷹狩だ。
というお話。

アルタイ山脈とモンゴルの草原が、どこまでも広がっていて美しい。夏には、ゲルと呼ばれる移動式テントを張り、羊たちを山の緑の多い草原に移動させる。足腰の強い馬を自由に操るモンゴル遊牧民たちの、顔に刻まれた深い皺。羊たちの出産を手伝い、弱い子羊を家の中で育てる子供達。短い夏が過ぎると、テントをたたんで、山を下り、堅固に作られた石造りの家に、羊たちと共に戻って来る。家の中での調理、働き者の母親。家族の密接な結びつき、徹底した家長制度。鷹狩の名人の父親について回るアイショルパンの嬉々とした様子。ひび割れたあかぎれのある手にやっと手に入れたマヌキュアを懸命に塗るアイショルパンの表情をカメラは逃さない。

草原の騎馬民族、遊牧民族の人々の暮らしが、美しい絵のようだ。カジフスタン語による父娘の短い会話も印象的だ。馬にまたがり、片手を高く鷹のために掲げたままの姿勢で、片手だけで馬を繰る父娘の勇壮な姿は感動的だ。
椎名誠による映画「白い馬」も秀逸な映画だった。彼はモンゴルの人々が馬と共生する姿に心を奪われて、現地に何年も通い詰めた末、彼の映画を作った。全編が会話の極端に少ない抒情詩になっている。モンゴル騎馬民族の競馬競技を競う迫力あるシーン、短い夏を楽しむ人々を見ていると、広大な草原を走る風を感じることができる。

鷹狩の映画撮影チームは、数年にわたってアイショルパンの家族の生活に密着してドキュメンタリーフイルムを作成した。このフイルムはハンプトン映画祭でベストドキュメンタリー賞を獲得し、アカデミー賞でもドキュメンタリー部門にノミネートされた。賞金と映画上映で得られた収益すべては、アイショルパンの教育費となって、彼女は希望通り医者になったそうだ。

誇り高い騎馬民族、草原に生きる人々、機能的な移動式住居、足腰の強い馬による競馬競技、相撲競技に興じる若者たち、着飾った馬たち、鷹狩り、こうした美しい情景や伝統文化と生活様式は、近い将来消滅していく。いずれ鷹狩は、効率の良い銃による狩猟に、騎馬による羊の移動はモーターバイクやドローンに取って代わられる。失われる前にフイルムに残しておかないと永遠に私達は見ることができなくなる。
雄大な中国大陸の空気を呼吸し、草原の馬のひずめの音を聞き、走り抜ける馬が作る風に触れ、鷹を呼ぶアイショルパンの空を突き抜けるような声を聞き、それに応える鋭い鷹の声を聞いた。映画の作り出す美しい抒情詩を堪能した。
稀有な、貴重なドキュメンタリーだ。



2017年4月1日土曜日

チャンイーモーの「ザ グレイトウォール」

チャンイーモーが、お金をじゃぶじゃぶ使って、すごく馬鹿っぽい娯楽映画を作った。150ミリオンドル(15億円)使って製作されたファンタジーアドベンチャーフイルム。
彼は20年前から、中国が誇る「万里の長城」をテーマにした映画を作って欲しいと、中国政府からオファーされていたので、機が熟すのを待って、要望に応えたのだそうだ。映画の中に「これが中国の神髄」と言えるものが描かれているんだよ、と自分で言っている。
チャンイーモーの初めての英語の映画。映画は全部中国で撮影された。実際の万里の長城を使って撮影することは許可されなかったため、3つの長城を映画用に作って撮影した。エキストラを含めると中国人、数千人の映画出演者のために、100人以上の通訳が撮影に付き添って働いたという。
主役のマットデーモンが、テレビインタビューで「中国人監督のもとで中国の長城の映画に出ましたね。」と言われて、開口一番、「Yes,  build a great wall to keep Trump out」万里の長城を作ってトランプをアメリカから追い出そうとしてたんだよ。と言って笑わせていた。ハリウッドは徹底して反トランプだ。

中米合作映画
監督:チャンイーモー         
キャスト
マット デイモン:ウィリアム
ペドロ パスカル:トヴァル
ジン テイアン:リン隊長
アンディ ラオ:ナムレス砦の総司令官ワン
ルー ハン  :兵士ペヤング
ウィリアム ダフォー:バラード先生
他、出演者数千人

宋の仁宗皇帝の時代。
11世紀の中国は世界の中でも最も文明が発達していた。印刷技術が進み、世界で初めて紙を材料にした貨幣を使って銀行を通じた貨幣経済が発達していた。科挙制度は充実し、北方や西方からの敵にたいしては和睦で交渉、異民族からの侵略を防いでいた。またコンパスが作られ、海洋事業も進み、多数の商業都市からは優れた陶器などが外国に輸出されていた。中でも、火薬の発明は、世界の侵略や戦争の形態をこれまでと全く変えてしまう、強いインパクトを持っていた。

映画のストーリーは
火薬を求めて、中国の国境線を越えてたくさんの盗賊団や密売人がやってきていた。アイルランド人のウィリアムとトヴァルら無法者たちは、ある日追手から逃れて洞窟に逃げ込んだところ、何か途轍もなく大きな怪物に襲われる。図体が大きい割に動きが速い。辛うじてウィリアムは怪物の腕を切り落として、トヴァルとともに生き残るが、他の者たちは全員、怪物に食い殺される。
翌日二人は彷徨っているところを、長城を警備する兵士達に捕らわれて、ナムレス砦に連行される。砦では数千人の兵士たちが、警備しており、二人はワン総司令官(アンディ ラオ)とリン隊長(ジン テイアン)の前に引き出される。そこでウィリアムが怪物の腕を切り落としたとき剣に付いたウロコのようなものを見せると、一同の間に緊張が走る。怪物は60年ごとに群れをなして人を襲ってくる。2000年前からゴウウ山脈の奥から神が、奢り多い人々を制裁するために送って来る試練なのだと伝えられている。無数の怪獣は一頭の女王から生まれてくるので、女王を倒さなければ怪獣は無限に生産されて、人々を苦しめる。

二人は捕らわれるが、このとき無数の怪獣が砦を襲ってきた。この日のために軍事訓練をしてきた兵士たちは恐れることなく怪獣に立ち向かう。ウィリアムとトヴァルは、バラードというこの砦に何十年も捉えられていて、兵士たちに英語を教えて来たという男に、縄を解いてもらい、兵士たちと共に怪獣と戦う。怪獣は沢山の犠牲者を出したあと、いったん引き上げた。1頭だけ砦のなかに残された怪獣を兵士たちは生け捕りにして柵に入れ、首都の朝廷に運ぶことにした。怪獣は磁石を近くに置くとおとなしくなることがわかった。

