2014年1月7日火曜日

ダン ブラウンの「ロストシンボル」


           
私の大好きなダン ブラウンのラングルトンシリーズ、第4作目の「インフェルノ」について、2週間前に書評を書いた。第1作目「天使と悪魔」(2000年)、第2作目「ダ ビンチ コード」(2003年)、第3作目「ロスト シンボル」(2009年)に続いて出版された第4作目だ。
「天使と悪魔」も、「ダ ビンチ コード」も映画化されたので、書評というか映画評を映画を観た後、書いたが、「ロスト シンボル」だけは映画化されなかったので書評を書かなかった。いま読み返してみて、こちらのほうが新作「インフェルノ」より、ダン ブラウンの言いたいことが詰まっているような気がして、また、自分でどんな話だったか忘れないために、ここに書いてみる。
ストーリーは
ラングルトン教授がいつものようにハーバード大学のプールで50(!)往復して、朝6時に自宅に戻ると、父親のように敬愛しているピーター ソロモンから連絡が入って、いますぐにワシントンに飛んで連邦議会議事堂で基調講演をしてもらいたい、という。ピーター ソロモンは世界最大の秘密結社フリーメイソンの最高位に居る歴史学者で、スミソシアン協会会長をしている。彼がよこしたプライベートジェットに乗って会場に着くと、ラングルトンを待ち構えていたのは、無残にも切断されたピーターの右手首だった。

ラングルトンには見慣れたピーターの右手にはフリーメイソンの指輪がはまっていて、手指には謎の暗号が刺青されていた。時をおかず、マラークを名乗る男から、ピーターの命を救いたいならフリーメイソンの暗号を解読するように命令される。動揺するラングルトンのもとに、CIA保安局長サトウが部下を連れて到着し、国家の安全保障にかかわる重大事態なのでピーターの手首に入れ墨された暗号を至急解明し、犯人を見つけるように要請される。刺青の暗号を読み解きながら、ラングルトンとサトウは連邦議会議事堂の地下に入り、隠されていたフリーメイソンの「伝統のピラミッド」の台座を見つける。ラングルトンは、そこに来る前に、ずっと以前ピーターから預かっていた小さな包みを持ってくるように依頼されていた。包みの中にあるのはフリーメイソンにとって最も大切なシンボルだという。ピーターは安全のためにフリーメイソンの部外者であるラングルトンに預けていたが、これはフリーメイソンが組織化された時から、最高位のものによって大切に受け継いでいたもので、隠されていたピラミッドの台座の上に据えられるものらしい。ラングルトンは、ピラミッドを守り、ピーターを救い出すことしか頭にないが、CIAのサトウは犯人逮捕だけが目的のようだ。

一方、ピーターの妹で純粋知性科学学者のキャサリンは、ピーターを拉致した犯人マラークに襲われて危機一発のところで逃げ延びてラングルトンに救われる。二人はCIAから逃れ、マラークの行方を追いながら、ピーターの居所を探す。マラークはフリーメイソンの最高位のものにしか知らされていない「人類の至宝」を自分のものにしたい。しかしその至宝を得るためにはピラミッドを完成させて、そこに秘められている暗号を解くことなしに得ることができない。ラングルトンは重いピラミッドの石を自分のカバンに詰めたまま、キャサリンと政府機関の追及を逃れながらマラークを追う。しかし、右腕を切断されたピーターと、命を狙われるキャサリンは、マラークの魔の手に捕獲された末、知らされたことはマラークの出生の秘密だった。ピーターはフリーメイソンの秘密を守るために、母親を殺され、妹を傷つけ、結果として息子を失うことになったのだった。というお話。

ダン ブラウンの小説はすべて、「宗教」と「科学」が焦点になっている。「天使と悪魔」では、イルミナテイと、スイスにある欧州原子核研究所セルンという世界先端の科学研究所が出て来た。イルミナテイは17世紀にガリレオが創設した科学者たちの秘密結社だ。このイルミナテイがクリスチャンの最高峰ヴァチカンの新ローマ法王の候補者を一人ずつ殺していく。

「ダ ヴィンチ コード」では、聖書にあるイエスには実はマグダラのマリアという妻があり子があった、と述べる。強大な教会勢力は、それを抹殺しようとしてきた。科学者レイナルド ダ ヴィンチは、イエスの家系を守るために沢山の作品に暗号をこめて後世に託した。ラングルトンは、イエスの血を今日まで継ぐ家系を守リ、イエスの真実を継承する組織と出会う。キリスト教の女性観を改めて問う作品だった。