怪獣は鎧を着たサイのような体形をしていて、文字通り無数に押し寄せてくるので人の力ではなかなか殺せない。リン隊長の指揮する女性兵士たちは、足に縄をつけ、砦の壁からバンジージャンプで、下から襲ってくる怪獣たちと勇敢に戦う。次々と殺されて血塗られた縄に、また次の兵士たちが結ばれて、ジャンプしていく。女性兵士たちは自分が死んでも、同じ志を持った同志たちが必ず後を追ってくることを確信している。リン隊長は、「わたしたちは信頼で結ばれているの。」とウィリアムに言う。それを聞いて、ウィリアムは、自分には信頼して命を預けられるような人が居ただろうか、と自分に問う。一方、トヴァルとバラードは、この時ばかりと隠していた火薬を盗んで二人で砦から逃亡する。ウィリアムは同行することを拒否する。

2度目の怪獣による襲撃が始まった。火薬を使って兵士たちは、ウィリアムとともに怪獣と戦う。一方、生け捕りにした怪獣は、首都に運ばれて朝廷に献上されたが、若い天皇は「馬鹿殿様」で、柵の中の怪獣をからかって玩んだので、怒った怪獣は檻を破り暴れまわって仲間を呼び寄せる。呼ばれた怪獣たちは砦を後にして、首都に向かった。首都は大混乱、人々は次々と襲われて命を失う。リン隊長は熱気球に乗って首都に天皇を助けに行く。ウィリアムも熱気球に乗って後を追う。リン隊長の乗った気球が割れて、怪獣に囲まれ絶体絶命のところを、約束通りにちゃんとウィリアムに救われる。そこで、ウィリアム達は、怪獣の群れの中に女王を発見。火薬を女王に向けて何度も何度も爆発させて、遂に女王を殺すことに成功し、怪獣たちは退却。再び平和が戻って来た。
ウィリアムは、リン隊長に、「火薬か自由か」ひとつを選ぶように言われ、リンに心を残しながらも去っていく。
というおはなし。

目もと涼しい美青年が次々と出て来て、「おお君が映画の主人公か!」と思って観ていると、また次の美青年が出て来て「そうか、キミが本当の主人公だったのか!」と納得していたら、次にはもっと可愛いヤツが出てくる、という訳でもう 何が何だかわからない。話の筋などどうでも良くなってきて画面を見ているだけで楽しい。もう中年のマット デイモンなど目じゃないです。これは、「美青年見放題のおばさん用の映画か」、と思っていたら、いやいや、、美顔美形の少女達はもっとすごくて、バンジージャンプで空を飛び、城壁から突き出た踏み台を蹴って、さかさになったまま剣と盾で怪獣と戦う。勇ましく、強く、美しい。その少女達がさんざん怪獣と戦った末、単なる肉片となって、つるされていたロープだけが帰って来る。ひるまずに次の美少女が壁を蹴って去っていく。美しいものたちが正義で、この世のものと思えない醜い怪獣が悪だから、もう死に物狂いでやっつけるしかない。

ウィリアムは中国から火薬を盗み出して密輸入しようとした無法者だったが、互いに信頼関係で結ばれ強固な意志をもって生きている兵士たちをみて自分も出来る限りのことを人の為にしたいと思うようになる。チャンイーモー監督は、この映画に中国の「心」が込められていると言っているが「信頼」が彼のテーマなのだろうか。よくわからない。チャンイーモーはただ「でかい映画作品」を作りたかっただけではないか。

2000年、チャンイーモーは中国で初めて、プッチーニ作曲のオペラ「トランドット」を演出した。初めて西洋歌劇の公演を中国で行うに当たって、チャンイーモーは何百人もの大人数の出演者で、どでかい舞台を作った。普通プッチーニのオペラ「トランドット」の舞台は男女合唱団を入れても50人以下。だがチャンイーモーは、数百人の出演者で舞台を埋めた。「スぺキュタクラー!」「豪華絢爛」ド派手というわけだ。この北京の紫禁城での公演が、舞台造りからリハーサルを含めて、「チャンイーモーのオペラ:トランドット」というフイルムに納められた。これを映画館で観た。準備が大変だったのは、フイルムを観なくても想像できる。1公演に10万人だったかの観客のために、イタリアから監督を呼んで、舞台造りから始めて、合唱団の組織化、舞踏団の協力、何もかも初めてで大変だったと思う。
出来上がったオペラを観ていて、落胆したのは、トランドット姫に心奪われた王子が胸をかきむしって恋する苦しさを吐露してアリアを歌っているその後で、ポーズを取っている兵士たちが「チェ!やってられないよなー。もうゲッソリよ。」「全くねー。」という感じでおしゃべりしている姿がはっきり写っている。10万人が見守る舞台の上でダレ切っている役者達。フイルムを編集するときだって、おかしな背景が写らないように普通は編集するだろ。フイルム編集者は何を見ていたのか。そりゃ舞台の上に200人もの役者たちが居れば、いろいろあるだろうし疲れるだろうが、舞台の上の出演者なのだからその自覚があって良い。プッチーニのオペラ トランドットを侮辱しないで。彼の演出した「でかいオペラ」は成功したと言えるのだろうか。

2008年 北京オリンピック 世紀の大事業五輪の開会式、閉会式の演出をチャンイーモーは任された。期待された割には、ふたを開けてみると、開会式の派手な花火はCGだったり、会場で独唱した可愛い女の子は「くちパク」で他の子供が歌っていたり、少数民族服に身を包んで踊って歌った青年少女達は、少数民族どころか北京の踊り子たちだったなどなど、スキャンダルばかりで酷評された。オリンピックそのものに反対だから競技をテレビで全く見なかったが、開会式の模様がニュースで流れたとき、数百人の若い少年少女が会場に輪になって手をつないで踊りながら歌っていた。ちょうど「オーストラリア選手たちの入場です!」とアナウンサーが興奮している後で少女達がくたびれた顔で「全く嫌になるねー。」という感じでおしゃべりしながら体を動かしていた。またか。数分の映像でさえ、そんなシーンを目撃して、苦笑するしかない。ただ人を沢山使った「でかいオリンピック」を、彼は演出したくて演出したのか。