「インフェルノ」は、キリスト教にとっての地獄とは何か、という問いが先ずある。そして人口爆発しつつある地球を救うために不妊ヴィルスを世界にばらまく科学者テロリストの引き金が、ダンテの神曲、地獄篇に隠されている。

今回の「ロスト シンボル」は、フリーメイソンと最新純粋知性科学の対立と融合が焦点になっている。アメリカは、ヨーロッパで宗教の迫害にあった人々が新天地を求めて渡り、従来の偏狭なキリスト教ではなく、新しいキリスト精神の「自由」、「平等」、「友愛」、「寛容」、「人道」といった理念をもとに建国された。建国の父たちの多く、ジョージ ワシントン、ベンジャミン フランクリン、リンカーンなどが、フリーメイソンだった。フリーメイソン最高位のピーター ソロモンと妹のキャサリンは、アイザック ニュートンの「知識は聖書の中にある。」という言葉を人と神との融合という視点で捉える。連邦議会議事堂ドーム頂上の自由の像、ジョージワシントンが人から神へと昇華する象徴的な天井画や、3300ポンドの冠石が輝くオベリスクにも、人が神に、天が地に融合する象徴として考える。

従来のキリスト教はダーウィンの遺伝法則や進化論を否定して科学と宗教とは対立するもののように取られているが、純粋知性科学では、キリストは実際に病人を癒したことが科学的に証明できるとする。人が死ぬと魂が抜けだした瞬間に体重が減る。よく訓練された瞑想者には実際触れると治癒することができるパワーはあり、それを科学の力で証明することができる。魂には質量があり人の精神には質量がある、と言う。実に興味深い。
また、主題には関係ないが、本にでてくる興味深いエピソードのひとつに「国民の気分」というのが出てくる。9,11のあとアメリカ政府は、一般市民のメールや携帯のメッセージやテキストメッセージやウェブサイトをすべて傍受して膨大なデータフィールドを作ったが、そこからテロリストの通信に使われるコ―ワードがないか、探索した。その結果、国じゅうのデータフィールドに、特定のキーワードと感情を表す指標の出現頻度をもとにすることで、全国民の感情の状態を計測し、意識のバロメーターを知る「国民の気分」を判定することができる。というコンピューターおたくの会話だ。これが巧みにできれば政府は簡単に国民の感情操作さえ できるようになる。使い手によっては、選挙や商品の購買、株式市場にまで利用して操作することができる。うーん。コンピュータテクニックはそこまで来ているのか。

最新作「インフェルノ」をイタリアの地図を見ながら読むと面白さが増す。この「ロスト シンボル」では、ワシントンの地図だ。ラングルトンとキャサリンが命からがら逃げ回りながら拉致犯を追い追われるドキドキハラハラを、もっと切迫した気分で読む為には地図が必須。ワシントン記念塔、ワシントン国立大聖堂、スミソソシアン博物館、ホワイトハウス、テンプル会堂、連邦議会議事堂、議会図書館、リンカーン記念堂、ジェファーソン記念堂、カロラマハイツ、そのひとつひとつの建物や場所に秘密や謎があって、それをラングルトン教授が逃げたり隠れたり追ったりしながら講義してくれる。ラングルトンの知識の豊富さにはいつもながら感服。でも彼は教授というだけではなくてユーモアを忘れない。
例えば、フリーメイソンが、髑髏と大鎌の横で瞑想することを、気持ち悪がったCIAサトウに向かって、彼は言う。「気味の悪さにかけてはキリスト教徒が十字架に貼り付けになった男の足元で祈るのも、ヒンズー教徒がガネーシャと呼ばれる4本腕の象の前で詠唱するのもいい勝負ですよ。あらゆる偏見はその文化特有の象徴を誤解することから生じるんです。」とさらり言う所など、憎い。何でも知っていて、頭が切れて、インデイアナ ジョーンヅより格好が良くて、イケメンな教授、、、惹かれないわけがない。「インフェルノ」の映画化が着々と準備されていて、ダン ブラウンの筆も冴えている。映画も、次作も楽しみだ。