チャンイーモーは、中国で初めてのオペラを演出し、北京オリンピックの開会式と閉会式を演出し、そして、中国が誇る万里の長城の映画を監督し、中国の国宝みたいな存在になった。けれど、結果は、どれも「雑で、ただでかいだけ」。人を沢山使えば良いという訳ではないだろう。お金をたくさんつぎ込めば良い作品ができるわけでもない。でも彼の場合、人を多く使って大規模な作品になりすぎたために、内容が雑になったという訳ではないような気がする。雑で、でかいだけの作品を何度も何度も繰り返して作る人は、かりに僅かな資金で限られた人数で小さな作品を作ってみても、もう心に響くものは作れないのではないか。

かつて、自由に物が言えず、自由に作品を作ることが出来なかった弾圧下で、本当に魂のある作品を作った監督だっただけに、残念だ。そう、チャンイーモーはアンウェイウェイではない。わかっている。でもそれが哀しい。

2017年3月25日土曜日

メッツオペラHD 「ロメオとジュリエット」

オペラが大好き。
この世で一番美しい音は、よく訓練された男のテナーの音だと思う。
オペラハウスの会場の華やかさ。舞台下のオーケストラピットの楽士達の音合わせのにぎやかさ。指揮者がさっそうと入って来る時の期待の高まり。オペラの物語が始まる前の興奮と昂揚感、そういったオペラ開始前の華やぎは、他の何にも代えがたい嬉しさだ。
オペラ「真夏の夜の物語」では、舞台が宮廷の庭になっていて、舞台の端に二階建ての楽士席が作られていた。そこに緑と銀色の宮廷侍従の服を着て、房のついた飾り帽を被った
楽士達が、次々とバイオリンを抱えたり、トランペットをもって着席して、序曲が始まったのだ。何て素敵なアイデア!嬉しくて、跳ねまわりたくなる自分を抑えるのに苦労した。

10年くらい前は、毎月の様にオペラハウスに通っていた。会員になって、中央の前から5番目。すごく良い席を確保していた。しかし、シドニーオペラハウスは、外観の良さに反して、年寄りや障害者にとっては最悪の建物だ。外からオペラハウスの正面玄関に入るのには、数十段の階段を登るが、建物に入りクロークから劇場まで、さらに数十段の階段を登らなければ、中に入れない。劇場入口には入れても、席が後の方だったりしたら、またさらに階段だ。クロークの前に、劇場までの小さなエレベーターができる前までは、足の悪い人は、舞台裏まで歩いて舞台の大道具を運ぶ荷物用のエレベーターで、劇場に上らなければならなかった。そのために案内人が来るのを待って、エレベーターを手動してもらう。また、休憩時間にトイレにいくのも、また階段を下りて登らなければならない。
足の悪いオットは、杖をついてオペラに行くのを諦めて、次に車椅子でオペラハウスに行くのを諦めて、遂にオペラに行くことを完全の諦めた。今、オペラハウスが目に入っても、オットを連れて段差を乗り越えられなくて車椅子で立ち往生したり、空気調整が異常に悪い地下の駐車場で喘息発作を起こして死にかかったりした悪い記憶しか戻ってこない。半分国民の寄付で作られたオペラハウスなのに、どうして健康で若い人しか入れないような建物を作ったのか。愚かだ。バーロー。こんなところには、もう二度と行かない。
もっと上等なオペラを、フイルムで観た方が良い。 というわけで、
ニューヨークメトロポリタンオペラの、ライブHDフイルムだ。

オペラ「ロメオとジュリエット」
作曲: シャルル グノー
原作: ウィリアム シェイクスピア          

初演: 1867年 パリ テアトル リリークシアター
2時間40分 フランス語、英語タイトル
指揮: ジアナンドレア ノセダ
製作: バートレット シア
ジュリエット: ダイアナ ダムラウ
ロメオ : ヴィットリオ グリゴロ
ステファーノ:バ―ジニー ヴェレッツ
メルキシオ: エリオット マドレ

背景
14世紀 イタリア ヴェローナ

ヴェローナ支配層は、1239年、神聖ローマ帝国の皇帝フリードリッヒ2世の協力を得て、近隣諸国を征服し、勢力を拡大していた。それをローマ教皇グレゴリウス9世は 反キリスト的だと非難。ヴェローナの支配層は教皇派と皇帝派に分裂して、し烈な抗争を繰り広げた。皇帝派のモンターギュ家と、教皇派のキャピレット家とは、血を血で洗う勢力争いをくり返していた。

第1幕
キャピレット家のジュリエットは14歳になり、父親はヴェローナ侯爵の甥と娘を結婚させようと、やっきになっていた。しかし蝶よ花よと大切に育てられたジュリエットには、結婚に何の興味も感じられない。ジュリエットは、「恋をするってどんなかしら。炎のような愛に生きてみたい。」とアリアで歌う。
モンターギュ家のロメオは、友人のメルキューシオと、面白半分にキャピレット家の仮面舞踏会に紛れこんで、キャピレット家の一人娘ジュリエットに出会う。ひと目で二人は恋に陥るが、二人は後で、相手が敵同士の家の出であることを知らされる。
第2幕
その夜、眠れないロメオは、キャピレット家の庭に忍び込み、ジュリエットのいるバルコニーを見つめながら思いのたけを告白して歌う。「ぼくの太陽、登れよ登れ、ぼくの心の太陽」と、絶唱。ジュリエットも、バルコニーから姿を現して、自分の思いを伝える。
第3幕
ロメオは旧知の神父を訪ね、結婚したいと申し出る。そこに乳母を連れたジュリエットもやってきて、二人は秘密裏に結婚の誓いをたてる。ふたりの熱唱と、乳母、神父を含めた4重唱が美しい。
キャピレット家の仮装舞踏会から、一度も家に帰ってこないロメオを、メルキューシオたちは心配している。一方、モンターギュ家の男達は、自分の家の舞踏会に忍び込んでいたロメオのことを怒っていて制裁しようと、探し回っていた。街は不穏な空気の覆われていた。結婚式を終えたロメオが街頭で、メルキューシオ家の男たちに見つかって囲まれる。駆け付けたモンターギュ家の者たちと、剣を交えた激しい諍いが始まる。ロメオは親友のメルキューシオを殺されてしまい、いきりたって、メルキューシオ家の跡取り息子を殺してしまう。 その夜、ロメオとジュリエットは、互いの運命を嘆きながら、ジュリエットの部屋で初夜を迎える。ロメオは国外追放と宣告されて、二度とヴェローナの街に帰って来られない。延々と、二人の悲嘆にくれるデユエット。
第4幕
ロメオはヴェローナを去った。ジュリエットは父の強い勧めでヴェローナ侯爵の甥と結婚することになった。結婚を避けるために、どうしたら良いのか、ジュリエットはローランス神父に助けを求める。神父は、みんながジュリエットは死んだと思わせるように、仮死状態になる薬を与える。
第5幕
ジュリエットは霊安室で眠っている。そこにローランド神父の使いと入れ違いに、ロメオが、ジュリエットが死んだと聞かされて駆けつける。そしてジュリエットの死んだ姿を見て、後を追って毒を一気にあおる。その後、目が覚めたジュリエットは、ロメオを見て再会の喜びにデュエットを歌うが、ロメオは徐々に力を失う。ジュリエットに問われて、ロメオはすでに毒薬を飲んでしまったことを打ち明ける。ジュリエットは迷わずロメオの短剣を胸に突き付けて、ロメオは最後の力を振り絞って刃を突き刺し、二人は共に倒れる。
というストーリー。

ジュリエット役は、ドイツ人のソプラノ、ダイアナ ダンラウ。厚みのある力強いソプラノだ。表情が豊かで体当たりの演技もとても良かった。14歳のジュリエットが嬉しい時にぴょんぴょん跳ねたり、父親に甘えてしなだれかかったり表現が優れていて、30歳近くの亭主もちの女性と思えない。独唱の多いオペラで3時間ちかく、ほとんど二人舞台といって良い過酷な舞台。インタビューに答えて、「一日一日をサバイブすることで一杯で、他のことなど何も考えられない。」と言っていた。文字通りの大役なのだろう。

ロメオ役はイタリア人テナーのヴィットリア グリゴロ。彼の熱演がものすごく熱い。14歳の少年の役なのだから、もうちょっと力を抜いてソフトにやってくれと言いたくなる。汗をぶちまけながら全身で熱唱、このまま数か月の公演で体がもつのか、他人事ながら心配になる。インタビューで、ジュリエットを横に抱いて、「ぼくは彼女と結婚するんだ。」と宣言して、完全に役になりきっている。決闘場面など本当に剣を抜いてやり合って、トムクルーズ並に活躍。ジュリエットのいるバルコニーに飛び上り、3メートルの高さの門柱に半分足が浮いた状態で、ジュリエット、ぼくの太陽、太陽と、歌いまくっていた。これほど動きの激しいロメオ役も珍しい。

ニューヨークタイムスの批評を読んでみると、「たしかにこの二人が愛を交わし合い、これでもかこれでもかと熱唱する姿がとてもリアルだ、二人で最高の愛のケミストを発散しまくっている。」 と書いてあった。二人はこのオペラの前は、「マノン レスコー」を共演していた。この後、半年後には、「ホフマンの舟歌」でまた共演するようだ。相性が良いのだろう。二人の共演、これからも楽しみかもしれない。心配かもしれない。互いの家族が壊れて血を見るかもしれない。どうでもいいが。

オペラ「ロメオとジュリエット」は、シャルル グノーが作曲し、フランス語で歌うが、作風は古典の中の古典。重鎮グノーの作品だから、オペラ「ファウスト」もそうだが、重くて宗教色も強い。
一方、バレエの「ロメオとジュリエット」は、セルゲイ プロコフィエフ作曲で、現代的で明るい。人気作品だから、今も昔もたくさんのバレエ団が、これを演じているが、中でも1965年ロイヤルバレエロンドンで、ルドルフ ヌレエフと、マーゴ フォンテイーンが演じた作品が最高で、これ以前にも、これ以降にも、この二人以上に美しいロメオとジュリエットはあり得ない、と伝説になっている。まことに夢のような組み合わせだ。

映画では、1968年 フランコ ゼフィレリ監督によるオリビア ハッセイと、レオナルド ホワイテイングが演じた「ロメオとジュリエット」を、最も高く評価したい。このとき17歳だったオリビア ハッセイの、みずみずしく、ういういしくもまた清楚な美しさには目を見張る。相手役の18歳のレオナルド ホワイテイングも、稀有な美少年、本当に美しかった。この映画の後、レオナルドは二度と映画出演せず、その世界から遠ざかってしまった。オリビア ハッセイも、この映画のあと全然良い映画にもましな役にも恵まれなかった。
2015年になって、二人は 「ソーシャル スーサイド」というスリラーミステリー映画で、47年ぶりに、仲良く共演して話題になった。すっかり年を取ったレオナルドは、みごとに額が広くなってふくよかな顔になっていた。昔の絶世の美少年の面影もない。大昔のロメオとジュリエットが47年ぶりに共演したイギリス映画、ということだけが話題の2流作品だったらしく、こちらでは公開されなかったので、観ていない。

このあと1996年、クレア デインズとレオナルド デカプリオが、映画「ロメオとジュリエット」を演じたが、不興だったようだ。2013年には、ヘイリー スタンフェルドと ダグラス ブースで再びイタリア映画、「ロメオとジュリエット」が作られている。
またバーンスタインのミュージカル「ウェスト サイド ストーリー」も、このシェイクスピア作品がもとになっている。
もともとは、シェイクスピアのオリジナルではなく、ギリシャ神話がもとになっているが、人々は悲劇が好きだから、この作品はこれからも、オペラや、バレエや、ミュージカルや、映画で繰り返し繰り返し 全世界で演じられて、人々の涙をそそることだろう。そういえば、フイルムを見ながら泣いている人が結構いて、二人の絶唱をききながら、あちこちで嗚咽したり、鼻をかんだりしている音がした。
土曜日の午後、家から魔法瓶に甘い紅茶とサンドイッチを持ち込んでのひとり観劇。
こういう週末、全然わるくないぞ。




2017年3月19日日曜日

映画「ボブという名のストリートキャット」




                           

原題:「A STREET CAT NAMED BOB」
イギリス映画
監督 :ロジャー スポテイスウッド
キャスト
ボブ : ボブ自身
ジェームス:ルーク トレタウェイ
べテイ :ルタ ゲドミンタス
ヴァル(ソーシャルワーカー):ジョアナ フロガテイ
父 二―ガル : アントニー ヘッド

今から15年前のことだが、シドニー北部で最大規模のベッド数を持つ公立病院に勤めていた間、病院の前に建つアパートに住んでいた。病院は広大な敷地に、メインビルデイング、研究室、小児科病棟、透析室、産科、精神科、など独立したビルが散在していた。目の前に住んでいても、務めていたビルに行くまで歩くと結構距離があって、巨大な樫の樹や、ガムトリーが茂る木々の間を歩いていると、枝から枝へと飛び移る猫サイズの有袋類ポッサムによく出会った。大きいリスのような姿で、両手で木の実を抱えてすわって食べる様子は、愛らしい。出会うと嬉しく、ポッサムのためにいつも果物を持ち歩いていた。牧歌的な時代だった。
やがて敷地一杯に新しい総合病院が建てられ、100年を超える歴史を持った木々たちは、無残に切り倒され、土の香りもなくなった。大きな建物の一角に、ドアには何も書かれていないが、それとわかる「メサドンクリニック」が開設された。ヘロイン中毒者と一目でわかる顔つきの人々が朝早くから並んで順番を待っている。メサドンを飲んだ後、仲間同士つるんでから、彼らはそれぞれ散っていく。

薬物中毒者が薬を絶ち、自立するには、大変困難を伴う。常習者は薬物が体から脱けると自分の意志に関わらず体が薬物を求める。一挙に薬物を中止することができないので、メサドンという代行ヘロインを毎日飲んで、徐々に薬物依存から抜け出していく。メサドンはビンごと患者に渡すと貯めて売ったりするから、必ず毎日クリニックに通わせて、医師や看護師の前で飲ませる。医療側も毎日患者の顔が見られると、様子がわかるので管理しやすい。メサドンを飲んでいても、働き出してお金ができるとヘロインを打って、過剰投与で命を失ったり、行倒れになるかもしれない。メサドンをもらいに来なくなると、警察の世話になっているのか、交通費もなくて困っているのか、など状態を把握し福祉関係者と連絡を取り合って必要な援助をすることができる。

シドニー最大の歓楽街キングスクロスには、ユナイテッド教会が経営する「ヘロイン注射所」がある。やってきた人に医師や看護師は、清潔な使い捨ての注射器と駆血帯をあげる。来た人はこれを受け取って、自分でヘロインを打つ。おかげで過剰投与で命を失うことも、注射器の使いまわしで HIVなど感染症を拡散することもない。薬物過剰投与で命を失う若い人が後を絶たないので、他州でも同じような注射所を開設する動きが出ている。薬物の関しては、今のところ、メサドンプログラムと、ヘロイン注射所の継続によって、かなりの感染症が防げて、過剰投与による死亡者を減らす効果が出ている。

というわけで、「ボブという名のストリートキャット」だ。
同名のタイトル原作本が世界28国で翻訳紹介されてベストセラーを記録している。日本でも愛読されているそうだが、全然知らなかった。ボブと名付けた野良猫に出会ったジェームス ボーエンというストリートミュージシャンが、猫と暮らすうちヘロイン中毒から立ち直ることができたという実話を、映画化したもの。

ストーリーは
ジェームスはオーストラリア生まれだが、父の再婚を機会にロンドンに移って来た。プロのミュージシャンを目指していたが、うまくいかず、父の再婚相手とも良い関係を築けない。家にいたたまれず家出、学校も放校となる。ドロップアウトの終着駅、ヘロイン中毒者となり、住むところも失い、コペントガーデンでギターを弾いて、その日暮らしをしていた。お金がたまるとつい薬を打つ。何度目かの過剰投与で死にかかって病院に送られたあと、ソーシャルワーカーの計らいで、古いアパートを提供され、メサドンプログラムを始める。

アパート生活が始まって、ある日、大きな傷をうけた茶色の猫を保護する。彼は有り金を全部はたいて、猫の治療をしてもらい、猫と一緒に生活を始める。動物病院の看護婦とも仲良くなって友達になる。ボブと名付けた猫は、すっかりジェームスに慣れて、ジェームスがバスで、1時間もかけてコペントガーデンにバスキングに稼ぎに行くときも、一緒についてくる。そのうちボブは、バスキングでギターを弾くジェームスの肩の上に載ったり、歌うジェームスのギターの上に座り込んだりするようになって、道行く人々が、珍しがって足を止めるようになった。猫と一緒のバスキングが人気を呼んで、稼ぎも良くなると、他のストリートミュージシャンの嫉妬、ねたみうらみを買う。遂に喧嘩になって、ジェームスはコペントガーデン出入り中止の命令を言い渡される。バスキングできなくなると生活費を稼げない。

被雇用者が雑誌を売るとその何割かのお金を受け取ることができる「イシュー」を、街角で売ることになった。ここでもボブを肩に乗せたジェームスは、たちまち人気者になって他の「イシュー」の売り子たちの顰蹙をかう。それで「イシュー」を売ることも禁止されてしまった。クリスマスにジェームスは、なけなしの金で買ったシャンパンをもって父の家に訪ねていくが、再婚した母は冷たく、その子供達は面白がってボブを追いまわし、散々な目に遭ってジェームスとボブは、家から追い出される。せっかく友達になった動物病院の看護婦とも仲たがいしてしまった。おまけに殴り合いのけんかで警察で留置されているあいだに、ボブを失ってしまった。

最低だ。ボブはもういない。バスキングが出来なければ稼げない。仕事も友達も失い、もう何の希望もない。そんな情けない、どん底のジェームスのところに、ひょっこりボブが帰って来る。ジェームスは、もう2度とボブに辛い目に遭わせないように、心を決めてヘロインもメサドンも絶つ。地獄のような数週間、そして数か月、、、。ボブがいつも見守っている。遂にジェームスは完全に薬から抜け出すことができた。ボブのおかげだ。
というお話。

依存症は性格のひとつで、もって生まれてくる。だからひとつのことに依存する人は、年を取ったり、家庭環境が変わっても依存する対象が変わるだけで、依存そのものは無くならないことが多い。タバコ依存症の人は、コーヒー依存症にも、睡眠薬依存症にも、アルコール中毒症にも、薬物依存症にもなる可能性がある。依存を絶ち、立ち直るには、どうしてそれがなければ居られなくなったのか冷静に自己分析して、ならばどうやって無くても居られるか解決方法を導き出し、よそからの援助を仰がなければならない。ドクターや医療関係者や施設やソーシャルワーカーや福祉施設の利用は必須だ。
自分の力だけで抜け出せる人は少ない。まして施設に入らないで自力で薬を断つのは容易ではない。ジェームスが、ばかをやってどん底まで落ちた時、それでもジェームスのところに戻ってきてくれたボブのために自己再生することができた男の実話は、同じような状況にある人達に勇気を与えることができるだろう。

この映画の良さは、1にも2にも猫のボブにある。映画化された実話をボブ本人が映画特別出演している。ジェームスは役者のジェームスだが、本物のジェームスの肩に乗るようにして役者のジェームスが歌っている間、彼の肩やギターの上に座って、ちゃんとじっとしている。これはすごい。天才的な立派な役者ではないか。それが、丸々とした可愛い猫なのだ。ジェームスのお話が本になり、ベストセラーを記録し、それから映画が撮影されるまで何年も経っているのにボブは、かっぷく良く丸々として年齢を感じさせず、美しい毛並みを誇って平然としている。立って姿よく、座って気高く美しく、歩く姿は堂々として華麗そのもの。すばらしい。
映画が公開され、英国映画ベストフイルム賞を受賞し、キャサリン ミドルトンからも頭をなでられた。フェイスブックにアカウントを持ち、そのフォロワーは20万人だそうだ。うーん!

ボブが自分のところに帰ってきてくれたから、ジェームスはドラッグから抜け出せることができた。しかし、実のところは、猫は飼い主を救おうとして帰って来たわけではない。はなから猫には、飼い主などというものは居ない自由な存在ではなかろうか。猫は単に居心地の良い場所に戻って来ただけ。
気がむいたから帰って来たのさ。
猫は、そうやって猫である、というだけで人々を救う。



2017年3月2日木曜日

大混乱のアカデミー賞授賞式と、映画「HIDDEN FIGURES」

                             


2017年2月26日に開催されたアカデミー賞授賞式は、特別おもしろかった。
アカデミー賞のなかで一番肝心な、「作品賞」は、毎年5時間にわたる授賞式で最後の最後に発表される。最後のとっておきの栄誉だ。だからこの栄誉を受けた作品関係者は、受賞作の監督だけでなく、作品に関わった製作者やキャストの面々もステージに上がって、祝福を受け監督が受賞スピーチをするのが通例だ。
今年は、「ムーンライト」が受賞した。が、どこをとち狂ったか発表者が 「ララ ランド」と間違えて発表してしまい、「ララ ランド」の面々がステージに上がり、役者たちも抱き合い大喜びをして、監督は涙ながら受賞スピーチをし、製作者もスピーチをしている最中に、司会者から「重大な間違いが起きました。受賞作品は 「ララ ランド」ではなく、「ムーンライト」です。」と叫び始め、檀上は大混乱。急遽登場した 「ムーンライト」の監督の受賞スピーチが始まっても、ステージの 「ララ ランド」の面々は意味が解らず、茫然と檀上に残ったまま、ステージの上はただただ混乱して人々が右往左往していた。

映画「ボニーとクライド」は、1967年アーサーペンによって作られた映画史上で後世に残る名画だが、これを主演したのが、フェイ ダナウェイと、ウオーレン ビューテイーだった。1934年に起こった男女による連続銀行強盗の実際にあった事件を映画化したもので、二人は最後、警官に包囲され、それぞれが50発以上の銃弾を浴びて惨殺された。1930年代の少年少女の行き場のない退廃的な社会状況の中で、貧しく恵まれない大人になったばかりの男女が強盗に走る姿が、アーサー ペンの切れ味の良いシャープな映像と、テンポの良い音楽に乗せて映し出される、素晴らしい作品だった。この作品がアカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞にノミネートされて、今年で60年目となる。

そこで、フェイダナウェイ、76歳と、ウオーレン ビューテイー、79歳が、手に手を取って、今年のアカデミー賞のステージに華々しく登場して、作品賞を読み上げたのだが、それが間違っていて、大混乱を起こしたのだった。このとき、ウオーレン ビューテイーが、ステージで封をされた封筒を開けて、中に書かれた作品名を読み上げるはずだった。ところが中の紙を彼は読まず、フェイ ダナウェイに渡して彼女に読ませた。誰もがゴールデングローブ賞をすでに取っていた「ララ ランド」が、作品賞を獲ると思っていた。で、フェイが、「ララ ランド」と言って、アカデミー賞始まって以来の大失態が起きた。ウオーレンは自分が読まずにフェイに読ませたのは、彼女に華を持たせたかったのか、自分が何十年かぶりの舞台に立って舞い上がってしまって、字が読めなかったのか どうか事実はわからない。わたしは、フェイ ダナウェイが予定外に、突然紙を渡されて、眼鏡なしに字が読めなかったのではないかと思う。

あとでアカデミー審査委員が、間違った封筒をウオーレン ビューテイーとフェイ ダナウェイに渡してしまったと、言い訳していたが、そんなわけはない。ステージの上でフェイが持っていた紙には、確かに「ムーン ライト」と書かれ、それをカメラが大写しでとらえていた。メデイアは、審査委員のミスだったということにして、80歳ちかくになった二人の往年の名優をかばったのだろう。

という訳で、今年のアカデミー賞はハプニングがあったり、パーキンソン病で20年も前に惜しまれながら引退したマイケル フォックスが足を引きずりながらも元気な姿で出て来たり、ジャステインテインバーレイクの歌も、ステイングのパフォーマンスも良くて、なかなか見ごたえがあった。

中で3人のアフリカンアメリカン女優が、仲良く肩を組んで司会に出てきたのは嬉しかった。3人は新作映画 「THE HIDDEN FIGURES」(隠された人々)のヒロインたちだ。
1969年 ガガーリンが世界で初めて人工衛星で宇宙に飛んだ。アメリカではNASAの宇宙開発をしていて、天才的数学者のアフリカンアメリカンの女性たちがそれを支えていた。彼女たちは人間コンピュ-ターと言われ、IBMがコンピューターを開発する前までの 宇宙工学と宇宙物理学的な数字をはじき出すために無くてはならない存在だった。
しかしこの事実は白人、男性優先社会では公にされず隠され続けてきた。黒人がまだ公民権を持っておらず、黒人女性が大学院で学ぶ前例もなく、公共の場では、トイレも学校も、劇場の入り口も、「白人専用」、「カラード専用」と区別されていた時代だ。
映画の中で、数学者キャサリン ジョンソン扮する、タラジア ヘンソンが、仕事をしているNASAのビルには、カラード用の女性トイレがないため、遠くのビルまで走っていかないとならなかったり、全員白人の職場でいやがらせに、コーヒーまで 「白人専用」、「カラード専用」と分けられたりして、いじめられる姿が出てくる。それを知ったボスの、ケビン コスナーが怒り狂って、全職員の前でナタで「白人専用」トイレの看板をたたき割る。で、「きょうからトイレはみんなのものだよ。」と宣言する。年取った、ケビン コスナーがとても良い。とても良い映画だった。

それで、この作品はアカデミー賞に縁がなかったが、3人のアメリカのこれまで隠されていたヒーロインたちが、本物の天才数学者で工学博士のキャサリン ジョンソンをステージに連れて来た。スタンデイング オベーションで迎えられた車椅子の彼女の登場は、威厳のある美しい女性で、アカデミー賞の華を添えた。

映画「THE HIDDEN FIGURES」
監督:テオドール メルフィ
キャスト
タラジ P ヘンソン:キャサリン G ジョンソン
オクタビア スペンサー : ドロシー ボウガン
ジャネル モネイ メアリー ジョンソン
ケビン コスナー : アル ハリソン
クリステイン ダンスト :ビビアン ミッチェル
グレンパウレル:ジョン ハーシェル グレン宇宙飛行士
マハーシャラ アリ:キャサリンの夫

アカデミー賞は、白人のショーと言われて久しい。審査員はユダヤ人が多い。
だからユダヤ人差別発言を酔ったついでに言ったことがあるオージー監督のメル ギブソンは これこそが今年の映画の中で最も優れていると思われる、良心的兵役拒否者の沖縄戦を描いた 「ホーカス リッジ」が作品賞、監督賞、主演男優賞にノミネートされていたにも関わらず、編集賞を獲得しただけだった。とても残念だ。

しかし アカデミー賞に集まったアーチストたちは、はっきり「反トランプ」だ。メリル ストリープはアカデミー賞の大御所で、トランプが大統領になる前から激しく批判を繰り返していた。トランプも大人げなく、メリル ストリープなんか、大したことない影響力のない女に過ぎない、とコメントしてきた。司会者のジミー キンメルは、アカデミー賞が2時間過ぎたところで、「みなさん トランプが何も、ツイッターしてきません。」と言って、会場を沸かし、「メリルが ハーイって言ってるよ。」と、トランプにむけて、自分の携帯でメッセージを送って見せて、笑わせたあと、メリル ストリープをみんなが支持しているところを見せてあげよう、といって、会場の全員がスタンデイング オベーションでメリル支持表明した。

また、前回の受賞者として登場した役者のガエル ガルシア ベルナールは、受賞者の名前を読み上げるだけでなく、自分の言葉で、「アートに国境はない。メキシコ人として、人間としてアメリカとメキシコの間に壁を創ってはいけない。」と発言した。
去年のアカデミーは受賞者が全員白人だったことから「ホワイトアカデミー」と揶揄されたが、今年のアカデミーは、反トランプの勢いでさしずめ 「ブラック アカデミー」と言えよう。

作品賞を獲得した「ムーンライト」は、アフリカンアメリカンの少年がマイアミの貧しく暴力的な黒人社会の中で自分のアイデンテイテイーを模索しながら成長していくお話。製作予算も小さく特に有名俳優を使っているわけでもない小品だ。しかし、アフリカンアメリカンでゲイという少年にとって、社会がいかに不条理で厳しく、生きにくい社会であることか、を物語っている。心に響く作品だ。
助演男優賞をこの作品でマヘシャラ アリが受賞した。この役者は、「HIDDEN FIGURES」で キャサリン ジョンソンの夫役でも出演している。母親役のナオミ ハリスは助演女優賞にノミネートされていた。
また助演女優賞には、映画「フェンシズ」(「柵」)で、主演ベンゼル ワシントンの妻役を演じたビオラ デイビスが獲得した。
アカデミー作品賞 「ムーンライト」を監督したバリージェンキンスは、受賞のスピーチの最後に、この賞はすべての肌の黒い人々のためにある、と言って、このアカデミー大祭を締めた。反トランプに沸いて、アフリカンアメリカンの受賞が多数の「ブラック アカデミー」となったが、これを一日だけのお祝いにすることなく、ずっと継続していってもらいたい。

2017年2月27日月曜日

映画 「マンチェスター バイ ザ シー」


                               

観たい映画(沈黙)があって、メジャーなハリウッド映画ばかりを上映する近所の映画館ではなく、1時間運転してマイナーな文芸映画を見せる館まで行かなければならなかった。往復2時間かけて一つの映画を観て帰って来るのも、ガソリンの無駄の様に思われて、ついでにもう1本、映画を観ることにした。それが、この映画。

映画が始まって、いつになってもお気に入りの役者 ベン アフレックが出てこないので不思議に思っていたら、この映画ベンの弟のケイシー アフレックが主役だった。失礼しました。アカデミー主演男優賞受賞おめでとう。

ケネス ロナーガン監督がマット デイモンと共同で制作を開始、資金調達をして、主役をマット デイモンでなく親しい友人の 顔の良い方のベンではなく、弟ケイシーが勤めることになった。アフレック兄弟とマット デイモンは近所で生まれて育ち、ベンはマットとは高校まで同級生同士だったそうで、子供の時から一緒にフイルムを回して映画製作をしていたという。
この映画は、2016年 サンダンス映画祭で初めて上映された。2017年、ゴールデン グローブ賞で、主演のケイシー アフレックは主演男優賞を受賞し、また、アカデミー賞でも彼は、主演男優賞を獲得した。

主役の元の妻の役を演じたミッシェル ウィリアムズも、ゴールデン グローブ賞で助演女優賞にノミネイトされた。2時間40分の長い映画のなかで、彼女が出てくるシーンは、ほんのわずかだが、彼女の登場のインパクトがすごい。彼女が叫び、むせび泣き、声を押し殺してなくシーンに、この映画の価値が すべてかかっているように思える。良い役者とは、こういう存在を言うのか。
実生活でヒース ロジャーの妻だった。彼女はオージー俳優のヒースがたった28歳で亡くなって、残された娘を育ててきたため、少しの間映画から遠ざかっていた。ヒース レジャーは「バットマン」ダークナイトのジョ-カー役を渾身の演技で演じた後、火が燃え尽きたように亡くなってしまった。娘の顔がヒースにそっくりだ。役者の中で、ヒース レジャーのことが一番好きだったから、この娘の顔を雑誌などで見かけると、胸が痛む。

監督:ケナス ローガン                
キャスト
ケイシー アフレック : リー チャンドラー
ミッシェル ウィリアムズ : ランデイ
カイル チャンドラー : ジョー チャンドラー
ルーカス ベッジズ : パトリック
グレッチェル モル :エリス

ストーリーは
リー チャンドラーはボストンで一人暮らしをしている中年男。不愛想で、皮肉屋で、社交性がなく酔うと喧嘩ばかりしているトラブルメーカーだ。便利屋として、壊れた水道管やボイラー修理や清掃業をして、かつかつに生活をしている。友達一人いない、しけた奴だ。
ある日、電話で、たった一人の兄、ジョーが心臓発作で緊急入院したという知らせが入る。リーは、兄に会いに、生まれ故郷のマサチューセッツに向かう。故郷の街マンチェスターの海辺は、リーが生まれ育ち、昔、住んでいた街だ。昔と全く変わりない。
しかし、リーが病院に着いたとたん、知らされたのは兄の死だった。兄の一人息子、16歳のパトリックは、孤児になってしまった。兄はずっと昔にアルコール中毒の妻と離婚している。マンチェスターに着いて、リーの最初の仕事は、兄の息子、パトリックに父親の死を知らせることだった。パトリックは昔、子供の頃は、リー叔父さんが大好きで、仲が良かった。リーは、パトリックがアイスホッケーの練習をしているアイスリンクに行って、父親の死を伝える。

冬の間は雪で土が硬く凍っているので、墓地に遺体を埋葬することができないという。埋葬ができるようになるまで数か月の間、葬式もできない。リーは、葬儀が終わるまでボストンに帰ることができない。弁護士は、リーが自分が知らない間に、兄の遺言で、パトリックが大人になるまで親権者として財産管理をし、パトリックの親代わりになることを指定している、と知らされる。兄の遺言にも、弁護士の言葉にも納得できないまま、リーは、しばらく兄の家でパトリックの世話をすることになる。
パトリックはもう、体がリーよりも大きくなって、立派な大人に見えるが、法律では16歳では車の運転が出来ないし、一人で学校に行き来することも許されていない。まず学校に送り迎えができる大人が居て、家で一緒に暮らす保護者がなくてなならなかった。
パトリックは高校でアイスホッケーのリーダーで、人気があり、ロックバンドでギターを弾き、2人のガールフレンドを持つ活発な高校生だった。リーは、パトリックのために学校の送り迎えをして、ロックバンドの仲間の家に送り届け、彼のガールフレンド宅に行き来するためにも運転してやらなければならなかった。社交的で忙しいパトリックの仲間と、付き合おうともせず、ガールフレンドの家族とも誘われても口をきこうともしないリーの態度に、パトリックは不満を募らせる。パトリックが幼い時、リー叔父さんは近所に住んでいて、頼りになる優しい叔父さんだった。、父親の次に好きだった。一緒に父のボートで釣りに行き、沢山のことを教えてくれた。その叔父さんが、すっかり人が変わってしまって、一体どうしたというのか。何が起きたのか。

リーは昔 妻のランデイと3人の子供たちと共に、兄のジョーと家族と近くに住んでいた。ジョーの息子パトリックとリーの3人の子供達は、仲が良く、にぎやかで愉快な生活をしていた。
ある冬の夜、寒い家全体を温めようとリーは火を起こし、ちょっと近所のミニマートに食糧を買いに出た。帰って来た時に見たものは、家が猛火におおわれて、狂ったように子供たちの名前を呼びながら燃える家に飛び込もうとしている妻の姿だった。家はあっという間に燃え落ちて、妻は2酸化炭素中毒で病院に運ばれる。燃え尽きた灰の中から、二階で寝ていた子供達の遺体が回収される。リーは警察に連行され、火災の原因が、暖炉に防護柵を付けずに外出した彼のせいだったと知らされる。ほんのちょっとの気のゆるみ、わずかの時間に買い物に出たことで、3人の子供達の命が奪われた。リーは警官から銃を奪い、自殺を試みるが失敗。このときから妻のランデイとは口をきくことも会うこともなかった。リーは一人きり故郷を離れた。

ジョーが亡くなって、その息子パトリックの後見人になって故郷に戻って来たリーに、人々は厳しい目を注ぐ。3人の子供達の死を、誰も忘れてはいないのだ。再びそこに住まなければならなくなって、リーが仕事を探そうとしても人々は冷たく、職を提供しようとしない。もう社交的なパトリックに、昔の様な頼りになる叔父さんの役は演じられない。離婚したランデイは新しい連れ合いを持ち妊娠中だ。あの事故以来、会うことがなかったランデイとリーは街で偶然顔を合わせる。二人にとって、過去の事故のことは、傷が大きすぎて、いまだに言葉にならない。

リーは弁護士と話し合って、自分の代わりに友人夫婦にパトリックの後見人になってもらえるように頼み込んで、マンチェスターを去る。
というお話。

男の子が一人前の男として生きるためのロールモデルになる頼もしくて愛情に満ちた父親を失うことの大きさ。父の死を知らされてから、一度として泣かなかったパトリックが、父の死後しばらくして、冷蔵庫を開けると凍った肉や食品が滑り落ちてくる。屈んであわてて落ちた物を拾って、冷凍庫に入れようとして、開けたままになっていたドアに頭をぶつける。冷凍庫の中のものは、安定を失ってどんどん滑り落ちて来て、拾っても拾っても落ちてくる。ぶつけた頭は痛いし、もう棚から落ちてくる冷凍品は元に戻せなくなって、収集がつかない。そこでパトリックが声を出して大声で泣きだす。ものすごく共感できる場面だ。冷凍庫で同じような体験を誰でも一度くらいしたはずだ。我慢していた涙が堰をきったように爆発する。

子供の時に母親が居なくなり、父親にまで死なれた16歳の少年の姿は、みかけは大人だが頼りない。彼は、「虚勢を張った大きな子供」であり、社交性のないリーに比べれば、「立派な大人」だが、、心の拠り所を失った「ひ弱な魂」でもある。
3人の子供を過失から失って、心の「十字架を背負って」生きる孤独な父親と、たった一人の保護者を失った「ひ弱なみなしご」が、淡々と、離れ離れになって、生きていく。
哀しい、哀しい映画だ。マンチェスターの海の美しい光景が、ことさら残酷に見える。